社会科学入門2025後期05研究対象(2)生活世界
■復習
社会科学の研究対象は、大きく分けて3つの水準に分類できる。
研究対象(1)制度的世界(おもに主権国家内)
近代社会は機能分化して機能ごとに制度化される。
組織は官僚制と専門家支配の原理によって構成される。
制度的世界は原則として主権国家の内部。さらにその内部の共同体や組織でのみ通用する。
各領域では、自律的に理念(あるいは目的)、規則、組織、役割、知識、サンクション、価値意識(あるいは美意識)などが規定される。その集積が制度。
研究対象(2)生活世界(ミクロなコミュニケーション)✅️
研究対象(3)国際社会(国家間、地球社会、地球環境)
■生活世界(Lebenswelt, life-world)
制度的世界を日常的に支えている人びとの行為・相互行為・コミュニケーションの世界。しかし、ときに制度的世界を食い破る。逸脱もある。なまの世界。社会的世界(social world)と呼ぶこともある。
もともとはフッサールの現象学によって提起された概念。この講義では哲学的な議論はしない。
■言語活動のラングとパロール
まず、社会は言語のようなものだと思ってほしい。ソシュール以来の言語学によると、言語活動[ランガージュ]はラング(lang)とパロール(parol)のふたつの側面をもっている。
ラングは言語活動の制度的な側面(文法とか構文などの規則)
パロールは特定の話者によって発せられた具体音の連続。「語られたことば」つまり「おしゃべり」
ラングを共有しているからこそ個々のパロールが成立する。他方、個々のパロールが結果的に規範としてのラングを実現し、ときにはラングを変容させる。これがラングとパロールの関係。
■社会のラングとパロール
社会のラングの側面:制度的世界。客観的現実としての社会。
社会のパロールの側面:人間のあいだの微細な関係。人から人へとおこなわれる関係である。社会生活に強靱さ・弾力性・多様性・統一性をあたえている。総じて「日常生活における意味の世界」と考えてもらえばいい。
→生活世界
■社会学、人類学、心理学、経営学、社会心理学、行動経済学など
どんな制度の外部にも内部にも生活世界はある。つまり、直接的なコミュニケーションの世界があって、それは制度とはまったく別のロジックで展開していく。
制度内外の生活世界で生じる現象をみていこう。
■例1 組織文化
職場内での会話(業務連絡・対・おしゃべり)
「3時からミーティングよ」「わかりました、資料急ぎます」
対
「なんか今日の課長、おかしくない?」「また奥さんとケンカしたのかもよ」
経営学者エドガー・シャイン。
『組織心理学』組織文化とリーダーシップ
派閥、ネポティズム、談合(インフォーマル・グループ)
派閥。たとえば学閥。主流派-反主流派-中立派。統一的な集団はしだいに派閥に分かれ、やがて派閥が他の派閥との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる。
ネポティズム(nepotism)。組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多い。
談合。フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合。建設業界、監督省庁と業界の癒着(天下り)。
■例2 いじめ
教育制度の中に「生徒指導」という仕事があるが、フォーマルにはコントロールできない領域がある。以下は拙著から。
森田洋司によると、いじめの場面において学級集団は「加害者」「被害者」「観衆」「傍観者」という四層構造をなすという。
「加害者」いじめっ子
「被害者」いじめられっ子
「観衆」いじめをはやしたておもしろがって見ている子
「傍観者」見て見ぬふりをしている子
いじめの過程で重要な役割を果たすのは、じつは「観衆」と「傍観者」の反作用(反応)である。かれらが否定的な反応を示せば「加害者」はクラスから浮き上がり結果的にいじめへの抑止力になるが、逆に「観衆」がおもしろがったり「傍観者」が黙認するといじめは助長される。ほかに「仲裁者」という役割も存在するが、いじめの場面では極端に減少し、クラスは「四層化」されている場合が多いという。
さらにかれらの行動の基盤になる価値意識の傾向。
(1)学級集団の中心的価値に対して肯定的か否定的か
(2)教師や生徒間の影響力に対して自立的か服従的か
このふたつの座標軸をクロスさせてえられる四象限で考えてみる。
「被害者」はふたつの象限にわかれている。ひとつは、学級の中心的価値への志向が強く、しかも力に対して服従的な「集団的統制管理受容型」(弱い子)である。権威や集団統制に従順な態度をもつことがかれらの弱さになっている。もし拒否的な態度をもっていれば対抗することも可能なはずである。もうひとつの象限は、学級の中心的価値への志向がなく、しかも力に対して服従的な「集団価値からの疎外型」(はみだしっ子)である。「いじめっ子」グループとの関係を断ち切れず──したがって「加害者」になることもあるが──追いつめられていく子がこのタイプである。
「加害者」と「観衆」は「被害者」の対極の同じひとつの象限に属している。学級の中心的価値への志向がなく、しかも力から自立的な「集団的統制管理否定型」(強い子)である。かれらは自己中心的な欲求の満足を志向する傾向が強い。残りの一象限に「傍観者」がいる。学級の中心的価値への志向があり、しかも力から自立的な「集団価値への没入型」(よい子)である。
じつは「仲裁者」もこの象限にいるが、かれらはより積極的でたくましさをもっているが、これに対して「傍観者」の子どもたちは「学級活動へはコミットしながらも『加害者』の意識と親和性を示すことによって『加害者』『観衆』の行動の意識基盤を暗黙のうちに支持し、傍観者としての身の安全を確保している。」このグループの特徴は大学進学を希望する者が多く成績もよいことである。
森田らの調査によると、いじめの被害の大きさは「加害者」の数とは相関性がないという。いじめ被害の増大と相関するのはじつは「傍観者」の数である。「傍観者」が多くなるほど被害が多くなる。そして学年が上がるほど「傍観者」の数は多くなる。ここに現代型いじめの大きな特徴がある。
→こういう知見が制度化されて制度に組み込まれてゆく。
■例3 うわさ
うわさの法則
ゴードン・W・オルポートとレオ・J・ポストマンはつぎのように定式化している。
流言の発生量=重要性×曖昧さ
つまり自分たちにとってどうでもよいことは流言とかうわさにはならない。また重要なことでも、状況に対する知識が明確であれば流言は発生しない。逆に、適応を要求されている問題状況についての知識が不明確なとき、つまり環境がはっきりと定義づけられていない場合、人びとは不安をもち、この不安から逃れるために、自分たちの共有する〈物語〉が呼びよせられる。こうしてうわさが誕生する。
図式化すると――
曖昧な状況・新しい事態
↓←事態の重要性
それに対する漠然とした不安・とまどい
↓←物語的構図
うわさ
「火のないところに煙はたたぬ」というときの「火」は、あきらかに〈うわさする側〉にある。
「即興的につくられるニュース」(improvised news)
タモツ・シブタニの定義によると「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せあつめることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーション」である。
シブタニによると、一般に人びとが自分たちの行動を決めるために求める知識――すなわちニュース――は、ふたつの経路[チャネル]でえることができる。
制度的チャネル[公式的]マスコミ
補助的チャネル[非公式的]クチコミ
災害によって制度的チャネルが全面的にマヒしたとき
検閲や特定集団によるメディア支配によって制度的チャネルのニュースが信頼できないとき
あまりに事件が劇的なのでニュース欲求が飛躍的に高まったとき
ここで重要なのは、流言とかうわさというものは〈人びとが環境把握のためにおこなう集合的な解釈の試み〉だということだ。集合的な「状況の定義づけ」すなわち「人びとが共同しておこなう即興の状況解釈」なのである。
■制度ごとの生活世界(一覧表)
| 制度的世界(システム) (公式・客観・合理的) | 対応する生活世界 (非公式・主観的・文脈的) |
| 法・法律 憲法、民法、刑法などの法典、判例、訴訟手続き。 | 法廷の空気 裁判官の心証、検察官の見立て、弁護士間の暗黙の了解、当事者の「納得感」、世間が持つ法感情。 |
| 経済・貨幣・市場 会社法、金融商品取引法、契約書、財務諸表、KPI。 | 現場の知恵・商習慣 業界の慣習、長年の取引で培われた信頼関係、「この話は筋が通るか」という感覚、職場の暗黙のルールや人間関係。 |
| 政治・権力・国家 公職選挙法、行政組織法、政党助成法、公式の議事録。 | 永田町の論理 派閥の掟、義理と人情、貸し借りの感覚、根回しの作法、選挙区の有権者が持つ「肌感覚」。 |
| 宗教 教典、教義、教会法、宗教法人の規則、儀礼の形式。 | 個人の信仰と共同体 個々人の信仰心や神との対話、信者同士の連帯感、儀式で感じる荘厳さや高揚感、地域の氏神様への親しみ。 |
| 教育 学習指導要領、校則、成績評価基準、入学試験制度。 | 教室の空気 「隠れたカリキュラム」(暗黙のルール)、スクールカースト、教師と生徒の個人的な信頼関係、部活動の上下関係、クラスの「ノリ」。 |
| 科学 科学的方法論、査読制度、実験計画、データ。 | 研究室の日常 (ラボ・ライフ) 研究者の直観や「勘」、実験における職人技(暗黙知)、師弟関係、学会での非公式な情報交換、分野ごとの研究文化。 |
| 医療 診療ガイドライン、診断基準、診療報酬制度、インフォームド・コンセントの書式。 | 病いの経験とケア 患者自身の「病いの語り」、家族の不安、医師・看護師との信頼関係、医療現場の倫理的ジレンマ、患者の「生活の質」(QOL)への配慮。 |
| 福祉 社会福祉法、生活保護の適用基準、介護保険制度、ケースワークのマニュアル。 | 支援の現場 ケースワーカーの共感や葛藤、利用者の尊厳や羞恥心、支援者と利用者との間の信頼関係、制度の「隙間」で生じる問題への柔軟な対応。 |
| 家族・結婚・親族 戸籍法、民法(婚姻、相続、親権)の規定。 | 「我が家」の常識 家風、夫婦間の阿吽の呼吸、家族内だけで通じる暗黙のルールやタブー、共有された記憶、「家族だから」という情。 |
| 芸術 著作権法、美術館の収蔵基準、音楽理論、批評の形式。 | 創造と鑑賞の体験 芸術家のインスピレーションや創作の苦しみ、鑑賞者が作品から受ける個人的な感動や解釈、特定のファンコミュニティの「推し」文化。 |
| 音楽 楽譜、著作権法、音楽理論、レコード契約、演奏会のプログラム。 | ライブの熱狂 演奏者間の化学反応(グルーヴ)、観客との一体感、楽曲にまつわる個人的な思い出、ファン同士の連帯感。 |
| スポーツ 競技ルールブック、ドーピング規定、リーグの運営規則、選手の契約。 | チームの空気・勝負のアヤ チームケミストリー、ロッカールームの雰囲気、監督と選手の信頼関係、試合の「流れ」、スポーツマンシップ、ライバルとの暗黙の敬意。 |
| プラットフォーム・ジャーナリズム 利用規約、コンテンツポリシー、プレスコード、記者クラブ制度。 | ネットの「ノリ」と現場の倫理 特定のSNSの「空気感」、炎上や ट्रोलの発生、情報提供者との個人的な信頼関係、記者の「勘」や使命感。 |
| 道徳 哲学における倫理綱領、企業のコンプライアンス規定、成文化された行動規範。 | 良心と場の空気 個人の良心の声、罪悪感や恥の感覚、共感や同情、その場の「空気を読んだ」判断、「人としてどうか」という感覚。 |
Ryuichi Sakamoto & Thomas Dolby - Field Work (Long London version)
■研究方法としてのフィールドワーク(野外調査、実地調査)
アーヴィング・ゴッフマンの『アサイラム』(一九六一年)がそれである。〈アサイラム〉とは、ここでは収容所のことを指す。つまり、ここで対象となっているのは、病院や精神病院・老人ホーム・刑務所・寄宿舎などのように個人の生活を丸抱えでつつみこむ施設――これを「全制的施設」と呼ぶ――にくらす人びとである。かれはこの研究にあたり病院で一年間参与観察をつづけた。そのあたりの事情についてかれはこう書いている。
「聖エリザベス病院での実地調査をするに当って私が直接の目的としたのは、入院患者の社会的世界について、それが患者によって主観的に体験されているままに、知りたい、ということであった。私は、余儀なくレクリエーションならびに地域生活の研究者であるとふれこみ、体育指導主任の助手という役割をつとめることになった。私は、職員との交際をさけ、また鍵ももち歩かず、終日患者と一緒に時を過ごした。[中略]当時も現在も変わらない私の信念は、どんな人びとの集団も――それが囚人であれ、未開人であれ、飛行士であれ、また患者であれ――その人びと独自の生活[様式]を発展させること、そして一度接してみればその生活は有意味で・理にかなっており・正常であるということ、また、このような世界を知る良い方法は、その世界の人びとが毎日反復経験せざるを得ぬ些細な偶発的出来事をその人びとの仲間になって自ら体験してみること、というものである。」
ロバート・E・パーク
「都市は、人間性と社会過程を、もっとも有効かつ有利に研究しうる実験室である」
ネルス・アンダーソンの『ホボ――ホームレスの社会学』(一九二二年)――日雇いの渡り労働者や浮浪者の世界を克明にえがく▼7。
アンダーソンがパークの指導のもとにまとめた『ホボ――ホームレスの社会学』は、安ホテルや下宿に滞在するいわゆる住所不定のホーレスの調査である。当時のシカゴには数万人のホームレスがいたという。
ホームレスたちの世界には複雑な階層があり、社会的序列があり、厳格な掟があった。たとえば、かれらのあいだではなにか仕事をしている者の方がランクが高いのだが、それよりも移動性の高い者(各地を渡り歩く者)の方がパイオニア精神があるとして、より高いランクがあたえられたという。また、人びとの関係は民主的で人種差別はほとんど存在せず、夜中にみんなが寝ている最中に他人の物を奪うことをきびしく禁じた掟が厳格に守られている。



