こころとからだのリテラシー(身体文化論)2025前期10からだ編(3)病気と健康

第10回 からだ編(3)病気と健康

■病気の多元的理解へ
生物学的な出来事、歴史的な産物、哲学的な問題、社会的な役割、個人的な物語である。



■生物医学モデル(科学的客観性重視

①ルイ・パスツールやロベルト・コッホ「細菌説」細菌やウイルスといった外部からの特定の、識別可能な実体(病原体)の侵入によって引き起こされる。
→病気を患者から独立した「モノ」として捉える。感染症対策という社会的要請。

②普遍的な病原体を標的とする「疾患中心」の還元主義的理解。「疾患」と「人間」の概念的分離。→フーコー「臨床医学的まなざし」

③病気とは「生体がその構造や機能に障害を起こし、苦痛や不快感が発生して日常生活に支障をきたす状態」と定義される。
→機能的な「正常」状態から逸脱した状態。

④「多因子疾患モデル」複数の遺伝的素因(感受性遺伝子)と、食事、運動、ストレスといった環境・生活習慣要因との複雑な相互作用の結果として捉える。

■生物医学の基本原理と批判
①特定病因論:確認可能な病原体によって生じるとする。しかし例外いろいろ。
②疾病普遍の前提:すべての疾病は人間に普遍的なものである。しかし文化的な規範や社会的な価値に左右される。アル中、PTSDなど新しい疾患。
③不健康を正常からの逸脱と捉える:しかしどこから高血圧?
④科学的中立性:しかし科学も社会に埋め込まれている。

■3つの社会的次元
①Disease(疾病、しっぺい): 生物医学的な実体としての病気。医師によって診断される、客観的で病理学的な状態を指す。これはフーコーの言う「臨床医学的まなざし」によって捉えられる対象である。
②Illness(病い、やまい): 主観的な経験としての病気。痛み、苦しみ、生活の崩壊など、個人が体験する不調の感覚や物語を指す。これはカンギレムの言う「諸器官の沈黙の破れ」によって生じる生の経験である。
③Sickness(病気、びょうき): 社会的な役割としての病気。病者として社会的に承認される地位や役割を指し、そこには権利や義務といった社会的な期待が含まれる。これはDiseaseとIllnessを包含する、社会的に交渉される概念である。

→臨床現場での対立は、医師が焦点を当てるDiseaseと、患者が経験するIllnessとの間の断絶から生じる。

■病人役割:社会が用意した病者のための脚本
(Sick Role)パーソンズ
権利
①通常の社会的役割(仕事など)からの免除。
②病気であることに対して責任を問われないこと。
義務
①回復しようと努めること。
②専門的な医療機関の助けを求め協力すること。

フーコーが示した「臨床医学的まなざし」が構築する権力関係(能動的な知者である医師と、受動的な無知の対象である患者)を、社会的なレベルで演じさせる脚本。

■医療化:人生を病気に変えるプロセス医療化(medicalization)とは、かつては医療問題と見なされていなかった人間の営みや問題(逸脱行動や自然なライフイベントなど)が、次第に病気として定義され、診断・治療といった医療の対象となっていくプロセスを指す。
①アルコール依存症や子どもの多動性は、それぞれ「アルコール使用障害」「注意欠如・多動症(ADHD)」という病名を与えられた。
②妊娠・出産という自然なライフイベントは、自宅から病院へと場所を移し、厳密に管理される医療行為となった。
③老化、更年期、悲しみといった人生の普遍的な経験もまた、医療化の対象となっている。
④西洋社会において長らく精神疾患と見なされてきた同性愛は1973年に診断マニュアル(DSM)から削除された。これは「脱医療化」の例。病気のカテゴリーが生物学的な不変の事実ではなく、社会的・政治的な交渉によって変化しうる。

■病気喧伝(Disease Mongering):企業による病の創造。「治療薬を販売する者のために市場を拡大する目的で、治療可能な病気の境界を広げる」行為。男性型脱毛症、過敏性腸症候群、骨粗鬆症、高コレステロール血症のように、単なるリスク因子をそれ自体が病気であると定義する。疾患啓発キャンペーン。症候群という言葉。

■診断閾値の専制:慢性疾患の曖昧な境界高血圧や糖尿病といった多くの慢性疾患において、診断の基準となる「閾値(いきち)」は、連続的なリスクスペクトラム上に引かれた人為的な線に過ぎない。この恣意的な線引きは、公衆衛生政策を運用する上での実用的な必要性から生まれる。健康な人々を「リスクを抱えた存在」として恒常的な不安に晒し、医療介入の対象を際限なく拡大させる。

■病いの語り
アーサー・クラインマン
病いがもたらす実存的、現象学的な次元。苦悩に満ちた生の経験。人生の断絶。病いは、個人のアイデンティティ、人間関係、そして人生の計画そのものを脅かす。
①痛み(pain)身体的な感覚
苦悩・患うこと(suffering)その痛みに与えられた意味から生じる広範な実存的苦痛
病者と医療者における
説明モデル(explanatory model)病気の原因や意味、適切な治療法に関する文化的な信念体系
②病いの語り(illness narratives)患者が自らの苦しみを理解するために語るストーリー

アーサー・フランク
回復の語り、混沌の語り、回復の語り

■病気のまとめ
①生物学的事実として: 身体内部で進行する、客観的に捉えうる生理学的なプロセス。
②主観的経験として: 苦悩と意味探求を伴う、個人的な生の旅。
③社会的構築物として: 文化的な規範と期待によって形作られる役割とカテゴリー。
④歴史的産物として: その意味が時代と共に劇的に変化してきた概念。
⑤政治・経済的対象として: 権力、管理、そして商業的利益の標的。

■健康の定義(WHO)
1948年採択の世界保健機関(WHO)憲章の前文。
「健康とは、病気や虚弱ではないというだけでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態である」
生物医学的な視点による「病気の不在」ではない。
①身体的ウェルビーイング (Physical Well-being)
②精神的ウェルビーイング (Mental Well-being)
感情の安定性、効果的な対処メカニズム、回復力、自尊心などが含まれる。
③社会的ウェルビーイング (Social Well-being)
肯定的な社会的交流と強固なつながりは、全体的なウェルビーイングと精神的健康にとって不可欠である。

■「日々の生活のための資源」としての健康(WHOオタワ憲章 1986年)
①変化する状況に対応する能力
②疾病や障害との共存
③複雑適応システム(CAS)としての健康:回復力と継続的な適応を必要とするプロセス

健康は個人の選択だけでなく、所得、教育、居住環境、社会的支援、差別といった広範な社会的、経済的、環境的決定要因によって深く影響される。→健康格差


■薬とサプリ(Geminiによる)
比較項目医薬品(薬)サプリメント(食品)
目的病気の治療・予防・診断日常の食事で不足しがちな栄養素の補給健康の維持・増進
法律上の位置づけ医薬品、医療機器等法(薬機法)食品衛生法
効果・有効性国(厚生労働省)が審査し、有効性と安全性を科学的に証明(治験)基本的に有効性の証明は義務ではない(一部を除く)
品質GMPという厳格な基準で製造を義務化義務ではない(一部認証工場あり)
使用方法医師・薬剤師の指導のもと、用法・用量を守る個人の判断で使用
広告・表示承認された効能・効果のみ表示可能病気の治療や予防といった医薬品的な効果を謳うことは禁止
食べたものは胃腸で消化され、アミノ酸などの小さな分子に分解されて吸収される。

■健康ブームにおける健康言説




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