情報市民10クリエイティブ都市・社会関係資本・サードプレイス投稿集

2. Forms版サードプレイスにします。自由記述。

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静かな場所が好きで自然の中でひたすらゆっくり過ごすのが好きで都会が苦手なので、東京に住んでいるくせに全然都会のことが分かりません、人がたくさん集まるところでよく行くところは上野か御徒町の周辺だけです。都会によく出ていく人はいったいどこに行っているのだろうか、、、。ちなみにショッピングはほとんど興味がない。

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皆さんはキャンパスでお気に入りの場所やオススメスポットなどはありますか。私はまだ見つけることができてません。是非オススメスポットがあれば教えていただけると嬉しいです。

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コロナウイルスがなかったら今の大学生活も全く違ったものだっただろうなと改めて感じました。

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最近、歯を磨いてからベッドで寝っ転がっているときに、必ずお腹が空いてしまいます。歯磨いて、飯を食べちゃいけないタイミングでお腹が空いてしまうって、「ボタンを押してはいけないよ」といわれると押したくなる現象と似てますね。

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私は積極的にワクチンを接種したいと思っています。

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サードプレイスのような息抜きできる空間を上手く利用したいです。

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サードプレイスとなり得るサークル活動の早期再開を望みます

情報市民10クリエイティブ都市・社会関係資本・サードプレイス

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90:40

1. コロナ禍においてリアルに集うサードプレイスが損傷しています。サードプレイスの観点から、1年半続いているこの状況の中で「何がどうなったか、何をどうすべきだったか、あなた自身はどうだったか」について考えて下さい。そして希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとして、あなたは何をどうしたらいいと思いますか。できるかどうかは問いません。500字以上。締切は2021年6月14日午後11時30分。

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私は、このコロナ禍によるサードプレイスの損傷によって、新しいつながりを得たとしても、画面越し、ラインのチャット越しという実感のない人間関係になってしまったと考えています。 基礎演習のFAさんや先生は何とか人間関係構築に向けて勤めてくださりましたが、やはりオンラインの関係なので、あまり実感がなく対面の授業で再開しても、微妙な距離感が生まれてしまいました。 また、対面で初めて会った基礎演習で同じクラスの子に挨拶する際に、下手な挨拶しかできなかったことが悔やまれます。名前を呼ぶなり、気の利いた挨拶ができればと思いました。一度会ったらもしかしたら一生会えない関係だと考えて、もっと真剣に挨拶をすればよかったと考えています。 コロナワクチンが接種し終えるまで、この状況が続くとしたら、会えた時にはしっかりと誠心誠意を込めて挨拶をし、一度の関係を大事にしようと考えました。 蛇足にはなりますが、昨年のコロナが最もひどかった時期、姉が就職活動の時期でした。弟の私から見ているととても大変そうでした。 まず、エントリーシートの添削が対面からオンラインになってしまうため、メールで送信し、その後、回答が来るといったラグが生まれてしまったため、かなり非効率的であると考えました。 また、オンラインで面接や説明会を行うため、私がスマートフォンを使わないようにしたり、うるさくしないようにしたりと家族全員の配慮が重要だと考えました。 さらに、SPIなどの筆記試験が、企業で集団受験ではなく、テストセンターの結果を送信という形になり、事前の対策が重要になっていました。 この就職活動の様子を見て、対策を私も対策をしておかなくてはならないと感じました。

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私は、コロナ禍におけるリモート活動の普及に伴って、生活から無駄をざっくりともぎ取って捨てたというような表現ができると思います。ここでの無駄は、主に対面の必要がないミーティングやそれに伴う移動などを指し、最初は必要に迫られて導入したような形であったとしても、その生活の効率の良さから徐々に、コロナが無くても今のままの方が良いとする風潮が広まったように感じます。そして、私は丁寧に無駄をトリミングし、捨てる必要があったように思えます。ざっくりと捨ててしまったために無駄と近い場所にあった必要なものも一緒に捨てられてしまったように感じ、その際たる例がサードプレイスであると思います。さらに、必要なものも一緒に捨ててしまったという事実に気づいておらず、実は本当は得られるはずだった情報が得られなかったり、鬱っぽくなってしまったりという弊害の存在と原因に気づいてない可能性があります。実際私は、具体的なサードプレイスとしてはサークルがなくなり、それ以外にも一年時に基礎演習で同じクラスになり、その後も学内で親しくしていた友人とはほとんど連絡を取らなくなってしまいました。そのため私は、無駄を見極め丁寧にトリミングした上で、無駄と一緒に捨てられてしまっていたかもしれない必要部分をいかに身体性を伴う形でバーチャルに再現するかを考える必要があると思います。

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 たしかにコロナ禍の影響で人が集まったりする行為が良くないとされ、リアルに集うサードプレイスが損傷したように思います。その結果、コミュニティを築いたりするといったようなことが以前よりもできなくなり、交流の場が少なくなりました。コミュニティへのアクセスが難しくなったことによって、ストレスなどの管理も難しくなってきているのだと思います。私も含め多くの人が思うように外出して活動がしにくい状態となっています(やろうと思えばできないわけではない)。今後も全員がワクチンの接種を完了するまでにはまだ期間がかかります。そのため、そのことに嘆いている暇があったら今手持ちの環境でできる最良の手段を考えるべきです。とはいっても私に最良の考えがあるわけでもありません。しかし、あまり良い代替にはならないとは思いますが、リアルに集うサードプレイスが損傷されたならオンラインでコミュニティへの参加をするほかないと思う。確かに自宅などの参加になることが考えられるため、実際のセカンドプレイスよりも刺激はないと思います。しかし、サードプレイスの本懐が「自分にとって心地の良い時間を過ごせる第三の場所」であるならば、極論その場所が必ずしも現実である必要性もないのではないだろうか。そのため与えられた現環境下だと、インターネット上にそういった場所を作る、又は探すべきだったのではないだろうか。  とはいうものの私自身コロナ禍に突入して以来めっきり外出することが減り、外出するとしても家族や親しい友人など限られた人としか会うことがありませんでした。というよりもそれで満足してしまっていました。理由は簡単で私自身比較的内向的で積極的に交流を求めに行くことがあまりないからです。コミュニティが狭いのはあまり良くないことはわかっているのですが現状維持バイアスからかなかなか変わりません。本校は渋谷というかなりの好立地となっているため、ワクチンの接種が終わったら、コミュニティを増やすためサードプレイスを求めていろいろなところへ行ってみたいと考えています。

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学校や職場外での趣味の活動、例えば音楽活動であればライブハウスや演奏会、美術の交流の場、そしてスポーツをやる場などの閉鎖や活動延期が相次いでいます。今は皆がマスクをし、直接触れ合うことを避けること、ソーシャルディスタンスをとることなどで人数の少ない規模で開催されたり活動が再開されたりしています。それでも以前のように活動はできません。私は学校外でオーケストラの活動をしているのですが、練習に集まることや定期演奏会を開くことも難しく、活動を去年の夏ごろから停止しています。私はオンラインを使ったリモートで交流できるようにするのがいいと思います。例えば音楽活動であれば、リモートでセッションや楽曲制作をできるし、ライブもオンラインで開催されているものも多くあります。美術の交流であってもデジタルであればリモート共同制作も可能だと思います。また、最近では美術館に行かずともスマホで作品を見て詳細を確認できるサービスもあります。一番リモートで行うのに難しいのはスポーツですが、リモートでのヨガ教室やストレッチなどは行われていて、家にいることが多くなったコロナ禍で大変助かると思います。屋外で人との距離を十分に保てるのであれば少人数でスポーツをできると思いますが、マスクをしているので苦しくなってしまうのは問題だと思います。

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新型コロナウィルスが蔓延するまでの私のサードプレイスは渋谷のライブハウスでした。好きなバンドや楽しいイベントがあるときはチケットを買って大学帰りなどによく通っていました。しかし、去年の5月の末にコロナの影響により閉店してしまいました。21年間続いたライブハウスが意図も容易く潰れてしまったこと、そして自分が通っていた場所であったことからその時は驚きと哀しみの感情が湧いていました。当時のコロナが流行り始めた時、誰しもが今よりもコロナを重く感じていたため、緊急事態宣言などにより、外出する人は減り、ライブハウスへの客足は遠のいほとんど客は入っていなかったと思います。しかし、全ての人が外出自粛をしていた訳ではなく、渋谷のセンター街では大勢の人達が普通にいるようなニュースも当時は見ました。結果論にはなりますが、ただ、ライブハウスへの入場を禁止して、誰もいれないのではなく、現在のライブハウスの規制のようなものを用いて、ライブハウスの維持に少しでも貢献したいと思ってた人たちを入れるべきだったのではないかと考えます。私自身も、当時は緊急事態宣言によって、バイトが入れなかったり、今よりも外出自粛に対する考え方が重かったりなど、色々と会い重なって家にこもりっきりの状態が続いていました。しかし、本当に自分のサードプレイスを守りたかったなら、家にこもりっきりになるのではなく、行ける時にライブハウスに行くべきではなかったのかと考えます。現在ではワクチン接種も始まり、当時よりは外に出やすい環境になりました。しかし、私はあと2.3年はコロナ禍は続くと考えています。ですが、当時よりはライブハウスなどでの規制は緩くなっているので、アーティストやライブハウスの維持に少しでも貢献するためにも、ライブがある時は、積極的に行きたいと思っています。

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私が考えるコロナ禍においてリアルに集うサードプレイスが損傷している中、サードプレイスの観点から、一年半続いてるこの状況中で、緊急事態宣言が初めて出された時は大半の人はホームステイをしっかり守り、それぞれの職場でも自宅ワークにシフトし、リモートワークにする動きが目立ちました。本来サードプレイスというのは「第三の場所」とし、スターバックスに行ってくつろいだり、気晴らしにショッピングに行ったり心安らぐ場所です。しかし、時短営業や緊急事態宣言が出たことにより、アウトドア派息抜きしている人たちにとっては生き抜きどころかむしろストレスが溜まってしまいます。今日の状況は、まだコロナウイルスは終息しきれていないがたくさんの人達が行き来している状況です。インドア派の人は自宅でゆっくり趣味に没頭できる時間が増え、外出禁止をしながら上手くストレス発散出来ている気がします。インドア派や、対面で人と話すことが苦手な人たちにとったら楽しく自粛生活が出来ているんじゃないかなと思います。 私は、緊急事態宣言を出すなら一切外出禁止にするべきだったのではないか、と思います。その裏には経済の動向があるから全員一斉に外出禁止することは難しいと思いますが、こんなに何年も長引くなら、やるならやるで極端な考えを持って緊急事態宣言を出すべきではないのかと思います。私自身も最初の頃は出来るだけ外出禁止を徹底していましたが、人間で感情も持っているのでいつかしびれがきます。なので次第に緊急事態宣言が出ていても外出をするようになりました。良く年寄りが、「若者はなんでじっとしていられないんだ」と耳にしますが、遊び盛りの十代二十代は数ヶ月も我慢出来ません。若者は若者なりのストレスがあり、その発散法が外出することです。じっとしろ、は、ストレスを抱えていろ、と言われているのと同じです。 希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとして私なら、まずは行動範囲が広い十代二十代が優先的に接種をして、感染源を少しでも抑えてから年寄りに接種するという順番がいいと思います。確かにコロナウイルスを広めているのは行動範囲が広い十代二十代です。だからこそ原因である若者たちから接種をして、根本的な部分を治していかないと、いつまでたってもコロナウイルスは終息しないと思います。

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集まり、出会って交流を持つことで人は友情、信頼を築けるのに、その機会が激減しました。そこで、オンラインでできるだけ人と人の関係をつないでいくことが行われましたが、実際に会う機会をもっと作るべきだったと思いました。マスクやパーテーションなどでしっかりと感染対策をしていれば、実際会って話すことは可能なので、それをもっと早くから行うことは現在の2年生にとって今後の大学生活を左右するものだったと思います。私は現在サークルに所属していて活動もちょこちょこでき、先輩、後輩と実際にあって話したりなど、交流がありますが、私の友人ではサークルに入るか悩んで結局はいらなかった、入っているけど活動をあまりしていないし、やめようか考えている、やめたなど縦の関係が2年生には少ないと感じます。私は、希望者のワクチン接種が完了するまで、何らかの形で、学年を超えて生徒が交流する機会を増やすべきだと考えます。学部ごと、学科ごとでもいいので、学年を問わず自由参加のリクリエーション的なことを感染対策をしたうえで対面でやることで大学内で縦の関係を築き、新しいコミュニティを作りだすことができるようにし、ワクチン接種完了までではなく、その後も続けられるものを残すべきであると考えます。

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コロナウイルスが日本に蔓延してしまった原因として、正しい情報があまり出回っていなかったことに一原因があると思いました。コロナウイルスが日本に蔓延し始めた時期、私は高校2年生でコロナウイルスの恐ろしさを知る機会があまりなかったため、友達と外出していました。周囲の友人もコロナウイルスについての知識が浅かったため遊んでいる人が多く、家庭内感染が高まってしまったと思います。総務省情報通信政策研究所が2020年9月に発表した「令和元年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」などの調査結果を基にすると、テレビのリアルタイムの観賞について、時間が奪われ、減少しているようすは若年層が最も顕著に見られます。私の周囲の友人はテレビよりもユーチューブをよく見るといった人が多いため、有名なユーチューバーさん達にコロナウイルスが危険である事や、感染拡大状況などの正確な情報を発信してもらう事を行えば、少しは若者の感染を抑えられたのではないかと思いました。また、飲食店への政府の対応である給付金制度があまりよくなかったと思いました。財政面で負担がかかってしまうことは十分分かっていますが、やはり給付金よりも営業した方が儲かってしまえば、営業してしまう気持ちになってしまうことは当たり前だと思うので、もう少し経費を費やすべきであったと思いました。

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コロナウイルスのサードプレイスへの影響はとても大きなものであったと思います。営業自粛や外出自粛の影響でサードプレイスという場所はほとんどなくなくつつあったと思います。その理由は外出が悪であるというような風潮があるように感じました。また私は緊急事態宣言について疑問があります。理由は頻発しすぎており、効果が薄れているように感じたためです。 日本人は比較的に素直にルールに従うように思います。しかしながらルールの穴をついて行動している人も多くいるように感じています。例えば東京に緊急事態宣言が出ている時には代わりに神奈川、千葉、埼玉へ外出したりしているのが目立ちました。つまり中途半端であったと思います。徹底的にやるならやるようにしないと余計事態を悪化させるように感じました。 私自身はサードプレイスとしてカフェをよく利用していましたがコロナ自粛がきっかけで滅法行かなくなってしまいました。 出かけるのもアルバイトくらいで友達とも極力会わないでいました。今思うと自分はそれほどサードプレイスに重きを置いてはいなかったと思います。別に行かなくても大丈夫な場所。その程度の位置であったと思います。就職活動はウェブ面接やウェブ説明会が主流でした。対面は基本なく、最終選考などの際に行くくらいでした。その影響もあり、移動時間がなく、移動費用も基本かからないのでその面では非常に良かったと思います。私はワクチン接種が完了するまでは極力人の多いところには行かずに基本的にはファーストプレイスで過ごしていきたいと思います。

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私は、コロナウイルスの感染拡大によってサードプレイスは一時は壊滅させられたものの、徐々に回復してきていると考える。思い返せば日本国内でコロナ感染者が出始めたころ、私は高校2年生だった。もう少しで本格的な受験生活が始まる、そんな時期だった。たしかに、受験とコロナのダブルパンチは辛かったが、実は受験生という立場はコロナ禍において有利だったのかもしれない。私がそのように考える理由は、受験生は基本的にサードプレイスを必要としないと思うからだ。一般的に、受験生は外で遊ぶことを避け、勉強に集中したいと考えるようになる。志望校合格という目標のための犠牲である。これは私も実感したことであるが、受験期に一番リラックスできる場面は、学校に行って友達と会うそして他愛もない会話をするという状況である。つまり、ファーストプレイスとセカンドプレイスで十分ということだ。しかし、これはあくまで過去の話だ。大学生となった現在は、サードプレイスが欲しくてたまらない自分がいる。1年半と比べると、多少はマシになっているはずだが、それでも大学に行って友達と会い、授業後に公園のような開けた場所で会話をすることが限界だ。やはり、対面でのコミュニケーションは依然として不十分になりがちだ。希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとするなら、オンラインのコミュニケーションも上手くやっていかなければならないと思う。歴史的に見ても、現在ほど対面とオンラインのハイブリッドコミュニケーションが求められることはないだろう。コロナ禍を教訓に、今一度不測の事態が発生した時にどのように人と人との繋がりを絶やさないようにするかを誰もが考え直す必要があると思う。一寸先は闇、という意識で。

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サードプレイスの損失は私にとって、大学生活の欠如やサークル活動の減少が当てはまると思います。大学はほとんど通うことができなくなり、大学に行けないゆえにサークル活動もなくなってしまいました。その結果、本来関われた人と関われないことや大学生活の履修の中で疑問も多く出ました。また、私はアルバイトで塾講師をしていますが、こちらも一時期はオンライン授業になるなど人とのコミュニケーションを取る機会がほとんどなくなりました。このような状況において、私としては始めの緊急事態宣言後には大学に普通に通うべきだったのではないかと考えます。なぜなら、大学に通うことも授業を受ける以上に勉強になると思いますし、そもそもこのようなオンライン授業だらけの大学生活になるのであれば、通信制の大学との違いが不明確になると思うからです。たしかに、感染者は宣言後に大きく跳ね上がることとなりましたが、現在毎日400人から500人ほどの感染者が出ている状況で大学に通っているので、もう少し早い段階で通常通りの授業もしくはハイブリッド授業への移行を行っても良かったのではないかと考えます。実際に私の周囲では大学に通って勉強したいという人や友達を作りたい人が多くいたように感じます。そして、私自身も、1年生時、大学という場所で同じ年代の人から刺激をもらうことが多々あったと記憶しているので、そこで横のつながり、縦のつながりをもって関わり、勉強したいと考えていました。また、「ワクチン接種が完了するまでこの生活が続くとしたら」という議題ですが、この点に関しても私は、極力大学は全面オンライン授業への移行はせずに授業を行うべきだと思います。しかし、それでも常に感染状況は確認する必要はあると思います。そして、もし大学が現在のような授業形態ではなく、全面オンライン授業になるのであれば、全面オンライン授業になる条件とハイブリッド授業に戻す条件を明確に決めて國學院大學に通う学生全員に周知する必要があると思います。しかし、ここまで大学に通う必要があると述べてきましたが、実際にオンライン授業になったことは私から全てを奪ったわけではありません。zoomやクラウドなどのパソコンを使用したツールに慣れることができました。このように私の利益につながったこともあるので、もちろん大学には通常通り通いたいと考えていますが、「コロナ禍となり、大学に通えなくなった」という環境が生まれたことで何かを得るのではなく、自分自身でコロナの現状を把握して、できることや挑戦したいことを見つけて取り組みたいと思います。

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サードプレイスとは、コミュニティにおいて、自宅(ファーストプレイス)や職場(セカンドプレイス)とは隔離された心地よい第3の居場所を指します。例としてカフェ、クラブ、公園などが挙げられます。市民社会や民主主義、市民参加、などある場所への特別な思いを確立するのに重要だとも言われています。新型コロナウイルスが世界中で流行、蔓延したために日本でも数多くの商業施設が閉鎖、時間短縮営業などの措置を余儀なくされました。そのような措置がなされたにもかかわらず、現在の日本の感染者数は依然として多いままです。イギリスなどでは、いち早くロックダウンを取り入れて厳しく自粛を促したこともあり、現在の感染者数はとても少なく、コロナ以前の生活を取り戻しつつあるそうです。日本の対策は判断がとても遅く、政策もなあなあに進んでいったために感染者の数を制御することが出来ていないという意見もあります。私もその通りだと思います。もっと厳しい対策を期間などをしっかりと決めたうえで行うべきだったと思います。結局日本では、感染者の多い都内でもサードプレイスが完全に閉鎖されることはなく、営業時間の短縮にとどまった施設が多かったように感じます。私自身、昨年は受験生だったということもあり、ほとんど外には出ていませんでしたが受験生でなかったらいろいろなところに出かけていたと思います。もし希望者のワクチン接種が完了するまでこの状況が継続するとしたら、私たちにできることはできるだけ感染しないような行動を心掛けることだと思います。いつまでも自粛を強要することは難しいと思うので、ひとりひとりが感染を予防することを心掛けることが大切だと思います。

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私はサードプレイス(いわゆるカフェや公園、スポーツジム、深夜まで営業している飲食店等)はコロナ禍の1年半の影響で公共施設としてのサードプレイスは機能が小規模化したと思います。今となっては段々と活気は取り戻しつつあるのですが、元に戻るにはまだまだ時間が掛かると思います。要因としては、緊急事態宣言や営業の短縮化、人によっては家から出る人が減ってしまったことが、大きなサードプレイスの損傷し、小規模化したのだと思います。なら、私たちはどうするべきだったでしょうか。確かに、サードプレイスの持つ、自身にとっての心地の良い時間は緊急事態宣言化の際は一時的になくなっていました。その後は、現在も通して考えると、先ほども述べたように活気が取り戻されました。この際に、リアルに集うサードプレイスが形骸化したことに問題があるかと言われれば、問題自体はなかったと思います。むしろ、もう少しの間耐えるべきだったのかもしれないと考えています。落ち着いたら大丈夫かと言われれば、そういう訳にはいかないので、耐えることの必要性はやはりあると思います。私はリアルに集うサードプレイスに行くのをもう少し我慢するか、抑えることをするべきと考えるほかに、もう一つするべきことがあったと思います。それは、すでにしている人もいるかもしれませんが、より身近な場所に新たなサードプレイスを作ることです。身近な場所としては、近隣の散歩や自宅内にあります。近隣の散歩ならまだしも、自宅ではおかしいと思うひといるかもしれません。サードプレイスは自宅や職場、学校から隔離された、心地の良い第3の居場所ですが自宅にも室空間から隔てられた場所があります。バルコニーや自宅の屋上、SNS・ブログなどのソーシャルメディアなどです。そういった、身近な場所にサードプレイスを早めに作るべきだったと思います。私自身は1年半のほとんどは受験生だったので、センターや本番以外のほとんどを自宅で過ごしていました。学校に行く期間も通常よりも短く心細くなることもありましたが、学校が再開する前はアプリで、学校の友人たちと互いを確認し合いながら励ましあいました。再開してからは、アプリでの話や互いに直接を励ましあって頑張っていました。ソーシャルメディアが当時の私のサードプレイスでしたがその時ばかりは、セカンドプレイスもサードプレイスの役割も担っていた気がします。入学してからは対面が再開したので不安は少なくなりましたが、コロナ禍のためにリアルに集うサードプレイスは難しく、ソーシャルメディアが自身のサードプレイスになっています。コロナワクチン接種が完了するまでにこの状況が継続する可能性は限りなく高いです。そのため、私自身は必要でない限りは外出を控えたり、リアルに集うサードプレイスに行くことも控えようと思っています。また、全体での対策も必要です。1つは路上飲み問題です。路上飲みの危険性をただ言うだけでなく、誰が見てもわかりやすいように説明するべきだと思います。それだけだと足りないと思うので、新しい対策も立てる必要があると思います。それ他にも、実際に行われているワクチン接種を消防士や警察官など優先者を決めて打ち始めたように段々と接種の幅を増やしていく必要性があると思います。優先順位を決めて打つ際に誰が接種したかで混乱が起こらないように、その点についても対策を講じるべきだとも思います。そうすることでリアルに集うサードプレイスの損傷も治っていくと思いますし、全体的に日本も元気になっていくのではと考えています。

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私自身の環境はそこまで大きく変化はしていないように感じていました。私は神社実習制度という大学の奨学金制度を使っており明るい間は実習先の神社で奉仕しています。そのこともありサークルや部活動にも参加していませんしアルバイトをしているわけでもありません。その為他人との関わりというのが神社を通してという形が多いと考えています。今回の感染症で一番影響があったなと感じることには神社でのお祭りがほとんど行えなかったということだと思います。基本的には神職だけで行う形を取っているため少しもの悲しさを感じました。またお正月も過去に感じたしんどさを今年は味わうことがなく味気ない、正月らしくない正月だったなと思います。大学の友人とは健康診断で一年ぶりに顔を合わせた奴もいました。なので大学に関してはほとんど進展がなかったように思います。どうするべきだったかに関しては神社のことは関われませんが私個人では中・高校生時代の友人と連絡を取ったり、ゲームで遊んだりと会えないながらも交流は保てていたように思います。また今年の3月に一度実家の方にも帰省していますが家族とはその時に直接話すことも出来ています。ですのでこうすればよかったということはあまりありません。強いて言うのなら部屋にいる機会が多かったので部屋で出来ることに挑戦して新しい場所を見つけることが出来れば良かったかなと思います。コロナのワクチンが若者に届いて且つ収束するまではまだまだ掛かりそうな気がしますので何か室内で出来ることに挑戦してみたいなと思います。

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現在、コロナウイルスの影響でリアルに集うサードプレイスが損傷しています。そこで、これからサードプレイスの観点から、1年半続いているこの状況の中で「何がどうなったか、何をどうすべきだったか、私自身はどうだったか」について、そして希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとして、私自身、何をどうしたらいいと思うかについて、考えを述べていきたいと思います。 まず、「何がどうなったか」についてです。普段多くの人がサードプレイスとして利用している居酒屋などのお店や図書館などの公共施設がコロナウイルスの影響により、営業自粛や利用禁止を余儀なくされました。また、近年、居場所を作り、ともに活動する仲間や憧れる先輩・大人との出会いを創出して、探究学習の後押しを行う「ユースセンター」と呼ばれる施設が全国的に増えており、その施設について1つ例として挙げますが、2015年に開館した文京区青少年プラザの愛称であるb-labは、新型コロナウイルスの感染拡大により、状況が一変し、学校の臨時休校に伴って、休館が決まり、年間250以上のイベントを行ってきた場が突如失われました。 次に「何をどうすべきだったか」についてです。私は、政府が何回も緊急事態宣言などといった対策をしているのにも関わらず、コロナウイルスの感染者が減ったり増えたりと一向に減らないのには私たち(特に大学生などの若者)の行動に原因があると考えます。私たち国民が自分の甘い考えにより、不要不急の外出、都道府県間の移動、飲食店や商業施設の利用をしたせいで、コロナウイルスの感染者が増え続け、今の状況に至ると思います。なので、最初の段階でもっと一人一人が自分の行動を律して、その律した行動を続けるべきだったですし、そうすれば、サードプレイスの損傷も最小限に抑えることができたと思います。 次に「私自身はどうだったか」についてです。私自身、もっと一人一人が行動を律するべきだったと書きましたが、現在までのコロナ禍の1年半を振り返ってみて、私自身基本的には行動を律することができていたつもりでしたが、心の底から自分のこの1年半の行動がコロナ禍の状況に対する正しい行動だったのかと言われてみると、自信をもってそうだとは言えませんでした。やはり、最初の頃は自分自身の行動を律することができていましたけど、時間が経ち、コロナ禍の状況に慣れ始めてから、どんどん自分の中で「どうせコロナウイルスには感染しないだろう」といった甘い考えが生まれ始め、医療従事者の方々が最前線で奮闘しているのにも関わらず、そういった人たちの頑張りを無駄にするような行動(不要不急の外出、都道府県間の移動、飲食店や商業施設の利用など)をしてしまいました。少なからず、私のとった行動もコロナウイルスの感染者拡大の原因であると考えています。 最後に希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとして、私自身、何をどうしたらいいと思うかについてです。ワクチン接種が完了するまで多少なりとも時間はかかると思いますけど、みんなが笑顔で気持ちよく過ごせるような日々を取り戻すためには、我慢が非常に大事だと思うので、私自身、自分の行動を見直して、律していくことはもちろんですし、現在では、公園や自宅のバルコニー、VRといったコロナ禍の状況でも安心できる場所がサードプレイスとして利用されつつあるらしいので、そういった場所を多くの人に広めていければなと思います。 このように、現在コロナウイルスの影響でリアルに集うサードプレイスが損傷していますが、一人一人が行動を律し、コロナ禍という状況を乗り越え、自宅(ファーストプレイス)でも職場・学校(セカンドプレイス)でもない、自分にとって心地の良い時間を過ごせる第三の場所「サードプレイス」が安心して多くの人に利用できるようになればなと思います。

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コロナ禍の影響で、家での自粛が続き、友達と直接会って何気ない会話したりするなどのコミュニケーションを取る幅が一気に狭まってしまいました。実際に私も高校生活最後の年に思うように学校に行けなく、友達とも直接は会話すことができなかったり、最後の行事が中止になり、全部行うことが出来なかったなど最後の高校生活なのに友達と納得いくほどの思い出を作ることができませんでした。また、友達と直接会えない期間が今までにないぐらい長かったので疎外感や不安もありました。しかし、今に時代にLINEやインスタなどのSNSのようにコミュニケーションが取れるものが多くあった為、友達とLINEやインスタなどを使って、連絡を取ったり、ビデオ通話して会話をしたりしてコミュニケーションを取ってました。直接会えなくてもこの様にコミュニケーションを取るだけでもコロナ禍の自粛が続く中で心がリフレッシュできたり、疎外感がなくなりました。この時、普段の日常のようにコミュニケーションを取れるありがたさなどを感じることができ、人間にとってコミュニケーションは必要不可欠だと改めて思いました。 もし、希望者のワクチンワクチン接種が完了するまで自粛などの状況が継続するとしたら、SNSをよく使いこなし、こまめにコミュニケーションを取るようにすることが必要だと思います。その為、老人世代にも使えるように分かりやすくSNSの使い方を新聞やテレビなどに載せたらいいと思います。また、なるべくサードプレイスが損傷しないように人数がそこまでいない集まりなどは、なるべくオンラインにしないで行った方がいいと思います。

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コロナ渦が一年半続く中、私は大きな二つのことが変化したと考えます。一つ目はインターネットの使い方の変化です。多くの会社がコロナ渦のなかで、社員を会社に来させるのでなく、リモートワークをさせていました。またオンライン飲み会、オンライン旅行などのインターネットを使った家でもできることが増えてきました。これらの活動は流行語大賞にノミネートするほど私たちに浸透していきましたが、実際は我慢できない人が公園などに集まって飲むことが多いです。私自身も緊急事態宣言が明けたら外で遊びたいなと思うし、コロナ渦が長引く中で気が緩んでしまう人もたくさんいると思います。二つ目は揉め事が多くなっていった点です。政府が緊急事態宣言を延長するたびに、人々は「最初から伸ばしてくれ」「小池百合子は口だけだ」などという風に政府はバッシングを受けます。また金銭面でも給付金の対応の遅さ、コロナの感染経路の確認のためのアプリの開発費用、オリンピック開催にあたっての費用諸々、いろんなところで常に揉めています。これはアメリカやイギリスなどの日本と同じ先進国と比べて考えることも多いため、余計に不満がたまってくるのだと思います。いま挙げた二つの点で一つ目はワクチンをよく動く若者に早期に接種させれば良いし、二つ目は政府の対応が早くなるようなルートを確立すればよいのであって、そこまで難しいことではないと思います。ですがこのような対応をいくらとったとしても以前のような生活に戻るのはなかなか難しいです。私は希望者のワクチン接種が完了するまで、気を抜かずに自粛活動を頑張っていきたいなと思います。自粛は私たちができる最大の感染拡大予防です。雨が降るから虹が出るのです。大学生になったばっかでどこにも遊びに行けない辛さはありますが、最後まで気を抜かないで頑張りたいです。

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コロナ禍において、リアルに集うサードプレイスは激しく減少しました。サードプレイスの存在は、人々が生きていく為に必要不可欠であり、その損傷は人々に多大なストレスと不安感をもたらしました。また、サードプレイスが損傷しているなか、職場はそれと比べて損傷が少なく、そのことも、更なるストレスの原因となったと考えられえます。サードプレイスは、衣食住に関わる仕事と比べると、ある程度の損傷は許容されるべきであると思われるかもしれませんが、そのようなことは決してなく、むしろ人々の精神を支えるという側面において重要な役割を果たしている為、生活していくうえで欠くことの出来ないものなのです。 しかし、実際に、このコロナ禍で以前と同様にリアルなサードプレイスを実現するが難しいのは確かではあります。 それゆえ、やはりここではオンライン上でサードプレイスを作るのが良いと思います。 コロナ禍初期の頃、リアルなサードプレイスの減少にしばらく悩んでいた人達は、その損傷を感じた段階で、オンラインを活用するべきだったのです。 その対応速度が、このコロナ禍を乗り切ることが出来るかどうかのカギとなっているのだと、私は考えます。 直接会うことが出来るのが一番ですが、ビデオ通話などのコミュニケーションも、損傷したサードプレイスを修復するのに適しています 私の場合ですと、この一年半の大部分は学校または塾で過ごしていました。しかし、私にとってはその両方がサードプレイスの役割も果たしており、受験勉強の日々ではありましたが、登下校での友人との雑談や、塾での大学生のアドバイザーの方々との会話などが心の拠り所となっていました。 ですので、社会では難しいのかもしれませんが、職場に誰か親しい人がいたら、休憩時間などに話をするなどして、職場の中に新たなサードプレイスを確立するのも一つの方法なのかもしれないなと思いました。 希望者のワクチン接種が完了するまで、私は、オンラインでのサードプレイスと共に、リアルに集うサードプレイスも、感染状況を確認しつつ、可能な限り増やすべきであると思います。リアルなサードプレイスが欠くことの出来ない存在であるのが明らかなのは、今の日本の現状を見ればよくわかります。コロナ禍以前のリアルなサードプレイスを今実現するのは難しいですが、少しでもそれに近づけることが出来るようにするべきです。実際その動きがないわけではないのですが、その姿勢を維持し続けることが大切なのではないかかと、私は思います。

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このコロナ禍で多くの人の交流が減ったと思います。多様で異質な人々が気軽に集まり交流のできる場であるサードプレイスは、不特定多数が集まり交流をする場であるのでコロナ禍ではあまりいいものとされていないので、一年半たった現在でも集まることができません。しかし他人を気にせずリラックスをする場であるとしての役割を持つサードプレイスでは、需要が高まり発展したと感じました。大勢の人と集まれないので、一人で楽しむ機会が多くなったと思います。どうするべきであったかに関しては結果論ではありますが、対策を早く行い、強固な策を講じるべきであったと思います。コロナが流行する以前にある程度、ウイルスに関しての報道がある中であまり重要視されていなかったので、緊張感をもって取り組むべきであったと思います。海外からの入国者を制限することなどはできたはずです。私自身はもともとインドア派であり、外に出ることがあまり多くなかったがセカンドプレイスとしての学校や、リラックスや交流の場であるサードプレイスの重要性を感じました。一人で課題や勉強をするには限界がありました。ワクチンの接種が完了するまでは、自分はこれまで通りに手を洗ったり、検温をしたりと細心の注意を払って生活をしていけばいいと思います。

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私にとってのサードプレイスは、ゴルフの打ちっぱなし場のバイト先です。ゴルフの打ちっ放し場ということもあり、最初の頃は、コロナ関係なく通常通り営業していましたが、今は緊急事態宣言の時短営業の対象にゴルフの打ちっ放し場も入っているため、本来22時までの営業を20時で切り上げている状態です。また、私のバイト先はチェーンなどの大型店舗ではなく、個人経営でやっているようなあまり大きくない会社なので、もしかすると、かなりの赤字なのかもしれません。お客様の人数や、売り上げはそこまで変わっていないのかもしれませんが、一人のお客様が打ち終わった際に、毎回打席を消毒するため、アルコールの1日の消費量などがかなり多く、そこはコロナ前と今とでは、大きく違うところかもしれません。またワクチンについて私は今すごくまよっています。それはバイト先のお客様とお話をしている際に、「ワクチンは存在しない。あれは、詳しくは金儲けをしたいユダヤ教が全て仕組んだものに過ぎない。自分の遺伝子を殺すだけのものだよ。」等と、お話を受け、少しその話にのめり込んでしまいました。確かにその話が本当かもしれませんが、なかなか打たないわけにもいかないと思います。

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 コロナ禍でリアルなサードプレイス、特に所謂「3密」を避けられないような場所での人の集まりが憚れるようになった。それにより、2020年はオンライン上でコミュニケーションをとる「ZOOM飲み」や、密空間にならない野外での「キャンプ」が注目されるようになった。つまり、従来のサードプレイスとは異なる、人と人がコミュニケーションをとる場所が生まれたのだ。  しかし、2021年現在、リアルなサードプレイスに再び人が集まっているように思える。これはワクチン接種が始まり、パンデミック収束の兆しが見えつつあることが一因かと思うが、それ以上に日本人の精神的問題が寄与していると思う。所謂「自粛疲れ」というものに該当するのだろうか。長い間、リアルなコミュニケーションを避け、非対面でのやりとりを多くの人が経験した結果、やはり実際に会ってコミュニケーションをとるのは重要だという、空気になっているのだ。仕事や学校が、テレワーク化、オンライン授業化するのはとてもいいことだと思うが、それ以外のオフモードのコミュニケーションも非対面で行うことが多くの人にとって問題だったのだろう。  私個人に関しては、ある有名人のオンラインサロンに所属しているため、コロナ禍においても様々な職業、年代、趣味嗜好を持つ人とコミュニケーションをとることができた。それはもちろんオンラインでのやりとりであるが、私はもともと対面でのコミュニケーションに対して、特にこだわりがないので不自由することなく、満喫できている。そのためワクチン接種が完了するまで、完了した後も、オンラインサロンを活用し続けるだろう。

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 私自身のサードプレイスは、書店です。アルバイトとしても書店には通っていますが、自分の職場以外も含めて書店がそうですが、私がよくいく書店は、コロナに煽られて時短営業にはなりましたが、完全に閉ざされることはなく、場所としてはしっかり存在していました。しかし、私自身がそこにいく回数で見れば格段に減りました。これに関しては良い判断というか、求められていることをしっかりとこなしました。  多くの書店で売り上げが減少しています。私が働いている場所は比較的大型の店舗ですが、この影響は必ずしもないとは言えない程度の業績は悪化しています。が、これを改善するには、書店だけでなく、サードプレイス全体に言えると思いますが、多くのお金を使い、応援するほかないとおもいます。

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サードプレイスとは、ファーストプレイスである自宅、セカンドプレイスである職場とは異なり、自分らしく過ごせる場所を意味しています。自宅や職場では様々な責任や義務があり自分の思った通りの生活をおくるのは簡単ではありません。しかしサードプレイスは、趣味を楽しんだり、スキルを磨いたりしながら、リラックスすることを目的とした場所となっています。サードプレイスの特徴としては、無料または安価で利用できることやアクセスがしやすく、人が集まってくるなどがあります。そのサードプレイスの具体的な例としてカフェや公園、居酒屋などが挙げられます。しかしコロナが流行したことによりこれまでサードプレイスとして機能していた場所が利用できなくなることや人との交流が減少してしまうといったことが起こっています。飲食店の休業や外出自粛などが原因で私たちはサードプレイスを失ってしまったと言えます。これに対して何をどうすべきだったのかというのは少し難しい問題なのかなと思います。コロナが流行してしまったことは仕方がないことだし、お店の休業や外出自粛はコロナを収束させるのに必要なことだと思います。しいて言うなら、政府がもう少しうまくコロナ対策をやりつつ一人一人が密を意識して行動していれば今頃はもう少し感染が収まって外出もしやすくなっていたのではないかなと思います。私自身はどうだったかというと、正直そこまで影響はありませんでした。もともとあまり家の外に出る方ではないし、自分以外の家族は、日中は仕事や学校に行っているので一人になる時間が多くファーストプレイスである自宅が実質サードプレイスの役割も果たしているので何も問題はありませんでした。そして大事なのはこれからワクチン接種が終わり、コロナが収束するまでの間どうするのかですが、私は仕事や授業がオンラインになったようにサードプレイスをインターネット上に作ればよいのではないかと考えました。インターネット上ならパソコンを持っていればそれほどお金もかからないし、だれでもいつでもアクセスできるので始めやすいのかなと思いました。先生が作ってくれた「放課後空間」がまさにインターネット上のサードプレイスだし、他にもオンラインゲームやオンライン飲み会などもサードプレイスになると思います。

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 人はその生活の中であらゆるコミュニティに属し、それぞれの場所で自分の立ち位置というものを確立しています。それは家庭や職場での立ち位置など自分にそれなりの責任感が生じるコミュニティであるものが多く、とりわけ人は自分の心を休めるためのコミュニティも必要になってきます。今、世の中がコロナ騒動によって人と人との距離も離れ、とりわけ社会的なコミュニティとは異なる自分の居心地がいい時を過ごせる場所であるサードプレイスにも影響が出ています。  それによりサードプレイスをスポーツやアウトドアなど外部で活動を行うコミュニティだった場合は大きな打撃を受け活動がままならなくなったことでしょう。逆にオンラインゲームなどのような直接的対面がないコミュニティは従来通りのサードプレイスが維持されていたでしょう。そのため、外部活動をメインとしていたサードプレイスはその大体の場として新たにオンライン上での対面を通して日常の近況報告をしたりなどで関係を続けていたのではと予想されます。私自身もまだコロナ化騒動が序盤で先が見えていない頃は、日ごろ定期的にドライブに行ったりする仲間と会うことができなくなり、その代わりにzoomを用いて他愛のない話をしたりしていました。  やはりサードプレイスとは日常の責任からひと時自分を解放してくれる重要なコミュニティです。ですのでやはり従来からのコミュニティ活動などに支障が及んでいる場合は、最初はそれ相応の対策をしてコミュニティ活動を再開すればよいのではないでしょうか。そして、徐々に規制を緩和していけばよいと思います。正直コロナウイルスというものが無くなる世界はもう訪れないでしょう。なので、いかにうまくコロナウイルス対策をしながら共生していく世の中をつくるかが重要でしょう。

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コロナ禍でサードプレイスという半匿名の自由な交流場所を失っているということは、インターネット上の人間と実際に会う機会が潰れていることでよく意識をしていました。新型コロナウイルスの蔓延が始まったばかりのころ、人と会うどころか、外に出るということ自体が悪とされていたのが記憶に新しいです。やがて対処法が整えられ、感染は広がり続けているがそこまで縛る必要はないだろうとだんだんと規制が緩んでいきました。そして現在、各国でワクチンの接種が進み、規制がかなり緩和され、蔓延が始まる前と同様の生活に戻っている国もあるようで、対応が分かれている状況です。新型コロナウイルス対策において、蔓延の開始から日本政府に様々な疑問や批判が集まっていましたが、私は国の決定に疑問を持ったことはほとんどありません。むしろ、考えられる上でもかなり良いシナリオを描けていると思っています。ただ一点、オリンピックの開催については論ずる余地があると思いますが、責任感の無い憶測が飛び交う中で専門家の意見をしっかりと取り入れて被害を抑えられたと思っています。したがって、私は所謂サードプレイスの喪失について、一部の人々にとっては看過できないものであると理解しつつも、私の考えていたよりも早く決着が着きそうに思っていますから、必要な犠牲だったと考えています。私自身、高校での合唱祭や文化祭、卒業式など多くのイベントが短縮、中止に追い込まれました。そういったイベント的な場において、普段親しくはない人とも心を身近に感じられる空間が作られることを多く経験していたので、そういった意味でも私のサードプレイスは損傷していたと思います。しかし、私はインターネットにおいて、趣味嗜好や意見を共有する様々な人々との繋がりがあります。多くのことがリモートで行われるようになった現代において、この人間関係は軽視していいものではないと考えていますし、このサードプレイスが損なわれることはほとんどありません。上記の通り、実際に会おうとした場合は別ですが。希望者のワクチン接種完了まで何をすべきかという問いですが、私はこの一年以上やってきた通りに生活するべきだと思います。新型コロナウイルスの蔓延にようやく終わりが見えてきたということが奇跡によって起こったわけではないことを私たちは身をもって知っているはずですから、これまでと同様の頑張りを続けることで、私たちのサードプレイスも再生していくでしょう。

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コロナ禍においてリアルに集うサードプレイスが損傷した結果、会話の内容が変化したと思います。コロナ禍において代用としてオンラインのサードプレイスが出てきましたが、これはリアルのものとは二つの点で異なると思います。一つ目はオンラインでは会話が一度に一つしかないということです。例えば複数人で話す際にリアルでは一人が話している際にも別のグループでは別の会話が行われていたりと同時に複数の会話が発生します。しかし、オンラインでは一人が話し出すとほかの人は黙らないと何を言っているのかわからなくなるため、会話が同時に複数起きることが出来なくなります。二つ目は自由性が損なわれることです。授業の中でappleのCEOとGoogleのCEOが仲良く話していたことが挙げられましたが、それはリアルだからこそ身分を気にしないでいられるのであって、オンラインでは記録が残ってしまうため自分の立場を気にしなければならないため、リアルほどの自由性はなくなってしまうと思います。次に何をどうすべきだったかについてですが私は二つのことを徹底するべきだったと思います。一つ目は外国にいた日本人に帰国制限をかけて日本に帰れないようにしておくことです。そうすればコロナの感染はここまで急速な拡大をしないで済んだであろうし、一定の制限はあれどもリアルのサードプレイスを今ほど損傷させなくて済んだように思います。もう一つは私たちが我慢することです。2021年の國學院のコロナ感染者数は4月よりも学校を封鎖していた5月の方が多いです。このことから私たち学生が好き勝手やっていることがわかります。コロナは収束してほしいと国に文句を垂れ流しておきながら自分たちは外に出たいという。この矛盾を解決しなければリアルのサードプレイスが回復するのはまだ先になるのではないでしょうか。また、一時期Twitterで二度目の給付金で一時期騒がれていましたが、給付金は景気の回復のためにその金で経済を回すことが目的の一つとなっています。ですので給付金をもう一度よこせと言っていた人々は間接的にその金で歩き回ってコロナを撒き散らかしてくるといっていることと大差ありません。だから我慢することがコロナの収束を速めてリアルのサードプレイスを回復させることにつながるのです。そして私自身はどうだったかについてですがほとんど家に引きこもっており、もともとコロナ禍以前からリアルのサードプレイスに行ったことも行こうと考えたこともないため特に影響はありませんでした。そのため、学校では友達はほとんどいませんし、自分の知らない新しい知識などはバイト先やネットのニュースからしか仕入れていないので恐らく他の人よりも発想力は乏しいと思います。最後にこの状況が継続するとしたら自分はやはり我慢することが一番ではないかと思います。経済を回すために一定の自由は必要なのはわかりますし、リアルのサードプレイスによって新たな考えが生まれたりすることもわかります。ですがコロナを減らすのに一番効果的なのは人が余計な接触を避けることです。コロナは収まってほしいがサードプレイスに行きたいという考えは矛盾しているように感じます。ですので我慢してリアルのサードプレイスを安全に展開できるようにすることが一番の近道であると思います。

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サードプレイスとは、自宅(ファーストプレイス)でも職場や学校(セカンドプレイス)でもない、自分にとって心地の良い時間を過ごせる第三の居場所を言うが、コロナ禍においてそれぞれのサードプレイスが失われつつありました。社会人であれば、仕事を頑張りつつ自身のサードプレイスでリフレッシュをし、疲労を取り戻すというサイクルが失われることでストレスが溜まっていったことでしょう。私自身のサードプレイスは放課後や部活帰り友達と何気なくご飯を食べている空間や、映画館で一人もしくは友達と映画を観ることです。そもそも、私が高校3年生で1度目の緊急事態宣言が出された頃は不要不急の外出を控えなければならなかったためサードプレイスは完全に失われ、更には学校も休校しセカンドプレイスまで失われたことで当時は相当なストレスが溜まっていました。私は何かしら自宅のみでサードプレイスのような空間を擬似体験できないかと考え、その時初めてNetflixを登録し、映画館で映画を観れない代わりに家で楽しんだり、友達とLINEのグループ通話で一緒にご飯を食べたり、自分なりに楽しみ方を見つけてリフレッシュの空間を作ることができていたと思います。しかし、もちろん損傷を受けたのは私たちだけではありません。飲食店経営者、映画館スタッフ、映画の制作者なども売り上げの低迷から生活に多大な損傷を受けたことでしょう。今もなお、損傷を受け続けていると思います。そこで、感染予防対策も意識した対策を考えてみました。1つ目はサードプレイスのバーチャル化です。技術の進歩によりVR映像の鮮明さは現実間をきっと味わうことができると思います。2つ目は公園にリラックスできる空間を作り、さらにスターバックスのコーヒーやラテ、飲食店の食べ物などを簡単に購入できる機械などを設置するという案です。これは、屋外という感染対策ができるうえに、飲食店の売り上げも獲得できるという一石二鳥のサービスではないかと考えました。コロナ禍の今考えさせられることは多く、ニューノーマルにどう上手く対応しそれを定着することができるかが肝心だと思うので、失われつつあるサードプレイスを良い形で取り戻すために学生の私たちが社会に貢献することが大切だと改めて思いました。

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この1年半何がどうなったかと言うと、コロナ禍によってサードプレイスの被害は大きかったと思います。最初はそこまで影響はありませんでしたが、感染者が増えていくにつれサードプレイスの集まりが危険視されるようになりました。そして1回目の緊急事態宣言の時にはすっかりサードプレイスは機能しなくなったと言えるでしょう。ただ、1回目の緊急事態宣言終了後は感染者数が増えてもサードプレイスは使用されるようになったと思います。新型コロナウイルスはやはり危険なので、サードプレイスの機能が停止するのはしょうがないと思います。そのため、何をどうすべきだったかと言われるとリアルなサードプレイスは諦めて、オンラインに活路を求める他ないように思えます。私自身はどうだったかと言うと、コロナの流行が始まって以来家にいることが多いです。大学に行くのは週2回の英語だけで、後はたまに買い物に行くぐらいです。私はワクチン接種が完了するまでこの状況が続くとして、大学でのコミュニティを広げることが理想だと考えています。オンラインでコミュニケーションをするにはLINEやZOOMといったツールがあるのでうまく使っていきたいです。ネットワークは感染なようなものと言いますし、オンラインでコミュニケーションが広まると良いです。

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 この1年半のコロナ禍において対面で集い会話を弾ませるサードプレイスはほとんど実施することができなくなってしまいました。その結果サードプレイスの場はリアルな対面の空間からからオンライン上での空間へ変化していきました。私も友人と対面でご飯に行ったりする機会は無くなってしまいました。  ではそんな中で私たちはどうすべきだったのでしょうか。私は緊急事態宣言の発出や感染防止の観点から見てもオンライン化せざる負えなかったのではないかと考えます。オンライン上では確かに今までとは違い納得のいく様な活動は出来なかったかも知れませんが感染リスクを大きく減らす事は出来たのではないでしょうか。その中で私は中学卒業後連絡を取り合っていなかった友人とオンライン上ではありますがコミニュケーションを取る機会が増えていきました。受験期にはお互いに励ましあったりしていくうちに少し離れていた距離感が縮まっていったと感じています。この様な不本意な状況ではありますがこうした状況をコミニュケーションの新たなチャンスとして活用していくことも可能なのではないでしょうか。  もちろんリアルに対面して活動できることに越したことはないですが、この様な新たな活用法も存在しているためオンライン上でのコミュニケーションは継続させていく事もありなのではないかと考えます。そしてワクチンの接種が完了し感染が収束するまではこうした活動の場は人数が少ない場合や感染リスクが少ない場所であれば対面の活動と、人数が多く感染リスクを伴う場合はオンライン上での活動といった方式を併用していくべきではないかと考えます。

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まず初めに『何がどうなったか』について、私は直接的に他者と接触する機会が減ったことを上げたいと思います。この1年半の間で、我々は新型コロナウイルスに対して”他人と接触しない”ことを対抗策として構築したためにこの機会の激減があり、その実その対抗策は初期対抗策として有効であったと思います。その中で、間接的な接触を可能とする、直接的でなくとも社会を継続するためのネットワークの整備が(必要に迫られた結果)急速的に行われた、という印象を私は持っています。次に『何をどうすべきだったか』ですが、やはり直接的に接触する危険性は大きいので、間接的に接触する機会をより多く作り出し、我々もそれに積極的に参加することが必要であったと思います。また、”外に出てはならない”ことを苦痛に感じる一定層のために現実の場を限定的な開放を行う方法を考えるべきだったと思います。例えば、博物館や美術館、映画館に関しては基本的に話す場ではないために、緊急事態宣言時あそこまで過激に閉鎖する理由もあまりなかったのではないかというのが個人的意見です。感想を発露する場というのはSNSをはじめ基本的に整備されていると思っているので、その感想を得る場の拘束は悪手だったのではないかと思います。それに加え、SNSをもう少しサードプレイス的な場として確立することが必要だったと思います。『あなた自身はどうだったか』に関してですが、私は1年浪人したためほぼ一日勉学に時間を費やしていたわけですが、もともと部屋に籠ることを苦に感じる性質ではなかったので、そこまで過剰に辛く思うこともありませんでした。しかし、その中でも進路の相談をする際に相手の顔が見られない状況での会話には多少精神が削られた思いがあります。サードプレイスという、目的の無い、誰でも参加可能な場には基本行く暇がなかったので、あまりはっきりと考えられませんが、息抜きの場はもう少し開放的に会話ができる場であったのならよかったとも思います。以上を踏まえて、これからの話に移ります。人間において身体を持ってして相手と対峙し、会話をすることは大切な行動だと思います。そして、人間の創作意欲や発展性の発想などの刺激に他者との交流が必要不可欠であるということも理解できます。しかしそれ以上に現状を越すコロナの感染拡大は危険であることも承知しています。ですので、私はやはりネットワークスペースにもっと積極的に参加しやすい、サードプレイスを構築することが大切だと思います。サードプレイスとは、多くの人が通る場所だという話だったので、ネットワーク世界ではなかなか難しいことだとも同時に思います。ネットワークの世界では、発信者にも情報そのものにもラベルが必要とされる場だと私は考えているので、多種多様な『他の人』と出会うことは難しいと思いますが、何かトークテーマを複数決めた場から初めて、その場を拡大していくことで最終的に『意味がなくとも集う場所』に昇華していくことができればよいのではないかと思いました。初期の類似した他者とのグループ形成は避けられないでしょうが、トークテーマなどの垣根を壊していくことで、垣根なしの場を構築できるのではないかと思います。この考えでは、現実的に出会うことができないのが難点ですが、現実で会うことの利点を多様な他人との接触に置くのなら、多少は現実のサードプレイスと似通ったものが作られるのではないかと思います。

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私はコロナウイルスの影響により現在までの約1年半、直接人と会うことが難しくなったことで改めてコミュニケーションの重要性に気づきました。まずコロナウイルスが感染拡大したことにより、外出自粛等の様々な規制がされました。それに伴い、授業がオンラインになったり仕事もテレワークという形になるなど、基本的にコミュニケーションは画面越しで行われるようになりました。その中で、私はオンラインでのサードプレイスを積極的に活用していくべきだったと感じています。私自身、コロナ禍で自粛をしていた時期はSNS等を通じて誰かとコミュニケーションをとっていた時間よりも一人の時間の方が多かったように感じます。その時にオンラインのサードプレイスを積極的に活用してコミュニケーションをとっていたら、自粛期間をもっと有効に充実したものにできたのではないかと思いました。そして、この先もワクチン接種が完全に終わるまでは現在の状況が続くと思われます。この状況の中で私は、オンラインのサードプレイスを積極的に活用していくとともに、直接のコミュニケーションを大切にしていくべきだと考えます。ワクチン接種が進む中徐々に規制が解除され、対面での授業が行われるようになるなどコロナウイルスが流行する以前の日常が戻りつつあります。だからこそ、直接人と会った時のコミュニケーションを大切にするべきだと考えます。やはりコミュケーションというものは人と人とが直接会って行うことで意味のあるものになると思います。少ない時間ではあるかもしれませんが、この状況が続くのであれば直接のコミュニケーションを重要視していくべきだと私は感じました。

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私がコロナウイルスの時代に直面した時、当時高校2年生の終わり頃だったのですが、何の部活動にも所属していなかったため、今考えるとどのサードプレイスにも関わりがなかったと思います。そのため、コロナウイルスが猛威を振るい始めて授業や部活動ができなくなって色んな人が嘆き悲しんでいましたが、私自身はほぼ何の影響も受けず、学校にいけないくらいたいしたことではないと思っていました。コロナ禍では外出を控えることや人と会うのを避けることが促され、カフェ、居酒屋、図書館、ジム、カラオケボックスなど、サードプレイスに代表される場所に一時期行きにくくなり、カラオケボックスなんかは今でも封鎖されており、人が集まれる機会が2,3年前と比べて格段に減りました。その結果人々がストレスを解消できる場所を失い、精神的に疲弊していきました。この結果を見れば、無理をしてでもサードプレイスを開放しておくべきだったと言えそうですが、その場合世の中からのバッシングもかなり喰らいそうでもあるのでなんとも言えないのが現状です。ただ、私自身は普段からあまりそういう所には行っていなかったので、当時は無関心でなんとも思っていませんでした。緊急事態宣言の自粛期間では、誰とも関わらず、一人で遊んだり勉強を一生懸命頑張ったりしていました。私の気持ちに変化が生じたのは、学校が再開した後のことで、学年が上がったことによるクラス替えで、前のクラスで仲の良かった友達全員と違うクラスとなり、新たな友達もできず、クラス内で少し孤立することになりました。最初はあまり気にしていませんでしたが、だんだん他人が部活仲間で集まっているのを見て、少し羨ましいと思うようになりました。大学生になるまでの時期においては、受験生というのもあって勉強に集中していて、サードプレイス関連のことを考える知識も余裕もなかったため、何をどうすべきだったのかという反省点も改善点も思いつかないが、コロナ禍より前、つまり、高校生になったばかりの時期のことなら、なんでもいいから部活動に参加して友好関係をもっと築いていればよかったなという反省点が今では思い浮かびます。高校時代全くわからなかったサードプレイスの重要さが今ではよくわかります。大学生になってから今に至るまで、幸いにも数人の友達ができて楽しく大学に通えていますが、サークルを探したり、入ったりする機会がなかなかありません。今後コロナウイルスが収束するまで、感染対策を十分した上でイベントを開催して、リアルでの人との関わりを増やしてほしいです。また、東京オリンピックも絶対に開催してほしいです。オリンピックこそ日本国民全員が一体となって観戦したり応援したり周りの人と語り合うことができるサードプレイス的な効果をもつものになりうると思っています。今後私にできることは、サークル等に所属してサードプレイスに関わりを持つこと、また、今ある友好関係を大切にすることだと思っています。

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私は、新型コロナウイルスの影響を受けたこの状況の中で人々が気軽に訪れ、つながることができる場所がなくなってしまったと思います。以前はもちろん、このような危険な感染症はほとんどなく、さまざまな人とさまざまな場所で気軽に交流することができていました。それによって、新たな友人を見つけることができたり、お互いに知らない情報を交換することやアドバイスをもらえたりと、非常に有益な活動することができていました。さらに、お互いに打ち解けて話をすることで、ストレスを緩和することもできていました。しかし、現在ではこれらのことができなくなってしまっています。これまで緊急事態宣言は発令されては解除を繰り返していましたが、1度目の解除がこの事態を招いてしまったのではないかと考えています。感染者がもっと少なくなってから宣言の解除を行って、その次の対応をしていくべきだったと思います。私自身は不用意な外出はせず、外に行く場合は手洗いや消毒などで感染に気を付けていました。この感染症も流行が始まってから1年以上となり、いわゆる“宣言慣れ”で人出が多くなってきており緊急事態宣言の効果が薄れてきています。もちろん人流を抑えることも大切ではあるが、それにも限界があり、飲食店などの店も非常に厳しい状況になっているので、ひとりでの飲食には特典を与えるなどして経済と感染拡大防止の両立を図っていく必要があるのではないかと考えています。

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コロナ禍においてリアルに集うサードプレイスが損傷していることが当たり前のようになってきています。サードプレイスつまり3つ目の場所が損傷しているため国民はかなりのストレスを抱えていると思います。当たり前のように利用していたカフェや飲食店がコロナウイルスによってとんでもないダメージを受けましたが、その場を利用していた私達にとってもかなりしんどい思いをしたかと思います。飲食店を見れば政府に止められて営業できないお店もたくさんあったと思います。しかし営業している人も人間なので、店を出さないと食べていくことが難しいといった状況になってしまいます。政府は感染者が少し減ったからといって、営業自粛を解除したがために、第二波、第三波を招いたと思いました。感染者が最低のステージまで減ってから徐々に営業開始したら良いのではないのかとメディアを見て思いました。私は、コロナで自粛ということもあり、最低限度の外出は出来るだけ控えて、生活していました。ワクチンの接種が完了するまでこの状況が継続するならば、ワクチンを打ったからといって、不要な外出を控えるということは引き続き継続した方がいいと思います。私はワクチンを正直信用していなく、仮に打ったからといってコロナ前のような生活をするかといったらしないと思います。政府がこれだけ呼びかけても変わらないなら、せめて自分だけでも自分の身を守ったら良いのかなと思いました。

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サードプレイスの損傷はすなわち、リフレッシュできる場や新たな出会いの場の喪失だと考えました。人と直接会って話す機会が減少したことにより、孤独感に苛まれることが増えたと思います。ずっと家にいなければならない、もしくはファーストプレイスである自宅とセカンドプレイスである職場・学校の往復のみの毎日に対してストレスを抱える人も多いでしょう。また、新たな出会いの場が減り、関わる人に偏りができたのではないかと思います。 このような状況に置かれた私たちは、オンラインで人と繋がることに積極的になるべきではないでしょうか。Twitter、Facebook、Zoom、オンラインサロンなどオンラインで人と繋がる手段は沢山あります。対面でなくても誰かと話をすることで孤独感は和らぎ、リフレッシュにもなると思います。また、既知の友人だけでなく、知らない人と関わってみることも大事だと思います。初対面の人とビデオ通話をするのは気まずいですが、文字だけのやり取りなら気は楽だと思うので、まずはTwitterやFacebookなどで新たな人間関係を築けたら良いのではないかと思います。こんなことを言っている私ですが、私は他の人に比べオンラインで交流することが少ないほうだと思うので、希望者のワクチン接種が完了するまでの間にもっと積極的になろうと思います。

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 私はこの一年半ほとんどサードプレイスに行ったことはありません。強いて言うなら入学式とかでしょうか。コロナウィルスが世界に蔓延してから最初の半年はあくまで私の私見ではありますが、世界中の人々が事態を深刻に考え、本気で自粛体制に望んでいたと思います。一方であそこまで本気で引きこもっていた事実が嘘かのように今では多くの人が出歩いています。これは国民が皆自粛しすぎて、経済が滞ってしまったことにより、日本政府がgotoキャンペーンなるものを実施したからだと思います。経済を回そうとすればするほど、人々の外出率が高まり、感染リスクが上昇するため、このジレンマに頭を抱えていたと思います。この時、次々と営業を閉業せざるを得ない飲食店等の店が発生したため、gotoキャンペーンには賛否両論ありましたが、私はいい判断だったのではないかと思いました。ですがここで自粛や感染リスクに対する国民の認識に緩みが生じてしまったことは否定できません。コロナ発生当初の自粛に対する意識を維持させつつ、経済を回すことはUber eatsやAmazonなどもありましたが、それだけではできなかったと思います。ですが、間違いなく国民の意識を緩ませるべきではなかったことは事実だと思いました。ちなみに私は引きこもりすぎて一時期鬱病のような症状に襲われたため、あんまり長期間引きこもることには向いていないことがわかりました。今の政府の自粛要請は正直あまり国民に響いていないと思っています。コロナウィルスの対処に遅れを取ったりしてしまったせいなのか、政府への支持率や信用がかなり落ちてしまったような気がしています。ワクチン接種が完了するまでにできるできない関係なく、人との接触をなどを避けるシステムを開発するとするなら、たとえば飛沫が付着した部分が変色するようになるレーザー的なものを開発したりすれば効果的なのではないでしょうか。少なくともその飛沫がある部分に触ろうとする人はおらず、さまざまな菌との接触を避けさせることができると思います。

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私はコロナ禍の状況において少しずつ変化が見られるようになってきたと思います。まず、感染者の各地での変化が見られるようになってきたことです。去年までは観光地など関係なく、莫大に増え続ける様子でしたが少しずつ減った様子です。また、今年に入りワクチンの接種も高齢者から順にできるようになりました。しかし、もっと早く緊急事態宣言を出すべきだったのではないかとも思えます。私自身、外に出ていいのかどうなのかよくわからないまま行動するのがとても不安でした。この状況が継続する中、私はできるだけ早くマスクなしで生活できるように、消毒を死ぬほど心掛けて生活すべきではないかと思います。

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コロナウイルスにおいてサードプレイスは激減したと思います。例を挙げるとカフェなどが挙げられます。サードプレイスとは多彩で異質的な人々が自分の社会立場を気にせず気軽に交流ができる場所になっています。そのためカフェなどで多彩な人と交流してしますと密になってしまいます。そのため利用者も減っていったと思います。また居酒屋や公園カラオケボックスなどもサードプレイスと言われているので人によって落ち着ける場所は違うと思います。また若い人ほど公園やカラオケやゲームセンターなどアミューズメント施設をサードプレイスにしている人が多い印象です。次にどうするべきだったか説明すると、私は公園などをサードプレイスとして利用するのが良いと思います。公園はカフェやカラオケと違って解放空間となっているので密になることがありませんそのため公園をサードプレイスにしている人が多くなってきています。最後に私がコロナ期間でどうしていたかというと、コロナウイルスが蔓延する前は授業の間などは大学の図書館をサードプレイスとしてよく利用していました。しかし現在はオンデマンド授業が主体となっているため学校に行くことがなくなってしまったため図書館に行くことがなくなってしまいました。私が家をサードプレイスとして利用しています。友達などと交流するときなども電話で済ますことが多くあまり家から出る機会もないため前よりも家で過ごすことが多くなりました。

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長期間に渡るコロナ禍と、度重なる緊急事態宣言によって友人と直接顔を突き合わせる機会は減りました。人同士のつながりを補完するためにZoomなどのWeb会議アプリが普及し、新たなサードプレイスとして活用されるようになりました。私自身は当時、滝川にいたためコロナの影響は比較的少なく、友人と直接話す時間を確保することができましたが、東京に帰ってきてからは、ほとんど友人や同級生と会うこともできていません。そのためZoomを使用して、他学生との交流を深めています。  私は、人々のサードプレイスがオフラインからオンラインに移行していく一方で、自ら行動する重要性が増したように感じています。オフラインであれば、大学に行って友達や同級生とたまたま会い、その流れで飲みに行く、お茶をするというように自ら行動を起こさずとも自然な流れでサードプレイスを創り出すことができました。しかし、オンラインでWeb会議アプリを使用する場合、チャットルームを自ら作成し、友達や同級生を誘うなど自ら行動を起こす必要が生じます。そのため、サードプレイスの確保はコロナ以前より格段に難しく、手間も多くなったように感じます。  サードプレイスの多くがオンラインで補完されていた当時、Wi-fiが「足」のような役割を担っており、Wi-fiの環境が整ってないということはサードプレイスまで移動する術を持たない、「寝たきり」の状態です。 これと関連して、少々身勝手な要求になってしまうのですが、コロナ禍という不足の事態だったためWi-fiの支給を短大側で行ってほしかったなと感じました。短大入学当初、入居したアパートの部屋にWi-fiがついておらず、そのままにしておいたところ、一年後にオンライン授業が始まってしまいました。そのころちょうど金欠であったため下の階に住む友達の電波を借りて一か月を過ごし、事なきを得ましたが、「高い授業料を払っているのだからWi-fiくらい無料でつけてくれよ」と内心思ってしまいました。  ワクチン接種が完了するまでこの状況が続くとしたら、サードプレイスがオンラインに移行している今だからこそ、一人一人が率先してサードプレイスを創り出すべきだと考えます。情報システムの以前の授業で、本学生徒には自ら行動を起こせない受動的な人が多いということを先生がおっしゃっていました。自ら行動を起こさなければ、サードプレイスを創り出すことが難しい今だからこそ、受動的な姿勢を見直し、能動的に行動するための訓練として活用できると考えます。

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今回の授業では場所や空間の重要性を学び、その中でサードプレイスの存在について学ぶことができた。しかし、サードプレイスはコロナ禍により人が集まれなくなったため損傷してしまっている。サードプレイスは人が自然と集まる場所の事で、人の交流が生まれる場所でもある。そんなサードプレイスに簡単に行けなくなったため、私たちは新たな交流が少なくなってしまっているのが現状である。だが、サードプレイスというのは現実の場所だけではなくオンライン上の人が良く集まるコミュニティーもサードプレイスと言える。コロナ禍で人が集まれない今オンラインのサードプレイスが重要視されている。対面には劣るが十分に交流を図ることが可能である。このように私たちはできなくなってしまったことを別の方法を模索しできるようにするべきである。サードプレイスを途絶さない努力を私たちはするべきなのであると私は考える。しかし、私はコロナ禍の中サードプレイスに集まろうとしなかった。せいぜい友達とオンライン上でやり取りをする位で新しい交流などは一切生まれなかった。だが、コロナがワクチンで落ち着くまで現状のままでいるわけにはいかない。この現状を乗り切るためには、コロナ禍の時代を受け入れて対応していくことが大事である。コロナ禍で生まれた技術や工夫を吸収し、オンラインのサードプレイスに積極的に参加していくことで私たちは交流を閉ざすことなくコロナ禍の時代を生きていくことができると思う。

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緊急事態宣言で最も失われたサードプレイスは居酒屋をはじめとする飲食店だと思います。仕事が終わった後その日のつかれやストレスを解消するために使われていた飲食店が夜使用できなくなったことで、ストレス解消方法を他に求める必要が出てきました。自分も仕事終わりの一杯は無いにしても休日や授業後に飲食店でゆっくりするという選択肢が失われたことで人との連絡が少なくなったと感じます。オンラインでのコミュニケーションは高校のときに使用していたTwitterやdiscordで行うことが増えましたが、リアルで話すものと会話の内容が同じでも効果が違うと感じました。自分たちは飲食店に代わる夜に使用できる新たなサードプレイスを早急に探すべきだったと思います。 ワクチン接種が完了するまで現状以上の対策を行うことは難しいと考えています。むしろコロナはインフルエンザのような身近な存在として扱われるようになったと感じますし、仕事や学校がこれ以上オンライン化することも難しいと考えます。ですからこれ以上の厳しい対策を行わない代わりに消毒や手洗い、マスクの徹底といった従来の対策を続けるべきだと思います。

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まずサードプレイスとは、自らが心地よいと感じる時間を過ごすことができるような場所を示します。コロナ禍においてそのような場所、時間などは大幅に削減されていると実感しています。実際に自分自身もコロナが広まる前よりも自由が利かなくなったり、外出して遊んだり、ご飯などを食べに行ったりすることなどする機会はかなり減りました。このようなことにならないようにするためには私はサードプレイスは維持したまま、そのサードプレイスで楽しむ時間や回数を削減すればよいと思いました。実際に自分自身は上記のようにサードプレイスを楽しむ時間や回数を削減していました。しかしながら、自分自身がそのように外出自粛をなるべく行うようにしているにも関わらず、他の人々はコロナ禍よりも前と変わらず外に出て遊んでいる人もいます。つまり、私は自分自身一人だけが我慢するのではなく、皆が協力してこそこの問題は解決するものだと思いました。しかし、今ではワクチン完成ということもありまだ全員の摂取が完了していないにもかかわらず、以前よりもコロナに対する意識の低下により、より多くの人が自粛せずに外を出歩いている印象です。ですから、以前のようにもう少しコロナウイルスに向き合って外出自粛など徹底したほうが私はよいと思いました。

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コロナ禍において、人との接触が制限されている状況が一年以上続いています。その中で、初期のころはファーストプレイスに限られていましたが、現在では学校などのセカンドプレイスまでは許容されるようになりました。しかし、リアルに集うセカンドプレイスは不要不急と言われ続けています。人とのつながりが希薄になりつつある現在において第三のコミュニティを奪われることは、個人としての自己肯定感が下がり本来の自分を見失う可能性もあります。私は、このような状況になった直後にオンライン上でリアルに近い交流の場を広げておくべきだったと考えます。コロナ禍初期の時点で私は高校生でしたが、いつもサードプレイスとして利用していた図書館は休館で利用することが出来ず、学校外の交流の場は絶たれてしまいました。このことから、リアルな交流だけでなくインターネットを通じたオンラインの交流を持つことが重要なのではないかと思いました。  次に、今後のコロナ禍における行動についてです。ワクチン接種は進んではいますが、今のペースだと自分たちに順番が回ってくるのは半年以上先ということを考えると、今からオンライン上にコミュニティを形成することが重要だと考えます。オンラインではリアルに欠ける部分があるかもしれませんが、現在の状況から考えると最も適切な交流だと思います。また、ワクチン接種が完了していなくとも少人数でリアルに集うことは再開してもいいのではないかと考えます。実際、大学でグループワークをしていても大規模な感染は起きていないことから、条件付きでのサードプレイスを再開しても問題はないと思います。このように、コロナ禍で培ったオンラインとリアルをうまく融合させ、活用することによって今までのサードプレイスとは違った観点が生まれてくるのではないかと思いました。

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 私のサードプレイスはスポーツジムです。約1年間通い続けていて、今のこのコロナ禍の状況において私の中でなくてはならない空間になってしまいました。私の通っているジムは24時間いつでも行くことが可能なのでこれもまた魅力で、自分の好きなタイミングで行くことができるのは非常に便利であり、とても居心地の良い空間であると感じます。コロナ禍の影響で変化したことはアクリル板が多く設置され、集団での教え合いながらのトレーニングができなくなってしまいました。また1番の難点はマスク着用必須なので長時間トレーニングすることが不可能になってしまいました。しかしこの点は皆同様なのでこの状況下が終わるまで我慢しなければならないと考えています。私のサードプレイスの空間はコロナ禍においてとても大事な欠かせない場所へと変化し、今後も大事な空間になることは間違いないと思います。私自身もう少し早い段階でジムに入会していればよかったという後悔はありますが、その後悔を忘れられるような素晴らしいサードプレイスを見つけることができ非常に充実した日々を送ることができています。希望者のワクチン接種が完了するまではできる限り必要最低限の行動範囲を維持し、旅行などの長旅は控えるようにしたいと考えています。しかしながらこの状況がいつまで続くのか不安が残る一方であります。

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 サードプレイス例えば、飲食店は2021年6月現在2019年度比70.7%減、一店舗当たりの来店人数週平均は最大57人だったのに比べ16.7人(TableCheck)よりこの結果からもわかるように飲食店業界は大変に追い込まれており、非常に危機的状況に追い込まれている。さらにコロナ禍でも飲食店に来店してもらうための工夫、例えば従業員はマスクや手袋などを常備しており、店内にはアルコール消毒液や空気清浄機が完備、お客が食べて帰ると、机や椅子をアルコール消毒液で除菌で毎回除菌し徹底した衛生管理が全ての飲食店の当たり前になった。もっと早めの飲食店への給付金やオリンピックに使う予定だったお金を一時的に給付金に回すことが良かったのではないかと思う。だが全て結果論に過ぎず、コロナウイルスが中国で見つかり、日本にコロナウイルスが発見されたときにもっと徹底して気を付けていれば良かった。誰もこんなにもコロナウイルスが全世界で蔓延するとは予期しておらず、最初にもっとコロナウイルスに気を付けていればこのようなことにはならならなかったと思う。自分自身は元々外に出るのがあまり好きではなく、家族での外食や旅行もほとんどなかったので、コロナ禍での自粛期間でも友達とオンラインでゲームをしたり受験期間だったので家で勉強をしたりしていたので、他の人に比べてストレスを感じることもなく、生活していた。  ワクチン接種までは引き続き自分がコロナウイルスに感染しないようにきをつけて生活すること以外に自分ができることはないと思う。

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私は、学校がコロナ禍で一番影響がでたサードプレイスだったと思います。私が高校三年生になる時期にコロナが流行し始めました。この時期は運動部に所属していた私にとって最後の大会に向けてのラストスパートだったので、十分に練習が出来なくなり、さらには学校が休校になったため練習が一か月間できなくなりました。最終的には三年みんなで話し合い、練習時間が取れないこと、八月まで部活はできないことを理由に大会は辞退しました。後悔はありますが、コロナ禍では間違った判断ではなかったと思っています。 学校を休校にすることも、成果が上がったかは分かりませんが、一つの手段として実施したことに反対はありませんでした。ただ、外国ではロックダウンをしたために感染拡大が抑えられたようだったので、法律の制限があるのは理解していますが、日本もロックダウンできたら少し状況はよくなっていたのかなと思います。私自身は受験期だったので家と学校と塾の往復のみで大学生になってからは学校帰りに渋谷のお店に行くなどはしています。できる限りの感染対策はしているつもりですが、いつ感染してもおかしくないと思っています。 ワクチン接種が終わるまで東京や大阪など栄えている都市に人が流れないように対策を行うべきだと思います。学校は休校、商業施設は休業、休業要請に従わない店には罰金を与えるなど徹底的に家から出ない環境を作ることで強制的に感染を止めれればいいのにと思います。また 、ワクチンを接種しても感染すると思うので気を抜かずに、今までと同じ対策を個人が行うべきだと思います。

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自宅(ファーストプレイス)でも職場(セカンドプレイス)でもない、自分にとって心地の良い時間を過ごせる第三の居場所「サードプレイス」。現代の過密化する都市生活にとって、心理的なゆとりを与えてくれるこの機能は、もはや欠くことのできないものとなっていたのではないでしょうか。しかし、COVID-19が原因で私も含めてそう言った外部のサードプレイスを利用する機会が大幅に減りました。外出自粛下で多くの店舗が営業自粛を余儀なくされた中、そのサービス提供の場は急速に「自宅とインターネット」へとシフトをみせました。会議室がWEB会議に、飯屋がフードデリバリーに、リテールがECにと代替が加速する中で、しかしどうにもこのサードプレイスは、自宅とネットでは代替できない、独自のロジックが存在しているように感じ得ます。COVID-19は、人類が築き上げてきた都市生活で見過ごされてきた脆弱性を、これでもかとえぐり出しました。外出自粛要請の解除後も3密回避は続きますし、COVID-19が駆逐されたポストコロナの時代でも、新たなウイルスリスクや不確実性に備え、場は密集以外の経済合理性と空間性を実装していく必要があります。 私はワクチンの接種が終わるまでいくつかの試しをしたいと考えています。例えば、公園にUber Eatsやアウトドアブランドが組み合わされば、そこはきっと新しい滞在価値が生まれるだろうし、バルコニーやVRに、SpotifyやAIコーヒーメーカーが調和されていけば、新しいサードプレイスのスタイルになり得るかもしれません。様々な常識が打ち砕かれた今だからこそ、本質的な価値と代替しうる価値を俯瞰し、新しい機能や離れた発想、そしてテクノロジーを組み合わせることで、サードプレイスは更にインテグレートされた姿にアップデートできるのではなかろうか…。

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サードプレイスという言葉をこの授業を受けて初めて知ったので、今まで考えたことがありませんでした。コロナ禍になりサードプレイスが損傷したからこそ自宅、職場、学校以外の第三の場所の必要性はより高まったのではないかと思います。コロナウイルスが流行り始め、初めての緊急事態宣言が発令されたころ、私は高校二年生でした。学校が休校になり私の居場所は実質自宅のみとなりました。その時は学校が休みになりラッキーだと思っていました。それから、高校三年生すなわち受験生になり自宅と学校と塾の往復の生活を経て、大学生になりました。正直、昨年は受験生だったのでサードプレイスの必要性はあまり感じませんでしたが、オンライン授業がメインとなり、再び実質自宅が居場所となった今、第三の居場所が欲しいと思うようになったので、サークルに入ってみましたが、このご時世なので活動はできず現状は変わっていません。今までサードプレイスというものを積極的に探そうとしたことがなかったので、正直これからどうしていいかわかりません。コロナ禍においてリアルで居場所を探すのはいろいろとリスクが伴うと思うので、今は少ない対面授業で出会った人など友達になったり、オンラインでの交流をメインにしつつ、希望者のワクチン接種が完了したときに、その関係を軸に改めてサードプレイスを探すということぐらいしか思いつきませんでした。

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私は、今回サードプレイスとコロナの流行について考えてみました。まず、サードプレイスの変化について考えていきます。コロナ以前は、カラオケやカフェ、学生なら学校と人がたくさん集まれる場所や密室がサードプレイスとして挙げられました。しかし、コロナ禍において、サードプレイスは以前それほど注目されていなかった、公園や広場など、屋外で換気のしやすい場所やzoomなどのオンライン上に変化したと考えられます。オンライン化が進む中で、サードプレイスとして直接人々が集まる機会は減少していきました。次に、「何をどうするべきだったか」について考えていきます。私は、2月にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でコロナウイルスの集団感染が確認された時点で、空港や港を閉鎖すべきであったと考えました。なぜなら、この対応が遅れたことにより、コロナウイルスの国内感染者が急増したからです。そして次に、コロナ禍における自身の状況について考えてみます。去年の4月には緊急事態宣言が出されたため、友達と直接会う機会も少なくなり、電話やzoom上で話すことが多くなりました。また、自動車の免許を取り、車を使う機会が増えたため、コロナ以前は都内で遊ぶことが多かったのですが、現在は車を使って行ける人ごみの少ない場所に行く機会が増えました。そのため、自分のサードプレイスは車に変化したと考えられます。最後に、この状況の中で自分自身ができることについて考えていきます。ありきたりではありますが、人ごみの多いところを避け、こまめに消毒をすることで、感染拡大を少しでも減らせたら良いと考えています。

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私は新型コロナウイルスが流行した際、高2、高3でした。流行前私が参加していたコミュニティーは学校主にクラス、そして部活動でした。部活とクラスは主に同じ目的を持つ人の集まりですが、それぞれ違う部活に入っていたり、文理が違ったり、学年が違ったりなどサードプレイスとしても機能していたと授業を受けて感じました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴う休校措置により、私はリアルで集まることができるもののほとんどを失ってしまったことになります。オンラインゲームをして遊ぶこともできたでしょうが、受験を控えていたこともあり、なかなかそのようなことはできませんでした。どうするべきだったか考えてみましたが、かなり難しい問題だと感じます。通話をしながら勉強などをすることもできたと思います。しかし、私の友人の多くは私よりも受験に対して熱かったこともありそのようなことは当時の私には言い出しにくかったのではないかと思いました。休校機関が長引くにつれて、私の受験に対する焦りなどは冷めていき、勉強の合間に友人とオンラインゲームをするなど、当時の状況に対する対応策を身に着けていったのだと、感じました。この状況が続くとして、現在、流行当時のように全く外出をしない状況ではなくなりました。そのため時々は外出するなどしてリフレッシュを図ることができると思います。また、受験という大きく困難なものは待ち受けていません。当時のように全く外出できない状況になったとしても、友人と電話をしたりオンラインゲームをしたり、私たちは対応することができると思います。しかし、このような生活では新しく人と出会う場面がないことが問題だと思います。このような問題に対しては、SNSで新たな関係を築くことを実践するのがよいのではないかと考えました。しかし、これは私にとってはとても難しいことです。しかし、現在容易につながることができる人がいない状況にある人は、積極的に活用するべきだと考え、そうでない人もこれから必要なスキルだと考えられるので実践するべきだと思いました。

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コロナが蔓延してから人々は直接会うことはよくないこととされてしまい、サードプレイスといわれるいわば人にとって心地よい場所がなくなってしまった人が多く出てしまいました。バーで話したりレストランで食事をしたり、今まで当たり前に行っていたことができなくなってしまい、鬱になる人も中にはいます。私の場合はネットゲーマーのためDiscordという音声通話アプリでゲーム仲間とともに毎日ゲームはしなくとも会話していたため特に精神的なダメージを負うことはありませんでした。そこで気づいたことは、LINEやtwitterなどの文面のみのコミュニケーションでは十分なストレスの解消などは行えず、声の抑揚や表情による人間味が誰しも必要なのではないかなと思いました。ですが不特定に人と音声でつながるClubhouseというサービスが登場しましたがあのアプリはうまくいきませんでした。不特定多数の人とでもいいから人とつながればいいというわけではなく、自分の話を聞き相手の話をその分聞くという言葉のキャッチボールが行える構造にないため、このころ中でも必要とされなかったのではないかと思います。希望者のワクチン接種が完了するまであと半年以上一年未満と私は踏んでいますが、それまでに緊急時代宣言があきマスクと手の消毒をおこない十分な換気を行った上での会食はやはり必要なのではないかと思い、いま東京都が行っている飲食店いじめは精神衛生上あまりよくないことで、今すぐにお酒の提供を制限することはやめるべきだと思います。

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サードプレイスというのは義務や必要性に縛られるものではなく自らが進んで向かう心安らぐ場所のことですが、このコロナ禍においてこれらの場所というのは人によっては失ったのではないかと思いました。コロナ禍以前からありますが、日本は自殺など自ら命を絶つような事件が多いとされています。これらは自宅などのファーストプレイス、職場や学校などのセカンドプレイスにおいて自身の居場所を感じることができない人がサードプレイスにおいても自身の居場所を感じられなくなってしまった場合に起こることが多いとされています。しかしコロナ禍の今、学校や職場などのセカンドプレイスには行ける機会が少なくなり、ましてやサードプレイスなどはなおさらいくことができなくなりました。そのため自殺する人が多くなりました。世の中には自宅にいることを苦とする人、学校や職場にいることを苦とする人がたくさんいます。これらの人たちにとって心の支えとなるのが自らで選んだサードプレイスであると言えます。サードプレイスの存在は人によって様々でありますが、例えば学校以外の友達であったり、何かの課外活動に参加することであった人はコロナ禍において居場所を失ったと思います。逆にゲームの中であったり、SNSの中であった場合の人はコロナ禍において居場所を失うことはなく、むしろ活性化したと思われます。このサードプレイスというのは人によってそれぞれであるので一概には言えませんが、制限をされるようなことであった場合の人たちはそれ以外にも自分の心安らげる場所を見つけておくべきであると思いました。義務的なものではないのは確かですが、自分自身を守るのは自分しかいないのでやはりネットの中やリアルに集う以外で何か見つけておくべきであるなと考えました。また、このような状況がまたいつ起きるかはわからないので、その場所に頼りすぎないような考えを持つことも必要だと思いました。実際私にとってのサードプレイスはコロナ改善まではリアルで集うものでした。コロナ禍に入り、会うことができなくなり、最初の方は全員参加したいたテレビ電話やZOOMなども最近では半数の参加になりました。直接会わないと人の肝とは離れていくものだと感じました。それと同時に見つけた新たな私のサードプレイスは韓国ドラマなどの映画、ドラマ鑑賞です。一人でやることができるし、誰にも縛られずに一人の時間が過ごせます。この私が見つけたサードプレイスは今後コロナ禍が終わっても変わらなく存在する場所であると確信しています。ワクチン接種は今だいぶ進んでいますがまだあと何ヶ月かかかると思います。今後も自分を守るためにも新しいことにに挑戦することが必要であるなと思いました。

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 サードプレイスの特徴である「中立領域・会話が主たる活動・アクセスのしやすさと設備・機嫌が良くなる・第二の家」が享受できなくなりました。「中立領域」は、経済・政治・法のいずれにも縛られることのなく、自由にサードプレイスで過ごせることです。しかし、コロナウイルスによって、自分の意思でサードプレイスに行き、そこで有意義な時間を過ごせる機会を奪われました。よって、サードプレイスで和気あいあいと会話できる「会話が主たる活動」ができなくなりました。人がサードプレイスに行けなくなったことで、営利企業が提供する場所は利益を上げられず、なくなってしまいました。人が来ないため、「アクセスのしやすさと設備」を兼ね備えている場所が少なくなりました。それによって、「第二の家」であるサードプレイスがなくなった人もいると考えます。サードプレイスがなくなったことで、サードプレイスから得られる心理的なゆとりが享受できなくなったと思います。加えて、テレワークによる自宅と職場の境界が曖昧になりました。仕事とプライベートの切り替えが難しくなり、落ち着ける家として機能が無くなり、精神的なストレスが増えました。コロナ禍以前より、サードプレイスの重要性が増したが、サードプレイスへ行くことができなくなりました。精神的な支えであるサードプレイスがなくなったので、サードプレイスの役割を担う新たな環境を整えるべきだったと思います。直接、人と関わることができないため、オンラインでの関わり、SNSを通じた関わりで、心理的なゆとりを保つべきだったと思います。オンラインでの交流は、直接的な交流より、劣るとは思うが、交流しないよりは良いと考えます。オンライン上にそういった場所があるということを、多くの人々に伝えるべきだったと思います。自分は、オンライン上にそのような場所があることは知らなかったので、サードプレイスはないままです。ワクチン接種が完了しても、以前のようなサードプレイスは戻ってこないと思います。リアル空間でのコミュニケーションでなく、オンライン上のコミュニケーションをできる環境を整備し、人々もその環境で心理的なゆとりを持てるように変化していく必要があると思います。感染対策をしたリアル空間をまた作っても、以前のような心地よい空間にならないと思います。なので、以前のようなサードプレイスを取り戻すのではなく、新たなコミュニケーションの環境を作り、人々が新たな価値観に慣れる必要であると考えます。新たな場所「フォースプレイス」を作りだすことが精神的な支えとなると考えます。個々人の感情を共有できるプラットフォームを作ることで、フォースプレイスを作り出せます。オンライン上でコミュニケーションすることは、時間・場所の制約がなくなる点が良いなと考えます。

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 高校卒業後、高校の部活の先輩や同期と部活のしがらみが無い楽な関係に変わったので、定期的に集まってご飯に行ったり、大学で知り合った子と、二年生になったら自分たちのやりたい事が出来る同好会を作ろう、と約束していました。また、共通のアーティストがきっかけで知り合った人とそのアーティストのコンサートで毎回会っていて、その年も同様の約束をしていました。現在の状況になった瞬間に全ての約束が無くなり、強制的に人と会えない期間がありましたが、それを過ごす中で、同好会のような仲間内で交流する場も勿論ですが、知ってる人知らない人が混ざったそれなりの人数のコミュニティが必要、と強く思いました。今の時代はSNSが盛んで、自粛期間中もSNSを通じ会話をしたり、グループ電話で友人と交流する事が出来ました。でもそこには思わぬ出会いはありませんし、SNSや電話だとテンポが悪いし相手がどんな雰囲気なのか感じる事が出来ません。キャンパスに通っていた時は、紹介された別のサークルの人と交流したり、対面授業内の意見交換で話す中で、多角的な話を学部学年性別問わずする事が出来ました。授業がzoomになってからも授業内で複数人で意見交換する時間がありましたが、電波などの関係でうまい事言葉が交わせなかったり、お互いの目ではなく画面を見る形になってしまい、円滑なコミュニケーションが出来た記憶がありません。その時、Twitterが色んな人の思うところが一番書かれている所のように感じて自粛期間はよく覗いていたのですが、知らない人と文字で話すと形式ばった言葉ばかりが並び逆に疲れてしまうし、clubhouseは敷居が高いように感じ、なかなか共通の何かを持った知らない人との交流が出来なかったのですが、現在Twitterの機能として展開されているスペース機能を見て、これが去年の今頃あったら良かった!!と感じました。気を楽に意見を交換できる場を持つ事が大切だと考えます。  先日、家族のワクチン接種の予約を手伝ったのですが、本当に予約が取れず、更に対象年齢の幅が大きくなると私がワクチンを打てる時には何年経っているんだろうか…と考えてしまいました。コロナから一年経って、生活の中心にコロナがある事が当たり前になってきました。生活や奨学金返済の貯金の為に、バイトは現在も継続して出勤していますが、去年の今頃に比べ、店側の予防の為の対策に応じるお客様も格段に増えましたし、密を避けようと店側もお客様もどちらも意識して行動しているように感じます。ワクチンが回ってくるまでに、「うつらない・うつさない」の心掛けはもちろん、自分でコロナの情報を調べシェアしたり、間違った情報を注意喚起する等が、自分が出来る現実的な対策であると思います。今はSNSを通じて、ワクチンを打った副作用の様子や、海外でのワクチン状況をシェアしてくれる人も多くいます。少しでも予習して、様々な可能性とそれについての解決方法を頭に入れておく必要もあります。

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まずコロナ禍となり、感染予防ということで人との接触が制限されることにより、我々が普段生活している場も必然的に制限されることになりました。特に趣味や食事などで活動するような場所すなわちサードプレイスはかなりその影響を受けました。それによって思ったように活動出来ないことで鬱になってしまうなどのことが人間に影響を与えました。ここでオンライン飲み会などが誕生するようになりましたが、こういった緊急状態になってしまった場合でもどのようにしたら楽しいと思えるかなど工夫していくことがとても大切だなと実感しました。ですがこれだけではやはり不十分だと思います。確かになにかマイナスなことが起きた時になるべくプラスにもっていこうとするのは大事ですが、マイナスそのものを無くしていこうとする努力が必要だなと思います。とにかくワクチンなど根本解決ができるものをより深く考えていくことが重要です。私が高校2年生だった時、「こういったことが再び起こった時に対処するのは君達だ」と先生に言われ、社会や自然科学などについて学ぼうとする意識がより高まりました。私たちがするべきことはひたすらに学び、それをどんな形でも、どれだけの寄与度でもいいので活かしていくことが必要だとおもいます。そういったことをしていくことで本来のサードプレイスを取り戻すことができると思います。

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私はこの状況が継続する限りはオンラインでサードプレイス的な場所に参加するのがいいと思いました。 コロナの影響で学校は職場とは関係のない、趣味による繋がりや偶然の出会いから友人関係、人脈、「社会関係資本」を生み出していたカフェやお酒の席、各種イベント会場などが閉鎖され、年齢や属性などが違う人と交流する場所がなくなってしまったということがおきました。 そうした中で自分から新しい交流を持とうとしない人は情報を手に入れる手段が減り陰謀論などに先導されてしまう人が増えているという記事も新聞で見かけました。そのためコロナ禍では自身で交流の場所を探す、出向いていくという努力が必要だったと感じました。 私自身は今までリアルに集うサードプレイスに積極的に行ったことがありませんでした。しかし、コロナの前にはイベント会場に行き長時間並んでいる間に前の人と仲良くなったことなどもあり、いざサードプレイスが全く利用できないとなるとその重要性をあらためて知りました。そこでオンラインで参加できるDiscordのサーバーやTwitterのスペース機能を利用してみました。対面で直接話すこととは比べものになりませんが、手軽さなどオンライン特有の良さもあり私はしばらくこうしたオンラインのサードプレイスを利用するのがいいと感じました。

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コロナ禍において、緊急事態宣言などの影響もあり、サードプレイスとなる多くのお店や施設は休業や閉店を余儀なくされました。私にとってのサードプレイスから美術館を例に挙げて考えたいと思います。コロナの感染拡大から一年半、リアルに集う文化施設としての大きな変化とは、まず美術館では感染予防の為、今までの当日チケット購入に変わり、事前のオンライン予約が主流となりました。展示の間隔の変化、入場数制限などコロナ禍において安心して美術作品に触れることができるような工夫が考えられ、生活様式に合わせて段々と実施されるようになってきました。しかしこのような具体的な対策が実施されるようになったのもここ最近になってからです。実際緊急事態宣言下において美術館や博物館は不要不急の外出とされ、営業すら出来ない状態が続いていました。確かに感染が広まり始めた去年では未知のウイルスということもあり、外出の目的となるような施設を一斉に休業したことはやむを得ないと思います。しかし、最近では少しずつ感染の広がり方も解明され、更なる経済活動との両立が求められてきています。私は美術館のような文化施設は、リアルでの鑑賞やコミュニケーションの場としては会話などの飛沫もあまり無く、密集も避けられることから、もう少し早い段階で制限の内容を見直し、要請の緩和を行うべきだったのではないかと思います。これは他の施設にも当てはまることで、例えば映画館の場合でも空調設備の徹底と静止という観点からから感染のリスクが少ないとされています。感染の広がり方が分かった段階で施設ごとのガイドラインをもう少し細かく提示し、要請を出すことができていたら、長期的な緊急事態宣言ももう少し短縮されたのではないでしょうか。この一年半という期間の中で私自身、去年は浪人生活を送っていました。しかし、予備校の授業も全部がオンラインでの実施だったり、気分転換になるような場所は休業していて、家に缶詰状態の期間がほとんどでした。しかしその中でオンライン授業に伴い自身のパソコンを購入しました。受験勉強とは別に外出できない分、ニュースを沢山見たり、Adobeの勉強をしてみたりとパソコンを活用してオンラインコンテンツに多く触れることの出来るという意味ではプラスの一年ではあったと思います。個人的には今年OculusというVRゴーグルを新たに購入し、新しい形のサードプレイスを体験しています。コロナのワクチンに関しては世界の状況を見るとどうしても日本の接種は遅れていると思ってしまいます。原因として「しばらく様子を見たい」という人が全体の7割を占めていることからその慎重さもなかなか接種の進まない原因として考えられるのかもしれません。接種が広まるまで私ができることはまず学校や会社などではオンラインで成立するものは徹底的にオンラインを活用し、負担にならない程度の自粛を続けていくことがやはり一番効果的なのではないでしょうか。緊急事態宣言のように長期的な制限下では自粛も限界に来てしまうので時間を決めた施設の再開など、この生活様式に合わせた形が必要なのではないかと思います。加えて封じ込めやワクチンの効率化に成功しているような海外の国の情報収集し、生活様式に取り入れることは必要ではないかと思います。アメリカのワクチン接種も空港で予約なしに誰でもすぐに受けられたりと今の日本には無い様式で効率化を図っています。有効な情報の導入は積極的に行なっていくべきだと思います。

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コロナ禍においてリアルに集うサードプレイスは、一時は失われ居場所や出会いは無くなりました。しかし、このような状況になって1年半が経ちサードプレイスの在り方が見えてきたと思います。 まず1つ目にサードプレイスはどうすべきだったかです。昨年3月緊急事態宣言が発令しコロナウイルスが猛威を振るった中、学校やイベントや企業は、対面からオンラインに順次切り替わっていきました。今となっては、オンラインの無い生活は考えられません。しかし、サードプレイス‪×オンラインの観点でこの1年半を振り返った時、サードプレイスを必要とする全ての人にその居場所が与えられなかった事が問題だと思いました。小中学生を例にあげると、学校は突然休校となり、セカンドプレイスが失われました。公園にずっといることも出来ないし、地域の青少年交流館や児童館も閉鎖され、サードプレイスは失われました。そこで、私の家の近くにある青少年交流館は小中学生向けにオンラインイベントを打ち出していましたが、正直小中学生にインターネット環境が十分に普及されているかと言えば不十分です。まだスマホを持っていない小学生もいます。しかし、この1年半、私たちが出来た最大限の取り組みはオンラインでの交流にシフトチェンジする事だけだったと思います。サードプレイスを必要とする様々な状況に置かれてる人に平等に居場所があるべきだったと思います。 次に、私自身コロナ禍になってから1年半サードプレイスをを利用できたかどうかです。結論から言うと大学に入学してからはまあまあ利用出来ていると思います。例えばサークルを例にあげれば活動が許可され、私にとってとても居心地のいい空間になりました。 最後に、今後サードプレイスの在り方はどうしたらいいか、どうあるべきかです。コロナウイルスで居場所を失った大人のサードプレイスは、都市生活を中心に機能していたと思います。例えば、カフェや図書館です。しかし、この状況で私たちに求められることは、新たな形のサードプレイスを見つけていくこととサードプレイスとの付き合い方を見直すことだと思います。例えば1つ目は、オンラインを今までのように継続して活用することです。私自身も大学に入学してからはいくつかのオンラインイベントに参加しました。なので、オンラインも上手く活用すれば居場所を作ることができます。また、私が個人的に利点を感じたのは専門性が高い様々な業界のリーダーの話をオンラインで聞けたことです。対面が主流だった1年半前では中々無い機会だったと思います。オンラインも使い方次第で居場所や出会いの機会は十分作れるということを伝えたいです。2つ目は、セカンドプレイスの中にサードプレイスを作るということです。セカンドプレイスが失われつつあったこの1年半でしたが、今後活動域が広がれば可能になると思います。例えば、学校や職場の中にリフレッシュできて、コミュニケーションを取れる空間を作ることです。もう既に導入されている企業もありますが、今後より増やしていけるといいと思います。3つ目は、自分から新しいサードプレイスを積極的に見つけていく姿勢です。図書館やカフェや習い事など与えられた公共の場をサードプレイスにする手ももちろんあると思います。しかし、この積極的に見つけていく姿勢というのは、「趣味」という形で自分から居心地の良い空間を作っていくことです。ただ受身にならないようにする形です。また、サードプレイスを1つに絞る必要も無いと思います。自分に合ったサードプレイスの新しい形を見つけていくことが今後大切になると思います。

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私は、この1年半で情報交換の場や、新たな価値観に遭遇することが大幅に減少したと思います。なぜなら、サードプレイスはカフェや居酒屋、学生だと部室など対面で人とかかわる空間が多いからです。次に、何をどうすべきだったかというと、私はオンライン上でコロナ前と同様のサードプレイスを生み出すべきだと考えます。例えば、ZOOMなどを活用してある事柄について議論したりする場を企業が積極的に設けることで、社員の価値観・視野を狭めないようにできます。また、国や自治体が中心となってさまざまな価値観を持つ人が集まる場を、オンライン上に生み出すことも有効に働くと思いました。私自身は、授業がオンラインになって以降ほとんど外に出ることがなく、出ても家の庭で猫と遊ぶことしかしていません。メディアがコロナの感染拡大について若者ばかり責めるので、あまり外に出ようという意欲がわきません。ただ、ずっと家に引きこもって課題しかしないのはあまりにももったいないので、何かしらのアクションを起こす必要があると考えています。例えば、スタディサプリを活用したTOEIC対策だったり、プログラミングや、自分の気になる政治的な出来事について調査し、その過程でオンライン上で当事者や有識者とコネクションを持つなど、今までしてこなかったことに挑戦するといいと思っています。むしろ、私はオンライン上に人が集まる今だからこそ、今まではできなかったことをするチャンスだと考えています。

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少なくとも私の周りでは、私を含め外界との直接的な接触を控えたことにより、その考え方にとらわれどうにかして外部との接触を図る工夫を忘れ、とにかく内側に閉じこもるようになり鬱病などを発症させる者が、数人いました。つまりサードプレイスの喪失が個人の心的安定に何かしらの影響を与えたということが考えられます。 この状況に陥ってしまった場合、今できることを考え、何か思いついたらとりあえずやってみてうまくいかなければ工夫し、それでもだめならばやめて新しい今できることを考えるべきだったと思います。私は、はじめのうちは「逆に考えればこれは好機ではないか」とファーストプレイス、セカンドプレイスの内側で一人奮闘していましたが、そのことに意味を見いだせず、そこからは自発的なことは何もしなくなりました。 この状況が継続する場合、私のやるべきことは、この状況の中で前を見て進む方法をともに考え、実行する仲間を見つけ、正面から問題に立ち向かうだけでなく、ワクチン接種後、我々はどのようなふるまいをするべきか考える必要があると考えました。その形は同じ大きなコミュニティーに所属している人のうちから始めてもいいし、この授業のように自分がフォロー対象になりフォロワーになりその與那覇を設ける形でもいいです。

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コロナウイルスの蔓延により、長い間不要不急の外出が制限され学校や職場以外のいわゆるサードプレイスを利用する機会が減少しました。それにより人と人とのコミュニケーションがリアルに顔を合わせていたものが、オンラインを通したものに変わりました。クラブハウスなど実名で 多数の人と交流のできるSNSなどが一部の人にとっての新たなサードプレイスとなりました。しかし、以前に比べ人と人とのつながりが希薄になってしましました。以前の私にとってのサードプレイスは好きなアーティストさんのライブ会場でした。ライブは頻度の高いものではありませんが、3が月に一回や多い時には月に数回などですが、ライブだけが目的ではなく同じ趣味を持った様々な年代の友達と会うのも私にとっての楽しみでした。ライブ会場で会う友人は学校や地域の人ではなく、遠方から来た人、10歳ほど年上の人、年下の人などさまざまでした。知り合ったきっかけもネットを通じて知り合った人や会場でたまたま仲良くなった人など様々な人と交流を持てる良い機会でした。しかし、コロナウイルスの蔓延によりライブは中止になり、友達との交流はネットのみとなり以前のように頻繁に連絡などは取らなくなりました。そのため、SNSをやめてしまい連絡が取れなくなった人もいたため、電話などコミュニケーションを取れるものを活用すればよかったと思いました。しかし、私は新たにサードプレイスになりうる場所を見つけました。それはコロナ禍で飼い始めた犬との散歩です。犬の散歩をしていると同じく犬と散歩している人や犬好きな人などとの交流する機会が増えました。このように散歩など簡単な行動でもサードプレイスとなりえます。第一は感染が広がらないような行動が大切ですが、人とのつながりは生きていく上で大切なものです。散歩など感染リスクの低いものや実名でやり取りのとれるSNSなどを利用して自身にとってのサードプレイスを維持するのは大切だと感じました。

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私はオムライスが好きで、自分でお店を探して食べに行くことを趣味としています。その中でお気に入りの美味しいケチャップ味のオムライスを出す喫茶店があるのですが、しばらくコロナ禍であることを考慮してそのお店に行くことを止めていました。先月にふとそのお店のことを思い出して急に行きたくなってしまい、お昼にその店を訪ねたら「この店は狭く、密を避けるためしばらく休業します」といった内容の貼り紙があり営業していませんでした。その喫茶店は常連のおばあさん達や気さくなお店の人たちがよく談笑していたいわゆるサードプレイスの手本のような場所でした。結局私はそのお店のオムライスではなく、スーパーでお弁当を買って家で食べました。私は常連と言えるほど通っていた訳ではなく、いつから休業していていつまでそれが続くのかも分からず、ただもう一度あのオムライスが食べたいなとぼんやり思うことしか出来ませんでした。今回の課題でこの話を思い浮かんだ時、私の一言でどうにかなる話ではないのですがあの喫茶店に「またもう一度食べたいです。コロナに負けないでください。応援しています」というメッセージを届けることが出来れば良かったのかもしれないと思いました。そして希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとして、あなたは何をどうしたらいいと思いますか、という問いに関してですが、自分がなにかこの現状に対して出来ることやすべきことが簡単に思いつかないということに気付きました。手洗いや消毒の協力、マスクを正しく着用する、密はなるべく避ける、などの基本的で主に自分のための行動は今まで取ってきましたが、その他は全て他人任せであったり、他人事に思っていたのだなと感じました。私がとある喫茶店のオムライスに励まされているように、自分も誰かの励みになれたらと思います。例えば私の家の近所の公園はコロナが流行る前には平日でも多くの小学生らが集う活気のある場所でしたが、今では土日でもちらほらいる程度しか人気がなく寂しい公園になってしまっています。その公園で毎年初夏に行われる地域のお祭りも2年連続で中止になってしまいました。私は昔そのお祭りのステージに上がって楽器を演奏したことが何度もあります。ですからまたもう一度、コロナ禍だからこそそのステージで演奏することができたらいいなと思います。公園なら広さもあって本来であれば密になりにくいです。私の地元のサードプレイスの活気を戻してあげたいです。

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コロナ禍により、減少傾向であった銭湯やチェーン店でない居酒屋や喫茶店、町内のイベントなどのサードプレイスに追い打ちをかけ、サードプレイスとしての経営や運営に大打撃を与えたと思います。それにより、サードプレイスの数が減り、今までサードプレイスを利用していた人たちが、路上飲み会や公園で飲んだりと我慢できない人たちが出てきて、サードプレイスのどれだけ大切か分かるきっかけになったと思います。私はもっと図書館を開放して、コワーキングスペース事業を拡大すべきだと思いました。図書館では、本の貸し出しを禁止して、勉強や仕事のスペースとしてだけ開放したら、家での活動が難しい人たちにとって良かったと思います。コワーキングスペースはコロナが収まっても、仕事に使える場所として利用できるので、コワーキングスペースは多くしても問題なかったと思います。私は、塾が閉鎖してしまったので、学校の自習室で遅くまで勉強していました。週末毎週どちらか行っていたトレーニングジムとプールが閉鎖してしまい、家で筋トレや走りに行ったりして、リフレッシュしていました。また、辛く大変なことだけでなく、家で過ごす時間がとても多くなり、家族と一緒に夕食を食べれたりして、楽しい事もたくさんありました。大学生になり、一人暮らしをしているため、高校三年生の生活を一人でしている感じですが、筋トレやランニングしたりして、リフレッシュしながら過ごしています。後期からもオンライン授業が続いたら、自動車学校に通ったり、簿記の勉強したりと、自分自身の価値を上げれることを頑張ってやっていきたいと思います。

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 コロナ禍によって直接人と会うことが困難になってしまいました。コロナが拡大する前の生活は、マスクをしないで人と会話をしたり、休日などは人混みに対して抵抗なく出かけていました。特にライブ会場やテーマパーク、ショッピングセンターなど多くの人が直接行きかう場所は行きたいときに行ける環境でした。その環境がコロナによって一転してしまいました。マスクをつけて行動するのが当たり前となり、つけていないと不安にもなってしまいます。人混みになりやすいところは人数制限が設けられ、店内や学校を入るときには消毒と検温機があり、感染対策が当たり前のようになってしまいました。マスクをしていることで初対面の人の顔をしっかり把握するのが難しく、表情がうまく読み取れないため相手との距離を縮めるのに時間がかかってしまいます。丁度コロナ感染が流行し始めたとき、私は高校3年生で受験を控えていました。休校期間が3か月ぐらいあり、学校に登校しはじめたのは7月でした。その登校も分散登校でなかなかクラス全員が揃うまで時間がかかりました。休校期間はずっと家にいたため直接会話をしていたのは家族で、友達とはラインやインスタグラムのDMなどで連絡をとっていました。しかし、1ヶ月経ったときには友達と直接話したいと思ったり、家族以外の人と会話をしたいと思うようになりました。そこでzoomを使って友達とオンライン会をおこないました。オンライン会なら直接会うことはできないが、家でマスクをしない状態で会話をすることができました。直接人と会うことができないときこそSNSやzoomがサードプレイスの役割をすると考えました。大学の入学式の日に誰とも友達になることができず、対面授業も少ないため私は焦っていました。その時にTwitterで知り合いを作っておけばよかったと後悔しました。入学式が終わった直後にTwitterのアカウントを作り、その時にDMをしてくれて子と今でも連絡をとっています。顔がわからない人とSNS上で知り合うのは少し不信感がありましたが、実際にやってみてよかったです。高校では部活やクラスという団体があり、そこに所属していればいろんな人と関わりやすくなります。しかし大学は自由なため自分からいかないと孤立してしまいます。さらに特定の人としか関係をもたないということにもなってしまいます。もっと交流関係をひろげていくために積極的に行動し、いろんな人と助け合っていきたいです。  ワクチン接種希望者の接種が完了するまで私は、今ある対面授業でいろんな人と話せるチャンスを大切にしていきたいです。

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1年半続いているコロナ禍において、サードプレイスの開閉が極端すぎていると私は思います。サードプレイスとは、カフェや飲み屋など、人々が自由に交流する場所であるということがわかりました。新型コロナウイルスが中国で流行し、日本に少しずつ入ってきたとき、まだサードプレイスで集うことは容易でした。誰もこんなことになると予測できていなかったからだと思います。コロナが流行し始めてすぐにサードプレイスの縮小を要請するべきだったと思います。そして、数回にわたる緊急事態宣言では、サードプレイスを完全に悪いものとし、完全閉鎖を要請しましたが、それによって生活が苦しくなる人がたくさん出てしまいました。また、あまりにもサードプレイスがないことから、こっそり集まったりする若者が増えているのだと思います。また緊急事態宣言が明けるとその反動で多くの人がサードプレイスに集まり、そしてまた緊急事態宣言を出す。永遠にこれの繰り返しになってしまうのではないかと思います。ではどうすればよかったのか。サードプレイスの開閉を極端にするのでなく、時短営業、人数制限などを継続させ、オンオフをつけさせなければよかったのではないかと私は思います。私自身、緊急事態宣言中は家からなかなか出ることができず、ストレスが溜まっていました。そして緊急事態宣言が明けると友達とたくさん遊んでしまい、また緊急事態宣言がでるという生活でした。ワクチンの接種が終わるまでこの状態が続くとして、私は学生の勉強の機会を奪ってほしくないし、4年間しかない青春を邪魔しないでほしいというのが本音です。高校受験のときから大学のことを考え、一生懸命勉強した結果がこれというのはとてもつらいです。誰しもこのように自分のことを最優先に考えてしまうと思います。そんな中で誰にとっても最善の案は絶対に見つからないと思います。私が考えられることは、みんなが、手洗い・うがい、消毒をきちんとし、食事後はすぐにマスクをするべきだ、ということくらいです。

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サードプレイスの損傷により、私たちの第三者と出会う機会が損なわれました。そのため、人々の社会関係資本が損なわれることになるため、新たなビジネスだったり、イノヴェーションが生まれにくくなりました。更に、サードプレイスの損傷は第三者と出会い刺激を享受し合う機会を激減させました。その結果、その刺激から生まれるイノヴェーションが社会全体から減りました。このような状況で私たちは、少人数制のサードプレイスを作るべきだったと考えます。コロナ禍以前のサードプレイスは何十人のも人を収納できる空間でしたが、少人数制のサードプレイスは収容できる人数を数人程度にし、検温やアルコール消毒を徹底するものです。サードプレイスは不要不急なものとして見られると思いますが、新たな出会いや刺激を求めて生きている人にとってサードプレイスの損傷は死活問題であると思います。そして、今までの私たちはそのような理解をしてきませんでした。そのため、サードプレイスを必要としている人達を認識し、サードプレイスを無理やりにでもいいから作り合うということをすべきだったのだと思います。私はこの状況で、サードプレイスを見つけることもしませんでした。授業がすべてオンラインになり、東京に行ってもしょうがないとし、ずっと家に引きこもっていました。地元でサードプレイスを探すということさえもしませんでした。そして、ワクチン接種が終わるまでこの状況が継続するという場面で、私はワクチンを早急に打つということをすべきだと考えました。しかし、自分だけが打っても他の人が打っていなかったらどうしようもありません。そこで、周りの人にワクチン接種を呼びかける、もしくは、ワクチン接種をさせることが必要だと考えました。例えば、友達に対し自分と遊ぶ条件としてワクチン接種が必要だと言ったりすることが考えられます。

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まず初めにコロナの影響でコミュニケーションの場所がリアルから、オンラインになりました。これは、サードプレイスだけでなく学校生活や社会と全てがオンラインで過ごすようななりました。私たちはZOOMやteamsやLINEなどで友達や大学のサークルの人たちとコミュニケーションを取るために集まるようになりました。会う場所がオンラインになることで、どこにいてもコミュニケーションが取れ、移動時間を短縮することもでき、かつ今回のように蔓延の防止につながったと思います。今回、このコロナで私たちはどこででも勉強ができ、仕事ができるということがわかりました。しかし、オンライン上でのコミュニケーションは実際にあってコミュニケーションを取るのとは違うので、その場の空気感を味わえなかったり、対面のコミュニケーションで偶発的に出てくるような話題が出なくなったりと、やはりオンラインは限界があると感じる場面もあると思います。また、今大学生で問題になっているコロナ鬱を引き起こしている通り、やはりオンラインだけでコミュニケーションを取るだけでは孤独を感じさせるのだと思います。こうやって考えると、オンラインでも、リアルでもコミュニケーションは取れるのになぜこのような問題が出てくるのか、またこの二つのコミュニケーションは何が違うのか疑問に思いました。そして、私たちがやるべきだったのはこの二つのコミュニケーションの相違を考えることだったと思いました。また、私たちはICTの環境をもっと見直すべきだったと思いました。これは、わたし自身体験した話にもつながりますが、私たちの高校はコロナで学校が1ヶ月半ほど休校になりました。わたしは都立の学校に通っていたのですが、他の都立高はリモートで授業をやったりしていたのにも関わらず、私たちの学校は行われませんでした。また、休校が開けて集会を行うのに学校側はteamsを使用しようとしましたが、先生方が使い方がわからず集会が全然始まらないことなど多くありました。私たちの学校は圧倒的にインターネット環境が遅れており、先生たちが全く使い方がわからない状況で一年を過ごしました。受験の年に授業を受けない学校は正気か?!とその当時は思っていました。この事例はサードプレイスではありませんが、このような状況はサードプレイスでも置き換えられると思います(インターネット環境が整っていなくて、友達とコミュニケーションが取れなかったなど…)。わたし自身、サードプレイスは大きく変わりました。わたしは吹奏楽部だったのですが、友達と放課後練習するところがなくなりました(飛沫が飛ぶため室内での練習がNGでした)。他にも、実際会って話す機会が減り定期的にZOOM会を開くようになりました。わたしは、リアルでコミュニケーションの取れるサードプレイスがなくなってショックでしたが、オンラインでもわたし自身リアルと変わらずコミュニケーションが取れるのであまり影響がないと思います。きっとあと一年ぐらいはこの状況が続くと思います。わたし自身でやっていくべきことは、リアルで出会いがないからといって、コミュニケーションが消極的にならないことかなと思いました。コロナで今までみたいに友達と話せる場所がなくなったと悲観するのではなく、何事もプラスになることを考えて実践していきたいと思います。

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 始めに私は自分自身におけるサードプレイスについて考えてみました。私がコロナが流行するまでサードプレイスとしていた場所はカラオケボックスでした。今ではカラオケボックスも開いている店も多いですが先月の緊急事態宣言のときには東京のカラオケボックスは閉まっていました。また、入店することができてもマスク着用厳守であったり、人数制限がかけられていたり、部屋の中に除菌スプレーが設置されています。また日本全体でサードプレイスについて考えてみると居酒屋やカフェなどがあげられると考えました。このような場所でも去年の緊急事態宣言の時にはすべての飲食店には休業の要請が出されたり、先月の緊急事態宣言では飲食店に向けて時間の短縮営業が要請されました。そのため自分もふくめて多くの人々が一時的にサードプレイスを失いました。  人々のサードプレイスを失わせないためには短い期間でもっと厳しい原則で緊急事態宣言をコロナウイルスが流行し始めたときに行うべきであったと考えます。去年の緊急事態宣言では少し原則が弱かったためコロナウイルスがますます増えていき、だらだらと緊急事態宣言が伸びてしまい、つぶれてしまう飲食店などが増えていったのではないのかと思います。  私自身はこのコロナウイルスでカラオケボックスというサードプレイスがなくなってしまったため自分の部屋がサードプレイスになってしまいました。自粛期間によって私と同じようにサードプレイスとファーストプレイスが一緒になってしまった人も多いと思います。  最近始まった希望者へのワクチン接種が完了するまでこの状況が続くならば私はできるだけサードプレイスの利用を避け、自分の家でSNSを使うことで新しい人脈を広げていきたいと考えています。しかし、ネットだけでは強い絆を結び信頼関係を築くことはできないため、この状況が終わったらリアルで多様な人脈を作っていきたいと考えています。

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サードプレイスと言われるような第3の空間は、人が落ち着いて過ごせる場所としてカフェやファミレスなど普段から多く利用されてきているものだと思います。そんな中、コロナウイルスが流行り始めて最初の方は、人と人が実際に会う場面でのサードプレイスは外出自粛の関係もあり減っていたように感じます。しかし、その中で増えたのがオンラインです。直接会わなくてもコミュニケーションが取れるというとても便利なものが広まってきました。海外にまで繋がれるということは特に驚きました。それまでほとんど使ったことのないものでしたが、今ではオンラインは当たり前になってきていて、1年半前の私には正直予想が出来ていませんでした。コロナの影響から時短要請だったり休業要請がされてきて、今までの期間何をすべきだったか考えると、私もこのような判断をするのは良いことだと思っています。ただし、あまりにも期間が長く経済的に厳しい人たちも多いことを考えると、方法を変える必要があるのは分かるのですが、具体的に何をすれば良いかは考えると難しいです。家や職場または学校以外の息抜きをできる場所がサードプレイスですが、私自身あまり利用することは多くありません。それは、一番落ち着いていられるのが家だからです。大学生になり少し自由は増えたと感じているので、これからは友達とだけではなく一人でも気軽にカフェを見つけて入れるようになりたいと思いました。何も考えずに一息つきたい時や、また、勉強がはかどるような場所などひとつでも見つけておくことで日々の生活をより楽しめるのではないかと感じました。そのような時間を設けることでストレスを溜めないようにもできるのではないかと考えました。話は変わり、今、日本のワクチン接種は世界に比較して遅れていることもある中で、希望者全員の接種が完了するのは先が長いと思われます。この状況がまだ続いていくとして、まず感染しないためにはマスクをしたり消毒したりすることを今まで通り忘れずにやっていくべきです。そして、少しでも多くの人に早くワクチンを打てるように、進みの早い国などを参考にして、取り入れられることをなるべくすぐに取り入れるということが大切だと考えます。実現させるには簡単ではないこともあるかもしれません。しかし、一番は一人一人がコロナと向き合い感染が広まらないようにすることだと思うので、意識していくことができると良いです。

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コロナ禍が1年半続いている現状における、何の機能も意味づけもされていないみんなが通るような遊び場であるサードプレイス(第三空間)の損傷にとして、学校の閉鎖や図書館の利用制限などが行なわれるようになり、学校のみならず職場においても大人数で集まることや食事をすることは控えるように推奨されています。このようなことは、コロナウイルス感染拡大防止のために仕方のないことではありますが、サードプレイスの損傷により、新しい繋がりを持つことが減り、クリエイティブなもの、新しいイノベーションの原点、友情、信頼が生まれる場が減ってしまっていました。よって、人との距離を取る必要があるため、例えば仕事や学業においてzoomを利用する以外にも、好きなときに自主的に参加できる交流の場としてzoomを利用すべきであったと考えます。オンライン上に、一定の条件について関心がある人たちの交流の場と限定してグループを作れば、共通の話題について話すことができるようになり、才能ある人の話を聞くことによって刺激を受けるというような機会を作ることができるようになると思います。私自身、大学の遠隔授業を利用しているため直接大学に通ってはおらず、キャンパス内のサードプレイスを使ったことはありません。また、現在は図書館も普段通り開館となっていますが、コロナが収まる様子のない中、図書館に行くということは自分の意思で控えていました。希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続する場合には、人との距離を保ったまま利用できるサードプレイスとして、zoomなどのオンラインでの交流の場を用意したり、公園など屋外において一定の距離を取ると決めた上で遊び場として利用したりすればいいのではないかと考えました。

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コロナ禍の中で飲食店のようなサービス・クラスが特に打撃を受けました。サービス業の業績が悪化し、それに伴うサービス・クラスの雇用機会減少、サービスや商品の購入抑制。購入抑制による業績悪化という負のスパイラルが経済全体にまで波及しコロナ不況というべき状況になりました。  またコロナは経済以外にも大きな影響を与えました。在宅勤務などはその最たる例です。これは新しい働き方としてコロナの影響が収まった後も受け入れられる可能性があるのではないかと思います。 そして私たちが現在行っているオンライン授業もコロナ禍で本格的に推し進められました。これは非常に革新的だと思います。映像授業というものは大手予備校などが既に行っていましたが、zoomなどを用いたリアルタイム配信授業は少なくとも日本では今回が初めてなのではないかと思います。特にハイブリッド授業という授業形態は今後大きな影響を与えると考えています。例えば何らかの事情で不登校になっている生徒は家にいながらも学校にいるときと同等の授業を受けることが出来ますし、私たち大学生は離れたキャンパスの授業を気楽に受けることが可能になると思います。 深刻な経済不況は非常に大きな痛手ですが、新しい働き方、授業形態の可能性を見つけることが出来たので、コロナ禍というものは必ずしも悪影響を与えるだけの存在ではなかったのではないかと思います。 先ほどまでコロナ禍が生んだメリットを述べました。しかし日本政府が行った政策を評価しているわけではありません。何度も中途半端な自粛要請を繰り返したことに関しては最悪な政策だったのではないかと考えています。自粛を要請しつつもその補償を殆ど行わず、緩い自粛を漫然と繰り返し行ったせいで徐々に人々から危機感というものが薄れていき、その結果自粛を要請しても多くの人が従わなくなるというような状況になりました。 たらればの話をしても今更どうしようもありませんが、徹底的な自粛要請を一度行い、それによって起こった不利益を政府が補償してさえいれば日本人の国民性を加味した場合、経済的にも感染状況的にも今よりずっとましになっていたと思います。 私はこの一年半を大学生として過ごしていました。その中ではコロナ禍という状況にある程度の不満は覚えつつも、現状をどうにかしようとは特に考えていませんでした。しかし実家暮らしで大学に直接登校する必要のないという環境で時間と金銭面で余裕が出来たため、新しい趣味を始めました。 1つはサバイバルゲームです。念のために申しておきますとサバイバルをする遊びではなく、エアガンで互いに撃ち合う遊びのことです。屋外で人と離れながら遊ぶため密にならないという事も魅力的でした。そこでは年齢や職業が全く異なる人々が同じ趣味という共通点のもとフレンドリーに交流しており、サードプレイスの条件を全ては満たしてはいませんがまさしくそのような環境であったと思います。 もう1つはプログラミング言語の学習です。去年オンライン授業のおかげで自分用のノートパソコンを手に入れることが出来ました。そこで前々から興味を持っていたプログラミング言語を始めました。あまり自由な時間が取れないため参考書を用いた独学で学んでいる為、効率こそ悪いのですが参考書以外には費用が一切かからず、コストパフォーマンスが非常に高い趣味になっています。また単なる趣味として以外にも自分自身でプログラムを組み立てるという都合上、論理的思考力を養うためにも役に立ったと思います。さらに副次的効果として高校時代は嫌で仕方がなかった数学も趣味のために本棚から引っ張り出して勉強しなおそうと思うくらいには興味が湧き、数学に対する苦手意識が薄まったように感じました。 このようにこの一年半、私は世のため、人のためとなにかアクションを起こしたりはしませんでしたが自分なりに時間を有効活用して有意義に過ごすことが出来たように思えます。 ワクチン接種が完了するまでこの状況が続くとすると、やはり政府が積極的に動くことが必要であると考えます。既に経済状態が非常に悪化しており、人々の自粛に対する忍耐力も弱くなっている為ロックダウンのような自粛政策は現実的ではありません。そのためサービス業に補償を行いつつ、密にあまりならないようにとだけ注意してサービス業の再開をさせていくことで経済を少しでも持ち直していくことが必要だと思います。また政府が主導してより多くの人にコロナに対する正しい知識や感染防止策を広めていくことで感染拡大もある程度抑えることが可能になると思います。 コロナウイルスによって近年まれに見る程の不況になっていますが、なんとかしてこの状況を乗り越え、また元のような社会に戻ることが出来ると良いなと思います。

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基本的にコロナ禍ではファーストプレイスである自宅にいることを強制される状況下において、対面のサードプレイスは実質的に閉鎖されてしまいました。どうすべきだったかというのは中々難しいテーマではありますが、私はオンライン上でのサードプレイスを確立するというのがこの環境下で唯一できるサードプレイスの作り方であると考えます。サードプレイスについての定義が確立されているわけではないと調べてみて感じたので、私なりに考えたことを述べますが、やはりTwitterやFacebook等のSNSで自分の考え、趣味、嗜好について語れる場所を作ることが1つの答えであると考えました。具体的なやり方としてはTwitterで自分の好きな物事のハッシュタグを検索してそれにヒットした人に話しかけたり、LINEのオープンチャットの機能を使い語り合ったりグループ通話するなどが良いと思います。私自身がどうだったかと言うと、サードプレイスと言えるかは微妙ですが、居心地の良い場所という点を取り上げるなら、友人達とグループ通話をしたり、インターネット上で自分の共通の趣味のネット経由の友人たちと語り合うことなどが私のサードプレイスとなっていました。この状況下が続いていく上で、これからどうしていくかということについては、上で述べている通り、インターネット上で自分の安らげる人との繋がりもいうものを探すことが1番の近道であると考えます。しかし、これだと正確に問に答えられていないような気がするので、さらに深めますと、現状日本人はコロナ以前より自分のサードプレイスを持っているという人は少なかったように思えます。そのため、サードプレイスを1から作り上げる所から始めなければ行けないと考えます。そして現在、外出自粛は推奨されているものの、緊急事態宣言が終われば細心の注意を払っての外出は許容されるようになるため、成人ならばバーなどに行ったり学生であれば放課後に友人と集まる、またはサークルの仲間などと節度を持って談笑する空間などを意識的に持つことを考えれば、もう少しサードプレイスへの意識は変わるのではないかと考えます。しかし、それでもやはり、外出が自粛されるご時世なので、インターネット上で先にコミュニティを作っておいて、コロナ禍が開けてからその仲間たちと話すのが1番現状できる最善策であるというのが、私なりの結論です。

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高校で緊急事態宣言が出てしばらくの間休校になったとき、親しい人に会えない寂しさと悲しさをとても感じました。一ヶ月ごとに学校から送られてくる課題の書類とスマホ上に送られる文字だけの先生方からのコメントも、動画も、どれも一方的でした。課題の内容に悩んだり、送風されてきた課題に誤りが当ても、直ぐに交換できない不便さも学校に行けていれば簡単なことでした。コロナがあって家族以外の頼りが遠い存在になったのは学生にとっては大きな打撃だったように思います。しかし、だからと言って感染のリスクを感じながら登校するのも危険だとも思います。学校の最寄りまでの電車は学生と外国人労働者、そして通勤途中の人でいっぱいです。感染するかもしれないという恐怖を感じながら登校したくないけれど友人や先生、後輩など多くの親しい人に会いたいという思いは学生でも無くても感じていて人は沢山いたのでは無いかと思います。では、どうするべきだったのかというと、電車の利用人数の少ない土日のどちらかだけでも学年やクラスで時間差で登下校し短い間だけでも交流できる様なことを地方では可能だったと思います。また、人口の多い地域や都心ではここまでのことは出来ないと思いますが、テレビ電話やZoomを使ったオンライン上だけでも関わりを持てる場を取れると思います。このように、学生も社会人も人と人との直接の交わりが少なすぎたために、簡単に遊びに出掛けてしまう人がいたと考えます。健康と安全のために縛ることも大切ですが、節度のある緩みが逢っても良かったのでは無いかと思います。現在ワクチン希望者を優先順位をつけて摂取していますが、医療関係や国際的な仕事をしている人たち以外の一般の人々にはあまり広がっていないというニュースをよく見ます。私も打てることになっても拒否すると思います。それはワクチンが怖いからです。同じ思いの人が多いためになかなか進まないのでは無いかと思います。多くのメディアでは「ワクチンの接種が進んでいない・こんな副作用がある」ということばかりで、効果が出ているのかについてはあまり報道されていないように思います。ワクチンの接種を広めたいのかどうか不思議です。安全で効果が沢山出ていればワクチンに対して恐怖も感じず、私も打とうと思うかもしれません。もし今の状態が長く続けば、サードプレイスに入ることは困難になります。サークルや部活の活動に参加したくても出来ませんし、大学はクラスが無いため親しい友人を作るのも難しいです。実際私にはグループ発表のためのLINEグループでしか新しい友人との関係がありません。その他は同じ高校から来た友人ですが、学部が違うため交流も少なくなっています。他の大学や専門学校に行っている友人は更にあえておらず、SNS上でしか姿を見ていません。私と同じような状況の人は少なくないと思います。そのためには、対面の授業では学生と学生の交流のある授業をすると良いと思います。グループ発表やペアワーク、無作為に組んだグループでグループ対抗の簡単なゲームをしてみるなど、まるで小学校の英語の授業のようですが、学生同士の直接の交流を少しでも作れたら仲間の中でのチームワークができ、その場だけでもコミュニティを作れると思います。

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私はいつも通っている美容院のオーナーがやっているバーに、小学校の頃から親とよく行っていて、小学生の頃は常連の人達や店員さんに遊んでもらったりしていました。コロナ禍以前もたまに行き、常連の人達といろいろ話したりして楽しんでいたのですが、コロナ禍に入ってからは、緊急事態宣言などのせいでお店は休業と営業再開を繰り返すようになってしまい、最終的には閉店することになり、それ以来常連の人達や店員さんと会う機会はなくなってしまいました。私にとっては小学校の頃から通っている大事な場所だったので、とても大きな喪失感を感じました。現在、私が通っていたバーのように多くの飲食店が苦しい状況にありますが、このような状況は国や地方自治体の補償や対策などがもっと公平で迅速なものであったら、今ほどの状況にはなっていなかったのではないかと私は考えます。私自身はコロナ禍に入ってからは、あまりお店に行くことができず、苦しい状況にあるお店の力になることができていませんでした。なので今後もこのような状況が続いていくとするならば、私は、自分が大事に思っているサードプレイスなどにはちゃんとお金を落として、そのサードプレイスがコロナ禍を乗り切るための力に少しでもなれるようにしたいと思いました。

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コロナ禍によってサードプレイスは自然消滅したものが多いように感じます。私自身はリアルのサードプレイスに参加したことがあまりないため、コロナ禍になったことでのコミュニケーションにおいての不便は感じることがありませんでした。むしろいっしょにゲームをするためのコミュニティが誕生し、直接会うことができなくてもそれなりに充実した日々を起こせたように感じます。話は戻りますが、リアルなサードプレイスというのはやはり場所そのものが人をつないでいるので、それらに集まれなくなるとどうしても雰囲気や活動形態が変わってしまい「何か違う」という違和感を生み出してしまうのだと思います。人というのは変化が多様な存在であるはずなのに変わっていくことを厭う傾向にあるので、こういう現象は割と起こります。そういう状況において私たちは何をすべきだったのかといえば、どうして自分の所属するサードプレイスが居心地がいいのかを分析することであり、他のメンバーがそのコミュニティに何を求めてるかを知ることだと思います。変化を厭うといってもやはり変容は避けられないため、それらの要素を知ることでより最適にリアルなサードプレイスを続けていくための工事ができるのだと思います。

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コロナ禍においてサードプレイスが失われたという状況が生まれています。サードプレイスとは自宅や職場といった場所とは別にくつろぐことのできる空間のことであり、友人や知人との会話が楽しめる環境のことを言います。その場所の例として、居酒屋やカフェ、公園などがあげられます。コロナ禍で外出の自粛が要請されることでそうしたサードプレイスに訪れにくい状況ができます。しかし、感染予防対策などを施すなどして訪れるべきであると思います。私自身、緊急事態宣言下ではそうした場所への訪問を避け、宣言解除がされた後に適度に訪問するように心がけています。また、マスクをこまめに取り換えることやアルコールスプレーを持ち歩いています。 新型コロナのワクチン接種を希望する人のワクチン摂取が完了する時期として10月~11月と予想されていますがその間に新たな変異株などが拡大する可能性も考えられるため、今まで通り感染予防や混雑が予想される場所への訪問を避けるなどの対策をしていきたいと思います。また、実際にコロナワクチン接種の予想時期が遅れていることなどを考えると半年後の12月にワクチン希望者の接種が完了しないことも考えられるので自分にできる感染予防策を実施します。

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私にとってのサードプレイスは家の近場にあったダーツバーでした。コロナ前では友達とよく一緒になって通っていました。行くたびにいつもの人たちと会うことができダーツで対戦するなどの交流がありました。そのため、わたしにはとても心地の良い場所でした。なので私のサードプレイスはダーツバーでした。1年半前、政府の政策によってまず私のサードプレイスであったものからなくなっていきました。私からしたら当時はとてもショックで今でもそのお店に通えないことはストレスにもなりつつあります。ですが、この状況下ならまず私のような夜から朝まで遊ぶような人たちを規制することは大きかったと感じています。お店が規制されるようになってから私はほぼ毎日通っていたお店には通うことはなくなりました。しかし、規制されるようになったのは東京だけでなく、全国的にコロナが広まった後でしたので対応は遅かったのではないかと感じています。幸い私が通っていたお店からはクラスターが出ることはなかったのですが、私の知り合いが普段通っているお店からはクラスターが発生するなど悪い方向に進んでいました。そのような出来事から1年近くたった今でもそのような状況は変わることはなく、お店も利益がほとんどなくなったため休業するという手段を取らざるを得ない状況になっています。今はワクチンの接種が始まったことにより、これからコロナは沈静化されると予想されていて、沈静化されると考えています。その中で私は、まだワクチン接種が完了していないので今後も同じようにステイホームを心がけることが早期解決につながると考えています。

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コロナの影響で三蜜を避ける必要があり、みんなが一堂に集まることが困難になってしまったため、サードプレイスを設けることが不可能となり、サードプレイスのうちリアルなものが損傷してしまったと考えられます。この結果、人々の孤立感などを生み出してしまい、たとえば友達を作ることができず孤立してしまうケースや鬱になってしまうケースが生み出されるようになってしまいました。 これを解決できた可能性として、リアルでは絶対的な不可能性があると思われるので、そのはけ口をインターネットに生み出すというものが必要であったと思われます。理由としてまず密が生まれるからもちろん実際に会うことはできないため、バーチャル空間のようなものを一般に無料でっ提供するなどして市民が気軽に新たな出会いをできるようにし、それぞれが新たな形でサードプレイスを生み出せるようにしていけばよかったと思います。 私自身、友達をつくることができていなかったため、サードプレイスを作ることはできていませんでした。 ワクチン接種の完了までこの譲許が続くなら、自分としてはまず対面可能な授業を通して連絡が取れる知り合いを作り、そこからオンラインを用いることで横のつながりをひろめてゆき、その結果としてサードプレイスを作り、自身の精神的な意味でも安寧を生み出せたらなと思いました。

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従来のカフェや公園などのサードプレイスがコロナによって交流の場として機能しなくなり、交流の場がオンラインへとシフトしていったと思います。蜜を避けるという観点で対面の規制は仕方ないと思いますが、コロナ渦で一年以上経過しているので、オフラインでのよりよい交流方法を考える必要があると思います。 私はベンチャー企業で長期インターンをしているのですが、コロナ渦になり仕事を終わりに他インターン生たちと対面の交流がなくなりました。そこで、まずは試したのはzoomでみんなと交流の場を作ることをしました。しかし、なかなかzoomの特性上1人が全員に向かって話すという構造になってしまい。対面のような気軽さがなく、難しさを感じました。その後、Remoなどのよりカジュアル向けなツールを使いよりよい方法を模索しておりました。結果的にspatial.chatというツールがオンライン上での交流の場として最適ということが分かり、対面には勝てませんがそれなりの空間を作ることに成功しました。ITに関心のある人たちの集まりでしたのでより良い策を考えるということをしてましたが、周りを見渡してみると無理やりzoomやラインビデオ通話などの集団で交流することに最適化されていないツールを使っていると思っております。 例えば大学の授業において、双方向型のコミュニケーションをする授業でもzoom一択という雰囲気があり、よりよいものを探そうとしていないと思います。 大学は、緊急事態宣言が出たら対面からオンラインにシフトして、解除されたら対面に戻すというスタイルをとっておりますが、これは学生にとっても教員にとってもストレスになるので、コロナ渦で1年も経っているから他のことを試してみるとかしてもよかったのではないかと思いました。 また、設備費を払って学校設備が使えていない状況ですので、zoom proアカウントを学生に配布して、オンライン上で学生同士のコミュニケーションをとりやすくするなんてことも有効だったのではないかと思いました。

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コロナ禍においてリアルに集まるサードプレイスが損傷されたことで人との関わりが圧倒的に減ったように感じます。昨年4月頃に発令された緊急事態宣言時には私はまだ高校3年生ですでに部活動にも所属し、たくさんの人と繋がりを持っていたのでリアルに集うサードプレイスのない生活でも特に不都合なくすでに関わりのある人たちとの繋がりで満足に過ごすことができました。しかし、高校を卒業し、大学という新たなコミュニティに属するとこれまで関わりを持ってきた人の繋がりが少しずつ薄れてきて新たな出会いの場にもなるリアルな集いのサードプレイスの重要性を感じるようになりました。もちろんオンラインでも新たな人との交流は十分可能なのですが大学のオンライン授業を通して画面越しに知り合った人たちと実際の対面授業で知り合った人たちとではその後の交流の仕方が大きく異なると身をもって感じました。高校生時代は毎日必ず学校に行って決まった人たちと同じ授業を受けていたので学校44人クラスに所属だったので団体の中で自宅や学校以外の集いの場がなくても特に何も感じませんでしたがやはり今は自宅と学校以外のリアルな交流の場が必要だと思います。実際、現在は学校の対面授業と週2回のアルバイト以外は一切外に出ることがなく、ほとんど誰ともリアルで会話しないまま1日が終わってしまいます。もし希望者のワクチン接種が完了するまで、この状況が継続するとしたら私は公園や広い場所など感染のリスクが低い場所をサードプレイスとすればいいと思います。

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個人的に、サードプレイスの中で大打撃を受けたのは音楽ライブだと思います。規模の大小に関わらず昨年は多くのライブが中止または先の読めない延期となり、小さい箱ながら有名だったVUENOSや北海道のCORONYといったライブハウスがどんどん潰れていくという事態に陥りました。私自身は受験生だったため元々ライブに行く予定もあまりなかったので経済的にそこまでの損失はなかったけれど、ずっと活動を続けているアーティストはもちろんですが、昨年デビューした多くのアーティスト(有名どころだとNiziUや優里など)がほとんど生でファンに会えることなく今も活動を続けている姿を見ると胸が痛かったです。では、この状況をどう打破していくべきだったのか。音楽をサードプレイスとしている人はたくさんいるため、音楽業界はどの業界よりも早い環境適応が求められたと思います。私は、オンラインライブや無観客ライブの適応を早くすべきだったと思います。不慣れな部分や政府の不透明な指示に振り回されてはいましたが、その中で出来ることももっとあったのではないかと思います。制限がやや解除されてから徐々に始まりつつある有観客ライブも本当はもっと早く行えたのではないかと思う節もありました。その中で、私がこの1年の動向を見ていく中で有観客に向けての動きが早いなと思ったのはハロープロジェクトでした。ハロープロジェクト(以下通称のハロプロと呼ぶ)は比較的早い段階から、有観客ライブを始めていたなと思います。ハロプロはモーニング娘を始め、グループ内の人数が多いグループが多く所属しています。そんな中、まずハロプロはハロプロ所属の全メンバーをグループ問わず混ぜて何個かのグループを作り、バラード限定の有観客ライブを行っていました。これならアイドル特有の激しいコールアンドレスポンスもいりませんし、アイドル同士が密になることも防げます。こういったライブを開催したのを知った時、機動力と順応性の高さに驚いたのを覚えています。この形で早い段階からツアーを回り、観客の感染者を出すこともありませんでした。その後も徐々にソロ曲から複数人数で歌う曲にシフトしつつ、コロナ禍とは思えないほど数多くのツアー日程をこなしています。こういった柔軟性がこのコロナ禍で求められ、数多くのアーティストやライブ運営会社の対応が三者三様に分かれる様は見ていてとても面白いと感じましたし、これからも改善の余地があるのではと思います。まだコロナの収束がいつになるかわかりませんが、一刻も早くライブ、音楽業界が元の姿に戻り多くの人のサードプレイスとして働くようになることを切に願います。

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コロナ禍において外出自粛要請によるうちにいる時間が増加しました。どうやって日常の生活充実させるかいろいろなものを試しました。料理につくったり、本を読んだり、ゲームをしたりなど、家で過ごす時間を楽しむ方法はたくさんやりました。そして、日常の消費傾向も変化しました。これはコロナウイルスによる目立つ影響のひとつです。例えば、外食の代わり、デリバリーやテイクアウトの利用チャンスが上昇しました。この1年半くらい感染拡大がもたらす日常生活活動の制限であまり旅行しませんでした。人類が築き上げてきた都市生活が全然かわりました。コロナウイルスの感染拡大が問うているのは、物理的かつ精神的な「人との距離感」のようにも思えます。物理的な距離を保ちながら、人と人とがつながるには微妙になりました。 私はワクチンの接種が終わるまでもちろん健康の維持や感染拡大予防など大切です。しかし、自分が4年生なので、いろいろ就職活動に参加しなければなりません。コロナのせいで企業の生存環境が変化したり、雇用制度や働き方など変化したり、人々の間の格差が拡大している同時に社会の競争も激しくなりました。この過程で自己管理が重要になりました。とくに自分の能力を高めることと思います。コロナ以降は、より働き方の自由度が高くなり、働く場所や時間、内容を個人が意思を持って選択する方向性にシフトすると予測できます。社会全体が変わる時だからこそ、年齢を問わず、スキルの棚卸と新たな学びが必要ではないだろうか。

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大学や高校などがいわゆるサードプレイスにあたると思いますが、昨年の4月から6月くらいまではそのサードプレイスにすら行くことが出来ず、初めて緊急事態宣言というものが出されて外出することすら難しい状況になってしまいました。学生は平日に学校へ通うことが当たり前であったため、それが日常から奪われて喪失感のようなものに襲われた人が多くいたのではないかと考えられます。直接人と会うことが難しくなってしまったとしても、ズームなどのオンラインツールを利用して人と会話する機会を確保するべきだったと思います。自分も高校にしばらく通うことができなくなってしまい、学校の友人とも会うことができなくなってしまったため、受験期だったこともあり、とても不安になった覚えがあります。いつになったら学校に通えるようになるのだろうかという気持ちや、ずっと自宅で過ごさなければならないという憂鬱な気分でした。希望者のワクチン接種が完了するまでは、友人とも気軽に会うことができないため、電話やズームを通して会話できる機会を極力少なくしないように努めるべきだと思います。また大学や高校なども、対面授業を増やすことが難しいとしてもオンライン上での関わりを確保することで、学生の不安を軽減することができるのではないかと思います。また、学校行事もすべて中止にするのではなく、感染症対策を十分に行った上で開催することで学生の思いに寄り添うことが可能だと思います。

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コロナにより人との出会いがめっきり減りました。自粛のため友達と会う約束もせず、極力家からも出ず、ぼーっとして大学3年が終わりました。本来ならば沢山の人の出会い、色んなことを経験し、価値観が豊かになる、良い大学生活になるはずだったのに、その全ての機会を奪われたように感じました。しかしパンデミックから2年経った今、私はこの「コロナ渦」というイレギュラーな環境を前向きに捉え、もっと行動するべきだったと反省しました。例えば、このコロナ渦によりウェビナーによる講演会が増えました。散見されるウェビナーはもちろん家でもどこからでも聴講することができ、チャット機能で躊躇せず主催者に質問ができる、またアーカイブされるためいつでも視聴ができる、という長点がありました。しかも参加費は無料のものばかりでした。もし、コロナ渦ではなかったら。わざわざ会場に行き、講演を聞くということはよほどの熱意や目的意識がないとできません。しかし、このウェビナーでは家で気軽にプロによる学びのある講演を視聴することができます。まさにこのコロナ渦により、家に居ながらでも、自己啓発や新たな物事を学習できるチャンスが沢山転がっていたのです。私はこのチャンスをもっと活用し、家に居ながらでも沢山の教養に触れ、自己成長に繋げるべきだったのではないかと反省しました。

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サードプレイスの観点から考えると、コロナ禍のためにライブや宴会なと大人数で他者との繋がりを感じることが出来る場所が無くなってしまったと感じています。zoomなどオンラインでの集まりも始まっていますが、私は実際に会うことでしか感じることの出来ない感情もあると思います。そこで私が考えるすべきことは、1人または少人数で行くことが可能であるサードプレイスを利用することです。カフェや温泉、公園などを1人で巡るのも個人的にはとても楽しいことだと思います。私は1人で訪れたことのない公園や近場の観光地を巡ったり、授業をカフェで受けることなどを行っていました。1人でサードプレイスに行くという習慣がない人が1人で楽しむことを方法を身につけるということが出来るといいと考えます。外出は基本友達、家族とという方が一定数いると思っているのですが、基本は1人である自分は1人でしか感じることのできない安らぎもあると考えます。また、感染リスクなどの知識は浅いですが、飲食店の夜中の営業は店内に入る最大の人数上限を決めておいて、席をある程度距離を取ることを前提としたら宴会でも行っていいのではないかと考えています。そうしたら他者との繋がりも感じることが出来るのではないかと思います。いつマスクを外すことができるか読めない状況だからこそ、新たなサードプレイスを感じることのできる方法を考えていきたいです。

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自宅や職場とは隔離された心地のよい第3の居場所という意味でのサードプレイスの観点からコロナ禍を考えると、サードプレイスを訪れる人の大幅な減少やサードプレイス自体の減少に伴い、サードプレイスを訪れる人同士でのコミュニケーションの機会の損失およびそこから生まれるアイデアやものの損失があったと考えます。例えば、仕事終わりや休日に居酒屋やバーなどのサードプレイスを訪れて、仲間やその場にいた知らない人とコミュニケーションを取ることなどを楽しんでいた社会人にとっては、日々の楽しみや仕事などに活かせるアイデアの創出機会であった居酒屋などへ行くという行為がしづらくなってしまいました。また、新成人となり居酒屋などへ行くことを楽しみにしていた人にとっても、その機会だけでなく居酒屋などへ行く意欲も減少し、若者の居酒屋離れや飲み会離れがさらに加速したと考えます。日本ではただでさえ少子高齢化や人口減少が進み、顧客となりえる数が減っていっている中で、このコロナ禍の居酒屋離れで、経営者にとってはさらに困難な状況となったではないかと考えます。次に、サードプレイスが損傷したコロナ禍では、対面ではなくリモートで何かを行うという機会が増えました。リモートワークをはじめ、リモート授業、リモート飲み会、リモート合コンなどその内容は多岐に渡りますが、これは自宅にいながら相手と顔を合わせつつやり取りができるという意味で、この制限された状況の中でもできる良い取り組みであり、そうするべき取り組みであったと思います。また、リモートではインターネット環境などを整えればどこでもやり取りができるため、コロナが落ち着いた後でも、のどかな田舎で暮らしつつリモートで都会の会社で仕事をして給料を得るという生き方が、プログラマーなどの限定された職種以外でも行いやすくなったといえます。さて、私自身がサードプレイスとしてよく訪れていた場所はなかったので、その面での被害はなかったといえるかもしれません。しかし、先ほど挙げた新成人と居酒屋のように、もしコロナ禍でなかったら大学帰りに寄る行きつけのカフェができていて、そこで広がる人脈もあったかもしれません。また、サークル活動もリモートでの雑談ではなく本来の活動が対面でできており、自身や生きがい、人脈などがもう少し簡単に生まれていたでしょう。最後に、希望者のワクチン接種が完了するまで私にできることは、SNSでコロナやワクチンに関する不確定な情報を容易に発信しないことだと思います。そのためにはまず情報の取捨選択や一つの情報をそれだけで信じずに情報元を確認することが大切だと考えます。

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飲み会などの集いの場などが封鎖されて人々の心の寄せどころが減少してしまった。そのため違う形での代用となる心の行き場所を人々は探し、見出そうとしたり作り出そうとした。私自身は高校時代から寮生活をしていたため寂しさというものを強く感じる体質、性格になってしまった。今も寮生活をしていて常に仲間が近くにいる状態で悩みや相談を気軽にできたりする状態だが、高校時代の仲間が恋しくなり卒業後も集まって遊んだり会食をしようという約束をしたりする仲であった。しかしこのような感染拡大の状況下で思い通りの外出ができず、集まれないような状態だ。授業も対面ではなくオンライン授業が中心の生活。1年次はこのオンラインが普通だと思い込み、非常に楽しく新鮮な学習を送っていたのだが、対面授業の違う楽しさを知ってしまい現在の閉塞感を強く感じてしまって授業の課題をさぼりがちになり、自信のモチベーションがかなり低いところにある。私はそんなときスマートフォンの小さな画面の中に逃げてしまった。実際心は休まったが有意義な時間を過ごせたと思えてはいない。ここで私は自分が置かれている環境を見直し、周りの人間にはない特別な環境ということを理解し自分自身を見直すチャンスであると考えるべきであった。 コロナのワクチンを受けられるようになるまで私はワクチンに関しての情報を集め、港享有することが一番大事だと考える。

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 コロナ禍において、カフェなどのサードプレイスは大手を除いて休業に追いやられてしまいました。また、公園などの公共施設も閉鎖されてしまいました。私はコロナ禍が本格化する前にテイクアウトなどを普及させたり、消毒を徹底したりすることが必要だったと感じています。カフェはこの点を他の飲食店に比べ実行しやすかったと思います。公園も開けた空間であるため消毒さえすれば問題なかったのではないでしょうか。私自身は飲食店に行くことが出来なかったため、基本的に家とアルバイト先の行き来だけで過ごしていました。希望者のワクチン接種が終了するまでこの状況が継続する場合、自分がワクチンを接種するか、若しくは外出を自粛をすることが望ましいとは思います。しかし、部活の大会が近づいているため、大学の道場と大会会場など外出する機会が増えてしまうことが確定しているので、手の消毒など感染対策をしたうえで外出する分には問題ないと感じています。感染対策の具体例としては手指の消毒やマスクの着用、電車内でつり革などにつかまらないようにするなどが考えられるのでそれらを実行に移していきます。また、人と会うこと自体は避けられないため、用事が済み次第帰宅するなどの感染対策を徹底することでこれ以上感染者数が増えないように社会に貢献していくことが必要とされていると思います。