情報市民07音楽史的接近(2)クラシック音楽の確立と崩壊・投稿集

情報市民07音楽史的接近(2)クラシック音楽の確立と崩壊

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1. 今日は18世紀後半の古典派から20世紀前半までやりました。授業内でやったYouTube動画を素材にしてクラシック音楽を聴いた印象をまとめてください。例示したコンテンツのチャンネルの他の動画も探索してみて下さい。みなさんの耳にはどんな風に聞こえるのでしょう。URLは不要。500字以上3000字未満。「私」を主語にして「ですます調」で。締切は5/24午後11時30分。

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今日は授業中に18世紀後半から20世紀前半の音楽について触れました。授業で触れたハイドンの音楽では、少人数でひっそりとした演奏で、あまり抑揚のない音楽を聞いていてとても安心させられるような曲でした。指揮者の身振り手振りで楽器の音が大きく変わることには、毎回驚かされています。一方モーツアルトの曲ではCMで現在も使われているような定番な曲が多かったです。曲の中盤で大きく盛り上がる場所があり、ハイドンと逆なところも興味深かったです。モーツアルトの曲のほうが全体的に高めに聞こえました。ピアノ協奏曲では、作法にのっとりながらも、途中でいたずらを加えることで回りの音楽家に嫌われるという説明を受けましたが、しっくりきました。私はそこまで音楽には詳しくないのですが、聞くたびに悪い意味でドキドキしてしまいます。また、ベートーヴェンがモーツアルトにあこがれたため、明るい音楽が残り、今生きている人々に聞かれているということは知らなかったです。 そしてオルガンやピアノの発明だけではなく、その演奏方法も一つだけではなかったため、たくさんの有名な作曲家を生んだのだと考えました。途中で歌う人が出てきたのですが、音楽はあるテーマが決まっていてそれをもとに作っていると思うので、それに歌詞をつけることは大変なことなのだなと感じます。音楽のみならず、世の中のあらゆることでは、オリジナルを常に作らなくてはなりません。その中で我流を生み出し、素晴らしい音楽を残した方々には尊敬の念でたくさんです。

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私は、19世紀のロマン派の音楽を聴いて、全体的にゆっくりで滑らかな部分と少しだけ力強い部分の繰り返しで、聴いていて飽きにくいと思いました。19世紀後半の民族派の音楽を聴いては、前回の授業で聞いたバロック音楽とロマン派の音楽とは、あまり似ていないと思いました。また、これらのよりも、激しい部分が多いと感じ、音楽の強弱がはっきりしていると感じました。もう一つの20世紀前半の音楽を聴いて、テンポが速く、ピアノの音がほかの時代のよりも、はっきり聞こえると思いました。一通り全て見て印象的だったものは、二つあります。一つ目は、ロマン派音楽のベートーベンの田園です。高校の音楽の授業でベートーベンの曲を聴いた時のイメージは「運命」のように、とても力強く迫力のあるものかと思っていたら、田園は穏やかで自然を感じるものだったので、とても驚きました。二つ目は、民族派音楽のドヴォルザークのチェロ協奏曲です。チェロの人のソロの部分が一人だけなのに、とても迫力があり、チェロという楽器一つで、ゆったりした音楽から力強い音楽まで表現できることに、驚きました。また、周りの人たちがチェロを支えていると思いました。 これらの音楽を聴いて、私はロマン派の音楽が聴いていて、強弱がはっきりしていて、壮大で豪華なイメージがあり、いいと思いました。

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クラシック音楽は有名なだけあって、バロック音楽に比べると、どこかで聞いたような気がする音楽です。田園はバロック音楽に比べるとおしゃれになったようですがまだ騒々しいといったイメージです。イタリアになるともう大分繊細に感じます。これぞクラシックという印象を受けます。ただ、交響曲1番の最初は少し騒々しいです。それでも途中からは静かな曲になったように思えます。チェロ協奏曲も交響曲1番と似ていて最初激しい感じですが、だんだん静かな感じになっていって総合的には落ち着いた曲の印象を受けました。モルダウ、原語でブルタバは全編にわたって落ち着いた曲でした。しかしながらマーラーの曲はブルタバのさらに上を行く静けさでした。自動ピアノによるラ・カンパネッラはピアノの音がとげとげしく感じますがクラシックらしく曲そのものは落ち着いているようにみえます。ラグタイムミュージックは聞き覚えがある音楽でした。これも落ち着いていて閉店の時に聞くような感じの曲です。そしてラグタイムミュージックのピアノ演奏を聞いてみるとやはり激しい感じがします。ピアノ演奏だと本来想定されているオーケストラ演奏とは違う聞こえ方をしてしまうと考えます。クラシックではピアノが大いに活躍したと言いますがそれでもこれだけでは不十分でしょう。

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自分はあまり今までクラシック音楽を聴いたことがありませんでした。主に18世紀後期の主にヴァイオリンを使って演奏している音楽が多い印象を受けました。またモーツァルトのアイネクライネナハトムジークなどはみんな聞いたことある曲だったのでとてもなじみ深かったです。ヴァイオリンだけではなくチェロなど他の楽器も混ざっていました。またピアノとヴァイオリンを使っている曲もありました。19世紀の音楽を聴いてみて一番最初に思ったことは指揮者が導入されていたことです。このことによって大きく表現する場所や静かに表現する場所が上手く表現できるようになったと思いました。またトランペットやフルートなど新しい楽器も導入されていてさらに豊かに表現できるようになっていました。人数なども18世紀に比べると多くなっており指揮者を囲むように演奏されることが多い印象を受けました。20世紀に入ると技術も発達してきて今までではあり得ない楽器が出てきていました。電子ピアノなどは技術の発達によってできたものだと思います。またこの時代の音楽は明るいみんなが楽しくなれるような音楽が多い印象を受けました。またラジオなども発達してきたため電子機器で音楽を楽しめるようにもなってきました。

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私は素材として提示されたモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を聞き、大いに感動しました。一言で言えば『凄み』のある演奏です。第1楽章は非常に速く、澄んだ空気と、明るい太陽、風はさわやか。そして、「小夜曲」というくらいですから、「光の冴えて、美しい月」のもと、楽しく音楽を奏でるイメージを持っています。あらゆる、佳きもの、あらゆる幸福、あらゆる香しいものの象徴とも言える明るさを持つ、永遠の名曲と言われる理由が十分伝わって来ました。第2楽章は叙情的に、歩くくらいの速さで奏でていました。「恋人の窓の下で、恋人への思いのたけを語る愛の歌」と言えるのが、この楽章と言えましょう。この第2楽章も、有名で、よく演奏され愛されている1曲です。第3楽章は舞踊曲でやや速いという感じです。踊るような楽しいテンポの、明るい1曲です。眩しいくらいの光や、暖かさや、楽しさを感じられる楽章です。人々の笑顔や、ノリノリで踊る姿も想像できる1曲です。そして第4楽章は兎に角速く奏でていました。モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジークのフィナーレを飾る曲だと考えています。全体を象徴するような、アップテンポの曲です。聴いていて、開放感が感じられ、また深い喜びが湧いてくる素晴らしい1曲という感想が持てます。 この名作を聞き、モーツァルトの偉大さを感じざるを得ません。今後もより多くのクラシック音楽を聴きたい所存です。

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私は音楽を聴くのは好きですが、クラシック音楽を聴くのには少し抵抗があります。その理由として1曲1曲の演奏時間が長く、集中力が続かないからです。前回のバロック時代の音楽を聴いた際は長くても15分から30分ほどの曲がほとんどで集中力が切れることなく、演奏を楽しんで聞くことができました。しかし、18世紀後半、古典派に移り変わったことによって、交響曲が世の中に根付き、30分や1時間、それ以上の音楽が誕生したことによって私の中のクラシックに対する敷居がたいへん高くなったように感じます。現代の音楽は3分半から5分位が一般的で6分でも長く感じることもあります。また私たちにはお笑いやドラマ、勉強に関するあらゆるジャンルの動画を倍速再生で聞く習慣があります。もちろん音楽を聴く際も倍速再生で聞くこともできます。しかし、それだとその音楽特有のテンポ感や音色感、歌手の歌声、作曲者のこだわりが全て台無しになってしまいます。お笑いやドラマ、勉強に関する動画はその映像を通して物語や知識など情報を得るために見ています。一方で音楽は映像を媒体して流れてくる音そのものを楽しんでいます。そういった意味でクラシックやJ-POPなどジャンルを問わず、音楽を聞くこと自体、忙しい現代人にとってとても贅沢な時間の使い方だと思いました。 先ほど私は古典派により交響曲が普及したことによってクラシック音楽への敷居が高くなったように感じたと申しました。しかし、交響曲が世の中に根付いたことによって確実に音楽の表現の幅が増えたように感じます。例えば物語のように楽章で起承転結が表現できるようになり、音楽にストーリー性が生まれました。バロック音楽は決められた主題が何度も繰り返されていたように感じます。また低音楽器も大きく変わったような気がします。バロック音楽はいずれも低音楽器と打楽器が1拍目に音を出し、一拍目に重心を置いている曲が多かった印象でした。古典派になり、低音楽器も細かく刻んでいたり、音を伸ばして半音階で動いていたりと低音楽器の使い方にも表現の幅を感じます。またピアノの誕生はクラシック音楽にとって大きな革命が起きたと言えるでしょう。オーケストラにピアノが加わったことによって大きな迫力が生まれ、曲中にメリハリが生まれたように聞こえました。

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私はそれぞれのクラシック音楽を聴いてみて、今までは自ら聴きたいと思ったことはなかったのですが、改めて聴いてみると音楽家によって全く異なる曲だったり、前の時代の影響を受けている曲などもあり、クラシックという一つのくくりの中でも曲調だったり雰囲気がそれぞれ異なっていることに気づきました。私は今回の授業内で聴いたクラシック音楽について時代ごとに印象をまとめていきます。まず古典派については、現代でも聴き馴染みのあるような曲が多くバロック音楽に比べてさらに聴き心地の良い曲が作られるようになったと感じました。ハイドンについては弦楽器や鍵盤楽器で奏でるシンプルで美しい音楽が印象的でした。弦楽四重奏では組み合わさった音色がとても美しく、弦楽器だけでのシンプルな音色がすばらしいと感じました。交響曲では、はじめは力強く壮大であるのに対して途中から穏やかで優しい曲調に変化していくその対比が聴いていて心地よく感じました。モーツァルトは雄大さと美しさが印象的でした。またピアノの演奏を聴いていると、穏やかで優しい曲調の中に悲しさのようなものを感じました。特に荒ぶるピアノ協奏曲20番では悲しさや切なさというイメージがありました。次にロマン派については、多くの聴衆によってクラシック音楽が広まった時代なので親しみやすい音楽になったのではないかと感じました。ベートーヴェンの田園では今までの曲と比べて激しさや雄大さがメインの曲というよりは誰でも親しみやすい優しく穏やかな曲調であると感じました。メンデルスゾーンのイタリアでは多くの聴衆の前で演奏するという豪華さを感じました。この時代のようにたくさんの人がクラシックに親しみを持ち飛躍的に広まったことでクラシック音楽が確立されたのだと私は思いました。次に民族派については自国をメインとした曲が多いと感じました。ドヴォルザークのチェロ協奏曲ではチェロの演奏のより故郷の風景のイメージが感じられたり、スメタナの曲では祖国の偉大さが感じられました。それぞれの国の独特な曲調の曲が多く作られるようになったのだと思いました。20世紀になると演奏の技術が発達したこともありより現代に近づいた音楽になったと感じました。それとともに、クラシックとは少し離れた音楽に変化したようにも感じられました。20世紀以前の曲は雄大さの中に穏やかで優しいイメージが感じられたのに対して、この時代では曲調は明るくリズミカルでクラシックの気品さが薄れたように感じました。もちろんこれらの曲の印象が悪いわけではないのですが、この時代にクラシック音楽が崩壊したと言われてみれば私は納得しました。このようにクラシック音楽が確立されてから崩壊するまで多くの曲が作られ演奏されてきたことが分かりました。私はこれからクラシック音楽を聴く際、その音楽家の特徴や時代の背景についても考えながらクラシック音楽を楽しみたいと感じました。

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クラシックを進んで聴かない私でも、授業内で提示された楽曲にいくつか聴いたことがあるものがありました。例えばお店や病院といった日常的に訪れる場所でクラシックが流れている結果だと思います。クラシックは心が休まるメロディを持つものが多いように感じます。病院や保健室等、心のケアが重要になってくる場所では特に使用されているのではないか、と思います。実際に私が通っていた病院のほとんどがクラシックをかけているか、そうでなければ無音でした。そして、メディアによって「この曲はこういった状況である」と印象付けられている曲もあります。例えば、授業資料で示されていたS・ジャップリンのThe Entertainerを聴くと、料理シーンを思い浮かべます。私が幼い頃に見ていた番組は料理を作るシーンになると必ずこの曲をかけていたからです。運動会のリレーでお馴染みなのはオッフェンバックの天国と地獄 序曲ではないでしょうか。こういった小さな場面で私達はクラシックと触れ合っている事に今更ながら気づきます。民族派を聴いてみて考えたのは、「非日常」といった言葉でした。この音楽がかかる事で、現実の空間と音楽がかかる幻想的な空間とで線引きされるような印象を受けました。音楽による空間づくりはクラシックが病院でかかる事と同じのように思えますが、クラシックが「心にはいる」音楽だったら民族派は「体を包む」音楽のように感じます。普段馴染みのない独特なメロディがそういった印象を持たせるのでしょうか。「クラシックに対して〈昔の曲ですね〉と言う人はいない」と言うように、音楽の発展の基礎を担い、新たな派閥を築いた音楽は、現代に生きる私達の生きる上で欠かせないテーマソングといっても過言ではないのでしょうか。

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私のクラシック音楽を聴いた印象としては、バロック音楽よりも全体的にテンポが速くなり、緩急がはっきりとつくようになった感じがしました。 18世紀後半のハイドンの「キリストの最後の七つの言葉」やモーツァルトのアイネクライネナハトムジークは弦楽器中心の曲でバロック期の音楽とやや似ていましたが、こちらは全体的に音程が高く、テンポが速めであったため、軽やかな印象を受けました。 18世紀のピアノ協奏曲ではハイドンのものとモーツァルトのピアノ協奏曲20、21番を聞きました。これらはピアノを取り入れたことで音が間延びしにくくなり、テンポがバロック期の音楽と比べると格段に速くなったように感じられました。特にモーツァルトの20番では曲の盛り上がる箇所ではピアノによる弾ける様な非常に速いテンポで演奏しており、バロック期との違いに驚かされました。 18世紀後半以降のオーケストラはバロック期と比べると演奏する楽器が増えたものの音がまとまり、全体的に柔らかくなった印象を受けました。特にハイドンの交響曲からそのような印象を強く受け、聞き心地良く感じました。また曲全体の緩急の差もこの時代の曲ははっきりとついているように感じられました。ベートーベンの田園やメンデルスゾーンのイタリアからは特にそのメリハリがあるように感じられました。ただマーラーのアダージェットは全体的に物悲しく、緩急はあまり大きくないように思えました。国民学派の曲としてはドヴォルザークのチェロ協奏曲とスメタナの我が祖国を聞きましたが個人的には後者がより魅力的に感じられました。もちろん前者のどことなく厳かな雰囲気が感じられるものも非常に良かったのですが後者のゆったりとした曲調から民俗音楽らしさが感じ取られ、とても聞き心地良く思いました。 ラグタイムはジャズのルーツとなった音楽ジャンルらしく、とても軽快なテンポが魅力的に感じられました。ジョブリンのラグタイム・ダンスなどは初めて聞いたとき本当にクラシックなのかと驚かされました。ジ・エンターテイナーは名前こそ聞いたことがなかったもののどこかで聞いたことがあるような曲で、改めて聞いてみるととても軽やかな調子で思わずリズムを取ってしまいたくなるような曲だと思いました。 一通りの曲を見ていきましたがやはりラグタイムが他のクラシックと比べると異質のように思えました。このころに自動ピアノやラジオが発明されたことでわざわざコンサートを聞きにいかずとも音楽が聴けるようになり、音楽の聴き方が変わったためではないかと私は思います。今回聞いたクラシックの種類の中ではラグタイムが最も好ましく聞こえたため、今後このジャンルをもう少し聞いてみたいと思いました。

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今回は、十八世紀後半から二十世紀前半の音楽について学びました。最初のハイドンの曲を聞いて前回のバロックの頃よりも交響曲になって楽器が増えたり変わったりというのはあるのですが、楽器ごとの役割がはっきりしてきたのではないかと思いました。例えば、高音が出るバイオリンがメロディーを弾き、チェロなどの低い音の楽器がリズムを刻むような音を出していて、現代のバンドでいうギターとベースのようなものがはっきりしてきたのかなと思いました。モーツァルトの曲は、最初の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ではあまりハイドンとの違いはわからなかったのですが、「荒ぶるピアノ協奏曲20番」を聞いたときに大音量のオーケストラの部分と小さめな音量のピアノのソロの部分が混じっており、転調をはっきり感じられました。また、その双方は、前者は大きな音で怒っているように感じられ、後者はピアノの音がやさしい雰囲気を醸し出しているように感じられました。つまり、この曲は、人間の情緒が乗り移っているように感じられ、そこがハイドンとの違いなのかなと思いました。「お昼寝ピアノ協奏曲21番」は、お昼寝というだけあって全体的に静かな曲だと思いました。モーツァルトは、ピアノをやさしいイメージとして捉えて曲を作っているのかなという印象を受けました。ベートーヴェンやメンデルスゾーンの曲になって来ると曲の雰囲気に変化が出てきて、貴族の纏う優雅さ豪華さとは違い、音楽を楽しむような雰囲気に変化しており、一般市民が聞いて気分がよくなるような曲調を目指しているように感じました。「田園」というタイトルからもターゲットが貴族から一般市民に変わってきていると推測できます。ドヴォルザークの「チェロ協奏曲」もスメタナの「我が祖国」モルダウも耳で聞いてとても綺麗というのが第一印象です。特に、スメタナの方は音楽と映像が同時に流れていた分、チェコという祖国が優雅で美しい町なんだよと訴えかけているようで感慨深く感じました。二十世紀に入って「アダージョ」を聞いても以前とあまり変わらないなと思いましたが、レコード、ラジオというワードで時代の変化を感じ、自動ピアノを聞いてさらに時代が加速したように感じられました。「ラグタイムミュージック」で一気に現代と同じピアノ主体のポピュラー音楽になって、大衆が求める楽しい音楽をそのまま再現しているように思いました。私が一番聞きなじみのあるポピュ音楽音楽というジャンルは、他の音楽と違って安心感がありました。ここまで音楽を聞いていて、時代が進むほど貴族が求める豪華さという観点から一般市民が求める楽しさという観点に移っているように推測できて、それに伴いオーケストラの様々な楽器からピアノが主体に移っているとも思いました。私も大衆の一人なので、やはりクラシック音楽からは少し隔たりを感じてしまい、ポピュラー音楽に親近感を持ちました。しかし、音楽もコミュニケーションの一つなのでクラシック好きな人と共存できるよう少しは知識を身につけるべきだと思いました。

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今回、18世紀後半から20世紀前半の音楽を聴いてみて、バロック音楽とは異なる点がいくつかありました。まず、ピアノが登場したことによって、音楽全体に活気が出ていたり、喜怒哀楽を表現できるようになったりと進化を感じました。ピアノが登場する以前の音楽は、「壮大さ」や「厳格な雰囲気」といった印象を持ちましたが、ピアノが使われるようになったことで、「儚さ」や「喜び」などを表現でき、繊細な演奏が可能になったと思います。リンクにあったチェロ協奏曲は、動画時間が40分近くあるのにも関わらず、飽きの来ないような構成になっており、誰でも聞き入ることができると感じました。また、最近流行っている歌とは違い歌詞がないのにも関わらず、長時間聞いていられるのは、作曲家の誕生が大きな役割を果たしているのだと思いました。この曲を聴いて特に印象に残った点は、場面ごとに音の強弱が変えられている点で、静かな場面から最後の大サビに変わるところを聞いて鳥肌が立ちました。20世紀前半に出されたスコットジョプリンのラグタイムミュージックは、ピアノ単体の音楽でとても繊細であるといった印象を受けました。また、意外と耳にする音楽なので親近感がわきました。楽器の種類や平均律の変化によって、音楽の印象が大きく変わることが分かったため、自分でも今流行っている音楽とクラシック音楽の間にどのような違いがあるのか少し調べてみようと思いました。

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クラシック音楽は、今もなお多くの場面で使用されていてこの先もずっと多くの人々の耳に残る曲であると私は考えます。みな一度は絶対クラシック音楽を聞いたことがあるだろうし、クラシック音楽というものを知らない人はいないだろうと感じます。現代も愛されるほど、何か独特の魅力というものがあり、様々な場面を想定させるクラシック音楽は人それぞれ聞こえ方が違うと思います。これもまたクラシック音楽の面白い点であると考えます。 ベートーヴェンの田園は、バイオリン・フルート・ホルンなど様々な楽器を用いて演奏され全体の曲調は穏やかで流れるような音色であると私は感じます。主にバイオリンとフルートでメロディーが構成され、この2つの楽器の音程によって曲の雰囲気や印象が変化すると考えています。 イタリアンのメルデルスゾーンは、ベートーヴェンの田園と比較すると少しアップテンポで激し目な感じがします。曲調は穏やかな感じもありつつも、どこか急いでいるような雰囲気であると感じます。どちらの曲も強弱が激しく、ゆっくりしたテンポとアップテンポを組み合わせることにより、先ほどとはガラッと変わった印象をもたらすのではないかと考えます。 クラシック音楽と現代の曲の違いは、個性の強さであると考えます。クラシックは独特な個性があるから現代にまで生き残り、歴史に刻まれているのだと考えます。

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 今回の授業で聴いたの印象として前回のバロック音楽と比べて様々なメロディーがあったように感じました。バロック音楽は全体的に壮大な音楽という印象を受けました。しかし、ベートーヴェンの田園は全体的にやわらかい印象を受けましたし、メンデルスゾーンのイタリアは明るく活発な音だと感じました。また、スメタナの「我が祖国」・モルダウをYouTubeで聞いてみるとメロディーが次々と変化しており、調べてみると「森の狩猟」「村の婚礼」のように様々なパートがあることを知りました。このことについて先生が授業中に説明していた音楽が一つのコミュニケーションとなったということの意味がよくわかりました。例を挙げると「森の狩猟」では狩猟を表現するためにホルンが使われているようにここでは「狩猟」ということを聴衆に伝えようとしているように感じます。また、「わが祖国」は「スラヴ叙事詩」の原点となった曲であることを知り、音楽が民族を自立させたきっかけの一つになっており、まさに音楽が人々に訴えかけるメッセージ性を持ったものであるという事がよくわかります。そして、「我が祖国」を音楽で表現している情景を意識してもう一度聞いてみると最初に聴いた印象と違い、例えば「聖ヨハネの急流」では水の流れを表現するために力強いダイナミックな演奏になったというように感じ、音楽を考察する楽しさも生まれたように感じました。

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本来、クラシック音楽と称されるのは、「バロック音楽」、「古典派音楽」、「ロマン派音楽」と呼ばれるものですが、今日では、それ以前のもの、それ以後のものも同じ流れに属するものはクラシック音楽と呼ばれることが多くなっています。直訳すると、「古典音楽」となりますが一般には西洋の芸術音楽を指し、宗教音楽、世俗音楽のどちらにも用いられます。私はクラシック音楽を聴いていると眠くなってしまうので、あまり好んで聴いてきませんでしたが、クラシック音楽によるさまざまな効果を知ってとても驚きました。イライラした気持ちが落ち着き、集中力が上がるために、仕事や勉強の効率が良くなると言われてます。ほかにも疲労回復や記憶力の向上など、さまざまな効果が報告されています。その理由として、クラシック音楽は基本的にリズム、メロディー、ハーモニーの3要素が服装的に調和した、非常に高度な構成になっていることが挙げられます。人間の脳は、より複雑なものや難解なものを理解したときに快感を得るとされており、クラシック音楽を聴くことで、強い幸福感を感じると言われています。また、好きな曲や心地よい旋律を聞くと、脳内に分泌される快感物質のドーパミンやエンドルフィンが増加し、痛みや不安を鎮める効果があるとされています。確かに、聴いていてさまざまな音色を感じました。同じ曲でも演奏者や指揮者によって全然違う音楽のように感じるのもとてもおもしろいなと思いました。

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私は前回の授業の課題でバロック音楽のチェロ協奏曲を中心として着目したので、まず古典派の音楽としてハイドンのチェロ協奏曲1番と2番を中心に聞きました。まず楽器の構成としてホルンのような金管楽器が多く入るようになりました。その結果華やかさとともにいままでチェロとコントラバスに頼っていた低音をホルンなどでカバーできるようになり安定感と厚みが増したように感じました。その後19世紀の音楽として弾いたこともあるベートーヴェンの交響曲第八番やシューベルトの交響曲第七番(八番)を思い出しながら聞きました。これらは楽器や12平均律など現代に続くものがそろいかなり聞きなじみのあるものでした。またこのころから聴衆が音楽に対して集中して向き合うようになり、互いに研磨しあったのかと思います。19世紀後半の音楽として授業で取り上げたドヴォルザークのチェロ協奏曲とスメタナのモルダウの他に同じドヴォルザーク作曲で国を思った弦楽四重奏曲第十二番や交響曲第九番も聞きました。また19世紀後半から20世紀にかけて活動し私が好きな作曲家の一人であるボロディンの曲もいくつか聞きました。ボロディンは情熱的な表現だけでなく新しい和声法を生み出し、それまでのセオリーを踏襲しながらも20世紀以降の音楽に大きな影響を残し、この時代の作曲家に触れるならば必要だと考えました。20世紀にはいり、マーラー以降の作曲家としてはシベリウス、プロコフィエフ、そしてショスタコーヴィチが挙げられると思います。彼らの生きた時代は厳しいもので、それが作風にも表れていると感じます。特にソ連の作曲家であるショスタコーヴィチは顕著です。私は彼の交響曲第五番を何度も演奏曲に推薦しましたが一度も通らず弾くことはかないませんでした。とにかく、20世紀にはいるとかなり作風が自由になり、作曲者による違いが顕著になったと感じました。

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今回の授業で聞いた古典派の音楽は、前回のバロック音楽と大きく違うと思いました。バロック音楽は一つひとつはっきりしていたり、展開がはっきりせず緩やかに変化していたりすることが多いと感じましたが、古典派は次々に変化する特徴があると思いました。モーツァルトのアイネクライネはそのことで有名です。当時1つの型の中で音楽は変化していくものとされていましたが、彼はそれを破り、メロディーが次から次へと変化していくものを多く作りました。音楽は自由だと思います。当時、今までとは違うものを異端として良い扱いをなかなかされなかったことは現代の私からすると不思議に思えると思います。また、古典派の音楽はメロディーがより前に出てきた様に感じます。音楽が貴族のものから庶民の人々にまで親しまれるようになったからなのでは無いかと思いました。音楽に深く興味のない人はただ聞けと言われても飽きてしまします。そのような人にも届けられるようにするには、聞いていて楽しくなったり、歌も一緒に気持ちよく歌えたり、人々の記憶にの頃ものにする必要があります。現代においても、一度聞いただけなのに特徴的なフレーズが頭に残る事があると思います。このような現象を作るのに大切なのがメロディーです。バロック音楽は低音を多く使うことで幻想的な、壮大な、貴族が普段通りに生活するのを妨げないくらいに響き渡るということが多く感じます。一方、古典派はメインとなるメロディーに比重を置くことで、独立し、印象の強い曲になったのだと考えます。音楽は生演奏が1番だと思いますが、そのような機会を簡単に取ることは出来ません。会場も観客の人数も限られているからです。それでも音楽を聴きたい人は大勢います。そんな人々にとって、ラジオもレコードも素晴らしい発明だったのだと思います。流石に生の演奏には敵わないにしても、家で簡単に音楽を聴けるようにしようという時代の変化は偉大だと思います。音楽の存在は貴族や神のためという所から、庶民にも広がり、今では誰かのものという感覚は消え、作曲者の創造物として大切に扱われるようになり、音楽と時代の流れは同じなのかもしれないと思いました。

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私はクラッシク音楽を普段聴かないので、今回の授業はとても興味深かったです。モーツアルトの明るい曲調は聞いていて体が勝手に動き出すような感じで課題に集中できないときなどに聞こうと思いました。そんなモーツアルトも最初はあまり明るくない曲もあり、荒ぶるピアノ協奏曲20番は聴いていて冷静になれる気がしたので、試験や面接前などに聴いて、心を落ち着かせながらやる気を出そうと思います。ヴェートーベン第九しか聞いたこともイメージもなかったので、田園を聴いて、本当に僕の中の「田園」のイメージと重なっていてすごく心に残りました。ほかのヴェートーベンの曲も聴きたいと思います。ドヴォルザークのチェロ協奏曲は高校の音楽の授業で聴いたときに悲壮感と迫力がすごい印象があったのですが、今回の授業資料のURLのものは壮大さとのんびりした感じがあって、同じ曲でこんなに雰囲気が変わることに驚きました。中学の時にヴェートーベンの第九で4人の指揮者の聴き比べをやった時も違いを感じたのですが、それ以上でした。自動演奏ピアノは聴いていて、人が弾くのとは違うと感じました。鍵盤をたたいている感がすごく出ていて、聴いていてあまり音楽を聴いている感じがしませんでした。

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今回の授業でクラシックを聴いてみて、最初は少し退屈な感じもしましたが少し印象が変わりました。確かに曲によっては同じようなメロディを繰り返していて退屈基感じるものもありましたが、今回出てきた弦楽四重奏などは一部ゲームのBGMにありそうで好きです。同じような感想で言えばハイドンの交響曲というリンクの曲の最初の部分が若干ドラゴンクエスト系のボス戦のBGMのような雰囲気があってかっこいいと思いました。ハイドンのリンクの曲をいろいろ聞いてみましたが優雅な曲から壮大な感じの曲まで意外と刺さったことに驚きました。ハイドンの手掛ける曲は全体的に好きな曲調のものが多いかもしれません。おそらく先ほども述べたようにゲームのBGM感があるからなのかなと思います。ゲーム好きな人は意外と好きな人が多いかもしれません。モーツァルトのアイネクライネナハトムジークは誰もが聞いたことのある名曲です。クラシックに詳しくない人でも知っているだろうと思います。荒ぶるピアノ協奏曲はピアノと弦楽器がマッチしているだけでなくとてもかっこよく聞いていて飽きません。18世紀後半は総じてピアノと弦楽器が活躍しているように思います。また前回の授業の時の曲とは曲調が違いかっこいいものが多いように感じました。 19世紀のベートーベンやメンデルスゾーンは社交の場を意識したのか、ハイドンのものより落ち着いた感じがするように思います。しかし、打って変わってドヴォルザークの曲は力強さがあって先述したものとかなり印象が違います。スメタナのブルタバはかなり優雅なイメージを感じました。スコット・ジョプリンのピアノ曲は19世紀までのものとはかなり違い軽快なリズムで明るい曲で、少し聞いていて楽しくなるような曲調だと思います。また、自動式ピアノはかなり驚きました。あのような技術が昔あったとは知りませんでした。一つだけ文句を言うと、駆動温のようなものが少し気になりました。 19世紀から20世紀にかけてかなり曲調が変わり、ポップな印象が強くなっていました。私はどちらかというとスコット・ジョプリンの曲のほうが好きでした。

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古典派の音楽は、何となく人に受けやすいように作曲されているかのように感じられました。その曲を聴いた多くの人が好い評価をすると思われる、端的に言えばわかりやすい曲なのではないでしょうか。音楽家達が不遇だった時代を表しているのでしょうか。それがロマン派の時代になると、今までにない音の組み合わせが出てくるようになっていたように聴こえました。不協和音も使われるようになっているのではないでしょうか。また、転調も少し多かったように思えたので、この頃は人のために作られてきた、あるいは生活のため、また宗教的な意味合いが強かった音楽というものを文化として一層発展させた時期なのではないかと考えました。そしてロマン派の時代のもう一つの特徴として、おそらく科学の発展があったでしょう。ただ感覚で曲を作るのではなく、科学的な分析なども考えられ思考を重ねて一つの曲が作られるようになった結果、今までにない新たなスタイルの工夫が混ざっているのだろうと思います。それがさらに現代に近づくにつれ、演奏することだけでなく、録音で聴くこともできるようになるなど、クラシック=ホールでの演奏という概念は取り払われ、よりピアノを中心としたものになってきたのかもしれません。また、私たちが普段よく耳にするような「古い」クラシックにあったような美しさや壮大さといったものを有しない曲も増えてきてるなと感じました。

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今回の動画のクラシック音楽を聴いて、私は前回視聴した、バロック音楽とはかなり異なった印象を受けました。まず、18世紀の古典派と呼ばれる音楽は、基本的に中音域から高音域がメインになっているように感じました。音だけでなく、テンポによる緩急がその展開をより魅力的なものにしているように思います。リズムの刻み方のバラエティも豊かになり、メロディーラインの動きが大きくなっている気もしました。音の一つ一つが粒だっていて、けれど同じ旋律のもの同士がまとまっていて、それらによる掛け合いには不思議と耳を傾けてしまうような雰囲気がありました。また、音の掛け合いもとても印象的でした。楽器の編成は様々ではありましたが、それぞれの曲で奏でられるメロディーには、繊細さや優しさ、穏やかさなどの似たようなものがあるなと思いました。 次に、19世紀の音楽は、まずその楽器の編成に特徴があるように感じました。というのも、聴いたものの中ではオーケストラ編成のものが多かったからです。低音から高音の幅広い音域の楽器があり、曲としても、土台となる低音、土台と主旋律の中音、主旋律の高音、の印象がありました。全体的な雰囲気としては、感情がよく表現されているように感じました。音やリズム、テンポによる緩急はもちろん、それらが作り出す旋律には、優しさや慈愛、郷愁など様々な感情が含まれているように思いました。古典派と比べると、掛け合い的なメロディーはあまりないようには感じましたが、それぞれ同じ楽器や音域同士のまとまりが創り上げる音の層は、聴くものに語り掛けるような雰囲気で、自然と耳に馴染んでいるような気がしました。また、主旋律の楽器の入れ替わりも印象的で、曲の中での場面転換が上手く表現されているなと思いました。それぞれの曲のテーマに沿って、作曲家自身の想いを元に創られているように感じました。また、19世紀後半になると、それらがより表現されているようにも感じました。 20世紀前半の音楽になると、より自由度が高くなった印象を受けました。現代のものに近く、その表現方法には作曲者の遊び心すら感じます。その象徴が自動ピアノで、「ラ・カンパネラ」は、個人的にクラシック音楽の中で好きなものだったこともあり、より関心を持ちました。 今回聴いた全ての音楽を通して、そこには時代に伴った確かな変化があるのだなと思いました。その中でも私は「感情表現としての音楽」という側面での変化が特に印象的でした。時代の変遷とともに音楽の存在する意味や意義なども変わっていったのではないかと考えました。20世紀に近づくにつれて、より大衆向けの音楽になっていったように感じたのもその一例だと思います。 クラシック音楽の変化には様々な要因があって、それらを紐解くことによって、さらにそれぞれの時代と音楽の関りを知ることが出来、そうすることによって、今までとは違った側面からクラシック音楽を聴くことが出来るようになるのではないかなと、私は思います。

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私は今回講義内で扱ったものを始めとしてYouTubeで改めて18世紀から20世紀前半までのクラシック音楽の背景を調べながら聴いてみました。まず18世紀後半に登場した古典派弦楽器、交響曲の演奏、そしてピアノの発展によって、より音楽の音の幅が広がったと感じました。弦楽四重奏では弦楽器ならではのゆったりとした曲調で、格調高いといった印象でした。用いられている楽器が気になり調べたところ、主にヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロを一本ずつと書いてありました。同じ弦楽器ですが、音の特徴を生かした表現力の強さがとても印象的でした。そして交響曲には木管楽器や金管楽器が加わり、より豊かで、多楽章に分かれていることからテンポの遅い早いがはっきりしているように聞こえました。始まりから緩急のあるパートへと繋がり、盛り上がるラストといった流れがとても印象的でした。そしてピアノが発展したことで、協奏曲ではピアノの可能性を追求したからこそ生まれた軽く走るような音から重たい音までこの楽器慣れではの新しい聞こえ方が特徴だと感じました。そしてバイドンは弦楽四重奏、交響曲な父とも呼ばれていたらしく、モーツァルトを始め影響を受けた作曲家も多く、バイドンが作り出した基礎の重要性も感じられます。 次に19世紀の音楽ですが、まず全体としての印象は木管楽器や打楽器なども加わったことで、全体の音が太く強くなり、オーケストラとしての響きがより強まったのではないかと感じました。ロマン派、国民派共に静かなメロディと激しいリズム両方を持っているとpもいます。個人的には登場したもの以外にメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」などは聴いたことがあったので、この曲も迫力的で強く、この時代に当てはまるものとして挙げられると思います。またピアノも更なる発展を遂げているように思えます。YouTubeで聴いた中ではシューマンは非常に多くのピアノの作品を発表しており、表現の幅が広がったことが見て取れます。20世紀に登場したスコット・ジョプリンの曲は現代でもテレビなどで頻繁に使用されており、私自身よく耳にする曲です。クラシックだけではなく、何か別の曲と合わせたような活気に満ち溢れていて、踊りたくなるような彼の音楽が広まったのも複製技術の発達からポピュラーが生まれたことが大きいのだと思います。時代ごとに音楽の発展を見ると例えばピアノのように今では当たり前の様な楽器が生まれた事が、奏でたことのない音を生み出し、更なる発展へと繋がるという事が新たに分かりました。

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今回の授業で、18世紀後半から20世紀前半までのクラシック音楽を聞きました。私自身余りクラシック音楽を聴くことがありませんでしたが、今回クラシック音楽に触れて、時代によって音楽も変化して行っていることを今回改めて実感することが出来ました。 18世紀後半のクラシック音楽として、ハイドンとモーツァルトの曲を聞きました。ハイドンの音楽は、どの曲も大体同じ音程を使って、リズムや強弱を付けていて、全体的にまとまっている印象でした。また、とても豊かさや美しさが感じられました。モーツァルトもハイドンの曲に似ていましたが、モーツァルトの方の曲には、リズムに楽しさが乗っかっているような感じがしました。ハイドンとモーツァルトの曲は、ヴァイオリンやチェロの楽器をよく使っていると動画を見て思いました。このことから18世紀後半の古典派クラシックは、今のクラシックよりも利用する楽器が少なかったけど、今のクラシックよりも美しさが全面的に表れていると感じました。 19世紀の音楽を代表するベートーベンやメンデルスゾーンの曲からリズムの変化があり、強調が多くついていて壮大さを感じました。また、19世紀後半のドヴォルザークやスメタナが作った音楽から民族的な要素、フレーズを生かした作品だからかとても力強さが感じられるリズムでした。19世紀は、全体的に壮大さや力強さが感じられるリズムが多く、その曲を作った作曲者が込めた思いなどが18世紀後半のクラシック音楽よりも感じられる音楽だと思いました。 20世紀前半の代表するスコット・ジョプリンの曲は、ピアノ演奏がとても印象深かかったです。また、とてもリズミカルで、聴いていくうちに前向きになれるような感じがしました。 このことから20世紀前半のクラシック音楽は、聴いて元気をもらえるそんなポピュラーなものが多いと思いました。また、20世紀前半は、レコード、ラジオ、自動ピアノなどが生まれて第一次世界大戦も起こった時期でもあります。私は、戦争で辛く苦しい思いをしてる人がレコードやラジオで音楽を聞いた時ぐらいはすこし明るくなれるようにする為にもこの時代の作曲家はポピュラーな音楽を作ったのだと考えました。 今回、それぞれの時代のクラシック音楽にその時代背景などに関連した特徴があることを知ることができ、ただクラシック音楽を聴くだけでなく、時代ごとに聴き比べしたり、その曲の作曲者の思いなどを調べてから聴くともっとクラシック音楽が楽しくなると思いました。今回をきっかけにクラシック音楽に触れてみたいです。

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今回の授業では18世紀後半から20世紀前半までの音楽史を勉強しました。クラシック音楽について私が思った事を書きます。まず、18世紀後半の古典派の音楽は前回の授業の範囲である18世紀前半の曲より聞きやすいと感じました。おそらく12平均律が本格的に導入されたのが原因だと思います。ハイドンの交響曲はゆっくりであるパートと早い演奏のパートの切り替わりがとにかく激しいと感じました。また、モーツァルトの荒ぶるピアノ協奏曲では、名前の通り演奏が速く、荒ぶっている印象を受けました。途中から入ってくるピアノは特に激しい演奏で曲の中心として目立っていました。このことから、前回の授業範囲と比較して音の高低差が激しいことや全体的に演奏が速いことから一曲一曲が主張が強いと感じました。次に19世紀前半の音楽では、交響曲がさらに洗練されていると感じました。また、楽器数も18世紀に比べて多いと感じました。19世紀後半のスメタナの「わが祖国」は中学生の時に鑑賞で聞いたことがあり、当時思ったようにトランペットの演奏が目立ち、どこか優しい印象を受ける曲であると感じました。他にも、ドヴォルザークのチェロ協奏曲のようにヴァイオリン以外の楽器が目立ち、18世紀音楽と比較してゆっくりしているのが19世紀後半の民族派の音楽であると感じました。最後に20世紀前半の曲であるジョップリンの曲は何度も聞いたことがあり、ポップな印象を受け現代音楽に近い部分があると感じました。

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私は、18世紀後半から20世紀までのクラシック音楽を聴いて、曲によってテンポや音の強弱、高低が様々だったので、その時その時に頭の中でイメージしている様子が変わったり、曲ごとに自分の気持ちが変化していくという印象を持ちました。 まず、ハイドンの弦楽四重奏、交響曲、交響曲全集、ピアノ協奏曲全集を聴いて、どれも曲の中でテンポや音の強弱、高低が大きく変化するので、その時その時で自分が頭の中でイメージする場面が変わっていき、聴いていてとても面白かったです。弦楽四重奏は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの音が全体的に伸びていたので、音がすんなりと耳に入っていきました。交響曲は、音の強弱がはっきりしていたので、その場面イメージが頭の中でしやすかったです。 次にモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク、交響曲全集、荒ぶるピアノ協奏曲20番、お昼寝ピアノ協奏曲21番を聴いて、やはりハイドンの曲と同様にどれも曲の中でテンポや音の強弱、高低が変化して、自分の頭の中の場面が変わっていくので、とても面白かったです。また、アイネ・クライネ・ナハトムジークは、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロといった楽器の音がとてもきれいだったので、耳が癒されてとてもリラックスができました。荒ぶるピアノ協奏曲20番は、その名の通りピアノが中心で、動画を見ても、音を聴いても一つ一つのピアノの音に意志が籠っていて、力強さを感じました。お昼寝ピアノ協奏曲21番は、ピアノだけでなく、その他の弦楽器などの音が混ざり合っていたので、とても優しい曲だと感じました。 次にベートーベンの田園を聴いて、もちろんテンポや音の高低も変化していたけど、音の強弱が1番変化していたと感じました。音が強い時は怒りを表していて、音が弱い時は優しさを表しているように感じました。 次にメンデルスゾーンのイタリアを聴いて、音の細かさが特に印象に残りました。音の細かくなっていくと共にテンポもだんだん速くなっていくところは、自分の頭の中で誰かに追われていて、逃げ続ける様子がイメージできました。 次にドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴いて、その名の通りチェロの独特な音が印象的でした。チェロの音は落ち着いた温かい音色で身も心も落ち着くことができました。また、チェロの落ち着いた温かい音色は実際に人間が歌っているのかと感じさせられるような音をしていました。 次にスメタナの「我が祖国」モルダウを聴いて、中学時代に音楽の授業で習ったことを思い出しました。中学時代に聴いた時もこの授業で聴いた時も自分の頭の中では川が流れている様子がイメージできました。基本的にゆったりとした曲なので、川の流れはゆっくりだけど、曲の終盤では音が力強くなるので、川の流れも速くなるような感じがしました。 次に自動ピアノの曲を聴いて、全体として高い音で構成されているのに、曲自体が暗い感じがして、不思議な気持ちになりました。 最後にスコット・ジョプリンのラグタイムミュージックを聴いて、3分クッキングの映像が思い浮かびました。全体的に高い音で、とてもリズミカルな曲なので、聴いていて楽しい気持ちになり、今にも踊りだしそうな感じがしました。 このように、クラシック音楽を聴くことで、一つ一つ音や曲には意味が込められていることが分かりました。意味が込められているからこそ音楽を聴いて、気持ちが落ち着いたりなど、様々な感情が生まれるのだと思うので、これからは多くの人にただ音楽を聴くのではなく、音や音の変化に注目して聴いてもらい、音楽から様々なことを感じ取ってほしいと思います。

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私はクラシック音楽に関しては普段聴くことがないうえに、学校の音楽の授業程度の知識しかないし興味も持ったことがないので、それらの時代の移り変わりに伴う音楽の変化などについてはよくわかりません。しかし、そんな私の浅い知識でも「モルダウ」を聴いたことがあり、聴いたことがある曲を聴くとなぜか懐かしい気持ちになったり、少し聴き入ってしまうなどクラシック音楽には不思議な力を感じました。 有名なクラシック音楽について調べてみると、思った以上に聴いたことがある曲がたくさん存在していて驚きました。CMや店内BGMなどで聴いたことがある曲が多く、クラシック音楽は普段触れる機会がないと思っていたけれど、意外に身近なところにあるのだと感じました。クラシック音楽は歌詞がないので何かのBGMとして日常生活に溶け込む形で存在していることが多いのではないかと感じました。 私が聴いたことがあるような曲は長い演奏の中の一部に過ぎないので、もしかしたら演奏の全部を通して聴いてみることでさらに「良い」と思える曲に出会えるのではないかと思いました。この講義を機会に勉強中や何か作業するときなどに一度BGMとして聞いてみようと思いました。

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まず前回と比べた際に私が感じられた大きな違いは、人数がより大人数になり、楽器の種類が増え、音楽がより壮大になったということです。授業でもありましたが、人数が増えたというのは音楽が一部の人間から楽しまれていた状況から広く大衆に受け入れられ、楽しまれている状況になったということであるのではないかと感じました。また、時代が進むにつれて進んだ技術の進歩により様々な楽器が生まれ、多様な音色を出すことが可能になりました。自分は一度だけプロの演奏家が奏でるオーケストラというものを実際に聞いた事があるのですが、動画でみたオーケストラと雰囲気がほとんど同じであることから、現代のオーケストラが19〜20世紀に作られたということを理解しました。また、その演奏会に参加した際演奏の素晴らしさ、壮大さにとても感動しました。今回久しぶりにこのような音楽を拝聴しました。再びクラッシクの素晴らしさに触れることができ、他の機会でもたくさん聞いてみようと思いました。

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まずは、18世紀前半古典派の時代の音楽を聞いた印象です。最初の弦楽四重奏はバイオリンとチェロのみであり、とても静かでお淑やかな印象を与えるもので、高音のバイオリン3本と低音のチェロ1本で作られる音楽は普通のオーケストラよりかは迫力にかけるものの、その中でも強弱がつけられていることが分かったり、あえてチェロをなくしバイオリンだけで音を作る部分などもあり全体的に弱い印象を与える音楽だと感じました。二つ目の交響曲もまた、バイオリンやチェロ、コントラバスなど弦楽器が中心の演奏で、印象としてはやはり静かで美しい音楽という印象を持ちました。その他ピアノ協奏曲全集やモーツァルトのピアノ協奏曲21番は主にピアノとバイオリンの音で何度も言うように美しいという印象を受けたため、18世紀前半の古典派の音楽は迫力というよりかは心安らぐような感情が落ち着くような音楽という全体的な印象を受けました。しかし、ピアノ協奏曲20番は少し違う印象を受けました。音が全体的に重たい印象で暗かったり怖い印象を受けました。先生も言っていたようにモーツァルトの型にはまった音楽とは違ったこのような音楽に影響を受け 、前期ベートーベンのような音楽が生み出されたことによりクラシックというジャンルが確立されました。そして19世紀の音楽は18世紀後半の音楽と比べ、最初の方は特に大きく変わったという印象を持ちませんでしたが、聴き進めているうちにテンポが速く強く勇ましいような音楽という印象を受け、素人の私でも違いがわかりました。強弱もはっきりしていて音楽に物語の起承転結が付いているようにも感じられたり、楽器数が増え譜面も凝った編成のものと変化したことも感じられました。最後に20世紀前半の音楽を聴いた印象は、軽快なリズムのものが多く以前のようなどっしりとしていた暗いような音楽ではないため、今までクラシックに興味のなかった人でも聴きやすい音楽になっているという印象を受けました。これは講義内でも説明があったように、この頃からレコードやラジオという媒体が普及し始めたことにより、今までよりもたくさんの人が音楽に触れる機会が増えたことで大衆向けの音楽が作られ始めたということがいえます。私も音楽を聴いてみて正しくそうだと感じました。前回の授業から今回の20世紀前半までの音楽を通して、時代によって特徴が本当に様々であると感じました。また、曲を聴いただけでそれぞれの感情や時代背景が読み取れることがクラシック音楽の魅力だと感じました。

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 今回、18世紀後半から20世紀前半までのクラシック音楽を聴いて私が一番思ったのは、やはりピアノが隆盛化してきたことがやはり一番大きいのかなと思いました。そのピアノが隆盛化となったのは、19世紀前半を中心にベートーヴェンをはじめ、多くのピアノの名手たちが現れたことが大きく関係していると思います。この時期にピアノは楽器としての機能がほぼ完成しつつあり、チェンバロに変わってピアノが家庭内にも入るようになって、家庭的な音楽が楽しめるようになったことから、ハウスムジーク的な作品も書かれるようになったと言います。私が思うに、ピアノの存在は演奏全体のメロディを奏でながら他の楽器を目立たせるという面でも、またピアノ単体のソロでも演奏の軸としてまとめあげることができるため、音楽界にとって非常に良い化学反応になったのかなと思います。さらに自動ピアノの動画から私が思ったことが、天才ピアニストで楽譜を読めないという人がよくいますが、そういった方々は耳コピなどだけで演奏していると聴きます。そういった方々にとって、この自動ピアノというシステムは何より理解しやすく、吸収しやすく感じるのではないかなと思いました。 最後に今回の従業で教授がおっしゃっていたことで、少し聴いて良かった話があって、それが授業中盤で少し触れていたゴルフ場の音楽です。私はよくゴルフ場に行くのであの聴き馴染みのある曲が初期のバロック音楽であるという情報を今回の授業を通して知ることができて、少し嬉しい気持ちになりました。

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私は中学生の時に吹奏楽部に所属していました。その時は 自らクラシックの音楽を進んで聞くことが多くありましたが、吹奏楽をやめてからはそのような機会はなくなりました。 今回授業の参考資料をとうしてクラシックの音楽に触れて私なりに感じたことを3点紹介しようと思います。 まず最初にクラシックという意味がどのようなものかを調べた時に1流や格式のあるという意味であるということがわかりました。 まず1点目は この意味のように クラシック音楽はとても貴族性があると思いました。 現代の音楽庭ヒップホップやロックなど激しいジャンルがありますが それとは真逆のジャンルであると すべての曲を聞き感じました。これは使用している楽器などにもよるのかと思いました。 前回聞いたバロック音楽 とはまた違い 使用している楽器は 似たようなものでしたが 音の雰囲気や リズムなど 大きく違うと感じました。 私は前回のバロックの音楽を聴いて明るいようなイメージを受けましたが、クラシック音楽は、とても静かで寂しいようなイメージを受けました。 2点目は現代音楽と似たようなものがあると感じました。バロック音楽を聴いた時には昔の歴史ある音楽のイメージを浮かべましたが、クラシック音楽では今も使われているようなメロディーやリズムなどがあり現代にかかっていても全く違和感がないなと思いました。現代に生きる私がこのように感じたということは逆にこの時代の人達も現代の音楽を聴いて同じように感じるのかなと思いました。 3点目は文献に載っている全部の曲を聴いて共通して感じたことです。 それは音楽の中に物語性を感じるということです。私が音楽をやっていたときに、よく先生から言われたのは楽譜を見るだけではなく、自分で物語を作ってみてその情景を思い浮かべてみなさいと教わりました。何かの物語の裏付けとして音楽があるのではないかと思わせるような雰囲気を作り出している曲が多いなと感じました。以上の3点を通じて私が不思議だと思ったことはクラシック音楽というのは どこか貴族や高貴な人知恵が高い人に親しまれるようなイメージがありましたが、実際に聴いてみると平民また一般人そして現代の私たちにでも幅広く親しまれるような音楽の種類であるということがわかりました。 私は今回の授業通して音楽と言うのは現代と古代を結びつけることができる力があるのだということを学びました。

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中高6年間吹奏楽に触れてきた私は、同年代の多くの人よりもちょっとだけクラシック音楽に触れる機会は多かったとは思います。しかし、長い歴史をもつクラシック音楽の見分けをつけるのはあまりにも向き合う時間が短いのでしょう。正直バロック音楽とロマン派音楽の違いはあまりわかりませんでした。中高六年間に存在したたまの時間と今回の講義からこの文章を書きだしているその時までの時間はたぶん私がクラシック音楽と出会う時間だったのだと思います。  ハイドンの交響曲を聞いている間、吹奏楽をしているときにそれはもう高校の顧問に如何に弦楽器というものが素晴らしいのかということを語られた記憶をおぼろげに思い出しました。弦楽器は空気そのものです。「スイミー」のようだとも思います。一つ一つはよく見れば違うけどひとたび音楽を奏でればおおきくおおきく蠢く。管楽器にはできない芸当だと吹奏楽アレンジをやるたびに常々思います。クラシック音楽の多くが弦楽器を内包しているから、現代音楽(例えばポップスだとかジャズ、ロック)とは違ってより大きいものを描いているような感じがします。  クラシック音楽は素晴らしいもので私の生活に必要なものだと感じています。だからこそ今回の講義でもう少し、クラシックについて知りたいと思いました。今回以上にじっくり、その歴史に見合った時間それらにむきあうことができたらいいだろうと思います。知識を得る、学習をするという行為は自らの世界を広げるものであり、見えている世界の解像度を上げる行動だと思っています。これからも当たり前のようにそこに音楽そして多くのメディアのある生活をしていくであろう私はもう少し豊かに楽しく過ごすために時間をかけてクラシック音楽のことも知りたいと思いました。

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 私がモーツァルトのアイネクライネナハトムジークを聞いた感想は、最初のバイオリンの入りで一気に聞いている者の心を鷲掴みにし、そこから早くなった遅くなったり、大きくなったり小さくなったりと、聞いている人たちを全く飽きさせないバイオリンの音の応酬が続き、また最後に向かって段々と音のスケールが大きくなっていくように思われます。  私がモーツァルトの荒ぶるピアノ協奏曲20番を聞いた感想は、はじめは暗く始まり暗く荒れた海に揺られているかのような響きが感じられるかと思うと、急に大きな荒波にもまれ始め船の中のもの一切合切が大きく狂うかのような旋律が起こったかと思うと、急に音がなくなり一瞬の不気味な時が訪れる。そして体の奥から湧き上がる、居ても立っても居られないような恐ろしい気がじわじわと起こる。そしてメロディーが早くなったり遅くなったりを繰り返し、自分でもわからない焦りがこみあげてくる感覚に襲われる。後半に入ると最初の方に感じられた焦りや、気持ち悪さとは無縁の天国のようなユートピアにいると錯覚するようなときが訪れるかと思った束の間、今度は雷や竜巻に急き立てられたかのように、音が自分を襲ってくる。最後は逆に自分のことを奮い立たせてくれているのかとさえ感じてしまう。

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オーケストラは16世紀あたりから始まり、様々な楽曲が作られてきました。授業でおっしゃっていたクラシック音楽の聴いているとしみついてくるリズムというのを実感できました。わたしはオーケストラではドラゴンクエストの音楽しか聴かないので、授業で流していたほとんどの音楽はわかりませんでしたが、ザ イージー ウイナーズ という曲は曲名など一切知りませんでしたが、BGMとして何度か聞いたことがありこれが体に刻まれたリズムなのだなと思いました。私がクラシックで来ていて情景が目の裏に浮かぶという楽曲は、ドヴォルザークの交響曲第九番「新世界より」のあの有名なパートです。音楽を聴く際は、作曲者の住んでいた場所や時代を調べ上げたうえで聞くことが重要だと思います。場所と時代が違う状況できいてしまうと作曲者が伝えたかったことや作曲者の心境をつかみ取ることはできないため、背景を意識するようにします。また新発見として、ピアノがもともと一本弦のところへ行きつくのが面白いと思いました。ヴァイオリンの今と昔の違いなどは中学校の音楽の授業で習いましたが、ピアノの歴史について今回初めて調べて、しかもそれは11世紀までさかのぼることに驚きました。自分で調べてみると普段気にならないことを気にし始めてとても知識の成長を感じます。また大学のキャンパスに通い普段いかない場所で新しい発見をすることを最近はしていないなとも思いまし。

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 私は前回のバロック音楽に続き、今回のクラシック音楽もほとんど未知の領域の状態で授業に臨みました。授業で紹介されたクラシック音楽はおそらくすべてとても有名な曲なのは分かりましたが、どの曲も全く聞いた心当たりがありませんでした。バロック音楽の方が古いはずなのに聞いたことのある曲は多い気がしました。素人の私ではどの曲がどうすごいとかバロック音楽とクラシック音楽にはこんな決定的な違いがある!みたいなことはわかりませんが、クラシック音楽は穏やかな曲が多いなというのが最初の印象です。バロック音楽にも穏やかだなと感じさせる音楽は多くありましたが、クラシック音楽はそれ以上に平和な草原を連想させるような曲が多くあるような気がしました。私が聞いてないだけなのかもしれませんが、激しめの曲も少ないような感じがしました。あとyoutubeの演奏している映像を見ている限りではなんとなく楽器の種類の数も増えているような気がしました。これは時代が進化していくにつれて新たな楽器が開発されているということなのでしょうか。今回紹介されている曲の中で特に耳に残り、お気に入りになった曲が一つあります。スメタナの我が祖国、モルダウです。サビ?なのかはわかりませんが先生のサイトから見れるyoutubeの1:07からの音が耳から離れなくなりました。なんというか広大な土地を連想させるような曲調で思わず家から飛び出したくなります。これからはたまにはクラシック音楽も聴いてみようと思いました。

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授業で聞いたクラシック音楽はどれもどこかで聞いたことのあるような、初心者の私でも知っている物が多く面白かったです。その上で今回のバロック以降の古典派やロマン派の音楽はバロックの決まりや型を破って自由に演奏しているように感じました。バロック特有の同じようなリズムを繰り返すことをやめた結果各々の表現の幅が広がり題名と音楽の流れが結び付くように聞こえます。特にベートーヴェンの『運命』や『歓喜の歌』、スメタナの『モルダウ』、モーツァルト『レクイエム』などがそう感じました。ベートーヴェンの『運命』では始まりの一音目の「ダダダダーン」という部分が私には何か不吉なものに聞こえました。逆に『歓喜の歌』の歌唱部分が祝福や明るい印象を受けます。またスメタナの『モルダウ』は伸ばすように演奏することでモルダウ川の優雅な川の流れを演出している気がしました。最後にモーツァルトの『レクイエム』に関しては特に「怒りの日」の部分が急に力強い鍵盤を叩きつけるような演奏に変わったことで音楽に荒々しさを感じます。私の印象に残っている上の音楽は前回のバロックとは違い、決まったメロディーを繰り返さず心象をそのまま楽譜に載せているように思いました。その為以前のバロックが日常シーンや感動のシーンに流れそうという感想があったのに対し、今回はその力強さや印象の強さから単体で一番盛り上がるシーンに用いられそうに思います。以上のことから西洋音楽は時代が進むにつれ自由なものへと発展してゆき各自の思いを載せたものを演奏していったのではないかと思いました。因みに私の好みはバロック音楽でした。初めてじっくりと聞いてみたのですが何かの片手間に聞いていたいと思える音楽でした。

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私がクラシック音楽を聞いた感想は、クラシック音楽は数えきれないほどの作曲家が数世紀にわたって作り上げてきた伝統と歴史をもつ音楽だとわかります。同じような曲が作られて消えていく消費物的なポップス音楽とは違い、「時代遅れ」になることがない音楽のジャンルではないかと考えられます。 ポップス音楽は数年、数十年経てば時代遅れとなってしまいますが、クラシック音楽はいつまで経っても時代を感じさせずに生涯聴き続けることも可能だと思います。 また、クラシックはゆったりと音楽に集中できるなと思います。クラシックは癒し効果が高く、音楽は静かに聴きたいという人にとってはいいと思います。また、機械を通さないアコースティック楽器の豊かな響きを聴くことができることも大きな魅力だと感じ取れます。

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今回学習した音楽を聴いて私が1番感じたことは、音楽は変わりますが、その根本には社会情勢があるのだということです。19世紀のベートーベンの頃、音楽の担い手がモーツァルトの頃の貴族から市民へと変化しました。そこにはヨーロッパの近代史でよく耳にするブルジョワジー(市民誕生)が関わっていることが分かりました。資本家の子弟たちがオーディエンスの主役となり、学友会館など音楽を聴くための施設を多く作ったことはとても興味深いと思いました。 私は音楽に詳しくないのでハイドンという方を恥ずかしながら初めて知りました。ベートーベンが尊敬したモーツァルトが尊敬したハイドン。クラシックの原点にはハイドンがいる、ということがよくわかりました。そしてよく知られているピアノもこの頃できたのだと考えると、ハイドンはとても素晴らしい方だということがひしひしと伝わってきました。ピアノ協奏曲は、ディズニーで流れていそうな陽気な音楽だなという印象を持ちました。リズムが良く心地いい曲でした。私は、モーツァルトの曲でお昼寝ピアノ協奏曲21番が1番好きです。ピアノがいい意味で目立っていて、ピアノが主役な感じが伝わり、とても良いと思いました。 また、バッハの影響を受けたとされるメンデルスゾーンのイタリアでは、壮大な中にも綺麗な旋律があり、そこにこの作品の深さがあるのではないかと思いました。 その後の大衆向けの音楽、ラグタイムミュージックはテンポが良く、陽気な音楽で、ラジオ映えする音楽ということがよく伝わってきました。 今回聴いた音楽は全て音楽音痴な私にはあまり大きな違いがわからなかったですが、それぞれの時代でそれぞれの社会情勢に合った音楽が作られたということはよく伝わってきました。

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まず、率直な感想としては、前回の授業で扱った楽曲たちに対して、実にキャッチーなものが増えたなという印象を抱きました。シンプルかつセンスが良いということです。前回の授業で扱った曲も聞き直したのですが、前回聞いたチェロ一本の曲よりも、今回扱ったモーツァルトの曲の方が聞こえる音の数とは裏腹に、シンプルに聞こえたのは、曲の特性でしょうか?単に聞いたことがあったからでしょうか?センスの良さに関しては、前回のFormsの時間で取り上げていた、積み重ねや経験則の賜物なのかもしれません。以前、米津玄師が、「音楽を続けていて、いくつかヒットすると、どんな曲が喜ばれるのかが自然とわかってくる」とインタビューでいっていましたが、これを長い歴史の中で行っていたということでしょうか。 また、前回のFormsから全体的にピッチが低いといったコメントを取り上げていましたが、今回はピアノ一本の曲などもあり、逆に音が高い曲も増えたのかなと感じました。 本日扱った曲の中には名前は知らないけど聞いたことある曲がある人も多かったのではないかと感じます。はて、どこで聞いたことがあるのだろうかと考えて見たところ、YouTubeで完全娯楽のために見た動画のBGM、もしくは替え歌の可能性が高いと感じました。クラシックの歴史の中でも比較的知名度の高い曲が集まっている時期だったのだなと感じ、そこには歌詞が創作できてしまうほどシンプルかつセンスの良い旋律と、高いピッチが特徴としてあったのではないかと感じました。

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201588 小川慎太郎 クラシック音楽を聴いてみて印象が変わりました。もともとクラシック音楽を堅苦しく、聞き取りづらそうな印象があったのですが、実際聴いてみると、心地よい感じがして、すごく聴いていて気持ちがいい音楽だと思いました。クラシック音楽について調べてみたところ、日常生活でもテレビCMやドラマのBGM、電話の着信音などにも使われていることに驚きました。日常に聴いているからこそすごく聴き心地が良く聴いていて落ち着くのだと思いました。クラシック音楽は歌詞がない為、曲のサビなどがわかりにくいなと思いました。歌詞やタイトルがない為、聴いている人が想像して聴くため、聴く人によって曲の印象が変わってくると思います。自分はクラシック音楽を聴いていてすごく美しい印象を持ちました。強弱が激しく、いろんなことを表現していると感じました。クラシック音楽の歴史から学ぶとなると、すごく難しいと感じましたが、曲が表現している気がして聴き手の捉え方次第で全く違う音楽になるのだなとクラシック音楽を聴いていて思いました。私は曲がどんなことを伝えて、どんなことを表現しているのか想像するのが好きなので答えのない音楽に惹かれました。何曲か知っている曲もあって、こんなにも身近にクラシック音楽流れていたことに驚きました。

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交響曲全集からしてハイドンの楽曲は全体的に明るく祝事の楽曲のような感じがしました。中世ヨーロッパというワードがハイドンの楽曲にはよく合うなぁと思いました。一方で、リンクの「交響曲」のようにしっとりとした癒してくれそうな優しい楽曲もあり、楽曲の幅が広いとも思いました。 弦楽四重奏のadagio:Ithirstのかすかに聞こえるかどうかほどの音から一定のリズムのまま少しずつボリューム上げていき、さらに盛り上がっていくパートがとても綺麗で繊細かつダイナミックで好きです。 モーツァルトはハイドンを追随していたと言うこともあり、少しテイストが似ていると感じました。 ハイドンのピアノ協奏曲でピアノの音がすごく綺麗だと感じました。気分が晴れるようなポップな楽曲だと感じで、その点で、モーツァルトのお昼寝ピアノ協奏曲21番も似たような曲調の楽曲であり、モーツァルトはハイドンを追随していたと言うことが感じられました。 アイネ・クライネ・ナハトムジークはこれまで何度も聞いたことがありましたが、改めてじっくり聞いてみるとすごい繊細な演奏をしないと完成しない楽曲なんだと思わされました。 モーツァルトにはハイドンにはあまり見られなかった恐怖のような感覚が荒ぶるピアノ協奏曲20番にあり、ハイドンのような明るい印象だけでなく、少し寒気のするような楽曲も作っていた点が違いなのかなと思いました。19世紀はクラッシックが誕生し、教会が音楽を聴く相手から、貴族という一般市民が聴く相手になったことでオーディエンスが誕生し、じっくり聴くためにホールが出来上がったと言う内容が、ベートーヴェンの田園とメンデルスゾーンのイタリア聞いて少し理解できました。これまでの楽曲以上に強弱がはっきりしており、演奏自体の難易度が上がっていると素人の私にでもなんとなくわかりました。この演奏はホールとか演奏を聴くための場でないと聞けない音楽だと思いました。 スメタナ 「我が祖国」モルダウは独立への熱い思いが込められており、チェコ市民には国家のような存在であると学びました。 楽曲は喜怒哀楽が込められているかのようにいろんな顔を持っていると思います。当時の独裁国家に対する気持ちを表していたり、独立へ向けた市民の気持ちを描いていたりと、この楽曲に込められた想いは凄まじいのだと、楽曲を聞いて、そして歴史を学習して思いました。 20世紀のアダージョはメロディを兼ねでているだけでなく、小さな音が大きな作品を作っていると感じ取れました。 そして最後に自動ピアノ。今だからこそ驚きはないが、CDや配信楽曲が無かった時代、バックグラウンドミュージックとして画期的だったものだと思います。人件費が削減されるという影響だけでなく、音楽自体の価値の低下につながってしまったのではないかと思いました。今では、音楽を当たり前に聴くことができますが、昔は音楽は貴族のものであり、だからこそ価値が高かったと思う。それが自動ピアノによって音楽が庶民でも聴けるものになり、音楽が広まり、それに比例して音楽の価値が薄れていったのではないかと思いました。

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わたしは今日聞いた中で、ドヴォルザークのチェロ協奏曲が一番好きになりました。私はメタルロックの音楽ジャンルがとても好きで、クラシック音楽は中学の音楽の授業くらいでしか、ちゃんと聞いたことはありませんでした。クラシック音楽と激しく強い音が多いロックのジャンルは違いがあまりにも強すぎて私はあまり得意ではありませんでした。特に、私が思うにクラシック音楽は音の強弱に強い意味を持っていると思い、ロックのジャンルと比べると、感情の表現方法が異なっていると思いました。昔から、激しく感情を高めてくれる音楽が好きで、試合前やテンションを上げたいときによくロックの音楽を聞いていました。しかし、今と昔ではいろいろ性格や状況が変わったのかもしれませんが、クラシック音楽はとても心地の良い音楽であり、自分なりの解釈で新しい風景を頭の中で思い浮かべることができる素晴らしいものであると私は感じました。特にドヴォルザークのチェロ協奏曲が一番頭の中で想像することができやすく、心地よかったです。この曲を聴いているとき私は、何か近い音をどこかで聞いたことがあると感じました。その正体は、ゲームの中で流れるBGMに近いものだと分かりました。私は「ドラゴンクエスト」というゲームが好きなのですが、ゲーム内のダンジョンに流れる曲はクラシックの音楽であったといま改めて思いました。ゲームに夢中になっていたせいで、ゲーム内に流れる音楽をしっかり聴くことはなかったのですが、YouTubeで「ドラゴンクエスト」のBGM集を聞いたところクラシックの曲が多く、とても好きになりました。クラシックの音楽は意外と私は聞いており、特にゲームが好きな人であれば自然と聞いているのだなと思いました。

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私はこれまであまりクラシック音楽を聴くことがなかったので、聴いたことのない楽曲をよく聴いてみると、さまざまな発見があり面白かったです。弦楽四重奏曲や交響曲は弦楽器が中心となって演奏されていて、とても伸びがあるような印象を持ちました。対して、ピアノ協奏曲などのピアノを使って演奏されている楽曲は、弦楽器で演奏されている楽曲よりも上品な感じを受けました。またハイドンとモーツァルトの楽曲をそれぞれ聴いて、所々似ているかなと感じたところもありました。モーツアルトのピアノ協奏曲ではピアノ演奏が複雑で驚きました。時代によって変化していく聴衆や背景に応じて、それ自体も変化していくというのは、このクラシック音楽でも同じであったことに気が付きました。1920年代に入って複製技術時代になっていったことはクラシック音楽にとっても、また他の映像作品にとっても大きく革命的な出来事だったのではないかと思いました。とりわけ自動で演奏を行うピアノというのはピアノ奏者の脅威になりかねないものでもあると思いました。しかし自動ピアノではその楽曲に込められた想いに基づいて、強弱や伸び、間の取り方などを変えたりして表現することまではできません。ピアノなどの楽器で何かを演奏するというのは、もちろん技術を持っていることも大切ではありますが、それ以上にその楽曲の作者がそこに込めた想いや聴衆に何を伝えたいのか、などを考えたうえで、それらをどうやって表現するかということの方がより重要なことなのではないかと思います。

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私は今回の授業の18世紀後半の古典派から20世紀前半のクラシック音楽を聴いて、zoomで聴いてこの迫力なら、実際に会場へと足を運んで聴いたらもっと迫力や臨場感を感じて、考えさせられることも増えるのだろうなと感じました。 ベートーヴェンの田園は、全体の楽器の強弱はもちろん、ヴァイオリンの強弱がよく目立ちました。また、季節が春で小鳥のさえずりや蝶々が舞っていて、空は雲ひとつ無い青空で気温は暖かいんだろうなとイメージがつきました。 メンデルスゾーンのイタリアは、最初は少し落ち着いた曲調なのかなと思っていたけど、思っち以上に出だしが速かったので驚きました。曲を聴いてイタリアは、「気高く強くて上品な国」を連想させるかのような曲調でした。曲から国のイメージを連想できるのは音楽のいい所のひとつだと私は思っています。 ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、まず演奏者の後のライトが紫色に目がいき、曲と何か絡んでいるのかなと思いました。この曲は、嵐の中険しい道を突き進んでいるかのような激しい曲だなと感じました。衣装にも注目してみると黒で統一されているので、曲に合わせた衣装なんだなと感じました。 スメタナの「我が祖国」モルダウは、中学校の音楽の授業でも聴いていたことを思い出しました。いつ聞いても、最初はフルートのような音がメインで、途中からヴァイオリンが入ることで、かっこいい曲、という印象を受けています。 アダージョは、曲を1曲作るのも物凄い苦労と努力が必要だということを視聴して感じました。素人でも聴いているとなにか感じるのは、作者の思いが込められているからなのではないかなと思いました。 自動ピアノは、私たちがピアノを弾く時何気なく弾いて音を感じているが、ピアノはそんな私たちに対して裏で細かな作業を鍵盤を押す度にしてくれていて、演奏者も凄いけど楽器も凄いなと感じ取りました。 ラグタイムミュージックは、途中から聞いた事がある曲で心が弾むような曲調でした。心が弾むように感じられるのは、演奏者はもっと楽しく弾いて、音楽の素晴らしさを伝えようとしているからなのではないかなと感じることが出来ました。他の動画も視聴してみて、大まかに言えばどれも同じように聞こえてしまう部分もあるけれど、注意深く聴いているとその曲にしかない良さがあり、自然と曲のイメージを思い描いて聴いていました。

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まず思ったのはよく聞きなれている音楽だな、と思いました。理由としてはまずよくラジオであったり病院にいくので待合室や放送などでよく聞くこともあり、また自分が吹奏楽をしていたということもありどことなく親しみやすいという感想を持ちました。そしてその音楽性の聞こえ方ですが、華々しさ、そして音の広がり、深みをとても思いました。クラシックは現在のポップスやロックと異なり様々な楽器が、そして同じ楽器でもその楽器が何本もあったりその楽器の中でパート分けされていることで物理的な広がりを生み、それによって出せる音の幅が広がって音の広さをとても感じました。またそれと同様に低音から高音がそろうことで和音に広まりが生まれ、とても音の深さが感じられました。そして、もう一つ聞いていて思ったのが、クラシックの曲が最近の曲の一部に取り入られているようなことがあるため、初めて聞いたことがある曲でもどこかで聞いたことがあるように思ったことです。最初にも述べたように本当にいろいろなところで親しみやすく、心を休め、心にに凝るような音楽だなあと聴いていて思いました。またその音楽が今でも残るような仕組みや楽譜というシステム、そしてそれを容易に聞くことができるyoutubeもまたすごいなとも思いました。

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クラシック音楽は17世紀から19世紀までのもので、私自身は時代によって聞く・聞かないが分かれていました。前回のバロック音楽、今回の古典派とロマン派を改めて聞いて、それぞれの違いを再確認しました。まず、古典派ですがこの時代は音楽が形式重視になり、ソナタ形式やロンド形式が生まれたため、少し堅苦しい音楽という印象です。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も第1楽章がソナタ形式ト長調、第2楽章三部形式のハ長調、第3楽章のト長調、第4楽章のロンド形式ト長調となっていることからもわかりますが、実際に聞いていても、研究された音がわかります。バロックと比べると明快で軽快なメロディで、メロディの独立性が高くなっていると感じました。次にロマン派音楽はオーケストラが大規模なものになり、交響曲などの演奏時間も大幅に伸びています。古典派時代にも30分内のものはありましたが、ロマン派からは30分以上から1時間の曲が増えました。他にも、カッチリな音楽というよりかはメロディアスな曲が増えていった印象です。基本は、古典派からの受け継ぎがされているので、ロマンティックな音楽から古典派風な音楽もあるなどと作曲家次第の所があるため、多種多様性の高さを感じました。これには、ロマン派から形式の自由さや貴族から庶民のための楽曲であることが段々と強くなってきたからこそだと思いました。その中にある国民楽派などの自国民謡や民族音楽の様式、異国情緒ある音楽も、音楽の幅が広がった結果だと思いました。「わが祖国」モルダウは合唱コンクールで歌ったこともあって、祖国ではないですが懐かしい気持ちになりました。この曲自体が、オーストラリア帝国の支配からの解放の思いが込められていることもあり、悲しみや暗いイメージが浮かぶホ長調で作られていて、心に深く感じました。アダージョの「ベニスに死す」は昔に見たことがあり、その時に何とも言えない気持ちになったため、一種の芸術なのかもしれませんが私には難しい映画でした。20世紀後半の音楽には、さらに幅広い可能性が広がっていて、テープ編集や電子的な変調も可能になり、音楽はこれからも尽きないなと感じました。音楽は時代に合わせて変化していくものなので、歴史を踏まえて考えるとより面白いと思いました。

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クラシック音楽は17世紀から19世紀までのもので、私自身は時代によって聞く・聞かないが分かれていました。前回のバロック音楽、今回の古典派とロマン派を改めて聞いて、それぞれの違いを再確認しました。まず、古典派ですがこの時代は音楽が形式重視になり、ソナタ形式やロンド形式が生まれたため、少し堅苦しい音楽という印象です。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も第1楽章がソナタ形式ト長調、第2楽章三部形式のハ長調、第3楽章のト長調、第4楽章のロンド形式ト長調となっていることからもわかりますが、実際に聞いていても、研究された音がわかります。バロックと比べると明快で軽快なメロディで、メロディの独立性が高くなっていると感じました。次にロマン派音楽はオーケストラが大規模なものになり、交響曲などの演奏時間も大幅に伸びています。古典派時代にも30分内のものはありましたが、ロマン派からは30分以上から1時間の曲が増えました。他にも、カッチリな音楽というよりかはメロディアスな曲が増えていった印象です。基本は、古典派からの受け継ぎがされているので、ロマンティックな音楽から古典派風な音楽もあるなどと作曲家次第の所があるため、多種多様性の高さを感じました。これには、ロマン派から形式の自由さや貴族から庶民のための楽曲であることが段々と強くなってきたからこそだと思いました。その中にある国民楽派などの自国民謡や民族音楽の様式、異国情緒ある音楽も、音楽の幅が広がった結果だと思いました。「わが祖国」モルダウは合唱コンクールで歌ったこともあって、祖国ではないですが懐かしい気持ちになりました。この曲自体が、オーストラリア帝国の支配からの解放の思いが込められていることもあり、悲しみや暗いイメージが浮かぶホ長調で作られていて、心に深く感じました。アダージョの「ベニスに死す」は昔に見たことがあり、その時に何とも言えない気持ちになったため、一種の芸術なのかもしれませんが私には難しい映画でした。20世紀後半の音楽には、さらに幅広い可能性が広がっていて、テープ編集や電子的な変調も可能になり、音楽はこれからも尽きないなと感じました。音楽は時代に合わせて変化していくものなので、歴史を踏まえて考えるとより面白いと思いました。

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私が前回の授業と今回の授業を通して感じたことは、クラシック音楽というのは単なる音楽ジャンルというだけではなく普通の歌のように喜怒哀楽や想いを乗せて作曲されたものがほとんどであり、それを感じるところに受け取り手の醍醐味なのかなと思いました。 ベートーヴェンやスメタナ等、小中学生の時に聴いていた人物の曲もたくさんある中の一部にすぎないということを改めて感じました。同一人物の別の曲を聴くと、また違った印象を受けました。さらに、指揮者によっても少しづつ特徴があり、このような面においても個性が現れているのに驚きました。 ヨーロッパでこのような一代芸術が花開いたのは単に優秀な音楽家が集まっただけではないと思いました。実際に、18世紀から20世紀前半はヨーロッパが世界の中心となっていた時代であり、そのような背景も関係があったのかなと考えました。 私が前回と今回の授業で感じたことは作曲には緻密な理論によって構成されていることです。今まで単に曲調がいいな、とか知人に勧められたものを聴くということしかしてきませんでした。別にそのこと自体が悪いとは感じていませんが、理論なども踏まえて聞いてみるとまた違った一面があるのかなと思いました。 音楽全般に私はあまり詳しくはないのですが、宮廷音楽のように一部の人しか嗜むことができないものから一般大衆にも徐々に浸透して私たちも何の気なしに聴くことができるようになったと思います。その過程では単に文化の流入があったり、覇権国家の変化など世界の中心が変化していくことによって世界中に広がったとも考えられるし、機械の発達などによって伝わっていったとも考えられます。

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ハイドンの弦楽四重奏はゆったりとした旋律に音の膨らみがとてもマッチしていました。交響曲は多くの楽器がそれぞれ奏でる旋律が優雅に合わさっていて心地よかったです。ピアノ協奏曲は弦楽器とピアノの音色の違いがありつつもしっかりと活かしあっていました。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークは細かな旋律が印象的で音の大きさの抑揚があり、静かなところと盛り上がるところが対照的なのが印象的でした。交響曲はゆったりした旋律の奏から激しい動きもあり聴いていてこのギャップが面白く感じました。荒ぶるピアノ協奏曲20番はピアノの細かい動きとゆったりした弦の動きがとても合っていました。お昼寝ピアノ協奏曲21番はピアノのソロがとても綺麗で印象的でした。ベートーベンの田園は華やかなバイオリンの旋律はとても有名で、聴くと心が弾みました。中盤の後半は打って変わって荒んだ激しい音色でギャップも凄かったです。メンデルスゾーンのイタリアはキリッとしたバイオリンの旋律がとてもかっこよかったです。スタイリッシュだけれども威厳のある感じがしました。ドヴォルザークのチェロ協奏曲はチェロの音色の奥深さから激しい動きまでよく聴くことができました。スメタナの「我が祖国」モルダウは川の悠然な様子がよく表現された旋律で、ところどころある抑揚の変化がとても美しかったです。マーラーのアダージョはゆったりとした優雅な中に少し不安な感じを覚えました。自動ピアノのラ・カンパネラの演奏の完成度の高さが想像以上でした。1人でに動く鍵盤が不思議でなりません。しかし、人が弾く演奏はその場限りで二度と同じものはできないので、人が弾く方のコンサートの方が観たいと思います。スコット・ジョプリンのラグタイムミュージックは、軽やかな旋律で聴いていてとても楽しい印象を受けました。hr-sinfonieorchestra のチャンネルのドヴォルザーク交響曲第7番も聴きました。私は高校生時代この曲を弾いたので思い出深かったです。ドヴォルザークの深みのある旋律がかなり好きでこの曲もお気に入りです。

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今回の授業で聴いた音楽は、初めの18世紀後半の古典派であるハイドンの曲は、先週のバロック音楽よりもとても素朴だと思いました。バロック音楽は壮大で華やかだったものでしたが、古典派の音楽の方が親しみやすさを感じました。モーツァルトの曲もハイドンの曲もどちらとも音がバロック音楽の時よりも明るく感じられました。今回の授業の後、古典派の音楽を詳しく調べ、いろいろ聴いてみました。古典派の音楽は、今でも演奏されているクラッシックの音楽にとても近いと思いました。また。このころにピアノが誕生した通り、今でも名曲と言われている多くの曲がこの時代から生まれてきていると感じました。次に紹介された19世紀のロマン派の音楽で紹介されていた、ベートーヴェンの田園は、とても馴染みがある曲(家の近くの図書館の閉館の音楽)であり、とても好きな曲です。この曲や、この後に紹介されたメンデルスゾーンのイタリアどちらともメロディーがわかりやすく、この前の時代の音楽よりも聴きやすいと思います。そしてこの二人はオーケストラもいいですが、ピアノの曲がどれも最高だと思います。特にメンデルスゾーンの春の歌のあの綺麗な旋律は春の明るい日を連想させます。19世紀後半の民族派の音楽で紹介された、「わが祖国」モルダウは自分の好きなクラシックのが本の指に入るぐらい大好きで、この曲は聴いたり、ピアノでアレンジの楽譜を演奏したりします。この曲はモルダウ川を下っていくみたいに一つのテーマを元に様々なアレンジが入ったりとモルダウ川が経験する様々な土地の人だったり、事件だったりを連組しながら聞くことができ、どこを聴いてもかっこよく美しい景色を思い浮かべることができるなと思います。20世紀前半のマーラーの曲はロマン派以降のいいとこ取りだと感じました。また、ここで紹介された、レコードやラジオ、自動ピアノができたことにより、音楽は多くの人にもっと親しみやすくなり、音楽文化における転換点だと感じました。そして最後に紹介されたエンターテイナーは実際私も引いたことがありますが、モーツァルトなどのTHEクラシックであるピアノの概念を壊し、ポップでまた新しいピアノの音楽の誕生だと思います。ここまで音楽の歴史を遡って聴き比べたのは中学の音楽の授業以来でした。(中学の授業でもこんなに詳しくやっていませんが笑)遡ってみて、やはりどの時代の音楽もその時代背景を写しており、また、音楽は自由なものだと感じることができました。今の音楽も昔の音楽もどちらとも好きなので、これからも自分で探求するいい機会だと思います。

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18世紀後半から20世紀前半の音楽を聴いた印象として、全体的に音程が高いなと感じました。前回聞いた18世紀前半のバロック音楽が全体的に低い音程だったので余計に高いなという印象を受けました。私的には高い音程の方が聞いていて楽しい気分になれるのでこちらの方がいいなと思いました。また楽器の種類も増えたなという印象を受けました。私は音楽があまり詳しくないのでどの楽器が増えたとは具体的には言えないのですが、見た感じ楽器の種類が増えているし、聞こえてくる音も前回よりいろいろな音が聞こえてくると感じました。リズムや音は前回と同様聞いていて気持ちのいいものが多かったけど、私的にはピアノが一番聞いていて気持ちのいい楽器だなと思いました。前回はそこまでピアノの演奏がなかったけど今回はピアノの演奏も増えていてピアノだけのものもあり、聞いていて耳が気持ちよくなり、ピアノは優しい音色を出せる楽器なのだなということを改めて知ることができました。そして自動ピアノというものはとても面白いものだし、人がいなくても演奏を聴けるというのは便利だなと思いました。でもよく聞いてみると機械で動かすためにピアノの音とは別にガシャンガシャンという音が聞こえてしまうのは残念だなと思いました。今の自動ピアノはどうなのかは分からないけどできればこの音はなくしてほしいなと思いました。また自動ピアノとはプロの人が演奏した場合とは同じくらいのクオリティを出せるのかというところに疑問を感じました。

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私は、今まで音楽を習ったことが無くバロック音楽やらクラッシック音楽やら正直よく分からないですが、今回のクラッシック音楽は先週のバロック音楽に比べて聞きやすい気がしました。理由は、例えば18世紀前半の古典派音楽では、テンポが速まり軽やかで、美しく親しみやすいメロディに聞こえたからです。 次に聴衆に関してですが、私はいつの時代も聴衆にそんな変化はないだろうと思っていました。ですが、18世紀音楽の発明を経て19世紀に入りクラッシック音楽が誕生すると、貴族に変わりお金持ちの音楽マニアな市民の子が聴衆の対象となり、音楽が単なるBGM的な要素から「音楽を聴く」ことを目的にした聴衆が生まれ始めたことは画期的で驚きました。そこから私が考えたことは、聴衆が変わったら作曲家も変化するのではないかということです。「音楽を聴く」ことを目的にして観客が集まるのなら、それぞれの音楽家ならではの個性が表現されてある音楽を聞きたいと思うはずです。だから、音楽家も今までのように雇われ主の要望や好みに沿った音楽ではなく、自分の表現を追求するのではないかと思いました。そのように考えると、わずか数十年の間に技法も理論も徐々に発展し、作曲家の個性が色濃く出てきたことは、大きな革命だったことが分かり、大変化であったことに気が付きました。

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 私はクラシック音楽を聴いた印象としてまず真っ先に「あ、これ聞いたことある」といったい印象を抱きました。  曲名は知らないけどどこかで聞いたことがある、こうした印象を抱いた方も多いのではないでしょうか。私たちは日頃意識せずにクラシックを耳にしています。例えばテレビ番組のBGMやコマーシャル、さらにはカフェなどで流されている音楽など意識せずとも耳にする機会は少なくないはずです。そしてまたそうした曲は誰もが一度は耳にしたことのある様な名曲達です。そして私は誰もが何気なく耳にしたそのクラシック音楽は記憶に残りやすいのではないかと感じました。クラシック音楽を耳にして皆さん一度はあこの曲聞いたことあると感じることがあるかと思います。そしてその曲達は音楽の授業や映画を鑑賞した際に何気なく耳にした曲ではないでしょうか。クラシック音楽は私たちの記憶の中に大きく刻まれているのではないかと感じました。  クラシック音楽と聞くと堅苦しい印象を抱く方も少なくないでしょうが、しかしクラシック音楽は日頃進んで聴くことが少ない人であっても、本当は最も身近に存在している音楽なのであり、クラシック音楽には強く人々の印象に残るような魅力が存在しているのではないかと考えます。

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私は素材として提示されたベートーベンの田園を聞きました。この名作を聞き、感動しました。気持ちよく爽快に田園を駆け抜けて行くような演奏でした。牧歌的な雰囲気を漂わせながらも、自然に対する讃美と伸びやかな感情に彩られた巧みな描写がつよいでした。ベルリンフィルのこの重厚感はベートーベンの交響曲にぴったりです。ベートーベンの爆発力のある作風にかなりマッチしています。ベートーベン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式、私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどでした。ベートーベンの作品は明らかに自然描写的な部分を含んでいます。「絵画描写というよりも感情の表出」であると強調していた事です。自然に対する讃美と伸びやかな感情に彩られた牧歌的な楽想の≪田園≫は、巧みな自然描写によるヒューマニズム溢れる標題音楽的な交響曲ですが、直接的な描写音楽は低俗だという識者の批判や、純粋な器楽が至高とされた風潮を作曲者が気にしていたという面もあったようです。音楽の世界にはのどかな田園風景が広がっているのです。途中雷雨もやってきますが、止まない雨はありません。ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けています。

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クラシック音楽はよく映画やテレビCM、ドラマなどのBGMとして使用されており、なんとなく私たちは日常生活で耳にしています。私はアイネクライネナハトムジークを聞いたとき車のCMを思い出しました。このようにクラシック音楽は現代でも演奏され、BGMとして使用されていることで自然と私たちの耳に残っています。私の中でのクラシック音楽は長くて歌詞もなく聞いていて眠くなってしまう印象がありました。しかし、クラシック音楽というのはリラックス効果があり、つまらなくて眠ってしまうというよりかは落ち着いた音楽を聴くことで眠ってしまうようなものだと感じました。お昼寝ピアノ協奏曲の14分44秒からの演奏は眠ってしまいそうな曲調でした。ピアノを中心に演奏され、弦楽器は無駄な雑音がなく一本の線のような音をだしている繊細な演奏に聴こえました。クラシック音楽にはポップスとは異なり一定のリズムがなく一つの曲に場面が変化した曲が何個も組み合わさっており物語のように感じました。ベートーヴェンの田園では約46分にわたって第5楽章で構成されています。何も知らないで聴くのと調べてどのような構成でどのような場面をイメージして演奏しているのかを知っている状態で聴くのとは楽しみ方が変わってくると感じました。知ってから聴くと演奏から情景が思い浮かびその場面にいるような臨場感が感じられます。第4楽章「雷雨・嵐」の激しく迫ってくる様子を弦楽器の弓の速さを利用して表現し、そこから第5楽章「牧歌・嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」は壮大な明るい曲調になり日差しがさしたような演奏でした。実際にクラシック音楽を演奏し、ホールで直接聴くことで印象はとても変わります。私は中学生の頃にオーケストラ部で高校では吹奏学部に所属していました。そこで、クラシック音楽の魅力を感じることができました。クラシック音楽はポップスとは異なり、5線符の楽譜に書かれ使用される楽器も機械ではなくほとんどが木製の弦楽器です。弦楽器は弓で弦を弾いて音を鳴らしますがその時に雑音が入りやすいですが、その分雑音を取り除いた音は響きが深く、バイオリン1つでもホールなどでは広範囲に響き渡ります。私はオペラ座の怪人が好きでミュージカルや映画のDVDを何回も見返しています。内容も素晴らしいのですが、一番好きなのは映画の中で流れてくる音楽です。聴いてきて内容をより引き立たせているのはもちろん音楽によって気持ちが高ぶり、そして引き込まれていき、いつ聞いても魅了させる曲です。クラシック音楽を演奏することでよりクラシック音楽の精密さや美しさが感じられます。直接ホールで聴くと会場の落ち着いた雰囲気と音の響きを肌で感じることができます。しかし、そのような機会なかなかないので身近でクラシック音楽を聴くことができるのはYouTubeや映画だと考えました。音質もよく臨場感があり、音量も調節できるため作業時のBGM として活用するのもおすすめだと考えました。

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ハイドンは数多くの弦楽四重奏、交響曲などを作曲していて、モーツァルトが模倣した人物ということにかなり驚きました。私の中ではハイドンよりもモーツァルトの方が名前がよく知られていると思っていたのでまさかモーツァルトが模倣する人物がいるとは思ってもいませんでした。弦楽四重奏は弦楽器4つって演奏するものだが、金管楽器やピアノなどがないとかなりシンプルなのかなと思いましたが、それぞれの音が重なると音に深みが出てとても心地よくて聞いていて少し眠くなってしまいました。それだけ音色が柔らかくて音が高いのにうるさくないのがとても魅力だなと感じました。アイネ・クライネ・ナハトムジークはモーツァルトの看板曲と言ってもいいほど有名なものなのではないかなと感じます。こちらも弦楽器のみで演奏されていますが、チェロのような大きな弦楽器からバイオリンのサイズまで様々な弦楽器で構成されていました。初めからそれぞれが一斉に弾き始めますが、迫力がありすぐに世界に飛び込めるような曲だなと感じます。現代ではピアノがかなり親しまれているように感じますが、ピアノの音色とは全く違う魅力を感じます。ハイドンを模倣としたと言われているせいか似たような感じにも聞こえますが、モーツァルトの方がより旋律に深みを感じ弦楽器やピアノのとても心地よい雰囲気をうまく表現している気がしました。

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私がクラシック音楽を聴いた印象として、ずっと聴いていられるような癒される音楽というイメージを持ちました。クラシック音楽誕生の時代の作曲家は今でも有名な人物が多いため、動画を見て知っている曲もありました。耳にしたことは何度かあっても実際に人が演奏している様子を見る機会は少ないので貴重でした。その中でも凄いと感じたことは、だった一つの楽器で人の心を惹き付けられるような演奏ができるということです。明るい音楽も暗い音楽も全部一つで表現できるところにとても興味深く感じました。それは、もちろん一人で演奏していても音楽として聴き入ってしまうような素晴らしいものだとは思いますが、何十人も集まって演奏している様子は本当に感動します。いろいろな楽器の音色が綺麗にひとつの音になっていて、大勢で作り上げるものならではの迫力が何度観ても素晴らしいです。また、たまに曲の途中に入るソロや少人数で演奏する部分などはそれぞれの楽器の特徴が活かされているように感じます。弦楽器は弓の動きにとても目がいって見てしまいましたが、細かい音を綺麗に出していると感じました。また、高音の伸びがとても美しく音の出し始めから少しずつ音が大きくなってくる感じが強弱があって良いです。弦楽器の重低音も聴いていて落ち着く感じは好きなのですが、個人的にはリンクをたどって沢山動画を見た中でも伸びるような綺麗な高音が一番心に残りました。音楽は音の高低差や強弱によって曲のイメージががらりと変わってくるものだし、同じ曲でも演奏者によって聴いている人の印象は変わるのだと感じました。話は変わり、ピアノはそれだけで曲の完成度がかなり高いものだと改めて感じました。他の楽器ももちろん良いのですが、ピアノは和音の響きがあるので個人的に好きです。どんな時代であっても音楽は人を惹きつける魅力のあるものだと改めて感じることが出来ました。

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私は、今回の授業で取り上げられている曲を聞いてみて、古典派の音楽に非常に興味を持ちました。18世紀後半の古典派音楽を聞いていると、バロック音楽よりも流れる音色に整然としたようなものを感じました。18世紀後半の歴史的な出来事と言えば、やはり産業革命とフランス革命の両革命が大きいでしょう。これらの出来事から古典派音楽を考えてみました。18世紀前半のバロック音楽は、王族や貴族に好まれるような、ある種の力や感情の昂ぶりを感じる音楽でした。しかし、産業革命により社会は資本主義化し、権力がなくとも資本によって力をつけてくる資本家が出てきました。また、それに追い打ちをかけるようにフランス革命が勃発し、王の権力の絶対性が瓦解しました。この両革命によって音楽も影響を受け、王族・貴族のものから市民へと開かれることになったはずです。そうなると音楽も飾り気のあるものより、市民にも分かりやすい、よりシンプルで整然としたものになったのではないかと考えます。そして、時代は流れ、市民たちも十分に生活できるようになってきた19世紀以降では、市民(授業サイトでの「集中的聴取する近代的聴衆」)向けの音楽が興っていきます。また、20世紀になると、レコードやラジオといった機械が発明され、わざわざ劇場へ聞きに行かなくてよくなりました。これによって、「集中的聴取」は徐々に減少していきます。そして、ここからは予習的な部分になってしまいますが、現在の21世紀では据え置きの機械ではなく、インターネットとそれに接続できる電子機器(特にスマートフォン)を用いていつでもどこでも音楽が楽しめるようになりました。

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私はクラシック音楽という言葉の響きが大好きです。ただ古典的という意味ですが、音楽がそのような言葉で分類されるだけで、その音楽は確かな格や品を身につけて人々に届くということを考えると、とても素晴らしい勲章的な意味を持つと思います。私は今回の授業のみならず、普段からクラシック音楽を聞きます。例えば夜に寂しい時、はたまた楽しい時、様々な場面で聞きますが、いつも心に直接何かが伝わってきます。そのような感覚はクラシック音楽に限るものではないと思いますが、クラシック音楽だとそれがより鮮明に伝わるのです。つまりクラシック音楽は人間の根本を表しているような気がします。解体してみればどんな音楽も音の羅列に過ぎないわけですが、その羅列の仕方で人は楽しくなったり、怖くなったりするわけで、クラシック音楽はそれがより考えられていると感じます。そもそもそれほど人に何かを感じさせなければ現在に至るまで伝承されなかったと思います。淘汰されてしまった音楽もたくさんあると思います。あるyoutuberによると古典的なものを教える際に厳しくなるのは仕方がないとのことでしたが、音で人に影響を与える事の難しさから考えると私もこれと同意見です。ピアノを習っているのですが、たった一つの意識で曲が変わると何度も言われうんざりしていましたが、実際に私と先生の演奏はかなり違ったものでした。そういったことからクラシック音楽の威厳や精密さは改めて素晴らしいと思います。

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最初のURLのハイドン弦楽四重奏を聞いて、ホテルなどのBGMでよく聞くような曲に似ているなといった感想を抱きました。西洋風の宮廷で流れているような壮麗な曲調とは裏腹に、時代背景的に理性を重んじる啓蒙時代であることもあるのか、ただ壮麗に派手なだけでなく均整のとれた調律、楽器ごとの統率感など聞いていてとても気持ちの良い音に仕上がっているように思います。そしてなぜ数あるクラシックの中でこの曲がホテルなどでよく使われているのか?と考えた時やはり、聞いていて気持ちが高まることが大事なのではないか?と感じました。ルネサンスの音楽は静かであり落ち着いた雰囲気は出ますが高貴さなどは古典派には劣ります。また、前回のバロック派は少し力強すぎるかつ、悲しい雰囲気の曲が多いためリラックスする空間ではあまり向かないように思えます。そう考えると古典派の高貴さ、均整の取れた調律の美しさなどは現代の高級なホテルなどの落ち着くことの出来る高貴な場所のBGMとして最適なため使われているのだろうと私は考えました。また、色々聴き比べて感じたのはお昼寝ピアノ協奏曲のように繊細な音を出すことで作り出すことのできる音楽は今に通ずるものを感じ、私好みでした。次に、ロマン派ですが、ベートーヴェンの田園は古典派の音楽を更に精錬させた状態の曲のようだなと感じました。美しい調律に加え、さらに統率の取れた楽器たちに聞き惚れてしまいました。これは田園もメンデルスゾーンにも感じたことですが、指揮というものの重要性がこの当たりでとても強くなっているように感じました。やはり、楽器の種類が増え統率を取るのが難しくなっているからか、今までの音楽よりもこの2曲は特に指揮者が恐ろしいほど精密に指揮を取っているように感じました。そして次のチェロ協奏曲、ここではロマン派とはまた異なった魅力を感じるものとなってます。フィルハーモニー交響楽団楽団は実際に1度生で聴いたことがあるのですがやはり迫力は凄いものでした。この動画でもそうですが、本当に1つの物語を音楽で表現しているかのように感じさせる、いわば1つの作品として仕上がっているように感じました。この時代の音楽で特に感じることは、ひとつの主旋律に対して周りの音がそれを強調する効果を持っている音楽に仕上がっているという点です。まるで人の感情のように心の揺れや状態変化を1つの音で表現しているかのような、現代の音楽とは少し違う雰囲気を感じました。そして最後に20世紀全般の音楽についてですが、もうこれまでで音楽というものが完成していてまるでその形を整えるように技術力が上がっていくように感じます。現代では当たり前であるレコード技術や自動演奏ピアノ、これらは形を変えてCDやDTMなどになり現在の音楽を支えています。これからの音楽がどのようになっていくかはわかりませんが、間違いなく新しい形の音楽や技術が発展していき、音楽は我々の心の拠り所になっていくのだろうと考えました。

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まず初めにハイドンの交響曲を聴いたとき、私はどこかで聞いたことあるような感覚を覚えました。何だったかと思い出してみると、私が小学生の時に、掃除の時間に流れていた曲だということを思い出しました。それゆえか「この曲はBGMである」というような感覚が今も頭に残っており、何かをしながら聞くものであるという印象があります。授業資料の「交響曲45番」では、オーケストラの管楽器、弦楽器、それぞれの軽快な音色がとても親しみやすく、ひとつ前の授業で聴いたバロック音楽とはまた違ったニュアンスの印象を受けました。それも小学生の頃の影響かもしれませんが。 次に授業資料いあるモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を聴いて私は、これはもう知らない人はいないのではないかというほどの強い印象を受けました。これこそTheクラシックといえる曲だなと思います。ハイドンと同じような軽快さがあり、軽く聞けるようなイメージがあります。 19世紀になるとロマン派音楽が浸透していきますが、私の中ではショパンの「革命」がとても印象深いです。私は高校の世界史の授業でこの曲を聴きました。音楽家であり革命家の意識も持ち合わせていたショパンがパリへ向かう途中でワルシャワ陥落のニュースを聴いた時の言葉にならない情念がひしひしと伝わってくるようでした。 民族派音楽は、まさに映画のBGMといった感じでさまざまな情景を想像させるような壮大な印象でした。 20世紀の音楽は一気になじみ深くなった印象を受けました。

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今回また新たに音楽を聞いてみて感じたことは、音楽のキャストです。よく演劇や舞台の公演の際には、役者が多数おり、その中に必ず主役が存在します。その主役というポジションが音楽にも共通してあることを感じました。たとえば、バイオリンが主役の音楽では他の楽器はバイオリンの引き立て役に徹します。それによってバイオリンの音色がよく響いていました。これはバイオリンに限った話ではなく、チェロやピアノでも聞き取ることができました。しかし、決して主役以外の楽器が引き立て役だから目立たないというわけではなく、各々の楽器も十分に綺麗な音楽を奏でていました。私は、スポーツの団体競技でよくあるような1つのボールを落とさずに繋げていくというものと違ってオーケストラはたしかに大勢の人で完成させていますが、個人プレーだと思っていました。しかし、よく聞いてみることで引き立て楽器が主役楽器を引き立て、その逆に主役楽器が引き立て楽器の良さを引き出しており、相互作用でオーケストラが作られているのではないかというように考えるようになりました。また、そのように多くの楽器がオーケストラでは使われるのにも関わらず、音が散らばらず、統一感がある、同じ方向を向いている、そのように感じました。それも楽器が、演奏する人が、一心同体となり演奏しているからではないかと思いました。多くの楽器があればその分演奏する人間もたくさんいて、演奏する人々はみんな異なる性格を持っています。しかし、それでも綺麗な音楽を奏でることができるのはとても素敵だと思いました。

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私は音楽についての知識ほとんどないため、有名な音楽家やよく知られている曲名は聞いたことのある程度ですが、ベートーヴェンがモーツァルトに影響を受け、モーツァルトがハイドンに影響を受けたというのは初めて知りました。また、ピアノは12平均律を表現するのにちょうど良いということもなるほどなと思いました。授業内で紹介されていたマタイ受難曲は、どこか寂しさの漂うような雰囲気を感じ取りました。ベートーヴェンの田園は、音のボリュームの大小を巧みに使っているなという印象を受けました。メンデルスゾーンのイタリアは伸びやかで優しいリズムからだんだんと速いリズムに変化していると感じました。ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、どちらかというと厳かな曲調だなと思いました。スメタナの「我が祖国」モルダウは、中盤が序盤と終盤に比べると落ち着いているように感じました。アダージョは緩やかな雰囲気のある音楽であると思います。古典派、ロマン派、民族派では作曲家や演奏する人によっても違いがあるとは思いますが、それぞれに特徴があって雰囲気も異なるため、クラシック音楽の幅はとても広いということを認識しました。そのクラシック音楽が多くの国で演奏され、多くの人々に鑑賞されているということは、どれだけ時間が流れてもクラシック音楽の魅力は伝わり続けているということだなと感心しました。

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私はYouTubeで癒しのクラシック音楽というものを鑑賞しました。中でもショパンのノクターン2番という曲はとても印象的に思えました。その理由は聴いていてとても安らぎました。基本は一定のリズムなのですが所々変えてきているため飽きないですし、非常にクセになる曲でした。ずーと聞いていたいと思える曲であると思いました。 またモーファルトの第23番のイ長調 第2楽章もとても印象に残りました。この曲はピアノメインで作曲されてるため他の楽器がピアノを活かすように楽曲されているように感じました。ピアノの優しい音が疲れたときや悲しい時、辛い時には心に染みると思います。 次に印象に残ったのはラヴェルの亡き王女の為のパヴァーヌです。この曲は曲名の通り大切な人を追悼するのでとても厳かで悲しみに包まれた曲となっています。しかし同時に死者を安らかにするために非常に心が落ち着く、また穏やかになるような曲になっており、聞いている人を安らかにしてくれるような曲であると思いました。 例えば映画、ドラマ、アニメ、ゲームの作品での仲間との別れのシーン、悲しみを伴うシーンでこの曲を流すと非常に雰囲気が出て良くなるのではないかと思いました。 クラシック音楽は人を癒す、また心の休憩所のような役割を果たしてくれると思いました。

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 私はサイトに例示されたようなクラシック音楽を聴いて思ったことを自分の経験を踏まえてまとめようと思う。  私はクラシック音楽を聴くと、前回の授業でバロック音楽について学んだこともあってか、とても気分が落ち着くような気がします。メッセージ性を多く含んでいるとは感じず、一つの物語を音をつけて伝えているのではと感じました。  母親が音楽好きということが影響し、子供のころからクラシックには親しんできた。子供のころエレクトーンを習い事にしていた時期もあって、私自身音楽への知識は他の一般人に比べて深いと感じています。  私はこの授業で音楽史を学んでいくにあたって、今までの小中学校での授業では少しも感じていなかった感情が発生した。それは曲自体の演奏時間が近代音楽になるにつれて短くなっていることだ。それが時代とコミュニケーションの変化だと感じる。例に挙げると私の好きなロックバンドグループであるBump Of Chickenの平均楽曲時間は約5分だ。それに比べクラシックなどのは多楽器音楽は一つ一つのメロがとにかく長いし何回も入れ替わる必要があるため大体が10分を超える作品になっている。そのことに加えクラシックに対しての人気というのが確実に一部的なものになっているのだと思います。私は音楽配信サービスのSpotifyの音楽サブスクを購入していて、その中で聞くか母親が購入したCDでほぼ毎日耳にすることが今まであったが、聞く目的としては身体・精神的リラックスをするためもしくは興味本位しかない。最近は確かに聞かなくなっているし、身の回りの人間もクラシックが好きだと第一声に出る人はいない。さらにはクラシック音楽は生で聞く体験をするには、実際にコンサートホールなどのそれを演奏するための会場にいかないといけない。大衆の身近にないと人気も出ないのは当たり前である。以上のことによりこの授業のタイトルにもあるようにクラシック音楽の成立と崩壊というのは現実性の高いものであり、そのとおりであると思う。

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ベートーベンの田園は、その名の通り穏やかな田園の風景が浮かぶような穏やかな曲調の曲でした。私の知っているベートーベンの曲といえば運命だったので、勢いの強くない曲調もあるのだなと思いました。メンデルスゾーンのイタリアは、イタリア旅行の際の情景を音楽にしたものらしいのですが、私もイタリアに長期の旅行に行ったことがあるので、共感できるところがありました。具体的には、人々の細やかな生活や雄大な建造物の情景が伸びやかなメロディで表現されていると感じました。ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、私の知っているチェロの楽曲の中で最高峰の者だと思いました。チェロの演奏者の技巧が特に試される楽曲だと感じ、それゆえに高いレベルの演奏が完成していると思いました。スメタナのモルダウは、とても聞き覚えのあるメロディで、なじみ深いものですが、聞くのは最初のフレーズばかりだったので、どのような曲なのかまでは意識していませんでした。そのメロディには悲哀がこもっていました。マーラーのアダージョにはロマンチックな響きがふんだんに組み込まれていると感じました。自動ピアノを私は見たことがありませんでしたが、その影響で音楽の楽しみ方自体が変わっていくというのは面白いと思いました。スコット・ジョプリンのラグタイムミュージックは本当にそこかしこで聴く曲で、クラシック音楽がバラエティなどで使われているのもまた、作曲者が込めた感情を聴き手が読み取った結果起こったことなのかと考えた。 メンデルスゾーンがバッハの古い曲を演奏して再び脚光を浴びた。内面的な複雑な要素を表現するためのメディアとしての音楽

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 私はまずハイドンのリンクから辿りました。すると、最初はバイオリンなどの前の時代からある楽器で演奏しており、少人数で穏やかな演奏だという感想を持ちました。次に同じハイドンのピアノ協奏曲全集を聴きました。すると、バイオリンの演奏時とは異なり、テンポの速い曲になっていることに気付きました。次にモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークを聴きました。まず気づいたことは、曲の緩急がわかりやすくなっていることです。今までの曲は穏やかな印象でしたがモーツァルトの曲では緩急が印象的でした。また、荒ぶるピアノ協奏曲20番、お昼寝ピアノ協奏曲21番ではピアノが中心になっており最初からピアノが演奏されるのではなく、曲の途中から入ってくるところが印象的でした。次に十九世紀の音楽でベートーベンの田園を聴きました。そして、十八世紀と明らかに変わったと感じたのが演奏者の人数と楽器の種類です。人数は今までより多くなり、楽器もバイオリンに加えて、フルートなどの楽器が加わっていることがわかりました。また、曲調も穏やかで癒されるような感じました。そして十九世紀後半、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ではさらに演奏者が増え、曲も今までの貴族に聞かせるような曲ではなく一般の国民に聞かせる曲に代わりました。私自身、音楽は全くの素人ですが、メンデルスゾーンのイタリアなどは聞いたことがあり、とても有名なのだなと感じました。最後に1920年代の音楽についてです。スコット・ジョプリンのラグタイムミュージックは聞いたことがありましたが改めて聞いてみるととても愉快な音楽でずっと聴いていたくなるように感じました。また、私は今回の授業で自動ピアノというものを初めて知りました。しかも、それを発明したのがバーのギャングというところに驚きました。音楽は古くから時代に合わせて変化してきました。私はそこまで音楽について詳しくはないので専門的なことはわかりませんが時代ごとの音楽を聴いてみると確かな違いが必ずあることに、とても感慨深いなと思いました。

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 クラシック音楽はとても上品で高貴に感じられます。曲自体を知らなくても耳にするだけでリッチな気分を味わえます。動画で分かるように実際のオーケストラは音楽家たちやお客さんまでお洒落な装いをしていて、会場もとても豪華です。お客さん含めて1つの作品のようです。少しハードルが高いというのがクラシック音楽の第一印象でした。  ハイドンの弦楽四重奏は4人だけなのにとても迫力がありました。メインのメロディーを他が邪魔せずリズムをとっているのがとても奇麗でした。私はこの前の2月にミュージカルを観に行きました。歌声も演技も素晴らしく感動しました。ミュージカルの舞台にはオーケストラピットがあって、音楽の演奏者たちは一切表に出てきません。完全に裏方として機能しています。音楽には不思議な力があると思いました。メインとしても、他の何かを引き立てるものとしても働くからです。それが音楽の中だけだとしても、社会的な活動の中でもです。音楽という1つの芸術が飛躍して、ジャンルも増えていき、誰にでも欠かせない存在になっていると、私は思いました。  私はベートーヴェンの中では「熱情」がお気に入りです。とても激しい楽曲ですが耳が痛くならない美しいが奏でられています。第2楽章の始まりはとても静かで、大きな展開もなく次にいきますが、第3楽章は始めから大迫力です。こういったギャップを1つにしたことによって、喜怒哀楽の全てが感じられました。ピアノ楽曲はよく章ごとに分けられてしまいがちですが、ぜひピアノソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」を通して聴いて欲しいです。

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前回のバロック音楽に対し私は、全体的に壮大でどこか厳格的なイメージを感じました。しかし今回の古典派音楽以降の音楽はリズミカルで弾むようなイメージを感じました。古典派音楽はバロック音楽よりも親しみやすさを感じました。弦楽器が主役だったバロックに比べ、古典派ではピアノが使われるようになったため、より一音一音がはっきり聞こえドラマチックな雰囲気となっていました。中でも荒ぶるピアノ協奏曲20番では弦楽器のゆったりしたリズムから始まりだんだん激しくなりを繰り返し、途中からピアノが加わります。違う旋律を引く弦楽器とピアノが合わさることで音の厚みが増し、暗く不思議な雰囲気や、激しく荒ぶる旋律から静かにゆったりとした旋律に変化するなど様々な感情などを強く表していると感じました。また、楽器や技術が発達することで、作曲者の特徴がはっきりし同じ時代の楽曲でも様々な雰囲気を持っていました。古典派に続き、ロマン派や民族派が生まれ西ヨーロッパ中心であった音楽がチェコなどに広がり、ラジオやレコード、自動ピアノが開発されることでより音楽が大衆的なものとなり、この時代のものは現代でもテレビ番組のBGMなどにもよく使われている親しみ深いものでした。

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私がまずこのクラシック音楽のYouTube再生リストのさまざまを視聴して感じた事はまずどれも耳に残りやすい印象でした。けれど耳に残りやすいとは言っても現代の楽曲のように歌詞をつける鼻歌にしやすい、親しみやすさのような耳に残りやすいというものではありません。覚える事で自分が口ずさむと言うよりは耳で聞いた際にこれ聞いたことある!この曲知ってるという気持ちになるような残りやすい音楽と感じます。クラシック音楽は脳で覚えてこれよかったな〜という感覚より直接耳に音楽を入れた時に感じ取る音楽で、私はクラシック音楽はテイクアウトで食事をするではなく店内で食事をするという表現で楽しむことが一番良い音楽であると感じました。そして19世紀のクラシックを聞いた際、私はあまりクラシック音楽を聴かないが故、クラシック音楽音楽は眠ってしまうようなゆったりとした音楽というイメージがあったのですごく驚きました。短調を組み合わせてノリが良いような音楽で、リラックスする時に聴くと言うより運動会で流れるようなスピードを出したくなるような音楽で、有名な「運命」もこのような特徴があると感じました。逆に19世紀後半の民族派はゆったりとした曲調を感じ、さまざまな進化を経た上で現在の多種多様なクラシック音楽に受け継がれてきたのだろうと感じました。

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はいいがたかったので、前回そして今回の授業がとても新鮮で面白いと感じました。最近のjpopの中には数多くのコードを用い、でカッティングやテンポ、拍子を変えることで起伏を作り一曲作り上げている曲も多い中、クラシックはそれと比べるとpopsのような変化という小細工をつけすぎず、楽器同士のバランスや音量で起伏を出し、その曲やコードの持つ世界観を一定に保った楽曲が多いなと感じました。 クラシックはとても魅力的なジャンルの一つだと思います。ではなぜ、そのクラシックを差し置いてポピュラーミュージックが第一線に躍り出たのか。それは、時代が移りゆくにつれて人々の関心がいかに抒情的であるかとか大きな世界感を持っているかということではなく、いかに生活に溶け込むか、いかに耳に残るかに向けられるようになったからだと私は推測します。ベートーヴェンの「田園」とスコットジョブリンの「ラグタイムミュージック」を聞き比べればその差は歴然だ。昔は貴族が演劇鑑賞をしたり高尚な音楽を聴いたりするのはが嗜みとされ、その良さを語り合うのが貴族の象徴的役割を果たしていた。音楽が貴族と庶民を分ける世界でした。しかし昨今は世界的に音楽に対するハードルがぐっと下がり、いかに年齢国籍関係なく多くの人の心を魅了するか、いかに多くの人の耳に残るかが重要視されています。現に今でもなお有名なクラシックといえば必ずどこかに特徴的でキャッチーなフレーズがある曲か、どこかのメディア媒体で利用されてる楽曲でしょう。今回クラシック音楽に改めて触れて、平坦で壮大という点に新鮮な魅力を感じつつ、そういった時代の流れを身をもって感じました。

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今回の授業で提示されたクラシック音楽を聴いて感じた印象は、前回提示されたものより、演奏時間が長いものが多いと感じました。一曲だけで長いものや、残集としてまとめられているものなど多くのクラシック音楽に触れることができました。また今回挙げられていたものは、前回のものよりも聞いたことのあるものがあり、新たな発見をすることもできた。より近代的になったのでメロディーもより現代的なものになっていました。19世紀後半の古典派で挙げられていたもので印象的だったものは、モーツァルトの荒ぶるピアノ協奏曲20番です。ピアノの強弱のつけ方がすごかったです。弱くなったり、強くなったり、早くなったり、止まったりと演奏者の技術のすごさを感じました。お昼寝ピアノ協奏曲21番は協奏曲20番とは全然違う、ゆったりとした印象を持った楽曲でした。19世紀のクラシックの誕生で提示されていた楽曲では、18世紀のものと大きく違いはわからなかったが、印象的でした。19世紀後半の民族派の楽曲は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲は力強い楽曲で、スメタナの「我が祖国」モルダウは聞いたことはあったが、フルで聞いたことはなかったです。終盤にかけて荘厳になっていくところが、序盤のゆっくりしているところと対比的でした。20世紀前半のところで提示されていた楽曲は、現代的な楽曲でした。スコット・ジョブリンのラグタイムミュージックは聞いたことのある楽曲で、今でもテレビなどのメディアで使われていることで印象的でした。

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18世紀後半から始まった古典派の音楽を代表するのは、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンという3人の作曲家で、ハイドンは交響曲とともに、弦楽四重奏曲の父と言われていました。弦楽四重奏では、落ち着いた雰囲気のなかで美しい旋律が流れているのがとても印象的で、また、軽快なリズムも特徴的でした。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、複雑さはあまり見られず、簡潔に演奏されていたように聴こえました。また、ゆっくりとしたテンポで美しいメロディのところもあり、生き生きとしたリズムが印象的でした。ベートーヴェンの「田園」は、それぞれの楽章に標題が付されており、第1楽章から第5楽章までのそれぞれの標題を知ってからもう一度聴いてみると、より鮮明に音楽の中での舞台が浮かび上がってきました。 19世紀のドヴォルザークのチェロ協奏曲は、、様々な楽器がソロで演奏されており、、所々で独奏チェロとの対話が繰り広げているのが印象的でした。20世紀、ロマン派であるマーラーの「アダージョ」は、非常にゆったりとしており、激しい感情と抑制された感情の交代する印象深い抒情的な楽章でした。

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私は、18世紀後半の古典派音楽から20世紀の音楽を聴いてみました。まず初めに聞いたのは、弦楽四重奏でした。  18世紀とはいえ、古典派の一部であるので、まだ上品な音楽であるなと私は感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、弦楽器やピアノが多く出ていましたが、オーケストラのような大人数ではなく、4人位の音楽でした。  次に聞いた交響曲は、弦楽器だけの大人数形式での映像であり、高い音と低い音がまじりあい響きあう貴族が好んでいそうな音楽でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、やはり、同じような音楽ばかりでした。  次に聞いた交響曲全集は、全部で何時間もかかるとても壮大な音楽でした。  次に聞いたピアノ協奏曲前週は、4時間もかかる長い曲でしたが、音が綺麗で聞いてて耳障りではないと感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、やはり古い音楽がたくさんありました。  次に聞いたアイネクライネナハトムジークは、よくバラエティ番組で聞くような音楽なので、モーツァルトと言えばこの曲といった印象でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、少人数から大人数の演奏の動画がたくさんありました。  次に聞いた交響曲全集は、スピードが速く慌ただしいような音楽でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、様々な時代の音楽を演奏していると感じました。  次に聞いた荒ぶるピアノ協奏曲20番は、何かが迫ってくるようなひっ迫感のある印象的な音楽でありました。そのチャンネルの他の動画を見ると、クラシックもありますが、ピアノを独奏する動画もありました。  次に聞いたお昼寝ピアノ協奏曲21番は、お昼寝というタイトルの割には、騒がしい音楽であるなと感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、オーケストラ形式の音楽の他にも、ピアノ独奏の動画もありました。  次に聞いたベートーヴェンの田園は、穏やかな感じの音楽で、平和な田園を表しているのではないかと感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、オーケストラ形式の音楽が多かったです。  次に聞いたメンデルスゾーンのイタリアは、故郷を思わせるような軽やかな音楽でした。  次に聞いたドヴォルザークのチェロ協奏曲は、チェロの音が目立っていて、そのほかの楽器は、それを上手に引き立てていると感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、オーケストラの音楽が主な内容でした。  次に聞いたスメタナのモルダウは、最初の方のちょろちょろした音が、川が小さかったころを表していると感じ、それがだんだん大きくなっていく姿を現していると感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、同じようなクラシックの音楽を流していると感じました。  次に聞いたのは、アダージョでした。この曲は、寂しげな静かな音楽でした。  次に聞いたのは、自動演奏ピアノの音楽でした。この音楽を聴いた時、自動ピアノができた当初の衝撃はどのような物だったのかと知りたくなりました。そのチャンネルの他の動画を見ると、自動ピアノの音楽の他に、ギターアンサンブルなどがありました。  次に聞いたのは、ラグタイムミュージックでした。この音楽は、陽気な音楽だと感じ、ピアノの特徴を上手くつかんでいると感じました。そのチャンネルの他の動画を見ると、様々な形式、時代の音楽がありました。  次に聞いたのは、The Entertainerでした。この曲はバラエティ番組でもよく聞くので、耳に残りやすいですが、これも先ほどの曲と同じようにピアノの特長をつかんだ名曲であると感じています。そのチャンネルの他の動画を見ると、やはりピアノ音楽が多いという印象でした。  次に聞いた曲は、マントヴァーニのカスケーディング・ストリングスでした。この曲は、透き通るような高音が印象出来でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、同じような年代、真和はそれ以降の年代の音楽が多い印象でした。  次に聞いた曲は、10ccのI‘m Not In Loveでした。この曲は今まで聞いていた中で初めて歌がある曲でした。悲しげな歌詞と音程が印象的でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、似たような歌がある音楽の動画がありました。  次に聞いた曲は、ザビートルズのA DAY IN THE LIFEでした。この曲を聞いた感想は、歌が悲しげなので、低いギターの音が悲しさを表しているように聞こえました。そのチャンネルの他の動画を見ると、ビートルズの曲ばかりでした。  次に聞いた曲は、グレングールドのコンサートドロップアウトでした。この動画は、対談動画でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、音楽に関連するようなものはありませんでした。  次に聞いた曲は、バーンスタインのどっちがボスなんだでした。この動画もトークショーのようなものでした。そのチャンネルの他の動画を見ると、モーツァルトのような古い音楽についての動画もありました。  次に聞いた曲は、グレンぐるーどがピアノを演奏しながら歌う動画でした。この曲を聞いた感想は、ピアノを演奏している最中楽しくなりすぎて歌ってしまったのではないかと思いました。そのチャンネルの他の動画を見ると、他に動画はありませんでした。  次に聞いた曲は、スティーブライヒのViolin Phaseでした。この曲は現代では珍しい歌がなくバイオリンだけの音楽で驚きました。そのチャンネルの他の動画を見ると、様々なミュージックビデオばかりでした。  次に聞いた曲は、スティーブンレイチのCome Outでした。この曲を聞いた感想は、歌声が機械的で独特な雰囲気でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、ミュージックビデオも多数ありました。  次に聞いた曲は、スティーブンレイチのFASEでした。この曲を聞いた感想は、ピアノの音声がとても忙しそうだということです。そのチャンネルの他の動画を見ると、ミュージックビデオも多数ありました。  次に聞いた曲は、ボブディランのBlowing the windでした。この曲は反戦の曲だと知っていましたが、悲しげに訴えかける様子が感動的でした。そのチャンネルの他の動画を見ると、ボブディランの曲が多い印象でした。  最後に聞いた曲は、Jimi Hendrix - The Star-Spangled Bannerdでした。この曲は著作権の影響で聞けませんでした。

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まず初めに、古典派の音楽を聞いて感じたことは、とてもメロディチックで、先週聞いた音楽とは変わってずっしりした雰囲気が和らいだなと感じました。それを助長するかのようにピアノがとても目立っていて、覚えたフレーズは口ずさみやすいと思いました。次にロマン派の音楽を聞いて思ったことは、古典派に続いて暗い印象は全くなく、柔らかい雰囲気が特徴的だと思いました。しかし古典派よりもずっと朗らかだったり、多くのメロディが多くの場面で出てくると感じました。次に民族派を聞いて思ったことは、古典派ロマン派の流れからガラリと変わって聞き馴染みの無いメロディだな、ということです。音楽の歴史の流れで言うと、普遍化して貴族から一般大衆へと聞きやすい音楽になってきたはずなのにここでそれぞれの国の特徴を示すかのようにエキゾチックさを取り入れていて面白いと思いました。最後に聞いた二十世紀前半の音楽はとても聞き馴染みのある曲調でした。暗い雰囲気だとか穏やかでのどかなイメージがあった以前の音楽と比べると二十世紀前半の音楽に特徴はあまりないような気がしましたが聞き馴染みがあることは確かで、普通であるということがむしろ特徴的なのではないかと思いました。私は国民楽派の音楽は気になったので、モデスト・ムソルグスキーの展覧会の絵という曲を個人で聞きました。最初のトランペットのフレーズが有名で印象的でしたが、個人的には途中のアルトサックスのソロのメロディがとても好きです。私が聞いたのは編曲版でしたが、全編通しての曲の構成がしっかりしていて曲の雰囲気が変わる度に展覧会で眺めている絵が変わったのだなと想像することが出来ました。以上が私の感想です。

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今回クラシック音楽を聴くにあたり、講義内で先生がおっしゃられていたように、私はクラシックというとオーケストラのイメージでした。しかし、弦楽四重奏や交響曲などを聴いていると、管楽器の印象が強いクラシック音楽への偏見が覆されたように感じました。ではこれからは古典派から順に記述していこうと思います。古典派の楽曲を聞いていて思ったことは、前回聞いたバロック時代の音楽よりも明るい曲調が多いように思いました。また、これは全体的な音階が上がったから、と表現されるのかもしれません。私は前回のバロック時代の音楽を基本的に音程が高いと感じたのですが、こうして聴き比べるとクラシックが確立されていく時期である古典派時代の音楽のほうが高いのだとわかりました。あとこれは私が個人的に前回は感じ取れなかっただけかもしれませんが、バロック時代よりも古典派時代のほうがクレッシェンド・デクレッシェンドの表現が激しく、聴きごたえがあるように思いました。また、古典派の作品の中でも印象的だったのは、モーツァルトの荒ぶるピアノ協奏曲20番です。講義中に流された時は、なかなかピアノ演奏が始まらないことに疑問を抱いていたのですが、『演奏していないときはモーツァルト自身が指揮をしていた』との解説を聞き、本当に驚きました。しかし、それゆえにピアノが登場した瞬間の盛り上がりは素晴らしいものであったと思いました。ピアノがこの時代に登場したことも関係していたのか、ピアノを目立たせるような曲運びになっていたようにも感じました。また、そのあとのリンクにあるお昼寝ピアノ協奏曲でも同じくピアノが演奏に加わるまで間があり、ピアノが入った瞬間から曲の雰囲気が変わった気がしました。それらから、演奏の中で完全に主役を張るメロディーラインをとっていたピアノが、孤独の楽器と呼ばれていることを思い出しましたが、それでも他の楽器との調和性も素晴らしいものであると実感しました。そのことから、クラシック音楽が確立するにあたり、ピアノという楽器の発明は強力な影響を与えたのだと改めて思いました。続いて19世紀のロマンは→クラシックのテーマについて。まず田園ですが、なんとなく跳ね踊るようなメロディーが印象的でした。また、高音の出る管楽器の音が響いた後、弦楽器の力強い音が続くのがとても印象的で好きな部分です。また余韻を残さずその場で音を止める演出が使われている印象も受けました。これは前回のバロック時代ではかなり珍しい表現だったように思います。イタリアでは、最初の勢いよく始まる感じが現代でよく聞くクラシックの一つのような気がしました。また、その最初があるからこそ曲中の滑らかで穏やかな部分が引き立てられ、逆もまた然りなのだろうと思いました。また、最後あたりのまくし立てていく感じも同様で、とても聞きごたえがありました。続く民族派のチェロ協奏曲は弦楽器の力強さと管楽器の繊細な音色のバランスが良く、その印象の差で飽きが来ないような構成になっているのだと思いました。また、この曲は少し暗めの曲調の部分が印象的でした。弦楽器の物悲しい音色がとても美しいと感じました。我が祖国では、最初のほうのピッツィカートの多用が印象的でしたが、だんだん壮大に成っていくにつれて、弦楽器の弦の響きによる美しさが目立っていく感覚がありました。また、やはり管楽器の切ない音色と弦楽器の寄り添うような高音も美しくて素晴らしいと思いました。最後の20世紀前半の話に入っていこうと思います。最初にアダージョです。これは映画の予告ですが、使用された楽曲の暗く、しかし強く美しいものへの想いを音として感覚にダイレクトに伝えてくるようで、とても素敵な演出だと思います。明るいとは言えないメロディーが、映画の内容の『苦悩と恍惚』にとても合っていると思いました。自動ピアノについて私は以前から知っていたのですが、やはりロマンに溢れた装置だと思いました。私も一度試してみたいなと強く思います。また、最後のラグタイムミュージックでは、確かにクラシックの外形が破壊され、どんどんと大衆に消費されていく形に変化していったのだと強く感じました。しかし、やはりこのような音楽は乗りやすく、聴いていてとても明るい気分にさせてくれる、良い楽曲だと感じました。以上より、私はクラシック音楽を好きだと感じます。変遷が強く存在し、時代ごとに好みが出てくるとは思いますが、ピアノの登場から表現の幅が広がったように思えるクラシック音楽は、逆に様々な聴き手に対して対応できる存在なのだとロマンを感じました。

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前回聴いたバロック音楽は貴族が楽しむような華やかな印象で、喜怒哀楽の感情が心に響いてくるような表現に惹かれました。 しかし、私は今回の動画で多くの音楽に触れて、「古典派」のような優雅で上品な表現がされていると感じる音楽もいいなと思いました。 バロック音楽は楽器や演奏の仕方を変えて感情をダイレクトに表現していましたが、「古典派」は一つの楽器が主張するのではなく周りの楽器と調和がとれており、癒しを感じる表現がされていると感じたのですが、「古典派」の中でもモーツァルトのような起状の激しい音楽を奏でているところはバロック音楽に似ていると感じる部分がありました。 時代が進むにつれ情景や感情を表現する音楽が増えてきており、とても興味深いと思いました。20世紀ごろにはクラシック音楽ではないポピュラーミュージックというポップスなどの映画や娯楽で身近に楽しむことができるものが出現し、貴族などが音楽を楽しんでいた時代とは大きく変化したと思います。これは時代の移り変わりと考えてもよいのではないでしょうか。 近年音楽の流行の移り変わりが早いと感じることがあります。すでに2000年代の音楽は「懐メロ」として扱われています。20世紀のポピュラーミュージックが発端となり、多くの人が音楽を楽しむことができるようになれば新たなものが生み出されるスピードが速くなるのかなと思いました。

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前回から音楽史に触れていますが、前回聴いた音楽に比べ楽器の種類や曲調が増えたように感じました。四重奏は楽器ごとに音の高さが違うため、一つ一つの音がわかりやすかったです。メインパートとそれ以外のパートはメロディーラインが全く違うのに一つのまとまった曲になっていて驚きました。18世紀後半にはモーツァルトが頭角をあらわし、アイネ・クライネ・ナハトムジークなど今でもよく耳にする曲がどんどん作られていくので、この時代が音楽史の一つの転換点となったのだと思います。私が今回の授業で気になったのは12平均律です。聞いたことない言葉だったので詳しく調べてみました。12平均律とは、1オクターヴを12等分した音律で、隣り合う音(半音)の周波数比は等しく12√2:1(100セント)となっています。この発明により、ピタゴラス音律や中全音律という音律で生じる、著しく誤差の大きな音程によって妨げられること無く、全ての調で演奏が可能で、転調や移調が自由に行えます。この音律が出来たことによって、曲の表現の幅が広がったと思います。19世紀にはいるとロマン派や民族派などができ、現在でも音の1ジャンルとして人気のあるクラシックが誕生しました。クラシックは転調が多く緩急も激しいことから、18世紀後半の発明がクラシック音楽を生む最大の要因だったのかなと思います。また、現代に近づくにつれ、複製技術の発達と、ピアノが庶民にも普及したことにより、ポピュラーミュージックが広がったのかなと思います。

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 18世紀後半の古典派は全体的に優雅で上品な印象を持ちました。私は、講義ページのリンクにあったもののなかでは、特にアイネ・クライネ・ナハトムジークが優雅さと溌剌さを兼ね備えていて好きです。  19世紀のロマン派は、それまでの時代の音楽に比べ、情緒的かつメロディアスに聴こえました。田園のフルートの音がとても綺麗で驚きました。こんな風に吹けたら気持ち良いんだろうなと思いました。また、この辺りの時代から、弦楽器だけでなく、現代の吹奏楽でもよく使われるような楽器が増え、私は元吹奏楽部ということもあり親近感を覚えました。  19世紀後半の民族派(国民派)では、吹奏楽で使われる楽器がさらに増え嬉しく思いました。時代が進むにつれオーケストラの規模が大きくなり、使う楽器が増え、いろいろな音が鳴っているように感じました。スメタナの「我が祖国」モルダウは、中学校の音楽の授業で聴いて美しいと感じた記憶があるのですが、数年経った今聴いても惚れ惚れする美しさでした。  私はクラシック音楽は時々聴く程度だったのですが、前回と今回の講義を受け、もっとクラシック音楽について知りたくなりました。クラシック音楽を聴いていると、心が浄化され穏やかな気持ちになれるので、私が普段よく聴くようなポップスとは違った良さがあると思います。

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今回も、前回と同様にクラシック音楽を聴いた印象をそれぞれまとめていきます。〇ベートーベン 「田園」について。 「田園」というタイトルを見て、田舎の情景が思い浮かびました。それを想像しながら音楽鑑賞しました。メロディーが非常にゆったりとしていて、どこか優雅な感じがしました。5つくらいのカタマリに分かれていると思いました。心が落ち着く曲でした。前回聴いたベートーベンの音楽は激しい曲調のものが多かったと思いますが、「田園」は対照的な存在だと思いました。 〇メンデルスゾーン「イタリア」について。 全体的な印象は、ノリノリで爽やかであるものの、最後の方は激しめでした。そのようなチェンジオブペースが曲に特徴を与えていると感じました。4つくらいのカタマリに分かれていたと思います。 〇ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」について。 高音で構成されている印象を持ちました。色々な楽器が場面ごとに主役になっているところが面白かったです。3つくらいのカタマリに分かれていたと思います。 〇スメタナ「我が祖国」モルダウについて。 中学生の時、音楽の授業で鑑賞したことを思い出しました。まちを音楽で表現しているという感じがしました(確か昔そう習ったと思います)。耳に残るメロディーが印象的でした。 〇アダージョについて。 ヴァイオリンで構成されていて、強弱のメリハリが印象的でした。映像とマッチした、シリアスな雰囲気がありました。 〇自動ピアノについて。 完全に初見でしたが、譜面さえあれば演奏出来ることに感心しました。ここで、ピアニストの存在意義を考えてみました。自動ピアノは譜面通り正確に演奏できるのが強みです。しかし、ピアニストのようにアレンジをすることや、自分の感性をぶつけることはできません。つまり、人々の魂を震わせる演奏は人間にしかできないと言えます。まだまだ人間優勢です。 〇スコット・ジョプリンの音楽について。 コミカルで、テンポの良い曲調でした。耳に残ることはもちろん、親しみやすさがあることから、現在でもよく耳にするのかなと思いました。

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 私は普段、クラシック音楽は聞かないですが、この時代になると音楽の教科書でも名前を見るような方が多くみられて楽しいです。このような授業がないと、特に有名な音楽家の一番有名な音楽の一部分(ヴェートーベンの第九、歓喜の歌など)しか触れる機会がないですから、とても有意義に楽しく受けることができました。  私が今回印象をまとめたいのが、授業のリンクの曲ではないですが、この時代の作曲家フランツ・フォン・スッペの『喜歌劇「軽騎兵」序曲』です。起伏が大きく豪快な音楽だと私は感じています。冒頭には曲のタイトル軽騎兵という名を強く感じさせるようなファンファーレから始まり、一度静かな雰囲気に入りますが、一番盛り上がるところでは、兵士たちが意気揚々と行進する情景が思い浮かびあがります。スメタナの『モルダウ』もそうですが、雄大な大きな河を連想させられます。そのように、曲のタイトルと内容を頭の情景として捉えられるような曲が多いような気がします。  オーケストラ音楽の起伏が激しい構成は、複雑な曲構成のプログレとも似ているような気がします。私自身、プログレの曲を好むので、もしかしたらオーケストラ音楽は好きかもそれません。何度も曲の転調があったりと飽きさせないところがいいのかもしれないです。

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 資料にある動画のクラシック音楽を聴いて、その印象を書きます。  まず、古典派全体の感想として、私は、音がより複雑になり、今の私たちがイメージするクラシック音楽に、大きく近づいた印象を受けました。ハイドンは古典派の基礎を築いた作曲家です。例えば彼の弦楽四重奏は、音を重ねて厚みを出すことで、「静」と「動」を表現している印象を受けました。彼の交響曲は、ストーリーのようにその情景が感じられ、その中には聴き覚えのある部分もありました。彼のピアノ交響曲は、ピアノが他の楽器といたちごっこをしたり、ソロになったりすることで、ピアノ中心で場面転換している印象を受けました。続いて、モーツァルトは、ハイドンのスタイルを踏襲しながらも、独自のスタイルも発展させていきました。彼のアイネ・クライネ・ナハトムジークは、クラシック音楽に疎い私でも聴いたことのあるくらい有名な曲です。ハイドンの弦楽四重奏を上回るくらい弦楽器の音を重ねていて、ハイドンの弦楽四重奏よりもさらに音の厚さが増し印象を受けました。彼の交響曲は、とばしとばし聴いたにもかかわらず、一瞬聴いただけでどのような場面化が頭に浮かびました。彼の荒ぶるピアノ協奏曲20番は、今まで聴いた曲とは打って変わってとても激しいと感じた。ただ、激しいながらもどこか悲壮感を感じる印象も受けた。当時を考えると非常に型破りな曲だというのは聞いてすぐ分かりました。また、ベートーベンの曲とも似ている印象も受けました。彼のお昼寝ピアノ協奏曲21番は、授業で先生と聞いた箇所を聴きました。少し、さだまさしさんの『北の国から』に似ている印象を受けました。モーツァルトはベートーベンに影響を与えた人という印象が強いので、ピアノ協奏曲20番のような曲が多いイメージでしたが、明るい曲もあることを知れました。  次に、19世紀のロマン派についてです。18世紀では貴族にとって社交界のBGMにすぎなかった音楽が、19世紀には集中的聴取する近代的聴衆が出現し、興味を持って聴かれるようになりました。ロマン派には、後期ベートーベン、メンデルスゾーン、ブラームス、ショパン、シューベルトらが挙げられます。ベートーベンは、モーツァルトに影響を受け、メンデルゾーンは、バッハのマタイ受難曲などの古い曲を取り入れるスタイルを導入した。ベートーベンの田園は、とても明るい曲であり、田園に開放的な景色を表現しているような印象を受けました。メンデルスゾーンのイタリアもとても明るい曲であり、イタリアの温暖な気候を表現したような印象を受けました。また、19世紀になると、音楽家の神格化が起こるようになり音楽を倫理的・禁欲的に聴かれるようになります。美術と似たようなコミュニケーションツールになるのです。  三つ目に、19世紀後半の民族派(国民派)についてです。民族派の代表的な曲には、ドヴォルザークのチェロ協奏曲とスメタナの「我が祖国」モルダウが挙げられます。どちらも祖国を思いだして、感傷に浸る印象を受けました。  四つ目に、20世紀前半についてです。最後のロマン派マーラーのアダージョは、一見ロマンチックなメロディーに聞こえるが、よく聴くとポロロンポロロンという音や様々な音が聞こえて、作りこまれている印象を受けました。1920年代になると、レコード、ラジオ、自動ピアノが使われるようになります。自動ピアノは、ロールペーパーに書いてある穴を読み取って機械が自動で弾くピアノです。とても面白いと思いましたが、機械の作業音が少し煩わしいと感じました。その後、ラジオ映えする音楽が好まれるようになったことで複製技術時代になり、ポピュラーミュージックが多く生産されるようになりました。例えば、スコット・ジョプリンのTラグタイムミュージックやThe Entertainerが挙げられます。これらの曲は陽気で万人受けするような印象を受けました。私は、小学校の頃に給食の片づけタイムで後者の曲が流れていました。  最後に、私は授業全体を通して、メディアの発達に音楽の流行り廃りが左右されるという印象を受けました。

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 弦楽四重奏を聞いてみて感じたことは、最近の洋楽ポップスに近い音質である印象を受けました。シンプルな音数でありながらも、一つ一つの音質にこだわりを持っているように感じました。弦楽四重奏は、4人で4つの弦楽器なので、オーケストラよりもシンプルな音色になります。よって、個々人が音質を磨き、ハーモニーを奏でなければならないです。シンプルな構成だが、音色の質にこだわることが人々を魅了したのではないかと思います。コンサートホールが誕生したことによる集中的聴衆は、生演奏を聴衆可能にしました。それが、フォーカスされることのなかった音色にスポットライトを当てました。生演奏だからこその音色をより感じてもらうためにシンプルな構成にしたのだと感じました。ハイドンはあえて逆張りの音楽構成にし、今までフォーカスされなかった音に対する反抗でもあったのかなとも思えました。最近の洋楽ポップスは、イヤホン・ヘッドホンの性能が向上したため、生演奏に近い音質を享受できるようなり、シンプルかつカッコイイ音色で構成している傾向があると思います。これらの点が、弦楽四重奏と洋楽ポップスの音色構成が似ているなと感じました。シンプルな構成であるため、演奏者の技量・作曲者の技量が一目瞭然です。経験と技術が重要であるなと考えました。

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今まで昔の音楽を学んできたことがほとんどなく、音楽の特徴も専門的な言葉で理解することはできませんが聴いた印象を書いていきたいと思います。授業を受けて感じたことがいくつかあります。弦楽四重奏という手法が革新的だということです。私には、弦楽器を四人で演奏することがそんなに革新的なものなのかと驚きました。おそらく当時の常識としては今までなかったものでなかなか思いつかないものであったり、実現が難しいものであったりしたのだろうと想像することはできます。また、交響曲とは何かわからないということに気が付きました。今までにも聞いたことがある単語でしたが実際何なのかと言われるとわからなかったので調べてみましたが、はっきりこうだということはわかりませんでした。わかったことは、曲が集まってストーリーのようなものを作っているということです。現代で言うとアルバムに少し近いものがあるのではないかと考えました。とても長いので全て通して集中して聞くことはできませんでした。当時の人がこれを集中して聞いていたともうと、音楽に対してものすごい熱意があったのだと思いました。今回聞いたものの中でいちばん印象に残っているものは、スメタナ「わが祖国」モルダウです。中高の音楽の授業でも取り扱ったことがあり、故郷を想起させる聞き心地のいい曲だと感じました。また、最も衝撃を受けたことは、レコード、ラジオ、自動ピアノの登場が、私が聴いたことのある音楽の登場の要因となっているということです。技術の進歩が音楽にも影響を与えると、初めてしっかりと理解した気がします。

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古典派からクラシック音楽を聴いてみて、前回聴いたバロック音楽より、全体的に曲調が明るいと感じました。どれもパーティー会場のBGMとして流れていそうな雰囲気の曲ばかりでした。やはりオーケストラだけあって、音に重厚感を感じました。一音一音が様々な楽器で表現されているので、しっかりと耳に残る音楽だなと思いました。そして、バロックより一音に凝縮されている情報量が多いと感じました。それもきっとピアノのおかげであると思いますが、ピアノが如何に革新的であるかを感じさせられました。そして、当たり前ですが、バロックより時代が進んでいるので、現代人の自分にだいぶ聴きなじみのある音楽であると感じました。バロックでは、全体的に低音だったことも相まって、現代人では理解できないような不気味さをどこか含んでいましたが、クラシックになってからは、音が明るく開けて、気持ちが明るくなるような音楽になったと感じました。そして、もう一つ感じたのが、クラシックになってから音がゆっくりと流れ始めたことです。音がバロックよりは滑らかで、バロックより壮大さや迫力が増していると感じました。そして、古典派音楽を聴いて、バロック音楽より音域がかなり広くなっている印象が見受けられました。バロックは一貫して低かったのですが、古典派音楽になってから、低い音から高い音まで幅広く表現されていると感じました。そのため、曲にドラマや物語性を感じました。

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 今回18世紀から19世紀のクラシック音楽を聴いて、私が最も印象深く感じたのはインストロメンタル音楽の素晴らしさです。  講義で紹介されたハイドンやモーツァルトなどの曲には歌詞がなく、楽器の演奏のみの音楽です。スメタナの『モルダウ』のように後に歌詞がつけられ、歌としても愛されるクラシック音楽もなかにはありますが、少なくとも今回鑑賞した曲のほとんどはインストロメンタル音楽だったと思います。  私はこのような歌のないインストロメンタル音楽が大好きで、日常的に聴いています。特に私は高校生からギターをやっており、ロックやエレクトリックな音のインストロメンタルを好んで聴きます。そのため、クラシック音楽のインストロメンタルはあまり聴きません。強いて言えば、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』くらいでしょうか。しかし、今回の講義でクラシック音楽に向き合うと、改めてインストロメンタル音楽の素晴らしさに気付かされました。  その素晴らしとは、楽器の音だけで人を感動させる力です。当然ながらインストロメンタル音楽にカテゴライズされるものに歌詞はありません。つまり、エモーショナルな言葉や万人に刺さる常套句的な言葉は使えません。音だけで世界観を表現するのです。私はここにある種のミニマルさ感じます。それは「人を感動させるのに言葉はいらない、楽器の音だけで十分だ。」というミニマルさです。私はベートーヴェンやブラームスが産まれたドイツのバウハウス的なミニマルでシンプルなデザインが大好きなのですが、このミニマリズムに近いものをインストロメンタルなクラシック音楽にも感じました。つまり、「最小限にして最上級」という、私が近代のミニマリズムにより創り出されたプロダクトから感じる印象をクラシック音楽からも感じたのです。

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今回の授業でクラシック音楽を聴いた感想としては、一つ一つの曲が長くストーリー性を感じるという印象を共通して感じました。そもそもジャンルが違うかもしれませんが、私が普段聞くような音楽は3分から5分程度ものが多く、クラシック音楽のようにテンポや雰囲気が変わるような曲はほとんどありません。ところがクラシック音楽は一曲の中で静かそうな情景が想像できるリズムから、複数の楽器を組合わせた力強いメロディに移り変わったりとします。一曲の中で山あり谷ありといろいろな変化がつけられているクラシック音楽は、何を言おうとしているのか理解できるわけではありません。しかし、その響きや雰囲気からストーリーのようなものを感じ、どんどんと曲に引きこまれていきました。クラシック音楽は人によって感じ方が変わる抽象的な音楽であり、聴く人それぞれが想像力や空想力をひろげる音楽だと考えます。歌詞を手がかりに聴く音楽ばかりを聴いてきた私にとっては新たらしい感覚でしたが、音そのものの重なりや変化、響きを味わうことが出来るクラシック音楽の良さに気がつき、クラシック音楽といえば退屈というイメージを変え、楽しんで聴くことが今回出来るようになりました。

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私自身前回のバロック音楽を含めて音楽を聴いて、詳しい感想を持つということは難しいです。しかしながら、バロック音楽と古典派音楽では時代も異なることから、やはり音楽自体に違いが表れているものと実際に聴いてみて思いました。事実、作曲者もバロック時代と古典派時代では異なっており、バロックはバッハやヘンデルのような音楽の父、母と呼ばれた人物であり、古典派はモーツァルトやベートーヴェン、シューベルト、チャイコフスキーなどがいます。個人的に調べてみて思ったことがあり、時代によって関連しているものかまでは確証は持てませんでしたが、鬘の髪型がバロック時代と古典派時代でそれぞれ傾向があるように感じられました。また、音楽そのものの感想ですが、バロック音楽と古典派音楽を聴き比べてみたところ、古典派音楽はバロック音楽の低音がなくなり、バロック音楽よりも前の傾向にあった音が奏でられているように感じられました。古典派時代ではバロック時代よりも楽器の精度や技術の進化もあってか楽器そのものを生かすというよりかは、技術を進歩させたということがわかるような音になっている気がしました。例えば、古典派音楽のベートーヴェンの田園は柔らかい印象を持たせるようなゆったりとした感じのする曲でした。バロックにはないような奏で方でありこれも一つの技術の進歩と言っても私は良いと思いました。

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私の今回クラシック音楽を聴いた印象としては前回のバロック音楽に比べて盛り上がる部分がわかりやすくなったと感じました。私がクラシック音楽で知っていることと言えばテレビで流れる曲や、小中高の授業、マンガや小説の知識ぐらいです。そのような状態での感想ですがまず一曲目のハイドンの弦楽四重奏ではそれぞれの楽器の掛け合いが少人数なことによりわかりやすいと感じたことと、指揮者はおらず4人の演奏者だけで曲を作っていく過程が見える形式だと感じました。ハイドンの他の曲も様々な楽器が重なりあい重層的で細かく刻む部分がありながら全体はゆったりとしているように聞こえました。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークはテンポの緩急やタメが多くメリハリがあると感じました。また、交響曲全集の中の曲は違う楽器で同じ旋律を奏でるため構造はそこまで複雑でなくそのおかげかすっきりと軽やかで跳ねるような印象を受けました。ベートーベンの田園は聞いたことがありましたが通して聞くとまた違った印象でのどかな中にも自然の雄大さを感じました。また、フルート・オーボエ・ホルンなど金管楽器や木管楽器が中心として加わりそれまでの主流であった弦楽器と調和している点が興味深いと思いました。まとめとしては今回聞いた曲は異なる旋律の掛け合い、テンポの緩急、様々な音色の楽器の重なりが一曲の中でメリハリをつけて変化しているため前回に比べて盛り上がる部分がわかりやすくなったと感じたのだと考えます。また、私は今まであまりクラシックを聞いてきませんでしたがぜひこれからは色々な曲を聞いてみたいと感じました。

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私は、クラシック音楽には作曲者のその時の感情、思い描く風景、伝えたいメッセージなど、色々な想いが込められていると感じます。例えばベートーヴェンの「田園」という曲がありますが、これはベートーヴェンが唯一自ら命名した曲として有名です。ベートーヴェンは「どの樹もみな自分に語るではないか。聖なるかな。聖なるかな。森の中は恍惚たり」という言葉を残すほど田舎を愛していたと伝えられていますが、ベートーヴェンの田舎に対するそういった想いが「田園」には込められているのだと感じます。私たちは、音楽を研究している専門家でもない限り、その曲を作曲者がどのような意図で作ったのかをくみ取ることは難しいです。しかし、想像力を最大限に膨らませ、その音楽を理解しようとすることではじめて、対話することができると思います。「音楽は国境を超える」などと言われていますが、私たちが対話する姿勢、共感する姿勢を持たなければ、それは実現されません。これは現代社会にも言えることだと考えます。現在世界中で向き合わなければならない問題がたくさんありますが、そのような問題と向き合うために、他者への共感力、多様性を受け入れる想像力をつけていかなければなりません。音楽を理解することは、そういった力をつけていくことにも繋がると思います。