シス基礎06リスクを取ること投稿集

平均所要時間: 85 分 9 秒


1. 今日の講義内容を「リスクを取ること」を表題にしてまとめてください。「私」を主語にして「ですます調」で500字以上3000字以下。締切は5/17午後11時30分。

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応答

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今回の授業では、ITを使う上での「リスクを取ること」という視点から情報セキュリティーやメディアリテラシーについて知ることができました。最近では、リスクを避けたければ、アクションを起こさない、という思考の人が多いです。外見は従順に見えても、内面は複雑に感情が交錯しているいわゆる「サイレントマジョリティー」の人が増えています。しかし、この社会は自ら行動し、ヒト・モノ・カネなどをつないでいくことができる人が成功する社会となっています。そのため、様々な場面である程度のリスクを取って行動できるということが重要です。大きな失敗は避けるべきですが、小さなリスクを積み重ねていき、経験をしていくことでその時々で最善の判断をすることができるようになってくるのです。 また今回の講義を受け、情報セキュリティーにおいては私たちがリスクだと感じていることが実はセキュリティー性を高めているということに気づくことができました。最近では、何かとメールアドレスや電話番号を登録するサービスが多いですが、どうしても個人情報を他者に公開する気がしていて、いい気持ちではありませんでした。しかし、今回の授業でメールアドレスや電話番号を登録しておくことで、二段階認証などのセキュリティーシステムを受けることができ、より安全に利用できているということを知リました。日常で何気なく利用しているサービスについて何も考えずに使うこともできるがシステムなどある程度の知識を入れて利用することでより合理的かつ効率的に活用することができるのだと気づきました。

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 今回の講義は前半がリスクとメディアリテラシー、後半が個人情報・知的財産権、著作権についてでした。前半の内容から、リスクは意図を読み取られたり、出る杭を打たれないようにするために取るということが分かります。しかし、リスクを取っているように見えて万事受け身なため、外側からのアクションに弱い点や、内向的な性格で自分から動けない指示待ち人間になってしまいます。若いうちは失敗を恐れず、自ら行動を起こすことが重要ではありますが、インターネットではむやみに突っ込まずに一歩引いてリスクを取ることも必要です。現在コロナ過でワクチンの接種が話題に上がっていますが、出たばかりのころは副反応などの虚偽や誤った情報が拡散され、多くの人がインフォデミックに巻き込まれた結果、ワクチンへの不信感・流通の遅れが生じました。  後半の内容にもリスクは絡んできます。個人情報はメディアリテラシーと同様で、情報漏洩のリスクがあります。しかし、二段階認証の場合メールアドレスや電話番号をあえて知らせることでセキュリティにつながるケースもあるので、一概に情報を隠すことだけが漏洩対策になるとは言えないと思いました。そして最後の知的財産権と著作権は、私たちが法に触れるリスクをはらんでいます。特に著作権は知らず知らずのうちに違反していることも少なくないので、リスクヘッジという意味でも知っておきたい内容です。

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 何かを変えたり生み出したりできる人というのはリスクを取ることを恐れない人間だと思います。人間は常に平穏を求める習性があり、そのためアクションを起こして平穏が脅かされることを恐れます。そのため、自ら発信していく能力やコミュニケーション能力が欠けた内向的な性格になってしまうことが多いです。そのような人々は自らアクションを起こそうとしないため、社会において役立つことを何もすることをなにも発起できないのです。  だから、私たちはリスクを取ることを恐れず常に挑戦をし続けることが重要です。何かを変えることができる人というのは変化を恐れず、リスクを負う可能性があっても立ち向かう勇気がある人なのです。もちろんそんな人も失敗をしないわけではありません。生きていく中で小さな失敗をいくつも繰り返し、その中で経験を積み重ねて次につなげていくことができるのです。その積み重ねがあっていつかは何かを変える偉業を成し遂げたりするのです。変化を恐れる人はそのような経験を積むことがないので社会において何もすることができません。しかもそのような人々に限って、変化を恐れない人々を目の敵にすることがあります。何もできない自分に対してそのような人々を見ると自分に劣等感を感じて自己肯定を求めてそのような行動を起こすのでしょう。  時に人は損得感情で物事を計ることがありますが、必ずしもそれがいい方向に行くとは限りません。リスクを負って損をしてもいつかそれが大きな得につながるということもあります。信念をもってリスクを取ることを恐れない生き方を私たちは意識すべきではないでしょうか?

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 私は、リスクを取ってでも多少はチャレンジする精神を持つことが大事だと考えました。なぜなら、私はリスクがない、リスクを取らないといったことはプラス要因ではないと考えているからです。  相手からのアクションをまったり、安全を求めすぎた挙句に過度に神経質になっている人が近年増加していると私は思います。確かに、失敗や不利益に向かうことを割けてしまうという行動については仕方がないことだと私は思います。しかし、本当にアクションを待ったり自らアクションを起こしたりしないなどと「何もしない」ということは本当に良いことなのか私は疑問に思います。自ら情報をつなぐ人になっていかなければ、今日の情報社会に置いていかれると私は思います。  そして、私はビジネスを展開していく上で、リスクは取らないといけないと考えています。特に起業する時には大きくあてはまると私は思います。ハイリスク・ハイリターン(ローリスク・ローリターン)という言葉があるが、私はその通りだと考えていて、大きなリスクを取って挑戦したことは大きな利益につながる可能性が高くなります。リスクを取らずに挑戦をしようと思っていても、それ相応の結果にしか結びつかず、自身の成長にもつながらないと思います。  例として、私は「ファーストペンギン」の方々は凄いと思っています。大きなリスクも取り、誰もが分からないような世界に飛び込めるような勇気もあるその行動力は私も見習っていかなければならないと思います。そして、あこがれているだけではなく、行動に移せるかが重要だと私は思うので、新たな挑戦をしたいと思った時にリスクを取ってでも新しい世界に飛び込めるチャレンジ精神を培っていきたいと思います。

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「リスクを取ること」  私達は、リスクをとることをあまりしません。なぜなら、アクションを起こすから災いが来ると考える人が多いからです。リスクをとらずにいれば、比較的平和な日々になるといえます。しかしあまりにもリスクを避けすぎてしまうと、人としての生活に支障をきたすようになってしまいます。たとえば、対人関係においても、リスクをとらず内向的になってしまったり、環境適応力が低くなったり、友達がうまくつくれなかったり、魅力的な雑談ができず、言えば悪口になってしまったりしてしまいます。その他にも、万事受け身になったり、自分から話しかけられないなど、いくつもの問題が発生してしまいます。また、まったく何もしないわけではなく向こうからのアクションには弱いため、あれこれ釣られてしまい、トラブルに発展してしまうことなどもあります。このように、リスクをとらずに生活をしていると、ひたすらに様子見をするようになってしまい、リアルでもネットでもネットワーカーにはなれず、人と人をつなぐような事は、できない人が多いです。 逆にリスクをある程度とってきた人は、つなぐ人になれることが多く、人や、モノ、カネ、情報・知識、チャンスなど、色々なものと触れ合うチャンスに出会えます。そして、情報・知識から他のものへのリンクがメディアリテラシーの土台を築いていき、小さなリスクを取りながらスキルを上げて、自己の成長にも繋がっていきます。

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『リスクを取ること』  インターネットでのトラブルはいじめと構造が似ているとされています。被害者、加害者、観衆に傍観者の内、野村先生はほとんどの人々は傍観者であると仰います。当然トラブルに巻き込まれないに越したことはありませんが、本当に傍観者のままで良いかという事に関しては懐疑的に思います。傍観者の気質が強すぎると「状況を起こす」人にはなれないからです。そして状況を起こせるか否かには「リスクを取れるか」どうかが密接にかかわっています。  「何もしない」と災いが降りかかる事は少ないでしょう。反対にアクションを起こすという事は何かしらのリスクを取る事を意味します。しかし、リスクを避け何もしなければいつまでたってもスキルはなく、万事受け身に構え、環境適応能力の低い魅力のない人間になってしまいます。コロナ禍になって顕著にリスクを取る人とそうではない人の差が見えました。急なオンライン化に対応しネットワークや生活システムを築けた人と、対応叶わず世に振り回される人の差です。リスクを避け何もしなくても生きては行けるでしょう、しかし力強く世の中を生き抜くにはこの差を克服しなければいけません。現代社会において最も必要とされているのは「つなぐ人」であると野村先生は仰っています。贈与経済的観念から、与え合い成長し合う関係を継続する為には自らがヒト、モノ、カネ、情報、知識、チャンスを人から人につなげるような習熟した人間にならなければいけないのです。そしてそのような人になるには小さなリスクを取りながらスキルを上げていく戦略をとるしかないのです。  小さなリスクの代表的例は個人情報です。現代社会において個人情報は最も重要な保護すべき情報の一つですが、個人情報は各サービスの利便性とトレードオフする事が出来ます。メールアドレスや電話番号を登録する事でログインしサービスを利用したり、セキュリティを向上するなどが出来ます。個人情報を使うのはリスクですがアクションを起こす第一歩としてそれらを利用することは重要な意味を持ちます。また、著作権も活用できる「リスク」であります。一般的に著作権や特許を侵害する事は悪しき事ではありますがファッションや知的生産においては「模倣」を許容できる領域があるのです。その模倣がトレンドをよび、ひいては新たな市場が出来るのです。つまり積極的な模倣と創造性、マーケットの創造は相互依存的な関係にありそれらを発生させる引き金は我々のアクションなのです。  リスクを取ることとは文字通り危険を招きかねない行為ではありますが、同時にチャンスを引き寄せ、創り、掴むための大切な行為でもあります。その為、現代社会を力強く生きるにはリスクは適切に管理しつつ、積極的にとる必要があるのです。

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たくさんの人と関係を深められる人は、自分のことを隠さずに打ち明けることができると思っています。相手がどんな人かを知ることができたら、初対面の状況における緊張や警戒を和らげることにつながるからです。しかしそれは、相手の内面を知らずに自分の情報を与えるわ家なので大変リスクを伴う上、それでも相手が心を開いてくれなかったらただ損しただけのようにも思えます。これを恐れてリスクを取らなくなると、そもそも人付き合いなどしなくても構わないという考えに至りそうになります。少し前の僕がそうでした。一方で躊躇なく発信できるできる人たちは、リスクを知ってか知らずかあまり大きく見ていないように見えます。しかし、コロナがそんな僕を変えるきっかけをくれました。情勢のせいにして自分からアクションを起こさなければ、このまま世界から取り残されてしまう気がしてならないのです。多少ですが今ではリスクをとって発信できるようになってきました。いざやってみると、今まで感じていた不安や恐怖はほとんどなく、むしろ楽しいです。今は身の回りの人付き合いだけで精一杯ですが、いずれは新しい出会いや世界中の人々にも臆せず向き合えるように自信をつけていきたいです。

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なぜリスクをとるのか 私は本日の講義で、リスクをとらない人と、とる人の差を学びました。まず、とらない人はアクションを起こすことで悪いことが起きると考え何もしなくなり、その結果内向きな性格になり、スキルも無いため何も出来なくなるということが分かりました。また、環境適応力も低く、このコロナ禍でも、リスクをとって副業などの新たな仕事を探し、現状を打破するのではなく、リスクをとらずに緊急事態宣言による巣ごもりを理由に何もしない人は多いです。そうして、大人同士の魅力的な会話をすることはができず、社会にも適応できないため、さらに内向きになったり、被害者意識を生んだりします。その結果現実社会でもネットワーク環境でも、中心的な人にはなれません。このような人達は、仕事をする上では、何も考えずに何十年も同じことをする職人的な現場での埋め込み作業が適しています。その一方で、リスクをとる人は仕事をする上ではつなぐ人に適していると考えられます。何を繋ぐのかと言うと、ヒトやモノ、カネ、情報、知識、そしてチャンスです。ただし、これらを繋ぐにはある程度のリスクが必要です。普通の人達よりもたくさんの情報を得て、知識を蓄えないといけないため、メディア関係の深い所まで行ったり、たくさんの小さな失敗を積み重ねていかなければならなかったりと、それなりのリスクをとりながらスキルを上げていくことになります。しかし、その結果開発やマーケティングなどの中心的な人になることができ、たくさんのものをつなぐことができます。また、現代ではリスクをとるとらないの選択肢に限らず、とった方が良いリスクがあることも事実です。例えば、ネットショッピングをする時などには、自分の個人情報を入力して買い物をすることが多いです。そのような時にはメールアドレスや携帯番号をあえて知らせることが、セキュリティに繋がっています。それは、2段階認証やメールアドレスの仮登録と本登録などのシステムによって、逆に安全が保証されるからです。リスクをとることについてはさまざまなメリットとデメリットがありますが、どちらも把握の上でリスクをとっていくことが自らの将来の安定には繋がると思います。

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アクションを起こさない人は自分のしたアクションについて読みとられることが嫌で、アクションを起こさず、ただひたすら様子見をし、受け身になっている。このような人はつなぐ人にはなれず現場埋め込み型の仕事が適する。つなぐ人になるには小さなリスクを取りながらスキルを上げていかなければいけない。 私は自らアクションを起こすことがとても苦手です。特に人とのコミュニケーションが苦手です。ものすごく仲のいい友人の前では何も気にすることなくいられるのですが、初対面の人やとても仲がいいまではいかない知り合いの前では自ら何かすることを躊躇してしまいます。いわゆる内弁慶な人間です。先生はアクションを起こさない人は相手に意図が読まれるのが嫌であるから、アクションを起こしたがらないと言いましたが、自分は他者の視線をとても気にする人間で、相手が自分が起こしたアクションについてどう思うのかをそのアクションをする前に頭の中で考えてしまい、これをしたことによる失敗を過剰に恐れてしまい、アクションを起こすことをためらってしまいます。毎回、結局そのアクションを起こさなかったことを後悔し、次はこうしようと反省するのですが、その場面に遭遇するとまた失敗を恐れて体が思うように動かず何もできません。原因は自分の性格にあることは分かっています。自分は人見知りでネガティブ思考です。人見知りなせいで喋りにくい上に、ネガティブに物事を捕えてしまうためアクションがうまく起こせないのだと思います。「突出するのもへっこむのもイヤ。」。自分はすでに他人より劣っていると考えるので、多分授業内での先生の説明の中のアクションを起こさない人とは別であるのではないかと私は思います。こんな自分ではダメだと分かっています。失敗を過剰に恐れていては何もできません。ある程度のリスクは受け入れて行動していかなければいけないのかなと思いました。大学生であるうちにこの性格を直して社会に出ていけたらいいなと思います。

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インターネットを行うことについて、何をすることにもリスクが伴うという話でした。それゆえインターネットではリスクを回避しようとするばかりに、「何もしない」という人が生まれます。アクションを起こさないことで確かに災いは降りかからないが、人と人とのつながりや、スキルアップにつながらず、リアルでもネットでもネットワーカーになれない。 例えば、SNSでは実名でやることと匿名でやることの違いは上の例によく合っています。マルセル・モースの贈与論によると、自分が何かをする(アクションする)ことがあいてからの贈与にもつながる。逆になにもしない(アクションしない)と何も帰ってこないということになります。インターネット上でも自分から何も発信しないと、何も有益な情報が帰ってこないということがあり得ます。そのため自分から発信していく、できれば匿名ではなく実名で発信するということが、必要になっていると思います。 自分はSNSの使い方はプラットフォームごとに違っています、実名でやるプラットフォームがあれば、匿名でやるプラットフォームもあります。実際に実名でやるのにはあまりリスクはないと思います。なぜなら郵便物など実名で登録しているものなど発送する相手は赤の他人だし、配達する人も赤の他人であります。それらの人に自分の名前や電話番号、郵便番号がばれているのに、インターネットでは隠すというのはリスクの差がたいして多くないであまりやる意味がないのではないかと思います。

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ネットは誰かとつながったり感覚を共有したりする点で便利で、今の時代には使いこなせなくてはいけません。しかし、その利便性がかえってリスクをもたらすこともあるなと、授業を聞いていて私は思いました。先ほど感覚を共有すると書きましたが、それは感動的な場面だったり作品であったり、素晴らしいアイデアであったりすることもありますが、悪意を共有してしまうこともあります。私などは自分の陰口を一瞬聞いてしまっただけでその日ずっと落ち込んでしまうのに、ネットの特性を踏まえて、目に見える文字という形でまざまざと見せつけられてしまったら、それは死にたくなるだろうと思います。知らない人数人ならば特に気になりませんが、何千何万という不特定多数の人間、或いは数人でも近しい人間ならば胸が締め付けられるであろうと想像できます。このことは、メディアの特性を知る(リテラシー)とともに、言葉についても勉強しないと身につかないと感じます。だから、教職の話になりますが、ネットいじめを無くすには「情報」科を重視することも大切ですが、それ以上に「国語」科が頑張らなくてはと思います。頑張ります。他にリスクをあげるとすれば、個人情報のことや知的財産権のこと、著作権のことがありますが、今回はネットによる誹謗中傷のことが頭に残ったので、そのことを中心に、自分の見方も踏まえて、まとめてみました。

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リスクをとることと言われても大学生の私にとってはあまりピンとこないというのが正直な感想でした。自分がイメージすることは、アカウントの乗っ取りであったり、架空請求のサイトやブラクラ、迷惑メールなどでした。いじめの話はネットによって、直接的に見えるものからネット上のより陰湿になったものであると思っています。いじめの四層構造もネット上だと意味をなさなくなっているように感じます。そしてSNS上で誹謗中傷を書くと、多くの人に拡散し、関係者の輪が広くなることもしばしばみられます。文字だけであると、それ以上の情報は得ることができないため、自分で想像して補った相手像に対して戦うこととなり、思い込みを加速させやすくなります。ネットを使うときは覚えておきたいことの一つだと思います。また、リスクを取る戦略に対しては自分にとって何がリスクであるかが判断であると思います。嫌われるのが嫌であれば嫌われない方法をすればよいと思うが、それはかかわりを持たないことが解決策であると思うし、それが一番安全策である。嫌われても良いと思えると、自己開示もできるようになり、それが信頼を生むとも考えられます。そういった意味では、何が自分にとってリスクなのか、何が自分の幸せなのかなど考えを持っていないといけないと考えます。

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リスクをとることについて、まず、いじめというものについてです。いじめは四構造からなっています。被害者がいて、加害者がいます。それをはやし立ておもしろがる観衆がいて、見て見ぬふりをする傍観者がいます。これらの条件がそろったときにいじめは一番深刻な状況へと陥ってしまいます。そんな時にちょっとやめろと言う勇気もいじめをやめさせるためにリスクをとることの一つだと私は思います。なぜリスクをとるのか、とれないのかということはアクションを起こすから災いがやってくるということを感じているからです。その帰結は平和な日常にあるというものです。しかしそのように何もしない、何も発信しないということは何もできず、失敗もしないが成功もしないのでスキルを得ることもできません。また環境適用能力がないため必然的に事なかれ主義になっていきます。結果表面的な当たり障りのない会話しかできないためなかなか友達ができません。アクションに意図があり、それを読み取られることを嫌がってしまいます。その割に相手の悪心に弱いため簡単につられてしまいます。しかし、わたしはコミュニケーションは損得勘定で行うものではないと感じています。相手が何かしてくれるだろうという考えではなく与える姿勢というものが大切ではないでしょうか。コミュニケーションだったら最初はうまく話せないかもしれませんしかし自分から挨拶をするなど小さなリスクをとりつつ失敗も重ねながら何らかのスキルを得ることが大切であり、リスクをとることの大切さがあると思います。 また、メディア論を中心に、今回の新型コロナに関するインフォデミックという言葉は、「感染症関連の情報が間違って広まることによって、医療対応や衛生環境をも歪めさせてしまうこと」を表現する場合が多いです。インフォデミックの背景にあるのは、単なる間違いや誤解といったことだけでなく、もともと存在するその人たちなりの恐れの仕方やその人たちなりの生活様式です。こうした生活様式に対して、欠如モデル、つまり相手には知識がないから知識さえ与えてあげれば大丈夫だという形では対応を間違えてしまうという前提で書かれています。インフォデミックに巻き込まれないためにという議題設定は結構難しいものです。インフォデミックに応答した段階で巻き込まれることになるし、自分はあくまでファクトチェックをするだけだとしている人も、極めて政治的だということも往々にしてある。むしろ、時にはインフォデミックに巻き込まれるというリスクをとり、政治性や科学性をメタに認知し合いながらコミュニケーションするか、専門知を発信して時間軸を利用して是正していくか。不断の努力が必要になってくるのだと思います。  利便性とリスクのトレードオフというものがあります。例えば何かのサイトに会員登録をする際に最初に電話番号やメールアドレスという個人情報を登録するというリスクをとることで、その電話番号やメールアドレスにメッセージを送り本登録することによってロボットではなく、本当に人が行っていると安全に保障することができます。 情報・知識から他のものへのリンクがメディアリテラシーの土台であるので何もしないのではなく何かを発信するリスクもとりつつ生活していくべきだと私は感じます。

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リスクをとることについて、まず、いじめというものについてです。いじめは四構造からなっています。被害者がいて、加害者がいます。それをはやし立ておもしろがる観衆がいて、見て見ぬふりをする傍観者がいます。これらの条件がそろったときにいじめは一番深刻な状況へと陥ってしまいます。そんな時にちょっとやめろと言う勇気もいじめをやめさせるためにリスクをとることの一つだと私は思います。なぜリスクをとるのか、とれないのかということはアクションを起こすから災いがやってくるということを感じているからです。その帰結は平和な日常にあるというものです。しかしそのように何もしない、何も発信しないということは何もできず、失敗もしないが成功もしないのでスキルを得ることもできません。また環境適用能力がないため必然的に事なかれ主義になっていきます。結果表面的な当たり障りのない会話しかできないためなかなか友達ができません。アクションに意図があり、それを読み取られることを嫌がってしまいます。その割に相手の悪心に弱いため簡単につられてしまいます。しかし、わたしはコミュニケーションは損得勘定で行うものではないと感じています。相手が何かしてくれるだろうという考えではなく与える姿勢というものが大切ではないでしょうか。コミュニケーションだったら最初はうまく話せないかもしれませんしかし自分から挨拶をするなど小さなリスクをとりつつ失敗も重ねながら何らかのスキルを得ることが大切であり、リスクをとることの大切さがあると思います。 また、メディア論を中心に、今回の新型コロナに関するインフォデミックという言葉は、「感染症関連の情報が間違って広まることによって、医療対応や衛生環境をも歪めさせてしまうこと」を表現する場合が多いです。インフォデミックの背景にあるのは、単なる間違いや誤解といったことだけでなく、もともと存在するその人たちなりの恐れの仕方やその人たちなりの生活様式です。こうした生活様式に対して、欠如モデル、つまり相手には知識がないから知識さえ与えてあげれば大丈夫だという形では対応を間違えてしまうという前提で書かれています。インフォデミックに巻き込まれないためにという議題設定は結構難しいものです。インフォデミックに応答した段階で巻き込まれることになるし、自分はあくまでファクトチェックをするだけだとしている人も、極めて政治的だということも往々にしてある。むしろ、時にはインフォデミックに巻き込まれるというリスクをとり、政治性や科学性をメタに認知し合いながらコミュニケーションするか、専門知を発信して時間軸を利用して是正していくか。不断の努力が必要になってくるのだと思います。  利便性とリスクのトレードオフというものがあります。例えば何かのサイトに会員登録をする際に最初に電話番号やメールアドレスという個人情報を登録するというリスクをとることで、その電話番号やメールアドレスにメッセージを送り本登録することによってロボットではなく、本当に人が行っていると安全に保障することができます。 情報・知識から他のものへのリンクがメディアリテラシーの土台であるので何もしないのではなく何かを発信するリスクもとりつつ生活していくべきだと私は感じます。

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リスクをとることにより様々な情報が入ってきます。内向的な性格、自分から何もしないと情報は受け身的なものしか入ってこないということがわかっています。授業の中で男性の方が受け身な性格が多いということを仰っていました。近年、草食系男子という言葉が盛んに使われるようになったこともこの背景があるように考えられます。受け身で物事に取り組んでいると全てを受け取ってしまい、騙されやすい傾向にあると考えられます。受け身である以上、自分で考えるということを放棄し、与えられたモノ、情報でしか考えられないということから騙されやすい、鵜呑みにしてしまうということがわかっています。以前、私は先生に課題についての質問をした際に自分の課題解決能力の低さを露呈するかのような発言、対応をしてしまいました。今回の授業を受けて自分は受け身で授業を受けていたなと痛感致しました。考えられることとしましてはリスクをとらない限り自分の知りたい情報は知り得ないということがわかりました。私が授業に置き換えてこの場合を考えた時に基本的に授業は先生から生徒への一方通行であります。この時点で生徒は受け身であります。しかしわからないことがあった際に質問するかしないかでリスクをとるかとらないかに分けられます。大勢の前で質問するというリスク、これを避けなかった場合にはじめて自発的な人物として成り得るということがわかります。

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リスクをとるということは一見すると誰もがやりたくない、危険な行為にも思えます。しかし、リスクをとらずに何もしないという方が一番危険で厄介な行動なのです。自分から話しかけられず常に受け身でいる、アクションの意味をくみ取られたくないから様子見をする、などコミュニケーションにおいてマイナスな面が見受けられます。これは、珍しいケースではなくむしろ最近の学生に多く当てはまる問題だと思います。私はスーパーでアルバイトをしているのですが、最近の高校生はまともに挨拶もしなければ、どこか心の距離を開けているようにも思えます。わからないことがあっても決して自分からは言ってこなく、気が付いてくれるのを待っています。作業をする上でとても面倒がかかりとても迷惑です。なぜこのような子が増えてしまったのか私なりに考察してみました。その原因はひとえに言って、SNSの普及だと思います。以前読んだ心理学の本には人間の一番のストレスは孤独だと書いてありました。インターネットが普及するまでは、自分の居場所を作るために他人と関わろうとする人が多かったと思います。しかし、インターネットが普及してからは、自分の居場所をSNS上で簡単に作れてしまうのです。実際、Twitterやインスタグラムで人気になりたいがために過度な行為をして炎上している人たちが数多く存在します。SNS上で自分の存在価値を見出してしまう人が増えたからこそ、コミュニケーション能力が低下してしまったのではないかと考えます。以上のことを踏まえると、リスクをとるということは誰しもがやりたくはないことだと思いますが本当に必要なことであると思います。

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リスクをとるということは平和な日常から少し危険な日々をおくるということです。リスクをとることによって、多くのスキルを獲得し、人間関係のネットワークも広がり、環境適応能力も上がります。逆にリスクをとらなければ毎日平凡な生活ができます。しかし、年をとるとそうもいかなくなる。積極性なし、自分からはなにもしない、できない人になってしまう。ネットワ新しい情報は入ってきません。つまり年をとればとるほど時代遅れになってしまいます。そんな人ができることは限られてしまう。もちろん一人ですべて完結できる人なら問題ないがそんな人は一握りです。そのため、「リスクをとり」人やモノ、情報、サービスをつなげられるような人にならなければならないのです。つまり、いってしまえば「リスクをとる」ということは自己投資だと私は思います。投資にリスクはつきものです。 また、自分の個人情報をあえて開示することでこちらにも利益がある場合があります。講義では二段階認証や、会員登録について触れていましたが就活生にとっては所属する大学や持っている資格などを企業に公開することで、企業側からのアプローチも増えることが予想できます。よってあえて個人情報を開示することによって就活で優位にたてる可能性があります。

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リスクをとるというのは自分からしっかりアクションを起こして行動するということです。逆にリスクを取らない人というのは相手からのアクションを待ってリアクションをとるという人間です。自分から話しかけるのではなく自己紹介の時などで話しかけてくださいという人です。確かに自分から行動していくというのは自分の行動の裏を読まれたり、邪推されるかもしれないが、これをしないと何も進展がなくただただ内向きで環境適応能力がない人になってしまうと思います。そしてそのような人はリアクションしかしないから向こうがアクションしてくる人間だと何も意見できなくてただただ従順な人になってしまうのです。そのため内面で、本当はこうしたいのにといった複雑な気持ちができてしまうのです。こうやってひたすら我慢して様子見をしていってといった自縛にかかっていることを心の習慣と言います。このような人はいざ外に放り出された時に何もできないといったことになってしまうので徐々に小さなことから何かアクションしていくことが大切であると思います。何かアクションして人と繋がることは損得感情で動くものではないです。自分は逆に得すると思っています。確かに労力の面で損と感じるかもしれませんが何かアクションを起こさないと一生損しつづけると思います。

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リスクを取ること  講義の「なぜリスクを取るのか?」についての話で、先生から「(リスクを取らない学生が、ひたすら様子見の学生が、自縛にかかっている学生が)本学はものすごく多い、ちょっと異常だと思う。」の言葉を聞いた時にまさに自分がそのリスクを取らない学生だと思いました。正確には、そんなこと先生に言われる前から分かっていることでした。現在の自分は、何かをしてみたいと思っていても、明確に興味があるものは無く、なんとんなく気になる程度のことばかりで結局行動は起こしていません。多くの日で授業を受け、課題を終わらせた後は、TwitterやYouTube、AmazonPrimeVideoなどで時間をただひたすら垂れ流すだけ生活を送ってしまっています。アクションがないので災いもありません、寝て食ってクソしてまた寝るこれの繰り返し、平和な日常です。ですが、刺激もありません。なので人生の満足感?人生をコントロールしている感覚?という表現が正しいのか分かりませんが、この感覚はありません。  私自身、このままいけばアラサー・アラフォーになった時には煮詰まっている自分が想像ができます。また、現在のアルバイトをしています。仕事内容は区切られた現場での埋め込み型です。アルバイトでこの仕事は良いですが、いつまでもこの仕事をしたいとは思いません。理系ではなく文系の私は、何かをつなぐ人間になりたいです。そのためには、現在の内向的な性格やスキルがない状態から、小さなリスクを取りながら、言い換えれば失敗しながら、スキルを上げていく必要があると考えます。私にとっての小さなリスクとは、自分の殻を破る事であり、自縛を解くことだと考えます。

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リスクを取ること、それは生活において必須事項だと思います。行動することで災いが来たることも確かにあります。しかし、リスクを取らず何もしない人は、結局何もできない人になるだけだと私は考えます。友達がおらず、楽しい話ができない、自分だからできるといったスキルがない。誰しも、こうした人にはなりたくないと思います。 このコロナ禍といった緊急事態において、今までリスクを取って自ら行動してきたかどうかが明らかになりました。リスクを取る人は、友達も多く縦横のつながりがあります。そのためインターネットを通じてコミュニケーションができている上、つなぐ人になれているのです。こうした人はコミュニケーションに損得感情が無いことから、アクションを起こすことにも迷いが無いと考えます。 私は大学生になって初めて自分から動くことができるようになったと思います。幼い頃から人見知りで、話しかけられるのを待つタイプでした。人見知りという単語に甘えていた部分もあったと思います。大学生になり、社会人になった私を少しずつ考え始めた時、自分を変えなければならないと感じました。それは自ら動くこと、積極的になるといったことです。やりたくないと思っていたアルバイトも、始めてみると人と接することが楽しいと感じるようになりました。視野が広くなったきっかけの一つでした。 何もしない人は、自分を変えるチャンスを逃していると思います。情報や知識も届きません。リスクを取る。初めの一歩を踏み出すことができたなら、生活や人生は豊かなものになると私は思います。

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リスクを取ることとは、まず、ネットで何もしない人の世界観は、アクションを起こすから災いが来たるという概念があり、その帰結は平和な日常にいきつきます。しかしこれは、何もできないし、スキルも無く、内向き・環境適応力・友達がなく、自分自身を魅力的な雑談ができない・言えば悪口などの自虐をする事しかできずない為である。こういう人間は全てが受け身であり、まず自分から話しかけられないのが特徴である。自己紹介のときに「話しかけて下さい」と必ず言う人間などは典型である。しかしながら、そういう人間は、ありのままの私を見つけてと願っている。そして、リアクションしかないから後出しジャンケンするしかないのです。ただまったく何もしないわけではなく、向こうからのアクションには弱いから、簡単にあれこれ釣られます。 傷ついてる自分を悟られたくないから、外面は従順ですが、内面は複雑に感情が交錯しています。彼らは、アクションには意図があると考えますが、意図を読み取られるのが嫌という考えで、また、突出して出張るのもへっこむのも嫌がるものですから、とにかくひたすら様子見に徹して、自らの自縛にかかっているのです。 ただそうなってしまうと、現実でもネット環境でも、彼らはネットワーカーにはなれないず、何もつなげない人間になってしまうのです。つなげない人は、区切られた環境の現場埋め込み型の仕事などに適しています。しかしながら、逆につなぐ人は、常に何をつなぐかを考え、ヒト・モノ・カネ・情報・知識といったものをチャンスと思い行動に移すのです。

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リスクを取れない人の意識はアクションを起こすと何か起こります。なら、リスクを起こさないように、万事受け身の意識になります。結果環境応用力のない人間になってしまいます。 私たちは、個人情報、利便性とトレードオフ、何かサイトなどに登録するときにメールアドレスもしくは電話番号を登録すると、個人の情報へとは繋がりやすいが、メールアドレス、電話番号を登録してよいサイトなのか、信用のおけるものなのかを見極めなければいけないです。 QRコードを開発したデンソーはQRコードに対しての知的財産権を持ち合わせている。JPQRとは全てのバーコード決済におけるQRコードをまとめてしまおうという協議会で、こういった、QRコードをまとめて、新しいQRコードを作るのもデンソーの仕事だと考えられます。替え歌や人の曲を使うときにしっかりと許可を取っているのかどうかが大事です。許可を取らずにそのもので金銭を受領すると、著作権の侵害になるのでしっかりと確認を取ることが大事です。しかし、私たちはコピーと創造性とマーケット創造などのパクリ経済は入らないものもあるなど、しっかりと見極めることが大事です。 以上のように私たちは行動する上でのしっかりとしたリスク管理が大事になります。ただ闇雲に動くのでは無く、しっかりとした根拠の上での行動が大事になります。

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リスクを積極的に取ろうとするは希少です。人間は、進化の歴史の中でリスクを上手に避けることで今まで生存し繁栄してきました。人間がリスクを避けようとするのはある意味当たり前のことです。しかし、多くの人が当たり前のようにリスクを避ける中で、あえてリスクをとって何かをしようとすると、それだけ希少な存在になりますし、人が体験できない希少な体験を積めるようになります。自分でリスクを取ると、自然と結果を追い求めるようになります。例えば、自腹で何かの講座やセミナーに行ったとしましょう。この場合は、自分でお金を払って時間も投入することがリスクになります。当然、自分のお金・時間を投入する以上は、必然的に受け身ではなく能動的に動いてセミナーの効果を最大化できるようにするでしょう。もし、そこでセミナーに受け身で参加しているとしたら、参加姿勢が間違っています。「○○さんから言われたから参加した」、「面白いと評判だから行ってみた」こういう人達は、効果がないと「このセミナーは、元々自分には意味がなかった」という正当化する場合があります。仮に人から紹介されたり、ネットで評判だったりしたものでも、自分の意思で出て、結果を最大化する努力が必要です。もちろん、思ったほどの結果が出ないこともあるでしょう。しかし、その場合も自分事としてリスクをとっていれば、結果の出ない原因と今度の対策を自発的に考えて次の結果に結びつけるような考え方をするでしょう。リスクをとると自分の頭で考える癖がつきます。リスクを取ったことに対して、人間は結果を求めるようになりますので、その結果を追うときに、必ず自分の頭で考えるようになるのです。普段からリスクをとっていると、最初は低いリスクから次第により高いリスクに挑戦することができるようになります。例えばアルバイトなどで、新人のときは、様々な仕事が初めてのことばかりで、失敗のリスクばかりだったかもしれませんが、2年、3年と時を経るにつれて、新人のときの仕事がとても簡単に見えるようになると思います。このように、失敗のリスクのより高いことに次々にチャレンジしていくとで、さらに自分を成長されることができるようになっていくのです。私はこれまで述べたようにリスクを取る事はとても大切で大事な事だと思います。

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リスクを積極的に取ろうとする人は少ないです。 人間は、進化の歴史の中でリスクを上手に避けることで今まで生存し繁栄してきたので、人間がリスクを避けようとするのはある意味当たり前のことです。しかし、多くの人が当たり前のようにリスクを避ける中で、あえてリスクをとって何かをしようとすると、それだけ希少な存在になりますし、人が体験できない希少な体験を積めるようになります。 リスクをとると自分の頭で考える癖がつきます。リスクを取ったことに対して、人間は結果を求めるようになります。その結果を追うときに、必ず自分の頭で考えるようになるのです。普段からリスクをとっていると、次第により高いリスクに挑戦することができるようになります。社会人に成りたての新人のときは、様々な仕事が初めてのことばかりで、失敗のリスクばかりだったかもしれませんが、2年、3年と時を経るにつれて、新人のときの仕事がとても簡単に見えるようになると思います。このように、失敗のリスクのより高いことに次々にチャレンジしていくとで、さらに自分を成長されることができるようになっていくのです。

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世の中には様々なリスクが存在していて、今現在だとコロナウイルスによる感染症のリスクが身近に存在しています。そこでリスクコミュニケーションというものがたいせつになります。リスクコミュニケーションとは、社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、共有し意思疎通を図ることです。そのためには正確な情報を得る、つまりメディアリテラシーの重要性が叫ばれているがこれは万能ではなく極めて限定的なものです。メディアリテラシーはメディアにいかなる癖があるかを見抜く者でありメディアのウソを見抜くことはできないのです。リスクコミュニケーションの為には今起きている状況を俯瞰するための情報共有、そのための努力がひつようになってきます。それは、リスクを負わないために何もしない人は得ることができません。万事受け身で自分からアクションを起こさない人間には結局リスクコミュニケーションを行いことが出来ず結果的にリスクに対応することができない。情報や知識から他のものへのリンクがメディアリテラシーの土台となっているのです。今の時代コミュニケーションを得意とする分野の人が少なくそれをやっている時間もあまりありません。これからの時代はコミュニケーションの重要性が上がっていくでしょう。

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人間は大きく分けて2種類です。一つはリスクを顧みず、良い結果を求めて行動に起こせるタイプで、もう一つはリスクを常に考え、実際に行動に移せないタイプです。勿論のことですが、前者の行動できる人の方が求められる傾向にあります。行動することにより、アクシデントに見舞われる機会が増えることは当然の結果なのですが、その代わりに得るものがあります。それは、環境適応力や会話力等のスキルの向上により良き人に巡り合える可能性が特段に上昇すると考えられます。これらが上昇することにより、多くの人脈を手に入れチャンスが回ってくるというものです。しかし、行動に移せないタイプの方は、アクシデントが起きず、平和に過ごすことが出来るが、何も得ることが出来ないという結果になるのです。スキル等を身に着けることが出来なかった人はアルバイト等の現場埋め込み型の仕事が適しているとされています。このようなことから、人々はリスクの大きさを見極めつつ、プラスに働くような行動をすることで、少しずつスキルを身に着けていくことが人生の成功につながるのです。また、インターネットサイトに対して、自らの個人情報を差し出すことで不利益になる可能性が生まれます。メールアドレスや電話番号などの大事な情報を差し出すことで、更に安全で強固なシステムが出来上がるというものです。

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今まで私は、過度に失敗を恐れてリスクをとることを躊躇していました。例えば、ディスカッションで積極的に発言したり、クラスの人に自分から話しかけたりすることです。また、ZOOMの遠隔授業になってからは、自分の消極的な性格から、ますます他人と関わるのが困難になりました。私だけでなく、同世代の周りの人たちも同様、日本人は消極的な人が多い気がします。しかし、今回の授業で、わざわざリスクを犯すことは、受け身なことなかれ主義なるよりはマシだということがわかりました。特にハッとさせられた言葉は、リスクを恐れる人間は向こうからのアクションに弱く、釣られやすい、アクションには意図があると読まれるのが嫌というものです。自分に当てはまっていて驚きました。私は他人に自分がどう思われているのか怖がりなかなか行動に出られません。このように自分からは発言、行動しない人間には、いい情報や知識は届かない一方、成功する人間は、失敗を恐れず、小さなミスを経験しながら成長していくのでしょう。たしかに株をやって儲けている人も、大きな会社を築き上げた社長も実にリスキーな立場にいます。これからは、自分のためにも積極的に他人と関わり対話し、今までリスクを恐れてできなかったことをやっていきたいです。

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今回の授業では、リスクをとることについて学びました。ネット内ではよく個人に対して誹謗中傷を行うような構造がよく見られますが、これはいじめの四層構造に似ており、被害者、加害者、観衆、傍観者という四種類のアクターが現れます。自身が聴衆や傍観者で終わることなく、正しい情報を見極め、誹謗中傷に待ったをかけることができる人間が、本当の意味でメディアリテラシーのある人間といえます。しかし、そのような行動にはリスクが伴います。また、メディアリテラシーはアクションとそれに伴う災いを多く経験することでつくものといえます。 リスクをとることは自身の能力向上に大きな影響与えます。またそのほとんどは「自ら行動すること」によって生じるリスクです。自発的なアクションを起こしたとき、その結果として災いが降りかかることがあり、当たり障りのない毎日を過ごしたいと考える人々はアクションを起こすことに消極的になります。しかし、スキルとはその災いを自らの力で克服したときに初めて身につくものであり、アクションを起こさない人は何もできない、災いを乗り越えた経験がないためスキルもなく、語れるエピソードは持ち合わせないうえに、環境に適応する力も身についていない人間になる可能性が高くなります。そのためコロナ禍など不測の事態が起こった時に脆く、万事受け身であり相手からのアクションに弱いため他人の意見に流されやすくなってしまいます。突出してへこまされることを嫌い、ひたすら周りの様子をうかがう。受動的、内向的な心の習慣が出来上がってしまっています。またそういった人は開発・マーケティング・仲介業などヒトやモノ、カネ、情報、知識、チャンスをつなぐ(ネットワーキングする)ような仕事に向いておらず、他人に指定された仕事を行う現場埋め込み型の職業が向いています。  また誰かに向けて行う情報発信もリスクを伴いますが、その代わりに他人からも情報や知識を受け取ることができるようになります。それは年賀状やバレンタインチョコなど贈り物の大小にかかわらず自分の損得を考えない贈与のやり取りで成り立つ関係であり、そういったコミュニティの中では社会関係が継続していることになります。こうした贈与を行わず、損得勘定で他人とのかかわりを持つ人には、同じような考えの貨幣経済で動く人々しか集まらなくなります。  個人情報を相手に開示することも大きなリスクであり、その一例がマイナンバーカードで、個人情報の開示による政府からの監視を危惧する声が広がっています。その影響もあり、利便性のわりに日本国民の間ではあまり普及していません。しかし、その一方で個人情報の開示によって安全性が保たれるという場合もあります。それが会員登録や本人認証の際のメールアドレスや電話番号入力です。携帯電話番号を登録しておけば第三者による不正ログインを防げます。メールアドレスの場合実在するものかを確認する手段になります。個人情報はただ隠せばよいというものではなく、開示することで安全性を高めることも期待できます。  またリスクは、著作権などの権利取得にも潜んでいます。ビートルズは契約書をよく読まず、「ノーザン・ソングス」と契約を行い、それは株式の50%はジェイムスと彼のパートナーであるチャールズ・シルバーが保有、エプスタインが10%、ポールとジョンで40%が保有するという不等なものでした。その後、シルバーが放送局ATVに「ノーザン・ソング」の株式を売ったことで、ATVはビートルズの楽曲88曲の権利を保有することになり、ビートルズが持っていた株式もATVに売却したことでビートルズの楽曲の版権は完全にビートルズの手を離れることとなりました。このように自らの権利を保障するはずの著作権が、一度の不注意でむしろ災いとなるリスクをはらんでいます。  ここまで、リスクを取ることについて学んできました。そんな中で、学校教育の意義にはリスクが大きく関わっているという考えに至りました。私たちの社会生活には様々なリスクが存在し、リスクの規模は年齢や社会的地位が高くなるにつれて大きくなっていきます。そういった巨大なリスクに備えるために、学校という小さな社会を作り予行練習的にその中でアクションをさせます。その結果降りかかる災いを小中学生というリスクの小さいうちに何度も経験させ、社会に出たときに対処できる力をつける機関として学校が存在しているのだと感じました。

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今回の講義は、リスクや権利に関してでした。 今の人たちは、「アクションを起こすから災いが来たる」という考えの人が多くいます。そのために、何もできなかったり、内向的だったり、万事受け身だったりと、自分から動くことでリスクを発生させたくないというような行動になってしまうと思います。私自身、このリスクを発生させたくないというのはよくわかります。ただ、リスクがあることもやっていかないと、成長ができない場面というのはあると思います。なので、リスクの大小にかかわらず、そのリスクが起こってしまったときに対応できる能力というものが、リスクを取りながらスキルを上げていく戦略に必要なものかなと感じました。 初めのいじめの四層構造についても、リスクを取るということに関係してくると思います。観衆と傍観者は、直接アクションを起こしていないから災いは来ないと思っているように思いました。つまり、リスクを取らないようにしているということだと思います。いじめの良し悪しは置いといて、リスクを取らないような行動をしている観衆と傍観者に属するような人は、成長はあまりしないのではないかと思います。 次に権利関係の話で、個人情報の扱いが最近では変わってきており、例えば、二段階認証やマイナンバーなどが言えます。昔よりもbot対策をした会員登録などが増えてきており、ネットでの個人情報の扱いを丁寧にしていると言えます。 また、知的財産権や著作権についてのことでは、特許を無料で使えるようにすることで新しい事業を呼び込めるようにするDENSOのQRコードの例などが挙げられています。著作権では、ビートルズの本人たちから権利が離れていってしまい扱いづらくなってしまう事例や、パクリがどこまで許されるかといった二次創作のようなものに関わってくると考えられる内容です。パクリであるコピーとオリジナルが共存することで、互いに利益になる産業もあり、パクリの扱いと線引きは難しいものであると考えられます。

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今日の授業では、「リスクを取る」ことについてのお話を聞きました。ネットにより、被害者・加害者・観衆・傍観者といったいじめの四層構造が増幅していることから導入でした。確かに、ネットでの誹謗中傷は匿名であることをいいことに、観衆としてはやし立ててしまうケースが少なくないと思います。加害者となり、いじめを中心となって行っている人に歯向かうのは怖いから、結局加害者と同じ方向を向いているのです。まさに「自分さえ安全ならよい」という考えに基づくものです。また、観衆とならなくても傍観者として何もしていない人も同じです。アクションを起こすから災いが来ると考え、何もしないのでしょう。しかし、人というのは様々な経験と失敗を積んで成長していくものだと先生はおっしゃっていました。ネットの世界ではもちろん、現実でもひたすら様子見をし、自分から話しかけたり行動を起こしたりすることができない、つまり自分で自分を動かすことのできない人間になってしまうのです。今日のお話は、今の私の心に深く刺さりました。私は、状況の変化や新しい挑戦をあまり得意に感じておらず、現状維持をすることが一番心地よいと思うことが多いです。しかし、新しいことに挑戦したり、外の世界に出てみたりしなければ何も変わらないのだなと改めて感じました。そして、変化を楽しむためには、「変化する」ことに対して慣れることも必要だと感じました。そのためにはやはり様々な経験をする他ありません。私は今日の講義を通して、自分自身が常に変化を求め、新しいことを考えたり実施したりするクリエイティブな人間でありたいと感じました。

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先日、ニュース番組で子供の習い事で起業体験をしたり起業ノウハウを学ぶ講座が増えているということを聞きました。私はこの報道を聞き、まだ義務教育も終えていない子供が起業について学ぶには早すぎるのではないか、それをわざわざ教えてもらうことに少し気持ち悪さのようなものを感じました。同時に私自身の中には、先生の話をよく聞いて言われた事をやる、仲間と仲良くする、そして将来は就職をすることが普通であるという固定観念に囚われていることを痛感させられました。まるで当然かのように就活サイトに登録し、サラリーマンになることしか頭の中の選択肢にない私も、すでにリスクを恐れて何もできない人間になっているのだと思いました。もちろん就職も決して簡単なことではないと思いますが、ある程度決まった流れに従い、おおよその質問の対策をする、結局は自分から何かアクションを起こしたりする必要のない単純なものです。若いうちから自分の発想力を大事にして、様々な物事に対する好奇心や問題提起のできるようになることは非常に重要ではないかと思います。子供のうちに社会と触れあうことで、仮に将来会社員になったとしても、ただ言われた通りのことをするだけの従順な社員ではなく、独創性と行動力に優れた人物となることができると思います。私も何か自分から行動を起こす経験をしようと思えました。

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新しい土地に引っ越して、新しい仕事をゼロから始めるべきか、今の仕事を辞めて、ずっと夢見ていたビジネスを始めるべきか、大抜擢の申し出を受けて、自分がその仕事をうまくやれるかどうかを確かめるべきか、仕事をしている人なら誰でも、このような職業上のリスクに直面する機会が、数百とはまではいかなくても、数十回はあると思います。 そのすべてが人生を変えるほど重要であったり、ものすごく印象的だったりするわけではないです。問題のあるクライアントを切るかどうか、ボーナスを要求するかどうか、といった日々の決定もこうしたリスクの範疇です。 こうした状況における決定は全般的に、個人の性格と現在の立場によって変わるはずだ。人はいい状態にあればあるほど、より多くのリスクを負うことができる。また生来リスクを追うことが好きなタイプであれば、リスクが高く報酬の大きい状況を、むしろ楽しむかのように受け入れるかもしれない。 しかしリスクに関してはもうひとつ、たいていの人が気づいていない大切なことがあります。リスクを冒して成功すると、危険のないやり方で得られるものに比べて、はるかに高い報酬を獲得できることが多いです。リスクを冒して失敗すると、自分の決定や状況について貴重なことを学び、自信がつきます。 多くの起業家が、リスクを取ることを奨励しているのも当然です。従来の慣行通りに予測可能な道をたどることは安全かもしれないが、大きな成果を上げることはできず、選択肢が大幅に制限されます。 したがって、高度なプロフェッショナルは、リスクを承知で賭けに出る必要があります。だが、若い人がリスクをとることはさらに重要です。若いうちにリスクを取ることが重要なのは、リスクを取るたびに経験を積むことができるからです。リスクは新しいキャリアへのチャンスと新しい視点を提供するだけではありません。失敗は重要な教訓を教え、成功は新しい可能性への扉を開きます。 若い年齢でリスクを取ることは、失敗から知恵を学び、考えを深め、キャリアの他の分野に適用する時間があることを意味します。そしてリスクを冒して学び続けると、キャリアに影響を与える経験から学んだ知恵が複合的に増えていきます。 リスクの少ない、無難な意思決定をする場合でも、それはより賢明な視点と自分自身の能力への自信に基づいた判断になります。

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日本人はリスクを取りたがらないです。なぜなら、出る杭は打たれるというイメージが 学校生活やインターネットで見受けられて自分もそうならないようにしようとする風習があります。 しかし、リスクばかりを意識しすぎて行動できない人になってしまいます。アクションをするのは いつだって少数派なので今のうちからアクションを取るということが大事になります。

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本講義において「リスクをとること」とは、メディアによって繋がる社会を生きるにあたって、傍観者になるのではなく、自身で物事を進めていく人間になるために、必要な行動であると考えます。メディアリテラシーに関しては、アクションを起こさず、受け身の姿勢でいる状態では真にメディアリテラシーを得たとは言えず、メディアによる事象に対して、自身がどう関与していくのか、自身の行動によってより良い方向を目指すことを意識することで、初めてリテラシーを得ることができるということです。「リスクをとる」という行動によって、今後のメディア社会の中で通用する人間としての素養を養っていく必要があります。と、ここまでが本講義での「リスクをとること」に関してをまとめたものになります。ここからは、講義の中でも取り上げられていた、リスクを取らない人に関しての私の考えになります。授業の再録の方では、サイレントマジョリティーという言葉を用いて、こうした人々を先生は表現されておりました。最近では、アイドルの曲の題名としての認知が大多数ではあるものですが、今後の公民の教科書において、このサイレントマジョリティーという楽曲が紹介されることになるそうです。物言わぬ大衆であることに対する投げかけという内容の歌詞である当楽曲が、このような形で紹介されることで、自身でアクションを起こすことができる、思考をすることができるということが、重視されていくという風に私は感じていますし、社会の中でも主体的に発言を行うことの重要性というものが、標榜されつつあると感じています。が、私自身は、いまのところリスクを取らない人間としての行動が主軸になっています。こうした主張しない人間の在り方が、政治であったり、個人の問題として問われている社会であることは理解していますが、自身の主張を行うにあたって、しっかりとした裏付けや知識を持ちたいと考えているためです。具体的な例で言えば、とりあえず選挙にいけ!という人が私は苦手です。一票の大切さ、主張をしないことの愚かさよりも、自身の投票を行うにあたってしっかりとした知識を持つべきだという気持ちの方が高くなってしまいます。それこそネット上には、なんの知見もなく表面的な考えだけで声を上げてしまう人間が多くいるという風に思います。さらに現状のメディアにおいては、物言わぬ大衆であるからこその利、があるとも考えています。発信を行わないでいるだけで、実際は内面において、思想を抱えているという人間は多くいると思います。その思想という部分がそれこそマジョリティーとしてのものであった際に、物言う大衆になってしまえば、マイノリティーの人間の考えが、完璧に抑圧されてしまう可能性があるからです。グローバルな視点に対しても日本人は無関心であるといわれていますが、それだけその問題に対しては、イデオロギー的な色眼鏡を持たず、公平的な視点を持って物事を考えることができることで、グローバルな社会的動向とは違う観念を、マジョリティーが持つ可能性もあります。意思をもって行動することを推奨する社会が想定する結果とは、違ったものになっていくと私は考えています。メディアリテラシーの側面では、「リスクをとる」という考えが、本当のメディアリテラシーとして、情報社会を生きる上で大切なことではあると思いますが、現状のメディアにおいては、「リスクをとらない」人間の存在によって成り立っている側面もあるように感じます。

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私たちの日常において欠かせないSNSですが、SNSを使用することは常にリスクと隣り合わせであると感じました。授業内では、いじめの四構造として、被害者、加害者、観衆、傍観者に分かれるとされており、またこの構造によるいじめはSNSの普及によりさらに起こりやすくなっているとされています。実際に、私の知る例として昨年に木村花さんというプロレスラーの女性がSNS上での誹謗中傷が原因で自殺してしまった事件が想起され、SNSのマイナス面での影響力の強さを感じました。一方で、こういったSNSのリスクを恐れるあまり内向的になり、「何もしない人」になってしまうとスキルや環境適応力が身につかず、会話の内容がない、自分自身の中身がない人間になってしまうとされています。このことについて、私はダーツバーでアルバイトをしており初対面の人と会話をする機会が多いため、「何もしない人」にならないよう積極的に活動しようと感じました。加えて、近年はQRコードを利用した技術が発達しており、もし何も情報を得たり発信しなかったらこうしたイノベーションにも乗り怒れることになります。また、情報を発信する上である程度の個人情報を公開することで安全性が向上する可能性があり、個人情報と利便性のトレードオフによって安全を守る必要があります。

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私たちはSNSにおいて簡単に登録できて複数のアカウントを作成することができます。また、そのアカウント作成には個人情報の登録が必要ですがそれがほかの人に閲覧されるわけではないので自分の情報が漏れる心配がありません。そうはいっても投稿内容が自分個人を指す情報などがあれば簡単に個人を特定されてしまいますが投稿内容等に注意していれば個人が特定される危険性は極めて低いと思います。そのSNSの匿名性はよくも悪くもいろいろな利用の仕方があります。この匿名性を利用して悪口を書いたり他人を傷つけたりするという行為も少なくないかもしれません。しかし、いくら匿名だからといっても法律で他人に被害が出ている場合は個人情報を警察に提出しなければなりません。つまり、匿名だからといって何をしてもばれない、許されるというのは間違っている。他人と話すのが苦手だがSNSで別の人間として新たな自分を形成して他人と交流することができたりします。また、LINEなどのチャットアプリだと話せるが直接学校やアルバイト先だと話せないという人と目を合わせて話すことが苦手な人もいます。これによく似た事例があります。自分の意見を言うのが苦手な学生は対面授業では発言することができないことがあります。しかし、Zoom等を利用した遠隔授業では面と向かってないから発言できるという人や顔が見えていないから発言できる。また、人によってはみんなの前で意見は言えないが個人チャットで先生のみに意見や問題の答えを送ることができるという人もいると思います。しかし、匿名でやり取りをするSNSやZoom等のリモートだから話せるという人は将来仕事をするにあたって困らないのだろうか。人への接し方は匿名だろうが実名だろうがいざ、自分が人と話すときには普段の口調や態度は出てしまう。就活や学校の面接等で普段の自分が出てしまう。他人に見透かされてしまう可能性が高いと思います。少なくとも私はそんな人間になりたくないし、将来自分に子供ができてその子がSNSで誹謗中傷やSNSを利用していじめをしているところなど見たくないです。近年はSNSによるトラブルが若い世代を中心に多発しているというニュースや記事を見かけることも増えてきました。昔、ネットなんか使えないと言っていた高齢者ですらスマートフォンやタブレット端末を使っているところをちらほら見かける。そんな時代の流れがあり私たちの世代がネットの使い方、メディアリテラシーを身に着ける必要があると思います。そんな世代がこぞってSNSでの誹謗中傷や匿名性を利用した犯罪などをしていてこの先の未来が明かると思いますか。今、生きている私たちがしっかりとネットと向き合い学んだり、基礎を作ったりしていくことがとても重要なのではないでしょうか。授業でつなぐ人というワードが出てきました。何をつなぐのか、ヒト・モノ・カネ・情報・知識・チャンスとありました。そこに未来の人達へ私たちはいろいろなものをつないでいく必要があると感じました。何をつなぐかは人それぞれだと思います。しかし、必ずわが子へ何かをつなぐ。もちろん生涯独身をつらぬくという人もいるかもしれないので自分の意志を別の人へつなぐという何かを後世につなぐということは私たちに人間には必要なのではないでしょうか。私はいろいろなリスクと向き合っていきます。私は未来へ何かを自分の持てるすべてを残したい。みなさんは何を残しますか。皆さんは何を残せますか。その残すものはいいものだけではないかもしれない。

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私の「リスクを取ること」は就職活動の際に、リクナビやマイナビ、ワンキャリといった多くの就職情報サイトに個人情報を登録したことです。就活情報サイトには、実名だけでなく住所や学歴などあらゆる個人情報を記録していたため、情報漏洩の恐れや悪用といったリスクがありました。一方で、個人情報を登録しておくことで、企業からのオファーや学校の卒業生が就職した企業の情報といった役に立つ情報がメールで届く機能を使うことができました。特に、興味のある分野や仕事の条件を事前に入力しておくことで、自動で企業を絞り込み紹介してくれるシステムは就職活動で必須な機能でした。このように、就活四季報やインターネットを用いてリサーチし、一社ごとに登録する従来の方法とは異なり、個人情報から企業情報まで一元管理ができるシステムを有効に活用しました。企業側にとっても就職情報サイトに企業情報を掲載することで、就活生の関心を引くことができるのです。就職情報サイトのサービスはヒト、モノ、カネ、情報・知識、チャンスを動かす効力があると考えています。今後ニューノーマル時代と呼ばれるように益々インターネットの需要が高まる上で、ネットの中に個人情報や知識などの自分の特性を描写することで、コミュニケーションの輪は無限に広がっていくと予測しています。

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私は、人生においてリスクを取る必要は別に無いと思います。今回の講義中では、若いうちにリスクを取っておかないと、年を取ったときにやっかいであると言ってしました。確かにそれも一理あると思います。しかし、それは、将来出世したい、将来お金持ちになりたい、将来なにか大物になりたいといった願望がある人に限ると私は思いました。リスクを取ることによって、人脈を広げたり、それによって様々なことに挑戦する機会を得ることが可能になることは確かに間違っては居ないと思います。しかし、そもそも幸福の感じ方は人それぞれであると私は思います。友達が多いことに幸福を感じる人もいれば、一方で人付き合いは疲れるし苦手だというひともいます。後者の場合、一人で居ることが幸せと感じたり、漫画を読むことが幸せ、ゲームをすることが幸せだったりするでしょう。その場合、リスクを取ることによって彼らは幸福を得ることは出来ません。そのため、別に彼らは今回の授業で指すようなリスクを取る必要は一切無いとおもいます。一方で、これらのリスクを取るべき人というのももちろん居るわけで、そのような人たちは向上心に満ちあふれていて、大きな野望や願望を持つ人なのではないのかなと私は考えました。そのため、私はレンタルなんもしない人の考え方や生き方に非常に共感できました。

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私は、今日の講義を受けて取るべきリスクと取ってはいけないリスクを判断し、適切にリスクを取ってアクションを起こすことが必要だと思いました。私が、そう思った理由は、批判や誹謗中傷、失敗というリスクを過度に恐れて何のアクションも起こさない場合、リスクを被ることも傷つくこともありませんが、知識、情報、経験といった自分にとって有益となるものを得る機会を失うことになるからです。例えば、グーグルやウーバーイーツなどのサービスを利用する場合、個人情報を入力する必要があります。サービスを提供する企業や団体は、個人情報の保護に努めていると思いますが、100%情報が漏洩しないという保証はありません。情報が漏洩するリスクを恐れて個人情報を提供しなければ、便利なサービスを受けることができません。この例のように、利便性とリスクはトレードオフの関係になっています。適切なリスクを取ることができない人が、何もできない。スキルなし。内向き。環境適応力なし。…といったような人になっていくと私は思いました。また、他人のリアクションを待って後出しじゃんけんをしているだけでは、せっかくのチャンスを逃してしまうこともあるので、リスクを過度に恐れずに色々なことに挑戦していく必要があると思いました。

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私は、新型コロナウイルスをきっかけに、より日本人が他者とのコミュニケーションを取ろうという姿勢が薄れたなと感じました。もともと、日本人、または若者は、自ら誰かに話しかけることを恐れる傾向にありましたが、新型コロナウイルスにより、対面で人とのかかわりが薄れ、その傾向がより顕著に浮き彫りになったのではないかと考えます。例えば、大学では、オンライン授業になり、友達に出会う機会が減り、情報共有の機会も減りました。それによって起こる問題は、正しい情報の判断が出来なくなってきたという事です。私たちは、普段友達との会話で、日常会話や最近のことやニュースなどを話したりします。相手の俯瞰した意見を聞ける機会であり、友達との何気ない会話が実は、良質なコミュニケーションだったという事が理解できます。しかし、今では、SNSなどが主なコミュニケーションの場となっています。もちろん、自分から情報発信を行いコミュニケーションの場を取っている人もいるのですが、大半の人は、公開されている、他者のやりとりを見ているだけの人が多いと考えます。傍観者はいつになっても、有益な情報や知識は得られることがないと考えるため、損得やリスクを不安に思わずに、自発的に良質なコミュニケーションをとることが大事である。

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私は、自分をさらけ出すこととリスクを取ることは紙一重だと思います。ネット上(例えば、Twitter、YouTube、マッチングアプリなど)で他人と友達になることはなかなか難しいことだと思います。ネット上で自分を出すことは、裏を返せば自分が傷つくこともあります。そのため、受け身になってしまう人が多いと考えられます。 ただ、このような人が増加したのは、コミュニケーションの主体が言語主体からテキストコミュニケーション主体へ変化したのも要因として挙げられると私は思いました。 また、個人情報もリスクの塊です。例えば、Google Chromeでは、入力フォームのテキストだけでなく、パスワードや自動ログイン、ユーザーのクレジットカード情報(Google Payの決済情報として)まで保存しています。クレジットカード情報はユーザーが入力時にカードのCSV(セキュリティコード)を入力することで認証する仕組みですが、万が一漏洩した際にすべてのサイトのログイン情報やカードの番号までもが流出するリスクがあります。 ユーザーはリスクを犠牲にして利便性を取捨選択しているとも言えます。 これは、余談ですがApple社はiOS14.5、iPad OS14.5でユーザーのトラッキング追跡を拒否する機能を実装しました。これは、ユーザーの情報が漏洩するのを防止する取り組みです。最後に、現代社会においてリスクを考えずに情報社会の恩恵を享受することは相反する考えであり、困難だと考えられます。

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私は「リスクを取ること」の重要性を知ることができました。「リスク」と聞くと怖いと思う人、勇気が出ない人も多いと思います。しかし、リスクが起こることを恐れて何もアクションを取らないことは、リスクを取ることよりももっと怖いことだと感じました。まず、行動しない人間は、何も得ることができず何かしらの能力をみに着けることができません。このような人間は、もちろん環境適応能力もありませんし、自信もないので内向的な性格になってしまいます。たしかに自己開示をすることを恥ずかしいと感じる人もいると思います。しかし、相手に心を開いてもらうには、自分の心を開くということが重要です。そのうえで「つなぐ人」になるにはどうしたらいいのだろうか。つまり、ヒトやモノ、カネ、情報、知識、チャンスをつなぐにはどうするべきなのか。ここで、メディアリテラシーが重要になってきます。人をつなぐというのは贈与経済に繋がります。なにか引き受けた時点で、それは贈り物になり、贈られたらお返しをしなければなりません。同じように何かを贈れば、お返しがきます。そのため、自分から発信も何もしない人には、情報や知識、何も届かないのです。行動することは自分の財産を増やすためにも必要です。もちろんここでいう財産はお金だけでなく、人とのつながり、知識、情報など生きていくうえで必要なものを意味します。人生において、小さなリスクをとりながらも、スキルを上げていくことは非常に重要になってくるのです。

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私はまず、ビートルズのマネージャーが大手の出版社と組んでイギリスのラジオで曲を流してもらうようにしたことについて、曲を広めるためにはやはり人々が聞く機会を増やすことが重要であることが分かりました。どんなに良い曲でも聴く機会がなければ知れ渡らないし、最近でもYouTubeなどから出てくる歌手がいることからも、ビートルズのマネージャーが売れた理由の1つには「著作権を管理する会社を立ち上げる」というマネージャーの行動が大きいのではないかと感じました。 しかしそこで無理な契約により、ビートルズの曲であるにも関わらずビートルズが版権を持っていないというおかしな事態になってしまっていたため、リスクを取りながらも自身の立場の優位性の主張は必要であると感じました。 また、私はファッションについて、商業施設などに行くとシーズン毎にそれまで売られていなかったようなデザインの洋服がいつの間にかどのお店でも売られるようになる様子を見ていく中で、「洋服であれど模倣は良いのか」と不思議に思っていました。しかし、今回の授業によってコピーというリスクを取ることで市場に浸透させて流行を作っていることが分かり、納得しました。確かに、 コピーによってそのデザインが広まる→→流行となる→→そのデザインを最初に開発した企業の商品も売れる という循環が生まれるし、そうした中で活発化した市場において、いかに他と差別化した(または付加価値を付けた)商品をつくることができるかといったようにファッション業界が進化していくと考えます。この仕組みは、授業でも紹介されたQRコードを開発したデンソーウェーブ株式会社が安価で他社にもQRコードを使用させ、自社においてはさらなる機能を付けることで設けている仕組みと似ていると思いました。 以上のことから、リスクを取ることによって商品(曲や芸などを含む)を広め、自身はさらなる付加価値を付けることによって商売を行っているということが分かりました。しかし、そうした中で本来の著作権者が不利益を被るといった新たなリスク生まれかねないため、契約の確認をして行うべきであると思いました。

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私はリスクから逃げてばかりだったので今回の授業は、刺さるものがありました。わざわざやる必要のないことでもリスクをとって率先してやる必要はあるのか考えてみましたが、リスクをとって行動した人が世の中を動かしていると思いました。一番はリスクを取らないで成功することですが、そういう人はあまりいないのが事実です。ネットで私はただの傍観者でいますが、私がネットでみているものはリアルやネットでリスクを取り、今の時代はリアルでなくても様々なチャンスがあります。SNSで、距離が関係なくコミュニケーションをとり、交友を深めることができます。しかし、私は今までそのようなコミュニケーションの取り方をしてこなかったので消極的な部分があります。先生の言うようにいろいろ考えてしまい、計算してしまいます。 また、コロナにより、人と会えない状況になり、ネットを使い、主体的に人と人をつなぐことができるのかがいま重要になっていると感じています。ネットのコミュニケーションはタイムラグがあるためリアルのコミュニケーションと違い、余計に考えてもしまいます。それが結果的に受け身の姿勢、後出しになってしまいます。若いときからそれでは歳を取った時はもっとコミュニケーションが取れない人になってしまうのではないかと思いました。

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私はリスクをとることが、どちらかといえば苦手な人間です。コミュニケーションが苦手というわけではないですし、学校に行けば友達と賑やかに過ごすことも難しいことではありません。ただ、私の周りにいる人間と比べれば圧倒的に受け身です。学校でもこの時期でも基本誘われることを待っていて、自分からは何もアクションを起こさないくせに、SNSで友達が遊んでいる風景を見ると、「なんで誘ってくれなかったの」なんて思ってしまいます。教授は本学においては私のような人間が多数派だといっていましたが、私の周りは能動的というかアクティブな人間が多いので、同学年ながら憧れてしまいます。ただつなぐ力は経済学の応用であり、日ごろから人をつなぐ力が軽視していては、自分が苦労するだけでなく、いじめのように他人の苦労も助長することとなるでしょう。つなぐ行為には多かれ少なかれリスクが伴います。ただ大切なのは損得勘定で物事をはかることではなく、自らが贈与経済の歯車の一員となることで、目先のリスクではなく、自らの成長、そして幸福のために、恐れず情報を発信していくことであると思います。更に、負担するリスクは最小限のものを選び、且つ最大限のスキルを得られるように動けば、よりよい経済学を習得できる近道となることは間違いないでしょう。

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私はリスクをとることは重要なことだと考えます。一切リスクを取らずに生きることは難しいと思いますし、なるべくリスクを減らすことばかりを考えていては人間として脆くなってしまうと思っています。合理的に考えれば、リスクが少ないのは良いことでもありますが、リスクをとるということは、何かしらのリターンを得る可能性があることでもあると思います。自発的な行動には様々な多くのリスクが伴いますが、リスクをとることで次へのステップアップにつながり、選択肢が増えたり視野が広がったりするのでリスクをとることは決してマイナスなことばかりではありません。ネット社会でもただの傍観者になるにではなくリスクをとって自らアクションを起こすことが重要なことだと思います。小さなリスクをとることから始め、コツコツとスキルアップをしなければ、突如大きなリスクを取らなければならないときに失敗し、リターンを得ることができなくなってしまいます。失敗を恐れずにリスクをとることで成長を目指しながらも、大きすぎるリスクに対しては理性的な判断をしてリスクをうまく使っていくことがただの傍観者にならない自発的に行動できる人間になるよい方法だと思います。

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私はリスクを取らないことこそが、人生においては最大のリスクだと思っています。リスクとは、リターンを得るために取る行動だと私は個人的に思っています。例えば話しかけるという行動ですが、友達になりたい、仲良くなりたいというリターンを得るために取る行動だと考えてます。これは1例ですが、リスクを取らないことは、成功体験がそもそも少ないから喜びや嬉しさといったプラスの感情を得る機会が少ないため人生楽しんでるのかわからないです。またリスクを取って行動して、仮にそれが失敗に終わったとしても1つの経験となり、また同じ失敗を繰り返さないというサイクルを続けて行けば、失敗は財産になるのでしっかりリターンを得られることになります。そしてリスクを取って行動することで、自分の中で対処方法が増えて行くので環境への適応能力や対人関係など、様々な問題に向かっていくことが可能であり、解決出来る可能性も高まっていくと考えています。もし仮にリスクを取らないことを続けていたら、本当に自分が望む結果。リターンを得たい時に経験値が無いため、その挑戦は恐らく失敗に終わります。なので私はリスクを取らないことは最大のリスクだと思っているのと、若い時にこそリスクは取るべきだと考えています。若いから許される失敗や挑戦ももちろんあります。若いうちはリスクを取り、苦労を前借りすることで後々の人生の可能性が広がると考えてるので沢山の挑戦をして自分自身のレベルを上げたいと思っています。僕は4年ですが、就職は考えておらず会社も作ったのでもっと上に行くためにリスクとって行こうと思います。

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私は現在の世の中は人々が様々な「リスク」を取ってきたからここまで発展してきたと考 えます。逆に言えば「リスク」を取ってこなかったら今はまだ砂漠やサバンナの中で狩猟し ながら一日一日生き残ることだけを考えていたかもしれません。そのようなことを考える と恐ろしいですよね。 ではなぜ「リスク」を取ることが世の中の発展につながっていると考えるのかを説明しま しょう。例えば人々はある行動をするときに、不便と感じたり、問題を認知します。そして 重要な事であれば通常その次にそれを解決できる策はないかと考え探しますよね。私はこ れが発展の最初であると考えます。解決できる策を考えるという事は、現状の方式を変える、 つまり「リスク」を取るということになります。またその代替案がない場合、時間やお金な ど人生をかけて新方式・新商品が編み出されます。それもまた大きな「リスク」となります。 しかしそれらも時間がたてば人々の当たり前となり、新たな不便や問題認知が発生しそれ らの繰り返しが起こるのです。そうして世の中は発展していくのです。 結局はいずれ衰退していくものを作っても意味ないのではないか、そう思う人もいると 思います。しかし私はこのことに対して肯定的に捉えています。自分が発展を起こしたから 次につながった、自分が新たに生み出したから人々は豊かになれたという風に。世の中のル ールにのっとっていればパクリもいいと思います。世の中が発展し人の生活が豊かになる ならば。

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私を含む現代に生きる多くの人はリスクや損得勘定ばかりを考え、恐れています。これをしたらどんな風に思われるか、あれを言ったらなんて思われるか。そんな事ばかり気にして、自分からアクションは起こさず他者からのアクションに対するリアクションをどうするかを考えています。 こうした受け身の姿勢はSNS上でも働いてしまいます。その結果、デマのニュースを信じてしまったり、それだけでなくデマ情報を拡散してしまったりというところにつながります。ネットの使い方だけを理解していることがネットリテラシーがあると言えるわけでなく、医療やその他の専門分野について理解していないと情報の真偽までは分かりません。しかしあらゆる分野に精通することは難しいからこそ、自らアクションを起こして、積極的にコミュニケーションを図り知識を深めることが我々には求められています。 そういった意味では、リスクや損得勘定ばかりを気にしているとせっかくの知識を得られる機会を台無しにしているということになります。大量の情報が世の中に溢れ、何が本当で何が偽りなのかを判断することが求められている現代社会では、判断基準となる情報を自ら掴みに行く姿勢と、リスクを恐れずに発信する力も求められてきているのではないでしょうか。 というまとめになりました。