情報化社会と市民03YouTube考古学と動画体験(リトライ編)投稿集

情報化社会と市民03YouTube考古学と動画体験(リトライ編)

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1.本日のForms03  再度「YouTube考古学と動画体験」がリンクしているコンテンツを全部確認して3000字程度(「程度」はプラスマイナス5%であって、プロは3000字ピッタリに仕上げる)であなた自身の「YouTube考古学と動画体験」を書いて下さい。3000字を超える場合は複数回投稿してください。今回のみ締切は4/26ではなく4/29午後11時30分にします。標準配点は2回分。 「YouTube考古学と動画体験」https://www.econorium.com/2020/08/youtube.html 前回の講義ページ「メタ学習(市民として学ぶスキルを学ぶ)」https://www.econorium.com/2021/04/02.html こういうときに必要な作業 (1)すべてのリンクをたどってコンテンツを見る。 (2)二度見しなくていいようにメモ(ノート)を取りながら見る。 (3)まとめ方はふた通りある。まず作業手順をそのまま再現するスタイル。メイキング共有スタイル。具体的作業と自分の反応をワンセットで記述していく。 (4)まとめ方その2は、論点共有スタイル。具体的作業を束ねていくつかの論点ごとにコンテンツを整理して、それに対して自分が考えたことを記述していく。 今回の事前準備として必要なことはYouTubePremiumを使えるようにするという環境整備。必要なのはお金ではなく交渉である。それができるかどうかが分岐点。 YouTubePremiumだけでなく、これから複数のプラットフォームを情報環境整備に追加していく。この程度で立ち止まるな。

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私は、YOUTUBE考古学と動画体験については、過去を多角的な視野から深く知ることができると考えました。 まずは、通信機器とコミュニケーション媒体について話します。 1本目の初期の計算機により、古代数学者の考え方が現代にも伝わりました。また、YOUTUBEPREMIUMの機能もとても素晴らしく、初めて利用しましたが、継続したいと考えています。 その後のコミュニケーション方式についての動画も、最初は壁の絵やサインだったものが文字や電子的な物、音声や映像にまで発展し、ラジオが発展しただけでも進歩であるのに、テレビとして映像と音声が同時に伝わるようになってきました。 また、Apple創業者のスティーブジョブズさんのプレゼンテーションも掲載されており、いつでも過去の振り返りができる便利なものだと考えました。 また、APPLEがウィンドウズを抜き世界でトップになったり、デスクトップパソコンからノートタイプのパソコンにシェアを奪われていったりしたのも、持ち運ぶ機会が増え、人々に広まったという証であると考えました。 さらに、TRONのようなパソコンから他のコンピュータを制御できる機能も素晴らしいと考えました。 次に現代にも残る歴史的瞬間について話します。 ヒトラーの演説やキング牧師の演説、Youtubeにはなかったが、間へリアジャクソンの話、ヒンデンブルク号事件や9.11の事件、広島原爆投下や火星の地上映像などYoutubeには、テレビでもなかなか流せない歴史的な映像まで掲載されています。それらは、歴史的事実を風化させないだけではなく、教訓にもなるため、Youtubeが教育においてとても重要な役割を果たしているのではないかと考えています。 次はYoutubeの真の姿についてです。 Youtubeで最初に投稿された動画はME AT THE ZOOという動画でした。数秒のこの動画がYOUTUBEという巨大プラットフォームの始まりでした。そこからYOUTUBERはどうあるべきかなどがYOUTUBEaboutに掲載され、次第に動画投稿者(YOUTUBER)という職業としての広まりが始まってきました。 また、韓国の歌手PSYやジャスティンビーバーもYOUTUBEで曲を広めるという前代未聞の戦略を行ったことから今の地位を得ました。 また、最近では、ドローンを使った撮影や様々な次世代ロボット、動く恐竜を動画に使う人も増えました。 次は、フェイク写真、動画について話します。 不思議の国のアリスで有名な写真家でもあるルイスキャロルさんは、写真の編集をして事実とは異なる画像を作成していました。 冬至からこのようなフェイク写真が出回っていたということは、現代ではより高度なフェイクができるということでしょう。 また、数学者は暗号というフェイクを用いて仕事をしていました。

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私自身の「YouTube考古学と動画体験」は、まず、考古学という言葉自体を知らなかったので、より課題を丁寧に提出できるように言葉の意味から調べました。発掘された遺跡、遺構、遺物などの残された書物、木簡などのあらゆる情報と突き合わせながら、昔の社会の姿を浮き彫りにしていく学問、という意味がわかりました。また、考古学のという学問の学び方は、学問自体の歴史、遺跡の発掘調査・管理方法の基本を学ぶということもわかりました私自身のYouTube考古学は、まず、YouTubeというのはテレビから始まっていると思います。動画を作るのにも投稿するのにも、テレビという機械がないと発信も出来ないと思います。YouTubeはスマートフォンやパソコンなど、電子機器を持っていたり使用していたりする人がこの世界にはたくさんいます。とても身近な存在だと私は思います。まだスマートフォンやパソコンが作られていない時代に遡ると、テレビはもちろんですが、現代の私たちが見ているカラーテレビではなく、白黒のテレビを思い浮かべます。白黒のテレビというと、私は小学校の社会の授業で習ったアニメの放送を思い浮かべます。その中でも特に印象深いのが鉄腕アトムです。授業中の動画で少し見たとき、白黒でもアニメの面白さや迫力感がかなり伝わってきて、カラーにはない良さを体験する事が出来とても面白かったという印象が今でも忘れずに覚えています。授業以外で白黒のアニメを自分で見つけたことがあります。それは、みんな大好きウォルト・ディズニーのミッキーマウスです。小さい時にビデオレンタル屋さんでよく、ミッキーマウスのDVDを借りに父と出掛けていました。小さい頃に見たものは印象深く、ウォルト・ディズニーがシロクロのミッキーマウスのアニメを、テレビと実際にアニメを作る場所で話していたことを覚えています。それは、何枚も何枚も同じ絵を少しづつずらして書いて、書いたものを本のページをざっと見るようにパラパラと流して見ていくと、繋がっているかのように見える、テレビではなく紙のアニメがそこに生まれてできていました。この現代では、紙も少しは使うと思うけど基本は機械の画面を頼りにしてアニメなどを作っていると思います。紙を1枚1枚使って作るアニメは、機械の画面を使って作るアニメよりも何か深みを感じました。丁寧さがより伝わってきて、もし、現代で紙と機械の画面で作ったアニメを比べてみるとやっぱり奥深さは現代を生きている私たちにも伝わるんじゃないかと思っています。アニメといえば、機械を使ったアニメばかりではないと思います。それは絵本や漫画だと私は思います。絵本や漫画はこの現代でも形を崩さず継承していっているのではないかと思います。テレビの根源となるのは紙だと思います。紙は鉛筆があれば、イラストを書いたり自分でストーリーを作成するだけではなくて、伝えたい情報も書いて知らせることができる便利なものです。ただ、自分の書いたイラストや情報をみんなにも共有したいと思った時に、同じものを大量に書くと体力的にも精神力も疲れてしまいます。さらに、書くのに使った道具のお金も消費が早くなると思います。そこで、たくさん同じもの作るのには、コピー機が必要だと思います。今のコピー機は、コピー機の画面設定をするだけで、自動でコピー機が動いてくれて、たくさん印刷を短時間でしてくれる、とっても優れものです。しかし、テレビと同じようにコピー機の根源を遡ると、この授業の動画で見たように、自分の力で印刷をしているような行程があり、小学校の時の図画工作の版画を作っているかのような場面を見ました。今思うと、小学校の授業がこの授業の「YouTube考古学」に、つながるとは思ってもいませんでした。現代のカラーテレビから、印刷をするためのコピー機、について色々書いてきたけど、全ての物に置いて遡ると、一つ一つ時間も労力もかかることに気づきました。先ほども述べたように、ミッキーマウスのアニメを作るのにも、今は簡単に機械を操作すれば作ることが出来ます。しかし、その頃の当時は紙にイラストを何枚も何枚も、少しづつずらしながら書くという作業は、私からしてもそうだし、みんなからしてもとても気が遠くなる作業で、見ている人たちを喜ばせたい気持ちは分かるが、きっと辛くて逃げ出したくなる時期もあったんじゃないかなと思います。そう考えると、テレビ1台、アニメ1作だけでもすごい深みがあり、YouTubeはこのような過程で生まれてきたんだなと思いました。コピー機までいったら、次に遡ると、それをどう伝えてきたか、ということを思いました。アニメにしろYouTubeにしろ、根源は伝えるという共通点を持っています。昔の人たちはどのようにこの現代に伝えてきたか考えると私は、古事記や日本書紀、さらには神様にお供えをしていた勾玉や調理道具などの埴輪だと思います。私は神道文化部で学んでいて、現代に伝わっているのはこのような書類や道具ではないかと思っています。共通しているのは、全て形となっています。古代はもちろんですが、YouTubeやパソコン、スマートフォン、テレビや漫画もなければもちろんコピー機や、イラストや文字を書くことができる鉛筆すらもないです。しかし、古代の人たちは、次の世代や時代、現代に繋げようとして、書くものがなくても知恵を出し合って、実際に掴んだり持ったりできる、埴輪や調理道具を作って継承してきたのかなと私は思います。ここまで考えて見ると、YouTubeから古代の話になるとは思いませんでした。逆に今度は古代から現代に繋げて考えて見ました。古代は形や物として作り、次の世代につなげて行きました。そこで紙ができた当時は、日本書紀や古事記で次の世代に、過去と今のことを忘れてしまわないように書き、次に繋げていきました。時は進んで、たくさん印刷をするためにコピー機が生まれました。しかし、私たちが知っている機械メインのコピー機ではなくて、実際に人の力も使うコピー機が生まれました。それはまるで版画を作っているのと同じような工程で、1枚1枚に色んな気持ちが込められているのではないかと私は思いました。コピー機の次は白黒のテレビのアニメです。私が押しているのはウォルト・ディズニーのミッキーマウスのアニメです。これもまた1枚1枚気持ちを込めて紙を少しづつずらしながら書いているので気持ちがこもり、今の私たちがその白黒のアニメを見ても、心に強く感動するものは何かしら伝わってくると思います。ミッキーマウスのアニメだけではなく、鉄腕アトムも同じだと思います。ミッキーマウスとの迫力感とはまた違い、鉄腕アトムはアクションアニメだと私は思っています。アトムの戦闘シーンや、敵の攻撃も迫力感満載に伝わってくると思います。アニメなどをたくさんの人たちに見てもらうためにはテレビという存在が大事になっていきます。今の現代は白黒の画面ではなくて、しっかりカラー付きで当時の白黒よりはとても見やすくなっています。白黒の良さも十分あるが、カラーの良さもたくさんあります。色を吹き込むと同じアニメや動画でも視覚から入る情報はより一段と違って、伝わり方もまた大分変わると思います。このような過程があるからこそYouTubeはうまれて、現代の私たちに親しまれているんじゃないかなと、この授業を通して、難しかったけれど精一杯自分なりに考えて思いました。

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私が「YouTube考古学と動画体験」について、リンクをたどってみて、考えたことを述べていきたいと思います。 コミュニケーションは、時代が進むにつれて大きく変化していました。最初は、自分の気持ちや考えをジェスチャーなどで直接伝えていましたが、時代が進むにつれて大きく変化し、直接会わなくてもコミュニケーションが取れるようになりました。しかし、私は、このまま進んでいくと直接相手と話す機会がなくなってしまうのではないかと心配になりました。楽に相手とコミュニケーションが取れて便利だと思いますけど、コミュニケーションの良さは、直接相手と会って話すところにあると思いますので、私は、これからも相手と直接話す機会を大切にしていきたいなと思いました。また、印刷機やラジオ、テレビ、iPhoneなど、今の時代では当たり前となっているものの誕生や進化について知ることができ、どれも誕生してから大きな進化を遂げていました。ただ、このように多くのものが進化を遂げることで、実際に自分で考える機会が今後少なくなると思いました。困ったことがあって、何でもかんでもものに頼ってしまうようになると、人として成長しないと思うし、このような人が多く増えることで、ダメな世の中になってしまうと思います。なので、今の内からまずは、自分の力で考えるといった習慣を身に付ける必要があるなと感じました。 ヒトラーの演説は、ドイツを変えたいという気持ちが伝わる熱い演説でした。ドイツの復興のために国民一人一人に問いかけていましたし、実際に失業者を減らしていたので、国のトップに立つものとしてふさわしいなと思いました。私自身もそうであるように多くの人もヒトラーについてはあまり良いイメージはないと思いますけど、あの演説の映像を見た限り、今後あのような熱量を持ち、国民一人一人に問いかけるような人が国のトップに立てば、私たち国民は絶大な信頼を置くことができ、国を大きく変えられるのではないかと思いました。 キング牧師の演説は、黒人奴隷に対する演説でした。今も人種差別といった問題は解決できていません。肌の色が違うだけで人を差別し、とても生きにくい世界です。ただ、肌の色は違くても私たちは同じ人間です。一人一人の思いやりの気持ちがあればこのような人種差別という問題も必ず解決できると思います。この演説では多くの黒人の人たちが大変な思いをしてきたことが分かります。なので、もう一度一人一人が人種差別について考え、差別のない平和な世界を作るべきだと思います。また、世界中の多くの人々に現在も差別という問題があることを伝える必要があると思いました。 ヒンデンブルク号炎上や9.11ヘリ映像は、まだ私自身生まれてなかったですし、聞いたことはあったけど実際どのようなものかはいまいち分からなかったので、このように実際の映像で見ることができるのはありがたいです。しかし、今後時代が進むにつれて、この時代に生きていた人はいなくなり忘れ去られていく可能性もこのままだとあると思うので、このような実際の映像を通して、今後にも伝えていく必要があると感じました。 広島の原爆の映像は、改めて戦争の凄まじさを感じさせられる映像でした。だんだん戦争を経験した人がいなくなる中で、このような実際の映像はとても貴重だと思います。今後絶対に戦争を繰り返さないためにも、また、戦争で亡くなった多くの人の命を無駄にしないためにも私たちがこのような映像を通して、今後に伝えていく必要があると感じたし、伝える義務があると感じました。 火星の地上映像は、世界中のほとんどの人が火星を実際に見ることができない中で、このような映像があると、実際に行かなくても火星がどのような感じなのか知ったり学んだりすることができるので、勉学にも役立つことができるなと感じました。また、私たち人間の可能性を大きく広げることができるなと思いました。 男の人がゾウの檻の前に立っているだけの些細なことでもYouTubeに動画を上げることで、障壁を取り除き、国境を越え、同じ関心や情熱の下に集まって、自由に発言し、意見を交換し、率直に対話できます。世界中には自分と同じ考えの人や自分と違う考えの人もたくさんいると思うので、そういう人たちの考えも聞けて勉強になり、自分のためになると思いました。なので、ただ動画を見るだけでなく、積極的に意見交換することが大事だと感じました。 ジェットコースターの追跡、ドローンのワンカット撮影、ボストン・ダイナミクス、ティラノサウルス、ミノタウロスの映像は、どれもその場所にいる気分になれるし、その場で実際に自分で見るよりもじっくりといろんな角度から見ることができると思うので、今までは気づかなかった様々な発見ができると思うし、そういうところは動画ならではの体験だと思うので、自分が興味があるものを知るときとかに有効に使っていければと思いました。 偽造された写真がYouTubeには、たくさん上がっていることが分かりました。誰でも簡単に動画上げることができるYouTubeだからこそ起こる問題だと思うので、そこは何でもかんでも信用するのではなく、コメント欄などのいろんな人の意見を共有できるところがあるので、そういったところを参考に自分でフェイクかどうかを見分け、正しく使っていく必要があると感じました。 あえてフィクションを使うことによって、第二次世界大戦でドイツが用いた最も重要な暗号技術のエニグマ、核爆弾の貴重な映像から見えてくる真の力についてより分かりやすく相手に説明でき、興味を持ってくれると思います。戦争や原爆について多くの人に興味を持ってもらい知ってもらうことで今後の世界は大きく変わると思うので、あえてフィクションを使うことも大事だと思いますし、使っていくべきだと感じました。また、ノンフィクション映画・番組にすることでその時の雰囲気やリアリティはより感じ取れると思うので、フィクションとノンフィクションをうまく使い分けが必要だなと思いました。 写真家のヴィヴィアン・マイヤーやソール・ライターの写真を見て、写真は奥が深いと感じました。写真は映像とは違い静止画だけど、その写真からその当時の雰囲気や映像が自分の頭の中でイメージできるので、こういった写真家の写真はこれからも残していくべきだと思いましたし、思い出となるものは写真に収めた方がいいと思いました。 広島の原爆をAIによってカラー化することによって、より原爆のことについて分かりやすく知れるようになったと思うので、原爆を知らない今の子供たちに伝え、こういった最新の技術が意味のあるものにしていくべきだと思います。 著作権侵害の対策として、通知がきたり、処理できたり、罰金を払うというふうになっており、著作権侵害を減らすためにこのような対策を今後も取り続けていくと同時に一人一人が相手の気持ちを想う必要があると感じました。 このように今回「YouTube考古学と体験動画」について、リンクをたどってみて、YouTubeの可能性をものすごく感じました。YouTubeは、動画1本で多くのことを知ることができ、多くの人と意見を共有できます。なので、このような便利なツールを利用して、多くのことを知り、共有し、より良い世界になることを願います。

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あらためて「YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?」の講義サイトを見ました。 まず、教材としてのYouTubeです。自分が体験したことがないものを体験するのにはそれを見るしかないと思います。映像としてせっかく残っているのですから、また、写真は決定的瞬間でないと。と、いうことも書いてありましたが、まさにその通りであると思います。 前回の回答にも記載しましたが、私はYouTube Premiumに加入しています。何と言ってもオフラインやバックグラウンド再生そして、広告なしというのを目当てで加入しています。 ヒカキンが動画内で言っていた通り、時間を有意義に活用するにあたり、広告などの無駄な時間をパスできるのはとても有能で、この件で少し炎上騒動のようになっていましたが、私自身は彼のお金の使い方に関しても賛成です。 とても長い歴史についての文献を読むというのは非常に大変で時間のかかる行為であるとも思います。であれば、YouTubeの出番というわけです。長い歴史も概要として、動画を目と耳で同時に学習することができます。字幕も出れば、完璧です。 そして、過去の出来事を文字や写真でなく、映像として残っているものを見ることができるのも、そして手軽に確認できるのがYouTubeのメリットだと思います。 オリジナルを見にいくというもので、添付されているリンクから動画を見に行きました。スティーブ・ジョブズの演説を見たのも初めてだし、ましてやヒトラーの演説を見るというのも初めてでした。歴史的映像は見て見ないとわからないことがあるとの記載がありましたが、まさにその通りだと思いました。文字や人づてに、スティーブ・ジョブズは歩き回りながら演説するのだよ。とか、ヒトラーは聴衆を引きつけるために長い間沈黙するのだよとか、聞いたことはあるが、実際に見て見ないとわからないというか、本当にそうなのか。確認しようがありません。小学校の時の先生に、自分の目で見ない限りそれを事実として信じないという理科の先生がいました。当時はYouTubeなんてものはなく、事実を確認するのも一苦労だったはずですが、YouTubeの登場、ネット技術の拡大によって、大昔の映像を自分の目で、それもカラーに補正されているものですらみることができたりします。素晴らしいと思いました。特に今回の授業のサイトのリンクで見た映像で心に残ったのは「25年目の広島」です。源氏爆弾が投下される瞬間というのは何度も見たことがありますが、その後の状況や被災者のことは教科書の文字としてしか見たことありませんでしたが、映像で見ると、理解度というか、そう言ったものが倍以上に理解することができました。また、コメントでも学ぶことができました。動画を見た人の中には自分と違う視点で持って見ている人もいるわけで、そういうところがいいところだと思います。  もう一点、授業ページに直接記載されているわけではないですが、僕が知見できたと感じる項目を紹介します。まず最初に、僕の趣味は競馬です。競馬を見る、予想するに当たってもっとも重要なことは何か。血統です。競馬は血統のスポーツです。しかし、今、現役で走っている馬たちを見たって、せいぜい情報として父馬と母馬の名前が掲載されている程度であって、そのお父さんが、お母さんがどんな活躍をしてきた馬かという情報も馬柱で見ることもできますが、やはり映像で見るのとは全然違います。クラシック三冠を取ったウマは、セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイルと8頭いますが、何とセントライトに関しては1941年にクラシック三冠を取った馬ですが、その映像もYouTubeに残っているのです。ものすごく過去のレースでさえ見れるYouTubeはまさに考古学と言われるくらいのものだと私も考えます。 自習学習についてもYouTubeを活用することは私もしていますが、とても有効だと感じています。自分の意見だけでなく、有名な方々の意見を音声で、その人の肉声で見ることができるのもYouTubeのいいところです。これは違法転載だとかいうのも含まれていると思うのですが、メディアの最前線に立っているタレントやコメンテーター、専門家などの意見を学ぶことができます。 そして金曜日の夜に、緊急事態宣言の発出に関して行われた総理の会見、大臣、医師会会長の会見、小池百合子都知事の会見などを生で見ることができました。ニュースなどで見るとカットされたり編集されたりするので、メディアの意図的なものを感じずに素直に見ることができるのもYouTubeです。YouTubeがでる前からニコニコ生放送などもあると思いますが、変に登録をせずに自由に見ることができるのはメリットだと思います。 そして、最初の方にも述べていますが、YouTubeには歴史的な価値がある動画が多く上がっていますが、そういう場所としての価値も大きくあると思います。プラットフォームというのでしょうか。 また、新たな体験としてのYouTubeも注目しています。企業の公式チャンネルがその裏側を見せてくれるようなものも多く出ています。工場の制作の様子などとても楽しく見られます。そして、日本中央競馬会JRAの公式チャンネルがありますが、そこにアップされている競馬場の本馬場の360度映像や、調教時の騎手視点360度動画などが上がっていますが、そうそう見られるような場所でないところや状況の映像を見ることができるのはものすごく貴重であると思います。 テレビ局も最近、YouTubeチャンネルを立ち上げていますが、地上波で放送されなかった場面をアップしたり、地上波でやっている放送を見ながら出演していたタレントさんが生でYouTubeを使って裏配信というか副音声のようなものを配信している局もあったりします。 ただ、これは講義サイトにも掲載されているのもありましたが、著作権との兼ね合いもこれからはどんどん問題になってくるとは思います。YouTube側も色々対策しているのも分かったのですが、現状、YouTubeを見ている限りではその対策が功をなしているとは思えません。私はYouTube Premium以外にもアマプラやHulu、FODなどのサブスクを登録していますが、そこでの限定コンテンツや地上波のディレクターズカット版をはじめテレビの放送などがYouTubeに違法転載されているという現状は今でも続いています。そういうところからも含めて改善していくことはとても大事ですし、これを改善することができれば最強のサブスク、プラットフォームになると私は考えています。 これは前回も同じことを書いたのですが、文学についてはこういった動画では感受しきれないところがあると思います。「文字だけの小説などを読むことも並行して大切なことだと思います。この授業のテーマとは相反するような意見ですが、情報社会だからこそ、紙の本ではなく、電子書籍も生まれたのですから、全く反対方向の違う意見ではないのかもしれません。話を戻しますが、映像を見ることは文字を見るだけ、写真を見るだけよりも圧倒的にわかりやすいというのは先述したとおりで、YouTubeは映画や小説に並んで娯楽としての価値を確立しています。それもたった数年でここまで台頭しているのですからすごいことだと思います。これからもその市場規模というのは成長していくのであるとすれば期待が大きいです。」(前回からの引用) さまざまな技術を駆使して学習できる絶好の機会にあるわけですから、それを生かす他ないと思います。

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今回、「YouTube考古学と動画体験」の課題をするに当たって様々な動画を閲覧しました。まず一つ目がアンリ・ブレッソンの写真です。個人的に写真に写るのがあまり好きではないので、写真についてあまり知識がなく、彼のなにがすごいのか最初はあまりわからなかったのですが、彼の写真をいろいろと見てみると、空間をうまく使っていて、人や物の配置が見ていてとてもバランスよく撮られているなと思いました。また、彼のことを調べていく内にある言葉を発見しました。それは、「ひとの写真を撮るのは恐ろしいことでもある。なにかしらの形で相手を侵害することになる。だから心遣いを欠いては、粗野なものになりかねない。」という言葉です。この言葉を見たときに、全世界の人々にこの言葉を伝えたいと思いました。近年、Instagramなどで様々な写真が投稿されていますが、その中にはもちろん人が映っているものも多く、その中には私みたいに移るのが嫌いな方だっていると思います。今の現状私からみればプライバシーのことを考えて写真を撮っていない人が多いように感じます。「週間文春」にも例えば芸能人の不倫のスクープ写真が載っていますが、私が毎回思っていることが、「それがえん罪だったらどうするのか」です。不倫ではなく、ただ会っていただけなのに不倫のレッテルを貼られてしまう、これほどかわいそうなことはありません。動画にもプライバシーの問題だったり、バイト先でふざけた動画を投稿する輩なんてのもいます。写真や動画を撮るからには、相手のことを考えて本当に撮るべきなのかを考えて、また、投稿していいのかをしっかり考えてほしいと思いました。次にYouTubeプレミアムについてHIKAKINさんの動画を見て初めてその実態を知りました。これについて考えたことは、視聴者側は確かに広告を飛ばして見ることができるのでストレスがたまらないということは納得できるのですが、広告をつけているスポンサーの会社からはどう見えているのかということです。せっかくお金を出して広告をつけているのにそれを見てもらえないのはもし私がスポンサーだったらとてもショックに思います。なので、私は必ずしもYouTubeプレミアムに加入する必要もなく、広告を見ることも必要だと思いました。次に、インフォメーションに関する分厚い本です。実物を読めば、何千ページ、何百ページもあってじっくり読めば何時間かかかろうというものも動画を使えば、ものの数分でだいたいのことは理解できてしまう、こういうところに教材としてのYouTubeの可能性が秘められていると思います。実際に私も受験生の時、世界史を勉強していましたが、ただ分厚い教科書を読んでいるだけでは理解が薄かったため、YouTubeで解説動画を探して、それを併用することで理解を深めていました。また、文字だけで理解するより、映像と合わせた方が理解が深まると思います。例えば、ヒトラーは演説が上手でそれで国のトップまで上り詰めたことはよく聞くことですが、それでは彼はどう演説が上手だったのか、こういう疑問をYouTubeは解決してくれます。私も初めてヒトラーの演説を見たのですが、長い沈黙があったり、周りの人の声が入ったり、自らが国民の立場になって国を変えていきたいということがひしひしと伝わってきました。また、9・11ももちろん知識としては知っていますが、私が物心つく前の出来事なので映像で見たことはあまりありませんでしたが、今回飛行機がビルに突っ込むところ、ビルが炎上するところを見てみて改めて悲惨な事件だったことを確認しました。本の文字だけを読んで絵を想像することも大事ですが、その想像の答えを映像で提示することも重要だと思いました。もちろん娯楽としてのYouTubeも生活の上で必要だと思いますが、学習としてのYouTubeという考えも今後は模索したいと思いました。今回考えたプライバシーや広告、学習としてのYouTubeを周りの人と共有して少しでもいい社会の構築に貢献したいと思いました。

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今回のYouTube考古学(動画媒体での学習)について自分は便利であり、なおかつ動画にしかない利点を生かした学習ができると感じました。ただし、ほかの媒体よりも使い方に気を付けなければならないということも同時に感じました。まず、動画の利点の一つ目としてはほかの媒体では表現できないことを表現することができることです。具体例として挙げられるのはインフォグラフィックスや歴史的映像、ドローンやCGなどの映像です。まず、インフォグラフィックスについてだがこれはほかの媒体では大まかな変化を情報として伝えることはできますが、動画であればすべての情報を一瞬で見ることができます。特に今回のデスクトップOSの盛衰のような後から登場したOSによって既存のOSが衰退したとか衰退しているように感じても同じWindowsのOSであるから実はあまり関係ないという事など複数のOSの情報を同時に展開することができる動画だからこそ得られる情報があります。次に歴史的映像ですがこちらも例えばヒトラーは演説する際に最初わざと黙って周囲の視線を集めてから演説を開始するというのは有名でありますし、実際の映像もその通りです。ですが、映像の場合はその演説の際の聴衆の様子を見ることができます。この映像を見て自分はヒトラー一人を悪人であると言われている歴史ではあるが、周りの人物も喜んでいる様子を見ると当時と現在のヒトラーの評価の違いなどの新しい発見がありました。また、キング牧師の演説のI Have a Dreamは有名でありますが、フルの動画であればそこ以外の演説や聴衆の反応といった動画でしか得ることのできない情報があることがわかります。最後にドローンやCGなどの映像というのは言語化しても限界があるし、写真では動きなどの情報が伝わらないです。だが、映像であれば動きやCGやドローンの飛行技術のレベルがわかります。言葉でリアルなCGといわれるのと動画で見るのであったら動画の方が情報が伝わりやすいことは明白です。また、CG以外にもフィクションや昔の白黒のものに色を付けたものなども他の媒体では伝わらない情報がありますし、歌などにPVをつけることで情報を付け足して動画を視聴者に提供することもできます。このように映像であるからこそ表現できる情報が多数存在していることがわかります。二つ目の利点としては時間と場所を問わないということです。例えばappleの新商品発表プレゼンのようなイベントは今までならば現場にいる人しか参加することが出来ませんでした。しかし、オンラインイベントになったことでその場にいなくても同じ時間に見ることが出来ます。また、オンラインイベントであるので翻訳を使うことが出来ますので英語を話せない人でも内容が理解できるようになります。もし、オンラインイベントにその時間に参加できなかったとしてもその後、オンデマンドで挙げられた動画を見ることが出来ますので時間に制限されません。さらにYouTubeはスマホやタブレット、パソコンのような複数の端末に同じアカウントで登録していれば記録が共有されますので家でパソコンで見ていたものを今度は電車の中でスマホで見ることが出来ます。また、隙間時間に途中までだけ見ても、紙の本のしおりのようにどこまで見たか記録されますので見たい時に見れる分だけ見ることが出来ます。それにYouTubepremiumに加入していればオフライン動画再生とバックグラウンド再生に対応します。オフライン動画再生のお陰で回線の制限を受けないで動画を見れるようになりますし、バックグラウンド再生では自分がもし音声だけを取り入れたいと思っているときに有効ですのでさらにYouTubeの利便性を向上することが出来ます。また、これはパソコンとAndroid 7.0以降に対応しているスマホでは画面を分割して表示することが出来ますので、二つのことを同時にこなすこともできるので時間短縮につながりますし、同時にできるということで益々時間を選ばないで動画を視聴することができるようになります。そして三つ目の利点は自分の欲しい情報を効率よく入手することができるということです。動画をスクロールしていけば自分の不要だと考えるところは飛ばして見ることが出来ますし、倍速することで手短に情報を手に入れることが出来ます。最近のYouTubeの動画だと一部では動画の何分からに何をするのかがあらかじめ表示されるものもあります。また、今回の授業の資料であるキング牧師の演説のようにフルのものとI Have a Dreamの箇所だけの動画のように複数の関連する動画から自分が見たいものを選んでみることが出来ます。さらに動画が終わった後には関連する動画も表示してくれたり、YouTubeは学習して次回以降もあなたのおすすめ動画として表示してくれるので自分から探しに行く手間が省けます。ほかにもチャンネル登録したり、グッドを押したり、後で見るに登録したり、プレイリストを作成したりと自分の好きなようにYouTubeをカスタマイズすることが出来ます。 では、逆に自分が欠点であると思ったことが一つあります。それが便利すぎることです。まず、YouTubeを利用した学習では答えがすぐに見つかってしまいます。それでいてどこでも利用でき、さらに先ほど述べたようにYouTube自体に学習能力が備わっているため以降の学習も容易になることが予想できます。その結果、努力することを怠るようになる人が増えていく可能性があると感じました。自分は中国文学科に所属おり、よく先生たちは調べるときは紙の辞書を使わせます。その理由は紙の辞書の方が手間がかかるから記憶に残りやすいというのと調べたときに調べようと思ったこと以外の情報も目に入るからだとのことでした。自分は手間を減らせるのがYouTubeの利点であると思いますが、努力を怠るようになった結果、自分で考えることを放棄する人が増えていく危険性があるのではないでしょうか。また、ほかの情報も目に付くというのは確かにそうしたらより多くの知識を知ることができると思いました。YouTubeは深く知ることには関連の動画などが出てくるので強いと思いますが、関係のない事項も広く知るということは無駄を排除している分、難しいように思いました。また、他の媒体よりも過程を飛ばして答えにたどり着くため自分自身で覚えなくてもすぐに答えがわかるようになり、結果的に従来の覚える学習ではなく、調べた情報をどう扱っていくかの学習になってしまうように感じます。そのため情報の信憑性が大切になります。しかし、YouTubeの動画にはフェイクの内容が混じっていることがあり、それを見分けられる人でないと情報を扱うのは難しいのではないでしょうか。情報を扱うという点ではほかにも気を付けなければならないことがあります。それはYouTubeは誰でも気軽に動画を投稿できるため、一つのことを検索しても多くの動画が出てきます。その結果、どの動画が自分が求めている情報を提供しているのかわかりにくくなっていることです。だからタイトルとサムネイルで自分が求められる情報がありそうな動画を見分けられる力が必要になると思います。 自分はYouTubeを利用した学習は便利であり、求めている情報にすぐたどり着くと思いますが、間違った情報を誤って自分の知識に取り込んでしまったり、学習をYouTubeに任せてしまって自身で考えることを放棄する人が出てきてしまう可能性もあると思い、その情報の扱い方やYouTubeの利用の仕方をきちんと理解することが重要であると思いました。

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 今回の課題による動画体験を通しての私の考えを述べていこうと思います。  まずYoutubeをはじめとする動画媒体を有用にする技術の発展についてです。今回紹介された動画の中には、テレビの進化やコンピュータの進化に関する映像も多くありました。特にコンピュータについて注目したいと思います。現在我々が用いているコンピュータ機器は1950年までに本質的に登場したとの説明があり、現在用いているものはその原型にアプリケーションなどの発展で、スピードが良好・情報保存・検索デバイスなどがより多機能になったと言われていました。これらの進化は、人々のニーズによって開発が要されたとの説明を受け、Youtubeがここまで世界的に人気を博しているわけには、人々が共有できる動画サイトを求めていたことにもあるのかと思いました。ここで疑問に思い、なぜYoutubeはここまで拡大したのかを少し調べてみたのですが、やはりYoutubeは人々が求めているものの本質を見抜いたのだという意見を目にしました。要は、人々は再生速度と動画共有による共感手段を求めており、それにYoutubeは対応したという意見だったのですが、これはこの時代からコンピュータがコミュニケーションツールとして見いだされていたのだろうと私は思いました。また、技術面で個人的に目を引いた記事はTRONプロジェクトについての記事です。基本的に技術というものは価値であり、個人が独占的に所有できる財産でもあると私は考えています。ですから私は、技術者にとって技術を公開するという行為が価値の下落を招くのに、それでもオープンアーキテクチャとして共有する英断さに心打たれました。このプロジェクトにより、我々が普段扱うコンピュータ機器初めに様々な機械製品は躍進的発展を遂げているのだろうと思いました。この考えの優秀さを私は大事にしていきたいと思います。  次に、私は前回の課題の際に見落としていた、Youtubeの教材としての可能性について考えていきたいと思います。まずYoutubeを利用する利点の一つは、他国の映像が気軽に視聴できる点にもあると考えます。そこで特に教材的価値を語るとすれば、海外における歴史的事実や歴史的事実に関する他国の解釈などに触れられる点だと私は思っています。特に今回の動画体験でそれを感じられたのはヒンデンブルク号炎上です。我々が普段あの動画をYoutube以外で見ようとするならば、それこそ歴史的映像としてドイツで保管されているものを見に行くしかないのかもしれません。少し過大評価かもしれませんが、歴史的映像を誰でも見る気があれば手軽に視聴が可能だという事実が、学習者にとっては有用であると思いました。そして、若干精度に対する不安はありますが、自動翻訳機能により、多くの言語の壁を越えて映像を視聴し学びにつなげられることはYoutubeの機能的な点における教材的価値だと思います。また、今回の課題に取り組むにあたって、講義中の先生の『”ショッキングな映像が良い”というわけではない』という考えは、編集された動画に現れていると思います。もちろん、無編集動画も貴重な価値がありますが、ショッキングすぎる映像は耐性のない人も存在する世界においては多少汎用性に劣ると考えることもできます。逆にその点で、編集された歴史的映像の教材としての利用価値と汎用性は格段に上げられていると思います。編集者は一個人の手によるものなので絶対とは呼べませんが、編集された映像が存在することで、ショッキングすぎる映像を避けながら現実を直視する機会を幅広い年齢層で共有できるのだと思います。また、著作権に関してもYoutubeの教材的価値の観点に絡めて詳述していきたいと思います。著作権は動画投稿者や世の表現者を守るために存在しています。しかし、講義においては表現者の著作を利用することで学習精度があがることも考えられます。この点に関していえば、Youtubeというのは教材として少しだけ扱いづらいと表現することもできます。しかし、著作権とは必要な権利であるのでYoutubeの著作権侵害にたいする厳格な処置はむしろ良い教育であるとも思います。また、講義中での話にあったように、収益を目的としない限定公開の形であればYoutubeは十二分に教材として利用可能であると私は思います。個人的な話としては、著作権において特に音源に関しては厳格であるという点がさらに信頼度を上げていると思います。音源というのは見た目だけでは判断できませんが、音楽は動画という媒体において重要な機能であるので、そこに重きを置くのは素晴らしいと感じました。  続いて、フェイクと関連させてリテラシーについて述べようと思います。講義中においてもフェイクの見破り方に関して、そのニュースなど情報源の文脈から判断するというお話がありました。それは、この授業の目標の一つであるシチズンシップの観点において重要だと感じました。課題の中でのフェイクは主に写真についてであったように思うので、写真家についての動画体験も絡めて話を進めようと思います。今回取り上げられていた写真家たちの思いには、前回の課題でも私は同じことを考えましたが、人の目を向けさせる力があると考えています。この力というものを私はメディア・リテラシーに繋げられるのではないかと思いました。リテラシーというのは一種の技術であり、そこには慣れと多様な視点が重要です。写真家の持つ力を個人的な観点に取り込むことで、我々はフェイクを避けより精度の高い情報を得られ、発信者としてより確実な情報や意見を世に伝えることが可能であると思います。フェイクの種類は画像や情報そのものとあり、本そのものを情報媒体として活用するほうが明らかに安全です。しかし、現代の我々は情報氾濫の時代に生きており、情報源をインターネットとする必要も出てくる場合があるかもしれません。その場合、フェイクに対して我々はその一つの情報源を信用するのではなく、多くの情報源に触れ、リテラシーを得ていくことが大切になっていくと思います。  最後に、考古学とは文化の痕跡を研究し、人類の活動とその変化を研究する学問であると改めて定義すると、Youtubeは学習者である我々にとって大きな利点の多い媒体です。まずまず人類はコンピュータ機器を多様に使えるように発展させ、現代のニーズであるネットワークの利便性はより拡大されていっています。この変化に対応するために我々に必要なのは、Youtubeをはじめとする情報を多く取り込める動画媒体を情報源とした活動に慣れ、リテラシーを身に着けることです。人類史を見る限り、ここまで情報を瞬時かつ大量に扱った時代はないでしょう。その時代に生きる我々だからこそ必要なのは、単に使えるだけではなく、より正確な情報源の確保とその正確性を見破るための技術と慣れです。Youtubeという世界的コンテンツは世界の幅広い知識を知るうえで有用であり、ゆえにそれを効率よく利用することは多大な利益になると思います。今回の課題を通して私は、改めてYoutube動画媒体の優秀さを知り、そしてそれを活用していくためにリテラシーを身に着けた市民になるよう努力していこうと思いました。

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「YouTube考古学と動画体験」についてのリンクをたどってみて感じたことは多数あります。まず、コミュニケーションの進化です。人間とコミュニケーションは、必要不可欠な存在で、共に成長してきたと思います。縄文時代からの初期の人間から火を使って信号を送信したり、口笛を吹いて自分の考えや気持ちをサインで伝えて表現し始めたことからコミュニケーションが生まれました。そしてそれが消窟壁画を使って芸術とのコミュニケーションに変わり、ラクダに乗って人々にメッセージを届ける形があり、紀元前776年には伝書鳩が使用されるようになりました。縄文時代の人間でも言葉はないけど縄文時代にあったものを使ってコミュニケーションを取っていたとは知らず驚きました。私的に人間がコミュニケーションを取るようになったのは、もう少し後だと思っていました。しかし、同じ生物がいる以上相手に合図したり、自分の気持ちや考えを伝えていかないと生きていけないのはどの時代も同じなんだと気づき、人間はもちろん動物などの生き物にとっても必要不可欠なものなのだと改めて感じました。1861年フィラデルフィア州のジョンチャールトンがトーマスの助けを借りてはがきサービスを作成しました。人々は、文字を使って人とやり取りするようになりました。そして、1867年最初の電気電話のプロトタイプであるアレクサンダーグラハムベルが誕生しました。その後電話通信はインターネットとワールドワイドウェブなどグローバルに使用されるようになり、最近のコミュニケーションに近づいて言ったのです。時代と科学技術の発展により人々のコミュニケーションの取り方変化していき、簡単に人とやり取りができるようになっていくのだと感じました。そして最近では、LINEやインスタグラム、TwitterなどのSNSなどで人とコミュニケーションを取る機会が多くあります。更にYouTubeなどがあり、世界中の人と一人一人の自由な方法でコミュニケーションを共有でき、コミュニケーションを取る機会が多い時代になりました。そして、私も毎日と言っていいほどLINEやインスタグラムなどを使って友達とやり取りしたり、YouTubを見たりしています。一方で、機会が多い分問題もあります。例えば、SNSは、人とやり取りしやすいけれど、相手の顔が見れないので、知り合って実際にあって見たら、年齢や性別をごまかしていて事件に巻き込まれたりすることもあります。また、偽アカウントや架空アカウントを作りスパム行為及ぶ人がいたり、個人情報を詐取しようとする人が出てきます。YouTubeでは、フェイク動画や情報が流れていたり、何と言っても中毒性があります。このようにコミュニケーションが便利になるにつれて、情報収集や自分自身の個人情報などの危険性が高くなり注意が必要にまります。コミュニケーションは、人間にとって必要不可欠なことなので、簡単に取れるようになっている時代はとてもいいと思います。しかし、SNSで、コミュニケーションを取る時には自分自身の身を守るために個人情報を出し過ぎていないか、また居場所を特定する写真などを確認することが必要です。 ヒトラーやキング牧師の黒人奴隷についての演説の動画では、動画で見ることで、授業で、ヒトラーやキング牧師について学習したこととまた別のことを知ることが出来ました。ヒトラーは、アンネフランの話を読んだ時の印象でユダヤ人など酷いことたくさんしてきて、恐ろしい独裁者だと思っていました。一方で、ヒトラーの演説を聞くと国民に分かりやすいようにポイントを絞り繰り返して言う工夫をしていることや国民の失業者を大規模な工業事業を起こすなどの国内政策をして600万人から50万人以下まで減少させたり、今でもあるフォルクスワーゲンの自動車を大量生産し、自動車を手に入れるという国民の夢を叶えるなど国民やドイツの為の活動をしている事をこの動画で知りました。このような活動からドイツにとっていなくてはならなかった歴史的人物だったとも感じました。さらに演説を会場が静かになるまでまつ沈黙は国民に強く聞いてほしいというのが伝わってきて、国民とヒトラーが心を一つになった無言のコミュニケーションだったのでわないかと考えました。キング牧師の黒人奴隷の演説と言えば、「I have a dream」という単語が印象深かったけど、実際の演説は、人種差別をなくすため自分の思いを人々に分かってもらうため長い間、落ち着いて演説している姿を見て、人種差別の問題は今よりももっと深刻だったのだと感じました。キング牧師の有名な「I have a dream」で始まる演説には、キング牧師の旧友であるマへリア・ジャクソンがいつもの力強さが演説で出てないことに気付き、発した一言で生まれたというエピソードがあったことを知り、面白かったです。 そして、何より動画の進化を「YouTube考古学と動画体験」で感じられました。特にYouTubeの最初の映像は、編集がなく、ただ像のことを伝えるような感じで、今でいうニュースの中継のようでした。さらに調べてみると、同じ内容の動画で2019年版がYouTubeで出てきました。比べてみると最初のYouTube動画よりも最初に音楽などを付けたり、声を変化させていたりと編集を多く利用していて時代が進むごとにYouTubeの技術が変化しているのを痛感し、これからの時代によるYouTube技術の可能性を感じました。また、ドローンを利用した撮影動画を見てより立体的に撮られていていました。さらに普通のカメラよりもスピードを付けて撮影している為臨場感が映像なのに出ていました。このドローンで撮影した映像が進化して、事件などの現場をドローンで撮影した映像をニュースなどで放送すれば、今よりもその事件の恐ろしさや今の状況が鮮明に知れる思います。また、ヒンデンブルク号炎上、9.11ヘリ映像、25年の広島の動画でこれらの出来事があったのは知っていたけど、実際に起こった時には生まれていなかったので実際の動画を見て、起こった時の周りの雰囲気や事件の恐ろしさ戦争の本当の恐怖を実感出来ました。このような実際の映像があると実際に経験してない人たちも恐ろしさや実際の雰囲気を学べて今後二度とこの様な事件が起こらないように伝えていけると思います。だから時代が進むにつれてこのような事件を経験している人が少なくなっていく現状がある今だからこそこれからYouTubeやテレビでこのような映像が増えていくといいです。更に中々見ることや学ぶことの出来ないんだけど火星を映像で見ることが出来ました。 今回の授業を通して、これからさらにSNSなどが普及し、YouTubeなどは、色々な人が様々な形で工夫をして発信し、世界の様々な人たちと意見交換などをするなど様々な使い方をしていくと感じました。また、時代が進むにつれてコミュニケーションの取り方の形が変化し続けていくと考えられます。また、YouTubeなどの動画は、短い一本の動画でも今回私が、ヒトラー、キング牧師の演説や火星の動画で、新しい発見が出来たことやヒルデブルク号炎上や99.11ヘリ映像、25年の広島の動画で学んだように、その事件を体験してない人のも恐ろしさを分かりやすく伝えられることができ、知識として役立つことが出来ることを学びました。動画を含み私達が当たり前に利用しているテレビや印刷機なども時代と共に変化していて、これから、色々な可能性が溢れていくと全体を通して感じました。これから動画で多く学んでいきたいです。

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 私は今回動画を主としたメディアの歴史に触れて、人々はコミュニケーションのために様々な工夫や努力を行い、その積み重ねが現代のメディア、特にyoutubeの誕生と発展につながっていったのだということを実感しました。これは動画を見て知ったことなのですが、情報技術の人類史では、ジェスチャーやサインでしかコミュニケーションができなかった原始人類が壁画を描くまで17万年かかったのに対し、ラジオの原型となるアート電話は1912年頃には有効に使用できていたそうです。つまり17万年かかった壁画とは違い、ラジオの原型が世界に誕生してからまだ100年ほどしかたっていないのです。人類の情報伝達技術の進歩を速めたのは、電話などの電子機器類の登場であると考えられているます。ジェスチャーやサインという原始的なコミュニケーションからグーテンベルクの印刷機、そしてラジオ、テレビという段階を経てどんどん便利となっていくこうしたコミュニケーションツールの歴史を見ていくと、人がいかに人とのつながりを重要視し、人と会話する楽しみを追及してきたか、ということがよくわかります。  次に私は、最初はyoutubeにアップロードされている動画が大学の講義で扱う教材に適しているという先生の考えに否定的でしたが、実際に先生が提示してくださったコンテンツを拝見していったところ、確かにyoutubeは教材の1つとして扱える余地があるな、という風に感じるようになりました。  私にとってyoutubeは、日々アップロードされる動画を何も考えずに娯楽として流してみていくものでしたが、youtubeでは普段の授業では欠けてしまいやすい一次体験を行うことができる、という点を見過ごしていました。ここでいう一次体験とは、自分の目耳鼻口手足頭を使って外の世界の現象そのものを実体験することだ、という風に説明されることがあります。百聞は一見に如かずというように、他の誰かの伝聞よりも、実際に自分が見に行った方が確実でよくわかるということは周知の事実です。その具体例として、私がyoutubeが物事を知る上で重要な教材となりうると感じたのは、キング牧師の演説でした。私がキング牧師による演説に関して知っていたことは、アメリカ国内における黒人の人種差別撤廃を訴えたということ、そして「私には夢がある」という有名なフレーズのみだけでした。ですが実際の動画を見てみると、アメリカに住む黒人たちは本当にキング牧師を慕い、皆で一体となってアメリカにはびこる黒人差別をなくそうとしていたこと、そしてキング牧師のよる周囲の人々に語りかけ、勇気づけるような話術はまさしく演説であったということが新たにわかりました。こういった動画を見ることによって、見なければわからない一次情報を発見するのみならず、それをあたかも自分が体験したかのように感じるようになる、それこそが一次体験の肝ではないのでしょうか。この一次資料ならではの利点は、教科書やプリントのような二次資料(元はどこか他の所で示された情報について述べた文書もしくは記録)では、得ることはできません。二次資料という、既存の学習法の学習効率の悪さを考えると一次資料の教材としての価値は十分にあります。その存在は学問を学ぶ上で、ある事柄をより鮮明に記憶に残るように伝えたい教員側も、ある事柄に関して事細かに理解できるようになりたいけれど、あまり労力をかけず効率的に学びたいという学生側にも大きな助けとなると思います。私はこの場合学生側に分類されますが、YouTubeが有する短時間で多くの情報を得られるというメリットは、本や映画などと比べ物にならないレベルだと感じました。特に本では半日かけないと理解することのできない内容でも動画ならばその半分くらいの時間で済むという点や、自分の好きな時に好きな場所で見ることのできるという動画の特徴は、自学自習の教材に適していると思います。コロナ感染拡大により、これまでのような対面形式の授業は以前より制限がかかるようになってしまいましたが、こういった一次資料を使ったオンライン形式の授業が新たに行われるようになったことは、考えようによっては、コロナの利点ではないでしょうか。  この他にも、私はyoutubeには歴史的映像に容易にアクセスできるという強みもあるという風に思いました。ヒンデンブルク号炎上事件も9.11も、私にとっては残念ながら過去に起こった出来事です。私がこうした事件を初めて知ったのは教科書や人からの伝聞など、先ほどでいう二次資料からです。そんな一次体験をしていない私にとって、youtubeはその歴史的出来事がどのように起きたのか想像し、そして実感するために扱う教材として適していると感じます。YouTubeは誰にでも開かれており、誰でもアクセスできるため、生徒である私から情報に主体的に得ることが可能です。先ほども言いましたが、youtubeは学生による主体的な自学自習の学習教材として、二次資料よりも適任であるように感じています。  しかしここで私は、わかりやすく、すぐに伝えたいことを伝えることのできる動画ならではの危険性もあるのではないかと思っています。それは、フェイク動画の問題です。近年では、トランプ大統領やFacebook創業者のマーク・ザッカーバーク氏を模倣したフェイク動画が話題となりました。こうした行為は悪意あるフェイク動画制作者によって、実際には発言していない政治的あるいは経営上のメッセージを世間に広めてしまうリスクがあるといわれています。なぜなら、フェイクニュースとしてソーシャルメディアで拡散されると、ユーザーは偽物と判別することが難しいからです。また、フェイク動画は政治的意図だけで流布されるものではないとも言われています。誰にでも開かれ、アクセスできるyoutubeは人の嫌がらせや、リベンジポルノ、ネットいじめに悪用される可能性が懸念されているそうです。youtubeに限らず、今後動画を視聴する上では、誰がそういった情報を発信しているのか、またその情報のリソースはどこにあるのかということを確認する必要性が出てくるでしょう。また、最近では膨大な動画が毎日のように投稿され、youtubeは著作権問題を取り締まろうとしても対応できていないように感じます。カラー映像が普及し、AIが自動翻訳してくれるようになり、YouTubeの需要は高まったからこその問題ですが、著作権問題はしっかり取り締まらなければいけないものだと思います。  以上、youtubeというソーシャルメディアの特徴について見ていきました。youtubeが取り扱う動画には、その強み、そして利用する上の危険性が存在するけれども、使う人次第で薬にも毒にもなってしまうのは、動画のみならず便利で影響力のある物には共通することでづ。今後も私は、動画に潜む危険性に敏感に反応できるようになりつつ、その便利さを楽しんでいきたいです。 

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教育へのYouTubeの利用についてはYouTubeで多くの歴史的映像を容易に見ることができることに驚かされました。今までの歴史を学習する環境としては、文字と写真から構成されている教科書が大部分を占めており、映像を見ることがあってもそのワンシーンであることがほとんどでした。そのため自分が体験していない過去の歴史はどこから物語のように認識している部分がありそれが「一次体験が決定的に欠けている現状」ということだと思いました。一次体験をしていない私たちにとってはその歴史的出来事がどのように起きたのかは想像しにくいものでしたが、動画という形式ではヒトラーの演説の前の長い沈黙や声のトーンやジェスチャーなどの文字や写真では伝えきれないこまかな様子を記録することができます。9.11の事件の映像も当時テレビの中継のさなかに2機目が突入する決定的シーンが放送され大きな衝撃をもたらしたと聞いたことがあります。もしこれが文字や写真だけだったならばその凄惨さは後の私たちには感じ取ることができなかったと思います。広島の原爆被害の様子は今回の映像以外にも博物館に行ったり、実際にその場所にいた方の講演を聞いたり、はだしのゲンが学校にあったりと触れる機会の多い歴史的出来事であったため想像はしやすかったです。そして、やはりその出来事の細かな部分や個々の事例、周辺の出来事を知ることが学習になると思いました。更に、YouTubeは地球上を飛び越え、火星の映像までもを見ることができ、自宅に居ながらにして人類のまだ知らない世界を記録、発信しており今後も様々な記録が集まってくるプラットフォームだと感じさせられました。 また、誰もが無料で見ることができるという点でも教育に利用する教材としてYouTubeは適しています。今までの授業で、歴史的な映像を見る機会はありましたが、それは教員が用意した古いビデオや番組の録画などであり、その媒体に生徒が到達するのはかなり難しいと感じました。また、授業で書籍を見ておくように言われても時間やお金の面の問題から後回しにしてしまうことや、見ようと思っても提供されている部分が限定的で手が出しにくいと感じることもありました。その点でYouTubeは誰にでも開かれており、24時間いつでもどこでもアクセスできるため、生徒である私はやろうと思ったらいつでもどこからでもすぐに主体的に情報を得ることが可能でしかも無料で利用することができるという点も教材として利用するメリットだと思いました。 さらに言語の壁を超えることができるというのも魅力です。 私は普段YouTubeで工場見学のようなものづくりのメイキング映像や海外旅行先の風景を撮った動画など言語での説明のない動画をよく見ています。このような動画形式ならではの題材は知らなかった世界のリアルな文化や状況を知ることができます。YouTube上なら字幕や自動翻訳機能が使用できる動画も多いため海外の動画も見やすく音楽やダンスなど言語の関係ないジャンルだけではなく、本当に様々なジャンルの最新の世界の情報を取り入れそして発信できるプラットフォームであり教育に利用できると感じました。 ただYouTubeなどの動画は詳細や実際の様子などがわかるのが良いところだと今回の講義で感じましたが文字での情報も同時に必要だと考えます。というのも文字情報は体系的に整理された情報を素早く理解することができると感じているからです。私は普段YouTuberの商品紹介のような動画はあまり見ないのですが、他の受講生の方のFormsを読んで「コスメ購入の際の参考にしている」との意見を見かけました。私はコスメレビューの体験談のような複数の製品を使用比較するような企画は動画で見ると自分の気になっている商品の部分はどこなのかパッと見ただけではわかりにくいため、雑誌や記事で文字として読む方が自分の欲しい部分だけを読めば済むので便利だと考えています。しかし、近年Googleで検索して出てくるような記事では企業の広告や自社の製品のPRなど公平な視点で比較している記事が先に出てくるためそのような記事を避けて気軽に調べたい人は純粋な消費者の口コミとしてYouTuberの商品紹介動画を選んでいるのではと考えるきっかけになりました。 さらに一次情報の重要性については他の受講生の方のFormsを読んでYouTubeが登場する前は「歴史的な映像はテレビでしか見ることができなかった。」という意見を見て加工されていないそのままの映像を見ることができて一次体験が誰でもできるようになったということの変化の大きさを身近に感じることができました。 それまでの情報伝達の方法はその場でのコミュニケーション手段である狼煙などのサイン、ジェスチャー、会話からその場にいない人にも伝えることのできる文字や絵の開発によって手紙や本などの広がりを見せました。紀元前3万年前には洞窟壁画、紀元前776年には最初の伝書鳩が使われたことを今回の動画で初めて知りました。その後15世紀にはグーテンベルクの印刷技術が発明され印刷物の大量生産による知識の広がりや新聞も誕生しました。20世紀初頭にはラジオが発明され情報の伝達は見るという行為から聞くという行為に変化しました。その後テレビが発明され見て聞いて情報を得ることになりより一次体験に近くなりました。そのスピードも時代が進むにつれて速くなっており1869年には世界最初のはがきが発行、1876年の電話機の発明。2021年現在ではそんなラジオ・テレビ、はがき、手紙などのコミュケーションツールは関心から薄れていき、人々の関心はyoutubeやSNSなどリアルタイムで多くの人に向けて情報を伝達できるようなツールに移っていきました。 それまでの情報伝達手段である例えばテレビで放送するとしたら、ヒトラーの演説の前の長い沈黙のところはカットされるかもしれませんしショッキングな出来事や政治的に重要な情報はあえて隠されているかもしれません。人々が紙面やラジオしか情報を得られなかった時代は、情報は誰もが発信できるようなものではなく発信する立場に立つことは知識や教養、社会的地位など求められるハードルが非常に高かったと考えることができます。そのため時の権力者による情報統制などが行われることもありました。第二次世界大戦の後、情報統制は完全とは言えないが無くなり、テレビの登場により映像から情報を取得することができるようになりましたが、それは一次体験ではなく意識的に編集され、わかりやすくかみ砕かれた情報でありそうでない映像を気軽に見られる場所はありませんでした。しかし、集合知のプラットフォームであるYouTubeではその出来事を体験した人それぞれが自由に素早く情報を発信することができるため意図的な秘匿は難しいです。そのためYouTubeは一次情報を手軽に見ることができる身近なプラットフォームであると感じました。 今回様々な動画を実際に見てみてそれまでYouTubeは娯楽だけのツールという印象でしたが、こんなにも実際の映像をみれるYouTubeの利用人口の規模の大きさと教育における有用性を認識できました。また一次体験をすることで歴史的な出来事の詳細を確認することの重要さを感じました、これから情報を得る際はYouTubeを有効的に使うこと意識し、活用していきたいと思います。

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私はYouTubeを勉強のツールとして利用することに賛成します。なぜなら私たち現代の若者にとってYouTubeはとても身近で簡単に視聴することができるからです。現代の若者は液晶画面を長時間眺めることに慣れています。ですからYouTubeを使って講義動画などを見ることは容易いことだと思います。しかしただ眺めるだけでは勉強になるとは思えませんし、動画の内容も面白いものでなければ長続きしません。実際に今回の講義用ページのリンク先を視聴しましたが、やはり普段見ないような動画がほとんどでした。しかしひとつひとつの動画には新たな発見がありました。アンリ・ブレッソンの写真を見た時には人が走っている途中だったりジャンプした瞬間を切り取った写真が多いと感じました。彼は決定的瞬間をテーマに写真を撮っていたそうですが、人が軽やかに宙に浮く瞬間を静止画のように見ることができる写真を見て、空間の作り方が綺麗だと感じました。HIKAKINさんの動画ではYouTube Premiumについての説明でしたが、やはり他の方の動画より面白いと感じました。そう感じた理由は説明だけでなく実際に利用していたところやテロップがついていたこと、賑やかな効果音やHIKAKINさんのキャラクターなどです。分かりやすくて見ていて楽しいということはYouTubeを利用して勉強することにおいて少なからず重点を置くべきなのだろうと考えます。Premiumに加入して使うことができる新機能はたくさんありますが、その中で1番といってもよい機能は広告がなしでYouTubeを見ることができるという点にあると思います。大半の広告は途中からスキップすることができますが、見たい動画をスムーズに見たいのに広告があって邪魔だと感じるシーンは今までに何度もありました。勉強するためにYouTubeを利用するならば尚更広告なしという機能はメリットがあると思います。そしてオフライン再生ができることはとても有難い機能だと思います。オンデマンドの授業は通学時間をかけなくてもよくなり、のちに見返すことができたりと対面授業と比べてメリットがあるように思えますが、ネットワーク環境が整っていなければならないという大きなデメリットがあります。オフラインでも再生できるとなればそれこそ文字通りいつでもどこでも視聴できることになります。勉強する学生にとってもPremiumはよりYouTubeを使いやすくしてくれると考えます。次にコンピュータの進化を見ることができる動画では時代の経過とともにコンピュータがどう進化してきたのかをBGMとともに淡々と映像を流していたことが印象的でした。YouTubeといえば賑やかで派手で効果音が多いイメージがありましたが、むしろその淡々とした動画が新鮮に感じました。印刷機の動画も似たようなものだと思いました。言葉の説明が一切ありませんでしたが、その落ち着いた映像がむしろ伝統のどっしりとゆったりとした雰囲気を感じさせて、インクの匂いはこんな感じだろうか、判を押す機械はどのくらいの重さなのだろうかと想像力をかきたたせられました。チェコのとあるコンサートの動画が個人的には1番関心のある内容で、繰り返し視聴しました。私もああいうパフォーマンスの経験がありますが練習がとても大変で高クオリティのものを提供するにはそれなりの技術が必要なのですが、クラシックにユーモアを取り入れたこの演奏は視聴していてとても楽しかったです。しかしサムネイルや動画の冒頭のタイトルだけでは内容の想像がつかなくて、たくさんの人に見てもらいたいのにこれでは人の目につきにくいなと感じました。これが知識を培うための勉強用動画ならあまりサムネイルなどにこだわる必要は無いかもしれませんが、それでも人の興味関心を引くためにはコンサート動画も勉強用動画もサムネイルに工夫を凝らしても良いのではないかと思いました。最初のラジオ局の動画では当時の実物が動画の中で登場してきたことが印象的でした。昔の画像での説明だけでなく実物が出てくることで一気に信憑性や興味が増し、その実物を動かしながら説明してくれる映像は実際に自分も触ってみたいと思わせてくれました。実物を利用するということは一見当たり前で簡単な表現方法に思えますが、実際に触ってみたいと思わせることができれば動画の視聴に留まらず、実際に行動し実物を生で見た時に初めて得られる感覚が人間をまた次の次元へ連れて行ってくれると考えます。スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションは長めの動画でしたが、フォーマルな場面にも関わらずユーモアやジョークをまじえて話していたり聴衆にずっと語りかけるようなプレゼンテーションで、2倍速での視聴でしたが最初から最後まで飽きることなく見終えることが出来ました。このような手本にすべきような人の映像を現在でも繰り返し見ることができるYouTubeはもっとうまく活用すべきだと感じました。他にも多くの歴史的に重要なシーンをYouTubeで見ることができますが、キング牧師の演説は1つ目の動画は画質が悪く、日本語訳に自動字幕で翻訳したものを見なければ解釈どころか理解することにも苦労しましたが、編集された2つ目の動画では、画質が良くて最初から英語ではありますがテロップが付いていて1つ目の動画より簡単に見ることができました。編集された動画は視聴する側からするととても見やすくなりますが、編集する側からすると映像や話すスピードに合わせて映像に文字をつけたり適所に効果音を挿入する作業をしなければいけません。動画の編集経験もありますが、慣れていない人であれば何時間もかかってしまう大変手間のかかる作業です。YouTubeで勉強することは、視聴者にとってとても利便性が高いものですが作成者にとっては事前準備が多く、容易くできることではないと感じました。そして作成する際に注意しなければならないことのひとつに著作権があげられます。普段から勉強目的以外でYouTubeを見ていると公式からアップロードされているものや無断転載されているもの、非公式にも関わらず何故か通報されないもの、他の動画の音源を利用したものなど多様な動画があります。最近では元の音源をオリジナルに編曲したり、元の動画のパロディ動画を作ったりと著作権も複雑になっていると伺えます。前提として、どのような場合に著作権侵害になるのかということを知っている必要があります。YouTubeは誰でも動画をあげることができますのでアップした側、それを利用した側の両方にリテラシーが備わっていなければならないと思います。しかしYouTubeには多くの利用者がいます。ひとりひとりの著作権侵害を全て取り締まることは現実的ではありません。動画のアップロードの際に限定公開にすることで視聴者を限定し、無断転載などを減らすことができます。他にも動画の中に引用先を記しておいたり、作成する前に使用許可を取ることがトラブルを避けるために必要な行動だと思います。このような作業もやはり動画作成者の負担が多いなと感じます。以上からYouTubeを勉強のツールとして利用することは視聴する側に多くのメリットがあり、多くの刺激を与え、簡単に勉強することができると考えます。

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考古学とYouTubeの動画体験のページを読み、リンクを辿って見た私の体験と感想を述べていきたいと思います。まず教材としてのYouTubeの発見の項を読み、一次的体験の欠如が問題となっており言葉の限界、映像の限界があり、映像なら5分程度の短いものが好まれることからYouTubeが優れた教材である可能性を知りました。写真は決定的瞬間である必要はリンクのアンリ・ブレッソンの写真を見て、まさにその通りだと感じました。続いてのリンクのcomputer perspectiveを視聴し、コンピュータ、計算機の進化を動画で実物を確認することができました。複雑な構造はやはり話を聞くとか文字で表現するのではなく、動画でわかりやすく目で確認できるのは魅力だと思います。続いてメディア史のケースからコミュニケーションの進化を動画で確認しました。英語の動画でしたがアニメーション映像がわかりやすく字幕をつけることで理解することができました。グーテンベルクの印刷機では、手作業で活版印刷を行う様子やどのような道具を用いているのかよくわかりました。最初のラジオ局では白黒写真を参照しながら当時どのような様子だったか人物に取材をする内容でした。テレビの誕生では、当時の演者の様子から撮影方法、それがどのようにテレビに映し出されるかよくわかりました。テレビの進化では、年代を追ってテレビの形状が変わっていき、画面も画期的に美しくなった様を見ることができました。ジョブズによるmacintoshのプレゼンから当時からして画期的な要素が含まれたコンピュータであったことがわかり、iPhoneのプレゼンでは時を超え、小さな携帯でありながらコンピュータも兼ね備え、さらに進化した技術を伺えました。MicrosoftとAppleの戦いでは年代を追ってそれぞれのOSの進化を同時に見ることができ、特色やデザイン性の違いをわかりやすく理解することができました。歴史的映像ということでまず、ヒトラーの演説の動画を見ました。ヒトラーの演説の緊張感や切迫した空気感を感じることができました。キング牧師は私には夢があるという言葉で有名ですが、そのメッセージ以外にも多くの演説がされていることがわかりました。また、マヘリアさんの一言があったからこそこの演説が生まれたこともわかりました。無編集現場映像のヒンデンブルク号炎上では、飛行船が爆発するように燃えて骨組みだけになっていく様子が印象的でした。9.11ヘリ映像ではビルが黒い煙を出し続ける様をみて、無編集の現場映像がもつリアルタイム感と現実のリアルさがよく分かりました。一方、編集された現場映像である25年前の広島、火星の地上映像ではリアルタイム感はやはり欠けるものの、より説明的になり現場の様子を落ち着いて把握しやすくなった感じがしました。YouTube最初の動画は何気ないもので、ちょっとした日常を映した記録のようなものでした。それまでとは動画の発信の敷居が大きく下がり、誰でも動画発信ができるようになる雰囲気を感じました。YouTube aboutを読んでYouTubeが表現の場をあらゆる人に与えたいという思いが伝わりました。江南スタイルやジャスティンビーバーのmvを見て、言語の壁があるにも関わらず、耳に残る音楽やmvの工夫で世界中の人たちが楽しめるものになっており、それを大勢の人たちが見ることができるのはYouTubeというプラットフォームがあるからだと改めて実感しました。続いての高度なドローン撮影では、空を自由に飛んでジェットコースターを追いかけるという自分では体験できないことを映像として見ることができました。OK GOでは、集団の統一の取れたダンスや傘の動きを上空から見られる画期的なもので、その出来栄えに感動しました。ボストン・ダイナミクスではロボットのまるで生きているような繊細でなめらかな動きを確認できました。人力マシンの日本の恐竜は、再現度が高く恐竜の皮膚の質感や動きがリアルでまるで本物のようで怖かったです。続いてルイスキャロルのフェイク写真について確認しましたが、とても加工が自然でこれは完璧に見抜くのは難しいと感じました。フェイクがないと思われるものは、とても自然で昔ながらの味があるように感じました。ルイスキャロルについての解説の動画では写真に映っている人物はどのような人物かよく分かりました。あえてフィクションを使うでは、エニグママシンについてまずは見て、どのような暗号のシステムなのか理解することができました。私はイミテーションゲームを観たことがあったので、エニグマをより理解した状態でもう一度映画を観たいと思いました。フォンノイマンですが、私は彼を知らなかったのですが、数学者でありながら多くの学問に影響を与え、また原子爆弾やコンピュータを開発に関わった人だと知りました。原爆実験の動画では、原爆が与える被害がどれくらいかマシンでとても小さい規模で実験しているのがわかりました。博士の異常な愛情のエンディングの原子爆弾の爆発はフィクションとは思えないリアルさで驚きました。続いてヴィヴィアンマイヤーの写真のムービーを見て、白黒写真でしたが切り取った瞬間がとても生き生きとしていて、人の表情からも今にも動き出しそうに感じました。写真家ソール・ライターの写真たちを見て、日常の美しい瞬間を切り取れる写真は素晴らしいと思いました。彼のメッセージで写真家からの贈り物は見逃されている美を時折提示することだとありましたが、本当にその通りだと思いました。AIによるカラー化でヒロシマ・アーカイブを観ました。3Dの地図と写真を活用しどの場所に人が住んでいたかや被害のあった地域がわかりました。また、写真のカラー化では当時の様子がまざまざとわかって悲しくなりました。ツイートのニューラルネットワークによる色付けは再現力が素晴らしいと思いました。YouTubeで動画を投稿するうえで情報を特定の視点を持って収集、選別、編集して新しい価値を持たせ、それを共有するキュレーションという能力が必要なことがわかりました。自動字幕や自動翻訳は、ボランティアによる協力や人工知能によるものですが、滑舌の問題などから正しく翻訳できない問題があると改めて認識しました。YouTubeの著作権侵害対策では機械学習の発達により、音楽のメロディーから動画、音声までが管理され、権利者が申し立てをしやすくなったほか、利益をきちんと得ることができる環境が整いつつあるのは素晴らしいと思いました。オンデマンド授業をYouTubeで限定公開するとでは、何が著作権にひっかかったのかYouTube側が教えてくれるというのはとても良いと思いました。その部分を切り取れば公開できるというのは魅力的だと思いました。YouTubeのオンデマンド授業の魅力は生徒側からは再生速度の調整ができる、画質がいい、自動翻訳がついていることなどで、製作者は著作権を確認できるメリットがあるとわかりました。メディアリテラシーではコンテンツの批判的読解、公共精神に基づく能動的表現、メディアとプラットフォームの積極的選択が求められることも理解しました。また、出典の明示はきちんとする必要があり、論文を書く際も必ず行おうと意識しました。

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考古学とYouTubeの動画体験のページを読み、リンクを辿って見た私の体験と感想を述べていきたいと思います。まず教材としてのYouTubeの発見の項を読み、一次的体験の欠如が問題となっており言葉の限界、映像の限界があり、映像なら5分程度の短いものが好まれることからYouTubeが優れた教材である可能性を知りました。写真は決定的瞬間である必要はリンクのアンリ・ブレッソンの写真を見て、まさにその通りだと感じました。続いてのリンクのcomputer perspectiveを視聴し、コンピュータ、計算機の進化を動画で実物を確認することができました。複雑な構造はやはり話を聞くとか文字で表現するのではなく、動画でわかりやすく目で確認できるのは魅力だと思います。続いてメディア史のケースからコミュニケーションの進化を動画で確認しました。英語の動画でしたがアニメーション映像がわかりやすく字幕をつけることで理解することができました。グーテンベルクの印刷機では、手作業で活版印刷を行う様子やどのような道具を用いているのかよくわかりました。最初のラジオ局では白黒写真を参照しながら当時どのような様子だったか人物に取材をする内容でした。テレビの誕生では、当時の演者の様子から撮影方法、それがどのようにテレビに映し出されるかよくわかりました。テレビの進化では、年代を追ってテレビの形状が変わっていき、画面も画期的に美しくなった様を見ることができました。ジョブズによるmacintoshのプレゼンから当時からして画期的な要素が含まれたコンピュータであったことがわかり、iPhoneのプレゼンでは時を超え、小さな携帯でありながらコンピュータも兼ね備え、さらに進化した技術を伺えました。MicrosoftとAppleの戦いでは年代を追ってそれぞれのOSの進化を同時に見ることができ、特色やデザイン性の違いをわかりやすく理解することができました。歴史的映像ということでまず、ヒトラーの演説の動画を見ました。ヒトラーの演説の緊張感や切迫した空気感を感じることができました。キング牧師は私には夢があるという言葉で有名ですが、そのメッセージ以外にも多くの演説がされていることがわかりました。また、マヘリアさんの一言があったからこそこの演説が生まれたこともわかりました。無編集現場映像のヒンデンブルク号炎上では、飛行船が爆発するように燃えて骨組みだけになっていく様子が印象的でした。9.11ヘリ映像ではビルが黒い煙を出し続ける様をみて、無編集の現場映像がもつリアルタイム感と現実のリアルさがよく分かりました。一方、編集された現場映像である25年前の広島、火星の地上映像ではリアルタイム感はやはり欠けるものの、より説明的になり現場の様子を落ち着いて把握しやすくなった感じがしました。YouTube最初の動画は何気ないもので、ちょっとした日常を映した記録のようなものでした。それまでとは動画の発信の敷居が大きく下がり、誰でも動画発信ができるようになる雰囲気を感じました。YouTube aboutを読んでYouTubeが表現の場をあらゆる人に与えたいという思いが伝わりました。江南スタイルやジャスティンビーバーのmvを見て、言語の壁があるにも関わらず、耳に残る音楽やmvの工夫で世界中の人たちが楽しめるものになっており、それを大勢の人たちが見ることができるのはYouTubeというプラットフォームがあるからだと改めて実感しました。続いての高度なドローン撮影では、空を自由に飛んでジェットコースターを追いかけるという自分では体験できないことを映像として見ることができました。OK GOでは、集団の統一の取れたダンスや傘の動きを上空から見られる画期的なもので、その出来栄えに感動しました。ボストン・ダイナミクスではロボットのまるで生きているような繊細でなめらかな動きを確認できました。人力マシンの日本の恐竜は、再現度が高く恐竜の皮膚の質感や動きがリアルでまるで本物のようで怖かったです。続いてルイスキャロルのフェイク写真について確認しましたが、とても加工が自然でこれは完璧に見抜くのは難しいと感じました。フェイクがないと思われるものは、とても自然で昔ながらの味があるように感じました。ルイスキャロルについての解説の動画では写真に映っている人物はどのような人物かよく分かりました。あえてフィクションを使うでは、エニグママシンについてまずは見て、どのような暗号のシステムなのか理解することができました。私はイミテーションゲームを観たことがあったので、エニグマをより理解した状態でもう一度映画を観たいと思いました。フォンノイマンですが、私は彼を知らなかったのですが、数学者でありながら多くの学問に影響を与え、また原子爆弾やコンピュータを開発に関わった人だと知りました。原爆実験の動画では、原爆が与える被害がどれくらいかマシンでとても小さい規模で実験しているのがわかりました。博士の異常な愛情のエンディングの原子爆弾の爆発はフィクションとは思えないリアルさで驚きました。続いてヴィヴィアンマイヤーの写真のムービーを見て、白黒写真でしたが切り取った瞬間がとても生き生きとしていて、人の表情からも今にも動き出しそうに感じました。写真家ソール・ライターの写真たちを見て、日常の美しい瞬間を切り取れる写真は素晴らしいと思いました。彼のメッセージで写真家からの贈り物は見逃されている美を時折提示することだとありましたが、本当にその通りだと思いました。AIによるカラー化でヒロシマ・アーカイブを観ました。3Dの地図と写真を活用しどの場所に人が住んでいたかや被害のあった地域がわかりました。また、写真のカラー化では当時の様子がまざまざとわかって悲しくなりました。ツイートのニューラルネットワークによる色付けは再現力が素晴らしいと思いました。YouTubeで動画を投稿するうえで情報を特定の視点を持って収集、選別、編集して新しい価値を持たせ、それを共有するキュレーションという能力が必要なことがわかりました。自動字幕や自動翻訳は、ボランティアによる協力や人工知能によるものですが、滑舌の問題などから正しく翻訳できない問題があると改めて認識しました。YouTubeの著作権侵害対策では機械学習の発達により、音楽のメロディーから動画、音声までが管理され、権利者が申し立てをしやすくなったほか、利益をきちんと得ることができる環境が整いつつあるのは素晴らしいと思いました。オンデマンド授業をYouTubeで限定公開するとでは、何が著作権にひっかかったのかYouTube側が教えてくれるというのはとても良いと思いました。その部分を切り取れば公開できるというのは魅力的だと思いました。YouTubeのオンデマンド授業の魅力は生徒側からは再生速度の調整ができる、画質がいい、自動翻訳がついていることなどで、製作者は著作権を確認できるメリットがあるとわかりました。メディアリテラシーではコンテンツの批判的読解、公共精神に基づく能動的表現、メディアとプラットフォームの積極的選択が求められることも理解しました。また、出典の明示はきちんとする必要があり、論文を書く際も必ず行おうと意識しました。

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前回の授業で、YouTube考古学というものがあることを初めて知りました。さまざまな情報であふれる現代の世の中において、自分が必要とする情報をうまく見つけて取捨選択することが大切なことだと考えていました。しかし、自らが発信者となることも簡単な現代社会では受け身なままでなく、自らの意見を発信することも求められているのだと思いました。YouTubeの発展はこれらのことをより簡単に行うことに大きく影響しています。私自身幼いころからYouTubeなどの動画配信サービスを利用してきましたが、近年はさらに利用する機会が増しているように感じます。今まで私の中でYouTubeは娯楽としてのコンテンツであるという意識が強く、「またYouTubeばっかり見て!」と怒られることも少なくありませんでした。それがこの数年でさまざまな場面でYouTubeが用いられているように感じます。例えば、大学の授業でもYouTubeで授業を配信されている教授も多くいらっしゃいます。ここまでYouTubeの動画体験が発展したのには実際に経験することの限界が一例として挙げられます。言葉で説明してもうまく伝わらなかったり、実感を伴わなかったりします。また、人間が集中して映像を見ていられるのは5分間、できれば3分間までが望ましいと言われています。限られた時間の中で自分に必要な知識や情報を得ることは難しい、そこで短時間で気軽に視聴することのできるYouTubeが発展したと思われます。これから先、YouTubeはさらなる発展を遂げると思います。技術の進歩に伴ってYouTubeの機能もさまざまな発展を遂げることになるはずです。実際に数年前の私は、学習にYouTubeを使用する日が来るとは想像もしていませんでした。動画による学習のメリットは様々あります。まず、動画には動きがあり音声もあることから活字よりも頭に入げるってきやすいとされています。もちろん、活字に普段から慣れ親しんでいる人は難しい活字でもスラスラと頭に入るかもしれませんが、活字よりも敷居が低いというのは大きなメリットだと思います。また、音楽や演劇などの芸術的な動画は時として言語の壁を超えることができます。私自身、海外の音楽を聴く機会は多くありますが、そのほとんどでYouTubeをはじめとする動画サイトを利用しています。また、YouTubeにはおすすめ機能というものがあり、自分がよく見る動画と関連性の高い動画を自動で選び、表示してくれます。この機能によって無駄にした時間も数えられませんが(笑)、自分の興味関心の高い動画を手間や時間をかけずに見つけることができます。書籍や新聞ではそうはいきません。本を読んでいて、「あぁ、こういう内容の本がほかにもないかな」と思ったときに自動でおすすめしてくれる、ということは現時点ではありません。また、気軽に自分の意見を投稿することができることも大きなメリットだと考えられます。多くの人に自分の意見を伝えることで共感する人、反対意見を持つ人など、多くの人との関りが広がり、自身の視野をおおきく広げることにもつながります。仕事になる例もあり、動画の投稿によって大きな利益を生み出すことも可能です。YouTubeの宣伝効果も無視できません。世界中の人が利用しており、YouTubeに流れる広告を見る人の数は莫大です。しかし、動画の発展にはデメリットも多くあると思います。まずその依存性が挙げられます。先に述べたとおり、おすすめ機能に無限に出てくる自分の好奇心をくすぐるような動画たちの誘惑を断ち切ることはとても難しく、やめどきがなかなか見つかりません。本なら一冊読み終えてしまえばすっきりするところですが動画ではそうはいきません。また身体への影響も無視できません。画面を見ている時間が長いと脳や視力に大きな影響を与える、という研究結果も多く挙げられています。特に小さい子供に与える影響はとても大きく、身体への影響もその後の依存度も大人とは大きく異なるとされています。だからと言って現代社会において一切動画を見ずに生活することは不可能であり、とても不便です。いかに自分でコントロールし、人生を豊かにすることに活用できるかが問われていると思います。また、近年は著作権の問題が大きく取り上げられることが増えています。YouTubeにアップロードされている動画には著作権を侵害しているものも多くあります。書籍であればそれを書いた人の著作権のみであるために単純な話ですが、動画は映像と音源が組み合わさって作られたものです。つまり、著作権もそれぞれに発生することになります。音楽の場合にはさらに複雑になり、曲を作った本人でさえもYouTubeで音源を使用すると著作権の侵害になることもあります。自分が見ている動画が著作権を侵害している可能性があるということを知った時、私は自分のこんなにも身近な場面に犯罪行為とされていることが存在し、知らない間にそれを享受していると思い、知らないということはとても怖いと思いました。世の中には知らないからといって許されることばかりではなく、知らなかったために人生を狂わせてしまうこともあります。生きていくうえで必要な知識を培ううえでも、うまくYouTubeを利用することが大切だと思います。さらに大きな問題として誹謗中傷が挙げられます。YouTubeに限った話ではありませんが、SNSの匿名性は非常に高く、それが大きなメリットともされていますが、心無い言葉で傷ついている人が後を絶たないことも事実です。近年は特に誹謗中傷に耐えきれずに自殺をするインフルエンサーが増えています。報道されたときの衝撃は大きく、ショックを覚える人も多いですが、すぐにそんなことは忘れて自分の気に入らない人を批判してストレスを発散する、という人が大半です。世界中で新型コロナウイルス感染症が広まり、思うように生活できないストレスからか、誹謗中傷が増えているという意見もあり、世界中で大きな問題となっています。自分にはそんなつもりがなくても、知らず知らずのうちにどこかの誰かを傷つけているかもしれない、自分の何気ない発言が誰かを死に追いやっているかもしれない、怖い世の中だなと思います。反対に自分の送った何気ないコメントが誰かの生きる力に繋がるということもあります。匿名だからこそ誰にも言えないような悩みを打ち明けることができる、ということもあるかもしれません。誰かまったくわからない人からの「頑張れ」や、「大丈夫」だからこそ信じることができるという人もいるでしょう。そんな人々にとってもYouTubeは大きな心の支えになっていると思います。YouTubeにはいい面も悪い面もたくさんあり、大きな媒体であるからこそ与える影響もとても大きなものだと思います。どうしたら最適な使い方ができるか、自分の言いたいことだけでなく、さまざまな意見に触れて自分の意見をさらに発展させる、人を傷つけるのではなく、できるならば誰かの力になれるような、そんな使い方をしたいです。せっかくこんなにも便利で、人間の知恵が詰まったものがある世界に生きているのですから、今まで技術を蓄積し、発展させてくれた人たちに恥ずかしくないような使い方をしたいと思います。

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 今や我々の生活の中心になっていると言っても過言ではなくなっていて、誰しも一度は耳にした事があると思うYouTube。現在ではここまで名の知られている動画サイトであるが、ここまで大きくなったのはここ数年で、それまでは耳にした事があってもそこまで見ることはなかったであろう。そもそも、YouTubeができたきっかけというのは、今から16年前の4月23 日にYouTubeの共同創設者であるJawed Karim氏がサンティエゴ動物園のゾウの檻の前に立っているだけのわずか18秒ほどの動画がこの動画革命の火蓋を切ったのだ。その動画でKarim氏は「僕はゾウの前にいる。ゾウがクールなのは、鼻が本当に長いところだ。言うべきことはそれだけだ。」と18秒の間に語っている。この歴史的な動画は現在で約1.6億回再生されている。YouTubeトップの再生回数を誇るのは2017年に公開されたLuis Fonsiの楽曲「Despacito」で現在では73億再生を超えている。これと比べてしまえば、なんとも言えないが、15年以上も前の誰もまだ始めていなかった時代の動画が1.6億再生も行くことは極めて称賛すべきことであると思う。この動物園の動画を投稿することに何の意図があったのか私には理解ができない。のちの時代に何かを残したいと言う考えがあったのか、動物の可愛さや力強さといった魅力を伝えたかったのか、それとも動物園の来場者数を増やすための売名行為や宣伝のようなものなのか。今ここまでYouTubeが発展した世界で生きている私たちにからすれば、正直こんな動画は再生回数が伸びるわけもないし、登録者数を増やすと言うわけにもいかないような動画である。こんな動画を上げるためにYouTubeを始めたのか?と思う人は多数いるだろう。しかし、共同創設者のKarim氏がYouTubeを立ち上げたきっかけの一つとして後にこのようなことを挙げていた。それは、2004年のアメフト。スーパーボウルである選手の衣装が想定外の事態になった際の映像を見たくなったが、オンライン上でその動画を見つける事ができなかったことがYouTube創設のきっかけだと言っている。そしてその1年後、Karim氏はYouTubeを16億5000万ドルでGoogleに売却したと言う。ここまでがYouTube創設の経緯だ。  YouTubeがここまで大きなものになったのは、やはり時代の発展が大きく関わっていると思う。かつて旧石器時代などでは、音声機器などの機械はもちろん、言葉もなかったため会話すら成立しなかった。そのため、当時の人々は自分の考えや感情を何らかのサインとして伝えていたという。それから徐々に時代は進化していき、言葉が生まれ、会話が生まれ、電気が通り、機器や建物ができ、そうして、1900年過ぎにようやくテレビが生まれた。この時テレビが生まれなければ今YouTube存在していなかったであろう。しかし、当時のテレビは現代のものと比べればもちろん画質、カラー、重量など欠点だらけである。だが、20~30年頃からテレビが大幅に進化を始める。50~60年頃にはカラーテレビが生まれ、売り上げが急上昇する。カラーテレビの発売により、メイクなどの映像に色味が生まれたため、非常に見る人に伝わりやすく、映像自体の幅も広がったであろう。さらに、テレビ本体の外見にも変化が生まれ、おもちゃのようなカラーや形をした物をはじめ、カセットデッキ付きのものなど、様々なく工夫がされてきた。1980年には現在でも使われている液晶テレビが生まれ、そして2010年以降の近年ではLEDや3Dと映像そのものが変わりつつあるような気がする。さらに、テレビの軽量化がとことん進み、今では僅かクレジットカードほどの厚みしかないものや、テレビ本体の根本に収納できるものなど、コンパクトさが発展している。このテレビを通して、映像を視聴者に伝えると言う、テレビ、YouTube軸が生まれたのであると思う。このように、YouTubeを生んだのは紛れもなくテレビの発展や映像の進化だが、逆にテレビの製作側は現在YouTubeの発展により、自らの首を絞めているような気分であろう。それはスマートフォン1つでYouTubeもテレビもが観る事のできる時代。そのため、テレビ自体の進化とは裏腹に売り上げは年々減っている。それとは逆にスマートフォンの発明は活気的であり、YouTubeもスマートフォンフォンの大躍進の波にうまく乗ったのである。  次に今回の授業資料でYouTubeを効率的に使うために挙げられていたYouTube premiumについて、ヒカキンさんの動画をもとにまとめていきたいと思う。まず、動画内でもあったようにYouTube premiumのコンテンツのメリットは大まかに4つほどある。1つ目は広告が0という事。この広告、時と場合によって必要な時がある。しかし、そのほとんどは自身に必要のないものばかりである。私の場合、テレビを見ていてもCMに入るや否や、すぐ他のチャンネルに回してしまう正確である。テレビ番組のCMなどを見た際はラッキーとばかりに思うこともあるが、それは本当にごく稀で、YouTubeの広告の場合、一度も最後まで見たことはない。それだけ私からすれば必要のないものである。そのため、時間の無駄使いだと感じる方などにこの機能はうってつけである。  2つ目はオフライン機能である。私の中ではこのオフラインが1番欲している機能である。特に大学生や社会人のような外での作業が多い場合、毎月スマートフォンのギガに悩まされ、通信制限との戦いである。フリーWi-Fiのスポットを見つけては繋げることばかりである。そんな時、このオフライン機能はWi-Fi環境時に動画を保存しておくことで、たとえ通信制限でも、電波の届かない環境でも楽しく事ができる。  3つ目のバックグラウンド機能はヒカキンさんが動画内で一推ししていたもので、主に他のサイトやアプリ、また画面を閉じたままでも使う事のできる機能である。最近では、YouTubeにラジオのような動画を載せる方や、自身の歌声を載せる方、そして特にジャニーズ事務所の楽曲の音源などだと、ミュージックアプリ関連に契約をしていないため、YouTube上にあがったMVなどから音源を聴くしかありません。そう言った時にこのバックグラウンド機能は非常に便利であると思う。また。画面を閉じる事ができるため、余計な充電を食う事がないため、人によっては他のミュージックアプリよりも優れているかもしれない。  最後の4つ目はYouTube originalでこちらは人気スターの作品や人気映画を見る事ができる機能である。映画などの場合は他の動画サイトでも視聴できるが、人気YouTuberなどの作品などがYouTube originalにはあるため、そこが何よりも強みである。  そして、大まかにこれら4つの機能を持ったYouTube premiumの唯一のデメリットは値段である。IOS版で月1,550円、PC. Android版は月1,180円である。しかし、デメリットとは言ったものの、人によっては全くデメリットと捉えない場合もある。さらに、3ヶ月無料トライアルというサービスを行っているため、使用してみてよければ継続してみれば良いと思った。  このように、YouTubeでは利用者が効率的に楽しむためと、運営側のそこからも収入源を得るための工夫がされている。そして、YouTube以外の動画サイトと比べ、これは、強制的な請求のものではなく利用者に決定権があるため、利用者に非常に優しいものとなっている。つまりこれは、運営と利用者互いにWIN-WINの関係だ。こういったところもYouTubeが時代の中心となった特徴であると思う。  100年以上も前から様々なことが積み重なって、今のYouTubeができたと思う。15年ほど前にYouTubeを創設したKarim氏は、15年後まさかこんなYouTubeで年間何億円も稼ぐ事のできる時代が来るなんて当時は思ってもみなかっただろう。私はYouTubeに無限の可能性を感じた。

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 私は今回のYouTube考古学と動画体験を見て、YouTube考古学に対する理解は人間のコミュニケーション方式の歴史だと考えています。人同士のコミュニケーションは古くから存在しています。コミュニケーションとは、相互的な情報通信交換のことであります。人間のコミュニケーションあるいはヒューマン・コミュニケーションとは、人間のあいだでおこる、相互的な情報通信交換のことです。人間のコミュニケーションで重要なことは、人間の間でさまざまな意味のやりとりが繰り広げられるだけでなく、そのような情報通信交換の結果、人間のあいだの関係が短期的あるいは長期的に変化してゆくことであり、変化の結果、さまざまな社会的な産物が生まれることであります。また情報通信交換の結果、理解・学習・知識・記憶というものが生まれます。人間の活動範囲が拡大してくると、 遠く離れたところにいる人との間でも通信(コミュニケーション)が行なえるようなしくみ(通信システム)が必要になりました。のろしや太鼓、手旗などは原始的な遠隔通信(コミュニケーション)システムといえます。金細工職人のヨハネス・グーテンベルクは、既存の技術を印刷目的に適合させた独自の発明をすることで、1439年頃に活版印刷システムを開発しました。印刷機は数十年経たぬうちにヨーロッパ12カ国200以上の都市に普及しました。1500年までに、西ヨーロッパ全域で稼働している印刷機は既に2000万冊を超える量を生産していました。16世紀には印刷機がさらに遠くに広がり、その生産量は10倍に増えて推定1億5000万-2億部数もの文書が刷られました。印刷機の操業は印刷企業と同義語となり、新たな表現および情報伝達を行う印刷機を使ったメディアに「プレス」という名称が与えられました。1800 年代に電気で情報(信号)を伝える電信が発明され、 1876 年には音声をそのまま送る電話が発明されました。さらに、1900 年代はじめには、電波で情報を伝えることができるようになり、遠隔通信(コミュニケーション)を飛躍的に発展させました。1929年に英国放送協会(BBC)がテレビ放送を始めると、世界各国でテレビ局が設立されました。1973 年にはFAXが登場すると、あたかも紙が空中を飛ぶかの如く情報の受け手に届けられる様 になりました。FAXにより紙面に書かれた図、写真等文字以外の情報が正確に情報の受け手に送 られ、遠くに離れていても即座に、正確に、的確に業務を行なう事ができるようになったのです。1980年代PC創世記には、パーソナルコンピュータがヒトと機械(パソコン)との 1 対1の直接コミュニケーションを可能にしました。お陰で企業では、個人の業務の効率化が積極的に進められたのです。PCのOSも Windows3.1、Windows95と高度化し、MPUもインテル 486、ペンティアムと性能アップし、また、PCとメインフレームと通信するソフトが開発され、今までメインフレームと直接通信(コミュニケーション)できなかった一般の人も、簡単な教育を受ければ(情報リテラシー)ヒト、パソコン、メインフレームと経ることにより、メインフレームからデータを自分のPC(パソコン)にダウンロードし、自分の思うままにデータを加工、編集することができるようになったのです。1990年代、世界中の情報がいつでもどこでも簡単に見られる画期的な仕組みとして、インターネットが爆発的に広がりました。最近ではブロードバンドの普及もあいまって、ビジネスやプライベートにおいても、Webやeメールは今やあたり前の道具となりました。始めは単に情報を参照するだけだったWebサイトは、各種予約やオンラインショッピングなど、さまざまな機能を持つようになったのです。  そんな背景の中で、YouTubeが誕生しました。15年前に、YouTubeが誕生し、新たなコミュニケーション方式が作られました。YouTubeでは、ユーザーが動画をアップロード、閲覧、評価、共有、プレイリストへの追加、レポート、コメント、他のユーザーのチャンネル登録などを行うことができます。登録していないユーザーも動画を視聴することはできるが、動画をアップロードすることはできません。年齢制限付きの動画は、18歳以上であることを確認した登録ユーザーのみが視聴できます。YouTubeの統計によると、毎月20億人以上のログイン済みユーザーがYouTubeを訪れ、1日当たりの動画視聴時間は10億時間を超えています。私はYouTubeの利用時間は今後も増大していくだと考えています。2020年3月に5G通信がスタートし、今後5G対応スマートフォンが増えていきます。4G通信の浸透によりソーシャルゲームという市場が拡大したように、5Gにより動画市場が拡大する事が予想されています。なぜなら5Gは容量制限がほぼなく、動画がいつでもどこでも高画質で高速で見られるようになるからです。また、YouTube Premiumの登場により、利用するには益々便利になりました。私が「これは便利」と改めて実感したのは、バックグラウンド再生が行えることです。YouTubeで音楽を聴いているとき、ほかのアプリに移動すると、その都度再生が停止されます。私の場合は、これが非常に大きなストレスでした。最近、中学校の合唱コンクールの演奏を聴くのにハマっているのだが、こういうコンテンツは合法のものであっても、普通の音楽ストリーミングサービスでは配信されておらず、YouTubeにしかないものも多いです。こういった楽曲を聴いているとき、うっかりスリープボタンを押して、ほかのアプリに移動すると、これまではピタッと再生が停まってしまっていました。こういったことが「YouTube Premium」ではなくなり、非常に嬉しいことです。このバックグラウンド再生は「常にオン」「ヘッドホン/オーディオ機器での出力時にオン」「オフ」から選択することもできます。また、動画をかんたんにオフライン保存できるようになったのも、素直に便利だと感じます。何度も繰り返し見るような動画はローカルに保存しておけば、パケット消費を抑えられます。またWi-Fiモデルのタブレットなど、かんたんにネットワークへ接続できないデバイスでも活躍する機能だと考えています。オフライン動画のダウンロード画質は720p/480p/360pから選べ、コンテンツによって毎回変えることもできます。たとえば「これは高画質で楽しみたいから720p」「これは音を中心に楽しみたいから360p」といったように、視聴するスタイルに応じて選べるのは嬉しいです。ここまででも、YouTubeのヘビーユーザーにはかなり便利な機能と言えるが、これだけに対して月1,180円を払うのは、率直に言ってちょっと高いと感じます。運用の工夫次第でなんとかなるレベルとも思うからです。ただし、この「YouTube Premium」は、決して「これまでのYouTubeが便利に使えるだけのサービス」ではありません。新たに始まった音楽ストリーミングサービス「YouTube Music Premium」も利用できます。YouTube Music Premiumは月額980円なので、YouTube Premiumとの差額は200円となります。つまり、YouTube Premiumの価格設定が妥当かどうかは、YouTube Music Premiumを利用するかどうかによって大きく変わってきます。YouTube Premiumには3ヶ月間のお試し期間があるので、まずはじっくり使ってみることをオススメします。  コミュニケーション方式の進化は、われわれの暮らしのさまざまな場面に、これまでの常識や既成概念をくつがえす新たな方式やスタイルをもたらしています。このような時代において、技術進化の速さを感じざるを得ません。

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 You Tubeは他のメディアにはない優位点があり、教材として相応しいものであると思う。  従来、教材として利用されてきたメディア、例えば写真。写真は出来事のある瞬間を静止画として捉えることができるが、それが決定的なシーンでなければ意味がない。さらに、有名な風刺画『It`s Media.』が皮肉るように、第3権力のメディアによる悪意に満ちた撮影は事実を的確に捉えていない場合もある。You Tubeは映像メディアであるため、決定的瞬間を逃すことは写真よりも起こりづらい。もちろんYou Tubeにも、所謂ディープフェイクを悪用した悪質な動画などは存在する。しかし、You Tubeは世界中の人が見るものであるため、まるでブロックチェーンのように監視しあい、ファクトチェックも比較的しやすい。  映像媒体である映画も教材として利用されることがある。映画はYou Tubeと同じ映像メディアであるが、問題はその時間の長さだ。映画が映像で視覚的に分かりやすい映像資料だとしても、授業で2時間にも及ぶ映像を見せ続けることは適切なのだろうか。私自身大学生になって、教材として2時間弱の映画を2週に渡って観たことがある。とても観ていられなかった。あまりに長時間を要する資料は教材に不向きだと、そのとき思った。その点You Tubeなら、1本あたりの時間が往々にして短いうえに、倍速再生も可能である。そして何より「誰でも、いつでも、どこでも再生できる」から授業時間内に無理に見せる必要もない。宿題として、学生に各自見ておくよう指示することも容易だ。  この「誰でも、いつでも、どこでも再生できる」点は、映画やその他の映像メディアにはないYou Tube最大の強みの一つだと思う。ヒトラーやキング牧師の演説、広島原爆の映像を見るだけならなら、別にYou Tubeでなくても見ることができる。テレビでも見られる。NHKの『映像の世紀』や『歴史秘話ヒストリア』あたりでも見られるだろう。  forms02のある回答に「教科書の写真ではいまいちその凄惨さが感じ取ることができないので、YouTubeを通して、実際の映像を観られるということは、歴史教育において革命であると思う。」という記述があったが、この指摘は全く的を射ていない。それはYou Tubeでなくても見ることはできる。You Tubeを通して、実際の映像を見ることができる事象は、革命なのではない。重要なのはそこではなく、それを「誰でも、いつでも、どこでも視聴可能」な点だ。これにより、授業中に受講者全員で教材を見る必要はなくなった。眠い目をこすって、集中力が切れた状況で映像資料も見る非生産的なこともしなくていい。自分が集中できるときに、見ればいいだけの話だ。  そして、資料の共有の容易さもYou Tubeの利点だ。You Tubeの動画を共有したければ、リンクをコピー・アンド・ペーストすればいいだけだ。たったそれだけで、共有先のすべての人がそのリンクをクリックするだけで動画を閲覧できる。自らのPCやスマートフォンなどのデバイスにデータをダウンロードする必要もないので、データ容量を消費する必要もない。ダウンロードに時間を要することもない。もう一度再生したいと思ったならば、高評価をするか再生リストにでも入れておけばいい。もちろんその動画はいつでも見られる。片手とスマートフォンさえあれば誰でも、どこでも。  これらの利点は『You Tube革命 メディアを変える挑戦者たち』でも述べられている。私はこの本をちょうど一年前に読んだが、非常に生々しいYou Tubeのこれまで、今、これからが記述されている。なかでも七章で述べられている内容は、「You Tubeは教材になり得るか」という問いに対する答えのヒントになる。「教育・ハウツー動画は、ネコ動画より五倍も再生されている」というのだ。かつてジャーナリストは「You Tubeは、ネコの動画ばかりだ。」と揶揄したそうである。しかし、あらゆる種類の教育動画がこの本が出版されていた当時、再生数を稼いでいた。そして、おそらくそれは現在もそうであろう。加えて、「動画版Wikipediaの役割」についてもこの章では述べられている。つまり、オンデマンドの映像コンテンツの重要性だ。これらの説明からもYou Tubeは教育に適しており、教材としての転用の可能性が伺える。  さらに、You Tubeは紙媒体の本の代わりにもなり得るかもしれない。学校で教科書として選ばれる本は基本的にページ数が多く、分厚い。それはファクトチェックが十分にされている裏付けかもしれないが、授業ですべてのページを扱うのは時間がかかってしまうし、現実的ではない。どうしても扱いきれない箇所が出てきてしまう。しかし、その弱点をYou Tubeなら補うことができるかもしれない。You Tubeの動画で本の要点を概観してしまえばいいのだ。これにより多くの時間をかけて、情報を得ることをしなくても、You Tubeで重要なところだけに目を通すことができる。それだけではなく、倍速再生や字幕機能などにより、さらなる時間短縮や、言語能力的に本来得ることが難しかった情報も容易く獲得することができる。もちろん紙の本による教科書が、金輪際お役御免だと言いたいわけではない。教科書も今まで通り使われ続けることだろう。これからは教科書とYou Tubeの2つの教材の掛け算で、さらに効果的な教育がなされるのだ。つまり、基本的な知識はYou Tubeにより、視覚的に短時間で学習し、さらに深い知識は専門的な教科書でカバーするようになる。この役割分担により、学習を効率化させることは可能なはずだ。もしかしたら、教科書は紙ではなく電子書籍へと姿を変えるかもしれないが、それは慣れの問題で大した問題ではないだろう。  以上のことから、私はYou Tubeを教材として相応しいものだと考える。しかし、これはただ単に新しい教材ができたという話ではないと思う。先程から述べているように、「誰でも、いつでも、どこでも」利用可能な教材が手に入ったのだ。家でも勉強できるのだ。これをさらに発展させると、「学校へ行く意味はあるのか」という疑問が生じる。それだけではない。「学校の先生は必要なのか」という疑問も私は抱いている。オンラインで、You Tubeで簡単に効率的に学習できてしまうのだ。わざわざ早起きして学校へ行かなくてもいいではないか。わざわざ早起きして教え方が下手くそな先生の授業など受けなくていいではないか。  これは極論かもしれない。しかし、私のこの考えは現在の日本に非常に適切なかたちでもうすでに存在している。リクルートが提供する、「スタディサプリ」だ。学校へ登校して、とんちんかんな先生など受けなくても、家でスタディサプリの一流予備校講師の授業を視聴すればいいのだ。よって、学校の教え方が下手くそな先生は授業などする必要がない。そのような人間の仕事は、生徒の宿題管理や質問対応などのチューター的な役割だろう。現在スタディサプリは高校生以下には五科目、大学生以上にはTOEIC対策授業といった構成になっているが、私はいずれ大学の専門的な授業も取り扱うのではないかと期待している。つまり、一流の学者による授業を発信し、それを学生たちが視聴できるのだ。そうすれば多くの大学のあんぽんたん教授の授業は必要ないだろう。You Tubeを教材として利用する未来には、効率化された教育の姿があり、それと同時に効率化によりあぶり出された無能な教授、教師たちはその地位を失うだろう。

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私はまず先生のおっしゃる通りに動画を丁寧に見直してみました。まずコンピューターの歴史と辿る動画(https://www.youtube.com/watch?v=UBQ14smUqeQ&t=157s)を閲覧しました。いま私たちが何気なく使っているテクノロジーは100年以上前の先人達のたゆまぬ努力の末進化し続けている地球上で大きな割合を占める大切な財産だということに気づかされました。特に現在のある程度の発展を遂げたコンピューターを生まれた時点で当たり前のように見てきた自分からしたら、成功するかわからない未来のためにここまで頑張ってきた先人に頭も上がらない気持ちになりました。またその下の4つの動画https://www.youtube.com/watch?v=a        https://www.youtube.com/watch?v=yeikqw0kyqI https://www.youtube.com/watch?v=KOlJCezrUE4 https://www.youtube.com/watch?v=PveVwQhNnq8                  では主にテレビの発展について物語っていました。1つ目の動画では情報を伝える手段が段々と変わってきて今があるという動画で人間がいかに楽をできるかという考えが今の便利な世の中を作っていると考えると先ほどと同様に頭が上がらなくなります。2つ目の動画では活版印刷術と似たような形式で文字をかたどり、インクを金属につけて、紙に押し当て同じものを複コピーする技術ですが、これでさえ便利なのに今はわざわざ文字を手で並べなくてもパソコンで文字を打ち、印刷というボタンを押すだけで誰でも簡単に外に行く必要もなくコピーができてしまいます。もともと文字を作り、印刷をするという工程は別のものであったがそれらだけでなくインターネットを組み合わせ5分足らずでことを済ませられるパソコンには感謝しています。3つ目の動画はテレビの軌跡についての動画で昔は白黒の中色を強調するために濃い化粧をして録画していました。この動画で感じたことは技術はもちろんのこと忍耐力と想像力が必要でしかも上記のように成功するかどうかわからない中を先人が先導を切って開発してくれたおかげで今があることに感謝したいです。そして4つ目の動画ではテレビのハード自体の変化の軌跡をたどっていました。特にハードに顕著にみられたのは進化すればするほどに小さくなっていく点です。昔は部屋に置いておけば存在感を放っていたが、最近のTVになると紙のように薄く、曲げられ、たためるものまであそり、れだけではなく昔はリモコンもなく、手でダイアルを回してチャンネルを操作しなければならなかったのです。しかし現在はリモコンを使いチャンネルを選択でき、また音声検索やインターネットを使うこともできるようになりました。 https://www.youtube.com/watch?t=487&v=1tQ5XwvjPmA&feature=youtu.be AppleのMacintoshについての紹介をするスティーブ・ジョブズ氏は1984年を1984年に見えなくするというニューアンスのキャッチコピーから取れるようにAppleはデザインや画面サイズを重視している点からこの当時から先を越しているなとまず最初に感じました。様々なフォント、パワポの先駆けとなったソフト、Macintoshが喋るところ、どれを取っても今でも新しさのあるフレッシュなものだと感じました。そして今のiPhoneやiPadのように覚えることが少なく、直感的に操作できることをアピールしていたこともとても印象に残りました。当時のMacintoshは最低で24ドルからの販売だったのでそこにも衝撃を受けました。 https://www.youtube.com/watch?v=VQKMoT-6XSg&t=150s iPhoneの発表の動画はすでに何回か閲覧したことがあるのですが、当時からしたら音楽も聴けて電話もインターネットも出来る魔法のようなデバイスに皆が注目していました。日本にiPhoneが広まったのはソフトバンクのおかげでもありますが、iPhoneが登場して以来、日本のメーカーがこぞってiPhoneに似たアンドロイドを搭載しているスマートフォンを出したことは今でも鮮明に覚えています。Who wants a stylusと言ってから10数年後にApple pencilが出たときは流石にギャグか何かかと思いましたが、コンテンツ自体が大きくなりつつある現代では仕方のないことだとは思います(絵を描くなどの用途はあるが)またマウス等を使わずに手で操作できることに対しても当時は流行らないだろうという日本人の否定的な意見を良く聞きました。しかしスマートフォンが今の世界の中心的なものになっていることに異論はないと思います。3.5インチの初代iPhoneがiPhone4sまで同じサイズであったことは初代iPhoneがいかに素晴らしい製品かを物語ってくれています。MacintoshやiPhoneやiPadのようなApple製品は私たちに対して常に驚きと人類の可能性を与えてくれました。 https://www.youtube.com/watch?v=f_Q0XPher3o パソコンやiPhone,その他ウェアラブルデバイスのOSの変遷を辿った動画でしたが、カーソル一つ動かすことやアプリアイコンを表示することは決して簡単なことではなく、裏でたくさんのプログラムが動いています。そしてテレビの時に話したように時代を経るごとにOSもスタイリッシュで扱いやすいものになっていきます。機能を増やせば増やすほど不具合が出ますが、それを克服しようとして毎日のように更新するWindowsは本当に素晴らしいです。Microsoft社はモバイルでの普及を図れなかったのですが、学生の多くは様々な野良アプリをインストールできる自由度の高いWindowsを好んで使っている人が多いです。 またこの動画では20年ほどでパソコンの使われる用途が大きく変わってきたことがOSを通して顕著に表れていました。 https://www.youtube.com/watch?v=DybbibGcJrE ヒトラーの演説では、同じ言葉を繰り返して、印象を強めることで人を引き付けることに成功し、さらにテレビでの宣伝にかなりの力を入れ、相乗効果で人々を引き付けました。人々が強制に働かされることを民族の誇りと称し、身振り手振りを使って巧みに洗脳していくヒトラーには恐ろしいの一言でした。 https://www.youtube.com/watch?v=iDCIRvyeMxk またドローン撮影の動画では一人称視点での動画で、臨場感のあふれるテーマパークの映像が流れていました。人間が絶対に撮影できない細い道や空高い場所でもドローンとカメラさえあれば難なく撮れてしまいます。 https://www.youtube.com/watch?v=Knt01xYvRBc ヒロシマアーカイブという動画を見たのですが、死んだ人の場所(?)や原爆ドームなど被害を受けた人とモノに焦点を当て、アーカイブとして、歴史の確認ができます。私はこれこそがYouTubeの正しい使い方だなと感じました。実際に体験していないものでも「記憶の解凍」とあるように、当時の様子が少しばかり伝わってきます。 このようにして添付されていた動画を一通り見た感想はテレビやインターネットを通してYouTubeが発達してきている今、本当に便利になってきているのかという疑問が残りました。ドローンでの空撮、ジョブズ氏の演説、広島での被害の可視化など、様々な用途で便利に使われていますが苦労しないで情報が手に入っただけ、人間が実際に身につくことが少ないと思いました。自分で研究するのではなく、受動的に動画を見るYouTubeには危険も伴うと私は考えました。YouTubeの話に関わらず、この先の未来は間違いなく今よりももっと便利で楽な生活が送れます。(ウイルスなどの緊急事態を除き)その未来では人間が学ぶことを放棄し、ロボットに任せることだって0ではないと思います。技術の進歩は私たちの社会に目覚ましい成長を与えてくれます。だからこそ私たちは受動的に情報を得るのではなく、能動的に自分から文献を探し、調べ、研究する必要があると考えます。それがYouTubeで無かったとしても同じ姿勢を取る必要があると考えます。 最後にこのレポートを書くにあたって、私は従来のそれらしく書こうという心の中の甘さを捨てて、文献を研究し、自分なりの考察をまとめました。まだ大学生になって1か月もたってないうちにこんなに多くの字数のレポートを書くとは思ってもいませんでしたが、今のうちからこのような体験をさせてもらえたことに大変感謝しております。この経験を活かし次回も頑張ります。

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私は今回の講義サイトを見て、動画の優位性とYouTube Premiumの実用性を感じたのでそれについて詳述していきます。 まず初めにチャールズ&レイ・イームズ『コンピュータ・ハースペクティブ:計算機創造の軌跡』の動画について、この内容は主にBGMと写真がメインに扱われ時代ごとに内容が区切られていたので動画になっており素材を中心としたものとなっています。音声が入るのは動画の最後の部分で内容はコンピューター原型らしきものができてからとなっておりそれまでの過程が写真、文字で表現されていました。写真を動画として流しているのではなく短時間に編集し見やすいように加工されているため、文章で書かれている資料と違い一次体験を得ることができると思った。 次に会ったリンクはYouTube Premiumだがまず先にヒカキンの動画について触れる。この動画を先程述べた、一次体験に当てはめると、画面共有されたまま解説をするヒカキンが動画となっており、実際に使用している場面や感想などを述べているため、ホームページや文字化した説明よりリアリティのあるものとなっている。 そしてYouTube Premiumだが、私は大学1年の時からこのサブスクを購入しており、2年以上愛用していて、もはや動画に広告あったことやバックグラウンド再生ができない時代が思い出せない程快適に使用している。チェコのコンサートの動画も広告を挟むことなくストレスなしに見ることができる。これに広告が入ると教材として非常に使いにくいものになると思います。 次にメディア史のケースの動画についてです。コミュニケーションの進化について、人類はジェスチャーを用いて自分たちの意思を相手に伝え、そこから壁画などの絵による視覚により伝えるようになりました。遠い場所に住んでいる人に物事を伝える手段を得たのは伝書鳩の登場です。その後、1800年代にアメリカではがきサービスをはじめ、そして電話できた。1989年にインターネットが一般化することによりコミュニケーションが平等になりました。1分55秒の動画でこれだけの情報を与えられることができる教材は非常に優秀であり、映像による一次体験を得ることができる。グーテンベルクの印刷機でも言葉や文字による説明はないが実際に使用している工程を流すことで本来は教師が身振りや言葉による伝わるか微妙な説明や文字によるややこしい説明が動画によりわかりやすくなっています。ラジオの動画では途中に劇が入り当時の様子を再現している場面があります。その後の説明で印象に残った言葉があります。それはリアルなエンターテインメントを脅かしたというものです。また、テレビの歴史について説明されている動画も当時使われていた実際のテレビや初期のメイクしなければカメラに映らない映像を見てよりリアリティに感じることができました。この動画を見た体験から私は文字で読むより動画による学習の方が印象に残りやすいと感ました。長時間ビデオを見させられる学習より短く切り取ってあるものを見せた方が効果的なのかもしれません。 ジョブズのプレゼンテーションの映像もオリジナルを見ることにより沈黙が意外と多いこと、聴いている聴衆たちのレスポンスを見ていることなどが感じ取れた。書籍などではジョブズのプレゼンテーション能力は高いなどと書かれているものを目にするがオリジナルを見ることにより効果的な教養になると思いました。 インフォグラフィックスでも、Microsoftとappleの戦いではどのようにversionがアップデートされてきたのかが視覚的にわかり比較しやすくなっています。また、年代ごとでも比較されているため同時期の仕様が確認できるのは効果的に認識することができ、これらのことは、他の産業の同業他社や国ごとの比較にも活用することができ正にYouTubeにしかなしえないことだと考えました。時代ごとのデスクトップ用OSの盛衰を表したインフォグラフィックスもどの時代にOSが変更されユーザーが増えていったかを流れを掴むことや一時停止をすることで確認することができるため時代ごとの情報を整理することに特化したものになっていると考えました。 歴史的映像は文字で説明されてもイメージができないことが多いです。実際ヒトラーの演説やキング牧師の演説は映像を見て、長い沈黙を上手く用いて聴衆の注目を集める心理を見ることができます。キング牧師も同じ文言を用いて聴衆を煽り、熱狂を作っていくのを肌感覚で体験できることができます。NHKの1,2時間のドキュメントで流されるものを5分から15分で見ることができ、教材として活躍できると考えます。 YouTubeの実像は発信者の敷居の低さだと思います。YouTube最初の像の檻の前に立っている動画は15秒でホームビデオのような感覚だと思います。そこからエンターテインメントの道を切り開きはじめ、江南スタイル、ジャスティンビーバーのようなYouTube発信のアーティストを生み出すまでに成長しました。 動画ならではの迫力さも演出できます。高度なドローンでの撮影は画質も綺麗でまるでジェットコースターを追っかけている鳥のような感覚陥ります。アクション映画のワンシーンに用いられることもあるでしょう。それを用いたMVも存在します。 また、気軽さ故フェイクも簡単に出回ることが起こります。数学者のルイス・キャロルの写真の偽造がYouTubeに上がっているが明確なフェイクが認定している人がいました。その人の動画を見ると実際に存在している写真2つを合成したものが出回っていることがわかりました。このことから教材としての仕様をする際はオリジナルの物を他のサイトなどを用いて裏付けするような資料を見つける必要があると考えます。歴史的資料をあえて加工するやり方も存在します。広島の原爆の写真資料をAIによるカラー化がその代表となるでしょう。あえて加工をすることにより、当時様子を未来に語り継ぐことができます。これもYouTubeがもたらした恩恵であり、誰しもが過去の映像をカラーできることができるようになったのです。 これらを行うためにはキュレーション能力が必要になります。インターネット上の情報を自分が表現したい観点で収集し、選別、編集する能力が必要なのです。これらをすることにより新たな価値を見出すことができ、さらに効果的な教材としての成り立つと考えます。そしてただ編集するのではなく、情報デザインの観点から人が伝わりやすいよう場所、あいうえお順、時間順、種類別、番号などの階層化を行うことが必要になると考えます。 著作権との関係性も見なければいけません。現在はContent IDとコピーライトマッチツールを利用し、YouTubeに参照ファイルを提出するだけで、自分の作品の可能性がある動画が他のユーザーにアップロードされた場合に通知をもらい、いくつかの処理を行うことができます。また、故意でない場合の為にブロックされた原因をアップロードした人にフィードバックを送ってもらえるため、教材としての活用においてこの障壁は低いものとなっております。 これらを踏まえた上でYouTube premiumに加入することで広告が無くなり、教材として用いる際の煩わしさをなくすことができ、動画体験ができると考えます。

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YouTube考古学と動画体験をみてについて、

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まずはYouTube Premiumになるとどういった機能が追加されるのかについてお話していきたいと思います。YouTube Premiumの具体的な機能ですが、広告なしで再生することができる、音をバックグラウンド再生することができる、動画を保存してオフラインで視聴することができる。そしてYouTube musicを利用することができるようになります。私自身勉強や趣味のためにYouTubeを利用することが多いため、Apple musicで聴けるほどメジャーじゃない人の歌や勉強の資料として知識を補足するためにYouTubeを利用するときにYouTube上の曲をバックグラウンド再生できたり、広告なしで視聴できるのはとても便利な機能だなと感じました。様々な記録や教材としてのツールとしてYouTubeはデータの宝庫といっていいほど、貴重な記録がきれいな状態で記録されています。今まで地球以外の星の上陸している写真・動画は昔の月の初上陸の時のものくらいしかしっかりと見たことがありませんでしたが、今では4K解像度でレンダリングされた火星の映像を無料で視聴することができます。またヒトラーの演説を聞くことができたり、9.11のヘリからの映像など我々が知っておかなければいけない歴史や情報は容易にYouTubeを通して得ることができます。またこういうものには英語や日本語の字幕を付けることができたり、いつでも見れるようにオフライン保存をすることもできるためとても優れたツールであると感じます。「見てみないとわからないことがある」と書かれていますが、その通りだと感じました。教科書や先生などから言葉や文字で得た情報だけがすべてだと思いがちになってしまいます。ただリンクにあるように歴史のものでも映像として残っているものも数多く存在します。当時の出来事を文字や言葉だけで完結させるのではなく、自分自身が自分自身の目で見てその人の様子を見て感じることでより理解が深まったり、さらに深い追及をする手立てになるのではないかと感じました。 Patricia JANEČKOVÁの「Les oiseaux dans la charmille」は広告なしでアップロードされているので8分間のかなり価値の高い動画を広告で途切れることなく視聴することができます。動画の世界観に入り込んでいるとき、注意深く視聴したいときは広告が流れるとうまく動画の世界観に入り込めなかったり、集中が続かなくなってしまいます。そのため広告が流れないだけでもYouTubeの質や世界観は一気に向上するなと感じました。ガラケーの時代からスマホの時代へとかわりスマホの中で情報収集や情報を拡散することができるようになり近年ではvlog用のミラーレス一眼など映像や音楽というものが見たり聞いたりして楽しむのではなく、作る楽しさというクリエイトする立場も身近になったと感じています。私自身も旅先や自分の日常などをVlogにして友達と共有したりSNSで発信したりしています。ただ友達と旅の様子を無編集の動画を共有するより、それぞれがそれぞれの視点で撮った動画をVlogにして共有する方が旅を終わった後もみて楽しめて思い出の一つとして記録することができます。私がVlogを始めたきっかけあるいはVlogという言葉を知ったきっかけはYouTubeでした。外国人のVlogのチャンネルや動画の取り方、編集の仕方など日本人も外国人もたくさんの人が丁寧に説明してくれているものが多いため、専門的な教材や教室に通わず好きな時に好きなだけ学ぶことができるのがYouTube教材の最大の魅力だと感じています。好きなこともやらされたり、義務だと思ってしまうとなかなか心から楽しい、やりたいと思えなくなってしまう性格をしている私からするとYouTubeはかなり効率的で利便性に長けてると感じます。こういうところからドローンが高度化されるようになったのではないかと感じます。ドローンによるジェットコースターの追跡撮影は今までにはなかった臨場感があり、ジェットコースターの迫力がより伝わってきます。また複雑な廃墟の中をドローンで空撮するものを見たことがあります。かなりのスキルを要すると思いますが、CGにはない色や表現がドローンだと実現させることができると思います。CG嫌いで有名な映画監督クリストファー・ノーランの作品のように実物にしかない迫力や魅力もあると感じます。ちなみにクリストファー・ノーランの作品で私自身が驚いたシーンはジェット機を建物に衝突させて爆破させるシーンと病院丸ごと爆破させるシーンなど爆破のシーンです。撮影スキルや編集のスキルなど様々な技術が発展してきていますが、コストや時間をかけてまでも実写での映像づくりにこだわれる、そういう意味での技術や熱意に圧倒されます。日本だとサカナクションの「アルクアラウンド」、もっと最近でいうと「カメラを止めるな」海外だとTaylor Swift の「We are Never Ever Getting Back Together」やBruno Mars の「The Lazy Song」がワンカットで撮影されたことで有名だと思いますが、OK GOの「I Won't Let You Down」のようにドローンを使用してのワンカット撮影は初めてでした。ドローンで撮影することでワンカット空撮ができ、または撮影スタッフが映り込む心配がないためかなり大胆に移動できるところが見ていてとても楽しいなと感じました。ちょっとしたミスなどがまた良い味になっていてとても面白い映像だと感じます。自分のVlogに空撮にシーンを取り入れたくてドローン購入を真剣に考えたことがありましたが、近年ドローンの使用で問題になった原因でどこの自治体もドローンの操縦に許可を求めるようになり、航空法のことや各自治体ごとのドローンに関するルールなどを調べているうちに少し面倒になってしまい当時は買うのをやめてしまいましたが、私が気になっていたメーカーの航空法に適用されない重量の空撮用ドローン(トイドローン)が2世代目を出した為また最近買おうか考えているところです。 音声があり動きのある映像には当然魅力がありますが、その場面の一瞬をとらえる写真にもヴィヴィアン・マイヤーとソール・ライターの写真や生きがい考え方を知りさらに魅力を強く感じるようになりました。最近ではスマホがYouTubeやSNSとともに発展してきて初めに述べたようにだれでもクリエイトできる環境になりました。私自身も日常的に写真を撮り、色が映えているか、少しおしゃれに見えるかなど、取り方や加工にこだわりを持ってそういったものをSNSに発信しています。その中でソール・ライターの「写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時折提示することだ。」という言葉がとても心に響きました。現代の私たちは日常的なものから少し離れたものに魅力を感じたり、あるいはSNSで載せたいなと思いカメラを向ける人が多いと思います。しかしソール・ライターやヴィヴィアン・マイヤーはごく普通の日常のワンシーンに魅力を感じ、それこそが本当の美であると信じ撮り続けた生き様が現代の流行に乗りに乗って生きている私からするとすごく考えさせられる写真やエピソードだと感じました。また、他人の評価を求めない、他人の好き嫌いにとらわれない、芯の強さが写真に限らず何でも人間に一つは必要な要素だと感じました。SNSやスマホ、YouTubeが発展してきてますます私たちの身の回りに情報が近くなってきています。20年しか生きていない私ですら前よりも生活がしやすく便利なったと感じるほどです。その分だけ、インターネットを通して傷ついている人を身の回りの友人から有名人まで見てきています。情報の信憑性や使い方には十二分に気を付けて今後も生活をしていく必要があると思います。

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私は指定されたページの動画や文章を読んでこのページから学ぶことはYouTubeそのもののことではなく、YouTubeは一つの学習教材として利用価値があるかどうかを知ることができることだと思いました。それを踏まえて考えるとYouTube考古学という言葉の意味もなんとなく分かり、YouTubeを使って考古学をするということなのだなと思いました。それを理解したうえで動画を見て感じたことや考えたことをここから記述していきます。まずYouTubeは動画を扱うサイトで、動画というのは写真と比べて情報量が多くわかりやすいものです。写真は決定的瞬間をとらえないと多くのことを伝えることができないけど、動画であれば多くのことが伝わり細かいことまで知ることができます。ゲーテンベルクの印刷機やテレビの進化という動画はこれに当てはまると思います。ゲーテンベルクの印刷機の動画では実際に印刷機を使っている映像が見られるのでただ写真でその印刷機を見るだけよりも格段にその印刷機がどのようなものかが分かります。テレビの進化の動画もただどのようにテレビが変化していったかという流れを出すだけではなく、一つ一つのテレビでどのような映像を見ることができるのかも知ることができ、写真よりもとても多くのことを知ることができます。次に見たチェコのコンサートの映像はなかなか興味深いものでした。特に歌を歌う女の人の動きが特徴的で人形のような動きをしていました。また舞台に上がるときや下がるときに人に担がれているのはなぜだろうと疑問に思いました。このように普段だと絶対に見る機会がないようなものを見ることができるのはとても良いことだと思います。ましてや日本だけでなく世界のことも見ることができるので視野を広げるのに役立ち、興味を持てばさらに調べて文章を読み、動画と合わせて学習することでより理解を深めることができるのではないかと考えました。またMicrosoftとAppleの戦いとデスクトップ用OSの盛衰という二つの動画はこの動画を見ただけでは私はあまりよく理解を深めることができませんでした。この二つの動画が扱っているものの知識があまりないのでよく理解できなかったのだと思います。しかしこういう時こそ文章と合わせてみることでより理解を深めることできるのではないと考えました。文章で知識を身に着け、動画でその時代の流れを見て確認するということを行えば、文章の流れがつかみにくいという面と動画の細部の知識を得られないという面をお互いにカバーしあえるのではないかと思いました。次はコミュニケーションの進化という動画を見ました。この動画はどのように人類のコミュニケーション方法が進化してきたかを説明するものでした。最初はジェスチャーやサイン、壁画など使っていて次にラクダやハトを使うようになり、手紙、電話そして今のような電子機器を使うようになったという説明でした。映像で進化の歴史を描いてくれているので話を聞かなくてもある程度は理解できますがやっぱり言葉での説明もあったほうがより理解できると思います。この動画の説明は英語でされているのでそのまま聞いて理解しようとするとかなり大変ですが自動翻訳があるので日本語の翻訳が画面に出て全く苦労することなく見ることができました。自動翻訳があるおかげで日本語以外の動画も見ることができ、勉強のときに使える動画が圧倒的に増えるのでとても便利だと思いました。さらにYouTubeは自分がなんとなく知っているけど詳しくは知らないようなことも知ることができるのもだと分かりました。スティーブ・ジョブズは頭がよくスピーチがとてもうまいということは何となく知っていたけど実際に見たことはありませんでした。しかし実際に見てみることでどのようなところがすごいのかを知ることができました。まずは当たり前かもしれないけど原稿を読みながら話しているのではなくしっかり聞いている人の方を見て話していました。またステージの上を歩き回りながらいろいろな人に目を向けて、身振り手振りをしながら発表しているのがとても印象的でした。スライドもうまく使いながら発表していて、聞いている人が何回も歓声や笑い声をあげているのを見て本当にスピーチがうまいのだなと納得することができました。ヒトラーやキング牧師の演説もなんとなく知っているけど詳しくは知りませんでした。ヒトラーが長い沈黙から始めて会場の雰囲気を作ること、キング牧師のスピーチはI have a dreamのところしか知らなかってけど実際はとても長いなど映像で見てみないと詳しく知れないこともたくさんあるのだなと思いました。そして私が動画をみて一番印象に残ったのが今までに起きた大きな事故や事件の映像です。ヒンデンブルク号炎上の動画では実際に飛行船が墜落して炎や煙が上がっている映像で、実際に映像で見るとすごい迫力だなと思いました。周りにいる人の悲鳴も聞こえてこの事故の恐ろしさがよくわかる映像だと思いました。そして原爆の動画はさらに悲惨なものだと思いました。原爆が落とされ煙が上がり、町がボロボロになっている映像はとても衝撃的でした。被曝してしまった人の体はやけどでひどいことになっていてそれを映像で見るととても生々しく、見るのがとてもつらいものでした。しかしこのような映像を見られるというのは過去にあった悲惨な出来事を忘れることなく新しい世代に伝えることができるのでとても大きな意味があると思いました。この他にも火星の映像やドローンでジェットコースターを追いかけている動画などたくさんおもしろい動画がありました。私は今までYouTubeたくさん使ってきましたがこのようなものがあるのは全く知りませんでした。ここまでたくさん動画を見てきて私は、YouTubeは娯楽としてみるだけでなく学習教材としての利用価値がとてもあるものだと感じました。YouTubePremiumにするにはお金がかかるけど基本的には無料で見られるものだし、ここまでたくさんの動画があればYouTubeで考古学をするというのも全然可能なのではないかと思います。そしてこれを自分の自学自習につなげるためには先ほども少し言った通りYouTubeを本や文献などの文章と併用することが大事だと思います。いろいろな情報を使うことでより深い学習ができるのだと分かりました。

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 私はYouTube考古学のページを閲覧し、最初はYouTube考古学とはどのようなものなのか、どのような目的を持って学ぶのか、正直分かりませんでした。しかし、参考動画や文献を見ていく中でYouTubeで学ぶ意義、そしてそれに応じて発生してしまう問題などが見えてきました。まず私が本ページを閲覧した上でまず興味を惹かれたトピックは私たちが映像視聴に普段使用しているコンピューター機器の発展の歴史を辿った映像です。数学の発展から長い年月を経て、最初の電子コンピューターの発明から1950年に現在に近い形が生まれるまでにはアプリケーションの増加やスピードと信頼性の上昇など度重なる改善が重ねられ、現代の生活には欠かせないものへと進化してきました。さらにコンピューターの発達はコミュニケーションの発達も加速させました。独自の文字を生み出してから、私たち人間は他人に言葉を伝えるために様々な方法を通ってきました。特に遠距離に伝えるための伝達手段としては、伝書鳩を使ったり、電気電話を使ったりして試行錯誤を繰り返してきました。それがインターネットの発達により文字を形のまま、さらには画像や動画まで離れていても共有出来るようになり、触れる人の幅も広くなりなした。YouTubeもそんな文字や動画共有がさらに進化した形であり、共有先が全世界、不特定多数と今までは考えもしなかった規模に拡大したのです。今回は主に映像中心に調べを進めましたが、調べる過程において使用する機器及びそれがもたらす相乗効果に関する事柄を学び、知識の幅を増やすこともこのYouTube考古学を学ぶ意義の一つではないでしょうか。  さて、現代では娯楽、学習、広告などその活躍の幅を広げているYouTubeですが、私が本ページを見て新たに知れたことは学習への活用、それに伴った歴史的事実をはじめとした貴重映像を記録する役割を担うYouTubeの側面である。まずYouTubeが教材として活用される大きな要因として紙の教科書や写真とは違い、歴史的事実やその背景をそこに関する一連の流れも含め、その瞬間を映像という形で保存できるというところにあります。さらに音声やカラーが残っているものにおいてはその実感性はさらに増します。私自身高校、大学を通して日本史や海外美術などを調べる際、YouTubeを利用し実際に映像で吸収したものも多くあります。特に最近では技術の発達によりAR映像やVR映像など、よりリアルに、より臨場感を味わいながらまるで自分がその時代にいるような動画も増えてきているため、ますます教材としての可能性は広がっています。やはり実際動いている情景を見ることで記憶にも焼きつきやすいと実感し、今でも参考資料を見る際などよく利用しています。ここまで調べる中で現代社会におけるYouTube学習のメリットというものも個人的に見えてきました。まずここ1、2年はコロナ禍ということもあり、YouTube教材の需要はさらに高まっています。遠隔授業では画面通して遠隔での資料提示や事前学習など時代に沿った学習の場として活躍しています。もう一つは今回初めて使用した字幕機能における可能性です。外国語への翻訳は勿論、母国語の字幕もかなり正確に表示されており、例えば耳の聞こえない人にも正確に通じるようになったり、外国人が異国の動画を見たとしても、以前に比べてより正確に動画の意図が伝わるようになるなど、今後更なる進化の期待される機能の一つであると思います。  YouTubeと聞くと自分お含め多くの人はメディア、エンタメとしての側面をまず思い浮かべるのではないでしょうか。現代社会ではここ5年間で月間の動画視聴時間は4倍に成長し、1日当たりの平均視聴時間は3時間越えと今やテレビを抑えて試聴されているメディアへと成長しました。近年では一般人が芸能活動に繋がる場としても注目されています。YouTubeは動画撮影可能なスマホやカメラが一つでもあれば投稿でき、自分の特技を全世界に広める場としてはSNSと同様に大規模であり、現代版オーディション会場と言ってもいいかもしれません。実際YouTubeからデビューしたり、作品が認められることは少なくなく、有名になりたい人にとって最も身近で視聴者数の多い場所かもしれません。その中でも見られる対象として一番注目されているのがyoutuberです。彼らの勢いは凄まじく、数年前には考えられなかった動画を投稿することを職業とすることを一般化させ、メディアの方向をシフトさせました。youtuber影響力は企業も注目しており、広告塔として多く起用されています。今やYouTubeがもたらす経済効果は全世界で2兆円にも上り、GDPにも多いに貢献しています。私は成長を続けるYouTubeを大手企業のみならず様々な業界の企業や商店が利用するべきであると思います。確かに動画の制作には時間もかかるかもしれませんが、動画というわかりやすい形で宣伝することが可能な上、近年ではテレビではなくYouTubeを視聴する時間の方が多いという人も増加しているため、より広い範囲に宣伝することが可能です。そんな有名なyoutuberたちの活躍には誰でも自由に様々なジャンルの動画を投稿できるYouTubeという環境の存在が欠かせません。私たちもスマホ一つあれば気軽に動画を投稿出来るのです。しかし、そんな自由性が裏目となり発生する問題も増加しているのが現状です。課題ページでも取り上げられていましたが、大きな問題としては著作権の問題、そしてセキュリティの問題です。著作権に対してはYouTube側が検知機能のあるフィルターを使用してはいるものの、動画数は非常に多く、私たちユーザーから見ると未だに多くの音源の無断使用や転載が多く見られます。セキュリティに関しても同様で対象年齢に応じた動画を表示する機能はあるものの、そこに引っ掛からずに不適切な動画が表示されてしまうケースもあります。確かに動画数は毎日物凄いスピードで増え続けており、全てを処理することは不可能かも知れません。しかし、メディアの未来を担う動画投稿サイトがこれ以上無法地帯にならないように、例えばアップロード時の動画審査をもう少し精密にするなどして、もう少し強く広い範囲を監視出来る機能が必要であると私は考えます。テレビとは違い、個人で管理する場面が多く、発信先が全世界である以上、更なる進化が必要となることは間違いありません。その為にまずは投稿する個人がガイドラインをしっかりと把握をし、権利に違反していないか気にかけることが大切なのではないでしょうか。  今回YouTubeについて初めて様々な側面から調べ、考えました。YouTube考古学を考える中で、私の一番大きな発見としてはYouTubeの今後の更なる可能性です。実際上記でも述べたように私たちの今生きる社会は未曾有のウイルスによって、学習、運動、旅行など普段できていたことが制限されています。そうした「動き」という当たり前を制限され中で、YouTubeをはじめとした動画サイトは新しい生活様式に適応するためのツールとして非常に重要な役割を担っています。今後より動画というものが活躍の幅を広げていけるよう、こうした動画サイトやツールへの知識を深めると共に、更なる動画環境向上のための改善も必要であると私は考えています。

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教材としてのyoutubeを考えるとき、学ぶときに先生が話すだけよりも教科書があったほうが、教科書だけよりも映像のほうが長い映像よりもまとめられているものが多いYouTubeを活用するということではないかと思いながら学習を始めました。「写真は決定的写真でないと」(アンリ・ブレッソン)について調べました。20世紀前半から後半にかけて活躍した写真家だということがわかりました。写真から映像へと主流の媒体が変化していく中で「決定的瞬間」(The Decisive Moment)という題の写真集を発表したそうです。このことが示すように写真で学ぶことの難しさがわかるこのではないかと考えました。一瞬だけを切り取る写真にはその瞬間の衝撃などを伝える力はあると思いますが、その場の雰囲気や情報量などにおいて動画には敵わない情報媒体だということを私は再度考えさせられました。Computer Perspectiveの動画は、本のサブタイトルから計算機が想像されていく内容だと考え動画を見ました。博物館の展示を映している映像で、写真をただ並べられるだけとは違うと感じました。同じ内容のものを本などで紹介すると、手順として本を買い、開き能動的に読むことが必要であるのに対し、動画では動画を検索することが必要ではあるものの本に比べハードルが低く見始めてしまえば次々に映像が変わっていくので、従来の学びと比べると、同じ内容を学ぶときのハードルがかなり下がるのではないかと感じた。YouTubeで学ぶことについて考えた後ではYouTube Premiumに対しての考えが変わりました。ほかのサブスクとは異なり娯楽だけだはなく学ぶことに使えるということは、娯楽費ではなく教育費になるのかとわかりました。次の「コミュニケーションの進化」の動画ではアニメーションを使用しとても分かりやすく人類のコミュニケーションの変遷について紹介されていた。私も中学生か高校生の時にアニメーションを使って社会問題や科学的な現象について紹介する「Kurzgesagt」というYouTubeチャンネルを見つけ視聴しており、わかりやすく面白く手軽に学ぶことができるコンテンツだったということを思い出しました。専門家の方に直接お話を聞き質問する方がわかることも多いかもしれませんが、YouTubeを使用したほうが学べるジャンルも広く、多くの人が情報を提供することに参加していることから大学などで専門分野を学ぶことに加え、自分で興味を持った分野にはこのようなコンテンツを用い学ぶことが前の時代に同じことをするよりも、面白く効率的に学ぶことができるのではないか思いました。印刷機の動画を見て私は、おそらく教科書で見たことがあるものではないかと思いながら視聴しました。印刷機の登場により本などの印刷物が世間に広まっていったと学びましたが、当たり前のことですが現在のコピー機と比べたらそこまで早いものではないのだと感じました。ただ手書きと比べて早いことはわかりこれが三大発明と言われる所以だと思いました。教授が授業の中で「教職を目指している樋地もいると思うが…」ということを仰っていましたが、歴史の授業で習うような物の実際に動く姿はただ文字や写真のみで得られる以上のものを得ることができると思います。このような動画を探したり、信頼できる情報なのかどうかを見極める力は教師という職業にも必須と言える力なのだと感じました。次のラジオの動画は自動翻訳が正確ではなく何となくのことしかわかりませんでしたが、新聞社がラジオの登場を脅威に思っている話が印象に残りました。いつの時代も新しい物にとって代わられる物があり、それを危惧する人がいることは現代も変わらないと知ることができました。また歴史の話になってしまいますが、ラジオが普及したということを授業で習いましたが、そのことが社会にどのような影響を与えたかということは詳しくは記述されていなかったと思います。このようなことを授業で取り扱うことは、授業時間数などの関係で難しいと思いますが高校生の自分に興味があったなら、授業で取り扱った事柄に関する動画を見てみるなどすればよかったと思います。ただYouTube にある膨大な動画の中から自分の目的に合った動画を探し出すことは簡単なことではないと思うので、授業でそういった動画を探す方法を教えたり、授業内で取り扱えない内容の動画のリンクを何らかの形で配布するなどの方法をとることがいいのかと思います。しかし、このようなことはただでさえ忙しいイメージがある先生方の負担がさらに増してしまうと思うので、現状のままこれを行うことは必要だと思いますが現実的でないと感じました。次にMacintoshの動画を見ました。Macintoshが何かわからなかったので調べてみたところ、現在のMacということを知りました。昔の初期のMacはもっと出来ることが少ないと思っていましたが、いまと変わらないような画面もいくつかありこの時から、形ができていたのかと感じました。昔のパソコンを現代のパソコンで見ていると思うと何か面白いと思いました。iPhoneの動画はミュージックプレイヤー、携帯電話などのデバイスが一つのものになることが、とても衝撃だったことを知りました。次の動画は何の話か分からないまま見始めてしまいましたが、だんだんとOSによるデザインの違いの動画ということがわかりました。徐々に一目でわかりやすいデザインになっていっていると感じました。OSの盛衰の動画を見て一番衝撃を受けたことはWindows7が8が出た後も高いシェアを保持し10が登場した現在もシェア率が高い子にはどのような理由があるのかと考えました。残りの字数が多くのないので簡単に考えると、それだけ使いやすい理由があるのだろうと考えました。どこかの大学がWindows7を引き続けるようにしたというニュースをみた記憶があります。次からは歴史の動画になります。ヒトラーの演説術はすごかったと様々な場面で言われていますが、そのことが私たちに実感でき、うわさや説でなく当たり前のことのように語られることは、それが映像に残っており私たちが簡単にアクセスできることの証拠だと感じました。映像が登場する以前に演説がうまかったという人物もいるでしょうが、それは書面でのみです。映像が100%正しいとは限りませんが人に何かを伝えるときに実物を見ることの次に理解しやすい説得力がある媒体だと思いました。その映像に手軽にアクセスできるYouTubeはほかのものとは違った役割を果たしていくと思います。歴史に関する映像はその場の雰囲気を伝えることができこれ以上ないものを学ぶことができると思いました。YouTubeの最初の動画は特別なことのない日常を撮影したように思え、そのことがYouTubeを素晴らしい作品だけでない様々なジャンルの本当に多岐にわたる映像が閲覧できるようになる流れを作ったものだと思いました。YouTubeAboutにあるようにとても自由を尊重していることがわかりました。この自由が本当にYouTubeを意味がある素晴らしいものにしているのだと感じました。次にドローンが撮影したローラーコースターの映像やMV、ロボットなどの動画を見ました。ドローンが撮影した映像に関しては人間が体験することのできない視点で撮影されており、とても迫力のある非日常的なわくわくするような動画だと感じました。ロボットの映像も私が実物を見ようと思ってもなかなか難しいもので、それを簡単にみることのできるYouTubeは現代を代表するものだと感じました。最後まで閲覧しましたが書ききることができませんでした。

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YouTube考古学と動画体験について、まず、印象的だったのがメディア史のコミュニケーションでした。約紀元前30000年前から、ドラムによる信号送信、口笛、ジェスチャー、洞窟壁画によって、既にコミュニケーションをとっていたこと、さらにその後の紀元前776年には伝書バトが使われ始めていたことは驚きました。1867年にプロトタイプの電気電話が作られ、1989年には電気電話はインターネットとワールドワイドネットに使われるようになりました。これらがコミュニケーションという点でひとつながりになっていると考えるとすごいことだと感じました。より多くの人に発信するという点ではグーテンベルクの印刷機は現在ほどでないにしても大量生産という意味では画期的だったといえます。最初のうちはTVに映るときのメイクはアカに非常に敏感でその色を吸収するので赤が使用され、暗さを表現するのにアイシャドウには青が使われたのでピエロのようなメイクになっていたのは面白さと驚きを感じました。それが、2000年にはLEDテレビになり、その後、4Kになり、クレジットカードほどの厚さしかないものも出て、2020年には回転するテレビまで出ています。メディアの歴史は一気に加速しているといえます。 次にYouTubeはもっと教材としても扱われるべきだと感じた。教科書だと言葉のみで現実感がなく、DVDなどの映像では量が多すぎてしまいます。それを克服しているYouTubeは教材として有用といえると思います。さらに有効的に活用するのにYouTubeプレミアムが優れていることも理解できました。購入することで、バックグラウンド再生を可能にしてみる人の可処分時間を持続させだけでなく、YouTube musicや動画のオフライン再生も使用でき、他のアマゾンプライム、U-NEXT、Netflixなどのサブスクリプションを凌駕しているといえます。そんなYouTubeの最初の動画は2005年4月23日に共同創設者のJawed Karim氏によるサンディエゴ動物園でゾウの檻の前に立っているだけの動画でした。これはYouTubeに動画を上げるのは敷居が低いことであると説明するようなものでした。YouTube About にも「YouTube は、誰でも何かを表現して世界中に発信し、コミュニティを共有、形成できるべきだと考えます。」とあり、YouTubeを定義する4つの自由にもすべての人が自由に発言し、意見を交換し、率直に対話できるべきであり、また、創造的自由は新しい意見や表現形式、可能性につながるものであるとする表現の自由と、すべての人が自分を表現できる機会を持ち、ビジネスを構築し、自分が思い描く成功を手に入れることができるとする機会の自由が含まれています。YouTubeにある歴史的映像は上記したように、教科書の中の文字でのみ知っているものであり、現実感はわきにくいものでした。ヒトラーが聴衆が静かになるまでの間黙ることで意識を自分に集中させ、自分の話に引き込む姿は、教科書の中の悪逆非道を前面に押し出したイメージを砕き、カリスマ性、計算高さを見ることができました。キング牧師については私は勉強不足で正直I have a dream.の人、黒人差別をなくそうとした人くらいの知識しかありませんでしたが、I have a dream.に続く演説だけでなく、用意された彼の信念を曲げる内容の原稿を読んでいる部分があったが、マヘリア=ジャクソンの「マーティン、夢について語ってあげて!」という言葉で、心のなかの信念を話し、ただ理想を語る人ではなく、黒人と白人が手を取り合えるようになる日を本気で望んでおり、白人を非難しているわけではないことを知れました。9.11の事件も日本史の資料集で見たり、親がドラマの一部かと思ったといっていたりしたのを見聞きしただけだったので、「そんな大げさな」と思っていましたが、実際のヘリからの映像を無編集で見て、ああこんな事件が自分が生まれてから起きていて、何千人もの人が亡くなったのかと肌身で感じて、衝撃を受けました。広島の原爆についても、実際、広島に行って原爆ドームを見たことはあって、その印象も小学3年生ながらに「原爆は恐ろしいものである」というのを感じられたものではありましたが、原爆の影響がどのようにあったかは白黒の写真と数字を文字画像で見たに過ぎなかったので、倒れた家が炎が燃え、吹き飛んだあとを動画としてナレーション付きで解説を聞きながら見ると、こんなことがたった約75年前に日本で起きたこととは思えませんでした。火星の映像は動画で送信すると恐ろしく長い時間がかかるのを4Kで画像として送ることで、写真を合成して動画化しているものとは思えないほど立体感があって、NASAの色変更もあって美しく映っていました。1つのYouTubeというもののなかで無編集による圧倒的な現実感、編集による実体の浮かび上がりも両方を知ることができました。さらに、実在したものをあえてフィクションで描くことも時には効果が出ると知れました。アラン・チューリングのエニグマや暗号解読の話は高校の時の塾の数学教師に聞いたことがありましたが、あまり興味をひかれませんでした。しかし、「イミテーション・ゲーム」の予告編はとても見てみたくなるようにあらわされていて、今度見てみたいと思いました。このような技術、情報を簡単に発信、入手できるのはいいことですが、著作権は守る、守らせなければなりません。YouTubeではContent ID の一致に基づいて動作し、著作権侵害の可能性がある動画を検出するために利用される技術が採用されています。Content ID とコピーライトマッチツールを利用すると、YouTube に参照ファイルを提出するだけで、自分の作品を含む可能性のある動画が他のユーザーによってアップロードされた場合に、自動的に通知を受け取ることができます。このように、YouTubeでは徹底して著作権を守る仕組みができていて、頼もしく思えました。 TRONプロジェクトのすべてをオープンにするというのはすごい発想だと思いました。TRONプロジェクトの概要ページを読んでも半分も理解できているかわかりませんが、すべての技術情報をオープンにし、リアルタイムで見ることができ、さらに複製、改変まで自由という現代の情報化社会で秘匿、守られることが多い「情報」という価値あるものを、あえてみんなで裸にして広げあうことは革新的だと思いました。その成果は、自動車のエンジン制御、デジタルカメラや携帯電話などの情報家電といった分野の製品から、工場内の機械制御といった産業分野まで、さまざまな分野の組込みシステムに世界中で幅広く利用されています。あらゆる技術情報をオープンにすることによって多くの企業が自由に参加できるため、新しい技術を創造する速度が速くなります。これは、オープン基盤を製品開発の基盤にすることによって、従来の企業内での垂直統合型の開発モデルから、企業間の水平連携型開発モデルへの移行を推進することになるからです。これは、コロナ禍の今、まさにあるべき企業の姿だと思いました。経営が立ち行かない飲食店や航空事業などにほかの企業のノウハウで新しい事業を生み出す、技術を取り入れることでコロナ禍を生き残っていけるかもしれないからです。

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YouTube考古学と動画体験についてYouTubeを見たりして、考古学という学問は文字がなかった時代の人類の営みはモノから明らかにするしかなく、考古学の果たす役割は大きいと言える。一方で古代に限ったものではなく、戦国時代の城跡の発掘や、近代の戦争遺跡を解き明かすのも考古学だといえる。また、豊富に文献が残る時代であっても別の側面から歴史を検証していけると考える。 考古学は、遺跡に残されたものを手がかりにして、昔の人々の暮らしを研究するので、すぐに結果が出てこないのも特徴だと思う。細かく観察して他の遺跡と比べたり、科学的に分析したり、さまざまな手段を駆使して歴史の実態を明らかにしていくことで調べたいものを徐々に明らかにしていく点で現代のググったら直ぐ答えがわかる点とは違うとわかった。たしかに、ググればすぐ出てくることでも本や辞書で他の意味などを調べながら研究したりするときは遠回りであるが他の知識も知れたり良い答えが導き出せるのではないかと実感したことがある。

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 今回の課題内容から私は改めて身近にあるYouTubeは教材としての可能性を秘めていると考えました。  YouTubeでは様々な時代の映像に触れることができ、それら大半の映像は無料で観覧することができます。さらにYouTubeは、様々な時代の「過去」映像だけではなく「今」に焦点を当てることも可能です。現在、YouTubeは世界中で使用されており、様々な国、様々な言語の動画が毎日数多くアップロードされています。しかし、そこで課題となるものは言語による壁です。ですが、この点は自動字幕の機能を活用して解消できるため、YouTubeでは映像で世界中の多種多様なコンテンツや情報を自宅に居ながらにして得ることができます。そしてYouTubeの強みとして、利用の手軽さが挙げられます。YouTubeはスマホ、パソコン、テレビ、などで新たな設備を用意せずに家や外出先でも手軽に視聴することができます。この様に現在、私たちの身近には素晴らしい教材が存在していました。まずは講義内で紹介されたページからリンクをたどったところ、そこには時代を追って進化する技術に着目した動画や歴史的瞬間の映像、さらにはYouTubeに最初に投稿された映像から最新技術を駆使して制作された動画まで本当に多種多様な動画が存在していました。 こうした映像を閲覧する中で私が感じたことはYouTubeは主に歴史教科において活用すべきではないかと感じました。歴史教科ではその出来事の背景などにも着目する必要があります。ですが、こうした背景などは教科書に書かれた文字だけで理解することは負担が大きいと考えます。例えば9.11のテロ事件当時の出来事を書面で見て理解するのとその「瞬間」を映像で見て理解するのでは映像で見て理解する方がより深く理解し思考することができるはずです。そこで授業と並行して当時映像や映像化したものを閲覧しながら学習することでより、そのときの状況などをイメージしながら記憶し理解しやすいのではないかと考えました。また自学自習する習慣が身についている人にとってYouTubeを学習に取り入れることはスマートフォンとネット環境さえあれば、通学時間や移動時間、隙間時間を活用し時間や場所を問わずいつでも、どこでも学習できます。以上の点からYouTubeを日々の学習に取り入れることで、学生に一人一人に適したペースでの学習が可能となると考えます。またYouTubeを授業で使用することは学生の復習の際に大きく貢献すると考えます。復習の際に動画を視聴する事で、授業の内容だけではなく流れをも再確認することが可能であると考えます。さらにYouTubeを教材として使用することについてのメリットは学生だけでなく教員にもあると考えます。授業時間では伝えきれないことについてYouTubeを活用しカバーでき、さらに復習の際の指示はこの動画を見ておくようにといった的確な指示ですみます。このことは学生にとっても指示が明確に伝わることから、学生、教員双方の負担を軽くすることが出来ると考えます。このことから私はYouTubeは教育機関で使用する授業用教材としての可能性も秘めていると考えました。  ですが、YouTubeを教材として使用することにはデメリットもいくつか存在していると考えます。一つ目はデマの情報をどう見分けるのかという点です。教科書などとは異なりYouTube上には公的機関の目が存在しません。そして、現代では最新技術を使用して本物に限りなく近い偽の映像を作る「ディープフェイク」が広まる兆しを見せています。そうした中でをどれが正しい情報であるのか誰がどう見極めるのかという点がの課題だと言えるでしょう。授業などで使用する際は教員が、個人で学習する際には学生がそれぞれ見極めなくてはいけなくなり双方に若干の負担が生じてしまう恐れもあります。次にあげられるのは自己管理が必須となる点です。自学自習する習慣が身についていない場合授業内容に置いて行かれてしまうといった点があげられます。最後は動画によってはかなり個人の思想の強い動画が存在している点でしょう。投稿者の立場によって発信される内容には偏りが生じてしまいがちです。こうした情報に左右されてしまうと偏った意思決定をしてしまう恐れも生じてきます。しかし、こうした情報の中から正しい情報を見つける力であるメディアリテラシーを身につけたいくことも学習と捉えることもできるでしょう。そして、今後さらに進むとされている情報化社会ではこのメディアリテラシー力が求められると考えます。ですがメディアリテラシー力は練習なしにはなかなか身につけにくいでしょう。その練習として学習にYouTubeを活用することで無理なくメディアリテラシー力を引き伸ばすことが出来るのではないかと考えます。なぜなら虚偽や真実といった、様々な情報が存在するYouTubeに触れることで情報の必要性の明確にすることや、情報を批判的に評価し、利用する力を伸ばすことが可能であると考えるからです。現在YouTubeをはじめとしたインターネット上では匿名性が高いことから誹謗、中傷、虚偽の情報が後を絶たずに発信されています。そして、匿名性が故に責任の所在も明確ではありません。だからこそメディア上であっても社会的責任が伴うことを社会にで前に自覚し、最低限のモラルと責任能力を培ってから市民社会へ参加するべきであると考えます。以上の点からこの様な社会を生き抜くためにも早い段階からYouTubeなどを活用し、市民社会に参加できる様、メディアリテラシー力を培っていくことが重要であると考えます。  ここからはYouTube premiumについて触れさせていただきます。本講義で触れられていたYouTube premiumについてですが、私はYouTube premiumはへの加入が必ずしも正しいことであるとは考えません。広告が表示されない点やバックグラウンド再生など機能としてはとても良い機能であると考えます。つまり、個人の価値観は人それぞれであり、これらの機能を必要としておらず、今までの機能で不自由さを感じていないユーザーも存在していることや金銭的な問題などもあるため、もちろん一人一人個人によって見解は異なるでしょうが、私はとしてはYouTube premiumはへの加入が必ずしも正しいことであるとは限らないと考えます。  YouTubeは我々に自分の知らなかった新たな世界やコンテンツへ触れることのできるチャンスを与えてくれるはずです。私はこの課題を通して、YouTubeには世界の最新の情報や自らにとって価値のある情報見つけることの出来る可能性が存在すると考えます。ですが教材としての使用にはまだ課題があること、そして活用する際には明確基準や注意が必要であるものの、YouTubeの可能性は無限であり、今後活用の幅が広がることに期待したいと考えます。

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私は現在YouTubeは私たちの生活ではかかせないものなってきています。なぜ欠かせないものになってるかというと、学校の授業などでも動画の配信を行う際にYouTubeを利用している先生が多いです。自分の意見になりますがzoomで授業を配信するよりも自分はYouTubeで授業を見るほうが自分的には使い慣れているのでとても助かります。Zoomは学校のためにしか開かないのと、10秒スキップする機能がないため先生の言葉を聞き逃してしまった場合は下のシークバーを動かさないといけないためうまく時間調節ができなく困っています。 また現在はあまりテレビを見る若者が少なくなっていきています。その若者がどのようにして情報を集めているかというと、おそらくYouTubeやGoogleの広告などで情報を集めていると思います。どちらもIAが自分に必要な情報をピックアップして届けてくれるので必要な情報を届けてくれます。また現在はYouTuberという職業が確立しています。またその人たちは幅広いコンテンツや多彩な編集技術を使って僕たちリスナーを楽しもうとさせています。またYouTubeには著作権侵害対策として高精度なAIが搭載されています。そのAIはYouTube上で著作物の曲が使われていないかなどを判断して誰に利益が行くかなどを判断してくれます。また曲の著作権に引っかかった場合はその曲の著作権の持ち主に広告収益が行ってしまうというとてもうまい設計になっています。また高性能AIも間違えることがあるようでゲームなどのBGMが他の作品から引用されているものなどは間違えて感知されて収益がなくなってしまなど多少の間違えもあります。またAIは不適切な言葉やサムネイルに肌色が多いと不適切な項目にすることが多くまだまだ問題点も多くなってきています。YouTubeのアカウントは3回動画を消されるとなくなってしまう仕組みなのでこういう誤BANなどが一回でもあったりしたらYouTube一つで生計を立てている人たちには相当も痛手になってしまいます。またAIはこれからも進歩していくと思うのでもっと高性能になっていくことを願っています。 また私は3日くらいYouTubeプレミアムを試してみたのでその感想を述べていきたいと思います。まずは1番大きい利点であるYouTubeの非表示にされることである。YouTubeの広告は基本的に5秒でスキップができます。また稀に短い広告などはすべて見ないといけない場合もあります。また8分以上の動画は基本的に広告が張り付けてあることが多く、ちょうどいいところなのに広告が入ってしまうなどのことがYouTubeプレミアムだとそれがなくなります。広告がなくなるためストレスが軽減されます。2つ目の利点がオフライン時の再生が可能になります。これは名前の通りインターネットにつながっていない状況でも保存して30日以内の動画ならいつでもどこでも再生できるシステムとなっています。また自分はあまりインターネットに繋がないで動画を見る機会があまりないのでこの機能はほとんど使いませんでした。3つもの利点はバックグラウンド再生ができることです。主にスマートフォンの画面がオフになっているときでも再生ができるという機能です。この中で一番控えめな特典に見えますがいざ使ってみると、とても便利でYouTubeの配信を見ながらスマートフォンのゲームをやりたい時などや、動画を見ながら課題や作業をしたい時などにも使えるためとても便利な機能だと私は思います。またLINEに返信をする際にも一回YouTubeを閉じなくてはいいためストレスなく動画を楽しむことができます。4つ目の機能としてはYouTube Musicプレミアムを利用可能になることです。YouTube プレミアムに加入するとYouTube Musicプレミアムが追加料金なしで利用することができます。YouTube Musicプレミアム単体の金額は月額で980円となっているのでとてもお得になっています。YouTube プレミアムの月額料金は1180円となっているので200円で広告を非表示にできたりすると考えるととても安く感じます。またLINE Musicも月額で980円なので料金もほとんど変わりません。またもっと高いところでは音楽だけでも1180円を超える音楽サイトは無数にあります。5つ目はYouTube originalを見ることができることです。ここではYouTube独占の配信を見ることができたり、映画やドラマ、人気YouTuberの動画を見ることができます。ちなみに自分はあまりこの機能は使いませんでした。 また料金設定にも3つあり通常プランと、ファミリープランと、学割プランがあります。通常プランは通常金額の1180円を払うプランであります。2つ目のファンリープランは月額1780円になりますが、同世代に住んでいる人、最大5人までファミリーメンバーとして追加登録がすることができます。3つ目の学割プランは名前の通り学割がきくもので、通常1180円のものが680円になります。また高校生まで限定となりますが、音楽サイトだけでも680円よりも低い音楽サイトはほとんど存在しないのでとてもお得だと思います。自分が使ってみて一番お得だと思えたことはYouTube Musicプレミアムが使えたことです。また広告なども消せることから今後YouTubeを見るときは使っていこうと思います。 次はYouTubeの歴史を見ていこうと思います。YouTubeで一番最初にあげられた動画は2005年に像が動物園にいる動画でした。またYouTubeにはサービス開始する前の動画も多くヒトラーの演説や、キング牧師のスピーチなど歴史上の人物の動画なども数多く存在します。また戦後の広島の映像など数多くの過去をつかさどる映像などもたくさん見ることができます。現在ではYouTubeも進化していってドローンで撮影した映像を流したり、YouTubeのライブ中にスーパーチャットをして配信を盛り上げたりなど動画を見るだけではなく多種多様な使われ方がされています。 YouTubeが発展する前は人々はどのようにしていたかを説明していきたいと思います。最初のメディアの大きな進化は15世紀のグーテンベルクの印刷技術が始まりといえます。これにより大量に印刷物を生産できるようになり、新聞などが普及していきました。次に普及していったのがラジオになります。今までは見るだけでしたが、ラジオが普及したことによって聞くことも可能になりました。また1939年には新聞とラジオが合体したと言えるテレビが誕生しました。いままは聞くか見るかのどちらかだけでしたが、テレビが普及してからどちらも可能になったため情報量も約2倍に増えていきました。 次は通信技術を見ていこうと思います。 通信技術の始まりは紀元前3万年前の洞窟壁画でコミュニケーションを始めたことが理由といわれています。紀元前776年には伝書鳩が使われ始め、1869年には世界初のはがきが発行されました。1876年のベルによる通信機の発明がされていきました。時代が進むにつれ通信機器もとても進化していきました。現在は手紙やラジオ、電話、などのコミュニケーションツールは徐々に薄れていって新たにSNSなどが主流になってきています。最近ではYouTubeもTwitterやLINEのようにコミュニケーションツールとして活用する人も多く、昔と比べて気軽に投稿することが可能になってきています。現在はコロナウイルスの影響でZoomやYouTubeの需要がとても高まってきています。Zoomでは授業を行なったり、飲み会を行なったり会議を行なったりと現在需要がとても高まってきています。メディアの発達は今後もしていくと思います。

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201588 YOUTUBE考古学と動画体験について、情報の伝達スピードが速くなり、動画にすることで視覚、聴覚を使うので効率的に学ぶことが可能になりました。IT技術の発達によって、誰でも簡単に視聴できるようになりました。自分は普段からYOUTUBEを見る時間が多いので、わかりますが動画で見た方が圧倒的に頭に入ってくるし、内容の整理を自分でするので、頭を使います。YOUTUBEというプラットフォームを全面的に活用することで、情報発信をスムーズに行う事ができると思います。現代はテレビよりもYOUTUBEを見ている人が多いです。その証拠としてYOUTUBEの規約が厳しくなってきています。昔は何を載せても、何をやっても規約がなかったので大丈夫でしたが、今はアカウントの停止や場合によっては罪に当たる場合もあります。YOUTUBE考古学が一体どのようなものなのか全く分からなかったし、どのように学べば良いのかも全く分かりませんでしたが、動画を通してYOUTUBE考古学を学ぶことで、普通に学ぶよりも分かりやすいし、イメージができるので効率的に学ぶ事ができています。Youtubeをただ見るだけでなく勉強するための教材として活用することで学びの幅が広がると思います。コロナウイルスによって大学での授業が受けらない状況ですが、youtube考古学と動画体験によりこれからの学びの成長と他の生徒の考え方を取り入れつつ情報を取得していきたいです。360度見渡せる動画もyoutube上には存在していて、様々な方向性からリアリティのある動画を見て、想像力がとても広がりこれからの学びのあり方を感じさせられました。自分は普段から情報の多くをyoutubeで得ています。Youtubeはストレスなく視聴できるだけでなく、アーカイブが増えていくのでとても価値があるプラットフォームです。これを機にYoutube Premiumのサブスクリプションを購入してyoutube考古学と動画体験についての利便性や価値を他人に説明できるようになりたいと、この授業を通して思いました。歴史的な映像をyoutubeで簡単にすぐアクセスする事ができ、今までは教科書から学ぶ事が当たり前だったので、youtubeで授業を進めていくという点ですごく時代を感じましたし、情報化社会のあり方にも感銘を受けました。人類の歴史をyoutubeで見て自分で整理し、毎回の課題に取り組むのがすごく楽しいです。Youtubeでインプットした考古学の内容をアウトプットすることで、より頭に入ると思います。また、他の生徒の投稿をみて自分の考えと違った視点で動画を視聴している人が大勢いるのでとても勉強になります。自分はとてもネットやパソコンに弱く、すごく苦手意識があったのですが、youtubeで簡単にアクセスすることができて、誰でも容易に歴史的な映像を見ることができます。Youtube考古学は短時間で情報を得ることができて無駄なことが一つもないので、学びの時間を有意義に使うことができることがメリットとしてあります。今まで、youtubeではさまざまな動画エンタメを見ていて、毎日視聴しているので生活の一部になりつつあります。Youtube考古学と動画体験は歴史的な映像がストーリーになっており、とても分かりやすいです。自動字幕がついている動画が多いので、英語や他国語のの動画も見やすいと思いました。今までの自分はyoutubeを自由時間に娯楽として使っていましたが、教材として使う方法もあることが知れたので、これからは教材としてもyoutubeを積極的に活用していきたいです。Youtubeはたくさんの情報に満ち溢れており、正しい方法で使うことで、情報強者になれると感じます。自分は高校時代に英語や数学で授業だけでは分からないところがあると、youtubeで調べて問題を解決したりしていました。コンテンツがとても多いので、自分にあった動画を見ることが重要です。Youtubeは無料で視聴できるところがすごいところであり、とても優れたプラットフォームであることは多くの人が知っていると思います。ですが、youtube考古学や動画体験を学んでみて、普段何気なくみている動画でも、勉強としてyoutubeを使うことで、知識量が増えると思いました。日本に限らず、海外の人の動画を見ることで、海外にいったことのない人でも、海外のことを映像として見れるますし、よりリアルな状況を知ることができます。自分は海外に行ったことは一度もないので、海外のyoutuberの動画を見て行ってみたいと感じさせられています。今までの勉強や知識をつける方法としては、参考書や教材または、分厚い本などを利用して調べ物などをするのが一般的でしたが、youtube考古学と動画体験を見た人は以前の方法がどれだけ効率が悪く、無駄な時間をかけていたのかを気づかされるはずです。活字を読むことはいいことだと思いますが、無駄を省き伝えたいことだけを動画にまとめたyoutubeがあることが今の時代に適用していると思いました。今の時代youtuberがとても増えてきているのには理由があります。それはとても魅力があるプラットフォームだからです。ビジネスとは買い手と売り手で成り立ちますが、youtubeは見る側もお金はかからないし、動画をあげる側も無料で投稿することができます。この素晴らしいプラットフォームに魅力を感じ自分もyoutubeに動画を投稿したことがあります。しかし、動画を見てもらうにはただ闇雲に投稿しているだけでは見てもらえないことがわかりました。Youtube考古学と同じように見ている人に対して何らかの価値を提供しなければ、その対価は得られないのだと動画体験で改めて思わされました。人気youtuberは多くの視聴者に対して価値を提供しているので、それなりの対価を得て当然だと思います。また、ヒトラーの演説などを活字で見るだけでは、その状況や臨場感などが伝わってきませんが、映像で見るとその場の状況だったり、雰囲気までも見ることができるので、これからの時代は積極的に動画を使った授業を進めていくことによって知識量が増えるだけではなく、効率的に内容を把握する事ができ勉強する上で必要不可欠なプラットフォームになるに違いありません。自分自身今までyoutubeを多用していて、いろんな場面で助けられました。講義で分からなかったことや、課題で調べたいことを映像として見ることで深掘りして学んできました。Youtube 考古学も歴史的瞬間に僕達は一次体験をしていないので、どのような出来事が起こったのか把握しづらいが、動画を見ることで全てが解決します。教員が用意した資料などで歴史的な映像を見ることは、あまりにも想像の世界になってきてしまうと思うので、実際の動画を見て理解することは本当に大切なことだと思いました。Youtubeを使って授業することに賛成する生徒はとても多いと思います。誰しもが多くの人がyoutubeを普段から使っていると思うので、使い方や操作方法などを完璧に理解しており、ストレスなく学習に取り組むことができていることでしょう。動画体験をして、自分の知らなこったことや間違った理解をしていることに気づき、これから動画を通して学んでいくことを考えると最強の学習ツールであることに間違えないので、気持ちがワクワクします。学習する上で映像として様々な歴史的瞬間を視聴することで、理解に苦しむことなく効率的に状況把握し人に説明出来るくらいになりたいと思います。自ら進んで情報集して学ぶ意識を高め、youtubeをうまく活用した者こそ、その時代時代の情報に強くなると感じました。

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自分自身の動画体験について考えた時、最初に思い浮かんだのは、やはりYouTubeです。今回の資料見る前、最後に見たのはユーチューバーによるゲーム実況でした。 現代人の多くは、YouTubeを通して様々な情報を入手していることと思います。もちろん、私もその一人です。そしてその情報多くは“今”の発信であり、いわば“トレンド”としての役割が、そのウェイトを占めているのが現状です。 しかし、今回の資料を見て、YouTubeの価値は「今の発信」だけではないということが分かりました。そしてその新たに知った価値が、考古学としてのYouTube。つまり、YouTube考古学です。「今の発信」より、むしろ「過去の発信」である考古学こそ、動画という形態、YouTubeというサービスを通して伝えられるべきなのです。 ここで「動画」と一口に言っても、そこには多くの要素が含まれています。私が思い浮かべることが出来たものだけで、音、画像、動き、文字などがあります。これらは相互的に成り立っており、かつそれぞれがいくつかの要素を含んでいます。例えば、テレビの誕生についての動画では、映像として存在している動きの部分を、さらに音声として、言葉でも表現しています。また「音」にも環境音、言葉、音楽、効果音などがあり、どれも動画を構成する一要素となり得ることが出来ます。これらのように「動画」というのは簡単ですが、そこにはいくつもの要素があり、それによって得ることのできる情報の内容や量が変わってくるため、動画を見る際には、その動画がどのような要素によって構成されているかを理解することが大切です。そして、それを理解することが、考古学としてのYouTubeの可能性を広げることにも繋がると私は考えます。 では、実際のところ、『YouTube考古学』にはどのような価値があるのか。 まず思いつくのは、「リアリティ」です。考古学、つまり、「過去」についての情報を人々が動画以外の方法(書籍等)で入手した時、圧倒的に足りないものがリアリティであるいうことは明らかだと思います。今を生きている人々が、生活しているなかで入手する情報の大多数は、実体験によるものです(あそこの店の料理は美味い。以前見ていたドラマに出演していた俳優が逮捕された。など)。人の興味関心は、自らが体験したことに基づく事実から得る情報によって形成されていくケースが多く、それが欠けることによって、情報としての影響力は減少してしまいます。 当然のことですが、考古学として入手する情報は、自分にとっては全て「過去」の話であり、体験を前提とすることは不可能です。そうなると、もし仮に、考古学を勉強する機会があったとしても、あまり充実感のないものとなってしまうことが予想されます。なぜなら、勉学においてもっとも重要なのは興味関心であり、それを引き出すものこそが、実体験であるからです。 では、そんな考古学とYouTubeが組み合わさり、『YouTube考古学』となることによって、そのリアリティにどのような変化があるのか。 それはやはり、動画というツールそのものに備わっている特性をもって、考古学を発信出来る点にあります。先ほど挙げたいくつかの動画の要素は、その一部であれば、ほかの方法でも同様に表現することが出来ますが、それらすべてを持ち合わせたものは動画のほかに存在せず、また、動画以外の表現方法で動画以上に多くの要素を含むものが存在するとも考え難いと思います。 そんな、多くの要素を含んだ動画というツールによって考古学を発信することに意味があるのは、過去のデータはそもそも持ち合わせている情報量が少ないからです。 音が聞き取りづらかったり、色がついていなかったりするのがその例です。そんな、情報量が限られているデータに、情報の上書をすることが出来るのが、動画、つまりは「YouTube考古学」なのだと考えます。街中の様子のみを映した白黒の映像に、音楽を加えたり、当時の環境について音声で解説したり、文字を表示して解説を加えたりなど、動画というツールを利用することによって、情報量を格段に増加させることが出来ます。 情報量が増えるということは、リアリティも高くなるということです。本と比較してみるとわかりやすいと思います。本から得ることのできる情報の要素のほとんどは文字です。挿絵や表紙、紙質なども挙げることが出来、特に触覚においては、動画では再現することは難しいです。しかし、人間はその情報の大部分を視覚によって入手しているということもあり、映像という要素を持っていて、さらにそれだけにはとどまることのない様々な要素、また、動画という方法によって獲得することのできるそのリアリティは、他のどのツールに代わることの出来ない、唯一の手段であると考えます。そして、動画で考古学を発信することにおいて、重要なリアリティを表現することが出来るYouTube考古学にどれだけの価値があるのかは、想像に容易いかと思います。 また、少し例以外的な話にはなりますが、裏を返してみれば、過去のデータの情報量が少ない、ということもまた情報になり得ることが出来ます。現代の動画の持つ情報量の多さによって、「○年前の段階で、現在と比較した時に、これだけの情報しかにないのか」という気付きは、現実と比較することによる実体験を伴う学びとなることが出来るのです。 ここまで思考して私が思ったことは「ここまで有益性の高いYouTube考古学がなぜ現段階で、周知のものとなっていないのか」という点です。それについて、私は、「YouTube考古学古学のもつ有益性を知る機会がないのではないか」と考えました。YouTubeを利用している人々の大方は、自分の興味関心のある内容を閲覧することを目的として、利用しているのだと思います。それ自体はもちろん悪いことではないのですが、まだ興味を持っていないものに興味を持つきっかけをつくることが出来たなら、YouTube考古学は、今よりも認知度を高めることが出来ると思います。関心がないものについて見るのが学びとはよく言いますが、興味関心を持って学んだ方が楽しいことは明らかではないでしょうか。私は、どうせ学ぶのなら、楽しく学びたいと考えるタチなので、YouTube考古学にも同様のものを求めてみたいなと考えてしまいます。では、実際、その為には具体的にどのようなことが必要なのか。思考した後、私は、自身が関心のある話題以外のものを表示するシステムを、YouTubeに作ることが効果的なのではないかと考えました。歴史や文化など、トピックごとに情報を整理して表示するのも効果的かもしれません。また、そうすることで、YouTube考古学の可能性を広げるにも繋がります。 なぜなら、人の数が増えることによって様々な視点が加わるからです。これはYouTube考古学に限った話ではないかもしれませんが、なにか知識を得たり、学んだりする時に、その内容をどれだけ充実させることが出来るのかという部分は、その内容への視点や考えをどれだけ共有出来るのか、という点がかなりポイントになってくると私は思います。 自分一人の能力には限界があります。様々な人のウィットに富んだ知見、またそれらを用いて新たなYouTube考古学の一つとして投稿することが出来たなら、それは、YouTube考古学の可能性を広げる貴重な一歩となることと思います。 「YouTube考古学」それ自体には既に大きな価値があるけれど、学問である以上、その可能性は常に広がり続けるものであってほしい、それが私の思うYouTube考古学です。

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私は、Youtubeの最初の動画を見て驚きました。私は公式のYoutubeに関するような案内の動画が最初に投稿されているのだろうと思っていました。しかし、その動画では1人の男性がゾウの前に立って少しだけしゃべるというもので、とても短くて記録とも思えるような動画でした。そしてその動画が投稿された日付を見てみたところ2005年4月24日でした。それを見て私は、Youtubeは思ったよりも最近になって作られたものだったのだなと感じました。その理由としては、最近では‘‘Youtuber‘‘というような新たな職業とも言えるものも現れておりとても私たちにとって身近になっているので、つくられてから結構時間が経っているのだろうと思っていたからです。なので、つくられてから16年でここまで普及していることにも驚きました。私は、Youtubeはさまざまな分野の教材として最も良いものではないかと感じました。まず、Youtubeは今まで一度にすることができなかったことができるのでとても情報を収集しやすいものです。日本の歴史の中から例を取り上げると、まず日本に文字が入ってきて何かを書いて残すことができるようになったとき歴史書などを作ったりして、その時代の出来事などを記していました。しかし、文字だけではそこに書いてあることを想像するしかなくものによっては人それぞれ見解が異なるものもあり正確に情報を伝えられるものかどうかは微妙だと思います。そして次にはその光景を‘‘絵画‘‘で書き表すことが広まっていきました。しかし、これも説明を加えるような言葉があれば正確になりますが、それがなければ文字と同じようにあまり正確ではありません。さらに描かれた絵は動かないのでたとえそこに描かれた様子のわけが分かったとしても、そこまでの経緯などは分からないのです。これらのように、今まででは、文字や絵画から分かることを読み取り、それ以外の部分は自分で考察をしていくしかありませんでした。しかし、Youtubeの普及によって映像とさらに音声が同時に流れるということができるようになり、大幅に得ることができる情報の量が多くなり、また理解しやすくなったとも言えます。そして、私たちはそれらの動画を自由に閲覧することができ、何度も見返すこともできます。なので、私はこれまでよりも様々な学習方法ができたり他の分野へとつながったりして学習の幅が広がっていくのではないかと感じました。またYoutubeには歴史的映像も存在しています。しかし、その映像に収められている光景を実際に目の当たりにした人はほとんどいないかもしれません。たとえ聞いたことがあったとしても、絶対に目で見なければ気づけないことがあります。そこでYoutubeがあれば、自分が見ることのできなかった歴史的瞬間を見ることができます。ヒトラーは観衆が自分の話を聞く姿勢になるまで長い時間待ち続けていたことやキング牧師はいくつの名言を残しているが長時間の演説をしていたことなど、実際の映像を見ることではっきりと分かります。また、私自身も未だ生まれていないときに発生した広島への原爆投下やアメリカの同時多発テロなどの映像もあり、実際に見てとても衝撃を受けました。さらに、写真を合成してつくられた火星の地上の映像などのような実物ではないけれど現実に行ったことを想定した映像もあります。これらもまた教材として使うことにとても適していると私は考えています。今まででは歴史を学ぶときには教科書つまり文字と資料集つまり絵の2つで学習を進めていました。もちろん教科書の説明もある程度わかりやすく書いてありますし、資料集にも説明書きがついていますが、その出来事の流れを知るには文字や絵だけではなかなか理解できないこともあります。そこでYoutubeの動画を使うことでしっかり理解することができ、またさらにインパクトを与えることもできます。そして、他にもドローンで撮影したものや360度見まわすことができるものなど、まるでその場にいるかのような体験ができるものを見て驚きました。このようにYoutube上には便利で興味深いものがたくさんあるのですが、いっぽうでフェイクというものが存在します。私はこれをとても恐ろしいものであると考えています。このフェイクというものは使い方によっては他人を貶めることもできるし、スキャンダルも作り出すことができてしまうのです。そのようなことを防ぐためには情報を受け取る側の人間がそれをフェイクなのかそうでないのかをしっかりと区別できるようになる必要があります。また、他にも著作権の問題もあります。著作権などの権利を持つ人が不明瞭になり、それに引っかかってしまうとその権利者から申し立てや追跡、Youtubeからの削除などの対応がとられます。私はこのことをYoutubeにおいて誰でも自由に動画を投稿することができる権利を得ていることに対する義務だと考えています。これを守らなければ他人の作品でお金を稼ぐことができてしまい、これは決してあってはならないことであると思います。そしてその中でも取り上げたいものが違法アップロードというものです。これも著作権侵害の問題のうちに入るものですが、特に音楽の違法アップロードは意外と身近に潜んでいるのではないかと思います。音楽を勝手にアップロードするとその楽曲を製作したアーティストの方への収益が減ってしまい収入を奪ってしまうことになります。そのようなことを防ぐために動画を投稿する一人一人が著作権に対する意識を持ってなければならないと思います。そして、私はそのYoutubeをより快適にそして便利に使うことができるYoutubePremiumというサービスの内容を知ってとても驚きました。以前からYoutubePremiumを使うことで広告を見ないで動画を再生できるということは知っていたのですが、それだけでなく動画をバックグラウンド再生やオフライン再生することができたり、YoutubeMusicを使用できたりと今までほしいと思っていたような機能もあり、とても便利になりました。これはもちろん普段プライベートで使うときも学習するために使うときも大きなメリットになると感じました。私はYoutubeを学習の際の教材として使うのがよいと考えている理由は他にもあります。それは翻訳が使えたり、再生速度を変えられたりすることです。たとえば学習するときに見たい動画が必ずしも日本語とは限りません。そんな時でも翻訳の機能が使えるので、問題なくその動画の内容を把握することができます。また見たいものが多いという場合には再生速度を上げることによって、飛ばすことを避けられるので大切なところを捕まえたりして要点を抑えた聞き取りもできます。これらのような特徴のあるYoutubeを教材として用いることは今までの学習方法と比べても、かなり一線を画しており今までのやり方から得ることができたものとは大幅に異なる結果を得られるかもしれません。映像によって時代を遡り学習していくということはほとんどなかったので、これまで気づくことができなかったことに気づけたり、これまでとは異なった視点で見ることができたりすると思います。より濃い学習をするためにもそしてさまざまなものに触れて自身の考えをより深めるためにも、私はこのYoutubeという媒体を教材として使っていくことがよいのではないかと考えています。

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今回の講義ではでは改めてyoutube考古学についての説明とレポートの書き方を教わりました。そして改めて指定された動画を見て感じたことを書きます。まず、教育としてのyoutubeの活用です。Youtube内に様々な動画がありますが、私たちが普段見るような動画には限りがあります。今回の講義を通して初めてヒンデンブルク号の事故の映像や原爆の落ちた瞬間、その後の被爆者の様子などを見ました。これらは私たちが普段見る映像とはかけ離れているものであり自主的に調べないと出会えないような動画です。講義を受ける前まではこのような歴史的な価値のある映像が身近なyoutubeという媒体に載っていることは知りませんでした。私たちは今まで教科書や資料集などを見て授業を受け文字の情報として学習していました。しかし、現在の私たちは一次体験が時間が経つにつれ著しく減っています。そこでyoutubeの強みが活きます。歴史的な価値のある映像がyoutubeには山ほどあります。映像として見せることで生徒たちに生の体験を見せ印象に強く残すことができ、過去の出来事を風化させないことができると私は思います。Youtubeでの学習のメリットはこれだけではありません。映像としてみることで文字や写真では知りえなかった事実も見ることができるのです。例えばグーテンベルクの印刷機や最初のラジオ放送局の映像などです。どちらも機械だけなら写真で見たことはありますが実際にどのようなシステムで動いているのかは知りませんでした。当時の印刷機は現在のものとはかけ離れていてインクを付けたすり鉢のようなものをこすり合わせることで印刷をしていました。ラジオも現在のサイズとは比較にならないほど大きくまたアンテナも長いことを知りました。これらは動いているところを見なければ分からなかったことです。また、知っている映像でもyoutubeで見ることで違った印象を受けるものもあります。9.11の映像や原爆の投下の映像なんかが代表例です。9.11の映像は私でもテレビで見たことがありますが、それは固定カメラで撮影されたものだけであって今回の講義を通してヘリで撮影された9.11の映像を初めて見ました。タワーが崩れる映像の全体図を見たのは初めての経験でした。原爆の映像は爆発した時のキノコ型の煙ができる所や被爆後の建物の様子しか見たことがありませんでした。しかし、今回見た映像には被爆後の人々の様子が映し出されており、皮膚がただれてしまった人や足の皮がめくれてしまった人のリアルな映像を見たのは初めての経験でした。たとえ知っている映像であっても調べることで新しい視点を得ることができ、既知を一元化させない事も大切であると気づくことができた。他にもyoutubeでは疑似的な時間を遡る体験ができます。これはどういうことかというと誰か一人でも昔の映像や当時の資料を持っていればそれをアップロードすることで世界の人々に当時の映像が共有され過去を疑似的に体験できるという事です。Youtubeアップロードされた初めての映像は16年も前の男性が象の檻の前でしゃべっているだけの動画ですがそれより昔の映像を誰かがアップロードすれば16年前よりもはるかに昔の映像を見ることができるのです。つまり、アップロードされる映像が古い映像であればあるほど疑似的に時代を遡ることができるのです。私は普段は好きなyoutuberの動画やMVしか見ないためこの発想はありませんでした。また、youtubeの特徴として投稿主が動画を削除したり、youtubeによって動画を削除されたりしない限り永続的に動画が保存されるというものがあります。私たちが未来の人たちのために歴史的な価値のある動画を残せばそれらは受け継がれていき、いつの日か歴史的な価値が詰まった保管庫のような存在にyoutubeはなることができると私は思います。今あげてきた通りyoutubeは教育に十分に使用することができると私は思います。教科書や資料集だけでは学べない一次体験をyoutubeであれば映像として体験できるのです。今回の学習でyoutubeは教材として使えることを身をもって体験できました。様々な歴史的な価値のある物を本や写真などで見るのではなく、こんなに私たちの身近にあるyoutubeという媒体で見られるということを知っている人はまだ少ないと思います。私は、一次体験を得るために教育にyoutubeを利用するという考えがもっと広まって欲しいと思います。次に著作権に関する問題があります。映像面での対策はもちろん音声面の著作権もyoutubeでは対応されています。Youtubeには高度な音声認識AIがしようされており、日々進化し著作権問題に対応しています。誰もが発信者となれる時代ですから当然悪用し、無断転載や元動画を少し変更しアップロードして不正に高校収入で利益を得ようとしている人も出てきます。私が最近経験したものでは海外の人が日本のアニメをオープニングや場面ごとにところどころカットを入れ転載しているチャンネルに遭遇したことがありますがそのチャンネルは動画を削除されている様子はありませんでした。このようにyoutubeのAIは完璧ではないので抜け穴をついて発信している人間が存在しています。Youtubeは世界中の多くの人が利用しているので早急にAIの強化をしてほしいです。しかし、音声面ではかなり高度な対策がされています。例えば、先生があげていらっしゃったビートルズの曲を流せるかという実験では2分割にされた曲でもAIがビートルズの曲だと認識し著作権に引っかかっていました。このように音声面の著作権保護はかなりされています。また、最近では広告がついていない無断転載動画にはyoutube側が流れている曲を認識し、勝手にコンテントIDを付けチャンネル主が広告を付けてないにもかかわらず広告が自動で付くようになり、そこで発生した収益はすべて曲の制作者にわたるというシステムが採用されています。youtubeを誰もが安心して利用できるように精度をもっと上げてほしいと思います。また、youtubeを正しく使うためにはフェイクを見抜く技術も必要となります。先ほども述べたように現在は誰もが発信者となれる時代ですからすべての人が真実を発信しているとは限りません。youtubeにあげる動画はほとんどの場合編集がされており、誰かの都合の良い解釈や悪意のある編集が施されている可能性もあります。私が最近見たものには歴史的な事件について日本人を褒めたたえ他国を卑下しているものがありました。このような動画は一視点からしか物事を見ておらず客観的に物事を見ていないもので都合の良い編集がされています。Youtubeに限ったことではないですがフェイクを見破るには情報リテラシーが必要となります。情報を一つしか調べないのではなく多くの情報を見てどれが正しいのか理解できなければyoutubeを利用するのは難しいです。また、今回の講義の資料の中にあえてフィクションを利用するというものがありました。資料の中に当時の映像をカラー化するというものがありました。原爆の時の映像をカラー化することで現在の人にもわかりやすく当時の映像を体験してもらうことができます。白黒だと何が起こっているのか理解しづらいですしこのフィクションの利用の仕方はとても良い利用の仕方だなと思いました。現代人に欠かせないyoutubeという存在と正しく関わっていくためには私たちがこのことをしっかり理解したうえでyoutubeの可能性を広げていく事が大切だと思います。(2962文字)

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まず、私はYouTube考古学とは一体どのようなもので、どのように学ぶのか、人類の痕跡を辿って研究するのか全く分かりませんでした。しかしながら今回のYouTube考古学について知ることでそれがどのようなものか大凡理解することができました。まずYouTube考古学についての動画を見ましたが、普通の考古学を学ぶよりも、動画で学習することで、文字などで表されるよりもより具体的で頭に入ってきやすかったです。例えばスティーブ・ジョブスのiPadを基にしたiPhoneの開発についてのプレゼンテーション動画などでは実際にジョブズ自身がどのような表情で、どのようなことを語っているのかとても分かりやすかったです。途中で冗談を交えたりしながら笑いを作っていたのも動画(YouTube)を使ったならではのものだと思いました。また、その動画は当時新製品であったiPhone1がどのような製品で、どのような機能を持ち、動作するのかについてのプレゼンテーションでありました。このプレゼンテーションが動画での情報であるがゆえに制作過程やiPhoneの開発者ジョブズのiPhoneを開発した意図など様々なことが動画化されたことで頭に入ってきやすかったです。加えて、動画化されたジョブズのプレゼンテーションをYouTubeにアップロードされたことで色々な人々にその情報が行きわたり知ってもらえるということがわかりました。また、スティーブ・ジョブズのもう一つ紹介されていた、Macintoshの動画も同様、iPhoneのプレゼンテーションの動画のようにその成立過程や、なぜMacintoshを開発したのか、その機能やどのような役に立つかなど、どちらもジョブズ本人であるからということもあるからかもしれませんが、その内容は酷似しており、動画でみることでより一層わかりやすく頭に入ってきました。時代は違っていても結局のところ動画にすることで画像や文字の羅列の何倍もわかりやすく伝えることができるということがわかりました。それは私に限らず、万国共通で世界中の人や画像が並べられたものや、文字の羅列で説明されるプレゼンテーションよりも動画で視聴覚を使うもののほうがわかりやすく頭に入ってきやすくなると私は思いました。また、その他の配信された動画は今まで私が述べたようなプレゼンテーション動画でその過程を理解するYouTube考古学ではありませんが、主たる根本的なことは同じことだと思います。例えば、配信されたYouTubeリンクの一つの「ヒロシマ・アーカイブ」&「記憶の解凍」について考えていきます。因みにこの映像は令和元年度に広島市立中央図書館の被爆体験継承事業の企画展「ヒロシマの記憶を伝える~町と人々の暮らし~」の展示映像として実際に広島で流されていた映像です。この動画は立体的、かつ多角的に広島に落とされた原子爆弾による影響や、当時原子爆弾によって被害を被った被災者の分布などをGoogleマップなどで駆使し、どの地域にいてどのくらいの被害を被ったのかなどがあらわされています。またその時の被害者の分布だけでなく、建物の分布、その建物がどのくらいの規模の被害を受けたなどもあらわされています。代表的な例として、広島原爆ドームがありました。原子爆弾投下時からしばらくしてからの原爆ドームが様々な角度から撮影されており、どれだけ恐ろしいことだったのか、またどれだけの影響があったのかなど、多角的に見ることでそのことの大きさに気が付きやすかったです。画像を多角的に、また同時に見るということは動画で実現できることであると思いました。つまり、ただの画像の羅列や文字の羅列ではなく、動画で画像や説明文を並列することで、点でとらえるものではなくなり、線でとらえることができるようになります。色々な物事の歴史、つまり考古学は点でとらえるものではなく線でとらえるもので、動画にすることでそれが大いに実現することが可能な世の中になってきていると私は思いました。そうすることで今の我々が歴史的に今まであったことなどが理解しやすくなると同時に、その受け継いだことを後世に伝えることが画像の羅列や文字の羅列で表すよりもはるかに伝えやすく、また伝える側も伝えやすくなると思いました。前述の当時の広島原子爆弾投下時の被災者の分布やその時の状況があらわされていたものは、もちろん当たり前のことですが、当時原子爆弾によってお亡くなりになった方々は分布だけで表されていますが、現在も元気にしている方でと当時の原子爆弾投下の様子や、その前のアメリカ軍の様子、原子爆弾投下後の人々の様子や暮らし、どのように発展させたかなどを語り後世に伝える語り部などが、実際にしゃべっている部分も一部あり、動画ならではのものでありより理解しやすい工夫の一つだと思いました。語り部の方ご本人の声を聴くことで文字や画像でわからない部分などがわかりやすく、声で聴くことができるというところがとても良いと思いました。また、当時実際に原子爆弾投下の様子を目の当たりにした被災者の方々の多くは現在お亡くなりになっていると思われます。ですから、今となっては当時の様子を語っていただける今でもお元気にしていらっしゃる被災者の語り部の方々から直接当時の様子を聞くということは非常に難しくなってきていると思われます。そのような状況下で、動画配信でその当時の様子を伝えるということは非常に効果的なことだと思いました。一人の方が喋ればオンライン上で一度に複数人がそれぞれの場所でその人が喋っていることを聞くことができます。またオンデマンド状態でYouTubeなどに投稿された動画を視聴するということもオンラインと同じくして、非常に効果的なことだと思います。これもYouTubeを使って歴史を学ぶという点において一種のYouTube考古学なのだと思いました。その他にも、今回のYouTube考古学の課題で配信された「ヒンデンブルク号炎上」の動画や「ヒトラーの演説は長い沈黙から始まる」の動画、「キング牧師の演説は実に長い」の動画、「マヘリア・ジャクソンの一言」の動画などは世界的歴史を背景にした動画となっていました。しかしながら、YouTubeを駆使して歴史を学ぶ、YouTube考古学であるという点においては日本の歴史を動画で学ぶYouTube考古学とは変わりのないものだと思いました。また、私の父は某博物館ではたらいており、考古学なども多く扱っているためYouTubeを使って色々なことを紹介することもあるのかということを聞いてみたところ、実際に父の働いている博物館でもこと細かくではありませんが、概要や、外地の成り代わりなどが簡単に説明されている動画をYouTubeにて配信しているそうです。その他に父の知り合いがいる博物館でも似たような動画が配信されているということを聞きました。内容はそれぞれで色々ありますが、やはりその地域固有のものが多いとのことです。今までは歴史を学ぶこと、つまり考古学の学習は紙媒体の教科書やそこに記載された画像などをもとに学習するということが当たり前だと思っていましたが、今回のようにYouTubeを使って考古学を学ぶというのは歴史を点ではなく線でとらえることがしやすくなるというとても有効的な学習方法だと思いました。

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私は普段よくYouTubeを利用する。こういった動画などの最新技術で学びを深める事ができることは非常に良いことだと考える。また動画を利用することにより娯楽としても楽しめることや、教育として知識が増えるという利点が多くあることは間違いないと思う。知りたい情報やわからないことを理解したいという様々な場面で活躍するYouTubeは多くの世代でもはや日常生活で欠かせないものとなっている。ヒカキンさんの動画よりYouTubeプレミアム等のコンテンツを理解できた。これはYouTubeが広告を出した企業と動画を見ている視聴者の両方の立場からお金をもらうというYouTube側が得をする経営戦略である事が考えられる。YouTube側も視聴者側も良い条件で取引できるという好影響をもたらしている。今後さらにYouTubeが様々なプランを提案してくることが予想できる。YouTube premiumの内容においては、広告なしで動画が視聴できることやオフライン再生ができるなど視聴者が喜ぶようなプラン、また現在よりもさらに便利に使うことができるような機能が多数追加されるということで良いプランだと感じた。ヒカキンさんが最も感激していたバックグラウンド再生においては利用することができるのならば多くの人が活用する機能であると思う。YouTubeを見ながら聴きながら他の作業を行うことができるのは非常に良い利点である。私もバックグラウンド再生ができるのならば利用すると思う。また、YouTubeプレミアムは一般1180円であるが、学割が効いて学生は680円で契約すことができるのでYouTube側は学割などを設定したことから、幅広い世代でYouTubeを楽しんでもらいたい、利用してもらいたい等の意図が込められているのではないかと考える。しかしながらこのような良い機能が利用できるプランは現代どれほどの人々が利用しているのだろか不思議に思った。YouTube premiumが出た当初は、みな最新技術で感激したことが予想できるが今現在ではオフライン再生やバックグラウンド再生は多くのアプリで利用することが可能となっている。こういった機能も利用する人が増加し人々の間で定着してきているのだろう。 YouTubeが出てくる数年前は気軽に動画などが見られるサイトは存在しなかっただろうし、この数年でYouTubeの活用方法が大きく変化した。多くの場面で使われるYouTubeサイトは今後も教育や企業の広告、宣伝等たくさんの方法で使用され人々の日常の習慣として定着されていくだろうと考える。それに加えて仕事としてYouTuberという職業が広まり第2のテレビ的のような身近な存在に変化していくだろう。最近、芸能人もYouTube業界に進出している人が多数いるので多くの人々に影響を与えYouTubeというものを広げていくきっかけになると思う。YouTuberという職業は世の中にまだ定着していない、あるいは人々から完全に認められた職ではないけれども、現代の子供のなりたい職業ランキング上位になっているようことから影響力はすごいと感じる。今後の発展が計り知れない。 この提示してある動画を視聴し感じたことは、動画を通して得るものをとても大きいものということ。言葉では伝え切れないほどの衝撃な事件など辛い出来事は、動画を見れば一瞬で雰囲気にのまれ心が痛くなる。また自分自身の興味ある動画を視聴している時はあっという間に時間が過ぎ、その空間というものを忘れる。これこそYouTubeの魅力であると感じる。YouTubeは日本のみならず世界で発展していて、異文化に触れる良い機会でもあり、使い方によっては世界の方々と繋がることができる現代型の最新技術が多く含まれている。YouTubeの利用方法は人それぞれで多くの活用方法があることはとても便利であり、現代ならではの発展だと考えている。 ジョブスによるiphone1のプレゼンにおいては、やはり映像だと視聴者側の心を掴みやすく、見ている人への頭に入り込みやすい傾向がある。音声だけの場合を考えてみると、言葉の強度で熱意というものは多少伝わると思うが、人々の理解度としては低いと思われる。また音声のみであるとどのようなもの、商品であるのかイメージしなくてはならないし、実際に見てみるまではイメージに任せるしかない。昔に比べラジオの利用率が下がっているのは映像と伝えるというのが普及したからではないかと考えている。しかしながらYouTubeのような映像で商品を紹介するとなると、どのようなものであるのか実際に映像を通じて確かめることが可能になるし、商品状態がよくわかると思う。またiphone1なんか世界を通して発売された初のタッチパネル式携帯電話で、ほとんどの人々は使い方がわからないという中で映像を通して使用方法を説明してくれることで利用者側は利用開始までの手順がスムーズに行うことができるという利点がある。けれども映像でも難しい一面はある。実際の商品の大きさや重さの重い軽いは実際に目で確かめてみないとわからない。この問題は致し方がないかなと考える。このiphone1が発売して以来、iPhone(Apple会社)の成長は凄まじいものだ。次々と商品が進化し、スマートフォンを通じて多くの最新技術が導入されてきた。もはやスマートフォンを持っていることが当たり前になった世の中は数年前までは誰が予想したのだろうか。現在の我々若い人々はある程度技術が発展してきている時代に生まれたのですごいという衝撃はあまり少ないだろうが、高齢者や年配の方々は昔から現代までの進化はものすごく驚きであると思う。ここまで進化してしまうとよく周りの方々で耳にするのが年配の方スマートフォンの使い方がわからないというのを聞く。数年で情報機器の発展するスピードが速く、高齢者の方々などが使い方についてわからない、慣れない、困っているというのが現状の問題として起こっている。これは今後対策を練って解決していく必要がある。 スマートフォンが普及したことによりYouTubeへの影響というのも大きいものであると考える。なぜならば単純に表すとスマホで手軽にYouTubeなどの映像が見ることが可能になったからだ。これは革命的なことである。スマホで動画を見れるということは環境の状態が良い限りはいつでもYouTubeを視聴可能ということになる(通信制限を除いて)。これにより現代では昔に比べさらにYouTubeの利用者数が増加したと言える。またYouTubeは多くの機能を備えていて急上昇動画・視聴が閲覧した動画に関係のあるおすすめの動画の提示、字幕のあるなし、再生速度の変更など消費者自身が好きなようにカスタマイズできる点は非常に利点であると感じた。誰でも利用することができ、また投稿することができるのもYouTubeが身近に存在する理由の一つであると考える。しかしながら誰でも動画投稿できる分、他人からみて嫌な動画・迷惑動画などが少なくありません。普及している分問題も生じることを忘れてはいけない。迷惑や犯罪に関わることはほんの一部の問題で使い方が正しければYouTubeは非常に便利なものであることは間違いない。教育のためにYouTubeを利用する人が増加しているという傾向は現在のYouTubeというものは本当に進化してる、すごいものであることを表していて、人々の間で愛されていると言っても過言ではない。今後もどのようにYouTube等の映像世界が発展していくのか、日々YouTubeを利用している私からしてみると楽しみでしかありません。YouTubeの初期の時代を忘れず、我々は過去をも映像で見直すことができる情報機器があるので、利用できるものは使って、築いてきた技術やコンテンツを無駄にしないようにしていければと考える。YouTubeの発展に期待していきたい。

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今回YouTube考古学についてまた新たにリンクを見て感じたことは動画には可能性が多く広がっているということです。私たちが現在日常的に使用しているYouTubeはもともとはテレビなどのコンテンツがなければ生まれなかったものであり。そのテレビも歴史は深く、大きいものや画面が小さく、見にくいものまでありました。そしてこのテレビが生まれる前まではラジオなど耳で聞くことしかできないコンテンツがありました。こうした歴史を見て、この先動画はさらに進化し、人々の生活に馴染んでいくのではないかと感じました。今回、授業で扱っていたYouTube PremiumもYouTubeを使用する中で多くの人があったらいいと感じているサービスを詰め込んだものであると思うのでかなり需要はあると思います。実際、私も頻繁にASMR動画を視聴しますが、音のみで楽しんでいるため、あまり動画の方は見ておらず、そのような点から画面をオフにしていても見れるような設定であれば、バッテリーの消費も少なくて済むのにと思ったことがあります。そのため、このようなサービスは一定数の需要を確保できると考えます。もはやYouTubeに求められているのは単なる動画、コンテンツの面白さではないのかもしれません。これまでのYouTubeの基本的な使い方は動画配信者が視聴者にとって面白いと思うであろうコンテンツを考え配信するのが一般的でした。要は視覚的要素、聴覚的要素のどちらも盛り込んだ内容です。しかし、最近はYouTubeを音楽として使うと人も増えてきており、片方の要素でも十分価値が見出されるのではないかと思います。よってYouTubeを多種多様な使い方ができるアプリケーションであるとして、この先もYouTubeは時代の先駆者になるのではないかと考えます。しかし、あくまでYouTubeは娯楽用であり、あまりビジネスや教育で使用されることがありませんでした。しかし、最近ではYouTubeを教育として使う機会が多いようにも思われます。教育で使用されるとなるとまた、多くの議題が挙がります。たとえば、YouTubeの視聴は実際の授業を補うことができるのかという議題です。実際に今回の授業内でも広島の原爆映画やヒンデンブルク号の炎上など過去の歴史を扱ったものがありました。たしかにこれらの動画は教育の現場において教えるとき、イメージさせるときなど言葉での説明よりも動画で、音で、視聴した方がよりリアルに伝わるのではないかと考えられます。また、ヒトラーやキング牧師の演説などは演説の文面が教科書に載っていたとしても上手く伝わるかどうかはわかりません。この際に一度動画を見ることによって私たちは様々なことを学ぶことができると思います。もちろんどのような演説だったのかもわかりますが、演説の仕方から彼らが当時どのような環境下にあったのかなど裏の背景やどのような演説をしたら人々に響かせることができるのか、どのような話し方をすると多くの人々が関心を持って聞いてくれ、心を掴めるのか、動かせるのかなどを知ることができます。つまり、教育者が学生に対して動画を授業中に見せるという行為は、仮に一つの目的の元であったとしても受け取る学生からしたら多くの情報を、知識を得ることができるのではないかと思います。よって私は、YouTubeを教育の現場で使用することは大きな意味があると考えます。また、一方で、フェイク写真の話も授業内では取り上げられていました。フェイク写真はどれもかなり良く作られており、一見しただけではそれがフェイクであるということはなかなか気づけないようなものになっており、難しい問題であると思いました。こうしたフェイク写真は現在、世界にあるもの全てが悪いものではないように思えます。それこそ上記でも述べた教育の現場で使うためにフェイク写真となったものもあると思いますし、私は写真にモザイクを入れるなどの加工、修正もフェイクと呼ばれる行為の一つではないかと考えています。中には戦場の写真などあまりに過激ではあるが、後世に残すべく必要な写真であるために一手間加えたものもあるでしょう。こうした理由から私は地球で出回っているフェイク写真が全て悪いものではないと考えています。しかし、このように考えた場合、どのようにフェイク写真の良いもの、悪いものを判断して区別するかが問題になるのではないかと考えます。たとえば、写真をある機関が扱い、そこに加工などを施す場合には申請を出すということも考えられますが、こうしたやり方は難しいのではないかと思います。なぜなら、一つは世界に溢れている写真の数は無限に近いほどあり、これの申請を一つの機関に出すとなると遥かに膨大な作業が必要になるからです。また二つ目に仮に各国にこの機関を設置しても機関が機関として正確に機能する国とそうでない国が生まれる可能性があるからです。こうした機関の違いは主に先進国と発展途上国などで生まれてくると考えられます。発展途上国は生活が貧困で困難であるがためにそこまで手が回らないということが考えられるからです。そのため、私が今挙げたような方法は解決策にはならないと考えられます。世界に多くあるフェイク写真の存在をどのように処理するのか。これが一つフェイク写真における大きな問題になってくると思いました。そして、こういった際に著作権の問題は大きく関わってきます。しかし、ここに関してもYouTube側でしっかりと対策を取っているようなので安心できると思いました。YouTubeは運営側がすでに教育の立場などで使用されることを考えていたのかもしれません。ほとんどの動画がYouTube上で守られていることは現代の社会で起こり得る問題を解決してくれるのではないでしょうか。しかし、これもYouTube上の問題であり、今ここで挙げたYouTube運営側の対策は一つ目のYouTubeの動画を教育の現場で使用することにしか視点が置かれていないと思いました。先ほど二つ目に挙げたフェイク写真の問題はYouTubeに限られた話ではないため、しっかりとした対策ではないと考えられます。こうした話をすると、YouTube考古学と話がずれてしまうかもしれませんが、この点はYouTubeの枠を大きく超えた話になるのではないかと考えており、私はこのような問題がYouTubeの動画を巻き込む問題に発展する可能性もあるのではないかと踏んでいます。その場合、YouTubeの範疇には止まらない話に発展してしまうので、どのように対策を立てていくかが問題であると考えました。このように私が今回の授業を受けて気になった点はYouTube Premiumの需要、YouTubeを教育の現場で使用することの可能性、そしてフェイク写真の懸念点の三つです。YouTube考古学はYouTube内のことのみならず、YouTube外のことにも発展する議題を多く含んでいると思いました。

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まず私はYouTube考古学という言葉について考えてみました。考古学とは人類が残した物質文化の痕跡の研究を通し人類の活動とその変化を研究する学問で、そこから派生し、YouTubeに載っている過去の物質文化から情報を読み取り、これからの研究に生かしていくというのがYouTube考古学だと考えました。また、一次体験の定義も調べてみました。一次体験とは、目・耳・鼻・口・皮膚の五感で、本人が実際に体験して手に入れた情報のことをさします。これの対比として取り上げられるのは二次体験で、別の目的のためにすでに収集されていて、どこかに保管されている情報のことをさします。以上のことを前提として今回の課題に取り組みました。まず、一次体験が決定的に欠けていることはとても共感しました。新型コロナウイルスが蔓延してから今まで以上にネットワークやSNSが重視され、一次体験の場がどんどん失われていると思います。二次体験だけでは、到底一次体験と同じ経験を出来ません。アンリ・ブレッドソンの写真を見ても躍動感は伝わってきますが、その場の雰囲気や写真の枠におさまっていない外の光景は分かりません。コンピュータ・パースペクティブの公式動画を見ても、ただただ長く、映像も面白みがないので、動画の意図を読み取れず集中力が切れてしまいます。このように、二次体験ではなくいかにして一次体験に近い体験をするかが重要になってくると思いました。次に、Google検索とYouTube検索の違いについて考えました。しかし、私はこの二つにあまり差はないように感じました。Google検索は調べたいキーワードを検索すると関連するものまでたくさんのリンク先が出てきて、検索ページから画像や動画に移行できます。これに対して、YouTube検索もキーワードを検索すると関連する動画がたくさん出できます。私はYouTube検索よりもGoogle検索のほうが動画だけでなく文書や画像も閲覧できるので、後者の方が有効活用できるのではと思いました。また、私は日常でもYouTubeを利用することがほぼなく、普通の機能すらあまり把握してなかったので、YouTube PremiumについてのHIKAKINさんの動画を見たときには驚くことが多かったです。まず、YouTubeの根本的理念は大きく分けて4つあるそうです。1つ目は表現の自由です。「すべての人が自由に発言し、意見を交換し、率直に対話できるべきであり、また、創造的自由は新しい意見や表現形式、可能性につながるものである」と公式ホームページに記載されています。2つ目は情報にアクセスする自由です。「すべての人が、オープンな情報に簡単にアクセスできるべきであり、また動画は、教育や理解形成の場をもたらし、世界中の出来事を規模の大小にかかわらず記録できる強力なツールである」と記載があります。3つ目は機会を得る自由です。「すべての人が、自分を表現できる機会を持ち、ビジネスを構築し、自分が思い描く成功を手に入れることができ、また、何が人々の心に響くかということを既存の価値観によってではなく自分たちで決めることができるべきだ」と記載されています。4つ目は参加する自由です。「すべての人が、サポートしてくれるコミュニティを見つけ、障壁を取り除き、国境を越え、同じ関心や情熱の下に集まることができるべきだ」と記載されています。これを読んだとき、私はほぼ理念に沿った経営が出来ているのではと思いました。まずYouTubeは会社が素材を提供しているわけではなく、一般の利用者や、他の企業が動画を投稿することで成り立っています。また、世界規模で利用者がいるので国境を越えた情報の収集が可能であると思います。しかし、2つ目の情報にアクセスする自由に書いてある教育や理解形成の場になっているかは疑問に思います。若い世代はYouTubeは趣味で使うツールという考えが多いと思います。音楽を聴く、MVを見る、ユーチューバーの面白い動画を見る、スポーツの練習方法について調べるなど人さまざまではありますが、このような系統が主な使い方だと思います。今まで授業で指定されない限りYouTubeで検索して動画から学ぶというようなことはありませんでした。なので今回の授業を受けてYouTubeをこのように使う方法があるのかと驚きました。また、私は今回初めてYouTube Premiumの詳しい機能について知りました。定期的に料金を払うことによって利用可能になる主な機能は3つあります。1つ目は広告を無しにできることです。YouTube Premiumに登録しないと一定時間たつと、15秒前後の広告が流れてしまい、動画が途中で中断されてしまいます。やはりこうなると集中力が切れたり、時間がもったいなく感じてしまいます。2つ目はバックグラウンド再生です。確かに、Premiumに登録していないとアプリを閉じたら流れていた動画の音声は止まってしまいます。3つ目はオフライン機能です。見たい動画を保存すれば、Wi-Fiが利用できない場所でも動画を見ることができます。ただ、保存することで容量に影響が出ると思いました。Premiumを利用すれば円滑に情報収集ができると感じました。また、自動翻訳機能を使うと動画の音声とほぼ同時に字幕が表示されるので、違和感なく動画を見ることが出来ると思います。YouTubeを勉強に活用することは現実的だと感じました。しかし、疑問に思ったこともあります。ヒトラーの演説をYouTubeで見ただけで一体どれほどの学生が深くこの動画を理解できるのでしょうか。当時のドイツの状況や独裁政治に対する国民の反応、各国との関係など様々な問題が入り混じったなかでの演説だったはずです。大学受験レベルの世界史までしか勉強してこなかった私にとっては、この動画から得ることが出来たものは少ないと感じます。キング牧師の演説を見ても同じように感じました。動画のみでは限界があると思います。動画を十分に活用するには、トピックについてのある程度の知識を身に着けることが必須条件だと思います。このようにしてから動画を見ることで深い理解が出来るのだと感じました。なので、ヒンデンブルグ号炎上の動画を見る前にGoogle検索を用いてこのトピックの概要を調べました。文献と動画をどちらも有効活用することが重要だと思いました。また、YouTubeは企業の経営戦略にも利用されています。江南スタイルやジャスティンビーバーは、YouTubeにMVを投稿することによって国内だけでなく世界で活躍するに至りました。ここにもYouTubeの理念である国境を越えて繋がる象徴的な事例だと思います。最近では日本でもYouTubeへの進出が増加し、YouTubeを入り口としてファンや消費者を獲得する傾向が見られます。逆に多様な企業がYouTubeに進出する中で、著作権に関わりそうなものやフェイク動画も投稿されています。最近の動画編集の技術はレベルが高いので一般の人がフェイクであるか否かを見極めることは極めて困難だと思います。また、SNSの誹謗中傷の波がYouTubeまで来ていることも事実です。動画のコメント欄に過度な批判のコメントや、不適切な発言をしている人が一定数います。その問題をどのように解決するかもこれからYouTubeを最大限利用する際に焦点になるかもしれないと感じました。今回の授業を受け、一次体験に近い動画資料を文献と一緒に効率的に使うことでこれからの勉強をよりよくできると感じました。

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 私が「YouTube考古学と動画体験」のページを見て考えたことは、主に以下の三つです。  一つ目は、YouTubeは歴史的映像が豊富であるということです。講義ページで紹介されていたヒトラーの演説やキング牧師の演説の映像は、高校の世界史の授業で見たことを覚えています。例えばヒトラーであれば「独裁者」「極悪人」というイメージがあり、何故こんな人がドイツ国民の支持を得ていたのだろうと思っていたのですが、演説の映像を見てみると、長い沈黙から始まる彼の演説には人々を惹きつける力があり、当時のドイツ国民が彼を支持したくなる気持ちがわかりました。  また、講義ページにあった原爆の映像のように、戦争に関する映像もYouTubeには沢山あります。戦争を経験した人が少なくなってきている今、戦争に関する映像が残っていて、それらを通して戦争の凄惨さを後世に伝えることができるというのは貴重なことです。今後戦争を起こさないためにも、戦争の凄惨さを語り継いでいく必要があると思います。文章を読むだけでは実感が伴わなくても、映像を見ることで初めて気付くことも多いはずです。せっかく先人たちが残した記録に触れることができるツールが身近にあるのだから、積極的に利用すべきだと思います。  二つ目は、YouTubeは教材としての可能性が大いにあるということです。先述したようにYouTube上には歴史的映像が豊富に存在するため、歴史の勉強にはもってこいだと思います。暗記が大の苦手な私ですが、世界史の授業で見たヒトラーやキング牧師の演説の映像は今でも記憶に残っています。 ただ教科書を読んだり、資料集で写真を見たりするよりも、映像を見るほうが遥かに理解しやすく記憶に残りやすかったです。文章を読むだけでは想像力の限界がありますし、写真は相当決定的な瞬間でなければ印象に残りにくいです。  また、小中高と授業でDVDを見せる先生は多くいましたが、正直なところ教材用のDVDは堅苦しい内容のものや、反対にウケを狙っているのが見え見えで冷めてしまうものが多く、収録時間も長いため興味を失い寝てしまう人が多かったです。しかし、YouTubeはそのようなDVDとは異なり数十秒から数分で終わるものが多いので、DVDよりも集中力を維持したまま見ることができます。先程YouTubeは歴史の勉強にもってこいだと述べましたが、歴史以外の勉強にもYouTubeは有用だと思います。例えば、YouTubeには理科の実験映像がたくさんあります。実際に実験をし、一次体験をするのが理想ですが、実験をするには多くの時間や準備を必要とするので、手軽に見ることができる実験映像で代用するのも手だと思います。他にも、私がYouTubeを用いた勉強で特に良いと思っているのが、英語のリスニングです。周りにネイティブスピーカーがいない限り、なかなか英語に耳を慣らすことは難しいですが、YouTubeがあればそのような環境でもネイティブの発音が聞き放題です。私は「TED-Ed」というチャンネルを見て英語の勉強をしていたのですが、そのチャンネルの動画にはとても綺麗な英語字幕と日本語訳が付いているので非常に便利でした。何度も動画を再生したおかげで英語を耳に慣らすことができました。今回の課題に取り組むにあたり、初めてYouTubeの自動翻訳機能を使いました。めちゃくちゃな訳が出るイメージだったのですが、思っていたより精度が高かったので今後も利用していきたいです。また、これはオンデマンド授業を通して感じたのですが、再生速度を変えられるのは非常に便利な機能です。やる気が出ないときでも、再生速度を速め授業を受ける時間が短くなれば一気に気が楽になりますし、時間を効率的に使えるようになると思います。さらに、万が一聞き逃したり一度の説明で理解できなかったりしても、巻き戻して見直すことができるというオンデマンド授業ならではの利点もあります。  以上のことからYouTubeは教材としての有用性が十分にあると考えられます。  三つ目はメディアリテラシーの必要性です。パソコンやスマートフォンの普及により、主流メディアがラジオやテレビ、紙媒体のものからインターネットへと変遷してきた現在。中でもYouTubeの利用者数は非常に多く、テレビよりYouTubeを見る時間のほうが増えてきたという人も多いのではないでしょうか。YouTubeは誰でも発信することができるため、数え切れないほど多くの動画がアップロードされています。それがYouTubeの良さの一つではありますが、残念なことに中には信憑性の低いものも含まれています。フェイク映像やステルスマーケティングなどです。情報の海を乗り切るには、たくさんある動画の中から自分で情報を見極める力がなければなりません。講義ページのリンクにあった、ルイス・キャロルの偽造された写真は、フェイクだと言われなければ気が付かないほどのクオリティ高さで驚きました。それと同時に、私が今まで見聞きした情報の中にもフェイクだと気が付かずに信じているものが多くあるのではないかと不安になりました。  講義でも触れられていた、「ディープフェイク」という言葉を最近よく耳にするのですが、実際に見たことはなかったので、今回の講義を機にYouTubeで「ディープフェイク」と検索して見てみました。見てみたところ、あまりの精巧さに驚愕しました。さらに、ディープフェイクでは顔だけでなく声までも偽造できると知り大変驚きました。正直、私は見破れる自信がありません。近頃、ディープフェイクを見破るAIが開発されているそうですが、AIが見破る前にSNSでフェイクが拡散される恐れがあります。一度広まった噂は後に違うとわかってもなかなか消えないものです。ディープフェイクの技術は今後ますます発達し見破ることが難しくなっていくでしょう。技術の発展自体は素晴らしいことですが、今後ディープフェイクを悪用した犯罪が増加するかと思うと恐ろしいです。  デマに溢れた状況において私たちに必要とされているのは、メディアリテラシーです。情報の真偽を判断せず、感情のままに拡散することは控えなければなりません。メディアの情報を鵜呑みにせず自分の頭で批判的に考え、情報源を確認し、なるべくたくさんの情報と比較することが重要なのではないかと思います。そのためにも日頃から様々な情報に触れておくのがよいと思います。  今回の講義を通して、私は今まで娯楽を目的としてYouTubeを利用することがほとんどでしたが、それだけでは勿体ないということがわかりました。YouTubeにはテレビでは放送されないような歴史的映像が多くアップロードされているので、映像を見ることによる新たな発見があるかもしれません。今までの自分は偏った考えをしていないかと確認できる貴重なチャンスです。 これからはYouTubeを娯楽だけでなく、自学自習のためのツールとしても活用していきたいです。しかし、YouTubeの情報は全てが正しいとは限らないので、メディアリテラシーを意識したうえでより価値のある使い方をしていきたいです。

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コロナ禍になってから、自分のYouTubeの利用方法が多角的になったように感じます。授業がアップロードされるプラットフォームとして、また様々な情報収集の場としても、かなり頻繁に利用していました。一年前の事になりますが、一回目の緊急事態宣言が出た時に、利用が集中する事を見越して動画視聴時にデフォルトの画質を低画質に設定し、システムへの負荷を抑える対策を図っていました。緊急事態宣言下で、市民にとってYouTubeがどれだけ需要があるかという事を自負していたのではないかと考えます。それほど、YouTubeの利用方法の幅は広いのです。動画の基本操作である早送り・巻き戻しはもちろん、コメント欄によって、世界中から届く意見や感想を覗く事が出来ます。これはYouTubeの「人の出会いの場」や「探したい動画が共有されている場」といった始まりのきっかけが今現在、世界規模になっていると感じられます。そして、YouTubeにアップロードされる動画の内容も、見たいコンテンツがYouTubeで検索すると必ずヒットするくらい豊富なものとなっています。レジュメに示されているURLを辿ってみると、ジョブズのユーモア溢れるプレゼンや、ヒトラーの演説は内容と彼の感情の高ぶりが合わさって人々の心を掌握したのだ、という事が分かります。また、どんどん動画を辿ると、キング牧師はマヘリア・ジャクソンのこの歌声を聞いて励まされていたのか、といった、教科書の文字や写真では読み取れないような人々の感情や当時の報道の仕方など、動画一つで学べる事が多いのです。そしてそれが、パソコン、スマートフォンといった日常的に使える媒体で、わざわざDVDプレーヤーを持ち出さなくとも見る事が出来ます。2021年現在でも、YouTubeの「おすすめ機能」で三年前、それよりももっと昔の動画をおすすめされてみる事があります。そこでは、新たな発見や学びがあります。実際、一年前に広島の原爆について学んで調べていたのですが、恥ずかしながら「ヒロシマ・アーカイブ&記憶の解凍」を見て、こういった取り組みが行われていることをこのフォーマスを通し知りました。しかし、こういった取り組みを発信できるのも、YouTubeの強みと言えるでしょう。コロナ禍で私が感じたのは、自身の事を発信する動画が増えたように思います。ソーシャルディスタンスによって、本来対面で発信する予定だったものが出来なくなり、動画を通して世の中に知らせて商品であったら購入まで進んでもらう、といった流れが確立していたと感じます。また、コロナによって失業した人が再就職までの様子を動画にあげたり、「家でも簡単に出来る○○」と題して自粛期間で発見した事を共有する動画など様々展開されていました。これはコロナに限らず、AIといった最新技術の成果を紹介したり、例えばミノタウロスのロボットが登場したショーなど、国内外問わずYouTube一つで科学技術を目に入れる事が出来ます。 国内外問わないと言うと、コロナを取り上げた海外のニュースなども閲覧する事が出来ます。最近では、海外のアーティストのMVに事務所で雇った翻訳者の方が字幕を付けてくれる事が多く、外国語を分からなくても言葉の意味を理解しながら見る事が出来るし、翻訳者を雇う事によって自身が投稿する動画の視聴者を世界に広げる事が出来るという訳です。他には、他国のアーティスト出演動画を翻訳し、切り取ってまとめたものを制作するファンもいます。しかしこういった行為は、そのアーティストの知名度が上がる反面、動画内で使用されているものが著作権に引っかかり削除されたり、投稿者が意図せずとも動画が収益化されてしまい、度々批判にさらされる場合もあります。このように、アーティストの活動に貢献しているように思えても、逆にアーティストに迷惑をかけてしまう場合があります。しかし、そういった動画をアーティスト側で探し削除するのもかなりの労力がいる事です。なので、YouTubeの著作権侵害対策は多少厳しくとも、こうして保護される人はいる、という事が分かります。YouTubeに動画をアップした事は無いのですが、授業動画がアップロードされる中で一度、「動画が長すぎた為に削除されました」という理由を見た事がありますが、かなり厳しくアップロードされる動画がチェックされているんだな、と感じた記憶があります。近年では、「最近はYouTubeや動画配信アプリの普及によってコンテンツや映画を早送りする人が増えた」という議論が見られますが、世界中のどんな人でも動画をあげる事の出来るYouTubeは、毎分500時間のビデオがアップデートされていると言います。この中から、自分が視聴したい動画だけ選びとっても、かなりの数になると考えられます。「早送り」や「動画を飛ばす」と言った行為は、場面によっては使いこなすべきスキルと言えます。ですが、YouTubeを巡る中で友人の間で「これは楽」と話題になった、映画の概要を10分程で説明する動画があったのですが、無料ダウンロード出来るYouTubeで、映画一本丸々載せてしまうのは望ましい行為とは言えないのでは…感じた記憶があります。日々、個人のネットリテラシーについて議論されていますが、投稿者もまた、「投稿者として心がける」能力も必要ではないかと考えます。ある程度知名度のあるYouTubeでも、度々「この動画は不適切ではないか」と指摘され、時には謝罪もしています。この前驚いた事が、今は二歳になる前の子でもYouTubeで動画を見ているというユーザーの年齢層の低下でした。YouTubeでは、「YouTube kids」という子供向けのコンテンツが展開されていて、子供でも安心して見られる強みがありますが、以前一度覗いてみたところ、ゲームの実況でかなり汚い言葉遣いをされていた人がいて、その言葉遣いに影響されて口調を真似していた子がいました。Kidsチャンネルとはいえど、監視の目をかいくぐってそういった部分が子供に悪影響を与えてしまうのか、と気づきました。例えば迷惑YouTuberの動画を見て学生や若い視聴者が真似した、というのはもちろん投稿者側にも責任はありますが、「良い・悪い」を分別できない、あるいは悪いと分かっていてやった視聴者側にもあると思う訳です。規制をもっと厳しく、といった事は必要ではないと私は考えますが、しかし、ユーザーの皆が皆「悪い事はしてはいけない」といった思考を持つわけではないので、投稿者も実験動画などしっかり危険性を提示した上で配信するなど配慮が必要です。一時期、動画前に流れる広告が過激な容姿批判であったり直接的な性的な表現がありとても不快だ、という意見を目にしました。商品宣伝の為に流している広告も、マイナス効果になってしまうといった結果を見た事もあります。 今や、メールの送受信、SNSの更新、人との会話などスマートフォンやパソコンは生活に欠かせないものとなっています。最近だとオンライン授業も増えて、データ通信料もかなり増えています。こうなると必需となってくるのが「アプリへの課金」でしょう。一度、授業内においてYouTubeで参考動画が提示される事が多くなった時期にYouTube premiumの無料体験を試したことがありますが、動画を閉じても再生される機能と広告削除機能は課題を進める効率が上がりました。いちいち出てくる広告などによる動画の見づらさに悩むより、娯楽目的以外のYouTubeが欠かせなくなった現在においては、少しお金を出してでも快適な環境を作る事も、特に今の世の中では賢い選択と言えるのではないでしょうか。

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私は「YouTube考古学と動画体験」を読み、また講義を受け、日々娯楽を主な目的として使っているYouTubeが教材として価値のあるものだという可能性を感じました。 現在の教材の現状として現象を認知するときに脳内で言語化される前の感覚である一次的体験が欠けており、言語化し認知した表象である二次的体験、さらなる興味へとつながらない。また、言語で伝えるには限界があり実感が伴うことが少なく、映像では言語よりは伝わるが、見せるのに時間がかかり多くの時間を費やすことになります。写真では写真家アンリ・ブレッソンが撮ったような決定的瞬間でない限り記憶するには難しいと思います。また見てみないとわからないことも多く存在します。現在の教材にも良い点はあるが、YouTubeで動画体験をして勉強をし、さらに人類が残した痕跡を研究できるのではないかと考えます。 YouTubeは2005年からサービスが開始され、多くの言語の翻訳が可能であり、世界各国で多くの人に使われています。また、近年のスマートフォンの普及により老若男女を問わず多くの世代にも使われています。現在ではYouTubeでの有名人を起点としたブーム、YouTube内にある急上昇ランキングなどを中心として流行の発信を担う重要な役割を果たしており、テレビや新聞よりも身近な存在になりつつあると感じます。またサブスクリプションでのサービス(YouTube Premium)も開始されており広告を見ることなく動画が見ることができ、ほかのアプリを使っている最中でもバックグラウンド再生することができます。更に保存をしてオフラインでも使用することができます。音楽アプリとしても活用できます。映画やドラマ、アニメもレンタルや購入することができます。 2005年にサービスを開始しましたが、サービス開始以前の動画も多くあります。歴史上の人物が生きていた時代の歴史的な映像として、1933年にヒトラーが総統に就任した際のドイツ国民へ向けた今までの悪政を訴える演説、過酷な黒人差別に抗議したキング牧師の「ワシントン大行進」でのスピーチ、女性ゴスペル歌手で「ゴスペルの女王」と呼ばれたマヘリア・ジャクソンがキング牧師に助言し、現在でも語り継がれるスピーチができたことを伝える動画、スティーブ・ジョブズによるMacintoshのプレゼンテーション、iPhoneのプレゼンテーション、その他世界の多くの事件や出来事などが上がっています。リマスター版などで最新の情報を追加したものもあり、新たな発見につながると思います。また飛行船時代の終焉のきっかけとなった1937年のヒンデンブルク号爆発事故の前後の様子や2001年にアメリカで起きた9.11の同時多発テロをリポートするヘリからのリアルな様子を撮った映像などの無編集現場映像、戦後25年目の広島の実写での映像を使ったいわゆる原爆映画や、火星の写真を合成し最高画質で動画化した地上の様子が編集された現在の映像技術の進歩を見られる現場映像など、多くあり過去に遡ることができ、現在の研究の成果を見ることができます。多くの歴史的映像ではAIを使いカラー化されているものも多く、より現実的に出来事をとらえることができました。またひとつのテーマを集中的に調べることもできます。メディア史の場合、人類のコミュニケーションの発達、印刷技術の登場であるグーテンベルクの印刷機を使う様子、世界初のラジオ局、テレビの誕生、そして進化など、多くの動画があり調査をして勉強するには十分すぎるほどあります。またその動画の中でドラマのようなパートもあり理解を深めるのに役に立ちます。情報、データ、知識を視覚的に表現した動画(インフォグラフィック)ではテーマ研究でもその他の研究の中で比較をしながら知識を得ることができます。学習目的以外にも普段私が使っているような娯楽など多くの使い方が存在します。例えばYouTubeを仕事としている人の人生の一部を動画として見ることができ、ドローンや小型カメラなどによって撮影された映像を見て普段は経験できない動画ならではの体験ができます。 このように多くの体験・学習ができるためYouTubeを教材として使っていくことは可能であると考える一方で運用のためには多くの配慮が必要であると感じました。まずはうその情報を見抜くことです。過去にルイス・キャロルがされたように偽造されていた写真、技術が発展した現在ではフェイクを作ることは容易であり多くのフェイク動画が存在し、AIによるフェイク「ディープフェイク」を見破る能力や、メディアを批判的に読解して、分析をし、創造的に表現をしていき能動的に行動をしていく力、公共精神に基づく表現が必要となってきます。次に著作権への配慮が必要となります。白黒二元論のように簡単に解決ができるものではないがとても重要なものであり、YouTubeでは公式、公認、黙認、非公式、違反など多くの動画があり、権利者に許可を得ていないまま審査が通ってYouTubeに上がる動画があります。しかし機械学習の発達により、著作権で保護されているメロディー、動画、音声の検地がしやすくなっており、権利者は「申し立て」「追跡」「YouTubeからの削除」などの措置をとることができます。権利者はYouTubeのカバー演奏などにより利益を得られる場合もあります。このように発信者としての責任も生まれてきます。さらに研究者としての能力が必要となります。根性が問われるキュレーション能力やヴァージョンの吟味などが必要となり、アップロードする際にも自動字幕や人工知能と滑舌に頼るような作業が必要となります。またYouTubeに頼りすぎないことも大切であると考えます。Econorium.comに「基本的に本を読め」と書いてあったように既存のメディアにはそれなりの良さ、他人の思想や意見に触れることが可能であるので選択肢やヒントとして常に存在を忘れてはいけないと思います。 私は上記のような問題点に配慮でき、教員が機械になれることができれば、教材としての運用は現在の教育に大きな影響を与えると思います。例えばオンデマンド授業においては、再生速度を変えることによって忙しい学生でも授業を受けることができ、わからないところを何度も見返すことができます。字幕を出すことで、聞き逃すことを減らすことができます。自動翻訳が使えるので外国語も学びやすくなります。説明をして、その内容に合う動画を見せることで教科書や資料集を使う学習で欠けている一次的体験を補うことができ新たな発見や興味が出てくると考えます。学校で動画を見せることによって普段使っている段階では見ることのない内容に触れることができると思います。メディアの追加、情報を得られる端末を使うことでより効率の良いものになると考えました。 今までは娯楽やニュースの視聴を目的として使っていたYouTubeをこれからはいろいろな方面に目を向け、学校で学んだことをより深めることや新たな興味の発見のために使っていきたいと考えました。

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 私は現在2年生で去年入学した者ですが、今まで授業は全てオンラインで参加しています。大学生としてパソコンのスキルが必要になることは分かっていましたが、このような状況だとパソコンがなければ全く授業に取り組めません。昨年は初めてZoomを使ったり、学校のサイトを駆使したりで不安だらけの1年間でしたが、1つだけ以前から慣れ親しんでいるツールがありました。それがYouTubeです。普段は音楽を聴いたり、YouTuberとして知られてい人たちの動画を視聴するためにYouTubeを使っていましたが、大学を機に初めて学習のために使用しました。非接触が求められる今の時代に大変便利なYouTube。設立されたのは今からたったの16年前です。はたしてどのような歴史があり、どのような目的で使われてきたのでしょうか。  「メディア史のケース」内の複数の動画では、電話通信の発達からテレビ放送までの流れを確認することが出来ます。例えば現代のようなテレビになるまでの100年間という長い時間が9分30秒の動画にまとめられています。古い型のテレビを所有していなくても、今ではYouTubeのおかげで自身が持っているパソコン等の液晶ディスプレイから当時のテレビ画面を見ることが出来、体験するが可能です。私も視聴しましたが、白黒で画質も荒く時代を感じられました。しかしそれは本当に体験したと言えるのでしょうか。映像を映したものを映し見ているのですから、「コピー」と表現してもいいでしょう。それだと本物を体験したとは言えません。映像が見れることが当たり前となっている今、初めてテレビが映し出された時人々はどんなに興奮したことか、体験することは不可能だと思います。ですが、実際に体験することが出来なくてもその当時の状況を映像でより細かに伝えることは出来るのです。スティーブ・ジョブズのプレゼン会場に行った経験などないですが、YouTubeにアップされている動画で盛り上がり具合がよく伝わりました。やはり最初の発明とは凄いものです。さて、YouTubeの1番最初は何でしょう。なんとたった18秒の、共同創設者であるジョード・カリム氏が動物園のゾウの檻の前に立っているだけの動画です。それなのに1億6千万回以上再生され、759万ものグッド、1千万件以上のコメントが寄せられています。理由は、1番最初であるからです。創設者も初期のユーザーも大いに感動したことでしょう。何ともない動画に対する数字でその感動が伝わってきました。  動画共有サービスであるYouTubeが伝えてくれるのは感動的な歴史だけではありません。我々人類が犯した悲惨な出来事である負の遺産も教えてくれます。ヒンデンブルク号や9.11ヘリ映像がその例です。9.11の時、私はまだ幼かったのでこのようなとんでもないテロ行為が起きていたことは知りませんでした。9.11のことを知ったのはその何年か後、テレビの特集で目にしたからです。ほとんどの人があのショッキングな映像を見た経験があるでしょう。テレビ番組では編集で上手くまとめられていますが、YouTube内の9.11ヘリ映像は当時の様子がリアルにうかがえます。リポーターの喋り方から突然の出来事に戸惑いながらも必死に情報を伝えようとしているのが伝わりますし、動画は1時間以上と長めですが現場にいた人や関係者にとってどんなに苦しい時間であったか、考えさせられます。YouTubeの特徴として、見ている動画に関連したものがいくつか表示されることがあげられます。9.11ヘリ映像からは、また違う18の視点から現場を映した動画が表示されました。テレビのニュースで見ると、局ごとに1つの視点であることが多いと思いますが、YouTubeだと世界各国の多くの映像を見ることが出来るのです。YouTubeという1つのサービスの中に沢山ある資料をピックアップして分析していくことは、効率的な学習方法だと思います。  しかしその資料全てを信じていいのでしょうか。ネット上の情報を鵜呑みにすることは賢明ではないと考えるのが一般的です。物事の真相について語りかける解説動画もYouTubeに多くあります。ルイス・キャロルについて解説してくださっているmegutamaTVさんの動画では、基本情報を教えた上で実際のルイス・キャロルの写真集も見せてくれています。ルイス・キャロルについて全く知識が無くてもこの1本の動画で彼の経歴、性格、作品、影響を与えた他の写真家のことまで知ることが出来ました。大学の授業で紹介された動画ですから信憑性は高いと思われます。さらに詳しく学びたい場合、同じ内容の他の動画を視聴するべきでしょう。その行為は図書館と同じ感覚です。1つ興味があることがあれば、それに関する本を複数手に取るのです。そのうちの重要な情報を抜き出し、自分の知識として身に付けていきます。本であろうが、動画であろうが学びの方法は一緒だと思います。だからと言って、YouTubeの視聴だけに偏ってはいけません。見ているだけでは思考しなくなってしまうからです。  YouTubeが普及した今、ビジネスへの取り組み強化されていると感じますが(広告や有料コンテンツが増えたことから)、そのことでどのような問題が起こりうるでしょうか。その1つが著作権の侵害です。YouTubeで得られる情報は多くありますが、著作権を判断することは私たちには簡単に出来ることではありません。YouTube側の対策として、著作権侵害の可能性があるコンテンツを検出するためのツールを利用しているようです。その技術は極めて高度でありますが、その壁を巧妙な手口ですり抜ける悪質な著作権侵害が行われています。映画の画面や音を少し加工しアップされているのを見たことがあります。見てしまった時点で私も違反者になってしまします。しかしYouTube上の動画を視聴したことで違法とみなすのは不可能でしょう。このあたりの結論を出すことは容易ではありません。学習と同じように本物であるか、著作権の侵害ではないか、1つ1つの動画を見極めていくことは我々に求められる大切な能力です。  YouTubeという動画共有サービスが誕生したことで、多くの情報を伝達させることが可能になりました。このサービスをどう活用するかは人それぞれです。ただ見ているだけのユーザーが大多数だと思われますが、学習の1つの道具として駆使することが出来たら、学生としても、社会人としても差が付けられるでしょう。本もいいですが文面だけでは限界があります。とは言え映像にも限界があります。映画『ホテル・ルワンダ』の中に「世界の人々は、あの映像を見て、怖いねと言うだけで、ディナーを続けるよ」というセリフがあります。まさにその通りで、YouTubeを活用して学びが増えたとしてもただ目にしただけで行動へと移すのは難しいでしょう。YouTubeでの動画体験が、自分の中で何か行動を起こすきっかけとなるように積極的に使っていきたいです。それがYouTubeの本来の目的ではないかと私はそう推測します。

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YouTube考古学と動画体験を見て、YouTubeは学習のための教材として適したコンテンツだと感じました。YouTubeは比較的に簡単に動画を投稿できるコンテンツです。そのため、世界各国から様々な言語や様々な内容の動画が投稿されています。娯楽のコンテンツとしての側面がありますが、YouTubeでは世界各国の歴史的な資料映像を見る事ができます。実際に起きた歴史を当時の言語で当時の尺で見る事ができるのが自由度の高いYouTubeだから行えることです。映像として出来事を見る事で実際には体験できないことであっても実際にその場にいたような臨場感や体験したような感覚を味わうことが可能となります。ドローンの映像では空を自由に飛び回っているような感覚や建物ぎりぎりを飛んでいるスリル感などを味わうことができます。それは映像として目や耳で体感するからこそ体感できるものであり、文章だけの教科書やカットされたテレビの映像では味わうことのできないものです。私は特にヒトラーの演説の動画を見てそれを実感しました。私は高校の世界史の授業で先生に初めてヒトラーの演説の動画を見せていただきました。私はあまり世界史について詳しくなかったため、教科書に載っているヒトラーの時代の内容からヒトラーはドイツに経済成長をもたらした徹底的な独裁者であったが、ユダヤ人に対し残虐な政策を取った人物など漠然としたイメージしか持っていませんでした。そのため、何故ドイツ国内から信頼を得て、総督へと上り詰めたかについて疑問に思っていました。しかし、その考えはヒトラーの演説を見て覆りました。ヒトラーの登場から会場は大歓声に包まれています。壇上に上がったヒトラーは演説を始めるかと思いきやすぐに始まるのではなく長い沈黙から始まります。それにより民衆は演説を進んで聞こうとしてより集中します。長い沈黙の後、演説は静かに始まります。初めは冷静な話し方ですが演説が進むにつれてヒトラーの話し方は声を荒げはじめ感情的になり、身振り手振りが大きくなります。ただ原稿を読むのではなく、声を荒げるなど抑揚をつけることでより感情的に話している印象を与えることで民衆の共感を得ました。また、大きなジェスチャーをつけることで民衆の目線を誘導しさらに演説に集中させ、長い演説でも民衆の注目を飽きることなく集め続けていました。また、話し方や動きだけではなく演説の内容にも多くの民衆の支持を得るテクニックが隠されています。ヒトラーは演説の中で短く、具体的なフレーズを何度も繰り返します。具体的なフレーズは誰でもイメージしやすく、繰り返すことで言葉を認識しやすくすることで民衆の理解や支持を得るきっかけとなります。このテクニックは現在のCMやネット広告にも使用されています。このようにヒトラーの演説には話し方・動き・内容・会場の雰囲気には民衆の支持を得るためのテクニックが隠されています。おそらく上記以外にもたくさんのテクニックが隠れているでしょう。実際に映像を見た際もし私がこの時代にドイツ国民であったらヒトラーを支持していただろうと考えてしまうほどの臨場感を感じました。この感覚は教科書を読む事や人から聞いたなしでは感じられないでしょう。中には実在の人物をテーマにした映画など、リンクにあった「イミテーションゲーム」などフィクションのものも歴史を学ぶきっかけとしては良いものですが実際に当時の映像を見るからこそ感じられる経験だと思いました。実体験に近い感覚を与えることでより記憶に残る上に興味がさらに沸くということも考えられます。そのため、YouTubeは学習のための教材としての可能性は十分にあると感じます。YouTubeは歴史的な世界の動画が多く残されていて学習教材になる人類や技術の進化など輝かしいものが多くありますが、中には大規模な事故や戦争などの衝撃的なものなど前向きなものだけではありません。なぜ、ショッキングな映像が残っているか考えた際、それも人類の歴史であってそこからも学べるものがあるからだと感じました。日本では10年前の東日本大震災当時の映像などがあります。当時はスマートフォンが普及され始め多くの被災者による被害をとらえた映像がYouTubeには残されています。地震の大きさを伝えるものや津波に飲み込まれる街を映したもの、中には避難中に人が津波に流されてしまうショッキングなものもあります。それらは、復興支援のためや記録用などの様々な理由がありますが一番は未来に起こりうる震災に向け今回の被害を教訓にどう行動すればいいかを学ばせるためだと考えます。地震大国である日本は近い将来東日本大震災に並ぶ災害やそれ以上の災害が発生する可能性は極めて高いです。未来に起こりうる震災に向け過去に実際に起きた震災の映像は人々に危機感を与えるためにも重要なものとなります。言葉や数値で地震や津波の映像を伝えても恐ろしさは十分に伝わりますが、映像として目・耳を通し被害の大きさ、実際に人が命を落としかねない瞬間や被災者の悲痛の叫びを聞くことこそが一番人間の本能に訴えかけられるものではないでしょうか。津波に飲み込まれる瞬間の映像など刺激の強いものはテレビでは放送できないからこそ、YouTubeというコンテンツに半永久的に残していくことが重要だと思いました。ここまで映像だからこそなせる学び体験について述べましたが、次に現代の若者を中心としたYouTubeユーザーの動画の見方に触れたいと思います。現代ではYouTubeのほかにもインスタグラムのストーリーやTikTokなど様々な動画サイトが増えましたが、最近では1分の短いものが増えています。YouTubeでもショート動画のベータ版が実施されています。またYouTubeには再生速度の変更や10秒進むなどの機能があり、現代の若者の多くは長い動画を視聴する際倍速にしたり、数秒ずつ飛ばしたりしながら視聴する人が多くいるかと思います。以前拝見した記事では映画やドラマを見る際も内容を理解するためだけに早送りで見るという人の記事を見たことがあります。実際私も長い動画を視聴する際、早送りにしたり数秒飛ばすなどした経験が多々あります。しかし、上記で述べたヒトラーの演説の最初は長い沈黙です。この沈黙は一見意味のない時間に見えますが、実際は演説が始まる前の大切な時間です。意味のなさそうな行動に見えるから早送りはまだしも、飛ばしてしまったらわざわざ映像を教材と使用する意味が半減してしまうのではないでしょうか。そのため、上記で述べたようにYouTubeを教材としてや考古学の資料として利用することはとても効果的と感じましたが、初めて見る映像を早送りや飛ばしつつ見るのではなく、一週目は通常の状態で見てから復習などの際には早送りなど機能を使用することでより効果を高めることができると感じました。そのため、自身の学びのためにも長い映像を見る事を積極的行いたいと思います。

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前回の授業で、私はYouTube考古学とは何かを理解できていませんでした。ですからそんな同志たちやこれから展開する話題の基準としてはじめに説明しておこうと思います。YouTube考古学とはYouTube(YouTubePremium)を様々な歴史学に利用することです。つまり遺跡を発掘するようにYouTubePremiumを利用し情報を掘り出すということなのです。今回はそのYouTubeにおいて考古学をする可能性について語ります。授業内で先生も仰った通り基本的には本を読めばある程度の物事は解決するんです。その二次学習として実際現地に赴いたり、博物館に行ったりすることが必要でその代替案としてYouTubePremiumが必須だということを仰っていました。授業資料の「2018/11/15のヒカキン」には主にバックグラウンド再生や広告なし機能などがメリットとして挙げられていましたが、広告機能はまだしもバックグラウンド再生は今回のテーマのひとつである動画体験を排除するものであり、YouTubePremiumと動画体験における学習は相反するものであると私は解釈しました。私も加入していませんが今のところ何不自由ないですし学習にすることに対するハードルが上がってしまうので必須であるということはないと思います。また、YouTubePremiumがなくとも情報を発信することは可能なので、終日YouTubeに張り付いたりする人でない限り加入する必要性は感じられません。オーディオブックならAmazonが運営しているアプリを使えば十分ですしね。しかしながら考古学をするのにおいてインターネット(SNS)というプラットフォームを利用することはよいことだと思います。例えば広島の原爆投下に関する小説を読み、実際どのような被害がありなぜそのようなことに至ったのか調べたいときにスマートフォンまたはPCを開き、キーワードをGoogle検索にかければその事柄に対する多くの人の意見や資料などの数えきれないほどの情報を簡単に閲覧することができます。その過程で授業資料のようなYouTubeの歴史的映像を見ることにより学びを深めることが可能になるのではないかと考えます。YouTubeは現状無料で利用することができるためユーザー数も多く歴史に関する情報はもちろんのこと他にも様々な情報が飽和しています。資料にあったように短く簡潔な動画は見る側に学び取ることを強要する写真とは違い視聴者のイニシアティブを握ることができ、また視聴者は知識を受動的に得ることができるので学習を始める際のハードルが低くなり気軽に誰でも学ぶことができるのだと私は考えました。映像技術や撮影技術などが進歩し、資料にあった「ヒトラーの演説」など当時の映像を見てその時その場にいた人の経験を簡単に追体験できたり、ドローン撮影で遺跡などの歴史的建造物を普段は見ることができない角度から見る体験を多くの人々が享受し共有することを現代のYouTubeをはじめとする動画配信サービスは可能にしました。そういった動画体験によって行われた二次学習が、書籍やその事柄に関する記事によって得られた知識などの一次学習の産物を脳に定着させ、個人の学習をさらなる高次元に引き上げるサポートをします。 しかし、序盤で言った通り、学習に関する動画体験は短く簡潔でハードルの低い内容でなければなりません。なので授業資料の「25年目の広島」のように、できるだけ多くの人に見てもらうため実際の映像を編集する必要があります。ほかにも、授業資料の「キング牧師の演説は実は長い」のような歴史的映像をリマスター編集するなどの工夫がされています。この技術のことをデジタルリマスターといいます。デジタルリマスターは、フィルムに記録されている映像をデジタルデータ化し、その後デジタルデータ化された映像を特殊な機材を用いて映像の中に移りこんでいるごみや汚れを取り除きます。これはかなりの労力が必要なようです。ちなみに音声も同じ要領で修復されるようです。そういった工夫により、映像はより鮮明になり、我々は一層リアルな体験をすることができます。VR(Virtual Reality)などもそうです。これが学習に役立つということは今更言うまでもないですね。つい最近、私もYouTubeで[360°VR動画] 第二次世界大戦の歴史的戦闘を再現 REUTERSREUTERS」という動画を視聴したのですが、物々しい銃撃や爆発音が再現されており、映画と違い淡々と進められてゆく攻撃がリアルに感じられました。このように最新技術の体験と銘打っておけば学習に対するハードルも下がり情報を共有する人数増加に比例し、様々な仮説が出てくることによって、考古学はより一層進歩するのではないでしょうか。資料にあった、「Youtube最初の動画」を見ればわかると思いますが、YouTubeは当初から情報の共有サービスというアイデンティティを持っていました。これを学習および考古学に応用されるのは必然と言えるでしょう。要は学会が一般の範囲まで拡張されたというわけです。 しかし、インターネットの記事はもちろんのこと、現代では本来の写真や映像を加工することが容易なので、そういったフェイクを見破らなければなりません。この嘘を嘘と見抜く能力がなければ真に学問を探求できないどころか、以前のような災害時にTwitterに投稿された純朴な市民をだまそうとするような悪意あるデマ情報に振り回されることになります。また、我々は動画体験により短時間に多くの情報を得られることが可能になりました。そのため、それらの入ってきた莫大な情報を精査する能力、つまりキュレーションを行う力が今までより必要になってきます。これは最近よく耳にするメディアリテラシーと同じことで、無数に散らばる情報を、収集・分類・再構築し、自分のものにするということです。もっと簡単に言うと、疑う力をつけましょうということです。 この能力が身につけば扱う情報の量は必然的に増えていきます。そうなると現実を基にしたフィクション作品なんかも自己の学習に利用することさえ可能になります。もちろんノンフィクション作品も同様です。授業資料にあった「イミテーション・ゲーム」を私は過去に見たことあるのですがずっとノンフィクション作品かと思っていたのですが授業資料を見て初めてフィクションであると知りました。私は資料を疑ったのですぐにネットで検索をかけたら、現実を基にしたフィクション作品と書かれたサイトとノンフィクション作品と書かれているサイトが混在していました。このような場面で書籍などの信ぴょう性が高い資料に手を出し、キュレーションを行うことによって私たちの学習が展開されていくのです。つまり動画体験が一次学習にもなりうるということが、このことからわかります。 さらに、YouTubeに限ったことではありませんが、キュレーションを行い自分のものにした情報を一資料として発信することができます。それこそ授業資料のような実際の映像や音声をネット上で共有することもできるんです。そうした際気を付けなければならないのが「著作権侵害」です。授業資料の通り、YouTubeはかなり厳しいようなので気を付けなければなりません。学問をする身であるならば、自己でキュレーションした情報メインで裏付けとして参考にした資料名のみを提示し、受信者に学問をする機会をあたえるべきです。 ここまでつらつらと考察を述べてきましたが、YouTube考古学と動画体験における最も重要なポイントはハードルが低く、だれでも参加できることです。一つの事柄について考える頭の数が増えれば、それだけ新たな発見をする可能性があり、発信することで自らの知識を定着させることができます。

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URLを全て辿り、私が経験したYouTube考古学の追体験をそれぞれ見出しごとに述べていきます。まず最初に、教材としてのYouTubeの発見という話についてです。アンリブレッソンの写真はどれも躍動感に溢れており、まるで全ての写真が生きているように感じますが、一方で音や細かい動きなどが不足しているようにも感じてしまいます。その上で映像(DVD)などが教材としての価値が上がって来る訳ですが、手軽さ欠けてしまう。そこでYouTubeは手軽に誰でも使える且つ多くの資料を残している、そして映像であるという点で大きく他のコンテンツより多くの教材として可能性を孕んいるのだと考えました。次に、computer perspectiveという動画ではコンピュータがいつ頃からいかにして作られ、どのように発展してきたかというものがテーマとしてあげられます。英語で全ては読み取れませんでしたが、ただの計算機から情報の保管庫としての役割、そしてコミニュケーションツールとなるまでの過程であったり、実際の制作の様子を映像として見ることが経験として、また学習の素材として見ることの意義をここでは感じられます。ここで、リンクを辿る話からは少しズレますが、YouTubeプレミアムの体験を使用して感じた私の意見を述べていきます。YouTubeプレミアムでは広告なしでの視聴、バックグラウンド再生、YouTubeMUSICの利用、オフラインでの視聴が可能となりますが、私が最も便利と感じたものはオフラインでの動画再生です。その理由は外出先でも保存しておいた動画がデータを使用せずに視聴可能である点にあります。これはYouTubeの最大の利点である手軽に映像を視聴するというものを更に拡張するものでありとても魅力を感じました。一方で、他のサブスクライブと比較した時にこれがあったらもっといい物になると感じたものは、プレミアム会員は限定視聴が可能であるという映像がないという点です。例を挙げると、Amazonプライムビデオなどは、過去の映画やその時放映しているアニメなど様々なテレビ放映コンテンツは利用することが可能となりますが、YouTubeではそういったものは見受けられません。元々動画投稿、視聴用のコンテンツであるため土俵が違うのかもしれませんが、こういったことがプレミアム会員で可能になった場合では本当の意味でインターネットコンテンツでの覇権を取れるのではないかと考えました。本筋に戻ります。次のテーマであるメディア史のケースに載っているURLを全て視聴して論点を探ったところ、人類のメディアの進歩の過程であると私は考えました。ここでは、テレビという場で止まっていますが、現在のメディアの手段としてやはり大きいのはスマートフォンでしょう。現状、テレビでできることは大抵スマートフォンで視聴可能なコンテンツ、特にYouTube等で間に合ってしまい、NEWSなどもLINENEWSやYahooニュースなどで今や手軽に見ることができてしまう時代です。よって、新聞やテレビは淘汰されてしまうものだと考えました。しかし、この話を個人的に調べてみたところ、新聞の普及率は著しく下がっているにも関わらずテレビの普及率自体はそこまで下がっていないということが分かりました。すこし古い記事ではありますが、2018年時点で2人以上世帯のカラーテレビ普及率が96.6パーセントもあるという事実はとても衝撃的でした。現に、私の家にもテレビはありますが私自身はあまり利用しないため母親世代の人間にはやはりテレビというものは切り離せない情報媒体なのだと考えました。この動画のようににメディアとは常に移り変わっていくものですが、今後どのように情報媒体の普及率が変化していくのかはとても興味深いテーマです。次に、2つ連続で続く見出しのテーマはそのまま最大のシェアを誇るインターネット媒体の争いと歴史であると考えました。この辺りの4つのURLを視聴した上で特筆して述べたいことは見当たりませんでしたが、シェアの争いが想像していたよりも激しいということや、ジョブズのiPhoneの演説はやはりとても惹かれるものがあるということ、この2点を実感しました。話を次に移しますが、この次のテーマはこの授業の中で私にとって最も衝撃を与えるものでした。どこまで遡れるか:時間と一次情報というテーマにあるURLはどれも私にとって知識としては知っているもの、まさに先にあった通り私にとって一次体験が不足していたものでした。特に印象深かったのがヒトラーの演説と同時多発テロの中継映像です。高校では世界史選択だったので、その出来事の知識や背景、意義など言葉として知り学ぶことは可能でしたが、体験として学ぶことは一切ありませんでした。しかし、YouTubeにこれらがアップロードされていることによって、追体験として学ぶことが可能である、この点に私は学術的なYouTubeとしての価値を最も感じました。さて、次の見出しはYouTubeの実像というものです。ここでの大きなテーマはYouTubeで発信する人間についてであると考えました。YouTube最初の動画では本当に取り留めのない日常についての記録であり、この時点でYouTube製作陣の意図する動画投稿の敷居が窺えます。YouTubeとはそのままの意味でとると「あなたのブラウン管テレビ」という意味であり、誰でも好きに発信者であって欲しいという製作陣の思いが最初の動画や名前に込められているのではないかと考えました。また江南スタイルやジャスティン・ビーバーはいわゆるYouTubeでの成功者であり、ある意味で時代の変化の象徴であるように感じます。さて次ですが、動画ならではの体験というものです。これはそのままなのでテーマについて触れませんが、実際に例を挙げて紹介したいテーマでもあります。この点においてのYouTubeの利点とはジェットコースターのカメラ映像や恐竜ショーの映像など実際に見に行かなければ本来見れないものが家の中でも見ることが出来るといい点にあります。更に、下記にURLを貼った360°で体験するという新しい技術が更にリアルな体験を可能にします。これは実際VRゴーグルを付けていると実際に見回したりすることが可能であり、本当の意味で一次体験をすることが出来る機能がYouTubeには備わっています。これは今後の動画コンテンツを様々な方向に拡大して行くための最初の1歩にあると考えています。ここまでURL一つ一つを取り上げて来ましたが、ここから下の資料はURLだけになったり文章だけになったりと具体的に問いたいテーマが見当たらなかったので個々で触れることはしませんが、この資料を追体験をして考えたことの総括は、これだけ学術的な価値のあるものをいかに我々は無駄な使い方をしているのか、ということとYouTube発信者となるには何を考えて行えば良いのかということです。 出典明記 https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20180502-00084646/ http://www.garbagenews.net/archives/2013226.html https://youtu.be/QShl8aGEb3E 

https://youtu.be/OarX3jxIdxs

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私はYouTube考古学について授業を聞き、YouTubeで歴史を学ぶことはよいことであり、これからもっと利用されていくべきだと考えました。YouTubeは教育者に馬鹿にされたり、良いものとして受け入れられていないと聞きました。しかし、教育に利用できる素材がたくさんあると思います。そしてそれらはもっと活用されてよいと思います。多くの動画がアーカイブとしてYouTubeには数えきれない程眠っています。私は受験期にYouTubeを活用して日本史の勉強を行っていました。このリンク先でもヒトラーの演説や広島の原爆、ヒンデンブルク号爆発事件がそれにあたりますが、ただ文字だけを読んだり、資料集で写真を少し見たりするだけではその恐怖や凄惨さを感じることは難しいです。しかし、YouTubeを通して歴史的映像を見ることでよく理解でき、記憶に残りやすくなると思います。実際、YouTubeで動画を見て理解した近代史は得意な分野でした。また、勉強を教える動画もよく活用していました。YouTubeにはたくさんの授業動画も撮られています。本音を言うと学校の先生よりもわかりやすいYouTuberもたくさんいます。お金もかかりません。勉強に関することだけではなく、政治状況や世界経済、リスニング用の英語ニュースなど多くのことを学ぶのに適したツールです。私たちは本を購入し何時間もかけて読んだり、塾に通ったりしないで、金銭面でも時間的にも簡単に知識を増やすことができます。それだけでなく、コメント機能がついているため、わからないところは簡単に質問することができ、コミュニケーションをとることが可能です。実際にその場所に行くことが最善ですが、それができない私たちにとって、YouTubeでの動画体験が学びの体験であることが分かりました。これは現代だからこそできることであり、革命的だと思います。積極的に利用していくべきです。 YouTubeが素晴らしいということは、よく理解できましたが、レジュメを拝見して私はYouTubeについて自分が思っていた以上に知らないことが多かったということに気づきました。YouTubeとは、テレビの進化版のようなものだと認識しました。テレビでは、外国の動画を見ることは少ないし、コミュニティが形成されることもあまりないと思います。しかし、YouTubeでは、自動字幕機能もあり、簡単に世界中の動画を見ることができ、自分から世界中に発信することも可能です。今では多くの人がYouTubeで動画を視聴しています。だからこそ、YouTubeプレミアムも誕生したのではないかと思います。私は周りの友人に比べて、YouTubeを見るほうではないので、YouTubeプレミアムについて、知っていることが少なかったです。しかし、リンク先の動画を視聴してすばらしさに感動しました。私が1番惹かれたのは、YT musicという機能です。私は音楽が好きで、Apple Musicで普段は音楽を聴いていますが、たまに聴くことができない曲やアーティストがあります。そんな時、YouTubeを使用しますが、広告が流れたり、ほかのアプリを開けないという少し困る点があります。しかし、YouTubeプレミアムなら、Apple Musicと同じように音楽を聴け、MVも見られ、嗜好に合わせてプレイリストを作成してくれるということに感動しました。また、バックグラウンド再生が可能であり、ラジオのようにながら聞きができるということはとても画期的なことだと思います。このようにYouTubeプレミアムは一石二鳥どころではないと思いました。そして、このことを親に話し、説得し、YouTubeプレミアムに加入することに成功しました。 また、私は、コミュニケーションと聞くと、ソーシャルメディアを用いたものや、日常生活の会話を思い浮かべていました。しかし、何千年も前から、ジェスチャーやサイン、そして洞窟壁画や伝承鳩によりコミュニケーションがとられていたということを知り、とても興味深く感じました。昔は手紙すらなく、遠方の人と連絡を取ることはとも難しかったのだと改めて感じました。今では、メールやLINEなどのアプリを用いて遠くにいる友人や家族と連絡を取ることが簡単です。それどころか、Twitterやインスタグラム、Facebookなどで会ったことのない人と連絡を取ることすらできる時代になりました。そのことによる問題もありますが、このことはとても素晴らしいことだと思います。 テレビの変遷についてもとても面白いと思いました。まず、1920年代のテレビは、化粧が特定の方法でないと顔の特徴が認識できないということです。私は、メイクアートなどに一時期興味を持っていたのですが、このようにして顔を認識させていたということは知らなかったので、とても関心を抱きました。次に現在のテレビがとても進化しているということです。1960年代に3Cの一つであるカラーテレビが普及し、2000年に液晶HDテレビやLEDテレビが生まれ、現在は、カードと同じ厚さのテレビや、壁紙に合わせることができるようなテレビがあるということは全く知らなかったです。今の技術はもちろん素晴らしいですが、昔から素晴らしい技術と想像力があったのだと感動しました。また、動画の中で、「何マイルも離れた場所にいる人々を見たり聞いたりすることができます。」と述べている方がいました。現代の私たちには当たり前のこと過ぎて深く考えたことはなかったですが、実際に言われてみると、それはすごいことなのだと心に響いたものがありました。私は、この動画を視聴した後に電気屋に行きました。そこで普段なら気にも留めないようなテレビコーナーをすごく見入ってしました。これはYouTubeで現代のテレビは素晴らしいという知識を得たからだと思います。何かを知ると今まで気にしていなかったことがウソのようにそのものに夢中になってしまいます。様々なものをYouTubeで視聴し、知識を増やすことは何気ない日々の中で今以上に多くのものに目を向けるきっかけになるのではないかということも感じました。そのような意味でも自分が興味のある動画だけでなく、さまざまな分野の動画を見ることが大切だと思います。 また、私は、大学生になって、動画編集というものをやりたいと思っていました。今回、無編集現場映像と、編集された現場映像との違いについて考えてみました。無編集現場映像は、一つの情報を丁寧に伝えたい、緊張感をもって伝えたい、という場合に向いているのではないかと考えました。逆に、多くの情報を端的に伝えたい、というときは編集するのがよいと思いました。YouTubeには無編集現場映像も編集済み現場映像もあります。これらの動画を載せている方たちはそのことも考えて載せているのだと考えると、YouTubeの深さが感じ取れると思いました。このことを活かして、動画編集に取り組んでみたいと思いました。また、AIによって白黒写真をカラー化できるということも素晴らしい技術だと思いました。しかしこのことを知っている人は多くありません。実際、家族に話しましたが、誰も知らなかったし、私自身も知りませんでした。これもまた、YouTubeによって増えた知識の1つです。 今回見た、テレビ、印刷機、OSなどだけではなく、多くのものが素晴らしい発展を遂げてきました。それをYouTubeによって知り、深堀できるということは、現代ならではのことであり、すごいことだと思います。これらの利点がありながらYouTubeを利用しないということはもったいないと思います。

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たしかに教材としてYouTubeを使うことはとても画期的であり良いことだと思います。言葉(音声)と写真の連続を合わせた完全なる上位互換が動画でありそれをさまざまな考えを持った人たちが投稿し、それが集まったプラットフォームがYouTubeであり、それを倍速、自動翻訳し無料で誰でも見ることができる点でとても良い教材になり得ると思いました。娯楽としてだけでなく、教育にも積極的に使っていくべきだと思いました。 HIKAKINのYouTubePremiumの動画を見て、講義でも登録するよう勧められためこの機会に登録してみた結果、やはり広告なしで動画を見ることできるのはストレスがなくなりとても良いと感じ、バックグラウンド再生にも魅力を感じました。そのうえオフライン再生、YouTubeMusicも利用できるとなると一ヵ月1180円という値段は妥当もしくは値段以上の提供だと感じる人が多いのではないかと思いました。しかし、私からするとYouTubeの一番良いところは無料で誰でも見ることができるところにあると思っているので、YouTubePremiumに登録しようがしまいが無料でYouTubeを見れる事実は変わらないことや音楽や映画や書籍のサブスクリプションの併用で月にかかる値段を考慮してみるとYouTubePREMIUMの優先度は低いと思いました。今後もし使うとしても今のところはYouTubeMusicで十分だと思います。しかし偏見で決めるのは良くないし、そういった人たちのために無料体験があるのでしっかり吟味して使うかどうか考えたいと思います。 さっきの教材の話のようにテレビやラジオなどの歴史の動画を倍速かつ自動翻訳を使い見ることによって短い時間でおおまかな内容を把握することができるので良い機能だと思いました。興味のない内容やめんどくさいときにでもこのような機能を使ってざっくり内容を把握してから気になった内容や細かい内容に移っていくという風に本ではできない知識の取り入れ方ができると思いました。 世界の歴史的映像は貴重というイメージがあるけれどYouTubeがあるとそうでもないと感じました。これらの歴史的映像を見て、こんなに簡単に当時の映像が見られるのにも関わらず、私は知らなかった歴史的事件はもちろん誰もが知っているであろう歴史的事件でさえ当時の映像を見たことがないのだと気づかされました。文字で得る情報と映像で得る情報どちらもメリット・デメリットがあるけれどやはり映像は当時の画質、建物、服装その他文字では得ることの出来ない雰囲気を感じることができるので、これらのものは積極的に教育に取り入れていくべきであるし、自らも積極的に調べ体験するべきだと改めて感じました。最近ツイッターで小学生の津波に関する不謹慎なツイートをみかけたことがあり、これはそもそも今の小学生は津波の体験しておらず津波に対して無知であることが原因であるため戦争、テロ、自然災害などの文字や言葉で説明しても伝わりにくいような事柄に関してはその恐ろしさを知ってもらうためにも積極的に活用していくべきだと思います。 YouTubeのあり方を定義する四つの自由を見たところ「情報にアクセスする自由」、「機会を得る自由」、「表現の自由」、「参加する自由」があり一つ目に関しては多くの人ができているのに対し、残り三つに関しては講義で言っていた消費者側の私たちの多くはできていないのではないかと思いました。コロナ禍で授業も仕事もリモートが主流になりつつありどうなるかはわからないけれど、今後ますますインターネットが発展していくこの世の中で今まではアップロードされた動画のような既にあるものを受動的に取り入れるだけで自らの考えを発信していくという機会あったにもかかわらず利用してこなかったけれど、これから大学生、社会人として生きていく上で自分の考えを誰かに伝えるという行動は非常に重要だと考えるので、いきなり人前でプレゼンテーションをするような大きな段階ではなく、まずはこういったYouTubeで情報を取り入れそれを自分の考えに変換して発信していくような小さな積み重ねを今のうちにしておくこと数年後、数十年後の自分のためになるのではないかと思います。YouTube最初の動画のようにブログや日記感覚で記録として残すだけでもその当時の自分と今の自分を比べる材料になり良いのではないかと思いました。その点でこの授業のFormsのレポートはめんどくさいけれど、力がつくと思いました。 YouTubeは映像だけでなくYouTubeMusicがあるように音楽に関してもすごいところがあると思います。普通、音楽は耳で聴くだけであるけれどそれを映像と合わせることによって違った楽しみ方が生まれます。ミュージックビデオは動画と音楽両方の強みを持つYouTubeにしかできないことだと思います。ミュージックビデオは撮影地や撮り方などががその国によって個性があり、雰囲気が違いそれをいろいろな国の人が見られるのは音楽業界の発展につながり良いことだと思います。音楽のサブスクリプションができるのだったら映像つながりで映画、ドラマ、アニメなどのサブスクリプションもいつかは登場するのではないかと思います。現にAppleMusic、Spotify、LineMusicと並ぶようなサブスクリプションが存在しているのでありえない話ではないと思います。しかしさまざまなジャンルを取り込みYouTubeが拡大していくプラスの面がある一方、映画や音楽の違法アップロードといったマイナスな面も対処していく必要があると感じました。 高度なドローンの映像は人間が自由自在に飛べるようにならない限り絶対に体験できない映像なので、これこそ貴重な動画なのだと感じました。YouTubeには歴史的映像のような過去の動画だけでなく、ドローンやCGのような未来の技術による映像作品にも期待できそうです。 写真のフェイクでけでなくフェイクニュースや嘘の情報などにも引っかからないようにするスキルも情報を取り入れる際にも発信する際にも必要不可欠だと思います。私もネットの情報取り入れるときはその情報を精査して本当かどうか確認してから信じるという癖をつけています。これはYouTubeにもあてはまることでいまはディープフェイクのような高度な合成技術があるので動画だからといって安易に信じるべきではないし、信頼に値しないと思ったらすぐ調べる癖を身につけ、常に新しい情報に対し疑いの心をもっておくぐらいがちょうどいいと思います。これはどの年代の人にも当てはまることであり、YouTubeを教育に取り入れる際にも注意しないと確実に痛い目をみると思います。 YouTubeは創業してから16年しかたってないにもかかわらず、世界最大といっても過言ではないくらいの規模のプラットフォームに成長し、まだまだこの先もさまざまなことに活用できそうで多くの可能性を秘めているものであり今後どのように進歩し展開していくのか気になりました。

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つづき YouTubeによって増えた知識の1つです。 今回見た、テレビ、印刷機、OSなどだけではなく、多くのものが素晴らしい発展を遂げてきました。それをYouTubeによって知り、深堀できるということは、現代ならではのことであり、すごいことだと思います。これらの利点がありながらYouTubeを利用しないということはもったいないと思います。

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今回は「YouTube考古学と動画体験」とその中の全てのリンクしているコンテンツを確認したうえで、特に気になった節を私の考えとともに述べようと思います。本当は全ての内容に言及したいですが、それでは3000字ではとても足りません。 まず、「教材としてのYouTubeの発見」を見ていきます。「一次体験が決定的に欠けている現状」とあります。教室で受講する際、私たちの受け取る情報のほとんど二次体験・三次体験です。資料の文章や先生による解説を真剣に見聞きしても、それらには限界があります。なにせ、実感が伴わない。私は、学びにおいて「実感」は非常に重要だと考えます。私が小学生の時の話です。社会科見学の一環で自動車工場の見学に行き、自動車がどういった部品で構成され、どういった工程を経て完成されるのかを学びました。自動車が作られていくのを肌で「実感」しました。その時の印象は強く、今でも覚えています。このように、「実感」を伴う学びには、学習において非常に大きな力があるでしょう。しかし、「一次体験を重視するのだから、教室の外に出て学ぼう!」というわけにもいきません。では、写真や文字とは違い、動きのあるDVD等の映像ではどうか。確かに、写真や音声や文字を複合させた映像という資料は、それらに比べて「実感」に近い体験を与えることができるでしょう。しかし、これにも限界があります。映像の問題点は、長い、長尺であることが挙げらるでしょう。長いドキュメンタリーを見せられても、そんなに集中力が続かないでしょう。サイト内の語を使えば、イニシアティブを失うことになります。写真家であり芸術家でもあるアンリ・ブレッソン氏は「写真は決定的瞬間でないと」と言ったそうです。私は彼が、物事の重要な部分を切り取ることの必要性を伝えていると考えます。一次体験の欠ける現在の教育現場には、長ったらしい映像ではなく、より簡潔にまとめられたものが必要とされているのです。そこで、YouTube上にある動画の利用が提言されています。  次に、「とりあえず実物を見に行く」に入ります。「NHK内部見学するも数名のみ」「印刷博物館(リアル)42行聖書も素通り」とあります。これらは、実際に一次体験の場を設けても、それを生かしきることができないという問題を指摘しています。しかし、YouTubeならその問題をいっきに解決、とまではいきませんが、大きく前進することができます。チャールズ&レイ・イームズの著した『コンピュータ・パースペクティブ:計算機創造の軌跡』(ちくま学芸文庫、2011年)を国立国会図書館サーチで検索したところ、縦15cmで334pとことでした。写真からも分かるかもしれませんが、大きく分厚いに違いない。しかし、この本の動画がYouTubeに投稿されています。9分45秒の動画で、コンピュータの歴史をたどる内容となっています。なんと、全内容ではないでしょうが、334pが9分45秒で分かるのです。しかも、この9分45秒でコンピュータの歴史をある程度概観できてしまいます。ひいては、イニシアティブを握ることもできます。  次に、「メディア史のケース」に入ります。ここでも分厚い本が出てきます。こちらも国立国会図書館サーチで調べたところ、縦20cmの532pとありました。これも、先ほどの『コンピュータ・パースペクティブ:計算機創造の軌跡』と同様に、YouTube上の動画によって効率的かつ実感の得られる動画がいくつもあります。「コミュニケーションの進化」では、我々人類が今までどうやってコミュニケーションをとってきたかが分かります。グラハム・ベルによる電話の発明によって、遠方と即座にコミュニケーションできるようになり、さらにはインターネット(World Wide Web)によってそのコミュニケーションの輪は世界中に広がっていったことが分かります。最後の「HELLO2」は、私たちの言うところの「ZOOM」でしょう。私たちは、インターネットを当たり前のように使って日々を過ごしていますが、それ以前の生活を考えると不便すぎますよね。「グーテンベルクの印刷機」を見ると、さらにその気持ちが強くなります。今でこそ機械式の印刷機があるので、何百部もの本がいっきに刷られますが、以前までは一つ一つ手作業で印刷されていたのです。また、グーテンベルクの印刷機が発明される以前は、手書きでの写本によって部数を増やしていたのです。気が遠くなる作業です。今の世に生まれてよかった、と心の底から思います。次の「最初のラジオ局」でも情報伝達の高速化が急速に広まっていることが分かります。これはその次の「テレビの誕生」及び「テレビの進化」でも言えることでしょう。それまでは新聞などの文字情報やうわさ話などの口承情報のみでしたが、これらにより音声、テレビに関しては映像をも伝達することができるようになりました。映像の情報量はそれ以前のものとは段違いでしょう。  次に「オリジナルを見に行く」に入ります。「百聞は一見に如かず」ということわざが示すように、いくら話をされても実物を見たほうが確実に伝わります。「ジョブズのプレゼンがすごかったんだ!ジョブズが○○○○と言ったら観客が歓声を上げたんだ!」と言われても、ジョブズのセリフの語気までは伝わりませんし、観客の歓声もどれほど大きかったのか伝わりません。しかし、タイムマシーンでジョブズのプレゼンを見に行かせることは、残念ながら今のところ不可能です。しかし、その時の映像記録を見せることはできます。これを見れば、全てを正確に伝えることができます。しかも、YouTubeの動画なので、インターネット環境にあればいつでも見られます。過去のこととなると、一次体験は不可能ですが、それにできるだけ近い体験を、しかも手軽に、できるのがYouTubeなのだと思います。  次に、「YouTubeの実像」に入ります。YouTube最初の動画「Me at the zoo」に関して、詳細はサイト内に書かれているので省略します。ではこの動画の目的に関してですが、私は記録ではなく、記念であると考えます。内容は「私(Jawed Karim)は象の前にいる」ことと「象がとても長い鼻を持っていてかっこいい」ことくらいです。これを記録してどうするのでしょう。しかも、YouTubeの最初の動画として投稿するにしては、内容がなさすぎます。最初の動画なら、「みんなでYouTubeを盛り上げよう!」といった内容にするのが王道なように思います。しかし、Jawedはそうしなかった。よって、これは記念的なものであり、今後増えるだあろう動画投稿者の敷居を下げるために投稿したのだと考えます。実際に、様々なミュージックビデオやYouTuberといった職業まで登場するようになりました。YouTube Aboutにも「YouTube は、誰でも何かを表現して世界中に発信し、コミュニティを共有、形成できるべきだと考えます」と書かれています。これは本授業の到達目標の一つ「発信型市民の作法を応用倫理的に考える」と関わりのある考えでしょう。誰もが発信者になり得る社会では、発信者としてのモラルが必要不可欠になってくるはずです。  次に「フェイクはとてもかんたん」に入ります。発信者が増えると、おのずとフェイク(偽物)が出てくることになります。ここでは、二つの問題があります。一つは、フェイク情報を出さないこと。これもまた、本授業の到達目標の一つ「発信型市民の作法を応用倫理的に考える」ことに繋がります。そして、二つ目はフェイクに騙されないこと。これらは「メディアリテラシー」の節にも言えるかもしれませんね。

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人類が洞窟壁画でコミュニケーションをしていたということは、現代のアニメーション作品のように絵でストーリーを作っていたのではないかと考えました。テレビは白黒から色付きに、画質はどんどん良くなり、録画機能搭載、最近は3DのものやVOD作品が楽しめるものまで年々進化を遂げています。このように発展が止まらないのは、テレビや映像業界には非常に高い需要が存在するからです。テレビや映像は、文章や絵からのみでは伝わらない情報を一度に伝えることができます。この利点に対し、情報取得する際などに映像を利用することは楽していることであると意見する人もいますが、そんな事は無いです。映像によって伝えることのできる情報はたくさん存在していますし、映像によってはじめて理解できる情報もあると思います。また、その当時は存在しなかった映像を現代の技術によって映像化したりする技術が存在することは世界の歴史に大きく影響したと思われます。恐竜など先人たちの努力によって判明した情報をもとに映像を見ることができるこの時代に生きている私たちは非常に恵まれているといえます。映像はフィクションの再現に優れています。CGや3D技術などによってこの世に存在しない生物や空間をまるでそこにあるのかともわせるような映像を作り出せます。この映像技術のおかげで様々なコンテンツを楽しむことができ、様々なことを学べています。私たち大学生は日常的にYouTubeを見る機会の多い人がほとんどであると思います。YouTubeは一般人が誰でも動画を投稿できるというサイトですが、その単純なサイトが今では世界規模のプラットフォームになっています。YouTube Aboutにあるように、表現の自由、情報にアクセスする自由、機会を得る自由、参加する自由の4つの自由を軸にしているようです。これらの自由を世界中の人々は求めていたからYouTubeはここまで大きな支持を得るプラットフォームになったのではないかと思いました。戦時中などではこれらの自由を奪われていました。これらの自由を手にすることによって人々は発展していくのではないかと思います。世界の人々が自由を求め続ける限り、YouTubeというコンテンツが廃れることはなさそうだと感じました。しかし、最近はセンシティブな内容の動画や不適切とされる内容の動画はすぐにYouTube運営によって削除されてしまうことが増えているのです。これは自由を侵害されているといっても過言ではありません。これらの制限はYouTubeのみならず数々のSNSやサイトで行われています。確かに人権を侵害する行為の動画や人を侮辱する意図で作成された動画により自殺者が増えているのも事実です。このようなことが起きないように対策を行うのは大切ですが、少々やりすぎな気もします。現代の人権保護の流れに逆らうことが非常に困難なことであるということは理解ができますが、すぐに動画を削除するのではなく、その動画を再生する前に視聴者に対して「この動画はセンシティブだと判断されています。」などという注意を出してから再生する者だけ再生できるようにするなど他に人権保護の対策はできるのではないかと感じました。また、1915年の時点でホラー映画が存在することに驚きました。昔の白黒無音映像を色付けして交換を付ける技術が今、発展していることによって判明することもあります。

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私はこの講義で初めてYoutube考古学という言葉を学びました。Youtubeは比較的新しいものではありますが、広い視点から見るとYoutubeが誕生した前の動画や映像が多く載せられていることも考えると確かに考古学的要素はあると思いました。しかし、私の中でYoutubeを考古学・考現学として認識すること自体が新鮮ですし、まだまだ新しい考えだと思います。Youtubeが完全に考古学の部類と違和感なく思えるのは何年後になるのでしょうか。今から考えるとわくわくします。「Youtube考古学と動画体験」のリンクの中で、特に注目したことを中心に書いていきたいと思います。特に注目したのは、ラジオやテレビ、新聞などの旧来から存在する情報発信源についてです。私はYoutube考古学が存在するとしたら、ラジオやテレビ、写真にも同じことが言えると考えました。まず、ラジオについて言及すると初めの頃にラジオが普及したときは若者がこぞって聴き自分たちのラジオを所有していて、長い間ラジオが若者のメディアと呼ばれた時代は続いていました。映像では「Philip Sousa March」がヘッドフォンから流れてきて、興奮していた様子が流れていて、若者の心を強く掴んでいたのだと思います。Youtubeも幅広い年代が使用していますが、特に若者の使用率が高めです。そこを含めて考えると、新しいものに最初に注目するのは、いつの時代も若者であったのかもしれないとも感じました。他にも、ラジオは音楽以外にも、新聞の記事を読み上げたりすることもあり、新聞編集者を嘆かせていたようです。現代の若者のテレビ離れに近いものなのだと思います。識字率の問題もあり、活字の普及ができていなかった人にも聴くことができます。人気があればあるほど、物事は飽きられないように廃れないように変容していきます。そのため、ラジオ放送の形も同様に変化していきました。毎週水曜日に女性がファンの手紙を読み上げたりして、普通の話をしたりと現代のラジオ放送の形になっていきました。そのため、老若男女問わず強い人気を誇り続けていたのでしょう。一方的だったラジオが他方に広がったため、より人々と身近になるようになっていったのだと思います。そのため、ラジオの音声が残されていれば、「モノ」を手掛かりに当時の人の生活模様や考えをリアルに見ることができるし、ラジオそのものが歴史を物語る考古学なのではと思いました。現代でもラジオは廃れているように見えて、実は根強い人気があり、多種多様に進化している部分も含めて考えるとラジオ考古学という新しい言葉も普及しても良いのではないかと思います。次に話すテレビも同様に凄まじい速さで人々の生活に溶け込みました。テレビでは、日々のトレンドの発信や真新しいものを放映し、ラジオよりも鮮明にその時代に生きた人々の生活模様を知ることができます。また、テレビの進化は想像よりも素早く、1920年代から作成されて、2021年代には両面テレビなど近未来的なテレビが作られています。その上、テレビがきちんと作成されて約60年の間の1980年代にはポケットテレビなるものも開発されました。当初の映像に鮮明に人を映すために白粉を塗り青とオレンジのもはや芸術のようなメイクを見るとたった数十年でここまで進化するのは考えが付きませんでした。しかし、機械の進化速度は需要とともに進むとかんがえるとテレビは相当人気の高い機器だと改めて思うようになりました。この人気度は当時で考えると旅行自体が主流ではなかったことや9.11などを生放送していたこと、娯楽自体が少なかったこと修正もいまよりもなかったことを考えると知らない事実を鮮明に直接しれるという理由で普及は早かったのかもしれません。しかもこれらは、作られて90年以上も時が過ぎているのですから、これも考古学と通じるものがあるのではと思います。そして、時代は進んでいき、スマホが作られるまでにいたったと考えると感慨深いものがあるなと思いました。この2つの動画を見たうえで、根本に戻ってYoutubeに注目しますと、これは想像よりも考古学なのかもしれないなとも思いました。最初といっていることが、違うと思うかもしれません。ですが、Youtubeは考古学でないようで、考古学であるという不思議な感覚を持つようになってしまうのです。これには、理由があります。例えば、Youtube最初の動画には、ただ象について話をしている意味のないものに見えます。しかし、見方を変えると約17年前はこんなに画質が悪かったのかと技術が進化したのだなと感じることもあれば、姿に注目しますとこんな髪型や服が流行っていたのだなと見ることができます。時代が違えば考えも見方も変わります。もっと時が流れれば、私たちが100年以上前の生活に強いギャップを覚えるように、あの短い動画にカルチャーショックを感じるようになるかもしれません。ただでさえ、YoutubeにはYoutubeが存在していないときのテレビ映像が載せられているのですから、そのような衝撃を覚える経験が一度はあると思います。それだけでなく、それらの動画はただカルチャーショックを覚えるだけでなく、過去の深く考えるべき問題が鮮明に記録されています。例えばアドルフ・ヒトラーの演説です。周りが静かになるまで辛抱強く待ち続ける生前姿や肉声は、この時代では簡単に見聞きできるものではなかったはずです。他のヒンデンブルク号炎上事件やキング牧師の演説などもそうです。そう考えると、Youtubeの価値は格段に上がっていきます。確かにYoutubeは一見すると問題が起こりやすいモノであり、娯楽用のものだけのように見えるかもしれません。しかし、Youtubeには記録を残し、多くの人の目に晒すことができる強いものでもあるのです。そこを、含めて考えるとYoutubeには歴史を見る、過去の生活を知ることもできるため、考古学の要素があるのではと思いました。概念として、Youtubeを見ると歴史は若く、考古学とはおもえませんがYoutubeの中には考古学が詰まっているのです。最後に、写真についてお話ししたいと思います。 教材の一つにアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真を拝見して、思ったのが写真とYoutubeは役割的にも大きな違いがあるのだなと感じました。音声も文字もないのだから当たり前だと感じるかもしれません。そういうことではないので。Youtubeでは、写真のような『決定的瞬間』を見せる効果はありません。そこを含めて考えるとYoutubeで写真を流すのと一枚の写真を見ることには大きな違いがあると思いました。もしあることについて深く考え、意識させようとするのならば、写真を一枚見せることで決定的瞬間を目に焼き付けさせます。ですが、潜在的に記憶に残したいのならば写真を流したり、映像を流したりするYoutubeの方であると思います。この2つは似て非なるものなのです。そう考えると写真も考古学の一部なのです。ここまで、ラジオやテレビ、写真などの動画や文章を読んで書いていきましたが、結論的にはこれらはYoutubeと似て非なるものであるが考古学として仲間であるということです。これから、ふとした時にYoutube考古学を思い出して、動画を見るようにしていきたいです。しかし、Youtube考古学についてはまだまだ理解が足りない部分があります。そのため、今後機会があるならばもう少し調べてみたいと思いました。余談ですが、ルイス・キャロルの合成写真は中々雑に作成されていて、少し面白味を感じました。彼自身は小児性愛者と言われていますが、だからこのような合成写真が生まれたのかなと考えると何とも言えない思いでした。

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私は「YouTube考古学と動画体験」について、YouTubeの教材としての可能性と科学技術の発達により生まれた動画の利便性を考えました。まず、それぞれのリンクの項目ごとに私が思考したことを述べます。初めに教材としてのYouTubeについて、今まで私は教科書のように文字を読むことに学習の本質があると思っていました。しかし、YouTubeのように動画としての教材であれば、見て、聞いて、読み(文章があれば)、より内容を理解しやすくなるだけでなく、それに対するイメージもしやすく効率よく学習を進めていくことが可能だと私は思います。そのためにもYouTube Premiumの購入が不可欠であり、日頃から様々なジャンルの動画に触れることが大切だと感じました。次に情報技術の発達について、昔から様々な方法でコミュニケーションが行われてきたことを知り、コミュニケーションの大切さを改めて感じました。人類が誕生して間もない頃から、口笛などのサインやジェスチャーで会話をしたり、洞窟の壁や天井に描いたものや、ラクダや鳩などの動物を利用したコミュニケーションが行われてきました。また、ポストカードサービスや電気電話の開発も人類のコミュケーションの媒体として重要なものであったことが分かります。そして、現代に至るまで科学技術が発達したことにより、以前に比べて素早く情報を得ることができるようになりました。昔の印刷は1枚ずつ人の手作業により行われており、そこまで大変な作業をしてでも文字を残していたことは、当時から文字を大切にしていたことが感じられます。ラジオにおいては、自らラジオを構築しニュースや音楽を放送して遠方にいるリスナーにも素早く情報を提供しており、情報技術の大きな前進であったと私は思います。そしてテレビの進化。キャビネットのテレビやオクタゴンテレビのような独特な形をしたものがテレビの原点です。それらは現代の技術に比べて単純であり解像度は低いものの、画面で映像を見れるようになったことは人類にとって大きな発展であったと思います。以前は白黒であったものがカラーとなることで得られる情報もあります。また、LEDテレビや液晶テレビの開発により、さらに解像度の高い映像を見られるようなりました。またiPhoneやPCの情報機器も情報を共有したり発信する上で必要です。情報化が進む現代で、改めてコミュニケーションの大切さを学びました。これらの情報技術の発達についてYouTubeとしての教材で学んだため、イメージがしやすかったとともに歴史の流れを簡単に把握することが可能でした。ジョブズによるiPhoneのプレゼンでは、実際にものを見ることで製品の特徴を把握できるし、ジョブズの説明を動画で聞くことで製品の強調したいポイントもわかりました。OSのマーケット競争の動画では、売れ筋の推移をグラフで見ることができ、新しい製品による売れ筋の変化がよく分かりました。次に、歴史と映像からわかる情報について。ヒトラーの演説では、民衆が静かになるまで本人は演説を始めなかったことが記録されており、ヒトラーの全力で民衆に語り掛けようとする意識が伝わってきました。特に同じ言葉を繰り返し発言していたことは、ナチスの時代を作ろうとする熱い思いが伝わってきました。動画だからこそ、ヒトラーのナチスに対する熱い思い、そしてこれから国の独裁者になろうとするヒトラーの人格をくみ取ることができたと思います。同様にキング牧師の演説も、奴隷解放宣言とともに差別をなくすために民衆に問いかける姿が印象的でした。笑い話も交えながら民主主義を訴え、また自身の夢について語っているところは動画だからこそわかることだと思います。その人の話し方、記事では取り上げられないような話、人々に全力で訴えかけようとする姿勢、そのような文章だけでは伝わらない情報も読み取ることができるのは動画の利便性であると私は考えます。また、ヒンデンブルク号の炎上の動画やアメリカの同時多発テロの動画は当時の悲惨さを記録しています。そのような悲惨な事故を動画として記録し、たくさんの人がそれを見ることで、もう二度と起こしてはならないという強い信念を共有することができます。それは、日本における原爆の被害も同様です。現在、戦争の体験者は少なくなり、私もそうですが戦争の恐ろしさを知らない人がたくさんいます。戦争は二度と繰り返してはならないものだと認識するためには、戦争当時を記録した写真や動画を見るべきであると私は思います。動画や写真として記録に残すことで歴史は受け継がれていき、過去の出来事も人々の心に刻まれていくのではないでしょうか。そのように考えると、やはり動画は情報を共有するために優れた手段であると思います。現在ではさらに科学技術が発達し、宇宙での撮影やドローンでの臨場感あふれる動画も撮影できるようになりました。火星を撮影した動画では、写真を組み合わしたもので構成されていますが解像度がとても高いことに驚きました。火星から動画を送るのには多くの時間がかかるため、写真を送信しそれを合成して動画を作成するという発想には感激しました。また最近ではドローン撮影も行われるようになり、今まで撮影できなかった場所も簡単に撮影できるようになりました。ドローンでの撮影ができるようになったことで、MVに使われる一発撮りでのパフォーマンスや高所での撮影も可能となり動画の領域が広がったと思います。このように最近では、動画の技術が高まり私たちは様々な場面で動画に触れるようになりました。現在では、たくさんの人がYouTube等で動画を見るのが当たり前の時代となりましたが、私は単に動画を見るだけではなく、見てから思考することが必要だと考えます。YouTubeはただ情報を受け取ることだけでなく、すべての人が自由に発信し、自己を表現する機会をつくり、そしてコミュティに参加することであると定義されています。私も同様に、動画を見たあと何を考えるのか、そして何を発信していくのかが私たちにとって必要なことであるように感じます。私たちの周りには情報機器があふれいつでもどこでも情報を得られるようになりました。その情報を共有する中で、私はコミュニケーションを重視するべきだと考えます。誰かが一方的に情報を発信するのではなく、発信者・受信者がコミュニケーションをすることで新たな発見があり学ぶこともあるのではないでしょうか。昔から行われてきたコミュニケーションをこれからも情報を共有していく上で重要視していくべきだと考えます。そして、私はYouTubeの教材としての可能性は非常に高いと感じます。文字だけではなく、音声と映像とともに学べるところは動画ならではの学習法であると思います。もちろん文章を読み学ぶことも大切かもしれませんが、効率の良い学習、そしてイメージのしやすい学習をするのには動画での学習が適していると思います。これから先、ますます科学技術が発達しより多くの情報であふれる世の中になっていきます。そんな情報化社会で生きていく市民の一人として私は、より多くの情報を発信できる存在となれるように、動画等を通してたくさんの情報に触れていきたいと思います。

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アンリブレッソンは写真家だそうです。写真なのでグーグルの画像検索機能ですぐ見ることができる写真ながら躍動感があって凄いと思います。 Computer Perspectiveの動画は10分弱ありました。英語であるが自動翻訳機能を使えば言葉はなんとか理解できます。しかし説明が全然なく、内容が全く伝わりませんでした。  YouTubePremiumは広告がなくなるのが1番の特徴です。他の機能にはバックグラウンド再生、動画の一時保存、YouTubePremiummusicの使用可能があります。 ヒカキンの話はわかりやすくて頭に入ってきやすいので凄いです。でもジャパネットタカタの物まねは好きではありませんでした。 チェコのあるコンサートは、コンサートながらパフォーマンスもあって中々面白いです。もちろん歌も良いです。 コミュニケーションの進化の動画からはコミュニケーションは火や絵から動物を使うもの、そして電気信号と進化してきた事が分かりました。映像は段々と進化していくことを示すもので分かりやすかったです。 グーテンベルクの印刷機の紹介動画の音楽は歴史の重さを感じさせて良いです。印刷機は大きいし手間もかかりますが、当時はこれでも便利に感じられたのでしょうか。 最初のラジオ局の動画を見ましたが、ラジオ放送も企画力が大事なのだと思いました。コンテストを開くほか、局長の妻にレコーディングをやらせるという創意工夫がみられます。そして新しいエンターティメントとは既存のエンターティメントを脅かすと、この時も思われていたと分かって面白いです。 最初のテレビについての動画を見ると収録のやり方はぱっと見化粧を除けば現在とあまり変わらないように見えます。しかし機材が古い故の苦労も多かったのでしょう。 テレビの進化の動画は順番に当時のテレビを見せて説明する構図なのでシンプルでわかりやすいです。1960年代までは順当にデザインがすっきりしていることがわかります。しかし1970年代からは奇抜なテレビが大量発生しだしたのは興味深いです。この動画の最後で、今のテレビは娯楽よりも装飾や芸術としての用途が出てきているとしていますが、私はそのはしりは1970年代であると考えます。 ジョブズによるMacintoshのプレゼンを見ますと、ジェスチャーや映像で分かりやすく伝える工夫をしていて、若い時からジョブズは凄いと思いました。 iPhoneのプレゼンでも全く衰えず、さらにユーモアも交えていて凄いです。スピーチの記録をそのまま残せるのは映像の利点だと思います。 MicrosoftとAppleの戦いのインフォグラフィックスの動画はOSの進化の過程がとても分かりやすくて良いです。 デスク用OSの盛衰のインフォグラフィックスを見ますと、普及率はWindowsがリードしていることが良く分かります。新しいWindowsが出るたびそれがトップシェアに躍り出ています。 TRONがあれば技術情報が明瞭になるそうです。技術のブラックボックス化が懸念されていますのでこの技術も重宝されるのでしょうか。 ヒトラーの演説の資料は正に歴史的資料という感じです。とにかくヒトラーが演説に長けている事が分かります。このことが伝わることが映像の利点というものでしょうか。 キング牧師の演説は確かに長いです。歴史は一部分しか伝わらないことがえてしてあるので映像で全容を確認することも大事だと考えます。リマスター版は確かに映像がきれいになり、見やすいです。しかし半分以上カットされていますので全容は伝わりません。元の映像を見る必要があるように案じます。 マヘリア・ジャクソンの一言に関するでは映像ではわからない裏側の事情を知ることができます。 ヒンデンベルク号炎上の動画は無編集ゆえに事件の全貌が良く伝わってきました。 911ヘリ映像では伝聞では伝わらないビル倒壊の様子が良く伝わりました。1時間ぐらいは崩れる様子はありませんでしたがその後一気に崩れた事が分かりました。 25年目の広島では説明が入るので詳しい事が分かります。しかしとりあえず事実だけしりたいという場合には編集版は適切ではないかもしれません。 火星の地上映像は、合成で動画のように見えるのは凄いと思います。火星のライブビデオは通信が難しくてできないのでこれは編集版しか選択肢が無いと思います。 YouTube最初の動画は記念動画と言った感じのものだと思います。 YouTubeについてというページを見ると想像以上に「自由」をアピールしていました。 江南スタイルはなかなか良い曲だと思います。そして映像も良いです。おしゃれな服にちゃちなダンスというアイデアは中々考えられたものだと思います。 ジャスティン・ビーバーはYouTubeにMVを上げているだけではなく、募金活動を行ったことがあるのが確認できました。 ジェットコースター追跡の動画は、ドローン撮影の技術がすごいです。一体どうしたらジェットコースターに追い付けるのでしょうか。 OK GOの曲は楽しげで良いですしスーツを着て踊っているのも江南スタイルと同様に不思議な雰囲気を醸し出しています。そして映像はワンカットというのは凄いと思います。 ボストン・ダイナミクスの動画はロボットの進化の凄さを思い知りました。しかし普及するにはまだまだ発展途上なのでしょうか。 Dino A Live の動画を見るとやはり迫力を感じます。そして機械の恐竜を動かす技術も中々だと思いました。 機械のミノタウロスの動画を見るとかなりの恐怖を感じて凄いです。様々な人がミノタウロス作りに努力をしていて凄いと思いました。 ルイス・キャロルのフェイク紹介の動画ではフェイ写真は精巧に作れることが分かりました。 飯沢耕太郎のルイス・キャロル解説動画ではルイス・キャロルが様々な写真を撮っていたことを知ることができました。 エニグマ・マシンの解説動画ではイメージ映像としてフィクションの映像を流しています。雰囲気づくりになっているのが分かります。 イミテーション・ゲームの予告を見ましたが、これは映画なので、娯楽として見た方がいいと思います。 エースコンピューターの動画では初期のコンピューターがどんなものか知ることができました。 フォン・ノイマンのインタビューは正に歴史的資料という感じでした。 原爆実験のフィルム調査の動画では歴史的記録は簡単に劣化してしまう事が分かりました。 フォン・ノイマンのWikipediaには生涯が大まかに書かれていますが、詳しく知りたいのならほかの文献を読む必要があると思いました。 博士の異常な愛情のエンディングには博士の狂気がよく表されていると思いました。 NYPL Digital Collections は色々なものがまとめてありました。しかしサイトは見にくいです。 ヴィヴィアン・マイヤーのスライドを見ましたが、被写体が力強いというイメージです。 ソール・ライターは面白い人に見えました。 ソール・ライターの展覧会を見たところ、ヴィヴィアン・マイヤーとは逆に繊細な印象を受けました。 ヒロシマ・アーカイブ&記憶の解凍では技術によって過去の記録を保存するほか、解像度を上げる活動を知ることができました。 渡邉英徳のツイートのカラー写真を見ると昔のこととは思えません。色の力を知りました。

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YouTubeの著作権侵害対策を見てみると大掛かりに取り組んでいる事が分かります。 引っかかったオンデマンドの動画に関しては、分割しても引っかかるのは厳しいですね。 情報化社会と市民はリベラルアーツが求められるといいますがこれだけの情報を判別するのは大変そうです。

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YouTube考古学の講義ページを読んで、YouTubeは「現代」のものだという勝手な枠組みが外れた気がした。まずyoutubeの発展に関して。最初の動画は動物園の動画で、よく考えてみても大して意味のある動画とは思えない動画がすごく新鮮に感じた。今のYouTubeは何かしらのテーマや意図を持って投稿されている動画がほとんどである。仕事の一環として投稿している場合も少なくなく、youtubeというコンテンツが始まった時よりどこか息苦しく感じる。長い時を経てYouTubeは趣味や気軽にみられるコンテンツからビジネスや人生を預けられるコンテンツへと変わった。これがはたしていい変化なのか。これは立場によって意見はかなり分かれると思う。そしてそういった時代の流れの象徴的な出来事の一つがYouTubepremiumの開始だと思う。自由なコンテンツであったはずのYouTubeがついに利用者に差をつけ始めたのだ。HIKAKINも動画内で述べていたが月1,000円越えは正直安くはない。年間約12000円という値段で購入をあきらめた利用者も少なからずいると思う。その額を払ったか払ってないかでサービスに差が出てくるようになった。YouTubeのビジネス化への大きな転換期だと考えた。 そして私が興味を持ったのが、映像による印象操作だ。YouTubeでは様々なコンテンツを見ることができる。その一つとして、過去の歴史的出来事の映像を見る方ができる。しかし、YouTubeの動画はそのすべてが事実とは限らない。投稿者の編集一つで簡単に事実を捻じ曲げられる。例えばヒトラーの演説動画を例にとると、投稿者が仮にヒトラーを熱烈な支持者で、あの演説や政策のいい部分のみを編集し動画をアップしたとする。もともとヒトラーのユダヤ人迫害などの政策を知っていれば別だが、そういったことを全く知らない人がそういう動画を見たらどうだろう。きっとある程度ヒトラーへプラスのイメージを持ち、その後自身で調べることがなければ、この先ずっとヒトラーはその人にとって「善政のみを行った」歴史上の人物となる。逆もしかりである。ヒトラーの悪政ばかりを取り上げた動画を見た視聴者にとってヒトラーは「悪政のみを行った」人物となる。文字より映像資料は人々の頭に残りやすい。だからこそ間違った情報や偏りすぎた情報がそれぞれに深く根付きやすいと思う。ではそれによって何が起こりうるか。今現代に生きる若者は本を読まない。参考映像を頭から最後まで見ることをしない。ある程度第三者によって編集され手が加えられた資料を好んでみる傾向にある。その代表格がYouTubeだ。そしてそれが嘘であると判断できる知識も持たない。そうすると人によって歴史への見解に大きな差が出てしまう。後世に歴史を伝えるとき何を根拠にしているかが人によってばらばらになってしまう。最悪の場合、捻じ曲げられ偏りすぎた歴史がつたわっていく可能性もあると思う。たかが動画一本だと思うかもしれないが、YouTubeをはじめとする良くも悪くも興味が引かれわかりやすい映像は簡単に人の思考を覆しかねない。歴史にこだわらず、芸能人、商品に関しても同じことがいえる。 しかしこの側面はいい面もある。それは、興味をもつきっかけになりやすいことだ。自分から進んで過去の人物を深く探る人なんて人は研究者でもない限りほとんどいないと思う。だが、ヒトラーやキング牧師の演説、過去の戦争の映像など現代の私たちが見るべきものはごまんとある。そういった動画がYouTubeにあることで興味を持つハードルがぐっと下がると思う。静かな図書館で資料を探すより、毎日使うインターネットでいつでもどこでも見れるというのはすごく有益だと思う。そしてここで興味を持てばYouTubeの機能の一つである関連動画を提示してくれるシステムによって、同じ事件や内容を違った視点でとらえる動画も出てくる。そうして、かつてないほど一つの物事を多角的にとらえる視点が構築されやすい環境が生まれる。そしてこの環境はパソコンタブレットスマホ携帯電話いずれかを持っていれば誰にでも提供されるのだ。Youtubeを改めて考えたとき、この点は最大の利益といえると思う。内容の正確性か興味を惹かれる手軽さか、どちらも両立させましてや平等性を追求することは大変難しいと思う。 こういったコンテンツを楽しむために切っても切り離せないのが著作権問題である。音楽や映画はもちろんきっと歴史的文献を動画として取り上げるときもきっと問題視されることだろう。YouTube公式ホームページによると厳重なセキュリティがされているとのことだが、私はそうではないと思う。実際、音楽を足したり何らかの対策を講じて違法アップロードされた漫画や音楽、本を私はYouTube上でいくつも見かけた。もっとセキュリティがしっかりすればいいのだろうが、それ以前に著作権への理解があまりないのも事実だと思う。 YouTubeは時代とともに用途やありかたが大きく変化している。このコロナ禍でもまた更に人々の生活への根付き方が変わったと思う。それと同時に娯楽だけに使われるものでなくなってきているからこそ、信ぴょう性や価値観の植え付け著作権など様々な問題が浮上している。これらを解決するためにもまず、ネットリテラシーの教育が不可欠だと考える。虚偽情報の過度な発信や個人情報保護、著作権侵害防止などなぜやってはいけないのか、やってしまうとどういうことが起こりかねないのかしっかりと若者に教育することが大事である。Youtubeが時代の流れとともに便利で快適なコンテンツであり続けるためにまずはそれを一番利用する世代である私たちがYoutubeをはじめとするSNSへの理解を深めるべきだと考える

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 私の考えるYouTube考古学と動画体験とは歴史的資料などへの体験がしやすいことであると考える。まず、私がYouTubePremiumを使用した感想としては広告がないことによるストレス軽減が一番大きく、オフライン再生という機能を使うことで自分自身の勉強や研究のための資料を通学時間を有効に使うことができた。また、バックグラウンド再生を使うことでラジオのような長い資料もWordなどでメモを取りながら聞くことができる点が普通のYouTubeとの違いであり大きな利点でした。  次に今回のコンテンツについて自分が感じたこと書きたいと思います。最初に異文化理解についてです。チェコのコンサートでは女性が機械仕掛けの人形をまねて演じ、その後ろでオーケストラが演奏する動画を見て自分はその踊っている女性が少し奇妙に思えました。このような外国などの文化も教科書などで画像だけを見て理解することは難しいですが、YouTubeを映像的な資料として使うことでより深く理解したり体験することができると考えます。  次の資料ではメディア史について学ぶことができました。コミュニケーションの成り立ちについての動画であり、この動画から石器時代にコミュニケーションという意思疎通の表現方法が成り立ち、コミュニケーションの長い歴史が生まれたということがわかる。最初はサインを使ったコミュニケーションであったことがわかります。その後、洞窟で壁画などを使ったコミュニケーション、ラクダ、紀元前776年には伝書鳩をメッセンジャーとして使用し始めました。1861年には最初の電話が開発され、1867にはプロトタイプが開発されました。1989年にはパソコンがグローバルに使われるようになりました。現在では様々な場所からいろいろな人とのコミュニケーションが可能になりビジネスにも活用されるようになりました。私はYouTubeはいま世界で最も大きなコミュニケーションツールであると考えており、多種多様な人が動画をアップロードしたり、視聴したりしており視聴するコンテンツは様々です。次はグーテンベルクの動画です。グーテンベルクの印刷機は現在の印刷機と比べて設置するためにスペースが必要であり、時間がかかることが問題であると考えました。しかし手書きに比べるとより早く正確な複製が可能になり再現性が高く人件費のを抑えることができ、たくさんの本を出版可能になったことでコミュニケーションの拡大に役立ったと感じます。また、1912年に開始された世界初のラジオ放送では900マイルもさきまで届き、日本でも1925年に開始されたことから急速に先進国に普及して言ったことがわかります。ラジオではたくさんの人に一度に情報を提供できるというメリットがあるが、戦争のときにプロバガンダに使われるなどのメリットが悪用されたという負の一面も持っている。ラジオとYouTubeの共通点として多くの人に一度に発信できるというメリットがあるがラジオは公式的な一面があるがYouTubeはより私的なコンテンツであるため、誇張した表現などを使うことで視聴者を集めたり、間違った情報を流すことが多々ある。このような「フェイクニュース」に騙されないような情報リテラシーが必要となると考えます。最初のテレビもまた大きいことが知られています。この当時テレビは大きすぎたり高価すぎる理由から一家に一台というような家電ではありませんでした。しかし、テレビの開発によって世界の映像技術の発展や様々なことをいろいろな人の映像体験が可能になったことは技術やコミュニケーションの大きな進歩になったと思います。テレビの進化は1920年代に世界初のテレビが作られたことから始まり、その後小型化や高解像度化していきました。1950年代にはカラーテレビが開発され、1970年代にはデザインの自由度が高いテレビが出現しました。2000年代になるとLEDテレビが開発され、2010年代には3Dテレビや薄型テレビ、現在の2020年代は芸術性の高いデザインのテレビや両面のテレビが開発されました。私は今のテレビは解像度などよりもデザイン性などを追求しているように感じました。このようなメディア史を見ていくと、先人たちの研究の努力や知恵が積み重なることで、遠い場所やより多くの人への情報伝達が可能になりました。また、遠くの人とでもコミュニケーションが取れるようになったことが現在までの一番の進歩であったと考えています。このことから場所や人種、文化などにさえぎられることなくコミュニケーションが取れるコンテンツが移り変わってきていて現在はYouTubeというツールが一番使用されているコミュニケーションツールだと考えています。  次の例はapple社のスティーブ・ジョブズによるMacintoshのプレゼンは、ユーモア交じりで聴衆からの笑いを誘う、飽きさせないような工夫や話し方、映像の中での聴衆をワクワクさせるような演出が上手だと感じました。また、ジョブズのiPhoneのプレゼンは、大きいスクリーンをバックに歩きまわりながらプレゼンをしたり手を動かしたりする手法はMacintoshのときのプレゼンとは手法が大きく異なりました。しかし、聴衆からの笑いを誘う場面などは変わりませんでした。またappleとmicrosoftのOSの変化を見るとiOSは最初WindowsのOSに似せているように思えるがある年を境に独自の路線に進んでいくように思えます。また、OSの使用率を見るとWindowsXPからWindows10まで最も高い使用率を持ち徐々にiOSが順位的に高い位置付けています。また、googleOSも人気になってきている。このことから世界中で使われているOSのほとんどはWindowsが占めていることがわかりました。  また歴史的資料としての見方もあります。高校時代の世界史の授業で学んだヒトラーやキング牧師の演説をYouTubeというツール通して映像を見ると二人の演説で共通している部分は、言葉と言葉のあいだの間を重視していることがわかりました。しかし二人のスピーチの話し方で異なっているところはヒトラーは聴衆が静かになるまで黙ったり、重要なところを声を張り上げたり、聴衆が静かになるのを待ってからスピーチを始めたりすることだ。このように映像で見ることで同じようにスピーチの上手な人たちでもそれぞれ少しづつ違うことを発見することができました。また、ヒンデンブルグ号炎上の事件や、9.11のヘリ映像、25年目の広島の映像を実際に映像で体験することで悲惨さをより実感できた。火星の映像では地球上では絶対にできない体験をすることができます。このようにYouTubeには歴史的・科学的な資料として有効な手段だと考えました。  世界で一番最初に投稿された動画は、創設者による象の檻の前に立っている動画から最初はtwitterなどと同じように自分が今していることを不特定多数に発信することを目的に作ったのではないかと思います。そこから江南スタイルやジャスティンビーバーなどがMVを発信し始めたり、今のYouTuberのように自分のしたいことや商品紹介などのを行う手段となりました。  また、ドローンによるジェットコースター撮影では実際に乗った感覚になれたりOK GOの動画ではいつも見ることのないところからの視点が新鮮でした。またボストン・ダイナミックスや日本のティラノサウルスの動画ではロボットの動き方について視覚的に学ぶことができました。次にフェイクのルイス・キャロルやあえてフィクションを使っているエニグマ・マシンの映画、ノンフィクションの映画などもある。またヒロシマ・アーカイブ&記憶の解答では映像によってより鮮明に過去の記憶をたどることができる。

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現状新型コロナウイルス感染症の拡大により現地に赴いて調べることやそもそも外出を控えるような環境になってしまっています。そのため一次資料に欠け基本は文献を探すことに焦点があっていました。しかし本では言葉の限界があり、ニュースといった映像もまた放送局の切り抜き方次第で様々な捉え方が出来てしまうことからメディアリテラシーが必須となっていると思います。しかしYouTubeでは言葉以上のことを見ることが出来、コメントをつける機能のおかげで様々な意見を見ること可能となったことで「学ぶ」という環境がここに出来上がったと感じることが出来ます。YouTubeが残す映像には「時間の超越」「空間の超越」という2つの超越を可能としているのではないかと私は思っています。今回のリンクは初めメディアそのものの歴史と取り扱っていました。ジェスチャーや壁画で表していた最初期のコミュニケーションは1867年の電話誕生から通信技術が発展し、1989年にはインターネットの「ワールドワイドウェブ」が用いられるようになりアメリカではNBCが1939年にテレビ放送を始めていったとありました。1920年から2020年までのテレビ進化では大きい機器に対してとても小さい画面だった1920年に比べ、20年後の1940年に登場したテレビは比較しても画面が明らかに大きくなったなと思いました。1960年からのカラーテレビの普及によってより娯楽を求めるようになったのか1970年に登場していたテレビは球状のものであったり折りたためたり、パソコンのようにコンパクトにしているものなど性能よりもバラエティーに富んだものが多く製造されたのかと思いました。1990年からは日本のパナソニックやソニーというようなよく知る企業も名前を見せ始め、2000年に入るころにはシャープのLEDを採用したテレビが登場するなど飛躍的な進歩を遂げたように感じました。もう10年も前になる2010年頃に登場したという3D対応テレビにはとても懐かしく感じ、当時は欲しいと思ってたなと小学生のころを思い出しました。 話の内容が元に戻って昔起こったことの実際の動画では「どこまで遡れるか」というテーマで様々な関連動画が挙げられていました。その中でも特にアドルフ・ヒトラーの演説の動画が印象に残っています。この動画にはヒトラーという人物の卓越したカリスマ性や演説能力の高さ、そして政治能力の高さが窺えると思います。タイトルにもあった静かになるまで話し出さないことは民衆自らの意志で黙ることで自然と耳を演説を聞く姿勢に持っていくという技術でコメント欄には「壮行会の演説でも使えた」という実用してみた意見も見られました。他にも盗聴のある身振り手振りや声の抑揚のつけ方など人をひきつける話し方をしているなと感じる映像だったと思います。ヒトラーの演説の特色として「同じことを何度も何度も繰り返す」ことが動画内で語られていましたがいくら忘れる国民であっても重要な部分をピンポイントで繰り返すことで脳の奥深くまで残り続けるという説明には納得するものがあり、最初現在国家の批判から入り「民族の誇り」を繰り返すことが述べられていましたがこれは演説の特色の際たるところで「民族の誇り」という目には見えないけれど重要になってくるものを統一しながら高めていく目的が見えたように思います。また私は「自由と幸福は突然天から降ってこない。意志と働きにかかっている」という言葉は名言だと思いました。昔に聞いたことのある前髪しかないチャンスの神様の話をもっと現実に近づけ待っているのではなく自ら動くことの大切さを説いているように聞こえましたが、このことで当時の第一次世界大戦後の苦しいドイツ国民からすれば行動を起こそうとするヒトラーが大きな存在、希望の存在として見えてもおかしくないように思えてしまいました。コメント欄でもこの演説の素晴らしさや失業者の減少から政治的能力の高さを称賛しているものもあり、こうした交流もYouTubeの楽しみの一つに感じます。逆にマヘリア・ジャクソンの話では前述の計算されていたヒトラーの演説とは違い、たった一言で歴史を変えてしまった内容となっていた為違った意味で驚きました。ヒトラーの演説からは学べることが多く参考に出来たらなと思いましたが、マヘリア・ジャクソンからはある意味一種の天才肌のように感じ到底真似出来るものではないことでしょう。こうした演説のシーンだけでなく世界中で起きた事故の映像もみることが出来ますがヒンデンブルク号の映像では当時の混乱具合だったり相当に事態が緊迫していたことが言葉が分からなくても伝わってきます。アメリカの同時多発テロ事件の映像も映像に乗っている声の主が動揺を隠せないように聞こえました。こうした映像等は先述した「時間の超越」だと思っており、自分がまだ生まれていなかった時代のことをその当時の映像として簡単に見られることは面白いことだと思います。またもう一つの「空間の超越」は挙げられていた動画では火星の映像が挙げられます。先ほどの歴史と同じようにどう頑張っても行くことの出来ない場所を体験できるという点がこの「二つの超越」の重要なキーワードで、YouTube考古学において最も必要になることなのだと思いました。YouTube公式が掲げる4つの自由には表現や機会を得ること、参加することの他に「情報にアクセスする」自由があります。ここに教育や理解形成の場が設けられていることを示しており、教育に用いることが出来るような資料が存在していることを表していることが分かります。こうした映像の中にはドローンで撮影されたダイナミックな動画や普通では見られない角度から見る風景の動画もありますが、特に人の近づけないような危険地帯の映像や上から見ることで姿を変えるような遺跡の撮影に関してはドローンといった機械が真価を発揮し新しい発見をもたらすような映像も見つけることが出来ます。歴史的な動画でもう一つすごいなと感じたことはAIによるカラー化です。原子爆弾の写真だけでなく人の写真や街並みの写真のカラー化は白黒写真よりも遥かに記憶を呼び起こすものでしょう。原子爆弾のような凄惨なものはより凄惨に、当時の世界や人物はより鮮明に変化させるカラー化という技術はより発展すれば寺社仏閣などの今は色が分からなくなってしまった場所でも当時の色を復元出来るのではとも思いました。こうした記録映像を見ているとどこまでが本当でどこまでが切り抜きによって曲げられたものかの判別は難しく思います。しかしメディアリテラシーが必要にせよ比較できる動画も上がっている他、動画につけられているコメント欄を見ることで普通のニュースや新聞を見るよりはっきりとした自分の意見を持てるように思います。「YouTube考古学と動画体験」でしたが今までYouTubeを資料として活用しようと考えたり、ましてやこれ程古い映像が残っているなんて知りもしませんでした。新型コロナウイルス感染症が流行する中、デジタルアーカイブの重要性を考えていた私にとっては予想外の嬉しい誤算になりそうです。古い映像や行きたいと思う場所の映像を探す一助としてYouTubeを利用しこれからの生活でも活用していきたいなと思いました。

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 私はYouTube考古学に対して、私の理解は人類のコミュニケーション手段の変化だと思います。YouTube考古学と動画体験を見て、面白いでした。のろしや太鼓、文字、画像、動画などいろいろな送信手段の変化があって時代感がとても強いでした。特に現代社会ではコミュニケーション方式の変化がすごく目立ちます。人間のコミュニケーションに対して、重要なことは、人間のあいだの距離がだんだん短くになることと思います。  人間と人間が行う最も古く、それでいて最も重要なコミュニケーション手段は、いうまでもなく対面のコミュニケーションです。人類のコミュニケーションの起源は、人とコミュニケーションをとるための身振り手振りです。その後、言葉や文字ができて、絵や文字で情報を伝えるようになってきました。古代ではのろしや太鼓、手旗などは原始的な遠隔通信システムがあって、相互的な情報、通信など交換することができます。相手に遠く早く伝達するために、長い時間でのろしや太鼓なども使っていました。1439年頃にヨーロッパで初めて活字による印刷を行いました。活字量産方法の発明、油性インクの採用、当時使われていた農耕用スクリュープレスのような木製印刷機の採用など、様々な面で印刷に貢献しているます。実用的システムとしたことであり、それによって本の大量生産を可能にし、このころルネッサンスと呼ばれる時代が幕を開け,新しい「思想書」や「技術書」や「文学」といった様々な種類の本が出版されました。文化が大量に,正確に,早く人々にひろがります。さまざまな社会的な産物が生まれる同時に様々な情報、作品などが全世界に伝播されました。ルネッサンスの大きな出来事である宗教改革が印刷され、発表され,多くの人々に影響を与えています。その結果、人類の文明、文化、技術などというものが生まれ、次々に後代に伝達しました。  今から見ると、人と人の交流は大体言葉で相手に考えや気持ちなどいろいろな情報を交換します。これがコミュニケーションの最も一般的な形態です。人々がまだ、紙面やラジオしか情報を得られなかった時代は、当時を今の視点から見れば時の権力者による情報統制や映像は想像のみ、参加のハードルが非常に高かったと考えることができます。しかし、人間の活動範囲が拡大してくると、もっと遠く離れたところにいる人との間でもコミュニケーションが行なえるようなしくみが必要になりました。1800年に電気で情報を伝える電信が発明され、電話が発明され、人間のコミュニケーション手段はもっと進化しました。ヒトとヒトの遠隔コミニュケーションは音声でそのまま送ることができました。電波で情報を伝えることができるようになり、遠隔通信を飛躍的に発展させました。1929年に英国放送協会(BBC)がテレビ放送を始めると、世界各国でテレビ局が設立されました。第二次世界大戦後、情報統制は完全とは言えないが無くなり、テレビの登場により映像から情報を取得できることができるようになりました。1973年にはFAXが登場すると、あたかも紙が空中を飛ぶかの如く情報の受け手に届けられる様になりました。FAXにより紙面に書かれた図、写真等文字以外の情報が正確に情報の受け手に送られ、遠くに離れていても即座に、正確に、的確に業務を行なう事ができるようになりました。さらに、1900年はじめには、電波で情報を伝えることができるようになり初期のものは真空管を組み合わせて構成されていました。コンピュータはトランジスタを用いた集積回路(IC)で構成されたものに発展し、現在に至っています。1990年代、世界中の情報がいつでもどこでも簡単に見られる画期的な仕組みとして、インターネットが爆発的に広がりました。現代社会ではスマートフォンの普及とモバイル通信の高速化に伴い、ネット動画の視聴者数は年々拡大を続けています。大勢の人々に一斉にメッセージを送ることができ、世界中で人気作品や新商品をお客さんに知ってもらえるきっかけ作りとしては、効率良く広められることができました。時間や場所に関係なく、人と人が気軽に相談ができました。様々な情報、作品が全世界から発信されています。  YouTubeの創業は2005年した。最初に配信された動画のタイトルは「Me at the Zoo」で、創業者の1人であるチャド・ハーレーが動物園のゾウを背景にトークを行うという内容でした。それからYouTubeのユーザー数、利用時間はだんだん増大してきました。新YouTubeでは、ユーザーが動画をアップロード、閲覧、評価、共有、プレイリストへの追加、レポート、コメント、他のユーザーのチャンネル登録などを行うことができます。登録していないユーザーも動画を視聴することはできるが、動画をアップロードすることはできません。インターネットの世界において、ウェブ上でのコミュニケーション手段は、掲示板、ブログ、SNSと発展し、一方で、コンテンツはテキスト、写真、動画へとよりリッチさを増す流れが進んできました。その中で、「個人が投稿し、みんなが視聴する」というコンセプトは、急激な成長を遂げ続けてきたことが分かります。YouTubeの統計によると、毎月20億人以上のログイン済みユーザーがYouTubeを訪れ、1日当たりの動画視聴時間は10億時間を超えています。動画コンテンツが、マーケティングや広報の効果的な手段として広がりを見せています。また、2020年から国内でも次世代通信規格の5Gのサービスがスタートするように、技術的なブレイクスルーの実現可能性が高まっています。5Gは現行の4Gよりも通信速度が格段に速くなるので、高画質の動画を遅延などのストレスなく視聴できるようになります。そうすると4Kや8Kの画像をモバイルでも楽しめるし、AR/VRもさらなる普及を遂げる可能性が考えられます。そのうえ、5Gは4Gよりも多数の端末と同時接続できます。よりクオリティの高い動画コンテンツを誰もが気軽に楽しめる環境が整ってきます。本や映画などと比べ物にならないくらい、短時間で多くの情報を得られるメリットがあると思います。4G通信の浸透によりソーシャルゲームという市場が拡大したように、5Gにより動画市場が拡大する事が予想されています。情報の伝達、伝承が新しい大きな転換点を迎えていると考えました。コミュニケーション手段の主体がテキストから動画に取って代わる時代さえ訪れる可能です。5G時代は容量制限がほぼなく、動画がいつでもどこでも高画質で高速で見られるようになります。特に、新型コロナウイルス感染症拡大ため、映像・動画全体の視聴率が急に成長しました。スマートフォン利用者を対象に、外出自粛により在宅時間が増えたことで、中学や高校、大学などの授業などで情報の伝達手段として、普通の対面授業から画像、動画というように変化しました。このようなメディアは増加・多様化し、それによって、もたらされるコミュニケーションスペースは増大しつつある傾向があります。技術の発展で人々のコミュニケーション手段はもっと変化していくと思います。ネットを利用しての現実世界の交友関係もだんだん拡張していくと信じています。

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私は、YouTubeを学修の場に教材として活用することに大きな可能性があると思います。私たちは今まで歴史などを学ぶときは教科書などの文字からでしか情報を得ることが出来ず、学修の取り掛かりで重要になる一次体験が大きく欠けてしまう状態になっていました。しかし、YouTubeという新たなフィールドが開かれたおかげで今まで見ることのできなかった貴重な資料、文献などを手に取るように閲覧、学修できるようになりました。そして、このYouTubeを使った学修をさらによりよいものにするのがYouTubepremiumです。YouTubepremiumは登録すると広告が出なくなるだけでなく動画を保存し、オフラインでも視聴が出来るようになるため場所を選ばずにどこでも学習ができるようになります。私は、このYouTubepremiumを以前から使用しておりましたが、学修に活用するということは考えたこともありませんでした。なので、YouTube考古学と動画体験とはどのようなものなのか非常に興味がありました。まず最初に情報技術の人類史です。初期のメッセージはサインやジェスチャーなどの表現から始まり壁画や伝書鳩を経てようやく1861年にはがきの郵便が始まりました。ところが郵便が始まった六年後の1867年には初期の電気電話が開発されました。人類はサインや壁画などでコミュニケーションをとっていた時代が長く続いていたのにも関わらず、言葉が確立してからの発達は凄まじい勢いで進んでいきました。電話が開発された約百二十年後には現在に通じるインターネットが開発され、現在に至るまでに様々なOSが開発され、2016年には現在と同じような使われ方になりました。このように、時代の変遷を映像としてみることが出来るため本来の分厚い本を読まなくてもYouTubeに上がっている動画を三十分程見るだけで大体の流れをつかむことが出来るので時間の短縮になると思いました。次にMicrosoftとAppleによるOSの変遷についての動画です。私は、昔からパソコンのOSはWindowsを使用していましたが大学に入学すると周りにはappleのMacOSを使っている人も多くいたのでシェアとしてはMicrosoft、Appleも同じくらいなのではないかと考えていました。しかし、実際の使用割合は圧倒的にWindowsが多く2019年にはシェアの半数を占めていることに驚きました。また、このOSについて解説した動画ではインフォグラフィックスを使用したグラフでの解説になっていたのでとても分かりやすい内容になっていると思いました。このようにインフォグラフィックスを使用した動画もYouTubeには多く投稿されていることから過去からの変遷を知りたいときには良い教材になるのではないかと考えました。次にYouTubeにおける歴史的映像の活用です。YouTubeには数多くの歴史的映像が投稿されており、この映像から新たな発見をすることができます。まず最初にヒトラーの演説です。ヒトラーの演説については教科書の写真でしか見たことがありませんでした。なのでどのような会場でヒトラーがどのような声をしているのかさえ知りませんでした。なので、実際に見てみると演説が始まる前に観衆が静かになり自分の話を聞いてくれるようになるまでの間であったり、ヒトラーの心に訴えかけるような話し方など文字では伝わらないカリスマ性が伝わってきました。私は演説の動画を見てなぜ夜に演説をしているのか疑問に思ったので調べてみることにしました。すると、演説は午後八時以降に行われていました。これは、労働者の仕事が終わって疲弊している時間帯に力強く短いフレーズで演説をすることによって人々は冷静な判断が出来ず、言われたとおりに思い込んでしまうように工夫されていたのです。このように、演説の上手さもさることながら一番思考力が低下しているときに訴えかける手腕も含め、ヒトラーが独裁者として成長していった要因だと考えます。次にキング牧師の演説です。キング牧師の演説は「I have a dream」の演説で有名ですが実際に聞いてみるととても長く、観衆が大勢いることに驚きました。長年奴隷として扱われてきた黒人が解放されたにもかかわらず差別が色濃く残っていたアメリカの今後について私には夢があるという形で将来差別がなくなることを望んだ演説ですが、実際の動画で見ると臨場感がありキング牧師の差別解消に向けた強い思いが感じられます。また、リマスター編集版の動画も投稿されており、こちらは観衆の表情や歓声がより分かりやすくなっているため当時の状況を鮮明に読み取ることが出来きます。次に私が見た動画は、事故事件の瞬間を捉えた現場の映像です。ヒンデンブルク号の事故は今から八十四年も前の事で、飛行船の黄金期と言われていた時代の出来事でした。着陸する直前に爆発した後、約三十秒ほどで墜落してしまう様子を捉えた映像で現場の音声も記録されていました。当時、これからの輸送手段を担うはずだった飛行船が無残に炎上し多くの人が悲鳴を上げている映像はとてもショックな映像だと思いました。さらに、9.11では二機の飛行機が貿易センタービルに衝突した後の映像が鮮明に記録されており、ほかの動画では二機目がビルに衝突する瞬間を捉えた動画もありました。また、日本人として忘れてはならないのが広島の原爆です。映像には原爆で被爆した被害者たちの状況や爆心地近くの町の様子など文字だけでは伝わりにくい事柄も映像化することによって伝わりやすくなります。また、先ほどのキング牧師の演説の映像と同じように現代の技術を使って再編集され、より見やすくなっている映像も多く投稿されています。このように、古い映像も現代に合わせていくことで長く受け継がれていくのではないかと考えます。しかし、技術が進歩するにつれてAIを使ったディープフェイクが横行しており、ルイス・キャロルのフェイク写真のように素人では見分けがつかない程巧妙且つ自然に仕上がってます。私はこのディープフェイクを見破る方法はないのか調べてみました。すると、マイクロソフトが開発した「FaceX-ray」というソフトが出てきました。このソフトは画像がどのように編集されているのか、そのパターンを学習させることで、人の目で見ても見分けがつかない画像データのわずかな違いをAIが検出ディープフェイクを検出することが出来ます。。私自身ネット上のフェイク画像に騙された経験があるのでFaceX-rayのようなソフトが普及すればフェイクによって騙されることが大きく減少することが期待できると思います。また、多くの人が自由に投稿できる上で著作権の問題があります。しかし、YouTubeにはContent IDという著作権侵害対策ツールがあります。このツールは自分の投稿する動画が著作権に触れていないか確認することができ、もし触れてしまっている可能性があれば限定公開、非公開などに区別されます。反対に自分の動画をContent IDに参照しておくと他のユーザーが自分の作品を含む動画がアップロードされた場合に通知を受け取ることが出来ます。このように、YouTubeは娯楽としてだけのツールではなく、学修へ踏み出す一歩となる一次体験を充実させることが出来ると思いました。海外の動画であっても自動翻訳を使うことによって多くの貴

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重な資料を理解することが出来るなど、世界の博物館といっても過言ではありません。私は今後YouTubeが教材に活用されることはとても有意義なことだと考えています。

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講義ページのリンクにはいくつもの動画や写真が示されていたが、そのほとんどすべてがYouTubeを介したものでした。YouTubeはもはや私たちが生きていくうえでなくてはならないツールになってきていると考えます。 示されたリンクの中で私が特に興味深かったのは、先史時代の人類のコミュニケーションをはじめとした様々な情報の伝達、ラジオ放送による音を通した聴覚的な情報の伝達、そしてテレビという視覚的な情報の伝達の流れとYouTubeの関係です。 人類は情報伝達技術の進化によってここまで進んできましたが、その過程には文字・音・映像へと時代が経るにつれて媒体も変化していったことがわかります。そしてこの中でも各々進化してきていますが、現在の状況を鑑みると、特に視覚的なものが私たちの情報伝達に大きな割合を占めているのは当然だろうと考えられます。しかし流行しているものに目を向けてみると、単に冗長な映像だけではなくポイントや伝えたい意図が含まれた動画も流行していることがわかります。もちろん何を冗長と捉えるかは人それぞれですので、思いもよらないものが視聴回数を増加させるということもあるでしょう。ニッチな趣向を持つ動画が隙間どころか流行になってしまうこともあるでしょう。しかし、 根本的にはYouTubeをはじめとするInstagramやtiktokなどのアプリによっても盛んに投稿が行われていることがわかります。 もちろん、Twitterもありますが元来文字だけで行われていたものが画像や動画の添付が可能になってから大きく飛躍した事実もあります。 となるとやはり、目に訴えるような視覚的な情報伝達の時代といっても過言ではないでしょう。また、映像というのは、視覚に強く訴えるため、インパクトが非常に大きいものとなります。例えば、リンクで示されていたようなヒンデンブルク号が炎上している動画や、9.11でタワーが崩れ落ちる映像などはなかなかショッキングであり強烈なインパクトや臨場感を、見てる側に与えます。このように、映像を実際に自分の目で見て音を聞くというのは脳裏に焼き付くものであり、撮影したものの後を追ってその当時の状況を追体験できるというのもポイントだと考えます。しかし、そうかと思えば、Jawed Karimの動画では単に動物園の像の檻の前で立っているだけという何ともシンプルな映像だと私は思いました。もちろん、この場合は後ろの像が特別凄いとか動物園が素晴らしいといった話ではなく、だれでも自由に動画をYouTubeに投稿できるという敷居の低さを暗に示しているのかなと私は思いました。実際に現在のYouTubeではヒカキンなど多くの、元は一般人だった人が動画を投稿してから有名になるといったパターンは非常に多いです。そして、その流れに芸能人などの有名人も乗って投稿をし始めています。さて、多くの動画の投稿を支えているYouTubeですが、いくつかの理念が存在しますのでそれらにも目を向ける必要があると感じます。それによれば、表現の自由、情報にアクセスする自由、機会を得る自由、参加する自由の4つが示されています。確かに、これら4つの自由はどれも重要であり、なくてはならないものだろ考えます。しかし、私がそれ以上に気になった箇所は4つの自由について説明書きが書いてある冒頭で、どれも「すべての人が、」と書かれてあったことです。一見、何ともない、当たり前のことじゃないかと思います。しかし、このような意識づけを持っており、世界規模で誰かが発信したものをまた別の地域の誰かが受け取るという仕組みを整えたからこそ、現在のような大きなプラットホームに成長したのかなと考えます。これからいえることは、日本語で投稿された動画以外にも多くの見るべきものが隠れているということです。また、YouTubeでは人が直接撮った実写動画以外にもドローンによって撮影された動画やCGによって作られたシミュレーション動画なども多数投稿されており、YouTubeを教材として用いた学習というのもあるのかなと感じました。もちろん私、は中学高校、そして大学と動画教材を用いた学習は何度も体験しています。しかし、YouTubeの現状を考えると、使わない手はないのかなと思いました。例ですが、あるテーマに即していくつか動画をピックアップして提示したり、あるいは教師が自分で授業動画を投稿して反転授業形式にして授業を行ったりと、さまざまな活用方法が考えられると思います。 この中でもYouTubeを中心に考えていきたいと思いますが、YouTubeにアップされている内容は多種多様あり、講義ページに示されていたものと勘案すると、比較的昔の映像として投稿されている動画もあれば、当たり前ではありますが、日を追うごとに新しい動画も投稿されており、見る人を飽きさせない幅広さが特徴です。そして、この幅広く提示されたものを視聴者が選択して、楽しむという流れがさらに加速しています。つまり、広範囲によって様々なジャンルが展開されており、広く深いコンテンツとして楽しめるようになっていると感じました。更に、普段自分が経験できないことやお金がないからできないことなど、ひそかにやりたいなと思っていてもできないことを、動画内でYouTuberが行うというようなテーマのものもあり、視聴者側のある種の欲求を満たすものとなっていると感じました。実際に私も○○円分の○○を買ってみたとか、法外なお金を使った企画があると、どうしても見てしまいます。 これからもさらに動画は投稿され蓄積される過程においてYouTube内での情報の必要性にも目を向けていかなければならないと感じました。前述のように、YouTubeの可能性について述べてきましたが、課題にもいくつかあるということです。というのは、私は恥ずかしながら、この授業知るまでYouTubeがこんなにも世界中で盛んになっていることに気が付かなかったからです。しかし、これからの世の中は私のように言われてやっと気づくというマインドではちょっと厳しいのかなと思いました。しかし、いままでネットの活用方法を具体的に教わった経験はありませんでした。これから時代が経るにつれて主体的に自らが動いて情報を収集・整理・分析を行っていく必要があると感じました。中学校、高校の学習指導要領でもICT機器の活用やネットの活用等が示されていますが、個人のやる気や目的意識、心の持ちように左右されそうな気がします。となると、意識を持つ人持たない人の差は大きく開く一方であると考えます。そうならない為にも、意識を持つ人の側でいなくてはならないと強く感じました。また、すべてが嘘を含まない、全て正しいことを言っている動画ではないことにも留意すべきです。ある一定程度のメディアリテラシーを有する必要があります。今まで、YouTubeは数あるアプリの中の単なる一動画投稿アプリに過ぎないと位置付けることもできましたが、これだけの需要がある現在ではそれも難しいように感ました。講義ページにもあったようにこれからはGoogle検索よりもYouTubeでの検索のほうに意義がある場合も多くなると思いますし、もしかしたら、卒業論文の参考文献でYouTubeのリンクを貼るときが来るかもしれないなと思いました。

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〇はじめに 私は、YouTubeとは私たちが現在の情報化社会を「市民」として生き抜くために欠かせない存在になっていると考えます。現在の私たちの生活とソーシャルメディアは決して切り離すことはできません。事実、4月17日土曜2限の授業内ではSNSを使わない人はごく少数であることがアンケートの結果からわかっています。この結果から、どのくらいの人がYouTubeを使用しているかということはわかりませんが、少なくともソーシャルメディアが私たちの生活に浸透していることがわかります。必然的に、YouTubeも同様だと考えられます。今回は、「エコノリウム」内の『YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?』 を参考に3つの視点からYouTubeについて見ていこうと思います。 1. 疑似購入体験 まず、上記した疑似購入体験について。YouTube動画の中でも、個人的にかなり生活に浸透しています。直近では、YouTube Premiumについてのヒカキン氏の動画を見ました。ヒカキン氏は2018年11月18日の動画で、当時出たばかりのYouTube Premiumについて非常に詳しく解説しています。自分でお金を払わなくてもどんな機能が使えるのかを知ることができます。このようなレビュー動画でしか得られない情報を考えてみます。今回のヒカキン氏の動画の中から抽出すると、YouTube Premiumの購入までの詳細な手順、生のリアクション、サービスに対する率直な意見の3つが挙げられます。これら3つの要素は、動画によって声と表情が視聴者に伝わるために重要な役割を担っているのです。加えて、文字の説明だけではわからなかったことが明らかになるという点も特徴のひとつです。これらのことから、YouTubeは生活に役立つツールという側面を持つと言えます。 2. 歴史を映像で捉える 次に、YouTubeで歴史を学ぶということについて考えます。YouTube上には、近現代の映像史料や世界を震撼させた出来事(テロ、災害、戦争など)の映像がたくさん投稿されています。私は、このような動画を見るのにYouTubeは最適の選択肢であると考えています。もちろん反論はあると思うので、今回はテレビ番組との比較をしてみようと思います。テレビ番組の種類のひとつとして、歴史的事件や出来事の特番というものがあります。この手の番組はYouTubeで見ることがほぼできません。良いところは、一定の放送時間の中で効果的な編集を駆使したり、数多くの映像史料を用いていること、場合によっては当事者などのインタビューを組み込んでいることなどが挙げられます。その結果、視聴者にわかりやすい内容になることはもちろん、重厚な雰囲気の演出も相まって密度の濃い時間を過ごすことができます。その反面、問題点も抱えていることを忘れてはいけません。テレビ番組では放送倫理を考慮する必要があるため、事の深刻さが伝わり切らなかったり、柔らかい表現を使わざるを得ないのです。それでは、YouTubeではどうでしょうか。YouTubeには守るべきガイドラインは設定されていますが、放送倫理を考慮する必要はほとんどありません。つまり、地上波やBSで流すことの出来ない無編集映像(ここでは一般にショッキングと言われる表現、描写、映像をカットしていないものを指すことにする)を閲覧することができます。今回の『YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?』のページ内で言えば、ヒンデンブルク号炎上と9.11ヘリ映像が該当します。また、ここでの無編集映像の定義に従えば『25年目の広島』も該当するかと思います。テレビ番組、教科書、資料集などでは決して見ることが出来ない無編集映像の数々は私たちに、歴史の裏側や隠された事実を教えてくれると言えるのではないでしょうか。 3. 動画が切り開く新体験 上記の通り、YouTube上では様々な体験が動画を通じて可能になります。『YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?』の中にあった動画を例に挙げます。RACING DRONE VS ROLLERCOASTER HELIX! A different POVとOK Go - I Won't Let You Down - Official Videoという2本の動画です。どちらの動画の撮影にもドローンが用いられていて、普段はあまり見ることができない視点、角度から撮影されたドローン映像を楽しむことができます。前者の動画は、ジェットコースターをドローンで後ろから追跡するという動画です。ジェットコースターに乗ったことのある人はスピードを体感できますが、ジェットコースターを見下ろすことはできません。あくまで、一人称視点の景色にしか、乗っていると触れられないということです。言い換えれば、三人称視点でジェットコースターを見ることはドローンの映像なしには不可能ということになります。後者の動画では、前者の動画とは違ったドローンの使い方をしています。単純にドローンを高所で固定し人文字を作り、傘を用いて美しい模様を表現したりもしています。動画内3分33秒あたりから、個人的に圧倒されたシーンが始まります。こうして見てみると、YouTube上でいかに貴重な映像体験が無料でできるかということに気が付きます。  ●余談~今後のYouTubeへの提言~  今回のテーマは「YouTube考古学と動画体験」でした。『YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?』内で沢山のリンクを辿り、大量の情報に触れました。正直、こんな経験は今までしたことがありませんでした。しかし、普段はなんとなくエンタメ動画を見る目的で使っているYouTubeと真剣に向き合っていくうちに、段々と今まで知らなかったYouTubeの顔が見えてきたように思います。私は、YouTubeの学習用途にスポットライトを当てたサービスがあるといいなと考えています。具体的には、YouTube Originalsのようなノリで、歴史関係の特集を作ったり、勉強動画の公開場所を普段のエンタメ動画で溢れかえっているところから切り離して専門性を高めるというようなことです。「YouTube Study」とでも名付けましょう。もし、この「YouTube Study」が「YouTube Premium」のサービスの一環として追加されたら、学生を中心にウケるのではないかと真面目に考えています。 どうでしょうか。 〇終わりに 情報化社会を「市民」として生き抜くためには、多くの点で自立していかなければなりません。YouTubeは私たちに様々な映像に触れる機会を与えてくれます。「接しないと個性は生まれない」のにも関わらず、人と人との関わりがコロナ禍の社会によって制限されるのなら、映像に触れるというのは良い選択肢のひとつだと私は思います。YouTubeは過去と現在の時間を動画によって結び付けられる唯一のソーシャルメディアだと捉えることもできる、と私は思います。

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学ぶ方法は技術の発展とともに進化してきました。口伝から始まり人力で内容を書き写すようになり、活版技術によって学術書が次々に作られ、映像技術の発達により学習向けのDVDが作成されました。しかし言葉による学習は生徒の実感・理解に限界があります。DVDなどは映像な分実感がわきやすいですが一つ一つの時間が長く多くの内容を見る人は手間と時間がかかってしまいます。そこでYouTubeの学術的使用が注目されるようになりました。YouTubeには歴史的映像や誰かが作成した学術的動画が多く載っており、最近では英語の自動字幕を作成しそれを自動翻訳することでほとんどの動画を日本語字幕付きで見ることができます。またDVDと違って生徒自身で気軽に見ることができるため予習や復習として学校外で見るよう指示することもできます。YouTubeの動画には広告がつくが、YouTubePremiumに入ることで広告をなくせたり、動画の保存ができたりします。音楽系の動画の最中にも容赦なく広告は入るので音楽目当てで入る人も多いでしょう。また自分で動画の速度を変える、一時停止、巻き戻しなどが行えるためクラス全体でDVDを見るより理解度も上がるでしょう。 YouTubeの最初の動画は共同創設者が像の檻の前で立って話している映像です。これはどのような意図かわかりませんが、動画を投稿する気楽さ、敷居の低さを表しているとも考えられます。これに象徴されるようにYouTubeには様々なジャンルの動画が様々な人によって投稿されています。これによりYouTube上で資料を探し勉強することができます。 例えばメディア史を学ぶ動画なら、「The Evolution of Communication」という動画では二分弱で人間のコミュニケーションの歴史が音声、英語字幕、アニメーションによって示されています。「Gutenberg Printing Press」という動画はグーテンベルクの印刷技術の過程が二分三秒という短い時間でまとまっています。「Philo T. Farnsworth - The Birth of Television (1939)」ではテレビが誕生し放送される様子が記録されており、放送用の独特なメイクにぎょっとするでしょう。「Evolution of Television 1920-2020」ではテレビが作成された1920年から2020年までを十年ごとに区切り、テレビの進化を商品やその機能の紹介とともに見ることができます。九分半と少し長めですがYouTubeでは倍速機能によりこれを解消できます。 もしプレゼンテーションの方法を学びたいなら「Steve Jobs Introduces the Macintosh」と「iPhone 1 - Steve Jobs MacWorld keynote in 2007 - Full Presentation, 80 mins」を見るべきでしょう。字幕はありませんが後者はモニターを利用しながらなので簡単な単語で説明されていますし、動画が長いので倍速機能も活きますが等速でみてもジョブスのプレゼンのうまさが伝わります。この動画でAppleなどのOSに興味を持ったならば「Microsoft & Apple OSs: A visual history」や「Most Popular Operating Systems (Desktop & Laptops) 2003 – 2019」を見ることでどれが覇権を握ってきたかわかるでしょう。 前述したとおりYouTubeには歴史的映像も多くアップロードされています。これにより文字でしか知らなかった出来事が映像により当時の雰囲気なども含めて実感できます。例えば「Eine Rede von Adolf Hitler (アドルフ・ヒトラー氏の演説)」ではヒトラーの間を用いた有効な話し方を見ることができます。心理学的に有効なこのしゃべり方を見ればヒトラーがいかに人心掌握に長けていたかを実感できます。「Martin Luther King - I Have A Dream Speech - August 28, 1963」ではキング牧師の演説を見ることができます。「I have a dream」の一説が有名ですが全体は十分を超えるため、編集された「I Have a Dream speech by Martin Luther King .Jr HD (subtitled)」を見ることで短い時間で見ることもできます。このように無編集のものと編集されまとまったものがあり、興味を持ったらすぐに無編集のもので全編見ることができるのもYouTubeで学習する魅力の一つと言えます。 歴史的映像の中には無惨な出来事の記録もあります。ヒンデンブルク号の事故を記録した「Hindenburg Disaster: Real Zeppelin Explosion Footage (1937) | British Pathé」は五分という短い時間ですが人々の様子からもいかにショッキングな事件であったかを感じます。9.11事件のヘリからの映像を記録した「WTC 9/11 Footage by WPIX-TV Helicopter "Air11" -- Part 1 of 2 (Enhanced Video/Audio & Doubled FPS)」では一機目の衝突直後から始まりビルが完全に崩れるまでを記録しています。人々の様子はなく音声はその映像を伝える女性のものだけですがどれだけのことが起こったかを十分に実感できます。これら二つは事故・事件の様子を無編集でアップロードしたもので緊張感や騒然とした雰囲気までもが伝わってきます。編集された現場映像作品もあります。原爆を扱った映画である「25年目の証言 カラー原爆映画 atomic bomb」は被爆者や街の様子などすべてが実写であり、人によってはグロテスクと感じるであろうやけどの跡までもが鮮明に記録されています。こういった映像資料はいかに残酷であったかをごまかしなく突き付けてくるので授業で扱うには注意が必要であると感じました。 ドローンや探査機の映像を用いて我々が普段見ることのできない映像を体験することもできます。「新:4Kの火星」は探査機によって撮影された写真を合成したもので、火星の地上映像を見ることができます。「RACING DRONE VS ROLLERCOASTER HELIX! A different POV」や「OK Go - I Won't Let You Down - Official Video」はドローンを用いて空中から撮影された映像です。視点を自由に動かしダイナミックな映像を実現させるドローン撮影は興味深い映像を作り出すだけでなく、ドローンという技術そのものがみる人を楽しませるでしょう。科学技術を堪能できる動画はほかにもあります。様々な動きを見せる動物型ロボットを紹介する「Awesome Boston Dynamics Robots」、自立歩行する恐竜型のロボット「DINO-A-LIVE Introduction 2019」、人の動きを読み取って動く巨大ミノタウロス「Un Minotaure dans la ville」など多種多様なロボットの動画を見ていると子供のようにワクワクします。こういった映像から直接何かを学ぶことはないかもしれませんが、これを見た人は感動したり興味関心を持ったり技術の発展を実感するでしょう。またロボットから離れますが、昔のモノクロ映像をカラー化する技術も発達しました。もしモノクロで一度見たことのある映像でもカラーで見るとまた違った印象を抱きます。YouTubeではこのような最新の技術と映像を無料で体験できます。 しかし技術の発展は必ずしも良い方向に働くとは限りません。映像技術の発展はそれと同時にフェイク技術の発展を意味します。我々はYouTube上で見ている映像がフェイクか本物かを見極める必要があります。例えば数学者であり写真家であるルイス・キャロル氏の写真が多くYouTubeにあがっていますがそのうち偽造されたものも多くありました。こういったものは書物で確認したり専門家による解説で判断したりする必要があります。YouTubeには写真がスライドショー形式でまとめられているものもあり、しっかり見極めるならばYouTubeを写真展や作品集のように使うこともできます。 また、フェイクと聞くとこのような詐欺まがいの使い方が想像できますが、我々が普段使っているネットワークサービスの根幹を支える暗号化もフェイクといえるでしょう。YouTubeには戦時中の暗号を巡った攻防の歴史も学ぶことができます。例えばドイツ軍が使ったエニグマの方法とその解読は「he Enigma Machine (how it worked & why it was cracked)」で見ることができます。 これまで述べたようにYouTubeはもはやただの動画サイトではなく、学術的な活用もできる映像資料を探すことのできるサイトなのです。真偽を見極め、できる限り書物や記事で裏付けをするなど適切に使用すれば、古今東西の物事を実感をもって理解することができるでしょう。

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私は、「YouTube考古学と動画体験」について、リンクを追ってみて、考えたことを述べていきたいと思います。まず初めにコンピューターの生い立ちについて、はじめは軍事目的のためにつくられた自動計算機械としてのコンピューターでしたがその後の技術の進歩から、単なる計算のための機械としてではなく、さまざまな目的に利用されるようになりました。例えば、言語の翻訳機能です。それにより人々の視野が広がり世界をより発展させていきました。そのことから人々の注目を集め始めたものが、YouTubeです。また、動画再生前、再生中に挿入される広告が表示されなくなったり、バックグランド再生が可能で、インターネットなしでオフライン再生が可能となるYouTubePremiumなども注目を浴びています。また、メディア史について見ていくと、時代と科学技術の発展により人々のコミュニケーションの取り方が次第に変化していき、昔はジェスチャーや、絵などを使ってコミュニケーションをとっていましたが、現在は簡単に人とやり取りができるようになっていくのにとても感銘を受けました。メディアというものを大きく拡張させた1つの大きな理由として、羅針盤、火薬ととともに ルネサンスの三大発明と言われている、グーテンベルクが発明した活版印刷技術の登場が挙げられます。それまで手書きか木版印刷が主流だったので流通が非常に速まりました。こうやって刷っていく技術のおかげで情報伝達の速度が上がっていったんだなと思うと、感慨深いものがありました。他にも、メディアが多くの人々に布教した媒体としてテレビがあります。 テレビの歴史について、最初はに画像を電気的に送る方法を発明したのは、1842年イギリスのベインです。金属でできた文字を電極でなぞり、受信側は、金属の文字の部分だけ電流が流れるのを利用し、紙にぬられた薬品を電気分解して文字を浮かび上がらせました。 しかしその方法はテレビというよりも絵や文字を送るものでしかありませんでした。19世紀の終わりごろ、映像を読み取ったり映し出すのに機械的方法を用いることにより、不完全ではあるものの映像を送ることに成功しました。また、1925年イギリスのベアードは実用的なテレビを発明し、1929年にはイギリスBBC放送でこのテレビの実験放送が行われました。しかし、まだブラウン管を使っていなかったので画質がよくありませんでした。今のようなテレビが考えられ始め たのは1920年代になってからで、すでに発明されていたブラウン管を利用すればよいことがわかるなどして、現在では超薄型のものや、裏表両方から視聴できるもの、テレビ自体が透けるものなどといった高機能なテレビが開発されてきています。多くの人々が努力した結果としてテレビができ上がり、そのおかげファクシミリや写真を送る技術など、新しい通信技術の発展につながっていきました。メディア技術が発達するにしたがって、オリジナル会社も設立されるようになってきました。主要なものとして、WindowsとMacです。WindowsとMacで大きく異なるところは、コンピューターの土台となる「OS」です。Windowsの場合は「Microsoft」がOSを開発しています。パソコン本体はMicrosoft以外にヒューレット・パッカードやパナソニックなど、様々なメーカーが製造していますが、一方で、Macの場合はAppleがOSからパソコン本体までを全て自社で完結しているのが特徴です。Appleの創設者であるスティーブ・ジョブズ氏のプレゼンテーションは世界中の人々の注目を集めました。話をYouTubeに戻すと、YouTubeの良さとは自身の体験したことでもなくとも動画を通じ実際に目にすることで 臨場感や経験を通した知識を得ることができる事であり、見てみないとわからないことがある歴史的な映像などを視聴することができます。例えばヒトラーの演説の映像です。ヒトラーは演説の舞台に上がって人々に向かって話し始めるまで、30秒も沈黙しました。なぜなら、ヒトラーは沈黙をすることで相手の気持ちをコントロールしたのです。「これから何を話すんだろう」といった聴衆の注意を引きつけ、そこで印象的な言葉を放ち聴衆の心に衝撃と説得力を与えました。また、無編集現場映像ではヒンデンブルク号が大爆発している映像や、ビルに飛行機がぶつかり、炎上している映像を見て、想像以上に悲惨な状況であったため心が痛みました。編集された現場映像ではキノコ雲の映像や、火星の地上映像など、よりその時代・場所の状況が理解しやすかったです。そんなYouTubeの初投稿は2005年4月23日のJawed Karimがサンティエゴ動物園で象の檻の前に立っているだけの動画で、記録のような軽いものから始まりました。YouTube の使命は、表現する場所をあらゆる人に提供し、その声を世界中に届けることで、誰でも何かを表現して世界中に発信し、コミュニティを共有、形成できる べきだと考えており、YouTube の価値観は、YouTube のあり方を定義する 4 つの自由に基づいていて、1つは表現の自由。すべての人が自由に発言し、意見を交換し、率直に対話できるべきであり、また、創造的自由は新しい意見や表現形式、可能性につながるものであること。2つめは情報にアクセスする自由。すべての人が、オープンな情報に簡単にアクセスできるべきであり、また動画は、教育や理解形成の場をもたらし、世界中の出来事を規模の大小にかかわらず記録できる強力なツールであること。3つめは機会を得る自由。すべての人が、自分を表現できる機会を持ち、ビジネスを構築し、自分が思い描く成功を手に入れることができ、また、何が人々の心に響くかということを既存の価値観によってではなく自分たちで決めることができるべきであること。4つめは参加する自由。すべての人が、サポートしてくれるコミュニティを見つけ、障壁を取り除き、国境を越え、同じ関心や情熱の下に集まることができるべきであることがあげられています。動画ならではの体験としてあげられるのは、ドローンによる撮影です。従来の撮影機器にはない機動力であり、 ヘリコプターからの撮影では難し かった場所でも飛ばせるため、望遠レンズでしか撮れず画質に難があったシーンも近接撮影が可能となりました。さて、あえてフィクションを使った動画や、ドキュメンタリーなどを撮影したノンフィクションの動画を編集したもの、いわゆる映画は1895年、フランスのリヨンで写真乾板を製造する会社を経営していたルイ・リュミエールとオーギュスト・リュミエールの兄弟が時計の技術を応用して、連続写真が撮影でき、同時に映写もできる機械「シネマトグラフ」を開発し、誕生しました。次に、自動翻訳と自動字幕の利害について、動画に翻訳・字幕が付いていれば、海外の動画も気軽に楽しむことができますが、精度が低すぎると逆効果になってしまう可能性もあります。そのため、機械翻訳で動画に翻訳を付けるときには十分に気を付ける必要があります。すべてが正確に文字起こしされる確率はかなり低く、それに加えて機械翻訳はまだ発展途上の段階です。ひと昔前に比べるとかなり精度が高くなりましたが、人間の翻訳者の質にはまだまだ及ばないため、動画の機械翻訳・字幕に高精度は期待できないといえます。また、YouTubeでの著作権法の適用について、すべての著作権者に同じ独占的権利が付与されます。場合によってはYouTubeを限定公開すると便利で安心して情報を提供することに役立ちます。今回の授業を通して、YouTubeは、自分の生前のことも動画で知ることができ、世界中のことも動画で知り、学ぶことができます。このように多くのことを知ったり学んだりできるYouTubeだからこそ、YouTubeで学んだ事件や偉人の演説、人種差別、戦争など決して忘れてはならないことを私たちは今後の世代に伝えていく義務があると思います。なので、このような便利なツールを使って多くのことを学び、それを多くの人に伝え、今後より良い世界になっていくことを願います。

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リンクの動画を見て、中でも特に取り上げたい内容について私自身の「YouTube考古学と動画体験」を書いていきます。 まず、動画配信プラットフォームの代表格であるYouTubeのプレミアム会員ついて、私も使用しておりますが、他のサブスクサービスに比べ圧倒的な立ち位置を築いていると思います。 課金することで、広告を消すことができたり、オフラインで再生できるようなサブスクはいくつもありますが、YouTubepremiumがすごいところは、広告の排除だけでなく、ミュージックやさらには作り込まれたドラマのようなオリジナルの作品まで視聴可能であるという点だと思いっております。 要するに、Netflix、Spotifyのようなサービスは映画、音楽という1つの分野しかサービスを受けることができないが、YouTubepremiumは映画、音楽、学習教材などあらゆる分野までサービスを受けることができ、使い方次第で可能性が無限に広がっているという点が圧倒している点だと考えております。 リンクにあったチェココンサートを見ることで自国のコンサートとの違い、歌手が人形になって演奏と合わせることで、独自の世界観を作り出しているということを学ぶことができましたし、さらにj-popとは曲調の異なるカンナムスタイルの動画を見ることで、韓国には年長の男性への敬愛という文化が根付いているということを学ぶことができました。さらには、ドローン追跡によるジェットコースターの動画やボストンダイナミクスの動画によって、これまでにない最先端のテクノロジーを実際の視点に立ち体験をことができました。 15年ほど前では、その国に行った人が撮影した動画を見ることしかできませんでしたが、動画配信プラットフォームの出現によって見える視野が広がったことや動画ならではの体験することなど時間場所関係なくYouTubepremiumで、それら全てを見れることは私たちの生活に楽しみを与えてくれたとおります。 動画配信には良い面だけでなく、悪い面もあると考えます。 これまで以上に自国と他国、また宗教的違いを容易に比較することができて、自国への不満が顕在化して過激な暴動に繋がるなど、動画の普及によって現れる悪い面でもあると考えました。 今では、簡単にフェイクを作り出すことができ、それらを真偽を見分けることが難しい。古い作品でも、今の技術ではフェイクを作り出すことはそこまで難しくない。ルイスキャロルの写真を見たが、署名と写真を合わせることなどの工夫しており、なるほどと感じました。最近ではイスラム国がフェイクを通じて動画を悪用していたのではと考えました、自分たちの過激な思想を人質をフェイクの動画を通じて世界に発信するなど、使い方の可能性が無限だからこそ生まれた使用方法だと思います。 このように動画配信が世界で普及していくことは悪い側面も併せ持つと考えさせられました。 リンクの動画の中で一番興味があった動画はジョブスの動画でした。 ジョブスのスピーチだけなら本や新聞などの紙媒体で読んでも、言っている内容は理解することができると思います。しかし、動画ではないと”ただのスピーチ”になってしまうと思いました。 ジョブズのスピーチは内容・会場の雰囲気・ボディーランゲージ・そして革新的なプロダクトなど全てが合わさったことで、心が動かされるスピーチになったのだと考えております。 画一的なスピーチと個性的なスピーチを文字で区別して表現することは難しいと思います。PCをバッグから出すときの会場の静けさや聞いてる人たちの歓声。会場の雰囲気を掴んでいくジョブスの絶妙な言い回し。これらは動画だからこそ伝えることができたと思います。 文章で読むスピーチと動画で見るスピーチは内容が全く同じでも、全く異なるスピーチとなるということから、動画は事実とは関係ないことまで表現できる力を持っているものだと思いました。動画をうまく使うことで簡単に情報操作ができてしまうのではないかと裏に潜む危険性を感じました。 歴史的動画を見ることができるのはありがたいと思った。 私や私たちにとって過去を振り返り、同じ過ちを犯さないということは被害者、今の時代を作り上げてきてくれた先人たちの願いだと思う。 どれだけ教科書で戦争の残酷さ、テロの恐ろしさなどを勉強しても、一瞬を切り抜いた写真では伝わり切らないと思う。映像でも完璧に伝わることはないが、しかし音や煙の上がり方、実況の声などを通じて、どれほどのことだったのかは伝わってくる。 9.11の1時間以上もの映像として見るのは初めてだった。青空が黒い煙で覆われ、1時間もすれば煙は町一帯を包み込み、その数十分後にはどこが事件現場かわからなくなるほど煙が上がっていた。今まで見たことがあったことは事件数十分後ビルから煙が勢いよく立ち上がっている映像のみであったので、まさか煙が街を覆っていたなんて思ってもいなかった。今回改めて見たことで、これまで以上に事件の残酷さを思い知りました。 また、ヒトラーの演説も今回初めて聞きました。これまではヒトラーは演説がうまいということは知っていたものも何がすごいのかを考えてきませんでした。今回演説を聞いて思ったことは、過去→現在→未来という時間軸に沿って演説をしており、徐々にボルテージをあげて最後の結論部で情熱が伝わりやすくなるという方法だったのでと気づいた、また、最後の未来のパートにおいては「われわれ」「国民」といった聴衆を1つにするようなワードを何度も使っており、演説の構成と演説につかう言葉がとても巧みに考えられていたからこそ、トップになれたのだと思いました。 そして最後に原爆の動画について。 一番は原爆の煙ではなく、投下された後の街並みと被曝の影響に衝撃を受けました。 木は枯れ、建物は崩れ、人はいない街並み。そして、皮膚は火傷で覆われ、手足が曲がってしまっている。可哀想と思う前に、言葉を失いました。 これまで、私は生々しい現場の動画や写真を見ることを避けておりました。 しかし今回見たことによって、原爆の恐ろしさはもちろん感じましたが、そのことより、人間が作り出したものにより、人間や社会がこのようなことになってしまう。人間は利便性や生産性を追求しすぎたのではないかということを考えさせられました。 今の私たちの生活を見ても、環境破壊などおおくの生命を犠牲にしていると思います。もう一度原爆の悲惨さに立ち返り、本当に人類にとって正しい選択をしているのかを考える必要があると感じました。 動画コンテンツは共通して言えることは、視覚を使うことで表現の幅が一段と広がり、より鮮明に伝えることができるようになったことが大きな変革だったということです。 そして、動画配信プラットフォームによって動画が蓄積されることによって、世界中のコンテンツを見れることのほか、時間を超えた、過去の動画まで見れるようになりました。情報がありふれているからこそ、受けて側である私たちがリテラシーを高め動画の真偽や本当に正しいことを伝えているのかなどを取捨選択していかないといけないです。 私たちは生活が豊になっている反面危険も近くに潜んでいると認識しないといけないと思いました。

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私は、YouTube考古学動画体験のリンク動画を見てみて、動画体験は学びの教材としてとても良いものであり、今回それをYouTubeを見ることで実感することがで、YouTubeの新たな可能性を大いに感じることができました。YouTubeとは、娯楽のためのものであり、見過ぎは良くないと感じている人も少なくないと思います。実際自分もそうでした。しかし今回様々な種類の動画を見て、YouTubeにアップされた動画を教材として用いることや、教材だけでなく商品説明動画、本としての映像など自分の利益になるものばかりだと感じました。YouTubeの上手な使い方を身につければ、YouTubeはとても有効なものだと思います。例として一つ目は、分厚い本を動画にしたものの映像です。実際、言葉や文字のみ、映像や写真のみでは伝えられる範囲に限界というものがあり、実感が伴わず内容理解に苦しみ時間もかかることでしょう。しかし、YouTubeを使って動画バージョンにしたものであれば短時間で多くの内容を頭に入れることができ、更には、字幕や自動翻訳機能を使えばより短い時間で見ることができるのです。勿論活字の本を読むことのメリットも大いにあると思いますが、決して効率的とは言い難いです。ほとんど同じ内容でありかつ要約された動画がYouTubeにあるのならばそちらの方が効率的と言えるでしょう。二つ目はヒカキンによるYouTube premiumの説明動画です。こういったサービスや商品の紹介、解説などはなGoogleで検索すれば載っているでしょうし、公式のサイトにも詳細は必ず書かれていると思います。しかし先程も述べたように文字だけでは分かりづらく理解できなかったという経験をしたことがある人もいると思います。ヒカキンの動画を見て私は、率直にとても分かりやすいと感じました。口頭での説明に加え、テロップ付きのため内容も入ってきやすく、同時に動画内の端にスマホの実際の画面が映し出されているため説明している箇所も非常に分かりやすいと感じました。また、Googleなどのサイトでの説明はあくまでも内容や使い方のみの説明であるのに対し、YouTubeの場合、実際使ってみた個人の感想や一つ一つの機能を詳しく見れることで理解がよりしやすいのではないかと思いました。三つ目は、ヒトラーやキング牧師による演説などの歴史的映像、ヒンデンブルク号炎上、9.11や広島原爆などの映像です。これらの出来事はもちろん私たちは生まれていませんが授業で習います。ですがその時は教科書の文章や写真などしか見ておらず、今回ノーカット動画を見たことで、知らなかったことや教科書からは汲み取ることのできない凄惨さを実感することができました。これらのような映像が見られることは大変貴重そして、重要なことだと思います。なぜなら、当時の映像でしかわからないようなことが沢山あり、また当時は大きな出来事であったものでも時代が進むにつれて忘れ去られていってしまうのが現状です。このような実際の映像が残り、世界共通の大きな動画サイトであるYouTubeを通して今後にも伝えていくことができると思いました。また、授業やテレビ番組では、内容や表現に気を遣わなければならなく、実際の映像がそのまま流れることは現実的ではありません。しかしYouTubeとは個人的に見ることができ、自由な形で発信できるのです。授業では編集バージョンを扱い、さらに自分が興味の持ったことを家で詳しく見るなど、教材としてのYouTube活用はの可能性は無限大であると思いました。さらに、一時体験をしていない私たちにとって、その歴史的出来事がどのような現場であったのか想像しづらいのは当然です。それを実感することのできるYouTubeは教材として最適だと思います。ここまでは、自分の知恵を増やすためや、学びの教材としてのYouTube活用について述べてきましたが、勿論娯楽としてのYouTubeも大いに活用させることができます。例えば、東欧ロシア圏のテレビ番組であるチェコのオーケストラコンサートの動画です。これは海外で行われたオーケストラコンサートであるが、YouTubeにアップされていることにより国外のファンや金銭面から行くことのできないファンも見ることができるのです。YouTubeは世界共通の動画コンテンツであるため、誰でもお金がかからず気軽に見られることが利点であると思います。他にもアーティストのライブ動画やドラマなども見ることができるのです。二つ目は、ドローンを使って撮影したジェットコースター追跡動画です。近年ではドローンで撮影することが増えてきており、その精度もとても高くなっていると感じました。実際にジェットコースターに乗っている時のような画角で風景を見ることができたり、スピード感を味合うことができます。逆にジェットコースターを後ろから追っているようなものは動画でしか見ることのできない、YouTubeならではの体験であると感じました。YouTubeは今となっては誰もが知る人気の動画コンテンツであるが、YouTubeに最初にアップされた動画はちょうど16年前であり、それはサンディエゴ動物園でゾウの檻の前で立っているだけの動画だそうです。今となってはそういった意味を持たない動画はあまり見ないが、それからどんどんかたちが変化していき今のYouTubeのスタイルに至り、そしてそのスタイルが今生きている人々にしっかり根付き、今となってはバリエーションに富んだ素晴らしいコンテンツと化したことに驚きを感じました。しかし、ユーザー数が多いからこそ注意しなければならないこともあります。例えば、誰でも気軽に投稿することができる反面、フェイク動画や信憑性の薄い情報があたかも真実であるかのように載せられているのです。この問題は視聴者側がしっかりと正しい情報であるのか十分に注意して見極めていくことが必要になってくるのです。またYouTubeは、表現の自由、情報にアクセスする自由、機会を得る自由、参加する自由という4つの自由による価値観から成り立っています。とはいえもちろん、著作権に引っかかってしまったら元も子もないのです。しっかり折り合いをつけて発信していくことが重要であると思います。これらのようにYouTubeにはメリット、デメリットどちらも存在します。けれど私はメリットの方が断然多くあると感じましたし、しっかりと使い方を間違わず高いメディアリテラシーを持つことで、YouTubeの存在意義を見出すことができると思います。YouTubeは使い方は人それぞれであり、一人一人のニーズに対応した動画コンテンツサービスになっていければ良いと思いました。そしてこの授業を受けるまでは、YouTube考古学という意味がわかりませんでしたが、様々な種類のYouTube動画を見てみて、歴史出来事の実体験からその出来事をYouTubeを通して後世に伝えていくという役割もあると感じました。

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Youtubeがまず教材として優れているという視点は確かにとても納得しました。確かにyoutubeは一般的には娯楽として扱われており、暇な時間をつぶしたり、TV代わりに使うようなものとして考えられていますが、現在特にコロナということもあり、普段から一次体験が確かに体験しずらい今、言葉の限界を超えて映像として見ることができるyoutubeは教育的価値がとても高いと思いました。実際、映像で見るということはなにもかんがえていなくても脳に情報が入ってくるため、文章を読んでかみ砕いたり、言葉だけからイメージするだけよりもより意義があるとも考えられます。 実際にインターネットの中だけでも公式サイトなどがあるがけれども、それではあくまで画像であったり公式の意図がおもに反映されてしまっているため、それでは限界があるというのもとても興味深かったです。 またヒカキンさんの動画にもあるよう、youtubeはサブスクを利用することで広告を削除したり音楽が聴き放題になったり、限定コンテンツを視聴することができるというのも強みであると思います。本来であれば実地に尋ねるうえでお金がかかったり観覧日など多額の出費を要しますが、それに反してyoutubeプレミアムは少額で、一度払ってしまえば何度でも無料で見返すことができるという利点があるため、そういったてんでもこのサブスクリプションはほかと異なると思いました。 また次に上げていたメディア史についてもわざわざ本を読まなくてもyoutubeを見ることでより鮮明にその当時をさかのぼることができ、リアルタイムで翻訳をされることができるのでより当時に近い形でその当時の様子を知ることができるということは考古学という観点からも非常に価値のあるものだとおもいました。 それに付随して、歴史的映像をリンクを見てさかのぼってみるととても意外なものでした。普段見るものは編集されているものでしかなく、ヒトラーの長い沈黙やキング牧師の演説の長さなど、実際に視聴しないとわからないものがあってとてもyoutubeの価値を実感しました。 また最初の動画を見てもわかるように、youtubeは一般人がvlogのような形で動画を気軽に上げることができることであるから、庶民の文化的な側面からも価値があるものであると考えられます。そしてそれぞれの時代で流れを生み出したものもどれもやはりyoutubeから発信されており、そういった点からもyoutubeの文化的価値の大きさを感じられました。 ただその一方でyoutubeは何もかも本物であるとは限らず、だれでも投稿することができる点でフェイクのものも数多くあることを忘れられないというのも確かに納得でした。自分自身でしっかり見極めて物事を見る姿勢も必要だと深く思いました。 そして著作権の話は難しい問題であると私も思います。実際、自分が見ているyoutuuberも著作権で頭を抱えていたりと、最近ではtv番組の違法アップローどなども問題になっています。 ただこれらの著作権、そして誰でも挙げられるという容易さはオンデマンド授業とゼミの成果物の発表に便利だとは思いませんでした。とくに閲覧者は見やすいようにそれぞれのペースで青果物を見ることができ、製作者はチェックを容易に行うことができるというメリットはとても初耳で自分も使ってみたいと思いました。 これらのことを通してまず思ったのはyoutubeというツールの利便性の高さです。見聞きするという点でとても便利で気軽に使えるからこそそれが民族的な文化の伝搬にとても影響しているのはとても納得です。だからこそ考古学しやすいというのも納得です。実際に今回の講義、レポートを見たうえでoutubeを振り返ってみるとたくさんの動画、いろいろな時代を築いてきた動画、そして過去の歴史的価値のある映像がたくさん残っていて、とてもそれぞれの時代を容易に振り返ることができる教科書のようなものになっていました。 またそれらはただの生きた教科書であるだけでなく、これから使うことのできるツールとしても優秀であるとおもいます。自分の成果物を発表するだけでなくそれを確かめられるというのはただの便利なものとしてだけでなく有用なものであるととても思います。 だからこそこのマルチプラットフォームを使いこなさなければいけない情報社会においてこのyoutubeをいかに使いこなせるか、そしてそれをいかに考古学できるかがこれからのこの授業、そして自分の実生活において重要であるととても思います

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Youtube は気軽に自分の知りたい、興味ある情報調べてインプットすることができます。つまりYou tubeを教材として活用するべきだと考えました。なぜならば、歴史の説明など言葉では伝えるのに限界があるからです。実際に私も高校の日本史の授業で特攻隊の動画をYouTubeで見せてもらいました。教科書や先生の言葉の説明では、特攻隊の方がお母さんと叫びながら自決していく動画を見て今でも強く印象に残っています。今回のYouTube考古学動画体験の中で広島原爆の動画で、原爆の被害を受けた火傷や崩された街並みなどとても悲惨なものでした。現代では戦争経験者がどんどん減ってきて、戦争の悲惨さを学ぶことが無くなってしまう可能性があります。そこで多くの若者が利用しているYouTubeを利用して、さらにAIの技術を使ったカラー映像でより戦争を実感できると考えました。このように歴史を言葉で表現し、伝えたとしても相手にしっかりれきの内容が頭の中でイメージされているとは限りません。聞くことよりも見ることでより理解が深まっていきます。それは現代社会が情報化社会になっている要因でもあります。ラジオよりもテレビやインターネットが普及しているのは情報を聞くだけじゃなく、可視化された情報をを目で見ることができるからです。さらに、テレビやインターネットが普及していくことで情報化が進みYouTubeという便利なコンテンツの需要が高まり、情報を発信する側も増えてきています。さらにYouTubeは動画時間が短めであるため見る気が失せることなく見れます。コミュニケーションの動画では、紀元前30000年から2018年の動画を1分55秒で飽きることなくコミュニケーションの進化について見れます。私たちの生活でYouTubeは必要不可欠となっています。YouTubeのメリットとしては、無料や、携帯にインストールすれば持ち運びが簡単、速度調整が可能といった便利な機能もついています。わざわざ、図書館や博物館に行く必要はなく、自分の好きな時間に見ることができます。ここまで、YouTubeの利点を述べてきましたが、次はそのYouTubeを活用していくにあたって私たちがどうYouTubeを有効的に使用していくかを考えました。最初の方でYouTubeは教材としてあるべきと述べましたが、あくまでアウトプットをするための材料です。神道と文化の授業で主体性を確立していくためには物事の本質を知るということを学びました。つまり、自分で何かを言葉で表現したり、相手を説得をするためには歴史や文化を相手よりも深く知っておく必要があります。そこでYouTubeは物事の本質を知る教材に適しています。さらに、YouTubeの使い方の目的を娯楽と学習にすることで疑問を調べる習慣がつくと考えました。YouTubeは国内だけの話題ではなく、外国の文化や歴史もあります。例えばクラシック音楽を直接聞く機会がなくてもYouTubeの映像で聞くことができ、音楽文化に触れる機会になります。このように、さまざまな国の文化を実際に見に行くのは大変であるため、YouTubeを活用し、文化の視野を広げていけます。私は、YouTubeを娯楽でしか利用したことがなかったため、YouTube考古学を学び自分へもっと有効な使い方があると発見できました。

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私がYouTube考古学と動画体験について提示された動画を見て考えたことは次の5つです。 1つ目は、YouTubeが教材として有効な点です。従来通りの教科書学習、つまり活字だけだと想像できる範囲に限界があるのは確かです。例えば私の経験上、世界史の授業で当時の状況をYouTubeで見たことがありました。YouTubeだと、文字だけでは出来なかったイメージがしやすかったです。それはアンリブレッソンの写真のような決定的瞬間、つまり授業の要点を短時間でつかみ、情報を得るには最適な教材といえると思います。しかし、少し疑問に残るのはYouTubeのオンデマンド型授業は本当に成り立っているのかという点です。もちろんオンデマンド型授業にどのような姿勢で取り組むのかは私たち生徒次第です。また、好きなタイミングで、好きな速度で見れることは、実際大変便利だと感じています。しかし、緊張感や周りの友達から受ける刺激は間違いなく減り、気が緩んでしまいがちです。ライブ感に欠ける点がもう少し改善されればより教材として適したものになると思います。 2つ目は、YouTubeが私たちに与えてくれた「自由」の選択肢が増えたという点です。YouTubeは、表現する場所をあらゆる人に提供し、その声を世界中に届けることを使命としています。またYouTubeが謳う4つの自由は、表現の自由、情報にアクセスする自由、機会を得る自由、参加する自由です。現代では、YouTubeを使うすべての人に平等に発信する機会が与えられています、かつてのように権力者だけではありません。なので、投稿者が多いほど情報量が増えて価値が高くなるのは利点だと思いました。そして、3年前からは、広告なしでバックグラウンド再生が可能になったYouTube Premiumが始まりより快適に使えるようになりました。 これによって、YouTube Premiumが他のサブスクと一線を画したのは明らかだと思います。YouTubeが娯楽的な使い方だけでなく、より実用的になってきた証拠だと思います。 3つ目は、メディア・通信技術が益々進化しているということです。メディアは、15世紀のグーテンベルクの印刷機に始まり、新聞、ラジオ、テレビと変遷してきました。コミュニケーション手段としては、サインやジェスチャー、壁画や伝書鳩やポストカードと長い道のりを辿って、電子機器類の登場があってからは急速に進化したように感じます。そして、現代人の興味はSNSやYouTubeへ移りました。そのYouTubeの最初の動画は今から16年前に共同創設者が像檻の前に立って話しているだけの記念とも思われる動画で驚きました。しかし、私はそれこそがYouTubeが謳う「表現する場所をだれにでも提供する」の始まりなんだと感じました。つまり、発信者や発信内容もハードルが下がったので自由に使いやすくなり、視る人が社会を作るきっかけになったと思います。 4つ目は、歴史的映像や無編集映像をYouTubeで簡単に見れるという点です。例えばヒトラーの演説を取り上げれば、演説会場の雰囲気は国民に歓声をあげられ温かく迎えられて演説をした事や話始めるまで沈黙が続いたことは、動画を見てみないと気づけなかったことです。また、25年目の広島ではテレビではカットされてしまいそうな、見るに堪えない痛々しい火傷をおった被爆者の様子を知ることができます。被爆者の写真を見たことは何度もありますが、実際に動いている実写の動画は私にとって初めてだったので、YouTubeで動画で見ることで原爆の恐ろしさをよりリアルに感じました。その時代の空気感がとても伝わりやすかったです。そして今まで戦争や原爆に関するYouTubeを見るのは怖くて知らず知らずの無意識のうちに見ないようにしていたことに気が付きました。ですが、このように時間をさかのぼり、一次情報を手に入れることが出来るのは、YouTubeでしか出来ないことです。過去の動画を掘り起こして丹念に見ることが現代人には大変価値のある行為だと思います。なぜなら、私たちの生活は過去の人類が残してきてくれたことや物で成り立っているからです。だから、YouTubeは過去を知るのに最適な機会を与えてくれるといえます。また、AIのおかげで、写真のカラー化により戦前の広島の記憶を蘇らせることも可能になりました。白黒写真よりもかなり当時の様子が分かりやすく浮かび上がります。そしてこれからは、広島の記録だけでなく、事件現場など様々な場面でこのカラー化が進むことを期待したいです。またAIだけでなく、人口知能のさらなる進歩によって自動字幕や自動翻訳が正確になれば、より情報にアクセスしやすくなります。 5つ目は、フェイク記事や著作権との向き合い方です。不思議の国のアリスを生み出し、数学者でもあったルイスキャロルは、純粋な気持ちで女の子に近づく手段として写真を使ったそうです。しかし、その写真はその場に居合わせない人達が居合わせていたり、顔の向きが変わっていたりと偽造された写真がたくさんYouTubeに上がっていました。それは要するに、フェイク画像は簡単に作れるということです。また、著作権について言えばYouTubeでは責任を持ってコンテンツを管理できるように著作権侵害の可能性があるコンテンツを検出する機能を開発し、侵害を防いでいます。そして、私たち利用者側としても出来ることがあると思います。それは、メディアリテラシーを意識する事です。もちろん動画は、精査されたうえで公開されていますが、コンテンツの内容をただ受け入れるのではなく、一度冷静になって正しい情報か考えることやメディアとプラットフォームの積極的選択が大事だと気が付きました。 また私は今回の授業を通して次の発見がありました。それは、情報化社会を市民として生き抜くためには、まず私たち一人ひとりが情報社会に対する知識を持っていないと、「市民」として社会を構築するのは難しいということです。一人ひとりが知識を持って作られる情報化社会と、知識の少ない一人ひとりが作る情報化社会とでは、社会の機能の良さや円滑さは大きく異なると思います。そして私は、情報化社会を生きる市民の一人でいるための知識を得る手段の1つ、潤滑油になるのがYouTubeだと思います。YouTube上にアップされている動画には、私たちがこの社会を作り上げるヒントになって、スキルを身につけられるようなコンテンツが数多くあります。それは、投稿者によって日々動画がアップされるから、つまりYouTubeが集合知だからです。私は、これほど身近で簡単に効率よく、誰もが情報を得られるツールは他にないと思います。同じメディアも使い方次第でこんなに選択肢が増えることに驚きました。そのため、メディアリテラシーはしっかり意識しながら、今後も積極的に活用したいと思いました。

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私は「コミュニケーションの進化」という動画を見て、自分が生まれる前を想像しました。私は18歳なので携帯電話は知っていますがそれ以前の技術レベルがどんなものであったかはまったくふれていません。そもそも電話がなかった時代のことなんて考えることもできません。社会の中で情報は目まぐるしく変わるので、それをいかに早く伝えるかはとても大切なことだと思います。そんな中で動画内でも説明があった様に人間が直接届けるなどの伝え方だとかなり不便なはずです。だから技術の革新は慎重にするべきだと言う人がいますが、こういった歴史的な事実を考えるとどんどん進めていくべきだと思います。次に気になった動画は「ヒトラーの長い演説は長い沈黙から始まる」です。ここで2つ考えました。まず先程の「コミュニケーションの進化」と関係して、こういった歴史的な情報が視覚的に得られるという点です。中高生の時に歴史の授業は後半の時代になるにつれて詳しく解説されるなと思いました。それこそ後に情報をのこす技術が進化したからだと思います。実際に演説を聞き、感じることも深くなりました。次に考えたのは、人に何かを伝えるのは案外簡単かもしれないけれど、人の心にとどけるのは、それなりのスキルが必要だと思いました。日本ではナチス政権を批判する声が多々聞こえてきますが、ドイツ人はナチスに好意的な意見を持てる人が多いと聞きます。そしてヒトラーの演説を聞いてみると彼の発言は悪いものは悪いと言い、国民がこれからどのような気持ちでどのようにすれば良いかの指針を示しており、分かりやすく、それでいて情熱的なものでした。これが当時のドイツを動かしたカリスマ性なのかと感嘆しました。今の日本は愛国心がないと聞きます。しかしヒトラーの演説を視聴した後考えたのは、国をいい方向にもっていくのは愛国心という一つの統一された精神だと思います。戦後以来の事情を考えると愛国心がないのは仕方がないことだと感じますが、それがないのはより課題点だとおもいます。他国のことも自国のこともともに考えていくのが重要な心構えだと思いました。次に目をつけた動画は「火星の地上映像」です。写真をつなげて動画にするという技術があり、それをYOUTUBEで簡単に見ることができる時代にうまれて昔の天文学者もできなかったことができるというのはとてもありがたいことだなと感じました。普通にかんがえて、人間が普段行くことができないところの情報が得られるというのは恐るべきことだと思います。火星の映像をみて思ったことは、地球と似ていることが結構あるなということです。人間の移住先という話もあるのでとても親近感がわきました。次に気になったのは「25年目の広島」という動画です。小学生のころから原爆の動画などを見せられて、そのたびに心が痛くなります。とてつもない破壊力で町が破壊されているのはとてもおぞましいです。これは本当に繰り返してはならない悲劇です。先程他国のことも考える必要があると言いましたがそれは自国のことを考えるあまり、または他国を思いやれないとこういったことがおこってしまうからです。今の時代は核の抑止力で平和は保たれていると言われていますが、それは間違いだと思います。戦争の歴史を考えると平和はとても難しいことだとは思いますが、だからといって多くの人が核の恐ろしさを知っているはずです。その恐怖で与えられた平和もいつかは滅びるはずです。前でも言ったとおり、様々な技術が進化しているのでまやかしの平和や他人を脅迫するためにその力をつかうのは違うと思いますし、もっと未来を明るくするためにつかうべきです。この事と、最初に述べたことと関連して「ジョブズによるiphoneのプレゼン」がきになりました。これは誰もがしっているようなとても有名でとても驚愕的なプレゼンです。今でこそ普通のiphoneですが、当時はとても衝撃的だったと聞きます。この動画とは直接関係があるかというとそうではないのですが、彼は子供との時間をもっと持っておくべきだったと死に際に述べたそうです。そこで考えたのはそれほど仕事に向き合ってきた彼が素晴らしいものを創造し、それを世界中に発信するのはとてもかっこいいと心の底からおもいます。彼もまたヒトラーと似たようなカリスマ性を持っていると感じます。こういった人が世界を引っ張ていくと二度と核の悲劇を繰り返すことはないと思います。今回色んな動画を見て新しい知識や深まった考えがあります。今回は課題としてこうと思いました。

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本日の授業は課題の動画をときより流しながら、先生学生が提出した課題に対して批評していくのが半分くらいありました。その中で先生が動画37~38分ごろに言及されていた「YouTubeにアップロードされる動画はすべてクリアされている」「違法アップロードは白か黒かの問題ではない」ということに関して疑問が生じました。合法か違法かではないのだとしたら何があるのでしょうか。この著作権などに関連して先生が指定した教材の中のYouTubeの著作権侵害を参照しながら他の動画を見ていきました。 著作権と折り合いをつける、の項目に公式、公認、非公式、違反、通報(報告)申し立て追跡、YouTubeからの削除、出典の明示などと書いてありますが、これらの行きつくところは著作権法違反であるか、ないのかではないかのように思われます。 先生が指定した多くの動画はおそらく公式になるではないしょうか。例えばOKGoの動画にはofficialと書いてあります。これは自分で撮影した権利者が自分の持っている権利を行使して動画あげた、違反ではないつまり合法であるということではないでしょうか。この動画には音楽の使用を許可しましたという文言があったので公認ということにもなるように思われます。公認つまり権利者が許可を出したので違反ではない合法ということにならないでしょうか。 出典の明示はHPに移されていた本のように他人コンテンツであるというを明確にするために出典を明示しなければならないことですが、「ヒロシマ・アーカイブ」の動画がそれにあたるように思われます。これも過程は複雑だとしても違法か合法化の問題にいきつくのではないしょうか。出典を明示したので違法ではない、合法であるという問題ではないしょうか。 公式、公認、違反などのこれらの言葉は合法か違法の言葉を言い換えだけのように私は思われます。contentIDを使って権利者に権利侵害の通知が行くようなシステムをYouTubeが構築したのもそれが違法であるからではないしょうか違法ではない合法であるならそのままでいいのではないしょうか。権利の侵害であるからYouTubeからの削除、通報であるように思われます。 やはり、私は合法か違法かそこに行きつくものであるように思われます。 のちに説明するということを先生がおっしゃっていたのでそれを聞いて自分の間違いの訂正していけたら良いと思います。

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YouTube考古学について考察せよとのことだったが、参考文献に全て目を通してもまとめることが苦手なので、一つ一つ分析していこうと思う。 1.アンリブレッソン 映像ではなく、画像でそのものの一瞬を捉えることで前後の情景がどのようなものであったのかなどが不思議なことに浮かんできた。その一瞬を捉えるところに写真の芸術を見出せるのかもしれないが今の時代なら映像で撮りそれを切り取ることもできるがそれは意図的に生み出した一瞬の画像になってしまうと感じた。 2.computer perspective 本は手元になく買わないと見れないがYouTubeに残すことで誰でも見ることができるがこの動画は音楽と画像のみのものであったので、内容がわかるといったらそうではないが、公開されたのが2013年となっていたため、わざとではなく技術の限界かと考えたが、この動画で勉強しろと言われたら不可能ではあると思った。 3.YouTube premium、ヒカキンの動画 YouTube premiumはこれひとつで音楽アプリや保存アプリ画面録画全ての機能が入らなくなるのではと思った。3ヶ月の無料体験なども上手い戦略であると思った。毎日のように開くものなのであっても便利なもの。ヒカキンのような影響力がある人が言うことで説得力があがり、利用者も増えるYouTubeという無料のコンテンツにお金を払うひとはどれくらいこの人が話すことで増えるのかと感じた。 4.チェコのある音楽会 音楽などは特に動画のありがたさや素晴らしさが顕著に現れると思った。音楽などの芸術はそこにいた人の記憶や録音のみでしか再生されないため、人形のふりをした女の人は聞いてない人、行ってない人には伝わらない。映像があることで芸術も伝わるのだと思った。 5.コミュニケーションの進化 コミュニケーションの生まれた過程や歴史は大体の人にとって既知のことだがそれも映像などを通して知ることが多い。2分くらいの動画だったがコミュニケーションの歴史は長いようでそのくらいに実は収まるということも感じ取れる。 6.グーテンベルクの印刷機 このようなものはマイナスに捉えてしまった。今や新聞などは機械で作っているがそれでも紙を手に取って見る人は少なくなっている。映像、ニュース、ラジオなど視覚や聴覚を介して知ることができるからだ。そのようなことは実はこういった歴史を消していくことになるのではないかと思った。 7.最初のラジオ ラジオもテレビなど映像文化の大本となっているものであると思う。今でもラジオや音楽アプリなど聴くことの文化は親しまれているし、映像の中にあったように目で見てなくて手が離せなくても耳で聞くことで情報を得ることができる。聴くことの学習は脳に残りやすいと言われているそうだ。 8.テレビの誕生日、テレビの進化 最初のカメラはシンプルで品質も良くないためカメラではなく、写ってる人の顔色をメイクで変えたりすることを初めて知った。だがこのテレビも10年単位でどんどん良くなっていくし、今と変わらないところは見えない相手を楽しませることという本質。 9.MacBook 今現在iPhoneとMacBookを使っているが日本語の翻訳がなく映像の意図はよくわからなかった。だがこれらが生まれたのは2000年代、技術の進歩の速さに驚いた。 10.TRON 技術情報を公開することで技術革新が行われて普通では考えられないスピードで文化が進んでいる。 11.ヒトラーの演説、キング牧師の演説 昔の話でも映像に残っているからこそ学べる。これらに共通することは映像でしかわからないことがあるということ。音や記録のみでは伝わらないものが伝わる、海外のものでも翻訳が映像に出るからこそ私たちも理解できる。 12.ヒンデンブルク号炎上、9.11ヘリ映像、25年目の証言 これらに共通していることは忘れてはならないものを映像に残すことの大切さ。このような無編集のニュースは実際の悲惨さがそこにはいない私たちでさえ感じ取ることができる貴重なものだ。3.11の東日本大震災の時に津波の映像が絶え間なくテレビに映っていたのを覚えている。それだけの映像は鮮明に覚えていて、今でも消してはいけない記憶になっている。本当に起こったことを伝えることは重要である。25年目の証言のように白黒であったものがカラー映像になることでさらに現実味が増す。 13.火星の映像 知ることのない未知を知ること。宇宙の映像など様子は限られた資料しかないため、どんなようになっているのかはわからない。だがこれも画像を繋げた映像で高画質で見ることで容易にその風景が浮かび上がる。 14.最初のYouTube これは動物園に立っているだけなのに約1.7億再生も行っていた。これはYouTubeが広まり、それを知りたいと思う人が増えたということだ。 15.江南スタイル、ジャスティンビーバー これは私が小中学生の時流行ったものだがその当時はみんなこの映像を知っていた流行などといったものも映像や画像から生まれるもの。 16.ドローン、ボストンダイナミックス、ティラノサウルス これらの映像は私たちが実際にできないこと、やるのが難しいことをを代わりにやることで、興味をそそり、需要が高まるものだ。生きていたら体験できないことなどを人がやってると誰でも興味が湧く。 17.フェイク映像 これらはよくあるものだがどれが本当のことなのか、本物なのかを見極める力が大いに必要になることを、示しているのであると思った。 18.フィクション それと逆に現実にないことの面白さやありそうでないことの面白さは沢山ある。最近流れている映画、ドラマはフィクションがおおいだからこそそのフィクションにひとは理想を抱く。 19.ノンフィクション これもまたさっきのとは逆で、本当のことだからこそ興味が湧くものがある。たとえば心霊現象や事故、事件など。ありそうでないものだからこそ実際にあったと聴くとどうしても興味が湧く。 20.AIによるカラー化 白黒で残っている文献に色をつけることや情報を一つにまとめることでわかりやすくなるため学びが深まることを推進し、色がつくことでリアリティが増す。 21.著作権 誰もが有意義に動画を楽しむには最低でも守らなくてはならないラインだが、実際著作権侵害のものでも求められてるものがあったりそうでないものがある。それにより利益を得る人、不利益を被る人がいるのもまた事実であるが最近はAI技術などの投与により削除されるのも早い。コロナ禍のオンデマンド授業などは、YouTube上に載せていらっしゃる先生方も多いが、紹介したいものがあった時に紹介できないなどということは授業の幅が狭まってしまう。これが対面になると、実際にその者を紹介したりすることができるし、授業の幅は広がる。 以上の参考文献を通して1番に感じたことはほぼ全てにおいてYouTubeやネット、画像を介して学んだということ。翻訳が見れないものなどもあったが自動で翻訳してくれたりするのもこのようなものを通してで、これを文字だけをみて自分で翻訳してなどといっていたら膨大な時間がかかる。分厚い本や、文献も動画にまとめることでサクッと見ることができる。これによりYouTubeなどの市場はこれからもますます勢力を増していくのだと思った。

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今回、授業で「YouTube考古学と動画体験」についてコンテンツを確認しましたが、私も普段から何か知りたい情報がある時YouTubeを利用することが頻繁にあります。今回YouTube考古学のページでも分厚い本をかなり短時間の動画で分かりやすく簡潔に説明されていて、やはり動画で情報を得ることの便利さを再度実感しました。実際、私も何か読みたい本があり、買うか悩んでいる場合にこのようなまとめてくれている動画を見てから購入を検討しています。特にYouTubeでは動画の速度を自分好みに設定でき、利用用途にあわせて変更できるので大変助かっています。加えて、YouTubeでの学習では本では内容が難しく、理解することが難しい部分を簡潔にまとめられ、知識の吸収がしやすいと今回のケースで気づきました。例えば、今回の授業でコミュニケーションの進化を動画で学習してみたが、正直興味を元々もっていたわけではないので本を読もうとはならなかったと思います。しかし、動画で学習していると気軽に見ることが出来、また興味をそそるような展開になっているので最後までいつのまにか見ていました。次の動画グーテンベルクの印刷機の動画もまた、本ではイメージできなかったであろう印刷機がどう動くのかイメージすることが出来ました。これは動画での学習ならではの学びであり、YouTubeでの学習の便利さを実感した瞬間でもありました。テレビの誕生の動画では、どんな人がどんな場所でどんな番組を作成したのかここまで詳しく理解できること、そしてその現場を自分の目で見れることが出来ること、これは過去の貴重な現場を生で見なくても体感出来る分かりやすい例だと思います。 また、教科書の写真と文字の情報でしか知れなかったあのヒトラーの演説をYouTubeで見れたことには大変驚かされました。ヒトラーの演説というとヒトラーが黙々と話すだけであったのかと勝手に思い込んでいましたが、実際にはそんなことはありませんでした。周りの人の声がはいったり、演説の前には長い沈黙の間があり、ヒトラーは丁寧そうに演説の為のメモを確認するなど、これは映像を実際に見なければ知ることは出来なかったことです。このことからもやはり、一次情報を自分の目でしっかりと確認することの重要さを感じると同時に、YouTubeでこんなにも昔の実際の映像をみれるYouTubeのスケールのでかさ、有用性を認識しました。これらのように過去の貴重な映像を見れるというメリットもあるが、実際にはつい最近起こったこと、リアルタイムで行われていることも見ることが出来るというのもYouTubeでの学習の特徴であり、本では出来なかったことです。スティーブ・ジョブズによるiPhoneのプレゼンももしYouTubeのような媒体が普及していなければ私が見ることは無かったでしょう。プレゼンを学習するというのは難しく、少しの間、話し方等本だけでは真似することは出来ません。また、リアルタイムで指導を受けたとしても繰り返し見ることは出来ず、より効率的に学習する為に動画での学習は有効でると感じました。実際、ジョブズのプレゼンは、メッセージを発するごとに聴衆の興奮が高まっていくように構成されています。ワクワクしながら集中して耳を傾けるので内容を深く理解でき、終わるころにはその製品が欲しくてたまらなくなってしまうそんなプレゼンです。このプレゼンを何度も見て学習できる環境であること、ほんとに恵まれていると思いました。また、知識や実技の為の学習だけでなく、動画では今迄みることのできなかったもの、簡単には体験出来ないものを可能にもしてくれることも気づかされました。例えば、授業のページにも乗っているドローンの撮影動画があります。ドローンを用いることで今迄体験できなかった空間を見ることが可能になりました。私はドローンの撮影動画で印象に残っている動画があります。これもYouTubeで発見した動画で「Fireworks filmed with a drone」とのタイトルで公開された動画です。この動画は水辺から打ち上げられる無数の花火をドローンで上から撮影した幻想的な映像となっています。夜空に広がって行く花火の、その真っ只中で捉えた動画は現実離れした美しさです。ちなみに、公開されたのは2014年の5月と、ドローンによる映像としてはやや古めでありながら、私に未知の体験を味わさせてくれました。新たな体験や、今迄にない映像の作成を可能にしてくれるドローンですが、授業ページのリンクにあるワンカットドローン撮影の動画を見ても違和感を感じなくなってしまっていました。というのも私が現代の技術にきっと慣れていているからでしょう。このように映像に対する感覚がかなり身近なものとなっている、そして特殊な撮影方法も見慣れてきていることに気づくきっかけとなりました。また、最近では当たり前のように暇な時間にはYouTubeを開き何か娯楽や情報を探すようになっています。授業にリンクにあるYouTube Aboutには「YouTube の使命は、表現する場所をあらゆる人に提供し、その声を世界中に届けることです。」「YouTube の価値観は、YouTube のあり方を定義する 4 つの自由に基づいています。」と書かれています。その中でも表現の自由と情報にアクセスする自由という面でかなりの影響力をもっていると感じています。まず、表現の自由についてですが、インターネットが普及していない時代には自分のことを世界中の人にアピールするのはかなり難しかったと思いますが、今行おうとすればすぐにでも発信が出来るようになりました。これもYouTubeの影響はかなり大きいと思います。次に情報のアクセスですが、先ほどからも述べてきたように誰もが情報を気軽に、そして自由に見ることが出来るこれは様々な人々に大きなメリットをもたらしたと思います。このようにYouTubeは私たちに様々な変化をもたらしました。しかし、その分フェイクも数多く生れていることも事実です。授業のページでフェイクは簡単と書かれているようにぱっと見ただけでは、フェイクなのか全く見分けがつかないような物が数多く存在しています。最近でもディープフェイクの問題が話題となり、ディープフェイクはもはや当たり前のようになっています。このフェイクの件を見た時にぱっと中田敦彦さんの炎上が思い浮かびました。中田敦彦さんはYouTubeで学びについての動画で、政治や哲学、文学、歴史といった幅広いジャンルを解説する動画を発信していたがその中に間違った情報を含んでいたという件です。確かに間違った情報を発信するのは良いことではないとは思いますが、このように悪気があったわけではなく間違った情報を発信してしまうこともあると思います。これはこの件に限らず、存在しているはずです。YouTube等により誰もが発信できるようになった今では、フェイクや間違った情報を見分ける力が重要であると今回再認識させられました。また、世の中に出回っている情報に対して、常に疑いを抱いておいた方がよいということ、そして情報ソースを確認することが大事であると感じました。 このようにYouTubeは私たちに大きな変化、そして便利さをもたらしていますが、これからYouTubeを利用する際は、どんな使いをすればよいか考えた上でより有効に活用していきたいと考えました。

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YouTubeでは言葉で伝わりづらいことも映像を見ることで実感させることが出来ます。また、長時間の動画も短い動画にまとめることで時間をかけなくてもその情報が分かるという点でとても便利なものだと感じました。そのため、YouTubeを教材として使用することは賛成です。10分くらいの動画は隙間時間などを有効に使うことも可能です。これらが無料で見れるというところがYouTubeの魅力であり積極的に活用していきたいと思いました。YouTubePremiumについては私自身も普段YouTubeを利用する中で広告が気になっていたので、それが無くなるはかなり便利です。その他の機能で私が1番注目したのはバックグラウンド再生が出来るということです。他のアプリを開きながらでも、音楽や長時間の動画もラジオ感覚で視聴出来るのでYouTubeの可能性は大きいのだと感じました。次にメディアも誕生したときから現在では大きく変わり、人々が気軽に使える身近な存在になりました。YouTubeで最初のラジオ局やテレビの誕生を見ました。当時のラジオの受信機はとても大きく、テレビも画面は小さく画質も悪く白黒が多いなどの印象が残り現在とはほとんど違います。また、どの家庭にもあった訳ではなく1部に限られていたと思います。しかし、現在ではその全てがスマホやタブレットなどの持ち運びも簡単なものでいつでもどこでも聴けるのです。そして当時と比べてこれらは多くの家庭が持っているものだと思います。このような変化が起こるのも年を重ねるごとにたくさんの研究が行われてきて技術が発展してきている証拠なのだと考えられます。これからもずっと進化していくものだと思うので、どのように変わっていくのか楽しみです。このような物事の原点を見れるのもYouTubeの特徴であると思うし、メディアの進化によってテレビの延長線上にYouTubeというものが身近な存在なったのだと感じました。歴史的な映像はテレビで流れる場合みんなが知っているような場面のみの放送で、他は全てカットされているということがほとんどだと思います。それは放送時間の影響もあるもしれません。しかし、YouTubeではヒトラーやキング牧師の演説も演説前の様子など名言以外のあまりテレビでは目にした事の無い映像が見られるのです。ヒンデンブルク号の炎上や9.11のヘリ映像は編集なしの一部始終を見ることが出来ます。ヒンデンブルク号は画面の前であっても大きな飛行船の爆発が衝撃的で、もしその場にいたらと想像すると恐怖を覚えました。とても迫力のある悲惨なものでした。広島の原爆の映像についても実際に原爆の被害にあった人の姿を見る機会はありませんでした。今まで授業などで学んだときには、写真だけではその深刻さを感じられなかったところも動画を見ることで本当に酷いものだったのだと実感しました。今まで歴史を学ぶには教科書や参考書のような紙面を見ることが多く、文章と写真だけで詳しく理解することは正直難しいものでした。しかし、このような歴史的な映像や事件もYouTubeを通して実際の映像が見れることを知り、直接に経験をすることは出来なくても紙面より現場の様子を実感しやすくなるのではないかと考えます。教科書だけでは感じ取ることのできないものが理解できるので教材として使用するのにも適していると思います。また、これらを見て思ったことはYouTubeが存在する前の昔の動画まで載せられているという点です。私がYouTubeで見ている動画は、最新のものが多く古くても数年前のものだったので撮影された時代関係なく載せれることも凄いことだと感じました。また、YouTubeの初動画を見て15年前に始まったということを知りました。しかし、数十秒の短い動画で何のために撮ったものか私には読み取れませんでした。YouTubeについて、表現する場所をあらゆる人に提供し、その声を世界中に届けることを使命としています。初動画のただ象の前に立っているだけの映像もどのような動画をあげるかはその人の自由なので、記念のために何気なく気楽に撮ったものだと考えました。また、価値観は4つの自由に基づいています。まず表現の自由はとても大切にしていくべきものだと思います。常識の範囲内であれば、誰でも自由に自分の好きなことを様々な方法で表現できるので何かに縛られないということは人々にとって1番気軽に使いやすい点なのだと考えられます。次に、情報にアクセスする自由です。確かにYouTubeは誰でも簡単に開くことが可能であり、世界中と繋がることでたくさんの情報を手に入れられることから多くの人が利用し支持されているのだと考えます。次に、機会を得る自由です。普段なかなか自分を表現できるような機会も少ないので、このツールでは自分の想像していることが思い通りにいつでもできることが良いところだと考えます。人前で自分を表現するときには時間が限られています。しかし、YouTubeは特にそのような制限ないところも魅力であると感じます。最後に参加する自由です。自分で発信をすることも今の時代は普通ですが昔は多くなかったと思います。テレビやラジオで情報を得ることはあってもそれは発信を受け取る側であったので、YouTubeは自ら参加することが可能になっています。自由であることは人間が心をオープンにできる場所だと考えるのでYouTubeはこれからもっと活用されていくべきものだと考えます。話は変わり私はYouTubeといったらカメラを使ったりスマホで撮影するイメージが強くありました。しかし、最近になってドローンが使われるようになり、その映像はよりリアルで立体的な動画だと感じます。それは普通のカメラでは撮れないものばかりです。例えば、上空の映像を撮る場合に普通のカメラでは人間が上空までいかなければなりません。ドローンは操作するのは人間でも上空に上がるのはドローンだけです。また、ジェットコースターの動画を見て感じたことは、スピードも出るし小回りも利くため、アトラクションを実際に乗っている感覚を味わえて見ていてワクワクするし飽きないものでした。最近よく見るのは、アーティストがミュージックビデオなどの撮影でワンカットに挑戦しているものです。人の動きに合わせてドローンも素早く動けて新しい視点で堪能出来ます。このように視点を変えた映像を見ることが出来るのもYouTubeを楽しめる一つの理由だと考えられます。AIによるカラー化では当時の白黒写真を色つきで再現できる技術もあり、しかもかなり画質も綺麗なためより歴史をわかりやすく学べるものになっていると感じました。YouTubeは世界中に発信されており、幅広く繋がれるコンテンツとして便利で、動画によっては字幕や翻訳の機能が使えるのも特徴のひとつです。その反面少し難しい部分もあるのが著作権で、実際に音楽が著作権に引っかかって動画が消えていたりするのも見たことがあります。なので、違反行為などないとは言いきれないので注意しなければいけない点だと考えます。ただ、今回YouTubeについて少しでもしれたことで改めてYouTubeから最新の情報を知れたりすることもあるので積極的に利用して行きたいと思います。

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私は今回のテーマについてもう一度考えた時、YouTubeを教材として有効活用すると、文献を読んだりするよりも歴史を身近なものとして捉えることができると感じました。デジタル社会である現代において、本を読むことも以前よりはぐっと少なくなったと思います。そのため、歴史を辿る際に単に文献を読むだけではなかなか頭に入りづらいのではないでしょうか。そこで、音声や映像を使うと、文字の羅列を追うよりも理解が深まると思います。そして、実際に文献を読むよりも短時間で自分が知りたい知識や情報を獲得することが出来るという点にもメリットがあると思います。文献を読むのにかかる時間は人によって様々であるし、じっくり文字の羅列を追うほどの時間的余裕がない人も現代には多くいると思います。そんな現代人にとって、動画はスマートフォンなどで簡単に見ることができるし、文献を読むときのように、人によってかかる時間が異なるわけではないので、誰にとっても平等に手軽なツールであるのではないかと考えました。また、音声や映像が伴うことによって、自分が実際にその場にいるような臨場感を感じることが出来るため、遠い昔に起こった出来事も、自分が経験したかのような身近なものに感じることが出来ることも利点の一つであると感じました。例えば今回の映像だと、ヒトラーが演説している場面は、文字の羅列を追うよりも、音声を伴った映像で見た方が、ヒトラーが聴衆の関心を惹きつけるために、実際にどのくらい長い間を取ったのかがよく分かるし、迫力のある話し方や、それを受けた聴衆の熱狂的な歓声まで伝わってきて、自分もそこにいるかのような擬似的な体験ができると思います。また、キング牧師の有名な演説の中で、世間的によく知られている『I have a dream.』から始まる部分以外にも、多くのことが語られていたという事実も知ることが出来て、自分の知識の幅を広げるのに役立つと感じました。映像を見ていく中で私は、強いインパクトのある映像こそ、本で読むよりも、映像で見て感じることに意味があるのではないかと考えました。例えば、リンクの中に『25年目の証言』という原爆映画がありましたが、編集されているとはいえショックを受ける場面が多くありました。被爆して肌が爛れてしまった人々や、ボロボロに崩壊してしまった建物など悲惨な場面は目を背けたくなりましたが、それと同時に、自分が今まで小中高と教わってきた原爆投下の悲惨さは、実際よりもリアリティを抑えて伝えられたものであったのだということが理解できました。このことから、文章や言葉だけで伝えることには限界があるため、原爆投下のようにショッキングな出来事こそ実際に映像で見せた方が、同じような悲惨なことが再び起こるは絶対にダメだという認識が育つのてはないかと考えました。私は今まで、YouTubeを娯楽目的でしか使用することがなかったので、今回のように歴史的な映像を見て学習に繋げるといった経験は初めてでした。YouTubeには、普段娯楽目的で見る映像はもちろん、今回のように、歴史的な映像もかなりの数があって、動画のジャンルに統一性がないことも一つの特徴だと思います。その理由として、投稿の敷居の低さが挙げられます。YouTubeに1番最初に投稿された映像では、自分の身近で起こった出来事をただ日記のように紹介していました。このように、誰でも簡単に情報発信ができるため、誰かの何気ない投稿から自分の新たな世界が広がっていくということもあり得るのではないかと思いました。さらに、歴史的に重要なことや、自分の考えで他の人たちにシェアしたいものも簡単に投稿できるので、情報発信と意見交換の場となる役割も果たしていると感じました。今回振り返ってみて一番に感じたことは、YouTubeを有効活用すると、知識や情報を獲得するのに非常に効果的だということですが、やはりYouTubeは音楽の発信源としても大きな役割を果たしていると思います。ジャスティン•ビーバーの楽曲は、単にCDや音楽アプリで再生されるだけでは、現在のような爆発的な反響は得られないのではないでしょうか。それこそ、歴史的な出来事を動画で見ることによって、実際に見たり体験したりしているように感じるということと同様に、音楽に映像を伴って、ミュージックビデオの形にした方が、よりアーティスト独自の世界観を演出することが出来て、人々の共感や感動を生むのではないかと考えました。また、YouTubeならではの動画体験も魅力的であると感じました。リンクにドローンを使って撮影したジェットコースターの動画がありましたが、ほんとに乗っているようなスピード感があって、コロナ禍で外出が困難になっている状況下で、新たな楽しみ方が見出せるのではないかと思いました。また、OK GOのワンカットドローン撮影のミュージックビデオがありましたが、一つの映像作品として完成度が極めて高く、ミュージックビデオとしての価値以上のものが感じられました。このように、普段何気なく生活しているだけでは体験することが出来ないようなことも、映像を通して擬似的に体験できるということが、YouTubeの一番の強みであると考えました。有効活用すると、メリットが非常に多いYouTubeですが、気をつけなければならないことは、掲載されている動画の全てが正しい知識や情報を含むものではないということであると思います。今や誰でも簡単に写真や映像を編集したりすることが可能であるため、フェイクの存在を常に念頭においておく必要があるということです。これはYouTubeに限った話ではないと思いますが、得た知識や情報を鵜呑みにするのではなく、必ず自分で正しいものかどうかを確かめることが、膨大な量の知識や情報を整理し、自分のものにしていく作業において重要なことであると考えました。 YouTubeをより有効的に活用するためには、得た知識や情報をそのまま使わずに、自分で確認する作業を必ず行うということだけでなく、YouTubeそのものの性能をアップグレードさせることも重要なのではないかと感じました。例えば、YouTubeからYouTube premiumに移行するとさまざまな利点があります。まず一番の特徴としてあげられるのは、広告なしで動画の再生が出来るということです。YouTubeを見ていると、ちょうど気になるところで広告が入ってしまって、集中が途切れてしまうことが度々あると思いますが、premiumに移行することで、そのストレスが改善されます。さらに、私が魅力的であると感じたのは、オフライン再生が出来るということです。私は通学の電車の中で動画を見ることが多いのですが、高画質で見ようとすると、どうしても動画が止まってしまうため、ストレスを感じています。しかし、オフライン再生では、自宅で高画質の設定で動画を保存した後、外出先でオフラインでも再生可能であるので、かなり便利な機能であると感じました。これからはYouTubeを有効的に活用して、映像から知識や情報を獲得して行けたらいいと思いました。

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本講義のリンク先を見てYouTubeはなにかを学ぶ際の教材になり得ると考えました。以下では何故私がそう考えたのかを述べたいと思います。 本題に入る前に情報伝達技術の発展を説明します。YouTubeは現在情報伝達において大きな役割を担っているため他の情報媒体の進化をみて、何故その一端を担うようになったのか考察したいと思います。 情報伝達は人から動物、機械へと移り変わりました。古代の情報伝達は壁画からわかるように火やドラム、口笛を使用していましたが、15世紀にグーテンベルクの印刷機が生まれたことで紙媒体による情報伝達が主流になり、サンノゼのヘラルドによってラジオが生まれ、今からおよそ100年前にテレビが生まれました。コンピューターも立派な情報伝達機器の一つです、1945年のノイマンによる今に近い方式の発明や、アップルがマッキントッシュやiPhoneを発明したことで技術はさらなる発展を遂げ続けています。ちなみにアップル社はosにも注力しておりウィンドウズに次ぐシェアになっています。閑話休題、近年はtronのように複数の電子機器を相互に補完しあうというプロジェクトも進められており、コンピューターの発展は他の情報伝達機器よりも群を抜いています。 近年はテレビとコンピューター機器がメディアの中でも特に使われています。その理由としてテレビは映像をみる事の気楽さ、コンピューターはスマホの手軽さが理由だろうと私は考えています。YouTubeはその両方の理由を満たしたため情報伝達の一端の担い手となったのでしょう。次はそのYouTubeの概要について説明したいと思います。 YouTubeは現在非常に多くの動画が投稿されています。そんなYouTubeに初めて投稿された動画象の檻の前で数秒話すだけのものでした。ジャスティンビーバーやpsyを世界的スターにした現在のYouTubeからは想像できませんね。 YouTubeは昔、無法地帯とも言える様相でしたが今は著作権侵害対策に取り組み、健全なものになっています。公式サイトでは著作権侵害をした動画の発見するための技術と処置が明示されています。ただその技術が仇となる場合があります。広告収入を切り、限定公開にした動画も時にはYouTube上にアップ出来なくなります。もしそうなった場合はYouTubeスタジオで原因を確認し編集するだけで投稿できるようになります。 またYouTube premiumという快適に視聴するための機能が存在します。公式サイトやヒカキン氏の動画によると様々な機能が追加されるサブスクのようです。その中でも広告の削除は有用だと思います。チェコのコンサートのように中断がコンセプトでもない限り途中で止まることはストレスですが月額千円強の値段で消えるため頻繁に利用するのなら購入して損はないでしょう。  以上でYouTubeの概要を説明したので、これから動画体験について説明したいと思います。 YouTube上では歴史的映像を視聴出来ます。まず世界を動かした二人の演説を見てみます。 初めにヒトラーの演説を説明します。彼の演説は衆目が率先して耳を傾けるようになるまで長い沈黙があり、その後ヒトラーは扇動するように言葉をまくしたてて演説を行いました。このような間や話し方はただ文章を読んだだけでは知りえません。 次にキング牧師の演説を説明します。彼の演説はマヘリアの励ましによって生まれたとされる「I have a dream」が有名ですが、そこに入るまで10分ほど演説を続けました。編集された映像の殆どはそこまでの部分が大幅にカットされており、私は無編集を見たことでそれに気が付き驚きました。 このようにYouTubeでは文章を読んだだけ、編集済みの動画では知りえなかった情報を知ることが出来ます。 ただ、無編集の動画を見る事だけがよいのではありません。以下では無編集と編集済みの動画を比較し両者の長所について説明します。 まず無編集の映像を見たいと思います。ヒンデンブルク号の炎上事故と9.11同時多発テロの映像を見ました。周囲の人々の悲痛な声が入っており現場の様子を自身がいたかのように体験出来ました。 次に編集済みの映像を見たいと思います。広島原爆の映像を二本と火星の動画を見ました。広島の映像では片方は原爆投下後の広島や市民の映像を、もう片方はAIによってカラー化された投下前の写真群を見ました。ちなみにカラー化はそのままでは不完全では様々な人に聞いて手動で補う必要があります。それはともかく、前者は投下後の、後者は投下前の様子を映しており編集によって解り易く整理されていました。火星の動画では火星で取られた写真の合成・色彩の加工をして動画化していました。 両方の動画を比較すると無編集は実際の現場の様子を、編集は長期的な調査が必要なものを表していました。なので、両者の長所を理解してどちらを見るか判断することが最良であると私は考えます。 次に動画だから出来る体験を説明します。YouTubeでは動画であることを活かした映像を見ることが出来ます。 ドローンによる映像撮影はその最たる例です。YouTubeではドローンを利用してジェットコースターに沿って撮影した動画やワンカットのmvのようなものが散見されます。これらはドローンによって臨場感が溢れる動画になっています。 また画像では解りづらい事物を映像で理解を促している動画もあります。ボストンダイナミクスは機械が実際に動く様子を動画で公開しており、画像では動きを想像し難くても映像では簡単に理解出来ます。このメリットを活用した動画は日本にもあり、DINO-A-LIVEというショーの紹介動画では恐竜のロボットが躍動的に動く様子を見せ、ショーの内容を解り易く表現しています。 以上のように映像であることを活かした動画を見ることで事物への理解を深め、新しい体験をすることが可能になります。 このように有用なYouTubeですが利用する際にはフェイクに注意する必要があります。 ルイス・キャロルの写真のようにYouTubeでは偽の情報が真実のように表現される場合があります。このような情報を鵜呑みにすると危険です。それを回避する為には多くの情報を確認し、正しい情報を自分で見極める能力が求められます。 上でフェイクを悪様に言いましたが創作されたものが悪いのではありません。創作物も適切に扱えば学習に役立ちます。以下ではフィクションとノンフィクションの作品を確認し、フィクションを用いる利点を説明します。 まずはノンフィクションの作品を確認します。今回は例としてヴィヴィアンマイヤーとソール・ライターとの二人の写真家のドキュメンタリー作品を用いました。ヴィヴィアンはストリートスナップ、ソールは風景と撮っていた内容は違いましたが、アンリのように一瞬を切り抜くのではなく空間を切り抜いていたことは共通していました。二人の写真の個性はさておき、非創作物の特徴として、等身大の彼らを見ることが出来ることが挙げられます。 続いてフィクションを見ていきます。例として「イミテーション・ゲーム」と「博士の異常な愛情」を挙げます。この二作品は実在したモデルがいますが、内容には多くの誇張が含まれています。前者ではアランのエニグマ解読を題材にしていますがセリフなどは創作されており、後者のノイマンをモデルとした作品の人物は名前どころか性格も変更されており、実際のノイマンはインタビューに柔和な様子で答えているが、作品では柔和な雰囲気はしませんでした。このようにフィクションでは創作が多分に含まれるため、注意して見極める必要があります。

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続き=> フィクションには娯楽としての面白さがあり、万人受けするようにしているため飽きずに視聴できます。最大の利点はそこです。同じ時代を知るのに堅苦しい映像資料よりも時代劇を見た方が楽しく学習できるように、創作物であるということにさえ留意していれば気軽に学習出来ます。 以上のことが本講義のリンク先を辿って得た反応です。動画体験は新たな知識を得るのに有用であり、概要だけならば非常に短い時間で理解出来ます。実際ここで述べている多くのことはYouTubeを教材として学習しました。利点と欠点を把握して正しく扱うことで動画は教材となり得るのです。

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アンリ・ブレッソンの写真が決定的な瞬間を切り取っているように、世の中の情報はわかりやすく切り取りまとめられたものです。YouTube動画では自分が直接体験せずとも、ニュースや教材において使われているようなオリジナルの情報を自ら体験した情報に近しいものとして得ることができるため、他の情報収集法とは違った利点があります。自動的に行なう装置である計算機が開発され、コンピュータが対話方法として使われるようになったように、人間のコミュニケーションは、石器時代におけるサインや火などの信号から始まり、手紙、電話、インターネットを使ったものへと次第に変化してきました。現在はコロナ禍によりYouTubeやzoomの活用が顕著です。その中でも、グーテンベルクの印刷機は最初に印刷技術が使用された革命的な発明品であります。現在手軽にコピー機で印刷を行なうことができ、新聞や書物などを手にすることができるのもこの発明のおかげだと思います。最初のラジオは何かを読むこととは違う記録を再生して聞くということの革命的な始まりであるといえます。また、最初のテレビでは、メイクなども写り方を考慮し工夫しなければならないよなかから始まり、テレビ自体の大きさやデザイン、解像度などはより良いものに変化していきました。現在のテレビは、薄型のモニター、高解像度、モノクロテレビでもないカラーテレビ、手ごろな価格が主流であり、加えて3Dなどの技術が取り入れられるように進化していっています。これらの現在の社会を形成するものの始まりの歴史をいつでも動画で知ることができるというのはYouTubeの価値がある点であると考えます。YouTubeにあがった最初の動画においても、時間も短く、現在上がっている動画とは違う様を見ることが出来ました。次に、有名YouTuberであるヒカキンも紹介しているYouTubePremiumについてです。YouTubePremiumにおいて、限定の動画公開やオフライン再生などがありますが、特に広告をなくすことができるという部分を魅力に感じました。例えばテレビであればお金を払ったところでCMを消すことができませんがYouTubePremiumに入ればその選択をすることができます。それによって、広告を見るために使っていた時間を買うことができます。また、バックグラウンド再生ができるということは、動画を聞き流しながら検索が出来るため、1つの端末しかない場合には時間を得ることに繋がると考えます。これらのことから、YouTubePremiumは、時間の有効活用に役立つものであるといえます。無駄な時間を省いたことで、日本だけでなく興味のある海外の動画を見ることなどなど見識を広めることに使うことに繋がります。例えば、チェコのコンサートでpatricia janeckovaが歌う美しいオペラをみて、YouTube上であることから日本にいながら海外の文化に触れることができました。時間さえあれば、普段受け入れているパッケージ化された動画だけではなく、オリジナルの動画も見ることが出来るため、双方の情報を得ることによって、将来的に情報を精査してまとめるキュレーション能力を得ることを目指していけるのではないかと思います。また、スティーブ・ジョブズのMacintoshのプレゼン、iPhoneのプレゼンにおいては、どちらも長時間の動画でしたが、前者ではただ演説しているのに対し、後者では鮮やかな画像を使って、あるいは実物を操作する様子をリアルタイムで見せてプレゼンテーションが進められていました。それらの様子から、インターネットにおける技術の進歩を実感ます。MicrosoftとAppleの上ったりさがったりしている競い合いの様子や、Microsoftデスクトップ用OSの盛衰の様子から技術は高めあい進化してきたことが見て取れます。よって、TRONというプロジェクトでは新しい技術を創造する速度を早めることができるとしており、情報を開示し、協力しながら競合して高度な技術に繋げていくということが行える素晴らしいものであると思いました。その他、YouTubeにおいてヒトラーの演説は長時間の沈黙から始まる様子をカットされることなく見ることが可能であり、キング牧師の演説においてもすべて動画上で聞くことが出来ます。実際に演説を聞いている人と同じように周りが静かになるまで沈黙している様子や大切な言葉は繰り返し伝えている様子を見ることによって、それらの演説の上手さを体感することができます。すでに亡くなっている方の演説を直接見ることは不可能であるため、それらを歴史的映像を、カットされていない状態で見ることができる利点は大きいと思います。また、無編集現場映像としてヒンデンブルク号炎上や9.11のヘリの現場映像を見ましたが、編集がないことによってヒンデンブルク号の炎上の酷さや同時多発テロの惨さをありありと実感しました。しかしながら編集された現場映像としてみた、戦後25年目の広島映画においてもそれを感じました。編集のあるなしに関わらず、このような映像がいつでも見ることが出来る状態で残っていることによって、より若い世代においてもそれらを忘れないことに繋がると考えるためそれらは必要不可欠なものであると思います。火星の地上映像では、画像をつなぎ合わせた上で、モザイクやパノラマをによって実際に自身で行くことができない火星にいったというような動画をつくることで、本来出来ないことに対する擬似的な体験ができるという利点は素晴らしく感じます。現代においてドローンによる撮影でPVが作られたり、ジェットコースターに実際に乗っているような映像を撮ったりできることで、今後体験できる映像は多岐にわたるようになるのではないかと思います。ボストン・ダイナミクが動いている様子や、ティラノサウルスが生きているように動いている様子など最先端の技術に実際に行かなくとも動画で触れることができる利点を最大限活用していくべきだと感じました。他にも、ヴィヴィアン・マイヤーによる白黒写真は美しく現実的なものに感じましたが、ソール・ライターによって切り取られた色鮮やかな写真はより現実に近いように感じました。このことから、AIによるカラー化が出来るようになっていることは、過去の映像に色を付けることによって忘れてはならない歴史を他人事にしないことに繋がるのだと考えます。そして、YouTubeでは表現の自由、情報にアクスする自由、機会を得る自由、参加する自由があるとされていますが、誰でも投稿できるということから、発信者側もそうですが特に受信者側は間違った情報にをおどらされてること多くがあると思います。写真家でもあったルイス・キャロルの、偽造された写真がYouTubeに上がっているということに関しても、私自身それが偽物であったとしても気付かずに受け入れてしまうと思います。エニグマ・マシンについての映像や、原爆実験の様子、イミテーション・ゲームの予告を見ましたが、フィクションであると言われていなければ判断は難しいのではないかと考えます。フェイクニュースやフェイクの画像を間違った受け入れないようYouTube上では注意が不可欠だと考えます。

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私はYouTubeの教材として活用することについて、学びを共有する教員側と学びを共有される生徒側の2つの立場に分けて考えてみました。まずは学びを共有する教員側としての考えです。YouTubeを教材として活用することはコロナ禍によって対面授業が中止になり、直接説明すること、現地へ直接赴いて実物を見ることが難しくなった現状にとってうってつけだと思いました。エコノリウムの「YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?」のページにも書いてあったように言葉には限界があり、実感が伴いません。DVDを抜粋して映像を共有する方法もありますがDVDは倍速再生ができず、リモコンで操作するので自分が思ったところまでストレスなく映像をスキップすることは難しいですし、そもそもDVDを活用する授業は同じ場所にいる人に向けて1つのスクリーンを通して映像を共有するのでオンライン授業のように離れている人に向けて映像を共有するコンテンツとしては向いていないと思いました。またその学びの題材にぴったりのDVDを探すこと、DVDを手元に用意することは教員にとって大きな負担になると思います。以前、メディアで教員の長時間労働についてのニュース目にしました。そのニュースはクラブ活動の指導や授業で使用する教材の事前準備など本来の仕事である「教える」こと以外の業務が教員の大いに負担になっていると話していました。そのニュースではクラブ活動の指導については外部指導者を招き、教員の負担を減らしていると紹介していました。授業で使用する教材の事前準備については教材としてYouTubeを活用することで検索欄に題材に関するキーワードを打ち込めば簡単にその題材に関する動画を探すことができますし、自分のデバイスを教室にあるスクリーンにつないで生徒に見せるだけなので手元に取り寄せる事前準備の負担が軽減されると思いました。さらにYouTubeは生徒に共有したい映像のURLを送れば離れていても簡単に誰でも見ることが可能です。このコロナ禍において、オンライン授業の教材として最適なのではないかと考えました。 次に学びを共有される生徒側の考えです。YouTubeには芸術や技術の発達、プレゼンなど様々な角度からの学びがありました。芸術では、かつてはお金を払って画集や展覧会で見ることができたアンリ・ブレッソンの写真も簡単に無料で見ることができるようになりました。またYouTubeでは画集を見る感覚で写真を楽しむことができました。コンピュータ・パースペクティブの動画は1890年からコンピュータの進化が10年ごとに紹介されていました。この動画は書籍として出版されているものを動画で簡単に要約したものでした。BGMに合わせて写真がスライドショーのように流れていくので無音の状態で本をめくり読み進めるよりも内容が頭に入りやすく、学びの時短にもつながると感じました。チェコのコンサートでは日本からのチェコに行くためには片道およそ13時間のフライトで7万円ほど費用がかかります。そのような移動をしなくても海外のプロの演奏を視聴することができるのは世界中の人が利用し、アップロードできるYouTubeだからこそだと思います。技術の発達については、コミュニケーションの進化、全ての作業を手動で行うグーテンベルクの印刷機を扱う作業の動画、最初のラジオ局やテレビの誕生・進化についての動画がありました。コミュニケーションの進化についてはわずか1分55分で視聴ができ、短時間で学びを得ることができました。さらにこの動画は全て英語が率いられていましたが、映像自体に字幕がついていたので短時間でリスニングの練習にもなると思いました。グーテンベルクの印刷機についてBGMはありましたが、解説の音声は一切入っておらず、視覚的情報のみに集中してみることができました。このような職人の作業を見ることは実際に現地に赴いてもできることですが、実際に見学に行っても前に人がいて1つ1つの道具や作業している職人の姿を見えないというストレスがなく良いと思います。最初のラジオ局の動画では当時使われていた機器の説明をしていました。そしてテレビの誕生・進化に関してはテレビが誕生した時の撮影風景や最初のテレビから現代のテレビへの進化の過程が事細かく紹介されていました。個人的にはテレビが誕生した時の撮影風景の映像で撮影される女性がオレンジ色のノーズシャドウやブルーのアイシャドウ、リップをしていたことに驚きを覚えました。またアナウンサーをしていた男性も同様にブルーのリップをしていました。現在はカラーテレビでこのような斬新なメイクはありませんが、当時は白黒が主流だったのでこのメイクが当たり前と考えるとこのような技術の進化は書籍で学ぶことも十分可能ですが、この気づきは実際にYouTubeで映像を見たからこそ学びだと思いました。インフォグラフィックスでは時代ごとの推移がこと細やかにみることができて各年の圧倒的に使用されているコンテンツが新しい商品が出るたびにすぐに抜かされ衰退していくのを見て現代にも盛者必衰があるのだと感じました。そして歴史についてです。私はこれまでヒトラーやキング牧師の演説を見たことはありましたがいずれも抜粋されたものだけで開始直前のヒトラーの沈黙の間は初めて見ました。恐らく授業中に見ていたので時短のために飛ばされたのだと思います。ヒトラーやキング牧師はどちらも強い怒りと理想を持っていて強い熱意を感じました。特にヒトラーはドイツ民族としての強い誇りを訴えかけていて私はこれまで歴史を勉強し、その中であまりヒトラーに良い印象を持っていませんでしたが演説を画面越しで聞き、画面越しでもヒトラーの言っていること全てが正しいように聞こえてきました。画面越しで聞いている私がそのように思ったのですから当時その演説を生で聞いていたドイツ国民は本当に心に響いたのだと思います。これまではなぜドイツ国民は独裁者であるヒトラーについていったのだろうと疑問に思っていましたが彼の演説を聞いてドイツ国民がヒトラーについていった理由がよくわかりました。ヒトラーやキング牧師だけでなく、過去の歴史上の人物である織田信長や武田信玄も同じような気迫あふれる演説をしていると思います。しかし私には織田信長や武田信玄がどのように人々の心を奮い立たせたのか全く想像つきません。そういった点でやはり言葉による表現の限界、場の雰囲気や本人の気迫、臨場感など映像だからYouTubeだから感じ取れるものがあるのだと思いました。しかし、時にはその臨場感は弱点にもなってしまうことがあります。これまでアメリカ同時多発テロの写真を教科書でしか見たことがない私にとっては9.11ヘリの映像では街全体空まで黒い煙が覆っているのを目にし、とても恐怖を感じました。そして広島の原爆の映像で実際に火傷を負い、肌がただれているところを見るのは精神的に辛いものを感じました。これまでは原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さ伝える手段として語り部がいました。しかし高齢化によってその語り部は減少し、やがてすべて映像によって伝えられるようになります。その時に心に傷ができないよう伝え方を大人はしなくてはならないと思いました。

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私はYoutube考古学と動画体験のページを見て、気づくこと分かったことがありました。一つ目は、Youtubeは学習する上での数少ない教材を得る場になっているということです。過去の出来事を学ぶときに、教科書の文章では想像しにくいことを目で見て体験できることは、学生にとってより理解しやすくなると思う。本来ならば、図書館や博物館などまでいかないと知ることのできない情報を、家で簡単に時間をかけずに知り、自分自身のものになるまで、何度も見返せることができます。ヒトラーの演説やキング牧師、9・11、ひろしまの動画は、本来ならば博物館などの施設までいかないと見ることのできない動画であり、過去の一部分に戻ったかのような体験を可能にしてくれるのがYoutubeのすごいところだと思います。そして、再生速度に変化をつけることによって、つまらない部分や自分自身にとって必要でない部分を見ないようにすることが可能であり、いつでも見ることが可能であることや動画がなくならない限り、その動画はいつでも見ることができ、自分以外のことに干渉されず、自分自身の都合に合わせて動画を見られることもいいところだと思う。私は東進に通っていたので、動画の良いところをしっかり活かして受験勉強ができました。再生速度を変え何度も見返したり、塾が開いていない時間や自分が動画を見たいと思ったときなどじぶんのペースで動画を視聴できたからこそ、苦手な強化を理解することができたのかなと思います。そして、Youtubeが広まることにより、世界各国の情報を昔よりはるかに楽に得ることが可能になり、普通の生活では知る機会のない情報に触れやすくなったということです。専門書など特殊な分野の知識などが動画で少しわかりやすく理解できるようになっていくと思います。また、海外の事件や出来事が日本語以外で配信されていても、日本語字幕機能を使うことにより知ることができ、今まで日本の参考資料動画や先生から見せられる動画しかなかった学生の勉強の知識が世界各国の知識を得ることができ、勉強の知識の幅が広がったことです。他には、日本に在留する外国人が母国の情報を知りやすくなったと思います。私の外国人の友達たちは、いつもYoutubeで母国のニュースを見たり、母国のテレビを見ていました。そして、Youtubeで日本語の勉強をしたりして、日本の文化を知ろうと頑張っていました。母国と日本を知るきっかけになっていたので、とてもいいものだなと思います。二つ目は、デスクトップ用OSの盛衰というう動画を見て、デスクトップ用OSの八割から九割がWindows社のものなのを初めて知りました。Linuxについて調べてみると、LinuxはWindowsOSやMacOSと違い無料で使用することができ、バージョンアップ費用がかからなく、自由にOSをカスタマイズできて、自分の使いやすいように自在に変更でき、会社の独自仕様にして社員で共有ができるものです。また、自分で作れない人でも、知らない人が作ったカスタマイズから自分に合うものを見つけ使用することができ、他社のOSだとたくさんの使わない機能などがもともと入っていますが、それらの余分な機能を排除しているため、軽快に作業ができるそうです。他にも、古いPCに入れても使用可能であり、ウイルスやスパイウェアなどに強いため、ウイルス対策ソフトが不必要だそうです。しかし、マイクロソフトOfficeが使えなく、Windowsソフトがすべて使えないこと、無償提供されているためメーカーからのサポートが基本的にないこと、操作が独特でコマンド操作が多いため慣れるまで大変なことなどのデメリットがあると知りました。なぜWindows8のほうが最新であるのにもかかわらず、Windows7のほうがシェア率が多いのか調べたところ、Windows8はタブレットPC用のOSに近く、操作性が悪くなったことや、Windowsストアアプリの数が少ないことなどがあるからでした。そして、動画を見てMacOSが自分が想像していたよりも少なかったことので、とても驚きました。MacはwindowsPCよりも値段が高かったり、カスタマイズのしずらく、カスタマーサポートがWindowsよりも劣っていることが分かった。そして、すでに八割から九割の人々がWindowsのパソコンを使っていることにより、Windowsでしかないソフトが多いことや、大量生産であるため安価に購入でき、ソフトウェアのサービス期間が長いため、頻繁にパソコンを変える必要がなく、企業や社会人にとって使いやすいことや事務仕事で使うソフトが高性能なこと、拡張性があり自分好みに容量を変えたりアップグレードをしやすいこともWindowsを使用するうえで、良い点だと分かりました。身の回りにはMacOSを使っている人が多いが、世界的にみるとここまで離れているのは、とても驚きました。三つ目は、Youtubeの配信者や配信者に対するコメントについてです。多くの一般人がYoutubeに動画を投稿して、広告をつけたりして、広告料でお金を稼いだりしています。まだ仕事として認めていない人は多くいるかもしれませんが、だれでも気軽に自分自身のことや身の回りの出来事について、自由に誰でも無料で投稿できるのはとてもいいことだと思います。YouTubeの発展により、身近に自分の意見をはいしんできるようになった一方で、配信者に対するコメントがその人に対する批判やブーイングであふれることがあるのは、良くないことだと思う。Youtuberに対して顔を出さずに批判することは、簡単であり、何気ない一言がYoutuberをくるしめているからだ。事実このようなコメントを受けたことにより、病気を患ったり、自殺に追い込まれている。Youtubeの発展によって、表現の自由が良い方向でなく悪い方向に傾いているため、コメントについては改善する必要があると思う。これらから、私はYoutubeを見る側も配信する側も、いろいろな考えを持っていると思うが、もう一方の気持ちを考えて行動する必要があると思います。

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YouTube考古学と動画体験について私が感じたことは、YouTubeとはどんなジャンルでも自学できる一種の教科書、参考書だと感じました。まずはじめに提示されていたComputer Perspectiveでは映像とともに、どうやって数学の発展に伴い、アンティークの計算機から電子コンピューターが開発されてきたか、視覚的に情報を得ることができます。コンピューターはサイズの変化に加え、技術の変化による速度や信頼性が変化していき、私たちのコンピューターのニーズ(コミュニケーションとしての場など)も変わってきていること、そして今後も変わっていくことを学ぶことができました。こういった電子工学の歴史だけではなく、世界の音楽など様々なことがYouTubeの中に含まれています。実際、これらの内容は図書館へ行けば学ぶことのできる内容です。しかし、分厚い本を読むより、同じ内容の動画を見ることの方が短時間でかつ映像もついて身につけることができます。今回紹介されていたので上げていくと、まず人間のコミュニケーションの進化です。この動画はイラストが時代とともに変化していき、それと一緒にコミュニケーションの変化について提示されています。ジェスチャーやドラムで信号を送って相手に伝える時代から、コンピューターを駆使し家にいても様々な人とコミュニケーションをとることのできる時代の変化を短時間でかつ、どんな人にもわかるようなイラストで理解することができます。次に紹介されていたグーテンベルクの印刷機では、私たちが日常生活で使っているような印刷機とは違い見慣れない様々な道具を使って紙に文字を写していく作業を実際にみることができました。次に視聴した、最初のラジオ局はどのような機械で流していたか、実際の体験した人のインタビューを聞くことで、より身近に感じられます。テレビの誕生も同様、どうやって撮影していたかを映像付きで説明しています。テレビの進化では、誕生の時とは形を変え、技術の進化に伴う形やクオリティーの変化を体感することができます。この五つは時代に伴った変化を動画の流れで理解することができました。動画があることで、技術の変化を体感して感じることとができ、より私たちの中に印象深く残る様になっていると思いました。この様に、技術の変化を体感する以外にも、YouTubeには様々な体験を感じることができるものが集まっています。特に動画体験を効果的に使っていると感じたのはデータや情報などの移り変わりをも視覚的に表現する、つまりインフォグラフィックスだと感じました。今日まで変わり続けているMicrosoftやIOSの移り変わりや使用率を動画にすることで、データやグラフを一枚ずつ見ていくより、簡単に変化を体験することができます。 そして、動画体験は歴史的事件を今日にも体験できる様になっています。今回見たホームページに掲載されてあったヒトラーの演説は驚きでした。ヒトラーは歴史の授業で習っており、ヒトラーの言葉は国民に大きな影響を当ていたことは知っていました。しかし、実際に何をどの様に話していたかとは知りませんでした。YouTubeにも説明があった通り、みんなの関心が向くまで話さないヒトラーの姿は教科書だけでは伝えることができないと思います。またキング牧師の演説も同様で、私は 「Have a Dream」と言ったことしかしりませんでした。この動画を見たことで、黒人の自由への思いやI Have a Dreamと発言した意味や、その後ろにある背景を理解することができました。キング牧師の演説を聞きに来た人たちの盛り上がりも同時によりリアルに感じることができました。無編集現場映像として提示されていたヒンデンブルク号炎上と9.11事件の映像は言葉で記すより、より臨場感があり文章では書く事のできない、動画でしか伝えられないものがありました。この二つの事件は私たちがまだ生まれていない時のものにも関わらず、YouTubeを通してあたかも体験させられた様な気分になりました。また、この後に掲載されていた広島の映像は私たちが保存し、伝えていかなければならないものであり、後世に伝えるための一つの手段ということをも感じさせるものでした。これらの歴史的事件、技術の移り変わりの動画を見て、私はYouTubeという大きな教科書の重要性、特に自分で様々なものと探求うしていくのに有効なものだと感じました。ここまで見た動画だけで、今まで知らなかったものを短時間でかつ分かりやすく理解を深められました。YouTubeは特に好きな学問を学ぶ機会を持っている大学生が有効的につかうべきツールだと思います。自分の限られた時間を有効的に使いYouTubeでことを学ぶにはやはり、YouTube premiumの力が必要だと感じました。この授業が始まった時はぶっちゃけ入る意味が感じられませんでした。しかし先生の言葉や今回の講義を改めて受けることで、効率よく勉強するための事前準備を怠らないことが、私たちの学びにつながっていくと思います。 ここまで様々な経験をYouTubeで経験してきましたが、YouTube自身も時代に合わせた変化をしていってると感じます。 YouTubeのはじめの動画(動物園の前の動画)と、今回見た動画や、様々なクリエーターが作っている動画を見比べると分かる通り、発信者の敷居やYouTubeの利用目的が今と昔で全く違うことがわかるでしょう。しかし多くの人がYouTubeを正しく利用していくためには配慮が必要であると感じます。実際多くのフェイク動画がインターネット上に存在しています。そこで私たちに求められてくるものはAIによるフェイク「ディープフェイク」を見破る能力や、物事を全て受け入れるのではなく、批判的に読解していく力が視聴者側に求められてくると思いますそのためには、様々な動画の比較、事柄を裏付ける根拠を見つける、キュレーション能力が必要になってくると思います。サイトで紹介されていたヴィヴィアン・マイヤー、ソール・ライターの写真はノンフィクション、つまり私たちの日常を切り取った写真と見ていて感じました。何気ないそこには私たちが思っているよりも意味がある何かが隠されているのではないかと感じました。つまりノンフィクションを動画体験をすることで新たなことを理解できるのではないでしょうか。YouTubeはあらゆるジャンルを学ぶことができ、進んだAI技術による自動翻訳があり、言語の壁をも超えることができます。このツールをうまく活用し、動画体験をすることが私たちの新たな視野、知識の獲得へ繋がると思います。そして、YouTubeは時代の流れに乗りその時々でニーズが変わっていくでしょう。実際に、コロナ禍で今まで通り授業を受けることができない今日、多くの学校がYoutubeを取り入れたと思います。この世界最大の教科書とも言えるこのツールを私たちはどう活用していくか、今回の講義を通して、今後のYouTubeの活用の仕方、今回のYouTube考古学と動画体験で学んだ歴史、技術の発展の知識を活かしていきたいです。

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YouTubeは今の生活の中で使わない日はないと言っても過言ではないくらいのものです。そのYouTubeをYouTube考古学という使い方をすることは今まで考えたこともなく、このような機会が無ければ見ることの無かったと思われる動画や写真ばかりでした。まず、私が最初に感じたことは、考古学と言えばどこかの遺跡を探検する物では無いのか、YouTubeは動画なのにどういうことだろうと言うものでした。まずは少し興味のある広島の原爆とグーテンベルクの印刷機の映像を見てみることにしました。はじめは今まで見たことの無いものであったので、素直に好奇心が勝ち、珍しい物を見た気分になりました。広島の原爆は今まで社会の授業や何かの講演会で話を聞く程度で映像として認識はしておらず、理解できたような気持ちになっていたことを思い知らされました。印刷機の映像も同じで写真だけの情報しか私の中にはありませんでした。このように、今では知っている人も限られている物が増えていく世の中で、これから先にどう受け継ぎ残していくかが問われるのだと思います。今あげた2つもこの事の良い例だと思います。なぜなら、YouTube考古学あげられている物の共通点として聞いたことはあったり、どこかでちらっと映像を見たことがあったりはするものの、内容について知っていると言い切れないと言うところです。特に若者のであれば尚更であると思います。過去に何があったのかあろうと思えば簡単に知ることのできる世の中であるからこそ、YouTubeを最大限に利用すれば1つの動画からでは得られない情報まで得ることができると思います。何か1つの動画を見て、何か疑問を持って、関係のある単語で検索すれば、同じ内容を取り上げた動画だとしても別の視点からの情報を得られると思うのです。このような1つのことを色々な視点から見たり考えたりするところが考古学という部分なのかなと考えました。現在、YouTubeはエンターテインメントであり、マスメディアであり、辞書にもなると思います。私の主な使い方は娯楽のための手段でした。しかし、考古学のような使い方があると知った今からは今後の学習の中に役立てていけると思いました。また、現在の情報技術は過去に比べて大きく進歩しました。写真と映像を過去のものと現在のもので比べれば明らかなのは誰にでも分ることですが、例えば、過去の白黒写真と現在のカラー写真のみを見比べるだけではその背景で大きく変化した機械に気付くことは難しいことでは無いだろうかと考えます。もちろん違う機械を使っているだろうという予想は付くとは思いますが、何がどう変化したのかは写真単体からでは予想する事はとても簡単なことではありません。しかし、その変化の様子が映像に的められていたら話は変わってくると思います。最初は人よりも大きな木製で人の手で全て動かされる機械と言うより道具に近いものが、沢山の電線のようなものが張り巡らされた「機械」に変化したのが分ります。これは、印刷機の変化を映像という形で残したから現在私たちが見て知ることができるのであって、仮に機械の変化を写真で残していても動きがない分動作を知ることができないという事があげられると考えました。 私は今回、YouTubeはただの動画投稿サイトでは無いという新しいYouTubeの見方を知りました。そして、情報を伝えるのに映像と音が大切なのでは無いかと考えました。ただの映像だけでは人は飽きてしまいます。ヒトラーの演説のように、何か思いや考え、情報を伝えるには効果的に音を使い、人々に注目してもらわなければ届きにくいものと思われます。エンターテイメントのYouTube動画でも多くの動画で投稿者が編集の際に効果的に音を付け足しています。YouTube考古学の動画も古いものが多いですがどれも音楽が付いていました。このことから、情報伝達と音楽はとても重要なのだと考えました。YouTube考古学としてのYouTubeの使い方はまだまだ私には難しく感じますが、どんな内容を調べていたとしても1つで終わらず、いくつかの関連性のある動画を掘り下げていきたいと思います。

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「TheEvolutionofCommunication」に関連して人同士のコミュニケーションとは時が経つにつれ広範囲にそして、素早く相手に伝わるように進化してきた。初めはサインやジェスチャーでそして音、文字や絵、伝書鳩からはがきへとさらに、電話通信から情報媒体ワールドワイドウェブに昇華した。それにつれて人間のコミュニティも腕を広げて触れ合う程度だったのが、一つの町から地域になり国境を越え、例え言語が通じなく身分も年齢も違う者たちと時間を問わずコミュニケーションを交わせる時代になった。 そしてその最たるツールがTwitterやInstagram、FacebookやYouTubeなどであり昼夜を問わず盛んにたくさんの人達がお互い素性の知れない者たちと関わっている。 まず今回のお題になっているYouTubeとは一体どの様なツールなのかどうやって始まったのか、それについては、YouTubeで最初に投稿された動画に迫らなければならない。16年前YouTube創業者の一人ジョード・カリムによって18秒の動画が投稿された。「Meatthezoo」と題されたこの動画はこれまで1億回以上も再生されており、コメント数は1000万回以上されている。この動画の内容はというとカリム氏が動物園のゾウの檻のそばで「ゾウの前にいる」「ゾウの何がかっこいいかって、あのぶら下がったとても長い、鼻だよ」「言うべきことはそれだけだ」「とりあえずこんなところかな」と語っている。1年後カリム氏とその共同創業者たちは、自分たちが立ち上げたYouTubeをGoogleに16億5000万ドル、日本円にして約1950億円で売却、カリム氏ら共同創業者たちは資産172億円にものぼる大富豪になった。 今では世界中のだれもが一度は使用したことのあるであろうYouTube、とその他のSNSとの違いについて見ていきたい、その前にSNSとは一体? SNSとは(Socialnetworkingservice)の略であり世界中の人たちのオンライン上でのやり取りをサポート・促進し促すサービスの総称である。その多くは、公私問わず主に広告スポンサーからの収益で成り立っている。そのため、多くのユーザーは無料で利用が可能である。 現在ではログインユーザー数毎月20億回を越え、動画の視聴時間は1日当たり10億時間に上る。はたして、これからこの様な世界中の人々が利用するSNSが登場するのか、私はできればこの日本から世界に飛び立つようなSNSが誕生してほしいと願っている。ではどうすればよいのか、日本の強みを活かしたものとは何なのだろうか、私が思うにそれは、マンガやアニメ・ゲームなどのいわゆるサブカルチャーだと思う。そしてマンガやアニメなどを誰もが複雑な技術や難しいシステムなどを使わないで、創り・投稿し閲覧することができる。そのようなシステムならば日本らしさ日本の強みを活かし、かつ世界に通用しYouTubeやTwitterに負けないツールを作ることができると思う。  そして次に(どこまで遡れるか:時間と一次情報)よりヒトラーの演説について触れていく。YouTubeに上げられた動画Eine Rede von Adolf Hitler (アドルフ・ヒトラー氏の演説)を見て冒頭ヒトラーは最初の首相演説で周りの人たちが黙るのをジッと待っている、さながら学校の先生が全校集会の時に生徒が静かになるのを待っているかのように。そしてヒトラーは喋りだした、淡々と特に力強よく始まったわけではない。だが段々と少しずず熱を帯びていきエンジンをふかしていく。そして言葉の端々で言葉が火を噴く。私が思うにその言葉とは、ドイツ国民が人間がよく反応してしまう言葉、例えば3:29秒の(金)3:48秒の(不当な)5:12秒の(自由と平和)などである。そしてまたエンジンをもう一度ふかしなおして、言葉を爆発させる。その繰り返しであると私は思った。そしてこの演説は国民の盛大な拍手で幕を下ろした。そののちナチス政権いわゆるヒトラー本人の快進撃は続く。残りの映像を見ていて思ったのは、10:09秒の(一つの民族・一人の総統・一つの帝国)というヒトラーの宣伝文句の内の一つ、ヒトラーが演説でも何回も言っていたことの根源、それは自国が№1であり自国の民族が最も尊くその他の民族のことなどお構いなしというような発想であったり思想のようなもの。この様な思想をもち政界に進出し世界をかき乱した人物を私は最近目にした。そうアメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプである。私はこの動画を見てアドルフ・ヒトラーとドナルド・トランプに近いものを感じた。  続いてマーティン・ルーサー・キング・ジュニアいわゆるキング牧師の有名な演説「私には夢がある」では、「すべての人間は平等であり公平公正だ」という理念に基づいている。そして米国公民権運動のなかでいまでも中心的な位置にある。私はこの演説を聞きYouTubeの翻訳機能であったがそれでも強く感じた部分、それは、キング牧師の演説がもつ絶妙な間である。必ずといていいほど演説の間では拍手喝采が起こり、聞いている者たちの集中を途切れさせることなく、聞いている民衆とともにこの演説があるとおもわせてくれ、大きな一体感を生んでいる。  ヒンデンブルグ号が炎上する動画より、当時は1937年今から84年前全長約245mにも及ぶヒンデンブルグ号はまさに動画でも言われと言われていたとうり空の覇者であった。だが1937年の5月6日にレイスハースト空軍基地にて悲劇的な事故に見舞われた。何が驚きかというと約80年の映像が残っていることだと思う。さらに、その映像がYouTubeにのっていて世界中の人が目にできる状態になっていることだ。だが残念なことに白黒であり炎の様子やそのがれきなどはあまり鮮明にうつってはいない。  9.11のヘリ映像では、2001年9月11日に起こった、イスラム過激派テロリスト集団アルカイダによって起きたアメリカ同時多発テロ事件の一部始終約1時間半が収められている。この事件は死傷者が3000人近く出ていて、ニューヨークタイムズでは「アメリカ史上、最悪の自爆テロ攻撃」であると伝えている。私が思うにこのワールドセンター・ノースビルから湧き上がる炎であったり黒煙は全人類がめに焼き付けなければならないものであり、永久に忘れることのない傷でもあると思う。  最後に25年前の広島・長崎の原爆投下直後の映像を見ていく。広島・長崎の原爆投下とは1945年8月6日9日にアメリカ合衆国によって世界で初めて原爆が落とされたことを言う。当時のアメリカ合衆国大統領はトルーマンであり、その独断で原爆が投下されたとも言われている。この動画では原爆の悲惨さがこれでもかというぐらいににじみ出ている。焼けただれた皮膚、赤黒くなってもはや動かないであろう手足、一面が焼け野原になった広島。この惨状を見て世界の人たちはどう思うのか、2020年ユーカブはアメリカ人1000人を対象に原爆投下についてのアンケートを実施した。その結果日本への2回目の原爆投下は、正しい決定だという回答が46%に上った。  私はその460人に問いたい、この映像を見ても日本への2度目の原爆投下は正しかったと本当に胸を張って言えるのかと。赤ん坊を背負ったあの血だらけの母親を見て原爆投下は正しかったと言えるのかと。私はアメリカ人に限らず世界中の人々に問いたい。いまやっている戦争はなんのためにあるのかと、血に染まった赤ん坊や母親をこの先の未来、増やすことになってよいのかと。私はおもう。

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私はYouTubeなどの映像を用いた学習はとても効率的だと感じます。学校で配布される資料集や本などの写真からも情報を得ることはできますが、映像でその時の状況を詳しく知ることが出来るのは大きな利点だと言えます。特にヒンデンブルク号の映像や原爆映像は写真からは分からない当時の悲惨さがよくわかりました。事件当時の人々の悲鳴や爆発音など写真からは読み取れない情報をたくさん頭に入れることが出来、自分がその場にいたかのような体験が出来ました。 ヒトラーの演説やキング牧師の演説からもその当時の民衆の熱狂具合など知ることが出来ました。考古学的な面で言うと、映像として資料が残されている時代まではYouTubeでの学習も有効かもしれませんが、映像資料がない時代だと効果は限られてしまうと思います。紙媒体の資料に説明をつけるプレゼン型の映像ではその当時の様子を音などを用いて知るということは難しく、自分で資料を読むことと変わりない状況になってしまいます。 ルイス・キャロルの偽造写真に関しては、とても巧妙で指摘されないと気づけないのではないかと感じました。ネットを使う利点は、知らなかった情報を簡単に手に入れることが出来る点ですが、それと同時にその情報が正しいかどうかを見抜く力がないと簡単に騙されてしまいます。技術が発達するにつれてフェイク画像や映像のレベルも上がり一般人が見抜くことはかなり難しくなってしまいます。少し前に未確認生命体の映像を見ましたが、言われなければフェイクということに気づけなかったと思いました。 情報を扱うには本人の調べる力や判断力がとても大事になることは周知の事実ですが、今回特に感じたのは動画資料の場合、情報源を調べないで情報を得て満足してしまう可能性が高まるということです。詳細の欄を見れば出典など書いてあるものがほとんどですが、引用元までさかのぼって情報を得る前に満足させる力が動画にはあるように感じます。これはテレビなどにも共通することです。発言の切り抜き方に悪意がある場合でもその情報源までさかのぼる人が少なければ意のままに情報操作が出来ます。情報を扱う人もそれを受ける人も自らが扱う情報の重さを理解しないことにはネットを用いた学習効果を上げることは難しいと感じました。

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このように先生から共有された「YouTube考古学と動画体験:どこまで行けるか?」の動画を見るだけで私はたくさんの情報、たくさんの気づきを得ることができました。他の学びのコンテンツとしてNHKがあげられますが、YouTubeには自動字幕や倍速再生があり、自主的に学ぶコンテンツとしてはYouTubeの方が扱いやすいように感じました。教師側・生徒側の2つの立場から見てもYouTubeは今後の教育で教材として強く必要とされる存在だと認識できます。20世紀は映像の世紀と呼ばれ、あらゆる出来事が映像に記録されていますが、記録されるだけで誰でも自由に見ることはできません。そういった意味で21世紀はこれまでに記録されてきたたくさんの映像を自由に見られることができるYouTubeの登場によって更なる映像の世紀になると思います。最後に私は指定された動画を見るために30回以上広告を見ました。広告を見ている間は待ち時間が長く、ストレスに感じました。せっかく学習に集中していても広告が流れてきては集中力が途切れてしまいます。そういった意味でもYouTubePremiumにすることは有料のコンテンツを買うことだけでなく、QOLをお金で買うように思えました。

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私は今回の授業でYouTubeの可能性について改めて知ることができました。私自身今までYouTubeは娯楽のためのものだと考えていました。(今も三分の一くらいは思っていますが)しかし、それが誤りであったと気が付きました。確かにYouTubeが現在のように大きく発展したのは娯楽のためだったかもしれませんが、私は現在のYouTubeが単なる娯楽のためのものとは大きく異なっていると思っています。その理由はYouTubeがtiktokやtwitterのようなほかのサービスではなくYouTubeであるからです。今までYouTubeの利点といえば、①時間や場所に拘束されることなく動画を見ることができ②その動画に国境はなく、海外の動画であっても見ることができ(もちろんTPOや圏外にいるときなどの例外は様々ありますが)③コメントによる意思疎通ができることだと思っていました。しかしながらそれはYouTubeの本質ではないことに気が付きました。なぜなら、例えばtiktokでも時間や場所にかかわらず海外の動画を見ることができるからです。しかしtiktokはただの娯楽にしかなっていません。ではなぜYouTubeは単なる娯楽から一段階昇華した存在なのでしょうか。その理由はYouTubeでは映像による追体験ができるからではないかと考えました。例えばジョブズのプレゼンやキング牧師のスピーチなどは、我々が聴衆の一人としてその出来事を追体験することが可能です。ヒンデンブルク号の墜落や9.11のテロなども同様で、現場の人々の追体験、もしくは家でニュースをみていた一般人の追体験ができます。ここにYouTubeの本質があるのではないか思いました。「ヒトラーの演説は長い沈黙から始まる」と本などを読んで事象だけを知っているのと、動画で演説を見るのとでは空気課感など圧倒的に後者のほうが、情報量が上です。百聞は一見に如かずという言葉がありますが、その場の雰囲気や空気感などを実際に知れるという点でYouTubeでの(考古学)学習は本での学習より勝っていると思います。また、現在はVR(バーチャルリアリティー・仮想現実)やAR(オーグメンテッドリアリティー・拡張現実)の技術も進化しつつあり、そう遠くない将来では今以上のさらなる追体験が可能になると思います。現在、私は調べ物をするとき、一問一答形式でこたえがでるものはgoogleで検索しますが、作業でわからないことがあったときや、解説が欲しい場合にはYouTubeで検索しています。これもYouTubeの持つ追体験性が可能にしているのだと思います。最初は私は、そもそもYouTubeで考古学を学ぶことには懐疑的でした。まだYouTubeは娯楽だと思っていたのかもしれません。しかし、グーテンベルグの印刷機の動画を見たときに私の意見は180度変わったのです。そこには確かに歴史がありました。YouTubeは間違いなく考古学のツールになると確信したのです。これはただの娯楽ではない。そう思わされました。あの時私は当時の印刷を追体験していたのです。話は変わって、YouTube考古学の講義用サイトのリンクの一つにアンリ・ブレッソンという人物のリンクがありました。リンクからたどって調べてみたところ「決定的瞬間」という言葉を彼が生み出したということを知り驚きました。「決定的瞬間」という言葉を聞くと写真>動画と思ってしまいがちですが、決定的瞬間と写真という文字を見たとき、とあるスマートフォン(携帯会社?)のCMを思い出しました。それは高画質な動画の一部を切り取ることで決定的瞬間を逃さず撮るというものでした。そうなれば遠い未来では写真はなくなってしまっているのだろうかと思いました。常識的に考えたて写真がなくなることはありえないだろうと思います。しかし、いつ訪れるかわからない貴重な場面を、動画を回しておくことで撮り逃すことがない、ぶれてしまうといった失敗する可能性が減るというのはかなりの強みに感じます。そしてさらに話が変わって、YouTube考古学において大切なことは何でしょうか。YouTube(インターネット)で情報を得るうえで大切なのは、情報の正当性だと私は思います。卒業式のツーショット問題というのはリンクがなく、検索してもよくわからなかったのですが、大体見当がつきます。世の中には明らかにフェイクだとわかるジョークやフィクション作品もあれば、だまそうという悪意のあるフェイク画像(映像)も存在します。例えば千年後考古学を学ぶツールとしてYouTubeが正式に取り扱われることとなった時、それがフェイクだとわかるのでしょうか。現代に置き換えると縄文自体の映像を見ることができたとしてその映像にウソ偽りがないと判断できるのでしょうか。やはりいつの時代も嘘を嘘と見抜く技術は大切になるのだと思います。リンク先の動画のように専門家が間違っていると指摘できて、ここが間違っていると指摘してくれたらよいのですが。これ以外にもまだ課題は残されています。それは言語の壁です。確かにYouTubeは国境を越えて動画を見ることが可能です。しかし、言語の壁を越えたわけではありません。英語だったら得意な人は動画の内容を理解できるかもしれません。ですが、アフリカ語ならどうでしょうか。インド語だったら?スワヒリ語なら?ここではいと答えられる人は少ないと思います。YouTubeには自動翻訳という機能があり、自動で字幕を付けることが可能です。しかしながらその精度はあまり高いと言えず、特に日本語では自動翻訳で正しい字幕が付くほうが稀(というかそもそも正しい自動字幕をほとんど見たことがありません)というのが現状です。おそらく解決するには、まだまだ長い時間が必要だと思います。早くこの問題が解決される事を願っています。また、ほかにも課題はあります。著作権です。考古学の場合は特に、参考資料(映像)が重要になると思います。そうした場合に気になるのが著作権です。現在のYouTubeは著作権違反でないかをAIが判断しているそうです。今の著作権法では教育に関しては使っても大丈夫だったと思いますが、YouTubeで扱う場合はどうなるのでしょうか。ただでさえ誤BANといって誤ってアカウントが停止される不具合があるのに、教育で利用する際の著作権違反のような複雑な判断をYouTubeのAIができるとは思えません。人間がいちいちチェックするのはあほらしいですし、AIによるチェックも方法によっては悪用されてしまう恐れがあります。例えば教育というタグをつけて投稿した場合は著作権侵害にならないというルールにするとなんでもかんでも教育というタグで投稿する輩が出てくると思います。それをチェックするのもAIなのでより高度な判断ができるAIの開発が望まれます。(そうすると新たな問題が出てきそうですが、、、)

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私の考えるYouTube考古学と動画体験、教材としてのYouTubeについて述べていきたいと思います。  YouTubePremiumは非常に便利なものです。15秒程度しかない広告を見ないだけで、YouTubeを使う際のストレスは大幅に減ります。オフライン再生ができることによって長い動画を、登校中に気兼ねなく視聴できるようになります。バックグラウンド再生は、好きな曲をBGMにして他の事をすることができます。YouTubeMusicもYouTubeと同様の恩恵を得られます。  異文化理解についてです。チェコのコンサートでは女性が機械仕掛けの人形のように演じて、後ろのオーケストラが演奏するという少し奇妙な光景に思えました。こうしたコンサートは日本ではなじみがないので、YouTubeはこういった異文化を気軽に知れるという点で優れています。  メディア史についてです。コミュニケーションは石器時代からの長い歴史があり、当時はサインを出し合って考えや気持ちを表現していました。そのあとには、洞窟で芸術を用いたコミュニケーションをするようになり、ラクダ、伝書鳩をメッセンジャーとして使うようになります。1861年に最初の電話が開発されて、6年後にはプロトタイプが開発され、1989年にはパソコンがグローバルに使われるようになりました。現在では、コミュニケーションをどこからでもできるようになり、ビジネスにも活用されています。私グーテンベルクの印刷機は現在の印刷機に比べて、設備やスペースが必要なうえに時間がかかるものでした。世界初のラジオが1912年から放送していており、900マイル先でも聞こえていました。最初のテレビは非常に大きい機会であり、一家に一台置けるようなものではありませんでした。しテレビの進化は、1920年代に世界初のテレビが作られたところから始まり、小型化や高解像度化していきました。1950年代にはカラーテレビが開発され、1970年代にはデザインの自由度が高いテレビが出ました。2000年代になるとLEDテレビが開発され、2010年代には3Dテレビや薄型テレビ、現在の2020年代は芸術性の高いデザインのテレビや両面テレビが出ています。こうしてメディア史を見ていると、先人の努力と知恵が積み重なることで、遠い場所やより多くの場所へ情報を伝達できるようになり、さらに時が流れ、遠くにいる人とでも同時にコミュニケーションを取れるようになったことが分かりました。これらのことから私は、場所や人種といったバリアを取り除いてコミュニケーションを取れるツールとして、YouTubeは長い歴史を経て誕生した最高のコミュニケーションツールだと思いました。  スティーブン・ジョブズのMacintoshのプレゼンは、ユーモアを交えて聴衆からも笑いを取って聴衆を飽きないようにしていました。聴衆をわくわくさせる演出も上手だと思いました。また、ジョブズのiPhoneのプレゼンは、大きいスクリーンをバックにして歩き回りながらプレゼンをしたり、手を動かしたりするのは、Macintoshプレゼントとは大きく異なりました。しかし、聴衆から笑いを取って飽きさせないようにするやり方は変わりませんでした。私は、こういった素晴らしいプレゼンを見れるYouTubeは、学生や社会人にとって素晴らしい教材であると思います。  MicrosoftとAppleの戦いのインフォグラフィックスは、1978年にMicrosoftが初のOSであるMicrosoftBasicを開発し、1984年にAppleが初のOSであるSystemを開発しました。1985年にWindows、1997年にMac、2007年にiPhone、2010年にiOSを開発されました。デスクトップ用OSの盛衰は、2003年から2019年の間のシェアに関してはWindowsが圧倒的なシェアがありました。TRONは、1984年に発足したすべての技術情報が公開され利用することができるというオープン哲学に基づいて作られる組込み用リアルタイムアーキテクチャ開発プロジェクトです。その成果は、さまざまな分野の組込みシステムに世界中で幅広く利用されています。あらゆる技術情報をオープンにすることによって多くの企業が自由に参加できるため、新しい技術を創造する速度が速くなります。私は、人や国の歴史だけでなく情報関係の歴史もYouTubeで見られることは、YouTubeが引き出しが多くて優れた教材であることを示していると思いました。  歴史的映像は、見て初めて分かることもあります。ヒトラーの演説は長い沈黙から始まり、ポイントを絞って主張を繰り返すこと。キング牧師の演説は実は長く、「私には夢がある」というセリフはスピーチの後半で数回繰り返されていること。マヘリア・ジャクソンの「マーティン、夢について語ってあげて!」という一言が、キング牧師の「私には夢がある」という言葉を引き出したこと。ヒンデンブルク号の炎上や9.11のヘリ映像、カラー化された原爆投下後の広島の原爆映画、写真を組み合わせて作られた火星の地上映像などの貴重映像。私は、こういった歴史的映像を見られることが教材としてのYouTubeの最大の強みだと思います。  YouTubeの実像についてです。YouTubeに最初に投稿された動画は、動物園の像の檻の前で、共同創業者が像をほめている動画です。彼の真意は分かりませんが、私は記念に撮ったものだと考えます。YouTubeは、表現する場所を提供して、その声を届けることが使命であり、誰でも何かを世界中に発信してコミュニティーを共有・形成できるべきと考えています。YouTubeの価値観は、表現の自由、情報にアクセスする自由、機会を得る自由、参加する自由に基づいています。私は、YouTubeの価値観は、様々な映像を投稿でき、それにアクセスすることを後押ししているので、教材としてYouTubeを活用しやすいと思いました。  動画ならではの体験についてです。ジェットコースターを追跡する高度なドローン撮影、OKGOの上空からのドローン撮影、ボストン・ダイナミクスの俊敏な動き、日本のティラノサウルスの人力ロボットの迫力、ミノタウロスの巨大ロボットの大きさ。これらがどのようなものかは、映像でないと伝わりません。私は、YouTubeはそれらがどのようなものかを映像で実感することができるので、実感が分からないことがあるときは、YouTubeを教材として使うとより記憶に残ると思いました。 フェイクについてです。ルイス・キャロルのフェイク写真は偽造されたものが多いです。しかし、少し調べてみると見破れるものが多いです。このことから、私は一目見た情報をすぐに信じず、一旦調べることが大事だと思いました。  YouTubeには良質なフィクション・ノンフィクション作品があります。例えば、エニグマ・マシン、原爆実験といった映画です。ノンフィクション作品だと、ヴィヴィアン・マイヤー、ソール・ライターといった写真家たちのドキュメンタリーが挙げられます。他にも、AIでカラー化した広島のドキュメンタリーもあります。私は、これらの映画を見ることで、自分の視野を大きく広げられると思います。YouTubeは見識を広げるのにも優れた教材です。  著作権についてです。YouTubeではContentIDを用いて著作権侵害を防いでいます。また、著作権侵害をどのように判別するかは、チャンネルに影響するかどうかで決まります。私は、YouTubeにたくさんの動画がアップされている以上、このようにしっかり対策してあることで安心してYouTubeを教材として使うことができると思います。  これらの理由から、私は、YouTubeは教材に適していると思いました。