情報倫理とセキュリティ2020後期14投稿集

情報倫理とセキュリティ2020後期14

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本日のテーマについて、あなたが注目したことは何ですか。そしてそれはなぜですか。500字以上3000字以下。ラジオトークのように「私」を主語にして「ですます調」で書いて下さい。締切は2020年1月16日午後11時30分。


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応答

1

今回の講義で1番注目したことは感染症対策への反省的接近です。良く言われる言葉に「人は反省して学ぶ」とありますが、今回のコロナウイルスは反省して学ばれたのでしょうか。以前の別の感染症拡大した時の反省、現在活かされているのでしょうか。活かされていないと考えます。今回の感染症に関しては、感染力が以前までのウイルスとは違うことから以前までの反省が活かせないのかもしれません。しかし、それならば、今、昨日までの反省を活かして、今日から行動すればいいのです。20202年前半の対策で間違えたこと、個々で反省しているはずです。それを一人一人が活かしていけば、感染症拡大にはならないはずです。それなのに、今これだけ感染症が拡大し、緊急事態宣言再発例されてしまっているのは、反省していない人または、団体が多いことが考えられます。自分だけの命だと思わないで、今一度、感染症対策のおける自分の行動を見直してほしいです。そして、そもそも感染症対策をもっと知る必要があります。そのためにも、自分の感染症対策の反省を自分の知識として蓄え、その知識を活かしてさらに感染症対策を学ぶ必要があると考えたため、私は感染症対策への反省的接近に1番注目しました。

2

今回のテーマで私が注目したことは感染症にまつわる情報の信憑性に関わることです。 今回のコロナ騒動の中で、かつてのSARSや新型インフルエンザが流行した時とは比較にならないほど、情報収集のあり方が大きく変化していると言えます。しかし一方で、「情報源が多すぎて何を信用していいか分かりにくい」という声も聞かれます。若者のSNSの普及率は高く、最近ではニュースなどもSNSを通して情報を集めている人も多いと思います。しかしSNSは匿名性が低く、多くのデマ情報も出回っています。例えば、コロナは後遺症がなく、若者は感染しても何も症状がないなど何も根拠のないことが出回ったりしていました。私は、何か心配ごとがある時は、まずは国からの発信を参考にしています。若い年代ほど間違った情報や誤解を招く情報を信じてしまった割合や拡散してしまった割合が高くなる傾向が見られることから、特に若い年代に対してリテラシー向上の取組を充実させていくことが必要であると考えます。また、SNSは、新型コロナウイルスに関する情報流通全般の対応についての評価が低いことから、信頼度を高める工夫や、透明性を高める工夫、ファクトチェック結果を届ける工夫などを行っていくことが期待されます。

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今回私が注目したのはIHMEの新型コロナウイルスにおける人々のマスク着用率などについてです。現在、第三波により、緊急事態宣言が発令され、地方にまで宣言の発令が進んでいる状況にあります。このような新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためマスクの着用が推進されており、そのほか、密を防ぐことや自粛することなどを国民が意識している現状です。しかし、外出をしなくてはならない場合は少なからず出てきます。そんな中、なかなか無防備に外出するような人間はなかなかいません。それはデータとして残っており、国民の95%がマスクを着用して外出しているようです。このように飛沫を防ぐためマスクの着用を意識している現状があるわけですが、この緊急事態宣言が発令されずに、新型コロナウイルスを意識せずして、普通に生活した場合、最悪の場合42万人の死者が出るといったデータを西浦博博士により出されたということを聞いたときはこの新型コロナウイルスへの危機感をなお感じることとなりました。また、感染者数が増え、国民の意識が低くなりはじめている現状で、少しでも感染者が増えぬよう、自分のためだけでなく、周りのために残りの5%の人間もマスクの着用をすべきであると感じます。

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今回の講義で私が注目したことは、過去の延長ではなく、未来予測からの逆算で手を打つということです。現在はビッグデータに基づいて、根拠のある対策を施すことができます。ですが、その根拠のある対策を用いたとしてもその対策内にいる人間の意識がそうでなかったらその根拠のある対策というのは、スタートからゴールまでの近道(最適解)でしかないです。つまり、今回のようなコロナ禍では、余裕を持った(想定外を予想した)対策が必要となります。また、それ以外でも科学的根拠のない基準はすべて排除すべきです。例として、会食は何人までは良いやニュースに出てくる専門家でもない芸能人などです。特にニュースに出てくるような芸能人は、専門家の科学的根拠に基づいた意見に対して、余計な情報を加え、理解が足りない部分は独自解釈をし、それを視聴者に述べます。様々なニュース番組を見ていると、これらの芸能人が述べていることは、感情的な意見が多く、科学的思考を用いていることは少なく感じます。このような様々な事象がビッグデータで得られたものを狂わします。こういう時には、国の力が国民よりも強い国のほうが人の移動を制限でき、情報統制も行えるために早期の対応ができるんだなと思います。

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コロナウイルスでの問題は非常に深刻なものとなっています。その問題と言うと、まずは経済的問題です。コロナウイルスの感染を防止するために特に必要ではない用事、外食、ゲームセンター、映画館、など様々な娯楽施設や、飲食店などに訪れることをやめている人が多く、経営が厳しくなり、店をしめる店があとをたたないのです。国からは店が今後も維持されるような支援金は送られて来ず、店舗側の人たちが物議を醸し出しています。職を失って自殺をするアルバイトパートの非正規雇用労働者も多い様子です。国は無駄遣いをしている人がいるのでお金は無駄に所有しているところが見えているせいかオーナーは激しく憤っている人も少なくはなく、泣く泣く店舗をしめるしかないのです。そしてまた別の問題は、大型ショッピングモール内に必要なものが売られているために大型ショッピングモール内に買い物に烏の行水の如く向かうと、明らかに遠くから遊びに来たと言う人たち、子連れがいたことです。また、去年はコロナウイルスが流行り始めて中央線に人があまりいなかった時期に、明らかにお洒落をしてきた数名の若い女が新宿で降行していたことで、要するに、言っても出かけてしまう人は絶対気にもせずに出かけてしまうし飲食を楽しんだりしてしまう問題点を封じ込められるような策が下されていない問題です。日本は日本人的な空気を読んでくださいと言った策とも言えぬような策しか考えておらず、しっかり取り締まるべきところを取り締まっていないと言う問題があるところが問題で、今後が非常に不安です。ちなみに、テレビに出ている人間が口元につけている薄いプラスチックの物体はマスクとは違い全く意味をなさないものにしか見えないのにもかかわらず見栄えの問題でつけているらしいです。これも感染を広げる一つの要因で問題だと思います。今後どのようになるのかわかりませんが、医療業界が崩壊しないように祈るしかないと思いました。

6

私は今日のコロナ禍を受け改めて『感情的反発ではなく科学思考を』に注目し、中でも『被害者意識に捉われず考える』という言葉が印象に残りました。大学4年生の私は、就職活動中も「コロナ禍の中大変だと思いますが…」、内定先からも「せっかくの学生生活最後の1年を思うように過ごせないと思いますが…」、バイト先のパートさんからも「最後の1年なのに本当に楽しめなくて残念よね~」と、昨年の4月から言われることが多かったこともあり、自分のことを『コロナ禍の被害者』の1人だと思っていました。多分、そう思っている大学4年生(に限りませんが)はたくさんいると思います。しかし一度、被害者意識から離れて考えてみると、授業と就職活動がオンラインになったことで移動時間が減り、その分をさらなる学びに繋げることもできたし、例年と比べていろんなジャンルの本やメディアに触れることで、視野や興味が広がりました。外出が出来なくて楽しみがないと思っていたけど、ご飯を食べる楽しさを再確認できました。(体重は自粛前から6㎏増えました)友達とはなかなか会えなくなってしまったけど、その分次に会う時にどこに行こうかと楽しみが増えたし、家族とは今まで1番いろんな話をたくさんしたと思います。こう考えると私は『コロナ禍の被害者』の1人ではなく、不謹慎にも聞こえますが『コロナ禍を充実させることができた』1人として胸を張れるのではないのでしょうか。 緊急事態には誰しもが自分自身のことを被害者だと思い感情的になってしまいますが、それでは本当の問題は見えてこないし解決策も出てきません。だからこそ、緊急時には一度立ち止まって冷静になることが最優先にすべきなのだと思います。

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私は、感染対策の基盤としてのシミュレーションの中では、ニュースでよくみる疫学的接近の観点で意識することは多かったが、文学的接近といった観点では考えたことがなかった。今回の授業で文学的接近により、とても想像力が鍛えられると感じた。そこで私は、自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問う、カミュの代表作である「ペスト」を読んでみた。舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。ペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく一方で、オラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。今回新型コロナウイルスの影響で、日本においても海外からの入国や、日本からの出国を制限していたあたり、共通点を感じた。医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者、といった圧倒的な絶望状況の中、それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々がいた。現在日本では緊急事態宣言が再度出された。確かに、前回初めて緊急事態宣言が出された際には大幅に感染者数は減少した。しかし、解除後はまた増え続け、ついに現在過去最多を日に日に更新してしまっている。緊急事態宣言によるマイナスな経済効果の大きさを、経営者である父の姿を見てとても感じる。しかし、昔と同じように、現在においてもその絶望の中で諦めず戦い続けている人がいる。私は、過去においても現在においても、いったい彼らを支えたものとは何だったのか?と疑問に思った。そのような疑問が生まれたことや、想像力の大切さを痛感したことから、今回の授業のテーマでは、文学的接近ということに注目した。私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。その中で私たち人間は、「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを想像力を働かせて考えなければならないと思う。

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私が本日行われた講義で1番注目をし興味を持ったトピックスは「メディア論的接近」でした。なぜなら講義でもお話しされていたようにコロナウイルスのニュースを約1年間ずっと見てきて思うことがあったからです。私達はメディアの言うことは正しいと言う先入観がすごく強く植え付けられていると感じます。そのためにメディアで流されたことを非常に敏感に察知しその内容にすごく左右されます。自分にとっては未知の世界であってもメディアを通して知ることであたかも自分の体験のように、自分もそばで見ていたかの様に知ったふりをして発言することが多いと感じます。今回のコロナウイルスも最初はメディアで大袈裟に人数や症状を見てこのウイルスはやばいものだ、自粛しなくてはという思考が強く着き自粛を行なったと思います。しかしこのメディア論的接近はやりすぎると逆に馴染み過ぎてどうでも良くなってしまうと強く思います。コロナウイルスも半年間毎日感染者の話やどんなウイルスかの話をされれば人間は逆にもういいよ、となってしまいます。メディアが説明をし過ぎた為にもういいや感染者がいることが当たり前という認識になったことが自粛ムードが減った要因の一部であると私は考えています。メディア論的接近は非常に難しくいい塩梅でしていかなければならないと注目して思いました。

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わたしが注目したことは、コロナが人類に何をもたらすのかについてです。講義において、ペストが取り上げられていましたが、歴史の中でペストは感染症として扱いますが、それだけではなく宗教革命の引き金になった事でも紹介されます。ペストが宗教革命の引き金になったなら、コロナは私達人類に何をもたらすのでしょうか。 私は地方シフトのチャンスになったのではないかと感じました。在宅ワークやオンライン授業などが始まったことで出勤しなくとも、登校しなくとも仕事や授業に取り組む事ができるとわかり、実際に本社は都会に無くても良いことから地方に移転させた企業もある。長年、世界のメガトレンドの一つとして「都市化」がありましたが、新型コロナウイルスはこの流れに疑問を投げかけているのではないでしょうか。「都市化」は資本の集中投下による経済発展の恩恵は多いものの、「狭い住環境、混雑する通勤」、災害発生時の政治経済の事業継続性(BCP)のリスクなど多くの負の面もあり、何よりもう一つのメガトレンドの「高齢化社会」にやさしい自然環境ではありません。直下型大地震のリスクが取り沙汰される首都圏を脱出するチャンスでもあります。首都移転は、長い間議論されているが進展が見えません。首都移転ではなく、機能分散でよいではないかと思います。ドイツでは、国家機関が首都に集中せずに地方都市に分散していましたが、国家として機能し発展してきました。国家機関も企業も分散する良い機会と考える必要があるとおもいます。

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私が本日のテーマで注目したことは、感染症について書かれた本の分類的な要素でかなり多く分かれていたため話を聞いている中では印象に残っています。一つは文学的接近でペストという本やそのほかにも小説という形で感染に関する内容で描かれています。次に人類史的接近でここ近年パンデミックが起きており多くの方が一歩引いて客観的に感染症について書かれており歴史として残しておくために書かれているようなイメージを自分は感じます。またウイルス学的接近では、ウイルスは細菌とは違い、単体で存在できてかつ無生物という扱いで何かの生物に寄生することで生き物のように扱われる特別な存在というウイルスといったことが書かれており自らの学びにもつながるなと感じます。ほかにも、感染症対策への反省的接近というのもあります。鳥インフルエンザ等の家畜たちの感染症の事例でのことが述べられていたり、今回のコロナウイルスの感染症に対することも述べられている。以上のように今までも感染症というものはたくさん起きておりたくさんの分類をされながら本によって記録されていることでその先の将来に起きた感染症の対策などにつながるのではないかと思っていたが今回の新型コロナウイルスの場合にはいかされているのか、またその今までの事例よりもはるかに想像を超えるような脅威であったのかということも考えるようなきっかけになったので今回は感染症の本の話に注目した。

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私は、メディア論的接近が今回のテーマの中で注目をしました。マスメディアは新聞やテレビなどの形で存在しており、近年急速に普及したインターネットもマスメディアの一つです。私たちの知っている情報のほとんどがメディアからのものです。ですが、その情報のすべてが正しいというわけではありません。間違った情報もたくさん流れています。自分たちで正しいか正しくないか判断をします。大衆を煽る報道というものがあります。これはマスメディアは総合批判型ではなく個別批判型に偏向しているということです。例えば性犯罪などの教師の不祥事やいじめ自殺が起こった際の学校現場は集中砲火的に批判はするが、その背景にある教師の過労死寸前の勤務状態や日教組による締め付けや教師同士のいじめについてはほとんど報じられる事はありません。私が一つ思うことは、マスメディアが間違ったことを発信しても謝らないのはなぜなのか気になりました。間違って報道したことにより、たくさんの人に責められ、家族も責められひどい思いをした人もいると思います。もう一つ気になることは、若い男女の心中、強盗殺人事件などを取り上げ、悲劇のストーリー性を強調したり、犯行の残忍な描写をすることです。こうして、読者の興味を惹きつけていることです。事件報道の与える社会的影響を考慮することは、すべてが売上アップのために犠牲にされていきました。

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私が本日のテーマについて注目したことは、IHMEの予測をどう読めば良いかということでの専門家ばかについてのテーマです。その理由は、三度目であるパンデミックであり、専門性の知識が問われます。今は専門家の時代であり、その中でも狭い専門家だと授業で聞きました。専門家について、授業で話を聞く前までは、良いイメージしかなかったからです。なので、自己意識が職業的専門性で作られていることから、はずれたことについて謙虚になれず壁を作ってしまう、話を聞かない、馬鹿にしてしまうという事実はとても驚きました。やはり、専門性を高めると「自分が一番だ」と感じてしまうのではないかと、授業を聞いて感じました。確かにテレビでよく見る専門家は、誰一人自信がなさそうな感じで喋っている人は見たことありませんでした。壁を取り払うためには、教養だったり、リベラルアーツだと言うことも学びになりました。自分は専門家ではないが、詳しい話ができる、議論ができる、質問ができる人がいるということは、専門家の悪い部分を取り除けることだと知れました。これらの話を聞いて、専門性を深く高めるだけでなく、幅広く知識をたくわえることが今の時代にはとても重要なのだと考えました。今は、コロナについてどうしていくかなど、たくさんの人が知識を得ることによって様々な議論ができるため、自分も何か知識を入れるときは、幅広く勉強していこうと思いました。

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わたしはウイルス学的接近に注目しました。ウイルスの感染能力の安定性について調べました。飛沫感染は2m離れると感染しないとされています。オープンエアでは、2mまで到達する前に、種々の大きさのエアロゾルは乾燥します。60~100μmの大きな粒子でさえ、乾燥して飛沫核になり、インフルエンザウイルスを含む多くのウイルスは乾燥して感染性を失います。したがって、コロナウイルスはインフルエンザ同様、エアロゾルが乾燥する距離である2m離れたら感染しないと思われます。しかし、湿気のある密室では空中に浮遊するエアロゾル中のウイルスは乾燥を免れるため、驚くことに、秒単位から1分ではなく、数分から30分程度、感染性を保持します。インフルエンザウイルスの感染能力は、点鼻による鼻腔への感染では、127~320TCID50で、それに比べてエアロゾルでは0.6~3TCID50と約100分の1のウイルス力価で感染します。5~10μmのエアロゾルは30mの落下に17~62分を要し、沈着部位は鼻腔や上気道です。一方、2~3μmは落下せず、吸入時には肺胞に達します。このように、エアロゾルは大きさによって上気道や肺胞の標的細胞に達します。インフルエンザウイルスでは、通常の呼気の87%を占める1μmのエアロゾルも感染性を有し気道で感染します。注意すべき点は、湿気の高い密室では2m離れていても、くしゃみや咳だけでなく、呼気に含まれる1μm程度のエアロゾルさえ感染性を保持して浮遊し、吸気によって上気道または下気道で感染するということです。感染方法は様々にあり、今後もわたしたちは予防対策をしっかりして不要不急の外出を避け、日常を送らなければなと思いました。

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今日のテーマで、権力を持たないと動かせないということに注目しました。それはその通りであると思い、何も力を持っていない人が何を言ったところで動かせるのは、その人と親しい人しか動かせないと思いました。最近、映画「記憶にございません」を見た時に、記憶をなくした総理大臣が総理を務めるというものでしたが、権力を持っているから様々なことが可能になるのだと感じました。今、日本の感染者数が増えてきた中で、国が様々な政策を行っていますが、コロナを抑え込むことに一時は成功したように思えました。しかし、その後感染が拡大していきました。そのため、結果的に失敗したかのように思えました。なので、そうしたことを踏まえながらまた対策を練ってほしいですが、緊急事態宣言が発令された後、感染者数は相変わらず増加傾向にあり、思い切った政策を打ち出さなくてはならない状況にあるのかもしれないと感じました。また、被害者意識を持っているだけではなく、今自分にできることを探すというところにも注目しました。確かに、今の状況下でかなり最悪な環境に私たちは置かれています。そして、これから就活を行う人、受験勉強を行う人等々重要な決定をしなければいけない時期が来ている私を含めた人はコロナ前だったら、といい時との比較をどうしてもします。しかし、していても以前のような生活は今はないわけで、状況も変化している中で、今自分にできることは何かを探していかなければならないし、早め早めの行動を心掛けなくてはいけないと感じます。そのため、今を生きている良い面でいえば、早め早めの行動ができる人が増えてくるのではないかということもあると感じました。

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今日のテーマで私が注目したのはコロナウイルスによる死者数の増加です。現在日本国内でもかなりの重症者数を伴い死者が急増しているわけですが、こういった増減を左右するのは国内の経済活動という部分が大きく占めているというのをひしひしと感じるようになりました。直近にあった出来事で言うとgo toキャンペーンです。これは日本の経済を回復させるために取った措置であるわけですが、実際問題このタイミングでやる事だったのかというのはかなり疑問に思いました。案の定誰もが予測出来ていたように新型コロナウイルス感染者数は急増しとてつもない混乱を引き起こしてしまったわけですが、短期間で経済回復の結果を見出そうとしたがために更に悪化させてしまうという負のジレンマに陥ってるようには思えないでしょうか。急がば回れという言葉がありますが、私たちはそんな言葉の過ちをそのまま行ってしまったというように感じます。日本の大臣もかなり大きな選択を迫られる状況に陥ってるわけですが、国民の安全と命の保証をしっかりと守れるような最善の策を取るべきだったと私は感じました。今現在新型コロナウイルス感染者が増え続けている中、これからどのようにして対策を取っていけるのかというのがポイントになってくると感じました。

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私は今回の講義で「議論を開いて応用倫理的実践へ」というテーマが印象に残りました。自分のためではなく社会や公共のために実践するというのは現代に必要なことだと思ったからです。私たち学生はコロナウイルスに感染しても無症状であることが多く、たくさんの方に広めてしまう可能性があります。こうした行動で多くの人の生活が脅かされているということを理解し、より効果的な感染予防の新たなルールを作り、実践していくことが大切だと思います。どうしてそのルールになったのか知ることで、より多くの人の自粛につなげることができる可能性がある、と先生はおっしゃっていました。外出自粛という結果だけ知るのでは、行動に移せない(外出してしまう)ことがあるため、その過程である議論も知るべきだと理解しました。情報共有するという観点から考えると、どんな議論においても、結果だけではなく、過程も知るべきであるといえます。内容を深くまで理解することで、新しい決まりやルールが、自分の中で納得できる形に変化し、行動に移せるようになるからです。私もアルバイトにおいてどうしてこんなルールができたのか、よくわからない変更があったときに、どういう工程を通してその結論になったのか、聞くことで理解を深めることができた経験があります。だからどんな場面においても同様のことが言えると感じました。最後に今回のコロナウイルスの様々な問題は自分主体で考えるべきではなく、社会全体を通して客観的に物事を考えていくことで応用倫理的実践になると考えました。

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今回の授業で注目したのはコロナウイルスの感染者のピークの予想についてです。感染対策をしていたとしても感染者は増える一方だと予想されていて、それが2月、3月に1番ピークが訪れると示されていて、コロナウイルスが発生してから1年経った今でもまだ感染者は減るどころか増えていっている事にとても不安になるし、その表が現在の状況と当てはまっていることからそういった事態になることは考えられるのではないかと思います。テレビなどで情報集めるだけではなく、国が調査を行なっている様なものもネットに記載されていることが分かったのでこれからは気になったら調べることも必要だと感じます。日本はマスクをしている人が多いという結果が出ていたが、それなのに感染が増えてしまっているということは、一人一人の行動が感染を増やしているのではないかと考えます。もうこれ以上コロナウイルスの影響が出ないことを望んでるし、こういった時期だからこそそういう国の情報は頼りになっているのです。自分自身今年就活があるからこそ凄い不安になるし、コロナウイルスというのは無意識であっても毎日注目せざる得ないと思います。また、そういった予想状況などをニュースなどで情報提供することによって意識は変わると思うし、とても必要なことなんだと私は思います。

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私は今回の講義の中で興味を持ったテーマは感染対策の基盤としてのシミュレーションの情報学的接近とメディア論的接近です。今回の新型コロナウイルスでニュースなどではデータを可視化して伝えていることをよく目にします。これはビッグデータやデータベースを用いて情報を集め、今後の動きはどのようになっていくのか、そのためにどのようにしたら感染者数を抑えることができるのかを考える手段です。情報が大量になっている時代で何を信じれば良いのかを混乱させるというデメリットもあります。こうした情報を様々なメディアで発信しています。しかし、私の周りの人たちはテレビ離れをしてニュースを見ずにメディア発信しているコンテンツに触れる機会が少ない印象を受けます。重要なことを発信しても、国民に届いていなければ意味がなく、そのためにはSNSや若者にも目に留まるメディア発信をしてかなければならないのだと思います。私は現在メディア関係でアルバイトをしていてメディア業界に興味を持っているため、新型コロナウイルスによって今後の業界がどのように変化していくのか楽しみに見ていきたいと思います。また、IT化がコロナの影響でよってより発展したが、落ち着いた時にテレワークや今よりもっとIT化を勧めている動きになっているのも楽しみに見たいと思います。

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コロナ対策の1つとして「コロナ感染予測」が存在していることも知っていました。今やスマートフォンのアプリケーションでは、人口密度や天気などを複合し予想し、コロナ感染予測をしているものもあります。しかし、それでもコロナ感染は今や都内では1日ごとに2000人近く増えています。ここで私が気になったのは、果たして感染予防として「コロナ感染予測」が必要なのか、ということです。仮にこのアプリケーションがなくても感染力は今と変わらないでしょう。また、この人口密度や天気などを複合し考え予測したものを使っている人をあまり見かけたことがありません。これではこのアプリケーションの意味がないのではないかと私は考えました。私が思うには、やはりコロナは予測などでは感染を止められないという悲しい事実です。もちろん、正確なデータを見たわけではないのでこれが事実という確証はありません。しかし、ニュースなどでも報道していますが新規コロナ感染者は続々と増えています。コロナ感染を防ぐには、全員はマスクをし、できるだけ家で過ごすことではないのかと私は考えました。以上のように私はコロナ感染予測は必要ないのでは、と言いましたが、これがもっと厳格に、また人口密度ではなく、感染者がどこに多いのかなど詳しい情報が見れるのであれば、私はコロナ感染予測はいい案だと思いました。

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私が一番注目したテーマはワシントン大学ののIHME(保健指標評価研究所)が出した新型コロナウイルス感染症の予測です。理由は単純に、それが不確実な予測であってそれを保証できるものが何もないために人々の捉えようによっては誤解されやすいと思ったからです。この予測は良い意味で言うと、例えば上昇していく予測なのでしたらとても有効だと思います。政府を含め国民はその予測を見て予測があっていたのが間違っていたのかはともかく「もっと自分自身しっかりと対策しなければ」と少なからず思うかもしれません。また国はよりしっかりとした実現性のある国民の理解度の高い対策を提示し実行することで少しでも感染拡大を押されられると判断する一つの材料だと思います。 しかしながらそれが減少傾向にある予測の場合には、その考え方は逆転してしまうと思います。あくまで予測の範囲に過ぎないグラフを鵜呑みにしてしまう人がいて、「減少傾向にあるからもう安心」と勘違いをしてしまう人が出てしまうからです。 ここで問題であると思ったのは、なぜそのような未来予測線のグラフへと辿り着いたのかであります。新型コロナウイルスのワクチンがまだ出来てもいないのになぜ予測など出来るのでしょうか? 確実的なものががほとんどないままそのような未来予測を作成してしまうのは、見る人によってはとても誤解されやすいです。 おそらくそのグラフも僕の知り得ない何か重要な証拠を基に作成されたことであるのは分かりますが、個人的に意見ではワクチンが完成して効果があると実証されなければその先の見通しは立たないと思います。 なので予測を立てるのであれば、極端に言うと最善時と最悪の時の予測は入れておくと良いのかもしれません。

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私が注目したことは、このコロナの状況のなかにおいて、想像力と考える力が必要だということである。なぜここに注目したかというと、私は大学で部活動に励んでいるが、この活動を通して、想像力、考える力が必要であることを目の当たりにしたからだ。大学では授業はオンラインになり、できる限りの対応はできている、補えていると思う。しかし、部活動は対面しないとできないものである。大学において最も思い通りにいかない分野の1つであると思う。しかし、私たちは今後について想像し、感染対策をした上で活動に踏み切り、1人も感染者や濃厚接触者を出さず、「今できることをやる」ことで事を前に進めてきた。大会が無くなったり、延期になったりと想像していなかったことも起きたが、もしあったとしても私たちの対応は早かったため、試合にも望めたと思う。その結果延期になった大会では國學院のみんなは強くなってると言ってもらえるような、全員が力を発揮できた。私はもう最高学年になる。そこで必要とされるのが想像力と考える力である。思ったよりこの世界では想像以上なことが起きる。人間の想像には限界があるが、私は特にその2つが苦手である。この講義の中でも言っていた通り、想像したうえでどんどんアイディアを出し、考えることができるのだから、行動にし、発信していかなければならないと思う。あらゆるメディアから情報をとりいれ、常にその先、それに対する意見を持つようにし、できる範囲で考え、行動していきたい。感情的になるのではなく、科学的な思考ができるくらい、情報を仕入れ、判断していけるようになりたい。これからの未来をつくるのは私たちなのだという事をこのコロナの影響を受けてさらに強く感じた。

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私が今回の授業で気になった所は、文学的接近という所です。小説や映画においてしばしば登場するシュチュエーションに感染症の大流行というものがあります。授業で取り上げられていたのはカミュのペストという話です。これは、フランスの作家アルベール・カミュが1947年に発表した長編小説で、古来より何度も世界的大流行を起こした致死率の高い感染症であるペストの猛威にさらされたフランス領アルジェリアの港町オランが舞台です。感染拡大を防ぐため外界から完全に遮断された都市で、ペスト菌という見えない敵と戦う医師リウーやその友人タルーらの群像劇を通して、不条理に直面した時に示される、人間の様々な行動を描いています。 このペストは今から70年近く前に書かれたものですが、小説で描かれた世界と現在のコロナ禍の世界に、多くの共通点を見出すことができます。小説では現代社会と同じように経済最優先の市民生活が営まれ、疫病が広がる中でも政府はこのペストが及ぼす影響ばかりを議論します。そして結局、行政はペストという病名すら認めず、何ら有効な対策を打ち出すことができないうちに、オランでは死者の数がうなぎのぼりに上昇していきます。これと同じような状況下に置かれている現在の日本ないしは世界において、この物語と同じ結末を辿らないためには経済より人命を優先する政府の行動が求められるのではないでしょうか。

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パンデミックの考えた方ということで、私が注目した感染症は新型コロナウイルスです。中国が新型コロナウイルスの発端とされており、日本でも2020年から流行しだし、今でも猛威を奮っています。世界でも大きな問題とされており、毎日感染者の情報のニュースを目にしていました。私は毎日似たようなニュースをほぼ1年間見続けるという経験は生まれて初めてだったため、今でも衝撃を受けています。私が生まれる前にはインフルエンザでパンデミックが起こったということを聞きました。これも似たようなものだったのかと考えるととても恐ろしいです。現在、感染者の増加傾向はまだ収まっておらず歯止めが効かない状態になっています。その中で病床がほぼ満室になってきている都道府県もあるため、そこがとても心配です。また医療従事者の方も、自分が感染するかもしれないというリスクを背負った中で毎日働いてくれています。そのために国や国民が一致団結して、いち早く抑制しなければなりません。しかしニュースを見ていると夜遅くまで飲み歩いたり、大人数での会食をしたりとまだまだ全員に意識が伝わっていません。緊急事態宣言を発令するタイミング等が非常に大切になってくると感じました。世界でもまだ感染者が増え続けているため、これからどうやって感染者を抑制させていくのか国の動きに注目したいです。

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私が今回の授業の内容から注目したのはコロナウイルス拡大による緊急事態宣言発令の経済への影響と、その影響の対策についての話です。年末年始で急速に増えるコロナウイルスの感染者数を受け、年明けの1月8日に1都3県に緊急事態宣言が2月7日までを目途に発令されました。しかし、感染者数は一向に減らず、1月13日に7府県を対象に緊急事態宣言が追加で発令されました。私はこの緊急事態宣言に疑問を感じています。緊急事態宣言は発令されましたが、具体的に制限をかけられているのは飲食店などの営業時間を8時までに短縮してもらう、お願いであり、強制力にかけています。また、リモートワークをしてもらうのも企業の努力であり、企業の協力が得られなければ意味がありません。そんな状態で1か月緊急事態宣言を出しても、人の流れはほとんど変化しませんし、経済に打撃を与えているだけに思われます。また、8時までの営業時間にすることに意味があるのか私は疑問に思います。密にならないようにしなければいけないのに、営業時間を短縮したら客の密度が増えるのではないかと思うからです。 このような緩い制限をかけるぐらいだったら、私は海外のように1週間など短い期間を決めて、完全に外出禁止にするべきだと思います。(一部職業は除かなくてはいけないと思います。警察、医者、消防など。)日本の法制度では難しいことなのはわかっているのですが、今のような緩い制限では本当に医療崩壊が近いうちに起きてしまうと思います。今後のコロナウイルスの情勢には気を配りたいと思います。

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私が今回の授業を受けて注目した点は転回のためのテーゼの項目です。まだ収束が見えないコロナの時代において、どのように向き合っていくことが正しいことか考えることがwithコロナの時代において必要なスキルであると感じました。その中においても「感情的反発ではなく科学的思考を」の部分や「メディアを信じろ。信じて使え。」という部分は考えるべき点であると感じます。2回目の緊急事態宣言が発出されましたが、以前より人の流れは減っていないと感じます。主に我々のような若い人は重症化しないからなどという点から若い人々はあまり深刻に考えず街を出歩いているのではないかと思います。1回目の緊急事態宣言のときは我慢できるほどのゆとりがまだあったのではないかと思いますが、2回目となると「また我慢しなければいけないのか、重症化しないしまぁいいか」と感情で動いてしまってる人がいるのではないかと思います。しかし感染が拡がっているという事実の中でやはりコロナを拡げているのは若い人の行動であるのは間違いなので感情的に動くのではなく科学的に考えるべきと思いました。そして接触ができない今はもっとメディアを活用するべきだと思います。公的手続きであったりも、もっとオンラインでできるようになれば必要でない人との接触を減らすこともできると思います。人との関わりは何事も接触しなければできないわけではないのでコロナ時代においてはSNSやZoomなどのオンライン会議をいまよりももっと活用するべきであると感じました。

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本日のテーマについて、私が注目したことは、「インフォデミック」です。なぜ注目したかというと、つい最近でもこの「インフォデミック」という言葉は知らない状況でも、実際に起こっていたと知ったからです。 現在、世界中で蔓延し続けている新型コロナウイルスに関する情報は、拡散しやすく、「インフォデミック」の恐れがあるといいます。それでは、「インフォデミック」とはどのような状態を指すのでしょうか。 「インフォデミック」とは、ネットで噂やデマも含めて大量の情報が氾濫し、現実社会に影響を及ぼす現象のことです。新型コロナウイルスのような感染症の流行の際、出所不明の情報が広がりやすく、世界保健機関(WHO)も科学的に根拠のない情報を信じないよう、公式サイトで注意を呼び掛けています。 ツイッターやインスタグラムなどのSNSが世界中に浸透したことにより、過去より情報が拡散しやすくなっています。例えば、SNSによるデマの投稿が発端で、日本各地のドラックストアやスーパーで、トイレットペーパーの買い占めが起きました。ここで怖いのは、デマの投稿よりも、そのデマを否定した情報の方が拡散し、その結果、トイレットペーパーの買い占めを招いた可能性がある、という指摘です。デマを否定した投稿者は、正しい情報を広めたいという考えでも、その考えに反して、投稿を見た人は品不足を連想して、行動を起こす可能性もあるのです。

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本日の講義の中で、私が最も注目したテーマは、ワシントン大学の保健指数評価研究所(IHME)が予測している「感染予測座標」です。私がこのテーマに注目した理由としては、コンピューターが科学的根拠や最新のデータを用いて、現在猛威を振るっているコロナウイルスによる感染者の数や累計の死者数といった数値を導き出しているためです。特に、現在の日本においては、人間の言葉や専門家の知識がよく取り上げられ、感染症対策が行われている傾向にありますが、変異種ウイルスの出現やコロナウイルスによる医療崩壊の危機など、さまざまな問題が起こっている以上、今後は人間の想像力や計算能力だけで、感染予測をしていくということは厳しく、専門家の言葉だけを頼りきることは危険があるように私は感じました。今回の講義で学んだ「感染予測座標」のように、コンピューターが導き出した情報だけを信じ込めという必要はないかもしれませんが、ある程度の参考値として活用して、対策を講じていくことはできると思います。コロナウイルスによって、深刻な問題を抱えている状況だからこそ、今後、自分自身の身を守っていくためには、さまざまな視点から知恵や情報を収集していき、幅広い知識を活用していくことが必要であると私は思います。

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私が注目したことは、IHMEの予測についてです。IHMEの予測によると、日本でのコロナによる死者数はこの先増大するとされています。現在までの死者数を見ると、なだらかな増加傾向となっています。しかし、2月中旬を境に大幅な増加傾向が予測されています。では一体なぜそのような事態に陥ると予測されているのでしょうか。私が考える1つの原因には、現在の緊急事態宣言の機能不足によるものです。第一回目の緊急事態宣言と比較すると、今回の方は規制が緩いです。これによってコロナをある程度封じ込めることができなければ、緊急事態宣言が明けた後にコロナ感染者が増えてしまうのは考えやすいことです。そして現在よりもさらに医療体制が逼迫し、更なる犠牲者を増やしてしまう恐れがあります。しかし、こうなることが予測できるからこそ対策を打てるのだと考えます。現在のままだとその未来になってしまう。そうならないためにIHMEが教えてくれているのだと思います。未来を予測できるからこそ強力な対策を打つことができるのです。その分経済は悪い方向に向かってしまうとは思いますが、人の命が最優先です。 したがって、IHMEの予測を理解しながら今後のコロナ対策に取り組むべきだと考えます。

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今世界中で、本当か嘘か分からない、人々を惑わす情報が溢れている。特に新型コロナによって多くの場所でいまだ影響を受ける中、その深刻度は増している。 例えばイランでは、高濃度アルコールの摂取が新型コロナの治療に効果があるというフェイクニュースが広がり、信じてメタノールを飲んだ人のうち、700人以上が死亡。インドではSNSの偽情報を信じた多くの人々がウシの尿を飲んだり、糞の風呂に入った。また、スペインでは陰謀論者や自由論者、ワクチン反対者などが「ウイルスは存在しない」「マスクは命取りになる」「われわれは恐れない」などと書かれたカードを掲げてストライキに参加、こういった行動も根拠のない情報の拡散を拡大させる一つである。 日本においても、テレビやネットなどで「○○に効果がある」と流された情報を鵜呑みにし、特定の商品を買い占める現象が頻繁に起こっている。例えば、「納豆が体に良い」という情報がひとたび流れると、翌日にはスーパーから納豆が消え、トイレットペーパーが品薄だとSNSで誰かが言い出せば、店に駆け込む。同様に、うがい薬などほかの商品についても、根拠のない情報による買い占めが多く起こっている。

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私が注目したテーマは直近の感染予測で感染対策の基盤としてのシミレーションです。その中でも一番は文学的接近です。ペストで原因としてはネズミ、イヌ、ネコなどから伝染し、ノミが媒介してヒトに伝染します。ペストは元々はネズミに流行した病気でなので、まずネズミなどの間に流行が見られた後に、イヌ、ネコ、ノミなどを介して、ヒトに伝染して人間社会で感染が拡大しました。文学的想像力はシミュレーションと同じ力を持っているのでそこで想像しなくてはなりません。次に人類史的、歴史的接近では具体例を挙げるとスペイン風邪などと言った過去の事例で先程述べた文学的接近に似てるように見えるが人類の今まで生きてきた中での出来事なのでこれとは全く別物であります。次に経済学的接近では今の現状は新型コロナウイルスの影響で経済は大きな大ダメージを受けています。この中で経済の復興を目指して行われたキャンペーンがgo to キャンペーンであります。このキャンペーンは日本国内における観光などの需要を喚起して、2020年に起きた新型コロナウイルス感染症の流行と、その流行による緊急事態宣言に伴う外出自粛と休業要請で疲弊した景気・経済を再興させることを目的としている経済活動であります。ですが、国民の意見としてはコロナウイルスが消息してからこのキャンペーンをやるべきだったなどの意見もあり、私も未だに増え続いているのにこのキャンペーンやるかが理解ができませんでした。最後に政治学的接近にはウイルスの影響で権力などが明らかに出てきてしまい、これからももし大災害が有りやるので対策をしなくてはなりません。

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私が今回の授業で注目したものは感染症に対してのアプローチの人文学的接近です。特に歴史的接近と文学的接近について注目しました。感染症に対しては当然科学的なアプローチは不可欠です。そして人類には歴史という形で過去に脅威となった感染症に対してどのように振舞ってきたかという膨大な経験があります。科学的なアプローチに歴史的なアプローチを加えることでより性格に感染症に対する対策を講じることができるのではないのではないでしょうか。しかし科学的に対策を講じることができても市民、国民が全員科学的思考を十分に行うことができ、それに則り対策を講じることができるとは限らないと思います。そこで文学的接近の感情で、せめて向く方向だけでも統一することができるのではないかと思いました。過去に起きた感染症をテーマにした文学作品等では少なからず筆者の主観が入り混んでいます。また場合によってが詳細で生々しい描写もあります。このようなもので危機感が芽生えることで対策に興味が湧き、科学的思考にも興味を持ってもらうように誘導することがもしかしたらできるのではないかと思いました。希望的な意見にしか過ぎませんが、いくつかのアプローチで誘導するといったことは必要でその手段として歴史的及び文学的接近は有効ではないのでしょうか。

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私は、「感情的反発ではなく、科学的思考を」ということに注目をしました。理由は、新型コロナウィルスに対して感情的反発をしている人がいると感じているからです。また、自分は科学的思考をしていると勘違いをしている人もいるからです。私は、新型コロナウィルスの対策を全員がする必要があるのは、感染を拡大させないためだと考えます。私は県外で家族と住んでいます。バイト先は都内であり、社長はマスクをしていません。したがって自分はもちろん、家族に感染させないためにもテレワークにしたいと社長に頼んだところ「感染しても死なないから来たほうがいい。」と言われました。このような発言をされ大変驚きました。社長が言うには、致死率や重症化する確率は低い、もっとコロナウイルスについて調べた方がいいとのことでした。「自分は科学的根拠を踏まえて言っている。」と言われました。しかしこれは本当に科学的思考なのでしょうか。私は大事なことが抜けていると考えます。1番気にするべき、科学的な数字は感染力だと考えます。たしかに、重症化したり致死率が高いのは高齢者や肺や気管に持病を持っている人です。実際感染しても自覚症状がない人もいます。しかし、自分が感染していたら他の誰かの二週間という貴重な時間を奪ってしまうのです。二週間という時間は非常に大きいと考えます。例えば私が感染してしまったら、会社の人や家族など全員の生活を止めてしまいます。その自覚を持っていない大人が多いと感じました。科学的数字は使いようによっては自分の感情的思考に根拠を与えてしまいます。この点に注意して、今一度、科学的思考で判断しなければいけないと思いました。

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今回の授業内で触れた感染予想について注目していきたいと思います。感染予想サイトなどがある事は授業以前から認知はしていました。最初に認知したきっかけは家族内での話からでした。Googleの感染予想がかなり当たっている。精度が高い。そう聞きすぐに調べてみました。その時は初めて東京都の感染者数が2000人を超えた時で、グラフを見てみるとまだまだこれから増えていく始まりに過ぎない予想をしていました。正直ゾッとしました。二度目の緊急事態宣言が発令されましたが緊張感がない事は感じていました。日々の感染者の増加も感覚が麻痺してきていて恐怖を感じなくなっていました。感染が始まった頃は未来を想像して恐怖していましたが、だんだんと日常に溶け込んでいった事でこれまでの情報と今日の情報を比べて、一喜一憂。未来を想像しなくなっていたと感じました。感染予測のグラフを見た時、それに気づきはっとしました。とある医師がTVに出ていたのを見た時、キャスターに「今日の感染者、昨日より増えますかね?」と聞かれたのに対して「減る理由が無い。」と回答していました。今が1番緊張感を持って感染を抑制しなければならないのにそれがないんです。そういった緊張感を復活させるためにも感染予想のグラフはもっと取り上げられるべきデータであり、未来を意識した行動を取らせるためにも今最も必要なデータだと感じました。

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コロナウイルスは人類に歴史に残る変化をもたらしました。私にとって影響が大きかったことは部活動の大会の中止でした。オリンピックが延期になったことや過去50年近く連続で開催されているインターハイが中止になったことはスポーツをやっている身としては残念に思いました。私はコロナウイルスは国内外において人の流れを滞らせる歴史的な事象であるとかんがえます。人の流れが少なくなることによって経済に大きな影響を与えました。先程挙げたスポーツの大会が中止になると、選手や観客がその地域に行かなくなります。すると、大会の参加費、入場費やその地域の宿泊業などの得られるはずだった収益を得ることが出来なくなります。スポーツ以外にもコンサートや観光、飲食などの人が集まることを目的としているものは収益が得られなくなりました。情報技術の進化により、無観客でオンラインLIVEが行われるようになりましたが、生で見るものと比べて物足りなく感じます。生で見ることを可能にするには、医学の進化によってコロナウイルスを脅威でないものにするか、情報技術の進化によってバーチャル空間に自らが入り込めるようになるかなど、現在よりも飛躍的進歩を遂げる必要があると考えます。

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私はインフォデミックの部分に注目しました。なぜなら、この今の状況において間違った情報が正しく扱われたり、優先するべき情報が、そうでない情報に比べて取り上げられてなかったり、情報の善悪が分かってない上に拡散されてしまうということにもっと危機感を覚えるべきだなと感じたからです。例えばですが、最近、浅草寺で撮影された写真で、とても人々が多くて密になっている写真がありました。一見、浅草寺に来てる人々には自粛してない、対策してない危機感がなさすぎると批判がいきがちですが、実はこれは望遠レンズで撮った写真で、近いアングルと遠いアングルが重なって人々が重なっているように見えてるだけなのです。これが密に見えてしまい、とある政治家がTwitterでこの写真を拡散し、批判していたことがありました。まさにこれはインフォデミックで、間違っている情報を正しいものとして操作ができてしまうようになっているのです。ましてやこれがコロナウイルスと関連していると人々のヘイトが一気に集中してしまいます。一つの情報が簡単に生み出せ、だれでも加工できるようになったからこそ、ウイルスのように、間違って伝染してしまうことはあってはならないのです。

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私は今回の講義の中で特に「言説政治」という言葉に関心を抱きました。なぜならば、現在のコロナウィルスの影響下において緊急事態宣言や東京アラートといった政治が発信した言葉が強い影響力を発揮していたことを実感したためです。しかし、そういった言葉の影響力は国民の政府に対する信頼や発信した回数などのさまざまな要因で減衰してしまうものであると感じました。実際に、去年行われた1回目の緊急事態宣言では、テレワークの普及や外出する人々の数がかなり減少したなど強い影響が見られましたが、現在実施されている2回目の緊急事態宣言では、宣言自体の内容や規模が前回のものから変化しているとはいえ、ニュースや新聞などで人々の外出量が前回よりも減っていないことや営業時間短縮の要請を守っていない飲食店があるなどの報道が多々見られたことからその影響力が弱まっているのではないかと感じました。そのことから今回授業を聞いて私は、政府が発信する言葉の影響力とさまざまな要因の関係について興味を持ちました。私の中でこのような新しい疑問を抱いたため、今回の講義の中でも特に「言説政治」について関心を持ちました。

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 今回の授業で私が注目した考え方が、感情的反発でなく科学的思考をするということです。その理由に昨今のコロナウイルスの政府の対応と国民の反応について興味を持っており、この考え方を国民の多くがすることで世間のコロナウイルスを見る目が少し変わるのかなと思ったからです。今回のコロナウイルスの影響で人間の出してはいけない感情的反発がいくつも問題に上がりました。世論でも騒がれているように菅政権はコロナウイルス対策面で国民の反発を強く買っており、支持率を大幅に落としています。ですが、政府が言っている事全てに反発していては何も前進しません。だからこそコロナウイルスにどう立ち向かうか考えないといけないのに反発するもの、何も考えないもの、思考するもので国民がばらけてしまったため団結できていません。また、政府の対応への反発だけでなく、日本の血となり戦う者となっている方々にも反発していることも問題です。  例えば、日本の生命線である物流業者への精神的攻撃です。これが感情的反発にあたる理由は、当時政府から県をまたいでの移動は行わないように強く言われていたという背景があり、仕事のためにそれを行っている物流業者が何故か叩かれてしまったというわけです。  今回のコロナウイルスは政府の人間を含む国民全員が科学的思考を持ち、どうすればコロナウイルスを抑えられるかをひたすら追求していくことがこの長いトンネルいち早く抜けるエンジンとなりうるのではないでしょうか。

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私は感染予測というのは私たちには限界があるというのを聞いてなるほどと思いました。確かに分析などはありますが現状のようにコロナが完全に予測できたなら既に収まっていたと私は思いました。これを終わらせるのは完全に人であり機械などに頼るしかないと思います。それでも私たちにはペストなど打ち勝ってきた歴史があるというのもまた事実だと感じました。どのように収めてきたのか、私は生きていなかったし医者でもないので浅はかな知識など語れませんがすごく興味深い事だなと感じています。これを機に調べてみるのもいいなと感じました。医学が毎日進歩していく中で昔の時代で感染を絶ったというのはやはり興味深いので今回書きました。 少し話は変わるかもしれないですが感染を断つのはやはり現実的に厳しいと感じています。そのための機械だしワクチンですが人が流通をいちどたたないと終わらないと感じています。経済システムと比べた時どちらが重要なのか政府の認識が今回わかりました。今後政府がどんな対応をしていくのか、機械や情報がどれだけ私たちに有益に働くのかどのように行動しなければいけないのか。他人事で考えるわけではないのですが、客観的にみて楽しみだなと感じています。

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私が注視したのは、IHMEのデータに関する話でした。 授業中に挙げられた「予測では〇〇万人死者が出るという話だったがそんなことなかったじゃないか。」と言った話はテレビのトークショウの中の話だけではなく実際の身の回りやネット上でもよく見られたた為であり、またこのような感情的反発によって引き起こされる行動は世の中を余計な混乱に巻き込んでしまいかねない為です。 例えばですが、私がTwitterを覗いているときにふと流れてきたツイートに「あれだけ煽っておいて実際の感染被害はずっと少ない、これでは我々は一方的に経済的損失を被っただけだ!」と言ったものがありました。この背景にはこの発言をした方が十分のその予測がどう言ったものであるのか把握できていなかったというものも含まれるでしょうが、感情的反発からこのような事実とズレた発言になってしまったことは確かでしょう。 また、このような感情的反発から来る発言は「どうせコロナでは老い先短い老人しか死なないのだから、若者はどんどん外に出て老人を間引いてしまえ。」と言った過激な発言や「全てはこの騒動で大儲けしようとしている〇〇が黒幕である!」と言った陰謀論へ悪化する場合もあり、科学的思考を身につけ一歩立ち止まって思考と発言をすることが、現在の混乱した世の中で混乱に呑まれないようにするために必要でしょう。

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私が今回の授業で注目したことは、IHMEによるコロナウイルスの被害予測についてです。12月頃から再び増加し始めた感染者数が、ここまで増えるとは正直なところ予測していませんでした。今思えば、私のそういった考えは少し楽観的過ぎたのかなとも思います。実際、講義ページにある記事( https://hbol.jp/229252 )を読むと、現状を的確に予測しているように感じます。そして、楽観的だったのは私だけでなく政府にも同じことが言えます。IHMEの予測を鵜呑みにすれば良いという訳ではありませんが、もう少し手の施しようがあったはずです。私の住む栃木県でも、感染者は人口10万人当たりの換算では東京都に匹敵する数になっています。病床不足で入院できない感染者も多い状態です。後出しでは何でも言えてしまうのですが、このような最悪の状況(もっと悪化する可能性があるが)を想定して仮設病棟や療養先を準備しておくことは可能だったと思います。IHMEの予測の精度がどれほど高いのかは未知数ですが、パンデミックの最中では最悪を想定して行動することが重要だということを思い知らされたと思います。先ほどの記事が書かれた9月の時点で、最悪を想定した対応を政府が取っていたならば、意味の薄れてしまった緊急事態宣言を再発令する必要はなかったかもしれません。 政策を考える立場からすると、未来の予測を信用して行動することはできないでしょうが、もしIHMEの被害予測に基づいて対策していたならば、現状は違っていたかもしれません。とはいえ、先ほどから「たられば」ばかりを並べる形になってしまっていますが、このような未曽有の事態では先を見通すことは極めて困難です。予測データとの利用の仕方、付き合い方は難しい問題ですが、信用してみる価値はあるのではないかと思いました。

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今回の授業内容としてはコロナウイルスの感染予測についてがメインであり、その後その予測を情報としてどのように捉えるべきなのかということでした。私の一番注目したこととして「メディアを信じろ、信じて使え」というものでした。今の時代情報収集の方法は多く存在し、情報が溢れかえり取捨選択が難しいものとなっています。その中でメディアを信じろというのに私としては正しくも間違っているとも感じました。メディアの信じられる点としては、SNSなどと違い公の場に流れる情報であり見る母体が多いため正確で直近の情報をお茶の間に流さなければならないというところです。実際の取材により専門家や、コロナウイルスに感染した人との直接的なコンタクトをとっていることも正確性の要因であります。しかし確実に信じれない点は公の場には流せない情報が必ずあったり、思い通りのコメントや情報を得るための誘導などがあると感じているからです。私が働いている居酒屋は会社経営を考えて、通常通り営業しています。テレビでは時短要請に応じいて街には人がほとんどいないとされていますが、うちのお店がやっていることを知る人は20時前から来店し始め、終電まで居酒屋は満席状態、酔っ払いでにぎわっています。値段設定が高いこともありお客さんの大半は社会人のいい歳の人たちです。彼らがどのような意図で終電まで飲んでいるのか分かりませんが、その日の少ない感染者数が出た2日以内は多くの人が来ます。このような人はメディアを信じているかもしれませんが、普段働いている状況を見て感染者の数が木曜日まで少しずつ千人前後に収め、金曜日の感染者を2千人に発表するあたりは何かしらの情報操作があるのではないかと感じます。また、実際に街でのインタビューで欲しいコメントのために誘導させたり編集したりしているのはよく見たり聞いたりします。これらを踏まえて確実にメディアを信じるとは言えませんが、何が正しい情報で有効なものなのか、常に多くのものを吸収し判断ができるようにならなければと感じました。

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私が今回の講義で注目したことは、感染予測のIHMEのグラフです。IHMEはワシントン大学の研究機関で、世界的な統計のもので、新型コロナウイルスに関しては2020年の9月から予測が始まっており、毎週金曜日に更新されます。 ありとあらゆる面で先が見えないコロナ禍の今、予測が当たるかどうかは別としてでもこういった予測のものがあると少し安心できるし、どういった行動をすれば良いかなどわかりやすくなると考えたからです。新型コロナウイルスに関しては、感染者や重症者、死者などは毎日ニュースで数字が発表されていますが、過去の延長や現在だけでなく、未来の予測をして新型コロナウイルスに対して動いていくという発想がすごいと感じます。 現在は5月までの予測がグラフになっており、日本では5月までに13,495人が亡くなると予測されています。グラフも先に行けば行くほど右肩上がりになっているので、正直ニュースと同様に不安を煽っているのではないかと感じてしまいますが、未来のことなので、今から少しでもしっかり対策をしていけばいい方に変わるのではないかと思っています。 まだ、このIHMEの予測はあまり主流ではないというか、あまり知られていない感じもするので、これを機に少しでも知ってもらって、新型コロナウイルスへ対する意識、対策などをより一層しっかりとしていきたいと考えています。

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今日の講義を聴いて、医学的接近、薬学的接近、ウイルス学的接近、疫学的接近、文学的接近、人類史的接近、歴史的接近、政治学的接近、社会学的接近、経済学的接近、情報学的接近、メディア論的接近、インフォデミックといったような、感染対策の基盤としてのシミュレーションには、多くの種類があるんだなと初めて知りました。また、今世界を脅かしているコロナウイルスによって、大学の授業が全てオンラインとなってしまい、対面の授業よりかは、やはり質が下がっていると感じました。大学だけではなく、社会人の人たちもリモートワークになったり、職場で作業をするより、はかどりにくいというニュースをみたことがあります。オンライン授業になって、ネットワーク環境に手こずってしまったり、仕事そして通常の授業をする環境を家の中につくりだすことはとても大変なことであると感じています。しかし、このような状況でもみんなが授業を受けることができたり、自宅でも仕事や会議ができるアプリがあることについて、現代の技術の発達に感心しました。まだ足りていないさまざまな部分に対して、生徒や教授含めみんなでいろんなアイディアを共有していくことが大切だと分かりました。

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今回の講義のテーマで私が注目したものは、「感情的反発ではなく化学的思考を」というテーマです。このテーマに注目した理由は、今世界中で広がり大きなダメージを与えているコロナウイルスについての考え方で、講義中に先生が話していたこの問題の本質はウイルス感染であるのに多くの人々はその問題について話をしている人に目が向いてしまいウイルス感染ではなく、その問題について話をしている人に感情的に反発してしまっていると言うことです。これでは問題の本質からずれてしまっているために問題の解決には繋がらないと言うのはまさにその通りだと感じました。また、このことは考えてみれば当然のことですが、ウイルス感染の問題が思うように解決に進まなかったり、自粛などで今までの生活とは違う制限などもかかり、ストレスがたまり感情的に反発してしまうことが多くなっていると感じます。少しでも早く問題を解決するためには人への感情的反発ではなく、多くの人が問題の本質は見失わずに問題をまっすぐみて化学的思考法を大切にしていくことが重要だと思います。問題の本質は見失わずに問題をまっすぐみる事によって考えが進み、少しでも早い問題解決に繋がると思いました。

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今回のテーマで私が注目したのは、今はやりの新型コロナウイルスに対する私たちの向き合い方についてである。現在世界中が新型コロナウイルスに影響を受けているのは、間違いないことだと思います。そして、私たちがコロナに対することを思う時というのは、大体がニュースや誰かの意見を聞いて思うことが多いと思います。そしてほとんどの人が、それに対する感情的な意見を持つはずです。これは仕方のないことではあると思うが、今日野村教授が話していたように、感情的なものよりも根本的な部分を見つめるということが大切だなと思いました。ニュースや、だれかが発した感情的なものに反応するのではなく、そう言ったものに反応するのはやめて、もう少し大人な考え方ををできていけたらいいなと思います。そして私が今コロナに対する政策に対して思っているのは、多くの人が思っていることではあると思いますが、全てが遅い気がしてならないし、中途半端なのではないかと思います。まず、緊急事態宣言を出すのはやはり遅すぎたのではないかなと思います。人数が増えに増えてから出しても遅くて、増える前に出すべきだったのかなと思う。ここまで増えるということが予測できなかったのかなと思います。また、期間も一ヶ月だけ、私はどうせ伸びるのではないかと予測しています。全てがあと出しては意味がない気がします。コロナに関しても、どんどん進化しているので過去の延長ではなくて未来予測をして行くというのはとても大切だなと思いました。

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私は、朝のニュースを欠かさず見るようにしています。今まで、大学に通っている頃はLINEニュースやネットニュースを見てあまりテレビでしっかり見ることがなくなっていましたが、今は朝のニュースがいち早く感染症に対しての対策や現状を細かく解説していることが多いので毎日家族で見ています。日々コロナについての色々な情報更新され続けているで、とてもタメになっています。どの時間帯のニュース番組でも、新型コロナの感染者数やそれに付随する情報が発信されていますが、やはり、朝のニュースのほうが一番しっかりコロナの現状に向き合って”視聴者の疑問”をニュースの中で代弁し、専門家からのアドバイスが見れるというのは、とてもいいなと思います。先生もおっしゃっていたように、感染症が収まるまでに2~3年は必要というのを前提に、ウィズコロナで生きていかなければいけないのは私たちなので、前向きに自分たちの意識を変えていくしかないと思いました。日本の代表である政府が正しい道しるべを示してくれないといろんな意見が出てきたり、国民が決められないことを強制力ある政府が進めていかなくてはいけないのに、優先順位を間違えたりすることで国民の不満は募っています。私が思うのは、小池都知事のような堂々とした立ち居振る舞いで、一つ一つ言い切って都民に伝えてくれる存在のようなリーダーがこの状況を打破していくカギになると思います。隣の国の韓国は日本に比べて政府の判断・実行が早く、クラスターが発生してもすぐ収まるようにしたり、新しい法律を加えたりしているニュースがとても印象的でした。国民意識も全体的に高くて、日本はまだまだ緩いなとおもいました。何がほかの収まってきている国と違うのか、や色々参考にしてどんどん吸収して迅速に判断して行ってほしいなと思いました。感染症の専門医のほうがよほどリアルタイムの医療現場や何が必要でどこを改善するべきかをニュースで伝えていますが、私たちはそれを聞いて危機感を出す以外に他ありません。このニュースを政府が見たり、直接政府に伝えたりしてもっとすぐ対策が取れないものかとむずむずしながらニュースを観ています。もはや、政府を頼らず自己意識を高めるほかないのかなと思いましたが、それが難しいからこその政府の言葉が必要なんだと思いました。

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私が注目したテーマは、メディアについてです。私自身メディアというのに対してすべてを信じるというのは難しいと思っています。正直なところニュースを見るより、SNSの情報のほうが信頼できると思っています。主にTwitterなどを活用することが多いのですが、情報の伝達速度が速く一般人が主に登校していますが、信頼できる情報が多いと感じています。私が一番ニュースに対して不信感を感じたのは都内の人口増加などの映像です。その映像ではコロナで緊急事態宣言が出ているのにもかかわらず人が大勢いる様子が映されていました。その映像を見た時私はとても驚きました。なぜなら私は渋谷でバイトをしているのですが、バイト先の店まで駅から歩いてみた感じそこまで人はいない様子だったのに対し、ニュースでは大勢の人が映し出されていたからです。それがとても奇妙に感じTwitterで確認したところ私が見たニュースの映像は一年前のものであり、あたかも緊急事態宣言が出ているのに対し、多くの人が街にいるという扱いをしていました。それに対してTwitterでメディアが情報操作していると発信した人がいました。そこから私はニュースを見ても本当にその情報が正しいのか考えるようになりました。そのため、私はメディアという存在をそこまで信用しておらず、不信感を抱くようになりました。そこから私は、メディアというものは大きなことを取り上げたいという考えが強いものであり、正確さにかけているのではないかと今現在でも感じています。

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私が今回の講義で興味を持ったことは、感染予測の中でのメディアの立ち位置です。メディアは様々な情報を伝える上で1番重要なものになってきていると思います。これからの感染予防や現在の感染者数、今までの傾向など現在・過去・未来のどの分野であってもメディアを通して知ることができます。その中で、これから感染がどうなっていくのか、どう広がっていくのかということは、医者や研究者が直接聞くこともできますが、ネットやメディア上で流れてくる情報から入手する人が多いと感じます。コロナウイルスに関しては、外出することや病院に行くことが制限されています。そのような環境の中で、外に出ることなく情報を手に入れられるのがネットやSNS、そして情報番組等のニュースなどです。多くの情報が出回りデマやネタも多くある中で何を信じるべきかが難しい世の中でもあります。講義の中で野村先生はメディアへの態度が中途半端と仰っていました。信じきれず、疑いきれず。その通りであるとわたしも思います。中途半端に信じて中途半端に疑うくせに、正しいことは何かを追求しようとはしないのが、メディアに慣れて頼り切っている現代人の癖なのではないかと思っています。信じた情報がデマであれば文句を言うことも少なくないのではないかと感じます。この時代だからこそ、これからの感染予測の情報を得る中でメディアが必要になります。メディアの情報のうちの1つを信じて、その情報を中心に何を頼るべきかを考えていくことが大事であるとわたしは思いました。

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私は文学的、人類史的、歴史的など過去に起こったことを学ぶことが大切であると感じました。もちろんペストが流行った中世ヨーロッパやスペイン風邪が流行った第一次世界大戦のときとでは環境、衛生、経済、医療など多くのものが進化しています。しかし、人間が過去に起こした行動や習慣なと現在でも受け継がれているものも多いと考えられます。そこで私達が出来ることとして過去の歴史を反面教師として今後に繋げていくことがとても大切だと思いました。また、メディアや情報を真っ直ぐ見つめ、今自分に必要なモノを選別し、利用することも重要なことだとおもいました。現在のコロナ禍の状況を打破するために様々な企業がサービスを発信し続けています。いかに接触を減らしながら従来のコミュニケーションに近づくことができるか試行錯誤状態ではあるものの、ユーザーが手にとってフィードバックすることで更なる進化が起きる可能性もあります。メディアを信じることのない閉鎖的な世の中ではなく、メディアに関与して、共にコロナとの関わり方を考える世の中が必要であると思いました。そして、コロナによってネガティブな発想に囚われたままではなく、withコロナの思考を持ちながらのポジティブな思考に変化させていくことが重要なのではないかと感じました。

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今回の授業を聞いて私は、コロナウイルスと政府、そして世間についての話に注目しました。コロナウイルスが流行り出した頃、政府はマスク着用やソーシャルディスタンスを呼びかけ始め、数ヶ月後にはほとんど1日の感染者を出さないようになり、コロナウイルスも終息しかけたように見えましたが、完全に収束する前に政府がGOTOキャンペーンをはじめ、旅行や食事に行くように促し始めました。これについては、正直旅行に行って良いんだという嬉しさもありましたが、まだ怖さがあったので私は旅行には行きませんでした。ですが、そこから少しの間にまたコロナウイルス感染者が増え出しました。政府はそれでもGOTOキャンペーンを中止せず、つい最近までどんどん旅行や食事に行くことを促していました。経済を動かすために、国民に旅行させたりするのはすごく大事だと思いますが、政府としても先が見えないウイルスに対してもうすこし慎重になるべきだったのではないかと思いました。 今までのコロナウイルスの状況と政府の取り組みをみると、コロナウイルスを治めるのには、政府の力が必要ですが、GOTOキャンペーンなどにおける政府の方針でコロナウイルスを逆に広めてしまっているのも政府のような気がしました。

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私が今回の授業で注目したのは新型コロナウイルスの今後の感染予測についてです。新型コロナウイルスは季節性インフルエンザよりはるかに感染力が強く、さらに症状が引くまでの期間が長いものであるとデータが出ています。マスクや手洗いを徹底している人が多く、インフルエンザ感染者数が大幅に減ったなかで感染者が増えている現状を鑑みても正しいと感じます。しかしまた一方で、感染者の増減は季節に大きく依存しており、また欧米諸国と比較しても日本国内の感染者や重傷者、死者数はかなり少なく「感染爆発」と大袈裟に騒ぎ立てるほどのものでないことも事実だと考えています。前回の緊急事態宣言の発令と同じく、今回の緊急事態宣言も今更感のある時期の発令となりましたが、コロナウイルスが季節性のものであるという仮定のもと考えるなら今季の新型コロナウイルスは宣言発令の有無にかかわらず2月初旬にピークアウトしていくものと私は考えています。例年のインフルエンザのピークが1月末であることから新型コロナウイルスの潜伏期間等を考慮するとこれが妥当と考えます。また、私が思うに去年の緊急事態宣言は、3月末に志村けん氏の訃報を受けたことをきっかけに日本全体が自粛ムードに入ったことから外出を控える人々が増えましたが今回は自粛要請に応じない人々が増えると考えています。私はそれを踏まえての2月初旬ピークアウトと予想します。日本人の性格や努力が感染爆発を抑え込んだ云々といった意見も散見されましたが日本には靴を脱いだり入浴文化があること、街の治安や清掃の程度などから日本で今後欧米のような感染爆発は起こらないとも付け加えて予想を立てておきたいと思います。

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私が注目したのは新型コロナウイルスの死者数・感染者数の未来予測についてです。未知のウイルスであり前例のないものなので今までの統計もとることが出来ない中で、感染症対策をした場合としなかった場合についての予測を立てていましたが、日々新たに更新される感染者数などの数字が予測の通りに上がっていくことに驚きました。私が見たテレビ番組では、去年の8月ごろのまだ一日当たりの新規コロナ感染者が100人前後であったときに医療関係者の方がこのままでは1日当たりの新規感染者が2000~3000人にまでに跳ね上がる可能性があるという話をしていました。その時の1日の新規感染者の最高は200人ちょっとだったので、まさかその10倍にまで跳ね上がるとは一般人は想像できなかったと思います。しかしその医療関係者の言うとおりに現在の新規感染者は2000人を超すことが普通になってきています。まだ誰も経験したことのない事態に対しての未来予測がここまで正確にできるのかという驚嘆と、そこまでの技術があり予測できていた未来なのにどうして抑えることが出来なかったのかという疑問が生まれました。未知のことであるために判断を間違うことはあると思いますが、ここまで正確な予測を立てることが出来る技術とその予測情報があるからには、もっと有効に活用していただきたいと思いました。

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私は今回のテーマで、“過去の延長ではなく未来の予測”という点に注目しました。今回の新型コロナウイルスはこの言葉通り、これまでのウイルスへの対策ではまかなうことができないほど強力な感染力をもっており、過去に囚われ未来の予測を甘くみた結果が現在の国内第三波につながっていると思います。 その未来の予測について、今回の新型コロナウイルスにおいては「国の対策」と「各個人の意識」が足りなかったのではないかと感じます。 「国の対策」においては、必要な対策は遅く、不必要な対策は早すぎたのではないかと私は思いました。必要な対策としては、入国制限が挙げられます。新型コロナウイルスは海外で発生したため、早い時期に国外からの入国を制限していれば、感染源の母数を減らすことができ早期のウイルス沈静が行えたと感じます。実際に早期の段階で入国を制限した台湾は、現在ウイルスの封じ込めに成功している状況です。反対に不必要であった対策としては、“go to トラベル”や“go to イート”などの経済対策が挙げられます。確かに、緊急事態宣言によって外出の機会が減り、経営悪化に陥った商業施設にとってgo to事業は救いのようなものではありましたが、実際はgo to事業によって人々の外出が増え、感染が拡大して現在も外出自粛が続いており、結果商業施設は長期的な収入悪化に陥っています。この2つの対策に共通することとして、国が目先の経済利益しか考えていないことが挙げられ、先の未来予測を怠ったために現在も感染が拡大しているのではないかと思います。 そして「各個人の意識」においては、新型コロナウイルスを甘く見ている人が多いために、感染の拡大を抑えることができないのではないかと思いました。自分1人が出歩いたって感染には関係ないだろう、もし感染しても自分がウイルスを撒き散らすことはないだろうといった、各個人の意識の低さや思い込みが、現在も感染が続いている大きな原因であると感じます。実際にニュースやSNSを見ていると、マスクをせずに大声で話したり、旅行や飲み会などを平然と行なっている人が多くみられます。安易で自己中心的、そして何より目先の楽しみだけを考えて先の未来を予測していないために、感染拡大が抑えられず、今現在も普通の日常を送ることはできていません。人生に一度しかない成人式も今年は中止や延期、もうすぐ亡くなる人の側で手を握りながら看取ることもできず、3月に控えた卒業式も開催できるかどうかも分かりません。もっと各個人が未来予測をしっかりとして行動していれば、成人式も卒業式も大勢で故人を看取ることもできたはずです。 今更、過去にできたことを指摘してももう手遅れではありますが、これからの未来は今の対策や行動にかかっています。早期に感染拡大を抑えて普通の日常を取り戻すために、いま一度先の未来の予測をした対策や行動を心掛けていかなければいけないと感じます。

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私が興味を持ったのはウイルス学についてです。現在新型コロナウイルスが流行している中インフルエンザ同様、ウイルス学にも新型コロナウイルスも追加されると予想します。ですがこの新型コロナウイルスは発生源が中国の武漢と言われていますが中国が完全否定しており、確証もまだ出ていないことからウイルス学に記載するには至っておりません。さらにイギリスやブラジルなどで変異種のウイルスが発見されるなど専門家も頭を悩ませています。ワクチンが流通し抗体を持つことが一般化することによってウイルスの解析は進みウイルス学にも記載されるようになると考えます。また最近になり気になったのはwhoのテドロスが中国に起源調査の許可が降りなかったことに対し失望と表現したことです。トランプ前大統領が指摘していたようにwhoと中国は密接な関係であり中国を擁護していると世界中から思われていましたがここにきてwhoが中国に対してこのような態度をとったことは予想外だと思われます。これも中国とwhoによる芝居なのか両者の関係が崩れたのか、元から関係はなかったのかなどウイルスは感染以外にもこのような影響を与えるものだと感じました。

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私が注目したテーマは、現在のコロナ禍においてのメディアについてです。興味を持った理由は、今人々の間で一番信用が落ちている媒体だと思ったからです。コロナ前でもスマートフォンやインターネットの普及が急速に発達しつつあった影響かテレビ離れが起こっていましたが、コロナ後は特にデマや思想の偏ったような発言がメディアから目立つようになったように思えます。つい最近のだと、複数人での会食について控えるよう東京都知事から発せられましたが、メディアどころか政界の人間ですら「会食を含め外食は複数人で執り行うもの」としか認識がなく、「外食でも一人でなら最低限の会話しかしないから大丈夫なのでは?」という声がSNSを中心に上がっているのを見ました。テレビ離れを取り戻そうと、語弊が生まれるような見出しをするようになったりコロナ前に撮影した映像を今日撮ったと嘘をついて放映して炎上したりするなど、メディアへの不信感が加速していると感じます。我々一般市民の情報源であるメディアが適当な発言、どちらかに偏った意見をしてしまうと、インターネットで論争が起こります。その論争はどこに行っても散見され、人が争っているのを見るのは疲れたとネットから離れていく人も少なくありません。そうなってしまうと、メディアの役割として本末転倒ではないでしょうか。報道する、しない自由はありますが、最近は「都合の悪いことは放送しない」というイメージが高まっています。しかし我々もメディア全てを疑うのではなく、多数ある情報を見比べてどれが信用に値するのか考えて見極める必要があると考えます。

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私が今回の講義で注目したテーマ感染予測のシミレーションについてです。 ワシントン大学の半経験的予測は単に未来を予測するわけでなく、コンピュータが計算しているため人が予測するよりも正確かつ対策によるいくつかのパターンも示されているため感染予測に有効なデータだと感じました。先ほども述べたように未来を予測するのではなく科学的根拠、統計に基づく予測のため長期予測も可能であり逆算して対策を講じることができると感じました。 私自身感染症の情報はメディアからの現在のデータに頼っています。なので感染症のピークはいつなのか、医療崩壊はいつ起こるのか自身の想像力に頼るしかありませんでした。しかしIHMEのデータを見て感染症のピークがいつなのかパターンはいくつかありますがおおよそ知ることができました。人の想像力には限界がありさらに科学的根拠、統計に基づくデータは膨大な計算が必要なためコンピュータにしかできません。今後の社会の在り方として感染症のシミレーションだけでなく様々な場面で半経験的予測は活用され、人はこのシミュレーションをどのような対策を講じればよいのかが大事であり、予測をどう読めば良いのかが大切な能力になってくると考えました。

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私はメディア論的接近において、自分たちはマスメディア・ワイドショーに懐疑的な視点を持つのか、それとも肯定的な視点を持つのかと言う点について、そして経済学的接近において経済的活動と感染症対策のバランスについて特に注目しました。まず、マスメディア論的接近についてですが、自分はテレビのワイドショーを見ることが少なく、見ても全ての情報を鵜呑みにするようなことをしないように努めていました。もちろんネットニュースなどでも同じように吟味し、私自らが正しいと思ったことを吸収するようにしていますが、その情報が正しいかどうかは誰にもわかりません。結局SNSなどで目にし、取捨選択した情報のほとんどが二次ソースの情報です。疑っているつもりでも疑いきれていないことや信じていないつもりでも信じていることがあるという言葉を聞いた際に、私がまさにそうだと感じてしまいました。情報を素直に享受する力がないのかな、とも感じてしまいました。 また、経済学的近接において、感染症対策を急ぐあまりに経済を疎かにしてしまっては、今死ななくてもいずれ死ぬというものだと感じました。アメリカのように感染症対策を全く行わないことも可能ですが、すでに限界を迎えている日本の病床の数を見るとそのようなことは決してできないと感じます。私にできる経済活動をたやしてはいけないように感じました。

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私はワシントン大学のIMHEのCOVID-19 projectのデータ予測推移がおもしろいと感じ注目しました。特にMask useの項目にて日本は世界から見ても優秀な方だというデータを知り納得がいきました。日本はもともとマスク大国と言われており、コロナが流行する前からマスクを使用している人が多かったです。外国の人から見れば、日本人はなぜあんなにもマスクをしている人が多いのか?と疑問に思われるほどだと言われていました。ですが去年から始まり出したこのコロナ禍において、その日本人がやりがちなマスクをするという一種の文化が初めて役に立ったのではないかな?と私は思います。実際に日本はコロナによる感染者数死者数は外国と比べると、かなり抑えられているそうなのでマスクによる力は大きいと思います。しかし私たち日本人はマスクの効果を履き違えている人が多くいます。マスクを着用する理由はあくまでくしゃみ、咳などから発生する飛沫を防ぐことが目的です。予防するためが主な理由ではないことです。顔とマスクのわずかな隙間にもウィルスは入り込むことができてしまうので、マスクをしているからといって確実に遮断することはできません。外出する際は当然マスクをするとは思いますが、100%というものは無いのでこれからも細心の注意を払って生活していこうと思います。

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コロナウイルスは私たちにものすごい影響を与えています。ウイルスの影響でわたしの世代ではこんなことは今まで経験したことありませんでした。私が生きている中で、ウイルスというものの恐怖を感じることはなく、ウイルス感染というものは、インフルエンザというイメージでした。それか、ウイルスは映画などで、感染がすごいもの、映画などの空想・予測などだと思っていて、こんなこと起こるはずがない、ありえないと思っていました。新型コロナウイルスが発見された当初はこんな今の事態になるなんて思ってもいませんでした。珍しいウイルスで、自分には関係ない、運が悪かった日本で3.4人がなる程度なんだと軽い気持ちに思っていました。しかし、今は1年前、想像していた世界とは全く違う世の中になってしまいました。マスクは必須、不要不急な外出は控えなければならない。いつ感染して重症化してもおかしくない、自分が軽症でも他人を重症化させてしまう可能性がある。想像もしていませんでした。早く、ワクチンが正確に開発されてインフルエンザで死亡してしまうひとも少なくはありませんが、コロナウイルスがなくなるということはないと思うので、今までインフルエンザを気をつようというくらいのウイルスになってくれることを望みます。

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私が注目したことは、感情的反発ではなく科学的思考を、の部分です。理由を話すと長くなるかもしれませんが、私は現在コロナウイルスに感染しています。家庭内感染です。現在は家の間取りの都合や家庭内での密度を考え、私のみホテルで療養をしています。初めは家族で1番初めに感染し、かつ普段の感染対策がゆるい(家に帰ってもすぐ手洗いをしない、マスクをそこらへんに置くなどあげたらキリがないので省略)父に対して、私と母はとても怒りを覚えました。看病にあたっていた母はもちろん、同じ家で生活をする私も数日後に陽性の結果が出ました。父もなぜか私たちに対して逆ギレをしていて家庭内はとても感情が爆発していました。しかし、優先すべきことは、まだ陰性の兄だけでも感染させないこと、そして陽性になった3人が重症化しないことです。保健所の指示通り供用場所の消毒作業を徹底することや、ホテル療養を行うなどして少しでも感染率を下げたりしています。今は父も回復に向かっていて、母も現段階では軽症のままで済んでいます。感情的になって無駄な議論や喧嘩をするよりも、どうすれば家庭内のコロナ感染が少しでも早く収束するか、科学的といったら大袈裟かもしれませんが、今できる範囲で対策を最大限行うことが大切だと身をもって学ぶことができました。ちなみに、私のコロナの症状ですが、初めは頭痛、その次に鼻が詰まり味覚異変が起きました。その数日後には吐き気・嘔吐や身体の怠さ37度前後の行き来があります。少しでも風邪の症状があったら無理をせず休むことが大切だと思います。もし家庭内で感染者が出てしまったら、迷うことなくホテル療養又は入院を絶対してください。自宅療養では感染対策に限界があります。早くて数日長くて7〜10日ほどホテルで過ごすのは大変だし億劫と思う人が多いかもしれないですが、家庭内で感染者が増える方がもっと大変です。私は今後どうすれば感染を最低限に留めれるか、いろんな人と科学的に考えていきたいです。