情報メディア問題入門2020後期14投稿集

情報メディア問題入門2020後期14

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今回の講義のポイントは3つありました。 (1)情報メディア問題を考えるときに重要なのはコミュニケーションの事実に着目することだ。情報ではない。 (2)コミュニケーションは同時にいくつものレイヤーで生じている。 (3)コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる。 この3つのポイントに基づいて、何か身近な出来事を事例にして説明して下さい。ミクロな場面からマクロな場面まで、コミュニケーションの規模は問いません。500字以上3000字以内。「私」を主語にして「ですます調」でお願いします。締切は1/14午後11時30分。みんなで手分けして勉強しましょう。

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ICTが普及した現代では、メッセージを「どう伝えるか」を考えるだけでは十分ではないです。メディア環境の変化を踏まえ、「どう伝わるか」までを考慮したコミュニケーションデザインのあり方です。ICTが普及する以前、広告や広報におけるコミュニケーションは結果として一方向的になることが多かったです。これは本来のコミュニケーションという目的から外れています。ICTの進展はその状況を変えました。受け手の興味や関心、評価は直接あるいはデータの形で間接的に示されます。結果、送り手は独りよがりに情報発信をしてしまう危険を回避し、相互に意思疎通をしながら理解を深めあっていける可能性が広がってきました。ICTを活用したコミュニケーションが従来と最も大きく異なるのは、「双方向」性の重視です。もちろん、ICTの進展の有無にかかわらずコミュニケーションにおいて双方向性は本質的な要素です。ICTの活用によって、その本来の考え方がより実現しやすくなっている、と考えればよいとおもいます。 従来のコミュニケーションで企業が送り手として考えるべきことは、絶対的な発信者として「どのように伝えるか」でした。一方、ICTが進展した状況では、企業は生活者が情報を受発信する多数の相手の一部であり、相対的な存在です。そこでは必ずしも「何を、どう伝えるか」のみではなく「何が、どう伝わっているか」を鋭敏に感知しながら行動していかなければならないことです。

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人間は普段の生活をしていて必ずほかの人間とコミュニケーションをとって生きています。その中で私は今回の講義の3つのポイントの中の(3)コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まるという点に深く納得しました。私の私生活の中で「コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる」というのを深く感じることがあるのは主にバイト中のことが多いです。私はガソリンスタンドのレジでバイトしているのですがお店に来る客の中には耳が遠い老人やそもそも日本語が通じない外人などが来ることが少なくありません。そのような客にもしっかりと代金を払ってもらうためには相手に伝わりやすいように大きな声で話したり簡単な日本語を使ったり、ジェスチャーなどのボディランゲージをうまく駆使していく必要がある場面に遭遇します。また給油機の使い方などを聞かれた際に私が説明して相手が理解したようなそぶりを見せても実は全く理解していなく、全く違うことをやり始めることなどもあるため、自分の思っていることを相手に伝えるという動作は私が思っている以上に難しい動作なのだと感じました。これから先のバイトでも様々な場面に遭遇すると思いますがそのたびにどうすれば簡単に相手に自分の考えを理解してもらえるのか常に考えて生活していきたいと思います。

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情報メディア問題を考えるときに重要なのはコミュニケーションの事実に着目することだ。情報ではない。という点に関して様々な場面で当てはまると考えられます。私は特に関係性が浅い人に対してとても当てはまると考えます。関係が浅い人やこれからコミュニケーションを展開していく他者に対して、お互いの自己紹介がオワリある程度商法を共有しきった後の世間話は情報が重要なのではなくコミュニケーションをしているという事実のほうが重要であると考えられます。情報のほうが重要であるならばこのような会話では生産性のない会話をしている場合が多く効率的ではないと思います。その為、コミュニケーションを絶やさない、人間関係を構築していくための過程としての会話として役割を果たしていると感じます。このようなコミュケーションにおいて先には初対面やこれからコミュニケーションを構築していく人との間での関係を話しましたがレイヤー関連付けて考察するのであればこのようなコミュニケーションにおいては極めてフォーマルな場面でも活用できるようなカテゴライズのものを利用することが望ましいと感じます。これらの要因はコミュニケーションはそもそも送りての理想ではなく受け手の反応によって成り立っているため情報だけではなく、レイヤーや反応が必要である。

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今回の講義の3つのポイントは、マスコミの報道やそれを受信する側の問題によく当てはまると思います。SNS、特にTwitterでは、マスコミの様々な報道を曲解している人が良く見られます。また、ニュースをどの放送局が報道するかにもよって、同じニュースでもSNSなどでは、反応が変わることが多いです。つまり、ニュースが報じたことが曲解する人にとっては、それがデマや別のものになっているのです。この曲解をする人が多くなったのは(2)が当てはまります。その真実以上に今の時代はデマも多いです。そのために真実を知るときには、別のものが真実となっている可能性があります。そして、(3)の受け手の反応によって変わるというのも見られます。例えば、Aさんが事実を伝えた場合、彼を批判したい人は、その事実は信用しませんが、そのあと、みんなに慕われているBさんがその事実を言った場合、批判した人たちも信用し、逆にAさんよりもBさんが先にその事実を述べたと言い出したり、そこからAさんを批判するようなことを言い出すといった光景もSNSではよく見られます。これらを考えると送信者が考えている以上に受信者に真実を伝えるということは難しいということがわかりました。こうなることの一つとして、日本では、ニュースに専門家でもない人が報道番組で意見を述べることがありますが、それが原因の一つだと思います。また、その専門家ではない人たちの影響力が専門家よりも大きいことも受け手と送り手の伝えたいことの真実がずれていることの原因だと私は思います。

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コミュニケーションとは単に言語を通じて意思疎通するものではないと思います。コミュニケーションに対しての認識は人それぞれで音楽や美術、表情や行動そういったものもコミュニケーションの一部だと考えます。私は最近になり英語の勉強を始めました。様々な国の文化や伝統などを知るためです。単語の勉強をしたり文法の勉強をしたりしますが、最近では英語の話せる友達や外国の友達と英語でコミュニケーションをとることで語学力の向上に努めています。私は勉強していると言ってもレベルでいうと中学生レベルです。でも意思疎通をすることはできます。おそらくですが、コミュニケーションをとる際に私は複数のレイヤーを意識していると思います。ジェスチャーや表情など音声(声)だけでなく他の物をコミュニケーションに乗せることでより受けては私が伝えたい物に近い解釈をしてくれると考えます。3番目にコミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まるとありますが、その通りだと思います。私がこう伝えたいと考えていても、間違った文法を使ったりあるいは適切でないジェスチャーや表情をすれば受け手は私自身が望まない解釈をする可能性があります。自分がいくら望んでいなかったとしても相手に伝えるためのコミュニケーションでは受け手がどう取るかどう解釈するかがすべてであると考えます。より事実に着目したコミュニケーションをとるため、自分の理想に近くさせるためには複数のレイヤーを用いることが最も効果的であると感じます。

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今回の授業ではコミュニケーションについて学びました。最近コミュニケーションって難しいなと思う事がありました。私は8月から新しいバイトをはじめました。そこは新しい店舗で皆がオープニングスタッフとして雇われました。この間仕事中にお客さんが沢山来てしまいキッチンの仕事が回らなくなってしまいました。その際私はフロアだったのですが、キッチンの仕事もできるので何も言わずヘルプに入りました。すると社員さんが強めの口調で「フロアに戻りなさい」と言いました。そしてその後「こちらの指示がないのになんでフロアを離れたのか」と注意を受けました。個人的に凄く苛立ち、一緒に働いていた子も疑問に思ったらしくその社員さんに意見をLINEでだしましたが、その社員さんも意見を曲げず結局店長が出てくる始末になりました。 なぜこのような事が起きたかと言うと、まず始めたてのバイトで社員さんとの信頼関係がなかったこと、社員さんは忙しく作業をしながら強い口調で注意をし、それに疑問を持ったアルバイト数名が文面で反発したことで全てにおいてコミュニケーションが取れていなかったと思いました。店長は全ての従業員その日の事をしっかりと事情聴取して最終的にはその社員さんが間違えを認めたことで事なきを得ました。店長が従業員としっかりコミュニケーションをとる事で解決し、コミュニケーションの大切さを痛感した出来事になりました。

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私はLINEでのコミュニケーションについての説明しようと思います。LINEでのコミュニケーションは私たちにとってはすでに日常となっています。特に現在は、コロナウイルスの影響で外出もなかなかできないので、LINEで友達とコミュニケーションをとる機会で多いです。今回の授業を受けて、私が一番初めにコミュニケーションとして思いついたのがLINEだったのですが、今回の授業を踏まえると、コミュニケーションの階層構造的にはLINEでのコミュニケーションには欠落した部分が多すぎるなと思いました。LINEは文字でのコミュニケーションなので階層の1の身振りを媒介にした相互作用や改装の2の話し言葉を媒介にした相互作用は当然欠落します。この二つの欠落は想像以上に会話に支障をきたすと私は思います。思い返せば、LINEでのコミュニケーションを始めた当初は、私はそんなような意図で送ったわけではないのに悪い意味でとらえられてしまったり、私が思ったことが伝わらないことがたくさんありました。LINEに限らず、SNSはそういった事が多いと思います。最近ではSNSでの誹謗中傷が原因で自ら命を絶ってしまう人も少なくないです。文字をうって送るだけだから、送る側は簡単かもしれませんがそれを受け取った側は送ったの想像以上に傷ついたりすることもあります。身振りや話し言葉ではないからこそ、淡白な文字だけだからこそ様々な解釈ができてしまうのです。最後のほうは、話がずれえてしまいましたが、コミュニケーションとは私が思っている以上に重要で複雑なものだとこの授業を受けて再認識させられました。

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私は、特に(2)について触れて身近な出来事を事例にして説明していきたいたいと思います。まず、コミュニケーションの定義から説明します。コミュニケーションとは、H•ミードのコミュニケーション論によると、コミュニケーションとは情報のキャッチボールではなく、身ぶりの交わし合いという相互作用であると主張していました。私も実際そうだと考えます。コミュニケーションは日々自明のようにそこら中で使われており重要だと思います。しかし、身ぶりの交わし合いがなくてもコミュニケーションが取れる時代になっています。例えば電話やメールなど身ぶりがなくてもコミュニケーションを取ることができます。またコミュニケーションは複数レイヤーが同時進行しており階層構造となっています。例えば誰かにメールをしたとします。これの複数レイヤーは、話し言葉を媒介にした相互作用とメディア技術を媒介にした相互作用になります。 しかし、複数レイヤーの中には色々なものがありメディアを使うと必ずどこか欠落してしまいます。この考えはすごく重要だと考えました。まとめるとコミュニケーションは複数レイヤーが同時進行しており色々な相互作用が働くことによって理解度やコミュニケーション能力が上がると私は考えました。

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まず(1)と(3)について説明します。私が母に夕食は何がいいか聞かれた際、私は母のためを思って手軽なものがいいと考え「ラーメンでいいよ」と答えました。すると、母は「『でいいよ』って言い方は何だ」と怒ったのです。私はその時は母のためを思った返事だったのに、と思っていましたが、今回の授業を受講し、この時の自分は情報(=理想)だけに着目していて、コミュニケーションの事実に着目できていなかったのだと理解しました。理想だけを見つめても意味がありません。重要なのは、実際にどのようなコミュニケーションをしたのか、そして相手がどのようにそれを受け取ったのか、という事実なのです。次に(2)についてです。コミュニケーションはレイヤーになっており、話し方、表情、服装、ジェスチャーなどが相互に作用しています。友達と会う約束をしていた時、友達がスーツを着てきたことがありました。真面目な話になったとき、スーツのせいか、いつもより会話に緊張感がありました。コミュニケーションといわれると、話し方に注目しがちですが、このように、服装やジェスチャーなどの視覚的なものもコミュニケーションに大きな影響を与える要素の1つになっているのです。

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私は①のコミュニケーションの出来事としては自分の伝えたかった情報を伝えたつもりだか相手には結果として別の意味合いで捉えられてしまっていて事実が少し食い違っていた。これは情報よりも事実に着目するという観点であると考えた。次に②のコミュニケーションは同時にいくつものレイアーでできているについては話している内容がひとつであっても相手にとってはその情報がいくつもの階層に分割されている事で私も何回か経験をしている。これは友人と会話している時に課題をどのように出すか話し合っていて、いつ出すか、どのように取り組むかと言ったように何層にも分けられていた時に実感した。最後に③のコミュニケーションの事実は送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まるとあるがこれも友人と話している時に自分の話した内容に対する理想のリアクションを友人がしてくれずにいる事がある。これも私が話した会話についての友人の感じ方の理想と友人の話を聞いた事に対する捉え方の相違によって引き起こされる現象であり、これが最もよく日常生活において現れていると身をもって体幹している。これにより私の話した内容と少しズレてその後の会話に発展することも多々あった。

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私は友人と話すときや初めて話す人、何か買い物をする時の店員の反応など様々な場面で相手の意図を詮索してしまいます。これは身振り手振りではなく、相手が発した言葉について詮索してしまうという事です。私は国語が昔から得意で違和感のある文章はすぐ見抜けると思っています。見抜くだけでなくその言葉に隠された真の意味も読み取ることが出来ます。しかし、このような性格故にコミュニケーションをする上で余計に詮索してしまったり疑ってしまったりしてしまいます。例を出すと、私が久しぶりに友人と会うときに友人に、「久しぶり、最近何してた?」と言われたとします。送りてである友人の意図としては恐らく、ただの挨拶としてのコミュニケーションだと思います。しかし受け手である私の反応としては、なぜそんなことを聞くのか?何か詮索しているのではないか?と考えてしまいます。これは(3)に当たるのではないでしょうか?また相手がAさんについて噂話をするとします。送り手である相手としては噂話を共有したいだけだとしても受け手である私はこの人はAさんの事が嫌いなのではないか?と感じてしまいます。このように伝えたい情報と実際の受け取られ方では大きく差異があると今回の授業で気づかされました。別の事例として、宅配麺専用ラーメン店、「宅二郎」の事を解説します。この事件は、宅二郎という新しく出来た宅配専用のラーメン店の店名と看板の色、ラーメンび種類などが元々あったラーメン次郎と似ているとして炎上した事件です。ラーメン次郎側は店名や看板の色が似ている為ラーメン次郎と間違える客が多いとして店名の変更と看板の変更を宅次郎側に求めました。しかし宅次郎側は変更しなかっただけでなく、ラーメン次郎と間違えられるのは非常に不本意であるとの声明を発表しました。この声明はネット上で拡散され、ラーメン次郎のファンは大激怒。炎上に繋がりました。この炎上を受けて宅次郎側は店名と看板の変更を約束した上で謝罪の文を掲載しました。その中に先ほど出てきた、ラーメン次郎と間違えられるのは非常に不本意であるという文章に対しての説明がありました。送り手である宅次郎は「この言葉はラーメン次郎を批判するものではなく、コロナでラーメンが食べたくても食べられない人に向けて始めたサービスであり、来店が主流のラーメン次郎とはスタンスが違う」という意味だったそうです。しかし受け手側は、ラーメン次郎を馬鹿にしてる!パクっておいて開き直るななどの意見が寄せられていました。この事件からは1・2・3が当てはまるのではないでしょうか?今回の授業を受けて、コミュニケーションについて改めて考えさせられました。伝える方は相手により正確に意図を伝えなければ誤解されてしまう。そのことをしっかり考えなければならないと思いました。

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情報メディア問題について議論する際には、事実ベースで議論することが重要です。『私はこう思います』などの何の事実の根拠もない意見は価値がないです。しかし、学者の意見は例外です。 また、情報メディアに関する私の知見を下記に記したいと思います。 情報メディアが青少年へ及ぼす影響については,テレビ番組や家庭用テレビゲームにおける暴力表現が青少年の暴力傾向を促すことや,インターネットへ過度にのめり込むことと社会的不適応の間に相関性があることなど,青少年への悪影響がある程度明らかになっている事項もあります。しかし,全体として科学的に明らかとなっている知見はまだ少なく,今後,より一層の研究の進展が強く期待される分野です。  一方,情報メディアを利用したバーチャルコミュニケーション(注10)の急速な普及が,青少年の脳の発達に重大な影響を及ぼす危険性があるとの指摘もあります。これに関連して,顔の特徴を持つ刺激にのみ反応する「顔ニューロン」と呼ばれる神経細胞がサルや人間の脳に存在することが明らかとなっており,人間関係能力形成の基本的方法として,直接顔と顔を突き合わせる対面コミュニケーションが脳に組み込まれているのではないかという知見も示されています。  また,良質のテレビ番組が青少年の社会性を高めるなど,情報メディアには青少年に有益な影響があることも分かっている。青少年が情報メディアに接触しているときの保護者のかかわり方が,情報メディアの青少年への影響を左右するという研究結果もある。

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私は現在、中学校で放課後補修教室というアルバイトをしています。(1)については身近な出来事として、私が生徒に数学を教える例が挙がります。先日のことですが、中学校二年生の数学「三角形の証明」について説明していた時のことです。説明を終えて「分からないところある人、大丈夫?」と投げかけると、生徒は返事をしました。しかし、一人の生徒の顔を見ると少し曇っているように見えました。そこで聞いてみると案の定分からないところがありました。言葉では嘘はつけるが、体やジェスチャーは嘘をつくのが難しいという点でまさにその通りであるなと感じました。コミュニケーションの事実に着目することが重要であることが善くわかります。(2)については友だちの行動がLINEやトークなどで伝達されていくことが繋がっているかなと考えます。(3)については相手の受け取り方がどうかによって、そのコミュニケーションの事実が決まるということですが、これは教師が生徒に何かを説くときが例に上がると考えます。私などは生徒のために「このようにしたらどうか」という提案を生徒の前ですることがよくあります。その話は、話す私がどれだけうまく話せたかではなく、話を聞いた生徒の印象にどれだけ残ったか、行動が変わったかを重要視することであると考えます。相手がどう受け取るかでコミュニケーションの価値みたいなものが決まることであると考えます。

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今回の授業を受けて、私の身の回りの出来事で説明すると、アルバイト先でのお客さんや社員さん、他の従業員とのコミュニケーションが当てはまるのではないかと感じました。まず1つ目の要点に関してですが、私のアルバイト先では様々なキャンペーンを行ったりして集客を図っているのですが、私の住んでいる地域は御年寄が多く、こちらが一生懸命説明してもなかなか理解してくれないという事が多くあります。しかしこれは情報を発信する側の考えであって、受け取る側のお客さんにとって何が利点であるのかという点を考え説明しなければ受け手からスルーされてしまったり、理解されない場合があると思います。コミュニケーションの事実に関して着目して受け手がどう解釈したかというのを理解しなければならないと感じました。2つ目の要点に関してですが、例えばお客さんに商品の場所などを説明するときに言葉だけでは伝わらないことが多くあります。毎日のように来ていて商品の場所を把握しているお客さんなら話は別ですが、先程挙げたように御年寄のお客さんが多い私のアルバイト先では言葉だけではなかなか伝わない部分が多くあります。ジェスチャーで伝えたり商品の情報を文字に起こしたりと言葉だけではなく複数のレイヤーを介してコミュニケーションを図らなければ上手く伝えることができないと思います。最後の要点に関しては、1つ目の要点に繋がる部分があると考えます。私のアルバイト先で言うと先程挙げたようなキャンペーン情報の説明もありますが、お客さんだけでなく社員さんや他の従業員とのコミュニケーションでも事例があります。例えば社員さんに頼まれた仕事を自分は上手くやったつもりでも社員さんからすれば不十分であったり、逆に自分が他の従業員の方にお願いした仕事が不十分であったりと理想と違うことがある場合もあります。受け手側の反応によってコミュニケーションの事実が変わってくるということを理解して、この人にはこの説明をすれば自分が思っていることを伝えられると言ったようなことを考えて情報を伝えなければ、コミュニケーションの事実が自分の理想と違ってくる場合があるのではないかと思います。

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上の立場の人にトラブルの報告をするときに、「お前の意見はいいから、事実だけを伝えてくれ」と言われたことがあります。しかし、別の機会に、事実だけを伝えると「事実はわかったが、お前には意見はないのか」と突っ込まれたりします。通常、報告の内容には「事実」と「意見」の2つが含まれています。この「事実」と「意見」がゴチャゴチャになってしまうと、何を報告したいのかがわかり難くなり、また、「事実」か「意見」のどちらかしかなければ、相手は不十分と感じてしまいます。相手に報告する際には、この2つを明確に分け、まずは過去に起きた「事実」を客観的かつ冷静に伝えます。そして上司に「事実」を理解してもらった上で、これからの未来の「意見」を提示する必要があります。過去に起きた「事実」は断定的で具体的に伝えるのが基本です。上の立場の人に報告する際に「~のようです・らしいです」「~と思われます」という伝聞・推測の表現を使うクセがついている人をみることがあります。誰でも、自分が見ていない状況や、思わしくない状況を伝えるときには、曖昧な表現になりがちです。「~のようです・らしいです」といった語尾が曖昧なケースに加え、「ちょっと遅れそうです」「あまり良くない状況です」と頻度や精度が曖昧なケースもありますが、これでは現状がよくわかりません。

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私は今回の講義で3つのポイントを示されたときに母親との会話を思い出しました。それは部活動の大会の前日のことで、母親に「明日の大会、頑張りなさいよ」と言われました。当時の私は怪我をしていたためにあまり無理をすることができなかったため、「まぁ、適当に頑張る」と返しました。そうすると母親は不機嫌になり、私を叱り始めました。私は最初、なぜ母親が怒っているのかわかりませんでした。しかし話を聞いていると「適当」という言葉の意味を私が思っている意味とは違うとらえ方をしていると気づきました。私は程よく、適切といった意味で発言したのですが、母はいい加減という意味で受け取ってしまったようでした。その誤解を解くことで場は収まりました。今考えれば、母がそのように受け取ってしまった要因には私の態度も関係していたのだと思います。私は母に背を向けて顔を下に向けて返事をしました。その態度が母に「適当」という言葉をいい加減という意味に捉えさせてしまったのだと思います。ただでさえ「適当」という言葉は紛らわしいうえに私の態度のせいでいらぬ誤解を与えてしまいました。コミュニケーションにおいては言葉だけでなく身振り手振りも重要であることはわかっていたのですが、当時の私は無意識に下を向いておりこの件からは意識しようと思ったのを覚えています。加えてこれからは自分の言葉を相手が意図した意味に受け取ってくれるのかも考慮して会話をしていきたいと思います。

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今回の講義を身近な例として、飲食店で扱うドリンクの氷の量について説明します。(1)について、店員に対してただドリンクや氷の情報のみを発信していては会話にならず、コミュニケーションの成立には至りません。だから、このコミュニケーションにおいて最も伝えたい事実である客が求めた氷の量に着目してコミュニケーションをとる必要があるのです。(2)について、(1)で説明した氷の量という事実を説明するには言語の発信のみでは不十分です。だから、身振り手振りをしたり、コップや氷の量を絵にかいたり、求めている氷の量が入っているコップを見せたりなどいくつものコミュニケーションの手段の層(レイヤー)を用いることで聞く側である店員に対してコミュニケーションが成立しやすいと安易に想像できます。(3)について、客側がいかにして要点(1)、(2)に気を付けてコミュニケーションをとろうとしても、受け手である店員によって解釈が異なってしまうパターンがあるということです。たとえ客側が言葉と手ぶり、絵によって店員にコミュニケーションをとってもそれを理解できない外国人など価値観や理解度の違う受け手であった場合、そのコミュニケーションは成立しません。それどころか客側が意図していなかった量の氷が入ったドリンクのグラスが届くかもしれません。

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コミュニケーションというのは、受け手によって形を変えていきます。送り手の理想通りには相手に伝わらないこともあるということです。例に最近私の周りで起こった出来事について書いていきます。私のアルバイト先の女の子が、髪を切ってきました。今までロングヘアーだったのをショートカットにしてきたので、だいぶ雰囲気が変わったので、似合ってるよ!と伝えました。似合っていると褒めたので、喜ばれるかと思ったのですが、その子は怒ってしまいした。なぜだろうと思っていると、後々その子は他の男友達からキノコみたいだといじられていたようで、私も同じようにいじりにきたと勘違いしたみたいだったのです。このように私が伝えたかったことは、似合っているということでした。しかし受け取り手がそれを悪意のある言葉として受け取った場合、私の言葉は悪意のある言葉に変わってしまいます。ただその時の会話の内容のみならず、その前に他の人とどのような会話をしているか、どのような心情かというのも、コミュニケーションには大きな影響を与えています。なので、コミュニケーションを取るときには、相手がどのような受け方をするのか、どういうシチュエーションなのかも考えてから会話するべきだなと思いました。

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私は今回の授業を通して、いわゆる自分たちがしている”コミュニケーション”は、事実誤認がとてもされやすいものだと改めて再確認することができました。これは、ミクロの世界にしてもマクロの世界にしても同じようなことを言えますし、どちらの世界とも相互作用を引き起こしているように感じました。プレゼンテーションなどが例に上がると思います。例えば、スライドも何もなしで喋られるのと、スライドやジェスチャーを豊富にかつ、語彙力(言い回しが理解しやすい)がある人のプレゼンだと一目瞭然で理解度は変わってきます。人は、コミュニケーションをとる時、聴覚で理解するより、視覚的情報で理解しているパーセンテージが高いと聞きます。確かに、学校でプレゼンを目にするときも、単調に喋っている人より、そのような身振りや視覚的情報を補っている人の方が聞き手側の反応や、理解度も上がり自然とそれを事実として受け入れやすくなると思います。また、プレゼンなどのマクロの世界にいるプロフェッショナルとして外せないのが、Appleの創業者である、スティーブ・ジョブズ氏です。彼は、プレゼンをする際、記者やそのプレゼンを見ている一般人に伝わるように難しい言葉は使いません。わかりやすいフレーズと、シンプルなスライドだけを使い、新型のIphoneのプレゼンをします。なぜ、彼はそんなシンプルなことで人々の耳を傾けさせることができるのか疑問に思いました。しかし、すぐ答えは出ました。それは、実績があれば誰だってそれを事実として受け入れてしまうことです。ミクロの世界で例えたら、勉強を友達に教わるといった際、頭が良くちゃんと定期テストでも点数を取っている子と、平均点そこそこしか取れていない子に教わるとしたら圧倒的に前者をとると思います。そういう点を踏まえると、人はコミュニケーションをとる時、場合にもよりけりですが、話し手自体のバックグラウンドを見る習性があるように感じました。

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今回この授業を受けて、私はプラス的な印象を持つコミュニケーションの出来事とマイナス的な印象を持つコミュニケーションの出来事を1つずつ思い出しました。まず、プラス的なものとしては海外旅行での出来事です。私は1年前に地元の友達たちとグアムに旅行に行ったのですが、全員あまり英語が得意ではありませんでした。幸いなことにグアムは日本語が通じる人が多くて何とかなっていたのですが、1度だけ観光客があまり行かないような飲食店に行った時に全く日本語が通じない場面に遭遇してしまいました。その際、私達は聞かれていることが全然分からなくて困っている顔をしていたところ、店員の方が表情で察してくれたのか簡単な英語やジェスチャーを使ってゆっくりと話してくれ、私達のつたない英語に合わせてくれました。この出来度は、まさに今回の授業で取り上げられていたコミュニケーションの受け手の表情から反応をくみ取って会話を展開していく典型的な例なのではないかと思いました。反対に、マイナス的なものとしてはバイトでの出来事があります。私のバイト先は昼間にとても混雑し、多くのお客様がパスタを注文されるのですが、私はその際にパスタを作る仕事になると途端に機嫌が悪くなると複数のバイト仲間から言われてしまいました。というのも、私はそんなつもりが全くなくても、忙しいあまりに業務に集中し過ぎてしまい、「普段は話しかけたら気さくに話してくれるのに、この時だけは素っ気なくなるから機嫌が悪くなってると思ってた」と言われました。この出来事は、コミュニケーションの受け手の態度から誤った解釈をしてしまうといういい例なのではないかと思いました。このようなことから、コミュニケーションは授業でも言及されていた通り、良くも悪くも受け手の様子で中身が自在に変化することが分かり、今後はこのことに注意しながら会話をしていきたいなと思いました。

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コミュニケーションをとる時にただただ情報を伝えるだけと言う考えをしている人とたまに話す機会があるとその人の話している内容は自分の中に入ってきにくいと感じたことがます。数日前の年末の時に友達の仕事を手伝った時の事なんですがその仕事に初めて携わってみてその仕事でしか出てこないような単語が出てきてそれを理解するのにまず時間がかかりコミュニケーションという面でもっと分かりやすく言ってもらえた方がお互いがよりコミュニケーションを取りやすく困らない状況を作れたのかなと思います。 野球の練習の時や教えたりする時に口だけで話すと伝わりずらいですが身ぶりをしたりすることや電話をする時にスマホで声や文字だけで姿は見えないので寝間着であったり相手に見えないということでより気楽になりやすいなと思います。スマホやパソコンを媒介にしメディアの技術を利用して研究したり調べたりメディア技術はより相互作用として使いやすいのかなと思います。 お自分が情報の送り手の時にも受け取り手の時も両方ともみんなあると思いますがどちらかと言うと受け取り手の時によく起こるのが聞き間違いやニュアンスが違って捉えてしまった時に相手との空間で変な空気が流れてしまうことがあって自分の受け取り方ひとつでその情報が全く違うことになってしまうことがあるということを理解した上で情報を送らないと伝えたいことが伝えられないし表情ひとつとっても伝わり方が変わるなと思います。送り手も受け取り手も情報を伝えるという事がとても難しくお互いが相手の反応を見ながら話すということは改めて大事だなと思います。私も話している時に相手の反応がどういう反応をしているのかを見て話すことが多いのでこれでは伝わらないなという事があって違う話し方をすればすぐに伝わるという事があってその人その人に伝わりやすい伝え方があるんだなと話しているとよく分かることができます。

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コミュニケーションとはその場に居合わせた個体がお互いの身ぶりに反応し合うことであり、情報伝達ではありません。例えば私(送り手)が友達(受けて)とLINEや電話で日常会話をする際、私は「昨日は何をしていたの?」と聞くことがよくあります。その時友達は「ゲームをしていた」と言ったり「課題をやっていた」と言うことがありますが、時々機嫌が悪いと「今それどころじゃない!」と少し怒り気味に言うことがあります。これは私の問いかけに対して相手が反応しているだけで、情報伝達をしていると言うわけではありません。また、この例から分かることは、送り手のメッセージに対して受け手が反応して初めてコミュニケーションは成り立ち、同じ質問に対して様々なパターンがあるということです。つまり、(3)のコミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まると言うことがわかります。また、直接の会話では話し言葉だけでなくジェスチャーなどを使います。それだけでなく(LINEの)ビデオ通話では話し言葉やジェスチャーに加え、LINEで文のやりとりも行います。このようにコミュニケーションは同時にいくつものレイヤーで生じています。以上が今回の講義の3つのポイントです。

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コミュニケーションというものは、情報のキャッチボールではなく、身振りの交わりあいであるとG・H・ミードのコミュニケーション論であります。コミュニケーションは相互作用で、偶発性の高いものです。 テレワークでのコミュニケーションの事例を説明します。まずテレワークだと対面ではなくリモートの画面越しになるため、コミュニケーションが取りずらい印象があります。また、テレワークでなくても言えることですが、ヨコの繋がりだけでなくタテの繋がりも意識すべきだと考えます。 社内の年齢層が広いと、コミュニケーションのハードルが高くなる反面、コミュニケーションをとる分には色々なことを知るチャンスでもあると思います。仕事なチームプレーであり、会社に所属する人達がが同じ目的に向かって業務や仕事の成果を高めるために、社内でのコミュニケーションは大切であると言えます。社内のコミュニケーションがうまくとれていれば、対人関係も上手く行き、目的の共有や情報共有もスムーズになるため、企業の経営もよくまわるのではないかと考えます。 そんな中で、リモートでもコミュニケーションをとる方法としておすすめされているのが、リモート飲み会やランチ会です。オンライン上で行う飲み会で、仕事終わりにzoomなどに集まり、各自食事をしながら話します。こういう集まりだからこそ気軽に話せると思うし、オンライン上で画面越しなので、対面より恥ずかしさも少なく、お金もかからないので気軽に参加することができます。これらを社内イベントとして設け、のびのびと仕事ができる環境をつくっていくべきだと考えます。

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 私は携帯ショップの販売員のアルバイトを行なっていた時がありました。その時のお客さんとの会話がこの3つに該当すると思ったので、当てはめていきたいと思います。(場面としましては、家電量販店の携帯コーナーにおいて、携帯を見ているお客さんに声をかける時です。購入するかはまだ検討中という心情のお客さんです。)  まずは(1)からです。お客さんと話している時、「(私)最近新しい機種が発売されたんですよ」とただ情報を伝えるだけの話し方をしたことがありました。この入り方から話しかけたお客さんは大抵、「そうなんだ〜」と言って会話が続くことなくその場から去っていきます。これが情報に着目してしまった時です。次にコミュニケーションを重視した会話を心がけようとした時の話しかけ方です。「(私)何か今不便に感じているところがあるのですか」「(客)実は充電の持ちが悪くて」「(私)この携帯とかは充電の持ちはオススメですよ」このように、会話が続いていきます。つまり、ただ自身が知っている情報を相手に一方的に伝えるだけでは、コミュニケーションとは言えないということです。  次に(2)です。お客さんとの現在の料金比較をする際に「(客)今〇〇円なんだよね」「(私)高いですね」という会話をすることが多いです。私が「高い」と発言する際に、ただなんの表情も変えずに「高いですね」という時と、めちゃくちゃ驚く表情をしながら一歩足を引いてみる時とお客さんの反応を比較してみると圧倒的に後者の方が、その後の反応の食いつき度が変わってくる。体全身を使って会話をすることで、相手にこちらの意思以上の思いが伝わるということです。  最後に(3)です。これはお客さんが携帯を購入するか否かを決める時に本当に(3)のように思います。たとえお客さんと仲良くなって、いろいろな話を長時間したとしても、もともと購入の意思がなかったら、ただの時間つぶしになってしまいます。理想としては携帯の購入を前向きに検討してくれることなのですが、相手の反応によってコミュニケーションの事実が決まるということは携帯のアルバイトをしていた時に思っていたことと、本当にリンクしていると思いました。

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私はスターバックスでアルバイトをしていて、お客様とのコミュニケーションについて沢山考えてきました。スターバックスは「人々の心を豊かで活力あるものにするために—ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」という方針があります。ですので、コミュニケーションには心底力を入れているように思います。人と関わるのが嫌な人にとっては一番オススメしたくないバイトです。私がお客様とのコミュニケーションをとる上で一番大事にしているのはお客様が心に何を思っているのか察することです。たとえば、ショーケースを見ている人には「何かお取りしましょうか?」や、メニューを見て悩んでいる人には「お客様は今どんな気分ですか?」、それから、いつも抹茶ラテを飲む人にはオススメのカスタマイズを教えてみたり。お客様が少しでも幸せだなー、ここに来てよかったと思えるように接しています。コミュニケーションは情報のキャッチボールではなく、身振りの交しあいという考え方もとってもわかりました。どんなに機嫌が悪そうに見えても、こちらからコミュニケーションを取ってみると案外優しい人ってこともあります。コミュニケーションって性格が出るように思えて、お金を投げる人、店員さんにタメ口な人、イヤホンをつけたまま注文する人などなどはコミュニケーションをこちらから取ろうとしても上手くいくことは少ないです。

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「コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受けての反応によって決まる。」というのはテレビ、電話などによって行われるテレコミュニケーションにおいて、よく見られると私は思います。テレビにおいては、受け手によって情報の伝わり方、受け取り方が変化すると思います。最近では緊急事態宣言についての内容など発信者側が「20時以降」を強調して発信する事により、受け取る側には「20時までの外出はしても良い」と世間に伝わってしまったりしています。更にテレビにおけるコミュニケーションにおいては画面によりジェスチャー、画像の有効活用を行うことにより正確な情報の発信をする事ができるにも関わらず、そのテレビならではの利点を活用せずコミュニケーションを取らないのかと私は思います。そして電話においては声のみのコミュニケーションなので、声による情報伝達しか行われない為、間違ったり、違う解釈の情報が伝わってしまうと私は思います。友達と電話をした際に、こちらの伝えたい内容と相手に伝わった内容にすれ違いが生じたことがあります。このように情報媒体を介して情報を伝える場合は直接コミュニケーションを取る時以上に言葉やその他の伝達手段でより詳しく伝えることが大切だと思います。

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私がアルバイトをしている時のことなのですが、私が励まそうと思い「今日頑張ってるね、さすがだね」と伝えたところ、相手の機嫌が悪くなってしまいました。その後にその人となんで怒っているのか尋ねたところ、私の発言について「煽っているように聞こえた」「自分が精一杯やっているのに煽られるのは気分が悪くなる」と不満があったとのことでした。実際、普段ならば何も思わないようなことかもしれないが、相手が忙しい時に何も考えずこのような発言したことでこのようなすれ違いが起きたのだと思います。善意で発言をしたにも関わらず、相手の状況で嫌味や煽りと捉えられました。これはコミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まるという分かりやすい例であると考えます。また、私の言い方や表情などが良くなかったのかもしれないという点もあり、やはり対面でのコミュニケーションでは沢山のレイヤーが生じているのだとこの場面からも感じることが出来ます。この件を見ても文字だけの情報だけで見れば問題は起こりそうにないと思う人も多いと思います。しかしこのように相手には不信感を与えてしまっています。このことから、情報ではなくコミュニケーションの事実に着目する重要さも気づきました。

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今回の講義を受けて、「今日の夜ごはん何が良い?」という質問が交わされる場合について考えた。母親が「今日の夜ごはん何が良い?」という質問をすると、父親や子供は「何でもいいよ」と答え、母親は「何でもいいよ」という答えに怒りを感じるというケースをよく見る。父親や子供は、夜ご飯が何であっても嬉しいから「なんでもいい」と答えるに対して、母親は毎日何を作るのか考えることがストレス」であるため、「なんでもいい」という答えが一番困るらしい。オムライスやハンバーグなど、何でも良いから答えを出すべきなのである。「今日の夜ごはん何が良い?」という質問が交わされる場合には、質問者と回答者の意図が異なることが多いということが分かった。お互いが良かれと思ってしているコミュニケーションがお互いにストレスを生んでいる。このようなコミュニケーションにおいて、男女で考え方が異なることによって、トラブルが起こってしまうことが多い。例外も多くあるが、一般的に、男性は、論理的で、問題解決を求め、女性は感覚的で、共感を求めると言われる。元来の考え方の違いによって楽しいはずのコミュニケーションにおいてトラブルが起こってしまうのではないかと考える。

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今回の授業を受けて、特に重要だと思ったことは、コミュニケーションは複数のレイヤーで生じているということです。コミュニケーションという言葉1つとってもその中には言葉・身振り手振り・文字など様々な要素があります。したがって、人と人とがコミュニケーションを取る際は、自然とこれらの要素が複雑に絡み合った状態ということになります。私はバイト先が接客メインの仕事のせいか、お客さんの口調や態度を気にしてしまいます。使ってる言葉は丁寧で自然だけど、態度が少しでも失礼だったりすると、「この人機嫌悪いのかな」と私は感じてしまいます。このような感情が湧き出るのはコミュニケーションの中で複数のレイヤーが複雑に絡まっているからだと思います。逆に私が勝手に勘違いしているだけで、お客さん本人自身は何気なく接していただけなのかもしれません。これは送り手の理想でなく受け手の反応がコミュニケーションの事実になるので、結果的にそのコミュニケーションの事実は「この人機嫌悪いのかな」になってしまうのでしょう。コミュニケーションを用いて何かの情報を正確に伝えたいときは、送り手の理想と受け手の反応の差を縮める必要があると思います。 また、その差は必ずしも縮めれるわけではないので、送り手がある程度受け手の反応を許容することも重要だと思います。

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1つ目のポイントであるコミュニケーションの事実に着目するべきであり、情報ではないという点について、私は事実に着目すべきだと思う。もちろんコミュニケーションというのは送り手が言ったことがそのまま受け手に伝わるということである。みんなこの理想を求めているが、現実では送り手と受け手とでかみ合っていない場合が多々ある。そのため単純にコミュニケーションの理想を求めるのではなく、事実を受け止め理想に近づいて行く事が大切である。2つ目のいくつものレイヤーによって生じているとあるが、コミュニケーションは言葉だけではない。むしろコミュニケーションというのは顔や身振りなど言葉以外にも多くの大切な要素がある。どんなに話すのが得意な人でも怒ったような顔をしていたら聞き手も聞く気にはならないだろうし、逆の場合もあり得る。3つ目の受け手の反応によって決まるという点は言うまでもなくその通りだと考える。コミュニケーションで1番大切なところは受け手が理解しているかしていないかだ。送り手がうまく伝えた気になっていても受け手が理解していなければ意味がないと思う。友達とコミュニケーションをしていると相手の反応で理解しているかしていないかはっきりとわかる。そのため伝わってなさそうならもう一度送り手が伝えてあげるべきだと思う。

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本日の授業で出てきた3つのポイントに基づいて、身近な出来事を事例にして説明していきます。今回説明するコミュニケーションの事例は、私が最近友達とLINEをしていた時のことです。その時は、私が伝えようとしていたことが伝わらず思っていたこととは違う返信が来てしまいました。本日の授業を聞いて、これは(1)と(3)に当てはまることだと思いました。この経験は、コミュニケーションの真実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まるという通りだったので、今後は伝わりやすいように改善していこうと思います。そして連絡していた相手は、年上で全く気を遣わなくていい友達というわけではなく、さらにLINEでのコミュニケーションだったので言葉遣いや絵文字といった、(2)のようにいくつものレイヤーでコミュニケーションが生じていたと言えると思います。 新型コロナウイルスの影響で、リモートのような新しい形でコミュニケーションを行う機会が増え、今後も離れた場所でのコミュニケーションの場は多くなると思うので、コミュニケーションの真実に着目して、受け手に伝わりやすいような言葉遣いやジェスチャーをよく考えて、正しく行うことが今後のコミュニケーションにも大事になってくると思いました。

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私は少し珍しいコミュニケーションとして、一ヶ月に一回ぐらいのペースでオンラインでのT R P Gを一年前くらいからやっています。T R P Gとは、コンピュータゲームのPRGの元祖ともいえる、卓上でサイコロなどの道具を用いた対話式の遊戯です。複数の人がテーブルを囲み、プレイヤー側と進行役という役割に分かれて、架空の冒険を会話で行います。わかりやすい例としては、ドラゴンクエストを例えると勇者たちがプレイヤーで、ゲームシステムやNPCが進行役というイメージです。 これは通常みんなで集まってやるものですが、T R P Gという共有の趣味を持った人たちが高い頻度で集まるということは中々難しく、オンラインを通じてTRPGを行う遊び方とそれを遊びやすくするブラウザが生まれてきました。リアルでTRPGするにはプレイする人たちが同じ場所に集まらないといけませんが、オンラインなら遠方の人や集まる場所の確保が難しい人でもTRPGをプレイできるという利点があります。オンラインでのプレイは主に、音声を繋げて会話をして行う形と、文字を打ち込み文章でのやりとりをする形があります。それら共に一長一短なのですが、顔を合わせてやるよりも情報が少ないです。こちらのアクションからの反応、会話や単語の順序、声の抑揚の付け方。細かなコミュニケーションから相手のことを考えることがとても楽しいです。こう読むとオンラインでプレイする方が難しく、表現の仕方が少ないと考えるかもしれませんがそうではありません。3Dグラフィックスによる立体的なマップ、共有書き込み欄、音楽再生機能の共有などがあり、シナリオ中で使用するテキストやBGMなどを登録しておくことで、場面に応じた演出が素早く行えます。これらは使い方によって、まるで映画やデジタルゲームのワンシーンのような臨場感を出すことができます。これらの他にもオンラインならではのコミュニケーションも揃っており、使い方によってはリアルでやるよりも遥かに表現力豊かに遊ぶことができます。

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私は、今回の講義のポイントを説明する事例として、昔あった私の母とのやりとりを挙げたいと思います。まず、この出来事の詳細について記していきます。ある日、私は、母に買い物をしてほしいと頼まれ、買い物メモを渡されました。そのメモの中には、食パンが書かれていました。スーパーに着いたとき、私は、どの市販の食パンを買えばいいか分からないことに気づいたため、「どれを買ってくればいいの?」とLINEで母に聞きました。しかし、母は、スーパー内にあるパン屋の切れていない食パンを頼んでいたつもりだったため、「なにか種類があるの?」と返信されました。以上が、今回取り上げる出来事の詳細です。それでは、この出来事から、今回の講義のポイントを見ていきます。まず、(1)のポイントでは、コミュニケーションの事実として、私の母には本来の情報が行き渡らず、双方向に勘違いが生まれました。次に、(2)のポイントでは、第1のレイヤーに、買い物メモによる文字を媒介にした相互作用、第2のレイヤーに、LINEによるメディア技術を媒介にした相互作用が挙げられます。最後に、(3)のポイントでは、最初の送り手である母は、パン屋の切れていないパンを頼むというのが理想でしたけれども、受け手である私は、市販のパンを買うという風に捉えたため、私の反応がコミュニケーションの事実となりました。次の送り手である私は、どの市販の食パンを買うべきかを聞くことが理想でしたけれども、受け手である母が、パン屋の食パンに種類があるのかという風に捉えたため、母の反応が、コミュニケーションの事実ということになりました。

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身近な出来事でいうと、バイト先での話になります。私は飲食店でアルバイトをしているのですが注文を取る際に私は聞いた通りに受けたのですが私が間違っていた訳ではなくお客さんの方が間違えていたことがありました。無料券でカレーコロッケを食べられるのですが、その人はコロッケと言ったので提供したのですが、その方は常連なのでコロッケと言うだけで無料券のものだと私たちに伝わると思い注文されたのですが、カレーコロッケではなく普通のコロッケもメニューにあるので結果こちらが間違ったということになってしまったという事が最近あり、レジ打ちの際にお客さんに怒られてしまいました。しかしその方は注意をするような言い方をしていましたが私は間違えていないはずなのにという焦りから怒られていると思ってしまうということがありました。こういうことはよくあると思います。それは強い口調で言われれば注意しただけでも怒られていると判断されてしまうことです。私は実際小中学校の時やバイト先での経験から相手の顔は優しく笑っていても声や言い方がきつければ本来伝えたいこともあまり伝わらないのではないかと思います。

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私はアルバイトでテニスコーチをしていますが今回の要点に当てはまるような事例があります。例えばレッスンのメニューについて説明する時は話すのと同時にボードを使って動きを説明したりまた技術の説明であれば実際にその動きをデモンストレーションしたりしながら説明をしています。これは2番の複数のレイヤーによるコミュニケーションに当てはまります。実際に口頭だけの時より伝わりやすいです。しかし時には一番のように情報は言っても事実として伝わっていない時もあります。3番にも当てはまりますが本当はクロスに打って欲しかったのにストレットに打ってしまうというようなことがあります。このように自分の理想と生徒さんが実際にやることが違ってしまうことがたまにありますが私は何故そうなってしまったのかを考え新たなコミュニケーションで伝えるように努力しています。このように改善をしていくことで始めた当初はうまく伝わってなかったり、伝えるのに時間がかかってしまうことがありましたが、最近ではスムーズにしっかり伝えられることが多くなりました。

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私の昔の実体験を話します。 私が高校三年生の頃、ちょうど肌寒くなってきた時期でもあり、冬物を着込み始めた頃だったと思います。高校にバイクで向かっていて、いつもの交差点に来たときのことどす。 突然クラクションが鳴り響き、驚いて横を見ると、すぐ近くに大型のワゴン車が迫っていたのです。 その瞬間、スローモーションになったのを今でも覚えています。「どうしよう、アクセルを開けて急加速すれば避けられるだろうか、ブレーキをかけてとまればぶつからないだろうか?」 考える時間はたくさんありましたが、時間としては一瞬の出来事だったようで、気づいたら体は吹っ飛び、体がフェンスに激突していました。 その時は痛みは感じなかったので、たいしたことないのかな?と思っていました。 すると、周りの人たちが「動かないで!」と騒ぎ始め、気づくと足はズボンの上からでもわかるくらいの大怪我、喉の奥から血の味がして、息が苦しくなって来ました。その交差点は右斜め前に総合病院があったので、すぐ近くの病院に運ばれました。 どんどん息がしづらくなり、検査したところ、足と肩甲骨、肋骨の骨折の他に、肺が潰れていることがわかりました。緊急手術をすることになり、手術後はICUに運ばれました。 最初は大したことないと思っていたこともあり、全く自分が死ぬとは思っていなかったのですが実はこの時、私はかなり危険な状態で、両親は 「助かるどうかはわかりません。命は取り留めたとしても、植物人間になる可能性もあります」 という説明を受けたようです。 ICUは無菌状態になっているため、基本的には面会はできません。そんな中で私は過酷な治療に耐えなければいけなくなりました。肺が潰れて大量に出血していたので、鼻からチューブを入れて5分おきに血を抜く治療をしたのですが、それがとても痛くて、苦しくてたまりませんでした。でもそれをしないと、呼吸ができなくなり、死んでしまいます。 24時間続く地獄のような治療に私は心が折れかけていました。そんな孤独なICUで私を支えてくれたのは、友達の存在でした。 ICUの病室の扉には、小さな窓がついていて、その窓からたくさんの友達が私を励ましに来てくれたのです。もちろん会話をすることはできませんでしたが、友達は筆談や、変顔で私をたくさん笑わせてくれました。友達が来てくれている間だけは不思議と、痛みと苦しさを忘れることができました。 入院生活は長かったですが、友達は代わる代わるに毎日来てくれました。中には何年も会っていなかった懐かしい幼馴染なども来てくれて、辛い入院生活において、窓から顔を出す友達の顔が僕を救ってくれたのです。後から聞いたのですが、実は私の両親が私が死の危険があることを告げられてからたくさんの私の友達に「もしかしたら最期かもしれないから、会いに来てあげてほしい」と言ってくれて、それで本当に毎日多くの友達がきてくれたそうです。 当時の医療技術ではまず助からないとまで言われた大怪我でしたが、気持ちが負けなかったおかげで、私は今も生きています。高三の受験を控えた時期だったのにも関わらず、私をはげましてくれた友達と、呼びかけてくれた両親には感謝してもしきれません。周りの人の温かさのおかげで起きた奇跡を、今後もずっと忘れずに生きていきたいです。この友達とは今でもよく遊んでいます。授業の中で出てきた「コミュニケーションとは送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる」はとても同感しました。私は友達にしてもらったことを忘れずにこれからもその友達を大切にしていきたいです。

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私の経験と、この講義の三つのポイントは、密接に関わりがあると考えました。 一つ目のポイントである、「情報メディア問題を考えるときに重要なのはコミュニケーションの事実に着目することだ。情報ではない」というのは、人と会話するときに度々感じています。私が伝えたい情報が相手にしっかり伝わっているのかがわからないので、不安になります。したがって、情報自体ではなく、相手に伝わっているのかいないのかという事実が重要だということには納得できました。 二つ目のポイントである、「コミュニケーションは同時にいくつものレイヤーで生じている」というのは、スピーチで経験したことがあります。スピーチは、大勢の人の前で自分の伝えたいことをアピールしなければいけないので非常に緊張します。しかも、言葉だけでは十分に伝わらないので、言葉とともに身振り手振りで自分の伝えたいことを表現する必要があります。 三つ目のポイントである、「コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる」というのは、私も友人との会話で経験したことがあります。私は漫画が大好きなのですが、ある時友人におすすめの漫画について話したことがあります。私は、友人が興味を持ってくれるだろうと思って話しましたが、友人は相槌を打ってくれるものの、あまり興味がなさそうでした。だから、私はそれ以上話を続けることはできませんでした。

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今回の授業で、言葉よりも先に身振りや顔の表情で反応しあうだけで、すでにコミュニケーションは成立していることが分かりました。例えば、私はアルバイトで接客業の仕事をしていますが、お客さんに尋ねられる際に改めて考えてみると、いつも言葉よりも先にお客さんに安心してもらおうと、気づかないうちに笑顔の表情をつくっていたり、手を何気なく動かしてしいるというような身振りをしていると感じます。仕事上、言葉を話して説明しなければいけませんが、言葉がなくても、人の表情で相手の機嫌がわかり、身振りだけでもお客様にある程度のことは説明できるのではないかと感じました。また、コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく、受け手の反応によって決まるということを学びました。最近、アルバイト先の先輩が「最近毎日何して過ごしてる?」と複数の人に質問しているのを見かけました。私が感じるに、この質問は挨拶代わりに言った言葉であると思いましたが、回答した人の中には、プライベートのことで聞いてほしくなかったのか、少し感情的になる人がいました。受け手のリアクション次第で話が思わぬ方向に行ってしまう場合があり、相互作用は偶発的に起こるものだと感じました。

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この三つの要点に基づいて、私の体験談を話します。この三つに当てはまるよくある例は、噂話だと思います。送り手が理想とする伝わり方ではなく、受けて側が自分の中で大きく話をとらえるか、逆に小さくとらえるかなど様々です。中学生の時は、噂話の例を多く体験しました。友達から聞いた噂話を信じていいのか、自分の中でどうとらえるべきなのか今ではそう考えられえますが、中学生の私は結構鵜呑みにしてしまっていました。これこそ、コミュニケーションの事実に着目しなければならないと思いました。試着室で、友達に「何色の何の服を持ってきてほしい」などと頼んだ際に、自分が持ってきてほしい服と、受け手がとらえた私の情報は実際には一致しておらず、結局自分でとりにいきました。これを、言葉だけではなく身振りを使って伝えていたらどう変わっていたのかなと思いました。その友達は快くいいよと笑顔で言ってくれましたが、受け手の友達の反応が少し嫌そうな感じでしたらまた違ってくるだろうなと思いました。また、お弁当のバイトをしていて電話での対応が多々あります。その時に、声だけのコミュニケーションだとお客様の表情などが見えずらく、苦労しています。だから何度も注文を確認して、受け手、お客様の反応を毎回確認することを心がけています。

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コミュニケーションにおいて、その事実は送りての理想ではなく受け手の反応によって決まるという点は、今回の授業で自分の中での常識が大きく覆りました。自分の求めていた反応が返ってこず、適当に流されたような反応だったり、理解してもらえていないような反応のときは、コミュニケーションが成立していないようなイメージでした。しかし、受け手の反応にかかわらず、話し手が話した事実がコミュニケーションになっているのだとわかり、驚きました。コミュニケーションはいくつものレイヤーで生じているということは日常でよく感じるような気がします。話がかみ合っていないときや、かみ合っているようにみえて実は勘違いをしたまま話が続いていくときなどに当てはまることだと思います。

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私は3番目のコミュニケーションの事実は、送り手の理想では無く受け手の反応によって決まるについて話します。 私での出来事で言うとやはりラインでのやり取りが多いと思います。例えば話したいことがあれば、その前から何かを送るときに私は相手の反応を何個か予想しながら送っています。Aと言われればBの話をする、Cと言われればDの話をしてからEの話と合わせてBの話をするなど。 直接言えばわかるじゃん!と思うかもしれないですが、例えば恋愛であったり、相手に言わせたい時(相手が悪いことを自分から言って欲しい時)などに使っています。しかし、これらは反応の一部であり話す内容だけでは無く、ラインであれば返事のタイミングなども合わせて相手の反応としてうかがえます。例えば内容としてはとても良い反応だが1日以上も時間が経ってから返ってくること。 他にもこれは実体験ですが、ごめんなさいと言われるのがとても嫌な人もいました。自分としては本当に申し訳ないと思ったからこそ友達だとしても「ごめんね」ではなくしっかり「ごめんなさい」と伝えたのですが、敬語のように感じてそれでは距離を取られているように感じるようです。自分がちゃんと謝ってるとしても他の意味で伝わって更にコミュニケーションが難しくなることがありました。それらはわからなければお互いに意図を確かめ合わなければなりません。

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1はコミュニケーションとは情報のキャッチボールではなく身振りの交わし合いである。それは共通の言葉は必要なく身振りで会話し合う。私が勤めているパチンコバイトでは機械の音がうるさくお客様が言ってることが基本的に分からない。しかし休憩中なら飯の身振り、終了なら手を使ってバツマークを示す。それは情報の交換ではなく身振りの交わし合いであることをしめしている。 2はコミュニケーションはレイヤーの積み重ねによって同時に生じていることだ。それはレイヤーにも種類があり身振りや話し言葉、文字、メディア技術によりなど様々である。例えば私がバイトでよくある話では、私がフォローを呼びたい時声が届かない場合来て欲しいという手振りをする。そしてそのレイヤーを受け相手がその結果の反応を起こす。そしてその反応で私が行動に動かしたり、話し言葉にしたりと同時進行で複数のレイヤーを積み重ねます。3つ目はコミュニケーションの事実は送りて理想ではなく受けての反応によってきまるということだ。私がパチンコバイトで働いている時インカムを使い機材トラブルのどこが治らないかなど報告する。しかし具体的な名称がわからない時やテンパっている時、時間がない時など私が思っていることを受け手にわかって貰えないことがあった。それはある視界に入った事柄を言葉に変えるときに私の中の言葉のチョイスで他の人に伝えます。送り手にその言葉のチョイスが異なっていたり、知らなかったりとい障害が生まれるからです。

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今日の講義内で、”相互作用では相手の反応次第でどこにでも転がるので偶発性が高い”という記述がありましたが、私はこの部分に非常に共感しました。講義で取り上げられていた会話は、おそらく女性がある単純な質問をした際に、受け答えをする人(おそらく男性)が異なる反応をし、次の会話やお互いの雰囲気が良くも悪くもなるという例でした。人はコミュニケーション、すなわち会話をする時に嘘をつこうとしたり、ごまかしたりしようとすると普段とは違う行動や癖が出ると言われています。中でも定番なのが目が泳いていたり、手で髪をいじったりあごを触ったりする、口数が多くなる、などという行動が挙げられます。これは上の講義ポイントの(3)で書かれている「コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる。」という例にまさしく当てはまっていると言えます。人と会話する際、嘘をついたりごまかしたりすることが良くないということが大前提ですが、どうしても嘘をつく必要があるときや本当のことが言えないとき、相手に悟られぬよう、先ほど挙げた行動に注意して会話をする必要があると感じました。また、受け手の場合だけじゃなく、送り手の立場になった場合も同様に相手が何かいつもと違う動きや、癖が出ていないかに着目することで簡単に嘘を見抜くこともできると思いました。人の小さな行動1つでその人の思惑が分かってしまう可能性があることは非常に面白いと感じました。

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(1)情報メディア問題を考えるときに重要なのはコミュニケーションの事実に着目することだ。情報ではない。 については、私もコミュニケーションは相互作用が大切であると思います。そのため、私は事実である情報があったとしても、その情報を伝えるかまずは受け手の反応を考えてから決めています。もしも、その情報が受け手にとってマイナスな情報であるとしたら、私は伝えずに黙っていると思います。例えば、子供は大人と比べて正直であるため、相手の反応を考えずに事実である情報を伝えてしまうことがあります。これは私の体験談であり、小学生の時は特にこのようなことが原因で喧嘩が絶えなかった記憶があります。このように、一方が正しい情報を与えているからといって、コミュニケーションが成立しているとは言えないと思いました。 (2)コミュニケーションは同時にいくつものレイヤーで生じている。 については、私は毎日のコミュニケーションから自分の感情を言葉を通して伝えることは難しいと感じています。私が相手に「あなたと一緒にいる時間は楽しい!」と伝えた際、私は楽しい以外にも「幸せ」や「満足」といったポジティブな感情があります。また、その感情に加えてひそかに「あなたからも私と一緒にいて楽しいと言ってほしい!」という期待も込められています。そのため、楽しいと言いながらも少し探りを入れたような表情が出てしまうこともあります。このように、実際にはたくさんある感情を一つの言葉にまとめて表現し、コミュニケーションをとっていると思います。しかし、受け手は送り手のいくつものレイヤーを正確に感じ取ることは難しいと思いました。 (3)コミュニケーションの事実は、送り手の理想ではなく受け手の反応によって決まる。 については、私は相手へ振った話題に対して相手が良い反応を示し、コミュニケーションを通してさらに仲が深まるといいなと考えているため、私が人と話す際には相手から理想の反応が返ってくるように心がけています。例えば、講義でもあったように「昨日はどこへ行っていたの?」という質問は、私は仲の良い人には気軽に聞くかもしれないけれど、あまりかかわりがない人には聞かないと思いました。なぜなら、私自身あまり話さない人とはプライベートの話をしないようにしているからです。さすがに「そんなの、どうでもいいでしょ!」という反応をされたことはありませんが、私がもし同じ質問をされたら心では「まだそこまで仲良くないのに、なぜ聞いてくるのだろう?」と不審に思ってしまうからです。