情報倫理とセキュリティ2020後期06感情の増幅装置(3)

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1. 今日の講義ではジョージ・オーウェルの『1984年』を紹介しました。その中に「二重思考」と「ニュースピーク」というのが出てきます。それはどういうものなのか、授業では説明できなかったので、調べてまとめてください。そのうえで現代社会において「二重思考」「ニュースピーク」に相当するものがないか探して下さい。500字以上。ラジオトークのように「私」を主語にして「ですます調」で書いて下さい。締切は2020年10月31日午後11時30分。

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ニュースピークについては授業内で先生の語った「エモい」について考えた個人的な感想を最初に述べますと、ニュースピークというオーウェルの思想的なものではなく、ただ単にミーム汚染ぎみのギャル語の一部であるように思われます。最近のふざけたニュース番組が意図的に取り上げ、意図的に演者に使用させることで、世間の新ミームにしようとしているだけのものが、ただ単にギャル語だったという事にしか過ぎないとおもっています。オーウェルの言うものは政治的なものを表しているようですが、これは別物ではないかと思われます。ニュースピークという文面だけの意味でなら該当する文字通りニュースピークなものだと思います。文字通りニュースピークというものであれば、ネット用語がわかりやすい事例かと思われます。ネット用語は匿名掲示板や、オンラインゲームでのチャットを打ち、意思疎通をする際に誕生したものであり、タイピングの手間を省いた結果うまれた用語や、とりあえず簡略化したものです。話題によく出されるようになったSNSTwitterでは、お気に入りに登録する事を「ふぁぼる」といいあらわします。二重思考に関しては、2つの矛盾する信念を同時に持ち、その療法を受け入れる能力のことで、自らの無謬性を保つ(無謬性に関しては思考や判断に誤りがないことです。)ためのものです。これを行うことによって、人々は正しいものだと認識するようになるといった手法です。事例をあげると嘘と矛盾だらけの某国がわかりやすいかと思われます。こんな事をしても、いい加減だと言う感想しか浮かばないですが、これをみると、我々のような一般人はメーカーに踊らされる人にはならないように気をつけて行動しなくてはならないとおもいます。信じるという人の習性を利用して商売をする悪質なものもいるので重ねて気をつけなくてはなりません。が、これと同時に、人らしさというものが消えた人間を作り出してしまうのかもしれません。コレが人のあるべき姿なのでしょうか。

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 二重思考とは、矛盾した2つの意見を同時に持っておきながら、その両方の意見を受け入れ、信じ込んでしまう思考法です。  特に、現代社会では、原付バイクのスピードに関する思考法が二重思考に相当するのではないかと私は思います。  元々、原付には30kmという法定速度があります。このことから、私たちは原付バイクで30km以上のスピードを出すことは危険だと信じ込み、制限速度は守らなくてはいけないという思考を持っています。  しかし、その一方で原付バイクが30kmで走ることは、後続車が詰まることになり、危険という意見も信じ込んでおり、制限速度を守る必要はないという思考も同時に持っています。  以上のことから、原付バイクに関して、私たちはスピードを上げることは危険だと信じていながら、スピードを上げないことは危険という矛盾した両方の意見を信じており、それを受け入れてしまっているのです。  また、ニュースピークとは、文法や単語を単純化させることで、国民の思考力を単純化させ、支配する手段です。  特に、現代社会では、コロナウィルスによる集団感染を「クラスター」や「メガクラスター」、感染症の流行の段階を「フェーズ」、感染爆発を「オーバーシュート」、都市封鎖を「ロックダウン」というように、普段日本人が聞き慣れない単語を政府が用いることによって、国民に深刻な事態であることを把握されないようにしているのではないかと私は思います。

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私が説明する、ジョージ・オーウェルの「1984年」の中の「二重思考」と「ニュースピーク」というものについて、先ず「二重思考」とは、ふたつの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力のことをいいます。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、しかも操作したという事実をどこかで覚えている状態となります。「二重思考」の最も象徴的なフレーズは、「2+2=5」です。人々は、党が2+2=5だといえば、それを信じます。それが二重思考です。次に、「ニュースピーク」とは、ジョージ・オーウェルの「1984年」で描かれた架空の言語です。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語であります。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることなのです。現代社会において、「二重思考」と「ニュースピーク」に相当するものとして、現代社会が「1984」の世界に似てきていることです。「1984」は欧米を中心に世界中で読まれている20世紀の名著の一つとして常に一定の人気を保っていますが、2017年1月23日に米国で突然アマゾンのトップ10リストに上がり、同25日には1位になりました。これはトランプ米大統領就任式の聴衆数が誇張して発表された後、テレビ番組に出演したコンウェー大統領顧問が「オルタナティブ・ファクト」という言葉を用いてそれを正当化したのがきっかけでした。数字の誇張が虚偽ではなく既存のものに取ってかわる新しい事実、つまり「もう一つの真実」だとする考え方は、まさにオーウェルが「1984」で扱ったニュースピークや二重思考に相当しているのです。

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二重思考というのは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。現代社会でも二重思考に相当しているものがあります。それは、安倍政権の公式文書改ざんです。公式文書とは、起きた事実を記す文書です。その文書を手続きもなく改ざんすることは、事実の書き換えと同義です。一次ソースは、事柄に近い時間に書かれたものほど信頼性を増します。後から書き換えるとは、信頼性を損なう行為です。公文書を改ざんすることで、実際に起こった事実が書き換えられて、認識できなくなります。このように事実を事実と認識できないようにする、二重思考的な事件でした。他にも、後から閣議決定でそうだったことにする、という手法もよく使用されていたそうです。しかし、二重思考には危険性があります。まず真実や事実を認識できなくなります。真実や事実が認識できなくなるとは、何が正しいのか考えられなくなることです。 ニュースピークのというのは世界観を表現する手段やイングソックの信奉者として適切な精神的態度を育むことに留まらず、他の全ての思考方法を不可能にすることです。また、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることが目的だったのです。現代社会において例を挙げるとしたら、差別がニュースピークに相当していると私は思います。海外でも人種の差別などが起きていて、日本でも少なからず差別は起きています。差別している人は自分がその人よりも優れているからそういった所から相手の思考を封じて自分が有利になるようになる為にその人の主張を無くしたりしているのです。これもニュースピーク である国民の自由を無くしていることと一緒ではないかと私は思います。つまり、この2つは現代の日本でも少なからず起きていることなのです。

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(ニュースピーク)や二重思考(ダブルシンク)は、全体主義を永続させるための手段として使われる手法です。二重思考とは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。人間は認識に矛盾を抱えると、解消しようとします。二重思考では、矛盾を感じることがない状態のことをいいます。矛盾を感じて解消するのではなく、矛盾そのものを「忘れる」のが二重思考ということになります。二重思考は危険だと言われています。それは、真実や事実を認識できなくなるからです。真実や事実が認識できなくなるとは、何が正しいのか考えられなくなることです。二重思考とは矛盾を矛盾として受け止めない思考なので、矛盾にも気がつかないのです。現代の政府の中にも二重思考が話題となりました。年金収入のみでは、生活費が「30年で2000万円」不足するという、分析を含む金融審議会の報告書が明るみに出るといった騒動がありました。麻生太郎金融担当大臣は、この報告書の内容は政府方針にそぐわないとして受け取りを拒否したのです。政府が受け取らないのだからこの報告書は存在しないということになってしまいました。目の前にある報告書が、大臣の一言で目の前から消える、なかったことになります。「ある」」が瞬時にして「ない」に変わるのです。相当に高度な「二重思考」を要する芸当です。日本の政府でこんな二重思考が行われているなんて思いませんでした。とても身近で起こっていました。

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ジョージ・オーウェルの『1984年』に出てくる「二重思考」は、相対する矛盾のどちらも真実だと信じることです。二重思考の作用がある状態だと、矛盾というものがまず存在せず、正しいとなっているものは、全て正しいとなる状態です。現代社会での二重思考の例を挙げるならば、黒人差別反対運動が考えられます。なぜならば、黒人差別反対運動をしているにも関わらず、暴徒化し、略奪や破壊行為を行い、余計に黒人の地位を下げるようなことをしているためです。これは、二重思考の一つだと考えます。次に「ニュースピーク」について、解説をすると、作中では全体主義国家に反する思考をできないように国民の思考や語彙を制限するために作った言語で、いくつかの語彙群に分かれています。そして、政治利用に使う単語や日常会話の単語の意味が明確に定義されており、曖昧さや多様性を取り除いたものなどになっています。現代社会でのニュースピークの例を挙げるならば、日本における、eスポーツが挙げられると考えます。なぜならば、日本において、スポーツというものが、「身体を動かすもの」と多くの中年層以上の人は考えています。ですが、海外の考え方で言えば、「勝敗を競うもの」であり、チェスやディベートもスポーツと呼ばれています。日本でスポーツ=身体を動かすこととなったのは、国民の身体的健康目的として、運動競技=スポーツと結びつけたからです。つまり、これもスポーツという単語の意味を絞って認識させたことによるニュースピークの例と言えると私は考えます。

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今回の授業ではジョージ・オーウェルの1984年が紹介されましたが、その中に出てくる二重思考とニュースピークというものが出てくるそうです。まず二重思考とは相反する二つの事象を同時に信じることだそうです。私が考える現代社会においての二重思考は学校の校則が生徒に強制させていることに近いと感じました。なぜなら教育の場において多様性を受け入れるとは形式では先生は口にし、標語になっていたりしますが、校則はそれを反していると思うからです。例えば「髪の毛の色は黒にしなければならない」は多様性を全く受け入れていない差別的で没個性な校則だと思います。私が高校時代に頭髪検査で地毛が茶色っぽいため、教員から黒色にしなさい、と指導を受けた経験があります。当時の私はもちろんどうして地毛なのに染めなければならないのか、疑問に思いましたが、学校という小さな社会でその規則に刃向かうことは許されませんでした。中学、高校時代の校則とはまさに学生に二重思考を強いていたのではないか、と今回の授業を受けて感じました。学生たちを制限し、統制させるため、相反する事象を信じさせることで、矛盾について考えることを放棄させ、受け入れさせていたのではないか、と思いました。

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私はこの作中で、「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と説明されていることに興味を持ちました。舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する党が民主主義の擁護者であるというプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えています。 二重思考は作中の全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層が半永久的に権力を維持するため、住民および自分たち自身に実践させている思考能力であります。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、しかも操作したという事実をどこかで覚えている状態となります。二重思考とはニュースピークによる単語であり、オールドスピークに直せば、リアリティー・コントロールとなる。 ニュースピークにつながるジョージ・オーウェルの思考の起源は、1946年のエッセイ政治と英語に表れています。ここで彼は同時代の英語の貧困化を嘆き、メタファーの劣化、気取ったレトリック、意味のない言葉などが思考のあいまいさや論理的思考の欠如の原因となると述べています。

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二重思考とは『1984年』に出てくる思考能力です。作中では相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知していながらも双方ともに信奉することと説明されています。 物語の舞台である全体主義国家では民主主義などは存立し得ないという事実を信じながら、尚且つ国家を支配する党が民主主義の保護者であるというプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えています。現代社会について二重思考に相当するのは、積極的平和主義だと思います。例えば国民が銃を自衛のために所持しているとしても捕まってしまいますが、自衛隊では自衛のために持ってるといってもその解釈が通ってしまいます。 またニュースピークとは作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとに作った新しい英語です。目的として国民の語彙や思考を制限して党のイデオロギーに反する思考を考えられないようにすることで支配をすることです。ニュースピークはA語彙群、B語彙群、C語彙群の3つの群に分類されます。現代社会においてニュースピークに相当するものはたくさんあるます。一例としてFREEの政治的自由個人的自由の意味は消滅して原文の意味を保ちつつ、自由を謳う政治宣言などを翻訳することは不可能です。

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 私は現代社会において『二重思考』は『人をだます営業』で、『ニュースピーク』は昨今よく言われている『日本語の乱れ』が相当しているように思いました。まず、『二重思考』とは対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法のことです。例えば本来、人間はAとBを認識する時に矛盾が生じた場合に解消しようとします。しかしこれが二重思考であるとA=A(本来の人間だったらBと認識している)であるため、矛盾を感じることはありません。このように矛盾そのものを忘れるということが二重思考であり、真実や事実を認識できなくなることから何が正しいのか考えられなくなる危険性があります。同じように『お客様に必要なものをお届けするやりがいのある仕事』だと聞かされて入社したとしても、実際働くと定価もしくは定価以上の値段の商品を、あたかも安く購入できると謳い販売しなければならない営業マンは、段々と人をだましてお金を稼いでいるような感覚に陥り疲れてしまいます。しかし結果を出せば出した分、自分の成績が上がり給料にも反映されるため、段々とこの感覚を忘れ『真の営業マン』として活躍するため、二重思考と相当していると思いました。  また『ニュースピーク』とは使用できる言語を大幅に制限することです。思考は言葉であるため、表す言葉が存在しなければ物事について深く考えることができません。さらに考えることがないので実行に移すこともできず、他者とのコミュニケーションにも制限がされてしまいます。同じように若い人を中心にどんな状況でも使われることの多い『ヤバい』などは深く考えない(考えられない)状況下のコミュニケーション時に登場します。旅先で見た綺麗な風景も『ヤバい』し、おいしいランチも『ヤバい』し、突然自分の体調が悪くなっても『ヤバい』し、自分の推しはどんな時でも『ヤバい』し、興味のない人の話はとりあえず『ヤバい』で表現します。これらは誰かに『ヤバいしか使用してはいけない』と制限されたわけではなく、すぐに感想を言いたい、長々と思いを説明できないといった考えからどんな状況下でも使用できる言葉生まれたのだと思います。ニュースピークとは逆行しているように見えますが、使用している本人自らコミュニケーションに大幅な制限をかけているため、ニュースピークに相当していると思いました。

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本日の講義で取り上げられた、ジョージ・オーウェルの『1984年』の中に「二重思考」と「ニュースピーク」という言葉が出てきましたが、それはいったいどういったものなのでしょうか。そして、現代社会において「二重思考」「ニュースピーク」に相当するものが存在するのか考察します。 まず二つの言葉「二重思考」「ニュースピーク」について説明します。 「二重思考」とは本分を引用すると、「ふたつの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力」であるのです。政党は、自らに誤りが含まれていないことを保障するために、歴史の改変を行うことに加え、人々にこの手法を習得させるのです。そうすることで、党が矛盾した行いをしたとしても、それはどちらも正しいと認識するようになるのです。最も簡単に表すフレーズは「2+2=5」であり、人々は党がこう言えば、それを信じてしまう。それが「二重思考」なのであります。 「ニュースピーク」とは、「作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語でありますが、その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思考を考えられないようにして、支配を盤石なものにすること」なのです。 現代社会において、これら二つに相当するものは、今も世界で感染拡大を続けているコロナウイルスの事例であると考えています。それは、「コロナウイルス追跡のための携帯電話」という事例です。コロナウイルス発症者の濃厚接触者や感染経路をたどるために、政府が携帯電話会社相手に契約者の位置情報を取得する相談をしていると言います。コロナ流行が収まって平常に復した時に、すでに一線を越えてしまって引き返せなくなってしまうのではないかと言われています。 この事例が「二重思考」「ニュースピーク」に相当する存在であると考えられるでしょう。

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二重思考とは、相反し合うふたつの意見を同時に持ち、それらが矛盾することを知っていて、どちらも正しいと考えることである。とされているが、わたしはこの二重思考について、矛盾についての思考を放棄して、双方を受け入れているように感じた。現代において、二重思考の例として女性の社会進出が挙げられるのではないだろうか。性別による仕事の内容や給料等の差別を無くすべきだ、という考えを持ちながら男性と同じように働くことは不可能と考える女性は多く居るのではないだろうか。 また、ニュースピークとは、実在の英語を元に作られた新しい英語であり、使用者の語彙や思考を制限することで、支配をしやすくするといった目的の元に作られた言語である。わたしはこのニュースピークについて、現在何気なく使っている言語にも、もしかしたらニュースピークのような要素が含まれているのではないだろうかと感じた。 とくに現代において、ニュースピークの例として、高度プロフェッショナル制度や働き方改革という言葉が挙げられると考えた。これらの言葉は、残業時間の上限など、長時間労働につながりかねない法案を言い方を変えて良く聞こえるようにした言葉のように感じる。

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 二重思考とは、簡単に説明すると対立した矛盾をどちらも真実だと考える思考です。人間は認識に矛盾を抱えると、解消しようとします。いわゆる認知的不協和です。認知的不協和では、二つの矛盾の解消法があります。喫煙者を例にすると、喫煙者は「たばこを吸うこと」と「たばこが健康に悪いこと」を矛盾として抱えています。解消法1の一つ目は「禁煙することで矛盾は解消される」解消法の二つ目は{「でもたばこはストレス解消になる」「長寿の喫煙者もいる」など、新たな認識で矛盾を解消しようとする}というものです。二重思考ではどうなるでしょうか。「たばこを吸うこと」と「たばこは健康に悪い」の二つに、矛盾を感じることがない状態が二重思考です。矛盾を感じて解消するのではなく、矛盾そのものを「忘れる」のが二重思考です。矛盾そのものを忘れることは、思考を停止と忘却で達成します。これが二重思考なのです。  次にニュースピークです。ニュースピークはオセアニアの公用語でイングソック、つまりイギリス社会主義の思想上の必要性から考案されました。ニュースピークの目的は世界観を表現する手段やイングソックの信奉者として適切な精神的態度を育むことに留まらず、他の全ての思考方法を不可能にすることでした。完全にニュースピークに適応しオールドスピークを忘れると異端的思想は少なくともそれが言葉に依存する思想である限りは文字通り考えることができなくなるように意図されていたのです。ニュースピークは部分的には新しい単語の発明によっておこなわれていたが主要な部分は望ましくない単語の抹消と残る単語における異端的な意味、二次的な意味の除去によっておこなわれていました。ニュースピークは思考の幅を拡大するためではなく、縮小するようにデザインされていて、この目的は言葉の選択肢を最小まで刈り詰めることで間接的に補助されていました。  現代社会において二重思考に相当するものは、安倍政権の公式文書改ざんです。公式文書とは、起きた事実を記す文書です。その文書を手続きもなく改ざんすることは、事実の書き換えと同義です。一次ソースは、事柄に近い時間に書かれたものほど信頼性を増します。後から書き換えるとは、信頼性を損なう行為です。公文書を改ざんすることで、実際に起こった事実が書き換えられて、認識できなくなります。事実を事実と認識できないようにする、二重思考的な事件でした。

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二重思考とは「相反し合う2つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と説明されています。作中では2+2は5であると言われていたように権力のあるものが言ったことに対して自分は違うと思っていてもそうであるとしています。ニュースピークは作中の全体主義体制国家が国民の思考や語彙を制限することで党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにするために実際の英語を元にして作った新しい英語であるとされています。 私は現在社会においてハラスメントがこの2つの言葉に該当する事象であると考えます。このふたつの言葉に共通して言えるのは権力のあるものに逆らわないようにするという考え方です。上下関係のある人物に逆らえばクビになったりいじめにあったりする可能性があります。そのため、自分とは違う考え方であっても否定せず、自分の考え方を曲げるというようになり二重思考となります。そしてこの二重思考が蔓延する関係ではやがて権力が高い人に逆らうという思想を持った時点で迫害の対象となります。そしてその組織内で誰も迫害されないために新しい言葉を作ることで一見平和なように見える独裁政権を作ることができます。これがニュースピークの始まりとなります。つまり、ハラスメントがエスカレートすれば思考が逆らうことやその上司を嫌うことすら考えられなくなってしまうことになりかねないと私は考えます。

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初めにニュースピークについてです。ニュースピークとはジョージオーウェルの小説1984年に描かれた架空の言語です。国民の思考などを制限し、党のイデオロギーに反する思考を考えられないようにし、支配するために作られました。 次に二重思考についてです。二重思考とはニュースピークによる単語で、一つの精神が同時に相する反し合う二つの信条を持ち、その両方ともが受け容れられることを言います。作中では相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することと説明されていて、舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえないという事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する党が民主主義の擁護者であるというプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えていました。 次に私が二重思考に相当すると感じる事についてです。私が二重思考に相当すると感じる事は、現代の日本の核兵器問題です。日本は戦争をしないためには全ての国が核兵器を手放すことが平和の実現につながると考えているため、核兵器を所持しないとしています。しかし、戦争をする事はないが核兵器を所有することにより周辺国から攻撃される危険が減少するという考えから核兵器を所有したほうが良いとする考えもあります。 これが私が二重思考に相当すると感じる事です。

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二重思考とは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。人間は認識に矛盾を抱えると、解消しようとします。しかし、矛盾を感じて解消するのではなく、矛盾そのものを「忘れる」のが二重思考です。具体的には、「正しいと言われれば、それが正しいと信じ込める精神状態」が二重思考です。併せて、二重思考だと、「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4にも5にもなる」と言われてしまえばそれが正解になってまうのです。矛盾そのものを忘れることは、思考を停止と忘却で達成します。 次に、ニュースピークとは、使用できる言葉を大幅に制限することです。その基本原理は、表す言葉が存在しないので、物事について深く考えることができなくなります。つまり、考えれないので、実行に移すこともできません。例えば「自由」とか「反乱」という言葉がなけれ、自由を訴えたり、反抗することもできないように、言葉こそ思考だと思います。ニュースピークはこうやって思考できる範囲を狭めるのです。表す言葉がないので他人とのコミュニケーションも必然的に制限されてしまいます。 これを踏まえて、現代社会において、二重思考に相当するものは、「憲法と自衛隊」だと考えます。政府の見解では、憲法が禁止しているのは、集団的自衛権だけという解釈から自衛隊は違憲ではありません。また、自衛隊は軍隊ではないので、陸海空一切の戦力にも当たらないとされていますが、私たちの視点からみたら、自衛隊はどう見たって軍隊です。海外からも軍隊と認識されています。これは、まさに二重思考に相当するものだと考えます。次に、ニュースピークに相当するものは、略語だと考えます。言葉はその1語で意味を表現されます。しかし、略してしまうことによって、言葉の持つ意味を減らし、限定的にすることで、人の思考も限定的なものとなり、さらに思考を表現する言葉を少なくするものであり、ニュースピークの概念が成立します。よって、略語はニュースピークに相当すると考えました。

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 この「1984年」の中に出てくる「二重思考」は二つの矛盾した考えを同時に受け入れることができることです。通常政府がやることに矛盾が生じていた場合、国民から不満や批判が出ます。しかし小説の中のビッグブラザー率いる党は、党のやることに不満などを抱かせぬように矛盾した考えを受け入れられるように洗脳のようなものをします。党のいうことはすべて正しいといった思考に至ってしまうのです。党が2+2=5といったらそれが正解になるのです。  そしてもう一つの「ニュースピーク」は小説内ではあえて語彙を減らした言語を国に使用させ、批判や不満などに近い思考を言語から消していこうというものです。批判という考えや言葉が存在していなければ、そもそも国民から批判が来ることもありません。現実的には考え難いことではありますが、実際にナチスで機関の名前を略称で呼ぶというこれに近い行為は行われていたそうです。  これら二つのものは現代社会だとなかなか例えるのは難しいですが、SNSではそれに近いものがあるのかなと感じます。例えば自分の好きな俳優がデマの記事を上げてこれが正しいと言っていた場合、デマだとわかっていてもそれに流されてしまう人は多いのではないでしょうか。韓国のアイドルが原爆のTシャツを着ていた時も、ダメなものはダメというファンもいましたが、好きに着ればいいじゃんというファンも少なくはありませんでした。格上の人や組織から明らかに間違っていることを言われたりされたりしても、それが正しいと感じてしまうことも少なくはないのかなと思います。これは二重思考の例ですが、ニュースピークの例は現代社会ではなかなか思い当たるものがありませんでした。ただ、これら二つの存在する世界は漫画「進撃の巨人」の世界がとても似ているなと感じました。

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私が調べた結果によると、二重思考やニュースピークは、全体主義を永続させるための手段として使われる手法であります。二重思考は対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法で、いわゆる認知的不協和です。人間は認識的に矛盾を感じると、解消しようとします。現代社会において二重思考に相当するものはいくつか挙げられます。一番わかりやすい例でいうと、喫煙者であります。喫煙者は「タバコを吸うこと」と「タバコは健康に悪いこと」の矛盾を抱えています。この解消法として1つは禁煙することがあげられます。2つ目はタバコはストレス解消になることや、長寿の喫煙者もいるという新たな考え方で解消しようとします。しかしこの矛盾を解消しようとするのではなく、矛盾そのものを「忘れる」のが二重思考です。ほかに現代社会で二重思考だといえることは自衛隊と憲法だと思います。一時期ニュースでも頻繁に報道されていましたが、政府は自衛隊は違憲ではないと主張していますが、自衛隊は軍隊であるといえると思います。これは二重思考をしているといえます。次にニュースピークとは新しい言語のことであり、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることであります。ニュースピークについて調べていくと表現することが難しいことが分かりました。ニュースピークが導入されるには長い時間が必要だということです。二重思考を持っているものならばニュースピークを用いて表現づることができるであろうと思います。

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二重思考とは、相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することと説明されています。。舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する「党」が民主主義の擁護者である、というプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えています。 ニュースピークは小説1984に登場する架空の言語のことです。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語で、その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることにあります。ニュースピークは国民の思考を単純化するために、辞典の改訂版が出るたびに旧語法に由来する語の数を削減しており、オーウェルは作中で「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と述べています。 現代における二重思考というのは私が思うにこのコロナ社会には多くあると思います。例えば、都心に出たらコロナにかかってしまう危険があると分かっていながらも外に遊び出てしまうというようなことが挙げられます。また、ニュースピークの現在の例として挙げられるのは政府の会見だと私は思います。世間に浸透していない言葉などを多用し世間に問題を理解させるのを阻害しているようにも思えます。このようなことが現代社会における二重思考とニュースピークだと私は考えます。

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二重思考とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する思考能力であり、物語の中核をなす概念です。相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することとされています。また、ニュースピークも二重思考と同様に、『1984年』に描かれた架空の言語であり、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語であり、その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。ニュースピークはかつての英語にもとづいていますが、その文法と語彙は大きく削減され単純化されています。ニュースピークは国民の思考を単純化するために、辞典の改訂版が出るたびに旧語法に由来する語の数を削減しており、オーウェルは作中で「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と述べています。また、ニュースピークはA語彙群(日常用語)、B語彙群(政治的目的のためにつくられた新語で、ほとんどは合成語)、C語彙群(科学用語、技術用語)の3つの群に分類されます。現代社会において、コロナ禍でますます感染拡大が起こっている中、人々が外出する回数が以前より増えていると感じます。しかしながら、外出する回数が増えるということはすなわち感染リスクを高めることにもつながります。それを把握しつつも出かける人々がほとんどだと思います。私はこういった矛盾を二重思考すなわちニュースピークだというのではないかと思いました。

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二重思考とは一つの精神が同時に相矛盾する二つの信条を持ち、その両方とも受け容れられる能力のことをいいます。二重思考は、個人の信仰体系(ものの見方)の中の矛盾に対する、よく訓練された、意識的な、知的な無視のかたちです。二重思考は、心の中で悪いことを考えながら外面では善を装う「偽善」や、複数の対立する立場のどれにも味方しない中立的な思考と関連があるが、はっきりと異なっています。また、二重思考とはニュースピークによる単語であるため、ニュースピークは基本的で重要な単語の意味の単純化・変更などを通じて、二重思考と密接に関連しています。ニュースピークは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に描かれた架空の言語です。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語であり、その目的は国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。私が現代社会において「二重思考」「ニュースピーク」に相当すると思うものは、現在コロナウイルスの影響で起きている、外出を控えたほうがよいとわかってはいるけれども、我慢できずに外出してしまうということにあると思います。今はGo to キャンペーンもやっていて、コロナウイルスを気にしつつも旅行に出かけてしまう人たちがとても多いと感じています。

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二重思考とは、相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することで、もう少しわかりやすく言うと二律背反が類語だと私は感じます。世の中のものは光と闇、理想と現実のように二極性で成り立っていると私は考えます。例えば、お金は欲しいけど働きたくない。痩せたいけどたくさん食べたい。お酒を飲みたいけど酔いたくない。など、目的は同じだけど方法がその目的と反対の行動であり、現代社会ではよくある悩みというか誰もが持っている考えであるのではないかと思います。 ニュースピークはジョージ・オーウェルの小説「1984年」に描かれた架空の言語で、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語で、単語は3種類に分かれます。例えばA群と言われているものは日常用語で、曖昧な意味を排除し、1つの明白な意味に固定しています。例えば、新型コロナウイルスの流行で頻繁に耳にするようになった「クラスター」も複数意味がありますが、現在はその新型コロナウイルスの影響で、特定の集団内において、予測よりも多くみられること。また、その集団。という意味で覚えられていると感じています。 二重思考も、ニュースピークも、言葉だけだと意味が想像つきませんでしたが、調べていくうちによく理解でき、興味深いと感じます。

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まず「二重思考」について、これは思考能力であり、『1984年』の中核をなす概念。それは「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」である。作中の例でいえば、舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、国家を支配する党が民主主義の擁護者である、というプロパガンダをも同時に信じることを指します。二重思考は作中の全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層が半永久的に権力を維持するため、中間階級である住民および自分たち自身に実践させている思考能力である。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、しかも操作したという事実をどこかで覚えている状態です。次に「ニュースピーク」とは、作中での全体主義体制国家が実在の英語をもとに作った新しい英語です。これの目的は、国民の語彙や思考を制限して党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。二重思考に関しては選挙活動中の政治家が分かりやすい例である。口が悪くなってしまうが彼らは当選するために必死にアピールをする(当選したら消費税減らすなど)が、私からすればほぼ嘘であろうと感じているため、彼らの頭の中も実現はほぼ無理だけどみんなの前では言っておこうと思っているのかもしれません。ニュースピークは我々の生活でも身近に感じる。例えば雰囲気という言葉があるが、ふんいきと読むが口に出して言う時はふいんきと言ってしまう人が多い。コミュニケーションをコミニュケーションと言ってしまうという感じです。

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私は今回の授業で出た「1984年」から「二重思考」と「ニュースピーク」について調べました。「二重思考」とは「ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいう」また、「都合が悪くなった事実は全て忘れること、その後で、それが再び必要となった場合には、必要な間だけ、忘却の中から呼び戻すこと、客観的現実の存在を否定すること、そしてその間ずっと、自分の否定した現実を考慮に入れておくこと」が作中では説明されていました。「ニュースピーク」とはさまざまな意味を持っている言葉をひとつにまとめ、略語を用いることで以前まで使用していた言葉を捨て、少ない語数で住むようにするものです。また、このニュースピークによる目的として人々の思考の範囲を狭めることにあり、言葉により全体の反対派を根絶するのが狙いです。 現代においての二重思考とは政治家などか考えられると思います。政治家は自分の党の意向に従うためにたとえ嘘をついていたとしても自分自身で信じ込み認めず自分自身では間違いは分かっているが正当性を主張することがとても似ていると考えました。ニュースピークは例えば日本での公用語がどこかの国の言葉になってしまったら話せる言葉が劇的少なくなり、会話の幅が減り、表現することが難しくなってしまいます。このように現代でも他の国に戦争などで占領された場合このようなことになることが予想されます。

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ニュースピークは小説の主要な舞台となる「オセアニア」という超大国の公式言語であり、オセアニアを支配する「党」が英語をもとに作成を進めている新しい言語です。その目的は、党の全体主義的イデオロギーにもとづいて国民の思想を管理し、その幅を縮小し一方向に導き、イングソックのイデオロギーに反する思考ができなくなるようにすることです。ニュースピークは国民の思考を単純化するために、辞典の改訂版が出るたびに旧語法に由来する語の数を削減しており、オーウェルは作中で「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と述べています。 現代でいう二重思考は政党のマニュフェストなどが当たるかもしれないと思います。当選したらマニュフェストどうりにしなくても文句を言わなかったり、しなくてもあたかも普通かのように過ごしている私たちはこれに当てはまるのでは無いのかなと感じました。 現代のニュースピークに当たるのはいわゆるボキャ貧だと思います。先生がおっしゃいて感じたのですが確かに最近言語に縛られているような、使える言語が自分でも少なくなっている(現実には自分で少なくしている)という点において、ニュースピークの毎年言語が減っているが一致しているのでは無いのかなと感じました。

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二重思考(ダブルシンク)とは、相反し合う二つの意見を同時に持ち、なおかつそれが矛盾しながらも両方とも信じることであり、ニュースピークとは自分たちに都合の悪いことを言えなくなるように作った新言語であり、思考を制限することで独裁に反する思想を持たないようにするものです。私は、新言語と聞いたときに例えば昨今の新語・流行語大賞にノミネートされるようなものを想像していました。今までとは違う、万人に受け入れられる言語として定着するものではなく、統制のために使われる言語だったのは驚きました。日本ではある程度(?)思想の自由も認められており、日本語でこのようなことを目にすることは少ないように感じましたが、よくよく考えてみると、戦時中の敵性語という概念がこれに近いものがあるのかなと感じました。敵性語、いわゆる外来語で話すことを禁止し、日本に対する愛情を確かめることはニュースピークの目的に近しいものがあるように感じました。また、二重思考については矛盾を忘れることや対立構造自体をないものと考えるような洗脳じみたことがないと起きないのではないのか、と思いました。考えつく限りでは新興宗教による考え方と日常生活を生き抜く考え方との間にある差違みたいなものがこれに近しいのではないかなと感じました。

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二重思考とは、言葉でいう本音と建前を分けるようなものです。本当は間違っていることでも、それを正しいと認識し、矛盾していることを信じ込むことです。ニュースピークとは二分間憎悪と置き換えることもでき、目的として、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石にすることを示しています。二重思考という考え方は、現代の環境問題に対してその考え方が当たるのかと思いました。今世界では、脱炭素化が進んでいる一方で、日本は進んでいない等状況があげられています。では、何に力を入れているかというと、火力発電でより効率が良く少ない石炭で電力を生み出すという、脱炭素化とは真逆のことを行っていることがあげられるのではないかと思います。ニュースピークに関して、人身売買が思いつきました。人身売買では、その人の言論や思考にかかわらず、反抗することもできずに、ただ買われるのを待つという支配された状況があげられるので、このことに関連しているのではないかと思いました。人身売買は、支配を盤石にするものといわれると、個々人はそのことに対して、あまりいい思いをしていないので、完全に支配されていないのかもしれませんが、近いものと思われました。

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「二重思考」とは、嘘と分かっていながら嘘をつき、嘘をついたことを認識しつつもそれすらも嘘にしてしまうという行為のことです。例えば、政治家の発言や行動をイメージしてもらえればわかりやすい。党の規律に従うために、それが明らかに間違いである、嘘であると分かっていてもそれを認めない、しかし、それが間違いであることが明白なことは十分に理解している。しかし、ただひたすらに「記憶にございません」だの「書類が残っていません」だの言って自分の正当性を主張する。これは一種の権力によるマインドコントロールであり、白を黒と思い込む、思い込ませる、そして白が黒になり、記録される、という二重思考である。 「ニュースピーク」は様々な意味を持つ言葉を一語に集約したり、略語を用いたりすることでこれまで使っていた言葉を廃棄し、できるだけ少ない語数で足るような言語のことです。たとえば「寒い」の反対は「暖かい」だが、ニュースピークでは「非寒い」となります。つまり語数を減らすとともに、言葉の「意味」や「概念」を減らしている。なぜニュースピークなる新言語が開発されているのか、それは思考の範囲を狭めることにあります。つまり言葉の持つ意味を減らし、限定的にすることで、人の思考の範囲さえも限定的にし、さらに思考を表現する言葉をなくすことで党に背く思考そのものをなくしてしまおうという、いわば作戦です。例えば日本の公用語が英語になったとする。このとき「おつかれさま」という日本語を表現する英語はないので仕事終わりに同僚に書ける言葉はすべて「グッバイ」に置き換わってしまうとします。それで何か不自由を感じることはない。しかし「おつかれさま」という言葉特有の概念、相手をおもいやる気持ちという感覚はなくなってしまうと思います。とくに日本語は言語の中でも表現の幅が広い言語で、その幅が狭まることで思想や思考に影響を与えると想像できます。また、最近は「りょうかい」のことを「り」とひとことで表現します。これを言葉というのか、思考とうのか、これは記号ではないか、と考えました。

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二重思考とは一つの精神が同時に相矛盾する二つの信条を持ち、その両方とも受け容れられる能力のことをいいます。二重思考は作中の全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層が半永久的に権力を維持するため、住民または自分たち自身に実践させている思考能力です。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、さらに操作したという事実をどこかで覚えている状態となります。ニュースピークは架空の言語で、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語です。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。二重思考とはニュースピークによる単語です。つまり、二重思考の人間は、矛盾があってもそれを見抜かないで意識的に放置し、矛盾を認識したとしても、矛盾を信じたという事実を自分の思考から消した上で二つとも信じます。矛盾についてあれこれ考えることを放棄し、当然のように受け入れてしまいます。二つが矛盾していることは分かっているが、これは矛盾していないとして自分の認識を上書きし、忘却します。そして二つとも正しいと信じることこそが二重思考のメカニズムです。現代社会においては、会社の中でたまに起きることだと考えます。社長や役員が発したことを部下は違うと考えていても、そのことは言わず、「おっしゃる通りですね」という場面があると思います。そしてその組織にいるとそれが真実だと思うようになります。こういったことが現代でいう二重思考だと考えます。

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まず「二重思考」とは、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」の中において、相反し合う二つの意見を二重に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信仰することと記載されています。そして「ニュースピーク」とはその作中の中で登場する、英語を元に作られた架空の言語のことを指します。その目的は国民の語彙や思考を制限しイデオロギーに反する思想をさせないようにするためのもです。現代における二重思考は、特に宗教観的には日本社会においてみられる現象であると考えます。日本人は自由な信仰が約束されているため宗教的な二重思考が存在しています。まず古くから日本で信仰されていた仏教や神道的なイベントがあり、次に西洋から伝わったキリスト教的なイベント、特にクリスマスなどが挙げられます。日本では別の宗教的イベントが毎年普通に行われているのである種の二重思考のような考え方が根付いていると考えます。現代におけるニュースピークは特にこのコロナの時代では誰もなにも知識がないという中、多くの国民が聞きなれない言葉(クラスターやロックダウンなど)を用いることで人々の思考をコロナに対する危機感として煽ること、悪くいえば操作することも出来るのではないかと感じました。

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「1984年」とは、当時のソ連をモデルに、全体主義をテーマに扱ったSF小説です。ビッグブラザーという独裁者が統治する、全体主義・管理社会のディストピアを描いた作品です。平和省は軍隊を統括し、豊富省は経済や配給、真理省はプロパガンダ、愛情省は警察を担当しています。この部分だけでも、かなり狂った世界観がうかがい知れます。ニュースピークや二重思考は、全体主義を永続させるための手段として使われる手法です。二重思考とは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。人間は認識に矛盾を抱えると、解消しようとします。いわゆる認知的不協和です。そした、ニュースピークは国民の思考を統制するために作られた言語です。できるだけ表現できる言葉を減らしたり、政府にとって都合の悪い言葉を減らしたり、国民が気づかないうちに、言葉を制限して、表現の自由を奪う新しい言語です。その結果国民は言葉がないことによって、政治的な思想だとか、考えを述べることができなくなるという統制システムになっています。ニュースピークには良い側面悪い側面あります。疲れたという言葉を減らすなくすことによって得られるメリット。その言葉をなくすことによって生じるデメリット。これをうまく理解することで思考をコントロールし良い行動を生み出していきたいものです。

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「二重思考」「ニュースピーク」とは小説内に登場する物語上大変重要なものです。 「ニュースピーク」は英語をもとにして、作中に登場する「党」の都合の良いように作成されている新しい言語のことです。国民の語彙や思考を都合の良いように制限し、一つの方向に思想を統制することで「思考犯罪」をなくすことが目的です。一つの単語で多くの意味をもっていたものから、意味の曖昧さや政治的意味をなくし、明確な概念しか持たないように簡素化・単純化されています。 「二重思考」は、作中では「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と説明されています。作中では、国家の治安を維持するために重要な役割を果たしており、「ニュースピーク」とも密接に関連があるとされています。よく例として挙げられるのは「2+2=5」です。本来、2+2=4ですが、政府が5だと言えば、両方正しいと信じてしまうような状況です。 これらは、現代では起こっているとはにわかに信じがたいように思います。権力者によって「二重思考」のような思想統制があってはならないはずです。また、現代社会において「ニュースピーク」のようなことを行う必要は全くありません。授業内でもあったように「エモい」や「ヤバい」といった言葉が、複雑な感情を曖昧に伝える言葉として使われている現状があります。「ニュースピーク」とは逆に、複雑な感情を正確に言葉で表現できるだけの語彙力を身に着ける必要があるのではないでしょうか。

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「相反する二つの意見を同時に持ち、それが矛盾するのを承知しながら双方ともに信奉すること」をいうらしい。このところ気になっているのは「矛盾するのを承知しながら」を除いてである。したがって、1984年の二重思考ではない。 普通の人は、日常生活で「相反する二つの意見を同時に持ち、双方ともに信奉する」かのような行動をしているように思う。 だから、この矛盾に満ちた複雑な世の中を生きていくことができるに違いないと思うようになっている自分に気づいた。 「相反する二つの意見を同時に持ち、双方ともに信奉する」からこそ、どちらの結果になっても、人は、あまり悩むことなく生きていけるのではないか。つまり、どちらの結果になっても、それは予測したとおりになったと思えるからである。だから、人を「どちらかに一つに」説得するのは難しい。 一つを選択することは、勝つこともあるが負けることもある。 二つを同時のときは、いつも勝つ、そこまで意識しなくとも負けることはない。 だからあえて難しい選択をして負ける可能性のあることなどする必要がないことになる。こういう風に考えると、いい加減な世界であることに、動じなくなる。 それでは、一つを選択させたい場合は、どうするのだろうか。 この場合は「矛盾するのを承知しながら」が生きてくるのかもしれない。 それが結局はいいのだという、そういう方向に進んでいるのだと思い込ませることではないか。普通の人は、自分に身近なところから判断するので、わかりやすく言うと 「お得感」を持たせることかもしれない。 そしてこの「お得感」はなかなか曲者である。

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まず二重思考とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する思考能力であり、物語の中核をなす概念のことです。 二重思考は作中の全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層(党内局員)が半永久的に権力を維持するため、住民(中間階級である党外局員ら)および自分たち自身に実践させている思考能力です。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、しかも操作したという事実をどこかで覚えている状態となります。 次に、ニュースピークとはジョージ・オーウェルの小説『1984年』(1949年出版)に描かれた架空の言語のことで、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語です。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。ニュースピークは小説の主要な舞台となる「オセアニア」という超大国(かつての英米をはじめとする英語圏を主要な支配地域とする)の公式言語であり、オセアニアを支配する「党」が英語(作中では「オールドスピーク」、「旧語法」と呼ばれる)をもとに作成を進めている新しい言語です。 オーウェルの「もう一つの真実」だとする考え方は、まさに「1984」で扱ったニュースピークや二重思考の概念と重なっています。英国でも、2016年6月の欧州離脱を問う国民選挙を前に、離脱派によるさまざまな虚偽の数字や公約がなされ、投票結果に影響が出ました。オックスフォード辞典は2016年を象徴する言葉として「ポスト・トゥルース」、客観的な事実よりも感情や個人の信条に訴える方が世相にアピールできる状況を挙げています。これは人々がSNSに出回る情報が事実であるか否か注意を払っていないことも指しています。また、近年ではGPSなどテロ行為防止のための監視システムや個人識別データの作成といった国民を管理する仕組みも進んでいるため、社会はいよいよオーウェルが危惧した世界になってきたと言えます。

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まず「二重思考」とは二つの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力です。これを現代社会で分かりやすく例えると、政治家が発言や行動に対して明らかにうそや間違いであるにもかかわらず、党の規律に従うためにそれが間違いであることが明白であると理解していながら、ただひたすら「記憶にございません」や「書類に残っていません」などと言って正当性を主張するのと同じことです。自分では黒だと思っていながらも、白だと思い込む・思い込ませることで矛盾が生まれ二重思考となります。次に「ニュースピーク」とは単語から特定の意味を削ぎ落し、語彙を減らすことで誰でも容易に理解できるよう簡素化した言語体系のことです。これには思考の範囲を狭めるといった目的があります。例えば「良い」という意味の単語は「Good」の統一し、「excellent」などは廃止します。また、goodの反対語である「bad」を廃止し、代わりに「unbad」とすることで規則性を分かりやすくして覚える語彙を少なくし、誰でも簡単に喋れるようにするものです。日本語にするならば「寒い」の反対は「暖かい」ですが、暖かいを廃止して「非寒い」という言葉に統一するというようなことです。これにより思考力が停止し国民が無駄な思考をしなくなるという思惑がなされました。

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私はまず「二重思考」と「ニュースピーク」をまとめていきたいと思います。二重思考とは相反し合う2つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することです。ニュースピークとはジョージ・オーウェルの小説「1984年」の描かれた架空の言語です。その架空の言語が出てきたのかというと国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思考を考えられないように、伝わらないように支配を盤石なものにすることが目的で作られたのです。そして、現在において二重思考の考え方はタバコを吸っている喫煙者の考え方に似ていると思います。タバコを吸うことは体に害を与え、喫煙者も健康に悪いと思っていると思います。また、吸える場所も減少していき窮屈な世の中となっています。にもかかわらず、タバコはストレスの解消となり、時間潰しになり、長生きしている喫煙者もいるといった矛盾であり、そのことすら感じることがない状態になっているのです。また、現在におけるニュースピークは業界の言葉やコンピュータ言語に当たると思います。その分野の人にしか伝わらず、狭い範囲で使われているという意味ではニュースピークと同じではないかと思います。

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まず、二重思考は1984年の作中相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することと記載されています。全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層が半永久的に権力を維持するため、住民および自分たち自身に実践させている思考能力のことを指します。次にニュースピークは二重思考と同様に1984年の作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語のことを指します。私が現代社会で感じる二重思考は新型コロナウイルスに関するgo to travel キャンペーンについてです。国内における観光などの需要を喚起して、新型コロナウイルス感染症の流行で、その流行による緊急事態宣言に伴う外出自粛と休業要請で疲弊した景気、経済を再興させることを目的としています。日本在住者の国内を対象とする日本政府による経済政策ではありますが、ここで矛盾が出ています。例えば、高速道路の掲示板には他県にはなるべく外出しないようにすることや外出するのを控えるようになどの声があります。このような二つの思考が出てしまっています。次にニュースピークの例としては今の日本で例えるとエモいやぴえんなどの用語が挙げられます。エモいの意味はなんとも言い表せない素敵な気持ちになったときに使う言葉で若者の間では浸透しています。また、ぴえんの意味は泣いているさまを表す擬態語です。これらの言葉は若者にしか伝わらないこともあり、日本人全員が知っているわけではありません。

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1984年の物語の背景にはオセアニアという全体主義国家です。この国では「二重思想」、「ニュースピーク」を用いて党にとって良くない事実を隠蔽すると同時に、国民の言論統制を行っています。二重思想とは「2+2=4であると同時に2+2=5である」と劇中で説明されているように、全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する「党」が民主主義の擁護者であると言った国が孕んでいる矛盾を気づかないふりをすると言ったものです。またニュースピークは党にとって良くない思想を排除するために語彙や単語の意味を制限し、政治的・思想的な考えを市民から奪う言語のことであり、言論・思想の自由の剥奪です。これにより、そもそも党に対する反発心を懐かせる知識、思想を言葉ごと奪うことで国民が結託、共謀してデモや革命を起こさせないようコントロールしています。現代において私はネット上のTwitterのリプ欄やYouTubeのコメント欄で同じことが起きていると思います。力を持ったインフルエンサーの周りを取り囲んだ信者やシンパの前でその人を否定したり、貶せば物凄い勢いで炎上していきます。まさに「言いたいことの言えない」ように世界はなってきているのだと思います。

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ジョージ・オーウェルの書いた『1984年』の中に「二重思考」と呼ばれるものがあります。作中では、相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること、と書いてあります。ダブルシンクとも呼ばれ、いわば矛盾ということでもあります。この二重思考、ただ矛盾した考えを受け入れているというだけではない気がするのです。 世の中にはそういう二重思考をして生きている人がほとんどだと思います。なぜなら人間は考えることとは別に感情という自然的に左右されるものを持っているからです。そしてそれは思考にも都度的に影響を与えます。例えば、最近話題になっている「鬼滅の刃」と呼ばれるアニメがあります。アニメを普段みない方も含め多くの方が見ていると思います。そしてその中にこういう人を見かけました。「アニメは嫌いだけど鬼滅の刃は面白くて好き。」と。アニメ=嫌い、鬼滅の刃=面白くて好き、鬼滅の刃=アニメ、ではアニメ=好き?となるのです。それは明らかに矛盾しており、それは本人も自覚していると思います。つまり二重思考とは感情が介入し、支配されることで起こりうることだと私は考えます。 もう一つ作中の中で「ニュースピーク」と呼ばれるものがあります。この言葉は実在する英語で作られた造語であります。その意味は「その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることである」と書いてあります。ニュースピークにはA語彙群(日常用語)、B語彙群(政治的な目的のための造語)、C語彙群(科学や技術的な用語、その他のA、B語彙群を補うため)の3つの語彙群が存在しています。どの語彙群においても政府によって都合の悪い言葉は排斥されており、逆に都合の良い好まれた言葉が新たに作られたりしています。 A語彙群でいうと打つ→hitや走る→runのように単純な言葉で表されており、政治的や科学的にも使用が難しい単語なのです。

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二重思考は作中では「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と作中で説明されています。これを行うことで管理され矛盾した社会でも不満を覚えることなく生活できる、つまり結果として自分の身を守ることにつながります。現実ではこのような極端な例は存在しないと考えられます。しかし人間が全くの矛盾なしに1つの意見や思想、信念に立脚して物事を考えることはおそらく不可能であり、思考するにあたり二重思考のようなことは多かれ少なかれ無意識で行われているのではないかと考えます。 ニュースピークは英語をもとに文法と語彙を単純化した言語です。単純化した理由には単語を奪う、つまり概念を奪うことによってイデオロギー的に不都合な思考をさせないといったことが挙げられます。また新しい単語は元の単語を短縮したものがあり、そのことにより単語の本来の意味をぼかす、言いやすくするといった効果があると考えられます。現実では思考の制限ではなく、習得を早め確実に伝達をするという目的で人工言語の構造が単純である場合があります。特にtoki ponaでは文法が非常に単純であり、単語も100語を超える程度しか存在していません。

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私が調べた限り、「ニュースピーク」「二重思考」とは、どちらもどちらもジョージ・オーウェルの小説『1984年』に出てくる造語です。それぞれの説明をする前に、話をわかりやすくするために『1984年』の舞台となる仮想国家「オセアニア」について説明いたします。 「オセアニア」は作品世界内での三大超大国の一つであり、「イングソック」という党による一党独裁政治が敷かれている国家です。イングソックは独裁のためにあらゆる手法で国民をコントロールしようとしています。以上のことを踏まえてニュースピークと二重思考について説明いたします。 ニュースピークとはイングソックが国民の語彙をコントロールするために作った新言語です。ただ新言語といっても実在の英語(作中では「オールドスピーク」と呼称される)をいじったものであり、文法が単純化されており、語彙は単純化されるだけでなく独裁体制に肯定的感情を持ち旧体制時代を憎悪するような意味への変更が行われています。作中時点では普及の途中であり、未だオールドスピークで読み書きが行われるのが一般的ですが、イングソックの目論見では将来的にオールドスピークはニュースピークに置き換えられ、その頃には以前のようなできないものとなります。 しかし恣意的に作られた言語だけでは不都合が生じることもあるでしょう。そこで活躍するのが二重思考です。作中では二重思考を「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方とも信奉すること」とされています。これにより、人々はイングソックの建前に反するような行動に対しても絶えずそれを建前に沿うように捉えてしまいます。 この二重思考のような考えは現代社会でも発生しているように感じます。といってもそれは意識的に発生したものではなく、「自分な好きなものは完璧で素晴らしいものであって欲しい」という無意識から、信奉者達が勝手に行うようなものです。また、これは反対者によっても行われることがあり、いわゆる「アンチと信者の言い争い」の原因の一つでもあると思われます。

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二重思考とは、『1984年』では相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信じることと説明されている。舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえないという事実を信じながらも、なおかつ国家を支配する党が民主主義の擁護者であるという考えをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えている。 ニュースピークとは、『1984年』に描かれた架空の言語である。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語のことである。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることである。現代社会においてこの二重思考に相当するものを探したところ、当時の時代に当てはまるものがありました。それは、「イギリスのヒトラー崇拝者たち」「イギリスのロシア愛好者」「共産主義者」「政治的カトリシズム」「西側の民主主義を憎悪して全体主義を称賛する知識人の平和主義者」を例に挙げています。これらをあげたところでパッと理解できる人は多くはないと思いますが、これらが二重思考に相当するものだと私は思います。

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私が考え、調べた「二重思想」とはまず誰を支持し、擁護するのかを決める。その後にその理由を後付けする。こういった考え方が二重思想の考え方なのではないかと考えました。また「ニュースピーク」とは架空の言語であり、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語です。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることではないかと私は考えました。この2つである、「二重思想」、「ニュースピーク」が現代社会で相当するものがないか調べましたが、二重思想は様々な現代社会で使われているように感じました。1つは政治です。政治とは民衆からの指示で決まります。しかし、私たちは誰を投票するか考え、そののちに投票するか決める。このように二重思想になっていると私は感じました。2つめは集団です。会社で社長を務めるとき、大手ほど社長は政治家の天下りですが、1番身近に感じるのは部活動です。部活動で部長や会長を決める際、主に部員の票で決まります。これはどちらも二重思想の考え方が現代社会に広がっているということです。ニュースピークについて考えましたが、これが現代社会に相当なものがなにかわからなかったため、二重思想の例を2つあげました。

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二重思考というのはそれぞれ反対であること2つの意見を同時に持っていて、その場合は矛盾し合うことを理解しながらも双方のどちらの意見も認めることができるという思考のことを表します。ニュースピークというのはA語彙群という意味が曖昧なことや政治的な意味は外された特定の具体的で明白な概念しか持たないという日常用語と、B語彙群というほとんどは合成語であり話者に対し好ましい思想を植え付けるために作られた政治的目的のために作られた新語、C語彙群という政治的意味は排除された技術的要請を行うためにA語彙群とBの2つを補うための科学用語、技術用語とされる用語。この3つの語彙群にニュースピークというものは分類されています。私は現代の社会において二重思考というないようは多くの日本人が持っていると感じています。政治などにおいてもどちらの意見にも反対する賛成する人はいるために矛盾していながらもどちらの意見も認めてうまく政治を行っていると感じたからです。

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「二重思考」と「ニュースピーク」というのは「1984年」の小説内に登場する言語のことです。まずこの小説の物語は全体主義国家によって支配された近未来の恐怖を描いた作品であり、作中で出てくる二重思考というのは相反する2つの考えを同時に受け入れるという原理です。二重思考の人間の考え方は普通と違い、たとえ矛盾があってもそれを見抜かないで意識的に放置してしまう。矛盾についてあれこれ考えることを放棄してしまい、それを当たり前のように信じてしまうという特徴を持っている。この二重思考は、作中の国が国民の思考を管理するために生まれた方法。この思考をすべての国民に浸透させることによって、一種の洗脳のような状態に陥ってしまう。そして二重思考という言葉はニュースピークの造語です。ニュースピークは英語をもとにした言語であるといわれており、文法や語録を大幅に狭めたものであり、狭めることによって国民の施行を単純化させ、国が国民を管理しやすくさせています。そして、二重思考と組み合わせることによって反体制的な表現をすることが難しくなります。現代社会においてこれらに相当するものはインターネットだと思っています。現在の社会においてすべての人の思考はインターネットによって管理されていて、何かわからないことがあったら人はグーグルなどの検索エンジンを使い考えることを放棄しています。これらによって思考はインターネットによって管理されていると思います。

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二重思考とはジョージオーウェルの小説に登場する思考能力であり、物語の中核をなす概念であり、相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること説明されている。二重思考はニュースピークによる単語であります。ニュースピークとはジョージオーウェルの小説に描かれた架空の言語であります。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語であります。 英語圏の主要語であり、英語をもとに作成を進めている新しい言語であります。 そして現在新型コロナウイルスで外出自粛が全世界において普及しています。今現在は多少気持ちの薄れがでてきているものの日本で言えば緊急事態宣言が発令された直後も外出自粛する気持ちはあるものの、直後に娯楽や外出を楽しんでいる人もいました。しかし、どうしても外せない用事であったり娯楽依存の人はなによりも優先事項として楽しんでしまう。この行動は現代社会において二重思考に相当するのではないでしょうか。

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二重思考とニュースピークはジョージ•オーウェルの『1984年』に登場する概念です。まず、前者の二重思考は、政府が国民の思考を直接管理してしまう一種のコントロール法のことを指します。具体的には、通常の思考回路の人々とは異なり、矛盾について考えることを放棄し、さも当然のように受け入れてしまう思考回路のことです。この思考に陥ってしまうといかなる虚構の事実でも信じる以外の選択肢がなくなってしまい自ら進んで信じてしまいます。そのため作中の社会主義国家はこれを統治•支配のために利用しています。ニュースピークは、作中の社会主義国家が英語をもとにして作った新しい言語です。これは、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思考を考えられないようにして、支配を盤石にすることを目的としています。この二重思考とニュースピークの2つが合わさることによって反体制的な思想を表現することは限りなく不可能になります。私はニュースピークの中の権力による都合のいい言葉の言い換えやイメージ操作のことを指す俗語であるダブルスピークが現在のリストラがこれにあたるのではないかと思いました。クビと直接言わずにリストラという理由もイメージ操作があるのではないかと勘繰ってしまいます。

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『1984年』の中で、「二重思考」は相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することと説明されています。それは作中では、全体主義国家の中で民主主義は存在し得ないという事実を信じながらも、国家を支配する「党」が民主主義の擁護者であるというプロパガンダをも同時に信じるという思考に大きな影響を与えています。プロパガンダとは、特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為の事であり、絶えざるプロパガンダで人々を貶めずして党がその力を守ることはできないと説明しています。現代社会の二重思考は宗教なのではないかと思います。様々な宗教が進行している中で色んなものを取り込んでいる人は二重思考に相当してると考えます。「ニュースピーク」は、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとに作成を進めている新しい言語です。その目的としては、党の全体主義的イデオロギーに基づいて国民の語彙や思考を制限し、その幅を縮小し一方向に導き、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。ニュースピークは国民の思考を単純化するために、辞典の改訂版が出るたびに旧語法に由来する語の数を削減していて、オーウェルは作中で「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と述べています。現代社会で言うと、AIの進出が類似しているのではないかと考えます。AIという技術が出来上がっていくことで、人間の思考や行動を制限したり衰退させることができるようになると思います。国家にとって都合の悪いことや知られたくないものなどの仕事をAIに行わせることで情報も制限でき、情報操作も簡単になっていきます。そのような点で、ニュースピークとAIは似ていると思いました。

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二重思考というのは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法のことを言います。つまりどういうことか例を挙げて説明したいと思います。私が1.「ゲームをすること」と2.「ゲームをすることで学習能力が落ちる」という二つの矛盾を抱えているとします。その二つの矛盾を解決するために1.「ゲームをすることをやめる」2.「だがゲームはストレス解消になる」「ゲームをしまくってても頭がいい奴はいる。」なと新たな解決法で矛盾をなくそうとします。二重思考ではこの二つの間に矛盾を感じることがない、つまり矛盾そのものをなくすことになると言えます。ニュースピークとはイギリス社会主義の思想上の必要性から考案され、世界観を表現する手段やイングソックの信奉者として適切な精神的態度を育むことに留まらず、他の全ての思考方法を不可能にすることが目的でありました。ニュースピークは大きくA語彙群、B語彙群、C語彙群の三つに分けられます。そして全てにおいて単純化されています。現実として人工言語や軍隊などの用語としても使われます。日本語訳はウェブ上に公開されています。

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 「二重思考」とは、ふたつの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいいます。例えば、党が矛盾した行いをしたとしても、それはどちらも正しいと人々は認識するようになります。「改竄作業」を行い、改竄こそが真理であると認識することが、二重思考なのでです。『1984年』の「二重思考」の最も象徴的なフレーズは、「2+2=5」で、人々は党が2+2=5だといえば、それを信じる。それが二重思考なのです。  「ニュースピーク」はジョージ・オーウェルの『1984年』の中に描かれた架空の言語であり、新しい英語です。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。 ニュースピークの目的は、世界観を表現する手段やイングソックの信奉者として適切な精神的態度を育むことに留まらず、他の全ての思考方法を不可能にすることです。この主な手段は、イングソックにとって望ましくない言葉を排除すること、それが不可能なら、それらの言葉から望ましくない意味も二次的な意味も剥奪してしまうことです。 意味の範囲がやたらと広い語を使う理由は、「オールドシンク」といったニュースピークの一部の語の特殊目的は、意味の表現ではなく破壊である。これら少数の語はあまりに多くの語を包括的に意味するがゆえに、これらの語を多用することによって、もともと意味されていた多くの語の意味が無効化したり忘れ去られたりします。それがねらいです。  現代社会の「二重思考」は、まさに今のコロナ禍の大臣のニュースが分かりやすいと思います。コロナで混乱する国民は、政府の日々更新される発表が頼りだったと思います。早くワクチンは出来ないのか、マスクは効果あるのかないのか、どう過ごせばいいのかなど初めてのことで"ちゃんとした情報"を求めていたと思います。そのちゃんとした、と思われる大臣らの発表は、前日と今日、また明日発表する内容が一緒だとは限りません。合ってると言われていたことが明日には間違っていた、注意してください。などと言うニュースは何度も見ました。影響がある上、本来は間違っていた情報も、正式な情報として国民は捉えます。 コロナ前でも、「モリカケ問題」などのどう改善されていくのか方針が示されないまま放置されている基幹統計の不正集計問題や「桜を観る会」の総理大臣による私物化疑惑、よく聞く「忖度」と「改ざん」の言葉とニュースなどは「二重思考」と言えると思います。目の前にある報告書が、大臣の一言で消え、「ある」が瞬時にして「ない」になってしまいます。国の偉い人は、社会を常に「二重思考」していると思いました。  「ニュースピーク」を現代社会で言うならば、森友学園や加計学園にかかわる事実を記してある文書、南スーダンでの自衛隊のPKO活動の記録は、政府によれば存在しないこととされる。日米の軍事協力を強化して日本を戦争のできる国にすることは、安倍流ニュースピーク語法によると「積極的平和主義」と呼ばれています。語彙が減少され単語も短くなり、新しい意味が決められていると言うのは、大変恐ろしく、ニュースピークという名の洗脳です。

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二重思考とは、対立した矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。矛盾を感じた時に、解消をするために新たな認識を生むのではなく、その矛盾を忘れる、感じなくなることが二重思考です。例えば、2+2は4だが、党や支配者が5といえば5とも考えられる能力です。全体主義国家を支配するエリート層が、市民に対して要求する考え方で、作品を表すもっとも象徴的な語の一つです。SNSの登場によって、自分自身の考えに対する一貫性や責任意識が薄れてしまった現代社会においては、たとえ支配者が不在だとしても二重思考は起こり得ると考えます。そして、原子力発電所は二重思考にあたるとも感じます。今後、環境に悪いとは理解していても利益のために開発が進む事業なども増えてくるのではないかと考えます。 ニュースピークとは、作品の中で、従来の英語を基に思考の幅を縮小するようにデザインされた言語体系です。言葉の選択肢を最小まで減らすことで、複雑な思考を困難にするのを目的とします。例えば、「悪い」という単語がなくなり、「良くない」で代用するなどです。特に現代社会はニュースピークの時代であると考えます。元来使われていた意味合いではなくなったものが多く、「拡散」や「シェア」「爆笑」といった語句がSNSにおいて使用されています。さらに、略語も増え、いわゆる若者語が当たり前に使われています。「それな」や「草」「あーね」など初めて聞くと意味を認識するのが難しい単語が増えています。日本だけでなく、外国においてもスラングが増えており、これらも、ジョージ・オーウェルが唱えるニュースピークにあたると考えます。今後の情報社会においてさらなる広がりを見せるのではないでしょうか。

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私は今回ジョージ・オールウェルの「1984年」を調べて、まず「二重思考」と「ニュースピーク」それぞれのことを説明すると、二重思考とは、相反する2つの意見を持ち、それが矛盾するのを承知しながら双方ともに信奉することです。「1984年」の中で言うと2+2=5と党がいえばそうなってしまうという、矛盾についてを考えないので全て信じることするというのが二重思考です。また、ニュースピークとは、「1984年」内に描かれた架空の言語であり、作品の中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語を表します。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。 現代社会において、二重思考やニュースピークに相当するものとして私が見つけたのは、コロナのことがニニュースピークと二重思考の概念に匹敵するということです。アメリカのトランプ大統領にかかわる「オルタナティブ・ファクト」(代替的事実)や「フェイクニュース」とオーバーラップするところがあるといわれています。 私は今回のことを調べて、何年も経っている事でも今に通じるものがいくつかあって、すごく興味深く感じました。私は、日本がインターネット社会において、「人に不信感をもたせるためには、どのような言語操作をすれば良いのか」という考えの方向に進んでいるというところが気になりました。

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本日の講義で紹介されたジョージ・オーウエルの「1984年」にでてくる二重思考とニュースピークについて私なりにまとめ紹介します。初めに二重思考とは、「1984年」にでてくる概念であり、双方の考えが相反しており両極にあるのを承知しながら双方とも信奉することを言います。より分かりやすく説明すると対立している考えつまり、矛盾をどちらも真実だと信じる思考法です。この思考にありがちと言えることは自身が二重思考であると認識していないことです。私は現代における二重思考に相応する考えとして、新型コロナウイルスを収束させるためにロックダウンを行い完全なる監視社会にする考えがあります。それに相反する考えとして、感染対策を行わず集団免疫獲得を目指す考え方があります。双方の考え方は矛盾していますが双方にメリット、デメリットがあり少なからずどちらも信奉している人がおり、これは現代における二重思考であると考えました。本書にでてくる新造語として「ニュースピーク」があります。「ニュースピーク」が導入される目的は言語体系を単純化することにより、国民の論理的思考能力を退化させることで、権力者の意に反する言葉を排除し国民が反対する考えを持てなくすることです。現代社会で「ニュースピーク」に相応するものとして、中華人民共和国建国に伴う簡体字の制定、日本の国語改革、 ベトナムやトルコの国語表記のラテン文字化が挙げられます。

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二重思考とは相反している2つの意見を同時に持っていながら、矛盾するのを承知で双方を信奉するという事を意味しています。その中で私たちが普段生活している中でどのような例があるのかというと洗脳があります。そもそも洗脳がどのように起こるのかというと自分自身が嘘だと分かっていながらも、自分自身に嘘をつく事で脳がほんとであると思い始めこの時点で洗脳という状態が成立するのです。つまり洗脳という状態にはトリックがあるわけで対策は出来るのです。次に出てくるのがニュースピークというワードですが、これは人々の言葉や思考の制限をする事でイデオロギーに反している事を考えさせないためにする障壁のようなものの事を指します。私たちの生活内での例を挙げると某総理大臣の発言がそれに近いものだと思います。つまり言っている事とやっている事に差異があればそのようなものと捉えてもいいのではないでしょうか。

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ジョージ・オーウェルの『1984年』に出てくる「二重思考」とは、世の中において物事が相対する(もしくは矛盾している)状態のときに、人間の思考は誤っている状態を認識しようとせず、正しいと認識したものすべてが正しいと認識してしまう状態や感覚のことを指します。現代社会において例を挙げるなら今話題の黒人差別反対運動を例に挙げます。この反対活動のデモ団体は活動目的を黒人の社会的地位向上を目指しているのにもかかわらず、デモで暴力や暴言を吐いている映像が度々テレビで見られます。結果、これによって黒人の地位を下げることに繋がってしまうのです。つまり、一般的な思考では差別を訴えている黒人でも暴力は良くない、と思い浮かびますが、二重思考の考え方のデモ参加者は差別されているから暴力を行使しても問題ない、「正義の鉄槌」であるというような矛盾しているのに「差別反対」「暴力」どちらも正しいという考え方に陥ってしまうのです。次に「ニュースピーク」について説明すると、『1984年』に出てきた意味では全体主義の国の意向に反対するような考え方をさせないために、その国の国民の語彙や思考を制限したり、排除するという考え方です。現代でも一部外国の地域(特に宗教性や全体主義的思考が強い場所)でも語彙や思考が制限されていますが、日本やアメリカを含む先進国ではニュースピークのような制限はなく、言論の自由が法律や憲法によって保障されています。

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二重思考は作中の全体主義国家オセアニアの社会を支配するエリート層(党内局員)が半永久的に権力を維持するため、住民(中間階級である党外局員ら)および自分たち自身に実践させている思考能力である。二重思考を実践していると、自分自身の現実認識を絶えずプロパガンダと合致する方向へと操作し、しかも操作したという事実をどこかで覚えている状態となる。 二重思考という用語を用いる場合とても、二重思考により行わねばならぬ。その言葉を用いるだけでも、現実を変造しているという事実を認めることになるからだ。そして二重思考の新たな行為を起こすことでこの認識を払拭する訳だ。かくて虚構は常に真実の一歩前に先行しながら、無限に繰り返される ニュースピークはかつての英語にもとづいているが、その文法と語彙は大きく削減され単純化されている。 もっとも完全にニュースピークだけで表されたものは1984年段階では『タイムズ』など一部の新聞などしかなく、人々はまだニュースピークだけを使って読み書きすることはできずオールドスピークを利用している。しかし、将来、『ニュースピーク辞典第11版』で語法が完成し、ニュースピークの普及がより一層進めば、2050年ごろまでにはオールドスピークは廃止されるべきとされている。オールドスピークが完全に忘れられた時代には、イングソック以前についての記憶やイングソック以前の旧思想は、少なくとも文字によるかぎり成立しないはずである

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二重思考とは、思考能力であり、物語の中核をなす概念です。作中では、「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と説明されています。ニュースピークとは、小説で描かれた架空の言語で、作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語です。新しい言語を作った目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにするためです。 現代社会においての二重思考では、新型コロナウイルスが流行りはじめの頃に人々、特に社会人は、「不要不急の外出を控え、家にいることで感染予防になるので自粛をしなくてはならない」に対して「自粛をしなくてはいけないのはわかっているが生活があるので、出勤をして仕事をしないといけない」ということが現代に当てはまるのではないかと私は思います。 ニュースピークでは、講義で取り上げられた「エモい」という言葉がそれに当てはまると私は考えます。私が所属するゼミでも「エモい」という言葉の意味の話題になったのですが、ある程度「懐かしさがあったら使う」などのゆるい定義はあるものの、どう「エモい」のか細かく説明できないが、又は、できないからこそ「エモい」という言葉で片付けてしまう傾向が現代の若者を中心にあると思います。この「エモい」という言葉は、『1984』内のニュースピーク同様に人々の語彙や思考を制限してしまう言語とほぼ同じだと私は考えます。

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ジョージ・オーウェルの「1984年」におけるニュースピークとは、作中の舞台であるオセアニアを支配する党が新たに作り出した公式な言語であり、英語を基に作成されたとされる架空のものです。この作品の中では「超大国」という3つの主要な国が世界を分割支配し管理社会を形成しているといった設定になっており、この言語が作られた目的もオセアニアを支配する党が全体主義的イデオロギーに基づき国民の思想を管理し、新言語によって狭い幅での思考しかできなくなった国民たちを党の独裁的な思想に導いて反政府的思考を奪ってしまうことでした。そもそもニュースピークは著者のオーウェルが1946年に記したエッセイにもあるように、彼自身が感じた当時の英語の貧困化を嘆いたものが基になっているとされており、英語の退廃が抑圧のために悪用されているという状況を比喩したものが「1984年」なのです。そして二重言語とは、同じくオーウェルの同作品に登場する概念で、オセアニアの社会を支配する党員が自分たちの権力維持のためにニュースピークを用いて実践されている、党が民主主義の擁護者であるとする思想に現実認識を導いてしまう思考制御自体のことを指します。ここまで思考や言論を統制されている様を書いてきましたが、こうまで極端ではないにしても現実で話題になっている中国の金盾や信用スコア問題をはじめとしたディストピア的言論弾圧を思い出させて恐ろしくなりました。

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二重思考とは作中で、相反し合う二つの意見を同時に持ちそれが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉することと記されています。現代社会においてそれらは何かということを考えてみました。反対であるものの双方を信奉しているものはあるのかすぐには思いつきませんでした。私が考えた中では二重思考をするものは現代社会ではないのではないかと考えました。それは私の経験で双方で違ったもの両方を信じたことはなかったからです。また周りでもそういったことをしている人はいませんでした。逆にそれらの両方を信じたことがある者はいるのかということを疑問に思いました。ニュースピークとは架空の言語ということがわかりました。作中の全体主義体制の国家が実在の英語をもとに作った新しい英語なのです。目的としては語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにしています。現代社会の日本では様々な新用語などが生まれていますが、語彙や思考を制限しようとして作っているものはいません。また自分たちが暮らしやすい、使いやすいように言葉を改良していっているので深い目的などはないのです。そのため現代社会の日本ではニュースピークに相当するものはないのではないかと私は考えています。今回調べた二重思考、ニュースピークはその時代で考えられ、信仰されたものであって現代には合ってないのかなということを感じました。

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まずは、二重思考を説明したいと思います。二重思考とは、ふたつの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力ことをいいます。次にニュースピークとは、1984に存在する架空の言語のことです。作中の全体主義体制国家が実在の英語をもとにつくった新しい英語です。。その目的は、国民の語彙や思考を制限し、党のイデオロギーに反する思想を考えられないようにして、支配を盤石なものにすることです。そして現代社会で、二重思考に該当する問題といえば、マナー講師が作る、コロナ対策のマナーです。間違っている知識を発信し、なおかつ、マナー講師という肩書きがあるため、人々は、間違っていると思っていてもその知識を正しいと認識してしまうことがあると思います。ニュースピークでいえば、若者が使っている言葉で、ヤバみやぴえんなどといった感情を表す言葉として使われている。これは、世代によっては、未知の言葉であり、異文化でもあります。ひとしれず、未知の言葉が流行り、日本語として定着してしまうことが現代では多いです

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二重思考とは、「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」と説明されており、舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家を支配する「党」が民主主義の擁護者である、というプロパガンダをも同時に信じるなど登場人物の思考に大きな影響を与えています。ニュースピークは小説の主要な舞台となる「オセアニア」という超大国の公式言語であり、オセアニアを支配する「党」が英語または、作中では「オールドスピーク」、「旧語法」と呼ばれるものをもとに作成を進めている新しい言語であります。その目的は、党の全体主義的イデオロギーにもとづいて国民の思想を管理し、その幅を縮小し一方向に導き、イングソックのイデオロギーに反する思考ができなくなるようにすることです。ニュースピークは国民の思考を単純化するために、辞典の改訂版が出るたびに旧語法に由来する語の数を削減しており、オーウェルは作中で「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と述べています。私は、大量解雇、もしくは、いっぱいクビにすると言うべきところを、再構造化と言うという点で、日本にも二重思考があることを強く感じる。最近では、他人の意思を読み取る超自然的な能力のことを、コミュニケーション能力と呼ぶらしいです。また、「リッピング」という言葉も注目します。私はこの言葉は非常に曖昧であると思います。この言葉は、紙を破くときに使うべき言葉でありますが、それが、CDやDVDやブルーレイなどといった、光学ディスクの複製物を作成する際に使われています。このような曖昧で誤った言葉の使用が、今の奇妙な騒動を引き起こしていると思います。