情報倫理とセキュリティ2020後期05うわさと感情・投稿集

情報倫理とセキュリティ2020後期05うわさと感情

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1. 今日はうわさと感情について考えてみました。講義内容を踏まえた上で「インターネットにおけるうわさと感情」について自分なりに説明してください。500字以上。ラジオトークのように「私」を主語にして「ですます調」で書いて下さい。締切は2020年10月25日午後11時30分。(オンデマンド分のお知らせが遅れたので24時間延長しました)

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 4月14日に熊本地方を震源とする地震が発生して以来、インターネット上を中心にはさまざまな「うわさ」が流れました。例えば「ライオンが動物園から逃げ出した」「イオンモールが火事」といったデマはツイッター上で瞬く間に拡散されましたが、緊急事態の中でこうした「デマ」が流れることで、本当に必要な行動を取れなくさせてしまったり、必要な情報が必要な人に届かないといったことも考えられます。情報の受け手である私たちは「うわさ」として流れてきた情報に対して、「これは正しいか、それともデマなのか」を判断する必要があります。匿名・不特定多数の人々による投稿によって作り上げられるインターネットは、嘘の情報や悪意のあるうわさが流布しやすく、3・11後急激に広まった風評被害、芸能人や友人についてのゴシップ、レストランの口コミなども、その例の一つです。現在ではツイッターやフェイスブックで気軽にリツイートやシェアが可能なため、話題性のある情報はその真偽を問わず瞬時に拡散されてしまいます。口頭で交わされるうわさとは比べ物になりません。しかし、ネットのうわさは足がつきやすいという特徴があります。一度発信された情報は半永久的に残りますから、記録をつき合わせればうわさの検証が容易なのです。多く拡散されればそれだけ多くの人から根拠のなさや矛盾などが指摘されることになりますので、収束もそれだけ早いといえます。つまり、真偽の程が定かではない情報と対峙したら、最初に誰がそう言ったのかを調べることが大切であり、間違った情報に惑わされない方法です。

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ネット上の噂といえば記憶に新しいものが NAVERまとめというまとめサイトです。一見すごい便利なものだと思いますが、LINEが運営していた悪徳サイトです。なにが悪徳なのかと言うと、画像の無断転載にいい加減なこともいくらでも書き込める上にアクセスで金儲けという悪質アフィだったからです。

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私なりの考えで説明させていただきます。「インターネットにおけるうわさと感情」ですが、インターネットの世界でもリアルの世界でもうわさは「拡がる」ものですよね。リアルの世界でのうわさの場合、そのうわさの内容にもよりけりですが、例えば「AさんがBさんのことが好き」といううわさが拡がったとしましょう。拡がったとしてもせいぜい友達くらいだと思います。ところがそれがインターネットの場合、下手すれば世界中に拡がります。つまり、拡散される規模の大きさが全く違うのです。だからこそ、インターネットでの誹謗中傷、またはそれによる炎上騒ぎなどは、インターネットで起こすと危険だという事実を知るべきだと私は思います。リアルの世界で嫌なことがあったからそれをSNSで拡散するといった行動にはスッキリするという意味で自分を満たすというメリットしかなく、それを見た人たちが不快に思うというデメリットがあります。この場合、デメリットの割合の方が高いと思われます。不快に思った人たちが非難してくる場合も考えられます。そういった意味で、感情でネットワークに触れるのはよくないと思います。うわさはあくまでもただのうわさなので、信ぴょう性に欠けます。ネットで出回るうわさなどは特に信ぴょう性は低いと思います。100%信じ切るのはさすがに身を滅ぼしかねないので、半信半疑くらいの気持ちでいるのがいいでしょう。

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 インターネット上に流れている不確かなうわさと、人間が持っている感情は深く結びついており、インターネットを通したメディアは、人間が持っている感情を増幅させる装置となっています。  また、私たち人間は感情に対して、強く影響を受けている生き物であり、自身が感じた各感情に左右されるという形で、無意識にコミュニケーションや行動を行っています。そのため、意思決定などの行動や、悪意を持った差別表現や偏見といった攻撃的な表現をする際には必ず感情が結びついています。  特に、インターネットに流れている不確かなうわさに対しては、読み手側が自身の腑に落ちるように感情的に解釈をして、レスポンスや口コミ、バッシングといった行動を各自で行っています。  以上のことから、人間に正しい情報を解釈させ、伝えるということは難しく、インターネット上に流れている情報が必ずしも読み手に正確に伝わるということはありません。  また、ネット社会となっている現代において、私たちの日常生活と、インターネットは切り離せない存在となっています。そのため、不確かなうわさによって感情をコントロールされることは、関係のない第三者への批判、デマに踊らされることに繋がるため、細心の注意が必要であると私は考えます。

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私はインターネット上にある芸能人に関するうわさは無数に存在していると考えています。なぜなら一般人は自分の周りですら誰と誰が付き合っている、等のうわさをするのが好きですから、芸能人はなおさら興味の対象になると考えるからです。私が予想するに日本において芸能人のうわさが流行るのは、一般人が彼らに恋しているからだと考えます。現在日本のアイドル界において恋愛は男女問わずタブー扱いです。もしも恋人の有無をテレビや雑誌で確認されても、絶対に彼らは口を揃えて「恋人はいません」と答えています。なぜなら恋人がいない芸能人の方が、残念ながらビジネスとして成り立つからです。しかし現実にはアイドルである彼らも人間ですから、どこかで恋しているわけです。恋しているファンにとって、アイドルの恋愛は極めて重要ですが曖昧だから、大きなうわさとして膨れあがります。そしてそれが本当でも嘘でもアイドルたちは「恋していない」の一点張りですから、よりうわさはヒートアップしてしまいます。だから私は、インターネットにおける芸能人のうわさは、ファンの恋心という感情によって、創造されたり、はたまた暴露されたりして、流行するものだという結論にいたります。

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私がうわさというと中学生時代の恋愛ごとのうわさが1番に上がります。しかし、インターネット上であると「コロナでトイレットペーパーがなくなる」などを見かけました。マスクの生産でトイレットペーパーが手薄になるため、生産が少なくなるなどを見かけました。これはトイレットペーパーという必要不可欠なものであり重要な情報になります。そして、コロナで情報が拡散してテレビやネットでしか情報を得られないため情報を選別できず、曖昧になります。手持ちの知識としては、トイレットペーパーとマスクの素材が似ているかもしてないということ、これは誤解しています。どこどこの工場とか国の名前を言われると信憑性が上がり信じてしまうかもしれません。そして、さまざまな場所から発信されて、似たような情報があれば信用してしまうかもしれません。中学生時代の恋愛ごとの噂話であれば、直接事実の確認や様々な角度からの情報を得られます。そして、本人が近くにいるため、うわさが立っていても、真実を突き止めることができます。そして真実を知ればそのうわさは自分の中ですぐになかったことになります。しかし、インターネットでは玉石混交の情報が画面ひとつから発信されて、真実はどこに確かめればいいのか聞く実ではありません。うわさをする対象は数えることができません。学生のうわさであれば匿名ではないため、可能性の薄いことは発言できません。しかし、インターネット上であれば根も葉もないことも発言できます。このことはうわさを広め、複雑にするきっかけでもあります。一般人はネットで正しいものと正しくないものを見分けるのは難しいです。サイトがしっかりめのデザインであったら私はその情報を信じると思います。このように、活字のネットの情報に感情はすぐに左右される傾向にあると思います。

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インターネットにはうわさが溢れています。そしてインターネットの情報はあっているかあっていないか分からないものが多いです。どれを信じるかそしてそれをどのように考えるかは人によって違います。その考えた結果をインターネット上に発信することでうわさができます。そしてそれは伝言ゲームのように、人の解釈の違いによってどんどん変化していくものです。人の解釈という中にはその人の主観や感情も含まれています。好きな人と嫌いな人とあまり知らない人では同じ情報でもどう感じるかは変わります。それをSNSなどに発信して注目されればそれが多数の意見かのように扱われることもあります。また、どう言った経緯でそのような事実があったのか省略されることで悪いことをしているように聞こえるケースもあります。また、悪意によって情報を付け足されてしまうことも有り得ます。嫌いな人に対して悪意ある情報を付け足したり、経緯を悪意のあるような言い回しで書き換えることによって陥れることも可能になります。このように、インターネットの情報は尾ひれが付いたり重要な部分が省略されることがあるので、私はそういった情報に流されないようにしたいと思います。また、自分が発信する場合でも本当の情報か見極めながら発信できるようにしていきたいと思います。

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「インターネットにおけるうわさと感情」について考えたとき、インターネットのうわさというものは、悪意という面に偏りがちという印象があります。うわさはコミュニケーションの過程の中で生まれるものですが、対面でのコミュニケーションでは様々なジャンルのうわさが発生します。複雑なコミュニケーションを媒介して良いうわさもあれば、悪意のあるうわさまで発生するという自然な流れがあります。しかし、インターネットになると状況は変わってきます。インターネットのコミュニケーションツールとしてはSNSが最もポピュラーですが、SNSは匿名で利用できるという側面があります。そのため、気づかないうちに悪意のコミュニケーションに陥っている可能性があります。特に対面と比べて攻撃的なコミュニケーションが取られやすいように感じます。また、インターネットの特徴として、悪意のあるネタの方が拡散されやすい(バズる)というものがあります。多くの人の興味・関心を得るために、あるいは、リアルタイムでの会話ではないという点から、あえて攻撃的な表現を選ぶということも考えられます。このような事情から、インターネットのうわさや感情は攻撃的なものになりがちではないかというものが私の意見です。

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私はインターネットにおけるうわさと感情は世界に溢れているとおもいます。様々なうわさを耳にしますがそれら全てがリアルな話ではありませんでした。人々の様々な考え、曖昧な情報など入り混じったものがインターネット上に溢れているのです。つまり無数のヴァリエーションが散布しており、どれが本当の情報で嘘の情報なのか人は見定められずに過ごしています。またその虚偽の情報を信じ、振り回されてしまう方も現れてきます。その嘘のうわさのせいでなんの罪もない人が悪い視線を集められ、また悪い偏見を抱かれてしまう場合もあります。ひどい場合には攻撃的な言葉をかけられたり、うわさを広げられたり、またいじめに発展する場合もあります。これらの問題を防ぐことが今後の課題になってくると思います。相手をバッシングすることや、他人を傷つけること、攻撃することが心地いいと感じているネット民が多発してきています。この悪影響を及ぼすネット民が増えてきていることが現状を表しています。私もSNSを利用しているのですが、芸能人の方に対しての誹謗中傷の投稿や攻撃するようなコメントを目にしたことがあります。それを見ている方も気持ちいいものではありませんでした。インターネットの普及をより良いものにできるように、普及したことにより間違った使い方をするものが増えないように学校等で指導することも必要になってくるかもしれません。

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私はインターネットにおけるうわさと感情についてインターネットにおける感情は小説だと考えています。小説は感情をある程度、読み手に汲み取らせますが、最終的な判断は読み手に委ねられています。これと同じように、インターネットにおける発言は、発信者の感情のくみ取りは最終的に読み手によって判断されます。なので、私はインターネット上での発言は発信者とは別のくみ取られ方をされても仕方のないことだと考えます。ただ、同時に読み手は発信者とは違う解釈をしてる可能性があると自覚する必要があります。そうしないと、発信者の意図とは異なる、読み手の解釈違いの思い込みで発信者の発言を拡散してしまうからです。これは講義にあったうわさにも直結していますが、読み手の解釈違いの思い込みで発信者の発言を拡散してしまうと次々に発信者の意図とは全く異なる伝言ゲームが完成してしまいます。なので、インターネットを利用する読み手側の人たちは少なくとも、発信者とは違う解釈をしてる可能性があると自覚する必要があると考えます。読み手はそのようなことを自覚することで、自分の意見を発信する際に慎重になれたり、受け取った感情を生真面目に受け止めることがなくなると考えました。わたしも今回の講義を受けて、インターネットにおける感情の表現を変えたりしてなるべく誤解を生じないような表現をしたいと思いました。

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インターネットを使うにあたって起こることが何点かあります。まず一つ目は、ありもしないことを広められてしまうことです。これは芸能人が多いですが、一般人の私でもいつ起こってもおかしくないことです。その噂は、情報が確かではないのに周りの人たちに広まっていきます。話している人たちは、その人たちのコミュニケーションの内に自分の噂話をし広めていくのです。これは、流言と呼びます。また、インタネットを使うにあたって気を付けなければいけないのが、言葉遣いや、思ったことをそのまま発信することです。思ったことを発言するのが悪いというわけではありません。ただ、誰が見ているかわからないインターネットで口走ったことが炎上してしまうことがあります。それは、誰かがその発信をみてそれに反応したから起こったことです。決して悪いことを書いていなくても、それを悪い方向に発信する自分のストレスを発散したり、それを楽しんでやる人もいます。ですが、そんなことをされても対処は大切です。そこで、正しい対処を素早くできれば問題は大きくならず収まることでしょう。インターネットはただ楽しくやるだけではないとわかりました。さまざまな感情の人がやっています。そのことを忘れずにやっていくのが大切です。それと、ありもしない噂が流されたらそんなことは気にしないことです。いちいち気にしていたらきりがないからです。私もこれからインターネットとうまく付き合っていくために上述のことを大切にし、続けていこうと思います。

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私は『うわさと感情』が、対面して話すリアルな空間ではなく、インターネットという非対面であり匿名性の空間では過激になると考えました。オルポールとポストマンによればそもそも噂とは重要さと曖昧さで広がるとされています。人々は状況の重要性や曖昧さについて自身の手持ちの知識考えますが、その中で挙がった有意味な解釈(腑に落ちる見方)によってその場が収まることや、憶測であっても多くの人が納得することで噂が完成します。また噂はコミュニケーションそのものであり、噂話はその副産物で無数のバリエーションが散在しています。さらに岡本はコミュニケーションについて複雑さを説いています。リアルでもネットでも情報、交換的交わり(相手を気遣う)、音声言語、文字言語、攻撃や誤解を避けるべきではありますが、文字だけで情報が流れることの多いネット上ではより一層注意するべきです。なぜなら簡単に発信できるネットだからこそ曖昧な事柄に対して、憶測で感情任せに発信した言葉には相手を気遣う言葉が入っていない可能性があるからです。これらのことから手軽に感情に任せて発信することが容易にできるインターネット上では、噂の流布が簡単であると共に、リアル以上に相手を気遣った発信をするべきではないのでしょうか。

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口伝(他人の口から口へと伝えられるもの)とインターネット上でのうわさを感情の面から比較してみると、話し手(書き手)のうわさへの感情の乗せ方、つまり、うわさを伝えていく際の感情が大きく異なっていると私は感じます。 まず口伝の場合は、多くの場合、話し手がうっかり口にしてしまうことが比較的多いと思います。中には意図的に誰かを陥れる・傷つけるために話す人もいますが、大体の場合は日常的な会話の中で意図せずうっかり口からうわさが出てきてしまって、その際の話し手の感情は悪意に満ちたものではないと感じます。 反対にインターネット上におけるうわさの場合は、大体が攻撃的な感情を乗せたうわさが多いように見えます。インターネット上にあるということは、動画で話してアップロードするにしても、文字としてSNS上に投稿するにしても、インターネット上にそのうわさを上げる前に、最低一度はその内容を自分で見返す機会が必ずあります。その機会があるからこそ、口伝のようなうっかりうわさを伝えてしまうということがほとんどといってもいいほど無いに等しいです。このことを踏まえると、インターネット上におけるうわさというものは書き手の負の感情、つまり攻撃的な感情が多いに乗せられていると感じます。

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私のインターネットにおけるうわさと感情について、まずうわさから考えると、授業であった通りうわさというものは重要性と曖昧さが混じっていると感じました。インターネット上では様々な情報が飛び交っておりある一つの情報を調べようと思ったときにそれに対する答えは確実といえるものがありません。誰かしらが書いたものであり、どれを選ぶかの判断基準は自分の考え方に合致するもの・理解でき一番都合のいいものを選んでしまいます。SNSだと特に多くのうわさが流れています。誰かが適当な情報を流すことで面白いと思った人が拡散していきます。拡散途中で話の内容が大きくなったり、変わったりしています。しかし、多くの反応があればあるほどそのうわさは本当なのかと信じ込んでしまいそうなることが多くあります。インターネットでのうわさに対しては多くの情報を集め何が正解に最も近いものなのか考えなくてはならないと思いますし、自分が軽はずみなことでうわさを流す本人にはならないようにしなければと感じます。感情に関しましては、文字でのやり取りは本当に難しいものだと感じます。lineなどのやり取りで私自身は何も考えずに返信しただけなのに怒っていると勘違いされたりすることがよくあります。確かに実際のコミュニケーションのように他人の顔・声・話すペースがないため文字に対する受け取り方は、相手の自由になるのです。このようなことを防ぐためにできたものが絵文字や(笑)などと考えられます。これらを使うことによりインターネット上での感情表現は自由なものとなり円滑に進められるものとなったのだと私は思いました。

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最近では、うわさの伝達スピードが格段に速くなりました。昔は人の移動と等しかったうわさの伝達速度が、インターネットやSNSの登場によって、瞬時に世界中に伝わるようになりました。また、うわさの短命化が挙げられます。あるうわさがネットやSNSを介して多くの人の目に晒されると、その信憑性について人びとに検証されるようにもなります。疑わしいうわさはすぐに検証され、下火になるようにもなったと言えます。またうわさの広まるスピードも速い分、それが消えてゆくスピードも速くなったと思います。「消えてゆく」という言い方には少し語弊があって、記録性の高いネット上では、基本的にうわさは消えないものだと認識しておいた方がいいと思います。つまり信憑性に欠けるうわさは、早晩話題にあがらなくなります。しかし完全に消えたわけでなく、何かのきっかけで発掘され、再燃することも起こり得ます。例えば『大地震が起こる』なんてうわさは、ネット社会以前から定期的に広まるうわさのパターンとしてあったわけですが、検索性や記録性が高いネット上では、そのような過去のうわさの再燃も起こりやすくなっています。個人はもちろん、企業や公的機関もSNSを活用して情報発信・収集を行う世の中だからこそ、そこで流れる情報やコミュニケーションの質を向上させていく努力が、私たち一人ひとりに今後求められていくのではないかと思います。

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私はまず「うわさ」という言葉なんなのか調べました。うわさとはそこにいない人を話題にしてあれこれ話し、世間で言いふらされている明確ではない話のことである。昔のうわさの広まり方だと口コミで人の口から人の耳へ行きそこから多くの人に出回り、伝言ゲームのように最初に言ったことが改ざんされたり盛られたりして人へ伝わるかもしれません。しかし、現代ではインターネットというものからうわさが広まり、文字として残るのです。なぜ、うわさが広まるのかを考えたときに自分のとって重要で興味のあるテーマなのか、また自分が不安視しているテーマが広まりやすいのではないかと思いました。その情報を見た人たちは情報不足を足したり、不安を和らげるためにうわさを流し、流す場所としてインターネットを使ってTwitterではツイートや引用リツイートなど容易に情報を拡散できるシステムがあるのです。インターネットでは実際に会うことせずに自分の感情を文字に起こして発言できることがメリットでもありデメリットの部分を要していると思います。人間は理性や論理的に物事を考えて行動できるが、時は感情そのままの思いで行動する時もあります。その行動をしやすい環境がインターネット上だと思います。表現の自由があるためある程度のことは表現できて他人に何かをぶつけたいとなっても実際に会って殴ったりしたら犯罪にあたるが、インターネットだと人の悪口を書いてストレスを発散している方もいます。ストレスを抱えることは良くないことだが、その発言を受けてストレスを抱える人たちも出てくるので、インターネット上での発言を今後考えていかなければいけないと思いました。

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うわさというのは一番鮮度の高い最新の情報なのではないか?と考えてみました。情報とはスピードが大事になってくると思います。そんな中うわさはもっとも早い情報と言えると思います。人々が発信したい情報というのは大多数の他人が知らないであろうことを教えてあげたいという感情が働くものではないかと思います。つまりうわさを話すという行為の中には何かしらのリアクションを期待してしゃべり始めるのだと思います。だから話し手は少し大げさに、少し内容を変えて聞き手に伝える。これが毎回繰り返されていく事によって話に尾ひれがついて一番最初の話と全く違った話になっていってしまう理由ではないでしょうか。これがインターネット上になると、話し手は大勢の知らない人間に話すことになります。根本にはやはりリアクションが欲しいという感情があると思います。そうなると会話で話すものより、より簡略化して、伝わりやすいようにより大げさに、まとめて書き込みます。尾ひれを付けた状態で発信してしまうのではないかと考えます。インターネットの普及によってうわさを書き込んだ時にもらえるリアクションというのは増大していると思います。ただ人に喜んでほしい、知らない人に伝えたい、リアクションを貰いたい、そんな感情がうわさを広めていきます、本来とはちょっと違った形になった話を。その結果うわさはうわさ程度の信用のない情報になっているのではないのかなあと考えました。

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現代ではSNSが広く普及していますが、そういった中でさまざまなうわさが常に存在しています。ひとまとめにうわさといっても、都市伝説や、東日本大震災後に急速に広まった風評被害、芸能人・知人についてのゴシップ、レストランやカフェでの口コミなど、内容は非常に多様になっています。そんな中、こういった数々のうわさが必ずしも全て正しいとは限りません。ましてや、SNSは匿名不特定多数の人々が利用するため、故意にそういったデマを流しているということも考えられるのです。Twitterなどにはリツイートやいいねといった機能があるため、リツイートやいいねが多ければ多いほどその内容は真実味を増してきてしまいます。私は、例え色んな人が噂を流していたとしても、そこで自分も流されずに嘘と真実をきちんと冷静に考えるべきだなと思います。また、感情に関して、SNSは顔や本名を出さずに他の人々とやりとりを行うため、過激的で傲慢な態度をとる人も少なくないと思います。私は、そういった人々に対抗したりせずに、できる限り避けるようにするべきだと思います。また、SNSを使う機会が増えていることにより、表に感情をうまく出せなくなってしまっている人が多いと思うので、こういった問題にも私たちはもっと対処していかなければならないと思います。

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SNSなどのネット媒体は誰もが書き込めたり、記事をつくったりすることができるため、インターネット上では真実や嘘の様々なうわさが飛び交い、簡単に広まることがあります。特に匿名・不特定多数の人々による投稿によって作り上げられるインターネットは、嘘の情報や悪意のあるうわさが拡散しやすいと感じます。さらに、私自身もそうなのですが、現在では新聞などの紙媒体よりも、インターネットは情報を確認する手段にしている人が多いため、インターネット内の情報が偏っているとほんとにやらなければいけない行動が取れなかったりなど、人々の情報環境や行動に悪影響を及ぼすことが考えられます。こういったうわさとして流れてきた情報に対して、情報を受け取った私たちは、「真実なのか、それとも嘘なのか」を判断し、行動する必要があると思います。また、インターネット上で飛び交っているうわさに対して、喜びや怒り、悲しみといった様々な感情が生まれると思います。その中で、真実かもわからないうわさに惑わされ、他人を非難してばかりいたり、他人を傷つける言動をしたりなど、誹謗中傷をすることで楽しんでいるネット民も多くいると思います。このような人たちはバッシングすべき対象が見つかれば、相手は誰でもよかったり、他人を攻撃することが心地よいと感じています。最近では、このような誹謗中傷などが問題になっていますが、それでも実際に誹謗中傷をする人たちが消えないのが現実であり、悲惨なことだと私は思いました。

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インターネットは嘘やうわさなどの情報が多い世界でもあります。 特に最近話題になっており顕著にでてくるのがインターネット上での誹謗中傷です。一般人から有名な方まで被害が及んでおり後を経ちません。インターネットでの発言は匿名的な所が多く、対面して話すという社会的なコミュニケーションが必要ないのです。これが非常に問題であると私は思っています。人は会って話している時、言っている内容とは別に声のアクセントや抑揚などの聴覚や視覚を通じて顔の表情を読み取りながら無意識に適切な言葉選びをしています。しかしネット上では文字のみという感情の分からない極めて曖昧な媒体のみに限定されてしまいます。そして意識的にコミュニケーションを取らなければならなくなり、それが意外にもストレスが溜まっていきます。その結果が不適切な発言や攻撃的な批判をしてしまったりと暴走した感情に身を任せたコミュニケーションと化してしまうのです。ネットでのコミュニケーションはただ文字を打ったり見たりのやりとりだけで安易であると思われる方もいるでしょうが、それだからこそ、より複雑になっているのです。つまり、対面では言葉以外に読み取れる要素を脳が勝手に処理してくれますが、ネット上では文字のみなのでその文字に隠された要素を意識的に予測し考えるという作業をしなければならなくなります。インターネットという場所そのものが曖昧であるからです。

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第5回の講義の映像がないのですが、YouTubeにアップされていないのでしょうか?それとも今回からオンデマンド視聴がなくなったということでしょうか?教えていただけると幸いです。

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私は憶測にすぎないうわさは本当に良くないものだと思います。良くないものだと思っていても私自身ももちろんうわさ話をしたことがあります。うわさをしているときはとても楽しいです。しかし自分がやられたことを考えると絶対にうわさをしてはいけないなと思います。しかし、うわさなどを思うことは自由であって言葉にしたり誰かに言いふらしたりなどはよくないことです。それをインターネットなどで発信することはもっとしてはいけないことです。インターネットというものはインターネットに載せてしまったら2度と完璧に消すことはできません。わたしは一度もインターネットでうわさをしたことがありません。大袈裟かもしれませんが、誰がのひとことで命が救われるかもしれないし、誰がのひとことで命が失われる可能性もあります。軽い気持ちで決してうわさばなしをしてはいけない、インターネットであげてはいけないとわたしは思います。うわさばなしも悪口も関係していると思いますが、ここ最近自殺でなくなっている人が多い気がします。日本は自殺する人が多いと言われていますが、芸能人でおそらくSNSなどの誹謗中傷やあることないこと、うわさばなしなどで亡くなる人が本当に多いきがします。なので、インターネットなど匿名であってもうわさばなしなどはしてはいけないと思います。匿名というものが1番恐怖の可能性もあると思います。

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噂というのはどこの場所にも存在します。それはインターネットの世界にも存在します。まず噂というのはある特定の物や人物に対しておきるものです。他人がそれを創造、または事実を拡大、縮小したものであり事実とは異なるものです。インターネットでは顔を表さなくても意見などを言えることができます。それにより自分の身元が安全されていると思い、たくさんの意見が交じり合います。それにより事実とは異なることが広まってしまいます。これが噂が出来てしまう要因ではないかと私は考えました。また、噂とは他の人の尊敬や妬みなどの感情があることにより事実とは異なる噂ができるのではないかと考えました。尊敬などのプラスの気持ちは事実を拡大し、妬みなどのマイナスの感情は事実を縮小してしまいます。また、縮小するだけではなく相手のマイナスになるようなことを噂として広めます。このようにインターネットの世界では自分の身元がばれずに好き放題のことがいえるので、現実社会に比べるとその噂はもっと事実とは程遠いものになってしまうと私は思いました。しかし、マイナスな面だけではなくその噂によりお店が繁盛したなどのプラスの意見もあります。インターネットの噂は悪いものだけではないことがわかります。しかし感情が混じった噂はあまりよくない方にいってしまうのではないかと私は考えました。

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私はインターネットを利用する上でうわさが流れる時に、まずその内容が本当か分からないためにしっかりとしたしたソースを発見するまでに信じるべきではないと感じました。うわさの広がり=重要さ×曖昧さというのがあるように、その情報が信ぴょう性を持っていないために早とちりで信じるとろくなことが無いと思ったのです。またその情報に振り回されてあたかも本当かのように私が他人に広めていってしまった時、瞬く間にその情報を鵜呑みにした友達がそこでまた別の人に広めていってしまい、結果的に負の連鎖に繋がってしまうからです。その時の自分の感情に任せて嘘か本当かもわからない情報を流す事がいかに無責任で、大変な事であるかという事をしっかり自覚するべきなのです。今ではインターネットという誰もが簡単に手を出せるメディアなわけですが、そこでもしも自分が気にいらない他人の悪口を書いたりした時にどのような事が起こるかという事をはっきりと理解した上で、また尚且つそういった事を書き込まないというのが未然に防げる最善の方法なのではないでしょうか。そしてもしもそのような事をしてしまった過去がある人はこの機に自分のインターネットへの発信の仕方を見直すチャンスなのではないでしょうか。

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インターネットの情報と言うのは全てが正しいと言うわけではありません。もちろん多くの正しい情報は得ることができますが信憑性のない噂というのも多々存在します。社会学には流言論というものが存在します。噂の広がりというのは重要さ×曖昧さによって広がり方が変わってきます。ここで言う流言と言うのは曖昧な状況に巻き込まれた人びとが、自分たちの知識を寄せ集めることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーションであり、こうしたコミュニケーションが繰り返し生じたとき、これを流言と呼びます。噂というのは状況の重要性、状況の曖昧さ、手持ちの知識、有意味な解釈、コミュニケーションそのもの、うわさ話はその副産物であり、無数のヴァリエーションが散在するというものによって拡がり方が変わってきます。噂というのはいい噂よりも悪い噂の方が広まりやすいものです。インターネット上でうっかり口にした悪口や偏見他者への攻撃などは状況によって瞬く間に広がります。悪い噂は人々の感情に影響を与えやすくすぐに反響を呼んでしまいます。そのために悪意というものは伝言ゲームの要領で瞬く間に広がっていってしまいます。人は感情を持った生き物なので噂話などに気持ちを左右されやすいですが、その話の真意を確かめて話の本質を捉えることがこのインターネット社会においては重要なのではないでしょうか。

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私はデマというものはもともとは個人の口コミにより伝わると考えています。。しかし、インターネットによって、個人が一度に大量の情報発信をすることが可能になってしまいました。 マスメディアなら、多くのチェックが入るのに、ネットではノーチェックで広がることもあるでしょう。本当は、拡散させる前に少しネット上でも調べてみれば、「その話は嘘」という情報も見つかるはずなのですが。 ネットで発言することは、駅前でマイクで話すようなものです。リアルでそのようなことをするとすれば、だれでも話す内容をよく考えるでしょう。ところが、ネットコミュニケーションの特徴として、本当は世界に開かれているのに、まるで個人的に内緒話をしているような感覚になっていしまうことがあります。 無自覚のまま、無責任に、偽りの情報が、広がります。それも、口コミの何万倍もの速さで。大きな影響力が生じる情報発信は、「チェック、ダブルチェック」です。 人は、自分が知った情報を人に伝えたくなります。芸能人を見たり、事故を目撃すれば、なおさらです。本人からしたら、周囲の人におしゃべりしたくなるでしょう。 おしゃべりだけなら、問題はありません。でもさらに、情報を広げるネットという便利な道具を持てしまった私たちは、しっかり自覚しないと、情報伝達欲求が爆発的に大きくなってしまいます。さらに、不特定多数の人に広がることを意識できなくなります。 こうして、ネット上の情報漏えいや、プライバシー侵害や、様々なデマが飛び交うことになるのです。個人的な人間関係が壊れたり、大きな社会問題になることすらあるでしょう。 現代社会で生きていく私たちは、便利だけれど危険な、ネットというもの、ネットコミュニケーションというもの、そして私たちの心の仕組みを、知らなくてはならないでしょう。

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そもそも噂とは、「ある人の身の上や物事についての確実でない話」を指します。その噂がインターネット上で拡散されるには、やはり感情が関係してくると考えられますが、私は感情を含め三つの条件があるのではないかと考えます。 一つ目は、その噂が拡散している当人たちにとって重要であること。二つ目は、今起きたばかりで、はっきり分からない曖昧な状態であること。三つ目は、感情に関係して不安感が高いこと。これら三つの条件が一つでもあるとき、噂が流れる可能性が高くなるのでしょう。インターネットが普及し、SNSで誰でもいつでも世の中に発信できるようになりました。このように手軽に発信できるようになったことで、発信するまでの間に「この噂が本当で投稿していいことなのか冷静に考えること」ができなくなったことが噂の拡大が進んでいくことに関係していると考えます。 上記の条件に加えて、インターネット上で噂を広める感情は、四つあると考えています。一つ目は、新しい情報を求める感情。二つ目は、自分が知った新しい情報を他人に伝えたい感情。三つ目は、自分が感じた恐怖や不安を他人に発信することで、その負の感情を正当化しようとする感情。四つ目は、感動や驚きなどの強い感情によって、興奮状態に陥りチェックが不足する感情。以上四つの感情に影響をうけ、インターネットにおけるうわさが拡散されるのでしょう。

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私が思うインターネットにおけるうわさと感情についてですが、講義にも取り上げた宮台真司さんと松田美佐さんの意見に同感しました。松田さんの状況の重要性・状況の曖昧さ・手持ちの意識などはインターネットでも気をつけなればいけないと思います。これは実際にあった話なのですが、新型コロナウイルスの影響でマスク不足が続いていました。どこの誰かすらわからない不明な人がSNSで次はトイレットペーパーがなくなる。なぜなら製造元が中国製なので品薄になるという言葉を投稿した瞬間にそれは日本中に伝わり、一時的にトイレットペーパー不足に陥りました。ありもしない噂話に流されてしまい、日本人はあたかもそれが事実であるかのように信じてしまいました。次に感情では、インターネットでは人の顔が見れないのがメリットでもあり、デメリットでもあります。ただ、日々の日常を投稿したい人や現在の天気やニュースなどを見たりする人もいますが、一部の人では他人を非難しています。このような人たちは他人を傷つけ、相手を徹底的にパッシングをします。実際に芸能人で、snsでの投稿でアンチコメントや暴言などが原因で亡くなってしまう誹謗中傷ということが起こりました。人間には感情というものが存在するし、そのような言葉をsnsで投稿されても顔も見ることはできないですし、かなり精神面に来ると思います。このようなことならインターネットにおけるうわさと感情には気をつけならばなりません。

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現代社会においてインターネットは私たちの生活の一部となり、誰でも気軽に発言できるためにインターネットに書き込みをすることはとても容易で身近なことになっていますが、だからこそ人は表現を無視して、ストレスの発散場所としてインターネットを使用している人も少なくないと思います。表出という表現がありましたが、ネット民は相手のことなど考えることもないので、自分がただストレスを発散し優越感に浸ることができればそれで満足になってしまうのだと思います。うわさに関しても、根拠も無いような何処かから回ってきた情報や間違ったうわさを自分が発信し、閲覧者が見ることによるデメリットなど考えることもないのだと思います。根拠が無いけどマニアックな情報をあたかも自分の知識の多さとしてひけらかすかのように発信することで、他人よりも上だという優越感に浸って日頃の鬱憤を発散しているのではないかと思います。そういう意味では、インターネット上でうわさを流すような人と誰かを攻撃するような人は、ストレスを発散するという意味においては同じような関係なのだと思います。有名人への誹謗中傷などがよく問題となっていますが、犯人は自己目的のために行っていて自分が発散できれば誰でもいいと考えるととてもくだらないようなことだと思えました。

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私は噂とは人間の情報伝達において一番効率的に作用するものだと考えます。特にそれが人の負の感情に起因するもの程、多くの人の関心を寄せ、結果として情報は早く、広範囲に伝わっていきます。そこで特にインターネットというものは情報伝達に特化しているためより効果的に情報は拡散していくと考えます。インターネットの利点として距離の壁を無効に出来るというものが挙げられます。古来より人間の情報伝達の手段は、会話、手紙、無線、電報、電話程度でありましたが、インターネットの普及によって従来の伝達よりも格段に高速かつ広範囲、多方面に発信することが出来るようになりました。また、インターネットは使い方さえ工夫すれば、全世界の人間に無差別に情報を発信することができます。その為、現代ではインターネットに絡んだ話題の如何は問わずに、毎日どこかで炎上が起き、何千、何万という人間が特定の人物を叩くようになる。人間は弱いものいじめが大好きな生き物です。弱いものを吊し上げ、罵倒し、叩きのめす。周囲は同調するか、安全な所からただ静観している。それは快感を覚えるためにすると同時に、その標的が自分に向かぬように、余計に叩き続けます。「1984」の二分間憎悪も同じで、党員の憎悪を弱いものに集めて置くことで、BIGBROTHER(は本当にいるか分かりませんが)とその周りの中央に怒りを向けさせず、反乱を起こさせませんでした。

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まずはじめに、人間はうわさやゴシップというような曖昧なものが大好きなのです。なぜそのようなものを好むのかは分かりませんが、例えばある友人が「あいつ最近〜(ほにゃらら)らしいよ。」とか言うと、そのうわさの対象物に興味を示すものなのです。このような現象はインターネット上のうわさに関しても同じようなことが言えます。では、うわさはどこから来るのでしょうか。それはもちろん誰か1人が情報を発信することで各地に広がっていきます。ただ、うわさは広まるのも早いが鎮まるのも早いものです。はじめに述べたように、人間はうわさに敏感です。というのもそのうわさが真実なのかそうでないのかを追求したいからなのです。現在ではSNS上に各人が手軽に発信することができます。そのため、その世界で注目を浴びたいと思う人が時に人間が好きなゴシップやうわさを流すことがあるのです。このようにしてうわさが流れてくるのだと私は思います。 インターネット上における感情とは、リアリティにおける感情とは少し違います。リアリティでは顔と言葉で感情表現できますが、インターネットでは字だけで感情を表す必要があります。簡単にできることではないですが、この先さらにネット化が進むため、できるようにならなければいけないことだと思います。

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インターネットにおけるうわさと感情について、うわさというものは、重要かつ曖昧な事柄がうわさになりやすく、曖昧さが無いものはうわさにはならないです。曖昧なときに狼狽えることで様々なところから答えを求めた結果、曖昧さを補うようにうわさとなります。インターネットが普及した今では、重要かつ曖昧なことがあった時に様々な意見が飛び交い、曖昧なままで人々は考察をするためにうわさというものも多種多様で大きいものになりやすいと考えます。そして、そこに人種差別や偏見、自己利益のための感情が入り込むことによって、昔で言ったら関東大震災が発生したときに朝鮮系の日本人や朝鮮人が殺害された関東大震災朝鮮人虐殺事件のようなものが発生すると考えられます。それが今のインターネットが普及した時ならより、不確かな情報は広がりやすく情報を得た人々は、その不確かなもので考察をし、うわさの元となったり、不確かな情報に感情が加わることで自らの利益やヘイトスピーチになりえます。インターネット上でのうわさや感情に流されずに行動するには、常日頃から様々なところにアンテナを張り続け、最新の情報を手に入れられるような態勢を作らなければいけないと私は考えています。

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 インターネットにおけるうわさと感情について、私は心理学的考え方が密接に絡んでいると思います。そう思った根拠にうわさというものは情報として飲み込むことが容易な事柄を人々が流布していることで発生すると心理学上言われているという点があります。心理学上、このうわさの情報は人々が共通して理解出来るということはなく、人の感情や考え方によって紆余曲折に理解され、誤ったものとして流布される場合もあります。インターネットが人々に普及している現代、この誤ったうわさが流布されていることが大きな問題となっていると私は考えます。例えば、以前芸能人のイモトアヤコが引退宣言をした際も間違った情報としてマスコミによってインターネット上に流布され、ニュースにもなったことが挙げられます。このニュースも報道したマスコミが誤った情報として飲み込み、報道しなければこのように問題になりませんでしたが、間違った情報でもアクセス数の増加や読者が一時的に増えて欲しいという感情的要因で報道をしてしまったために起きてしまったのです。  このようにインターネット上にアップする際に感情に流されず、本当に流していい情報かを確認することを心がけることで不要なうわさは立たず、情報を共有する場としてインターネットをうまく活用できることに繋がると思います。

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インターネットにおけるうわさと感情について、そもそもうわさが広がることから紐解いていくと、うわさは誰かから言い伝えられたことから伝わっていきます。それが正しいか正しくないかはその時点ではわかりません。その情報が自分にとってどれだけ重要で、どれだけ考えたかによって広まり方が変わります。例えば、試験に関する情報を集めるとき、大学内であれば、以前にうけたことのある人から情報をきき、それが正しいと思い正しいか正しくないかは別として広まっていきます。試験は単位をとるために必要という重要性、試験がどうなるかはわからないということから、とにかく情報を集めます。ぎりぎりであればあるほど少しの情報しか集めることができないかもしれませんが、その人が言っているからとかその情報が使えそうということから判断されます。インターネットでは、自分の知らない誰かが書き込んだ情報が、本当かどうかは知らないけれど広まっていると本当だと思うこともあり、そこで発信する人と調べてみる人とパターンが異なると思います。そのことに関して、自分もそうであると思えばその時点でそうだと思いますし、違うと思えばもっと調べると思います。自分にとって都合がよい方向に進んでいき、自分のしたいような情報だと広めたがるというものです。勘定で見ると、そっちが有意義だと思うということになります。

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私は今回のうわさと感情の授業を受けて、インターネットにおけるうわさと感情について感じたことは、SNSが発達した現代ではうわさは簡単につぶやけてしまうことから良い噂もデマも簡単に広まってしまうということが挙げられるのではないかと感じました。テレビ番組で人間は悪いことと良いことでは悪いことを信じてしまうという話を聞いたことがあります。その情報通り悪いうわさの方が広まりやすいと感じました。さらに前回の炎上についての授業にも繋がる部分がありますが、うわさも炎上も一人の言葉や話に誰かが乗っかることによってうわさも炎上も大きく広がるという特徴があると私は感じました。さらにSNSでのうわさ話の広がりは人々の感情がみえにくいのではないかと感じました。インターネットでの書き込みは基本的に文字だけなので相手が怒っているのか善意で書き込んでいるのかよく分からない部分もあると思います。他にもSNSでは簡単に拡散できてしまうことから、例えばあるアーティストのファンのひとりががあんな悪いことをしていたといううわさが書き込まれれば簡単に拡散され炎上して、問題行為を起こした人だけではなくそのアーティストのファン全体が悪く見られるなどの大きな影響がうわさの拡散によって生まれるのではないかと考えます

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噂というのは、とても厄介だなと思います。それは、実際でもインターネット上でも同じことだ。噂の嫌なところは、元の情報となっているものから、何かしらその情報にプラスされて広まってしまうということです。そもそも噂というのは、その情報が確実なものなのかわからない状態で伝わってくることが多いです。芸能人のニュースなどでも、芸能人がテレビなどでこれは事実ではないと述べていることも多々あります。この芸能人の事を例とするなら、噂の元というのは2パターンあると考えられます。1つは、この芸能人のことが嫌いな人が勝手に作った根拠のない噂です。これは、ただこの芸能人が嫌いという発信者の感情によって作られたものです。この発信者がある程度影響力のあるひとだったとしたら、多くの人間が目にすることになるし、噂として広まる可能性があります。2つ目は、フライデーのような週刊誌の会社が、確かな情報でない事を発信してしまうことによって起きてしまう噂です。1個目のパターンよりもこちらの方が、広まる可能性が高いと考えられます。それは、信用性が一個目よりも高いからであると考えられます。このような情報を見た人は、その情報が正しいか正しくないかにはかかわらず他人に話します。この事実か事実ではないかというのは、この情報に全く関係ない人からしたらどうでもいいことなので、ただの話の話題でしかないのです。そして、この噂に話した人の感情や何か盛られて広まって行ってしまったりします。この噂というのは、必ずしも確かな情報ではない、常に何か上乗せされているものだと思うことも大事なのかなと思います。

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講義内では重要かつ曖昧さなものが噂になるということがとても頭に残りました。噂というものは怖いもので知らぬ間に広がり、内容が違っていたりする。インターネットが活発になった今、噂というものはインターネット上でも広がるようになりました。同じものに興味がある人がネット上で集まり、様々な自分の知識を提供していき、それぞれ意見を交換したり、事実を確認できないことの話で盛り上がる。噂と聞いて、私はいいイメージは持たない。なぜなら大体が本当の話ではないし。正しいか間違っているかもわからないのに想像上で話し、それが本当であるかのように話を進めるからである。噂だけで話を進めると広がりようによっては怖いものになると考える。さらにその人単体の噂が流れるとする。すると、その人が何もしてなかろうが、周りからのイメージはその噂のイメージになるのである。そこからいじめや差別などになるケースもある。噂話が面白いというのもわかるが、この噂話でインターネット上では多くの人が見ることができ、発信をしなくとも様々な感情になる。数なくとも悲しい感情になることは避けたい。私はインターネット上でのコミュニケーションについて最近恐怖を覚えるようになっている。何かを多くの人が発信することで多くの人が影響を受ける可能性があるということを忘れてはいけない。

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私が思うインターネットにおけるうわさはさらに情報が歪曲しやすくなったと感じます。まず、前提としてうわさというものは、重要なものでかつ、曖昧なもの、不確定なものが絡まり発生するものです。その曖昧なものの部分には、情報を発信する人の感情が混同した偏見によってさらに情報が歪曲されるのです。SNSが普及してから誰でも情報を発信することができるようになりましたが、間違った情報も多いです。例えば、コロナウイルスによってマスクが不足し、転売が横行したことは周知のことですよね。この物流が滞り、物が不足するという重要な問題に、中国で生産している物が日本にやってこないというある意味腑に落ちそうな情報からどんどん情報がねじれ、日用品の供給まで影響が出るのかもしれないという曖昧で不確定な情報がSNSから流れ出しました。そしてトイレットペーパーの買い占め騒ぎが起きたのです。もちろんこれはデマです。その他にも芸能人のゴシップにおいてもAとBが一緒にいた写真をSNSに投稿した瞬間に、瞬く間に嘘か本当かわからない情報が泳ぎだす例は数多くあります。このように、伝言ゲームでどんどんいうことが変わるように、インターネットではさらに参加者が何千倍にも膨れ上がるのですから、個人の先入観や偏見、間違って持った知識などが混ざった流言が完成するのです。

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インターネットの噂というのは真実なものもあるし、嘘の情報も沢山あります。ネットで噂をながしている人は自分の知識を広めようとしている人がいたり、迷惑をかけてやろうとしている人もいます。だからこそインターネットの噂は信用性が無くなり、真実だとしても信用して貰えない時もあります。しかし、嘘だったときに信用されてますます世間に広まってしまうという可能性があるといったとても複雑な所であります。よく芸能人が交際してるとかネットでよく見かけるがそれが真実か分からないがそれを真実だと思ってしまう人も居るです。そうなるとその嘘の情報をインターネットに広めた人が好奇心で信じてくれるからもっと色んな人の噂を流そうとしてしまうのです。そういった好奇心が原因で多くの人が騙され、迷惑しているのです。そういったインターネットの噂はそういった人を騙したいといった好奇心が影響しているのだと私は思います。また、そういったことを信じない人もいるが、一方で信じてしまう人も少なからずいることも忘れてはいけないのです。だからこそ、安易な考えで色んな人に嘘な情報を与えたり、ネットに発信してはいけないのです。日常生活でも嘘をついたりしてる人はネットで嘘な噂を流している人とやってることは変わらないと思うから、日々気をつけるべきだと私は思います。

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私はデマやうわさ話が広がってしまうのは、情報が不足していることが一番の理由だと思います。停電でTVやパソコンが使えなくなったり、通信障害などで電話が使えなかったり、公の情報が少なかったり、そんなときには、特にスマートフォンで見るSNSでの情報に依存しがちになります。そして被災者もしくは、情報を見た第三者が、嘘か本当かは分からないけれど知っておくに越したことはないだろうという情報を、不安や善意の気持ちから拡散するのです。しかし、実はこの不確かな情報は、多くのパニックや暴動の原因となっているのです。断水や停電になるという嘘の情報が流れれば商品を買い求めに来た客同士のトラブルが起きたり、外国人に対する差別的なデマを元に暴力事件が起こることもあります。また、不確かな情報が拡散されてしまうと、災害時の限られた通信環境を圧迫し、本当に必要な情報が届きにくくなったり、救援活動にも負担をあたえます。加えてSNS上での書き込みは内容に尾ひれがついたり、伝わるごとに変化しやすく、時間の経過とともに正しかった情報も、誤った情報になってしまう危険もあります。

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私は先生のおっしゃる通り情報が多く流通する中で最初に出た情報が正しいと言うわけではないと言うことを判断するリテラシーを持つことが大切だと思いました。曖昧なコミュニケーションや差別的発言と捉えられるような発言には気をつけることでおかしなうわさなどはかなり減らせると思いました。感情というのは難しくネット社会では特に判断しづらいことが多いと感じられる状況があります、悪意がない発言でもそう捉えられたりわざとそう捉えようとする確信犯てきなネット社会の人達もいるのでこれからの時代はかなり気をつけなければいけないと思いました。 怒ると叱るは違うということを聞いていましたが、感情表現というのがはっきり出てしまうのが怒るということなのかなと感じました。なぜヘイトスピーチや悪口を人は言ってしまうのかという話において、情報なら自分の立ち位置なり、コミュニケーションの深さが関係してくるのがこの授業受けてみて、確かにそうだなと感じました。 交換的交わりは確かにそうだなと共感しました。ヘイトスピーチは相手を無視していたら起こらないことなので考えてみると興味深く面白いなと感じました。文字言語、音声言語から読み取るコミュニケーションはかなり高度なことを自分たちは自然とやっているんだなと感じました。 コミュニケーションの複雑さは今回かなり学べました、うわさと感情はこれからの社会リアルでも、ネットでも気をつけなければいけないと思いました。

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インターネットにおけるうわさと感情について、災害時のデマや根拠のないうわさがあると考えます。その主な要因を「不安」、「怒り」そして「善意」に分類します。 東日本大震災であった実際の例です。千葉県市原市の製油所が爆発したとき「有害物質の雨が降る」という、うわさが出ました。結果的に根拠がない情報でしたがSNSで瞬く間に拡散しました。得体の知れないことが起きているという「不安」、いつ事態が収まるのかという「怒り」、そして、「少しでも人の助けになる情報を伝えよう」という「善意」の感情の3つが組み合わさって拡散したと考えます。この3つの要素は、インターネットを利用する人の感情との親和性も高く、デマやうわさの拡散の速度はSNSの普及でかつてなく早くなっていると言います。災害時のデマやうわさで気になるのが「差別」の問題です。96年前、1923年に起きた関東大震災。国の中央防災会議の報告書によると、「朝鮮人が井戸の水に毒を入れたらしい」といったうわさを元に、多くの朝鮮半島や中国からの出稼ぎ労働者、地方出身者などが民衆や軍、警察によって殺害されました。その数、数千人とも言われています。根拠のないうわさが広まっても知恵のある人はそれを他人に話さないから噂はそこで止まるという意味です。“デマ”やうわさは不安や怒り、善意といった「感情」と結びつくことを知ったうえで本当かどうかわからない情報がきた時にうのみにしない。拡散しない、すぐに行動につなげないという「情報に対する態度」を身につけることが大事だと考えます。

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インターネットにおける噂は現実における噂とは少し違ったものであると私は思います。現実の噂は授業にもあった通り、情報が必要になるタイミングが生じたときにうろ覚えの知識やあいまいな情報を誰かが提供する(この場合は悪意と善意両方のから発信していると思います。)ことで、それを受け取った人の中から自分が解釈しやすい、受け入れやすい形に合わせて受け取った結果が、噂になっていきます。しかし、インターネットにおける噂は例えばSNSが一番分かりやすい例だと思いますが、誰かが意図せず発信した情報や悪意を持って発信した情報がきっかけになってそれを見た人が誤った受け取り方をすることで、噂が大きくなっていくと考えます。例えば、AさんがTwitter上で、「○○さん体調悪そうだけどもしかして引退とかしないよね?」といった有名人に関するツイートをしたとします。もちろん、Aさんには何の悪意もありませんし、日々のつぶやきをした何気なツイートです。しかし、これを見たBさんが「○○引退ってマ?」といったような情報を極端に削ってしまったツイートをすると、これを見た不特定多数の人は「有名人の○○さんが引退する」という誤った情報を手に入れてしまいます。ネットをうまく使っている人ならば、ソースのない情報は安易に信じず、興味があるなら自分で調べるので、ここで「○○さん引退」という情報が間違っていることに気づきますが、ネットを利用している人が全員ネット上級者ではありません。Bさんのツイートを見たうえで信じ切ってしまったCさんが「○○さん引退なんて悲しすぎる…。○○さんが出演してた△△また見たいな…」といったツイートをするとこれを見た不特定多数の人はBさんのツイートよりも信じてしまう人が多くなり、ついには○○さんをよく知らない人までがツイートをし始めることによってTwitterのトレンドワードになってしまったり、ネットニュースになったりして間違った情報が飛び交ってしまうこともあります。Aさんの発信した何気ないツイートが多くの人の目に触れることで間違った情報として認識されてしまう、一種の伝言ゲーム的噂になってしまうのです。このようにネット上での噂と現実の噂の広がり方の違いについて書きましたが、全く関係ないわけではありません。例えば、まだ記憶にあると思いますがコロナの影響でトイレットペーパーやティッシュペーパーが全国的に不足したことがありました。あれは、現実の噂とネットの噂が交わって起きた現象だと思います。コロナによって多くの人が不安な気持ちでいたときにSNSを介して、「トイレットペーパーやティッシュペーパーは中国でほとんどが作られているため、今後コロナが広まれば深刻な紙不足になる」という悪質なデマが広まりました。多くの人が不安な毎日を送っていた中であのデマは驚くほどの速さで広まりました。また、デマであったにも関わらず、買い占めが殺到しお店の紙がなくなった状態をメディアが取り上げてしまったことで、噂は限りなく事実として広まってしまいました。コロナによって現実、ネット問わず広がっていた不安に、悪質なデマがもたらされたことによって生じた噂であったと思います。

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インターネットにおいてうわさというものは必ず存在しています。うわさがいかにして広がっていくのか、また、どのような内容が広がりやすいのでしょうか。うわさが広がることに関してオルポートとポストマンはこのように定義しました。うわさは当人にとっていかに重要であるか、また、その曖昧さを掛け算して伝達していくと考えました。もし、当人が全く重要ではない内容ならば0であると考えられ、いくら掛けても0のままです。同じように曖昧さが0で確実なものであれば0のため、うわさではなく事実となります。このようにしてうわさは広まっていくと考えることができました。また、うわさが広まっていくにつれ多くの人の目に触れることになります。しかし、人によってその物事の捉え方は全く変わっていくものです。そのため、その物事を見たひとの知識に依存し、また、その人が有意味な解釈を行い、1番腑に落ちる見方をすることになります。このようにうわさとはその人の手から離れた瞬間に様々なバリエーションを有しながら広まっていくのです。またこのように広まっていくにつれ感情も入り込んできます。人間はその場でスルーするのではなく発言に移した場合、今後も自分の発言を引きずっていくことが多いのです。誰しも偏見や攻撃などをしたりされたりすると思います。これをいかにコミュニケーションを行うことではなく、スルーする力が現在のインターネット社会で大切なものであると感じます。

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私は、インターネットの噂と感情は、確証バイアスと深く関係があるのではないかと考えました。うわさとは、重要であることと、曖昧であることがかけ合わさって広がっていきます。あいまいに巻き込まれた人びとが、自分たちの知識を寄せ集めることで、その状況に有意義な解釈をしてしまいます。このコミュニケーションのつながりです。確証バイアスとは、認知バイアスの一種で、自分にとって都合のいい情報ばかりを無意識的に集めてしまい、反証する情報を無視したり集めようとしなかったりする傾向のことをいいます。最初に思い込みがあると、多様な情報があっても、最初の考えを支持するような情報ばかりが目に付いてしまうのが確証バイアス。たとえば、石原さとみの結婚相手についてです。相手が一般男性だと情報が掲載されると瞬く間に広がっていきました。世の中の一般男性は、その情報に大いに期待し、もしかしたら石原さとみレベルの方と…と希望をしたと思います。したがって、この情報を肯定する情報が多く出回りました。結果的に、GSだったという事実だと思われるもので訂正がされましたが、都合がいい情報がみるみる集まり広まっていく様子に驚きました。こういった事例はほかにも数多く存在します。中には悪意があるものもあります。うっかり口にしたものや偏見からつくられたもの、悪意から生まれるものなどです。これらにもあらゆる心理現象と関りがあります。ハロー効果や投影などです。噂に惑わされないためには、これらの心理現象があるということを知り、客観的に自分の感情をみることが大事だと考えました。

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うわさの広がりは、その情報の重要さとあいまいさが高ければ高いほど広まっていくと考えられているがインターネット上に出回る情報においてはそれをさらに加速させていくものです。インターネット上では、誰かが意図的にうそをついて発信した情報に対して不特定多数の人が簡単にみることができます。また、匿名で情報を発信できるため意図的にうそをつくことのリスクが少なく容易に行われてしまいます。そのうえで多数の人が見たときにその情報が本当であるかは知らないものの悪意を持たずともまた別の人がインターネット上に発信したり話題にすることでより多くの人に広まっていきます。また、その情報が人々の感情が動くような情報だった時には情報を話題に出しやすく結果的に広まっていきやすいです。特に、重要な情報なうえであいまいであるとうわさとして広まっていきやすいと話をしましたがそのあいまいな情報に関して災害情報などの社会的に不安を感じる内容や思春期に入り不安を感じやすい年代の人たちにむけて発信された情報などは他人との共有をしたくなり話題に出すことでさらに広まっていきます。したがって、情報の重要さとあいまいさに加え感情が動くような情報、特に不安になるような情報などはうわさになりインターネット上では特に広まっていきやすいです。

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インターネットにおけるうわさと感情について私は不安や焦りから来る考えが大きなうわさになってしまっているのかなと思います。例えば今の状況で言うと、コロナウイルスが流行り、この際どうなるかがわからない不安や焦りから個人個人が曖昧な情報や知識で解決策を探し、インターネット上で拡散することによってデマなどのうわさが広がっていると思うからです。他にも、仕事や学校で自分の気持ちに不安などがでると、自分以外の誰かを傷つけるうわさを流す人が多いのではないかなと思います。自分の立場をキープまたは上げるために人を陥れるためのうわさを流す人もいます。これらのうわさをインターネット上、顔の見えない部分で行うことで相手が中に抱える本当の感情を読み取りづらくなっています。対面で話せば曖昧な情報で作ったうわさの場合なんとなく雰囲気でわかることもありますが、文字のみだとその部分が伝わってこないので広まりやすくなるのかなと思います。文字から文字でインターネット上で伝わり、間で会話でうわさが広まりとどんどん内容が曖昧になり伝えた人と後から聞いた人の内容では内容が変わってしまっている可能性もあります。それは意図せず変わってしまっている可能性もあれば、うわさの対象をよく思わない人が意図して変えている可能性も考えられます。元々うわさという曖昧な情報自体インターネット上ではなくても、面白半分で広まることが多いのに、インターネット上ともなれば全く関係のない人までうわさを広めることができる上に顔を見せなくてもいいので、より広く伝わってしまうものだと考えます。

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例えば田舎でコロナウィルス感染者が出て、その人が特定されて袋叩きにされるというニュースがありましたが、その原因はそうした田舎が村社会であるからと言えます。今回のコロナの件に関わらず、村社会と聞くと噂によっていじめられたり、仲間外れにされたり、噂の影響力が強いように感じます。そうした原因は、人と人の関わりが強いからではないでしょうか。私はインターネット環境においてもこのような村社会が形成されているのではないか、そしてそのような村社会においては、インターネットのやりとりにおいての匿名という特徴がプラスされ、より噂の影響力を強めているのではないかと思います。例えば、SNSでの有名人へのバッシングにおいてその妥当性を判断するのは難しく、バッシングの切り口も人それぞれ、さらにそもそもバッシングされている内容の真偽を判断することが確実にできるのでしょうか。そうした曖昧なバッシング=うわさを信じて、怒りという感情と結びつけ更にバッシングを重ねていく。こうしたところに村社会が現れています。コロナ禍でトイレットペーパーがなくなるとSNSの情報で流れ、過剰にトイレットペーパーなくなり品薄になったというニュースもそうです。トイレットペーパーが無くなったら困るという不安感、そうした感情と結びつき、インターネットにおける村社会の中で大きく拡散されていくのです。最近ではネットリテラシーをしっかりと持ちましょうと言われている通り、ネットの情報をしっかりと取捨選択できなければ、その情報に踊らされてしまいます。インターネットの中にある玉石混合の情報の中から、自分にとって有益である情報をしっかりと抜き取っていくことで、自らの生活を豊かにしていくことが重要であると思います。

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インターネット上では多くの人が匿名で活動しているため、対面の現実と違い感情表現や言葉遣いを慎ましくしようという思いが欠けている人が多くいると私は考えます。その結果、普段の生活では触れることのない厳しい言葉や心無い言葉にメンタルが傷ついてしまう人が多いのではないかと思います。インターネットでは悪意と捉えられかねないような歯に衣着せぬ物言いが散見されますが、顔が見えないぶん言葉を慎む配慮を怠り、普段だったら誰かに咎められるようなことまで言ってしまうのがインターネットのため、意図的に歪められた情報でない限りはある意味この世で最も人々の本音を垣間見ることのできる場所であると言えます。SNS等では毎日のように誰かが誰かの噂話をしていますが、本当に人々が興味を持っているからこそ噂話というものは広まり続けるもので、私は噂話とインターネットとの親和性は非常に高いと感じています。しかも、インターネットで広げられた噂話は可視化されたうえにインターネットの海に一生残り続けるため、現実世界での又聞きと違って75日とはいきません。「知りたい」という感情のもと発せられた噂話は、最も感情が入り乱れ先走るインターネットという場所にオブラートを剥がされたままの偏見や本音として残り続けることになります。近年、インターネット上でのコミュニケーションで様々な問題が発生しニュースになっていますが、感情とは如何に抑えるべきかが最も重要なことだと私は考えます。それは現実世界でもインターネットでも変わりません。

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インターネットにおけるうわさと感情について、これは前回取り扱った炎上にも通ずるものがあると私は思います。なぜなら、この炎上することによって悪意の心理学にあった「偏見を抱く」、「攻撃する」、といったことが起こるからです。例えば、私は日常生活でTwitterを使うことが多いのですが、炎上する人はよく見ます。内容はほとんどの場合ツイートした本人が悪い場合が多いです。しかしこの一度のツイートのせいでその人の人生が大きく左右されるといっても過言ではありません。一度ネットに流してしまった写真やツイートといったものは例え本人が削除したとしても他のユーザーがスクショを残して保存している可能性があるため、完全に抹消することは到底不可能に近いです。そこで自分の顔が写っているとなると、将来就職活動をする際に顔を見られただけで「あ、あの時炎上してた本人だから不採用にしておこ」と、なり「偏見を抱く」ことになります。そして、炎上してしまった際には色んなTwitterのユーザーからバッシングや、その人の過去のツイートからの個人情報特定といった「攻撃する」が行われます。TwitterといったSNS全般に言えることですが、取り扱う際には個人情報はもちろんのこと、他人が見て不快にならないようなものを発信するように気をつけようと思います。

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私が考える、インターネットにおけるうわさと感情について、先ずうわさについて、伝える相手が目の前にいないこと、情報が記憶ではなく、データに記録残る事、発信した情報を受け取ることが可能な人数が多いことがインターネットにおけるうわさの特徴だと私は思います。また、これは相互作用である、コミュニケーションそのものです。うわさは、最初が正しくて、最後が間違っているケースが多く、最初から正しいという事が絶対とは言えません。Twitterのつぶやきでも、ふと思ってつぶやいたことが後になって自分の誤解だったという経験したことある人は多いはずです。また、ジャニーズの熱愛報道の口コミサイトなどでも、あるファンがドラマで共演した女性と付き合っているのではないかと思い、サイトでその女性をたたくような事を投稿し、同じく思ったファンが更にたたいしまうケースがあるように、コミュニケーション活動が活発に行われています。次に感情について、自分のためだったり、相手に理解してもらいたいなど、相手のための前に自分を第一に考えるための嘘をつくことがあります。これらは、悪意があるケースとないケースが存在します。他には、悪意のない、うっかりタイプであったり、悪意のある、差別などによる偏見、皮肉・からかい・いじめによる攻撃があります。

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私は今日の講義を聞いてインターネットにおけるうわさとは、ローカルなところで、様々な人が手持ちの知識を言い合い、有意義な解釈へと持っていくためのコミュニケーションだと理解しました。また、状況の重要性と曖昧さによって、うわさがひろがっていく事を理解しました。 インターネット上でのコミュニケーションは、現実でのコミュニケーションとは気をつけたり、意識したりする場所が異なります。現実でのコミュニケーションの場合は、表情、視線、身体の動き、姿勢、対人距離、服装、装飾品、化粧などお互いの印象が重要になります。しかし、インターネット上では実際の姿がわからないため、このような印象的な面ではなく、言語、さまざまな記号、顔文字・絵文字、スタンプ、フォント、言葉遣いなどの自分の感情を表現したり、人の感情を読み取ったりする感情面への意識が重要です。 相手の感情が読み取りにくいため、言語的攻撃、間接的攻撃または、誤解といった透明性錯覚という自分の感じていることや考えていることなどが、実際以上に相手に分かっていると推察する錯覚が起こりやすくなってしまう場合があるため、インターネット上でのコミュニケーションは顔文字・絵文字、スタンプなどを使うなどして感情表現したり感情に任せて発信したりしないなどの感情面への意識や配慮が重要だと考えます。

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 私は「インターネットにおけるうわさと感情」はとても複雑なものであると考えます。現実世界でのうわさやデマは相手が目の前にいたり、「誰々がこんなこと言ってたよ」みたいな感じで情報の流れを理解することができます。しかし、インターネット上ではどうでしょう。インターネット上ではあまり本名を用いたやり取りをしません。知り合い同士のSNSなどであればある程度現実と同じような感覚になるかもしれませんが、匿名の多いインターネット環境下では情報の信ぴょう性を人で判断することが難しいのです。例えばツイッターであれば匿名のアカウントから情報が流れてきても通常であればあまり信用しないと思います。しかし、そんな情報でも自分にとって重要と感じる情報であれば流されてしまう人も少なくないのではないでしょうか。さらに、いいねやリツイートが多ければ匿名のアカウントでも信ぴょう性が高くなってしまいます。著名人であれば発言に責任があるためある程度の信用はありますが、匿名のアカウントは判断がとても難しいのです。  さらに情報を流した相手が悪意を持って流した情報である可能性も大いにあるため、インターネット上のうわさなどは自分である程度裏どりをして、信用できるまでの情報量を集める必要があります。相手の感情がわからない、身元もわからないインターネットの中のうわさを判断するのはとても難しいことであり、気軽に信用してしまうのはあまりに危険です。

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インターネットにおけるうわさと感情について 私が講義を受け感じたことはうわさとは偏見が変化したものです。うわさが広がるには重要でありかつ曖昧な事柄がなりやすいです。例えば電車が止まった時など、、、重要なことになると当人の推測、推論が入ってきます。この曖昧さに耐えられなくなり、知識を出し合い、有意義な解釈を導き出し、次の行動を起こします。 対面によるコミュニケーションとインターネットによるオンライン上でのコミュニケーションは違うようにうわさにも対面とオンラインでは違いがあるとこのコロナ期間で感じました。例えば芸能人の不祥事に対するSNSでの悪口のうわさです。インターネットのうわさは悪意がより強い気がします。顔がバレてない匿名性が関係していると思います。

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インターネットにおけるうわさと感情について、私が思い付いたのは、ジェンダーレスの人たちへの偏見です。現在はジェンダーレスを公表している人をよく見かけるし、周りも昔に比べれば受け入れてるように感じます。昔は、あまり公表する人がいなくて、差別的な反応をされたりジェンダーレスというだけでよく思われなかったりしていたと聞いたことがあります。ジェンダーレスの人こそ人々のうわさで傷ついている人がたくさんいると思います。私は、ジェンダーレスの友達がいる訳ではありませんが、SNSでジェンダーレスを公表し活躍している人が好きでよく見ています。なぜ私がその人を好きなのかというと、考え方がすごく面白いからです。男の子目線も女の子目線も持ってる人たちというのもありますが、私では到底思いつかないようなアイデアや相談や質問への返答がとても面白く、すごく腑に落ちるものばかりでその人を見てるとこういう友達欲しいなという気持ちになります。きっとたくさん傷ついてきたジェンダーレスの人もいるのに、それを偏見によってちゃんと見向きもせず、認め合えないのはすごく悲しいし、人を性格も知らずに判断してしまっている人が多数いるように感じる世の中がもっと変わっていけば良いなと思います。うわさによる偏見は他にもたくさんあると思いますが、私はSNSを見ていてジェンダーレスに対する偏見が多いなとジェンダーレスの人たちの話からも感じたので偏見が無くなって欲しいと感じます。

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私は、インターネットにおけるうわさと感情は、現実よりも現実に影響を与えると思います。まずはじめに、うわさについての見解を私なりに説明したいと思います。うわさは、現実では、周りの人だったり自分のコミュニティの周りで、噂が発生し、影響を与えると思いますが、インターネット上では、現実よりも影響力が強くなおかつ、広がるスピードも比になりません。自分の周りだけだと思ったら、事が大きくなるにつれ、赤の他人まで参入してきます。そして話に、おひれがつき、あることないことを言われたり、真実をねじ曲げられることもあります。なのでインターネット上での、うわさにおいては、信憑性を自分なりにたしかめ、あまり騒ぎ立てないことを心がけるといいと思います。次に感情ですが、現実と違い、インターネットは、文字で表現をするので感情が伝わりにくいです。そういったつもりで言ったわけではないのに、相手には、違った意味で伝わってしまったり、強い意味で伝わってしまうことがあります。例に出すと匿名の掲示板であったり、Twitterであったり、これも個人の心がけで、どうにでもなるので、文字を打ち込む際には、気をつけて欲しいと思います。 インターネット上でのうわさや感情は、現実よりも影響が強いと私は思います。インターネットが普及している今の世の中は、一人一人の使い方により、良くもなるし、悪くもなると私は思いました。

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うわさと感情について あげられるのはトランスジェンダーの偏見的なうわさです。最近、トランスジェンダーのことを打ち明ける人も多い気がします。性同一性障害は決して恥ずかしいものではなく、ほんとの自分になりたい人たちが多くいる現実を、私たちも受け止める必要があると思います。身の回りにはいませんが、1人くらいは隠している人もいると思っています。最近、トランスジェンダーの理解が増えたのも、YouTubeやバライティーによるものだと思います。元々トランスジェンダーを売りにしたYouTuberや、本来女性として有名になったYouTuberが、途中元男性と公開していたこともあります。そして、Abema TVの『指原莉乃&ブラマヨの恋するサイテー男選手権』という番組では、一般人の方が赤裸々に自分の本性を言い合うもので、とても興味深かったです。この現代にもいろんな悩みを抱えた人がいて、バイセクシャルなのかわからない人や、トランスジェンダーの人の現実、心情などをこの番組で知ることができます。この番組を通して、切実に偏見がなくなって欲しいと思いました。本人たちも苦しんでること、決しておかしくないということ、みんなが知ることで偏見やうわさはなくなると思いました。

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私は、インターネットにおけるうわさと感情と聞いて、コロナが流行り出したぐらいの時期のトイレットペーパーの買い占めを思い出しました。これは、SNSでマスクとトイレットペーパーの原料は同じだから新型コロナウィルスが流行るとトイレットペーパーがなくなるから、今のうちに買いだめをしておくべきという内容のうわさが拡散されたため発生したと記憶しています。このことから、インターネットにおけるうわさは現実世界でのうわさよりも拡散性が早く、多くの人の目に止まることがわかります。加えて、通常のうわさと同様に人々の感情、特に心配や不安といった負の感情を煽ることができることも推測できます。店や政府が十分な在庫があるため冷静に行動してくださいと発信しているにも関わらず、しばらく人々の買いだめの傾向が続いたことからインターネット(SNS)のうわさは相当な影響力があると感じました。また、今回の講義を聞いてこの事例は生活に必要不可欠なトイレットペーパー(重要性)がマスクと同様になくなるかもしれないという漠然とした不安(曖昧さ)が当てはまることからうわさの広がりが大きかったのだと思いました。

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私は状況によって気持ちの変化が生じると感じます。うわさについてそのうわさが本当なのか、本当ではなかったとして曖昧なうわさであっても人間がその情報を見たら嫌でもその記憶が頭をこの情報だと認知してしまいます。確証がないまま認知をしてしまうために悪いうわさをされている人の印象が悪い認知に繋がります。インターネットというものは広がりがすごく1人だけではなくみんなに情報が伝わってしまいます。広く嘘の情報が流されてしまっては本人は苦労を強いられます。中には嘘をつく人はいると私は考えています。嘘をついた人から人へ、どんどん広がりを持ち、攻撃をする人がでてきます。1人、攻撃をしている人がいたらこちらも悪いと認知して偏見のまま攻撃をする人が増加します。そして自分のためを思って活用する人も増えてくるのではないかと私は考えています。人を使って自分の利益、及び印象の変化を狙って作り話をしてしまう可能性は大いにあります。とにかく感情の変化が簡単に創造されてしまい、人のことを思ってなにかをする気持ちが減少傾向にあると感じています。この減少傾向にある気持ちを対策というよりは流行が変わらない限り変化は難しいと感じます。

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今日の講義で、うわさの社会学、コミュニケーションの心理学、悪意の心理学の3つを学びましたが、この中で「インターネットにおけるうわさと感情」に関して、重要だと思ったのは、悪意の心理学です。今回、6つの内容を学びました。1つ目が、うっかり口にする。2つ目は、偏見を抱く。3つ目は、攻撃する。4つ目は、セクハラとクレーマー。5つ目は、ウソをつく。6つ目は、悪意が広まるでした。TwitterやLINEなどのSNSが盛んな現代では、この悪意の心理学が、増えてしまっていると感じます。例としては、芸能人への誹謗中傷をTwitterなどでつぶやき、それをが広まり、その意見に賛同する、安易な気持ちで同じような言葉をつぶやく人が増えて、最悪の場合、自殺をしてしまう人もいました。これは、1つ目のうっかり口にする、3つ目の攻撃する、6つ目の悪意が広まるが特に該当していると思います。最初に発信した人が、特定の人への悪意ある発言から、広まってしまう、これが今の時代に起こってしまい、収まることができない、負の連鎖です。仮に、発言元の人が、悪意なく、うっかりだとしても、結果人を傷つけるということにつながってしまっては、悪意あるない関係なく、考えなくてはいけないことです。今回は、SNSからのこのような事案が増えているので、悪意の心理学というのが、特に覚えておかなくてはいけないなと感じ、重要であると思いました。

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私はかれこれツイッターを始めて8年くらい経つが、ツイッター、もといSNSに本当の意味で正しい情報などないと感じている。SNSに載せられる情報は裏取りの怪しいものや全くもっての嘘、もしくは正しいものでも一次ソースが他にあり、それを拡散するためにSNSに拡散することを委ねているようなものばかりで、一次元的な情報は個人個人がそれぞれ発信する感情の乗ったつぶやきのみだと感じている。個人が思い思いのつぶやきをしている中で個人の感情の暴走した少し事実と異なるような発信がされることもあり、これがSNSをより正しい情報のない場所へと誘っていると思っている。私にも好きなものと嫌いなものがあり、それは人類皆が抱いている感情だと思っているので、その中で書き込みをよくする性格の人(私はここには該当しない)によって信頼性の低い感情的な書き込みが増え、それが噂やデマとして流布され、考える力や調べる力の劣っている人々(私はここにも該当していないと信じたい)によって信じられることでインターネット上の噂というものが形成されているように感じている。Someを見る際、日本人に特に必要なのが俯瞰する能力だ。状況を俯瞰せず、入り込んで一つの情報のみをみてしまうことが多い。インターネット上で正しいことを享受するには全体を見ていないといけない。

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インターネットによるうわさと感情ですが、これはSNSやYouTubeなどの動画投稿サイトなどのコメント欄から伺えると思います。インターネット上ですので顔の表情や口の動きなど現実の姿を見ることと比べれば正確性に劣りますがそのコメントが相手を褒めているのか、疑問に思っているのか、賛同しているのか、批判的なのか、誹謗中傷性のある悪意のあるものなのかなどが分かると思います。例えば「草」というコメントはwwwの類似バージョンですので面白い、ウケるなどの感情を抱いていることが分かります。これを批判的な感情を表現することはないです。(白目)などのコメントがありますがこの白目という表現はそのままの意味で画面越しに白目で見てるということをストレートに表現しているというでしょう。しかし書かれているコメントを自分で察して読解しなくてはならないような複雑で分かりにくいコメントも多々あります。これは人によって書いた本人がどういう感情を抱いているのか違いが出てくると思われます。それぞれによって正誤が出てきてしまうなどの本当の感情を完全に読み取ることが出来ないのがこのインターネット上でのコメントの難しさとも言えるでしょう。またインターネット上での書き込みは正体がバレにくいためうわさというものが広がりやすく根拠や証拠もないのに気軽な気持ちで書いてしまうものであり信憑性が疑えます。よく「その情報はどこがソース?」というコメントをよく目にします。

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ある情報に対して、個人が感じるものは様々であり、偏見やステレオタイプ、差別的感情を勝手に加えて他者に伝言してしまいます。特にインターネットの場合であると、得られる情報が文字言語のみであり、岡本真一郎著の帯にもある通り、文字通りには伝わりません。また、インターネットで一度うわさが流れると、いつのまにかそれが真実であるかのように変化していくことがあると感じます。あいまいであったり、深く知らないことなのにあたかもすべてを知っているかのように話す人も現れます。対面で話を聞いた場合だとその人がどれだけその話題について知っているのかが所作でなんとなく察することができますが、インターネットのような文章だと察することが難しく、構成によってはそれが真実のように読み取ってしまいます。さらに、うっかり口にしたものなのか、はたまた攻撃しようとしたものなのかの判断もつきません。また、インターネットが普及される前までは比較的狭い範囲でのうわさであり、口という媒体で広がるものでしたが、インターネットにより写真や動画など証拠を提示できるようになったことに加えて、世界中の人すべてに噂が広まる可能性があります。マスコミが出した情報や、上の立場の人から得た情報をすべて正しいと認識してしまいがちですが、情報が全て正しいわけではなく、インターネットが普及した情報社会において取捨選択をすることが大切だと感じます。

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インターネットにおけるうわさ話を考えるために、まずはうわさ話全般ついて考えてみたいと思います。講義の中で「うわさの広がり=重要さX曖昧さ」というものがありました。人は重要なものであればあるほど関心を示します。また曖昧な情報しかなく、確実なことがわからない場合には人々は憶測で話を進めるしかありません。よってうわさの広がりはこの2つの要素で考えられると言えます。また重要であるにもかかわらず曖昧な情報しかない場合、人々は不安になります。私は過去に他の授業で人々はなぜオカルトや疑似科学を信じるかといった趣旨の内容に触れたことがありしたが、いつの時代、たとえ現代であってもここでいう「うわさの広がり」と同じような条件でした。では”インターネットにおける”うわさと感情とは何か考えたいと思います。先のうわさの広がりの式を見ると、ある話題に対して”重要さ”といった部分は現実でもインターネットでも変わらないように思えます。”曖昧さ”といった変数がインターネット上では現実と違った振る舞いをするのではないでしょうか。ツイッターで考えてみますと、1つのツイートは短く多くの情報を見ることはできません。また会話と違い相手の顔色を見て勘違いしている様子であれば訂正することはできません。現実世界と違い比べ”少ない情報”がある意味”劣化しやすい”環境にあるわけです。その上目にする情報は選べる状況にあります。このことからインターネット上のうわさは現実世界に比べてより広がりやすいと言えるのではないでしょうか。

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インターネットにおけるうわさにおいて、噂の広がりには重要さと曖昧さの掛け合わせがあることを今回の講義で学びました。このうわさ(流言)の定義である重要さと曖昧さに人々がどのような感情を持って反応し、それがまた新たな人々へ、同じ感情や違う感情として共鳴するのではないかと私は思います。 (来週からはきちんと余裕を持って動画を見て提出したいと思います…すみません)

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私は今回の講義を受け、インターネットとうわさについて学んだことが幾つかあります。現代ではSNSコミュニケーションツールの主流となり、今や対面よりもSNSを通したやり取りの方が多いと感じています。SNSは誰でも匿名で情報を発信また共有できる為うわさが広がり易くなります。これは事柄の重要性、曖昧さで解釈することができます。芸能人の中でもこのうわさが原因による自殺が目立っていると感じています。インターネット(SNS)手軽に情報を発信をできるというメリットもありますが、しかしながら手軽すぎる故うわさが広まるスピードも速いと感じています。うわさは連鎖するごとに情報が曖昧が故に徐々に大きくなります。また、感情についてはインターネット上のコミュニケーションのやり取りなので感情が読み取りにくく結果として善意で書き込んでいるのか又は悪意で書き込んでいるのかが不透明な部分も多く難しく感じています