情報倫理とセキュリティ2020後期03知的財産権はいかにしてないがしろにされるか・投稿集

情報倫理とセキュリティ2020後期03知的財産権はいかにしてないがしろにされるか

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1. 「共有地の悲劇」と「グリッドロック経済」を主軸にして現代の知的財産権の根本問題を解説してください。500字以上。ラジオトークのように「私」を主語にして「ですます調」で書いて下さい。締切は2020年10月10日午後11時30分。

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日本は現在、自由貿易などが進展している上、経済活動におけるグローバル化がますます進んでいます。その中、このような時代的背景の中で、本国において知的財産は有効且つ有益な武器となります。しかし、政府の知的財産戦略は実務上十分に生かされていない他、その戦略は実務と遊離した実効力の弱い戦略となっているのが現状です。本年4月1日から施行された特許異議申立制度の復活は最適例ですが、特許庁の政策には一貫性を欠く他、知的財産法の本質や国家政策としての知財戦略の本質を問うことがなく、場当り的な政策が多いと言われています。また日本の特許審査は、諸外国に比し厳格な審査が現在迄行われていましたが、最近の審査は極めて甘く、特許を付与することに傾注している傾向があります。私はこう言った傾向は無くしていくべきなのではと考えます。いずれにしても日本独自の審査基準で統一した高品質な審査を行うべきで、決して世界一早い審査を出願人は求めているのではなく、安心・安定した権利の付与を求めているとわたしは考えます。したがって、世界各国の人々が貿易等を行う際には、オープンアクセスできる状態にあっても、きちんと法整備を整え、その法に従っていかなければならないと思います。特に、所有権あるいは独占権といった権利を持つべきだと思いました。 

私は現代の知的財産権の根本問題は研究成果などの成果や論文を私有化し、新たな研究の侵害にもなり得ていることだと考えます。「グリッドロック経済」では、共有されるべき財産が様々な方法で私有化され、社会にとって、有用な資源の活用が妨げられていることを指していて、資源の過小利用が社会に不利益になると説かれています。反対に、「共有地の悲劇」は、多数者が利用できる共有資源が乱獲(私有化されすぎる)ことによって、資源の枯渇を招いてしまうことを指し、資源の過大利用が問題になっていると説かれています。「グリッドロック経済」と「共有地の悲劇」はアンチコモンズの悲劇とコモンズの悲劇と呼ばれていて、まさに反対の意味を指しています。アンチコモンズの悲劇とコモンズの悲劇をまとめると、知的財産権は、共有財産においてコモンズの悲劇である財産の乱獲が発生します。そこは私も共有財産の1部を私有化することによって解決します。すると私は私有化した共有財産の1部からと私有化されなかった共有財産からしか研究ができず、研究に制限がかかり、グリッドロックが発生したことによって、本来は私有化されるべきではない、共有財産が利用できないため、財産の過小利用の研究しか行えなくなります。なので私は、もちろん剽窃は許されざる行為ですが、礼儀にならった引用を認め、権利関係を明らかにすることがこの問題に解決に繋がると考えます。知的財産権は権利関係が複雑ですが、そこを明らかにし、引用利用でのハードルを下げることで、より幅広く研究できる環境が作れると考えたからです。 

私は現代の知的財産権の根本的な問題について述べます。まず、知的財産権とは何かを説明したいと思います。意匠権、商標権、特許権、著作権、実用新案などといった人間の知的活動によって生み出されたアイデアや創作物などには、財産的な価値を持つことができるのです。その権利は登録をしなければ権利が発生しないのです。また、その権利があれば保護されるのです。その中で誰でも自由に利用できる状態にある共有資源がある。例えば、共同の農園において、個々の農家はより多くの利益を求めたいのです。そのため、他の農家よりも一頭でも多くの家畜を放牧することをお互いしてしまうため過剰放牧が起こり、すべての農家が結果的に共倒れしてしまうのです。上記で説明した共有地の悲劇とは逆に所有権は経済発展にとって大事な要素ではあるが、あまりにも細かく権利を取り決めるとかえって経済発展や人々の生活に悪い影響を与えるといったグリッドロック状態になるのです。知的財産権は新しい産業を生み出すためにはとても必要なことではあるが、管理体制をしっかりと整えて企業戦略の一環としての知的財産の戦略的活用を支援することが今後重要なことになるのではないかと思います。 

不動産法の教授ときいて、身近な例があります。それは未解決事件である板橋資産家夫婦放火殺人事件での問題です。この事件で殺害された男性は地元では特に有名な資産家としてしられており、個人でアパートや土地など約80件にも登る物件を所有し、不動産関連の収入で生活していたといいます。その後、殺害されてしまったあとの誰も所有権のなかった土地は一旦国のものとなり、公売という形で払い下げられました。そして、その土地を購入した不動産業者は、敷地を細かく分割し、30軒ほどの戸立てを新築しました。細かくすることによって、かつての夫婦の殺害現場を含む一軒以外は、事故物件ではなくなり、単価を下げない戦略にして細かくすることにより収益を上げる事となったのです。因みにこの仕組は法的にどこまで通用するのかは裁判にかけられなければわかりません。所有者の誰もいなくなったであろう土地の処理は問題となっているが、この場合なぜか国の所有地となり売却されていて、権利がよくわからない状態になりました。因みに一般の不動産では自分の所有する敷地を多く分割し売りにだす事が商売の常套手段です。これが資源共有の場合であると非効な率経済となります。 

 これまでは、多くの人が共有地にあった資源を過剰に利用していたことによって、資源の枯渇を招いてしまうという「共有地の悲劇(コモンズ化の悲劇)」が発生していました。  そのため、現代では、コモンズ化の対策として、知的財産権を分割・多用化させるアンチコモンズ化を行い、資源の規制化や私有化を積極的に進行させ、資源の最適な利用を促してきました。  しかし、現代の知的財産権は、所有権が増えすぎたことによって、資源が過少利用されるようになり、経済活動の渋滞、いわゆる「グリッドロック経済」が発生しています。  そして、「グリッドロック経済」となっている現代では、新たなイノベーションを生み出すことができないという根本的な問題が発生しており、この状態が今後も続けば、私たちの社会全体の経済は大きく縮小し、利益が低下していくという劣悪な環境になることが予想されています。  では今後は、所有権による規制を緩めて、再びコモンズ化に戻すべきかというと、その行為においても、海賊行為や違法アップロードなどの蔓延化を促すことにつながります。  そのためにも、今後は「コモンズ化の悲劇」、「アンチコモンズ化の悲劇」についても配慮をしつつ、慎重に規制を行っていく必要があり、自由市場と私的所有のよりよいバランスを目指していくことが求められているのではないかと私は思います。 

私が考える共有地の悲劇やグリッドロック経済を主軸にした現代の知的財産権の根本問題は日本の不動産や道路だと考えます。日本の道は海外の道に比べて細く、曲がりくねっていて、物流や交通の妨げになり、非効率的だと思います。私がヨーロッパに旅行した際、計画都市を目にしてその利便性に気がつきました。日本ではまさに土地という財産の所有権が細分化されすぎて、効率的な道路や建物の建築といった、最適な利用の妨げになっています。グリッドロック経済では所有権が多すぎると事情が潰れイノベーションは止まってしまうという考えが提唱されていますが、私は日本の入り組んだ道路、計画性がなく建てられた建物、そしてバラバラな所有権は日本のさらなる発展・イノベーションの妨げになっていると考えました。一方東京でも都市開発は進んでいるようですが、不動産や土地の所有権がバラバラになってしまった今、再開発には非常に長い年月がかかり、失敗していると思います。だから私は一度国で一帯の土地を買い占め、道路を先に作った後に、余った土地に建物を作り売りに出す方が良いと考えました。なぜなら、円滑な交通が国の発展に最も重要な要素の一つだと考えているからです。 

この世の中は、団体行動が軸となっています。全員がアイディアを出し合い、主観的視点、客観的視点から物事を照らし合わせ合理的解決を導くこれはこの現代社会の縮図を表していると感じます。しかしそれを否定するのは、共有地の悲劇というものであります。これは合理的解決というメリットを導き出していると一見感じがちですが、それは実はデメリットを生み出しているだけなのではないかと。しかし、グリッドロック経済では、このようなことを渋滞と論じています。つまりこれは一見合理的に思えて、渋滞を招いているだけなのではないかとなっているのです。しかし、私の考えはこの二つとは全く真逆なものであり、知的財産権を厳守してあるものであると感じます。私は、このような導き方はそれぞれが出したアイデアを運用できるもっとも効率の良い、民主主義的解決であると述べます。必ずしも全員の意見を採用したくてはいけないわけではなく、その中から、絞ったり組み合わせたりする結果、最高と呼ばれるアイデアを導くことができるのではないでしょうか?グリッドロックで述べるように確かに一見渋滞のように見えるが、渋滞からさらに整理することにより正解を導くのではないかと感じます。 

現代の知的財産権の根本問題は、所有権が過剰になりすぎてしまったことと言えます。1968年に発表された「共有地(コモンズ)の悲劇」は、稀少な資源を共有した場合に、共有している人間全員が協力して、行動した場合には、全員に利益がありますが、それぞれが合理的に利益を得ようとすると、資源を共有している人間全員が利益を得ること(資源の枯渇により)が最終的にできなくなることを指します。そして、これを解決するには、共有地を私有化することです。私有化(私有財産)によって、共有地の悲劇は解決しました。ですが、次に「アンチコモンズの悲劇」が発生しました。アンチコモンズの悲劇は、共有されるべき物(財産)まで私有化(制限)されたことで、グリッドロック(麻痺、渋滞)を起こし、イノベーションを停滞させる原因となります。これの根本的な問題は、所有権が過剰になりすぎたことです。共有地の悲劇が資源の利用を許容以上に使うことならば、アンコモンズの悲劇は、資源の利用をしなさ過ぎたことです。例えるならば、新しい研究をするためにとある研究成果に基づかなければいけないが、その研究成果が特許などの私有化をされてしまったことにより、新たな研究に進めなくなる(リスクやコスト)ことです。 

私は、知的財産権の根底問題は、細かな知的財産権がイノベーションを制限しているというところにあると考えます。 グリットロック経済では、イノベーションが生まれやすい社会をつくる理論が展開されており、多すぎる所有権は市場をつぶしてしまうとかかれています。またコモンズの悲劇を批判しています。 羊を例えにコモンズの悲劇を説明します。ある商人は羊を2倍にすればもうけも二倍になると考えました。するとそれをみた牧場の商人たちも羊を増やしました。やがて牧場のエサはなくなってしまい、結果、羊の質もさがってしまいました。このように、利益のために合理的に考え、みんなが行動すると資源がなくなり、ビジネスも衰退していってしまいます。資源には限界がありそれに見合った適正な形で利用しなければなりません。それを防ぐために、規制や私有化により解決しようとしています。  しかしそうするとグリットロックが発生します。細かなグリットが形成されていくとイノベーションが起こらなくなってしないます。現在は所有者が多くなっています。所有にこだわってしまうと、競争も怒らず発展もしなくなってしまいます。したがって、所有権などは、適切な大きさにまとめることが重要です。 

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ハーディンという人の共有地の悲劇という考え方があります。これは環境問題では必ず出てくる問題なのですが、ハーディンは人口学者なので地球に人口が増えていくと食べ物がなくなっていってしまうという考え方を持っています。元は、共有の牧草地で羊を人々が飼っていたとします。そこで、ある人が羊を2倍にしたら利益が2倍になるのではないかと考えました。人々はそれを真似して共有地の羊の数が最初の2倍になってしまいました。すると牧草が生え変わる前に根まで羊に食べられてしまい放牧地では砂漠化してしまい食糧難になってしまいます。すると羊の品質は最初よりも悪くなってしまうのです。最終的には商売人は利益を出せなくなってしまうという問題があります。これは資源は有限なので適正な利用方法を考えていかなければいかないということです。この問題の解決策としては共有地の規制と私有化がります。共有財産で共有地の悲劇が起こると私有地による解決がなされます。そして全てが私有財産になるとそこでグリッドロックというものが発生します。グリッドロック経済というのは所有者が多すぎる所が問題です。仮に技術者が細かく物の特許を取ったとしたら特許を持っている人が開発したものを独占してしまうので新たな発明が起きずにバリエーションが乏しくなるということが起きます。知的所有権の強化を進めると共有物が完全排除されてしまいます。それが現在抱える問題です。 

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私は、知的財産権の根本問題はたくさん権利があることだと考えています。まずは自動的に権利が発生するもので、著作権です。保護対象は著作物で、保護期間は、原則著作者の死後50年と言われています。次は、国が権利を付与するものです。それは、国に申請を出して貰うものです。まずは、特許権です。これは、知的財産権に関する権利です。また、保護対象は、発明です。保護期間は、原則、出願日から20年と言われています。2つ目は、実用新案権です。これの保護対象は、物品の形状等の考案です。保護期間は、出願日から10年と言われています。3つ目は、意匠権です。保護対象は、物品のデザインです。保護期間は、登録日から20年です。この3つは、知的財産権に関する権利です。共有財産を私有化による解決をして、私有財産にすると、グリッドロックの発生が起こりま。そうなると、アンチコモンズ財産となります。これは、すべてのものが私的私有権で守られているということなのです。いまの、共有地は、誰でも入れる状態です。例えば海です。集団アクセスは、例えば学校です。生徒や学校関係の人は学校の中を自由に使えることを言います。私有財産は、例えば街中です。それがどんどん細かくなると、完全排除となりグリッド経済とはここに至る経済システムになりつつあります。大きくまとまれば、上手くいくのに、細かくしすぎたことにより上手くいかなくなりました。それを解決するために、日本は、QRコードを作りました。 

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私たちが普段暮らしている日常の中には数多くの知的財産権に該当するものがあります。今回はその中身について迫っていきましょう。まず知的財産権という言葉を思い浮かべた時に何が浮かぶでしょうか。私が最初に思い浮かんだものはコピー商品です。恐らくこれが説明するにあたって一番分かりやすいでしょう。世間にはルイヴィトンやシャネルといったハイブランドが存在します。高額だけど一つくらいは持っていたいというそんな人も多いのではないでしょうか。その人間の心理に付け込んで、本物とそっくりのモノを作り出して市場に流通させているそんな悪い人も少なくないのです。ここで共有地の悲劇が起こってくるわけです。今回はハイブランドのコピー商品を例に挙げているわけですが、何が問題なのかというとハイブランドという希少な資源をコピー商品として本物そっくりの別物を生み出して、価値の過大な利用が行われている事なのです。もちろん他者が生み出した価値の盗用でもあるのでそこも問題です。このようにグリッドロック経済的に見ると多すぎる所有者によって本来の価値を損失させる結果へと導いてしまっているので、こういった所をどうにかして減らしていかなければならないのです。 

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現在世界中でコロナに感染している人がいてその中で共有地の悲劇が起きてしまっているのは間違いないその問題としては、例えばマスクが無くなるかもしれないから余分に多く買っておこうと思った人がいると、それによって今までの何もない時とは需要が変わり、供給不足になってしまう要因になってしまうのです。自分が楽になるように目先の利益を求めてしまうと他の人がその負担を受けることとなり、どんどん商品を生産をしなくてはいけないという状態になり、共有地の資源が無くなり、共有地の悲劇が起きてしまうのです。共有地を私有化にすれば解決させると言われている。しかし、一方で共有地を私有化してしまったら、所有権を多く持つ人が増えていき、それによって、非効率的となってしまい経済活動が進まない要因となるグリッドロックになってしまうのです。都市計画を考えている世界では、土地が細かく分かれるため、所有者がたくさんいることで適切な土地利用が出来なくなっていたりまた、公共事業が円滑に実行することが出来なくなっているのも今現在では大きな問題として取り上げられるのです。共有地の悲劇とグリッドロック経済は表裏一体となっていて、片方を解決しようとすると、もう片方のことが問題として起きてしまうという状態であり、この問題を解決するにはまだ時間がかかると私は思います。 

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そもそも知的財産権とはウィキペディアによると『著作物や工業所有権などといった無体物について、その著作者などが、それに対する複製など多くの行為に関して専有することができるという権利』です。その知的財産権の現代の根本的問題とはいったい何なのでしょうか。 「共有地の悲劇」と「グリッドロック経済」を主軸にして解説すると、まず共有地の悲劇は簡単に述べると、ある共同体のなかで全員が協力行動をとっていれば、全員に利益をもたらすのに対し、それぞれが合理的判断のもと利己的に行動する非協力状態になった結果、全員が不利益を被ってしまうという一例です。次にグリッドロック経済を簡単に説明すると、需要が集中することによって、需要と供給が互いに妨げられ、規制されていない状態にあるにも関わらず、経済が滞ってしまう現象であり、いったん発生すると、周辺の経済も急激に低下し、最終的にはその機能も失われてしまうのです。 そして現代の知的財産権の根本的問題にも似たような現象が起こっています。それは百年以上も前の話の産業時代のより単純な要請に見合うように作られたものであり、画一的で、一つですべてを処理してしまう制度である点です。多くの国民が知的財産権によって利己的に財産を守ろうとすることで、結果的に誰にとってもメリットのない滞った状態に陥ってしまうのです。 

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共有地の悲劇とはある集合体の中で、メンバー全員が協力的行動をとっていれば、メンバー全員にメリットがあったのですが、それぞれが合理的判断のもとで利己的に行動する非協力状態になってしまった結果、誰にとってもデメリットになってしまうことを示唆したモデルです。また、グリッドロック経済とは所有権が細かく分かれすぎていて円滑に利用されない状態を定義したものです。共有地が使いすぎるコモンズの悲劇に比べ、所有権が設定されているけど細分化されややこしすぎて利用されないことが多いというものです。これらを踏まえ、現代の知的財産権の根本的問題を説明すると、知的財産権自体に様々な分野があるのですがその各一つ一つの分野の中で細分化されすぎた私有財産が多すぎるというものです。今とは違い過去のような共有地としてある程度の分野だけでとどまった範囲で知的財産が利用されていればよっかたのですが、現代のように個人が自分の利益を優先して知的財産権の利用目的が独占に走ってしまうと音楽やイラスト、技術開発などを考えたときにそれらはその先に発展がなく今の状態が維持されてしまう形となるのです。以上のことが現代の知的財産権の根本的問題です。 

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「共有地の悲劇」とはみんなで同じ材料を基に制作を行っていくと物資が底をつきてその物や産業が育たなくなっていくのを示した例です。例えば超高性能CPUを開発してそれがPC企業すべてに利用されたら超高性能ではなくなるしCPUの会社は育っていきません。誰でも使えるという事は多くの人に利用されるという事とともにそのもの自体の価値が下がっていく事があります。そこで特許などの知的財産権を行使し、共有地から私有地にしていく動きがみられます。そこで問題になってくるのが、「グリッドロック経済」です。「グリッドロック経済」とは、知的財産権などでどんどん権利の所有者が増えていき、共有地がなくなっていく。そうなるとイノベーションできる土地がなくなり、産業が停滞していくという事を指します。所有者が多すぎる土地ではできることの自由度が下がるので競争がなくなっていきます。このように知的財産権の根本問題として、規制しすぎると産業全体が停滞していきイノベーションが起こらなくなる。一方で緩和しすぎると利用する人が増えすぎて、価値がなくなってしまうという事象があります。この二つの間でうまいことバランスを取っていく事が重要になってくると言えます。 

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経済活動のグローバル化が進行する中で、TPP等の自由貿易が進展し増々企業活動も国境なき時代になっています。一方、このような時代的背景の中で、我が国にとって知的財産は有効且つ有益な武器となっていますが、グリッドロック経済のように政治の知的財産戦略は実務上十分に生かされていない他、その戦略は実務と遊離した実効力の弱い戦略となっているのが現状だとわたしは思います。行政上の問題は、四つあります。一つ目は、特許庁の諸政策です。本年4月1日から施行された特許異議申立制度の復活は最適例であるが、特許庁の政策には一貫性を欠く他、知的財産法の本質や国家政策としての知財戦略の本質を問うことなく、場当り的な政策が多いように見られます。二つ目に特許庁の審査・審判の品質です。日本の特許審査は、諸外国に比し厳格な審査が現在迄行われていましたが、最近の審査は極めて甘く特許を付与することに傾注していると思われます。いずれにしても我が国独特な審査基準で統一した高品質な審査を行うべきで、決して世界一早い審査を出願人は求めているのではなく、安心・安定した権利の付与を求めています。三つ目に特許庁の調査です。特許庁は審査とは別機関に調査を依頼してこれら調査機関による調査結果に基づき審査していますが、その結果審査官にはその分野の技術力が弱くなっている他、調査にミスが多く、その結果、後日特許が無効となるケースも発生しています。四つ目に特許庁長官の任期です。特許庁長官は、原則1年交代ですが、これでは我が国が知財戦略を重視しているとは到底考えられないし、このようなトップの早期交代こそが特許庁の政策に一貫性を欠く要因となっています。政府は共有地の悲劇が起きないよう、今後の日本の知財戦略を実務にそった政策を行うべきであると同時に、司法改革も含めて法改正が必要であると思いました。 

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知的財産は日本にとって有効で有益な武器となるのですが、政府の知的財産戦略は実務上十分に生かされていなく、その戦略は実務とかけ離れた実効力の弱い戦略となっているのが現状です。これを踏まえた知的財産権の行政上の問題点としては、場当たり的な政策が多いことや、最近の審査は極めて甘く特許を付与することに傾注していること、また、特許調査にミスが多く、その結果、後日特許が無効となるケースも発生していることが挙げられます。次に、司法上の問題点としては、1つ目に、特許権者の裁判上の勝訴率の低さが挙げられます。特許権者が侵害訴訟を提起してもその勝訴率が判決では約25%であり、これでは権利行使の意義がないということになります。2つ目に、損害賠償額の低さです。日本の特許権侵害訴訟によって認定される損害額は、米国の100分の1以下で極めて低額になっています。共有地の悲劇とは、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則のことです。農民が共有地を自由に利用する限り、資源である牧草地は荒れ果て、結果としてすべての農民が被害を受けることになります。また、牧草地は荒廃するが、全ての農民が同時に滅びるのではなく、最後まで生き延びた者が全ての牧草地を独占します。私は、日本の知的財産権の現状もこのように、最初に発明した人ではなく、誰もが模倣できる状態になってしまい残っただれかが独占してしまうというような状況になっていて、特許権をとる制度などが確立されていなく知的財産権が生かされていないと思います。 

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現代の知的財産権の根本的な問題はですね、つまり所有権の多さだと考えています。『グリッドロック経済』の中にある「共有地の悲劇」といったものがあります。これは環境問題ではよく取り上げられる話題なのですが、どういうことかというと、共有地の牧草に複数の羊飼いが羊を飼っていたのですが、より儲けを得るために皆が羊の数を2倍にしたところ、牧草が根っこまで食い尽くされてしまった。そしてエサが枯渇した羊も痩せ細って質の悪い羊毛が出来てしまった、という話です。実はこれが知的財産権の根本問題の例えとして分かりやすいのです。現代における知的財産権の保護対策は少しずつ強化されていきグリッドロック=碁盤目のように細分化されてきています。特許申請なんかも今は凄い細かいですからね。その結果、後続の企業はそのあまりにも保護、独占された領域に踏み込むことが出来ず、かたや既に特許を取っている企業はなるべく独占したいがために最終的に競争相手がいなくなってその分野がそれ以上成長していかないんです。まさに完全排除ですね。そこからは何も生まれないんですよ。企業からしてみれば自分たちの利益を大事にするのは当然なのですが、知的財産権はどんどん細かく、厳しくなっていく。そこを折り合いというかこれからどう均衡を保っていくか線引きをしっかりしていかないと経済そのものが成長していかなくなっていくのは目に見えていると僕は考えますね。 

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はじめに、「共有地の悲劇」「グリッドロック経済」について、それぞれ説明をする必要があります。「共有地の悲劇」とは「コモンズの悲劇」ともいわれ、オープンアクセスである共有地を利用しすぎてしまうことで、最終的にその共有地は資源が枯渇して荒廃してしまうというものです。それを防ぐために、所有権を細かく与えていった結果、細分化されすぎて資源が円滑に利用できなくなってしまった状態を「グリッドロック」と定義しました。「コモンズの悲劇」から派生して「アンチコモンズの悲劇」ともいわれています。これを、知的財産権の問題として考えると、現代の知的財産権はグリッドロックに近いような状態になっているのではないかと思います。知的財産権を完全に共有地としてしまうと、剽窃やパクリだらけになってしまうため、知的財産権を与えることは極めて合理的ではあります。一般的に、他人の研究成果などを利用する場合は引用を正しく示す必要があります。言い換えれば、引用の枠を出ない限りは利用することができるのです。しかし、特許などを含めた知的財産権の侵害を恐れて、今後の研究・開発に支障が出てしまうという懸念も無いとは言い切れません。特に社会的に多くの人が有用だと感じるものついては、利用と制限のバランスという難しい問題を考えていく必要があると言えます。 

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共有地の悲劇を簡単に説明すると、誰もが使える共有地をみんなが自分勝手に使った結果、結局みんなが損をしてしまうことを共有地の悲劇と言います。では、なぜ現代の知的財産権が問題となっているのでしょうか。そもそも知的財産とは昔までは共有されていました。しかしそれでは好き勝手使われて損をしてしまいます。そこで規制をかけたのが知的財産権です。共有地だったものを私有地に変えることでこの悲劇はなくなりました。ここから知的財産権の根本的問題は始まります。共有地だったものを私有地に変える際、誰がそう決めれば良いのでしょうか。とても難しい問題だと私は思います。この特許権を政府に申請しなければならないのですが、申請には時間がかかります。また、年を重ねるにつれて年間の特許申請件数は多くなっています。これを処理するのはとても大変な作業だと私は思います。もっと簡単に、そして大胆な改革が必要になってくると思いました。 

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今日、日本には知的財産権と呼ばれるものが存在しています。知的財産権とは著作権、特許権、実用新案権、意匠権などが主なものとして挙げることができます。特許権では新しい製品や仕組みを開発し、特許を所得することにより、その製品や仕組みが「自分達のもの」となるのです。そのため、この仕組みを開発者のみが使用できるようにすることも不可能ではないのです。そこで、その権利を得るために開発者は多大なる力を注ぎ発明しています。しかし、もし特許を所得者がその特許を独り占めしたらどうなってしまうのでしょうか。確かに特許権を所得した本人はライバルもおらずその物の価値を独占することができるでしょう。ですが、その業界にとってみればデメリットでしかないのです。その業界の進歩は止まり、後続の企業が入る余地が無いため競争が起こることがなくなるため発展せず、イノベーションが起きなくなってしまうのです。このように、現在の経済では排除されてしまいがちな状況が多く見受けることができます。しかし、デンソーは独占するのではなく、様々な企業にオープンソースに提供しました。それが今日のQRコードです。QRコードを開発したデンソーはグリッドロックを防ぎ、ビジネスとして普及させ、イノベーションを起こしてきました。このように一部の企業が独占するのではなく他の企業と協力し、競争することで市場全体のレベルアップが見込めるのではないかと感じました。 

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 私は「共有地の悲劇」そして「グリッドロック経済」これら二つにおける知的財産権の問題は漫画やアニメが一番わかりやすいと思うので、そちらを例に挙げて解説していきたいと思います。まず、「共有地の悲劇」というのは、皆が共有に利用できる場で利互いに利益を求めすぎたことでその共有の場自体を利益を出せないくらい利用し尽してしまうことです。「グリッドロック経済」は所有権があまりに多すぎると皆が利益を求めあい、逆に損失になってしまうことです。これらは漫画でいえばYouTubeに無断転載されている問題がそれに近いように思います。漫画は通常であれば週刊誌や単行本などで有料で手に入れられる作品です。しかし、それが無断転載という形でYouTubeに無断転載されてしまうと本来買ってみていたはずの人が無料で見れてしまうという状況が生まれます。当然この場合は漫画の作者の利益が減ったということになります。しかし、YouTubeに無断転載をする人はこれらの無断転載することでYouTubeからの広告収益をある程度得ていることになります。その広告収入は無断転載によって減った作者の売り上げに比べればわずかなものにしかならないため、市場としては価値が下がっていることになります。そもそも漫画は共有のものではないですが、二次創作などグレーな部分も合わせれば相当共有地に近いものになっているのも事実です。これらの問題を解決するのは容易ではありませんが、何とかしていかなければならない問題だと感じています。 

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授業を受けて、環境問題の原因は共有地だとわかりました。地球温暖化や大気汚染、水質汚濁、ゴミ処理などの様々な問題があります。僕らが生活するとゴミが生まれ、そのゴミは、どこかでだれかが処理しなくちゃならないことは分かるんだけど、そのために手間やお金はかけたくないという考えもあります。自分が私有する領分がゴミに侵されるのはイヤだから、自分の目に触れることのないどこか遠くの共有地でゴミを処理してほしいというのが人間の心理ですが、こんな感覚が共有地の悲劇を生みます。所有権、私有権は産業革命後の資本主義発展の大きな原動力になってきたといえますが、「多すぎる(細切れの)所有権」はむしろ経済発展の足かせになる、ということを力説した本になります。そしてハーディンが提唱した有名な「コモンズの悲劇」の真逆としての「アンチコモンズの悲劇」という用語を作り出したわけです。私有権がない、あるいは少ないときには「コモンズの悲劇」が発生する可能性がありますが(もちろん発生しない場合もあります)、私有権が多すぎる(細切れにされすぎる)と権利者同士が全員同意しない限り、当該資源の有効活用ができずむしろ弊害が起きるというわけです。 

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私が「共有地の悲劇」と「グリッドロック経済」を主軸にした、現代の知的財産権の根本問題を解説すると、先ず問題としては、アンチコモンズの悲劇です。アンチコモンズの悲劇とは、共有されるべき財産が細分化されて私有され、社会にとって有用な資源の活用が妨げられることを指します。コモンズの悲劇から派生した言葉です。コモンズの悲劇では、資源の過大利用が問題になるのに対して、アンチコモンズの悲劇では、資源の過少利用が社会に不利益をもたらすということで問題となっています。共有財産を私有化による解決をすると、コモンズの悲劇が起こり、全て私有財産にしてしまうと、限界が起きてしまい、その後、グリッドロックの発生のように全ての資源を細かくして、私有にしてしまうと、全てのモノが私的所有権で守られてしまいます。今は、オープンアクセスと言うように、誰でも入れる共有地になっていますが、地域で使える集団アクセス、基本である私有財産、集団で使えなくなる集団排除、更に排除されてしまう、完全排除があり、完全排除に近づくにつれ細かく規定されるようになります。今のグリッドロック経済では、知的所有権を強化することによって、完全排除になってしまい、アンチコモンズの悲劇が起こってしまうことが問題になっています。 

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知的財産権とは人間の知的活動によって生み出されたアイデアや創作物にある財産的な価値のことです。この知的財産権が現代では増えすぎてしまっています。共有地の悲劇で言われている内容の地球上に人間の人口が増えていくと食べ物がなくなってしまう、食べ物=資源には限界があるというのと同じように知的財産権もその限界に見合った適正な形で利用する必要があります。そして、その適正な形で利用するための解決策として、規制や私有化を行いますが、それにより大きくまとまっていたら最適なのに細かくわけすぎて何もできなくなってしまいます。共有財産を私有化による解決で私有財産化しても、グリッドロックの発生によりアンチコモンズ財産になってしまいます。特許なども大きくわけすぎてしまい、各々の分野で独占が起きて競争が起こらず発展もしなくなるという問題が出てきてしまいます。現代の知的財産権の根本的問題としては、私有化しすぎることにより知的財産権の分野が細かく分割されてしまい、各分野の中身が発展されないことであるとわたしは思いました。 

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私は現代の知的財産権の代表的な問題として、中国が有名ではないかと考えます。まず、共有地の悲劇とは、1968年に生物学者ギャレット・ハーディンが雑誌「サイエンス」に掲載したモデルのことで、それを見た周りの村人も自分の効用を最大限に高めたいという合理的な考えの下、それぞれが自由に羊を共有地に放し始め 結果として、牧草地が荒れ果て誰にとっても使えないものになってしまった。と言うことから来ています。今日ではあらゆる企業または、ブランドの知的財産権の侵害が多く見受けられます。なぜ知的財産権の侵害があるかと言うと製造・販売者側と取締り側の双方に問題があると考えます。 製造・販売者側では、まず第1に中国の製造技 術の向上や、高級なコピー機を中国の企業が購入できるようになったことがあります。パッケー ジだけでは、ほとんど見分けがつかなくなっています。第2に台湾のニセモノ製造業者が、中国に製 造工場を設立しています。中国と台湾がWTOに加盟すると、台湾は中国との直接取引が可能になります。さらに中国を製造拠点とすることで作るのを簡素化すると言ったことも考えられます。これらのことを取り締まる側にも問題があります。ニセモノの取扱業者などに対する制裁措置が緩いことです。罰金や制裁基準が低く、1998年の場合、 罰金の平均は僅かに5805元でしかなく、懲役が科されたものはいないということです。中国工商行政管理局や版権局など、ニセモノを取締る行政機関が、行政改革 の影響もあり、もともと多くない人員がさらに減少しており、効果のある取締りができないという 現状があります。従って、取締りで告発されたものなども、氷山の一角です。中国政府としてもこの 状況を座視できなくなっていることは事実です。このような問題にはもっと行政機関がしっかりと向き合い、対策して、知的財産権の問題を防がなければなりません。 

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私が思うに簡単に結論から言ってしまうと、所有権が多くなって個人で独占する形になり、新しいアイデア・発明が起こりにくくなってしまうことだと思います。なぜこのようになってしまうのか説明をします。まず最初に「共有地の悲劇」を防ぐために各々の私有財産として認めるために知的財産権が使われます。この共有地の悲劇とは、誰もが自由に利用できる資源を全員が自分勝手に使ってしまった結果、全員が損をしてしまうことです。そしてこの私有財産の増加に拍車がかかりすぎると、知的財産権の蔓延を招くことになり、有用な技術や研究の成果といったものが遺憾なく発揮することができなくなってしまいグリッドロック経済が発生し、最終的にアンチコモンズの悲劇によって特許が細分化されてしまうことになります。途中出てきたグリッドロック経済とアンチコモンズの悲劇について説明したいと思います。まずグリッドロック経済とは、マイケル・ヘラーが著者の本で、簡単に訳してしまうと「多すぎる所有権が市場をつぶす」、といった内容です。続いてアンチコモンズの悲劇とは、先程陳述した共有地の悲劇の逆の内容であり、共有されるべき資源が細分化され私有化されることにより社会にとっての有用な資源の活用・発展、つまりイノベーションが妨げられるといったことです。 

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まず、私的所有権とは近代の市民社会の根幹をなす権利であり富を増大させるものでありますが、それが行きすぎると市場経済を停滞させ、改革を足止めし、活気を奪ってしまうものです。確かに街中でも、地権者と色々もめて進んでいないんだろうなあ、という再開発地域をよく見たりするし、実感とは合っているような気がします。今の我々の現代社会の根幹をなす私有財産制はそれ以前の共有財産制において起きていた「共有地の悲劇」の解消に役立ちました。しかし私有財産制においても「グリッドロック」が発生してしまい不幸があります。私有財産制のその先をどのように観念できるかが鍵となります。私は、経済活動のグローバル化が進行する中で、TPP等の自由貿易が進展し増々企業活動も国境なき時代になるであろうと考えます。一方、このような時代的背景の中で、我が国にとって知的財産は有効且つ有益な武器となりますが、政府の知的財産戦略は実務上十分に生かされていない他、その戦略は実務と遊離した実効力の弱い戦略となっているのが現状です。そこで私は、政府は今後の日本の知財戦略を実務にそった政策を行うべきであると同時に司法改革も含めて法改正が必要であると考えます。 

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現代の知的財産権の問題は著作権や特殊権、意匠権などといった無作物なものをあたかも自分のものように創作し、財産を得ようとすることで被害が出ており、問題になっています。例を挙げると、ニュースにもなっていた公道で走行する任天堂のキャラクターのコスチュームを貸し出す「マリカー」(MARIモビリティ開発)とその代表に対して、任天堂の承諾もなく貸し出しをしていました。これらをきっかけに著作権侵害や不正競争防止法違反で提起しました。講義中にもおっしゃっていた羊を飼っていた共有地があったとします。ある人が羊を二匹にすることで二倍になると考えました。そこで共有地の皆が羊をどんどん増やしてしまい、牧草が生え変わる前に食べられ、砂漠化状態になってしまいます。このように食料がなければ当然、羊は痩せ細ってしまい前の一匹よりも売れなくてなってしまいます。これを機に解決策としては規制と私有化をしましたがこれでも全てのものを私有財産にした場合は全てものが知的所有権で守られてしまいます。全てを知的所有権の保護にするのではなく、オープンアクセスや完全排除にならないように集団アクセス、私有財産、集団排除に収める必要があります。現代にも例を挙げたマリカーだけでなく、著作権侵害のなどには注意喚起も必要だと思いますし、知的所有権を求めすぎるとアンチコモンズ財産にもなりかねないのでこちらも注意が必要だと思いました。 

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元々、知的財産権とは無体物に対して、その著作者がコピーや複製などを行われないようにするものです。また、この知的財産権は富を増幅させるものだと考えました。しかし、この知的財産権が行き過ぎてしまうと、それは市場経済を停滞させ、改革を足止めし、活気を奪ってしまうものになってしまいます。また、この知的財産権がいかに全体幸福から程遠いか理解する必要があると私は考えました。この無体物に対してかかる知的財産権などの現代社会にはびこるグリッドロックを明らかにしないといけません。しかし、このグリッドロックを明らかにするのはとても難しいように私は感じました。その理由は、現代社会にはたくさんのグリッドロックがあると私は思いました。この知的財産権だけではなく、特許権や土地の所有権、またはインターネットの世界でもこのグリッドロック現状は起きています。その数えきれないほどのグリッドロックがなぜ起きているのか、これを1つ1つ判明していくのはとても難しいことだと思います。このグリッドロックを簡単に言うならば、様々な権利の場で所有権者が多すぎて財が過少利用されている状態だと私は考えました。これからもこのグリッドロック社会を変えていく努力だけはなくしてはいけないと私は思いました。 

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共有地の悲劇とは、売り上げを二倍にするために生産力を二倍すると、だんだん資源は品質が落ち、限界があることを知らなくてはいけません。それは、私たちの周りでよく起きていて、水質汚染や地球温暖化もそうです。ごみ処理の問題で車の外にポイ捨てをしても自分には被害がないからしてもいい、という自分の財産だけを守り、ほかは関係ないという考え方をしておるのと同じで、誰かしら野資源が損なわれることを考慮して合理的に進めなくてはいけません。しかし、すべて資源を細かく分けて知的財産にしてしまうと、集団で使えていれば資源が守られていたものが、何もできなくなりグリットロック経済が進行してしまっています。経済合理性で考えると完全排除になってしまいます。多すぎる所有者のために独占的な利用になってしまい、大きなまとまりではなく小さく分けて、独占的な利用をしまうから何もできなくなってしまうという現象です。イノベーションができなくなり、競争もなくなり発展もしなくなってしまいます。特許戦略も限界があり、オープン戦略に変え、緩くしているところもありますが、独自にしかできないその先にあるBtoBでビジネスをしていくという形になっています。音楽業界はなかなか厳しいといわれていますが、法律で違法アプリの規制を厳しくし、サブスクに切り替えるように促したりしています。 

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私が思う、現代の知的財産権の根本問題は、今回の授業の中でも解説されていた「グリッドロック経済」のように、世に出ている全ての技術や作品、商品を知的財産権で保護してしまうと経済の新しい技術革新や発展は見込めなくなってしまうのではないかという点にあると考えます。前回の授業では、パクリ経済によって発展してきた業界や企業が存在してきたことを学びましたが、知的財産権のある意味乱用によって、知的財産権によって守られた業界に新たな企業の参入が出来なくなってしまうなどして技術革新が起きなくなってしまうのではないかという危惧が生まれてしまいます。しかし知的財産権を無視してしまうと「共有地の悲劇」が起きてしまいます。全ての技術を誰でも使えるようにしてしまうと逆に、資源が足りなくなったりなどの問題が起きてしまいます。つまり現代の知的財産権の根本問題は「共有地の悲劇」による技術や作品の過剰な私有化が進んでいることによって生まれた「グリッドロック経済」=「アンチコモンズの悲劇」が現代の知的財産権の根本問題となっていると考えます。私はこの問題を解決するためには、守られるべき業界とパクリ経済によって発展する可能性がある業界をしっかり判断して知的財産権の行使をするべきだと思います。 

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現代の知的財産権の問題として、規制により細分化されて行っているというのが問題として挙げられます。例を挙げると、音楽などがあげられます。昔は、法整備がインターネットの中まで及んでおらず、無料でいろいろ聞けました。しかし、それではお金がアーティストに入らないということで規制が厳しくなり、経済的な合理性は確保され始めました。音楽は、最近では似たような音のものがだんだんと出てきました。新しいものを作れればいいですが、新しいものを作るためには創造しなくてはいけません。その工程で全く新しいものから生み出すのとあるものから生み出すのではそこまでの努力量が変わります。気づけていたものが気付けなくなる可能性も生じます。本を例に挙げてみると、本は図書館というなかでは無料で貸し出しができます。同じ創造されたものでも異なっていることがわかります。何が問題かというと、多くのものが作られた中で、それらを保護していくとまた新たなものを生み出すのが大変になっていくということが問題として挙げられるのではないでしょうか。そのため、規制を厳しくしていく、有効に利用できるものが限られていくと、それだけ選択の幅を狭めることにもなるので、ある程度の譲歩があるほうがよくなるのではないかということです。 

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創作した人の財産として保護するための制度のことを知的財産権と現代では言われています。共有地の悲劇とは、あるチームの中でチーム全員が協力し合っていればチーム全員にメリットがあったものを、自分の考えだけで行動し、非協力的なことをするものが現れたことによりデメリットが生じてしまったことのことをいいます。この話を聞いて私が考えたことは全員が尊重し合い、いい関係を築きあげていければ全員が変わらずにメリットを受け続けることができるが、自己中心的な考えや行動をすることにより周りに不影響なことを及ぼしてしまうことがあり、これはチームで過ごしていく中であってはならないことだと感じました。人間は会社などでもチームとして行動することが多いです。しかし1人が反した行動をすることにより全てが乱れます。このようなことは防いでいかなければいけません。グリッドロック経済とは所有権などの様々な権利を細かく決めすぎたことを言います。これらを細かく決めすぎるとかえって人々に悪い影響を与えたり、経済発展にはどめをかけてしまいます。これを見たときに権利を多くもつものが得をし続けていると感じました。共有地の悲劇とはまた違ったものだと思いました。現代の知的財産権は私の考えではあまり尊重されずに、簡単に他のものに使われているというイメージがあります。この権利をもっと確立させて使用していくことがこれからの課題になってくるのかなと感じました。 

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共有地の悲劇とグリッドロック経済を主軸にした現代の知的財産権の根本問題は、アニメや映画、漫画などの作品が作者だけではなく、作者以外の人々に無断転載されてしまい、知的財産権が守られていない事が問題だと思います。 以前は漫画村などの違法サイトで漫画が無断転載されており、最近ではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど様々なサブスクリプション、テレビなどで放映されているアニメや映画がユーチューブやニコニコ動画などの無料サイトに無断転載され、作者の知的財産権が守られていないと感じます。アニメや映画のような作品がサブスクリプションやテレビなどで放映され多くの人に見てもらうことができれば作者やサブスクリプションの運営者の利益に繋がりますが、無料サイトに無断転載され多くの人々がサブスクリプションに加入せずに無料サイトに無断転載されたアニメや映画ばかりが見らてしまうと作者やサブスクリプションの運営者の知的財産権が守られておらず、共有地の悲劇とグリッドロック経済のように、その業界の利益が大きく減り、アニメや映画の業界が消滅してしまい、無断転載もできなくなり、誰の利益にもならなくなってしまうと思います。 これらが現代の知的財産権の問題だと感じます。この問題を解決することは難しいと思いますが、作者やサブスクリプションの運営者の知的財産権を守り、その業界を発展させていくためには必ず解決しないといけない問題だと思います。 

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私は近年のデジタルの普及に伴って日本社会における著作権や知的財産権といった権利がとても厳格になってきてしまっているような気がするのです。似たようなゲームの要素を取り入れるとすぐ権利侵害だと争いが起き、絶えなくなってきていますよね。このようにデジタルがだれにでも扱えるようになってきており、生み出すコンテンツすべてに縄張りのように個々がバリアを作って、守るようになっているのです。すべては模倣経済論であったように、コピーから作り出しているコンテンツなのに人間はこれを否定するかのように自分の所有物だと訴えています。「共有地の悲劇」であるように、現代の資本社会において利益だけを追求するために規制や私有化を強いてしまっているのです。そして、いわゆる経済合理性を追求し続けることによって「グリッドロック経済」では完全排除に向けてのプロセスにある知的財産にまで進行してしまっていると述べられています。このように現代の知的財産権の問題は、権利が細かく定義され、誰にも触れられない個人の所有物となりそこに関連するものは一切手を加えることができない育成不可能のコンテンツしか出来上がらないというとこにあると私は思うのです。 

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私が現代の知的財産権の根本的問題であると感じていることは、細かい権利を一部の企業が独占するせいでそのジャンルが育っていかないという点です。  特許をを独占することによって後の企業が参入することが難しくなり、のちに続いていく人が行動に制限を受けることでそのジャンルに参戦できなくなります。模倣と創造は近いところに存在しており、私は模倣を繰り重ねた結果新しい創造が生まれると思っています。どのジャンルでも過去の作品からインスピレーションを受け様々な影響をつなぎ合わせた結果、新しいものが作られてていきます。音楽のロックバンドを例に挙げると、今活躍しているアーティストでも一から作ったものはほとんどなく過去のアーティストから少なからず影響を受けています。メタルバンドではコード進行などは時代によって流行が違いますがその基盤となっているのは過去のものが多いと感じています。もし過去のアーティストがそのコード進行を特許として権利を独占していた場合、そのジャンルで新しいものが生まれていくことはなくなると思います。現在のロックの流行はEDMとメタルの融合によって作られた音楽です。その文化を特許することがあってしまったらその流行は一つのバンドだけで完結してしまい、独占という形になります。ロックというジャンルはアイドルというジャンルに負けつつあるという現状で独占することは今後に大きく響くと思います。  そのため、私は細かい特許を取り独占するというのはよくない考えなのではないかと思っています。特許を独占し続けることでそのジャンルの将来を断ってしまうというのが知的財産権の根本的問題だと思います。 

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例えば4人家族で1つの部屋に住んでいたとします。4人が共有のスペースを利用していればその都度色々なスペースを使うことができて快適に過ごせます。しかし4人がそれぞれ自分用のスペースをパーテーションで区切って使っていた場合、分割されたそのスペースしか使うことができず、窮屈に感じてしまいます。また、大きなスペースが用意されていればダンスやストレッチなど色々なことに応用できるかもしれませんが、区切られた小さな空間では応用するのは難しいでしょう。それと同じように誰でも使える形でネット上に存在している権利フリーのコンテンツは誰でも柔軟にアクセスすることができ、同時に権利に縛られないことで応用・発展していくことが考えられますが、グリッドロックの起きるほど絡まっている権利関係のあるコンテンツではその権利の複雑さによってコンテンツ自体を敬遠し、権利を独占的に利用しようとする人々のみしか残らず、イノベーションが阻害されてしまいます。資源には限界があり、限界に見合う適正な形で運用をしていかなければなりません。知的財産権を細かく細かく細分化していき、所有者が独占的な利用に拘ってしまうことで、ジャンルそのものが発展をしなくなってしまい、イノベーションが起こらなくなってしまう可能性を排除するためには、うまくコンテンツと向き合い、独占を避けることが重要だと私は思います。 

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私は、「共有地の悲劇」と「グリッドロック経済」を主軸にした場合知的財産権には「知的財産権とそれを用いてのイノベーションがトレードオフの関係にある」という点に根本的な問題点があると思います。独占力を高めることで権利者を守ろうとするほどそれを用いたイノベーションが生まれにくくなってしまうのです。 例えば権利を守るために知的財産権による独占力を高めるほど、その大元となる技術を用いたさらに発展したイノベーションが生まれる可能性の芽が摘まれてしまいます。しかしその一方でどのような知的財産であろうともいくらでも好きなだけ利用し放題になってしまえば、大元となる技術を生み出す行為自体が行われなくなってしまいます。 珍しい例として任天堂はこのような問題点を理解し一部特許に関しての利用を黙認することで、別の団体に特許を独占されることを防ぎつつ、特許を利用したあらたなイノベーション生まれるよう取り組むなどしています。 このように現在の知的財産権と、それにまつわる新たなイノベーションは大元となる権利者の善意によって成り立っている部分があり、仮に権利者が他社の利用を一切認めないとなればそれが通ってしまう状況に置かれているのです。 

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知的財産権とは、著作物や工業所有権などといった無体物について、その著作者などがそれに対する複製など多くの行為に関して専有することができるという権利のことです。近代の市民社会の根幹をなす権利であり富を増大させるものでありますが、それが行きすぎると市場経済を停滞させ、改革を足止めし、活気を奪ってしまう可能性があります。これは多すぎる所有権が市場を潰してしまうグリッドロック経済といえますね。 我が国の知的財産制度は、それぞれの知財の管轄役所が異なって縦割り行政が行われており、国家全体の統一した知財行政が実行されていません。特許庁も事務官庁であって国家の知財行政を行っているわけではないのです。小泉政権時代に創設された内閣官房知的財産戦略本部というのがありますが、これは政策を立案しますが実行するのではなく、我が国の知財の方向性について具体案を出すに止まっていました。その具体案が優れていても、それを管轄する役所が実行しなければ、なんの役にも立たないかもしれません。まさに、研究成果の私有化に拍車がかかり過ぎて、知的財産権の蔓延を招き、有用な研究成果・技術の利用が妨げられる虞があるという、共有地の悲劇のようですね。 

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共有地の悲劇とは、共有資源が乱獲されることで資源の枯渇を引き起こすという経済学の法則のことを言います。現在私たちが生きる資本主義経済は、利潤最大化を目指し資源の合理的な利用を図ります。しかし、そうした資本主義的資源の活用の代償はどういったものになるのでしょうか。共有地の悲劇が今まさに起ころうとしているのではないでしょうか。例えば現代の知的財産権についてです。「共有地(コモンズ)の悲劇」をもじった「アンチコモンズの悲劇(グリッドロック経済)」は、知的財産権についての問題を語っています。 創造において模倣は欠かせないものでありますが、知的財産権は模倣をダメとしています。グリッドロック経済は、そうした知的財産権(巨大化している所得権)が市場をつぶすとしています。知的財産権と戦ってきた模倣経済は、ファッションやスポーツ、コメディなどあらゆる場面でイノベーションを起こしてきました。しかし今なおイノベーションの妨げとして知的財産権が存在し、その領域を広げようとしているのです。グリッドロック経済では、そうした模倣の制限に対して問題提起をしているのではなく、行き過ぎた模倣の制限に対して問題提起をしているのです。市場発展のための模倣、市場を守るための制限、それらを熟慮した最適解を求めることが必要ではないでしょうか。 

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私は、全部私的財産にして、全てのものが所有権で守られていくとなってしまうと共有地のオープンアクセスから完全排除という状態になってしまうことが問題になってしまうという事だとお話を捉えました。 グリッド経済は私的所有権を強化していくことでアンチコモンズの悲劇を生んでしまうということは感慨深い問題だと思い、先生の倫理的に反するという点で見ても私もとても共感出来ます。 これの問題点は創造ができなくなるという事だと私は思います。特許を細かく細かく作ってしまうと何も出来なくなってしまうという点においてはつまり相手を封じ込めるという役割を特許が担ってしまい、それをみんなが一斉に利用してばかりいると創造がかなり難しくなってしまったり、できなくなってしまうと思いました。 さらに音楽の例で見るとかなりわかりやすく、先生もおしゃったとおりこれ以上何も出来なくなってしまうので徐々に戻していくことが理想的であるとわたしもおもいました。 音源や歌詞などが似てくるのは無数にある歌の中での問題であるのでかなりしかたないので、創造や新たな才能の芽を摘んでしまうということがないように私たちはこの問題について考えて改善するということが大切だと思いました。 

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現代の知的財産権の根本的な問題は、権利による規制が大きすぎることで最適な利用の仕方をできていないということです。「共有地の悲劇」では、共有財産の取り合いを私有化にすることでしか解決できなかった。またグリッドロックが発生したことによりアンチコモンズの悲劇により私有財産がアンチコモンズ財産となっていった。財産を大きくまとめて最適な使い方をすれば良いのにもかかわらず財産を小さくして私有財産や周りを排除して独占してしまうことで競争が生まれず最適なものが生まれなくなっています。競争がなくなるということは、独占されてしまい商品の価格は高騰するにもかかわらず商品自体の価値は変わらないまたは低いままとなってしまいます。また企業の面から考えてみても、競争する相手企業がいない限りその商品に関する技術の成長を止めることにつながってしまいます。これが一つの企業だけでなく、複数の企業で起きてしまった場合には企業の利益や損失、技術力の向上を失うだけでなく日本の経済全体としても、海外の企業との技術力に差がつけられる可能性があることも問題点に挙げられます。知的財産権は商品等を開発した人たちのためにも必要な権利ではあるが、欠点についても考えていかなければならない。 

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知的財産権制度とは、知的創造活動によって生み出されたものを創作した人の財産として保護するための制度です。現代においてこの知的財産権の数は日々増大しています。この知的財産権という制度は、一見すると著作者が自らの著作物などを守ることができ、他社の著作物の複製をはじめとする様々な行為を抑制できる非常に良い制度に見えますが様々な根本的な問題を抱えています。例えば、人口学者のハーディンが提唱した共有地の悲劇(コモンズの悲劇)という、簡単に説明すると周りと協力すれば誰にとってもいい結果であったものが、自らの利益追求図ろうとしたため、最終的には誰にとっても悪い結果になってしまうモデルから見ると知的財産権制度も細かく細分化され、それを企業などが独占的な利用をされると他者が入り込むことができないためそのジャンルでは競争がなくなり、ジャンルが育たなくなり、その成長を阻害してしまいます。つまり、現代の細分化された知的財産権の増加傾向というのは、社会や経済の成長を妨げてしまい、一概にこの知的財産権という制度は優れているとはいえないことがわかります。そのため、知的財産権の細分化を抑えることが今後必要になると考えられます。 

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まず、前提として人間の知的活動によって生み出されたものやアイデアなどには、 財産的な価値を持つものがあります。 そうしたものを総称して「知的財産」と呼びます。 知的財産の中には特許権や実用新案権、意匠権、商標など、 法律で規定された権利や法律上保護されている、利益に関わる権利として保護されるものがあります。 それらの権利をまとめて「知的財産権」と呼んでいます。 この知的財産権を語る上で、私は「共有地の悲劇」を例にあげます。 これはある意味法則みたいなもので、みんなが使える、共有資源が乱獲されてしまうことによって、資源が枯渇してしまうという経済の法則です。コモンズの悲劇とも呼ばれています。 私は共有地において、大多数の人たちが自分勝手に資源を増やしたいが為に、他者の事を考えないから、資源が枯渇してしまうと思います。 この根本的な問題を解決する為には、今まで以上に明確なルールを決めるしかないと思います。例を挙げると罰則などがわかりやすいと思います。 現在においてもある程度の割り振りが決められていると思うのだが、抜け道を作って、ギリギリのラインでずるする者がいます。だから平等ではないし、不利益を被ってしまいます。 「グリッドロック経済」も例にあげると、 多すぎる所有権が市場を潰すというところで、先程述べた損する人が出てしまいます。 よって、解決する為にはもっと罰則を強くするべきなのです。 

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人が創造したり企画するということは、自分の経験を必ず参考にしていると思います。先日、自分の部屋を模様替えしました。近所のカフェの内装が心地よいので、似たような色の家具を購入しました。このように、自分でデザインするものもどこからか影響を受けていました。自分でオリジナルな鼻歌を歌っている時も、あれ?これなんかの曲に似ていると感じることも多々あります。デザインやメロディをパクるとは思っていなくても、世界には数多く既にデザイン、メロディがあり知らず知らずに似てしまうのでしょう。そして人間、無意識のうちに記憶され、それが自身の作品であるかのように出てくることもあるかと思います。そんなこんなで知的財産権が作られたと思いました。そんな中、グリッドロック経済を聞き、それは不利益に働くのではないかと感じています。一例として、特許権があるために医薬品研究がうまくいかないということがあります。グリッドロックをすることで競争力が弱まったり、技術を共有、影響し合わず成長力が低下します。ネット社会になったことで、少しでも似たような製品があると、すぐに指摘されて袋叩きにされてしまいます。日本は資本経済であり、競争力というものはとても大切になってくると思います。なので、グリッドを狭めて経済活動をすることは新しいより良い製品の誕生を抑制する力になってしまうのではないでしょうか。 

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知的財産権は著作物や工業所有物などの無体物について、著作者がそれに対する複製など多くの行為に関してあたかも有体物として財産にしていることである。私が考える知的財産権の根本問題は、発明、映画、絵画、営業秘密などの無体物も財産として保護されるがために所有権が過剰にぶつかり合い経済の停滞いわゆるグリッドロック経済を引き起こしていることです。通常所有権は富をもたらすがあまりに多い所有権は逆効果をもたらします。パクリ経済のファッションのようにある程度商品が複製されないと流行のサイクルが滞ってしまいます。このことから、私は知的財産権で全ての行為を禁じるのではなく、ある程度複製を容認しイノベーションを生み出し続けられるようにすべきだと考えました。しかし共有地の悲劇を例では、多くの利益を求め過剰に無体物に対する財産を主張しないことで、誰でも利用できる状態になるため、結果として過剰に摂取され資源の劣化が起こります。私は以上のことから、ある程度の経済成長を促すために知的財産権はあまり良いと思わない。しかし既存の資源や文化を劣化させてまで経済成長するべきではないと考え、ある程度のグリッドロック経済は仕方ないのではと考えました。 

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私は現代の知的財産権の根本的問題である利益の最大化について解説したいと思います。まずハーディンが説いた『共有地(コモンズ)の悲劇』とは、資本主義の世の中において誰もが利用でき、活用することで利益を出すことができる共有財産に多くの人が集まり利用することから始まります。共有財産に過剰に人が集まることで共有財産の減少や消滅、または誰かの独占が起きることを共有地の悲劇と言います。この悲劇は共有財産を各自の私有財産に分割することで解決します(私有化による解決)。しかしこの私有財産には限界があるため、さらに細かく分割することで『アンチコモンズの悲劇』が起こります。このように所有権が多くなることで、最適な利用ができなくなることを『グリッドロック経済』と言います。具体的な例として『コモンズの悲劇』は、環境破壊などが挙げられます。人間の共有財産である森林を伐採して得た材木から利益を出すことができますが、過剰に伐採されると森林がなくなるだけではなく、動物や自然にも影響を及ぼし、地球温暖化の問題となって人間に悲劇をもたらします。また『アンチコモンズの悲劇』の具体例は、論文や研究などが所有者の知的財産権に固く保護されているため、利用することが安易ではなく研究の促進にならないという問題です。これらのことから、コモンズにもアンチコモンズにも偏ることなく私有財産で最適地を模索していくことが大切だと考えられます。 

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現代の問題だと、私は音楽が上記のテーマである、二つに当てはまっていると思います。音楽は、昔から人々の生活を明るくしてきた娯楽であり、かけがえのないものだと思います。レコードやCD、今ではオンラインで聞くことができます。ですが、昔とは違い、今では、音楽の違法ダウンロードが行われています。昔でしたら、CDに焼き付けたりと手間がかかり、素人では難しく、そこまで問題視はされていませんでしたが、今では、アプリ一つで聴き放題の時代になっています。共有地の悲劇で表すと、 音楽を違法でアップロードし、きけるようにしている業者と、それを違法とは知らず、知っている人もいるとは思うが、ダウンロードしてしまっている一般人、一見、WINWINのように見えるが、生産者である、音楽家、アーティストには、利益は出ていません。なので、上記のWINWINの関係を全国民が行ってしまうと、いずれかは好きなアーティストが儲からなくなり、解散してしまう可能性もなくは無いと思います。 そうしたら本末転倒になってしまい、全てがうまくいかなくなってしまいます。そのためには、違法に音楽をアップロードしている業者を規制、もしくは逮捕する法律を作り、矯正していかないと、音楽の知的財産権は、守られていかないと私は思いました。 

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私は、現代の知的財産権の根本問題の原因として、所有権が増えすぎてしまったことが挙げられます。1968年には共有地(コモンズ)の悲劇という問題が発表されました。これは、資源が誰にでも利用できる共有財(コモンズ)になると無秩序に使用されて、いずれは無くなってしまう場合や深刻な環境問題を引き起こしてしまう可能性があるという法則のことです。逆を返せば資源を共有している人間全員が協力していれば平等に利益を得ることが可能になるのです。このコモンズの悲劇という問題を解決するためには共有地を私物化するなどの規制を導入することが必要でした。このように、共有資源を大切に扱い、問題を起こさないための取り組みが必要不可欠なのです。しかしながら、コモンズの悲劇とは逆の法則で起こる「アンチコモンズの悲劇」というものがあります。これは資源が共有されず、一部の集団や人に独占されることによる弊害のことです。これによってグリッドロック(渋滞・麻痺)が起き、経済活動を阻害し、不況を招いてしまう。この問題の根本的な原因として所有権が多くの人間にわたってしまうことです。私はこれを解決するために、所有権の使用料を低く抑え、自由に利用してもらうことでイノベーションが生まれると考えています。 

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グリッドロック経済から、協力や規制という観点は共有から私有へと移っていった過程と同じである事が分かります。また、所有権が多すぎて財が過少利用という問題点が存在します。この問題を共有地の悲劇と照らし合わせながら説明していきたいと思います。 まず、共有地の悲劇は何かといいますと、ある集合体の中でメンバー全員が協力的行動をとっていれば、メンバー全員にメリットがある。しかし、それぞれが合理的判断の下、利己的に行動する非協力状態になってしまった結果、誰にとってもデメリットになってしまうことを示唆したモデルのことです。 この世の中には知的創造活動によってたくさんの無形物が作られています。それらを保護するための権利を知的財産権と言います。この権利が存在しなかったらと考えると今にも争いが起きてしまうほど大切な権利です。しかし、財産権の一部には模倣やコピーなどが容易なことから権利侵害に対して弱い面があります。また、デジタル化とグローバル化が進む現在、知的財産権に脅威を与える不正行為も頻発していて、保護のあり方が国際的にも問題になっています。 私たちも身近な場所で権利を侵害している可能性があるので注意する必要があります。音楽をや映像を知らずに違法アプリやサイトで閲覧することも立派な権利侵害です。ばれないから良いだろうなどの思考は絶対に捨て、ルールをしっかりと守って生活することが今の若者たちには必要なのではないかと思います。 

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現代のパクリに関する問題の1つとして知的財産権に関する問題があります。そして知的財産を保護する方法としては自動的に権利が発生する著作権や申請をすることによって保護が得られる特許権などがあります。これらはオープンな、何も規定されてしない部分から個人のものとして私有する、所持する権利を認めたものになります。またそれらはさらに分割的に私有されていき、共有=コモンの部分は少なくなっていきます。 現在の知的財産保護は以上のように考えることができますが、これでには問題があるのではないかと私は考えます。まず知的財産の保護は創造性の保護を目的としていると考えることができます。しかし、保護のために分割し私有するということを続けていくと、オープンにアクセスすることができる部分は少なくなっていきます。この状況はかえって創造性に対して良くない状況であると私は考えます。もちろん知的財産とその収益は保護されるべきだとは思いますが、創造には模倣という要素が必要になります。オープンにアクセスできるものがなくなってしまうと模倣による創造は不可能になり、創造性はかえって低下するようになります。この創造全体に良い影響をもたらすためにはある程度のオープンアクセスと知的財産の保護制度が共存する状態を作るべきだと私は考えまうす。 

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現代における知的財産権の問題として挙げられることは、知的財産という形に残し難い研究や発明において経済的、倫理的な権利の所在が不確かなことが一番大きなものであると私は考える。新たな発見や発明は一般的にオープンリソースとして扱われ、その分野を研究する他の研究者たちが模倣して似たような研究を進めていくことで今後の発展に大きく寄与することになる。しかし、研究などにおいて新たなアイディアや発見があった際に発案者がそれを特許でがんじがらめにするなどして個人が独占的な利益をとってしまうことで、新たな研究やアイディアの発展がなされなくなってしまうことが起こり得る。これはグリッドロック経済という観点から見ることができるのだが、市場が財産の個人的な所有権を主張する人々であふれてしまうと、同じ分野を研究しようとする他人が参入できなくなってしまう。そうすると一向に研究は進まなくなり、市場の衰退という悲劇を招いてしまうことになる。一方で知的財産の所有権を放棄し、誰でもアクセス可能なオープンの分野を提供することも一概にプラスになると言い難い。所有者を失った発見や発明は次々に他人の手が介入した結果コピー品であふれ、誰も恩恵を享受できなくなってしまう。これを共有地の悲劇と表す。つまり共有財産といえども一定水準以上の権利は守られるべきものであり、それでいながら分野の発展を促すための模倣を許容していくことが知的財産権の最も有用な扱い方であると言える。その許容の範囲をどう定めていくかが最も難しく、今後の課題になっていくのだと私は考える。 

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まずは、共有地の悲劇やグリッドロック経済についてざっくり説明していきたいと思います。講義で取り上げた例のように、ある羊飼いが「羊を2倍にすれば利益が2倍になるかもしれない」と思い、まず羊の数を2倍に増やします。次に、それを見た周りの羊飼いたちも、自分たちの利益を2倍にするために、羊の数を同じく2倍にします。すると、羊が食べる牧草が間に合わなくなり餌が枯渇し、食べるものをなくした羊たちの毛並みは以前よりも悪くなり、結果として利益が2倍になるどころか前よりも下がってしまった、という例です。 このことから、私は、過剰な所有権や、所有者たちの非協力的な姿勢が現代の知的財産権の根本問題に繋がっているのではないかと考えます。自分だけが良い思いをできればあとはどうなっても構わない、という姿勢が、結果的に全体のデメリットへと繋がってしまうと私は考えます。 

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知的財産権の問題は多々耳にするニュースの一つであります。今回はその問題についてお話ししていきたいと思います。まず最初に挙げられるのは中国による模倣品の横行です。模倣を言い換えるとパクリと言い換えられると思いますが中国はまさにパクリ大国といっていいでしょう。日本のキティちゃんやガンダム、ドラえもんやポケモンなどにそっくりなキャラクターをこれでもかとパクってきた中国は日本のキャラクターのみならずブランド品など世界のあらゆるものを模倣してきました。これらを中国特許権の侵害として訴えても解決できないのが問題となっています。いくら通報してもパクリものが大量に流通しているのはこれが原因でしょうね。次にアメリカにおける特許訴訟の横行でしょう。日本の製品がアメリカの企業の製品の特許を侵害してるとして訴えられた時にその製品に対して先に特許申請を出していたとしてもアメリカの企業に反証できない問題があります。次に国内TLOの展開があります。大学や公的研究機関の法人化に伴い、米国にならって、TLO(Technology Licensing Organization)の設立と展開が進められているが、技術移転、すなわち技術売買の実績は極めて乏しいことがあります。これらが知的財産権の根本的な問題だと考えられます。 

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私が考える知的財産権の根本問題は知的財産を自分のものと主張し、担保してくれるものの存在の杜撰です。 世界で知的財産を主張してくれるものの例に商標がある。最近では、ps5がインドで登録商標があるために、インドでps5が使えないというものがあった。この問題はかなり深刻で、中国などでも問題になっている、松阪牛などの商標を中国内で撮って、日本からの輸入時に輸入先からお金を取るだけでなく、海外にまるで中国のものと勘違いさせることもある。また、電通が今年流行ったアマビエを登録商標にしたのも記憶に新しいです。 これでは、結局は自分の知的財産であってもほかの無関係な第三者にお金を払わなければいけない馬鹿馬鹿しい仕組みを作っているわけです。 しかし、知的財産をガチガチに固めればいいかというとそうでもなく、特に日本のアニメ文化はオタクたちの二次創作や、同人誌によって支えられており、ここをロックしてしまうとこれ以上栄えることはないでしょう。