2020-10-06

メディア2020後期02音響メディア論音楽史編投稿集

メディア2020後期02音響メディア論・音楽史編

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1. 今日は音響メディア論の前編として音楽史を学びました。だいたいの流れは理解できたでしょうか。その上で今日の講義で取り上げたYouTube動画の中からいくつかをピックアップして、自分なりに解説してみて下さい。音楽だけでなく音響の問題として議論していますので、Zoom経由の音ではなく、講義ページからリンクしたYouTubeまでたどって聴き直して下さい。「私」を主語にして「ですます調」で500字以上で書いて投稿して下さい。 締切は2020年10月1日(木)午後11時30分とします。

まず私は今回のいくつかの動画の中からスメタナのわが祖国モルダウを選んで視聴しました。この曲ではとても音に強弱がはっきりしていた印象を受けました。前半部分では比較的弱く演奏をして中盤〜後半部分では大きな音が合わさり響かせて演奏していたのが特徴的でした。そのためとても響く音響を採り入れていたのだとわかりました。次に自動演奏ピアノ、ラ・カンパネッラの演奏動画を視聴しました。ここでは比較的に音響が抑えられており自動演奏ならではの安定した音の響きが演奏を通して伝わって来ました。この演奏は先程のモルダウと比べると穏やかな音で音響もそこまで大きく無かったと感じます。またこの2つの違いは人と機械という違いだけではなく、演奏を行っている人数にも関係してくると思います。人数が多ければ多いほど音の響きは大きくなりよりダイナミックに耳に届くので前者の演奏の方が音響が大きく音の強弱もハッキリと聞こえて来たのだと私は考えます。これら2つの演奏を通して音響の違いにより伝わってくる音の違いにより大分差がある事がわかりました。これらの事を考えるとオーケストラ等の大人数で行う演奏程、音響が大きくよりダイナミックに伝わって来るのだろうと今回の動画を通して私は考えます。 

私は「トッカータとフーガニ短調」と「無伴奏チェロ組曲」をYouTubeで視聴しました、授業のzoomの画面共有で視聴した時は、どちらもブツブツ途切れて聞こえ、とてと音質が良いとは言えませんでした。デジタルが進んでいるとは言え、まだまだデジタル音楽も進化の余地があるな、と感じました。しかし、YouTubeで視聴したときは、音質の良さに驚きました。私は、昔、ピアノやサクソフォーンを習っていたので音楽が好きで、「トッカータとフーガニ短調」も「無伴奏チェロ組曲」もCDでは聞いたことがありました。YouTubeもCDと同じくらいのクオリティになっていることに感動しました。「トッカータとフーガニ短調」は和音の美しさが醍醐味だと思うのですが、和音もしっかりと綺麗に聞こえました。また、パイプオルガンなので、とても大きな音楽ホールなのだと思いますが、パイプオルガンそのものの音だけでなく、ホールに響き渡る音(反響音?)も聞こえ、どんなところで演奏しているのかが感じ取れました。「無伴奏チェロ組曲」もチェロそのものの音の美しさはもちろん、チェロを傾けたときに出た音、弦と弓が擦り合う音など、とても美しく聞こえました。YouTubeで聞く音楽も、CDに負けていないことが分かりました。 

 今回の講義では、古楽器を使った音楽が多く出てきました。いくつか私なりに感想を踏まえて解説してみます。まずはヘンデルの「Dixit Dominusu」についてです。何回か通して聴いてみましたが、最初から最後にかけて、スピード感に大きな変化はないのですが、楽器と声のかさなりなどの盛り上がりは、小さい→大きい→小さいを繰り返しているように聴こえました。また、中盤では声は大きく、楽器はほとんどそのままの音の大きさといったように声と楽器の細かな強弱も聞き取れました。個人的には、前半の「ドーミノス」と歌手の方が入ってい来るところが聴いていて気持ちのよい瞬間でした。  もう一つはバッハの「平均律 クラヴィーア曲集」です。ハ長調の曲ということでシャープやフラットなどの音がなくハ音を主音とします。この曲は波が流れているかのようなゆったりとした旋律が特徴です。演奏者の方はこの曲を弾くときは新鮮な気持ちで弾くとおっしゃっていましたが、そのおかげか聴いている側も新鮮な気持ちになるような曲です。鍵盤の様子をみると最初はmid2あたりで弾いていますが、だんだんとmid1に近づいていくのも分かります。そのため、急激な音の移り変わりがなく、とても落ち着いた旋律となっています。個人的にはストレスがたまった時などに聴きたい曲です。 

私は、18世紀前半のモンテヴェルディのオルフェオと、19世紀後半のベートーベンの田園を比較して、音響メディアについて考えたいと思います。まず、18世紀前半のモンテヴェルディのオルフェオを試聴してみました。力強いラッパがとてもよく響いていて、弦楽器の玄が弾ける音までしっかりと聞こえてくる印象でした。そして次に、19世紀後半のベートーベンを試聴してみたところ、こちらの演奏は、最初に試聴したモンテヴェルディのオルフェオとは打って変わって、フルートやバイオリンなどの優しい音色をした楽器が増えて、上品さを感じられるほどでした。私はこの二つの演奏を比較してみて、感じた事が複数あります。一つ目は、音の響き方です。18世紀前半のモンテヴェルディのオルフェオの演奏では、とても耳に残る音が多く、打楽器が多く採用されているような気がしました。それだけではなく、録音された当時は2008年と、19世紀後半のベートーベンの田園に比べて、約8年前の動画なので、音のノイズがかなり目立ち、全体的な音響も高いと感じました。その証拠に、演奏が終わった後の拍手の音が、19世紀後半のベートーベンの田園に比べてとても響いています。ですが、その拍手はとても迫力があり、演奏の素晴らしさが直に伝わってくるような感じがしたので、私はこのノイズも演奏の一部として楽しめる事が出来ました。それに比べて、19世紀後半のベートーベンの田園では、管楽器が増えて音の強弱が聞き取りやすくなり、華やかさが一層際立っていました。この違いは音のノイズの量だと私は考えています。 

私はスコット・ジョプリンのラグタイムミュージックを聴きました。これは東京ディズニーランドのワールドバザールで流れている音楽に似ているなと思いました。そこで調べてみるとワールドバザールはウォルト・ディズニーが幼少期に過ごしたミズーリ州マーセリンがモデルとなっており、BGMも当時流行したラグタイムミュージックが使用されていることが分かりました。ラグタイムミュージックは、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで流行しました。街並みも美しく、アールヌーボー様式やアールデコ様式の建物が立ち並び、「古きよき時代のアメリカ」の雰囲気が再現されています。もうひとつの方も聴いてみるとどこかで聞いたような音楽でした。調べてみると、「The Entertainer」は、曲名は知らなくても、多くの人が聞き覚えのある曲であり、映画「スティング」(1973年アメリカ)のテーマ曲として、多くの人に知られるようになったそうです。私はどちらかと言うとこの映画で知ったと言うよりバラエティ番組の黄金伝説のご飯を作っているシーンの曲に似ているなと思いました。でもこれは、Rag time on the ragという全然違う曲でした。 

今回の授業で扱った音楽誌において、モンテヴェルディやバッハなどの純正律から平均律への変化するまでのバロックの音楽の特徴として、オルガンなどの楽器を中心とした音響であることが挙げられるとわたしは思います。18世紀後半の古典派では、ハイドンやモーツァルトのピアノや交響曲などの現在でも音楽の教科書などに掲載されているような代表的な音楽の数々が誕生したのです。特にモーツァルトのアイネ•クライネ•ナハトムジークは、古典派の時代においてバイオリンを中心にした音響で現代の演奏会でも200年以上経つにも関わらず演奏されるほど影響力のある作品です。19世紀前半のロマン派は、ベートーベンやメンデルスゾーンの作品が特に有名で、それまでのバロックや古典派ではあまり見られなかった管楽器が使われるようになり、音響に華やかさが増し、指揮者の役割がとても重要になったのです。19世紀後半の民族派では、扱う楽器の数が増えて作品としての迫力が増したのではないかと私は思います。現在の大衆向けのポプュラーミュージックでは、それまでのホールでの演奏の様な直接聞くことよりも、ストリーミングサービスなどによりどこにでも音響を持っていくことができるのが特徴だと思います。 

いくつかの音楽をピックアップするのにまず18世紀前半バロック時代の音楽のモンテヴェルディのオルフェオについてはピアノなどは使っておらず弦楽器や打楽器、金管楽器などが使用されており、最初から最後まで同じような曲調で演奏されており、曲の盛り上がりなどが少しわかりにくい印象がある音楽になっています。次にバッハのトッカータとフーガニ長調は全体的に明るい感じの曲ではなく、重厚感と暗い感じが曲から伝わってきます。このことからバロック時代の音楽は私にとっては曲調があまり変わらなかったり、ゆったりとした音楽、重厚感があるため少し退屈にも感じました。次に18世紀後半の古典派の音楽であるハイドンの交響曲は盛り上がりなどが激しく表現されており、バロック時代の音楽に比べても豪華な印象を受ける音楽になっています。またモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークや荒ぶるピアノ協奏曲20番などは現代に生きる私たちでも一度は聞いたことがあるような曲が多いことや曲の盛り上がりが私でもわかりやすかったり、曲調が早かったりなどで退屈しにくい音楽になっている印象です。 

私は、「バッハ 平均律クラヴィーア集」と「バッハ 無伴奏チェロ組曲」の二つの動画をピックアップします。どちらも18世紀後半のバロック時代に作られた楽曲であるため、当時の楽器はそれぞれ耳で直接チューニングしていたことが分かります。これは当時のアーティストの技術の高さを表していると思います。しかし、1オクターブなどの音程を均等な周波数比で分割した音律の平均律に比べて、周波数の比が単純な整数比である純正音程のみを用いて規定される音律の純正律の方が、聞いて気持ちの良い綺麗な音色を奏でます。なので、「バッハ 平均律クラヴィーア集」を平均律ではなく、純正律で奏でた楽曲も非常に興味があるものです。 最初に、「バッハ 平均律クラヴィーア集」について解説します。バッハ 平均律クラヴィーア集は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した鍵盤楽器のための作品集です。1巻と2巻があり、それぞれ24の全ての調による前奏曲とフーガで構成されています。第1巻 は1722年に完成されました。原題のwohltemperiertとは、鍵盤楽器があらゆる調で演奏可能となるよう「良く調整された」という意味であると考えられ、平均律を意味するわけではないですが、和訳は「平均律」が広く用いられています。バッハは第1巻の自筆譜表紙に、「指導を求めて止まぬ音楽青年の利用と実用のため、又同様に既に今迄この研究を行ってきた人々に特別な娯楽として役立つために」と記しました。第1巻は長短24調による前奏曲とフーガからなる曲集です。単独に作曲された曲集ではなく、その多くは既存の前奏曲やフーガを編曲して集成されたものであります。様々な様式のフーガが見られ、中でも3重フーガや拡大・縮小フーガは高度な対位法を駆使した傑作とされています。 最後に、「バッハ 無伴奏チェロ組曲」について解説します。この楽曲はCMなどにもよく使われていることもあって、個人的に私の好きな楽曲です。6曲の組曲はそれぞれひとつの調性で統一され、前奏曲(プレリュード)で始まり、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(第3番・第4番はブーレ、第5番・第6番ではガヴォット)、ジーグの6曲構成となっています。 第5番はスコルダトゥーラを前提とし、第6番は5弦の楽器のために書かれています。チェロのA弦を低くGに調弦して弾くことを前提に楽譜が書かれているスコルダトゥーラという手法を行っていました。無伴奏リュート組曲第3番BWV995は調を除いてこれと同一の曲であります。これはバッハ自身の編曲で自筆譜も残っており、アンナ・マグダレーナ・バッハの写譜のくせを知るのにも重要な手がかりになります。 

 アイネ·クライネ·ナハトムジークとそれ以前のバロック音楽を比べるとアイネ·クライネ·ナハトムジークは、盛り上がる部分とそうではない部分が、明らかにわかりますが、フーガの技法や平均律クラヴィーア集などは、フラットな感じで時間が流れるのが遅く(悪く言えば、退屈に)私は感じました。 例えるのなら、バロック音楽は、全体的にレストランやホテルのロビーでその音楽に意識を集中しない時に流れている印象を私は受けました。  また、古典派音楽は、クラシック音楽そのものという感じでそれを聴くだけの目的でコンサートへ足を運ぶことができる印象です。  そして、バロック音楽と古典派音楽のオーケストラでは、規模が違うので古典派音楽に比べ音に厚みがなく、繊細さを聴いていて感じました。  これらを考慮し、アイネ·クライネ·ナハトムジークとオルフェオ、フーガの技法などを聴くと、古典派音楽のほうが繊細さを感じるバロック音楽と違い、聴いていて、音に厚みがあり、流れていたら意識を集中してしまうような出来になっていて、私は古典派音楽のほうが好きと感じました。ですが、バロック音楽というものを調べると王侯貴族や教会の意向に沿って作曲されているとあったのでバロック音楽はそのポジションでいいのかなと思いました。 

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私がピックアップしたいのは18世後半、古典派のモーツァルトによる「アイネクライネナハトムジーク」です。まず私がこれをピックアップした理由は、私自身がこの曲を弾いたことがあり思い出に残っているからです。この曲はモーツァルトが作曲した最後のセレナードで日本語では「小さな夜の曲」と言われています。モーツァルトが伴奏規定をしていないので様々な形で演奏されます。今でこそ世界中の人々が知っている曲ですが、モーツァルトの生前から人気があったわけではなく、死後に見つかり人気になりました。 もう一つピックアップしたいのはラグタイム曲の一つとして知られているThe Entertainerです。多くの人がこの曲を聞いたことがあると思います。ラグタイム曲とは19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカを中心にして流行した音楽ジャンルで、リズムのシンコペーションが大きな特徴です。最初はハ長調ですが、途中からイ長調の部分もあり、メロディは繰り返しの際に1オクターブ上にするように指示されています。 

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私はピアノの伴奏のハ短調の音楽の動画をピックアップします。私は音楽に関してあまり詳しくないですが特にピアノは鍵盤も多くて覚えるのが特に大変なのに綺麗に優しい音を出せるのはとても難しいことです。それにこのハ短調の演奏では黒い鍵盤はほとんど触らないで演奏しているので黒の鍵盤も使って演奏すればもっと高低に広く音域が出せて魅力的な音が出せると言うことがピアノの魅力だなと思います。 ディキシット・ドミノスをピックアップします。これは日本人の言葉の日本語には出来ないような音楽だと思います。英語などの外国語だからこそできるような音楽の感じだなと思います。特に女性によるヴィブラートを効かせた声は人に耳を傾けさせついつい聞き入ってしまうような声だなと思います。このタイプの音楽は私的には楽器を使うのではなく多くの人が集まりその人その人の声の特徴を生かして役割を分担することでより人に印象を植え付けて一人一人が魅力を出していかないといけない演奏だと思います。 トッカータとフーガ二短調をピックアップします。私はこの音楽をすごく面白いものと捉えています、なぜなら同じようなリズム・テンポの曲でも鍵盤を広く使い音色の高低を変えることでその音楽に合った映像が流れてきそうな演奏だったなと思います。そうやって人に想像力を膨らませられるのがとても素敵なことだなと思います。 

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わたし的には18世紀後半の古典派がクラシックの代表と多くの人に知られていると思います。音楽の授業で聞いたりCDで聞いたりしていると思います。その中でもモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークは誰でも知っている曲です。私の場合音楽の授業、体育祭などで聞いたことがあります。zoomで聞いたのとは違い音が澄んでいるような感じがしました。今では生で聞くことは無くほとんどの人がCDや動画で聞くと思います。しかしYouTubeで聞いてもこれだけ澄んだ音で聞こえるということは生で聞いた時は感動すると思います。アイネ・クライネ・ナハトムジークは指揮者がいないため全員で合わせることで演奏できています。少しずれればどんな風に聞いても気持ちよく聞こえないですが完璧に揃っているため音の響き方も綺麗に聞こえると感じました。純正律で作られた曲は音を耳で調律しているため気持ちよく聞こえます。この曲も同じ方法で作られたと考えました。お昼寝の曲は小さい子供に聞かせる音楽のように思いました。そうすると生で聞くよりもYouTubeで聞いた方がいいと思いました。耳に響きすぎると泣くと思ったからです。音響は生で聞くのか聞かないのかを考えると生で聞く方がいいような気もしますが曲を使う時によってはYouTubeを通した方がいい物もあると思います。 

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音楽というものも時代によって変化しているのだということがわかりました。今まで音楽史は学んだことがなかった為、新鮮でした。バロックとは、16世紀末から17世紀初頭にかけイタリアのローマ、マントヴァ、ヴェネツィア、フィレンツェで誕生し、ヨーロッパの大部分へと急速に広まった美術・文化の様式のことであり、音楽もそれに影響され、段々と変化していったということがわかりました。時代のトレンドによって音楽も変わっていくのだと思います。平均律と純正律について気になったので調べてみました。 平均律は1オクターブを12等分にした音律のことを言い、 隣り合う音の周波数は等しく100セントとなり、身近なところではピアノの調律に使われるそうです。 また、一方の純正律は和音の響きの美しさを重視し、オーケストラや吹奏楽、合唱に使われる音律ということです。私は音律の種類があると思ってもいなかったのですが、それぞれ調律の仕方を変えることを考えた研究者はすごいなと感じました。私が思っていたよりも音楽は深いもので難しいものだということがわかりました。 現代はアナログからデジタルに変わっているけれど、アナログの歴史をも忘れずに大切にしたいです。 

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私は、18世紀前半のバロックからはモンテヴェルディのオルフェオとバッハの平均律クラヴィーア集を、18世紀後半の古典派からはハイドンの弦楽四重奏とモーツァルトのお昼寝ピアノ協奏曲21番をピックアップして、自分なりに解説します。 オルフェオは、聴いた瞬間から何かの幕開けのような爽快な音楽だと感じます。このような音楽をあまり観たり聴いたりしない私にはわからないような、ピストンのないトランペットなどの楽器を使っています。特に管楽器の音が特徴的で強い印象を受けます。 平均律クラヴィーア集は、音が波のように同じリズムで流れてくるように感じます。強まったり弱まったりする抑揚がなく、曲が数字よりも体感では長く感じます。単調にもかかわらず、飽きのこない深いメロディだと思います。 弦楽四重奏は、たった4人の演奏者でありながら、音の厚みを感じられる演奏です。抑揚が印象的で、何かの物語を音にのせて演奏しているような印象を受けます。 最後に、お昼寝協奏曲21番は、基本的に大きな音は出さず、古典派の特徴であるピアノが中心になって演奏しています。さまざまな楽器が見られ、見た目からはテレビドラマで見るようなこれぞオーケストラという印象を受けます。演奏はなめらかでゆるやかな感じがします。 

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今回の授業ではオーケストラやオペラなどの映像から音響がどのようなものなのか考えました。音という分野で聞いたら素人の私でもとても鮮明で綺麗な音だと思いました。弦楽器が小さい音を出すときからいきなり大きい音に変える時などの細かな限の響きまでとても細かく聞き取ることが出来ます。太鼓などの打楽器などに関しても楽器の余韻のようなジリジリとした響きがしっかりと聞こえてきてYouTubeの音の細さはとても精密なものだと思いました。ひとつ気になったことがあるとするのであればオペラを歌っている人達の口の動きと音がズレていることがありました。YouTubeにあげる際にズレてしまったのか撮った歳からずっとズレているのかは分かりませんが、何となく音が早く聞こえてきました。少し気になって様々な動画を見比べた所ここ2~3年の動画はあまり音ズレがなく、映像と音がハマっているように見えましたが少し前の年代のものは音ズレがあるように感じました。このようなところからも音響の精度が高くなってきていることが分かりました。とても興味深い内容の授業でした。 

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私は、「音楽の父」と称されたバロック音楽を代表する作曲家であるバッハの音楽が好きです。しかし、本日の授業でバッハの生前は、彼のつくる音楽は時代遅れだと認識されていたことを知り、授業内で取り上げられたバッハの音楽について、自分なりに解説していきたいと思います。まず、バッハの音楽は複数のメロディーが同時進行する「ポリフォニー」という特徴があります。「トッカータとフーガニ短調」や「フーガの技法」も、一見メロディーしかないように聴こえても、ポリフォニーの構造になっています。バッハと同時代の人たちは、メロディーと伴奏のわかりやすい音楽に移っていきましたが、バッハは最後までポリフォニー音楽を貫いたことも、時代遅れの音楽だと認識されてしまったことにつながると考えます。次に、バッハの音楽は一拍目に向かうという特徴がありますが、「無伴奏チェロ組曲」でも、そのような特徴が現れています。また、「平均律クラヴィーア集」では1拍目と3拍目の音が特に聞き取りやすくなっています。本日の授業では、アナログ音楽からデジタル音楽への移行についても学びましたが、バッハの音楽の特徴である「ポリフォニー」などは、コンサートホールなどで聴く、生の演奏のほうがより多くの音を認識することができ、楽しく聴けるようになると思います。一方で、私たちにとって身近にあるテレビやネット配信といったデジタル音楽にも、気軽に聴くことができるというメリットがあります。アナログ音楽とデジタル音楽は、互いにメリットとデメリットがあるため、音響メディア論を学ぶ上では、うまく聞き分けていく必要があると感じました。 

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私が今回の講義を聞いて取り上げたいと思った音楽は、バッハの平均律クラヴィーア集とモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークです。まず、バッハの平均律クラヴィーア集ですが、当時平均律では音楽を奏でることは出来なかったのにバッハは五線譜上では平均律を書き記すことは可能であることから平均律の曲を書き残したという点で後々の音楽に残していったものが大きいのではないかと感じました。私は音楽に関して知識は全くないので音響に関しては聴いて感じたことしか書けないですが、平均律クラヴィーア集第1巻プレリュードハ長調を聴いた感想としてはゆったりとした曲調が印象的で徐々に変化していきながら最後に元に戻っていくという曲調が心地よく耳に残る作品であると思います。次に気になったモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークですが、誰もが聞いたことがある印象的な曲の始まりですが次第に音楽の雰囲気が変わっていき優美さが増すように感じました。そして徐々に音楽が強くなりながら盛り上がって力強さが表現されています。大勢のオーケストラではなく少人数の弦楽器での演奏でしたが、1人のヴァイオリンに合わせて演奏していく音楽がとても印象的な楽曲であると思います。 

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バロック時代ではまだピアノが発明されていなく、音をのばすことができないチェンバロで弾いていたため、バッハの曲を聞いてみると一小節の中に音がいくつか入れられている曲が多いように感じました。例えば、授業で聞いた平均律クラヴィーア集は一つ一つの音が続くように演奏され、のばす音は使われていないように感じました。また、私がピアノを習っていたときにはバッハの曲を弾いた際に、バッハの曲はその音と次に弾く音が一オクターブ以上離れていることは少なく、ペダルは使わない方が良いとされていたため、5本の指でどれだけつなげて弾けるかにとても苦労したことを覚えています。それに対して古典派時代ではピアノが普及したことで、和声法が使われるようになり、和音の響きを重視するようになったことが印象的だと思いました。この時代はピアノソナタだったり、交響曲や協奏曲、弦楽四重奏曲がメインになり、旋律が重なり合う音楽が魅力だと感じました。ハイドンのピアノ協奏曲全集はバッハの時と比べて一つ一つの音が遊んでいるようなとても楽しんでるかのような音になっていたり、転調されていたりしてこれまでのバロック時代とは違うもっとピアノを弾くことに対して音楽を自由に表現しようとした感じが伝わってきました。 

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今回の授業では普段あまり聞かないクラシック系の音楽について触れました。私が注目したのはヘンデルのディキシットドミノスです。私はあまり音楽は詳しくないのですが、この曲は大胆に音楽を奏でるのではなく、演奏者も歌い手も静かに音楽を奏でているという点に注目をしました。聖書を音楽にし、教会で歌うのであれば、このような静かな曲がもっともらしいと感じました。しかし今の音楽と違い、何時間も演奏されるものだと思うのでもっと聞いてみたいと思いました。また次に聞いた平均律クラヴィーア集はピアノが誕生したことにより演奏されるようになったということに驚きました。音楽は楽器で演奏できるから曲を作り演奏されるものだと思っていましたが、逆に音楽の方が先にできてそのあとに楽器が誕生することにより演奏されるようになったという事実に不思議だなと感じました。この曲はすごく穏やかな曲でほんの少しずつ曲が変化していく曲だと思いました。平均律や記譜法など難しいことはよくわかりませんが、本日学習した音楽が今の私たちが聞いている音楽に繋がっているとなんだか歴史を感じるなと感じました。この時代では音楽革命のようなものが起こり、音楽が急進化していったのだと推測しました。本日は普段聞かない昔の音楽に触れられて本当に有意義な時間だと思いました。今後も西洋や日本の伝統音楽のようなものに触れていきたいと感じました。 

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私はよくクラシック音楽をYouTube上で聞くのでこれらのクラシックは知っていましたが、概要までは知りませんでした。私はバロック音楽も聞くので今回の授業はとても関心を持てました。バロック音楽はとてもカジュアルで耳で聞いていて心地よい気分になることがよくあります。マラン・マレ ヴィオラダガンバのソロでの楽器の弦は7本あり、重量感があり、低音でとても周りに音が伝わっており、快感を覚えました。ヨハン・セバスチャン・バッハのトッカータとフーガ 二短調です。YouTubeで聞きましたが、教会の昔のオルガンで演奏をしているため、とても音がきれいでありながら、重圧感があり、教会内に響き渡り落ち着いた感じが受け取れました。ヘンデル ディキシット・ドミノスは中学の時に音楽の授業で聞いたことがあり、楽器は低音、オペラは徐々に高音になっていっているなと思っていました。ヨハン・セバスチャン・バッハの平均律クラヴィーア集はハ長調であり、YouTubeで手元を見るとはじめの方は音の高いところの鍵盤に手がありましたが、演奏をしていくとどんどん低音の鍵盤へと心地よい音色で奏でられていました。 

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私は今まで音楽、特にクラシックに全く触れてきませんでした。普通の洋楽や邦楽などは聞くのですが、音響というものには全く注目していませんでした。今回の授業を聞いて少しだけクラシックや音響というものに興味を持ったのでこれから聞いていこうと思います。私が取り上げたのは18世紀前半バロックの無伴奏チェロ組曲です。この時代の音楽は授業の中で説明していましたが、主に貴族や教会がパトロンになっていました。その為そこまで音楽は重要視されていなかったのではないのかと私は感じていまず。あくまで素人の意見ですが、18世紀前半の古典派と比べると楽器も少なく同じような音楽が多いように感じます。現在でもコンサートなどが多く開催されていますが、無伴奏チェロ組曲のような楽器一つだけで行うコンサートは少ないのではないでしょうか?私ももしコンサートに行くならば多くの楽器の音を聞きたいと思いますし、そちらのほうが迫力もあってわくわくするのではないかと思います。また18世紀前半と違い後半は、パトロンが変わりより音楽を楽しんだり、重要視されていきました。その中で音響やコンサートホールなどの在り方などが見直されていったと私は考えています。 

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私は普段iPhoneを使って自分の趣味である邦ロック等を聴くことはあるが、中々コンサート等今回の授業で扱ったような音楽を聴くことはありません。その中でもモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークはそんな私でも知っている曲であり、親しみやすいものでした。そんなモーツァルトもハイドンに習って作っていました。アイネ・クライネ・ナハトムジークはテンポが抑えめで、演奏されながらも心の躍るような楽しい曲です。これはzoomを通しての視聴、YouTubeで直接視聴したものどちらでも感じることが出来ます。ただzoomではこの曲の強弱や迫力を余り感じ取りにくいものになっています。というのもzoomでは曲全体が薄く、聞こえ、正直心に響くようなものではありませんでした。しかし、授業後私がYouTube上で視聴してみると、楽器の重なり、それに伴う強弱、そして楽器一つ一つが織りなす音を感じとることが出来、みるみるうちに引き込まれていくそんな所まで感じとる事が出来ます。これは普段私が聴く音楽には全く無い良さであり、余りクラシックには興味は無かった私でもYouTube越しでは無く一度生の音を聞きにいきたいと感じさせるものでした。一度このように比較をしてみると、意外にも簡単に音響の違いで受け取る側が感じとる内容が違うことが分かります。 

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私が今回取り上げたのは、アナログメディアとデジタルメディアのところです。1980年代初頭CDの登場以降、オーディオの世界のデジタル化着々と進み、今に至っています。もちろん業務用の音響システムも例外ではありません。デジタルオーディオとは、アナログの音声信号を数値情報に変換(デジタル化)し、伝送・処理などをおこなうことを指します。デジタル化はデジタル信号は再現性に優れ、音質が劣化しないと言ったメリットがあります。機器の設定値(パラメーター)をデータとして手軽に再利用できるのもデジタルの強みです。例えばバンケットルームの場合、宴会や会議など用途ごとの代表的なパラメーターパターンを予め登録しておけばワンタッチで瞬時に再現できます。微調整が必要な場合でも、そのパラメーターをベースに作業ができるため、都度、ゼロから設定をおこなうのに比べて大幅に時間を短縮できます。 またデジタル技術の発展により、ハウリングの抑制や、話者によってばらつく声量を自動的に補正して一定に保つといった、オペレーションの簡易化や自動化に貢献する便利な機能も登場しています。アナログのメリットとしては、アナログはノイズなどの影響をもろに受けます。 ただしそれを排除して余す事なく記録されたものを再現出来ればデジタルより綺麗であることもあります。 単純に見た目、聞いた感じだけで判断していると高級アナログオーディオを聞いてみるとデジタルのCDより音が滑らかなこともあります デジタル至上主義の方はこういうものをちゃんと聞いてはいません。 これから進む方向がデジタルなのは間違いありませんがそれですべての部分に関してアナログが劣るというわけではないのだと思います。 

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私はこれまでクラシック音楽には縁がなく、音楽史についても著名な音楽家数名の名前と作品を知っている程度で、技法や作風については全く知りませんでした。今回の講義によってメディアの側面からの18世紀の転換期の音楽史についての知見を得ることができました。18世紀前半、バロック音楽期には、現在主流の平均律の調律と違い、耳を頼りに行う純正律が主流であったため、和音の響きがよく、バッハの代表作の一つである「トッカータとフーガニ短調」を聴いてみると、低音と高音の音の融和性が高く、オルガンの特徴でもある長音の演奏時でも違和感や不快感が生まれないことが分かります。一方で、このころには楽譜に演奏を記号で記す記譜法も開発され、純正律では演奏不可能な、平均律をベースとした作品も誕生し始めました。その中の一つであるバッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 プレリュードハ長調」では、純正律では調律の難しい♯(シャープ)や♭(フラット)の音の多用や変調といった技法が使われており、ピアノでの演奏のため平均律の短所である和音の音の濁りも感じづらく、自然に聴くことができます。純正律から平均律に移行し、音の均一化がすすんだことで、楽曲の多様化が進み、聴衆も教会を中心とした貴族などの一部の上流階級から中流・下流階級へと広がっていき、音楽の持つメディア性が向上していったことが分かりました。 

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私はバッハの「トッカータとフーガニ短調」と「平均律クラヴィーア集」について述べたいと思います。 「トッカータとフーガニ短調」はバッハが作曲したもので純正律が適している楽曲であり、当時は音楽は教会のものが主流であったので教会のオルガンで弾くときれいに聴こえる代表的な曲です。トッカータはフーガと比べると3分程と短いですが、強弱のついた力強い曲調でフーガは優しい音の重なりが多く、音域が広いのでオルガンで弾くのに適しています。 「平均律クラヴィーア集」はバッハが記譜法により作曲したものでハ長調から始まる24の調を用いた全24曲が2巻あります。記譜法によると24の調整が可能であり、平均律は転調が簡単にできるようになります。当時はほとんど演奏されることはありませんでしたが、後にピアノが普及することで演奏が可能になり、今ではピアノ演奏における重要なものとなりました。講義で聞いた1番プレリュードはハ長調でゆったりとしたリズムを転調するなど違いを出しながらも繰り返すものでした。後にシャルル・グノーがこれにメロディをつけて「アヴェ・マリア」として発表することもありました。 この2つなどを作り出したバッハは結果として今の音楽の元の構造を生み出し、後の者に多大な影響を与えました。 

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私は授業後にYouTubeで、モンテヴェルディの「オルフェオ」とバッハの「トッカータとフーガニ短調」を視聴しました。私は音楽に関して疎く、知識などもないので、音楽についての特徴を解説することができないので、今日の授業を参考に、デジタルメディアと比較した際の音響の特徴に着目して視聴してみました。「オルフィオ」で演奏されていたような金管楽器は、唇を震わせることで振動を伝え、音を発しています。また、「トッカータとフーガニ短調」で演奏されていたオようなパイプオルガンは、それぞれのパイプに、圧力のかけた空気を送り込み、その空気を振動させることで音を鳴らしています。私はこれらの動画での演奏を視聴して、デジタルメディアごしでも、楽器から出る音がその空間全体を震わせるように響いている感覚を感じることができました。これは楽器のように、物理的な力を使って空気を振動させているから伝わるようなものであり、テレビやラジオといった、電流でマグネットを反応させて振動を作るようなデジタルメディアでは到底なしえないものではないかと感じました。いづれ機会があれば、動画越しではなく、直接演奏を聞いて、アナログメディアの凄さを感じてみたいと思いました。 

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私は今回の授業で聞いたモンテヴェルデのオルフェオのトランペットがピストンするトランペットではなくただ吹くだけで音を出すというトランペットであるというのに驚きました。そして指揮者が最初から演奏する人たちの前に立っているのではなく、真ん中の道から歩いて登場しています。しかしよく動画を見てみたら全員が演奏しているのではなく動画の5秒くらいに映ったトランペットと太鼓のような楽器の奏者たちだけが演奏していたように見えます。そして35秒あたりの弦楽器の音が吹奏楽器の音とは違うのに2つの音が綺麗に合わさり一つの音になっててとても綺麗で聞き惚れてしまう音であると思います。そしてマラン・マレのヴィオラダガンバのソロの演奏をみて、動画のように素早く弦を弾いたり、弾くように弾くようにする演奏の仕方に驚きました。でもそのような激しい弾き方に反して音はとても優しく、綺麗な音でした。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークは指揮者がいないにも関わらず、音がずれることなく演奏されているのがすごいと思います。そして全員が楽器を弾くのではなく数人で弾くシーンや楽器ごとに強弱をつけて演奏することにより一人一人の奏でる音、楽器別に音を楽しめる、聴ける演奏法だと思いました。 

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私は、今回の講義で聞いたクラシック音楽は、誰もが一度は耳にしたことのある音楽が多かったように思います。18世紀前半のバロック音楽と呼ばれる時代においては、誰しもが分かるバッハなどが代表的な例としてあげられます。この時代から純正律から平均律への転換が見られたり、記譜法などが見られるようになってきます。また、バロック音楽の時代が終わり、18世紀後半になってくると、モーツァルトやベートーベンなどが台頭してきます。ここら辺からいわゆる作曲家と呼ばれる人たちが多く出現してきます。そしてここでは、バロック音楽の時代に比べ、ピアノにスポットライトが当たってきたようにも感じます。ここでのアナログメディアと、デジタルメディアの対比としては、音楽の移り行く変遷に伴いながらも、メディア自体にも独自の変遷がありました。そこでのアナログメディアにも、デジタルメディアにも、双方によい部分があるのではないかと考えます。アナログメディアは、デジタルメディアに比べて音の質としては劣るかもしれませんが、アナログメディア独特の味があり、それが活きてくると考えます。また、デジタルメディアにおいては、シンプルにアナログメディアに比べて、質の向上が見られるのではないかと考えます。 

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一言で「音楽」と言っても、使われている楽器やホールによって全く違うものになるのだなと思いました。例えばトッカータとフーガはオルガンがメインに使われていて、トッカータ部分は豪華で力強い感じがすけれど、一方でフーガの部分は緩やかでロマンチックになっています。また、アイネクライネナハトムジークは、弦楽合奏や弦楽五重奏で演奏され、1~4章の中で弦楽器の様々な表現を体感することができる曲だと思います。私は三年間吹奏楽部に所属していたことがあるのですが、練習の時にCDや動画できく演奏と、実際にホールに言って聴く演奏では大きな違いがあるといつも感じていました。今は高性能な機材で重低音までしっかりと聴くことができたり、今回の講義のようにYouTubeで演奏の様子を見たり聞いたりすることができます。しかし、実際にホールに入った時の室温や、楽器に塗るグロスの匂いなど、全てが合わさって1つの「演奏」なのだと、今回の講義で改めて思うことができました。 

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最近の音響は、デジタルがほとんどだと思います。モンテヴェルディのオルフェオという動画は、トランペットにピストンが付いていなく、口だけで演奏をしていました。ザ、アナログ音楽という気がします。マラン・マレのヴィオラダガンバのソロという動画は、弦がたくさんついていて、バロック式らしい演奏スタイルです。バッハのトッカータとフーガニ ニ短調という動画は、純正律を使用していて、オルガンで聞くと、とても綺麗に聞こえます。この動画は代表的な動画となっています。ヘンデルのディキシット・ドミノスという動画は、聖書の言葉を歌詞にとり取り入れて、教会で集まって聞く後期バロックの姿をあらわしてる動画です。18世紀の2つの音楽の塊の集大成、がバッハになります。バッハの平均律クラヴィーアという動画は、当時平均律で演奏はできなかったそうです。しかし、楽譜上では演奏できるそうです。記譜法といい、音楽を書くことはできます。演奏は不可能ですが、やってみたのがこの動画です。最初ハ長調(白い鍵盤)から始まる文三和音を変化させて、元に戻るという仕組みです。無伴奏チェロ組曲という動画は、独奏楽器ではないものを独奏楽器にするという面白い形で引いています。 

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私はモーツァルトの「ピアノ協奏曲第20番」を聴きました。この曲はモーツァルトが29歳の1785年に作曲されたものです。この曲はモーツァルトにとっての全盛期に作曲された曲のひとつです。 モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも高い人気を誇っている一曲であるこの曲はモーツァルトのピアノ協奏曲のなかで二曲しかないものの一つです。 普段このような曲を聞かない私からしたらまず曲の長さに驚きました。全部で30分30秒と聞いて私はとても驚きました。この30分の曲を作曲できるモーツァルトの偉大さとそれを演奏できる人の凄さを感じました。 第一楽章では曲の最初の管弦楽が少し不思議な感覚を与え、ちょっと不気味であり、また曲の動きを感じられるのと同時に悲しさや物静かさを感じられました。 第二楽章ではピアノを主体として緩やかな動きを感じ取れる中で何か優しいような柔らかい雰囲気を感じることができました。しかし途中でゲリラ豪雨のような激しさも入ってきてその緩急に心が揺さぶられました。 第三楽章は第二楽章の最後と同じように激しい雨のような強いイメージで始まりますが、後半になっていくにつれてだんだんと軽やかな美しいテンポになってき、曲の最後を閉めていました。 普段このような曲を聞いてこなかったのですが、 今回モーツァルトの曲を聞いて他にも色々な曲を聞いてみたいと思いました。モーツァルト以外の作曲家の曲も聞いてみたいです。 

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私はバッハの無伴奏チェロを見て、まずこの動画ではコンサートをしているわけでもなく観客がいるような様子はありませんでした。一人の奏者がおそらくいくつかのカメラの前で演奏している様子を動画に収めているものだと考えられます。この動画において彼の演奏を聴く聴衆はその場にはおらず聴衆はこの演奏動画を視聴している人々となると私は考えます。また動画内では奏者は音楽スタジオにいる感じではなくホールのような場所で演奏しており、チェロと奏者の近くには機材はおろかマイクのようなものも見当たりませんでした。私はこのような動画に用いられるデジタル技術はテレビやドラマにも用いられるような音響技術が利用されていると考えます。実際の音楽のレコーディングで用いられるような方法はレコーディング室でマイクに向かってレコーディングを行うことが多いです。しかしこの動画では実際にホール内で演奏し視覚情報と聴覚情報の両方を聴衆に与えるコンテンツなので実際に演奏している様子を動画にする必要があります。楽器の近くにマイクなどの機材が見当たらないこと考えられることはカメラの画角の外に収音マイクを備えていることが考えられます。これにより聴衆に資格と聴覚による情報を与えることを両立していると考えます。 

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まず、モンテヴェルディのオルフェオですが、トランペットやトロンボーンなどを中心とした管楽器、バイオリンやハープなどを中心とした弦楽器、太鼓(正式名称が分かりませんでした。)などの打楽器によって演奏が構築されていることが分かります。中でも特徴的なのは講義でも解説があったように18世紀前半に作られた曲を忠実に演奏するために楽器そのものが古いものとなっていることです。例えば管楽器のトランペットですが音の高さを変えるために使うピストンがありません、またトロンボーンも通常なら管の一部を伸ばしたり縮めたりして音の高さを変える楽器ですが、その部分がありません。そのため、管楽器は音の高さを変えるのに送る空気の量や唇や舌の使い方でしか音の高さを変えることが出来ず、音の幅も狭くなり、音程もあいまいなものとなっています。しかし、一つの楽器では音に幅を持たせられなくても、この楽曲では様々な楽器を組み合わせることで、音に広がりを持たせ雄大で優雅な演奏を実現しています。また、弦楽器の多くも現代オーケストラではあまり使われることのないような楽器が多く使われています。また、マラン・マレのヴィオラ・ダ・ガンバのソロは私の中で、弦楽器と言えば弦を弾くことで音を奏でるものというイメージだったのですが、この楽曲では弦を弾くというよりもたたくことで音を出しているように見受けられました。 

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モンティヴェルディのオルフェオを授業で聞いたが音の大きさや先生の声との違いが大きくかつ画質がかなり悪くなっていっていることがわかった。その後同じ曲をYouTubeで聞いたが画質を悪くなくその場を包み込むような音源が完成されていた。私の趣味は音楽を鑑賞することで親が吹奏楽が、得意で昔よく発表会に参加していた。だから今日のアナログVSデジタルの話は感慨深く、未だに吹奏楽部が残っていたり、オーケストラが生でみることに需要があることの意味を具体的に知ることができた。私は3回妹の通う吹奏楽部の演奏会に出席したことがあるが、部屋中に音が響き渡りそれが反射して私の脳の中で響いて聞こえた記憶があります。それは私と吹奏楽部が奏でる音だけの世界になったかのような錯覚を与えてくれたのが記憶にあります。確かにデジタルのイヤフォンやYouTubeから音質の良い音を聞くことが出来るが、心を動かしたり先ほども述べた吹奏楽部の音と自分の身の世界に入ることは出来ないです。18世紀前半には純正律から平均律にかわりオルガンが主体となるバロックな音楽だった。そこでバッハはその時代の開拓者となったがバッハの死去、18世紀後半はピアノの普及や集中的聴取する近代的な音楽にかわりその立役者であるハイドンがこの時代を開拓した。ハイドンは弦楽四重奏や交響曲、交響曲全集、ピアノ交響曲全集などを作り今の時代の主流となっている音楽を作った。私は今回今の音楽がどのような変遷を辿って今の音楽にたどり着いたのかを知れてためになりました。その音楽が今デジタルになりつつあり、その音響が生で聞くと同じくらいになっています。情報メディア側の知識を得られてとても楽しかったです。これからアナログメディアとデジタルメディアがどのようになっていくのかが楽しみになりました。 

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私は、バロック期のバッハのトッカータとフーガニと無伴奏チェロ組曲について興味を持ったので調べました。トッカータとフーガニは、バッハが21歳頃に作曲したオルガンの名曲であり、題名のトッカータは、オルガンの調律を見るための試し弾きという意味や、速い楽句や細やかな音形の変化などを伴った即興的な楽曲を指すということ、フーガは、一つの主題を複数の声部を追いかける、複雑に反復されていくという音楽形式を指すということが分かりました。無伴奏チェロ組曲は、チェロ独奏用の定番曲であり、第1番から第6番の全6曲で構成されているものだということが分かりました。またこの組曲のなかでもプレリュードは1番有名なもので、あまり音楽に親しみのない私でも知っている作品でした。また、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークにも興味を持ちました。これは、モーツァルトが31歳のときの作品であり、彼が作曲した最後のセレナードでモーツァルトが亡くなってから36年後に初めてこの曲が出版されたいうことが分かりました。この曲は現在、4楽章で構成されているが、2楽章が見つかっておらず、本来は、第五楽章で構成されているということが分かりました。 

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 そもそもバロック派と古典派の違いはその曲調に違いがあると思います。その理由にそれぞれの派で曲が使われたシーンが違うからであると考えています。バロック派の音楽であれば当時流行していた歌劇に使われました。つまり物語の浮き沈みに合わせた曲調となるため、より感情的で独創的な音楽が多々産まれたのです。対して、古典派にも歌劇は存在していましたが、それよりも楽器の演奏会のような催しがとても盛んになっていました。お店やホテルで流れるような聞いていて心地よい音楽であったり、情熱や哀愁漂うものなど幅広く音楽が生まれました。  この違いを前提にバロック派のバッハのトッカータとフーガニ短調を聞くと、演奏者が弾いているパイプオルガンが作曲当時のバッハの情熱が伝わるような印象を受けました。このように感じた一つの要因としてパイプオルガンを弾いていた環境が挙げられると考えられます。一般的にパイプオルガンは大きな大聖堂や音楽や劇を鑑賞するためのホールなどの大きな密閉空間にあります。その理由はパイプオルガンの音が反響することでそれが持つ魅力を最大限に引き出しているからだと私は推測しています。ピアノでもこの曲は表現できないことは有りませんが、バッハが生きていた時はピアノはなかったため、曲自体がパイプオルガンを弾くことを前提に作られており、パイプオルガンで弾いてこそ進化を発揮するのです。  次に古典派のハイドンの交響曲を聞くと、今まで作曲者や曲自体は知らないものであったが、どこかで聞いたことがあるような印象を受けました。どこか繊細でずっと聞き流したくなるような感覚が音楽を聴き終わるまで続きました。この曲こそまさに音楽会やコンサート等に行けばよく耳にするだろうなと想像しました。  このように、2つの派には一見決定的な違いが見えにくくとも、その曲が作られた背景を想像してみることさえ見れば自ずと違いが見えてくるはずだと考えています。 

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音楽はスマホやパソコンでインターネットからダウンロードする時代になりつつあります。しかし、前までは、音楽はCDを買うのが当たり前でした。もっと前になるとカセットテープなどが使われていたと聞きます。私が幼稚園の頃に車のオーディオではミニディスク(MD)を使っていたのを覚えています。一般家庭へのパソコンの普及とインターネット回線の高速化と低価格化によって、メディアを購入するのではなく「音楽データをダウンロードする」という新しい入手方法が誕生しました。どこでも好きな時に購入できる利便性や音楽をパソコンで聴いたり、デジタルメディアプレーヤーに移して聴いたりすることが一般化してきたこともあり、私の家庭でもiPodが2台あり、それを使っている人は多かったと思います。しかし、ファイル共有ソフトなどを使った違法な音楽データの配布、共有、交換が世界的に大きな問題があります。現代は音楽データをパソコンやスマホに保存しておく必要がないため、HDDやSDカードの容量の心配をする必要がありません。また、スマホに聴きたい曲を保存していないので、すぐ聴くことができないといったこともなくなります。古い曲から最新のヒット曲まで、聴きたい時に自由に聴けるのは、音楽好きでなくても使いたくなるサービスといえると思います。 

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私はバロック音楽と古典派音楽の曲を聴き比べ、特徴の違いをさ出してみました。バロック音楽ではオルフェオを聞きました。この曲では弦楽器もありましたが主旋律は小さいトロンボーンのような楽器がほとんどでした。音の質としてはどちらかというとトランペットに近いような音色でキンキンするような感じでした。私は少し管楽器をやったことがあるのですがそれに比べると迫力はありますが、少し音色が汚くてずっと聞いてると疲れそうな感じでした。おそらくまだ管楽器の技術はあまり発達していなかったのだと思います。ただ全体としてはとても迫力がありホールや服装を含め華やかな印象を受けました。古典派音楽の方では荒ぶるピアノ協奏曲20番を聞きました。この時代になるとクラリネットやフルートなども出てきておりバロック音楽と比べるとよりまとまった演奏になっていると感じました。ピアノが主な曲でしたが他の楽器も邪魔をしない程度に主張していてより完成された演奏になっていると感じました。明るい曲ではありませんでしたが聴いていて心地よい感じがしました。また強弱などもあり迫力だけでなくストーリー性が感じられました。今回はこの2曲について調べましたが、バロック音楽は優雅な王朝時代を象徴していたり、古典派は市民中心の世の中を象徴していたりと、時代背景が音質にも影響されていると思います。 

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私は普段クラシック自体をあまり聞くことが無いのですが、バッハは知っています。トッカータとフーガ二短調は聞いたことがあります。トッカータとフーガ二短調は多くの人が耳にしたことがある有名な曲です。始まりからパワーを感じさせる音で始まり、スピード感があります。強い音から、音が無くなっていき、音が流れ出して緩急も感じさせます。また、オルガンだけでなくバイオリンを使ったオーケストラで聞くと全く別物の音楽に感じさせます。それに比べ、フーガの技法はかなりゆっくりで、長く、川が流れているイメージを連想させます。四重奏よりもオルガンの迫力、パワーは全然違うものだと分かります。フーガは1声部、2声部、3声部と基本はなっているが、トッカータとフーガ二短調は分かりやすく落差のあるジェットコースターのような作りになっている。フーガの技法はそこまでの落差は感じられないが、継続した細かな落差があります。音の強弱とスピード、演奏する楽器でかなりの変化を感じられる音楽となっています。バッハの音楽を聞く中で、フーガという音楽の形式を理解し、音楽の中の物語を汲み取って聞くことは、音楽を聞くことを楽しむことに繋がるのではないかと思います。 

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講義の中で取り上げられた動画の中で、非常に印象に残ったのがモンテヴェルディのオルフェオです。私はオペラには詳しくありませんが、この曲は有名なので、聴いたことがあります。改めてYouTubeで聴きましたが、美しい旋律を奏でていて、とても気分が落ち着きました。1607年に初演されたオペラですが、400年以上経った今でも世界中の人々から愛されているので、改めて素晴らしい曲だと思いました。YouTubeで聴いただけでも迫力が伝わってくるので、実際に生で聴くことができればどんなに素晴らしいだろうかとも考えました。いつか機会があれば聴きにいきたいです。また、マラン・マレのヴィオラダガンバのソロも素晴らしいと思いました。どんどんテンポが速くなって、どこか焦燥感を覚えました。ヴィオラを足で支えて、あれだけの迫力のある音を出し、しかも速いテンポで演奏できるというのは、奏者の技術だと思いました。奏者は目を瞑って演奏していたので、今までに培ってきた感覚と経験であの演奏ができるのかなと考えました。ヴィオラは腕で支えて演奏するイメージがありましたが、足で支えて演奏するのを見たのは初めてだったので、新鮮だと思いました。これらの曲を聴いて、オペラの良さ、素晴らしさを感じました。今まで積極的にオペラを聴くことはあまりなかったのですが、これを機にもっと自分の知らない曲を聴こうと思います。 

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私は指定された曲の中で「モンテヴェルディ オルフェオ」と「マラン・マレ ヴィオラダガンバのソロ」の二つに注目してみました。オルフェオは金管楽器を主軸としたオーケストラであり、金管楽器の前奏から終曲までその存在を大きく放っていると感じます。ヴィオラダガンバのソロはタイトル通りヴィオラダガンバでソロ演奏しており、序盤は擦弦楽器とは思えない打楽器、琴のような音を出し躍動感をあおるような曲調から弦楽器の弦をはじいた曲になり、最後まで躍動感ある淡々とした曲だと感じます。 曲を聴くにあたってイヤホンとヘッドホンを使い、聞き分けてみました。元々の曲が根本的にジャンルの違いがあったということもありますが、具体的に感じた違いがあります。 まずヘッドホンで聞いてみましたが、オルフェオはオーケストラということもあり、音圧が来るのを感じます。実際に会場で聞くときと大差ない迫力と音を感じます。対してヴィオラダガンバのソロは楽器単体による演奏であるため音圧までといった迫力は感じられません。次にイヤホンで聞いてみましたが、オルフェオは微弱でありますが、会場の雑音まで拾っているのが分かります。対してヴィオラダガンバのソロはヴィオラダガンバの音だけを収音していることがわかります。 以上の点から情報メディアにおける音響の違いは収音機材、聞く際に使用するもの次第だと感じます。 

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私がピックアップするのはモーツファルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」です。この曲を聞いた経験のない人はおそらくいないと思います。私が小学校の頃、掃除の時間でこの曲が流れていたのでよく覚えています。また、高校で吹奏楽部に入っていてこの曲をよく演奏していました。この曲は31歳のモーツァルトが、弦楽合奏のために書いた有名なセレナーデは、“モーツァルトの”というより、もはや“クラシック音楽”の代表格だと思います。「セレナーデ」は夜、恋人の窓辺で愛を囁くルネサンスの歌曲に由来しますが、18世紀には複数の楽章を持つ器楽曲を指しました。楽章構成も、現在では交響曲的な4楽章構成をとっているが、モーツァルトの自作品目録には「アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンツェ、メヌエットとトリオ、フィナーレからなる」とあることから、作曲時にはアレグロとロマンツェの間にもう一つのメヌエットとトリオをおいた、セレナーデの原則どおりの5楽章構成をとっていたものと思われます。楽曲は非常に簡潔な書法で書かれており、第1楽章の主題から全楽章の主要主題が導き出されているためか、全体の構成が非常に統一のあるものとなっています。こうした楽曲構成と、何よりもまず親しみやすい美しい旋律によって奏でられるセレナーデらしい開放的で明快な曲調が、この曲の人気を高めているものと思われます。 

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 私は今回「トッカータとフーガニ短調」と「お昼寝ピアノ協奏曲21番」を挙げていきたいと思います。  まずは「トッカータとフーガニ短調」から取り上げていきます。「トッカータとフーガニ短調」はバッハのオルガンの初期の作品であり、バッハのオルガンの作品の中で最も有名な曲の1つになります。実際「トッカータとフーガニ短調」をYouTubeで聴いていた時、8歳と6歳の私の従兄弟たちが「この曲知ってる」と騒ぐなど、幼い子供たちにも知られている曲になります。パイプオルガンで演奏されるこの曲は、強弱がはっきりしつつも音楽の重みを常に失わない曲です。以前私は実際パイプオルガンで演奏しているところを聴いたことがあります。その際にパイプオルガンの音が全身に包まれる感覚を体験したのを覚えています。それだけ、重層間の強い音楽であったということを覚えています。しかし今回YouTubeで「トッカータとフーガニ短調」を聴いた時少しがっかりしました。実際聞いた時のような重みを感じることが出来ず、あの時の感動が薄れたような気がしたからです。やはりデジタルメディアであると、直接聴いた時の感動を体感することは難しいのではないかと思います。  次に「お昼寝ピアノ協奏曲21番」について述べていきます。モッツァルトのピアノ協奏曲の21番目の曲である。明るい音楽というのが特徴的であり、曲の名前にもある通りピアノが主の曲です。余談ですが、題名にお昼寝とあるのでこの曲を聴かせれば小さい子は寝るのかと思い、先ほど述べた従兄弟達に聴かせてみました。結果、寝るどころか眠気が覚めて騒ぎ出す始末でした。  今回2曲を挙げましたが、やはり直接聴く時と比べて感動が少し減るのではないかと思います。音楽はアナログメディアには敵わないのではと私は考えています。 

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 私は今回「トッカータとフーガニ短調」と「お昼寝ピアノ協奏曲21番」を挙げていきたいと思います。  まずは「トッカータとフーガニ短調」から取り上げていきます。「トッカータとフーガニ短調」はバッハのオルガンの初期の作品であり、バッハのオルガンの作品の中で最も有名な曲の1つになります。実際「トッカータとフーガニ短調」をYouTubeで聴いていた時、8歳と6歳の私の従兄弟たちが「この曲知ってる」と騒ぐなど、幼い子供たちにも知られている曲になります。パイプオルガンで演奏されるこの曲は、強弱がはっきりしつつも音楽の重みを常に失わない曲です。以前私は実際パイプオルガンで演奏しているところを聴いたことがあります。その際にパイプオルガンの音が全身に包まれる感覚を体験したのを覚えています。それだけ、重層間の強い音楽であったということを覚えています。しかし今回YouTubeで「トッカータとフーガニ短調」を聴いた時少しがっかりしました。実際聞いた時のような重みを感じることが出来ず、あの時の感動が薄れたような気がしたからです。やはりデジタルメディアであると、直接聴いた時の感動を体感することは難しいのではないかと思います。  次に「お昼寝ピアノ協奏曲21番」について述べていきます。モッツァルトのピアノ協奏曲の21番目の曲である。明るい音楽というのが特徴的であり、曲の名前にもある通りピアノが主の曲です。余談ですが、題名にお昼寝とあるのでこの曲を聴かせれば小さい子は寝るのかと思い、先ほど述べた従兄弟達に聴かせてみました。結果、寝るどころか眠気が覚めて騒ぎ出す始末でした。  今回2曲を挙げましたが、やはり直接聴く時と比べて感動が少し減るのではないかと思います。音楽はアナログメディアには敵わないのではと私は考えています。 

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今回の授業ではバロック音楽と古典派音楽について取り上げられていましたが、私は率直な感想として普段よく耳にし、しっとりとしたクラシックという印象を持った古典派音楽の方が好きでした。バロック音楽は王族などのために作られたクラシック音楽ということでど派手で豪華な感じがする曲調であり、周りに強く響き渡らせる感じの音楽によって力強く鼓舞されている感覚になりました。また、弦楽器や管楽器、打楽器など様々な楽器をうまく組み合わせている印象がありました。それに対して、古典派音楽はしっとりと丁寧に音楽を周りに浸透させて周囲をそっと包み込む感じのクラシック音楽だという印象を持ち、ヴァイオリンなどの弦楽器をメインにした曲作りがされているのではないかと感じました。また、この古典派音楽がよく聴くクラシック音楽で一番慣れ親しんでいる音楽ということもあって個人的にはバロック音楽よりもこちらの音楽の方が好きでした。このように、今回の授業では2種類のクラシック音楽について学びましたが、今まであまりクラシック音楽の歴史や種類について勉強してこなかったのでとても新鮮で興味深かったです。また、これを機に少しクラシック音楽を生活の一部として取り入れていきたいなとも思いました。 

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私は、今回の講義で取り上げられたモンテヴェルディのオルフェオとハイドンの交響曲について述べていきたいと思います。オルフェオは、18世紀前半のバロックにできた音楽です。このオルフェオに使われている、トランペットにはピストンがなく口だけで演奏しています。音楽自体としては、とても強弱があり迫力のある印象でした。現代にみられる楽器もいくつかありますが、この時代特有の珍しい楽器も多く見られました。ハイドンの交響曲は18世紀後半の音楽であり古典派と呼ばれています。この時代には、自分が演奏する曲を作るのではなく音楽だけを書く作曲家が誕生しました。現在のクラシックに残っているジャンルにはハイドンが多くあります。ハイドンの交響曲は、楽器の大半が弦楽器であり後ろのほうに少数のオーボエといった楽器がいます。先ほどのモンテヴェルディのオルフェオと比べると、あまり強弱がなく耳に入ってきやすい感じでした。音響面としても、半世紀ほどの差ながら、後半の方が鮮明に音が聞こえた気がします。18世紀の後半には、現代にも名を遺す有名なモーツァルトやベートーベンなどが活躍した時代でした。こういったように、音楽を音響の面や時代の面から見ることによっていつもとは違った見方ができることが分かりました。 

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バロック時代の、耳で音を調整していると言うのを初めて知りそこに興味が湧いたので、そのことについて書いていきます。このバロックの時代には有名な音楽家が多くおり、特にバッハが有名だと思いました。現代の我々に身近な音楽は、アーティストが歌詞を音に乗せて歌うものだと思います。多くのアイドルやアーティストがいます。しかしバロック時代の音楽というのは、オーケストラが演奏するような形のものです。なので詩は無く、楽器の音や強弱で表現していきます。私は普段、そのような音楽を聴いたり見たりはしないので、とても新鮮な感覚でした。言葉ではないので、感じ方が一人一人違ってくるのだろうと思いました。私はこの授業で取り上げられていた、モンテヴェルディの楽曲を聴いてみました。楽器の音を聞いているだけなのに、何か映像が頭の中に入ってくるような感覚になります。そして様々な楽器や多くの演奏者の力によって、ものすごい迫力のある作品でした。音の調整を耳で行っているから、聞きやすいと講義でおっしゃっていたのですが、その通りだなと感じた。さらに機械的ではなか感じられて、その曲を作った人の気持ちをより込められているのではないかと思いました。まだまだ知らないことだらけなので少しずつ学んでいきたいです。 

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フーガの音楽は「追いかけていく音楽」でこれは古い音楽様式で多少音楽がズレてもきれいに聞こえます。1人が弾き始め、その後1人ずつ増えていく事で徐々に圧倒感を感じました。うるさいという訳ではなく、4人で弾いているはずなのにごちゃごちゃにならずに「追いかけていく音楽」というフーガの音楽様式にぴったりとあてはまっているなと感じました。 また、私がこの世で1番好きなピアノの演奏曲がモーツァルトの「きらきら星変奏曲」です。きっかけはアニメでしたが、小さい頃に聞いたきらきら星とは違く、とっても綺麗で鮮やかな音色に心を持っていかれました。ピアノが弾けないのに楽譜を買ってしまったくらい大好きです。毎日のように聴いてはピアノを習っておけばよかったと後悔しています。きらきら星変奏曲しか聴いたこと無かったので他の交奏曲を聴くのがとても楽しかったです。感想としてはなんて落ち着く協調なのだろうかということでした。何度聴いても特徴とかうまく説明できません。ただ、違う誰かの交響曲にはないものが確かにあります。初めて聞いたはずなのにやっぱモーツァルトの曲が好きだなと思いました。バイオリンを主役としながらもホルンをメインにしているものもあり、面白かったですし、なんとも言えないこの気持ちを表現できないのが悔しいです。 

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私は、後期バロックであるヘンデルのディキシット・ドミノスとバッハの平均律クラヴィーア集についての解説をしていきます。まずは、ヘンデルのディキシット・ドミノスについてです。まず、ヘンデルとは、後期バロックの代表的な人物であり、彼が若い頃、ディキシット・ドミノスを作曲しました。ディキシット・ドミノスとは、日本語で「主は言いたもう」という意味であり、声楽曲に分類され、非常に激しい曲調の曲となっています。聖書の言葉を歌詞にした教会音楽であり、後期バロックの典型的な音楽といえます。宗教的な意味合いが強く、教会で行なわれる音楽であるため、レベルの高い人たちが集まるオペラとは違い、一般の人でも普通には入ることが出来、人々の1つの楽しみとなっていました。次に、バッハの平均律クラヴィーア集についてです。まず、バッハとは、後期バロックの集大成とも呼べる人物であり、存命中は昔ながらの曲しか作っていないとあまり評価をされていませんでしたが、実際は最先端の曲も作っており、後に評価されることとなります。平均律クラヴィーラ集とは、チェンバロなどの鍵盤楽器の為の作曲集です。当時はピアノがなく、平均律では演奏f可能だったのですが、譜面には書くことが出来たため、五線譜で書く記譜法を用い、音楽を書き起こしました。合計で2回行ない、両方とも24の曲集であり、すべての曲調が違っています。半世紀ほど後にシューベルトがメロディを載せ、アヴェマリアを作曲するなど、バッハがバロックを集約し、今の音楽の音の構造を結果的に構成し、後の人々がそれを踏襲していくこととなります。 

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 本日の音響メディア論でのだいたいの流れは、今日の音響メディアがどのような過程を経て成立したのかという歴史を大雑把にですが学びました。  講義内では教会音楽を数多く取り上げて来ましたが、ピストンのないトランペットは特に音響メディアの進化の過程を肌で感じました。当時の教会の利用目的やメディアとしての音楽がどのような在り方だったのかを改めて考えさせられる講義でした。   現在では、いつでも、どこでも音楽メディアを取り入れることができます。しかし、そんな環境のない当時の工夫や技術を知ることは次世代の音楽メディアを語る上で必要なためとてもためになった講義内容だと思います。  私は講義内で出た音楽的技法などは分からず、何を説明すれば良いかもわかりませんが、当時の教会で行われたオーケストラなどの壮大さは音楽メディアがない世の中ではやはり惹かれてしまうものがあるとどの曲を聴いても思いました。 

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私は、18世紀から現代に至るまでの音楽史はとても深いものであり、時代によって演奏の技法や楽器に至るまでのすべてのことが変化し、それぞれの時代でさまざまな特徴があると感じました。その変化の要因一つとして音楽を取り巻く環境や社会が反映されていることがわかりました。 人と人の会話が文字として形を変え、また時代とともに声や文学が表現の仕方も変わり、受け取り方も変化するようになりました。このような音楽も時をさかのぼると宗教的な芸術から社交場を飾るものであったものが、大衆が自由に楽しめるのに変化していく様子は現代のようなメディアのような性質も持ち合わせていると知りました。 また音響的面からみてヘンデルのディキシット・ドミノスが演奏されている教会?での音の反響、響きがすごいと感じました。調べてみると天井高や、壁の素材によってかなりリバーブも考えて建築されていた可能性もあるという見解もありました。また、クラシックやオペラの声楽で演奏者が楽器にも負けない人間から出る音の響きであのような幻想的な響きを出せるのは場所という変えられない条件により生み出されるのものなんだと感じました。 バロック時代の音楽は、オルガンなどの鍵盤楽器や、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器のための音楽が多いと感じました。その後古典派の中でもソナタの形式が生まれ、ピアノのソナタや交響曲が増えてきたと思います。ロマン派音楽はバロックや古典派音楽と比べて自由な形式が多いと思いました。 このように我々は俯瞰的に移り変わってきた音楽史をメディアが記録してくれているからこそ楽しむことができ、現代に感謝すべきだと感じました。 

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私は普段クラシックは全く聴かないのでクラシックについて全く分かりません。ですが今回、音源を聞いてみて、その曲を作った人や、使っている楽器によって曲の雰囲気ががらりと変わることがわかりました。明るく清々しい雰囲気や静かでゆったりとした雰囲気、暗く悲しみを感じる雰囲気など曲によって異なる雰囲気を感じることが出来ました。純正律と平均律という言葉をはじめて知り、昔の曲と今の曲はそもそも音が違うことに驚きました。その話を聞いてからパイプオルガンの演奏を聴くと、確かに今の音楽には無い音だと思い、教会で弾かれるというイメージもあって少し神秘的に感じました。また、今でこそ、ロックやポップスなど様々な音楽がありますが、今回授業で扱った時代にはまだ今のような音楽は無く、今の音楽は今までの音楽の積み重ねによって生まれたんだなと感じました。今では当たり前に楽譜があって、音楽は書けるものだと考えていましたが、昔は楽譜も無く、音階もきっちり決められたものでは無いなかで楽譜ができ、そのおかげで現代に生きる私たちも、バッハやモーツァルトの曲を聴けると考えると、音楽を伝えることが出来るメディアの発明は偉大だと思います。録音技術もそのうちの一つで、これらのおかげで音楽は多種多様に発達できたと思います。また、そのメディアも種類によって音質などが違いました。簡単な例では、zoomをとおしてYouTubeで聴くのと、直接YouTubeで聴く場合、MP3プレイヤーやスピーカーを使う場合など、メディアによってもその音楽の印象が変わってしまうのだなと思いました。 

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今日の授業を通じて音楽はメディアだと分かりました。音楽というと私はJ-popやK-popなどのpopsをよく聴きますが、普段クラシック音楽などは聴きません。強いて言うならレストランやカフェのBGMとして聞くぐらいでしょうか(その音楽は言ってもデジタルサンプリングされた音楽だと思いますが)。 モンテヴェルディのオルフェオはバロックオペラの代表作らしいのですが、私の想像していたオペラとは少し違い、かなり盛大なコンサートだと思いました。実際にYouTubeで聴いたところ音源はアナログでもとても鮮明な音で聴くことができました。普段アナログな音を聴くことが少ないと思うので、私たちの耳はデジタルな音に慣れていると思いますが、それでも近代西洋音楽は現代人の耳から感情に良い意味で何か訴えかけてくるものがあると思いました。バッハのトッカータとフーガニ短調は近代西洋音楽に疎い私でも聞いたことがありました。この曲で演奏されている楽器はとても大きなパイプオルガンで、18世紀頃から存在していたと思うと非常に驚かされます。人生で一度はパイプオルガンの前で演奏を聴いてみたいです。 私にとって音楽史はいままで縁のない存在だったので、少しでも知る機会を得ることができてよかったです。とても奥が深いジャンルだと思うので、興味深い箇所が多かったです。 

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私はバッハの無伴奏チェロ組曲を聴きました。まず聴いてみて、とても音の反響を感じましたら。動画上だからでしょうか、ここまで音が鮮明に聴こえるとは思わなかったのですが、実際に聴いてみると、音の強弱や滑らかさがすごく丁寧に伝わってきました。初めはゆっくりで低めな音から入るのですが、2分ほど聴いたところで一気にスピードを上げて激し目に演奏している時が特に音響そのものを特に感じれた気がします。音だけ聴くよりも、演奏者の表情や手の動き、力の入り方や体全体の動きを見ながら聴くとより、音の強弱や雰囲気を感じれます。チェロは細かく且つ素早く手を動かして演奏しているので、その動きとともに演奏されている音楽を聴くのが私的には1番雰囲気にも馴染めると言いますか、この世界に入り込める気がしました。一貫して同じようなテンポ、低い音での演奏が多く感じれましたが7分30秒ほどからリズミカルな演奏に変わるとトゥントゥンと跳ねるような演奏に変わり、途中からスピードが上がり下がりを繰り返して音程も同様に上がり下がりを繰り返すので、ここら辺の演奏が1番音の良さ、音響の良さを1番体感できると思います。こういった演奏を聴く機会が滅多にないのですが、音響について注目しながら聴いてみるとまた普段と違った楽しみ方ができます。 

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バッハ 無伴奏チェロ組曲を始めに聞いてまず思ったのは、zoomで聞いてた時と聞いた時の衝撃が全然違うということです。最初にzoomで聞いたときは、なんかよくあるクラシックだなという感想しか出てきませでした。先生の話を聞いてからだと印象も変わってきたのですが、その印象もこの曲というよりはクラシック全体に対しての物だったと思います。この曲を自分なりに解説するとなり、自分でもう一度この曲について調べてしました。調べていく中で『バッハの無伴奏チェロ組曲』も聞いてみたのですが、私としてはこの曲が一番滑らかで音の始まりと終わりが丸まっているような印象を受けました。始まりから交互に曲を聞いていくと特にその印象を強く感じました。私は音楽にあまり詳しくないのでそれが悪いかどうかなどは分かりませんが、個人的に言えばこちらの滑らかな曲の方が好みでした。それは置いておくとして、正直このことは私の中で驚きでした。よく話の中で、値段の高い楽器と値段の低い楽器は全然違う、〇〇さんの曲よりも✖️✖︎さんの方の曲の方が芯に響く。などということは聞いていたのですが、音楽にからっきしな私は共感できたことがありませんでした。なので今回このような課題が出されて、自分で曲を比べてそれらに近しい感想が得られたことは、とても驚きであり嬉しくありました。 

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私は主に、高音と低音の音の響き方について述べたいと思います。個人的な話になりますが、私は高校3年間、吹奏楽部に所属していて、コントラバスという楽器を担当していました。そのため、今回すべての曲を聴くにあたって、低音にフォーカスを当てて分析してみました。まず、ヘンデルの「ディキシット・ドミノス」では、主に弦楽器と声で構成された曲でしたが、高音が目立って聴こえました。僕はやはり、YouTubeというコンテンツを通してこのようなオーケストラによって演奏された曲を聴くことには、限界があると感じました。前々から、ウォークマンなどの音楽を聴く専用のものを通して聴いた場合とYouTubeのような音楽を聴くことに特化していないコンテンツで音楽を聴くには歴然とした違いがあることを知っていました。具体的に何が違うかというと、前者の方は、高音から低音まで、クリアに、より鮮明に聴こえます。しかし、後者の方はどうしても高音が目立ってしまうという特徴があります。ですが、音色や一つの楽器で演奏された曲(バッハのトッカータとフーガニ短調やバッハの平均律クラヴィーア集、バッハの無伴奏チェロ組曲など)を聴くぶんにはYouTubeでも十分よく聞くことができます。音楽の部類は問わず、重低音が主役の曲を聴くには先程も述べた通り、ウォークマンなどの音楽専用機器を通して聴き、それ以外の曲(歌手のMVやピアノ曲など)を聴くにはYouTubeでも十分だと思いました。 

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私はマラン・マレのヴィオラダガンバロのソロをYouTubeで聞き最初のインパクトはきめ細かく音が聞こえ、勢いがある様に感じました。途中で弾き方が変わり、弦の上を跳ねる様に、引くのではなく弾く様な場面はとても音楽の深みや、1人の演奏と思わせない技術があると思います。 モンテヴェルディ オルフェオはアニメのワンピースの航海の際に流れる曲だと聞いて思いました。なのでアニメのイメージ的に平和かつ穏やかな日常の様な印象を持っています。1つ目のマラン・マレとは違い人数が増えているため音の厚みが増えた印象を私は持ちました。こういった、音楽ではトーンやリズムでその場の空気を変えられる力や、アニメに使われた際はその場面をわかりやすくするものであると思いました。 バッハ 無伴奏チェロ組曲では、流れる川や自然の様なイメージを持ちました。なぜなら、音を弾いて出すのではなく、引く様にして音が繋がっているからのではないかと思いました。 こういった音楽のプロフェッショナル達の動画がYouTubeに上がるのは私は良いことだと考えています。なぜなら、音だけだと「この音はどの様に出しているか?」と思った際に分かりません。しかし、動画だと、技術を見るだけでなく、演奏者の感情、伝えたいことなども視聴者には分かると考えたからです 

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私はマラン・マレのヴィオラダガンバロのソロをYouTubeで聞き最初のインパクトはきめ細かく音が聞こえ、勢いがある様に感じました。途中で弾き方が変わり、弦の上を跳ねる様に、引くのではなく弾く様な場面はとても音楽の深みや、1人の演奏と思わせない技術があると思います。 モンテヴェルディ オルフェオはアニメのワンピースの航海の際に流れる曲だと聞いて思いました。なのでアニメのイメージ的に平和かつ穏やかな日常の様な印象を持っています。1つ目のマラン・マレとは違い人数が増えているため音の厚みが増えた印象を私は持ちました。こういった、音楽ではトーンやリズムでその場の空気を変えられる力や、アニメに使われた際はその場面をわかりやすくするものであると思いました。 バッハ 無伴奏チェロ組曲では、流れる川や自然の様なイメージを持ちました。なぜなら、音を弾いて出すのではなく、引く様にして音が繋がっているからのではないかと思いました。 こういった音楽のプロフェッショナル達の動画がYouTubeに上がるのは私は良いことだと考えています。なぜなら、音だけだと「この音はどの様に出しているか?」と思った際に分かりません。しかし、動画だと、技術を見るだけでなく、演奏者の感情、伝えたいことなども視聴者には分かると考えたからです 

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私は平均律クラヴィーア曲集第1巻1.プレリュードハ長調(JSバッハ)を聴きました。 分散和音=アルペジオ(ギター)と先生がおっしゃっていましたが仰っていましたが、ギターをしている者として、今回のような音階の移り変わり特に最初の優しい雰囲気、幼稚園の夕方に流れるような音からの、重くどんよりとした音階の雰囲気に変わる変化。そしてやはりいつのまにか元に戻る、まるで魔法のような音の移り変わりがとても特徴的です。メロディは変わらず、リズムや強弱により様々に感じられるのはとても心地の良いことです。ギターのアルペジオなどとは違い、「優しさ」と「不思議さ」が100%で伝わるピアノでの演奏も特徴です。 今回のこの音のメロディを一つずつ聴いて行っても、人によって低い音、中間の音域、高い音どれがその人にとって心地いいものになるかはわかりません。だからこそ、ここまで音域を広げて同じメロディを引くことで、誰もがどこかしらに気持ちの良い音を感じることのできる曲です。 もう一つのバッハの作品チェロ組曲は物々しいチェロから鳴り響くこの講堂での圧倒的な存在感と、一瞬で繊細な音から重みのある音が出ることが人をくせにします。 伴奏がないからこそ自由に弾けると思いきや、しっかりとした旋律があることにより、聴きやすいです。 

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今回の授業で個人的に一番感心したのは、音楽には平均律と純正律というものがあるということでした。エコノリウムのトッカータとフーガニ短調の動画を聞いて、先生もおっしゃっていましたが、とても和音の響きと音色がすばらしいと感じました。これが純正律というもので、この響きのために楽器の調律がされているのはなるほどと思いました。確かに今でいうドレミの音階は無数にある周波数の音から作為的に決めたものであってどの音が正解というのはないので、和音のために調整すると現代で主流に使われている平均律とは調律が違ってくるというのは納得でした。そして個人的に思ったのがお音楽というのは心地よさがとても大事で、今はもう音楽はさんざん開発されてきて専門の大学すらあるくらいですから、平均律でもいろんなコード進行や楽器、電子音やメロディーなどで心地よさを表現することが出来ると思いますが、昔はまだ発展途上でそういったことで心地よさを表現するのが難しかったから、純正律で和音の心地よさに頼って音楽の良さを表現していたのかなと個人的に感じました。そして無伴奏チェロ組曲やフーガの技法などからも、今いった様々な心地よさを感じるためのテクニックというのをバッハは頑張って見つけようとしていたのかなと感じました。 


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