情報倫理とセキュリティ2020後期01Introduction

情報倫理とセキュリティ2020後期01Introduction

平均所要時間: 50 分 16 秒


1. Forms1回分で7点とします。部分点はありません。授業内容を踏まえた上で考えたことを書いてください。下限の字数を決めておきます。500字以上とします。Formsにはチェック機能がありませんので、500字分の◆を課題に入れておくことにします。びっくりしないでください。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ コロナ禍にあって考えるべきことがたくさんあります。倫理というのはあるべき方向とその理由のことだとして、情報に関する倫理について考えたいテーマは何ですか。「私」を主語にして「ですます調」で書いて下さい。リクエストがあれば、それも書いておいて下さい。 締切は2020年9月25日(土曜)午後11時30分

58応答

ID

応答

コロナの状況なので今は位置情報をスマホで確認出来るようになってほしいとこの期間中過ごしていて思います。なぜならどこかに出掛けたい時にも今どれくらいの人がそこに訪れているか分かることができれば人混みを避けることが出来るようにもなるし感染予防になると思ったからです。そういった情報が無いから人混みが増えていったりしてコロナにかかってしまう人がいるのだとつくづく思います。その場所の位置情報を察知することが出来れば普通の人は人混みを避けると思うので感染拡大が無くなっていくと思うから位置情報をスマホで確認できるようなものが出来て欲しいと思います。私も普段ショッピングモールなどで買い物に行くとこが多く、その時もどれくらい人がいるのか分からないが故にいざ行った時にめっちゃ人がいるって思ってしまうことが多々あるのでそのような情報が出て来たら別の日に行こうと思うので必要なことだと思います。また、感染が拡大している地域としていない地域とでは人々が普段どんな行動をしているのかというのも位置情報において必要なことだと思うのでこれを機にニュースなどで一度取り上げてほしいと思います。そうすることでそれを見た人々が出かけるときに少しでも注意することが出来れば感染拡大になることが減っていくのでは無いかと思うのでやはり今のコロナの状況の中で位置情報がとても無くてはならない事なんだと私は思います。 

私が情報に関する倫理として扱ってほしいと考えているテーマは、SNSなどで起こっている他人に対する誹謗中傷問題についてです。最近テレビなどでも取り上げられることが増え、耳にする機会が多くなったと感じることがこのテーマを扱ってほしい理由です。先生が講義の中でTwitterくらいは使えるようになりましょう、とおっしゃっていたように、当たり前のようにSNSを利用するひとが増えていると感じます。多くの人が利用するということはそれだけ他人とやりとりをする機会が増えることになります。若年層の利用者が増えているとはいえ、SNSは年代に関わらず多くの人が利用するものであるため、あるべき情報倫理観について、社会人になる前にきちんと私たち学生も身に付けるべきなのではないかと考えました。自分から社会に情報を発信することの責任や、受け取るひとの気持ちなど今一度、とくに情報に関する分野における倫理を考えていくことが重要になると思います。また、情報倫理について考える上で、誹謗中傷を規制することなどから表現の自由の配慮や、被害者のプライバシーに関する問題も同時に浮き上がってくるため、それらの問題についても考える機会になるnではないかと考えています。 

私が情報倫理で考えたいテーマは、SNSにおける誹謗中傷です。SNSにおける誹謗中傷は、昔では考えられなかった、SNSが発展した現代だからこそ生じてしまうトラブルだと思っています。SNSは匿名で誰でも自由に発信して良い場ですが、その自由をはき違えないようにしなければいけません。匿名だからと言って、SNSで芸能人に対する誹謗中傷や、小学校、中学校などではSNSによるいじめも発生し問題視されています。SNSで誹謗中傷なんて本当にくだらないです。そんなに言いたければ直接伝えればよいのにそれができない人間は臆病だと思います。SNSによって、臆病な人間が増えてしまったのでしょうか。SNSをきちんと活用できれば、情報収集ができたり、様々な人と関わることが出来て、人間性を豊かにすると思っています。実際に私は、SNSを通じて、同じ趣味を持つ友人をたくさん作ることが出来ました。それによって、趣味がより充実したものになりました。私は、SNSを良い方向だけに活用するような時代がくることを願って、それぞれがどのような行動をすれば、どのような時代がくればSNSを有効活用した時代になれるのかをこの授業を受講して考えていきたいと思っています。 

私が考えたい情報に関する倫理はネット炎上についてです。近年学生アルバイトが勤務中のイタズラをネットにアップロードし、それが拡散され、学生と企業が炎上するのを見かけます。間違いなく悪いことをしてそれをネットに上げてしまうアルバイトと、ネットリテラシー指導が行き届いていない店舗の教育、どちらも悪いのは両者です。しかし加害者の名前、通っている学校、本人の写真といった個人情報に始まり、さらにはその家族の個人情報、勤務先まで晒されてしまうのが、ネット炎上の怖いところだと考えています。一度炎上してしまえばデジタルタトゥーとして、永遠に消えない情報としてインターネットに残り続けます。ここで私はいくら悪いことをしたからと言って、ここまでの制裁を与える必要があるのか、倫理的にどうなのか疑問に思います。少なくともその家族の個人情報までもが晒されてしまうのは、過度な対応だと感じています。なぜなら家族まで被害が影響し企業から請求される損害賠償を払うのも困難になってしまうからです。また加害者の卒業アルバムまで晒され、誹謗中傷されるのは、ネットユーザーのストレス発散の受け口にされているだけとしか考えられないです。一方でその課外によって本当に不快な気持ちにさせられる人がいるのも事実で、何か一言物申したくなってしまうのかもしれないです。しかしその一言がたくさんの数になれば、倫理に反してしまうのではないかと考えました。 

私が思う情報に関しての倫理として一番分かりやすいと思うのはネット上での誹謗中傷についてだと思います。先日某リアリティー番組に出演していた木村花さんがTwitterやinstagramを通しての誹謗中傷に耐えかねて自殺をしてしまうという出来事があったわけですが、こういったネット上という顔が見えない場所での多数の悪口の書き込みにより言葉による暴力で心身共に追い込まれてしまい自殺へと追い込んでしまうネットの怖さというのを今回の件で再認識させられた人が多いはずです。そんな中で倫理というものについて考え直す人が多く居たはずなわけですが、ネットを使う上での最低限のモラル、マナーといったものを身につけておく事で倫理というものを初めて再認識出来るのではないかと感じました。また倫理というものの考え方に個人差があるという問題点でもあるわけですが、自分がTwitterなどのSNSで他人について書き込む時、この事がその人を傷付けるような事はないだろうか?と一度考えてみたり、自分がされて嫌だと思う最低限のモラルを満たしているか?と考えてみながら初めて、SNSで発信するというのが良いのではないのかと感じました。 

コロナウイルスに対して様々な対処法、予防の対策などの情報がインターネット、テレビ、新聞などのマスメディアを通じて流れています。しかしあまりに情報が膨大なのとどうしても根拠のない、言わばフェイクの情報が国民の耳に入ってきて鵜呑みにしてしまうことが多いと思います。したがって情報伝達手段が人々に悪い影響を与えないために従来とは違った側面からの情報統制か情報の真偽を確かめる何かしらの手段が必要だと考えています。一方で情報を流すことそれ自体は道徳的、法律的な事に触れない限りは表現の自由として悪ではないと考えます。私が考えるテーマとしては、情報の真偽を明らかにするということを目的とした場合に倫理的観点から一番重要なことは何か、言い分ければ情報に関して人々は一体何をまず優先的に守らなければならないのだろうか、ということです。これは発信者、受信者の両方に注目して考えるべきだと思います。例えばテレビは視聴率の向上のためによく過剰な報道をしてしまうことがあります。しかしそれは人々には正常な情報として受け取られてしまいます。 なので発信者側が適切な情報を提供するために何を最重視しなければいけないのか、と言った問題です。 

私はコロナ禍において、精神が不安定な人が増えたように思えます。外出自粛が要請されてから家にいることが多くなり、以前に比べると外との関わりがなくなりました。それを埋めるため、自粛の隔離された環境に置かれながらも外との関わりを持つため、私たちはネットに依存したように思えます。私自身、ケータイ使用時間は大幅に増えました。いつもはあまり目につかなかった、YouTubeのコメント欄、TikTokのコメント欄まで見るようになり、コメントもたまにするようになりました。人がどんな意見を持っているのか、私のコメントがどんな反応をされるのか、今まで全く気にしていなかったことをするようになったと感じます。やはり、友達と面と向かって発散できていた何かが溜まって、ネット環境で発散されているのでしょうか。私は以前からテラスハウスというNetflixの番組を見ていました。コロナによる自粛に伴い、テラスハウスを見始めるという友達がとても増えました。番組のことを話し、感想を言い合える人たちが増えて私としては嬉しかったです。しかし、元からあったものの誹謗中傷は圧倒的に増えました。そして過激化したと思います。そして、メンバーの1人が自殺をしてしまいました。亡くなったメンバーの子はコロナ禍でネット環境がこのようではなかったら自殺はしていないと思います。そして、先日三浦春馬さんが亡くなりました。私は昔からの大ファンであったので、非常に辛かったです。コロナがなかったら、コロナがなかったらと考えてしまいます。三浦春馬さんが亡くなったことについても、コメント欄ではあることないこと様々に書かれて、見るのが非常に辛いです。YouTubeでは根拠もない自殺の真相などと言い、再生回数を増やして稼いでいる人もいます。ネットがなかったら、自殺の真相なんて赤の他人たちがここまで、探ろうとはしないと思います。人はいつから、全ての真相を掴むまで諦めずにネットで探ろうとか、共有しようと思うようになったのかと思います。昨日に瀬戸大也選手の浮気の記事を読みました。細かく、細かく行動が書かれていました。芸能人でもない、日本を代表する守るべき選手がここまでネットに晒されて、誹謗中傷を受けるのは違う気がします。マスコミがこの姿勢であるのなら、情報の倫理だったり、ネットの倫理はもう存在できないように感じました。 

コロナの影響により、リモートでの活動が増えました。働いている人や私たち学生も基本的には自宅での活動を推奨されるようになったため、私はzoomなどのリモートワークについて考えていきたいと思いました。あと数年で私も社会に出て働く年になります。その時にどのような形でリモートワークがあるのか、もしくは将来会社に出向くことはなく自宅でのみ働くことになるのかという点にとても興味があります。また、リモートワークになったことにより、朝の通勤や職場での人との関係によるストレスなど多くの問題が解決されたと思っています。朝の通勤では、自宅のPCで作業し必要な時にはzoomなどを使うことで毎朝満員電車に乗ることはなくなりました。これらにより、人々が何が必要で何が必要ないかが分かるようになってきたと感じています。良くも悪くも無駄が省かれ人とのかかわりあいが減少することになりました。人とのかかわりあいが減ったことによるメリットやデメリットという点も私はとても興味があります。今私が考えるメリットは、基本的に自分のペースで作業を進められれるようになった点や、移動による労力が減ったことや、移動時間がないことにより新しい時間が生まれたことだと感じています。また、デメリットは誰にも見られていないため、怠けてしまう点だと私個人は感じています。前期の授業ではこれらの点を考えていました。今後社会がコロナとどのような共存を行うのか私は考えていきたいです。 

私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、SNSの利用の仕方です。 最近ではスマートフォンを持って歩いている人が大半です。そのような中、誹謗中傷によるいじめや批判により著名人の自殺が相次いでいます。なぜこのような事態に陥ってしまうのでしょうか。それは、SNS特有の匿名性ゆえに起きる現象だと私は考えています。従来のいじめとなれば現実の社会で面と向かって起きる出来事ですが、SNSはネット社会であり容易に相手への悪口を発信してしまうのです。 では、この事態を収束させるためにはどうすべきか。それは、ネット社会を利用する全員が社会的モラル、マナーを守るしか方法はないと私は思います。匿名性をなくすことで相手への誹謗中傷は防げるかもしれません。しかし、それではセキュリティ面に問題が生じてしまいます。したがって、ネット社会を利用する1人1人が社会的道徳の範囲内で利用すべきことだと私は思います。これを守ることができなければSNSを利用する資格は無いと思います。 

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私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、「リモートの多様化」です。 コロナウイルスによる影響が厳しい世の中ではありますが、これは日本だけの問題ではなく、世界中で問題になっています。もともとコロナウイルス発祥の地として言われているのが中国の武漢でした。なんでも、中国には蝙蝠を食べる文化があるのだとか言われているみたいです。日本ではちょっとあり得ません。話が少しそれましたが、コロナウイルスが流行している中、今、様々な場面で利用されているのが「リモート」です。例えば、会社で「リモート会議」をする、あるいは友人と「リモート飲み会」をするなど、あらゆる場面でリモートが多様化されてきています。大学の授業をリモートで行うことも「リモート授業」といえるでしょう。 そういった、「リモート」に関することが多様化されたのは紛れもなくコロナウイルスのせいでしょう。コロナ渦である今、私たちが利用している「リモート」が普及しているせいでサーバーのパンクやインターネットの障害も起こり得ると思います。私はその「リモートの多様化」について考えたいと思っています。 今の日本はオンラインに特化し自粛を余儀なくしなければいけないという時代です。私たちが自粛中にするべきことは何かあるのか、また、コロナ渦の終幕はいつ頃に訪れるだろうかというのをリクエストとして授業で話してほしいです。 

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私が考えたいテーマは、コロナ渦でさまざまな真の情報や偽の情報が出回っていることです。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、既存メディアやソーシャルメディアでは大量のコロナ関連情報が氾濫し錯綜する「インフォデミック」現象が起こっています。偽情報やデマを故意に流す「ディスインフォメーション」の問題も深刻になっています。このような情報は社会不安をあおる一方でパニックを誘発し、社会を混乱させます。誤った情報、操作された情報が広がるのが「情報(インフォメーション)のパンデミック=インフォデミック」ですが、コロナ報道においては「間違っていない情報」すら、結果的に混乱を生む原因となりました。こうした誤情報はSNS(交流サイト)を介して瞬時に拡散され、風評被害や買い占めなど実社会に深刻な影響を及ぼしています。3月、イランでは「産業用アルコールを飲めば新型コロナを予防できる」というデマがまん延し、一部の地域でアルコール中毒死する人が続出する事態にまで発展しました。私は、こういった嘘の情報が鵜呑みにされないような情報社会を確立することが、今後コロナ禍で生活していく上でとても重要になってくるのではないかと思いました。 

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私が考えたいテーマは、新型コロナウイルスの影響の中での正しい情報や間違った情報など様々な情報が出回りによる私たちの人々の行動についてです。新型コロナウイルスの拡大に伴い、既存メディアやソーシャルメディアでは大量のコロナ関連情報が氾濫し錯綜する「インフォデミック」現象が起こっています。偽情報やデマを故意に流す「ディスインフォメーション」の問題も深刻になっています。例えば、「トイレットペーパーが中国からの輸入ができずなくなる」というSNSを介したデマの情報が広がったり、「新型コロナウイルスにはイソジン(うがい薬)が効果ある」という情報が流れれば、すぐに売り場から売り切れてしまい手に入れられない人も出てくるということも起きました。このような情報は社会不安をあおる一方でパニックを誘発し、社会を混乱させます。SNSでは、誰もが情報の受信者であると同時に発信者となる。投稿や情報共有のハードルが低く、衝動的な発信が起こりやすいと考えます。また、SNSでは、真偽不明な情報が受け入れられやすく、自分が望む情報しか見えなくなる現象が生じると思います。このようなSNSで発信される情報全てを真に受けて影響されるのではなく、自分でしっかりと情報を見極めて判断することが大切であると思います。 

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私が情報に関する倫理について考えたいテーマはSNSについてです。新型コロナウイルスの中で自宅にいる時間が増えてSNSを使っている時間も増えたと思います。芸能人や首相までも様々な動画を上げて少しでも国民に勇気や希望を与えるなどSNSを効率よく利用されていた部分もあるが、デメリットの部分の方が多く見られた気がします。その中の一つでは、デマ情報の拡散です。例えば、新型コロナウイルスは空気感染する、熱に弱く、お湯で殺菌できて暑いと終息して夏には消えると流れることや、イソジンなどのうがい薬はコロナの感染予防になるといったデマが広がって実際にイソジンなどを国民が多く買い、販売店からなくなるといった現象が起こったのです。なぜデマが広がるのか考えた時に注目を浴びたいや、ストレスを発散したいといった理由が挙げられると思います。コロナの中で家族や友達に会えない状況が続き、気軽に外へ出歩くこともできずにストレスが溜まったことでデマ情報が流出して拡散されるのではないかと考えます。コロナの中でSNSをもう一度ひとりひとりが見直していくべきだと思います。SNSで流されている情報は疑うことも大事で、その情報は正しいのかと自分で公式のサイトや政府機関のサイトなどで調べることも必要です。また、その情報のリツートをしないといった拡散をしないことも重要なことだと思います。 

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現在、新型コロナウイルス感染拡大という、異常事態が起こっています。以前の、SARSウイルスなどの感染症とは大きく異なり、感染力が強いものとなっており、世界中が頭を抱えている状況になっています。そこで、最も必要になっているのが、情報共有です。現在は、コロナ以前から情報共有をできるプラットフォームとして様々なジャンルのものがあります。テレビ、インターネット、ラジオ、そして最近では、YouTubeなどでも幅広く情報を取得することが可能です。その中で私が最も注目したいものは、YouTubeでの情報共有です。YouTubeは以前、エンターテイメントを中心とした動画配信者が多数だったのですが、最近ではニュースを中心としたチャンネルや、なかなかテレビなどではみられないような貴重映像などを中心として配信するチャンネルも出てきています。そんな中で、コロナ禍での情報もYouTubeで見ることができます。テレビと違うところとしては、好きな場所で、好きなタイミングで見ることができることです。外に出ていて、テレビだとニュースの時間に帰ることができない方なども多くいると思いますが、インターネットのニュースよりも信頼でき、かつ情報収集しやすいものだと思います。 このように、コロナ禍で最も必要な情報配信プラットフォームは様々な形で普及を続けていると思います。 

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 ネット社会になりつつある現代では、インターネットの匿名性を利用して、SNSや掲示板などで、他人への誹謗中傷の書き込みを行い、インターネット上で拡散している人が増加しています。なお、近年では、激しい誹謗中傷をされたことにより、自殺にまで追い込まれてしまう人たちが多く、大きな問題としてニュースでも多く取り上げられています。  このように、インターネット上での些細な書き込みが、大きな事件へとつながる場合があることから、インターネットの使い方について私たちは改めて考えていく必要があると思います。  そして、現在では、このような誹謗中傷に対して、対策・規制を強化する社会へと変化しつつあり、裁判沙汰や逮捕にまで発展する場合があります。しかし、インターネットは、表現の自由度が高かったために、急速的に発展してきた面があります。そのため、誹謗中傷への規制を強化することは、表現の自由を規制することにもなり得るのではないかと私は思います。また、誹謗中傷への規制が強化され過ぎることになれば、批判をすることさえもできなくなる社会になる可能性もあり、今後のインターネット社会では、誹謗中傷と批判の線引きを明確にしていく必要があると私は思います。  以上のことから、私はインターネットにおける表現の自由、そして、誹謗中傷と批判の違いについてのテーマについて考えたいです。 

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私は情報に関する倫理でプライバシーやコミュニティーについて考えたいです。コロナの影響で情報社会はどんどん進んでいると思います。しかし、情報が溢れれば溢れるほど問題も大きくなっているように思います。以前はLineでのいじめ等が問題となっていましたが、今は誰でも自由に自分の思ったことをネット上で書ける、言えるようになっています。そこで有名人へのアンチや炎上ということも起こり、自殺してしまう人がいます。これは便利になっただけでなく、とても悪いことだと思います。情報に関して、よくない点は直接確認することができないのに人々の思い込みやきっとそうであろうという情報を信じ、次々に自分の意見を良くも悪くも言うことであると思います。そこで発信する側、話題になる側、どこまでネット上ではプライバシーが守られているのか、有目人だけでなく、何か問題がネット上で起こると、身元だけでなく、学校や住所まで特定されるといいます。コミュニティーの在り方やプライバシーについて考えていきたいです。今後の情報社会において情報倫理は重要になってくると思います。ネット上のマナーやエチケットに関しても学んでみたいです。現在授業がオンラインという形になったので、パソコンをよく利用するようになりました。この機会がなかったら学生のうちにパソコンを使うことはあまりなかったと思います。この情報にあふれたデバイスを私自身使いこなせてるとは思いません。正しく情報を管理する方法、今のうちに習得したいです。 

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昨今のコロナにより、情報の取扱について問題視されることが多くなりました。元々インターネットの普及により匿名であらゆる情報を投稿できることは度々問題にはなっていました。インターネットを使い、誰でも簡単に情報を入手したり、また自分が持っている情報を発信することも容易にできるようになりました。この変化は一長一短であり、素早く情報を得て正しい行動を行うこともできれば、誤った情報で混乱を招く事もあります。今回のコロナ騒動の中で、トイレットペーパーがスーパーから消えるという現象が起こりました。これはマスクが店頭から消えた混乱を受け、トイレットペーパーも同様に店頭から消えるという誤った情報が拡散し、誤った情報を受け取った人たちはトイレットペーパーを買い溜めに行きました。この様な誤情報による混乱が起こる様になりました。この問題の難しい所は最初に発信した人は混乱を招こうと思って発信したわけではなく、善意による投稿であったのかもしれません。どんどん拡散されていったのも善意による拡散だったのかもしれません。倫理観に欠ける投稿が全ての始まりではなく、善意による混乱も問題になっていると考えました。このような原因の所在がどこにあるかが分からない様な問題に倫理は通用するのか、どの様な対策が必要なのか、これをテーマに考えてみたいと思います。 

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私は情報に関する倫理について考えたいテーマは「個人情報とプライバシー」です。これらは歴史は古くないものの、とても重要視されているものであると聞きました。その原因は急速にまた、高度に発展した情報社会・ネット社会によるものと私は考えています。個人情報の取り扱いはすべて紙媒体で行われていたものでした。しかし、パソコンが普及し始めデータとして場所をとらずに安全に保管できるものとなりました。ですが現在ネットトラブルの一つとして個人情報の流失などの問題となっています。安全だと思い保管していたものが第三者によって何らかの形でさらされてしまうことは本人からしてみればとても怖いものです。また、SNSやユーチューブなどの発展からもプライバシーの問題が登場してきたと思いました。恐ろしいと思うのは、何か問題を起こしてしまった場合、その人の名前などからSNSなどで本人がどのような人なのかや友人・アカウントが特定されるということです。さらにそれは晒されて拡散され、社会的に生きていくのが難しくなる可能性もあります。これらはすべてこの世の中がネットでつながっているから起こりうる問題であり、発展していくに連れて高度化していく問題であると私は感じました。そして以上の観点から私の倫理にについて考えたいテーマは「個人情報とプライバシー」です。 

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私は、大きく二つ情報に関する倫理について考えたいテーマがあり一つは個人での情報倫理についてです。近年SNS等が普及した事でマスコミよりも影響力が大きいものになっています。そのSNS上で行われている誹謗中傷や名誉毀損などの問題が起きたときに不特定多数の人が情報を観覧できるためよりはやく拡散されやすい状態であり情報発信をすることに伴う責任が重くなっているのでSNS上で起きた問題を取り上げてもらいながら個人が知っていなければならない情報倫理について考えたいです。また、SNS上の出来事だけでなくここ最近では動画や音楽、ソフトウェアがコピーや配布が技術の進歩により簡単に行えるようになってしまった事で違法コピーが多く行われている現状にあると私は考えているので、著作権や違法コピーについても取り上げてもらいながら一人一人の個人が念頭に入れておくべき情報倫理について考えていきたいです。そして、もう一つは組織としての情報倫理についてです。これに関しては身近に感じづらいものであるため考えていきたい。将来社会人になる上でいずれかの会社なら組織なりに属することが考えられるので組織全体で知るべき情報倫理についてどうあるべきかを知るためにテーマにして考えたいです。 

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私が情報に関する倫理で考えたいテーマはSNSでの誹謗中傷や差別の問題です。なぜこのテーマを考えたいのかというと、コロナ禍で家に籠る人が増えた影響で自分の時間が増えSNSに接する機会が増えました。以前は忙しくてスルーしていたことも今は時間に余裕があるので気になって調べてしまい、SNSを通して自分が気になった人に直接メッセージを送ってしまうといったことが増えたように感じました。実際この自粛期間中に芸能人がSNSの誹謗中傷を理由に自殺した事件も何件かありました。何か起きたことに対して自分の意見を持つという事は全く問題ないと思いますがそれについての意見を直接送る事は炎上の助長に繋がることもあり得るのでやるべきではないと思います。また、これはコロナ禍と直接関係あるかは分かりませんが最近スポーツ界などでも多くあるのがSNSの投稿による差別問題です。明らかな差別発言や本人が意図せず差別発言になってしまうようなものまで様々なものがあります。SNSは簡単に誰でも思ったことを発言することができるために世界中に広がりました。それ故に誰が見てどの様に解釈するか分かりません。自由な場で言論の自由があるとは言え他人への配慮のないモラルの欠けた不用意な発言はするべきではないと思いました。 

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私が考えたテーマはSNSを利用した上での誹謗中傷です。新型コロナウイルスをきっかけに携帯やパソコンを利用する機会が増えました。その結果、SNSやアプリ・インターネットを頻繁に使うようになりました。特に緊急事態宣言中には外出することが少なくなり、Instagramや Twitter・LINEなどの人とのコミニュケーションを取ることができるアプリが増えました。そこで問題になっているのがSNS上での誹謗中傷です。インターネットは人と人を繋ぐことは可能ではありますが、表情や声を実際に見たり聞いたりすることができません。本人が軽い気持ちで相手に送信した内容が相手側からしたら間に受けてしまう可能性も大いにあるからです。実際に起きた事件で某テレビ番組のシェアハウスをするドキュメンタリーの番組がありましたが、そこでプロレスラーの女性が視聴者から嫌がらせや悪口などを本人のSNSの投稿に呟いてしまいました。それをきっかけに肉体だけでなく、心身ともに疲れてしまったのだと思いました。この女性をきっかけに政府で誹謗中傷に関する捉え方が変わってきているようです。ですが、この問題は通信機器やSNSがある以上、必ず起こる問題だと思います。どのようにすればこのような誹謗中傷がなくなっていくのかを考えていきたいと思いました。 

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私が考えたテーマはSNSを利用した上での誹謗中傷です。新型コロナウイルスをきっかけに携帯やパソコンを利用する機会が増えました。その結果、SNSやアプリ・インターネットを頻繁に使うようになりました。特に緊急事態宣言中には外出することが少なくなり、Instagramや Twitter・LINEなどの人とのコミニュケーションを取ることができるアプリが増えました。そこで問題になっているのがSNS上での誹謗中傷です。インターネットは人と人を繋ぐことは可能ではありますが、表情や声を実際に見たり聞いたりすることができません。本人が軽い気持ちで相手に送信した内容が相手側からしたら間に受けてしまう可能性も大いにあるからです。実際に起きた事件で某テレビ番組のシェアハウスをするドキュメンタリーの番組がありましたが、そこでプロレスラーの女性が視聴者から嫌がらせや悪口などを本人のSNSの投稿に呟いてしまいました。それをきっかけに肉体だけでなく、心身ともに疲れてしまったのだと思いました。この女性をきっかけに政府で誹謗中傷に関する捉え方が変わってきているようです。ですが、この問題は通信機器やSNSがある以上、必ず起こる問題だと思います。どのようにすればこのような誹謗中傷がなくなっていくのかを考えていきたいと思いました。 

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私は情報に関する倫理として、印象操作について考えたいと思っています。近年マスコミは、インターネットやSNSの普及によって、情報を発信する機会・場所が大幅に増加しました。これまでは、テレビや新聞、ラジオや雑誌・本といった媒体が中心となってきましたが、現在はインターネットを通した情報の伝達がより多くの人に届くという意味では一般的です。一方で、情報を受け取る側の私たちは、インターネットから簡単に情報を得ることができるようになりました。このような状況になった時に、SNSやネットニュースで流れてくる情報が、すべて正しいものだと思い込んでしまっている人も少なくはありません。 以上の2つの要素が揃っている現在は、マスコミによる印象操作がよく発生しています。例えば、とある国務大臣の会見から発言のごく一部だけを切り取って、揚げ足を取るような記事をネットニュースにするということがあったとします。すべての情報を鵜呑みにしてしまう人は、その記事を読んで「大臣はなんてことを言うんだ」と喚きたてるでしょう。しかし、本来は会見の該当部分の動画を見るなどして、どのような流れでその発言があったのかを調べて、果たしてそのニュースは正しいのかと調べる姿勢が必要です。いわゆる、一次的な情報に近づいていくという作業が情報の受け手には求められています。 マスコミは、多くのSNSユーザーなど、情報の受け手の“習性”を利用して、本来の情報とは異なった印象を植え付けることが出来てしまいます。従って、情報の受け手である我々は、溢れている情報に対して正しい姿勢で処理をしていくことが必要になっていると思います。 

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私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、個人情報とプライバシーについてです。 最近では、電子決済の不正引き出しに関するニュースが多く流れているような気がします。キャッシュレス化などインターネット技術の進化によって、私たちが手にする恩恵は大きいものではありますが、こうしたインターネットにおける個人情報やプライバシーの保護といったものは、今後常につきまとう課題になってくるのかなと思います。とはいえ、インターネットにおける個人情報のやり取りにおいて、その安全性は年々高まっているとは思います。例えば、メルカリにおける商品のやり取りは個人情報を相手に直接教えなくても可能になりましたし、その他多くのフリマサイトやネットショッピングサイトでは個人情報を守る工夫がされているような気がします。また、インターネット上での個人情報を保護しようとする法律ができているなど、まだまだ新しいインターネットにおいても、しっかりと個人の人権が守られようと進み始めているのだと思います。 このように、私は個人情報とプライバシーについて、とりわけ個人情報とプライバシーのインターネット上での管理、保護について詳しく考えてみたいと思います。 

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私は、ネット上でのマナーについて考えたいです。誹謗中傷による自殺のニュースを見たり、芸能人や有名人が裁判を行ったりと、コロナ禍以前からSNSや掲示板での誹謗中傷は問題でありました。しかしコロナ禍のストレスより、誹謗中傷は以前とは少し違ったものが増加していると考えます。以前は、書き込み者が特定の人へ誹謗中傷を行い、その書き込み者が多くいる、というものであるように感じました。しかし最近は、コロナ関連の行政による外出や営業などの自粛要請に応じない個人や商店に対して、偏った正義感や嫉妬心、不安感から、私的に取り締まりや攻撃を行う「自粛警察」のように“偏った正義感”によるものが増えていると考えます。誹謗中傷をしている者に対する過剰な批判が目立ちます。本人は正義だと思っていますが結果的に自分も誹謗中傷をしていることに気づいていないのです。コロナによる不安やストレスが原因なのでしょうか。自分は我慢しているのにという嫉妬心や負の感情はネット上であると顕著に現れます。誹謗中傷をしない、というものに加え良かれと思って注意する時にも一度考える必要があると思います。他にもTwitterでは「巻き込みリプ」「横リプ」「横ファボ」など私も知らなったマナーがありました。コロナ禍で情報社会はますます発展し、繊細なものになっています。以上のことから改めてネット上でのマナーをテーマに情報倫理ついて考えたいです。 

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私はSNSの普及による情報に関する倫理について考えたいと思いました。近年SNSの普及により、自分のその日の出来事や感情をなど、様々なことを不特定多数の人に発信できるようになりました。さらに、自分の写真を載せる人も多いです。一年程前に話題になった、SNSに自分の働いてるところを載せた動画が載せられ、問題になりました。働いている人は、責任をもって働かなければいけません。それにより、お客様や社会的な信用を失い大きな損失になりかねないと思いました。これらを載せる人は、内容が個人情報にあたる自覚がないことが多いのだと思います。私もSNSに友達との写真を載せるときは載せる前に友達に確認をとってから載せています。たまに確認を取らない人もいますが、その小さなひとつひとつが個人情報の種となり、積み重なればその相手の人が特定されてしまう可能性もあります。SNSから特定される事件はすでに多数起きています。そのことから、個人情報を扱うことに注意していかなければならないと思います。もう一つは、インターネットの普及により、知りたい情報をすぐに調べることができるようになった反面、個人情報の漏洩に関するトラブルが増えたことです。ネットで買い物ができるようになったり、ネットでお金の管理を行う人が増えています。最近もドコモ口座が話題になっています。これも、きっとここの話に合致すると思います。私は、こんなインターネットが普及することにより生じるかもしれない、情報に関する倫理について考えていきたいと思いました。 

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私が考えたいテーマは個人の情報発信の重要性です。なぜこのようなことについて考えたいかと言うと、私の住んでいる街ではコロナに感染した人が感染を理由に自殺したという噂が流れており、市が確かな情報以外は信じないようにという警告をしています。しかし情報がありすぎるいまの時代にどれが本当の情報で嘘の情報なのかの判断が難しいと感じます。もちろん自治体や政府などが発信する情報はおおむね正しいものが多いとは思いますが、一個人が発信する情報には正しい判断が難しいと感じます。親しい人から聞いた情報は自然と信用してしまいがちだと思いますし、いまはSNSで誰でも簡単に情報発信ができる時代なので、何が正しいのかの判断が重要であると思います。今年の2月ごろにトイレットペーパーやティッシュなどが無くなると言ったようなデマがありました。私はドラッグストアでアルバイトをしているのでそのデマの煽りを受け紙類を買いだめに来る客の対応に追われるということがありました。その始まりもTwitterで個人が発信したデマが原因であったようですが、それに加えテレビのニュース番組などの報道でより買いだめが激化したように思いました。いまの時代は個人の情報発信がより重要で個人が流す情報でも大きな社会現象を起こす力があります。私はその情報を見極める力が必要だと考えます。なので私は個人の情報発信をテーマに情報倫理を学びたいと考えました。 

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コロナ禍において情報の倫理がとても必要だと私は感じました。何故なら未知のウイルスという理由もあるから仕方ないけれどもインターネットやテレビなどの情報に踊らされすぎていたと思うからです。マスクは実際に品薄になってはいたけれどトイレットペーパーが無くなってしまうという嘘の情報で多くの人が薬局に押し寄せトイレットペーパーを買い占めてしまうなど倫理的にどうなのかと感じる点が多くありました。他にもインターネットなどのメディア上だけでの情報でコロナ警察というやりすぎている集団も出てきてしまっていた。確かにある程度の自衛は必要だと思うけれど自衛と攻撃は全く違うものです。インターネットというのは真偽を確かめることはすごく難しいし、日本人の特徴として多くの人が賛同し認知していることが正しいという風潮があるためより一層インターネットでの情報は正しい正しくないやっていい、やってはいけないが少し変わっていると感じています。そして日本人は情報社会になった途端に倫理観がとても低くなると私は考えています。そのため私は情報に踊らされて人を傷つけるような事をしていいのか、どうしてしてしまうのかというテーマを特に考えたいと思っています。 

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私は今回のコロナ禍についての情報倫理に対し疑問を持ちました。それは、感染者に着いての情報です。よくテレビやラジオなとでコロナ感染者についての報道があります。何県の誰が感染したなど詳細な情報です。しかし、それは個人のプライバシーを侵しているのではないかと考えました。もちろん名前などは記載していませんが、何県の何市の何学校まで記載されています。そこまで情報を露にする必要があるのでしょうか。今現在でも学校や職場でのいじめはいやがらせは完全には無くなっていません。その状況下でそこまで情報を露にしてしまうと、【あいつがコロナになった。】という事がすぐに周りに広まりいじめの対象になってしまうのではないかと私は考えました。私たち非感染者達はコロナ感染者についての情報は必要だとは思います。しかし、ある程度のことだけでもいいのではないかと私は思います。例えば何県の何市までなどです。学校名までもテレビやラジオなとで報道する理由が私には分かりません。今のテレビやラジオなどのコロナ感染者についての報道は非人道的だと思います。そこで私は倫理に則った方法で報道出来ないかと思いました。しかし、その方法がないから今の報道局などはあの様な個人のプライバシーを侵害した報道をしているのだと私は思いました。そこで、新たに個人のプライバシーを侵害せず、コロナ非感染者に情報を流せるような方法があるか、この授業で見つけて行きたいと思いました。 

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私が考えたいテーマは個人情報の流出についてです。最近ではSNSが発達し、どんなことでもどんな場所でも自分の近況や自分の周りの人のことをあげることができるようになりました。写真であったり音声であったり、位置情報であったりと個人情報の特定に繋がるものもあるように思えます。私自身、昔から人のSNSを漁り個人の特定につながるものを探すことが好きで友達と遊び感覚でやってしまっていた時期もありました。なんの力のない私でも簡単に特定できてしまうということは、もっと知識がある人は深く調べることができるのだろうなと思います。このようなSNSが発達し、何気なくみんなが投稿をできるようになった時代になってしまったからこそ、何を上げるか、いつどのタイミングであげるのか、そしてあげたものはネット上のどこかで残り続けるということを把握していかなければならないと思います。特に個人情報の取り扱いには気をつけてないといけないです。名前や住所、携帯の番号だけではなく顔写真や写り込みも危険になってきています。今は写真の位置情報を消し込むアプリなども出てきているので、写真を上げる前にどこで撮ったものなのかという写真自体の情報も消していかなければならないなと思います。これからの時代のネットストーカーや特定厨などから逃げる対策などについて学べたらいいなと思っています。 

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私が今考えたい情報に関する倫理のテーマはSNS上での誹謗中傷に関する倫理感です。SNS上での誹謗中傷はかなり前からありましたが、コロナウイルスが感染拡大し世界中で自粛ムードになっている今、SNS上での誹謗中傷がこれまでより目立つようになり、さらにはSNS上での誹謗中傷によって著名人がなくなるという大きなニュースにもなています。このようにSNS上での誹謗中傷がこれまでより目立つようになったり、著名人がなくなって大きなニュースになったりする理由は様々あると思いますが、一番大きな要因はコロナウイルスの感染拡大による自粛ムードによるストレスが大きな要因の一つだと考えます。 誹謗中傷のコメントを書き込んでしまう人々は自粛ムードによって溜まってしまったストレスを発散する目的の人が増えたと感じます。また、誹謗中傷のコメントをされる人々は、普段なら耐えられる誹謗中傷のコメントでも自粛ムードによって溜まったストレスによって精神状態が今までよりも不安定になり、自殺してしまう人が出てしまったと感じます。 SNSが発展し、尚且つストレスが溜まりやすくなっている現在こそ自分の発言や、行動に責任感を持ち、SNSを使用していく倫理感が必要だと考えます。 

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私はアルバイトで契約された店員のソーシャルメディア利用についての情報倫理の問題について考えたいと思っています。このように考えた理由は過去にくら寿司やセブンイレブンなどで起こった高校生アルバイトが悪ふざけでSNSに投稿した不適切動画が引き起こした問題について非常に関心を持っているからです。この問題に対し、教育不十分であったお店側に問題があるのか、または本人が未熟だったからこそ起きてしまったのかの議論が一時期展開されていたと思います。私自身は高校生がお金稼ぎ感覚でアルバイトをしており、解雇と自身の命が密接の関係にはないことが不適切動画投稿を引き起こした原因であるのではないかと考えています。 これからもスマートフォンやそれを持ちいたSNSに関する問題が多く出てくると推測されます。その根拠に10代のスマートフォン普及率は2019年において約9割あります。(参考:インターネット調査「fast ask」)2020年やそれ以降の年になると10割に近い数字になっていくのではないかと容易に考えられます。そういった中で企業はアルバイトに対しどのように対策をとるのかまた高校生や大学生にどのような教育をすればよいのかを考える必要があると思います。だから私はアルバイトで契約された店員のソーシャルメディア利用についての情報倫理の問題について考えたいと思っています。 

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コロナ禍において、私はどこで情報を手に入れ、どう分析することが大事なのかを考えさせられました。 コロナ禍において、人々はSNSの情報に惑わされたと私は感じました。SNSでは、デマや情報が錯綜しており、その混乱を利用し、利益を得ようとする人、過激な情報や考え方に影響され、人種差別のような行動や身近ではない人を傷つけるような行動を起こす自粛警察というのも現れました。 例として、マスクやアルコール消毒液をフリマで転売する人や中華街で経営するお店に対し、脅しのような手紙を送る人、県外ナンバーの車を傷つける人などです。 しかも、過激な考え方に影響された人は、自己陶酔して、客観的に見たら犯罪なのにそれを正義だと思っています。 また、コロナ禍では、SNS以外にも外出自粛により、平日昼間のテレビを見る人が多くなりました。テレビがマスクやアルコール消毒液の生産が追い付かないなどと視聴者を煽るような報道をしていたことやコロナの陽性者数も検査数が増えたために増えた(陽性率は変わらない)のに陽性者数だけが増えたような報道の仕方をしていたこともコロナ禍での問題だと私は思います。 このような、情報源となるものが利益(自らの満足を満たす)を得るために煽ることは、正しいことなのかという倫理的な問題について考えたいです。 

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コロナでの経済自粛はやめるべきだと思います。経済自粛によって、自粛して不景気になると自殺者が大量に出ます、その数はなんと年間3万人にも及びます。 現状の日本はコロナでの死亡者数は極少人数しかおらず、このままでは自殺者のほうが圧倒的に出る恐れが高いです、また毎年10万人肺炎で亡くなっているので、年間死者数すら増えるどころか減る恐れが高いです。 風邪でのウイルス蔓延は防ぐ事ができない。風邪ウイルスは感染者が軽症の場合が多く、ウイルスを拡散させてしまうから防ぐ事はできないと専門家が発表しております。ハーバード大学も全世界で70%が発病するだろうと発表しています。経済自粛をし、経済を壊しても感染を防ぐ事は出来ないという事であり、過剰な自粛は意味がなく、むしろ不景気により自殺者が大量に出てそれが長期に及ぶ事から害悪であるとさえ言えます。 新型コロナは怖い病気なのか? 新型コロナ感染者は大量にいて、殆どの人は軽症と発表されています。持病があり高齢者の場合は重症化しやすいとも発表されております。ただ持病があって高齢者だとコロナでなくとも重症化します。毎年肺炎で10万になくなっているのが事実であり、新型コロナで無くなる方はほぼいません。直近3ヶ月でも2万4千人は肺炎で亡くなっている計算でそのうちコロナの方は僅か57名しか居ませんし、倍率にして500分の1になります。という事は死ぬ可能性はコロナ以外の要因が500倍以上高いという事でしょう。これはコロナを危険視するのが正解なのか?私は違うと思います。 あくまで論理的にインフルエンザならコロナの死亡者数より1日あたり50倍も亡くなっているのでコロナを過度に恐れるのは論理的には誤りだと思われます。 

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SNSが普及している今、コロナ禍でもっと有効活用ができる時代だと思います。SNSは現在、多くの問題が発生しています。アカウントと乗っ取りや、なりすましなど、不適切な画像・動画の出回りや流出、個人情報の流出などが問題となっています。ですが、SNSは使い方を間違えずに正しい使い方をすれば、とても有効的で便利な素晴らしいものだと思います。このコロナ禍でこのようなSNSを有効活用するべきたと私は思います。SNSは最新の生の情報を得ることができます。最新の生の情報を得ることはとても大事なことだと思います。テレビや新聞では得ることのできない最新情報をSNSのTwitterなどを用いて得ることができます。なので、有効的にSNSを利用できるようにもっと改善していくべきだと思います。どのようにすれば最新の特定の場所がわかり、多くの1人届くのかを考えていけばいいのではないかなと思います。どこでなにがどう起こったのか、今のSNSは興味があるものが多く流れてくるイメージなので、もっとSNSを利用している人がログインしたときにすべての人が情報をめにすることができるようなものになっていけばいいなと私は思います。コロナ禍でもっと有効的に使われてほしいです。 

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 わたしが情報に関する倫理について考えたいテーマはコロナについてです。やはりこのご時世コロナに関する情報が世の中に飛び交う中、誤った情報も流れていると感じます。今年入ってすぐに、トイレットペーパーやティッシュの生産が追いつかないことがありました。それはTwitterなどのソーシャルネットワーキングサービスでトイレットペーパーとティッシュが売り切れているという情報が流れて、みんなが一斉にトイレットペーパーやティッシュを大量買いするという負の連鎖が起きました。TwitterやInstagramはとても便利ですが、情報がすぐに回って拡大性が大きいのでsnsの情報は気をつけて見るべきだと、少し疑ってもいいのかなとわたしは思いました。 わたしはTwitterでコロナウイルスに対策できる薬が出るというニュースを何度も見ました。けれど実際には出ていないです。期待だけ持たせてこういったニュースは必要ないと思いました。確実に薬が出来てからそういったニュースを流すべきだと思いました。 コロナはいつ終息するか本当にわかりませんが、情報一つで惑わされたりすることがあるので気をつけていこうと思いました。コロナに関する情報は慎重に見て考えていきたいです。一人一人出来ることをこれからもしていこうとわたしは思います。 

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 私がコロナ禍において考えるべきだと思う情報倫理はSNSの投稿についてです。なぜSNSの投稿について考えるべきかというと、元々から存在していたSNSの投稿に対する誹謗中傷などが悪化してしまっていると感じているからです。例えばコロナで外出の自粛が要請されている中、ちょっと遊びに行った、外食に出かけたなどをSNSに乗せるだけで不要不急じゃないかと言ってくる人が出てきてしまっているのです。ましてや友人や家族に言われるならまだしも、全く知らない赤の他人からそのような忠告が来ることも少なくないように思います。一般人ならそこまで大多数から言われることは少ないと思いますが、芸能人などはSNSに載せる際も何の用事で来たかを明言しておかないと多くのバッシングを食らってしまうのです。私は他人のSNSに批判をしたりすることはあまり好きではないのでしませんが、あまりに酷いことをSNSに上げていたり、犯罪行為に近いことをSNSに上げてしまっている場合は批判したいという気持ちも分かってしまいます。その辺りが個人の情報倫理に委ねられているように感じます。このようなSNSの誹謗中傷はインターネットのディープな部分でもあるので警察などがすぐに対応できる問題ではないと思いますが、SNS上の情報倫理を小さい時から身に着けさせる教育は必要になってくるのではないかと思います。 

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私が考えたい、情報に関する倫理についてのテーマは、プライバシーについてです。情報が発展していく一方で、プライバシーに関しての重要度が下がってきているのではないかと感じます。私が特に感じるのは、インスタグラムです。今では、世界のほとんどの人が利用している、インスタグラムですが、あまりにもプライバシーに関して軽率であると感じます。インスタグラムのログイン機能とリアルタイムで動画を発信できるストーリーズ機能です。ログイン機能に関して、私の友人がパスワードを名前と誕生日の組み合わせのような簡単のものにしていたため、他の人にアカウントが乗っ取られてしまう出来事が何度かありました。確かに、パスワードを他の人にも分かるようなものにしていたことも良くないですが、簡単に他人のアカウントをログインできるような機能があることにも問題があると感じました。アカウントのログインについて、考え直すべきだと思いました。ストーリーズに関しては、リアルタイムで簡単に自分の現状を載せることに対して、もう少し危機感を感じた方が良いのではないかと感じます。酔っ払ってしまっている時にふと載せてしまったり、写ることに抵抗があるのに、無理やり友人を載せてたりなど、ストリーズを原因に感情的なものが傷つけられてしまい、プライバシーに影響していると感じました。 

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 私がコロナ禍にあって情報について考えたいのは情報の信用性が今の状況では大切だとおもうので、マスメディアの報道倫理について考えてみたいと思います。 マスメディアにいま私たち国民はコロナの検査数、陽性反応者数の情報を頼っています。明白に今日は検査数が〜で、陽性判明者は〜です。というような報道が毎日されることがないと国民は今の時期とても不安であると思います。私たち家族は少なくともそうです。またコロナ禍において総理大臣も変わることとなり、TBSの報道で麻生さんの発言の一部を抜粋して報道して批判的な意見に国民の目をいかせようとするのは倫理観としてはまったくもって私には理解できないことであると感じました。こういう少しのことで国民の今の不安な状況を操作したのが授業にも出てきたヒトラーであり独裁者的な支配を得ていたので、マスメディアがそのような倫理観に欠ける行動をつづけると独裁者的な存在が今の不安が全国民の心の中にある状況ではできかねないというのが私の個人的な意見です。これをしないために抑制、規制するにはまず私たちの情報リテラシーをそれぞれ正しく持つことはもちろんのこと、お互いのマスメディアが報道の互換性について見張ったり、いきすぎた報道や抜粋して全く違うような意見の汲み取らせ方をする報道には法律で厳しくたりしまることが大きく左右されてくると私は思いました。 

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現在コロナウイルス蔓延の影響で以前のような自由な行動を取ることは難しくなったことにより、室内で過ごすことが多くなりましたよね。その中でスマートフォンを利用し、情報を得る機会も増えたと思います。その上で倫理というある種の規範を情報と結びつけて考える必要性があると強く感じるようになりました。 そこで私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、SNS上においての誹謗中傷の問題です。 そもそも倫理とは、「ある社会における道徳的規範であり、法律的な強制力は伴わない、個人の内面的な原理」であります。その倫理が情報と結びつくことで、現在の情報化社会における道徳的な規範を考える学問として、情報倫理という問題が浮かび上がるのです。 近頃、情報倫理に関するニュースを頻繁に見かけるようになりました。その中の問題の一つにSNS上での誹謗中傷が挙げられます。例を挙げると、芸能人のようなインフルエンサーに対する誹謗中傷によって、その対象となった方が自殺に追い込まれてしまうような問題です。そのような誰でも情報を得たり、情報を発信できる場であるSNSにおける倫理的問題は、今後情報化社会が発展していく上で、切っても切れないテーマであると考えています。 

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現在コロナウイルス蔓延の影響で以前のような自由な行動を取ることは難しくなったことにより、室内で過ごすことが多くなりましたよね。その中でスマートフォンを利用し、情報を得る機会も増えたと思います。その上で倫理というある種の規範を情報と結びつけて考える必要性があると強く感じるようになりました。 そこで私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、SNS上においての誹謗中傷の問題です。 そもそも倫理とは、「ある社会における道徳的規範であり、法律的な強制力は伴わない、個人の内面的な原理」であります。その倫理が情報と結びつくことで、現在の情報化社会における道徳的な規範を考える学問として、情報倫理という問題が浮かび上がるのです。 近頃、情報倫理に関するニュースを頻繁に見かけるようになりました。その中の問題の一つにSNS上での誹謗中傷が挙げられます。例を挙げると、芸能人のようなインフルエンサーに対する誹謗中傷によって、その対象となった方が自殺に追い込まれてしまうような問題です。そのような誰でも情報を得たり、情報を発信できる場であるSNSにおける倫理的問題は、今後情報化社会が発展していく上で、切っても切れないテーマであると考えています。 

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現在コロナウイルス蔓延の影響で以前のような自由な行動を取ることは難しくなったことにより、室内で過ごすことが多くなりましたよね。その中でスマートフォンを利用し、情報を得る機会も増えたと思います。その上で倫理というある種の規範を情報と結びつけて考える必要性があると強く感じるようになりました。 そこで私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、SNS上においての誹謗中傷の問題です。 そもそも倫理とは、「ある社会における道徳的規範であり、法律的な強制力は伴わない、個人の内面的な原理」であります。その倫理が情報と結びつくことで、現在の情報化社会における道徳的な規範を考える学問として、情報倫理という問題が浮かび上がるのです。 近頃、情報倫理に関するニュースを頻繁に見かけるようになりました。その中の問題の一つにSNS上での誹謗中傷が挙げられます。例を挙げると、芸能人のようなインフルエンサーに対する誹謗中傷によって、その対象となった方が自殺に追い込まれてしまうような問題です。そのような誰でも情報を得たり、情報を発信できる場であるSNSにおける倫理的問題は、今後情報化社会が発展していく上で、切っても切れないテーマであると考えています。 

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私は情報が多く存在しているネット上でのマナーについて考えたいと思います。まず、最近度々問題視されている誹謗中傷についてですが、特に多く見受けられるのがSNS上です。Twitter、YouTube、Instagram、などは知らない他人同士で匿名でつながり合うことができるため、一つ一つの言動が軽くなりがちだと感じました。そこでSNS利用者の情報の倫理がとても大切だと思うのです。ネット上には様々な情報が存在しています。その情報が果たして本当に正しい情報なのか、はたまた間違っている情報なのか、ネットで情報を得ているからにはその情報を見極める力が必要です。今年の5月、リアリティーショーであるテラスハウスに出演していた、女子プロレスラーである木村花さんが誹謗中傷により自殺してしまうという事が起こりました。テラスハウス内で問題を起こし、それを視聴者が罵詈雑言で木村花さん本人のSNSなどで叩き、木村花さんは追い込まれる形となりましたが、まず視聴者は番組をショーであることを理解しないといけません。番組内で素行不良だとしても実際に会ってみないと他人にはわからないはずです。また、リアリティーショーいう名目はリアリティーの言葉に縛られ逃げ場を失います。日本では今回によって問題となりましたが、アメリカでは数多くの人が自殺へ追い込まれています。またSNSにより以前に比べ芸能人や有名人との距離が近くなった一方、心無い言葉が多く浴びせられることになることも多くなりました。このようにSNSでの匿名の状態でも情報の倫理を忘れず、画面の向こうにも同じ人間がいる事を忘れてはいけないと思いました。 

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私が情報に関する倫理の中で考えたいテーマは「個人情報とプライバシー」です。なぜならば、個人情報の保護についての問題はコロナの影響が見られる以前の世界から問題となっており、加えて現在ではコロナウィルスに感染した人やクラスターについてどのくらいの情報まで開示すべきなのか疑問に思ったからです。あまりにも情報を開示しすぎると個人の特定が容易になることでその人への罵声や悪口が増えることなどの問題が予想できるし、逆にあまりにも開示しなさすぎた場合では正しい情報を得ることができないために正しい処置がとれないことや今後の対策についても検討ができないなどの問題が予想でき、開示しすぎた場合としなさすぎた場合のデメリットは大きいと考えられます。そのため、情報はどの程度開示することが適切であり、その基準はどこにあるのか疑問に思ったため、情報に関する倫理の中でも特に「個人情報とプライバシー」に興味を持ちました。また、コロナに関わらず現在のAmazonをはじめとするさまざまなネット上のサイト、ないしはシステムでは、個人情報の入力はほとんどのもので必須事項となっており、企業側のプライバシー保護の対策の重要性も高まっているのでその対策はどのようなことがなされているのかについても興味を持ったためプライバシーについて考えたいと思いました。 

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私が情報に関する倫理について考えたいと思っていることは、SNSなどでの誹謗中傷です。今年猛威を奮っている新型コロナウイルスなどの影響で様々な問題が起こりました。新型コロナウイルスの影響の中でも飲食店が受けたダメージはとても大きいと感じました。また飲食店はただでさえ顧客が減っているというのに、虚偽の噂が流れたことによりさらに顧客が集まらなくなっているなどのニュースを目にしました。そこ厳しい状況下で経営が続けられなくなる飲食店も多くありました。今回はそのSNSなどで虚偽の噂を流したことについて問題視したいと考えています。また飲食店だけでなく、新型コロナウイルスにかかってしまった方に対しての誹謗中傷も絶えないということも目にしました。SNSは自分の家族、知り合いだけでなく世界中の方が閲覧できるものです。それをわかったうえで使用者には投稿や、コメントをしてもらいたいです。実際に私もTwitterや、InstagramなどのSNSを使用しています。正しい使い方をすればとても便利で楽しいものです。しかし誹謗中傷などが起こってしまうと気持ち良く使えなくなってしまう方が出てしまいます。コメントを投稿する前に人を傷つけるような内容になっていないかなど、そういった注意を払った中で楽しく使っていくことがそういった誹謗中傷を減らす第一歩だと考えます。SNSの中から誹謗中傷が消えることはないかもしれませんが、少しでも減らせるように一人一人が意識して使うべきだと考えています。 

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私はSNS上の誹謗中傷がどこからどこまで該当するのか、そして匿名が可能なSNSにおいて誹謗中傷と思われる発信先を特定する難しさ、罰則などを含めた誹謗中傷という情報の凶器化について考えたいです。コロナウイルスによって、人々にストレスが溜まりやすくなり、ヘイトが一気に傾きやすくなってしまい、最近ではSNSでの誹謗中傷が後を絶ちません。中には芸能人の方が自殺してしまうほど追い込んでしまうといった言葉の暴力の醜さも目の当たりにしました。これはメディアを扱うSNSというツールの秩序がまだ無限大に存在するというメリットが原因となってしまいました。 そもそも誹謗中傷が情報に関する倫理として該当するのか曖昧なところですが、私は該当すると考えます。なぜならデジタルを自在に扱うようになり情報が氾濫し、錯綜する世の中が当たり前になりました。そして、誰もが簡単に匿名が発信した情報を入手し、扱うことができます。そこで、誹謗中傷というものは言葉が可視化され、その言葉で作られた情報を悪口によって加工し、当事者にぶつけることによって生まれます。であるからして、情報を無限に扱うSNS上のやりとりは倫理が曖昧になりがちなため、問題の1つである誹謗中傷も慎重に取り扱う必要があると考えたからです。 付け加えて、情報を自由に扱えるからこそ、責任の所在が曖昧になりやすいSNSにおいて、浮かび上がっている問題を深堀りし、秩序を確立させる必要があると感じました。 リクエストは最近起こったSNS上の誹謗中傷に関する事例 

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私が情報に関する倫理で考えたいテーマは、個人情報の漏洩についてです。最近ではインターネットを利用する機会が多くなり、コロナ禍によって今まで以上にネット社会が進みました。授業にしても、ネット通販、就活サイトにしても住所や生年月日など個人を特定できるような情報を入力する機会が格段に増えたのですが、それらがしっかりと守られているのか入力する前に不安になることがあります。有名なサイトならまだ安心感があるのですが、マイナーなサイトで商品が安くなっているからと買い物をしようとすると、悪徳サイトに個人情報を取られてしまうような危険も存在すると思います。さらに言えば、最近実家の固定電話でセールスの電話が鳴りやまないのですが、自分の家族の年齢層や購入傾向にあったようなサービスや商品を勧められます。電話をしてくるセールス会社はどこから私の家の電話番号や家族構成などの個人情報をを仕入れているのか、もしかしたら私が今まで使ってきたサイトから漏れているのではないかなど思うことがあります。ベネッセの保有していた個人情報が漏洩する事件などもありましたが、サイトに入力した個人情報がどのように守られているのか、どこまでの情報提供だったら許されるのかなど、その辺のテーマが私の考えたいことです。 

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コロナ渦にあたったて私はテレビの情報力が以前よりも強く必要だと感じます。私たち学生の世代はスマートフォンの扱いに慣れており、テレビを見る時間よりスマートフォンを見る時間が長い傾向にあります。そのため活用方法も熟知しています。調べたら何でもすぐに情報を知ることができ、認知できます。テレビのニュースを見る必要はなく検索をかけてしまえば短時間で効率的に情報を共有、認知できます。しかし、世代別で考えてみると私たちのおばあちゃん、おじいちゃん世代は、そこまでスマートフォンでの情報は私たちほど上手く活用ができないように私は感じます。そのためコロナ渦で家にいる時間が長くなった現在、尚更テレビの質を上げていかなくてはいけないのではないでしょうか。目に移り、情報を流すのではなく記憶に残るようにすることが大事だと感じます。今後も長くコロナ渦は続くと思います。ただただ結果を流すだけのテレビは記憶に全く残らないと思います。私たち世代の人間も興味が湧くような質を目指すことによって全員が興味を持ちいい情報交換ができるのではないでしょうか。現在情報供給能力が年齢層でかなり差があるように感じます。スマートフォンはもちろん上手く使いつつさらにテレビの質を上げていくことによって年齢層に応じず差がどんどん埋まっていくのではないでしょうか。このテレビの質の向上、さらには年齢層別の情報共有能力の差の縮尺化を図る作業をテーマに掲げ今後様々な展開を繰り広げていくべきだと私は感じます。 

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私は、SNS上の他人の写真を扱うときの倫理問題です。今では、多くの人がだれでも見ることができるyoutubeは(フォロワーが多いい人ほど)外で撮影する際、自分以外がなるべく映らないように配慮し、もし映ってしまったとしてもモザイク処理するのが普通になっています。それに対して、多くの人が利用しているインスタグラムのような写真メインのSNSは無加工で載せている人も多いい気がします。大人数で撮った写真は特に全員に投稿許可をとるのはとても難しいです。この問題は難しいのは周知していても、自分たちの意識を変えなければ一向に解決しません。 だからこそ、一人一人の肖像権に対する認識を強め、むやみに他人を載せたり、背景に映り込んだ人の顔がはっきりする場合は配慮が必要です。”みんなも載せてるからいいや”となってしまわないようにSNSに乗せる前に「これは正しいことなのか」を判断するための倫理が必要なのです。みんながしているからいいのではなく、 みんなが肖像権に対して気を使い、投稿していくようになれば、”みんな配慮しているなら自分もしなければ”という意識改革をすることでよい方向に進むと思います。 自分で何が正しいかを調べ、知ることは大切ですがそれだけでなく、若者が得意な友達や知り合いに広めていくことでみんなの認識が徐々に定着していくのではないかと思いました。 

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私は情報の倫理について、情報の受容者の在り方について学びたいと思います。 現代の社会が誰もが常に情報拡散の大きなハブであり、間違った情報が広く拡散することで不必要なパニックを引き起こしかねなく、さらにこのコロナ禍において、情報を発信する側と受け取る側双方での情報倫理というものが今までよりもより強く問われるようになったと感じているためです 例えば4月ごろに実際に起きたトイレットペーパーの買い占めは、転売を目的とした悪意ある品薄情報が、不安に駆られた人々に受け取とられてしまいさらに拡散されてしまったほか、ただ話題性ある事柄であるからと拡散されてしまったがきっかけとなった不必要なパニックだったと言えるでしょう。 これらはシラバスにある言葉でいうところの「ポストトゥルースの時代」に関連する話題であると感じており、コロナ禍を踏まえて考える上では知らねばならない話題なのだろうかと思っております。 正しい情報が必要な場合でも娯楽性を優先した情報が出回ってしまうのが現代ですが、この状況下において私たちは不必要なパニックを引き起こさないようにするには受け取った情報に対してどのような反応をすればよいのか、というのが気になった点であり、学ばなくてはならなことだと思いました。 

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私が情報に関する倫理について考えたいテーマは、『SNSの取り扱い』についてです。今日、世界ではSNSの普及やIT技術の進化によって注意すべき事柄が日々増えているように感じます。最近でも、SNSがそこまで普及していなかった一昔前ではそこまで気を付けなくてもよかったようなことをきっかけにして、多くの犯罪や事件が起きています。また、事件や犯罪が起きると被害者や加害者の個人情報を特定するために数多くの『特定班』が、ネット上で動くようになったのもここ最近でかなり多く、目立つようになりました。その『特定』という行為が段々と過激になっていることで二次被害が生まれる可能性があることから、普段からSNS利用者は載せる内容から個人情報が特定されないように細心の注意を払わなくてはいけません。このようにSNSやネットが日々進化していることを考慮すると、同じスピードで私たちのネットに対する考え方やSNSの取り扱い方もアップデートする必要があります。SNSやネット上では昨日の常識は今日の常識ではないということが、よくわかります。私たちにとって、当たり前になりすぎているSNSの取り扱いや、犯罪や事件を引き起こす可能性のあるIT技術の脆弱性について、1人1人がもう一度より深く考えるべきだと思います。 

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私が情報においてあるべき姿だと感じているのは正確性の重視された姿です。昨今、信用できる情報が少なくなっており、かつソースを確認せず信用してしまういわゆるリテラシーの低い人々が増えてきたように感じます。さらに、情報社会になるに従って情報量が増えており、信用していいか否かを精査する時間が取ることがだんだん困難になってしまいました。ツイッターや5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)にのような万人が自由に書き込むことができ、それを万人が見れる状態にある状態でデマを撒き散らし、それをリテラシーの低い人が飲み込んでしまい、それがデマと分かるや否や騙される方が悪いというような態度を取るなど、誰もがネットに触れる機会が与えられた為に情報による混乱が増えたように感じます。情報自体が精査の必要がないほど正確な物のみであればこのような混乱も起こらないのではないでしょうか。また、様々なニュースを誇大し、歪んだ解釈をし、無知を知らずにことを批判することも増えているように感じます。例えばヒアリがコンテナに紛れ込んでいたというニュースに対してもうすでに全国にいると思い込んだり、元総理の葬儀に税金が割かれていることは今に始まった事ではないのに執拗に自由民主党政権の批判のために使ったりと酷いなと感じるものばかりです。情報が正確性を持つようになるのと同時に我々も情報をまっすぐ受け止める力が必要なのかもしれません。 

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私は、情報に関する倫理において、インターネットと著作権をめぐる問題について考えたいと思いました。ファイル交換ソフトが著作権侵害を蔓延させているということや、最近ではYouTubeなどの動画投稿サイトが著作権侵害を蔓延させているということで問題になっています。YouTube はアメリカのサイトですが、ここには日本のテレビ番組などが無許諾で多数アップロードされています。以前はこのような違法コンテンツも放置される傾向にありましたが、2006年の6月頃からアニメを中心に違法コンテンツの削除作業が活発になったといいますが、未だに違法アップロードは後を経ちません。先日、YouTubeを閲覧していたとき、多くのジブリ作品が作者の許可無しにアップロードされていました。こんなに素敵で世界中で人気のジブリ作品が、誰かの無神経な行動により粗末に扱われ、作者の心に傷を負うような行為が行われていることに、悲しみと怒りを感じました。動画だけではなく音楽も同様に、無料のアプリで多くの曲が違法アップロードされていました。著作権を取り締まる企業や、違法アップロードいったことが起きないような取り組みについて学んでみたいと思いました。 

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私が考えたい情報に関する倫理は、インターネットでの情報検索です。例えば、SNSであれば、登録をすればどんな人でも情報を発信できるというものです。その情報はインフルエンサーのような周りに影響を与える人は発言に対する責任を感じ、慎重に情報を発信すると思います。ですが、それ以外の人たちは好きなことを好きなように発信することができます。すると、それがいい情報悪い情報、本当の情報うその情報の如何に限らず、誰かに目にとどまることがあります。その情報が、果たして本当に自分が調べようとしていたことだったとして、本当でいい情報であれば問題はないと思います。しかし、それが嘘の情報で悪い情報であるならば、その人が受けるものは悪いものとなり、自己責任という形をとるならば、その人が悪いという悪循環になってしまうと思います。そのため、正しく良い情報を見極められる力を身につけることが今後の社会に生きていく中で必要不可欠となるスキルとなると思います。情報の見極めということは、前々から様々なところから言われ続けていることですが、それでもなお、悪い情報にとらわれてしまう人はいます。そうしたことから、現在でも情報を見分けるために必要なことがわかっていないことがあげられると思います。そういったことが起きないようにするには、また起こす側は悪意を持っているのかそれとも善意を持っているのかなど、そうした人間的な部分を見てみたいと思いました。今後はAIが進化していくということがあげられていますが、最終的には人間の思考尾力や想像力によって情報が左右することとなるので、私が悪い方向にする側、される側にならないようなことを知り、いい方向にする側、される側になるような力がどのようなものなのかを考えたいと思いました。 

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私はこのコロナ渦の情報に関する倫理として感染者数に伴う人々の行動について考えたいと思います。現在東京を中心とした日本全国の新型コロナウイルスの感染者数は毎日メディアを通して公表されています。第一波は過ぎて第二波に入っている、第三波が到来しているなどそれぞれのメディア、専門家によって認識に違いが存在し正解がない中での報道で個人個人がどの状況にあるのか独自で判断しなくてはいけない状況です。そんな中感染者数に応じてとって良い行動、悪い行動というものがあるのではと考えました。例えば感染者が多いから外出は控える、一時期感染者が減少傾向に見られリモートでの作業だったのを対面に戻したが再び感染者が増加する傾向にあったので、またリモート作業に戻す、再び緊急事態宣言を出す、など状況下に応じた行動がある程度マニュアル化することによって一定の経済活動安定に少しでも近づけるのではないかと思いました。コロナウイルス感染者の年齢、性別、感染経路、職業などの情報がメディアによって報道され、感染者への誹謗中傷なとが問題となっていたがその原因の一つとしてメディアの発信の仕方にあると思います。確かに正確な情報発信をしたいと人々は不安に思ったり不審に感じたりするため発信も大切でありますが誹謗中傷に繋がるような情報発信は考慮すべき点だと考えます。そう言った点で情報発信の際のマニュアル化をある程度定まるべきだと思いました。 

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私は、今日の情報社会において特に重要な「プライバシー」の点について、多方面から考え、存在意義や関連法案等について考えていきたいです。今回のコロナ禍で、新型ウイルスにかかった人を特定し、SNS上に晒しあげて非難することを行っている人が多くいます。その人にとってその行動は自分や周囲の人間に対する善意として捉えている場合が多いですが、被害者にとっては悪意に満ち溢れた行動であり、倫理の観点からすれば重大なプライバシーの侵害となります。また、SNS上で特定の感染者に対して攻撃するだけでなく、自宅や勤め先などに押しかけて直接誹謗中傷の言葉を投げかけていることも少なくありません。このように、コロナ禍の中でプライバシーに対する倫理観が崩れている行動をたくさんみかけるようになりました。私はこの行動に対して、[なぜ倫理を無視した情報を得ようとするのか]を様々な面から考え、今後同じような被害をなくしていくためにも、情報倫理という観点から対策法について深く考えていきたいです。そして、今後の情報社会の中心となっていく今の若者に情報に対する倫理を伝えていくために、どのような方法や語りがけが有効となっていくのかについても考えていきたいです。 

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私がコロナ禍にあたって考えるべきことだと思うことは、芸能人のプライバシーについてである。これはコロナ禍より前から問題になっていることだと思う。私がコロナ禍でよりそれを感じた理由としては、外出自粛期間にも仕事がある芸能人はリモートで繋いでテレビ収録をするという形をとっているのをよく見かけた。人によっては、事務所から繋いでいる人もいたが、売れてる売れてない関係なしに、自宅から繋いでリモート収録している人が多かったと感じる。 芸能人の自宅ということを利用して、家の物を見せるような企画もたくさん見かけた。視聴者やファンにとっては、好きな芸能人の家を覗いているような感覚で嬉しい部分も多いと思うが、家を公開した芸能人の立場で考えてみると、普段休むための家が収録の場になってしまったり、情報がたくさん飛び交っている世の中ではどこから家の場所がバレてしまうか分からない、などという点で今までは自宅の外で週刊誌などにプライベートを覗かれたりしていたが、コロナ禍では外に出れば、出掛けていると写真を撮られ、家の中でも収録があり、ずっと人に見られているような生活なのではないかと感じた。大衆の満足も大事だが、まずは芸能人のプライバシーについて考え直すべきではないか、もっとはっきりしたラインを決めておいたりしたほうが良いのではないかと思った。 

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私は情報に関する倫理の中でも特にプライバシーについて考えたいと思います。例えば現在様々なサービスを受けるにあたって、ある程度のプロフィールや何かしらの履歴を同意の上収集されることは当たり前となっています。これらは快適にかつ円滑にサービスを提供するために利用されていて私たちの役に立っているものです。しかしそれと同時にこの情報が流失したり同意した範囲を外れて情報が利用された場合はプライバシーが侵害されることになります。また利用規約が過度に複雑であり十分に理解していなくともこれに同意していた場合もプライバシーが侵害されている可能性があります。 当然情報がサービス間で広く共有されていれば私たちが享受するサービスは便利なものとなるでしょう。しかしそれはどこまで認められるのか、また利用者にどう伝えれば理解してもらえるかについて考えたいと思います。前者の例では、極端な例ではありますが政府による情報の検閲があります。情報を検閲すれば安全保障上とても大きなメリットになり、私たちはテロの脅威から解放されることになります。しかしそのために私たちのプライベートなところまで確認されることはあまりにも極端です。この例は今、情報倫理で最も問われているテーマであると私は考えます。