シス基礎2020前期12コンピュータの歴史Forms14投稿集

情報システムの基礎2020前期12コンピュータの歴史Forms14
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1. 戦時中のチューリングとフォン・ノイマンを並べて「戦争とコンピュータ」について考えて下さい。これは500字程度で7点。サードプレイスには「この授業の全体から私が学べたこと」を書いて下さい。「とくにない」という人はムリに書かなくてもいいです。こちらはこれまで通り採点対象外。 締切は7/27午後11時30分。
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第二次世界大戦中、イギリスのアランチューリングという数学者は1936年にブリッチリー・パークの外務省の暗号学校に赴任しました。そこでは、ドイツ軍が使用していた暗号機であるエニグママシンの解読であった。また、アメリカではフォンノルマンらによって制作されたENIACというコンピュータは砲撃の弾道計算のために作られました。そして彼は多く軍事作戦に貢献し、中でも一番のプロジェクトは原爆実験でしょう。また、ノイマンらはメモリーにプログラムをデータと一緒に記憶させれば、プログラムを簡単に入れ替えられることを認識し、論文を発表しました。このプログラムはノイマン型と呼ばれ、今日までのコンピュータに基本的な原理となっています。 このように、戦時はコンピュータが軍事利用されています。戦争というのは、国の存亡をかけた大きな戦いです。そのため情報は命であり、それに伴うコンピュータの発展は不可欠なものであったのでしょう。 そして戦後、商業用のコンピュータであるUNIVACが登場し、軍事目的から商業目的にコンピュータの使用目的が移行していったのです。つまり、使用目的によっては、世界を成長させる要因にも崩壊させる要因にもなりかねないということを意味しているのです。 
戦争において情報というのは非常に重要な事項であり、その情報を分析するために使われたのがコンピュータであった。あらゆる測定や分析において使われていたのである。核の実験や爆発物の実験に使用され、主に計算などで用いられたのが当時のコンピュータであったのではないだろうか。もし、現在のようなコンピュータが使われれば、多くの人の命がなくなるのではないだろうか。敵を壊滅させながらも味方の被害は最小限に抑えることができる。航空衛生などを介することで敵の位置や人数まで把握できるかもしれない。この優れた情報を得ることで戦争時に有利に立つことができ、先制攻撃も仕掛けられるし、新たな兵器の開発も格段にしやすくなるだろう。話を第2次世界大戦当時に戻すと、やはりあって損するようなものではない。速い計算能力だけでも、兵器を作るのに相当な時間の短縮を図ることができる。これらのことから戦争にコンピュータはなくてはならないものなのではないかと考える 
コンピューター開発は冷戦の時代に急速に成長しました。その中でもチューリングの暗号や計算すること、計算機科学などの多くの分野の二人を踏まえて考えます。元々、アメリカのコンピューターは複数の端末の親機種となるコンピューターを中継して接続をする集中制御でした。しかし、それは大本が何らかのアクシデントが起きたら全てがダウンしてしまうという欠点があります。その欠点を補い戦争に勝つために分散型のインターネットになり、急激な成長をしたと思います。これを踏まえ、私は戦争や国の存亡をかけた時の成長はすごい革新的だと思いました。しかし、その急成長の裏にあるものを考えると成長するために戦争をするのが正しいとは考えられません。 
現代では、コンピュータの知識や技術を身に付けていると、自分の就活や社会に出た後の仕事に繋がります。さらに今では「機械音痴」という言葉があるが、昔のほうが機械を扱える人が少なかったのではないかと感じます。まず、機械やコンピュータに触れることができる人が少なかったと思います。そのうえで、戦時中にコンピュータの知識や技術を身に付けている人は珍しい人であるため、戦争に関わる情報や暗号の解読や、兵器の制作にその知識や技術が使われたと考えます。アラン・チューリングはイギリスの暗号解読センターの政府暗号学校で、ドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読する部門の責任者となり、ドイツが使用していた、エニグマ暗号機を利用した通信の暗文を解読するための機械bombeを開発しました。フォン・ノイマンは1953年に発足した通称「フォン・ノイマン委員会」の答申によって合計6種の戦略ミサイルが開発しました。しかし、太平洋での核爆弾実験の観測やロスアラモス国立研究所での核兵器開発の際に放射線を浴びたことが原因となって、1955年に骨腫瘍あるいはすい臓がんと診断され、4年後には死亡している。戦争にコンピュータの知識や技術が使われたことによって亡くなった命が多く存在していると知りました。 
チューリングは、機械は人間のまねをすることができるか。機械は人間のように考えることができるか。という議題をまとめた論文を出した。人工知能やAIという言葉が存在しなかった時代に、チューリングは人工知能という概念を想像していた。フォン・ノイマンは、チューリングよりもすさまじい人である。現在、世界中で使われているコンピューターの動作原理を設計した人である。チューリングと共に現在のコンピューターの基礎を築いた大功績者である。両者のコンピューターの違いは、ノイマンのコンピューターはソフトウェアを導入することができたという点である。ソフトウェアによりハードウェアを制御できるのである。チューリングのコンピューターは、どちらかといえばハードを操作して制御を加えるものである。チューリングのコンピューターはドイツ軍が誇った世界最強の暗号「エニグマ」を解読し、情報戦において英国を勝利に導いたという功績はあるが、戦争時代ならではの機密管理によって、何十年もこの功績は公開されていなかった。フォン・ノイマンは、基礎理論的にも政治的な活動面でも、現代のコンピューターの発展に貢献した。 
ジョンフォンノイマンは1903年12月28日、ハンガリーのブタペストで生まれ、幼い頃から「神童」と呼ばれていた。電話帳を1冊暗記することが出来た、8歳の時には微分積分をマスターしていた、と伝説のように語られている。さまざまな学問を履修し、アメリカに渡ったあと、彼の最初の仕事はミサイルの弾道予測をするためのコンピュータだった。後に、エニグマと呼ばれる軍事的な暗号を解読するために軍事作戦に参加した。彼は、自分の作ったものが何に使われても構わないという考えだから、兵器の使い道は言及しなかったという。現在のコンピュータは、ジョンフォンノイマン式のコンピュータだ。記憶装置にデータを保存し、実行するという形を取っている。そして彼が最初に作り出したコンピュータは、1942年、edacというコンピュータだ。この時にプログラムという概念も一緒に生まれた。こう見ると、ジョンフォンノイマンは、人類の進歩に寄与したように見えるし、私もそう思うが、戦争を通じて進歩をしているというのが皮肉であると思う。ノイマンが自分の作ったものの使い道に拘らない性格だったため、戦争を通じてコンピュータが開発されたが、ノイマンの行動次第では、兵器開発の進歩は遅れ、コンピュータが誕生するという事実もあり得たと思う。 
チューリングやフォン・ノイマンのように、通信機器が発達しきれていない時代で”暗号”というのは非常に鍵を握っていたと思います。戦争はより先進的な技術をもっているほうの勝利だと思います。かつて織田信長が長篠の戦いで最強とうたわれた武田騎馬隊を鉄砲を用いて戦いに勝利したように、より最新で高性能かつ威力の高い兵器をもっているほうの勝つ確率が高いです。その中で第二次世界大戦中などの時代の”コンピュータ”というのは間接的な兵器となっているものだったに違いないと感じました。例えば、暗号を解読するのもそうです。コンピュータを用いて、本来人間が行うと何日も要する解読をほんの数分や数時間で行うことができれば相手の行動は筒抜けとなり、常に先手で戦いを進めることができます。また、現代に限っては、より高い技術で相手国のサーバーを乗っ取ることができれば機密情報も探り放題だし、兵器のシャットアウト、もしくは国そのものをのっとることも可能になってくるかもしれないです。もはやコンピュータは間接的ではなく直接的な兵器となっています。ものの見方によってはこれからコンピュータの技術についていけない国が弱体化していくと思います。先人たちが残した知恵は文明の進化に繋がってきましたが、決して人を滅ぼすような局面に働きすぎないようになることを祈るばかりです。 
今回の授業ではチューリングとノイマンを比べて、「戦争とコンピューター」について考えていきます。 チューリングは、第二次世界大戦中、「エグニマ」という暗号機を解読することを行った。 解読ができた成果としては、ドイツ軍の潜水艦の攻撃地点が予想できるようになって数万人の命が救われる結果となったそうです。これまで「エグニマ」の暗号は解読が不可能とされていた。エグニマの特徴としては、円盤が回転させることによって入力されたアルファベットと異なる文字を出力して暗号文が作成されていたそうだ。チューリングは解読のために、機械を開発しました。それはbombeと言われる機械です。Bombeは、暗号化で行われていた正しい設定を適当なクリブと呼ばれる平文に存在が推定される単語などを使い探索をした。Bombeは電気的に矛盾を検出し、除外することができる。そのことで少数の設定だけが残る仕組みとなっていたそうです。 一方でノイマンは、アメリカの数学者であり。「ノイマン型」と呼ばれるコンピューターの父とされている人です。ゲーム理論を生み出した人としても知られています。ノイマン型のコンピューターは、第二次世界大戦中、アメリカ陸軍は、弾道計算用にコンピューターを開発していました。そのコンピューターの進化版を作る上で、コンサルタントとしてノイマンは起用されました。ノイマンは数学的裏付けを与えたことで知られているそうです。 仕組みとしては、計算の定理や計算式を記録し、数字をあてはめることで瞬時に処理されていたそうです、そしてその式を暗記し繰り返すことで進化していったそうです。これはノイマン自身もこのやり方で暗算することがとても速くできていたそうで、ノイマンは自分が作ったパソコンに対して、自分に次に早い計算のできるやつと言ったとされています。 コンピューターの最初は、戦争するために開発されていました。チューリングとノイマンを見てきたようにこれらも戦争が関わっています。戦争をしたことによってコンピューターの性能はみるみる上がっていきました。コンピューターが発達することで戦略を立てたり、計算する速度が上がって言ったことが分かります。 コンピューターの語源としては、計算するという意味があるのも理解できたと思いました。 
アラン・チューリングとフォン・ノイマンは両者ともに一方から見れば英雄で、もう一方から見れば犯罪者という二面性を持っていると私は考えます。イミテーション・ゲームの予告動画でも言っていた通りだと思います。また、冷戦は実際の軍事力で争ったのでは無く、軍事力を持ち牽制し合いながらの情報戦であった事からいかにこの時代からコンピューターという高度な情報システムが重要視されていたかが分かります。さらに、もし第三次世界大戦が起きるとしたら、それはインターネット上での戦いになるとよく言われていることから、戦争のあり方は時代とともに変化していると思いました。 
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第二次世界大戦でチューリングは数学学者として、敵の暗号解読をしていたこともあり、終戦後もその経験から更に高性能な計算機の開発に関わったと知り、その当時の苦労から、更に計算を便利にしたいと考えたのではないかと私は考えました。戦時中にその様な技術がまだ発展していない状態で暗号解読のために計算をするのは、かなりの負担であったと思われます。その経験から計算時に便利さを追求したのが彼であると自分的に考えました。フォンノルマンはノイマン型コンピュータといった計算機のコンピュータを開発しました。ゲーム理論などといった戦略的なことに長けていた事から戦略的なコンピュータや戦略でで戦争時に求められるコンピュータや戦略を開発し大いに活躍していたのだと思いました。現在でもチューリングはAI人工知能の基盤をつくり現在にも繋がる功績を残しています。フォンノルマンの世界チャンピオンを倒したチェスや将棋などのゼロサムゲームなどのコンピュータプログラムは現在でも活躍しています。戦時中また、現在にも活躍する発明、開発をした学者を私は称賛します。 
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今回の講義内で紹介されていた映画、「イミテーションゲーム」をちょうど自粛期間中に見る機会がありました。戦争というのは一見武力の背比べで、相手より強い武器を持っている方が勝ちそうに見えてきます。しかし実際のところは情報戦であり、武力は重要ではなくなってきます。どこにどのタイミングでどのくらいの兵力を投下するのか、それを見極めるためには膨大な情報収集が必要になってきます。そんな戦争の中に現れたコンピューターという存在は革命と言えるでしょう。相手の情報を得るための最大の武器とも言えます。「イミテーションゲーム」の劇中でも相手の攻め入るタイミングなどの戦術的情報を暗号として取得しそれを解読するといった内容になっていました。これこそが一番戦局を左右する武器だったことがとてもよくわかります。 戦争とコンピューターとは兵隊と銃器ほど切り離せない重要なファクターだったと言えます。 
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私は、戦争が先の二つの大戦やその後の戦争が現代のコンピュータによる社会を確立したと考えている。飛行機は、ライト兄弟が、1903年に有人動力飛行を世界で初めて成功させている。その十数年後の第一次世界大戦では、人類は飛行機による空戦をするようになった。これと同じようにコンピュータも戦争を経て、進化したと言って間違いないと私は考えている。 戦争というのは、いかに相手の国の上を行くことができるかというものであり、アラン・チューリングらがエニグマの暗号を解読しようとしたのも戦争で敵国の情報を察知し、敵の戦力の上を行くために行われたものである。 また、フォン・ノイマンらがマンハッタン計画やENIACの開発に関与したのも自らの研究と世界のどの国よりも上を行く戦力を保有するためであると私は考える。 マンハッタン計画により、原子爆弾の開発が完了すれば、当時では最先端の戦力を保有したことにもなり、ENIACの弾道計算も戦力を強化するうえで各種弾薬の改良や開発に役に立つという考えもあって、開発されたに違いない。このような、戦争でどの国よりも先に行くという、焦りや機会が戦争において、技術開発を促進させると私は考えている。 現代では、技術や設備の進歩により、コンピュータや原子力のようなものが後年に軍事から民間になっていた時代とは違い、民間の技術が軍事に転用されるということも多くなり、今後はまた、違った技術革新をしていくのだろうと私は考えている。 
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元は計算を手動から自動にする為に発明されたコンピュータですが時が経つにつれて、んコンピュータは戦争の分野にも関わるようになってきました。具体的にはチューリングと呼ばれるイギリスの数学者は政府に命じられて当時のドイツ軍が使用していた「エニグマ」と呼ばれる世界最高峰の性能を誇る暗号機の解読を命じられます。その際に彼が用いたのがコンピューターでした。コンピュータを使うことによって膨大な数の暗号を解読する事に成功したのです。これにより連合国の勝利は決定的な物になっていてコンピュータが戦争と深く関わって来ている事がよく分かると思います。その他にもフォン ・ノイマンというアメリカの科学者は核爆弾を発明する為の計算を行った人物とされています。その時に彼によって発明された数式は今日使われているほとんどすべてのコンピューターの方式、ノイマン型コンピューターにその名を残す、コンピューターを発明した世界的に有名な人物の一人でもあります。この2人は最終的には非業の死を遂げる事になるのですが2人の残したコンピュータがいかに戦争と関係していて当時重要なものであったのかが今回の授業から読み取る事ができます。 
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戦時中のコンピュータ開発はとても大変なものであったと思います。 開発関係者は勝利への活路を見出して、希望の光として研究を進めていたと想像できますが、そのプレッシャーは重く、精神的にも、肉体的にもキツかったと思います。そんな中でシステムを進化させて勝利へ導く事ができた研究者はとても素晴らしいと思います。戦争がコンピュータを発展させたと言い換えることもできます。戦争を全面的に肯定するつもりはありませんが、戦争のような「難」があったからこそ人類は急成長できたと言えます。戦争を肯定視できるような功績を残したフォン・ノイマンが軍事機密規約のために名誉を得れなかった事は我がことのように悔しく感じます。縁の下の力持ち、電卓をコンピュータへ進化させたフォン・ノイマンを尊敬します。 「難」である戦争がコンピュータと時代を発展させましたが、それは現在にも通ずるものがあります。コロナという「難」が時代を動かしました。オンラインの有効性を世の中に証明し、普遍的なものにしつつあります。戦争がコンピュータを発展させたのも必然だったのかもしれません。 
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チューリングは戦時中にドイツ軍が第二次世界大戦中に使用していたという暗号機エニグマを解読しようとしていました。チューリングはボンブというコンピュータのような暗号解読機を用いて複雑になったエニグマを解読するための手法をいろいろ開発しました。そしてチューリングたちのおかげでエニグマを解読することができ、イギリス軍たちはドイツ軍に勝利することができました。そしてチューリングたちが暗号解読にやっ気になっていた頃アメリカではフォンノイマンを中心に高速計算機ENIACが開発されていました。その後アメリカでははIBMやユニバックといったコンピューター企業が世界的に発展し70年代にはパソコン文化も花開きました。第二次世界大戦のような戦争中にコンピュータはまだ存在していなかったが、それに匹敵するような計算機や解読機などチューリングとノイマンは完成さていました。そしてこのような機会が戦争の中でも重要な役割を果たしていたといっても過言ではないと思います。またアメリカがテクノロジーの最先端であると言われているが、イギリスがチューリングの功績を正式に評価していたは私はイギリスこそ世界の最先端であったはずだと思いました。 
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現代に生きる人間からすると、コンピュータはネットに接続し、その中で様々な作業をする為の日常の道具の一つであるという印象が強いと思います。私を含めた多くの現代人は、娯楽や文書作成などの日常で行う作業にコンピュータを利用していて、その利用方法があまりにも身近にある平和なものであるために、それがそもそもは戦争のための技術だとは、歴史を知らなければ思い至ることは難しいと思います。私自身がまさにそうでした。そういう理由もあって、今回の講義でアラン・チューリングとフォン・ノイマン、彼らの関わった戦争とコンピュータの事を知ってとても驚きました。戦争によって生み出された技術はたくさんありますが、コンピュータもそのうちの一つであることが理解できたと思います。戦争自体は二度と起こしてはいけないものだと思っていますが、その中で世界を変える技術が生み出されて来たのは間違いないことで、コンピュータやインターネットもそれがなければ開発されなかった可能性があることを考えると完全に無駄なものであったとは言い切れないと正直思ってしまいました。戦争や経済競争を含め、様々な出来事の積み重ねの結果として、私たちは現在の豊かさを享受出来ているので、そのありがたみを理解して有効に使わないといけないと思いました。 
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現代に生きる人間からすると、コンピュータはネットに接続し、その中で様々な作業をする為の日常の道具の一つであるという印象が強いと思います。私を含めた多くの現代人は、娯楽や文書作成などの日常で行う作業にコンピュータを利用していて、その利用方法があまりにも身近にある平和なものであるために、それがそもそもは戦争のための技術だとは、歴史を知らなければ思い至ることは難しいと思います。私自身がまさにそうでした。そういう理由もあって、今回の講義でアラン・チューリングとフォン・ノイマン、彼らの関わった戦争とコンピュータの事を知ってとても驚きました。戦争によって生み出された技術はたくさんありますが、コンピュータもそのうちの一つであることが理解できたと思います。戦争自体は二度と起こしてはいけないものだと思っていますが、その中で世界を変える技術が生み出されて来たのは間違いないことで、コンピュータやインターネットもそれがなければ開発されなかった可能性があることを考えると完全に無駄なものであったとは言い切れないと正直思ってしまいました。戦争や経済競争を含め、様々な出来事の積み重ねの結果として、私たちは現在の豊かさを享受出来ているので、そのありがたみを理解して有効に使わないといけないと思いました。 
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  講義を聞いて、チューリング以前は物事を行って、ほれを数で表していたが、チューリング以降は数が物事を行うようになったと感じました。熱核兵器とプログラム内蔵型コンピュータという2つの革命は相互に絡み合い、その後の世界を大きく変えることになります。第二次世界対戦を背景に、かつて数学と物理が相互に進化を促しあったように、両者はがっちりと手を組み、怪物のようなものをこの世に生み落としました。  アラン・チューリングは「計算可能性」という観点から、あらゆる計算を可能にする機械が作れることを証明しました。これは数という世界において大きな転換点となる出来事です。そして、このチューリングマシンの理論を、現実の装置として創りあげたのがフォン・ノイマンです。フォン・ノイマンの最大の特徴は、形式の権化のような人物であったということです。それは彼の守備範囲が多岐にわたるということとも、密接に結びついていると思います。彼の本質が、内容ではなく形式にあったからこそ、意味や目的を問わない一面があったのではないでしょうか。それゆえの熱核兵器であり、水爆製造競争は、コンピュータを作りあげたいというフォン・ノイマンの願望によって加速され、同時に水爆製造競争が、フォン・ノイマンのコンピュータを完成させろという圧力を一層強めたと感じました。  兵器革新が、技術革新につながり、物事が数で表され評価される時代になったと学びました。 
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 戦時中のチューリングとノイマンの例を基にコンピュータについて考えてみると、大きく分けて2つのことが言えると私は考えます。1つ目が情報面(味方なら伝達、敵なら解読)について、2つ目が作戦のシミュレーションです。今回はこの2つについて以下で詳しく説明したいと思います。  第一に情報面です。これはアランチューリングがドイツのエニグマを解読する点から考えてみたのですが、戦時中ですので、どれだけ相手にバレずにアルゴリズム化して味方に内容を伝達するか重要となります。そこでナチスドイツはエニグマを開発し、情報伝達を行っていたわけです。しかし、これはアランチューリングをはじめとする数学者が解読し、敵の作戦を見破りました。これらのことから言えるのが、戦争においてコンピュータは味方同士においては伝達、敵ならそれを解読するという関係性にあったのではないでしょうか。  第二に作戦のシミュレーションです。これはノイマンが関与したENIAC(コンピュータ)から考えてみました。本コンピュータは砲撃射表の計算を第一の目標として作られましたが、後に行うマンハッタン計画(核実験)にも用いられた物です。私的に本コンピュータの目的は、如何に確実に作戦を実行することができるのか?という点にあると思っています。特に核実験に関しては何回もできることではない上、限られた回数の中で最も威力が強い状態を見定めるために徹底的なシミュレーションが必要でした。そこで、コンピュータが用いたシミュレーションが行われたのだと思います。  以上のことから「戦争とコンピュータ」は戦争に勝つための情報面と作戦のシミュレーションといった意味で関係があると考えました。 
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チューリングがいなければ、今日の「コンピューター」は存在していなかったかもしれません。 コンピューターの概念を初めて理論化し、エニグマの暗号解読により対独戦争を勝利に導いたのが、アラン・チューリングです。 チューリングは戦争が始まると、ドイツ軍の暗号エニグマを解読するためのチームとしてブレッチリー・パークで働くようになります。暗号はタイプライター型の機械にその日の「設定」を施してつくり、受信側の機械を同じ設定にすれば、その暗号文の元の文が出てくる仕組みだが、この設定は天文学的な数の組み合わせがあります。 ただ、暗号を解く作業は、エニグマという暗号マシンを真似し、その動きを論理的に推測して、その日の正しい設定を見つけ出すことにほかならないです。つまり、いくらチューリングでも、機械の手を借りなければならない、コンピュータは優れていると思います。 ノイマンは、20世紀科学史における最重要人物の一人です。数学・物理学・工学・計算機科学・経済学・気象学・心理学・政治学に影響を与えました。原子爆弾(マンハッタン計画)やコンピュータの開発への関与でも知られています アメリカでの最初の仕事は、弾道計算を行う為のコンピュータの開発でした。そして、ドイツ軍の「エニグマ」と呼ばれる暗号作成機の解析を行う等、軍事目的の研究に携わることになります。やがて、ノイマンは原子爆弾開発プロジェクト「マンハッタン計画」へ参加します。戦争に関与しながらも彼自身のコンピュータを作ることに成功しています。 ノイマン型コンピュータがケンブリッジ大学で開発されたのが1947年。パーソナルコンピュータの歴史はまだ70年ほどしか経っていません。 パーソナルコンピュータという言葉が初めて使われたのは、1962年のニューヨーク・タイムズ紙でした。このことから、将来は普通の子ども達がコンピュータを使用する時代になると思っています。 コンピュータの技術革新は目覚ましい進歩を遂げています。今後、フォン・ノイマン型ではない新しい形のコンピュータも生まれてくるのかもしれません。 
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戦争は様々な利害が絡むことで発生したが、多くの被害者や文化の破壊などが生まれた一方、科学や数学の面では大きな進歩を遂げたことがコンピュータの誕生から分かる。戦争下での暗号を届ける、連絡を取るためにプロトタイプのコンピュータは生まれたが、これは戦争ということで各分野の天才が協力し合うことが多かったことで、きっかけのようなものが発生したのではないかと思う。チューリングはプログラムや人工知能の先駆けでもあったと言われるが、それはドイツの暗号を解読するために研究された分野である。それによりコンピュータの基礎は作られた。フォン・ノイマンもコンピュータの基礎を築いたと言われているが、彼自身も限りなくコンピュータに近い頭脳をしていたとも言われており、彼の天才的な頭脳が今日のコンピュータの開発にとても貢献したのだと思われる。このコンピュータに近いとされる頭脳は戦争下での原子爆弾などの多くの面で活躍することになった。当時のコンピュータは今ほど高性能ではないだろうが、それに近いほどの能力をもつ人間が、戦争中に相手にいたということがとても怖いと思う。一つの目的に向けて様々な天才が集まったことで、科学は発展し、コンピュータが生まれることとなったのだろう。戦争という期間で、全ての人間に一致する目的が合ったから出来たことで、戦争がなかったら今ほど科学も発展していないだろう。チューリングは特にコンピュータなどを開発しようとしたわけではなかったが、戦争によりそれの基本モデルとなるようなものを開発していることからも、戦争と科学の発展は切り離せない関係なのだと感じる。 
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 アラン・チューリングは、イギリス出身の二度の世界大戦の中を生きた数学者です。情報革命をもたらしたコンピューターの誕生に貢献し、人工知能の父ともいわれています。第二次世界大戦は情報戦でした。敵の情報をいかに先に手に入れ先手を打てるかで、数百数千人の生死が変わったのです。情報収集の方法は多岐にわたりますが、その中でも重要なのが敵軍の暗号解読です。ドイツ軍が使用するエニグマ暗号機は当時、解読不可能と呼ばれるシロモノでどんなに天才といわれた科学者や数学者でさえ解読できませんでした。そんな中チューリングは機械に解読させようと考えたのです。今でこそ当たり前かのような判断に思えますが、当時は機械より人間の方が優れているという価値観で、有識者でさえも懐疑的でした。しかし、結果的にチューリングはコンピュータを作り出し見事エニグマの解読に成功、多くの人々の命を救うことを成し遂げたのです。その生涯は41年という短いものでしたが、この偉大な功績は、現在のイギリスで再評価されつつあり、2021年末にはイギリスの紙幣になることも決定しています。  フォン・ノイマンとは、ハンガリー出身の数学者・物理学者・経済学者です。現在採用されているパソコンの基本的構造である、ノイマン型コンピュータと称される設計を考案した人物として知られています。第2次世界大戦中のマンハッタン計画に参加した際、ノイマンは爆縮レンズの開発に従事し、爆薬を32面体に配置することによって効率的な核爆弾が製造できることを導き出しました。原子爆弾を爆発させるべき高度も導く計算も行いました。これらを演算によって導き出すには10ヶ月に渡る計算を要したが、この際にノイマンは高速計算の必要性を痛感して、電子計算機の開発に取り組むようになったといわれています。 
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ナチス軍がその頃使用していたエニグマ暗号機による暗号化された電報を巡るイギリス軍でのチューリングの活躍は、イミテーションゲームという映画を見てフィクションではあるものの知っていました。その映画では、天才数学者がエニグマ暗号機の複製に成功するも、この情報をすぐにイギリス軍に伝えることは出来ないという結論に達し、葛藤の中で情報の抽出を行っていました。フォンノイマンについてはあまり詳しく知らなかったのですが、調べると核兵器の開発に携わっていると知りました。2人はどちらも数学の天才であり、その才能を戦争に注ぎ込んでいたという共通点があります。現代では生活に多様性をもたらし、便利なものとなり、数多くの機械を支えているコンピューターですが、その発明は戦争によって進んでいると知りました。戦争によって生み出されたコンピューターが、戦争が終わり、現代の人々に富をもたらしているということに、複雑な感情を抱えてしまいました。コンピューター以外でも、戦争から生まれた文明が数多く存在しています。これから発明されるものが戦争に関わらないとは限らず、現在でも最新鋭の技術は軍事力に回されることも多いと思います。コンピューターと戦争にはとても密接な関わりがあることを知りました。 
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最初にコンピュータが出来たのは第二次世界大戦中であり、それは軍事用途として使われていた。最初は大砲を撃つ時の初速や大砲の角度、それに加え温度、湿度、風速などの気象的な条件も合わせて射程が決まっていました。しかし、大砲を実戦配備するには条件を一覧にした数表もあらかじめ用意する必要があった。気象条件のデータと突き合わせ、どの角度でどの初速で発射すれば的中するというのを数表としてまとめ、それを見ながら大砲を発射していたのがコンピュータが出来る前だ。 しかし、数表をつくるのに人間が一生懸命に計算をするというのはあまり効率がよくない為、そこで数表をつくることを目的として開発されたのが、ENIACというコンピュータである。ENIACは十進法で動き、10桁の計算を3秒で処理出来るものであった。今現在では考えられないほどの遅さですが、人間が計算するよりもはるかに高速だった為初期はこれほど効率がいい物が無かった為このENIACが必需品となっていました。それによって、大砲の準備がスムーズに出来るようになり、第二次世界大戦では使われるようになりました。その後戦争後はビジネスとしてコンピュータは使われ、最初は高価な物として扱われていたが、技術革新によってどんどん下落していき、今ではコンピュータを持つ人が増えているのです。コンピュータの誕生によって、人々が苦労して作っていた数表を簡単に作成し、尚且つ短い時間でたくさん作れる為戦争では欠かせない物となる存在となっていった。そのためコンピュータを導入した国は他のことに人力を費やすことができ、効率化することが出来たのです。 
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チューニングは150✖︎10の18乗というとてつもない数の暗号機を解読するために奮闘した世界一の数学者であるが、彼は英国が戦争に負けないためにこの暗号化を解読しようとした。この暗号は敵の連絡事項や、本拠地、勢力などをコンピュータで暗号化させることで戦争の戦略に活用させていた。コンピュータは使い方によってはとても便利な管理システムとなりうるが、時には戦争で敵の情報を漏らすことのできるツールだということもここで指摘されている。さらに、フォン・ノイマンはアメリカの数学者で「核爆弾を作成」するのに加担した人物として有名であり、彼はその数学者としての頭脳を活用して、核爆弾をどのように製造し、どのぐらいの火薬力で、どの範囲に、どのぐらいの被害をもたらすのかなどをコンピュータで解析しながら戦争に使用する核爆弾に加担した。このことから、「戦争とコンピュータ」には深い相関関係があると考えられる。コンピュータの技術なしでは敵国に打ち勝つことはできない。同時なコンピュータの技術が戦争を促進したと考えることもできるだろう。先述したように、コンピュータは使用用途によっては兵器となるため、コンピュータの技術革新をどこまで反映させるべきなのかについでよく考える必要がある。 
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私は今回この講義で戦争とコンピュータについて学んで、もしコンピュータが戦争に関係なく作成したら今ほど発達はしていなかったのではないかと思いました。第2次世界大戦のときに、ドイツの世界最強の暗号エニグマを解き明かすために天才数学者であるアラン・チューリングは人生をささげました。彼は何度も暗号に苦戦し軍人の何度も嫌がらせを受けたが自分の力を信じ劣勢だったイギリスの勝利に貢献しました。また、そのあとにコンピュータという概念を作って「人工知能の父」とよばれることなどを知ることができた。また、このような偉業を成し遂げたのにも関わらず悲劇の運命をたどったことに驚きを隠せませんでした。 そして、「ジョン・フォン・ノイマン」についても初めて知りました。彼はアメリカ合衆国の出身の数学者であり、原子爆弾やコンピュータ開発に関わった人であることを知り、私は彼に対しての怒りを感じました。彼にも戦争などの要因があったのかもしれないが彼が原爆作成の手助けをしなければ日本の広島県に原爆が落とされることはなかったと私は思いました。また、彼からすればアメリカの科学者が原爆政策に対して研究がいきづまり、ノイマンの力をたより少し手を貸しただけという感覚だったのではないかと思います。私はこの戦争とコンピュータの2つを同時に学んで知り、戦争とコンピュータ開発は各国が争う過程の中で開発されで進化してきたものなのではないかという結論に至りました。 
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私はコンピューターの発達は、戦争において必要に迫られたからという面が大きいのではないかと考えました。アラン・チューリングが現在のコンピューターの元になるチューリングマシンの概念を考えだし、この論文がプログラム内臓方式の理論的な基礎となりました。この論文を読み、さらに理論を具体化し現実に作れる状態にまで仕上げたのが、ジョン・フォン・ノイマンです。今、全てのコンピューターはノイマン型コンピューターと呼ばれています。 ドイツが利用していたエニグマ暗号の解読を任されていたのが、チューリングでした。エニグマ暗号は、方式こそはオーソドックスな文字置き換え式のものでしたが、それを平文に直す鍵が「159,000,000,000,000,000,000通り」もあるものでした。これを解読することはできるが、解読に要する時間がとてつもなくかかるのが問題点でした。上記の通り膨大な数の鍵の組み合わせがあるので、総当たり式で正解を探すのは無理です。そこで、チューリングはチューリングボンベと呼ばれる電気式のアナログ探知装置を作り上げました。こうしてチューリングは解読不可能と言われていたエニグマ暗号を解読することに成功したのです。 戦争に使われた暗号解読のために利用された理論が、現在でもコンピューターの基本となっています。このことから、戦争がコンピューターを発展させたと考えられるのではないかと思います。 
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 「戦争によって科学が発展した」といわれることがあります。それが本当かどうかは私にはわかりません。ですが、チューリングとノイマンについては、両者とも戦争のために科学を発展させたといえるのではないでしょうか。  チューリングの理論的に考えられていたことをマシンとして形にするという成功はすごいと思いました。当時は、コンピュータについて一般的にどの程度のリテラシーがあったのかはわかりませんが、そんなことができるのか疑わしいと思う人もいたのではないでしょうか。映画のイミテンション・ゲームを視聴してみようと思いました。  ノイマンについては原爆の制作にかかわっており、その原子力を扱う技術は技術は後に原子力発電などに応用されているのではないでしょうか。また、ユニバックとして私たち一般人がコンピュータに関われるようになったきっかけの一つなのではないでしょうか。そのおかげで今の豊かな生活があるのかもしれないと思いました。個人的にはゲーム理論についても勉強したいなと思いました。  今回の授業を聞いて、両者とも優秀な科学者でコンピュータの歴史には欠かせない人なのだと感じました。もしも、今の時代に彼らが生きていて、当時と同じように多額の予算を用いて研究することができるなら、どんなマシンを開発するのか興味があります。 
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第二次世界大戦中のイギリスで、世界一の数学者であるチューリングは、英国が戦争に負けそうなとき、史上最高の暗号機で、ドイツ軍が主要な通信に使用しているエニグマの解読を命令された。暗号の組み合わせは、150×10の18乗以上で、誰もが解読不能であった。そのため、エニグマは優れすぎているので、どれだけ優秀なチューリングでも対抗できなかった。そこで、チューリングは、人が対抗できないなら、機械で対抗するしかないのではないかと考え、エニグマに対抗できるような機会を作った。チューリングはこの機械を強化して、エニグマを解読するための手法であるソフトウェアをいろいろ開発した。これが現在のコンピューターの基礎となり、コンピュータの父と言われる。機会をつくるという大きな発想の転換の元、チューリングは偉業を成し遂げた。 第二次世界大戦中のアメリカでは、数学者のフォン・ノイマンが軍事作戦に貢献した。彼は、マンハッタン計画という秘密の原爆開発の中心となって原爆の開発を行った。また、ゲーム理論を作った。私たちが今使っているコンピュータはノイマン型と言われている。フォン・ノイマンもまた、コンピュータの父と呼ばれている。 第二次世界大戦中に行われたニ人の学者の活動がなければ、今私たちが便利に利用しているコンピュータは全く別物であったかもしれない。 
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コンピュータが今とは少し違う形ではあるけども戦争に関与していたことに、まず驚きました。授業を受けるまでは、こんなに古い時代にコンピュータがあるなんて思いもしませんでしたが、チューリングは「理論的に考えられていたことを実際の機械にするという発想の転換」をしたという一文を聞いて、コンピュータの全てはここからはじまったのだと考えました。戦争中の暗号解読がきっかけでコンピュータの原点となるものが生まれたのだと思うと、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちです。映画の予告を見てまだ自分の知らないコンピュータの世界を知れそうだなと思ったので、機会があったら見てみます。そして、ノイマンはノイマン型という現在のコンピュータの基本的な構成を作った人物であり、「人類史上最高の天才」として知っていましたが、原爆の実験に関与していたことは知りませんでした。やはり戦争中なので「人類史上最高の天才」と呼ばれるほど頭のいい人は、そういった兵器の研究に使われてしまうのだなと思いました。チューリングやノイマンのような天才は、ずっと先の未来まで見越して研究していたのでしょうか。彼らは戦争やコンピュータに関しても数値解説を行い、自分の頭の中で整理できていたのでしょうか。授業を受けていて、コンピュータとは少しずれてしまいますが、気になりました。 
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アラン・チューリングの話で暗号学校というのがあるというのに驚きました。フォン・ノイマンはマンハッタン計画という原爆開発の中心人物となっていて直接的に戦争に関連しているので、戦争とコンピュータの関係性がより深いものだと感じるようになりました。しかしこの時はまだ、コンピュータを戦争に利用しているわけではなく、チューリングとノイマンというようなコンピュータに携わっている頭の賢い人材を戦争に登用しようとしているように思えました。なので、戦争とコンピュータを関連付けるのは難しいのではないかと思いました。しかし、もし現代のコンピュータ技術が第二次世界大戦のような戦時中に存在していたら、間違いなく利用できてしまうと思うので、現代に戦争は起こしてはいけないと改めて思いました。また、京都に原子力爆弾を落とそうとした時に京都が日本の心というのを理解して京都に落とそうとノイマンが発言していたら恐ろしい人物だと思いました。仮に京都に原子力爆弾が落とされといた場合、日本が受けたダメージがより莫大なものになっていたと思いました。本格的にコンピュータが発達してきたのは第二次世界大戦の後だと分かりました。その発達のタイミングから戦争がもたらしたなんらかの恩恵がコンピュータの発達に繋がったのではないかと思いました。 
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アラン・チューリングの話で暗号学校というのがあるというのに驚きました。フォン・ノイマンはマンハッタン計画という原爆開発の中心人物となっていて直接的に戦争に関連しているので、戦争とコンピュータの関係性がより深いものだと感じるようになりました。しかしこの時はまだ、コンピュータを戦争に利用しているわけではなく、チューリングとノイマンというようなコンピュータに携わっている頭の賢い人材を戦争に登用しようとしているように思えました。なので、戦争とコンピュータを関連付けるのは難しいのではないかと思いました。しかし、もし現代のコンピュータ技術が第二次世界大戦のような戦時中に存在していたら、間違いなく利用できてしまうと思うので、現代に戦争は起こしてはいけないと改めて思いました。また、京都に原子力爆弾を落とそうとした時に京都が日本の心というのを理解して京都に落とそうとノイマンが発言していたら恐ろしい人物だと思いました。仮に京都に原子力爆弾が落とされといた場合、日本が受けたダメージがより莫大なものになっていたと思いました。本格的にコンピュータが発達してきたのは第二次世界大戦の後だと分かりました。その発達のタイミングから戦争がもたらしたなんらかの恩恵がコンピュータの発達に繋がったのではないかと思いました。 
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イギリスのチューリングは戦時中、ドイツが作り出したエニグマと呼ばれる暗号を作り出すマシンの解読に力を入れていました。一方でアメリカのノイマンもエニグマの解析を行っていましたが、その後、原子爆弾開発プロジェクト「マンハッタン計画」へ参加しました。2人は解析のための計算機を作成し、これがコンピュータの起源となったのです。私はこの2人が同じ世代に生きていなかったら今のコンピュータは変わっていたかもしれません。チューイングはイギリスで罪に問われ死んでしまいましたが、もし、このまま研究を続けていたらアメリカでは無くイギリスがコンピュータで世界を取っていたかも知れません。また、ノイマンもノイマン型コンピュータとして世に出ていなければ今の記憶装置に格納され、実行していく方法にならなかったかも知れません。戦争は決して良いことではありません。しかし、多大なる犠牲の上で新しい発展もあり、コンピュータは現在まで進化し続けています。2人の功績に感謝しつつコンピュータをこれからも使っていきたいと思いました。 
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チューリングが暗号を解読したり、ノイマンのコンピュータが弾道を計算したといったように、コンピュータによって戦争の明暗が分けられるということはこれからも起こり続けるのではないかと思います。今日の世界は大事なことのほとんどがデータ化された世界であり、きっと国の最高機密なんかもデータとして保存されていることと思います。もちろんそれらは国の最高技術を用いて保護されているとは言え、必ずしも安全とは限りません。そのような点から考えると、将来的に戦争はコンピュータを主な武器にした、サイバー戦争が本格的になると考えます。実際そのような事が起きている事例もあると思います。考えようによっては、一般市民が巻き込まれないで済み犠牲者がいなくなるといった良い考えもできますが、されど戦争には変わりはありません。このようになるのではと私が考える背景には、やはり高度に情報化した今の社会があります。今や情報も貴重な財源となり、国境を越えての移動は絶えず行われています。そのような状況下においては、かつて国の資源を奪うために戦争が行われていたように、他国の情報という貴重な財を奪いあうようなことがコンピュータを用いて行われると思います。そうなったときには、きっとチューリングやノイマンのような立役者が出現すると思います。 
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チューリングもノイマンもどちらも戦時中でコンピューターの歴史の中で功績を上げた二人ですが、二人の大きな違いはプログラムをメモリーに記憶させて入れ替える、つまりソフトウェアの形を作り出したかという点だと思います。もちろん、時代と目的が違うというのもありますが、コンピューターを作り上げた基礎として、チューリングが造り上げたのはコンピューターですらできない計算を証明するプログラムであり、コンピューターとしての制御の機能の必要性を説いたものです。そして、ノイマンの造り上げたコンピューターは、計算、プログラムをメモリーとして記憶、データやプログラムの入れ替え、チューリングの論文を応用したこれらを順序よく効率的に動かす制御の機能が備わったものです。この仕組みは現代のコンピューターでも見られる基本的な形であり、現代のスタンダードと言えます。そして、二人の共通点としては現代でこそコンピューターの基礎として活用し学ばれている二人のコンピューターがどちらも軍事目的の計算方法として作られたという事です。チューリングは暗号解読のために、ノイマンは原子爆弾の爆発原理のために。開発目的は違えど、二人とも現代コンピューターの進化に不可欠な基礎作った人物であります。 
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戦争とコンピュータの歴史は、深くかかわっていることがわかりました。第二次世界大戦をきっかけに、イギリスとアメリカではほぼ同時にコンピュータの歴史がスタートしました。イギリスでは、数学者のチューリングが暗号解読のために外務省に出向ました。チューリングはドイツ軍の暗号解読を任されましたが、ドイツ軍は150×10の18乗以上のパターンのある、当時の最高レベルの暗号を使っていたので、優秀な数学者でも解読できませんでした。そこで、マシンに対抗できるのはマシンであると考え、コンピュータの開発をはじめました。いままで人間が理論的に考えていたものをマシンに考えさせるようになりました。イギリスではこれが本格的なコンピュータのはじまりとなり、チューリングはコンピュータの父と呼ばれています。しかし、軍事的なことは秘密事項であるため半世紀たってようやくチューリングの名誉は回復されました。アメリカでも軍事目的でコンピュータの開発が始まりました。フォン・ノイマンはそれまで使われていた形のコンピュータを修正し、現在も使われているノイマン型のコンピュータを発明しました。しかし、戦争に携わっていたことから、ストレンジラブの象徴となっています。イギリスでもアメリカでも軍事目的でコンピュータの開発が進み、現在使われているコンピュータの基礎がつくられたということがわかりました。 
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アラン・チューリングは第二次世界大戦中に敵国であるドイツの暗号を解読する方法を考え、イギリスの海上補給線を脅かすドイツ軍のUボートの暗号通信を解読しました。また、コンピュータの誕生に重要な役割を果たしました。フォン・ノイマンはゲーム理論の成立に貢献し、軍事戦略の基礎理論やゼロサムゲームにおける戦略などに指針を与えまさた。さらに、メモリーにプログラムをデータと一緒に記憶させれば、プログラムに簡単に入れ替えられるノイマン型を考案し、このノイマン型は現在のコンピュータの動作の原理になっています。フォン・ノイマンはもう一つ戦争に貢献したことがあります。それは核兵器である原子爆弾の開発への加担です。長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾のための爆縮レンズの開発を担当し、1940年代に爆轟波面の構造に関するZND理論を確立し、この理論をもとに10か月にわたる数学分析によって、爆薬を32面体に配置することによって、原子爆弾ができることを示しました。このようにアラン・チューリングもフォン・ノイマンもコンピュータを戦争に利用していたのです。コンピュータと戦争にはつながりがあるように思いました。2人ともコンピュータの誕生に関与しています、つまり戦争が起きなければ現在のコンピュータは誕生していなかったかもしれません。戦争はお互いのコンピュータや科学のぶつけ合いのように思えます。戦争に勝つためにコンピュータを研究し進化させていく、そうする事でコンピュータは現在の姿になっていったのかもしれません。 
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チューリングはエニグママシン、ノイマンはENIACの政策に参加したのちに原爆の開発と、近代~現代の戦争とコンピュータは切っても切れない関係だと思います。持つコンピュータの性能が高ければ高いほど暗号解読や通信・兵器開発などにおいて有利に立つことが可能であり、つまるところ戦争に有利になれます。コンピュータは国を強くするうえで必要不可欠であり、戦時中に生まれました。特にチューリングが開発したエニグママシンは、動画でもあったように「ATTACK NORTHWEST」という命令を行うだけで17000以上もの配列からなる暗号を生み出すことが可能であり、盗聴されていたとしても無に帰すほどの情報力を持ちます。鍵空間を使用し、さらに暗号を強固なものとし、イギリスの戦争において大きな力を持ちました。ノイマンの原子爆弾もコンピュータの力を借りなければ作りえなかったでしょう。さらにノイマンはコンピュータウィルスの先駆けと呼べるものを作っており、これも戦争において敵国の妨害になるでしょう。このことから、戦争とコンピュータは深い結びつきがあり、勝利するために必要な物財であると私は思いました。 
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チューリングが持っていた知識は、本来戦争に関係するものへ使われるために生まれた訳では無い。偶然機械に使う能力や知識をチューリングを彼が持っていただけのことである。 ノイマンを中心に開発された高速計算機の「ENIAC」も、そもそもはノイマンが持っていた能力や知識を生かしたからこそ開発が可能だったはずで、その知識が進化して、その後の天体物理学分野の進歩や、高度なジェットエンジンやロケットエンジンに携わっている。 昔からよく聞くのは「戦争の時や原爆を作る時に使われた知識は、そもそもそんな悲しい使い方をされるために生まれてきたわけではない。」というものだ。使い方が違えば良いようにも悪いようにも変化するのは、知識だけでなく世に溢れている様々なものに共通するものだが、1940年頃、知識は悲しい使い方をされてしまったと言っても良い。今は両者の知識があったからこそコンピュータという便利なものが存在しているが、これが生まれるためには、後に悲劇を生んだ原子爆弾の開発への一部知識もあったと考えると、日本人としては決してその行為が良かったと思えないが、もしかすると今こんなに進化をしたコンピュータは存在していなかったのかなと考える。 今回のことを例にするのであれば、良い化学反応が起きてコンピュータが作られ、悪い化学反応が起きて原子爆弾が開発されてしまった。 知識を良くも悪くも使うのが人間である、当時よりもどんどん進化するコンピュータの知識が、これから先に悲劇を生む知識へ変化しないことを願うのみだ。 
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コンピュータの開発は戦争があったために急速に進みました。 第二次世界大戦によってコンピュータと基となる暗号解読機や原爆が開発されました。 イギリスのアラン・チューリングはドイツのエニグマという暗号を作る通信機器の解読するための機械を発明しました。この、機械には機械で対抗するという考えを理論的に考え抜いた人もアラン・チューリングです。アラン・チューリングは「イミテーション・ゲーム」という映画の中の主人公のモデルで、彼の解読機械開発を軸とした内容で映画化されています。 アメリカのフォン・ノイマンは同国のエッカーとモークリーの開発したENIACという通信機器の開発に途中から関与します。また原爆実験に携わる、ゲーム理論を作るなど多方面で活躍した人でもあります。彼はENIACの欠陥の解決策を本に記したことで、多くの人にコンピュータの仕組みが認知されました。これは現代私たちが使用しているノイマン型コンピュータといわれます。 このようにコンピュータの開発には戦争が大いに関与しています。国を挙げて戦争に勝つために、早急に開発改善をすることが要されました。その競争に勝つことが戦争の勝敗にも直結したともいえます。 
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「イミテーション・ゲーム」を見たことがあったのでアラン・チューリングはとても印象深いです。あの時代にこんなに高度な情報戦があったのかと驚きました。結果、彼のおかげでドイツ海軍のUボートの位置などを正確に把握することが可能になり、イギリス軍や連合軍は情報戦に勝利し、終戦を2年ほど早めることができたとされています。イギリス軍が暗号解読に奮闘していた頃、アメリカで大砲の弾道計算表をつくるためにフォン・ノイマンによって「ENIAC」が開発されENIACは終戦間際の1945年に完成して、大々的にその存在が公表されたイギリスではチューリングのボンブやコロッサスは軍事機密として処分されました。存在が一般に知られるようになったのは半世紀後で、コンピューターの基礎がイギリスでつくられたことは知られなかったと、知りました。「ITといえばアメリカ」という風潮が定着してしまったことは残念に思います。コンピューターの礎は戦争のおかげで発展して、それを知らずに今日みんなが利用しているのかもしれないと思うと、皮肉だなと感じます。重い歴史があることを受け止め、人のためになるよう、コンピューターを利用していきたいです。 
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ノイマンは戦争の勝利のために活躍した。 アメリカは、ドイツとの戦争に参戦し、ドイツに先駆けて原子爆弾を開発するために「マンハッタン計画」を実行する。 ノイマンは、マンハッタン計画に顧問として参加していた。 マンハッタン計画でノイマンは、プルトニウム型原子爆弾の起爆原理を研究した。 また、原子爆弾の爆発のタイミングとして地上に落ちてからではなく、空中で爆発させることで更にその威力が増すことも計算した。 この研究では、多くの計算が必要だったので、ノイマンは効率的な計算機の必要性を実感したのだと言われている。 チューリングも戦争の勝利のために活躍した。 イギリスをUボートから救うための、エニグマ暗号の解読チームのリーダーがチューリングであるった。彼らはボンベと呼ばれる解読装置を完成させ、不可能と言われたエニグマ暗号の解読に成功した。ドイツは暗号を解読されていることに最後まで気付かず。Uボート部隊はほとんど壊滅、イギリスは救われた。チューリングは救国の英雄なのである。 つまり『コンピューターの概念を理論化し、仕組みを考えた』人類が誇る最高の天才達は戦争の勝利のための研究もしていたのである。その研究は少なからずコンピューターの完成のためにも役立っているであろうことを考えると、不幸の塊と言える戦争が、今では当たり前のように使われており、非常に便利で、現代においてなくてはならない、人類に幸福をもたらすコンピューターの完成の要因の1つであったというなんとも悲しい皮肉のような事実が残ってしまうこととなる。 
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人工知能を生み出した一人者のチューリングと、コンピューターの生みの親のひとり、フォン・ノイマン。これら2つは私たち現代の生活にとって必要不可欠な存在です。しかし、人工知能・コンピューター、どちらも戦争があったことによって大きく進化したと言っても過言ではないでしょう。例えば、日本に落とされた原子爆弾を落とす計算方法を出したのはノイマンであったりするのです。彼が発明したノイマン型コンピューターは、爆弾の計算のために生まれましたが、この型は今日に使われているほとんどすべてのコンピューターの方式と同じなのです。また戦争中、ドイツが用いていた当時最高性能といわれる「エニグマ」という暗号装置を解読するために、チューリングはノイマン型コンピューターを用いました。 両者とも研究対象に違いはありますが、「他の機械がどうふるまうかをシミュレーションし、予測することを実現させよう」という共通した考えを持っていました。 このように、戦争とコンピューターは近い関係にあると言えます。戦争が無ければ今日のようなコンピューターは存在しなかった可能性があります。戦争があって良かったとは全く思いませんが、戦争が無ければコンピューターはとても細く長い状態での発展になっていたと推測できます。つまり、今この時点でここまでの発展はしていない可能性が考えられるということです。 
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現在は平和な日常に浸透しているコンピュータではあるが、初めは戦時中の敵の暗号通信の解読機として作られた産物であったのです。ドイツが使用した暗号機を利用した通信の暗文を解読するためチューリングは機会を開発したのです。のちに、これがコンピュータの発展に大きく貢献することになります。その後、アメリカでは大砲などの弾道計算に使用するなど軍事的に開発しました。ペンシルバニア大学でのフォン・ノイマンは世界初の電子計算機(ENIAC)の開発に挑んでいました。だが開発は満足のいくように進まりませんでした。そこで、チューリングが発表した論文をよみフォン・ノイマンはケーブル化された巨大電卓を電子頭脳に進化させることができることに気づいたのです。その後、コンピュータはビジネスの世界で利用され、急激に進歩していきます。冷戦でもそれまでの通信機器ではできないインターネットを使ったすぐに通信できる通信網を開発することに成功しました。戦争は様々なニーズに合わせてコンピュータを開発・進化させてきた関係にあります。やがて軍事的な開発が変化し、平和な経済の発展をもたらしています。 
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戦争は戦う人の数や用いる武器によって勝敗が決まると思っていました。第二次世界大戦で日本は負けたが、戦争を行っていた頃は高度な機械はないというのが私のイメージでした。しかし、イミテーション・ゲームの予告を見てからは情報を守るためにものすごい数の組み合わせから解くなど高度な技術が既に存在していたと知りました。政府の情報を守るには莫大な数の中なら解き当てるという現代でも難しいことを当時既に行っていたことに驚きました。戦争には単なる人数や武力だけでなく機密情報を守るためにコンピュータによって高度な技術を用いることで情報を守っていることがわかり、人数や武力だけでなくいかに情報を守れるかというのが、戦争において重要であると思いました。エニグマ・マシンのような莫大な数の中から正解を導き出す技術は、戦争と無関係であると思っていたけど情報のセキュリティーがいかに強度であるかが重要な鍵となることがわかりました。日本には第二次世界大戦をしている時はコンピュータの技術があったのか疑問に思いました。ジブリ映画のホタルの墓など第二次世界大戦の時の日本の様子を映画で見るとコンピュータを用いて何かをするということは今まで見たことありませんでした。よって、日本では第二次世界大戦の時にはまだコンピュータの技術は発展していなかったと考えられます。そこの差で考慮しても日本はアメリカに勝てないのは当たり前だと考えます。 
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コンピュータ並びに工業製品から農業生産、服や料理に至るまで「戦争」、特に2つの世界大戦は大きな影響を及ぼしたことは言うまでもないです。トレンチコートなんて「塹壕外套」と直訳できると思います。 第2次世界大戦時のイギリスについて、授業内でイミテーション・ゲームが出てきて驚きました。この映画に出てきた「マシンに勝てるのはマシンしかない」という言葉はこの時代とても顕著でした。一方で性嗜好への柔軟性はまだまだ発達していなかったこともアラン・チェーリングからわかると思います。そして暗号解読を目的としたこのマシンについては機密事項として50年間語ることができなかったことは戦争がコンピュータの開発を少しとどめていたかもしれないとも感じました。 一方、第2次世界大戦時のアメリカではすでに真空管を用いた開発が行われており、戦争に直接関与していないゆえに技術は戦争に追いつく、もしくは追い越していたことがわかると思います。その中で原爆開発者であるフォン・ノイマンの我々のコンピュータが「ノイマン式」であり彼の論文から「コンピュータとは何か」が世界に広がったことを私ははじめて知りました。またゲーム理論についても当たり前だと思っていたけれどはじめて学問として認識しました。このゲーム理論は「損得勘定」を指すと思っていたので学問的な面があることには驚き、また戦争シュミレーションゲームではこの特性は顕著に出ています。このことはこのゲーム理論も戦争の「駆け引き」を理論化することから始まったのかもしれないと思いました。 
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私はアラン・チューリングをモデルにした「イミテーション・ゲーム」を見たことがあったので先入観からそちら寄りの意見になることを前もってお伝えしておきます。  授業で紹介された動画を基に考えると、チューリングとノイマンの両者はともに他とは違う才能を持った、まさに異才であったと考えられます。この両者の才能をもって現代私たちが愛用しているPCやゲーミング技術が成り立っていると思うと、この二人がいなかったら私たちのオンライン授業での環境がこうして整うこともなかったかもしれないとも思えます。しかしながら、両者には決定的な違いがあります。チューリングは戦争での犠牲者を増やさないことを目的に敵軍の攻撃を事前に知ることができるような「エニグマ」を作った一方で、ノイマンは原爆を作ったという事実です。現時点で私たちの役に立つ技術を生み出したとしても、当時に多くの命を救った者と多くの命を奪ったものを同等に並べて評価するべきではないと思いました。この二者だけに言えることではなく、現代私たちが利用している便利性の高い科学技術は戦争の影響によるものがほとんどでしょう。今の私たちは目の前にある科学技術の利便性に満足するだけではなく、どのような経緯でその技術が私たちの目の前に残ったのかを歴史的な観点からも理解すべきだと思います。 
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 ノイマンが戦時中の数々論文で名を上げて戦後立場を確固としたのに対して、チューリングはチューリングマシン暗号解読んの数々で功をなしましたが、軍関係の極秘案件だったためその名誉は封殺されてしまったことはとても不幸だったことだと思います。  しかし彼らの成果が個人の名誉に返るかどうかは別として、発明内容の数々を見ると戦争の需要と供給に密接に関わっているのが分かります。ノイマンのマンハッタン計画による原子爆弾の開発は致命的な兵器の生産という戦争の大きな需要を満たしました。また、チューリングのエニグマの解析は近代戦争の重要な要素だった間諜において、ドイツとの戦争でも大きな役割を果たしたのは、当然でした。これらのことが成されたのは、彼らが類い稀なる知性の持ち主であったことは当然としても、戦争自体が彼らの研究に大きな貢献したのは見逃せない実情だと考えます。マンハッタン計画の予算は約22億ドル、エニグマの暗号解析も平時では優先度を得られないであろうということです。コンピュータの基礎を作り出した天才が戦争に身を捧げ、ノイマンは被爆による癌、チューリングは立場の秘匿による孤独と、同性愛の告白による社会からの人格否定と、ある種の戦争の犠牲になったことは哀しいことではありますが、戦争によってカネ、ヒト、が集中してその開発速度が極度に速まったということもあるでしょう。戦争そのものがコンピュータの開発の一端を担うことになったとも言えると考えます。 
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チューリング(英)とノイマン(米)に関して、それぞれやその所属する国が戦争において機械(コンピュータ)の力が必要であるという立場であったのは確かだと思いますが、今回習った範囲においては戦争のどの分野でこの機械(コンピュータ)の力が必要だと考えたのかという点で違いがあると思いました。チューリング(英)はドイツのエニグマ・マシンを解読することが戦争にとって必要なことだと考え暗号解読をさせるためにチューリングを招聘し、そのチューリングは機械で作られた暗号を人の手で解読することには限界があるという考えのもと暗号解読のための機械を作ることにしました。一方でノイマン(米)は弾道予測や着弾予測など、戦争で使う兵器のポテンシャルを発揮するために機械で計算をするという考えのもと機会を作りました。この両者の立場の違いは英と米の立地の違いや戦況の違いがかかわっていると思います。当時、英と米を含む連合国の敵国である枢軸国だった国は日、伊、独の3国です。立地として英は比較的近い場所(戦闘機で到達できるぐらい)に伊と独がおり、英本土への直接攻撃や前線基地などを防ぐために相手の作戦を知ることは最優先事項であったといえるため、暗号解読をする機械が作られたと思います。一方で米は日、伊、独から適度に離れており、上記のような攻撃を防ぐことが英のように最優先的に行われることではなかったため、暗号解読よりも弾道計算などの計算機としての使い方のほうが多かったと考えられます。 次にチューリングとノイマンの戦争後の処遇についてですが、それぞれの機械(コンピュータ)の戦争での使われ方で違いが出たと思います。当時、第二次世界大戦終結後すぐに冷戦に突入しました。ノイマン(米)の単なる計算機としての役割だった機械に関しては世に広めても戦争に大きな影響はないものであったと考えられますが、チューリング(英)の暗号解読装置としての機械を世に広めることはまだ冷戦という戦争が起こっている中でしてはいけないことだったと考えられます。(これも敵国が近いため暗号解読をする必要がある英と敵国が遠いため計算機の役割だけでいいと考えていた米の違いです。)また、独のエニグマ・マシンを解読できる機械を作ったチューリング(英)はそのことを隠すことで敵国の暗号を敵国に知られずに解読することができる可能性があると同時に、暗号解読する機会があることとそれを作った人を知られると、敵国にチューリングが誘拐されたりするときに自国に多大な不利益が起こる可能性があるため、チューリングの軍事的功績は秘匿されたと考えました。 戦争によって科学力が良くも悪くも進化していく中で、それをどのように使うかを考えることが大切なんだなと改めて思いました。 
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現代の生活を便利にし、今では必要必需品であるコンピュータはもともとミサイルるの弾道を計算するための戦争目的で作られたものです。この事実は一歩足を踏み間違えるとまた戦争に発展する可能性があることを示していると考えます。それはお互い武力での衝突することのみを指すものではなく、サイバーによる戦争も含みます。情報社会のいまではもしかすると普通の戦争より被害を与えるものである可能性もあります。 これからどんどん発展していくであろうコンピュータをこれからの時代を担う年代である我らの世代が正しく使っていくことが最も需要だと思います。また、チューリングとフォン・ノイマンは第二次世界大戦中にコンピュータを開発した第一人者であり、彼らがいなければ今のグーグルやフェイスブックなどの会社は存在することはなかったかもしれません。しかしそんな彼らの世間の認知度はとても低いように思えます。先程述べたようにコンピュータの起源と危険性については皆が知っておく必要性があると思うので【イミテーションゲーム】のような作品はとても良い機会だと考えます。これらを指導要領として教育現場で使ったりすることも必要だと思いますし、個人的にも前期のレポートが全て終わりひと段落したらこの作品をチェックします。 
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今、我々が使ったいるコンピューターというのは、たった1人のすごい人が天才的な能力によって生み出されたものではないと思う。長い長い年月をかけて、進化したり、進化が止まったり、また進化したりしながら、段々と形になってきたものだ。コンピューターと言えば、私はマイクロソフトのビルゲイツや、アップルのスティーブ・ジョブスだとか名前がすぐ思いつく人がいる。だが、今回取り上げる人はチューリングとノイマンだ。ビルゲイツやスティーブ・ジョブズが、パーソナルコンピュータというものを工業製品として一般の我々の元に解放した人々だとするならば、チューリングとノイマンという人物は、デジタルコンピュータの基本理念とロジックを考えた人たちだ。つまり、彼らはコンピュータの父と言うことができる。コンピュータを作った人たちである。チューリングと言うと、ベネディクトカンバーバッチが主演した映画、「イミテーションゲーム」を見た人ならば知っている人が多いかもしれない。私もそうだ。イミテーションというのは真似をするという意味であり、これは彼自身の論文の題名である。イミテーション、機械は人間の真似をする事ができるか。人間のように考える事ができるか。という議題をまとめた論文ま。チューリングは、人工知能やAIなんて言葉が存在しなかった時代に、人工知能という概念を夢想していたのである。映画、イミテーションゲームでは、映画の終盤、こんな台詞が出てくる。「正確にいえば、コンピューターも違うふうに思考するという事だ。我々人間が各々別々のことを考えるのは、脳がそれぞれ違う風に思考し物を考えているからだ。人間の脳にできるならば、銅や鉄でできた脳だって、違う考えをさせる事はできるんじゃないか。」この言葉はとても深く考えさせられた。チューリングの考え方は常人を超えているものだと思った。この映画は、戦時中のチューリングを題材にしており、結果的にはチューリングは、彼自身が推進した原水爆開発の核実験で何度も放射線を浴びたために骨髄癌を発症し、亡くなってしまった。だが、彼の功績は現世にまで語り継がれ、その技術は世界に広まり、人を殺すのではなく、人を繋ぐと言う素晴らしい事に使われている。彼の死は全く無駄では無かったと言う事だ。現在の私たちもそれで救われている。ありがとう。チューリング。 だが、ノイマンという人はチューリングよりも凄まじい。現在、世界中で使われているコンピューターの動作原理は、彼が設計したものである。チューリングとともに、現在のコンピュータの基礎を気づいた大功績者だ。ノイマンとチューリングのコンピュータの違いは、どの部分にあったのか。それは、ノイマン型コンピューターはソフトウェアを導入することができたと言う点だ。ソフトウェアによりハードウェアを制御できる所が、すごい。チューリング型のコンピューターは、どちらかと言えばハードを操作して制御を加えるものである。 以上が、チューリングとノイマンである。 
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アラン・チューリングもフォンノイマンも天才と呼ばれた才能ある科学者だったのに、戦時中という時代に生まれたせいで才能を悪用され、大した評価もされずに早くに命を絶ってしまったのは、とても不幸なことだと思いました。 チューリングは戦時中のドイツが連絡を取り合う手段であり、毎日変わる暗号の解読というかなり難解な役割を任されるほどの才能があり、フォンノイマンも原爆という、多くの人や物を一瞬で消滅させることのできるものをつくりあげました。 このようなものを作った人と聞くと、とても恐ろしく感じます。しかし、戦時中に生まれていたためそうするしか選択肢がなかったではないか、現代にもしも生まれていたとすれば、その才能をもっと役立つことに使うことができて、生きているうちに才能のある凄い人だと多くの人に認められることができたのかなと感じました。 このようにコンピューターなど機械の技術が高ければ高いほど、戦争にもその技術は使うことができるため、コンピューターが発達している国の方が戦争に有利になると思います。しかし戦争に勝つため、つまり多くの人を殺すためにコンピューター技術を悪用することは本当にもったいないことだと思いました。 
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アラン•チューリングは第二次世界大戦中に暗号解読に携わり戦争に大きな影響を与えました。チューリングは英国の人間であり英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍の暗号通信を解読する部門責任者になりました。フォイ•ノイマンは戦争で多く使われたプルトニウム型の原子爆弾の原理をアインシュタインらと共に作りました。 この2人のようにコンピュータなどの細かな技術が戦争に与えた影響は戦争そのものの戦略や戦い方などを一変させるほどのものだと思いました。また、それと同時に戦争がコンピュータに与えた影響もあると思います。コンピュータ技術の改善点を戦争というものを実験の場として見つけることができコンピュータ技術の発展に影響を与えている相互関係にあると思います。 もともとコンピュータは戦争のために作られたものであって戦争で使われる原爆のシステムや大砲の弾道予則やその他の情報を昔に比べ遥かに精密に知ることができるようになりました。それによって戦争そのものの戦い方がコンピュータありきの戦術や作戦を使うようになったのではないかと思います。 
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最初にコンピューターは戦争をするために作られたものです。当時軍隊を中心に専門家がミサイいるの弾道を計算する目的で多く使われていた。その後、1951年からコンピューターが商用された。コンピューターは精確に武器の角度と射程が把握でき、遠隔でコンピューターに命令を出すこともできます。だんだん、パソコンが開発できたら、個人、公的機関、会社なども普及されていた。現代の煙がない戦争でよく役に立ちます。サイバー戦争は21世紀の戦争といわれる。コンピューター上で戦争をすることは今世界中に各所で発生しています。敵対する国家、企業、個人までのサイバーを攻撃して、機密情報を盗んたり、個人情報を盗聴したりとかの不正操作がたくさんあります。昔の戦争と違くて、人の犠牲が少ないけど、影響が大きいです。国家の秘密情報が盗まれたら、国の存亡に関わる問題だと思います。現代の発展により、いろいろな国が本当の戦争を起こす可能性が少ないと思う、なぜだというと、戦争させるため、膨大なお金がかかるからだ。そこで、サイバー戦争が一番コストが低い手段です、多くの国がサイバー軍を存在しています。情報化社会の裏側に、私たちが知らない場所で、コンピューター犯罪と戦争が増えています、個人情報保護が重視しなければならないと思います。 
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 イギリス人のアラン・チューリングは数学者であり、戦前に「チューリングンマシン」と呼ばれる今のコンピュータの基となる理論を開発したチューリングは、戦時中、ドイツ軍の暗号「エニグマ」を解くために活躍した。暗号を解くことは人の手には負えないと考えたチューリングは「機械には機械を」とし、エニグマに機械で対抗しようと考えた。その後彼は、数々の機械とソフトウェアを開発し、ついにドイツ難読暗号エニグマとの戦いに勝利した。これによりドイツから数々の機密情報を得たイギリスは、連合軍の勝利に大きく貢献した。  一方、その頃アメリカでは、フォン・ノイマンという数学者が戦争に大きな影響をもたらしていた。元々ノイマンは戦争に対して反発的だったが、アメリカが早く勝つことが被害をより少なくできる方法であると考え、軍事作戦に協力した。彼が戦時中に行った研究は主に二つあり、と「砲弾の弾道計算」と「原爆の開発」である。砲弾をより正確に飛命中させるため、ノイマンはまず電気式大型計算機の開発にあたった。それに成功したのち、爆弾試算のエキスパートとなったノイマンは、今度は「マンハッタン計画」と呼ばれる原子爆弾の開発プロジェクトに参加することになる。そこで今までの計算機では能力不足だと判断した彼は、「電子式コンピュータ」の開発に取り組み、見事に成功した挙句、アメリカはこの戦争において勝利を収めることとなった。  これらのことから私は、戦争のために作られた機械、敗戦国からすれば自分たちを滅ぼすために作られた機械が、今となっては世界中に普及し、多くの人々が日常的に使っているコンピュータだと考えるとすこし皮肉さを感じた。決してコンピュータを非難するわけではないが、この機械が作られた歴史的な背景を少しでも多くの人が知ることができたらいいかなと思った。 
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コンピュータは最初、第二次世界大戦にあって、軍事用途として開発されたものでしな。イギリスで開発されました。ドイツの暗号通信の暗号解読器として開発された専用計算機でした。 なぜ、世界初のコンピュータといわれていたかというと、当時のコンピュータはすべて軍事機密扱いのためその存在が長く世間に知られることがなく、たまたま戦後すぐに公表されたから、というのが理由だと思います。すでに第二次世界大戦は終わっていましたが、大砲の弾道計算用という、軍事目的として開発されたコンピュータでした。大砲を撃つさい、初速や大砲の角度、それに加えて温度、湿度、風速などの気象的な条件も合わせて射程が決まっていました。そのため、大砲を実戦配備するには条件を一覧にした数表もあらかじめ用意する必要がありました。どの角度でどの初速で発射すれば的中するというのを数表としてまとめ、それを見ながら大砲を発射していたのです。ただ闇雲に撃っていたわけではないのです。しかし、数表をつくるのに人間が一生懸命に計算をする、というのではあまり効率がよくありません。そこで、数表をつくることを目的として開発されたのが、コンピュータでした。10桁の計算を3秒で処理しました。今では考えられないほどの遅さですが、人間が計算するよりも当時ははるかに高速でした。ちなみに英語のコンピュータという単語は、コンピュートすなわち「計算する」という意味を持つ動詞から派生したものです。今では死語かも知れませんが、当初日本語では「電子計算機」という訳語を当てていました。このことからわかるように、コンピュータは超大型の電卓のようなイメージで世間に捉えられていたようです。 
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コンピュータは最初、第二次世界大戦にあって、軍事用途として開発されたものでした。イギリスで開発され、ドイツの暗号通信の暗号解読器として開発された専用計算機でした。なぜ、世界初のコンピュータといわれていたかというと、当時のコンピュータはすべて軍事機密扱いのためその存在が長く世間に知られることがなく、たまたま戦後すぐに公表されたから、というのが理由だと思います。大砲の弾道計算用という、軍事目的として開発されたコンピュータでした。大砲を撃つさい、初速や大砲の角度、それに加えて温度、湿度、風速などの気象的な条件も合わせて射程が決まっていました。そのため、大砲を実戦配備するには条件を一覧にした数表もあらかじめ用意する必要がありました。どの角度でどの初速で発射すれば的中するというのを数表としてまとめ、それを見ながら大砲を発射していたのです。ただ闇雲に撃っていたわけではないのです。しかし、数表をつくるのに人間が一生懸命に計算をする、というのではあまり効率がよくありません。そこで、数表をつくることを目的として開発されました。今では考えられないほどの遅さですが当時は人間が計算するよりもはるかに高速でした。コンピュータは戦争がきっかけでできたといっても過言ではないなと思いました。 
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ナチスドイツ軍はエニグマの暗号に関する設定を紙に書いて、使用後は火をつけて燃やすほど徹底していたのに、自転車の鍵の暗証番号を設定するときに初期設定からほとんど動かさないとか、気に入った文字ばかり使用するなどの在りがちなミスで初期設定の分布バランスが崩れてしまったというエピソードはとても興味深かった。また、入力文字と出力文字が決して同じにならないという特徴や、毎朝天気に関する情報を送信する特徴があだになって鍵設定の範囲が狭まってしまったエピソードも面白かった。暗号一つで戦争のみならず、未来の世界さえ変えてしまうのは恐ろしいと感じた。自分自身もパスワードの設定などを怠らないようにしなければならないと思った。 
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 私は「戦争とコンピュータ」について、戦争があったからこそ今のコンピュータがあると考える。戦争が絡んでいれば、国の未来や存亡が関わってくるからだ。  講義の中で出てきたチューリングやフォン・ノイマンも戦争に関わっている。チューリングは第二次世界大戦において暗号解読業務に従事していた。その中でドイツが使用していたエニグマ暗号機の暗号を解読するため、bombeを開発した。フォンは核兵器の開発に加担していた。その中で水素爆弾を開発していた。彼らは戦争で使用する兵器や暗号を解読する機械の開発に関わっていた。この素晴らしい技術や頭脳は戦争に使われるべきではなかったが、戦争がなければこういった開発はあまり発達しなかったかもしれない。戦争が関係していることで国が関わることになり、自国の勝敗に関係してくる。より有能な機械を発明することによって、自国は戦争で有利な立場に立つことができる。フォンが開発に加担した原子爆弾が開発されなければ、日本の広島や長崎が被害に遭うことはなかったのも事実だ。しかし彼らの技術がなければ、現在こうしてパソコンで授業を受けることはなかっただろう。今後は平和な世の中でより素晴らしい開発が進むことを願う。 
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チューリングはで敵であるドイツ軍の暗号解読のため、電子計算機の開発に携わり、コンピュータ・情報処理の基礎理論である計算可能性等に関する仕事をすることとなったため、戦争があったから世の中の発明は革新的に進んだと言えます。そのため、現在のコンピュータの計算機能もより発展したのだと思います。 しかし、フォンノイマンがノイマン型コンピュータと呼ばれる、コンピュータの動作原理を開発したことで、現在のコンピュータの基礎を築いたのと同様に、原子爆弾も開発したことでわが国日本に多大なる影響を与えたことも事実です。 戦争により、高度な技術が生み出されたことで、より残酷な戦争へとも繋がることを今回の授業で改めて考えさせられました。 チューリングやフォンノイマンの天才的な才能を、戦争に勝利するために利用するのではなく、戦争がそもそも起こらないように利用することが最も正しく、もしそうであったならば、現在の世の中によりよい影響を与えていたと思います。 
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アラン・マシスン・チューリングはコンピュータ科学および人工知能の父とも言われます。1939年チューリングはイギリス海軍に募集され、イギリス秘密情報部の監督のもとドイツの機密軍事暗号の解読に従事しました。彼はHut 8というグループを率いて、ドイツ海軍の暗号解読を担当しました。彼はドイツの暗号解読を加速する技術を設計しました。ポーランドの戦前に開発されたマシンBombeを改善することを含めて、Enigmaの設置した電気機械を見つけられます。エニグマは、第二次世界大戦でドイツが用いたローター式暗号機です。チューリングは解読された符号化情報において重要な役割を果たし、大西洋の戦いを含む多くの重要な交戦でドイツを打ち破り、戦争に勝利しました。ジョン・フォン・ノイマンは20世紀科学史における最重要人物の一人です。彼は原子爆弾(マンハッタン計画)やコンピュータ(ENIAC)の開発への関与しました。ノイマンは、ドイツとの戦争には数値解析が必要であると考えて、アメリカ合衆国陸軍に自ら志願するが、不採用になりましたが、程なくして爆発物の分野での第一人者となり、アメリカ合衆国海軍に対するコンサルティングの仕事をしました。また、原子爆弾開発のためのマンハッタン計画に参加して、弾道研究所が担当していたENIACのプロジェクト開始から1年後、マンハッタン計画に従事していたノイマンもこの電子計算機のプロジェクトに気付いて関わることとなりました。 
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チューイングとフォン・ノイマンの二人の数学者は戦時中に軍事機密の異なった任務をしますが、そのうえでコンピュータはとても重要だと感じました。なぜならチューイングの場合では、暗号解読の方法として機械には機械で対応するという新しい視点から、自らで機械を作りました。それにより、今までは手も足も出なかった暗号解読も前進したのです。フォン・ノイマンの場合では、原爆開発などの軍事作戦に貢献しています。その際もまたコンピュータは利用されています。フォン・ノイマンは論文でコンピュータについての改善案を論じました。そしてコンピュータの父と呼ばれています。私は今まで第二次世界大戦の時代にコンピュータがあったことを知らず、利用されていたことに驚きました。さらに、その利用方法は軍事機密の任務などで当時からコンピュータが機能していたことがわかりました。当時、コンピュータは新しい技術や軍事の前進にとても貢献していたのだと感じました。私はこれらのことから、コンピュータは戦争には不可欠なものだと知りました。私は戦争において、もし人が手や足だとするならばコンピュータは脳の役割だと感じました。それは、中核にはコンピュータがあり、コンピュータで管理、挑戦をしていると感じたからです。 
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第二次世界大戦中のイギリスで数学者のアラン・チューリングはエニグマ・マシンというドイツが連絡するのに使っていた、難しい暗号を用いたコンピューターを解読して、第二次世界大戦のイギリスの勝利に大きく貢献しました。一方、フォン・ノイマンはというと、第二次世界大戦中のアメリカで活躍しました。アメリカもイギリスやドイツ同様に戦時中コンピューターを活用していました。フォン・ノイマンもアラン・チューリング同様優秀な数学者で、原爆の開発を中心的に進めていました。相手の欠点をいち早くコンピューターを用いて見つけ、論文におこしました。アメリカの軍事器具もコンピューターで細かく設計し、戦争勝利へ導いたとされています。わたしは、この2人の方を知って、まず、第二次世界大戦の時代でもコンピューターをつかっていたことに驚きました。さらに、イギリスに至っては、もしもアラン・チューリングがドイツの暗号が解けていなかったら確実に負けていたともされており、コンピューターを駆使できる人物がいるといないとでは大きく歴史が異なっていたのではないかと思いました。アメリカも、コンピューターを用いて細部までこだわった力の強い原子爆弾の開発ができていなかったらきっとたくさんのことが変えあっていたはずです。現在の世界でもコンピューター技術はとても重要なものになっていますが、どの時代でも人間だけの力では成しえることのできないものをコンピューターが叶えてくれるのだと思いました。コンピューターの可能性の大きさに驚きました。 
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今世の中にある様々な便利なものは戦争をきっかけに大きく発展したという認識が、今回の授業でより確かなものになりました。ナチスドイツが他国に情報を漏洩させることなく通信を行うために使われた暗号機エニグマ、そのエニグマによって変換された暗号を解読するためにチューリングが開発した解読機ボンベ、大砲の弾道を計算するためにモークリーとエッカートが開発したENIAC、ジョン・フォン・ノイマンがENIACの問題点を指摘しより発展させたEDVAC、これらの黎明期のコンピュータはほとんどにおいて自国の戦争を有利に進めることを目的に開発されており、もし戦争がなければ、そしてジョン・フォン・ノイマンという人物が存在しなければ、コンピュータの発展は現在よりも少し遅れていたのかもしれません。現在当たり前のように航空機の推進装置として使われているジェットエンジンは、元々ドイツ軍が戦闘機の推進装置として採用したのが最初であり、ヘリコプターもまたナチスドイツが初めて実用化したものです。戦間期の約20年の間大した進歩がなかった航空業界は第二次世界大戦の5年間で飛躍的に向上したのは、まさに戦争や軍事競争がどれだけ技術革新に影響を与えるのかを表しているのであり、これはコンピュータにも同じことが言えると思います。しかし、何か新しいジャンルが革新的に飛躍を遂げるには軍事競争の力が必要かもしれませんが、一度ジャンルが確立されてしまえば軍事競争がなくとも発展していくでしょう。私はこれから未来に向けて開発されていくものが戦争で優位を得るためではなく、様々な人々が役立てるために発展していくことを願います。 
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私たちが使っているコンピューターというのは、たった一人の超人類が天才的な能力によって生み出したものではないです。長い長い年月をかけて、進化したり、進化が止まったり、また進化したりしながら、段々と形になってきたものでした。コンピューターの巨人といえば、マイクロソフトのビルゲイツだとか、アップルのスティーブ・ジョブスだとか名前がすぐ上がる人がいるけれど、アラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンという人物は、デジタルコンピュータの基本理念とロジックを考えた人たちです。つまり、彼らはコンピュータの父と言うことができます。コンピュータを作った人たちであります。チューリングは戦争が始まると、ドイツ軍の暗号エニグマを解読するためのチームとしてブレッチリー・パークで働くようになります。この暗号はタイプライター型の機械にその日の「設定」を施してつくり、受信側の機械を同じ設定にすれば、その暗号文の元の文が出てくる仕組みだが、この設定は天文学的な数の組み合わせがあります。暗号を解く作業は、エニグマという暗号マシンを真似し、その動きを論理的に推測して、その日の正しい設定を見つけ出すことにほかならないです。ところがその組み合わせをしらみつぶしに試すには、人手で計算すると、何千万年もかかってしまうので、チューリングに数学やパズルに強い暗号解読者が解読作業を試みたが、結局は人間の知恵だけでは限界があり、機械の手を借りざるをえないということになりました。実際にはドイツ軍から奪った暗号表なども使って、1941年にエニグマ暗号が解読できるようになることで、ドイツ海軍のUボートの位置などを正確に把握することが可能になり、イギリス軍や連合軍は情報戦に勝利し、終戦を2年ほど早めることができたとされています。このマシンの次には、1944年に「コロッサス」と呼ばれる真空管を使った電子式の高速計算機がつくられ、さらに高度な「タニー」と呼ばれる暗号も解読されるようになり、チューリングはそのソフトづくりを手伝いました。一方、原子爆弾開発・製造のための「マンハッタン計画」がジョンは科学顧問の一人として計画に参画し、開発を支えました。また、原爆投下計画において、ジョンが「歴史的文化的価値が非常に高い」ことを理由に「京都への原爆投下」を主張したという記録が残されており、この事実と原爆開発への寄与について、今なお様々な批判に晒されていますがジョン・フォン・ノイマンたちが開発した原子爆弾が多くの命を奪ったということは紛れもない事実である一方で、現在、ジョンが軍事研究に関わったことで戦争の終結が早まり、多くの命を救った、という見解を示す専門家も少なくないです。どんなことにも二面的な解釈ができるが、ジョン・フォン・ノイマンの存在は、光の面でも影の面でも世界を変えたことは、紛れもない事実なのです。 
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第2次世界大戦中、ドイツ・イタリア・日本は連合国に対して兵力で劣っていたため、不意打ちをついて勝つという作戦を考えた。ドイツ軍はエニグマという暗号技術を用いて外部に作戦などがもれないようにしていた。イギリスは、人間に解読をさせようとしたがアラン・チューリングは「マシンにはマシンで対抗するしかないのだ」という考えを示した。その考えは受け入れてはもらえなかったが、エニグマを解読する機械を作り出し、暗号の解読に成功した。しかし、暗号解読は軍事秘密のため、貢献したにもかかわらず表に出ることはなく名誉を剥奪されていた。その後、アラン・チューリングは同性愛者であることで責められ若くして自殺してしまった。アラン・チューリングの名誉が回復されたのは半世紀経ってからのであった。 第2次世界大戦のアメリカでは、フォン・ノイマンが軍事作戦に貢献し、色々な原爆実験に立ち会っていた。ゲーム理論を作った人でもある。科学者たちはパソコンの改善案の論文によりコンピュータがどのようになっているのかを知ることができた。ノイマンはIBMなどと契約をして顧問となった。 イギリスとアメリカ、同じ時期にコンピューターの歴史が始まったが、その歴史に関わった人の当時の知名度などには大きな差がある。戦争とコンピュータには深いつながりがあり、コンピュータを制するものが勝つのだと思った。 コンピュータ(マシン)は人間では追いつけないくらいのスキル(記憶装置など)をもっているので、マシンに対抗できるのはマシンしかないというのは、本当にそのとおりであると思った。 
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アラン・チューリングは第2次世界大戦中にイギリスの暗号解読センターに所属し、ドイツの暗号を解読する手法を提案するなどの暗号解読業務に従事した。一方フォン・ノイマンは弾道計算を行うためのコンピュータの開発を行った。その後、ドイツ軍の「エニグマ」と呼ばれる暗号作成機の解析を行うなどの研究に関与した。やがて、フォン・ノイマンは後に長崎と広島に落とすこととなる原爆の開発プロジェクト、つまり「マンハッタン計画」に関わることになる。日本に対して原爆投下の目標を決める際には、日本国民にとって深い文化的意義を持っている京都に落とすべきという意見を出した。こういった側面は映画「博士の異常な愛情」に出てくる博士のモデルとされた。 これを踏まえて「戦争とコンピュータ」とは目的と手段であるとう関係があると考える。その根拠としてチューリング、フォン・ノイマン両者ともコンピュータを暗号の解読や弾道の予測などの科学技術計算という戦争をより有利に運ぶための手段として使った。その代表的なコンピュータとして「ENIAC」がある。この時代のコンピュータは現在のようなコンパクトな構造になっておらず、真空管を用いて作った体積70立方メートル、重さ27トンもの大掛かりなものであった。 
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機械は思考できるのかというのがアラン・チューリングのテーマだったそうです。今の私たちの認識でいうところの人工知能がこれにあたります。 チューリングは人工知能やAIという概念を作り出したコンピュータの父であり、戦争に関しても、チューリングがいなければ2年ほど長引いたといわれています。チューリングは数学には完全が存在しないということからどんな計算も可能なチューリング・マシーンは存在しないと主張し、これが後のフォン・ノイマン型コンピュータに繋がったとされています。ノイマンは今、私たちが使っているコンピュータの設計の元を作り上げた、こちらもコンピュータの父であり、この二人のうちどちらかが欠けていたら私たちが今当たり前のように使っているコンピュータ技術は無かったものなのかもしれません。ENIACのプロジェクトに参加していた数学者ノイマンは戦時中、チューリングの論文を読んでケーブル接続された電卓を電子頭脳に進化させることを思いつき、それを発明したとのことです。戦時中のコンピュータは全て大砲の角度や風向きなどの気象情報、つまり戦争に関するデータをプログラミングされた、いわば軍事目的のものでした。そしてそれは機密情報であるため外部に漏れることはなかった、つまりコンピュータの存在が浸透していなかったということになります。ですので、ENIACが1946年に作り上げたコンピュータが実質、世界初のコンピュータと呼ばれています。戦時中のコンピュータは先述した通り軍事目的のものであり、いわゆる巨大な電卓として扱われていましたが、ENIACが開発したコンピュータはそれに対して数学面で格段に優り、10桁の計算を3秒で割り出せたとのことです。 
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私はイミテーション・ゲームを観ていました。現在では、こういったコンピュータやIT機器というものはかなりの信頼がおかれ、何をするにもコンピュータを使っていると思います。しかし、この戦時中はコンピュータのような技術は全くなく、アラン・チューリングがやろうとしたことは全く理解されていませんでした。アラン・チューリングと一緒にマシンを作っていたチームのメンバーからも、中々成功しない状態であったため、信頼されず揉めたりもしていました。そこで、最終的に暗号を解読させることのできるマシンを開発させたことで、何百万人もの命が助かることになりました。やはりコンピュータやマシンの開発というものは、人間の世界にとって画期的な変化をもたらしたものです。これはチューリングのように命を救うものであれば、フォンノイマンのように原爆のために使われるものもあります。今までの戦争から画期的な変化をもたらしたコンピュータは戦争にとって善にも悪にもなるものだと感じました。 しかし善にも悪にも様々使われ、技術が進歩したからこそ、現在のとても便利なIT機器ができあがっているものだと思います。このとても便利なコンピュータ、今のIT機器が、戦争や原爆を作るなどの争いを有利なものにするといった使われ方ではなく、人々の生活や社会が平和になる、更に便利なものになるようなものとして使われて行ってほしいと心からこの講義を聞いて思いました。 
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現在にあるコンピュータの概念やロジックを作ったのがアラン・チューリングとフォン・ノイマンである。 そのコンピュータを現代のように大衆向けにつくったのではなく、戦争用に作ったのが現在、大衆用になっている。1946年にノイマンが大砲の砲弾距離やどのような弾道で飛んでいくかを計算するためにパソコンを作った。その大きさは25mプールくらいの大きさであったとされている。その後特許取り一時期の間世界発のコンピュータとされていた。しかし、「アタナソフ&ベリーのコンピュータ」が世界初のコンピュータとし、裁判でノイマン型が負けたことで世界初とはならなかった。このようにコンピュータは戦争に使われるために開発され、発展していった。他にも戦争に使われていたものが大衆向けになっているものがたくさんある。例えば最近でいうと5Gである。5Gは軍の無線などの回線を早くするために開発された。それが最近大衆向けになって浸透していった。 
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ノイマンもチューリングも共通して言えることは、戦争に関与していたことだと思います。そして、どちらも数学者でコンピュータの先がけの技術を使われていたことです。この当時の優秀な数学者は軍事レベルで役に立つスキルだと実感しました。しかし、コンピュータの発展過程に戦争の勝利に導くための技術と知ると心が痛いです。チューリングは暗号解読に貢献したが、人生としては最高とは言えない死を迎えました。チューリングは敵国の暗号解読、ノイマンは効率的な核爆弾を計算力で製造。戦争での軍事力拡大には大きく貢献していたと感じました。ノイマンに関しては終戦間際以降、コンピュータの基本構造の構築やEDVACのコンピュータ開発プロジェクトに参加して、プログラム内蔵j方式のコンピュータ概念と情報処理の構造を構築し、戦後は現代でいうプログラマーのような存在として活躍してことは、数学者としてすごいの一言であります。チューリングは暗解読に貢献したのにもかかわらず、国家機密系の仕事から公に活躍が認められていないことを知ると、嫌気をさす気持ちも分かります。’コンピュータとしての考え方’の先駆けには戦争が関わっていたことを知ったが、今の世の中、ITがさらに発展すれば今風の戦争が起こってしまうのではないかと考えさせられました。 
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戦争によって生み出される科学技術は多数存在する。コンピュータもそのひとつである。敵に居場所や攻撃場所を知られないように暗号を用いて連絡を取り合っていた。この暗号を解読するためにチューリングはコンピュータの概念を理論化しイギリスを勝利に導いた。ノイマンはチューリングの理論を具現化した。コンピュータは戦争をする上で重要な役割を担っている。敵の暗号解読や攻撃場所の選定、新しい武器を開発する際にも使用される。今ではコンピュータは小型化され、私たちの手元に届くようになったが、もともとは殺し合いである戦争に使われていたのである。それは忘れてはいけないことなのではないだろうか。私たちの便利の裏には様々な犠牲があったのだ。もし戦争が無ければ、今の生活はないのかもしれないがそれに対する死が多すぎる。現在のコンピュータのほとんどがノイマン型とされ、コンピュータは手のひらサイズのスマホになるまでに進歩している。これは本当にチューリングやノイマンのおかげである。あまり喜ばしいことではないが戦争も一役買っている。これらのことを頭に入れつつ、今後コンピュータを使っていこうと思う。 
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第二次世界大戦でのアラン・チューリングとフォン・ノイマンの功績から、コンピュータの発展を推し進めたのは戦争であるのだと考えました。正確には、コンピュータは戦争という非日常的な緊急事態の中で、必要に迫られて急速に発展していった技術なのだと思います。戦争が存在しなければコンピュータは、いずれは現在のような利便性に富んだマシーンになっていたとしても、彼らの生きた時代にはまだ「計算機」としての進化を緩やかに歩んでいたのではないでしょうか。 第二次世界大戦で、チューリングが暗号の解読で機械を用いたように、戦争をどれだけ有利に進めることができるかはより賢い人間による計算ではなく、より優れた機械の開発に委ねられるようになりました。一方ノイマンらが作ったENIACのように、自動計算機から進化したコンピュータは砲撃の弾道計算などを行うようになりました。コンピュータは、自動で計算をしてくれる「便利な機械」としての出発から、戦争に欠かせない「兵器」になってしまったのだと考えます。 それらの高度な思考が最終的には原爆という自らを滅ぼす殺戮兵器を作り上げてしまいました。このように、コンピュータは使いようによって人類を繁栄にも破滅にも導くことができるものなのだと思います。そのことは現在でも心得ておかなければいけない事実です。今日の世界は「便利な機械」としてのコンピュータと「兵器」としてのコンピュータが共存している状態です。もし、また世界が戦争という非日常的な緊急事態に陥ったなら、コンピュータの技術はさらなる飛躍を見せる一方で、私たち人類が生きることをさらに難しくしてしまうのではないかと考えます。 
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 現在のコンピュータにつながる電子計算機を発明した研究者は何人かいますが、アラン・チューリングもその一人です。チューリング・マシンは、計算機の機能を抽象化した仮想機械のこと。現代のコンピュータの元となった概念で、アラン・チューリングはチューリング・マシンでアルゴリズムと計算の概念を定義しプログラムの概念を史上初めて作り上げました。  チューリングの機械は空想上のものでそれを現実に作れる状態まで理論を具体化し、自分名義で”プログラム内蔵方式を論文発表したのがジョンフォンノイマンです。ノイマンは格子状に配列されたコンピュータ群が相互に通信し問題解決していく「セル・オートマン」というモデルを考案し、機械自身が内部情報を用いて自己増殖できることを証明しました。  さて、今ではコンピュータは当たり前のように毎日触れるものとなっているが、戦時中ではこのコンピュータが非常に大きな意味合いを持っていたと考える。当時、今のようなコンピュータはなかったがそれを当時に持っていけるとしたら戦争はどうなるだろう。結果も変わるし、もっと大きなものになっていただろう。つまり、コンピュータの開発はそれ程戦争すら変えてしまうものだといえます。  しかし、逆に言えば戦争においてもコンピュータが大きな役割を持つからこそ、偉人達も躍起になって開発出来たのかもしれない。そう考えると歴史的にみて戦争を繰り返してはいけないと学ぶと同時に、そこに感謝を忘れてはいけないのかもしれないと思います。 
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ノイマンは原爆開発のマンハッタン計画に携わり、冷戦時代は軍事顧問を務めた。チューリングはイギリスで暗号解読に従事し、世界最初のコンピュータを生み出した。また2人ともチューリングマシン、フォン・ノイマン型コンピュータという彼らが考案し、開発され、自分の名前がコンピュータの名前に採用されるほどの功績を残した。これらにより戦争とコンピュータの関わり、そして戦時中においてコンピュータがどれほど重要な存在であったかが読み取れる。また、戦争では兵器の規模、兵隊の規模だけでなく、情報というものがいかに重要であったかが想像できる。恐らく敵国のコンピュータに侵入し盗聴、暗号解読、作戦を把握するなどということができたのだろう。例を挙げるとすると、チューニングは戦時中、敵国ドイツ軍の暗号を解読するためのチームとして活躍し、ドイツ海軍のボートの位置などを正確に把握でき、勝利した。終戦を2年ほど早められたという。さらにその頃、アメリカではノイマンが大砲の弾道計算表をつくるために高速計算機を開発していて、それも実際に戦争で使用されたという。つまりこれらの事実から、「戦争とコンピュータ」は密接な関係にあったと言える。皮肉にも、戦争で敵国を屈服させるために力を注いだコンピュータの開発は現代では世界中の人々がより便利に使えるよう開発されるようになっている。 
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チューリングは、戦時中に暗号解読業務に従事した。その時、ドイツが使用していたエグニマ暗号機を利用した通信の暗文を、解読するための機械「bombe」を開発した。 一方、ノイマンは爆縮レンズの開発に従事した。32面体に爆薬を配置することによって効率的な核爆弾が製造できることを導き出した。私の勝手なイメージではあるが、第二次世界大戦では多くの兵器が使用され頭脳戦というよりかは兵隊の数や兵器の数で戦っていたのだと思った。しかし、チューリングとノイマンのように才能や英才教育で培った頭脳で戦争に貢献している人がいた。ノイマンは原子爆弾の発明を行い、チューリングのように目に見えて分かる頭脳派ではないが原子爆弾を1から発明するのには相当な数学の知識が必要なのだと感じた。その後、チューリングはコンピュータ・情報処理の基礎理論である計算可能性等に関する仕事をすることとなり、ノイマンは世界最初の1949年にイギリスで「EDSAC」というノイマン型コンピュータを開発することとなった。こうして、第二次世界大戦時の2人の活躍は後に現代に欠かせないコンピュータを生み出すこととなったのだろう。 
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チューリング・マシンは、計算機の機能を抽象化した仮想機械のことです。現代のコンピュータの元となった概念で、アラン・チューリングはチューリング・マシンでアルゴリズムと計算の概念を定義しプログラムの概念を史上初めて作り上げました。 アラン・チューリングのチューリング・マシンはあくまで理論的なもので、空想上の機械にとどまっていました。それを現実に作れる状態まで理論を具体化し、自分名義でを論文発表したのがノイマンです。なのでチューリングにとってノイマンは大きな存在だったと思います。それを戦時中に開発するのは本当に凄いことだと思いました。また、戦時中なので男性のほとんどは戦争に行かなくてはいけないので女性が大きな活躍をしたと思います。 私はコンピューターが好きで、将来はIT企業に 就職したいと思っているのでこの後も、チューリングとノイマンについて深く調べていきたいです。 また、映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』ではその頃のアラン・チューリングが描かれているそうなので夏休みにみたいと思います。また、スタンリー・キューブリックの映画『博士の異常な愛情』のストレンジラヴ博士のモデルはノイマンといわれているそうなのでこれも見たいです。 
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私は今回の授業を受けてコンピュータの起源は戦争時代からきているものなのだと感じました。始まりはソ連の暗号でした。機械による暗号作成でイギリス軍は解読ができませんでした。そんな中イギリスの数学学者であるアラン・チューリングは第二次世界大戦中に暗号解読の学校に行き、ドイツ軍の使用する暗号解読機エニグマの暗号機を利用した通信の暗号文を解読するための機械を開発しました。さらに、チューリングは計算可能性理論への貢献が挙げられており、電子計算機の開発に携わったことでコンピュータ・情報処理の計算に関する仕事につきました。また第二次世界大戦中のアメリカではフォン・ノイマンという数学学者が原子爆弾やコンピュータ開発で活躍していました。ノイマンは原子爆弾開発に加担し、日本に落とされた原子爆弾にも携わっていたとされています。また、コンピュータ開発の分野では現在のほとんどのコンピュータの動作原理である「ノイマン型コンピュータ」を開発しました。これはプログラム内蔵方式のデジタルコンピュータでした。彼らの歴史を踏まえ、その後商用コンピュータが続々と進化をしながら誕生していきました。1960~70年代にはオフィス・オートメーションそして1971年からはパソコンの開発が始まり、マイクロソフト社とApple社の競い合いでした。このように、コンピュータが生れた起源には私は戦争時代の数学学者による開発が由来していると考えます。 
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戦争を経て、コンピュータは大きく進化しました。戦争中は、男性がほとんど戦場に向かっていたため、女性が主にパンチカードを打ち込み続けていました。これは現在で言うプログラミングのような仕組みです。また、いつ攻撃されるか、どこを攻撃されるかが予想もつかなかったため、データがあるところを攻撃されてしまうとそれまで打ち込んだ分のデータが全て水の泡になってしまうので、データを分散させて様々な場所で保管しておく必要がありました。そこで、多くの回線を使用しデータを分散させるAPPAネットという仕組みができました。これが、今使われているインターネットの原型となっています。このように、戦争中にインターネットの原型が作られるきっかけとなったのは、イノマンの思考が大きく影響しています。イノマンは、チューリングマシンと呼ばれるものを実際に可能な範囲で実現させ、イノマン型とよばれるコンピュータの基本的な構成を作り上げました。こうして、現在のようなプログラミングの土台となる進歩があったのでした。 
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アラン・チューリングとフォン・ノイマンはコンピューターの歴史を語るうえで欠かせない人物であることは間違いないが、どちらも戦争のために己の能力を使いました。それはその時代においては別段珍しいことではなく、それだけで批判されるべきことではありません。しかし、二人の姿勢にはいくつかの違いがみられると思います。チューリングは暗号を解読することが仕事であり、解読された暗号をどのように使うかは、彼の責任になりません。彼の作ったコンピューターは軍事秘密なので、その技術は普及することはありませんでした。チューリングとは対照的にノイマンは、軍事戦略の基礎理論や原子爆弾の開発など戦争に積極的に関与し、あげく京都が日本人にとって深い文化的意義をもつからこそ原爆を落とすべきだと主張しました。ノイマンの場合は、理論などを発表したため、現在のコンピューターの基礎となりました。それは後世に大きな富をもたらすと同時に、原爆という負の遺産も残すことになりました。このようにコンピューターは戦争のために発展してきたという歴史があり、原子爆弾を落とされた唯一の国である日本の国民である私たちは、このことを深く心にとどめておく必要があると思います。 
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チューリングとノイマンを並べて戦争とコンピューターについて考える。はじめにチューリングについて触れていく。第二次世界大戦中にドイツが使用していた暗号エニグマを解読するために様々な検証を行い、ボンベという機械を作り解読に成功した事を知り、今日のスーパーコンピューターのような知能を持っていたのではないかと感じた。この技術は戦争という世界を巻き込んだ大騒動で、自らや家族の命まで掛かっている状況であった為に政府も協力を惜しまず優秀な頭脳を活用した為に成立したと考えられる為、戦争行為は褒められた事ではないが戦争を経験すると新しい技術が生まれやすいことが分かった。次にノイマンについて触れていく。ノイマンは著名な学者に驚かれるほどの頭脳を持ち、大戦中は弾道を計算する部署に入りたがった事から今日の防空の要である迎撃ミサイルなどの基礎はこのような人によって基礎作りがされたのかと考えるとまだコンピュータというものが一般的でない時代に驚きの感情しかない。このような人材がいたのでは日本が戦争に負けたのは納得できる。また、原爆のマンハッタン計画に参加していた事から放射性物質の分野においてアインシュタインと同じような事をしていたことを考えると軍事利用の為の技術であるがそれがいまでは人間のライフラインの要である電力を生み出す事の基礎となった為複雑な気持ちである。まとめに、チューリングとノイマンの戦争とコンピュータについて、戦争があったからこそ彼らが輝く事ができ、弊害も多々あるが人間の次のステップに進む大きな基礎を整えた点から戦争は恐ろしいと同時に素晴らしいものであるとも考えられる。 
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チューリングがチューリングマシンの論文を発表した後、米国ペンシルバニア大学では、世界初の電子計算機「ENIAC」の開発が始まった様です。しかし、ENIACは、現在私たちが知っているコンピューターとはずいぶん趣が違っていて、実態は「ケーブル接続された電卓」に近いものでした。例えば、(A+B)×Cという計算をさせたい時、足し算専用電卓と掛け算専用電卓をケーブルで接続する。足し算専用電卓にAとBという数値を入力すると、その結果がケーブルで掛け算専用電卓に送られる。掛け算専用電卓は、送られてきた数とCという数を掛け算し、結果を出力する。ENIACはそういう構造の様です。このENIACの開発プロジェクトに参加した数学者フォン・ノイマンは、ケーブル方式が大いに不満でした。なぜなら、計算の設定(プログラミング)に膨大な時間がかかるし、「ケーブル接続された電卓」方式なので、複雑な計算はできないからです。フォン・ノイマンは、チューリングのチューリングマシンの論文を読み、落雷に打たれました。チューリングマシンの論文では、プログラムをデータと同じように扱っていたからです。聡明なフォン・ノイマンは、この発想を応用すれば、「ケーブル接続された巨大電卓」を「電子頭脳」に進化されることができると気がつき、フォン・ノイマン型コンピューターを作成します。 
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現代では日常生活において様々なコンピュータが生まれ、誰でも簡単に使うことのできるようになっていますが、何十年も昔ではドイツの暗号機「エニグマ」、それの暗号解読する機械の発明を行ったアランチューリングや原爆をうまく爆発させるための計算を行うための電子計算機を作ったフォンノイマンなど、現代のような生活を快適にするために開発されたコンピュータとは違い、新しいコンピュータの発明には戦争が関係していたり、戦争で用いるためにコンピュータは作られていたのを知り驚きました。アランチューリングやフォンノイマンが発明してきたものは現代のコンピュータの基礎となるようなものであり、彼らが存在してなかったり、発明していなかったら現代のコンピュータは別のものになっていたのかなと思いました。現代のコンピュータがあるのは彼らのおかげではあるとは思いますがそれを辿ると戦争にたどり着くと思うと、当時、戦争はそれほど国が重点を置き、戦争に対して力を入れていたのかがわかりました。だからと言って、戦争に賛成するわけではなく、私が思ったかとはコンピュータなど、こういった何かしらの技術の発展の裏側には歴史における重要な何かと結び付けられているのだなと思った。 
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ノイマン型コンピュータ”にその名を残す、コンピュータ史上最も有名な人物の一人です。 アラン・チューリングのチューリング・マシンはあくまで理論的なもので、空想上の機械にとどまっていました。それを現実に作れる状態まで理論を具体化し、自分名義で”プログラム内蔵方式(ストアード・プログラム方式)を論文発表したのがノイマンです。 それ以降、現代に至るすべてのコンピュータは”ノイマン型コンピュータ”と呼ばれています。 また、ノイマンは格子状に配列されたコンピュータ群が相互に通信し問題解決していく「セル・オートマン」というモデルを考案し、機械自身が内部情報を用いて自己増殖できることを証明しました。 
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フォン・ノイマンは、20世紀科学史における最重要人物の一人とされ、特に原子爆弾やコンピュータの開発への関与でも知られる。流体力学・空気力学の問題をコンピュータで計算するときには、計算すべき格子点が多くなりすぎるという問題があるのだが、この人工粘性という数学的な道具を用いることで、基本的な物理学特性を損なわずに、衝撃の伝播をコンピュータで計算しやすい形で表現することができるようになった。チューリングは、コンピューターの概念を初めて理論化し、エニグマの暗号解読により対独戦争を勝利に導いたとされている。また、人工知能を深く考察し、チューリング・テストを提唱した。 コンピュータの性能を理論的に使うことによって、コンピュータ内で、戦争のシミュレーションなどが行えると思う。コンピュータが、戦争における最善の行動の予測、その行動に伴うリスクの予測、それらを情報として与えてくれる。コンピュータによって、戦時中において最善と思われる形を模索することができるというのは、大きな部分であると思う。また、コンピュータの正確な計算に基づいて行われる武器開発も、戦争において必須なものであると言えると思う。 
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数学を用いたコンピュータは、例えば位置情報計算によるカーナビなどの文明発展に貢献することもあれば、ときに原爆などの武器や暗号に使われてしまうようです。フォン・ノイマンは攻撃対象に京都を提案するなど進んで日本破滅に貢献しようとしていた一方で、原爆開発に携わったアインシュタインは自分の数式が後に原爆に使われていたことを知り、とても悲しんだそうです。アラン・チューリングの場合、武器開発ではなく暗号解読という、いわば受動的な役割だったため、アインシュタインのように心を痛めるような苦悩がそこにあったのかが気になります。戦争の勝敗はコンピュータに大変依存しており、幸か不幸かコンピュータが発展していればいるほど、そしてその国が使いこなせていればいるほど戦況は大きく変わり、有利になるのだと考えました。つまり、戦争にはコンピュータが不可欠なのですが、「戦争を無くすためにコンピュータを禁止する」ということが現実的に不可能であるというジレンマがあると感じました。 
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戦時中、チューリングはコンピュータによる暗号解読で、フォンノイマンは原爆開発への加担という形で一役買っていたわけですが、正確なことは何もわかりませんがこういった技術的な面での戦争への支援は命運に大きく影響を与えたのではないかと思います。  戦時中はまだコンピュータが普及しておらず、仮にコンピュータを(チューリングのように)うまくつかいこなすことが出来たなら敵国の無線などを傍聴したりとかなりアドバンテージを取ることができると思います。  ですがそういった、コンピュータを活用して戦争を勝利に導いたという話はあまり聞いたことがありません。チューリングも(授業では話の終わりまでは学びませんでしたが)良い結果で終わることはできなかったとのことなので、難しいことだったというのは間違いないと思います。当時は技術も進歩していませんしそういったことに携わる人口も限られていたでしょうし当然のことかもしれません。 
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戦時中のチューリングとフォンノをイマンを並べて「戦争とコンピュータ」について考えていきます。まずアラン・チューリングに関してだが、私は「イミテーションゲーム」を見たことがあったので彼のはかない人生について知っていますが、今回はコンピュータに焦点を当てて考えていきます。チューリングはドイツ軍のエニグマを解読するために極秘で国に雇われた数学者ですが、私が一番印象的なのは70年前に既にAIがあったと思わせることです。彼が論文で使った手法は、人間の論理思考を機械に喩えるということで、現在のコンピュータの基本的なアーキテクチャーを決めることになりました。一方フォンノイマンはチューリングと違い、公に戦争に関わった人物です。数学以外にも物理学、気象学、計算機科学などを先行していて、核兵器開発へ加担していました。彼の理論は広島と長崎にも用いられています。今回課題により二人のことを調べていて、戦争とコンピュータはとても密接に繋がっているものだと思いました。しかし頭が良いことを戦争に用いったとき、それは頭脳の無駄遣いのように感じます。仮にAIが発達して最も低コストで最も広範囲に爆撃が起こせる機械を多数生産できるとなってしまったら、また戦争とコンピュータが関わってしまうような気がします。私はSNSなどを普段から娯楽のためなどで使っていますが、最近多い誹謗中傷のように使い方を間違えると凶器になってしまうことを知りました。なにを使うにしても使い方を考えることが重要だと思います。 
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今回の講義で、戦争とコンピュータは非常に深い関係にあると感じた。通信が直接的に戦争に意味を、軍事的開発に意味を、もたらすかと考えたらそうではなく、科学技術が全てだとこれまで考えていたが、既にコンピュータが軍事的開発に深く関わる事に意外性を感じた。チューリングは、数学的思考で、暗号化されている通信を読み取り暗号解読する事は、当時戦争の勝利に導く大きな成果だと言えると考えた。科学技術を使うのではなく、相手の行動を読む事は何よりも直接的な軍事勢力になると言えるからだ。そして、暗号を解くのが人間だった従来から、コンピュータに解読させるという発想転換は、現代の社会に繋がる大きな成果だといえる。フォントノイマンの考えもまた、数学的思考を感じた。大きな開発が、必ずしも社会に貢献する良い事とは限らず、結果的に悲惨な事態を招くこともある。私は日本人として原爆実験や開発がされていた歴史を良くは思えないが、彼のゲーム理論という考えもまた、現代の社会に深く結びつく大きな貢献をした人物だと言えると思う。核戦争の中でも、電話回線という従来の考え方では既に一歩前を行けない状況の中生まれたのがコンピュータであり、その必要性や重要性を感じた。コンピュータの開発により、科学技術だけでなく、直接的な戦略につながる勢力を得ることが可能になったと言える。 
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戦時中において、技術面での競争は勝利にどれだけ近くなるか左右するものであり、どの国も新たな技術の開発に全力で臨んでいたはずです。だからこそ戦争は皮肉ですが技術の発展を大きく進めたのだと思います。チューリングの話の中でまず驚いたのが外務省の暗号学校です。暗号の解読がどれだけ戦争において重要なものだったのかがうかがえます。それは暗号専門の学校が存在するのが何よりの証拠で、加え、当時の人々は暗号というのは人間の力によって解かれるものだと考えていたことがよくわかります。機械には機械で対抗する、今では当たり前なことですが、このチューリングの発想はコンピュータの技術において重要なターニングポイントになったのだと思います。そして、ドイツ軍の暗号機であるエニグマの解読に成功したという功績は第二次世界大戦の連合軍側の勝利に大きく貢献したといっても過言ではないと私は思います。コンピュータの普及に影響を与えたノイマンが第二次世界大戦中に原爆実験に携わっていたのは、その実験に多くの研究者がかかわっていたことが考えられます。戦時中に新たな技術の発展が進んだことで、未来の進化が大幅に進んだことはまぎれもなく事実だと思います。しかし、破壊を目的にコンピュータだけでなく多くの技術の開発が進んだことは果たして良いことだったのかと考えれば喜ぶことはできないなと思いました。 
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私はこの戦時中のチューリングとフォン・ノイマンを並べた戦争とコンピューターについて考えてみて、コンピュータができたのは戦争のおかげだと感じました。そして、チューリングの論文とフォンノイマンが出会い、それを読んで影響を受け、それをきっかけにコンピュータはただのケーブルに繋がった電子計算器からコンピュータへと進化を遂げたのだと思います。フォン・ノイマンがもしこの論文に出会わず、また出会ってもこの理論をもとに装置を作ろうと考えなかったらきっとこの時代にコンピューターは生まれなかったのではないかと考えます。 戦争という自分たちの命を危険にさらしているものの存在によって、それを回避するための暗号通信の暗号解読や大砲などの軌道計算を正確に行うことを可能にするコンピュータが作られることになったのだと思います。これがもし戦争中でなければ、いずれはこの領域にたどり着いたにしても、もう少し遅いペースでの開発になったのではないかと考えます。 また、同時期に行われていた水爆製造もノイマンのコンピューターを完成させたいという願望を加速させる要因になったのではないかと考えます。 
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戦争をきっかけにしてコンピューターの開発が進んだということは聞いたことはあったけど、実際に着目するのは今回が初めてでした。そもそも自分の中でコンピューター=パソコンというイメージが強く、初期のコンピューターでも、画面が大きく分厚いものと想像していたので、あんな風に部屋一つ使う大きさだということや、たくさんの人が手作業で情報を入力するシステムだということも初めて知った。チューリングは、敵国の暗号解読のためにコンピューター技術を開発したとのことだったが、もともと数学者だった彼が、戦争に勝つことを目的に研究したのか、ただただ目の前の難題を解決したい探究心で研究したのか、どちらの要因が大きかったのか気になった。この件では、先に目的が明記されての研究だと思うが、自分の興味のために追求した成果が、戦争に使用されてしまう科学者や数学者の気持ちはあまり良いものではないのだろうなと思った。フォン・ノイマンについても、同じようなことを思ったと同時に、戦争に勝つために生み出された技術のせいで、戦争に勝つことができ、その技術のせいで多大な被害が出て、その技術を応用して現代の豊かな生活に繋がっていることを考えると、複雑な心境だなと思った。コンピューターの開発が戦争による被害を大きなものにした事は言うまでもなく悲しい事であるが、戦争は国全体としての取り組みであることから、予算面などの補助が莫大であり、そのおかげで研究が進んだのかと考えると、コンピューターがここまで発達したのは戦争を目的にした研究だからこそなのかと納得した。 
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今回の授業を受けてコンピュータは戦争とともに発展していったことがわかりました。これを聞いてもともと戦争のために生まれたものが、市民生活に利用されてさらに使いやすくなったものはたくさんあるのだなあと実感してしました。また、コンピュータはいかに情報をはやく、そして秘密に伝えることができるかが重要で開発され、もともとあんなに大きかったものがよくこんなにも小さくそしてハイスペックになっていったことに驚きました。そして、この秘密でというのは戦争で他の国に暗号をバレてはいけないため発達し、逆に戦争じゃなければ発達しなかったのだなと考えました。チューニングのドイツ軍の暗号機を読み解くために天才数学者がそれに対応するためにはマシンが必要でそれがコンピュータであったことを考えると、戦争がなかったら、今の私たちの便利な生活がないのだなと考えるとなんだか感慨深いです。また、フォンノイマンについて、この人は核兵器も考えた人でとても頭が良く、コンピュータの開発にも重要な人物であるが、たまたま、調べたのですが、コンピュータを開発した際、俺の次に頭のいいやつが生まれたと言ったらしく、やはり、コンピュータのそれを考えた人は尋常じゃない人なんだなと思った。 
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イギリスのアラン・チューリングは数学学者で、第二次世界大戦中に「エニグマ」と呼ばれる暗号を解き、この戦争に貢献した人物です。この時にアラン・チューリングは、この「エニグマ」と呼ばれる暗号を解くためにコンピューターを開発しました。この人物は、この暗号が軍事機密だったこともあり、当時公にはその功績が公表されず、命を絶ちました。また、アメリカのフォン・ノイマンはマンハッタン計画という原爆開発に参加した学者で、彼は様々な軍事作戦に参加しました。また、ENIACのコンピューターの弱点を突き、「ノイマン型」と呼ばれるコンピューターを開発しました。これは、今現在使われているコンピューターであります。アメリカでは、コンピューターを軍事的に使用していました。そのため、この第二次世界大戦において、フォン・ノイマンが開発した「ノイマン型」のコンピューターは大きな功績を残したと言われています。私はこの2つから、コンピューターは、日常的に使う目的ではなく、軍事的に敵国の暗号を解読や、攻撃する際の爆弾などの弾道を計算する時に使うために開発されたと考えました。このことから、戦時中アメリカもイギリスも、敵国に対抗するために軍事品や戦力の増加をすると同時に、敵国の暗号を解くことやどこに爆弾を落とすべきかなどを、学者の知力をも利用しなければならない状況であったと考えました。このことから戦争とコンピューターは深い関係があると考えます。 
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コンピュータは軍事プロジェクトの一環で作られた。第2次世界大戦下のイギリスでは数学者であるアラン・チューリングがチューリングマシンを発明した。彼はアメリカに留学し、帰国後暗号学校に赴任。彼の仕事はナチスドイツが使っていた暗号を解読することだった。ナチスドイツの使っていた暗号機はエニグマと呼ばれる、日ごとに暗号が変わる高性能の暗号機だった。これは軍事秘密だったことからその当時チューリングの仕事が世に知れ渡ることはなく、彼の名誉が回復したのは半世紀以上たってからだった。  同時期のアメリカでも軍事目的でコンピュータの開発が進んでいた。世界初のコンピュータENIACがエッカートとモークリーにより作られた。これは主にミサイルの弾道計算に用いられた。その後出てきたのがアメリカに亡命した数学者フォン・ノイマンである。彼はマンハッタン計画の中心人物でもあった。彼の提唱したノイマン型コンピュータは現在私たちが使うコンピュータの基本構造である。  このように大戦中はよりよいコンピュータを作ることに各国が躍起になっていた。その後の冷戦の時代にも通信をどのように確保するのかが各国の課題となっており、コンピュータの開発は進んでいった。 
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ビルゲイツやスティーブ・ジョブスが、パーソナルコンピューターというものを工業製品として一般の我々の元に解放した人々だとすると、チューリングとフォン・ノイマンという人物は、デジタルコンピュータ(計算機)の基本理念とロジックを考えた人たちになる。彼らはコンピュータの父と呼ばれており、コンピュータを作った人たちである。チューリングは人工知能やAIなんて言葉が存在しなかった時代に、人工知能という概念を夢想しており、一方でフォン・ノイマンという人は、現在、世界中で使われているコンピューターの動作原理を設計した人である。チューリングとともに、現在のコンピュータの基礎を築いた大功績者と言える。この2人のコンピュータの違いはノイマン型コンピューターはソフトウェアを導入することが出来たと言う点である。ソフトウェアによりハードウェアを制御できるところができ、アラン・チューリング型のコンピューターは、どちらかといえばハードを操作して制御を加えるものである。コンピュータは最初、第二次世界大戦にあって、軍事用途として開発されたもので、大砲の弾道計算など、軍事用途・計算用途からスタートした最先端のテクノロジーは、第二次世界大戦終了後、ビジネス分野での利用が模索され、急激に進歩していきました。 
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アランチューイングは第2次世界大戦中、ドイツの暗号機「エニグマ」を破る役割を果たした。それにより、連合国側の情報機密がドイツ潜水艦「Uボート」の攻撃地点を予測でき、何万もの人の命を守ることができた。フォン・ノイマンは弾道計算を行う為のコンピュータを開発し、処理するデータやプログラムをメモリに読み込む「プログラム内蔵方式」、演算を行うCPUが主記憶からプログラムを順番に読み込み、実行する「逐次制御方式」を用いたノイマン型コンピュータを開発した。 戦争とインターネットを描いた映画「イミテーションゲーム」の予告編で主人公が自身で開発したものが凶器として利用されていくことに恐怖を抱くシーンがあったが、これは現在でも起きている現象であると考える。たとえば、AIを開発し人間に暮らしをより豊かにしようと考えている開発者、エンジニアも様々なニュースで人間がAIに乗っ取られる、AIは本質的に必要なのかなどと取り上げられると「自分が一生懸命開発しているものは本当に必要なものなのか」などと苦悩を感じる場合もあると考える。しかし、そのようなことは戦時中では武器、戦闘機などでも同じであり、利便性が高まること(武器などの例では防衛力の向上)と脅威化は紙一重なのである。そのため、ネットの開発を進めることのメインの目的は人間の利便性を高めるということであり、その使用方法で開発者が頭を悩ませる必要はない。 
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今でこそ、コンピュータは日常で広く使われていますが、昔は戦争で使うのがメインで使用されていました。コンピュータが登場する前は、国同士の争いで兵と兵が戦うことが戦争というシンプルな形であったかと思いますが、近現代では、それだけではなく、コンピュータの登場などにより、高度な情報戦が行われるようになったのだと思います。戦争は、戦場の兵だけで行われるようになったのではなく、暗号を解読したり弾道を計算したりするために、戦場以外の場も含めて行われるようになったのだと思います。 第二次世界大戦中、イギリスのアラン・チューリングは、暗号解読に従事していました。ドイツの暗号を解読するための手法をいくつか考案した功績があります。一方のアメリカでは、フォン・ノイマンが原子爆弾やコンピュータなどの開発に従事していました。 このように、軍人以外が戦争と関わり合いをもつことで、戦争が高度化していったのだと思います。 コンピュータの登場は、従来の戦争とは異なる、新しい戦争の始まりとなる転換点であったのだなと思いました。これからも、コンピュータの進化は止まらないと思います。万が一戦争が起これば、第二次世界大戦以上に高度な情報戦が繰り広げられるのだろうと思いました。もちろん、そのようなことは望みませんが。 
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今回の授業を聞いて、戦争中にどのような感じでコンピューターが使われていたのかがわかりました。戦争中コンピューターを利用している人があまりいなかったためコンピューターのシステムが楽しい、勉強になるという声が多く、ビジネスにも役に立たないかと考えました。そして、ビジネス面でのコンピューターの強みは、コスト削減や新規ビジネスの開拓があります。同時戦争中は戦争をしていたためお金がなく、移動することができました。また、国同士の仲が悪かったため、国間の移動が出来ませんでした。この頃から、コンピューターがいかに便利で優れたものだということが広まりました。そして、コンピューターの起源は1975年にアメリカで世界で最初のコンピューターのABCができました。そして、次にイギリスでcolossusというコンピューターができ、コンピューターは暗号通信の暗号解読機として開発されて、専用計算機として使われていました。これらのコンピューターは戦争時大砲の弾道計算などの軍事用途・計算用途で使われました。そして、戦争が終わってから本格的にビジネス面で活躍していきそれから数々の改良がされ、現在ではビジネスのほとんどがコンピューターと言ってもいいほど広まりました。 
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戦争とコンピューターの関係として、戦争があったからコンピューターの発達が促進されたと思いました。戦争を有利に進めるために敵の情報を奪い、または知られないようにするために通信手段としてコンピューターが進化し、正確に情報を届けられるようになったことは、現代のコンピューターの基礎の一つになっている。戦争という自分の命だけでなく、国民の命もかかっているような状況であったからこそ行えたことだと思います。それほど情報は戦争において大変重要な武器の一つとしての認識があったと考えられます。 また実戦で、ミサイルの弾道や距離を人間がいちいち計算していては、その間に攻撃を食らい、自国は敗北する。また、味方数十人に一斉に情報を送ろうとしたときに必要な通信環境の確保など、戦争はコンピューターの性能を向上させることが勝つために必要なこと。実際、チューリングが暗号を解読する機械を作り上げ、イギリスの多くの国民の命を救ったという話もあります。こうした軍事的な目的で作られ続けてきたコンピューターが、通信環境の改善を繰り返し、今日のスマホやパソコンになっているのだと考えられます。 
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チューリングの作ったエニグマという暗号機械の動画を見て、私は現代でも使われている携帯のパスワードを連想しました。もし仮に、戦争がない世の中であったらこうしたパスワードシステムなども生まれて来ず、そうした場合、人間はどのように生きているのか、とても興味が湧きました。私はもし、核や戦争がない世の中であったらを考えてみました。まず、私たちが現在も多頻度で使用してるインターネットですが、このインターネットも戦争で軍が使っていた物を応用して発明した物です。つまり、戦争がなければ現代ではインターネットも使えません。想像できないような事ですが、そのような時代もあったのかもしれません。ですが、戦争が人類に必要な物であったのか。それがなければ、人類は進歩出来なかったのか。コンピュータと戦争を考える上で除外してはならない事だと私は思いました。 
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元々軍事目的で開発されたコンピューターは人類の未来を担う存在だと思います。 アラン・チューリングを始めとして数々の数学者がいつの時代も人間の未来を 進めてきたんだなと圧倒されます。そして現代ですがまたもやコンピューターが 戦争との関係を強めてきたなと思います。いまや世界中のあらゆる場所はコンピューターを通して管理され、また世界中のあらゆる場所から管理できます。そのコンピューターの 管理次第で一国のインフラを崩壊しかねない、つまりコンピューター上でのサイバー戦争の時代は既にきているのだなと実感は湧かないですが思いました。とはいえ軍事機器開発は世界のあちらこちらで続けられ、核や軍事ウイルスの開発、衛星からの攻撃などの話も聞いたりします。その内恐怖心を持たないアンドロイド殺人兵器なんて世に出てきたら恐ろしくて仕方ないです。そんな複雑化した現代の戦争形態ですがやはり根本にはコンピューターが基盤となっている様に思えます。コンピューターのおかげで私たちの生活はより豊かになっており支えられていますが逆をいえばコンピューターは私たちの生活を崩壊させるだけの力を持っているということが言えます。どちらにせよ時代を生き抜くために コンピューターには関心を持っておくべきだなと感じました。 
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チューリングの尽力による暗号解読技術の発達は相手国の情報をつかみ戦争に勝つためであった。戦争という切迫した状況だったからこそできたことなのだろう。しかし、そのような状況がなかった場合、暗号解読技術の発達は起こり得たことなのかと感じた。実際チューリングの開発した技術は軍事機密として処分されたように、公にできないような後ろめたいものであったわけであるのだし。しかしその時に開発された技術によって現在のコンピュータ技術があることは知っておかなければならないことであるとも感じる。そしてチューリングが貢献した暗号解読技術の発展は後世に良くも悪くも、その両方の影響を及ぼしたのではないか。良い面としては問題があった時にその回路を逆進して追求できるが、悪い面としては私情で暗号を解読する者が現れたりして問題が起きてしまうということである。 現在あらゆる個人情報がコンピュータ上で扱われるようになったが、チューリングが関わった暗号の技術あってのものだろうと思った。 ノイマンの核爆弾製造の技術も、人知を超えたものを生み出してしまい、もはや制御できず全人類が滅亡してしまうほどの凶器を生み出してしまった。そう考えると、コンピュータ技術は戦争を機に戦争のために著しく発展したものであると感じる。 またプログラムとデータを共に記憶したメモリーの開発は確かに、いろんな用途で使うことができるという面で戦争に向いていたのかもしれない。 かつての戦争といえば剣で斬り合ったり、銃で撃ち合うような直接的な武力の衝突であった。しかし、コンピュータの誕生と発展に伴い戦争の形態は変化していった。身体的な体力戦からより頭脳的な情報戦に変容したといえるのではないか。 
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アラン・チューリングが第二次世界大戦中にナチスドイツが作戦に使用していた暗号機エニグマを解読するための機械bombeを開発することに成功し、さらに複雑なドイツ海軍のエニグマの解読に成功したことは連合国側の戦況を有利に導き、戦争の勝利に大きく貢献する発明であったことがうかがえます。つまり、先進国の間にはマシンの開発が進んでいて、どれだけ性能のいいマシンを発明し軍事的に使用できるのか鍵であり、それゆえ高性能のマシンを開発するためには数学を使った計算をすることが必要不可欠であり、この点数学者は戦争下において重要な存在であったと考えられることになります。 またフォン・ノイマンは弾道の計算を目的としたENIACの設計に関与し、ソフトウェアとハードウェアというコンピュータの基本構造を開発することに成功しました。その後原子力爆弾の開発のもとになるZND理論を生み出し、第二次世界大戦の終結に導いた人物と言えます。ENIACは戦争終結後に完成したため、当初の目的は達成できませんでしたがノイマンが提唱したコンピュータの基本構造は現代においても使用されており、コンピュータは日常生活だけでなく戦闘機や戦艦の設計など軍事システムの向上に貢献していると考えられます。 
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私は今回の授業を聞いて、2人がいなければ現在のようなコンピューターは存在しないのではないかと考えました。この授業を受け4連休で時間もあったのでチューリングが題材になっている映画「イミテーション•ゲーム」を見ました。授業で習った通りコンピューターの概念を初めて理論化し、エニグマの暗号解読により対独戦争を勝利に導いたというのが主なストーリーなのですが、彼のマイノリティーな私生活などチューリングから当時の時代背景がとてもわかる映画と感じました。 授業や映画を踏まえて、イギリスでドイツの暗号文を解読する機械を理論的創造したチューリングとそれを現実に作れる状態まで理論を具体化したノイマンの現在のインターネット社会へ多大な貢献を感じます。しかし、インターネットは人の生活を豊かにするために開発が続けられている現代に比べて、当時戦争に勝つため、相手の国を滅ぼすためにに開発し、それが現在に貢献しているというのが皮肉にも悲しい現実だなと思いました。宇宙開発なども色々な国と争って成長しているので、やはり新しい技術を開発する背景に戦争が大きく関わっているのだと感じました。 
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アラン・チューリングは暗号学校に赴任し、ドイツ軍が使っていたエニグマ・マシンを解読しようと苦戦をしていました。また、チューリングは今まで人が解いていたものを機械にやらせるようにしました。第二次世界大戦中のアメリカで、エッカートとモークリーはENIACをつくりました。この時代ではプログラミングではなく、コンピュータと言われる女性がプログラミングのようなものをしていました。また、エッカートとモークリー加え、途中からフォン・ノイマンが参加しました。フォン・ノイマンは軍事作戦に貢献しました。原爆開発、原爆実験に携わりました。また、ゲーム理論はノイマンが作りました。今使っているコンピュータはノイマン型と言われ、ノイマンはENIACの欠点を見つけて論文を出しました。技術者たちは、コンピュータの仕組みをノイマンの論文を通して知りました。第二次世界大戦中においてチューリングとノイマンは重要な人物でした。チューリングは、軍事秘密に貢献し、ノイマンはコンピュータの発展に携わりました。戦争においてもコンピュータと言うのは、重要な役割を果たしたことが分かりました。コンピュータなどの技術があれば、戦争においても有利に戦えると私は思いました。 
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コンピュータは今もなお進化していっていると思いますが、戦時中という緊急事態下ではとにかく必要に駆られていることもあって発展がすさまじいものであったと思われます。アラン・チューリングのチューリングマシーン開発の背景は特にそうであると思います。エニグマによる暗号を解読しなければならない、しかも猶予がないといった状況下で機械による効率化を求めたのは今の私たちにとっては納得がいきます。しかしコンピュータによる処理が人力よりも早いからこそ暗号を解くための機械を作り出すというのは当時の発想にはなかったとありました。今までにない発想の転換、従来の固定概念を打ち破るような技術が生まれるのが戦争という緊急事態なのだと思いました。 フォン・ノイマンも同様にマンハッタン計画の中で電子計算機の開発に取り組んでいました。そうした中で生み出された技術が今のコンピュータの前身となっています。あくまで個人的にですがチューリングの場合、最初からエニグマという明確な機械の壁が立ちはだかっていたのに対してフォン・ノイマンは敵が機械ではなかったのが大きな違いだと思いました。チューリングはエニグマの暗号を解読するための装置が結果的に今の技術の基盤になったのに対してフォン・ノイマンは論文という形で改善案を出して、機械そのものの発展に働きかけたという点が、双方発展に寄与したけれど戦時下で何を主目的とするかの違いのように感じました。 
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第2次世界大戦時のドイツの通信手段は無線で、あらゆる情報を『エニグマ』を用いていました。その変換の総当たりは天文学数字ともいわれています。ドイツはそれをあらゆる拠点に導入して様々な場面で活用していました。そのため各国は苦戦を強いられたが、そこでチューリングがエニグマの暗号解読の仕事に従事しました。そしてエニグマに対抗するために『ボンブ』と言う機械を用いて暗号解読をしようとしました。その後もドイツは色々な暗号機を使っているがそれらを解読するアルゴリズムの中心にあったのはチューリングが生み出した『チューリング式』という技法でした。アメリカでは大砲の弾道計算をするためにフォイマンを中心に高速計算機の『EINAC』を開発していました。チューリングの『停止判定マシーン』の発想は後のフォイマンのノンフォイマン式コンピュータの開発に役立ちました。私が戦争とコンピュータについて思うことはこの二人がいなかったら今のような時代にはなっていないと思うし、戦争はもっと長引いたかもしれないと思います。皮肉ではありますが暗号解読や大砲の弾道計算などの戦争のために作られたものが今に生きているので戦争が私たちの今の生活を作っているのかもしれないと思いました。 
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チューリングの存在は中学生の時に知りました。数学の時間に先生が話してくれたのをよく覚えています。当時はあまり学がありませんでしたが、チューリングの活躍のエピソードには衝撃を受けました。フォン・ノイマンも同じく戦時中に母国のために活躍した学者ですが、チューリングとは性格的にも活動内容的にも少し離れた存在である気がします。戦争をこういった学者達の面から見ていくと、歴史で習う戦争とはまた別のものが見えてくるようです。敵国に勝つために必要なのはもちろん軍事力ですが、その軍事力の中には技術力というチューリングのエニグマの解読と言ったような、頭脳面も含まれており、それが非常に重要だということが分かります。こういった高度な軍事に関する技術は終戦から75年経った今でも、公表されてないものもあるのではないでしょうか。そして、その軍事力を増強させるために熱意を注いだ学者達が戦時中、もしくは戦後に生み出したものを起源としてコンピュータは進化していき、現代の我々の豊かな暮らしを作っています。このように考えるとなんだか複雑な気持ちになりますが、戦争のような大規模な出来事が科学技術を大きく進歩させるということでもあると思います。 
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もともとイギリスとアメリカで戦争を有利にするためにプロジェクトの一環で作られたとされるコンピューターですが、チューリングがまずエニグマ・マシンの対応であったり人力で対応するといった固定観念を根本から発想を転換させるなどの功績を残してきました。フォン・ノイマンは、コンピューターなども使って原子爆弾などの開発に携わった数学者でありコンピューター自体が戦争に影響を大きく与えたのだと思います。第二次世界大戦の渦中では情報が一番の威力を発したと高校の授業内で学んでいたのですが、コンピューターなどのプロジェクトの一環で得た知識も強みになっていて戦争も有利に運ばれていたのだと感じました。女性がコンピューターの作動を支えてたということで第二次世界大戦の最中では女性差別がある中で戦争を支えていたのだなと動画を見て感じました。また、フォン・ノイマンに関しても受験勉強している中で英語の長文の中で少し学び、先生にお話しを伺うことがありましたが、原爆の罪悪感を広島の方に謝罪した経緯があると聞いたこともあったのでまた見方が変わりました。 
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アラン・チューリングは戦争中、ドイツで使われていたエニグママシンという150×10の18乗以上の組み合わせの暗号を作るマシンを解読するために尽力しました。そして暗号を解読するマシンを作り出した人です。 フォン・ノイマンは現在のコンピュータの基礎を築いた1人とされていて、原爆実験をしていた1人でもあります。 2人とも戦時中に活躍した人であり、この2人がいなければコンピュータの開発は今より遅れていたか、違うものになっていたかもしれません。戦争になると自分と国の命が懸かっているのですから、自分の国を勝たせるため、何とかして武器になるものを作り出します。皮肉なことですが、それによって技術が発展し、今私たちが使っている便利な物に繋がってくるわけです。コンピュータもその1つであり、アラン・チューリングの例は分かりやすいですが、優れたコンピュータを発明して相手の国の情報を知ることが出来、戦争にも有利に働きました。そうして戦争に勝つためにより優れたコンピュータを作り出していく。その遺産が今の時代にも残されました。戦争はあまり良いこととは思えません。しかしその時代に生きた人達が相手の国と命懸けで競い合った結果、私たちが使っているコンピュータにその技術が生かされていると思うと、これらは色んな人の努力の詰まった尊い物なのだなとしみじみ思います。 
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アラン・チューリングという数学者はイギリスで1936年に「計算可能数、ならびにその決定問題への応用」という論文を書き、1939年にブリッチリー・パークの外務省の暗号学校に軍事目的で赴任し、暗号の解読に打ち込みました。その時の課題はドイツ軍のエニグマ・マシンを解読しろというもので、それを表したものがイミテーションゲームという映画である。21世紀になりチューリングはコンピュータの父というように言われるようになった。彼は戦争に貢献したがそれほど評価はされなかった。フォン・ノイマンはアメリカの数学、物理学、工学、計算機開学、経済学、気象学、心理学、政治学に影響を与えた数学者で、様々な軍事作戦に貢献し、中でも有名なのは原子爆弾やコンピュータの開発である。自分たちが普段当たり前のように使っているコンピュータは、戦争中に開発され、軍事用途として研究、開発されたものだった。正直このことはいままで知らず、初めて知ったし驚きました。当然のことですが戦場ではなく裏方で必死に戦っていた人も数多くいるということだと思いました。当時のコンピュータの有無や開発されたタイミングの早い遅いでもしかしたら戦争の勝敗が変わっていた可能性もあるのでしょうか。毎日当たり前に使っているコンピュータ、戦争中に開発した人たちは素晴らしいと思いました。 
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チューリングに対して私は、今の私たちの生活にはかかせない存在だと思っています。チューリングとコンピューターの関係はそれほど重要なモノだったと思います。彼がいなければ、現在コンピューターというモノは存在していなく、現代に引き継がれている人工知能などの言葉はなかったかもしれません。「計算可能数、ならびにその決定問題への応用」が出版され、ソフトウェアを入れ替えて、一台の機械にさまざまな計算を行わせるというチューリングの考え方は当時においては、斬新だったとされている。そしてコンピューターの概念を最初に理解し、対独戦争を勝利に導いたことが知られています。のちに「イミテーションゲーム」のモチーフとなりました。ノイマンはハンガリーで生まれ、当時黎明期であったコンピューターとの計算対決に勝利をしていました。計算能力は驚異的であったとされています。1926年にゲーム理論を提唱しケインズの功績以来の業績とされました。原爆を発明した男として知られていて、彼の理論は広島と長崎に落とされた原子爆弾にも利用されています。 
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チューリングはイギリス人の研究者で、電子計算機の研究では非常に活躍した人物である。 彼は第二次世界大戦中に、暗号読解の役割を担っていた。 第二次世界大戦の間、イギリスにある暗号読解センターの政府暗号学校で、ドイツの暗号を読解する方法を研究していた。 やがてドイツ海軍の暗号通信を読解する部門の責任者になった。 ドイツが使用していたエニグマ暗号機を使用した暗文を読解するbombeという機械を開発した。 フォン・ノイマンはアメリカの学者で、原子爆弾の開発やコンピュータの開発で活躍した。 しかし、彼はアメリカ人ではありませんハンガリー生まれなのです。 それではなぜ、彼がアメリカで仕事をするようになったのでしょうか。 それは、その後コンピューター開発に密接に関わることになる電気式大型計算機の開発でした。 内容は、いかに大砲の弾を正確に打ち込むか計算するため、いわゆる弾道計算のためのコンピュータでした。 その開発は原子爆弾の開発を大きく手助けするものとなりました。 もともと、彼は戦争を嫌っていたが自分の実力をきちんと理解していたので自分がアメリカに加担することで被害を少なくすることができると考えて、協力していた。 私は、そもそもコンピュータというのは人間が自らやったら時間と手間がとてもかかることを代わりにやってくれる便利なものと認識していたが、このように人の殺し合いに加担してしまうことは開発者や研究者も望んでいなかったと思う。 
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私はコンピュータの発展ににおいてこの二人の発想はとても偉大であったと考える。一説によるとノイマンの考え出したノイマン型というシステムはとてもコンピュータの発展に関してとても密接にかかわっており、この考え方がなければ現在のコンピュータの発展は十年チック遅れていたのではないかと考えられておりとても重要であったと考えられる。しかしノイマンの考えはそれ以前にチューリングが考え出したチューリングマシンの仮想機械の考えから導き出した物であるためまさに二人の考え方が影響を与えたと考えられる。無限に続く長いテープを想定した場合に行って方向にだけ動い続けるのではなく例えば右に津木菟テープがあるとしたら左右に動くことによって反復して動作を実行し続けることができる発想など、従来の考え方を逸脱した考え方がコンピュータの発展に関してとても影響を与えたのではないかと考えられる。ただチューリング型に関しては内部状態に関して現実では実現しがたい無限に長いテープを用いらなければならない条件が課されているため現在多く普及しているコンピュータはノイマン型であるが二人のコンピュータに関する考え方が現在のおんぴゅーたの発展とそれに関する技術の発展にかかわっているのは紛れも二事実であると考えられる。 
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コンピュータは米軍が軍事用として取り入れたのが初めてです。私は軍事用として用いられたコンピュータがチューリングによって発想されずフォン・ノイマンがその意味に気づかなかったら私たちの未来はもっと遅れていたと思います。戦争をより合理的に終わらすため作られたものがその後の世界の進展へと繋がることはとても皮肉だと思います。またチューリングはナチスのヒトラーによって作られた暗号を解読の仕事に抜擢されました。戦争はただの兵器同士の衝突ではなく、巧妙にコンピュータによって仕組まれた頭脳戦が繰り広げられていたことがここでわかります。 
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チューリングマシンとは,無限に長いテープ、テープに格納された文字を読み書きするヘッド、機械の内部状態を記憶するメモリとその遷移機構で構成され,内部状態とヘッドから読み出した文字の組み合わせで、次の動作を実行する。 ヘッドの位置の情報を読みとる・書き込み、機械の内部状態を変え、ヘッドを右か左に一つ移動する事を停止状態になるまでこれを反復して実行し続けます。 チューリングマシンは、「計算とは何であるか」を明確に定義し、チューリング・マシンで計算可能なことが「計算できることのすべて」であることを示しました。 米国で初めてコンピュータと呼ばれる電子計算機「ABC」が誕生して以来ENIACなど多くのコンピュータが誕生しましたが、その全てが汎用性に乏しいという欠点を持っていました。 しかし後にこれを打破する画期的な手法が考案され、後に「コンピュータの父」とも呼ばれるアメリカの数学者ジョン・フォン・ノイマンによる「プログラム内蔵方式」です。 これはこれまでハードウェアに固定して持たせていたプログラムを独立させて汎用性を持たせたハードウェアに、外部から命令を与えて実行させるといった方式で、 「ソフトウェア」の概念の誕生でもありました。 また同時にこの方式に対応するコンピューターの構造も考案され、それが 現在のPCの「五大装置」の基になっています。 こうしてノイマンによって考案された方式は、半世紀以上経った現在でも世界にあるほとんどのコンピューターで採用されていて、今現在の、PCを含めたコンピューターと呼ばれるもののほとんどが「ノイマン型コンピューター」なのです。 第二次世界大戦前後には、「コンピュータの誕生」という大きなうねりが起こりました。ただ、その実践以上に、既存の「コンピュータ」の概念を覆し、ストアドプログラムという新時代のコンピュータの礎を築いたチューリングやノイマンの功績は計り知れないものだと思いました。 
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戦時中のチューニングは女性が中心に機械を動かしていて、男性は肉体労働系に出ていました。このころ女性は機械周りの仕事を中心としており、一般の男性より知識があったと考えられます。また当時のフォン・ノイマンは、原爆の開発をして、マンハッタン計画という秘密の原爆事件に携わっていた上にゲーム理論では、フォン・ノイマンともう一人の学者が携わっていた。そのため、ノイマンはコンピュータの父となり、コンピュータの改善点をたくさん見つめ、現在のコンピュータはノイマン型ともいわれていました。ノイマンは、口うるさい人だったため、何事にも厳しく、原爆を日本に落とすとなった時にも、京都に落とすことを提案していました。さまざまな原爆実験にも関わっており被ばくしていた為か、早くに亡くなってしまったが、戦争とコンピュータ、ノイマンがいなければここまでアメリカは発展していなかったのではないかと思いました。フォン・ノイマン自体が厳しい人だったということもあり、コンピュータの分野でいうと現代でいうスティーブ・ジョブズのようなものなのではないかと思いました。戦争とコンピュータ、一見関係ないように見えましたが、戦争当時は仲間と通信することが第一であるとわかりました。そのため、ノイマンは戦争で勝ち残るためにもコンピュータの開発も決して無関係なことではなかったのではないかと思いました。 
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1946年ENIAC が世界最初のコンピュータとして誕生しました。しかし、1975年、アメリカのミネアポリス連邦地方裁判所は、世界最初のコンピュータはABCであるの裁定しています。ABCは1942年にアメリカで開発されました。この1942年は1月にベルリンで日独伊軍事協定が調印され、6月にミッドウェー海戦がありました。ということは、第二次世界大戦中期です。コンピュータは当初、第二次世界大戦にあって、軍事用途として開発したされました。1946年に誕生した、ENIACが世界初のコンピュータと呼ばれたかといいますと、当時のコンピュータは機密扱いのため、その存在が長く世間に知れ渡ることはなく、たまたま戦後既に公表されたから、ということらしいです。ENIAC が誕生したころには、すでに第二次世界大戦は終わっていましたが、ENIACは大砲の弾道計算という、軍事目的として開発されていました。大砲の速度、角度なども計算させる必要があったため、数表もあらかじめ用意する必要がありました。数表を作るのに人間が計算するのは効率が良くないため、コンピュータが役に立ちました。戦争というものは、財政をだめにし、人や資源もだめにしてしまう恐ろしいものですが、必死に人びとが開発したため、コンピュータが誕生したのだなと思いました。 
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コンピュータ開発の発端が軍事目的だったのには驚きました。どこかで「軍事的に使い古されたものが我々民間にお下がりとして下りてくる」という話を聞いたのですが、その話も間違ってはいないということなのでしょうか。二人共同時期の学者ですが、ノイマン製の機械の方が見た目がシンプルで、女性が仕事を任されていたところも見ると覚えなければいけないことにあまり難易性がなかったのではないかと思いました。早い時期から論文を公開していたこともあり、名前だけでも知っているという人が多かったと思います。今日のコンピュータの多くの先祖がノイマン型なのも、そういった使いやすさや製作者から発信された情報の多さによるものなのではないでしょうか。一方チューリングの方は調べてみると主に人工知能の問題の時に引き合いによく出されるというのを見ました。戦時中の時点で既にAIの元となる考えが構築されていたのに驚きです。チューリングは功績をあまり評価されず不憫ではありますが、彼の最先端技術とノイマンの操作性の良さが合わさり、現代の便利なコンピュータが成り立っているのを考えると、どちらか一方ではダメだしお互いの技術の賜物なのだなと思いました。 
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アラン・チューリングとフォン・ノイマンの発明はどちらも偉大なものですが、その評価には大きく乖離があるように思います。アラン・チューリングはエニグマを解読しナチス・ドイツを追い詰めること、フォン・ノイマンは原爆をより効果的に使ったことで日本を殲滅することにどちらも貢献しました。しかし、フォン・ノイマンは原爆に携わったために、あまり良い評価を受けていないように思います。私は「科学」の進歩とそこに潜む政治的な背景は排除して考えるべきだと思います。戦争裁判の問題は今なお議題に上がることが多くありますが、戦争は国家全体の決定なのでそれを裁くことは難しいと考えます。話がそれましたが、戦争と科学ひいてはコンピュータの進歩は切り離すことはできないでしょう。しかし、それを後世が同一化することには問題があると思います。アラン・チューリングとフォン・ノイマンは共に偉大でしょう。これからの戦争はコンピュータによってより「効率化」されていくと思います。人を殺めることもコンピュータに任せればより簡単に終わりますし、 爆撃もより正確にこなされていくことになると思います。戦争において人が人を殺していることを実感しなくなることはとても危険だと思います。ただ、アラン・チューリングがそうであったように戦争が化学ひいてはコンピュータを急速に進化・深化させていくこともまた事実のように感じます。 
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チューリングとファン•ノイマンの原爆作成や知識は戦争とコンピューターが深く関わり戦時中でもコンピューターでも通信ネットワークの確保が大切です。私が考えたことは戦争も通信も分散が大事なのではないかと考えました。1つのことに着目するのではなく新しいこと、次につなげ分散を計っていたのだと感じましたフォン•ノイマンとチューリングは間違いに気づくことで新しい知識を生み出し現代にも至るようなパソコンももたらしました。新しい通信を用いることで戦争やパソコンに普及をもたらし、活躍をする。そして冷戦後も考え方そして分散で平和が均衡されており戦争とコンピューターは考え方が似ていると感じました。 
123 
チューリングは暗号解読、ノイマンは原爆の開発。2人とも当時は天才とされ国に使われていて戦争とコンピュータが合わさると人に危害を加えるものが生まれてしまうということが分かりました。戦争が活発な時代に生まれてこなければ恐らく国を良いものにするものを開発出来たのではないかと考えました。 チューリングの最後は、国に貢献したのにも関わらず、犯罪者にされ自殺という死に方をして、とてもいたたまれなく感じました。 ノイマン1人がいなければ日本に原爆は投下されなかったかもしれないと考えると人1人の影響力はすごいと思いました。さらに昔のコンピュータ技術で人をたくさん殺害できる兵器を開発できたということは現代ではもっと凶悪な兵器が作れると思うので、戦争は絶対に起こしてはいけないと強く感じました。 
124 
戦時中にチューリングは電子計算機を構想し、フォン・ノイマンはそれを具現化し、現実のものとして開発した。今後もし戦争が起こるとしたら、武力による真っ向からの対決よりも今あるインターネットとコンピュータを駆使した情報戦の駆け引きになるだろう。数学から生み出されるコンピュータによる武力の開発は昔も今も今後も続いていくであろうし、それはコンピュータの生みの親とも呼ばれるこの二人の功績が多大な影響を及ぼすことになるだろうと思う。 
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あ 
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コンピュータシステムは70年以上も変わっていない。現代のコンピュータもICカードの内蔵チップやスマホ、パソコン、データセンターのサーバなども種類は多様だがプログラム実行方式的には同じである。これは、ノイマン型モデルの凄さを物語っているようにも思える。これら機器は人間が計算したり思考するよりもはるかに仕事が高速である。こんなものが戦争中に生まれたと考えると、人間がどれだけ短時間に大量に人を殺したかったのか、考えれば考えるほど残酷である。しかし、現代の技術の進歩が加われば、1945年の戦時中よりももっと短時間に大量の人を殺せるようになるかもしれない。戦争とコンピュータは混ぜてはいけない存在だと思った。 
127 
戦争とコンピュータは切り離せない関係があったと考えます。コンピュータの原型は第二次世界大戦中に生まれました。授業でも挙げられた通り、チューリングは戦時中、暗号解読の部門で活躍していました。このチューリングはチューリングマシンという計算可能性について議論する為に提示されたものであり、チューリングマシンはこの計算可能性理論の内、停止性問題解決のアルゴリズムがない事を説明する為に挙げられました。 フォンノイマンはワイヤーを利用したプログラミング設定を生み出しており、これらはのちにEDSACなどメモリー型のプログラムを生み出すことに寄与しておりノイマンが提示した構造を持っている為ノイマン型など現在のコンピュータの原型となっています。