2020-07-23

情報メディア問題入門2020前期11Forms14音響メディア論・投稿集

情報メディア問題入門2020前期11Forms14音響メディア論
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1. 今日は音響メディア論の前半として「音楽史的接近」を試みました。たくさんの動画・音源をリンクしましたが、あなたにとって発見もしくは再発見に当たるものがあったでしょうか。1つでもけっこうですが複数の論点ごとに「私」を主語にして「ですます調」で説明して下さい。
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本当に音楽に詳しくないのでわかりませんが、よく給食の時に流れていたものは大分昔の曲なのだと再確認しました。 
私は中学か高校の時の音楽の授業で音楽史について広く浅くの感じで学んだことがあったので、バロック時代、古典派、ロマン派ごとに分かれてたときこんなのあったなくらいの感覚で少しですが記憶が蘇りました。私が今回の授業で音響メディア論を学んで改めて思ったこととしては、バッハの無伴奏チェロ組曲は今でもバラエティ番組やドキュメンタリーの映像とか"アナザースカイ"とか"世界の街道をゆく"のようなテレビ番組で海外をロケとした様な番組で使われてような気もして、広い範囲で使われるなって思いました。 また、私はもう1つ印象的な曲として、オルガンからピアノ、ピアノから自動ピアノと時代とともに変わってきた時の、ジャニス・ジョプリン ラグタイムミュージック もひとつ という曲を聞いて、この曲もテレビ番組で幅広く使われてると思いました。1つ例としてあげると、黄金伝説という番組の料理のシーンで毎回使われてたのがとても印象的で、今でもこの曲と言えば黄金伝説だなと結びつくくらいで、改めてとても有名な曲だと思いました。 他の何曲かもずっと前の曲なのに今でも幅広く色んなとこで使われるくらいであるので、またテレビ以外とかでも使われたりするとこがあると思うので発見してみたいなと思いました。 
音響メディアとして私が今回の授業で発見したのはデジタルとアナログの融合です。映像を用いた新時代の音楽でも、使われている楽器は古くから伝わるもので、その音に映像技術という最先端を組み合わせていることを再発見しました。今まで自然に見てきていたピアノなどは、18世紀前半から存在する伝統的楽器であることに改めて気づくことができました。 
今日見た動画の中で一番驚いたのは、ピアノの自動演奏機能でした。電力以外の力であのようなことができるのが意外でした。また、電気の登場によって音楽はより多彩になったと再発見しました。 
バロック音楽の特徴は一つのパートの後にもう一つのパートがそれを追いつく感じの表現技法です、またはたくさんの楽器での演奏により幅が広まり、様々な演奏ができるようになります。古典派音楽に代表する音楽家はモーツァルトなどが挙げられます、特徴としては堅苦しい感が感じます。ロマン派の音楽の特徴は主にピアノでの演奏することが多く、ゆえに音楽を聴いて楽しく、幸せに感じる曲が多いです。民族派音楽に関しての背景は当時の環境に深くかかわります、当時では独立運動が活発になり民族意識を重視する音楽が多くあります、民族派音楽の特徴としては激しいリズムのある曲が多くあることがわかります。 
バロックではチェロやパイプオルガンなどソロでの演奏ではスピーディーに細かい音を響かせるものが多かったように感じます。またオーケストラでは強弱をはっきりさせより壮大な音楽になっています。どちらもフラットのような低く深みのある曲でした。古典派では飛び跳ねるようなステップのような表現と滑らかに滑るような表現の交錯があって面白いと感じます。スピード感もありながら音の切れ目でメロディーを変えているイメージです。ロマン派ではスピード感もありつつ音もおきくなっています。私は高校生までピアノを習っていてベートーヴェンとメンデルスゾーンが好きでした。スピーディーかつ良い意味でガチャガチャしているイメージでした。民族派はカラカラコロコロした音が多く滑らかというよりは低音の深みあるおとと高音の軽やかな音がマッチしていました。それぞれ良さがあってどれも特徴を持っています。私は先ほども述べたようにピアノにおいてロマン派の音楽が好きです。しかし他の曲を聞くとより他との違いに良さが際立つし他の曲の良さや個性もわかって面白いと思いました。文学のように〇〇派といったジャンルのような分別があって興味深いです。 
私は、チェロの演奏を初めて見ました。チェロは、バイオリンみたいに弾くのかと思ったら、叩くように引いたりもしていて全然違くて驚きました。あと、指揮者の必要性というのを感じました。一人一人が指揮者をすごく見て、手の動きに合わせてすごく声の大きさを意識し、合わせていると感じました。見てすごいと思いました。 
1番感じたとはやっぱりこの短い期間の中でどんどん音楽は変わっていっているんだと改めて感じます。このまま進化していったら僕らが生きている間にどれほどまでの変わりようになるのかとても楽しみでもあり、興味を持ちながら生活することができるようになると思います。また、音楽があって当たり前のような時代が来ると私は今回の動画を見て改めて強く思います。 
私は聞いたことがある馴染みの曲でも作曲者や題名を知らない曲がたくさんあると感じました。 また、私は今までなんら疑問を持ちませんでしたが、昔から伝わる曲は音楽だけの曲が多く、歌はあまりメジャーではなかったのかあるいはたまたま伝わってないのか、外国語だから日本には馴染まなかったのか、様々な仮説が思い浮かびました。 
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18世紀は全体的に、音の重なりにかなり焦点が当てられた時代だったのかなと思います。19世紀前半は音の統一性が評価されていたのかなとも思いました。後半になるとドヴォルザークのチェロの様な、一人の演奏と周りの演奏といった型式も見られてくる様になったのではないかと感じました(この演奏会がこういう型式だったのかもしれません)。ラグタイムミュージックは時代の変わりが非常にわかりやすい音楽だなあと思いました。リズムも跳ねている感じでノリに乗れる音楽という感じでしょうか。 今回の授業で最も感心した部分は、コンサートに遅れてやってくることで印象を強くするという話の部分でした。印象の与え方にもいろいろな方法があるんだなと感心しました。 
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私が再発見したのは教会のリバーブ の面白さです。今回の動画では、声楽の動画で教会の天井高や、壁の素材(石?)によってかなり幻想的なリバーブが生まれていました。リバーブも考えて建築されていたのでしょうか。とても気になりました。また、クラシックの声楽で女声(ソプラノ)が大きな音量で張って、声を出せるのはリバーブ込みで演奏者が歌ってるからだと思います。後処理で他の楽器と馴染ませるリバーブではなくて、場所という変えられない条件により生み出される音楽があるのだなと再発見しました。実際、ギターの歪みも最初は排除すべきものだったのに、その歪んでしまうアンプを利用して新しい音楽、イメージがたくさん生まれてきたそうです。音響のエコノリウムでビートルズの近くにエコーチェンバーという言葉がありましたが、アビーロードスタジオほどちゃんとしてなくても、エコーチェンバーは身の回りにあります。お風呂が1番近いエコーチェンバーです。お風呂で録音したというロックの偉人たちの話も聞いたことがあります。リバーブは十人十色、本当かどうかわかりませんが、聞いたところによると、ホコリの量で音が変わったという話も聞きました。逸話みたいな話です。 それと、純正律と平均律は好みによるなと思います。平均律では音が濁ると言っても、私はディミニッシュコードの不解決な感じがあって好きです。私はポップミュージックに慣れていて、ドラム、ギターなどのうるさい楽器、たくさんのトラックを基本としているからだと思います。つまり、純正律と平均律の小さな違いに気付く、センサーが身についてないということです。良いのか、悪いのかという話ではないと思うのですが、小さな違いが尊重される音楽の楽しみ方をもっと学びたいと思いました。今の日本の音楽シーンも小さな違いを尊重した音楽がもっと増えて欲しいと思います。そういう音楽が過度に少ないと思うからです。 小さな違いを音楽だけでなく、様々な芸術、日々の生活でも大事にしたいと思います。 
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私はベートーベンの田園はよく耳にしたことがあるが、最も有名な曲調のところしか知らなかったので他の部分が、非常に繊細な音を奏でているのは知らなかったです。心が安らかになれました。 ヴァイオリンを弾いている人をマジマジと見たのは初めてなのですが、みな非常に体を揺らしながら演奏していました。これは体全体を使った方が弾きやすいのか、それとも熱唱するときに勝手に手が動いてしまうのと同じで、気持ちが入りすぎて揺れてしまうのか気になりました。 
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私は、Wolfgang Amadeus Mozart: "Eine kleine Nachtmusik" Serenade in G major, K.525を見て発見したことをいくつか述べていこうと思います。まず初めに、題名を見た時に、米津玄師さんのアイネクライネという曲の題名にいているなと感じ、もしかしたら、ここから題名を決めたのではないのかなと思いました。次に、トゥートゥトゥートゥトゥトゥトゥトゥトゥーと盛り上がる部分は知っていたのですが、中腹部分の静かになる部分など思いの外、緩急があり、後半部分では速さも結構あるなと感じさせられる音楽だと再発見させられました。 
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アナログメディアからデジタルメディアに移り変わるとともに、音楽の系統の主流にも変化が見られました。その中でも複製技術時代のラグタイムミュージックはピアノのみの演奏であるにもか変わらず、テンポがいいためか、18世紀のピアノだけの演奏とはかなり違う印象を受けました。ラグタイムミュージックはジャズの前身の1つだと言われていますが、ジャズよりもゆっくりとしていて、音が複雑ではないところから丁寧な演奏という感じがします。 
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今日の授業を聞いて発見したことは、2つあります。一つ目は、音楽家によって曲調や雰囲気、テンポなどがだいぶ違うということです。これは、音楽家の個性や性格が出てる故なのだと思います。私はモォーツァルトのような明るくテンポのある曲調よりも、バッハのような悲哀に満ちた曲調の方が好きです。二つ目は、楽器によっても雰囲気が変わるということです。ピアノやチェロなどによっても音色が変わり、雰囲気もだいぶ違ったものとなっていました。楽器によってこんなに雰囲気が変えることができるのは、音楽の醍醐味であると思います。また、楽器の中でも弾き方によって雰囲気を変えることができるので本当に音楽は奥が深いなと思いました。 
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私は、様々な音源を聞いて、2つの発見がありました。私が1つ目に発見したことは、曲調によって雰囲気が変わるということです。具体的には、明るく清々しい雰囲気や静かでゆったりとした雰囲気、暗く悲しみを感じる雰囲気など曲によって異なる雰囲気を味わうことができると思いました。また、曲調には作曲家の特徴が現れているのではないかと感じました。例として、バッハはどこか暗く悲しい曲調が多いと感じ、モーツァルトは、テンポが良く疾走感ある曲調が多いのではないかと思いました。 私が2つ目に発見したことは、楽器によっても雰囲気を変えることができるということです。今回聞いた中では、ピアノ・オルガン・弦楽器・オーケストラなど様々な形で音を奏でていました。楽器にはそれぞれの良さがあるため、同じ曲でも楽器を変えることで曲調や雰囲気を変えることができるのではないかと感じました。 今回取り扱っていた曲は、中学・高校の音楽の授業で何度か聞いたことあり、また改めて聞くと曲調や楽器の特徴をより感じることができました。そして、曲を聞く年齢や環境によっても感じ方は変わるものだと、今回の授業で知ることができました。 
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私は「我が祖国」モルダウについて今までは美しい旋律が印象的な曲だなとだけ思っていました。この曲が民族派ということを学んで、その時代特有の風潮から自国の自然の美しさを褒め称え、それを音楽で表現していると意識して改めて聴くことができました。モルダウ川が穏やかに流れ、その周りの美しい街までも聴いていて想像することができました。 
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 クラシック音楽の世界では、オルガンといえば「パイプオルガン」。その誕生はたしか紀元前260年頃までさかのぼります。私は小学校から始めたピアノを現在も習っていますが、小学校6年生まで月に1回パイプオルガンも習っていました。同時、みんなが学校で先生が弾いていた“あの”オルガンを、同級生がオルガンと呼んでいたので、その度にみんなにこれはオルガンじゃないと怒っていたのを思い出しました。学校にあるオルガンは「リードオルガン」という19世紀以降に出てきた新参者だと思っていたので、なぜ教会や音楽ホールなどで、正面にどんと構えるパイプオルガンと同じにされないといけないのかと思っていました。でも、実物を目にして、実際に音を聞けばこの気持ちが分かる方が多いでしょう。圧倒的な存在感と大音響、さらにはオーケストラにも匹敵するさまざまな音色を一台で出せることから、「楽器の王様」と呼ばれています。  鍵盤だけを見るとピアノの親戚にも思えるオルガンですが、仕組みはリコーダー(縦笛)など管楽器と同じ。リコーダーは穴を指で押さえ、息を吹き込み音を出しますが、オルガンは鍵盤を押すとパイプに空気が送られ、その振動で音が出ます。1本のパイプでひとつの音を出すので、複数の音を出すには大きさの異なる、たくさんのパイプが必要になります。中には全長10メートルを超すパイプから小指程度(数センチ)のものまで、何千本ものパイプを備えた巨大なオルガンも。さらに“ストップ”と呼ばれるレバーで音色が切り替わり、フルートやトランペットのような音を出すことができます。鍵盤(手と足、両方に鍵盤があります!)とパイプ、ストップが相互に作用し豊かで美しい音を繰り出す楽器、それがパイプオルガンなのです。  ホール正面の壁を飾る巨体。そびえたつパイプは堂々としてシャンデリアのように美しく、今回の授業で改めて見て『これほど威厳のある楽器は他にないな』と再認識しました。一台一台、構造も個性も微妙に違うオルガン。通常はホールに鎮座し動くことのない楽器なので、奏者が行く先々のホールでオルガンと対峙し、その場で音を作り上げます。丁寧に呼吸するように、鍵盤を扱います。鍵盤を強く押したからといって大きな音が出るわけではありません。特に重要なのは指を離すタイミング。それで音の印象も変わってきます。私はまず頭で出したい音をイメージし、鍵盤やストップを駆使しながら観客に届く音の響きを想像し、ホールの広さも考慮しつつ演奏する音色を決めていました。さまざまな種類の音を組み合わせながら、残響や客席との距離も計算して、手・足・頭をフル回転させて演奏するので、とても体力が必要です。オルガニストさんは奏者でありながら、もしかしたら音楽全体をオーガナイズする指揮者と言っても良いかもしれません。楽器に呼吸させるように演奏するパイプオルガンは、とても繊細なので奏者の感情も表すこどができます。なんだか、演奏されている時だけ魂がやどっているような感じがして、パイプオルガンが生きているように思いました。 
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「音楽史的接近」から発見された点としては、音楽を奏でている人達の音程だけではなく、動きも同じになっているところを発見しました。音が大きくなる時には上体を前に倒したり、同時に立ち上がったりしたので、演奏全てが一致していたと感じます。再発見としては、やはり演奏者の中でも1番大きく表現力がある指揮者は、誰よりも大きな動きで演奏者に伝えている部分が、感動的でした。 
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私は中高と吹奏楽をやっていたので、音楽にはたくさん関わってきました。今回の授業内容も大体知っていたことだったので、とても懐かしく感じました。最近は吹奏楽やオーケストラなどの音楽とはかけ離れた生活をしていたので、久しぶりに聴いて改めて音楽の楽しさを再発見出来ました。また音楽やりたいなと思いました。私はファゴットを6年間やっていましたが、今回の授業で何回か映ったのが嬉しかったです。 
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音楽はどのようにして始まったのでしょうか。数少ない資料から、いろいろ考えてみると 小鳥のさえずりなどの動物の鳴き声を真似する事からはじまり、言葉の強弱や高低からうまれたり、 歩いたりするときや、石器を作ったりするときのリズムからはじまったと考えられるでしょう。 遠くに信号を伝えるときに音をだしたものから楽器がうまれ、雨乞いをする時など、願いを強くあらわしたいときにうまれました。など想像できますが、決定的なことはわかりません。近年では、自分の国の古い伝説・歴史・風土・国民感情を強くあらわそうとしたり、強度の民謡・舞曲などをもとに芸術的な音楽をうみだしました。 
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私の率直な感想として、音楽史を俯瞰できる立場にある現代人は本当に幸せだと思います。 中世の時代にバッハを聴くことは出来ませんし、バロック時代にモーツァルトを聴くことも出来ません。。そんな中、我々は好きな時代の好きな曲が聴き放題という贅沢な時代に生きています。これを享受しない人生とは勿体ないと思います。 
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「音楽」は昔から今まで絶え間なく進化しさまざまな歴史の詰まったものであると感じました。技術の発展、文化の発展、音響の発展といったものが結びついて生まれてくると思い、音楽の可能性は無限にあるように思えます。 私は「音楽」がとても好きです。クラシック曲などはほとんどききませんが、きっと誰しも生活の中で音楽に支えられている場面があると思います。音楽史を築き上げていった人々のおかげで、今の音楽があると思いました。 
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私は18世紀前半はオルガンが主役で、純正律であったことを初めて知りました。正直音楽のことはよくわからないのですが今のと比べてみると音が違うのがわかりました。バッハは24種類の音を分けているのは素人でもすごいとわかりました。当時は不可能と言われていたと知り、やはり常人には理解しづらいことなのだと感じました。 
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私は、18世紀前半のバロック音楽のオペラである、モンテヴェルディのオルフェオのファンファーレを聴いて、オペラというものは、1人の人が前で歌っているイメージであり、あまり楽器を重視したことがなかったから、歌う人だけが大切ではないんだという事を発見しました。 
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ロックやポップスなどは聞く方だと思いますが、クラシックなどに関してはほとんど知りません。分かりやすいものを除けば、音を聞いているだけでは良し悪しも技法的な違いも正直全く分かりませんでした。とはいえ、音楽がメディアのひとつとして、時代の流れの中で形式や役割を変えて来たことは一先ず理解出来たと思います。媒体は常に変化し続ける中で音楽の形式が変わっていくというのは、私自身もCDからネットでのダウンロードやストリーミングに変わっていく時期を生きて来たので経験的に理解していましたが、聞き手や社会的な役割の変化やそれに伴う形式の変化というのはあまり考えたことがありませんでした。メディア媒体の変化も比較的最近のことだと思っていたので、その認識も変わりました。クラシック音楽家、バッハやモーツアルトやベートーヴェンなど、同じようなものだと思っていましたが、実際には異なる時代に生きて、異なる聞き手に異なる音楽を届けていたことが分かったと思います。新しい媒体の変化にも興味があるので、次回以降は比較的に新しい、或いは未来の音楽媒体について学べればいいと思いました。 
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私は今回の授業でバッハの平均律グラヴィーア集を聞いて平均律という技法がどのようなものであるかを知ることができました。平均律が用いられている楽曲が以前から好きだったのですが、この自分が好きな技法の名前が平均律であるということを知りませんでした。平均律を使うことによって音楽に滑らかさが出せるのではないかと思いました。 
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 バッハの平均律クラヴィーア集を視聴して私は平均律がどのような技法であるかを理解することができました。私は以前から平均律を用いた音楽が好きだったのですが、この技法が平均律と呼ばれていたことを知りませんでした。平均律を音楽に取り入れることによって音楽に滑らかさが生まれるなと感じました。複数の楽器を用いて演奏することによって音楽に深みが増すということがわかりました。 
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私はこの講義を受けるまでメディアによって音楽の聞こえ方が変化することやメディアに合わせた音楽があることを知らなかったのですが、講義を通して学ぶことが多く、驚くことばかりでした。特にアーティストによって調律が変化し、楽器も異なることで音楽の雰囲気や聞こえ方が変わるのが新鮮でした。また、年代が進むにつれて音楽を奏でるメディアが増え、音質もメディアそれぞれであることに驚きでした。私は今までzoomやyoutubeなどネット配信するメディアによって音質が異なることを意識して考えたことがなかったので、今回、新しい発見が多かったです。来週の近年の音楽史も楽しみにしております。 
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私は、ソロや同じ楽器が使われている場合と、さまざまな種類の楽器が使われている場合では曲のイメージが変わると思いました。たとえば、様々な楽器が使われるオルフェオやディキシット・ドミノスではとてもスピード感があり非常に壮大なイメージでした。どこかに向かっているようなイメージも浮かびました。一方、ヴィオラダガンバのソロやトッカータトフーガニ短調では力強く、なにかに追い詰められているイメージでした。作者によって曲のイメージが変わることはありますが、演奏している楽器が違うだけで同じ曲内でもこんなにイメージが異なっているのは新たな発見だと思いました。 
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わたしはヴィオラダガンバのソロがとても印象的で再発見が多かったです。理由としては名前を聞いた時はヴィオラの親戚のような楽器と思っていたのですがチェロのように大きくなくしかもフラットがあったからです。とても古い時代に廃れてしまった楽器とは思えないほど良い音だと思いました。また日本にも来ていて織田信長が安土城でその音色を聞いたという事実も知り、歴史というものを強く感じ、今後もこれを後世に伝えていかなければならないと思いました。 
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 私は何個か音楽を聴いたのですが、聞く音楽と聴かせる音楽があると思います。それは、自動ピアノといったものはもとが決まっていて、それを引いてるだけなのでただ聞くだけのように感じました。だから、聞く音楽だと思いました。それに比べ、オーケストラの演奏は人を魅了する音楽だと感じました。いままでは、どちらも音楽というくくりでまとめていたけれど、ここで大きく違うなと再発見しました。 
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私は、音楽の知識が多くあると思っていましたが、本日勉強したことで、全く知らなかったということがわかりました。デジタル、アナログの違いや、有名音楽家の作品など全て混ざった内容で知っているものよりも知らないものが多かったです。後半も楽しみにしております。本日はありがとうございました。 
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私はこの授業を通して、現代に至るまでの音楽史は様々な変化を遂げつつ、また変化と共に新しい表現技法を吸収して時代とともに私たちに好まれる音楽を作っていき歴史が発展しているのではないかと思います。 わたしは、音楽こそ成長が激しく、その曲を聴いただけで時代を思い出させるようなものは他にないのではないかと思います。 
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今回の授業で音楽も人と繋がる1つのコミュニケーションになることが分かりました。私は音楽について知識は何もありませんし、今回の授業で聞いた音楽もいくつか聞いたことがありましたが、そこまで興味は引きませんでした。しかし、この音楽を少しでも知ってるだけで繋がれる人も居ますし、言葉の通じない人とも共感することができます。さまざまな音楽のツールがある現在ですが、メディアと相互作用の関係を持つことで、私たちのコミュニケーションを取る1つの方法として成り立っていることが分かりました。 
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講義内で触れた時代の曲は故郷や自然環境がテーマであることが現代の音楽と異なるポイントだと感じました。技術革新に伴う生活環境の安定、水準の向上に加えて娯楽の多様化によって音楽の業界でも塾生が起こり、それらが反映された物だと考えられます。 
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私はまず18世紀前半にのバロック音楽における、現在の楽器との違いに驚きました。そしてスタイルも持続音を大切としたり、音の平均律を重視したチューニングは他のスタイルとの違いを意識させられました。また18世紀後半の成立した古典派音楽はモーツァルトなどが代表されるが、二十人程度の少人数チームが代表的だと感じました。ロマン派は後期ベートヴェンは聴衆に変化を与えたことが最も大きな変化だと私は感じます。聞くだけの音楽ではなく精神的に集中して聞くスタイルは、大衆化にもつながったと私は感じました。 
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音楽の授業を思い出しました。メソポタミアの音楽が中心に行われていた物でしたが、決して無関係でないところに音楽史の連続性を感じました。楽器の進化と共に曲の造りが進化していくのではなく、バッハが未だに成立していない技術を前提にした曲を書くなど、先行しているのがとても面白かったです。また、モーツァルトの明るいイメージとベートーヴェンの激しさに連続性をあまり実感出ていませんでしたが、晩年の干されていたころの楽曲を聴いて理解できました。ラグタイムやブギなどが好みなのでこれからどのように繋がっていくのかがとても気になる終わり方でした。 
39 
今回私がこの音源達の中からあった発見は主に2つあります。一つは音楽史における要素の多くがクラシック(アナログメディア)である点。二つ目は18世紀の楽曲は大体が教会がメインのスタジアムだったという点です。  まず音楽史における要素の大部分をアナログメディアが占めているという点です。この点は人類の歴史を見て、デジタルメディアが誕生したのは最近なので仕方ないことではありますが、今自分たちに馴染みのある音楽は歴史が浅かった、という点に驚きを受けています。時代によって嗜好性というものは違いますが、やはり昔の人たちは宗教観や貴族文化なども現代以上に強かったでしょうから、そうした音楽が流行っていたのかもしれない!と自分なりに解釈しました。一方で現代の人のほとんどが、現代流のデジタルメディアを好んでいるといった点も非常に面白いと思います。私もバキバキのシンセサイザーを使ったEDMが好きなので、クラシックには全く心が惹かれません。なので、正直今日出ていた曲はほとんど知らなかった(流石にバッハは知っている)上、全く興味がわかなかったというのが本音でした(興味を持とうと、頑張りはしました)。  また二つ目の18世紀の楽曲自体が教会メインであった点は納得がいく発見でした。講義内で流れていたヘンデルの楽曲がまさに舞台を教会にしたものですが、やはり教会と言うだけあって神聖な印象が印象がとても強かったです。また途中で歌詞も入ってくる点は、聖歌隊をイメージしたものでしょうか。この点においてもキリスト教的要素が感じられ、一つの発見となりました。 
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私は普段、J-POP、特にアイドルのジャニーズや乃木坂46、欅坂46などの曲を良く聞きます。今回授業内で多く取り上げられた分野はほとんど耳にしたことも、目にしたこともありませんでした。まず、このような(オーケストラのような)分野を授業内ではありますが、目にして聞くことができたことが私にとっては分野的に発見となりました。そして、音楽には”歌詞”がなくても、楽しめる、そして感動することができるなと発見しました。私が普段聞く音楽は歌詞があり、歌詞内の言葉に勇気や元気をもらったり、感動したりしていました。しかし私は、授業内のモーツァルトのお昼寝ピアノ協奏曲21番を聞いて、”歌詞”のない音楽でも何かを得ることができるということを発見しました。この音楽(音源)を聞いて、歌詞がなくても心が落ち着いたことに気づきました。曲調から題名を連想し、自分なりに想像して音楽を楽しむことができるということも発見しました。そして、”歌詞”がある、ない関係なしに音楽は人間の心の癒しになっていると再発見しました。歌詞のある音楽も、歌詞のない音楽も少なくとも私は心をいやすことができました。私は、嫌なことがあったときに好きな音楽を聴くようにしています。私は、”歌詞”のない音楽も私にとってとても心の癒しになることが発見できたので、これから、歌詞のない音楽も聴くようにしようと思いました。 
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私が今回の授業で再発見したのが自動演奏ピアノの仕組みです。幼い頃に初めて自動演奏ピアノを見た時は誰もいないのに勝手に音がでるピアノが恐怖でしかありませんでした。そして今まで既成概念にとらわれて自動演奏ピアノの仕組みを考えたことがなかったのでこの機会に調べてみました。 現在の自動演奏ピアノはヤマハが製造・販売しているそうです。楽曲データの元になっているのは基本的にMIDIデータで、音符情報や打鍵の強弱、ペダリングの情報などを内蔵のサーボモーターで制御し、機械的にデータを再現しているそうです。 大昔の自動演奏ピアノは巻紙(ピアノロール)に記録された楽譜(孔情報)を読み取って空気の力で自動演奏するタイプのピアノだったそうです。このような空気式の自動ピアノは20世紀になると蓄音機やラジオ放送が一般家庭に普及するにつれ廃れていきました。 さらに調べてみるとピアノの他にパイプオルガンにも自動演奏機能が搭載されたものも発見しました。これは鍵盤一つ一つに電磁石が付いていて電子回路の指示通りにストップや鍵盤を動かして演奏したり、センサーによって動いている鍵盤をチェックしたりして記憶することが出来ます。パイプオルガンはピアノと違って演奏するのが難しいですから演奏できる人がいなくても音色を楽しめるというのは良いなと思いました。 
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私は、18世紀から現代に至るまでの音楽史はとても深いものであり、時代によって演奏の技法などが全く違うため、それぞれの時代でさまざまな特徴があると感じます。私自身、小学生の頃からヴァイオリンを習っていて、オーケストラなども経験してきました。オーケストラでは、18世紀のベートーベンやモーツァルトなどを中心に演奏をした事があります。今回の授業で改めて演奏を聴くと、やはり作曲家、時代によって全く違う特徴があると感じました。 バロック時代の音楽は、オルガンなどの鍵盤楽器や、ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器のための音楽が多いと感じました。古典派の音楽は、この時代になるとソナタの形式が生まれてきます。これによってピアノのソナタや交響曲が増えてきたと思います。ロマン派音楽はバロックや古典派音楽と比べて自由な形式が多いと思いました。 それぞれの時代で形式や技法なども違うため、どの時代の音楽も前の時代の良いところを残しつつ進化していると感じました。 
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発見といえるにはとてもしょうもないことかもしれませんが、私はこの授業で「バッハのトッカータとフーガ」がディズニー映画(これはアニメではない)の「海底二万マイル」の中で,潜水艦の中でこの曲を演奏するシーンが使われていたのを思い出しました。リバイバルを子供の時に見たのですが,これは,私のクラシック音楽体験の原点だったような気がします。さすがにこの曲についてなにも知識がないのでWikipediaで調べてみると、バッハの作品の中で,いちばん有名な曲の1つで、オルガン独奏曲の中でも最も有名な曲らしいです。出だしの「チャララー」という音型は,恐らく,ベートーヴェンの交響曲第5番の出だしの「ジャジャジャーン」と同様のインパクトを持っており,小さな子供でもすぐに覚えてしまいます。ディズニー映画の「ファンタジア」で使われたストコフスキー編曲のものをはじめとして,オーケストラ用に編曲されることも多いようです。名前のとおり,「トッカータ」の部分と「フーガ」の部分からなっていますが,2つの別の曲をくっつけたのではなく,2つの関連した部分からなる1曲とみなした方が良いようです。冒頭の有名な「チャララ」の音型がフーガの部分でも使われているからです。トッカータというのは,前奏曲と同じような意味で,厳密な形式が決まっていない,即興的な曲のことをいいます。この曲にも,自由に演奏されているような雰囲気があります。トッカータの後に続く,フーガの部分では,細かい音の動きが目立ち,やさしい音色も聞くことができますが,曲全体としては,非常に壮大で熱い雰囲気に満ちています。感情の起伏の激しいバッハの曲というのは珍しいのですが,これは,この曲がバッハの若い時代に書かれたことと関係があるのかもしれません。フーガの後に,再度トッカータの部分が戻ってきて,重々しく曲を閉じます。 
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私のイメージではオーケストラというと大人数で楽器を演奏し、指揮者がいるスタイルが一般的でしたが少人数で指揮者がいないスタイルもあり色々な形があるのだなと思いました。大人数の場合やはり迫力や音圧が強いので力強い演奏をすることができるのだなと思いました。逆に少人数ですと 繊細な音楽を奏でることができるので聴いていて落ち着いてとても心地よかったです。 また、同じ楽器でも弾き方や強弱の付け方によって全然違う楽器に聞こえることにも気づきました。 
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私はあまり音楽を聴かないのですが音楽の歴史は長く今回の音源を聞いて音楽に癒されたのでこれからは音楽に触れていきたいです。 
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音楽が紛れもなく時代の変遷に伴いその姿を変化させていることに、音楽の時代背景を追うこの講義で気付くことができました。人の口述伝承によるコミュニケーションがテキスト体に姿を変えたり、また声や文学が複製可能になることで私たちの受け取り方も変化しているように、音楽も宗教的な芸術から社交場を飾るものになり、また大衆にも自由に楽しまれるものになっていることで紛れもなくメディア的側面を持っていることを感じました。 例えば、聖堂内でのパイプオルガンを囲むような楽しみから、観劇をささえるもの、もしくはお抱えの貴族のお屋敷でも再現できる小さなオーケストラ系などと、人間の文化に寄り添って音楽が存在していたことは事実ですが、メディアの担い手や技術の真甥によって変革を施したり、分岐体系が生まれていたりしました。ただ音楽の歴史と言いうとオーケストラによる古典的なものと頭の中ではひとくくりのイメージでしたが、これまで取り上げられてきたメディアが一筋縄では語れないように音楽もそうであることに気が付けました。 
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私は今回の講義を聞いて改めてクラシック音楽の魅力を感じました。近年では音楽といえばロックやJ-POPなどが主流でクラシック音楽は学校の音楽の授業で触れるぐらいで人々のクラシック音楽への関心が薄れているように思われますし、私自身もかつて小中学校で聞いたことも忘れており、そもそもあまり関心がありませんでした。しかし、今回クラシック音楽を講義で聴き、時代ごとの特徴や現代の音楽にはない音楽の壮大さが感じられてクラシック音楽の良さを理解しました。また、大体半世紀ぐらいで新しい音楽の種類(派閥)が発生していて音楽においても経済のように客を飽きさせず、満足させるために作曲家たちは常に新しい曲を作って彼らの需要に応えていたのだと思いました。そのため曲の種類が私が思っていたよりも多く、聞いたことのある有名どころの曲もあれば全く聞いたことのない曲があり、知らない曲を知れたことが今回の講義の新しい発見でした。また当たり前のことではありますがクラシック音楽と一括りでも作曲家や曲ごとに明るい曲調•暗い曲調などの違いがあり、千差万別だったことが改めて感じられました。 
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私は音楽関連の知識が疎いので専門的なことは語れないのですが、無伴奏チェロ組曲の動画を見てとても感銘を受けました。20分近く集中を切らさずたった一人で一つの楽器を奏で、その楽器から出す音のみで見ている側が思わず黙ってしまうようなパフォーマンスができるというのは素晴らしいことだと思いました。 
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音の高さだけでなく音の響きで旋律を考え調律を加え曲に取り込んで差別化していることは曲の与える印象を変えることに大きな役割を果たしていることが分かり自分はいつも曲のテンポで好みの曲などが決まっていることが多くそこには音の響きが影響していることを知りいつも何となく聞いていた音楽を少し意識して聞くようにしようと思えました。 また授業で聞いた音楽のコード進行は今でもいろんな曲に使用されているように思いました。有名なところでいうとカノン進行で森山直太朗の「桜」であるとかZARDの「負けないで」など。音楽の歴史面でいうと18世紀から純正律から平均律に変わったとのことで旋律の変更方法が楽器の変化によってもたらされたとのことで今まで合わなかった音、出なかった音を出せるようにしたということは単純に曲の幅の拡大だけでなく大きな音楽の文化としての分岐点(音楽の曲調や新たな楽器の可能性の誕生)であったということが学べました。 
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今回の授業における私の発見は、まず、18世紀から19世紀の間に音楽の表現方法が広がったことで、曲の構成が発展的なものに変わっていったという点があります。18世紀前半では、コード進行の考え方がまだ限られていましたが、時が経つにつれて複雑なものが増えたように感じました。特に、終盤の自動ピアノで演奏されていたラ・カンパネラは非常に難易度が高い曲で、コード進行もかなり発展的なものだと聞きます。また、もう一つ発見として、ピアノの登場が思ったよりも遅いという点がありました。逆に言えば、ピアノの登場から音楽の複雑化が進んだとも考えられました。 
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私的に一番の発見は楽譜の誕生を押したいです。理由としては素晴らしい音楽が記録としてしっかりと後世まで残るということです。楽譜があればその音楽も知ることが出来、近代にアレンジだってできたりします。アレンジをすることで近代での良さも引き出すことが出来るかもしれません。 
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私が一番好きなオ―ケーストラでもあり音源はスメタナ 「我が祖国」モルダウです。私はこの曲を中学校の音楽の時間で初めて聞いたときに感動を受けました。それは、今まで色々な音楽を聴いてきて一番「広い」「大きい」イメージがありました。今回の授業で改めてモルダウの我が祖国を聞いたときに中学生の時に感じた「自由な大きい広い」イメージもありましたし、何より、それぞれの楽器が主役となって演奏しているイメージの方が強く残り再発見しました。 
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オルフェオは演奏が始まってから指揮者が観客席の間を通り指揮を始めるといった難しく斬新な魅せ方をしていると思いました。ヴィオラダガンパのソロは序盤は弦を叩くようにしスタッカートの効いた音のみを奏でた後、弦楽器特有の振動の効いた音を奏でることによって弦楽器の音を強調しているように思えました。トッカータとフーガニ短調では、パイプオルガンの演奏において、中には一人で音の調整と鍵盤の二つを担う演奏もありますがこの曲は両手が常に動いているため後ろにもう一人いないと演奏が成り立たないということがわかります。ディキシット・ドミノスは楽器主調→混成→合唱主調ということで最終的には合唱を目立たせたいのだと思いました。後奏もしっかり供えているところも同様です。バッハの平均律クラヴィーア集については、平均律というだけあって一定の律を保っており、ベートーヴェンの月光第一楽章に似たものを感じました。ただ、チェロでの演奏に関しては平均律とは言い難い、緩急をつけた演奏だと感じました。ピアノとは違い、音が根深いからこそ許される弦楽器の特権のように思います。フーガの技法に関しては楽章の初めはソロから、徐々に旋律を増やしていくことが共通だと思いました。バロックでは楽器そのものの音を強調しているような気がしました。一方、古典派では協奏をメインにしており、演奏も派手なものが増えてきています。ハイドンの交響曲や、モーツァルトのアイネクライネナハトムジークにはこれが顕著に現れていると思われます。しかし中にはハイドンの弦楽四重奏のようにバロックを引き継いでいるようなものもあります。ロマン派、民族派では魅せるための演奏をしているように思えます。指揮者の動きも自由度が格段に上がり個性が見えてきます。ベートーヴェンの田園の指揮者は円を描くように指揮をし、ドヴォルザークの指揮者は音を抑えてほしい時、手のひらを下に向けるのではなく真正面に向けているように思えました。20世紀の自動演奏ピアノは私はまず、この技術はすごいと思いました。ラ・カンパネラは手が3本必要と言われている曲で、機械だからこそスムーズに弾けて当たり前なのかもしれませんが、鍵盤に手が左右していないのがとても新鮮でした。ジョプリンのラグタイムミュージックは今日のコメディで使われそうな曲であり、こういった音楽が元手に今のコメディ曲が作られたのかと思います。 
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知っている楽器の形が違っていたり、見た目の似ている違う楽器がありました。 オーケストラに合唱が加わるとその音楽のテーマや描写が楽器だけのものよりもくみ取りやすいと感じました。また曲が壮大になると思いました。特に女性の高音の歌は、神秘的とも感じられました。他の点だとやはりピアノの存在に改めて驚かされました。ピアノがあるとハーモニーが安定すると思います。軸がしっかりすることでほかの楽器がより生きるし表現もより自在になっていると思います。 
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今回いろいろな動画や音源を聞き、特に印象に残っているのは、20世紀前半 1920年代 レコードやラジオと並んでいた自動ピアノです。初めて自動ピアノというものを知りました。これは、機械が壊れたりしない限り、音楽のミスは無いと思います。だけど、ピアノは、CD音源で聞いても綺麗な音ではありますが、実際に、プロのピアニストがピアノを引いているのを聞いてるのが好きって言う人がいるのではないかなと思いました。そして、特にこだわりある人が実際にいると思うので、こう言ったものは賛否両論なものになってくるのかなと思いました。今、このコロナ禍の中では、人が弾くことなく、自動で弾くというのは、ピアノでリラックス出来たりする方からしたら、凄くいいものだなとも思いました。 
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私は音楽には疎いので中学生のときの音楽の授業で扱ったなという程度の記憶しかありませんでしたが、音楽史は世紀ごとに分けて聴くと、それぞれの特徴があり、時代ごとに求められる、あるいは素晴らしいと思われる音楽の構造や曲調に違いがあったことを認識させられました。特にオーケストラなどは一度に多くの時代の音楽を聴けるので良い機会ではないかと思いました。楽器という面を見るとどの時代にもあまり差がないことに驚きを感じました。何世紀も経っていれば、新しい技術が生まれ、楽器も新しいものに作り替えられるのではないかと勝手に思っていたのでその点に関しては非常に興味深く感じました。たしかに、楽器において少しの進化はあったでしょう。しかし、私は楽器が大きく進化を遂げなかった理由としてどの時代の人々も求める音色は変わらなかったからではないかと思います。上述したように演奏という観点で見れば、時代や世紀によって求められるものに変化はあったと思います。しかし、楽器そのものが織りなす音色に関しては時代の変化に関係なく、求められる音色に大きな差がなかったのではないかと思いました。しかし、20世紀に入ると新しいピアノが登場しました。これはこれで面白い音色を出すのでよいと思いますが、このような楽器が生まれていたことは知らなかったので、驚きがありました。 
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私は自分の好きな音楽(邦楽)しか聞いてきませんでした。モーツァルトなどの名前は聞いたことはありましたが、意識をして聞くのはこれが初めてだったと思います。その中での発見は、自分は意外にこういった音楽が好きだということです。一番驚いたのは、あまり音楽に詳しくないようなずっと未来の人間に感動を与える音楽をつくった人たちがいるということです。これをきっかけに音楽史に名を残してきた人たちの曲を聞いていきたいと思います。 
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私は音楽に関する知識が非常に乏しいので、今回の授業で様々なものを聞いて初めて知るようなことがほとんどでした。いままで何となく聞いたことあった楽曲もいくつかありましたが、そこまで深く知ろうとしたことはありませんでした。従って、今回の授業で聞いた話全てが私にとっては新鮮で新たな発見でした。音楽室に写真のある人たちが多く登場したので、人物は知っていました。彼らが作った楽曲が古典派、ロマン派など様々な流派が時代によって様々あって、「そうなんだ」と思いました。今回の授業で一番感じたことは、音楽は古くから高い技術を用いて文化が形成されてきたということです。今の社会ではIT技術が高度化してきて新たな非常に高度なグローバル文化が形成されてきていますが、それはここ最近になってからです。今回の授業であったように音楽は過去の遺産の積み重ねがあってここまで発展してきています。これは芸術全般に共通することかもしれませんが、それぞれの時代で新たな発見があってそれが礎となって現代の音楽があります。このことからも、音楽史を学習・理解することは非常に重要なことだと思いました。 
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動画や音源を視聴して、私はどの時代にもそれぞれ名曲が存在していることを再発見しました。それは時代とともに少しずつではあるが変化をしていき、人々に寄り添った形で音楽は存在し続けていたことがとてもよく分かりました。全体的に、主旋律は弦楽器や木管楽器で優しい曲調を作り上げていき、ところどころで管楽器がパーンと表に出るといった音楽が多かったと私は思いました。また、弦楽器の重奏だけで一つの曲を成り立たせていたり、ピアノひとつで盛り上がりから落ち着いた音色まで出していたりと、楽器の可能性を無限に感じました。ピアノの自動演奏の動画を見て、オルゴールのように、あらかじめ打たれた点を沿うようにしてピアノの鍵盤が動く仕組みになっていたものが、現在のピアノのように楽器のなかの機械でプログラミングされた演奏を自動で奏でるものにつながっていることの発見がとても面白かったです。 
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18世紀前半バロックは低音が目立ち、音で威厳な感じを醸し出そうとしていると感じました。 18世紀後半古典派では低音より繊細な音が目立つように感じました。まるでバロックを否定しようとしているかと感じました。 
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私が今回の授業で発見したのはモンテヴェルディのオルフェオの曲のトランペットにはピストンがないということを初めて知った、ことです。他にもオルフェオという曲はとても派手だということを発見しました。次の発見は、マラン・マレのヴィオラダンバのソロです。まず、私は、ヴィオラダンバという楽器を知りませんでした。そこを発見できたことが良かったです。他には、他にもこの楽器にはクラシック音楽を奏でる弦楽器にはフレットがないのですが、この楽器にはフレットがあるということとこの楽器は弓で弾くだけではなく弓で弦を叩いて使うこともできるということを初めて知りました。次にバッハのトッカータとフーガニ短調という曲です。この曲はオルガンが主役というのは知っていたのですが、オルガンには平均律がないということを初めて知りました。そして響きは腹を響かせるような楽器というのも発見したことです。他にもオルガンはいくつもの鍵盤があり、瞬時に色々な音を使い分けることができなければならないということを発見しました。次はヘンデルのドミノスは声を響かせる美しい声を多様してる所やオーケストラ編成であり、男女ともに入り乱れ、歌っている部分など発見がありました。 
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私は個人的に、チェロのドヴォルザークのコンチェルトが好きだなとおもいました。Hから始まるメロディからもう一度音を変えて始まる演奏は非常に魅力的でした。カメラマンはどの時にどのパートが演奏するか分かって撮らなければならないので大変だなとおもいました。 
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私はモルダウを聞いていて、同じメロディーでもアレンジのようなものが加えられる箇所があることで違ったイメージでとらえることができ、前のメロディーとは別の何かを表現しているように感じました。序盤は優しく、流れるようなメロディーですが、中盤に進むにつれて力強く壮大なものへと変わっていました。こうした部分は楽器も変えているように聞こえましたし、何か伝えようという意図があって変えている部分なのではないかと気づくことができました。こうしたオーケストラのようなものを聞く機会は今までなかったので、ぜひもっと聞いてみたいですし、曲を作った人のメッセージを感じながら曲を聴いていきたいと思います。 
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私はあまりクラシック音楽を聴かないので詳しく知らなかったのですが、年代や作曲家の傾向によってこんなにも使う楽器や雰囲気が違うのだと驚きました。特に18世紀後期の古典派では、ハイドンがクラシックをメインジャンルとして確立させ、オルガンからピアノを主に使うようになったというのが興味深かったです。ピアノは今日とてもメジャーな楽器として親しまれていますが、ハイドンやモーツァルトにより貴族のミニコンサートから人気が出て、現在多くの人に親しまれるようになったということが知れました。モーツァルトは作曲家として有名だと思っていたのですが、荒ぶるピアノ協奏曲20番から、当時の流行を無視した雰囲気のものを演奏し人気が落ちてしまったというのが、自分を貫いていていいと思いました。 
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やはりオーケストラ楽器の音色は深みがあると感じました。現代の音楽ジャンルではロックバンドやポップ系の音楽が流行っています。最近だとエレクトリックな音も取り入れていて様々な表現をされています。しかし、オーケストラ楽器の深みには勝てません。そもそもオーケストラとその他の音楽では根本的に勝負している領域が異なることがわかりました。例えばオーケストラの会場はいかに音を美しく反響させることができるのかが、ポイントになってきます。しかし、その他のジャンルというのは聴講者にどれだけ強いインパクトを与えるのかを考えてライブ会場を設計します。オーケストラを聞くときは観客は黙って聞くことが当たり前になっていますが、よくよく考えてみたら音の美しい反響を聞くために必要なマナーであることを考えることができました。また、楽器は当時の文化を象徴するような物であることに気付きました。どういうことかというと、例えば現代の楽器で主流になりつつあるエレクトリックな音源は現代を感じさせます。ありきたりのロックのメロディーは60年代から90年代の雰囲気を感じさせます。オーケストラの低くて重い優雅な音楽は当時の王国や貴族の文化を感じさせることができ、現代のオーケストラも英国のような欧州の歴史ある伝統をどこか感じさせます。このように楽器が奏でる音色は当時の歴史や雰囲気を感じさせることができることがわかりました。それに加えこのような代表的なクラシック曲は楽譜を残すことで継承できることに魅力を感じます。当時の人々が開発した音楽の技術は素晴らしいと感じました。 
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私は本当の音楽家は自動ピアノを楽しめないだろうと考えました。弾く人によって音に少しは違いが出たり、雰囲気が違ったりと表現は人によって違うものですが、機械は感情を持たないので、演奏から心に響くものはないと考えました。 
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私は普段、動画でこのような音楽を見たことがなかったため、多くの発見がありました。 演奏している人の顔が全体の吹いている所からドアップになる時に、こうやって吹いているのだなと思いました。指揮者が観客の通路を歩き、演奏場所へと行くときにも音楽を演奏していたため、その時点から音楽は始まっているのだなと思いました。私は下のステージで演奏しているのはよく見ますが、上横の小さなステージで演奏しているのを初めて見ました。私は手を使って演奏する姿を近くで見たことがなかったため、なぜその楽器はその形で弦を動かして使うようにしたのかと疑問に思いました。今まではそういう楽器だからそう使うとしか思っていなかったので、私にとっては新しい発見だと思います。バッハの音楽は、パイプオルガンで演奏されており、周りに響くから良い音が出てるのだなと改めて思いました。一人で音を変えるのではなく、二人で音程の調節を行っており、びっくりしました。また、足元にある鍵盤も使いながら弾いていて、パイプオルガンの構造に驚きました。足を使うことで普通のピアノでは出せない音が出せるのではないかと思います。ヘンデルの動画では指揮者の動きに合わせて歌っている人、演奏している人の体が動いており、私が合唱をしていた時と同じようにプロの人も体が動くことを再発見ました。 
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私は、音楽史に関してほとんど知識がなかったので新しい発見ばかりでした。昔はオルガンなどの楽器の特性上、響きというものを考慮して純正律で作られていましたが、今は平均律で音楽が作られていることであったり、フーガニ短調というものが音と音の追いかけっこのようなものであることがわかりました。楽器も今では馴染みのないものが多く使われていたということを発見できたので、どのようなものがあったのかや今の楽器とどのように違うのか、その特性などを調べてみたいと思いました。また、数学的な理論と音楽的な理論にはズレが生じるということも新しい発見でした。専門的な言葉などが多かったので、完璧に理解はできませんでしたが、音楽史というものに興味が湧きました。 
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小学生の時に音楽の歴史については軽く学んでいたので、復習的な感じで楽しかったです。曲だけ聞くとCMで聞いたことあるようなメロディーであったり、名前だけ聞いてもわからなかったものが曲を聞くと聞き覚えのあるものが多かったです。バロックのファンファーレの部分は特にそうでした。ヴィオラ・ダ・ガンバの演奏は初めて見ましたがその技術に圧倒されました。バッハのトッカータとフーガはオルガンで実際にひいていたところを見たことがります。やはり音が素晴らしく響いていてとても感動をしたことを覚えています。平均律クラヴィーア集では歌声の強弱が素晴らしく、曲にあった歌い方がされていて表現されていると思いました。バッハが残した曲は有名なものが多く、曲にメリハリがありずっと聞いてられる曲が多いと感じました。 
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私はバッハの動画を4本見てそれぞれを比べてみました。 まず一つ目はトッカータとフーガニ短調についてです。オルガンから奏でる音は重厚な感じな音で、決して明るい曲にはならないと思いました。何度か聞いたことのあるフレーズも流れており、同じ音階を何度も弾いているように聞こえ、単純そうに見えました。 二つ目は平均律クラヴィーア集です。 先程のオルガンとは打って変わって、音が滑らかになりました。音階の幅も広がり、明るい曲にもなったと思います。 三つ目は無伴奏チェロ組曲です。オルガンでもなくピアノでもなく、チェロになり、音が明るくとも暗くともあるような感じでした。私の中のイメージはティータイムで流れてそうな感じです。これを聞いてた当時の人達は優雅な時間を過ごしていたと思います。音が行ったり来たりするのは弦楽器らしく美しかったです。 四つ目はフーガの技法です。 動画では4人で演奏しており、これまでの1人で演奏するより音がでかく、音色が心地よかったです。4つの音にそれぞれ個性があり、オーケストラらしさがありました。 バッハは音楽の父として、これからの作品に影響を与え続けたものだと思います。バッハ以後に出た作曲はなんとなく似ているものがあると思いました。 
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私は自動ピアノに驚きました。自動ピアノという存在をしらずにリンクを開こうとして現代のものをイメージしていたのですが1920年代の古い物があんな早いリズムで演奏していてすごいと思いました。ゆったりとした音源ではなくテンポの速い音楽を奏でていて音楽の機器は改めて深いと実感しました。 
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 僕は、音楽というのは邦楽などしか聞かないのですが、今回授業を通してクラシックにしかないものがるなというのを感じました。日々聞いている邦楽は歌詞によって、それがどのような歌なのか、その時の感情などがわかるような作りだと思います。しかし、今回の様なクラシック音楽は楽器とリズムで、読み取らなくてはいけないというのと、その時の人と時代、楽器の限界によってつくられる全く一緒のものは作ることができない芸術性を感じます。一般的に芸術とは彫刻や絵といった美術館に飾られるようなものを刺す気がしますが、その場合目から情報を得たものだけでなく、耳から美しさを感じることのできる音楽はまた一つ芸術といえるのではないかなと思います。 
73 
私が小学生の時、パイプオルガンを弾いたのを覚えています。昔のクラシックな曲はベートヴェンの運命のような音調の曲が多いですが、最近はそのような曲を全然聞かなくなりました。本題に入りますが、バッハやベートヴェンが作ったような曲は、歌詞はないものの、音で心に響かせるということを再発見しました。18世紀の曲を聞き終えた後も、寝是か頭の片隅に残るような音調で、リラックスできるものが多いと感じました。チェロによる音楽は、重点音なのに、心に残りような響きでした。曲調で、その曲がまるで感情を伝えてくるかのようなものが多いということを新たに自分の中で発見しました。 
74 
私は、教会でオルガンの演奏を聞いたことがあるのですが、バッハのトッカータとフーガ二短調の動画を見て、やはり教会で弾くオルガンの音は、よく響いていて綺麗な音色だなと思いました。また、古いオルガンは純正律で調律されているものが多いということを知りました。 また、時代が進むにつれて、楽器の種類も数も増え、音が豊かになっているように思いました。 
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私は、ポップミュージックについて、今まで気づかなかったことに気づいた。ラグミュージックなどを聴いていて、作業用BGMなどでよく使われる音楽だなという印象は、漠然とバラエティ番組などで使われていて聴き馴染みがあるから作業用BGMとして使われているのかと思っていた。しかし、授業で解説していた、(八分音符が交互にずっと鳴っている」という点を聞いて、やっと納得した。なぜこういう曲が作業用BGMに使われて、作業効率が上がるとされているのかというのは、リズミカルにずっと八分音符が並んでいて、淡々とリズムが刻まれているからである。私は今までそのことに気づかずに何気なく聞いていたが、こうして改めてしっかり聞くと、ちゃんと理由があるんだということに気づいた。 
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私は小学校から中学校のときにかけてピアノを習っており、クラシック音楽をピアノ演奏で聴いていました。特に、ロマン派のベートーベンやショパンを好んで聴いていたのですが、当時は何も考えずただ気に入ったものを流したり、弾いてみたりしていました。今回の授業で彼らの音楽について気づいたのは、彼らの音楽はそのときの環境や状況に強く依存している、ということです。たとえばベートーベンの「田園」は、穏やかな曲ですが、難聴を発症してから6年たって作曲したものでした。難聴発症時は絶望したに違いないのですが、6年経ち心境も変化し、自身の状況を受け入れて音楽に昇華できるようになったのかもしれません。 自動演奏について疑問に感じたのは、コンサートで人は自動演奏であっても、生演奏を装えば感動できるのではないか、ということです。これは歌で言えばいわゆる「口パク」になるのですが、人がライブにこだわるのは、視覚的要素も強いのではないかと考えました。「アーティストが自分の目の前で演奏している」という状況に人々はさらに感動を覚えるのかもしれません。だからこそ、某アイドルグループが口パクであると分かっていてもコンサートに参加してしまうのでしょう。 
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バッハのトッカータとフーガニ短調は誰しも人生において一回は絶対に聞いたことあると思います。「鼻から牛乳」の歌詞でお馴染みですが、このような昔の曲が現代人に聞かれているのはすごいと思います。私は少し下品な使われ方をされているので、逆にそういった方が小学生だったり、中学生だったりが好んでよく聞かれるのではないかと思いました。うんこドリルのように。 
78 
私は普段流行音楽、ブルース、民謡などの音楽を聴いてます。今回の授業で鑑賞していた動画と音楽の品位が非常に高いです。音楽は各時代で、人々の生活、心理の変化とつなげています、18世紀前半、バロック時期、音楽のリズムが強烈、明るい、同じリズムを繰り返すことがあります、スピードや力の変化も明らかです。その後の古典派の特徴は優雅、シンプルだけど穏やかなな感じです。その時代では、啓蒙運動により、貴族や王権に抵抗して古い体制から脱去する思想が人々に思われていたので、古典派の音楽は理知的な表現を含まれています。19世紀、その時代の人たちは自由に感情を示す、夢を追いかける時代だったので、深い心から感情を押し広げられてていました。音楽は時代の変遷による変化するものです、その時代を感じたいであれば、その時代の音楽を聴いて、当時社会の発展や人々の心理がわかると思います。 
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私は音楽に関する教養はないが、ディキシット・ドミノスといった楽曲などは教会だから魅せれる世界観に惹かれました。教会で映える演出が出来ていました。 
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私は音楽についてあまり詳しくありません。なので今回のこの授業はあまりよくわからないと思ってましたが、様々な音源や動画を見て2つ気づいたことがありました。1つは聞く人のことをまず第一に考えていると感じました。音楽においてそれはとても当たり前のことですが自分が勝手に作りたいから、奏でたいからとかではなく、聞いている人が楽しく、また素晴らしいと思ってくれるような曲を奏でていると感じました。そして2つめは観客のことを考えながら自分が奏でたい曲を奏でているように感じました。その理由は演奏している人が全員楽しそうに演奏していたからです。私は音楽がとても素晴らしいものだと思いました。 
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オーケストラはやはり迫力があって聴きごたえがあると思いました。わたしは特にチェロなどの金管楽器が音の荘厳さの上から軽快なリズムを作り出すのでとても好きなのですが、バイオリンなどの弦楽器の奏でる音がとても重要だということを改めて感じました。現代ではデジタル音楽が流行となってきて、オーケストラに触れるような機会は皮膚科などの待合室でのBGMなどでしかありませんが、改めてオーケストラによる楽曲を聞いてみると落ち着くし、心が浄化されるような錯覚に陥ります。こんなにオーケストラをしみじみと聴ける自分は人より感性に優れているのではないかと感じさせるくらい、オーケストラとは凄いものなのだと実感しました。 
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私はバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻はとても高度な対立法を用いられていることを知りました。このような昔の音楽の宝を簡単にネットで聞けるのはすごいことだと思います。現代では平均律が一般化されていて、この時代のバッハのような力のある音楽家はその基礎を作ってきたのだと思います。純正律よりも扱いやすくても綺麗な音が出にくいという部分を克服している作品だと思いました。 
83 
私は、時代とともに音楽が軽やかになっていくことに大きな発見を覚えました。西欧近代社会の成立とともに、誕生した近代的聴衆が崩壊し、ポストモダン的状況の中で、軽やかな聴衆へと変化していく。 
84 
まず、私は18世紀前半バロックからバッハ、フーガの技法を聴きました。同じ旋律を違う楽器でずらして演奏する技法です。リンクされているもののほかに小フーガト短調などが有名です(私も演奏したことあります)。私は9歳のころからオーケストラでクラシックをやっていてクラシックは割と聴いてきた方ですが、今回のように年代に並べると時代の流れを感じました。バッハの特徴として音はあまり伸ばさないことがあります。というのは、時代的にもありますが彼自身が鍵盤奏者であったことも関係します。他には音量のダイナミックがはっきりしています。フォルテの次はピアノなど譜面上はあまり強弱記号などを使いません。19世紀後半のスメタナ「わが祖国」モルダウと正反対といっても良いと思います。モルダウは冒頭の流れるような旋律が有名です。他の楽器との掛け合いなどもあります。音と音の間はできるだけ繋げて隙間があかないようにし、波のように音が大きくなっては小さくなりというただ「大きい」「小さい」の表現ではありません。普段19世紀の作曲者の楽曲を聞いていますが(ドヴォルザークやチャイコフスキーが好きです)、その作曲者の専門分野(楽器など)などが曲に影響しているだけでなく時代の流れでの曲調、技法の違いを再発見することができました。 
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私が授業の中で聞いた音源のうち一番驚いたのが自動ピアノによる演奏です。高校在学当時、音楽系の部活動をしていたことも相まって、ピアノやパイプオルガン、オーケストラの演奏を聴く機会が一定数ありました。ただ、器楽系ではなかったもひとつの要因ではありますが自動演奏のピアノは見たことがありませんでした。落ち着いて考えれば自動演奏のピアノというものは技術的にあり得る話です。ところが私自身、音楽というのは人が奏でるものだという先入観がありました。そのため自動演奏のピアノには驚きを隠せませんでした。加えて自動演奏のピアノが楽曲をしっかりと演奏できる点も驚きました。動画で見る限り読み取り機のようなもので楽譜を読み取っているように見えましたが、ただ読み取るだけで楽曲を演奏できる点はとても素晴らしいものだとおもいました。 
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バロック音楽は比較的クラシックと比べて不人気であることが多いが自分はバロック音楽が一番好きだと思った 
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1番自分の中でヒットしたのは無音映画です。無音でも人を楽しませることができるというのは言葉が世界各国で違う中で素晴らしい技法だと思いました。昔はそのようなものが多かったようですが最近はあまり見かけません。私の知っている無音の映像はトムとジェリーです。世代を問わず楽しむことができる名作だと思います。表情や音楽で感情を表現した映画というものはとても興味深いものだと思いました。 
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十八世紀前半のバロック時代の音楽は重みのある印象です。時代背景や心情を表しているように聞こえました。そして、時代が進むごとに軽やかな曲調になっていくと感じました。そして二十世紀前半のラグタイムミュージックはポップでした。本人が演奏し、聞くだけの音楽から録音技術が生まれ、商品となることで人々に受け入れられやすい曲調が主流になったのではないかと思います。 
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バッハのトッカータとフーガニ短調と平均律クラヴィーア集 プレリュード ハ長調を比べると曲ごとに表現したいモノの差異が明確だと思いました。まず、前者は短調で後者は長調であるためその性格が大きく違います。トッカータとフーガニ短調では短調特有の暗く悲しい印象を開幕の激しい旋律から与え、その後落ち着いていつつも神々しい旋律へと変わります。対して平均律クラヴィーア集 プレリュード ハ長調は全体を通して長調の安定した印象を与えます。さらに、平均律クラヴィーア集 プレリュード ハ長調では、高い音が基本のメロディーを作り低い音がベースを担い重なり合った旋律を作るのに対し、トッカータとフーガニ短調は、低い音がベースとなるのはもちろん、低い音もまた激しく動きメロディーを作ったり、高い音が一定のリズムを刻んだり、双方が一つのメロディーを作っている場面が多いと思いました。 
90 
私は講義を聞いて、フーガや弦楽四重奏など名前だけは聞いたことがあるけど詳しくは知らないといった言葉の意味が理解できてよかったです。またバロック時代におけるバッハの偉大さがよくわかりました。当時の演奏技術では演奏不可能だった平均律クラヴィーア集を楽譜上で作ったというのは非常に驚きました。また、講義の終盤あたりにレコード、ラジオ、自動ピアノといった項目が出てきますが、自動ピアノというものの存在を私は全く知りませんでした。紙のロールに穴を開けてピアノで再生をしようと思った当時の人々に音楽に対する愛を感じました。 
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私は、バッハのトッカータとフーガニ短調を聴いて、とてもミステリアスな雰囲気のある曲だと感じ、オルガンの音の神聖さに驚きました。オルガンの音は、現代のさまざまな楽器の音とは異質だと感じ、私にとってはそれが一番の発見でした。18世紀にこの音を聴けば、私は間違えなく神は存在すると信じると思いました。 
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私は18世紀後半に作曲家が誕生したことにおどろきました。それまで作曲専門の人がいなかったことをはじめて知りました。時代を追うごとに強弱、抑揚の幅が大きくなっていくのも再発見だと思いました。強弱や抑揚が比較的必要ないファンファーレ的な曲は18世紀前半くらいでもつくりやすかったのかなと思いました。演奏する上で基本的な動きを繰り返すものが昔のほうが多く、時代が進むにつれ基本的な動きからはみ出していくようになったように思いました。作曲家自身の遍歴を知った上でその人の曲を年代別で聞いてみたらより理解が深まって、先生のように音楽をもっと楽しめるんだろうなと思いました。大学生のうちに色んな曲をきいて教養をつけれたらかっこいいなとも思いました。 
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音楽は古代から存在し現在まで衰退することなく国や地域の特色を表し、文化を構成する役割を担ってきました。昔の楽器にはオーケストラのような複数の音を融合させて楽曲をつくるものではなく、時代が今日に近づくにつれ多くの人々によって空間を作る演奏を目指しているように私は感じました。現代ではインターネットの普及によりアマチュア層の楽曲も世界へ発信される機会が増えました。これからの未来はまた音楽にとって多くの分岐が生まれるように思えます。 
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私は小さい頃はよくラジオを聴いたり、祖父の家にはたくさんのレコードがあり何回か触った事があったりして、それらについては親しみがありましたが自動演奏のピアノは今回の授業で初めてみたのでとても驚きました。ただ録音された音ではなく、実際にその場で演奏されているのにそこには演奏者がいないというのはとても興味深かったです。演奏者のいない生の音というものを一度くらい聴いてみたいと感じました。 
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私は幼い頃から、ピアノを習うなど音楽に接して過ごしています。その中で、純正律や平均律の楽器の違いや移り変わりを耳にすることはありました。しかし、改めて楽器の音や映像として授業で違いを観てみると、音色の違いなどがもたらす印象の違いがあることに気が付きました。同じ音の流れを奏でても純正律と平均律の違いで違う曲に聞こえることに関心を覚えました。 
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私が今回発見したことは音楽史の流れについてです。例えば〇〇派といえばどのような音楽を言うかはおおよそ知っていました。バロック派が18世紀前半のものであり、そこから半世紀ごとに古典派、ロマン派、民族派と潮流が変化していきます。私はバロック派の音楽はもう少し昔の時代のものであり、また1世紀以上長く続いたものかと思ってました。よく考えてみると現代でも音楽の潮流は割と流動的であるので当然だと思いました。 
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私は様々な音源を聞いてみて正直音楽に対しての知識はないので多くを言うことができませんが「音楽は様々な聞き手に必ず違うイメージを持たせる」ということを再認識しました。確かに大雑把な意見にしてしまえば同じようなものもあらわれるかもしれませんが、詳しく聞いたり考えたりすると必ず少しは違うイメージや意見があらわれると感じました。時代が前のものも一緒です。当時は○○な理由で広まったり、この時代まで語り継がれるまでになったが、今の時代聞いてみると当時とは全く違う印象を持つというのは確実にあると思いました。ほかには私は音楽史の中でYouTube上で残るというのもありますが音楽というものの見せ方や残し方にも歴史や工夫があると感じました。指の部分を見せたりそのようなことで見せる側にも飽きさせない工夫があったと考えます。 
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私が今回の授業で思ったことは、チェロの演奏があそこまで豊かな音を出せるとは思っていなかったということです、そして、オーケストラの演奏の音の細かさ、様々な音色がありより奥深いものになっているということをしっかり理解することが出来ました。 そして、YouTube版でみたのとzoom版の音の違いも分かりやすくYouTube版が優れていて驚きました。 
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私にとっての発見は、曲に合わせてオルガンの音色や特性を調整していたということでした。この発見から小学生の頃、休み時間に友人達とオルガンを弾いて遊んでいたことを思い出しました。その時にはやっていた音楽や、合唱曲・クラシック(平均律)をオルガンで弾いたときに、なんとなく気持ち悪く合っていないように感じていました。その理由は、その曲がオルガンのために作られた曲ではないからであり、オルガンがその曲に対応した楽器ではなかったからなのだと納得しました。また今では子どもが参加する音楽発表会でさえも、演奏中に騒がしくしてはいけないということはもちろん、曲の途中で会場に入場することも許されません。そのため、昔のコンサートは遅刻してもうるさくしていてもよかったという話にはとても驚きました。どちらが正しいかというのは個人の自由だとは思いますが、私は集中して聴いていれば自然と静かになってしまうだろうなと思いました。 
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 私が感じたこととして、流されていた音楽の時代ごとの特色は確かに存在しているなということです。時代によって何を主として曲を作っていくのか、何のために曲を作っていくのかの変遷があるように思いました。 楽譜に曲を書いて演奏家に演奏してもらう作曲家の分業状態に驚きつつ、そういえば昔図書館にあった偉人の漫画でも確かに作曲して自分で演奏して賃金を稼いでいる人と、作曲したものをオーケストラに渡して演奏してもらう人がいたことを思い出しました。ベートーベンは耳が聞こえなくなってお客さんの拍手が聞こえないというエピソードを見たことがありましたが、それでも作曲の仕事はしていたように描写されていたので、作曲家と演奏家の分業については考えさせられる部分がありました。また、音楽家の方向性が変わっているなということは思いました。自分で演奏しきれる範囲の曲というのと、自分以外の人間が必要になる曲というのは、楽器の数に比例します。オーケストラに曲を演奏してもらうというのは、それだけ演奏の方向でプロの人と作曲の方向でプロの人という道が違えたからというだけではなく、ピアノやオルガンだけで表現できる範囲では賄いきれなくなったということが関係してくるだろうと考えられるからです。楽器の数が増えれば、それだけ表現できる幅は広がりますし、そうなると一人では演奏しきれません。フーガで音を重ねていく弦楽器の動画がありましたが、私はあれを見てカノンを思い出しました。パッヘルベルのカノンです。音を重ねていく方法からそれを思い出したのですが、あれも一人で演奏できるものではありません。しかし音が重なっていくうちにどんどん音の幅が広がっていき鼓膜から入ってくる情報が増えていきます。  ベストオブハイドン。なるほど、これはハイドンの曲を知らないとそういう感想を抱くことはないのかもしれないなと思いました。なんといいますか、クラシックにしても何にしても、前提となるものを知っているのか知っていないのかによって新しく出てきたものに対して「新鮮だ」と思うのか「またこれか」となるのかが変わるからです。モーツァルトの曲に触れたことはあるがハイドンの曲には触れたことのない人間と、ハイドンの曲に触れてきてモーツァルトの曲にあたって人間とでは抱く印象が全く異なったものになるのだろうと思いました。実際私は今回の講義で聞くまではハイドンの作った曲との関係性など特段気にもせずにモーツァルトの曲を聴いていたでしょうし、知らないままだったと思います。  芸術家が尊敬する他の人の影響を受けるだとか影響のにじむ作品を発表するだとかいうのはなるほど起こりうるなと思っていたのですが、まさか観客の方から自分自身の作った曲に似た曲を作るように求められることがあるなど思いもしませんでした。そんなこともあるんですね。音楽が誰のためのどう作られたのかという部分が変容していたことを示しているように思います。やはりどうしてもお金を落とす客に向けて作曲や演奏をせざるを得ないので、そういうことも起こるのかと納得しました。  演奏会に遅れて入ってくることが目立つことであるということは、なるほど面白いなと思いました。これはつまるところ、社交の場としての舞踏会だとかサロンだとかのその文化を踏襲しているように思ったからです。音楽を聴くことを主とするのではなく、社交が主であるので目立つために遅れてやってくるということが起こったのだろうなと。しかし神への賛美のための歌だとか演奏だとかであったはずのものがだんだんと形式を変えていくのは興味深いですね、教会にはめられているステンドグラスのようなものも、神への信仰を示すものであったはずのものがだんだんと形を変えていっているので。対象がどんどんと変化していきながらその分野が一つの文化として成熟していく姿が見えてくるようです。 
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時代が進むにつれて、曲を盛り上げる時の表現が豊かになったと私は思います。 
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私が発見したことの一つ目は、バイオリンの音色を聴いていて思ったことが、沢山のバイオリンが引かれているのに、全てが集合して一つの壮大な音色になっていることがわかりました。曲に入り込めることができるのは、この音色のおかげだと思いました。次に発見したことは、オーケストラの歌声は私達と根本的に違うと気づきました。なにが違うのかと言うと、オーケストラの歌声は生きている感じがしました。歌っていると言うとり、音色が生きて飛んでいるような感じがしました。さらに発見したことは、パイプオルガンは弦楽器だと思っていたのですが、弦楽器ではなく鍵盤楽器だそうです。また、加熱した空気をパイプに送ることで音色が聞こえてきます。私が1番鳥肌が立ったことは、パイプオルガンの音色が綺麗すぎたことです。今まであんな音色聞いたことがありませんでした。この授業を通して音楽の素晴らしさに気づくことができ、オーケストラに興味を持つことができました。 
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私は今回の音響メディアの動画をみて、トランペットの音の綺麗さに驚嘆しました。私は高校生の時、自分の高校の吹奏楽部の発表会に生きいろいろな楽器の音を聞いていましたがその時はトランペットの音の良さに気づいていませんでした。やはり、私の耳に聞こえてくるのはフルートのような音色が静かで綺麗な音でした。そのため、その後ろにあるトランペットの音は聞いていませんでした。しかし、今回トランペットを演奏している動画を見て生ではなく画面上でみても迫力があり心を奪われる音であることに気づきました。また、私はバイオリンを弾いてる動画を見てなぜか理由はわかりませんが心が落ち着きました。今回の講義で私は音楽が私たちに与えてくれる良い影響について深く理解し感じることができました。これからは私の日常生活に音楽の影響を深く感じながらその力を活用していきたいと思っています。 
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18世紀の音楽の動画を見て、今まで見た事のない楽器や聞いたことの無い音楽に触れることが出来ました。私が知っているような有名な曲でも、時代によって違いがあることがわかりました。しかし違いがある中でも音楽が昔から生活にあったということを改めて感じてとても興味深かったです。 
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私はバッハの存在が重要だったことを改めて感じました。バロック時代で教会中心という時代に、バッハは古いものだけでなく古典派にもみられる平均律での楽曲も作っているという点に私は驚きました。またそのバッハの影響を受けた古典派の時代には、現代のクラシックやオーケストラに見られるような演奏が多数見受けられ、この時代からすでに現代につながる音楽ができていることに気づかされた。また最も衝撃だったのはレコードやラジオが誕生したのがまだ100年ちょっとという事実です。 
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バロック音楽は王政時代と繋がり、動的な音楽と言われています。私はこの音楽が私達の今の音楽の感性につながっているのだと思いました。王政時代に生まれた音楽であるならば、それは市民の苦しい生活の中やそこから楽しみを見出そうとする音楽であるはずです。それが現代のロックである精神や、ライブの元々になっているのだと感じます。つまり、激しい感情を表現する音楽はこの時代の音楽が強く関わっていると思います。私は今までロックなどの音楽は現代からできた音楽だと感じていました。ですが、この音楽も歴史から成り立っているのだと感じました。 
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私は今回音響メディア論を学び、音は重要であると思いました。音無しの映画等みても、感情が揺さぶられません。いつも音ありで見ている場面を音無しでみると大きく感情が変化している事が発見しました。 
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私は恥ずかしながら今回の講義を通じて久しぶりにPOP以外の音楽に触れました。最近のテンポが速く派手なものが多いのに対してゆったりとして落ち着いた感じの曲が多く、授業とはいえ心地が良かったです。一つ感じたのは音楽鑑賞の際も、先週取り扱った映画論と同じように、映像によって音楽も印象が変わってくるということです。これは映画の場合は音声によって印象が変わっていましたが、その逆です。つまり演者のしぐさや表情だけでその音楽に対する印象が少しばかり変わるということです。また自動ピアノというのは当時だからこそ思いついたユニークな発想であり、現代ではわざわざ自動化はもちろんできますが、わざわざ音の発生源をピアノのままにするというのは非効率ですべてコンピューターでできてしまいます。むしろ現代では自動ピアノを制作または修理するほうがよっぽど難しい技術になってしまっています。そして私は文の初めにPOPとは全く違うと書きましたが、最後に取り上げられているラグタイムミュージックは両者の過渡期のものであり、あくまでも現代の音楽は過去からの蓄積をもとに構成されているということも感じられました。 
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私は音楽が大好きです。純正律から平均律へと、授業でやった通り、バロックの時代では複数のメロディーを重ねた音楽なため、曲調が急に変化する様な印象が付けやすい曲が多いと私は感じています。それに対し、古典派に時代が変わった時の音楽は、和音が入ることにより、印象深い音楽から、より心に残ることで印象付けるような音楽が作り出されたと思います。私はピアノを習っていたので、「ソナタ形式」について学びました。固定された形式の中で曲調が展開されるため、そこにどのような個性を出すことができるのかが、作曲家たちの腕のためしどころだったと思います。形式は同じでも、展開の仕方が同じだと感じた曲は一つもありません。私はそこに音楽の素晴らしさや魅力を感じます。ロマン派は、古典派と非常に良く似ていると思います。しかし、私が感じたことは、ロマン派と言われている通り、どこかロマンチックな曲調を感じます。講義でも学んだ通り、だんだんと音楽が世に出回り、ロマン派の時代ではより庶民が音楽を聴く機会が増えた時代でもあり、講義で取り上げられた曲のような、激しさよりも、しなやかな聞きやすい曲が多く生まれた時代だと思っています。民族派では、音楽は芸術とされている通り、落ち着いて聴くよりも姿勢を正して聴くような、規模の大きい音楽という印象があります。20世紀前半に入り、ラジオやレコードが普及することにより、それに見合ったより多い人に対する受けが良いノーマルな音楽に、これまでの独自の独特感があった音楽から変わったと感じます。人々の受けを習うことによって、現代の音楽は、ヒットする曲が似てしまうような傾向も考えられらように感じます。 
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音楽の授業以外でこのような音楽に触れる機会がほぼなかった私にとって、今回の講義は純正律や平均律など耳慣れない言葉が多く、いつもより理解するのが難しく感じました。 また、自分の中にある程度の経験や知識など、ベースとなるものが存在しなければ、同じ情報に触れていても吸収できるものがかなり限られてしまうということに気づきました。これは講義だけでなく、普段の生活にも言えることだと思います。 私は、様々な分野のものに広く興味を持つことで、たくさんの事柄を吸収できる豊かな人間になりたいです。 
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すべての音源を聴いて、時代が移り変わるにつれ、音楽の雰囲気がより複雑になっていくような気がしました。L'Orfeo toccata - Monteverdi - Savallは、どちらかというとすべての楽器の音がはっきりした、わかりやすい曲のように感じます。それに比べて18世紀後半の交響曲や Wolfgang Amadeus Mozart: "Eine kleine Nachtmusik" は、音が重なり合って複雑になっているように思いました。その後もそんなように感じました。 また、交響曲やチェロ協奏曲には、ストーリー性のようなものを想像できました。一つの曲に浮き沈みや紆余曲折があるように思いました。 ポピュラーミュージックに挙げられたスコットジョプリンの曲は、アップテンポで明るく、民衆受けが良いように感じました。 
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私はあまりクラシック音楽に明るくないので、モーツァルトに代表される18世紀後半の古典派音楽が、芸術としてではなく、エンターテインメントや社交の場として扱われていたというのは驚きでした。講義の中で「聴衆である貴族達は、他の客よりも目立つためにわざと遅れてやってくる」といったエピソードが紹介されていましたが、このようなエピソードが残っている時点で、公演の主役が音楽ではなく聴衆だったのは間違いなかったのだと思います。 また「聴衆は、過去に流行した曲と同じような曲を作曲家に求める」といった傾向も、どこか他人事ではないように感じました。現在でも、メロディやテンポを少し変えただけの、ほとんど同じような歌詞の曲ばかり発表するアーティストを目にすることがあります。同じようなことを数百年前から繰り返していたというのは、私にとって新たな発見でした。 
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私は、バッハ死去のフーガの技法が印象に残りました。最初の亡くなってしまった時の悲しさが寂しげな曲調から伝わってきました。そして、それを受け入れられなく明るくしている様子が、そのあとのス骨子おかしな曲調から私は感じ、またその後、悲しい寂しい曲調に変ったように感じ、テンポの緩やかさやおどけたような表現からこんなにもわかりやすい感情が伝わってくることに驚きました。 
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私の発見したことは、野村先生が後から高音質の撮り直し動画をアップロードしてくださり、それを聞いてみると、音質が変わるだけで音楽への感じ方や、捉え方が変わってくることが分かりました。はじめはなんでもないような曲でも、音がクリアになると複雑な音色が組み合わさってこんな曲になっているのかと少し感動しました。私は音楽に対して興味が全然ありませんが、音楽の構成要件を考えると奥が深いのだなと感じるようになれました。今回の音質で音楽に対する感情が変化したことにより、もし音楽を生で聴いたらもっと新しい発見があるのかもしれないと感じ、少し興味を持ちました。 
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モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークを聴きました。 この曲はとても有名で、私自身中学生の頃吹奏楽部に所属していたとき何度も聴いた曲でした。 クラシックに言えることですが、クラシックの曲は楽章によって曲調が違います。 このアイネ・クライネ・ナハトムジークも他のクラシックと同じように、楽章によって曲調が違うということを、再確認することができました。 第1楽章ではとても有名で誰もが一度は書いてある楽章です。 第2楽章は、第1楽章とは対照的にゆったりとした楽章です。 第3楽章は、メヌエットの舞曲で華麗な印象です。 第4楽章は曲の締めということで、壮大なフィナーレです。 この4つに分かれた楽章はまるで一つのストーリーのように感じました。 壮大で、落ち着いたり激しくなったり、テンポが速くなったり遅くなったりメリハリがあり聴いてて楽しかったです。 第1楽章と第4楽章は雰囲気が似ているようにも感じましたが、始まりと終わりの雰囲気をなせることで綺麗に纏まるのかなと思ったりもしました。 
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今回こういった音楽を聴いていて思い出したことがあります。それは、私は今就職活動でしている中で適性検査を受けたときです。性格診断のようなものの中に、音楽や絵に興味はありますかという項目が時々でてきます。それを私は今までずっと興味は全くないというところにマークをしていました。なぜ性格診断でこのような項目があるのかずっと不思議でした。しかし、今回の講義で理由がなんとなくわかった気がします。今回のような講義で聞いたものは、本当に興味がなく、全く聞いたとこがありませんでした。今聴いているものはJ-POPといった曲で、こういったものは歌詞があり、どんな曲なのか、どんな気持ちなのかというものがはっきりわかります。しかし、今回聴いたものは歌詞がなく、1人1人聴いていて感じるものが違うと思います。更に作曲した人がどんな想いで作ったのかということもすごく考えさせられるようなものでした。こういった、音楽から気持ちなどを感じ取ったり、考えさせられたりといった、感受性というのがこの性格診断で見たいことだったのかなという風に思い、今回の動画を聴いて発見しました。 
117 
私がクラッシックを初めてちゃんと触れたのは四月は君の嘘というアニメだったと思います。このアニメは作中で実際のクラッシックの演奏が使われており当時非常に引き込まれたのを今でも覚えています。今日の授業を受けて私はその時のことを思い出しました。クラッシックの曲には作曲者の当時の思いや置かれていた環境が詰まっており心が動かされるものであると思います。こうした当時の思いを思い出させてくれたことが今日の授業を受けた私の再発見であったと思います。私はクライスラーの愛の悲しみという曲が好きなので久しぶりに聞き直してみたいと思います。 
118 
私はこれまでの人生自分の興味のある範囲での音楽しか触れてきませんでした。今回の講義の中で無知な私でも知っているバッハやヘンデルなどの音楽を聴いて見ましたが動画越しでも伝わる臨場感が肌に伝わってきて驚きました。バロック音楽が今回の授業の中では一番聞いていて良かったです。18世紀前半となると300年も前の音楽でこれだけ壮大な物を作り出していた事が考え深い物があります。昔の音楽は古臭いイメージで肌に合わない物と決め付けているところが私の中でありました。しかし聴いてみて音が壮大で迫力がある物が多く一番衝撃的だったのはマラン・マレのヴィオラダガンバのソロです。ソロなので一つの楽器で演奏しているのに迫力を感じました。バロック音楽のリンクの中で一番心に残りました。今回聴いてみて私には合わない物ではなく心地よい音楽だという事を発見する事ができました。 
119 
私は小さい頃にピアノをかなり本格的にやっていたので音楽史についてはある程度わかっていた内容でした。なので自分が感じたことは音質や臨場感についてです。やはり先生がおっしゃっていたようにZOOMの音質は良くなくYouTubeでみた方が良かったですが、小学生のときに遠足で連れてかれたオーケストラだったりの演奏とはやはり違うなと感じました。近年は技術が発達したりして音質もかなり良くなりましたし3D音響のような右の方から音が流れる感じなどの臨場感を出せるようになっていると思います。しかし授業を受けて感じたことはその場にいて目の前の演奏を聴く価値というものがどれほど素晴らしく価値のあるものであるということです。技術が発達してもあの耳に入ってくる音と視覚によりなされる臨場感に追いつくことができるのか楽しみです。 
120 
私は、音楽史のそれぞれの特徴について、再発見しました。 バロック時代の音楽は、キリスト教を彷彿させるメロディだなと思いました。実際、バロック時代の音楽は、キリスト教に基づいた宗教曲、もしくは貴族の為に作られた曲です。ハーモニーや主旋律が高らかで華やかなイメージもありますが、低音のアンサンブルの存在感が強いという印象を受けました。 古典派の音楽は、これまで貴族や教会のモノであった音楽が一般民衆に広がりを見せたことが特徴としてあげられ、バロック時代の音楽より大衆に受け入れられやすいメロディという印象を受けました。モーツァルトの楽曲は今の時代も広く知られており、これは古典派音楽が一般市民に受け入れられたことの証拠であると思いました。 ロマン派の音楽は、古典派の音楽より、より壮大なスケールのオーケストラに変わったと思います。楽器が増えたことで音にも重厚感が出てきて、より迫力のある音楽へと変わったと思います。 民族派の音楽は、これまで縦に進化してきた音楽が次は横に広がりを見せてきており、それぞれの地域で独自の音楽を作り上げているためその国や地域の特色がよく現れているなと思いました。自分たちの国を誇りに思う気持ちや縄張り意識のようなものを感じました。 これらを経て、レコードやラジオ、ポピュラーミュージックへと進化し続け、より広く一般大衆へと根付いていくわけですが、新しい音楽へと移り変わるためには必ず前の音楽を元に少しずつ変化していっていることを再発見しました。 
121 
私はオルフェオとヴォオラダガンバのソロをみて音楽は音楽でも違うと思いました。オルフェオはオーケストラで色々な楽器を使っていますが、ヴォオラダガンバは1つの楽器で演奏しています。私はそれを見て、オーケストラは壮大感がありますが、ソロはひとつの楽器だからできる表現があると思いました。悲壮感や暗さもあり、少しアップテンポな陽気さも表現でき音楽は偉大だなと再確認しました。 
122 
私は、最初のソロを聴いた時とても驚きました。音楽無知で大変申し訳ないのですが、何に驚いたのかというと、こんなに速く弾けるのだということです。弦楽器は優雅になめらかに奏でるイメージが私にはあったので、まず衝撃を受けました。そして、1つの楽器だけでの音であるのに、とても重厚感があり迫力もあり、素晴らしいなと思いました。 また、私でも知っている曲もあったのですが、既知の曲でも楽器によってこんなにも印象が違うのだなと思いました。音楽とは、楽器とは面白いし、奥が深いなと感じました。 
123 
私はオーケストラに所属していますがあまりクラシックに興味がありません。しかし、クラシックはかっこいいなもっときいてみようかなと授業を聞いていて思いました。特にチェロの独奏がかっこよかったです。 
124 
私は、言葉をあまり使用しない映画について動画で、アクションがどれだけ影響を与えているかを発見しました。現在の映画は、言葉があってこそ伝わる作品が多くありますが、根本的に動作で物語を伝えるという考えを改めて確認させられました。また、その場その場に当てはまる音楽を使用することによって、アクションに臨場感を持たせることもできるのだと思いました。私たちは何気なく映像を視聴しますが、そこには様々な工夫がされています。言葉がなくても、表情に喜怒哀楽を持たせること、動作にも喜怒哀楽を持たせることで、視聴者側に伝わりやすくなると感じました。また、映像には一貫して伝えたいことがあると、物語として印象深くなると思いました。 
125 
今回見たような音楽というのは、好きでなければそんなに関わりのある音楽ではないなと思います。私自身は、過去にピアノを習っていたため、少しではあるが知っているような音楽はありました。昔に作られて今でも演奏され続けているこのような音楽はすごいなと思う。曲調だけであんなにも伝わり方違うものなのかと思いました。でも、これらの音楽には歌詞があるわけではなく、人それぞれ感じ方というのは違くて、そのそれぞれ違った感じ方に正解はないのかなと思うと、さらに凄みを感じます。今、このような音楽が作られているのかもわからないが、昔の人のセンスは素晴らしいものだなと思った。 

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