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情報メディア問題入門2020前期09映画の誕生Forms10
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1. バスター・キートンとハロルド・ロイドのサイレントムービーを観る 後から付けられた音を消して鑑賞する。自動翻訳は使ってよい。ストーリーが理解できるか。音楽なしで感情喚起あるいは感動できるか笑えるか。 Buster Keaton - « Seven Chances » Safety Last - Harold Lloyd 1923 Classic Stunts - Buster Keaton, Harold Lloyd Buster Keaton & Edward F. Cline: Hard Luck (1921) Buster Keaton's 'Sherlock Jnr' with live piano Buster Keaton in The General (1927) URLは講義用ページにあります。
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意外と面白かったのと音がなくてもハラハラするような感じでよかったです。 
SevenChancesを視聴した。この作品には白黒映画ならではの衣装による色の区別や大きな動きや派手な演技などで、音がなくとも映像のみで楽しめるものになっていた。チャップリンの作品にも見れるようなコメディー感満載の作品で、面白さがよく伝わってきた。しかし、コメディー溢れるストーリーの中にも社会風刺のような一面もあり、白黒の映像かつ音声がないことが、逆にそのことを見ている側に伝わりやすいのかと感じた。講義内で視聴したフィルムの切り貼りなどをしながら撮影していると考えるととても感慨深いものが感じられる。 
Buster Keaton - « Seven Chances ひとりの男性が大勢の女性に追いかけられている。とても運動神経がよいなと思う。 大勢の女性に追いかけられていたはずが坂道で転がる石に追いかけられているに代わったところが面白いと思った。なぜ大勢の女性に追いかけられていたのか謎だが、男性はある一人の女性に会いにいく途中だということが分かった。 
わたしはBuster Keaton - « Seven Chances »を観ました。 何故この人が逃げているのか分からなかったが、少しずつ描かれている、逃げている場面じゃないシーンを見ていくと、様々な考察ができた。見ている人それぞれで思い描くストーリーが変わってくるのではないかと思いました。最初は何が面白いのか分からなかったが、ずっと同じようなことを繰り返されると、クスクスと笑える面白さを感じていました。今流行っている、TikTokなどのショートムービーでの面白さとは違った魅力を感じられた気がしました。また、音楽を消して見ていましたが、自分の中でこの動きにあった音を当てはめながら見ていた気がしました。それも面白いところなのかなと思いました。だけど、やはり音楽がないのが少し物足りなさを感じました。しかし、サイレントムービーの良さはその物足りなさをどうやって自分が解釈するか、自分はどのように感じながら見るのか個人個人で違うという部分で補っていると思いました。 
自分は « Seven Chances »を見ました。主人公(バスター・キートン)が絶対にあり得ない数の岩が転がってきているのに、本気で驚いたり、恐がっているところが笑えました。サイレントで見ると、バスター・キートンの演技の深みに驚かされます。自分は芸人の千鳥さんが好きで、志村けんさんのエピソードを千鳥さんがよく話しておられました。そこで、「女性の下着を触ろうとして、それがバレてしまうというコントで、女性に『キャーッ!』と言われた後にする顔がポップな驚いた顔でなく、真剣な『あ、、、』という失望の顔だった」という話を聞いたことがあります。そこに、バスター・キートンと志村けんの親和性を感じます。志村けんさん、ドリフターズは海外のコメディに影響を受けていたのだと考察しました。このことから、よく、「日本の笑いは世界に通じない」と言われますが、志村けん、ドリフターズの笑いは日本にも、世界にも通じることがわかりました。コントの根源を見た気がします。志村けんさんの笑いが好きな自分は、バスター・キートンの笑いも好きだなと思いました。 
キートンのは何かから必死に逃げる男性が描かれています。木が岩で倒されたりするシーンは笑えたが総じて意味は理解できなかったです。予想では女性の待つ場所にいろんな困難を乗り越えていこうとしているのではないかと思いました。キートンとハロルドのはアニメーションを見ているかのような面白みがありました。コメディ要素があり見ていて飽きなかったです。 
私はプレイリストからBuster Keaton & Edward F. Cline: Hard Luck (1921)を選びました。その映像をサイレントで見たら色々なことを感じました。主人公のバスター・キートンは自殺したいのですが、それぞれうまくいかずに失敗してしまうことになりますか、そのシチュエーションは今では経験することが出来ない面白さです。音声をつかずに、伝えたいことが伝えることが出来るのがとても感心しました。 
バスターキートンのムービーは音がなくても動きのテンポでかけられているであろう音楽も想像でき、どんな場面なのか伝わってきました。スタントや編集の技術が未完成だったからこそ、より本物な演出ができたのだと考えます。音声を消すと、キートンの細かな表情や動きに目がいくようになるので笑える場面も理解出来ました。 ハロルドロイドのムービーは登場人物に何が起こるのかネタの裏側が見えている状態で物語が進んでいき、想像どうりのひっかかり方をするので笑いが見えやすい形で表現されていると感じました。音がないとキートンのムービーに比べてテンポ感はなかったものの、ストーリーがはっきりしているので長編としてはキートンの作品よりも見やすいと思います。 
追いかけられている動画Seven chancesを観ました。音楽がないよりもあったほうがコミカルでポップな感じが出てきてギャグ的な要素があると分かります。音楽がないと追いかけられている動画であるけれど音楽があることによって笑える様になっていると感じました。音楽があるなしに関係なくストーリーはどちらも理解できるが感動させたり面白くさせるといった感情に訴えかけ促進する様な効果があると感じました。反対に音楽でも最後のサビ部分をアカペラにしたりと音楽がないことに協調性を働きかけている様に感じます。ドラマや映画など動画では音楽がかかることによって感動させたり戦ったり良いシーンで主題歌が流れたりと物語に合わせて強調させています。より内容が入ってきやすい様になっていると思います。 
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Classic Stunts - Buster Keaton, Harold Lloydを観ました。初っ端から、突拍子もなく乗物から人が転げ落ちてきたり、かなりの高さの建物をよじ登る人や、建物が崩壊して倒れてきたり、馬に乗ったまま水の中に飛び込んだり…。「そんな高いところから落ちて大丈夫か?!」「危ない!」「うわっ、痛そう…」と、終始ハラハラドキドキしていました。正直ストーリーはよく理解できませんでした。下手したら大けが、または死んでしまいそうな状況もあったけれど、そこをぎりぎりのラインでやりのけているところが、なんとも感心しました。音楽なしで観ると、私的にはハラハラして疲れるので、コメディチックな音楽を聴きながら面白おかしく観れたほうが心情的に楽だと感じました。 
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バスターキートンのサイレントムービーを何個か見てみて思ったことは、終始笑っちゃうような体を張ったアクションとギャグが最大の特徴だったなと思いました。今の現代のスタントマンですらバスターキートンのようなここまで体を張ったアクションはできないと思うし、撮影する側からのストップがかかってしまうくらい命をかけてまでのアクションであると思いました。反面、人々から逃げて転がり落ちてくる岩を避けながら坂道をとにかく下るシーンや警察官から逃げながらそのまんま電車に乗ってしまうなど、面白いと同時に凄いなともおもってしまいました。また、何個かのバスターキートンの動画を見て思ったこととして喜怒哀楽のようなを表情をまったく出さないのも特徴的な1つであるのがすごいなと思いました。とにかく非常にアクロバティックであると思いました。また、長い動画を見て思ったこととして、映像のほぼ大半がコメディで面白いのに対して、ちょくちょくロマンス要素が取り入られてたなと思いました。音無しの動画なのに見てるだけでついつい笑ってしまうアクションものが多ぬありながら、危険すぎるアクロバティックなシーンが凄すぎて音がなくてもずっと見てられる映像であると思いました。 
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(バスターキートン) これは一人のスーツを着た男性が何かに追われて逃げているところから物語が始まっています。第三者が追いかけていないのに石や岩が坂からどんどん落ちてきていて彼が走ることに躍動感を感じます。岩や人の動作の速度が今の映画よりも早いことを感じるであろう。また、男性は途中から逃げるのをやめて落ちてきている岩をよけるのを楽しんでいます。私はこの短編映画を見て、人生において逃げることも大切だがその危機を自分がどう有利に生かすことが重要であるのかを見ている私たちに教えてくれているのではないかと思います。 (ハロルド・ロイド) この動画は日常では起きることがない非日常的な場面から始まっています。ビルのサイドでふらふらになりながら落ちるか落ちないのかの瀬戸際で行っている芸を見ました。普通ならひやひやしながら見ることになるのであろうがこの動画はひやひやしません。その要因としてこの動画が『見ている人の心を幸せにする』という目的をもって作成されているからなのではないかと思います。車の上にシーソーに乗って事故を起こして転んだりするシーンも変に生々しいシーンではなく安心してみることができるのです。そのために何かに落ち込んでいたり悲しい時にこの短編映画を見ることで心が幸せになれると私は思います。 
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ビジュアル・コメディーについてまず知っておくべきことは物語はアクションでなければならないということ。よって字幕で物語を作るのではなく、字幕を圧倒的に減らしてアクションを物語を作ることでより視聴者に想像させる。それに対する疑問として「カメラはどこに置けばいいのだろうか」という疑問に対して、アングルによって伝えられるものが変わってくるので、強調したい部分をとる必要がある。さらに「世界のルールはなんだろう」という疑問も上がってくる。世界のルールを覆すルールをアクションに適応することで視聴者からはより面白いものとなり、これを「インポッシブル・ギャグ」と呼んだ。そして、ビジュアルコメディーをつくる上で最も需要なことは 偽物を作らず、1発で撮るか、その作品は捨てるかということだ。ここまで緻密に考えられたコメディに対して私は笑いはしなかったが興味深いものだと感じた。 
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Buster Keaton & Edward F. Cline: Hard Luck (1921) を視聴しました。 言語も英語で音もないため、ストーリーは後半の方しか記憶できませんでしたが、ストーリーは少し理解することができました。特に最後の部分で、ギャングに襲われた女性を助けた主人公がプールの飛び込みに失敗し、数年後そこから出てきた時は家族を連れてきていたので、地球の裏側まで行ってしまったと解釈しました。落ちがしっかりと作られていて面白い作品でした。他にも動きがかなりオーバーなので、そういったところから笑いを狙っていたのだと思います。 
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Buser Keaton 「Seven Chances」 ひたすら男の人が逃げている作品で、主演の方が必死に逃げているのを観ていて思わず笑ってしまいました。こういった機会でないとモノクロ映画を観ることはなかったと思うのでとても良い機会であったと感じます。また、これを観て感じたことはこの時代の人たちと現代の私たちは、時代が違えど娯楽に対し求めていたものが同じであるということです。内容や濃さにはやはり違いがありますが、どちらの時代にも共通して求められていることは「非現実」であるように考えるからです。この作品の主人公のような状態に陥る人は極めて少ないと感じます。であるからこそ、この作品に非現実が生まれ、それが視聴者の心を掴むのだと感じます。音楽や色がなくとも工夫次第で視聴者の心を掴むことができるのだと感じ、考えさせられる作品でした。 
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Buser Keaton 「Seven Chances」 ひたすら男の人が逃げている作品で、主演の方が必死に逃げているのを観ていて思わず笑ってしまいました。こういった機会でないとモノクロ映画を観ることはなかったと思うのでとても良い機会であったと感じます。また、これを観て感じたことはこの時代の人たちと現代の私たちは、時代が違えど娯楽に対し求めていたものが同じであるということです。内容や濃さにはやはり違いがありますが、どちらの時代にも共通して求められていることは「非現実」であるように考えるからです。この作品の主人公のような状態に陥る人は極めて少ないと感じます。であるからこそ、この作品に非現実が生まれ、それが視聴者の心を掴むのだと感じます。台詞はなくとも工夫次第で視聴者の心を掴むことができるのだと感じ、考えさせられる作品でした。 
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ジェスチャー、パントマイムを大切にしているとはよく言ったもので、そこから言葉がなくても考えてることが伝わってきました。また、様々な顔での表情はしていませんが、体全体や動きで表情を表しているように感じました。現代のアニメーションのような動きに似ていて、演技で表現出来ることに驚きました。充分音がなくてもストーリーを理解できるし、感動できるし、笑えると思いました。 
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Buster Keaton - « Seven Chances » 恋愛とシュールなギャグ、そしてラストにかけての凄まじい逃走劇、そして過剰なアクションシーンも凄いと思いました。 Safety Last - Harold Lloyd 1923 前半の展開はロイド扮する主役がズルく、自分らが悪いのに、警官を倒してしまうなど言語道断なのですが、後半のビル登りは圧巻でした。 
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音がなくても、映像でストーリーが分かるようになっていて、音がない分役者の顔や体の動きで感情を読むことができていて面白かったです。 
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ストーリーは大体理解できました。また、少し笑ってしまうこともありました。音がないのに人を笑わせることができるのはとてもすごいと思いました。感動というより面白かったです。 
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私は Buster Keaton - « Seven Chances »を見ました。 私なりの解釈で物語を説明します。 まず初めに出てきた文字を訳してみると、どうやら近道を通っている映像そうです。その時に、大勢の女性に追われているようでした。山から段々と降りているようで、様々なハプニングが起きます。まず始めに大きな崖が出てきた時には、木こりの男性が彫っていた木に飛び乗って下に落ちました。次に走っていて石にぶつかります。その石は最初は小さいけれど、段々と大きくなりました。石を避けるのにかなり大変そうです。丁度いい木に飛び乗るも、石の裏に隠れるもの、運悪く中々逃げきれません。そこで再び女性達が下から来ますが、なんと石のおかげで女性達は逃げて行きました。石や女性達から逃げきれた男性は街に急ぎます。時計を写したのは、急いでいることを表したかったのではないでしょうか。そして遂に目的地に着きました。 この映画を見たとき、音や声がなくてもストーリーは大体理解することができました。木が倒れるとこや偽物の石を使っているところは日本のドリフに似たところがあると思いました。サイレントにする事でより表現が大袈裟になると思いました。逆にそれが面白かったです。 
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バスター・キートンの"Seven Chances"を見ました。チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイドの「世界の三大喜劇王」のことは知っていましたし、それに伴ってサイレントムービーのことも認知していましたが、実際に見たことはありませんでした。正直なところ今まで、サイレントムービーは現代の音のある映画から、単純に音という要素を抜いたある種の劣化版・旧式というような印象を持っていました。しかし実際に見てみると、それは間違いであることがわかりました。技術的な話をすれば音という要素が加わることが進化であることは間違いありませんし、音が加わることでより多くの事が表現出来るようになりますが、逆に方法が限定されていたからこそ出来ていたことがあったことに気付きました。"Seven Chances"は非常にシンプルな映画でした。四分ほどの短い時間に、主人公が追手から逃げながらどこかを目指して走るという極めて簡単なシナリオで、字幕も登場人物のセリフを表現する為のものが一度出るだけです。サイレントムービーなので当然音はなく、映像として目に映るのも主人公のアクションがほとんどです。しかしコメディチックで大げさなアクションや見事な演出のおかげで一つのエンタテイメントとして成立していて、むしろアクションと演出に関しては現代のものよりも優れている面があるように感じました。説明がなくても、画面を一目見ただけで、何が起こっているかわかり、それがきちんと面白いというのは音楽やセリフなどに表現を分散させた、あるいはさせなければならない現代の映画ではあまりないことです。音声は表現方法としてとても優秀ですが、音声を入れることで出来なくなってしまう映像表現もあるのだと思います。現代の音声ありきの映画とサイレントムービーは、優劣や前後の関係ではなく、それぞれが映像表現の進化系であることがわかりました。 
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 音声なしだとセリフがわからない、だから楽しめるはずがない、そう思っていました。映画が始まってみるとものの見事に会話の内容がわかりません。わからないものをいくら必死に集中してみたところで無駄とさえ感じました。予想通り、見始めて5分で睡魔がきて寝てしまいました。しかし、課題なので見なければと思いそのあと、再開しました。けれど試してみると、意外にもだんだんと音声がなくても楽しめるものが見つかってきました。  どうしてそんなことが起こるのでしょう?  それは、わからないけどおもしろくなるということです。音声を聞くことをやめ、字幕を読むことをやめると、画面全体へより気持ちが向くようになります。そうすると、今までは気づかなかった登場人物の表情や手先の演技、背景などからいろいろなことが伝わってきます。そこから「場面」や「気持ち」をイメージすることができれば、次第に物語に引き込まれ、「セリフはよくわからないけれど、おもしろい」というものがでてきます。  どれほど自分の意識が音声や字幕に捕らわれ、余計な能力を奪われていたかに気づきました。ストーリーを読む。ああ言ってるのかな、こういってるのかな、っと想像する。登場人物の表情、動作、背景、周りの人にもっともっと集中する。音より大事な事がたくさん映画にはあったのだと感じました。小さい頃、なんて書いてあるか分からない絵本をイラストから想像しながら読むの感覚を思い出して、それと同じだと思いました。音声がある時とは別の種類の感動があったと思います。音声無しで見たあとに、本当はどんな物語だったのか気になりもう一度見ました。ささやきにしか聞こえなかった音が、ちゃんと音に聞こえるようになってくる。この感覚が新鮮でした。 
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このサイレントムービーは、映像を見ているだけで大まかなストーリーを理解することができ、音とマッチしていたので夢中になって見てしまうムービーだと感じました。サイレントムービーは後から音を足すことができるので、臨場感や疾走感など様々な雰囲気を音で表現することができ、よりリアルに感じることができました。また、言葉がなく映像だけでも登場人物の感情を読み取ることができ、とても面白いと思いました。このようにサイレントムービーでは、映像のみでもストーリーを理解することができ、感動や面白さを感じることができると感じました。そして、音を加えることでストーリーをよりリアルに感じることができ、場面の雰囲気を表現するための1つの手段として必要だと思いました。 
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サイレントムービーは初めて見ましたが非常に面白かったです。特に現代の映画とは大きく異なる点として、一つ一つの表情や体の動きがとても大きい点が挙げられます。現代の映画は視覚、聴覚を駆使して内容の理解を深めますが、このサイレントムービーは視覚だけで見ることになります。しかし、先に述べたように動作が大きいので、このような描写から内容は理解できました。また、こういった動作は内容とともに心情も深く読み取ることができました。本来、映画とは見たことで視聴者の心の中で様々な感情が映画の随所で芽生えるものですが、視覚のみのサイレントムービーでもこのあたりはしっかりと読み取ることができました。また、このサイレントムービーには色がありませんでした。色がない映画自体も私は見たことがなかったので、物語に大きく引き込まれたことには驚きました。色がない時点で視覚で得られる情報は狭まってしまうため、現代の映画と比較して確実に内容は理解できないし、つまらないだろうと思っていたので本当に驚きました。物語の随所で笑える場面やしんみりとする場面などいくつかありましたが、上手く感情移入できたので、それほどまでに演者の動きの重要性を知ることができました。また、背景に映る建物の様子などからそれぞれのキャラクターがどのような人物でどのような状況に置かれているのかも把握することができました。サイレントムービーは物語の内容、キャラクターの心情、当時の時代背景など読み取れる部分が非常に多く面白かったです。ぜひ機会があれば自分でも見てみたいと思います。 
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シリアスな表情をしていても、ポップな音楽が流れていれば、面白い話や楽しい話であると自然に解釈して見ているので、笑っていました。しかし音楽を消すと、シリアスな表情をしていると悲しいシーンなのかと思ったら、行動は悲しい行動じゃなかったりとストーリーも感情も理解することが難しかったです。このような映像は、音楽があるからこそ生かされていると思いました。 
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U190909 法学部法律学科 樋口翔也 今回は様々な条件でバスター・キートンとハロルド・ロイドのサイレントムービーを観ました。後から付けられた音を消して鑑賞することにより、その場面の雰囲気や役者の感情はあまり伝わってきませんでした。自動翻訳をつかってストーリーが理解しようと試みましたが意味が繋がらない箇所が度々でてきて感動できたり笑えたりするものではありませんでした。 
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バスター・キートンは疾走感のある展開が印象的でした。大自然の中、様々な無茶振りな行動をすごい速さでこなしていく主人公がとても面白かったです。この疾走感は見ているものを退屈にさせないので音楽がなくても楽しめると思います。一方ハロルド・ロイドはよりディティールが細かく一つの画面で伝わる情報量が多く、少しストーリーが複雑でした。特にデパートの壁を登る場面は、思わず息を呑むようなスリルがあり面白かったです。2人に共通しているのは、言葉を話さずとも行動でどれだけ人に表現を伝えられるかに重きを置いているところだと思います。行動が大袈裟に見えますが、それがサイレント映画作品における表現の要であるとわかりました。 
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私はサイレントムービーを見たとき、自動翻訳ありで大まかな内容であれば理解することができました。ただ、個人的に動きから感情などを読み取ることが苦手であるために、そのように感じたのかもしれません。また現代の映像作品というのはサイレントムービーとは対極に位置するものが多いため、慣れていないのもあると思います。それもあってか感情があまり動かされなかったのですが、面白いとは思いました。 
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Buster Keaton - « Seven Chances »を見た。1人の男が沢山の修道服?のようなものを着た女の人から逃げている。それも崖を降りながらだ。なんと言っているかわからないが表情を見る限り怒っているようだ。もしかして男の人はこの大人数の女の人相手に浮気をしたのではないかと考えた。かれこれ30人はいるであろう女性をだ。これにはアンジャッシュ渡部もびっくりだろう(笑)それを考えるととても面白い。その男は崖を飛び越え木に飛びつき、崖を転がり落ちる。そこまでしてつかまりたくないのか、もはや命がけである。普通の人間なら死んでしまうほどの高さだがしっかり受け身もとっている。完全にコメディー映画だ。例えるなら子供の頃にみたトムとジェリーのようだ。ジェリーが毎回トムにちょっかいを出し、怒らせ、追いかけまわされている。それと全く同じなのである。そして男は崖を駆け下りる。すると上から大きな岩が大量に落ちてきた。男は華麗に木に飛び乗りよける。そしてまたまた駆け抜ける。しかしまた岩が落ちてきた。男は大きな岩に身を隠す。しかし安心したところでその大きな岩が崩れ落ちる。男はまた華麗によける。しかし崖の下には例の女の人たちが!上からは岩、下からは女!どうする!男はすべての岩を華麗に避け、その岩にびびった女たちは逃げていって一件落着という話だった。音楽、セリフが無い映画も意外と面白い。なぜならストーリーを想像できる。いろんなアフターストーリーを自分の中で完結させることができるからだ。 
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バスター•キートンのセブンチャンスを見て崖を走って大量の落石から逃げたり、木の上に登って石を躱したりしていてアクション性に富んだものと感じ、見ていて面白かったです。しかし、翻訳なしで見たのでなぜ主人公がスーツを着て逃げているのかが理解できませんでした。調べたら彼が会社の経営者でその会社が業績不振で倒産の危機にあることから、スーツを着て逃げていたとわかりました。だから最初や終盤の方で主人公を追っていたのは人々はその会社の従業員だったのかなと思いました。また、サイレントの作品に関わらず役者の迫真のスタントだったり演技1つ1つの仕草や表情からその時々の感情を読み取ることができました。音がなくてもその時々の感情が読み取れるのはすごいと感じました。加えて、音をつかない方がBGMによる印象操作がなくなり、よりリアルな演技を感じられるとも思いました。 
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この二つのサイレントムービーを見て感じたことは、確かに字幕などがないと絵だけなので大人から子供まで楽しめたり、自分でその場面を想像して考えるという楽しみ方やあると思うので、一つの見方として面白いとは思いますが、自分は、字幕があった方が面白いとおもいます。なぜなら、字というのは見るだけでどんな場面かなどどう思ってるのかなどすぐにわかります。そちらの方が自分で考えて想像するより遥かに映画をとうして伝えたいことなどがわかりやすくなると思います。だからこそ、自分は字幕があった方が映画としては面白いと思います。 
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Buster Keaton - « Seven Chances » この動画は男の人が集団に追われてるというところからスタートする。颯爽と逃げ回る男は無我夢中に走っているため追われていることに気付いていない。途中から転がる岩に追われてるようなシーンが流れる。後半に待ち構えていた集団に見つかり、これはもう無理かと思ったら転がる岩を生かして集団を撃退させる。転がる岩を男がかわすシーンや集団が岩から逃げるシーンを後ろのカメラから撮るなどわかりやすい動画だった。また男性の運動神経のよさがあってとても笑えた。 
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私は音楽なしでも大きな感動や大爆笑とは言えないものの、クスッと笑えたり少し感動することはできたと思います。特にコメディーのような笑えるような描写は音楽なしでも笑えると感じました。現代の日本で言うならば少し最近話題になった「ドリフ」のような笑いや、身近なところで言うならば、「トムとジェリー」のようなある意味「ベタ」な笑いをおの時代から表現しているなと感じました。音がなくても文字で状況を表現できることのすごさがあると思うし、毒を飲む描写の際、瓶に「poison」と書いてありましたが、これもある意味で「ベタ」を演出し、かつ状況を見る側には伝えられることができていることが現代ではもしかしたら「サムい」ともとらえられる可能性もありますが、この時代のショートムービーとしては一番わかりやすく一番面白さを演出できるのではないかと思いました。本来音も抜きでストーリーや面白さを伝えられるように製作者も工夫を凝らしているので、現代に生きる私から見ても面白いと感じることができました。 
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音なしだと内容がほとんどわかりませんでした。映像作品における音楽の重要性がわかりました。 
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 私はSeven ChancesとHard Luckを鑑賞しました。個人的には音楽がなくてもムービーの内容を理解することができ、笑うこともできました。また、両方ともフィルムを切り貼りしてムービーにしたとしても主演の運動能力の高さには驚きました。どちらも何か(人や動物)に追われ、走り続けるシーンが多かったように思いました。Seven Chancesでは文字や音がなくても、俳優の動きや表情がコミカルなのでおもしろかったです。特に斜面を駆け降りるシーンで、窪みにはまった岩の陰で近くを滑り落ちていく岩々に驚くシーンが一番印象に残っています。ただ、なぜSeven Chances(7時の機会?7つの機会?)というタイトルなのか、と疑問に思いました。Hard Luckでは主人公がプールサイドに落ちてしまったシーンをで、思わず「あっ」と声が出てしまいました。予想のしていなかった終わり方でおもしろかったです。 
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音がなくても十分面白いと感じた。 ただ、この面白いはinterestingの面白いであり、funnyではない。なぜかというと、体を張り過ぎている上に体の動かし方がうますぎて、感心してしまったため。 全ての動きがとてもコミカルでその表現力はもちろんすごいうえに、そのコミカルさをいかなる時でも表現し続ける、コミカルに対する執念のようなものを感じた。 危険で、命すら危ぶまれそうなシーンが数々でてきて、もちろんそれは全て編集ではなく本人の、さらに一発撮りであるということは本当に凄い。凄いとしか言いようがない。まるでアニメかのような動きや表情で、危険であることを感じさせないところもすごいと思った。かなり危険なことをしているはずなのに危険でないように感じてしまうくらいに彼の動きはコミカルで精神的余裕を感じさせる。 また、表現の幅が狭かった時代だからこその発想であると感じた。現代ではここまで体を張らなくてもヒヤヒヤするシーンは撮れるし、音楽やCGによってコミカルな演出やシリアスな演出、何でも自在に出来てしまう。生身の人間や撮影方法のみでキートンに勝てる、あるいは画角に戦える俳優は現代には到底現れないだろう。 
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1つ目の≪Seven Chances≫を観たが、音楽がなくてもストーリーが理解でき面白いムービーだと思った。ただひたすら逃げるというやっている事柄は1つであるが逃げている途中様々なものから逃げている。大人数の女性から逃げることから始まることストーリーだが某任天堂のアプリかと突っ込みたくなるような坂を上り、下り、そして崖があっても向こう岸までジャンプし乗り越える。そして崖を下りたところから今度は大量の岩から逃げることになる。すごい勢いで下ってくる岩を上手によけながら下り、木につかまるのだが、岩により折れる。その後も大きい岩に隠れるが幾つもの岩の負荷がかかったことにより動き出す。そこで最初に出てきた女性と再びあってしまう。女性は追いかける側であったはずなのに、かなりのスピードで下ってくる岩から逃げ出す。そして最後には都市部に抜け出し男性が通った後すぐに列車が通るなどあらゆるものから逃げ出し、家につくところでストーリーが終わっている。最初は音楽無しで観て、もう一回今度は音楽ありで観てみたが音楽の力はすごいなと感じた。勿論音楽はローテンポのバラードなわけがない。ハイテンポの軽やか、かつ少し面白おかしい雰囲気の音楽が使われている。音楽も相まって走っている臨場感がより感じられる。しかし、映像だけでも男性の走っているときの背景の変わるスピード、足のスピード、岩の落ちるときの弾力など様々な面から逼迫している状況がうかがえた。普段音楽無しで動画を観ることがないが、普段気づかない背景などにも注目し映像の本質を観れた気がした。 
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Buster KeatonのSeven Chancesを観た。ストーリーはウエディングドレスを着た何者かに追われている主人公が必死に山を越え谷を越え、家で待つ女のもとに帰るという話だと解釈した。多分主人公の男は女と結婚したいのだが、その何者たちに阻まれているのだろう。アクションに関しては、下り坂を大量の石が転がってきては窪みに隠れている主人公の頭上で集まり、最終的に決壊するがそのおかげで追いかけてくる何者たちかを追い払うことが出来たのが面白かった。やはりこの映画には字幕はなく合理的ではないギャグが様々な場面で散りばめられていた。また、監督自身がスタントマンをしているというのを知ったときは驚きだった。さらに、キートン氏は映画の半分はアドリブだと言っていたが、この映画ではどこまでがアドリブでどこまでがアドリブではないのかが気になった。 
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私はBuster Keaton - « Seven Chances »を見ました。まず、男がたくさんの女の人から逃げるところから始まります。そして、逃げてる最中の動きの速さや、ハプニングみたいなとこは見どころだと思いました。最初に山と山の間を飛んで飛び越えるところです。次に、木から降りようとしたらその木は下で斧で切られていて、飛びついたらそのまま落ちてしまうところです。こんなタイミングで折れたのでつい笑ってしまいました。ほかにも、山のような高いところから落ちるシーンがあります。その豪快に落ちるところもクスっと笑えてしまいます。転がり方が気持ちがいいほどきれいなのです。岩が後ろから追いかけてくるシーンもあります。テンポよく岩が落ちてきてそれを華麗に避ける姿、その避けているシーンを後ろから引いたところから撮るところがとても好きです。その岩から逃げようと木に登るが気を抜いたとき岩が木に当たり木が折れます。その気が抜けているところにまた追い打ちをかけるかのようなところがとても面白かったです。途中で女の人が外を見て誰かを待っているかのようなシーンがありました。ここで、やっとなんのために走っているのかわかりました。この男の人は女の人に会いに行こうとしてたのではないかと私はこれをみて思いました。この映像は観てるだけで話の内容が分かり、感銘を受けました。どの世代、時代に見てもとてもいい作品だと思われるんだろうと思いました。 
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私はSafety Lastを見て、サイレントでもストーリーは何となく理解出来ました。しかし、感情は音ありよりも全然伝わらなかったです。もちろん、サイレントでもカメラの角度・スポットのあて方や演出の仕方、出演者の動きからストーリーが分かりますが、音ありの時より私の心がほとんど動かされませんでした。やはり、音があった方がこの映像から伝わってくるものがあります。というのも、ストーリーの起承転結の時や出演者が感情の起伏を表したい時にコミカルなミュージックがあると、より伝えたいことが伝わってきます。なので、やはり五感から物事を伝えることに勝るものはないと再確認しました。 
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この方の作品は音がなくても映像だけで楽しめたり笑えたりする作品だと感じました。自分自身がスタントマンとなり役を演じることや、カメラアングルを細かく気にして撮ること、一発撮りをしてみることなどこの方は細部までこだわっていて、現代の技術とはまた違った方法で感動しました。私は字幕や音があるほうが、その作品をちゃんと理解できると思っていましたが、字幕や音無しで映像のみだけでこんなにその場面の臨場感が伝わる作品が作れるのはすごいと思いました。この人自身の感情も映像からすごく伝わるので、表情豊かなことは人に感情を伝えることにぴったりな手段なんだと思いました。また、何気ない日常の一部を切り取っていたり、現実ではありえないことをやっていたりと、幅広い場面を作品にしていて、見入ってしまう作品だと感じました。 
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最初に普通に鑑賞した際は当然ストーリーも理解でき、鑑賞中にも感情移入できたが、音楽を消してから鑑賞した際は、ストーリーは理解することはできたが、臨場感や感情移入が難しかったです。 前に映画館で映画を観ていた際に感動する場面で音楽が大きなスピーカーから流れ出した際に一気に感情が揺れ泣いてしまった事があります。その時に感じた事は音楽というのは感情を動かす際に重要なファクターなのだと思いました。 
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キートンが演じている時、例えば鉄格子の所や車に置いていかれるところなどでは音声がなくても表情や手振りで何を伝えたいのか何を思っているのかが分かるような気がしました。音がなくてもおかしなことを大人が全力でやっている状況がすでに面白いので視聴者には感動が伝わるし笑えると思いました。 
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2つの作品を見て思ったのは、今となっては笑いというものが複雑化してきているが、この作品は音やセリフがなくても理解できる単純な笑いを提供していて、それはいつの時代になっても変わらないと感じた。おそらく、熱湯風呂やタライ落としなども音がなくても笑えるものだと思う。コントや漫才、モノボケなどさまざまなジャンルが出てきたが、笑いの根底には単純明快なものが存在するのだろう。Harold Lloydは映像の死角を利用した内容もあり、映像技術の発展が笑いの進歩も生み出した。 
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映画を見るときに音楽がない、声がないというのは大変不便かと思っていました。実際には、まったく問題がなく楽しむことが出来ました。まず、無声映画内の詳細な表現は、声がないための説明方法になりますが、よりわかりやすく、音楽が無いために作られる誇張気味なほどにわかりやすい起承転結は気を抜いて楽しむことが出来ました。感情喚起、ストーリーの理解も十分出来ました。音楽に左右されること無く、自分自身の趣向で笑ったり、関心することを選択出来ることが、現代映画に対しての十分な優越性に感じました。見たことがあるような気をしつつ、映画群を見ていたのですが、そういえば私の大好きなMr.ビーンも音声はありますが喋りませんでした。共通点を見つけながらリラックスして楽しみました。 
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私は音楽なしだとあまり感情がわかなかった。その理由はストーリーを理解するために意識を持ちすぎるため、そっちの方に頭を使いすぎてしまうからだ。 
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私は、Seven ChancesとSafety Lastの2作品を鑑賞しました。 どちらの作品も逃走している中、奇跡的な危険からの回避している姿が面白かったです。 バスター・キートンは、笑わない喜劇役者でした。それは、この作中でもそうでした。 キートンが笑わないで、何千人もの女性から追いかけられていました。普段から、笑わないで演技することが多いようですが、普通の男性であれば、普通の俳優であれば、大人数の女性に追いかけられることとコミカルに岩に避けることが重なると、笑ってしまったり、そういう演技になってしまったりしそうだなと思いました。その中、キートンは笑わない演技が本当に必死に女性たちから逃げていることを暗示しているのではないでしょうか。また、浮気を沢山していただけというよりはお金等の他のことも絡んでいるような気がします。 続いて、ロイドの要人無用では、古典的な喜劇映画でしょう。当時の超高層ビルである20階のビルの壁をアクロバティックによじ登っていました。私自身、高い所(高層ビル)が少し怖いのでドキドキハラハラしながら観ました。さまざまな困難に出会い、何度も地上に転落しそうになります。危機に直面したロイドが顔面蒼白になります。だが、危機に直面するたびに、ロイドはそれを回避します。それが緊張感を一挙に解消し、笑いが湧き上がってきます。その笑いは発作的なものでした。 ストーリーを詳しく話していきます。 ロイドがビルの壁によじ登るハメに陥ったのは、出世して恋人と結婚できるようになろうとしたためでした。勤務するデパートが営業不振なので、大規模な見世物で客を集めようとするキャンペーンをロイド自ら提案します。そのキャンペーンというのが、人間が超高層ビルを素手でよじ登るというものでした。そのクライマーとしてロイドは器用な友人を使うつもりでいました。その友人が警察官に追われてビルの壁をよじ登り、逃げおおせたことを覚えていて、この男なら簡単に高層ビルを上るだろうと思ったからでした。ところが、さまざまな事情が介在してきて、ロイド自ら登らざるをえないハメに陥ります。今まで一度もこんなことをしたことがなく、どちらかと言えば不器用で小心者のロイドには、あまりにも大それた行為なのですが、そんなことは言っていられないとばかり、ロイドは意を決して超高層ビルの壁をよじ登っていくのです。 よじ登る過程で、ロイドは様々な苦難に直面します。上階から落ちてきたクッキーがロイドの帽子にくっついたおかげで鳩にまとわりつかれたり、犬に吠え付かれて肝を冷やしたり、鼠がズボンの中に入り込んだり、あるいは窓から突き出てきた角材にどつかれて飛ばされそうになったり、ブラインドに煽られて体が反転し、そのタイミングで巨大な時計の針にしがみついたり、次から次へと危機に直面しては、アクロバティックな身のこなしでそれを乗り越えてゆきます。そこに繰り返されるハラハラドキドキとその瞬間的な解消とが、観客を爆笑の発作に駆り立てるのです。 だかあ、この作品は人間の笑いというものに対して、正面から向かい合う素直なものではないでしょうか。それが、喜劇の古典的な作品と呼ばれる所以です。 
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音楽なしでストーリーを理解することは可能である。また、感動・笑いを引き出すこともできると考える。 映像においては音楽は感情を引き出すのにとても重要な要素であるが、コミカルな動きは音が無くても大げさに表現されていたりするため充分に楽しめた。感動するのは笑いよりもやや難しいと思うが、小説の文字だけで感動して涙を流すこともあるので映像だけでも感動することはできると考える。音楽を聴いただけであの作品だと思いだすように、映像と音楽の結びつきは記憶に残りやすいので音楽は重要な役割なのだなと再認識した。 
50 
音無しで観賞したが、ストーリーを全部理解することは出来なかった。しかし、何をしているかは予想することは出来る。また、音楽無しで観ると何しているかは伝わるものもあるが、声がないので何かしていた時何も伝わらないので何も感動したり何か思うことは無いと思う。だから音楽が無いものは何も感動せず笑いも起こることは無いと思う。 
51 
バスターキートンのSeven Chancesという作品が一番理解でき、笑うことができた作品でした。この作品では主人公が時間と女性たちに追われ続け、急いでいる中で岩などの障害物も避けながら目的地まで向かうものであるのではないかと捉えました。この作品の面白いところは、主人公のタイミングの悪さや主人公のアクションシーンが素晴らしいものであるため、音声がなくても映像に魅入ることができました。また、音声がなくてもストーリーがわかりやすいものになっていてコメディ要素が強いので、見ている人を惹き付けることができる作品だなと感じました。 
52 
私はBuster Keaton - « Seven Chances »を見ました。見た結果として、どうして彼は追われているのかは最後までわからなく、曖昧なまま終わってしまったなという印象です。しかし、少しわかるところもありました。例えば、私は丘を降りればショートカットをする事ができることを知っているなど、なぜ丘を降りたのかは説明されており、また、たくさんの人々から必死に逃げていることなど表情などからも様々な事が読み取る事ができ、全く意味不明な物語ではなく、少しばかりのストーリーが埋め込まれてました。しかし、感動したり笑えたりはできなかったです。 
53 
黙劇は観客がセリフを聞こえないので、キャラクターの表情と身ぶりなどから、表現したい内容を観客に伝わります。1920の映画だけど、内容はすごく流暢でした、フィルムが非常にシームレスに編集されていて、その時代の映画技術はそこまでで来ることが驚きました。100年前に映画の始まりとして、観客を笑えるため、映画のシーンの出ていた反常識のことと不思議がことを自然に乗って、ドロドロになる姿が笑えます。このような反常識のことは今の笑い映画の中にもたくさん使われています。 
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私は、Buster Keaton-《Seven Chances》を鑑賞しました。このムービーでは、バスターキートンがたくさんの人々に追い払われている姿が映されています。キートンは人々から逃げる途中、坂を駆け上がったり崖を飛び越えたり、木を使って崖から飛び降りたり、前転をしながら坂を駆け下りたり、石に追いかけられたりとしました。非現実的でコミカルにキートンが人々から逃げるためのな場面が多く見ていて面白かったです。また、英語で書かれた説明文のようなものを見れば理解できるような分かりやすい内容になっていたと感じました。さらに音楽がなくても、編集されて人間離れしたような足の速さで逃げているキートンの様子は笑って楽しむことができました。 
55 
Buster Keaton - « Seven Chances »を見ました。動きが滑稽で面白いです。ストーリーは良く分かリませんでしたがとりあえず逃げていることは分かりました。アクションが大きく見応えがありよく分かっていなくても楽しめました。Safety Last - Harold Lloyd 1923も見ました。こちらはストーリーが分かりやすかったです。今もやっているような入れ替えネタなどがあり面白かったです。 
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Buster Keaton《Seven Chances》 この動画は4分34秒あるが、その大半はバスター・キートンが追いかけてくる様々なものから逃げるため走るというものである。崖から飛んで木に飛び移ったるなど、アクションシーンが多く、坂を転がりながらたくさんの岩に追いかけられるシーンは見ていてとてもハラハラした。なんとか木の上に登り、ほっとしていた所を岩石に直撃され転げ落ちるシーンはまぬけで思わずクスッとしてしまった。途中、6時50分を指す時計と悲しげな表情の女性のカットを挟み、すぐにキートンと追いかけていた女性たちに場面が戻る。そこからは一転して、キートンは岩に立ち向かうように避け、女性たちは降ってくる岩から一目散に逃げる。馬を飛び越え、汽車の下に滑り込み、電車をギリギリで避け、ある一軒家に到着するところで映像は終わった。 セリフがないため、細かい場面設定がわからないところはあるが、6時50分を指す時計のシーンが二度入ったことや悲しげな表情の女性が何かを待つように窓辺に立つシーンから、「(何らかの事情で大勢の女性に追いかけられる)キートンが様々な困難を乗り越え7時までに女性の元を目指す」という大まかな流れは理解することができた。また、セリフがなくても、シートンが大勢の女性や岩石に追いかけられる姿は滑稽で面白いと感じた。「女性と無事に会うことができた」というようなシーンで終わらず、家の前にたどり着いたところで終わるのは何故だろうと思った。 「Seven Chances」というタイトルの意味はよくわからなかった。 
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私が鑑賞したのは「Buster Keaton's 'Sherlock Jnr' with live piano」です。まず最初に抱いた感想が、すべての動作がとにかくテンポの良い速さで退屈さを全く感じさせないということです。これはチャップリンの喜劇でも見られる手法ですね。やはり少しでもリズミカルなテンポの良さが失われてしまうと、途端に私も含め人々はその後がどんなに面白かろうと退屈してしまうでしょう。もちろんこのテンポの良さ、もしくは動きの速さのほかにも注目すべきなのは大袈裟さです。なぜ大袈裟さが大事であるのかというとまず人々を笑わせようとする動作そのものに気づいてもらわないといけないからです。どんなに面白いことをしても気づかれなければ意味がなく、そのためにわざと大袈裟に演技をするのではないでしょうか。また演者が大真面目におかしなことをやっているという点も見逃せません。やはり大真面目におかしなことをするというのが結局一番滑稽だということです。 
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二人のサイレントムービーを視聴したが、まず問いに答えるとストーリーは完全に理解することは私にはできなかった。だがその場面の流れ自体は理解できるので十分に楽しめる。アニメやドラマで途中から見てみても楽しめるのと同じことだと思う。そして音楽なしでも十分感動できるし、笑える。実際に現代では日本テレビの長寿番組である「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」では、音がないことを利用した「サイレント図書館」という企画があり、それがとても面白い。現代では静寂のときや俗にいう「すべった」時に笑いが起こることがあるのだ。つまり、笑いにおいて音があることは必要不可欠な要素ではないということになる。もしかしたら音がない環境で感動や笑いを提供することの素晴らしさを考えることは無意味なことなのかもしれないとさえ感じた。ただその一方で音が持つ力は計り知れない。これもSNSでよく拡散されているが、本来怖いジャンルの映像のBGMをコメディ調のBGMにに変えることで全く怖くなくなるのだ。逆にコメディ調の映像でも悲しいBGMを流すことで、感動する映像に生まれ変わる。このようにBGMを変えるだけで大きく雰囲気を変えてしまうことが可能なのだ。 では、このサイレントムービーではどうなのだろうか。おそらく、コメディ調のBGMを流せば面白くなるし、悲しいレトロの雰囲気のBGMを流すと哀愁を感じさせる映像に生まれ変わるのではないだろうか。そして、おそらくこのサイレントムービーは「あえて音を消した」といっても過言ではない。彼らの笑いはシュールな笑いだ。シュールな笑いの場合登場人物は無表情であることが望ましい。無表情で変なことをするからそのギャップで観客の笑いを生んでいるのだ。そのため、余計な情報を与えない「無音」が最適なBGMだったのだと私は考えた。また、無音は「無」を表現することができ、「無」は寂しい気持ちや意外性を生むことができる。アニメやドラマでもあえて無音で映像を流すことがあるのをみたことがある。そのシーンはいずれも印象的で衝撃的なシーンであることがほとんどだ。よくあるのは登場人物が急に誰かに刺されたりするシーンとか、シルエットでキスするシーンとかだ。このようにして、無音であることは一つの表現方法であることを再認識させられた。それは映像をより強調するということだけでなく、映像を修飾するようなものだと考えていいと思う。 
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わたしはこの音を消して鑑賞したことによってそれぞれの表したい感情がよりわかる気がします。確かに音楽があるほうがないよりはより伝わりますが、音がなくても何かを伝えようとしていることがわかることから自分でこの時はどのような音楽が流れていたんだろうと考えられさせることによって、どう感じるかがより面白く考えることができる気がします。 
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私はバスターキートンのセブンスチャンスを鑑賞しました。この映画のストーリーは、主人公が祖父からの遺言(?)によって27回目の誕生日の七時までに誰かと結婚すれば大金を手にする権利を得たことから始まる。すぐに意中の女性のもとへ向かうが、結婚さえすれば誰でもいいことを漏らしてしまったせいで求婚を断られてしまう。刻一刻と時間が迫る中、誰からも相手にされない主人公は例のことを新聞広告に載せた途端、ウェディングドレスを着た大量の女たちに追いかけられてしまう。主人公は逃げる途中に様々なアクシデントに見舞われるが、見事約束の七時に意中の女性との結婚を果たす。特に後半の石が落ちてくるシーンはとても面白かった。監督本人がスタントマンとしてアクションに参加しているというのがとても驚きだった。また、バスターキートン氏の作品はアドリブが半分を占めていると聞いたがこの作品はどうなのかが興味深かった。 
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 Buster Keaton - « Seven Chances »を視聴しました。大まかなストーリーは正装姿の主人公が団体に追われている過程を描いているものである。音ありと音なしの両方で視聴したが、音ありの方が音なしに比べ喜劇的であると感じた。このことから音楽が動画に与える影響は大きなものであるといえる。この物語は逃走劇となっており、視覚のみでも伝わりやすいように創意工夫が凝らされており、非常に鑑賞しやすかった。音なしでもストーリーを理解することはできたが、感情喚起できるか否かで判断すると、感情喚起はできない。普段見る現代の動画・映画では音声が付随していることが当たり前となっているので、音がない今回の作品は味気なく感じてしまった。 
62 
Buster Keaton - « Seven Chances »を視聴しました。大まかなストーリーは正装姿の主人公が団体に追われている過程を描いているものです。音ありと音なしの両方で視聴したが、音ありの方が音なしに比べ喜劇的であると感じました。このことから音楽が動画に与える影響は大きなものであるといえます。この物語は逃走劇となっており、視覚のみでも伝わりやすいように創意工夫が凝らされており、非常に鑑賞しやすかったです。音なしでもストーリーを理解することはできたが、感情喚起できるか否かで判断すると、感情喚起はできないと感じました。普段見る現代の動画・映画では音声が付随していることが当たり前となっているので、音がない今回の作品は味気なく感じてしまいました。 
63 
人物の表情や動き、建物の動きなどが大袈裟に大きく表現されているため、音楽なしでも笑ったり感動したりすることができました。しかし、ストーリーに関しては、少しわからない部分もありました。 
64 
 バスター・キートンとハロルド・ロイドのサイレントムービーを観ての感想は、このコメディアン映画から学ぶことが多いと感じました。字幕がなくてもアクションや表情だけで面白さは十分伝わるということがわかりました。また、カメラの位置で私たちの見る視点が変わり、全く違うものに見えました。ここまで偉大な人が100年も前にいたなんて驚きです。これはこうなるだろうという予測を見事に外し、笑いを誘っていることがわかりました。また、すべてのアクション、ギャグを身をもってスタントをしているところが素晴らしいと思いました。これほど普段では見ることのない危険もたくさんあるのにも関わらず、すべて本人のスタントでやっているからこそリアリティある予想外のギャグが生まれるのでしょう。  Buster Keaton - « Seven Chances »を鑑賞し、まるでゲームの世界のようでした。次から次へ逃げている場が変わり、何から逃げているのかも変わり、人の次は雪、雪の次は坂道で大量ので石に襲われ、再び人に襲われそうになるが、石に全員が襲われ、最後には凄まじい足の速さで汽車がまじかに来ていただろうに、そこを横断すというストーリーでした。まず、キートンの動きから面白くて、さらにいきなりではあるのに自然といつのまに雪景色の中を逃げており、次にはこんなに!?と思うほど大量の石に追われ、自然な流れの中に意外さがあり面白かったです。  Buster Keaton & Edward F. Cline: Hard Luck (1921)を鑑賞し、派手なアクションが多く、「なにしてるの!?」「そうなるの!?」と思うことが多く、ストーリーの展開は早かったですがどの場面でも笑えました。今では見慣れない汽車や家などもあるのに急な展開でもどこにいて、なにをしてて主人公が何をしようとしているのかが映像だけでわかるなんてすばらしいなと思い、そこにも感動しました。 
65 
私はこのムービーを見てストーリーそのものは理解できたと思う。だが、いたずらなどを面白おかしくとらえる内容のものが多く、日本にはあまりない海外特有の文化を元とした話が多く私は面白いとは思えませんでした。また、こういった喜劇だから音がなくても内容が伝わるのかそれともそれ以外の内容でも内容は伝わるのか気になりました。 
66 
私は今回セブンチャンスを観賞しました。この話は簡単にいうとたくさんの女性から結婚を迫られている男性が、女性たちから逃げ回るというストーリーです。愛されているわけではなく遺産目当てというところにまず注目がいきます。金のために男を追いかける女性たちの泥臭さと男性の慌てっぷりが安直に目に見えるところがまずおもしろいです。本来は男性を奪い合うはずの女性たちが何故か団結して追いかけようとしているような描写もあり、そこも喜劇らしいポイントだと思います。走り方も私たちがイメージする普通の走り方ではなく、多少カクカクした走り方をし、それを早送りにすることでそれ自体にギャグ性が生まれ、なにかシュールな感情を抱きます。途中、岩につまずきそれらが転げ落ちるシーンがありますが、そこから事態は急変、女性から逃げていたはずが今度は岩から逃げているという描写に変わります。ここでもギャグ性は存在していて、少し岩を蹴飛ばしただけなのにものすごい数の岩に追いかけられます。どこから出てきたのその岩!?と笑いがまた一つ生まれます。木に登って岩を回避するシーンでは木が倒れるんだろうなという予想がついたり、大きな岩の影に隠れてやり過ごそうとしているシーンではその岩も転げ落ちるんだろうなという予想がついたりと、割と王道な進行となりますが、まだかな、まだかな、というワクワク感を抱かせ、やっぱり!となることでまた笑いが生まれます。これもただ王道だから笑えるというわけではなく男性が油断している表情や少しずつ焦っていく仕草があるからこそのものだと思います。女性たちに見つかるが、その女性たちも結局岩から逃げるシーンは喜劇の終盤には相応しいものだと思います。音楽ありとなしで両方観賞しましたが、音楽ありだと喜劇という印象を覚え、見ている人を笑わせてくれているという感じがします。一方、音楽なしだと天然でこんなことになっている、私たちが勝手に笑っているという感じがします。それは音楽が愉快なものであるからだと思います。BGMがあるかないかで笑わせているのか笑われているのか、この二つの印象をそれぞれ覚えました。 
67 
バスター・キートンの作品は分かりやすく音楽がなくてもストーリーを楽しめ、映像のままであったため、映画を楽しめまひた。この映画のストーリーは、主人公の男性が女性の集団に何か悪いことをしてしまい、それによって主人公が追いかけられて、様々な災難に会うというものだと考えています。バロルド・ロイドの作品は街等の様子が複雑で、ストーリーが分かりづらくあまり感動できませんでした。私のこの映画を見た感想は音楽がなくても映画を楽しめる内容のものもありますが、音楽がないと迫力や魅力が薄まるということが分かりました。 
68 
私はストーリーはなんとなくでしかわからなかったです。文字表記のおかげでおおよそは理解できました。感情喚起あるいは感動は話が理解できなければ起こらず、無音でも感動はできるが、その場面に合った音楽が伴う方が感動しやすいと思います。 
69 
音なしでも、笑いのポイントがわかりました。コミュニケーションとジェスチャーは非常に重要であると思いました。スタントマンはすごい!と思いました。 
70 
リンクされた映像を全て見ました。音声は消して鑑賞しましたが、思わず吹き出してしまうようなシーンがあったりしました。また、音声がないことで自分の中で、どんな雰囲気なのか、どんな音楽(BGM)が流れているのかなどを想像しながら見ていました。それだけ、音声(音楽)は映画あるいは映像にとって重要な要素であるということは間違いないと思いました。それと同時に、音声が無くても人々に伝わる映像を作るという点においては高度にプロフェッショナルな仕事だと思いました。エンターテイメントでは音声、音楽は重要な要素ですが、それが無くとも受けてに伝えるためには、映像に相当な工夫が必要です。ちょっと古い例ですが、お笑い番組の「イロモネア」というものがありましたが、その中に「サイレント」というジャンルがあります。厳密には声を発してはいけないというもので、物音は出てしまうのですが、これに通ずるものがあると思いました。様々な芸人さん達が、サイレントで笑いを取るのに苦戦していたのを記憶しています。その点、今回鑑賞した映像では、音声が無くても笑ってしまったり、感情が受け手に届いてきたりと、良く作られた映像だなと思いました。こういった過去の素晴らしい技術は、現代の技術の中でも生き続けて欲しいと思いますし、そうして作られた素晴らしいエンターテイメントを提供し続けて欲しいと思います。 
71 
白黒で音もないのに役者さんの動きや表情で表現したいことが伝わってきた。カメラのアングルによって同じシーンでも伝わり方が全然違う。字幕や音がないため、見たの人それぞれの考え方や感じ方で物語をとらえる事ができるので人によって違った楽しみ方ができる。固定概念などに現れない世界では現実に起きない事がたくさん起きていたがそれも音がないことによって違和感なくすんなりと入ってきて楽しむことができた。映像だけに集中することができるためより楽しめるのではないかと思う。 
72 
体で表現するアクションや、見ている人が注目すべきものを操り引き込んでいることから音がなくてもストーリーが理解できると感じた。その場その場に応じて思いついたものを行っていたり、最適な演技をすることでわかりやすくかつ独特な世界観を見出している。 
73 
まさにエンターテイメントだと感じた。白黒ムービーで言葉はないが、本気で私をワクワクさせドキドキを与えてくれた。なんというか、夢を見させてくれる。そんな印象を抱いた。そしてテンポがいいのがとても好きです。コメディとはまさにこのこと。ロイドが息をするようにミスをし、また次々とミスをし、他人に害をかぶせ何事もなかったかのように偽るさまが非常に愉快でした。 
74 
どちらも短編集を読みましたが、とても笑えて楽しいサイレントムービーでした。なぜ昔の映画なのにここまで今でも笑えるのか疑問に思ったのですが、それはギャグが当時の世相や笑いの普遍性を掴んでいるからではないかと私は考えました。自ららだを張って笑いをとる。古き良き映画だと私は思いました。 
75 
音楽によって笑える状況になっているというのもあります。 アクションがほとんどなので音楽なしでも理解できるようなものが多かった。 音楽以外にもカメラのアングルとかで見方が変わるのだと感じました。 シュールなギャグやアクションがほとんどで他の人と比べてキートンは字幕を使わなかったので音楽が無くても理解できるものが多い。 
76 
私は音のない映画が本当に面白いのか疑問をもっていました。ストーリーもどうせ支離滅裂なのだろうと考えていたのですがそうではありませんでした。差し込まれるカットから内容を推測できる部分も多くて思わず演者を応援してしまうような瞬間もありました。どのストーリーにもわかりやすいオチがあり、必ず笑わせてくれる安心感をもってみることができました。音がない分、動きがオーバーでわかりやすい面白さがあるなと感じました。それはまるで日本でいうザドリフターズのコントのようでとてもおもしろかったです。また、映像であることを活かした構図の活かし方というものも斬新で、見ていて飽きることがなく楽しみ続けられる部分なのかなと感じたので、他にもこうした作品を見てみないと思います。 
77 
バスター・キートンの顔はあまり人に好かれるような顔ではなく、パッと見たら冷酷そうな愛想のよい感じではなかった。しかし、だからこそ面白いことがより目立ってくると思った。例えば 'Sherlock Jnr' では、バナナの皮で人を転ばせようとするが、それを自分で踏んでしまう。これは、この役が意地悪であったというイメージから一転、少しおっちょこちょいで親近感と共に笑いを誘うものとなっていたと思う。また、バスター・キートンは目線の配り方、肩の揺らし方などで、自分が焦っていることやドキドキしているということが現れていて面白かった。 
78 
バスター・キートンの作品を鑑賞して、音楽無しでもストーリーが理解できると感じました。体感としては、トムとジェリーの実写版のような印象を受けました。言葉や音楽無しでストーリーを理解させる事はなかなか難しい事であるため、この作品群はかなり緻密な計算をされて作られたのではないのかと感じました。音がない事を逆手に取っての喜劇なのかもしれないと感じました。音がない事により、ストーリーを深く読もうとする為にある意味緊張感を与え、その緊張の中で変な事をされると一気に感情が緩み、緊張が笑いに変わる効果があると感じました。 
79 
Buster Keaton - « Seven Chances »を見て何より驚いたのはキートンの身体能力である。無数の石に追いかけられそれを回避するキートンの身体能力に思わず笑ってしまいました。もちろんそれを追いかける撮影技術に感動した、しかし新海誠の映像美と音楽の組み合わせに魅了された現代を生きる私にとって音楽のないサイレントの映画はやはり何か物足りないのが個人的な感想になってしまう。それでも長い絵巻を見ているようで、次から次へとシーンが移り変わっていく映像は最後まで集中させられ、役者の全力の演技や木に登ったときに見せた安堵の表情のおかしさは間違いなく当時の人たちを爆笑させたのだと思う。 
80 
サイレントであることの特長は観る人によって異なったストーリーを想像できることだと感じた。一般に私たちの日常のコミュニケーションの場面において無音(無言)であることは障害となり、意思の疎通を困難にさせるが、映画という媒体においては様々な可能性を想起させ、可能性を広げるという効果をもたらしているのだと感じた。 
81 
音声がなくても理解できたと自分では思います。音声がなくても、面白いことをしています。音声ありで鑑賞したのとサイレントで鑑賞したのでは、自分的にあまりかわらなかったです。むしろ、音声のないサイレントムービーの方が楽しめた気がします。最近の動画などでは、サイレントムービーなど見ないし、投稿もされていないし、面白いなど思ったことがないからだとおもいます。このムービーでは音声、セリフ(言葉)効果音がなくても、体の動き、表情、カメラワークなどだけで面白さを表現している。私は感動しました。最近の動画などで面白いと思うのは、声をはっていたり、面白い事を言っていたり、効果音をつけてマッチングさせて面白さを作っているのが多いと思います。このようなサイレントムービーをわたしははじめてみました。ただしらけているのが面白くて音声がなくても笑ったことのある動画はあります。このサイレントムービーは自分でなにか想像できるから面白いのかなとおもいました。表情だけで表現しているので、ここでは焦っているのかななど自分なりに解釈して楽しめました。ここまで表情、行動、カメラワークなどで色もなく、面白いと心が平和になれた気がして私は感動しました。 
82 
バスター・キートンが作り出す作品の良さとして一番にあるのは実際に監督自身がその場に立ち映像を取っているという事だと思う。普通監督と言ったら支持して望むような作品作りのために俳優らを使ってストーリーを展開させていくわけだが、彼の生み出す作品はそうではなかったためそういった所がユニークで人々を呼び寄せる作品になっているのだなと思った。また他にはCGを使えなかった時代というのもあるが普通じゃありえないような描写を作り出し当時の人々を惹きつける構成になっていたところが素晴らしいなと思った。建物から建物へと移る時に失敗した時に偶然別の方法で上手くいき、そのまま撮り続けるというのも彼の頭の機転の早さからではないだろうか。バスター・キートンが作り出してきた作品は今日の映画作品への懸け橋もしくは延長線になっているのだ、そう感じた。 
83 
Seven chances ある目的地に向かって、女性たちが男性をショートカットを使って追い抜かそうとしたが、7度のチャンスがあったのにもかかわらず、追い抜かせなかった話。 音楽なしではあまり感動できなかった。 Classic Stunts 昔ながらのスタント集をまとめた映像。 音楽なしでもなかなかのスリルを味わえた。 
84 
バースター・キートンの≪Seven Chances≫を見ました。走り続けている男性が待っている女性に会うために走っているのは理解できましたが、なぜ男性があんな山を走っているのかとか、謎の女性集団に妨害されそうになっているのかは理解できませんでした。ただ、男性がピンチを潜り抜けてもまたピンチになっているのは面白かったです。また、ここでフィルムを切ってつなげているのかなと想像したり、ここは本当の人ではなくて、人形とかで代用しているのかなと考えたり、落石は発泡スチロールみたいな軽い素材になっているのかなと考えたりするのは楽しかったです。 
85 
私はこれらのサイレントムービーを見て思っていたよりも面白いと思った。ストーリはわかりやすいし、オチもしっかりしていて結構好きだと感じた。音が無いのに動画を見ながら何度も笑ってしまった。正直、今の時代の映画よりもこれらのサイレントムービーの方が面白いし好きだと思った。 
86 
Buster Keaton - « Seven Chances » を選択し、鑑賞した。このショートムービーのストーリーを説明すると、主人公が様々な障害に出くわしながら家を目指すというシンプルなものである。もともと音楽もセリフもついていないこともあってか、登場人物の動きが非常に大げさなものが多く、音がなくとも登場人物の焦燥感が強く感じられた。むしろ登場人物の感情喚起が強く感じられるムービーは、かえって音楽が邪魔になってしまうのではないかと考えられた。人間には音楽がなくとも、脳が勝手にそのシーンにあった音楽をあてるような機能がプログラミングされているのかもしれない。 
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このサイレント喜劇を見て私はとても面白いと感じました。面白いはinterestingに近い面白さだと思います。それら命がけのアクションをスタントマンに頼らず自らがやっていたからです。だからなのかどうかはわかりませんが、どの作品も悲壮感はなく、とても痛快な喜劇になっていたと思います。どことなくですが、ルパン三世にも似た面白さというか、見た後の清々しさや後味の良さが私にはとても印象的でした。 
88 
このような名作と言われるようなものは色褪せることなく、私たち視聴者を今でもドキドキした気分にさせてくれるのだと改めて感じました。 最近の映画もいいですが、このような昔のものも積極的に見たいです。逆に新鮮だとおもいました。 
89 
私はBuster Keaton-<seven chances> を見ました。ナレーションや背景を教えてくれる方法がないので詳しく理解することは難しかった。しかし、役者の動きや動画の中の空気感が視聴者に強く印象に残した。また、逆に説明を加えないことが視聴者の思考を働かせ、人によって様々な捉え方ができるようになっているのではないかと思った。面白かったが爆笑より、どちらかと言えばシュールに近い感じの面白さであった。 
90 
私はストーリー理解は見ればできると思った。しかし音楽なしでは臨場感がでないので感動も笑いも起こらないと思いました。動画だけで面白いと思うこともありましたが、音楽があるからそれが伝わると思いました。例えば岩に追われている動画がありましたが、あれは動画があることで伝わると思いました。音楽なしだったら岩に追われているのではなく岩と追いかけっこしているようにも見えると思いました。動画の上で音楽は大切だと思いました。 
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 自動翻訳を付けようとしたが、まず字幕を出すことが出来なかった。そのため、動画を音楽なしでそのまま見た状態で書く。Buster Keaton - « Seven Chances »を見た。  最初何も考えずに見たら音楽はないのにハラハラし、え、どうするの?とドキドキした。特に木に飛び移る時が一番ドキドキした。なぜ女性がこんなに多くいて男性を追っているのだろうと思った。男性は0.25倍速で見ると一歩がとても大きいということが分かった。普通の速度に戻すととても速いが、0.25倍速でみても早かったため、驚いた。岩と岩をジャンプするときに幅跳びを跳ぶときのような姿勢で跳んでいて、こういうシーンでも小学校の体育の授業が活かされるのだなと思た。坂を回転しながら下りることに疑問を感じた。なぜ走らずに回転するのだろうか、そっちの方が早いのだろうかと思った。その後走って坂を下りていたためやはり走った方が前も見ることが出来、良いと思った。大きな石がある場所でどうして転ばずに走ることが出来るのだろうと思った。石が木に当たったとき、そうなるだろうとは思っていたが、一番下の土に近い部分から折れてしまう所が面白かった。男性はひたすら真っすぐ走る人だから障害物を避けるのではなく、跳んだり潜ったりをしている時の気持ちはどんな感じなのだろうかと思った。今回音楽なしで見たが、音楽がなくても動きだけで笑うこともでき、ハラハラさせることが出来るのはすごいと思った。現在映画やテレビでやっている映像は音楽、音がないと笑うことができないことがある。音楽を付けることを考えずに動きだけで映像を作った技術は素晴らしいと思った。 
92 
ストーリーはあまりよく理解できないが、見ていてとても気持ちの良いテンポだと感じた。また、音声なしでも十分に笑えるし、音声がないからこそ登場人物に集中することができ、映像に惹きつけられるように感じた。しかし、コメディー系の映像なら笑えるが、感動する系の映像だと少し悲しくなるような音楽がないと、そこまで感情喚起ができないと思う。 
93 
バスターキートン Seven Chances を鑑賞。 ストーリーは家に帰ろうとしてる?主人公が何者かから逃げていて、その途中で石に追いかけられる等のトラブルが起こるといったものだと思った。 徐々に増えていく石や、逃げようとして登った木が破壊されてさらにピンチになってしまった時は役者のコミカルな動きで笑ってしまった。 トムとジェリーのようなカートゥーンに似たような走り方や転び方だなと思った。 感動したのは、CGが恐らく使えないであろう時代に、役者の動きとハリボテの道具だけでここまでの作品を作り上げることができるのだなという所だ。この時代の役者は、今よりも高い身体能力が求められていたんじゃないかと思った。 
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 私が見た動画は「Classic Stunts - Buster Keaton, Harold Lloyd」です。まず動画についての解説をしていきます。  本動画は基本的にドジを演出して「笑い」という感情を喚起させてくれる動画です。バカ殿に出てきそうな、家の壁が自分の方に向かってきて倒れるシーンや馬が進行する反対方向を向いて乗馬をする(結果振り落とされる)と言ったいわゆるギャグのような印象を持ちます。また動画全体的に「危機一髪」という感覚が共通されてあります。例えば「電車に飛び乗ったとき、後少しで落ちてしまいそうになった」ということや「電車に引きずられてたら引きずるロープが切れた!でも下は川だった!」ということなど、見る側をドキドキハラハラと心配させられるような動画です。  続いて感想を述べていきます。音ありで見た際の感想ですが、ストーリーは理解できませんでしたが、感情喚起(笑い)ができました。BGMはまるでトムとジェリーを彷彿させるような緊迫感を持っています。物語も動画のBPMに合わせて進行されますが、それも助けとなり時が経過するのが早く感じました。  続いて音なし版についてです。音なしの方に関しては音ありと比較してストーリーの理解が進みましたが、感情喚起に関しては音ありの方がしやすかったというのが感想です。第一にストーリー面に関してですが、最後のオチに差し掛かってようやくドジってる状態と危機一髪で助かった動画なんだろうな?と思いました。これに関しては音ありでは気づくことができなかったのですが、音なし版を集中してみたからだと思います。集中して見ることによってストーリーと共に進行するBGMを感じず、純粋に話だけが入ってきました。一方で感情喚起に関してはほとんどできないというのが現実です。音ありで聞けば笑い系のストーリーと理解して笑いという感情を喚起することができますが、音なしの場合人が高いところから落ちたり、家が電車にひかれて無くなったりするシーンが多い本動画の趣旨に困惑してしまいます。途中、家の壁が落ちてくるシーンで笑いを起こそうというシーンはありましたが、他のシーンが衝撃すぎた結果、音ありで見たときの「笑い」という感情は出てきませんでした。  最後にまとめですが、今回は音ありのムービーを見てその後に音を消したムービーを見ました。第一にやはり音の重要さを実感しています。上述したように音ありで見た際と音なしで見たときの印象・感想は大きく異なります。昔は音なし映画が放映されていた時代もありましたが、やはりそれも音があったら全く違う感覚になっていたのでしょう。一方で音なしが作り出す世界に魅力がないかと言われるとそうではありません。音ありと比較するとストーリーが捉えづらかったのは事実ですが、また違った世界観があり私は楽しめました。 
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ジェスチャーやパントマイムを用いて視覚的に楽しめると思う。音がなくとも視聴者は動きを頼りに音を想像することができる。 
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Buster Keaton - < Seven Chances >を視聴しました。 タイトルの意味はおそらく「7つの偶然」といった感じだろうか。 男が大勢の女性達に追われており、その中の1人が「近道を知ってるから彼を待ち伏せしよう。」と提案し一旦追うのを止める。その後も男は逃走を続けており、まず1回目の偶然、高い木にしがみつくも下でその木を斧で切り落としている男がいてそのまま転落、しかし男は立ち上がり再び逃走を始める。 坂を滑っている際に数個の岩にぶつかり転がしてしまうのが2回目、3回目と4回目はその岩がさらに岩の塊にぶつかり転がるのが2回続く。 男は大量の岩に追われる形になり、高めの木に登りなんとか岩を回避することを試みるが岩がその木にぶつかり折れてしまうのが5回目。 6回目はかなり大きい岩を見つけてそこで身を守ろうとするも転がってきた大量の岩の力に耐えれず、その岩も転がり始める。そして冒頭に先回りしていた女達が目の前に現れるもそれどころではない。転がってくる大量の岩をなんとか避け続け、女達を転がってくる岩で撃退成功し7回目。 その後なんとか帰宅に成功し終了といったところだろうか。 3回目と4回目を一つにまとめて最後の汽車が通過するのをギリギリダッシュで避ける場面をカウントするか迷ったが、女達を撃退したところがいいオチかなと思ったのでこのような自分なりの解釈になりました。 
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このサイレントムービーを視聴して、音がなくても人の動き、速さ、表情から感情を読み取り感情喚起をすることは容易だった。ストーリーの理解は音がなければ受け取る人の発想のそれぞれになってしまうと思うのでなんとも言えないが、人間は表情のみならず動きや動きの速さでも体全身で表現しているので音がなくても視覚があれば多くの感情を読み取り感じることは可能であると私は感じた。 
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キートン監督はサイレントムービーでいかに編集や作られたものではないかを見ている観客に伝えるかを心がけていたと感じました。全てのスーリーに対して反していないかも考えたうえです。サイレントでギャグを入れる際に人は、これは作られたものではなく実際に起きたアクシデントであることを心がけるために、実際にキートン監督がアクションを行って人を笑顔にさせ、驚かしているのだと、さらに、この映画の編集やアクションが今も受け継がれているのは、今の時代だから出来ることではなく実際に昔のCGがない時代でも可能だという事を示唆しているのだと感じました。 
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Buster Keaton を見ました。タキシードを着た男性が女の子の集団から逃げている場面から始まり、がけから飛び降りたり、全力疾走で坂を下ったりしていました。そこに大きな岩がいくつも転がってきて今度は岩をよけながら岩から逃げるように走っていて、木の上や大きな岩の影など安心できる場所を見つけるが結局は失敗してしまうというオチがあって笑えました。 
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サイレントムービーを観てストーリーが理解できる面もあればできないときもある。一つの要因としては映像の速さにあると思う。野外などのシーンでは広く画角が使えるため大きなアクションの映像が多くわかりやすい。しかし室内のシーンは細かい描写を見逃してしまうことが起きた。 感情に起伏に関しては、私たち音がついている映像に慣れてしまっているため、あまり起こらなかった。その要因として考えられるのは五感をいかに使うかだと考える。視覚のみの情報より聴覚、視覚が合わさるほうが感情喚起は起こりやすいと考える。よって現在の私たちはこの映画を興味深いと思っても感情が表情に現れる可能性は少ないと考える。 
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彼の作品は、ギャグ漫画でしか見られなかったものを見事に実写化しており、しかもそれを自分でスタントしていたのだから驚いた。彼は一回性と真正性を重視していたに違いない。彼の作品に、私はディズニーの「オズワルド」と同じ世界観を感じた。言葉を必要とせず、現実離れしたギャグ、音楽で映像の印象の効果を増幅させているなど、手法が近い。しかし、普通ならば不可能に近いスタント行為を本人が1発でこなしていて、彼の偉大さを痛感した。映像を見ているとあまりにも彼のスタント能力が高いので、実は実写のものではなくアニメを見ているのではないかという感覚に陥ってしまうほどである。ギャグの要素を高める音楽が、その感覚を助長すらさせている。するとむしろ、音楽が無い方が彼のアクション1つ1つに集中することが可能になり、素晴らしさが感じられるのではないだろうか。それを感じさせないほど、簡単にスタントをこなしてしまうのが彼のアイデンティティなのかもしれないが。 
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私は一番上のリンクにあるSeven Chancesが最も面白かった。セリフはない映像で動画の時間も短いものだが、走っている人につい集中してしまう作品だ。音楽がある状態で視聴した時はもちろん、音を消してもその場面はどんな状況なのかおおよそ理解できるものだった。作品途中のシーンで木に捕まって崖から落ちるシーンがあるがどんな手法で撮られているのか不思議だった。他の作品にも言えることだが、これが今からずっと昔に使われた技術だとすると驚きを隠せないというのが感想です。 
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私は、Seven Chancesを鑑賞しました。 最初は男性がたくさんの女性に追いかけられるところから動画は始まります。 しかしすぐに女性たちは追いかけるのをやめます。なぜだろうと一瞬疑問に思いますが、男性は無我夢中でひたすら逃げ続けます。崖で行き止まりに思われるところを飛び降り、大きな岩が追いかけてきても逃げ続けます。 すると、女性たちが先回りしており、男性は先に進めなくなってしまいます。しかし男性を追いかけていた大きな岩がたくさん女性たちのところへも転がっていき、女性たちも岩から逃げ惑い、男性の前からいなくなります。そのすきに男性はまた逃げ続けるのですが、途中で窓の外を見つめて祈る女性が映し出されます。おそらく逃げている男性を待っているのでは、と感じました。 この映像は、無事男性が逃げ切り、ある家に入るところでおわりました。 セリフや解説がなくても、男性が必死に逃げ回っている様子や、女性たちの表情や動作で物語を読み取ることができます。最後に男の人がどうなったのか、なぜあんなところで追いかけられていたのかがとても気になりました。 
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音楽なしで視聴してみると、映像は面白いところが多かったがストーリーがあまり理解できませんでした。途中途中で登場人物のセリフらしきものが多く出てましたたが、それを翻訳してもあまり理解できませんでした。しかし、最初から最後まで、視聴者を飽きさせない体を張った演技だったため、退屈することはなかったです。もしこの作品が視聴者の感動をコンセプトに作っているのであれば、人気はそれほど出なかったように思えます。特に最後のシーンは高いところから落ちそうでこっちまで手に汗握ってしまいました。このように、こちら側が見ているだけで、刺激を与えてくれるような映像だったため、音楽なしでも楽しめました。 
105 
本当に面白かったです。画面も白黒で音声なしで見ていたので初めは古めかしい映像で退屈ばかりなのかなと考えていましたが、古典的な鉄板ギャグのオンパレードで、まるでドリフのコントを見ているようでした。おそらく映画のためにセットづくりやこの映像のために小道具を考え続え、制作している姿を想像するととてもかわいらしく思えもしました。特に馬で川を渡っているシークエンスで銃をオールに見たて漕いでいたのが、次のシークエンスでは実際に2本のオールを手に持って馬の上で漕いでいるところは本当に天才だなと思いました。視覚以外の情報が立たれているのでいつも以上に映像に集中している自分がわかり、本来は映画は知覚の複合芸術であることを改めて感じました。もちろん映像途中のセリフや少しオーバーに見える身振りから感情を察することは出来ましたがやはり音声によるシーンへの没頭度への貢献度は高そうです。また逆に自分でこんなBGMをつけたいとか、を考えて監督気分になるのも楽しそうでした。 
106 
私は元々物語のスートリーや背景を読み取るのが得意な方でした。だからこのサイレントムービーを見てみて私はストーリーを理解できたので感動することは出来ました。チャップリンの動画なども見たことがありサイレントムービーを見るのは初めてではありませんでした。だからすんなりと物語に入り込むことが出来ました。しかし、なにも知らずに初見でこのムービーを見たひとは戸惑うと思います。音声があっても字幕などではストーリーが分からないという人もいます。そういう人にとっては感動したり感情移入することは難しいのではないかと思います。 
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ある程度はストーリーを理解できた。音なしで見ても動きや、情景がわかりやすく思わずクスッと笑ってしまった。近頃の動画は音を消してしまうと内容が全く分からない。世の中が効果音、声、BGMに慣れてしまっているせいか、音の多様が激しい気がする。昔チャップリンの動画を見たことがあるが、あれは音楽なしでも今何をしているかがよくわかりとても面白かった記憶がある。音のないサイレントの世界で自分が考えていることを誰にでも伝わるように表現することはとても難しいと感じる。現に何かを相手にジェスチャーで伝えるときは、とても困惑するし、相手も理解できないことが多い。ましてや、現代では多様な表現方法があるが、昔はそううまくはいかなかっただろう。それをうまく表現できているこのサイレントムービーは普段動画や映画、テレビを見ない自分にとっては何というか、新しい発見が出来た気がする。 
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私はBuster Keaton - « Seven Chances »を鑑賞しました。 始めの方から何かから逃げるような感じで走っていたので、悪いことをして、始めのところ写っていたたくさんの人から逃げるというような予想をしていましたが、違いました。人から逃げるのではなく、途中ではほとんど石や岩から逃げるような形で、最終的には、その岩や石を大勢の人に擦り付け、自分は帰宅するというような流れでした。 やはり、今の動画と比べて言葉がなかったり、音もないものなので、ストーリーのくみ取り方が難しく、今のものであれば、音楽でどういう心境なのかというものもわかりますが、この動画は音楽なしで観たためあまりわかりませんでした。しかし、これはこれで面白いなと感じました。何かから逃げているのか、ただ遠くから早く帰宅したくて急いでいただけなのか、そういうことも自分で考えてみることができるため、想像が膨らみました。音楽などがないから、人の顔をよくみて、焦っているのか、何か考えているのか、怒っているのかなどを観察するため、こういったこともすごく勉強になりました。 岩や石を最終的にはたくさん避けて、大勢の人に擦り付ける場面は笑うことができて面白かったです。 
109 
音楽がなくてもストーリーやギャグを理解することはでき、笑うこともできるなと思いました。しかし、感情喚起や感動は私はあまりしないなと感じました。動画の場合、小説などより登場人物の感情の機微や情景の受け取り方は観客にゆだねられるため、音楽によって情景を表したり、観客の心を揺さぶったりすることが有効であると感じました。 
110 
今回私はBuster KeatonのSeven Chancesを見た。この映画はさまざまなものから追いかけられ、逃げていくという内容だった。 坂から岩が転がり落ちてきて、主人公を追いかけていた人々も一緒に逃げていたところは面白かった。また、とてもスピード感があって、自分も映画の世界の中に入り込んでるかのような感覚に陥った。字幕はほとんどないものの、出演者のオーバーな動きと、スピード感のおかげで何不自由なくストーリーを理解することができた。しかし、BGMありの方が無音よりは楽しめると思った。 
111 
私は音無しでも笑うことができました。ストーリーというほどの一本一本が長さそこまででもないので理解は出来ませんでしたが想像しながら見ることができました。音楽を入れた方がやっぱり面白いのかなと感じて音楽の重要性を感じました。それを置いといてもこの時代の素晴らしい天才達の動画をみて本当に面白かったです。バスターキートンが本気でやっているからこその表情だったり意外性があってバスターを真似してる映像と比べてもバスターの方が面白かったです。今のスタントとは比べられないほどリアルが伝わってくると感じました。この時直接やってなにが起こるがわからなかったからこそだと感じました。昔の映画だからこそ出せる味も感じました。ロイドの映像も含めて考えると本気でやっているからこそ面白いしスリリングな部分も感じました。こちらとしてもすごい面白いだけで見られない部分も多いのがこの時の映像の印象だと思います。面白いが顔で作られている時はすごく面白かったです。 
112 
今の映画や動画では、音と効果音で感情やその雰囲気を伝えて、視聴者に伝えていると思います。しかし、今回のムービーの無声映画では音で、視聴者に情報を伝えられません。そのため、動きの速さだったり、カメラワークで感情を伝えているように感じました。ビルから落ちたり、岩に追いかけららているような実際に起きていたら悲惨な状況でも、テンポの速いスピードと俳優の表情でコミカルさを引き出しています。音がなくても、ストーリーは理解できました。しかし、音があり効果音があった方が細かいところの理解が進むように感じます。音やセリフがないからこそ俳優たちの表情が大切になってくると思います。 
113 
ストーリーはだいたい理解できる。最初の動画とかは何かをやらかして逃げているみたいな感じかなと思いました。やはり音楽がないとおもしろさが少し欠けてしまうなと感じました。しかし、やはり人が焦っているシーンは面白いと感じます。あと、どうやって撮ってるのか本当にわからなくてすごいと思いました。 
114 
初めてサイレントムービーを見ました。見る前は音がなかったらどうやって物語を作るんだろうと考えていました。しかし、このムービーでは役者の表情動き、演出で理解することができました。耳に頼ることができない分視覚への演出にこだわっていました。見ている人をだますようなものが多くありました。特に、女の人を後ろから鉄砲で撃とうとしたら、実はそれは馬のお尻でただ服を着ていただけでした。個人的にはそのシーンが印象に残っています。平面で見ないと分からない面白さがありとても感動しました。また、彼のムービーではすべて自分がスタントマンとなっていました。映像の編集を行わず実際に起きたものだと考えると中には少し、怖いなと思うのもありました。しかし、その分リアリティがあって、見ていてとても面白かったです。 
115 
音楽なしでも情景を理解することは出来る。しかし、感情の昂りなどは音があることで表現されると感じた。音がないとストーリーを理解する事に留まってしまう。音があることで最大の盛り上がりも理解することが出来、感動に繋がった。 
116 
ストーリーはだいたい理解することは出来たが、音楽なしだと感情喚起できなかった。やはり音楽をつけるという事は大事だと感じた。 
117 
音を消して視聴したが、ストーリーは全く意味が分からなかったのが率直な感想である。時計にしがみついて落ちそうになっていたり、馬が転ぶと同時に地面に放り投げられたり、機関車に轢かれそうになったり、間一髪で飛び移ったり、川に落ちたり、ロープにぶら下がっていたのにサルが上でロープを切ってしまうなど、慌ただしい場面が速いスピードで流れるといったものだった。ハプニング映像としては面白かったが、一体この映像で何を伝えようとしているのかが私には分からなかった。きっと深い意味はなく、人を楽しませるひとつの娯楽として、この映像は存在意義を見出しているのではないかと考える。確かに、クスっと笑うシーンはあり、何をしているのだろうと逆に興味がわいたのも正直な感想である。場面が素早く切り替わることで飽きないし、次から次へと起こる災難に、次はどんなものだろうと楽しみに感じていたのもまた事実である。ただ、音がないとどこか足りない感じがした。どんな音楽、セリフがこの映像にはついているのだろうと自分で考えるのもまた楽しいのだと思う。 
118 
無音であっても、ストーリーの大部分は理解できたと思います。むしろ無音のほうが、どのような効果音が付くのか、声が聞こえるのならどんなことを言っていそうかなどを創造しながら観るので、頭のなかで様々なことを想像することが出来て面白かったです。音がつくと、無音のときより集中しないで眺める感覚で観られると思いました。理由は音があるからだけでなく、一度観たことがある内容だからというのもあるとは思います。 笑えるかどうかについては、無音でも十分楽しく鑑賞することが出来ました。一方で感情喚起という面では、音の力は偉大だと改めて気が付きました。 音楽は時代や国を超えて通ずるものがあると思います。その点で、違う時代の映像と鑑賞している自分の架け橋の役割をはたしていたと思いました。 
119 
正直なところバラエティー的な面での笑いはほとんど生じなかった。ただ製作者が意図したかった内容は音楽がなくとも伝わってきた。錯覚をもちいて予想外の展開を表していた点については感動があった。重力を無視した表現を作成するために回転式のセットを用いた作品もあったが、それよりも現実世界で実現可能な描写を撮った作品の方が私にとっては興味が惹かれた。たとえば車のスペアタイアに捕まって車と共に移動するシーンである。実際には車と接着していなかったために演者は取り残されてしまったのだが、そのまま車と共に走り去る様子を疑いもなく予想していた私にとってはのちの結末が予想外となり、強く印象に残った。視覚的効果は言語や音がなくとも時代と国を超えて楽しめるということがわかった。 
120 
はじめは、壮絶な映像に見える。深刻な事故だったり、シリアスに逃げているシーンだったりするように思える。しかし、演者さんの動きがコミカルだったりシュールだったりするし、壮絶さがぶっ飛んでいるので、酷い目に遭っているのについフフフと笑ってしまうシーンが多かった。 
121 
一番最初のSeven Chancesがわかりやすく面白かったです。1画面の中に主人公を中心に置き、表情と動きで感情を表しつつ、コメディも描写するというのは音なしでも情報量が多く楽しめました。 チャップリンとかのコメディ映画にも言えることですが、真面目な顔をして想像も出来ないことをするというのが欧米のコメディ映画の特徴であり魅力であると思います。また、スタントマン(当時はそんな概念もなかったでしょうから)なしで体を張っているのも面白おかしいというか、観た人が感心するような映像を作り出しているのではないでしょうか。 
122 
私は、音を消して鑑賞するとストーリーが細かく理解することが難しかったです。音がないと大まかなストーリーしかわからず、登場人物の考えていることが分からないのでこの人はなぜ逃げているのだろう、なぜ走っているのだろうとなぜ?ばかり考えてしまい、ムービーを見ることに集中出来ませんでした。そして、感動や笑いも臨場感や耳から得る音の面白さを感じることが出来ないので、心に響きませんでした。このことから、音は映画を作る際にとても大事な事だとわかりました。映画の挿入歌はなんで流れてくるのだろうと見ていて感じたことがあるのですが、感情移入がしやすいようにされていることを今回の音をなしで見ることによって大事さに気づくことが出来ました。 
123 
ストーリーはどれも理解しがたいものであった。場面場面の移り変わりが激しくそれによって水楽感じてしまった。しかし、昔のムービーと考えるととても面白く人間の中の表情だけで感情などはとても読み取りやすく感じました。唯一問題なのはストーリ性の部分だけで、昔の技術の限界を感じました。サイレントムービーではあるが、コメディーアニメのようなシンプルかつありきたりなところで老若男女誰でもクスッと笑ってしまうような感じがしました。 
124 
『Buster Keaton - The Art of the Gag』をまずはじめにみて思ったのは、バスター・キートンもハロルド・ロイドも映像を撮る時に、一度しか撮らないことや、自然と視線がいくようなカメラワークを意識して撮っていたからこそ、その瞬間に本当に出来事が起こっているような感覚に陥る映像が撮れたのだと思いました。 動画内で紹介されていたキートンのルールにある「作り物のギャグはしない」という意識が明確にあったからこそアクティブでリズミカルな表現が可能になっていたのだと感じました。実際に即興で撮っているのが50%というのもリアルな映像を撮れる秘訣のように感じた。 『Buster Keaton - The Art of the Gag』をみて作品を撮る時のキートンの意識をある程度理解してから『Buster Keaton - « Seven Chances »』を見ました。 この作品の崖を飛び越えるシーンや坂を転がり落ちるシーン、走りながら転がってくる岩を避けるシーンなど躍動感があって凄いと思いました。 坂を走るシーンのカメラワークでは主人公を小さく写すことでとても広い場所を走っているんだなと感じさせられました。 『Buster Keaton - The Art of the Gag』で言っていた、同じ動きを繰り返しやらないことでリアルな動きを出す、というのを『Buster Keaton - « Seven Chances »』でもやっていて見ていてとてもテンポが良く面白かったです。 
125 
音無しでムービーを見ましたが、私としては面白さが半減したように思いました。どの動画も少し笑ってしまうような動画ですが、映像が面白いのに無音だと何が面白いのか分からなくなってしまったような気がしました。ドラマや映画などで感動するシーンには必ずと言っていいほど劇中の主題歌などの重要な曲が流れると思いますが、映画やドラマというものに置いての音楽は非常に重要な役割を果たしている事がわかりました。 
126 
サイレントムービーを観賞し、ストーリーの理解感情喚起や感動、笑いが起きるかと言われると、私はそれが起こらなかった。セブンチャンスは音楽なしでみると何をしているのかよくわからない、ただただ逃げているだけであり、感情が湧き立つ感じはなかった。このことから、英語とはストーリー性、音楽、現代であればカラーといったものが揃って完璧なものに近づくのではないかと考える。 
127 
https://youtu.be/jXNLXqB6KhI こちらの作品を音無しで鑑賞してみた。音声が無くてもストーリーは理解できた。男性が女性の家に急ぐが道中で度重なる困難を乗り越えていく内容だった。音声が無いがある程度作品に対しての気持ちも湧いてきたので入り込む事は出来た。道中の岩崩れのシーンは音が無くとも困っている様子が伝わってきた。一番面白いと感じた場面は峠から大きな木に乗り移るも倒れ落ちるシーンだ。展開の予測は出来たし音声なしの場合感情を抱くことに不安を覚えた。しかしそのシーンを目の当たりにして面白いと思えたので音声無くとも感情喚起は出来ることがわかった。しかし音声ありの場合で見ると臨場感や迫力が追加され場面の緊張感などを音声のテンポや音量で変えていたので表現において音声無くとも大丈夫だが限界がある。音声が追加されると作品の印象が良い方向に作用し音声無い場合だと得ることが出来ない臨場感や迫力があるため大切な物だと実感できた。 
128 
ストーリーの内容を理解することは出来なかったが、見ていてとても面白かった。笑ってしまう場面は多々あった。ストーリーを理解しておもしろいという訳ではないが、並外れた身体能力と身のこなしで、いろんなハプニングに対処している様が面白かった。くだらない事をやってて、そんな展開になる?という、笑いの原点みたいなものを見せられている気がした。ストーリーを理解した上での感動などは生まれないが、笑いを生む要素は沢山あったと感じた。日常で起こりうるちょっとした笑いみたいな、面白さを取り上げて、それをいくつも繋げているところが、誰しもが共感できおもしろいと感じる要素なのかもしれない。年代や言語を通り越して万人に受ける作品であると感じた。 
129 
まあまあ理解できました。 コミカルな動きが多く、音楽なしでも笑えるとは思いました。 ですが、やはり音有りの方が、感情喚起ができると思います。感情に合わせて、タイミングよくその情景に合った音楽が流れることによって、感情が左右されることがよくあるので、音楽有りの方が、感動できたり、笑えるのが大きくなると思いました。 
130 
彼らの動画を見て真っ先に思ったのは、昔の動画のはずなのに昔の感じが全くしなかった。見ていて、飽きない動画だった。どこか、現代の動画に近いものを感じた。逆にいえば、この時代から人間が感じる面白いとか、ドキドキするとか、そういった興味を持つような動画の概念というのは変わっていないのかなと思う。初めて見たはずなのに、初めてに感じなかったのは、そのためなのかなと思う。 Buster Keaton - « Seven Chances »の自分が感じたストーリーは、主人公は女性に会う予定があるが、その途中で何かやらかして村の人に追いかけられてしまう。なんとか村人をまいたが、次は岩に追いかけられてしまう。村人たちは先回りして主人公を待っていたが、その村人たちは岩をうまく使って追いやることに成功する。そして無事女性の元にたどり着く、というストーリーが自分の中で出てきた。 このシーンの途中に、大きな岩の陰に隠れ他の岩を避けるというシーンがあったが、私は見ながら「最後どうせこの大きい岩が動いちゃうんだろうな」と思いながら見ていたら、案の定動いて追いかけていたので、オチが予測できる感じも面白かった。サイレントでも、演出だけで十分に見てる側には伝わるのではないかと思った。 
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Safety Last - Harold Lloyd 1923を選択しました。ストーリーは理解できました。音楽なしでも感情喚起はありました。 " 出口は一つしかない 1階に登って窓から逃げろ それからコートと帽子を被って 残りの道を行く 彼らには違いはわからない "さあ、あなたならできる。ワンフロアのみだよ。"という文面のカットから、主人公の男性がある理由から一階に行かねばならない状況にあることがわかります。表情がよく見えるため、音声なしでも感情が伝わってきました。登るシーンは落ちないかヒヤヒヤしました。 Bustear Keaton 〈Seven chances〉を選択しました。ストーリーは理解できました。音楽なしではあまり感情喚起できました。少しはできました。 "I know a short cut one we'll head him offl "彼は近道を知っているー私たちが彼を始末する。 " Je connais un raccourci ー on va le blouser! "近道を知ってるぞ!ブラウスを着せるんだ!"というカットで、彼が追われている身であることがわかります。そのあとはひたすら走って逃げるシーンが続きます。こちらは表情がよく見えないので、感情が入りにくかったように感じました。少し早送りになっていることで躍動感がありますが、音楽がないとスピード感のようなものがなくなる気がします。 
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題材Buster Keaton - « Seven Chances » 私はこれを見て、ある程度のストーリーを理解し笑うことが出来ました。 おそらくこの短編は何かしらの理由で女性たちから追われる羽目になった主人公が彼女らを巻きつつ家に帰ろうとする物語で、その中で落石や落下などさんざんな目にあいつつも早回しの足の動きで滑稽さを演出しているものだということも理解できました。また主人公が木の上に逃げ安堵しきったところに落石がやってきて木が倒れまた逃げる羽目になるシーンなどは緩急が秀逸で音なしでも笑うことが出来ました。ですがSeven Chancesの意味が理解しきれなかったためおそらく完全には理解しきれていないのだと思います。 
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私はバスター・キートンの「Seven Chances」という動画を見ました。 これは、一種の逃走劇なのではないかと思いました。バスター・キートンが全力で走っているのがとても印象的で、これは、何者かから逃走している様子を面白おかしく表現しているのではないかと思いました。 丘を越える途中、すっ転んだり、走っているせいで勢いが付きすぎて崖から落ちそうになったり、木を薙ぎ倒したり、岩と一緒に坂を駆け下りたり、何かにつけて危機一髪だった印象が強く残りました。しかし、その中に全力でおとぼけをやっているのかと思わせる節があり、危機一髪の状態ではあるものの見る側に笑いを呼ぶユニークさがありました。また、見ていくうちに何から追われていたのかわかるのがとてもおもしろかったです。坂から落ちてくる岩にぶつからないように逃げ、ようやく平坦な所に降りれたと思われたが、そこで構えていたのは住人と思われる女性の集団でした。おそらく彼女たちはバスター・キートンのことをそこで待ち伏せていたものと考えられます。結局女性たちは坂から転がり落ちてくる岩の攻撃に遭い一目散に逃げていくわけですが、きっとバスター・キートンは彼女たちに追われていたのではないかと繋がった時、私の中でストーリーが繋がりました。 音がないのに必死で逃げている様子やおっちょこちょいな様子、焦っている様子などが手に取るようにわかり思わず笑ってしまいました。 
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Buster Keaton - « Seven Chances » 逃げていますね。最初は人から逃げていたのですが、途中から転がる岩から逃げています。坂道なので逃げ回ることになるのですね。どたばたドタバタ手足を動かしまくって逃げてるから面白いんですよね。普通に走ると気にしたって人間はあんなに大きく手足をばたつかせませんから。そして一旦逃げ切った、もう大丈夫、と落ち着かせてからもう一回ドンとやるんですね。木の上に乗って岩をやり過ごしたぜって感じを出してから岩が木の幹ドン!ドカーン! 落ちる! 逃げる! の流れが面白すぎて声を出して笑いましたので。音がなくても表情と動きで見せるのがとてもうまい。追いかけてきていた人たちが一斉に逃げ出すのもいいですね。蜘蛛の子を散らすように逃げていくから面白い。さっきまで追いかけることが一番だったのに自分の身が危なくなった瞬間だだだだだですから。ピンチ→逃げる→一安心→ちゃぶ台返し。の流れが定期的に来るから笑ってしまうんですよね。見ていて既視感を覚えたのはトムとジェリーですね。言語がわからなくとも何が起こっているのかがこちらに理解できるような構成になっていて、オーバーリアクションで現実にはあり得ないことが起こるのでとても面白い。短いコメディであるからこそといえば確かにそうですね。ギャグ漫画が長編に向かないようなもので、ストーリーのない一発ネタというのは尺が長くなればなるほど代わり映えのないものになっていくんですね。 Safety Last での行動がなぜ面白いかというと、こっちからのツッコミがはいるくらいストーリーの中の人たちの行動が特徴的でそうはならないだろうっていうことばかり起きるからですね。表情が豊かなのと行動がオーバーであるのは長編も短編も変わらないのですが、要所要所で挟まってくるやらかしの種類が豊富で飽きない。行動がひとつだけではない(短い奴ですと常に「逃げる」が目的となっての行動の合間にトンチキが挟まれている。でしたから)のが魅力なんですね。次から次へとおバカなやらかしが出てきてとっさの判断で切り抜けていく。という構成がうまい。きづけきづけ!というツッコミを視聴者にさせます。たのしい。ストーリー展開の中でコメディがテーマだと、その合間合間に社会情勢だとかをどんどん突っ込んでいけるのが面白さの増していくポイントでしょうかね。 
135 
Buster Keaton - « Seven Chances »を観覧した。 私が見て感じて想像したこのストーリーは、なんだかついていない事ばかりの様な波乱万丈な1日というイメージがありました。音をつけて鑑賞すると、その曲調やリズムから、必然的に急いでいて、急かしているような、焦る様な、ハラハラする物語へと変わりました。音をつけないで見た時は、この場面はどのような意味なのか、どのような心境なのか、想像しながら見ていたので、シーンが変わるごとにいろんな想像が膨らみました。しかし、音楽を付けることによって、「この話はこのような話」と、正解があったことに気がつかされました。やはり、音がついていると音に支配され、本来もっと働かせることのできる想像力を機能させられていないと感じました。音楽なしでは、感情はあり、笑えることができ、想像を膨らませることができたが、ストーリー作者の意図を明確に理解することは不可能だと感じました。 
136 
私は、Safety Lastを視聴した後、解説の動画を視聴しました。短編映画の解説動画を見る前では、この映画で伝えたいことや、内容を理解することは困難でした。解説では、ビジュアル・コメディーにおいて、物語はアクションで伝えなければならないとありました。キートンは字幕を好まず、アクションで語ることに重きを置いて試行錯誤をされています。しかし、今回の論点である、感情喚起あるいは感動があるかという点では、私はできました。字幕をなくし、映像に集中できるかもしれませんが、私は映画を観る時に字幕に依る所があるので、ストーリーを理解するのが難しかったのだと思いました。 
137 
サイレントムービーは音声がない分会話を自分の想像でする事が可能なので普段音声がある動画を見ている私は、余計な情報が入らずに動画を楽しむ事ができより映像の面白さに集中できました。 
138 
ストーリーは理解できた。 感動はできるが、声が入っていた方がなお感動すると思う。 
139 
私はここで指定された動画をいくつか視聴しましたが、笑うことができました。当たり前ではあるが、サイレントムービーでは音声または音楽といった情報が制限されています。しかしこれらの作品では音の情報が制限されていても物語に入れるように様々な工夫がなされていると感じました。まず全体的に身振りが大袈裟になっています。そして全体的にテンポが良く、シュールと表現することができるオチが用意されている様に感じました。 
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 私はBuster Keaton - « Seven Chances »を見みました。率直に言ってしまうと笑えました。大爆笑とは行かないものの自然と口角が上がってしまうようなそんな作品でした。ストーリーはよく理解できませんでしたが、男が常に何かに追われて逃げてとにかく走っていました。音なしで見た後に普通に音ありで見てみました。音ありの場合音があることで逃げてる様子の緊迫感が表現されており映像が頭に入ってきやすかったです。音なしの場合視覚だけで映像を見るため音ありより映像としては入ってこないですが、ストーリーを理解しようとする見方で見ることができたかもしれません。どちらの場合でも感動はできました。私は大量の石から逃げていた時に別に追いかけてきた人たちにぶつけようと自分は必死に避けているところが一番好きなシーンです。絶体絶命の場面をチャンスに変えるからです。