Microsoft365Formsを試してみよう2020前期土曜2限3限共通:3月4月の生活

Microsoft365Formsを試してみよう2020前期土曜2限3限共通
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2020年5月5日午後7時55分時点

1. 試しに3月4月の生活のことを書いて下さい。3000字まで書けます。途中で失敗したら1から投稿をやり直して下さい。今回は複数回投稿ができます。長い回答をお願いします。
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1
3月と4月はコロナウイルスの影響を大きく受けた月でした。 私は、ドラックストアのアルバイトをしています。コロナウイルスが流行る前は程よく疲れる程度だったのでドラックストアで働いていることがとても楽しかったです。しかし、コロナウイルスが流行り始めた頃、ある一つの間違った情報によってお店からトイレットペーパーが消えたりすることもありました。最初の気持ちとしては正直に言うとコロナウイルスよりお客さんが怖かったです。最近は減ってきましたが、「マスクはないの?」「体温計は?」「アルコール除菌は?」などの問い合わせが多かったり、「マスク売ってないのに、なぜ君はしているのか?」ってケチをつけてくる人もいます。幸いにも私が働いてるお店では一回の出勤につき、1枚のマスクが配分されています。そのおかげで安心して働くことができています。
2
私は4年生ということもあり3月始まった瞬間から就活を本格的に始めました。説明会や選考、エントリーシートの作成など、できるだけ毎日就活を行いました。コロナの関係で、対面での説明会がなくなり、webで就活を行うことが多くなり、家からはほとんど出ないように生活が出来ました。しかし、一人暮らしということもあり買い物やご飯を食べに外へ出かけることをしなくてはならず、万全な対策をしながら出かけることもしていました。 4月に入り、就職の第1希望も決まり、本気で面接対策などをして、無事2次面接も合格することが出来ました。コロナで毎日が退屈な中、合格したことはとても嬉しく、モチベーションにも繋がりました。最近では卒論や電話で友達と通話したりなど家から出ずとも充実した生活を送っています。 最後の学生生活で遊びたい気持ちはたくさんありますが、ここはその気持ちを抑え、コロナが落ち着くことを願いながら毎日生活をしています。
3
3月は就活に向けて本格的に動き出し、色々な会社の説明会に参加した。他にも就活サイトのセミナーに参加し、就活エージェントの方を紹介してもらった。就活エージェントの方に会社を紹介してもらい、企業説明会ひ参加した。4月は色々な会社の面接を受けた。受かったり、落ちたりした。
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三月は20日までアメリカにいました。 2月17日から3月13日までLA、3月13日から20日までNYにいました。 4月はずっと家にいて、本読んだり、映画を見たりして暇をつぶしています。 アメリカではとてもいい経験をして今までの人生史上一番有意義な時間を過ごせました。友達や世界観、経験などが増えました。 NY期間中はコロナの影響で途中から観光できず、タイムズスクエアやブルックリンブリッジなどの観光名所は全く人がおらずいい経験、いい思い出となりました。ですが、人がいる時、観光できるときに再度行きたいと感じました。 4月では本当に暇で暇で毎日が長いです。 楽しみがご飯だけになり、太っていく一方です。 しかし、このコロナ期間によくニュースなどの情報をよく調べるようになりました。これは一ついいことだったな感じてます。 以上がこの3月、4月に過ごしていたことになります。
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自粛という令をしっかりとまもり、寮、自宅で今できることをやっていました。ラグビー部という自覚をもち、自宅でできる器具を使わないトレーニングや走り込みに力を入れて取り組んでいます。
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就職活動とアルバイトの繰り返しでした。就職活動では面接の形態がwebになるなど、これまでにない就職活動になってとても困惑しましたが、徐々に慣れてきました。また休みの日は極力外出しないようにし、読書や宅建試験の勉強などを行なっていました。アルバイトは一時期お店自体が休みになり先が不透明でしたが、短縮営業やこれまでやっていなかった弁当販売などを行うことでこれまで通りとはいきませんが、工夫を行うことで少しでも売上をあげようとしてきました。これまでの日常だったら学校に行きたくないなど思っていたのですが、学校に行けることが日常でなくなり、これまでの日常がいかに幸せだったかということを実感しました。
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お家でたくさん映画を観ました。多いときには1日に4本も見ました。中でもwonderという映画がとても感動しました。先生も機会がありましたらぜひ観てください。あと将来役立つと思い英語の勉強をしました。英語の本を読んだり、英語で映画を見たりYouTubeの動画を見たりしました。次に受けるTOEICでは700点を取りたいと思っています。外出ができないからこそ人生についてや自分がこれからどうしたいのか考えるいい時間だったと思います。
8
3月の前半は通常通りの生活をしていました。暇だったので普通列車で大阪まで行ってきました。中旬以降は外出自粛によって自宅で過ごす時間が増えたので動画を見ながら室内でできる運動をしたり本を読んだりして過ごしました。
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バイトをしてました、ウーバーイーツの配達をしています
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3月上旬はコロナウイルスの感染拡大が本格化された時期で、次第に部活やバイトが規制や自粛の状態になった。予定がなくなって多くの時間を得たので、以前から興味のあったプログラミング学習を独学で始めた。具体的には、マークアップ言語であるHTMLとCSSについて学習サイトなどを活用して学習した。4月いっぱいで拙くはあるが自分のポートフォリオサイトを作った。また、新しくJavaScriptの学習も始めた。外出することが無くなったので、通学定期券を解約した。いつも通っていた美容院に行けないので髪は伸びたままである。早起きする理由が無くなったので、生活が不規則になり、夜更かし、遅起きが増えた。
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12時ぐらいに起きて、英会話の勉強をし、ゲームをしたりして一日を過ごしています。
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春休みということで、前から計画していた自分の取りたい資格についての勉強を始めました。その資格をどうしても2年生の間に取りたいので、昼間の時間に勉強するようにしています。また、身体がなまらないように、朝起きてから30分以内に近所を歩くようにしています。ですが、この状況が続いているので、ランニング用のマスクを装着して、ウォーキングやランニングをしています。3月、4月は毎日、家で自粛していました。
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3月は友達と遊んだりバイトをしていました。 4月は緊急事態宣言が出てから外出は食料品の買い出しやサイクリングのみでほとんど自宅待機していました。
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私は居酒屋とカラオケ屋でバイトをしていたのですが、居酒屋は3月半ばに休業になり、4月中で閉店という形になりカラオケ屋は休業要請が出てから休業状態になり、今では収入0という生活を強いられていてとても満足のいく生活ができていません。 貯金はあったと言え毎日食費がかかってしまうので、金銭的にきついのが現状です。 時間的に余裕があるので、ほかのバイトを探そうと動いたのですがこのご時世なので、雇ってもらえるところはありませんでした。そのため節約をした生活をしています。また自粛生活が続いていて、友人に直接会うことができないので、ビデオ通話などを利用する頻度が多くなりました。何度かオンライン飲み会をしてみたのですが、ちょっとしたラグなどがあり会話がとぎれることもあったりと、これはこれで面白い面もあると感じましたが不便さがあるのも否めませんでした。
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私は3月4月共に外出を自粛していました。しかし、3月はまだコロナウイルスに対する危機感があまりなかったため、外出自粛要請が国から出されるまでは毎日買い物に出かけたり、バイトへ行ったりしていました。3月下旬あたりからは必要最低限の外出しかしないということを心がけて生活してました。家ではパズルを作ったり自炊をしたりして普段あまり出来なかった事をやるようになりました。家にいると欲に負けてたくさん食べてしまっていたので、できるだけ三密を避けるようにしてウォーキングやランニングを毎日していました。おうち時間を楽しむために様々なことに挑戦できたため思っていたよりも充実していた期間だったと思います。 家にいると携帯やテレビばかり見てしまっていたため勉強は全くしていませんでした。この期間に何か習得すればよかったと少し後悔もしています。 コロナウイルスが流行した事で改めてウイルスの怖さを感じました。
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私は固定のアルバイトはやっておらず、イベント派遣を週に何回かやるような生活をしていたので、今回のコロナウイルスのせいで今後一切の仕事が無くなってしまいました。ウーバーイーツなどの配達員の経験もあり、お金を稼ぐことはできましたが、自分の身や日本のことを考えて基本的に外出はせずに家に引き籠もっていました。家にいることで、自分のために時間がたくさん使うことができたので、今までの生活を見直して、部屋の模様替えをしたり、友人とビデオ通話を使って会話をしたりなどして毎日を楽しく過ごしていました。何も行動しないのも勿体ないと思い、ビットコインを使った投資を始めてみました。最近ではこれからの生活を見据えて行動できているおかげで比較的内容の濃い時間の使い方ができていると思います。
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私は2月の始めから自動車学校に通い始めていたため、3月の中旬に普通自動車免許を取得するまで3月は学校に通っていました。同時期に例のウイルスが流行り始めていたという報道がされていたのでかなり急いで免許取るために毎日自転車をこいで1時間ほどかけて通ったことが印象に残っています。また、自分はサイクリングが好きなため自動車学校が休みの時は自転車に乗って遠出をしていました。しかし4月に入ってからは外出自粛中及び緊急事態宣言中なのでサイクリングで遠くに行くことを辞めてたまに近所を軽く散歩するぐらいで必要時以外は外出せずに家で読書やテレビでニュースを見たり、大相撲が好きなので相撲のビデオを見たり、課題のレポートを書いたりしています。早くサイクリングがしたいので少しでも早く例のウイルスが収束してくれるのを日々祈っています。また、4月の中旬以降はあまり外に出なくなったため運動不足気味でそれに伴って少し太ってしまったので最近は軽く家で筋トレをしています。加えて、3•4月ともに簿記2級を取るために勉強をしていたのですが6月の試験が中止になってしまったため少し勉強の手が止まっていましたが11月の試験に向けて最近また勉強し始めました。
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緊急事態宣言が発令されたのが4月に入ってからであったので、3月中はバイトなどには特には影響はなく、生活で変わったことと言えば、外出する時は必ずマスクを着用して、帰宅したら手洗いうがいを徹底するのみであった。毎年の3月のようにほぼ毎日のようにバイトをし、空いた日で遊びや勉学などをするといった、特に変わらない日々を過ごしていた。 しかし緊急事態宣言が4月上旬に発令された瞬間、私の日常は一変した。私は2つのバイトをしているが、どちらのバイトも休校、休止となり、急に給料が全く入らなくなり、なんの予定もない真っ白な4月がその瞬間に始まった。それから今までの1ヶ月は本当に長かったと感じる。外出自粛により外に出れず、バイトもなく、お金もなく、やることもなく、ただひたすらに長い一日が何日も何日も続くだけであった。唯一の楽しみといえば、今流行りのzoomで友達と会話することのみだった。そんな2ヶ月、3ヶ月にも感じる様な1ヶ月を過ごし、やっとあと4日で大学が始まるところまで来た。 正直に述べると、長期休暇が終わりを迎え、大学が始まる時期になると気分は下がり始まらないで欲しいなと思ったものであった。 しかしここまで来ると、大学が始まることに少し嬉しさを感じる。それほどに暇というものが人間にとってこんなにも苦痛なものなのだと痛感したからである。 しかし今年の前期は全てオンライン授業ということでなにもわからない状態であるので、高揚感より不安の方が大きい。 その中でどうにかこの形態に適応して然るべき学習を行い、しっかり単位を取得し就職活動に備えようと考えている。 自宅から大学がとても遠い自分からすれば、オンライン授業自体はとてもありがたいものなので、いつも以上の成績を取得していく心意気で望んでいこうと思う。
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3月はまだ新型コロナウイルスが蔓延していなかったので、新しく始めた渋谷のカフェのアルバイトを多く行っていました。 また、それとは同時進行で1年生の4月から続けてきた塾のバイトも行っていました。 FAをやっているので、それの研修があり、何度か大学にも行きました。 大学生活に関しては週に1度あるバドミントンのサークルに顔をを出していました。 上旬には高校のときの友達が浪人生活を終えたので、そのときの友達と旅行に行きました。1泊2日の箱根旅行でしたが、現時点では新型コロナウイルスの影響で自粛が必須なので、雨も少し降られましたが、この時期に旅行に行けたのはとても良かったと思っています。 4月は当たり前に大学に通えると思っていたので、大学に行く準備を進めていましたが、それができなくなり非常に残念な気持ちがありました。渋谷のカフェのアルバイトは場所が場所なだけに3月いっぱいで働くことができなくなり、4月は全く働いていません。塾のアルバイトは政府から緊急事態宣言が発令されるまでは働くことができていましたので、当たり前のように出勤していました。 上旬は基本的にアルバイトしかすることがなく暇ではありましたが、中旬からはFAの仕事が多くなり、先生と打ち合わせをしたりzoomを用いて大勢のFAと会議をすることもありました。 また、学生委員会にも所属したことで、こちらの会議も増え、下旬は家にほとんどいましたが、4月の中では特に忙しい生活を過ごしていました。
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アルバイトをしていましたが、全て休業になってしまい、収入がゼロになり家で生活をしていました。4月後半からアルバイトを新しくできる所を探して5月から始めていこうと考えていました。家にいることが大切なのは分かっていても、自分に収入が無くなると今後困ることもあり、負担が増えるのでアルバイトをしようと思いました。コロナでは、様々な人々が困っているがフューチャーされるのはやはり医療従事者の方々や感染してしまった人やその周りの人、しかしそれ以外にも困っている人はたくさんいて、自分はそこまで困っている方では無いが、そんな私ですら収入が無くなるだけで少し混乱しました。なので、人手が足りなくなっているスーパーやドラッグストアなどでアルバイトを始めようと考えています。今自分に出来ることを、授業が始まっても両立しながらやっていきたいなと考えて生活していました。
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長い休みの時は、生活が短調になります。 なので、日々を豊かにするために新しいことに挑戦しようという意識を持って生活しました。 新しい料理を作り、就活を見据えて自分の興味のあることを学ぶなどして、充実する事に重きを置いて過ごしました。 プログラミングの勉強をしていたのですが、難しすぎて挫折しそうな事が何度もありました。 それでも習慣化する事で継続して勉強を続ける事ができました。 勉強を始めて3ヶ月なのでまだまだ知識が足りないですが、これからも継続的に勉強していこうと思います。
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3月は実家に帰省しました。その後、東京で週末の外出自粛要請がでたので、東京に帰ってきてからは遊びに行くといった外出は全くしていません。しかし、アルバイト先が生活必需品を販売しており休業できないため、4月はアルバイトと自宅の往復をする生活をしていました。家にいる時間が長いため、これまであまり見てこなかったアニメや音楽を聞くことで退屈することなく自宅での時間を過ごしています。
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コロナによる自宅待機が本格的に始まった3月頃から、コロナで悪いことばかりだったという思い出だけにはしたくなかったので、筋トレをはじめました。体も鍛えられるし、何よりも体を動かせないということから解放されたような気持ちでとても気持ち良いものです。家にばかりいるためかDiscordを使った通話でオンラインで遊ぶことがかなり多いです。同じゲームばかりで遊んでいるのも限界が来たため、様々な遊びに手を出しました。一人の画面を共有して映画を観賞するなど、今まで考えなかったことをしてみたり、というものが多かったです。私はどちらかというとインドア派の人間だと思っていましたが、ずっと外に出られないということになると、やはり外が恋しくなるような3月と4月でした。
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3月はバイトをしたり、サークル(週3回)の活動が全て中止になってしまった為に家にいる時間が増え、普段全くドラマを見ない私が、もう7話くらいまで放送が進んでいるドラマを某動画アプリのサブスクリプションに登録して全部見たり、部屋の掃除(主に書類や棚の中の物の整理。いつから眠っていた?というものも沢山あってある意味恐ろしかった)をしたりという日々だった。サークルは管弦楽団に所属しており、3日連続での強化練の予定があったが勿論無くなってしまった。そして年2回行われる定期演奏会の中止まで決まった(本来なら昨日、2日であった。ここ一番でのショックな出来事である)。かなり前からオーケストラをやってる為、小学校、中学時代や高校時代のオケの友達が沢山おり、その子達の演奏会を見に行く予定だったり、高校のオケの演奏会にOGとして出演する予定でその演奏会自体も、練習も中止になり、他大学の定期演奏会も國學院以外に2校出演する予定であったためその練習も演奏会も中止になるという、楽しみにしていたイベントを全て奪われた。3月は休みがほぼゼロ、忙しすぎる毎日という予定が一変、何故か週5近くは暇人という現状であった。それ故3月は若干落ち込みつつの生活になった。3月の中旬までは友達と外に遊びにいったりしていて会う機会があったが、4月からは緊急事態宣言が出たこともあり、1度も友達と会っておらず4月の途中から友達と遊びたい!!という衝動に駆られていた(きちんとStay Homeしていた)。4月は緊急事態宣言が出た前後まではほぼ毎日バイトしていた(5連勤など…)。ほぼバイト生活であった。バイトは乗り換え駅付近でやっているため大学の知り合いはいなく、社員や先輩、他店舗からの応援の方(大体初対面)としか話さず、気の知れた友達と話す機会が皆無になり、LINE通話を利用しよく現状報告なり下らない話をしていた。バイトの内容が接客業である為、感染を危惧し4/10以降、バイトに行くことを辞めたためそこからは毎日家にいる生活になった。3日に1回買い物に出る程度であった。父親の仕事を手伝ったり(Excelに入力するなど)、3月末にあつまれどうぶつの森をやりたいが為にSwitch lightとあつ森を買った為ずっとやっている。少しは何かしなければと、普段やらない料理をしたりと一応新しいことには手を伸ばしている。あとは6月の簿記検定が中止になったものの、11月の簿記検定を受けるために久しぶりにペンを握ったりもした。4月になり大学側からZoomを使用する旨を聞いてからは友達とZoomを使って電話をするようになった。今後の授業への準備と思いながら楽しんでいる。基本的に学校がある時は休みゼロで動いてる人間だが、こうやって毎日これと言って決まったことが無いまま過ごすのもいいなと思ったり、意外と家にずっと居ても苦じゃないタイプだと分かる時間になった。
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私の3月4月の生活は、外出を自粛し、ずっと家にいます。私の家は、二世帯住宅ということもあり、祖父母と共に暮らしています。高齢で新型コロナウイルスに感染する可能性が高いことも考えられ、私が外出する際は最新の注意を払っています。さらに祖父は最近退院し、ただでさえ免疫力が下がっている中、新型コロナウイルスが流行し、それを私が家に運ばないように、私が加害者にならないように積極的に外出自粛をしています。
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3月中では主にアルバイトを中心にやってきました。その中でも新型コロナウイルスによってお客様が減少して暇な時間が増えたり、もしくは希望するシフトに削られ、家にいる時間が増えました。家にいる時では自分の趣味していることをやったり、去年の授業の振り返りなどをやりました。4月では政府による緊急事態宣言でバイトが出来なくなり、自粛として毎日家に滞在することになりました。家で筋肉トレーニングをして体を鍛えていました、または経済学部生として必要な資格の勉強もしていました。4月末にオンライン授業が発表されて、いつもではない授業スタイルになったので、今では少し不安があります、本音としては対面授業がしたかったです。
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私はこの休み期間の3月4月、とても暇な日々を過ごしていました。まず、3月は比較的コロナの影響は少なかったため、上京先のマンションで過ごしていました。バイトをしたり部活動に参加していたのですが、コロナウイルスの影響により部活動がなくなり、営業先の飲食店も売上が伸びずシフトに入らなくなりました。そのため、家でほとんどの日数を過ごしていました。 4月に入ると、コロナウイルスの大規模な拡大により実家に帰ってきました。本来ならば、大学も始まり充実した日々を送れるはずでしたが、登校日も延長し、オンライン授業になるということでしばらくは実家で過ごしていました。このようなご時世なので、家で大人しく生活していました。
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3月はアルバイトを多く入れ多忙な日々を過ごしていた。しかし、下旬になるにつれ新型コロナウイルスの感染が広がり日本も大きな影響を受けるのではないかと思う様になった。案の定4月になるとウイルスが猛威をふるい大学も授業開始が延期になった為、アルバイトの数が減り暇な時間が増えた。この時間を埋める為に趣味であるゲームをやることで1日が終わってしまう日が発生し始めたが、「なにかやらないとヤバい」という感情が芽生え、読者と料理も始めた。読んだ本は「教団X」と「1日1ページ、読んだだけで身につく世界の教養365」だ。料理に関してはクックパットを見ながら冷蔵庫にある物で昼食を作った。しかし、私は大のゲーム好きな為、コントローラーを離さない日はなかった。 この様に結果的にダラダラと過ごしてしまい、この文章を書いている今、後悔の念が身に降りかかってきた。
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 3月初旬はウィンタースポーツを満喫しました。今シーズンは全国的に降雪量が少なく、ゲレンデコンディションが良くないシーズンでした。3月中旬からは税務署の短期アルバイトに取り組みました。業務に取り組んでいる中で事務作業の楽しさを知ることができました。3月下旬には緊急事態宣言が出されたのでアルバイトも自宅待機になりました。4月初旬はアマゾンプライムを使って多くの映画を見て時間をつぶしました。4月中旬になるとアマゾンプライムで気になる作品を見つくしてしまったので、ランニングを始めました。私は高校時代陸上競技部に所属していたのですがすかっり体力が衰えていました。自粛期間に体力をつけたいなと強く思いました。4月下旬に入るとランニングだけでは暇をつぶせなくなったため、スケートボードを始めました。スケートボードは恐怖との戦いです。地面から数十センチ足が離れただけなのに板の上では強い恐怖心を感じます。スケートボードは私のもともとの趣味でもあるスノーボードのオフシーズントレーニングとしても有用なので継続して取り組んでいきます。  私は外出自粛期間中に新たな趣味を見つけることができたので自粛期間を楽しみながら乗り切ろうと考えています。
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スーパーでアルバイトをしているため、アルバイトに行くか家に居る生活を続けている。大学4年だが、就職活動が出来ない状態のため動くことができずとても困っている。外出自粛などが解除され早く元通りの生活をしたい。
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私の3月はまだ緊急事態宣言が出てないなかったので、週3で渋谷でバイトをしながら中学生の妹の家庭教師をしていました。その合間に公務員試験の勉強やTOEICの勉強を行いました。また、休みの期間でもあったので家事、特に食事や洗濯をやるよう心がけました。 4月は緊急事態宣言も出てしまったので、バイトには出ず買い物等を除いて基本家にいました。そのため、妹の家庭教師の機会や家事の頻度を増やしました。
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私は大学とは別に資格の大原専門学校にも通っています。税理士の学習をしていて3月の中旬くらいまで専門学校にも通い続けていましたが、緊急事態宣言が出てからは専門学校にも行けず自宅で講義を受けることになり3月下旬から4月も週4回講義を受けています。外出もできない状態になり友人とかとの予定も無くなってしまったので、逆に勉強に集中するチャンスだと前向きに捉えて、勉強する習慣を癖づけるようにしました。今のような状況だからこそ今出来ることをすべきだと思い、一日の3分の1は勉強の時間に充てるようにタイムスケジュールも組み時間を有効に使うように心がけてます。やる事が毎日一緒で続けるのが大変な部分ありますが、来週から授業が始まっても習慣づけるようにしてきたいと思っています。
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3月上旬ではコロナの本当の危険性がまだ多くの人に理解されておらず、「自分はならないだろう、軽い症状で治まるだろう」という安易な考えの人が多く、自分のその中の1人でした。そのため、友達や家族と色々なところに出かけることがありました。その旅先では既にコロナの感染者が見つかってしまった場所もあります。ですが下旬になり、コロナの感染力、症状などの危険性が多く報道される中で初めて、気を付けようという意識を持ちました。その日からは今日に至るまで一度たりとも電車に乗らず、車での移動、外食はしない、外出は深夜の人があまりいない時間に時間を制限して、を徹底してきました。家庭での生活はスマートフォンやゲームなどでの「暇な時間にすること」に費やすことが多かったです。友達と通話したり、ゲームをしたりで遅い時間まで起きていて昼夜逆転をしてしまうこともありました。ですが、太陽を浴びないのは健康的に良くないと思い、なるべく早寝早起きができるように4月の後半今これを書いている時も行っています。さらに健康のためにランニングなどをすることも始めました。つい先日、このままの堕落した生活は良くないと思い、自分が好きな国の言語を勉強しようという気持ちになりAmazonで本を購入しました。3月から今までの生活では「何もできない」を「何かできることを探そう」という気持ちの変化が生まれました。
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私は3月と4月、コロナウイルスの影響でアルバイト先が休業してしまいました。アルバイトがなくなってできた膨大な時間を、私はAmazon primeなどのサブスクリプションでドラマや映画、アニメを見ることで消費していましたが、一つのコンテンツでは飽きが来てしまったので、本を読むことにしました。芸人が書いた本や、テレビ局のプロデューサーが書いた本など、マスコミ関係の本を読みました。私自身テレビにとても興味があるので、テレビ番組を作る仕組みや苦労を知ることができ、よりテレビ番組を楽しめるようになりました。この自粛期間中に、自分のやりたいことが、映像コンテンツを作ることだと分かり、将来に向けた方針を時間を使って考えることができたと感じました。 家にいる時間がとても長く家事をすることが多くなり、料理など、自分で生活するためのスキルが上がったと感じました。また、長期間外出しないため体力が落ちたと感じ、普段あまりしない筋力トレーニングを積極的にするようになりました。時間がとてもあるので、普段しないようなこともすることができて、私が想像していたより充実した自粛期間を過ごすことができました。
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現在4年生なので、就職活動を行う。エントリーシートを作成し、添削してもらうの繰り返し。マスコミ志望なので、作文対策、時事問題の対策もこなす。食事面では、外食は控えるようにして、自炊するようになった。親からの仕送りがありがたい。活動自粛のため、基本的に外には出ないが、就職面接の事前課題などで外に出なければいけない状況も出てくる。家でしていることを書いてもつまらないので、外出したときのことを書く。通信社の課題のために、街へ取材に出かけた。非常事態宣言が出たにも関わらず、最寄りの繁華街である吉祥寺は人混みで溢れており、人混みを撮影するメディアが多数。駅前には、武蔵野市の職員、警察が外出を控えるよう呼びかけていた。吉祥寺の商店街は人で溢れ、精肉屋で人気のメンチカツの行列。完全に3密である。ぶらぶらしていると、マスクの転売屋を見つけた。店の前でマスク20枚を2000円で売る男性。自分の利益しか考えていないことに少し腹が立った。話を聞いた男性は韓国人。片言の日本語を話しながら、質問に答えてくれた。売っているマスクは中国製。入手ルートなどは教えてくれず。韓国人に雇われているらしい。踏み込んだ質問をすると、アルバイトなので言えないと言われた。転売をしていた場所は、韓国料理屋の前。この韓国人は、韓国料理屋で働いているのだろうと何となく察した。飲食店も大変だなぁと思えば、怒りも収まった。再び散策していると、弁当屋の前にこんな張り紙を見つけた。学校が始まるまでの月・木・金曜日、子供は弁当250円。持ち合わせがなければ、あとで良いし、何なら大人になってからで良いよ。大人になってからこの店がなかったら誰かのために使ったり、寄付したりしてね。感動すると共に、マスクの転売のことを思い出し、怒りがこみ上げる。帰り道に、コンビニ前で酒を飲んでいるおじさんに会った。机には、ビール缶10缶、ワインのボトル1本がほとんど飲み干されていた。話を聞くと、コロナで酒を飲むしかやる事がないという。呂律が回っておらず、話もままならないので退散。帰り際に、コンビニで買ったウコンの力をあげた。帰りバスに乗ると、おばさんがマスクを赤の他人のおばさんにあげていた。もらったおばさんがお礼の言葉を言うと、運転手も一緒になって感謝している光景。助け合いって良いなと思った。吉祥寺の街には、私利私欲に溢れた人達、人情に溢れた人達、様々な人間がいた。マスク転売は許せない。
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私は3月の初めの2週間、高校の友達と自動車の免許合宿に行きました。山梨県の北杜市長坂町という場所で教習所は標高800mにありました。そのため、一限の授業に行く際大きな富士山を間近で見ることができました。しかし、合宿所の近くには飲食店やスーパーマーケットが無く、食料調達が大変でした。三食付きのプランだったのですが、私達にはご飯の量が足りなくて徒歩40分かけてホームセンターまで行き電気ケトルを買いました。カップラーメンやスープをコンビニで買って食堂のご飯にプラスして食べました。ご飯問題だけが難点で、そのほかは順調でした。長坂は名前の通り坂が多くギアのチェンジを嫌というほどやりました。また外灯がほとんど無く、ハイビーム・ロービームの切り替えも何度も練習しました。また、隣に70歳を超えたおじいちゃん先生を乗せて運転することが1番怖かったです。教官の方にも「高齢化が進んでいるから就職に迷ったらおいで」って言われました。そんな話をしてくれるまで先生方と仲良くなれました。私たちはなんとか合格して帰ってきた日に新宿で焼肉に行きました。2週間ぶりの肉に感動していつも以上に美味しく感じました。  合宿から帰ってきてすぐに箱根旅行にいきました。それが唯一の春休みの思い出です。友達とディズニーランドに行く予定も、家族で台湾に行く予定もコロナウイルス感染拡大によってなくなりました。そのため3月の後半はほとんどバイトしかしませんでした。  4月に入ってから緊急事態宣言が下されバイト先のお店も臨時休業になりました。在宅勤務の姉や兄と夜ご飯を一緒に作ることが日課になりました。そのため喧嘩も多くなりましたが、母はとても喜んでくれました。年に何回かしか家族揃って食卓を囲まない我が家でも外出自粛のおかげで久しぶりに家族全員で夕食を食べました。また、私は韓国ドラマと韓国映画に没頭してキムチを毎日食べるようになりました。そして韓国語の本を買って一から独学で韓国語をやってみることにしました。今は基本の挨拶やちょっとした単語しか分からないのですが、いつかは字幕なしでドラマや映画を見たいと思い、今期にコリア語入門の授業を入れました。小さいですが、やりたいことが見つかりました。授業開始が先延ばしになり、時間に余裕が持てたことで見つけることができたと思います。韓ドラを見て毎日ダラダラ過ごすのではなく、興味を持って勉強につなげられたのは私にとって大きな進歩だと思います。最近は勉強机を解体して自分の部屋を改造しています。家具を組み立てたり、断捨離をしたりと今まで片付けをしていなかった部屋をリフォームしています。また、ヨガや以前流行った2週間で10キロ痩せる15分ダンスなどを習慣づけて体型維持も徹底しています。  元々インドアな私でも外出できないストレスを感じることもあったけれど、3月4月の間、私は不要な外出を一切してきませんでした。料理やお菓子作り、掃除、運動、ゲーム、ドラマ鑑賞、勉強と家にいることで新しく挑戦できたことがいくつもあります。二か月間楽しかったです。
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3月は、友達とドライブをしたり、旅行にいったり、家の近くでダーツなどをして遊んでいた。そのほかに、マスクを買うために、朝から、ドラッグストアへ行き、並んだり、コンビニを回っていた。4月になり、緊急時代宣言が出されてからは、外出自粛のため、zoomを使い、オンライン飲み会をしたり、家で映画やアニメを見たりしている。運動不足解消のため、人のいない夜や早朝にランニングをしたり、筋トレをしたりしている。私はコンビニでアルバイトをしているため、週に3.4回ほどバイトをしている。日中は、今までしてこなかったようなことをやろうと思い、主に料理をしたり、友達とオンラインでゲームをしたりしている。
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私は今年で大学4年目になります。終電で帰るか、逃して大学のベンチで寝るかの選択だった一年次。やりたいこと、成し遂げたいことに食いしばる二年次。やりたい事を成し遂げるのに「頭」が必要で、勉学に励みたいと思うも組織の雑事に追われた去年。(これは言い訳です。)そして、体力切れを起こし、着実に単位を落とした三年生後半。(これも言い訳です。)頭の中では、何かを行動する時は常にトレードオフで縛らていました。(これは本当です。)しかし現在、数多の組織の活動が止まり、その結果私は「ひま」と口走れるようになりました。(このような書き方をすると一体私は何者なのでしょうか。)申し訳ございません、前置きが長くなりました。3月4月の生活は二、三年生の時に「あっ、あの本読みたい。」「あのゲームやりたい。」「サッカーの個人練習したい。」「あのトレーニングやりたい。」「部屋のレイアウトを変えたい。」など、思ったことを行動にしています。現在何かに時間を拘束されるとすれば、就職活動の面接くらいです。企業研究は楽しいのでやらなければいけないという気持ちの束縛はありません。面接以外は私が思うがまま、自由気ままに行動しています。昼の12時まで起きて寝て20時に起きたり、時には朝の5時に起きて運動してみたりしています。大学一、二、三年生の時は、スケジュール帳が二ヶ月先まで埋まっており、未来のために今を犠牲にしているという感覚がありました。(埋められた予定も多かったですが、自分で予定を埋めたくせして不思議ですね。)しかし、現在は先のスケジュールがほとんどありません。あるとすれば大学の講義か企業の面接くらいです。その上、緊急事態宣言が延長されたので企業の面接が未定になりつつあります。予定がないことで、未来の自分に対する責任が無く、また所属する組織に対する責任も無いので、今を犠牲にしなくて良い「今を生きている。」という実感があります。とても幸せです。一方で、もしお金がなかったらと思うと、現在は生きるのに必死で穏やかではないと思っております。大学一年生から頑張って貯蓄していたので助かったと思っております。今は楽しんでおりますが、今後の社会の情勢がどうなるかは分からないので不安になります。不安を解消したいので、対策を取らなければいけないと考えております。私なりに、良い対策を取るためには考える頭が必要で、その上でも大学の講義は大切であると思っております。本日は教科書を買い、読みながら気になったところをネットサーフィンしています。ネットサーフィンの履歴を見ると、私がどのような所に関心が湧いたり、疑問に思ったりするのかを俯瞰して見れるキッカケになるので、ネットサーフィンの履歴って面白いなと思いました。同時に企業などにこうした無意識の部分を握られ、知らぬ間に意識を操作されてるんだろうなと思いました。便利な世の中になり幸せだから良いかなと思いました。同時に今考えたことも実は企業の想定内なのではと、自由なはずなのに本当の自由とはなんだと考えるキッカケになりました。私は今果たして自由なのだろうか。先述に自由だと豪語していたくせして、自由なんだと勘違いしているだけではないのか、露頭に迷ってしまいました。明日は自由について考えたいと思う今日のこの頃です。
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 3月は、ゼミの課題や、アルバイトを主にしていました。ゼミの課題は、毎週日本経済新聞を読み、感想を書くという課題がでました。私は会計のゼミに所属しているので、会計の記事の中から選びました。家では日本経済新聞を取っていないので、初めて自分で新聞を買いました。授業やゼミで日本経済新聞を利用することはありましたが、ネットからしか読んだことがなかったので、不思議な感覚でした。家で取っている新聞と違い、字が小さく、一面に沢山記事が載っていることに驚きました。  私は牛丼屋でアルバイトをしています。コロナウイルスによって自粛するようになり、お持ち帰りが多くなりました。しかし、店内で食べるお客様も多く、なぜ自粛と言われているのに店内で食べるのだろうと疑問に思いました。また、シフトもコロナウイルスにより、お客様が少なくなっているので、人数を減らさなければいけなく、入れる日数が減りました。私は家から通っているのでお金の面ではあまり心配はありませんが、一人暮らしをしていてアルバイト代で生活している人の話を聞くと、家賃が払えない、学費も払えるかわからないと話しており、とても悲しくなりました。  4月は、3月に続き、ゼミの課題やアルバイトもありましたが、簿記2級の勉強を始めました。私は前回落ちてしまったので6月には合格しようと思い、計画を立て、毎日勉強をしてました。しかし、コロナウイルスにより、ある場所では検定の中止や、申し込みが一時休止してしまったので、6月に受けることが出来るのか、まだ分かりません。今も勉強はしていますが、もし受けることが出来なかった場合、11月になってしまうので、それまでどのように勉強していこうか、今から悩んでいます。  今まで私は長い本を読むと飽きてしまい、高校生のときから読書をほとんどしていませんでした。しかし、勉強だけでは飽きてしまうので、本を読むようになりました。主に小説を読んでいますが、とても面白く、なぜ今まで読まなかったのだろうと思うほど、本に夢中になりました。いつも勉強をする前に30分と時間を決め、読んでいますが、続きが気になり一冊全てを読んでから勉強をする日もありました。  毎日家の中にいると外に出たくなってしまい、最近は散歩をしています。公園などに行くと、他の人も散歩や運動をしており、危険なので、歩道を往復しています。他の人も家の中だけではいられないのだなと思いました。
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三月は部活も休止になり、思わぬ休みにただただ喜んでいた一ヶ月でした。あまりコロナウイルスの深刻さが分からず、バイトのシフトをたくさん入れてもらい、お金を稼ぎました。しかし、三月も終わり頃になるとバイト先であるもつ鍋のお店もお客さんが減ってきて、シフトも削られ始め、コロナウイルスの深刻さがようやくわかってきました。 私のバイト先の飲食店は学生のアルバイトと社員さんでお店をやっていて、三月で四年生も卒業してしまいました。比較的、バイト内の仲はよく、四年生とご飯を食べに行ったり、バイト終わりにみんなで話をすることが多かったため、四年生が卒業してからは、寂しかったです。 緊急事態宣言が出されてからは休業してしまったため、四月のお給料は一万円にも満たず、正直かなり困りました。しかし、コロナウイルスがある中で外に出て働くのも少し気が引け、家で料理をしたり、友人とビデオ通話をしたりして暇を潰しました。 また、幼馴染みの友達三人で交換ノートを始めました。お互いに家は歩いて五分程度なので犬の散歩がてら届けています。基本一日で友人に回すのが暗黙のルールになっているにもかかわらず、一人が溜め込みがちで、感心しません。 四月の中頃からは部活が始まりました。といっても、流石に集まって部活はできないので週三回、三十分各々走るというメニューです。私は高校は帰宅部で、部活内でも運動神経が良くないので、三十分走るいうのは最初そんなの無理だ、自分にはできないと思いました。しかし、NIKEのアプリを使い、自分が何分走り、どのくらいのペースだったかを計測し、それをLINEのグループにアップロードしなければならなかったのでサボるわけにはいきません。いざ一回目を走りました。結果は五分でヘトヘトです。三月は本当に運動してこなかったので、走るなんて本当に久々でした。普段家にいるとあっという間に過ぎるはずの五分が、何故だかとてもとても遠くて絶望しました。五分走って五分歩くを繰り返しなんとか三十分走りました。LINEのグループでみんながどのくらいのペースで走ってるかを確認しましたが、私は一キロを六分三十秒くらいで走っていてかなり遅い方でした。しかし五月に入り、十数回走っている今、かなり速くなってきて、五分三十秒くらいで走れるようになりました。どうやったら三十分まるまる走れるようになるかも調べて、なんとか三十分走れるようになりました。走るのが嫌いな自分がこれだけ走れるよあになりすごく驚きました。 あと、三月四月はNetflixを観ていました。アニメが好きなので、今まで難しくてなかなか手が出せなかった攻殻機動隊や、シリーズが多く、見るのが大変だと思っていたジョジョを観ました。 攻殻機動隊はすごく絵がヌルヌル動いて、十年以上も前の作品だと思えませんでした。 ジョジョは今まで観たことがない一風変わったアニメだと思いました。ですが今まで観たことないアニメだからこそ、すごく面白いく、どんどん観れています。 他にも好きなアニメを見返しました。お気に入りのアニメは、本当に何回観てもすごく面白かったです。 あとはあつまれどうぶつの森をやり始めました。話題になっていたので、コンビニでカードを買って発売日当日に無事に始められました。ゲームはそんなに好きではなく、ポケモンやモンハンなどの有名なものしかやってこなかったので飽きないから心配していましたが、まだ飽きずに続けられいます。住民を自分好みのどうぶつにしたいので今はそれに力を入れています。あつまれどうぶつの森はとてもやりこみ要素があって、あと一ヶ月くらいは楽しめそうです。 三月四月は勉強をやろうとは思っていたのですが、なかなか始められなかったので五月は勉強を頑張りたいです。簿記の二級に一月くらいに受けた際、落ちてしまったのでまた勉強して、合格したいです。
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3月4月は、今までの日常というものが目まぐるしく変わっていった。 その理由としては大きく分けて2つ挙げられる。 第一に、3月からひとり暮らしを始めた事が挙げられるだろう。これは私にとって大きな生活の変化であった。ひとり暮らしを始めた理由としては塾講師のアルバイトで多くのコマを担当させてもらうこととなった代償として帰りが遅くなり、毎日終電で帰っているような生活を送っていたからだ。アルバイト先と大學から近い場所でひとり暮らしを始めることにより自分の時間を作れると思ったからである。私は通学時間の片道2時間弱をとても無駄だと感じていたというのもある。実際にひとり暮らしを始めて2ヶ月が経つが自分の時間が確実に増えたことはTOEICの勉強や読書に費やせる時間が増え、とても有意義なものとなった。 第二に、コロナウイルス(COVID-19)の流行である。私は生まれてからずっと横浜で育ってきたが横浜港のクルーズ船のニュースは身近に感じ、恐怖心を抱いた。間も無くして緊急事態宣言が発令されて今までの日常が大きく変わった。外出自粛要請が出ているにも限らず、休日に出歩く子連れの親子や年配の方の姿や、マスクの販売のために薬局に長蛇の列を成している人々の姿を見て不信感と多少の憤りを感じた。この様子では感染者は増える一方であるな。とその時感じたが実際に予想通りの道を辿っている。噂や疑似科学などの信憑性のない情報が溢れ日本人がより混乱させられている。何が正しくて何が正しくないのか判断するためには嘘を見分ける能力と知識が無ければならないと強く感じた。今回の件に限らず情報化社会を生きる若者として世の中に溢れている情報をどう収集し活用していくかという事がこれからの私の課題であると強く感じた2ヶ月であった。
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東京には戻れない状況となってしまったので、地元で生活しています。家では主にコロナにより暇なので簿記の2級を目指して勉強しております。そして、私の地元は鳥取なのであまりコロナの感染者もいないのでバイトをしてすごしています。
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最初に3月の生活について記述していく。私は品川の映画館でアルバイトしているが、3月はまだ営業していたので、主にアルバイトをして過ごしていた。新型コロナウイルスの影響で客足は少なく、とても暇だった。しかし店員は主に大学生なので、シフトは常に人員過多で、申請したシフトより短い時間しか働けなかった。 3月前半はまだコロナ自粛の意識が薄く、3月4日には幕張にて映画を友人と観に行った。その映画は応援上映のものだったが、新型コロナウイルス感染防止の為に発声は禁止になった。ペンライト等の持ち込みは許可されたままだった。電車もいつも通りの人混みであった。 3月後半に予定していた、那須塩原旅行が中止になった。私としてはまだギリギリ行けると思っていたが、一緒に行くうちの一人の親御さんが反対したのでやむなく取り止めた。3月28日に開催予定だったライブも中止となった。イベント系が中止になり始めたのが3月後半だと感じた。 4月はバイト先の映画館が営業休止になったので、基本は家にいた。休業期間中も給与が出るということで、大いに喜んだ。4月は昼に起きて特に何もせずだらだらしていたので、横になっている時間の方が多かった気がする。たまに手の込んだ料理とか作って過ごしていた。
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三月の初めは中学校の友達と一緒に栃木県の鬼怒川温泉に一泊二日で旅行に行きました。初日は日産レンタカーで車を借りて高速道路を使って栃木県に向かいました。私は地元が神奈川県なので栃木県も関東圏のためあまり遠くはないと思っていました。しかし、いざ自分で運転して向かっていると思っていた以上に遠い県ということを実感しました。また、ここで親への尊敬と感謝を感じました。いつもは長期期間のお休みになると家族で旅行に行き、栃木県も行ったことがありました。しかし、その時は父が運転を一人でして行っていたためどれだけ大変だったかが身にしめてわかりました。また、栃木県に無事到着しみんなで栃木県で有名な宇都宮餃子をべました。本場の餃子はいつも食べていたものとは違ってニンニクがきいていてとても個性的な味でおいしかったです。食事をすませて、いざ予約をしていた鬼怒川温泉のホテルに向かいました。到着してホテルの中に入った瞬間私たちは驚きました。それは自分たちが想像していた以上にホテルが豪華できれいだったからです。チェックインを済ませ、部屋に入りました。そのあと、食事をすませ温泉に入り、友達ととても楽しい時間を過ごすことができました。一泊二日なため、翌日にホテルを出ました。そのあと、東武ワールドスクウェアという世界遺産がミニチュアの模型になっている場所に向かいました。そこは思っていた通りディズニーランドなどと比較すれば小さいところでしたが、楽しさは一緒だったと思います。今回の栃木旅行で感じたことが2つあります。1つ目はお仕事の種類の多さです。お世話になったホテルの方々や東武ワールドスクウェアの方々を見て感じました。ホテルの方々はとてもお優しく私たちはとても楽しい時間を作ることができました。東武ワールドスクウェアの方々も同様です。ミニチュアの修正を一生懸命に行っている姿を拝見しました。こういう人たちがいるから私たちは今回楽しい旅行を過ごせたのだと感じます。私も将来誰かの幸せに貢献できる仕事をしたいと思いました。三月の旅行が終わり、バイトをしながら、ただ淡々と日々を過ごしていました。三月の後半になると、中国が発生源であるコロナウイルスの脅威を日々実感する毎日でした。四月になると政府は緊急事態宣言を発令し私たちの当たり前だった日々が失われました。毎日、家の中で過ごす毎日が今現在続いていますが私はこれが辛いとはあまり感じません。なぜなら、今一番つらくて大変なのはコロナウイルスと戦っている医療従事者の方々であるからです。私の母もその一人です。私やほかの日本国民が家から出ないでこの日々を乗り越えれば必ず当たり前の日常が待っていると信じています。また、大切な人を失いたくないと日々思います。私たちがもっとコロナウイルスの脅威を甘く見ずに対処していればここまでの事態にはならなかったのではないかと思います。また、ニュージーランドのように初感染が確認された日から大統領は全観光客の来日を禁止し、ロックダウンをして今感染拡大を抑えることができたというニュースを見て日本の政治家たちへの不満が出てきました。今回のこの出来事は日本の政治家がいかに判断力がない人たちなのだということを実感しました。ニュージーランドが感染拡大ができて同じ一つの国である日本ができないことはないのです。そのため、この事態が収束したら総理をはじめとする国のトップの方たちは変わり新しい世代の活躍を望みます。また、自分もコロナウイルスの脅威が分かっていなかったのだと思います。
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コロナウイルスの影響で大学に登校する必要がなくなったため、私は実家に帰省して福岡県にいる。三月まで東京でバイトしたり友達と遊んだりして過ごした後、自動車の免許合宿に二週間ほど通って仮免許を取得した。しかし、本免許を取得できるのはいつになるのかわからない。その後は緊急事態宣言の発表により、実家で過ごしている。基本的には英語のリスニングや将来の起業のことなどを勉強しながらダラダラと過ごしている。一刻も早くこの事態が収まることを願っています。
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3月、4月は新型コロナウイルスのため、そこまで外出できず、基本的に自宅(実家暮らし、両親と弟1人の4人暮らし)で過ごした。3月の上旬、中旬はそこまで新型コロナウイルスに対しての危機感が個人的にも、世間的にも無かったように思える。もちろん世間的な危機感の具合はあくまでも偏った私見に過ぎないが。とにかく、3月上旬、中旬は外出していた。ただ、大学が春休み期間だったため、毎日ではなく、3〜2日に1回外出する程度で、気が向いたら、または、用事があったら何処かに行くという形式だった。その時間は有意義だった。もちろん自分の気の持ちようだが、それが大事だと感じている。現在、感じている。図書館、中古本屋で好きな音楽や、美術の本を漁ったり、ほぼほぼガラクタみたいな商品も売ってるリサイクルショップに行ったり、買いもしない高い楽器を見るために、楽器店に行ったりする。その無意味な時間がどれほど有意義だったか、今、感じてる。3月下旬、新型コロナウイルスはもっと広まる。この時期にSNSで「地球にとっては人間がウイルスで、ウイルスがワクチンだ」という言葉を見た。この文についてすごく考えさせられた。人間の為してきた「有意義な」ことって何の意味があったんだろうな、と、未だ答えの見つからない問題を提起してみた。 4月に入ってからは自宅で過ごしていた。必要な食材や、生活必需品を買いに行くためにしか外に出なかった。1週間ぐらい経ってから、美容室に自粛要請が出ないことを確認し、長くて、邪魔だった髪を切りに行った。池袋へ行った。母親からデパートの地下の食材売り場で、メープルパウダーを買いに行くよう言われた。到着すると、三密に完全に当てはまっていたデパ地下はまるでアリの巣のようだった。いつもは思わないけど、そう思った。アリの巣。神秘的だと思う。美容室へ向かうと、受付の男性スタッフからスピードガンみたいなタイプの、直接、見たことも触ったこともない体温計で体温を測定された。自分の体内でウイルスがこんなことをしていたら、と思うと苦笑い。髪を切って、家に帰る。そこからの4月はあまり印象的な思い出がない。雑誌の入金のため注意を払ってコンビニに行くくらいだ。だが、家にいても中古品の通販サイトを見たら、高い楽器の動画を見たりするだけで良い気分になる。外に出て体験することに取って代わる程ではないが。気分のリセットを好きなことでするのは良い。とても。 というように、3月、4月を振り返ったが、この文を書いて、考えを整理して思ったこと。とりあえず自分にとって有意義なことをする。誰かの有意義とぶつかってしまったときのバランスについては日々考える。たくさんの立場を学ぶ。ポジティブとネガティブの共存をする。 抽象的な目標を考えて、3月、4月の振り返りから、前向きなことができた。
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外出自粛になってからはバイトも無くなってしまったため、映画を見たり読書をするなどをして暇を潰す生活を送りました。元々外出自粛に関わらず家で1人で過ごす事が多かったため生活に大きな変化は無くそれなりに平穏な日々を送れています。ただ運動不足が心配なのでペットの散歩を長めに行うようにしています。
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3月時点では自分がアルバイトをしている飲食店は営業を若干の短縮のみで行っており、今後営業を行えるのか非常に難しい状態であったので、なるべくアルバイトを多く行っていました。 4月に入り自分が働く店舗でも時短営業、1日の労働人数の削減などが行われ、以前と比べ圧倒的に出勤回数が減り、出勤時間も2〜3時間程になってしまいました。 アルバイト以外で外出する事は全くなかったので、最初の期間はストレスもかなり溜まりました。その時ちょうどtvなどでルーティンを作り生活をする事でストレスを軽減させる方法を取り上げていたので早速自分の生活に取り入れてみました。 まず起床の時間を9-10時の間にし、10時までには朝食を取り身だしなみを整える様にしました。10時から昼食を取るまでの時間は筋トレや屋内で体を動かす事をする様にしました。昼食を取り休憩を挟んだら14時からは趣味で活用しているDAWソフトの勉強や趣味についての時間を設ける事にし、アルバイトなどがある日はその時間まではなるべく作業や勉強をする様にしました。 アルバイトがない日や夜の時間は特に何も設けず自由な時間を過ごす事にし、これを毎日のルーティンとして4月は活動をしました。 あまりにも膨大な自分時間を過ごすとなると何をしていいのかよく分からなくなります。休みの日にNetflixを見て昼寝をしゲームをしてダラダラと過ごす日々も毎日やってると至福の時から退屈に変わりました。 毎日少しづつでも自分の趣味の勉強をしていくと1ヶ月やっていると成長を感じられ、有意義な生活を送れた気がしました。 しかしよく晴れ適度に気温のある日に家に引きこもっているととても時間を無駄に過ごしている気がして嫌気がさしてきます。 1日でも早く元の生活に戻れるのを心から待ち望む日々です。
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私は國學院北海道短期大から3年次編入してきた者です。なので3月は2年間過ごした北海道での住居から引っ越す作業を行っていました。本学を通う際の住居は実家なので、そこに運ぶ作業等々に時間を割きました。4月は世間がこのような状況なので不要不急の外出は避け、自宅でほとんど過ごしていました。自宅での過ごし方は北海道で培うことのできた料理を家族に作ったり、もともとの自分が伸ばしたいと考えていた英語の勉強をしたりしましたが、外出を避けなければいけない状況であり、どうしても空いてしまう時間があるため、だらけてしまうこともありました。その時間は映画を見たりなどをして、このせっかくの空き時間を、空き時間でしかできないようなことを行いました。自宅で過ごすのは退屈でもあり4月の後半はリフレッシュも兼ねたランニング等も行いました。さすがに2か月近く自宅で、授業もないまま過ごすのは退屈でした。やることも限られてしまいます。3月4月の生活を振り返ってみてより早急の問題解決を願うとともに、自分とその周りの人間の健康を考えて過ごしていきます。
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3月はまだアルバイト先が営業していた為、主にアルバイトをしていました。また、マスクをするなど感染予防をしながらショッピングなどの外出もしていました。しかし、4月に入りアルバイト先が営業停止をし始めた頃から不要不急の外出を控えるようになり、犬の散歩以外ずっと家にこもっています。ここ1ヶ月間は普段できない部屋の掃除やYouTubeで流行しているダンスで筋トレをするなどおうち時間を有効活用して過ごしています。
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 4月3日に脳腫瘍ができている事が発覚して緊急入院をしたのだが、入院前の約1ヶ月半ほぼ寝たきりのような状態であったため、3月と退院した4月22日までの記憶が体調が悪くしんどかったという印象がかなり大きい。  まず寝たきりの様な状態になった原因が、2月13日くらいからの寝違えたのかと思う程の軽い痛みが続いた事から始まった。私は國学院大學北海道短期大学部からの編入性であるため、そのときは、北海道の滝川市にいた。東京の実家に戻って来って、3月に入ってから、起きている事ができない程の痛みに加えて、吐き気も出て来てしまった。その頃は、吐き気が痛み止めの薬の副作用で出ていると考えていた為、3月の前半は家の近くにある、整骨院と整形外科に通っていた。しかし、そこの通っても一行によくならないどころか、レントゲンの写真には異常が見られないといわれたため、神経的な病気かも知れないと思いMRIを取るため、東邦大学付属の大橋病院に行く事にした。私は過去にも水頭症と言う脳の病気になっていた為、可能性は高いのではないかと考えていた。3月12日に病院まで行き診察を受けた。その時に再度レントゲンを取ったがやはり異常は無かった。その後手足の動きの検査をされたが、その結果、脳に腫瘍が出来ていれば手脚に痺れが出るはずだから、MRIを取る必要はないと言われ、断られてしまった。今考えると、この時に断られていなければ3週間近く早く 入院できていたであろうし、辛い思いをしなくて済んだと思うと、怒りがこみ上げてきます。その後も痛みが続き、親戚から鍼・灸をやってみてはと提案されて行ってみることにしたが、原因が脳にあるため、痛みを和らげることは出来なかった。3月22日から吐き気がひどくなり、水を飲むこともできなくなってしまい、家の近くの内科で点滴を打ってもらうようになった。その後打つ手が無くなりダメ元で、人間ドッグでMRIを受ける事にした。その結果、小脳に4cmの腫瘍があると告げられ、緊急入院となった。  4月7日に手術となったのだが、その日まで、身体を動かす事や、痛みで寝る事もでかなかった為、人生の中で一番長く感じた4日間であったと 思う。次に日からは、ICD(集中治療室)から一般病棟に移る事となった。まだこの時、この病院ではコロナ患者を引き受けていなかった為安心出来た。部屋を移動した次の日から食事の許可が出たため、少しづつ食べていたが、体重を計ってみたら52キロになっていた。普段であれば62キロくらいなのが、2週間何も食べていないし、寝たきりだったので、筋肉の低下が甚だしくこれから始まるリハビリが大変だった。筋肉量が落ちている為歩く事も出来ない為、トイレに行くためにナースコールで看護師さんを呼び車いすで行くのが、とても嫌でした。仲の良い看護師さんができ、元気付けてくれたこともあり、だんだんと寝た状態から上半身だけ起き上がることや寝返りなどはできるようになった。手術後2週間くらいからリハビリが始まった。小脳の手術後の特長として、めまい・ふらつき・吐き気が有るらしいのだが、今まで普通にできていた、歩く事がとてもしんどく、階段の上り下りは全くできなくなっていた。3日間続けていたらできるようにはなったが、いまでもふらつきが直らないことや歩くスピードの遅さはこれから治していかないとと考えている。  4月22日に退院をしたのだが、その2日前に退院に当たっての説明があった。そこで病名を告げられたが、その病気で出るはずの症状が出なかったり、出ないはずのものが出ていたり、本来ならば思春期に出てそれ以降はこんなにでかくなる事はないし、大きさが異常ということだった。前のMRIでは4cmということだったが実際は8cmだったらしい。これを聞いた時はそんな大きさの間違えあるかと思ったし、そんな大きさの物があったらあれだけしんどくなるよなと思った。しかし腫瘍が良性であったこともあり退院にあまり時間画家からなっ買ったのは良かった。  3月4月の生活を題材に書いたが、この2ヶ月は世間がコロナで騒ぎ始めた頃とかぶっていた為、多くの人に心配されてありがたかった。辛いことが多く面白いような事は何一つ無く、つまらない内容かもしれないが、もう二度とこの様な病気にかかりたくないし、他の人にもなって欲しくないと思う。
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私はほとんどバイトと自宅にこもる日々でした バイトは生活必需品を販売しているので休みにはならず且つ人手不足なので週4日ほど出勤した日もありました。生活必需品と言ってもスマートフォンの販売と設定の仕事なのでお客は減るだろうと思いましたが思った以上に来客が多くて驚きました。スマホが壊れてしまってとか、テレワークのためにスマホが必要というのなら分かりますし、こちらも心を込めて接客しようと思いますが、中には「サブ機が欲しい」とか「ゲームのデータを移行したい」とか「LINEの使い方が分からない」とか、ほんとにそれ今必要?不要不急では?なんていうような客も多かったです。その大体が50代以上の男性で(女性もちらほらいる)、高年齢層のネットリテラシーの低さというモノを実感しました。特にそんなのググれば分かるでしょなんていう事もいちいち聞いてくる客がいて本当に困りました。まあこちらもそれでお金をもらっているので無下には出来ませんが、この非常事態宣言中なのでもうちょっと考えて欲しいなと思いました。 それ以外の日は家でだらだら過ごしました。勉強しようとか掃除しようとか色々計画立てても気がついたら夕方になってるんですよね…。
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自分は3月前半は学校もなく長期休暇だった為アルバイトをしたり友達と遊んだりして有意義な時間を過ごしていた。ほぼ毎日どちらかの予定があったりして、1日家にいる日などほとんどなかった。この時はコロナウイルスはニュースなどではちらほら取り上げられてはいたが自分はさほど気にすることもなく普通に生活していた。しかし3月後半になり以前よりニュースでコロナの特集が多くなってきた頃、自分は飲食店で働いているが、働いていてもあまりお客さんが来ないなと思っていたその3日後程で自分が働いているアルバイト先が無期限の休業になってしまった。コロナが本当に危ないと言う認識を持ったのはちょうどそのころあたりであった。そして3月後半から現在までアルバイトをすることはできていない。4月前半は緊急事態宣言が発令される前から自分は外出を自粛しておりほとんど外に出ることはなかった。4月後半も自粛期間が続いており、あまりにも時間があり暇であった為普段あまりしないようなランニングや勉強を習慣付け、現在も行っている。正直今の自粛生活は本当にしんどいことである。特に4月は友達とかなり遊ぶ約束をしていたり、ちょっとした旅行なども計画していたりしたが殆どがキャンセル状態になってしまったり、自分は4月が誕生日であるがコロナで外出が自粛されていた為友達にも直接祝われることもなく、誕生日でほしかったものも買いに行くことができなかった。今までの人生の中で最悪の誕生日であった。しかし家でのんびりする時間や家族と過ごす時間はこの自粛生活がなければ滅多になかったことなのでそこはよかったと思っている。
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3月の初めは新型コロナウイルスの影響が少なく、友達の家に行くにしても、遊びに出かけるしにても、電車を普通に利用していました。私は4年生なので、就活に関しても今のような自粛を行うのではなく、厳重に注意して企業説明会などを行うようにしていました。3月頃のコロナに関しての私の考えとしては、隣の国中国で物凄い勢いで広まり、死者も凄かったのですが、そこまで危機感を抱いていませんでした。 しかしそれも束の間、クルーズ船で発症した人が出たときにはとても驚きました。日本ならすぐに押さえ込む事ができると客観的に見ていました。しかし段々と広まった時や緊急事態宣言が発令された時、志村けんさんが亡くなった時に初めて危機感を抱きました。4月に入ると緊急事態宣言が発令されている為、就活も一時休止といった感じになりました。実際に対面での説明会や面接は無くなりましたが、webを使ったものが増えてきており、新型コロナの影響で今後の就活をはじめ、社会活動に大きな変化が訪れるのではないかと思っています。在宅ワークやwebを使った会議など、人々はその便利さにとられ、今後日本の働き方が変わるのではないかと考えています。
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 一月下旬には大学の一年次の日程は全て満了していたため、新型コロナウイルスの影響を受けて授業開始が延期になり空白となった4月においても二月からの予定の延長、思ったほどには進まなかった進捗の補填に当てていました。内容としては簡潔に言えば「絵」に関する様々な技能および知識の短期間での習得を目指しました。  切りよく始めるため、かつ後々記録を顧みる際にわかりやすいように2020年2月1日から学習をはじめ当初3月31日に終了するようにしました。しかし想定より難解であったことかつ、様々な問題の発生、体調面の悪化、慢性的な偏頭痛の再発により4月30日にずらしたもののそれでも計画の2割程度のレベルにしか達しませんでした。実際の授業であれば全て落第だったでしょう。計画した科目はそれぞれ題するなら、「美術解剖学」、「配色とイメージ」、「ペイントソフトの応用技法」、「ペン画の技法」、「デジタルアニメーション技法の変遷」、「フォトバッシュ入門」、「モノクロ画」、「イメージとデザイン」などと言えるかもしれません。  細かい基礎的な内容に関しては2月に終わっていたため、実践に終始した3月も同じく省略し主に4月における進捗について記します。  一つ目は基礎的なデッサンと美術解剖学によって得た人体の特徴、特に筋肉と骨についての知識を応用するため毎日、自分自身の体のパーツをデッサンし、それを知識に基づいて人種、性別、年齢の異なった場合に変換する練習をしていました。これによって人物画における描画の幅、個性を得る取っかかりを作ることを目指しました。  二つ目は基礎的なフォトバッシュの技法を使って自分の写真を利用した絵を複数描く予定でしたが、新型コロナウイルスの影響により断念し、ネット上のフリー画像を無作為に取り上げて合計7課題としました。  三つ目は、配色とイメージを絵本を題材に描かれている挿絵の整理と再配置、再配色のため15冊を利用しました。  本来これらは4月の上旬に終わらせるはずのものでしたが、喫茶店が閉鎖かつ外出禁止によって自宅での習得に限られ、遅延が起き現在でも完璧には遂行されていません。ペン画、モノクロ画、アニメ画、グリザイユ画法などは一定の成果を見せましたが実践としての結果は7月以降になるようです。  少々予定を詰めていた感覚はあったものの新型コロナウイルスによる自宅待機での軽い無気力症状により予定が大幅に狂ったことは想定外でした。外に出なくても実行可能だからと流すこと無く、冷静に状況を判断し、自己の精神の弱さを鑑みることの必要さを理解することの重要さを知りました。
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私は、4年生になり就職活動が本格的に始動しました。そして、3月は企業の新卒採用情報が解禁したことで、特に3/1は忙しかったです。会社説明会を予約し、直接顔を合わせて参加できたのは1社のみでした。この会社は私が志望している会社で、グループディスカッション(以下『GD』)は中止となり3月中旬に1次面接、3月下旬に2次面接が実施されました。大変ありがたいお話で、結果は採用していただけました。それから、内定者会社説明会の予定が4月上旬にありましたが、緊急事態宣言により延期となりました。その後、5月上旬に日程変更し先月末5月下旬から6月になるだろうとご連絡いただきました。 4月は、上記にも述べた通り外出自粛でオンライン上でGDを実施する会社が急増していると同級生の友人からも聞きました。私が参加したGDは2社です。エントリーシートを提出・合否の連絡の後、次の審査に進むことができました。どちらもZOOMで、実施されました。私の志望している会社の方は、2次面接に参加できることになったので、とても光栄です。しかし、不採用のご連絡をいただいた会社が先にGDと結果が発表され、意気消沈していたなか友人が「その会社とは、縁がなかっただけだよ。頑張って。」と応援してくれたおかげで、考えを巡らせていた反省点を私は次に活かすことができる、と思い、リーダーシップやタイムキーパー等を積極的に取り組めました。次に、2次面接が行われるのは5月中旬でやはりZOOMの画面越しなので自分の気持ち・強みが伝わるか不安はありますが、頑張ります。 また、私自身マイウェイなので、あらゆるトレンドを知ることが好きですが、アニメ鬼滅の刃やあつまれどうぶつの森には夢中にならず、自分が好きなアニメ・ゲームが追加されました。他にも、声優さんが歌うラップに夢中になりました。その中で、本当に嬉しい出来事がありました。3月下旬にABEMA TVでライブを無観客ながら無料で生放送されました。その後、1週間無料ビデオも何回も見直しました。 しかしながら、本当に大好きな声優さんが先月亡くなりました。おそらく国民が一度でも聞いたことがある声だと思います。代表作が、クレヨンしんちゃんの野原ひろし役の藤原啓治さんです。藤原さんの訃報が耳に入ったときは、絶句しました。ここ最近は、芸能人の方々の訃報を悲しいことによく聞きます。そして、ここ数年は享年が目に留まる機会が増えました。両親は、50代で、特に父は来年還暦を迎えます。只今、新型コロナウイルスう状況で免疫力が低下している人には重症感染者になりやすいそうなので、持病がある父に移すことが最も怖いことで、家族全員感染予防を何回も行っています。 手を洗うときには、30秒間洗うと細菌が10分の1、1分間洗うと細菌が100分の1になると言われています。ただ手のひら、手の甲をゴシゴシ洗うだけでなく、洗い方も気を付けています。また、アルコール洗浄薬も家に常備しています。これは、手を洗うことと99%同じ効果が立証されています。
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2020年3月都内では新型コロナウイルスが蔓延していたが、街は活気があり人々もあまり意識していなかった様子である。ニュース番組では度々報道されていたものの、老若男女問わず気の緩んだ者の外出が見受けられた。 私個人としては、常に新型コロナウイルスに細心の注意を払うようにニュース、Twitter、スマートニュースなどあらゆるSNSを活用して情報を取り入れていた。 4月7日に緊急事態宣言が出されると完全引きこもりになった。街も人も活気がなくなった生活になってしまったが、普段できないことをできる時間にも当てられる。そこで私もSN普段はSNSで情報収集しているが、今回は本を読んで新しい情報を獲得し、更に語彙力を向上させられるような生活を送った。
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3月から就職活動を始め、企業の説明会や選考に足を運びました。3月の後半辺りからコロナウイルスの影響が日本にも本格的に現れ始め、多くの説明会や選考が中止または延期となり、就活という大きな不安の中で宙ぶらりんの状態となってしまいました。 4月に入ってからは基本的に外出はしないようにし、オンラインによる説明会や面接などを中心に就活を行いました。しかし、努力の甲斐なく内定という結果を得ることはできませんでした。 自粛を始めてからほとんど引きこもりのような生活となり、娯楽がないままただ時が過ぎていくので、非常にストレスを感じています。恐らく元の生活に戻ることもできないであろう事は薄々勘づいているので、どうしていけば良いのかを模索中です。
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3月の上旬は部活をいつも通りしていました。しかし新型コロナウイルスの影響でその活動がする事が出来なくなり、寮で生活していたため実家に帰省しました。 3月中はだらだらと生活しスポーツマンとしては怠惰な生活を送り4月から徐々に身体を動かし始め、メリハリのある生活をしていました。 生活面では、する事がないので字が上手くなるペン字講座の本を購入しそれに励み、今も己の字と向き合っています。
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三月は中旬まで普通に生活していましたがそれ以降は本当にコンビニにいく以外はSTAYHOMEを続けています。勉強もそこそこしています。
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3月は、群馬の草津温泉に行きました。草津では、有名である西の河原温泉と大滝の湯に行くことができました。特に西の河原温泉の大露天風呂には驚きました。3月はその他にも、部活の関東大会がありました。関東大会では見事優勝することができ、全国大会出場の権利を得ることができました。 ですが、コロナウイルスが広がり、3月後半から4月は外出はしませんでした。ほんとんどの時間を家で過ごすことになりました。そのかわり、家で過ごす時間がたくさん取れたので、自分のこれからを考えたり、資格試験の勉強をしたり、就職活動に向けて少しずつ自分なりに取り組んだりしています。家での時間が多いのでこれといった生活は送っていません。世の中のためにできる限り外出自粛するように心がけています。
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新型コロナウイルスの影響があり自宅待機することが多くなった。アルバイトも休業となり時間が増えたため、勉学に時間を費やしたり、筋肉トレーニングをしたりなど自粛期間中であるためにできることやった。今だからこそできることをやる。それが将来の自分に繋がるかは分からないが、就活のために自分のやるべきことを探る時間になった。
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私は今年で4年生になります。3月は関東での就活も視野に入れるため、帰省先から戻ってきた時期になります。しかし、帰ってきてみると予定していた企業説明会や合同説明会が軒並み中止に。一気に何もやることが無くなってしまいました。私の3月はWeb説明会を開いてくれる企業を探すところから始まりました。心の中ではいきなりこのような状況になって不安と苛立ちが隠せませんでしたが、みんな同じ状況なのだということを強く自分に言い聞かせることで心を落ち着けていました。自分なりに足掻いた結果、4月の上旬には1社内定をいただけました。その間、自分の生活のためにもアルバイトの回数や時間を増やしました。自分はドラッグストアで勤務しており、パートさんや他のアルバイトの子たちがこの騒動で出られない穴を埋める形で起用されました。多くの仕事が休業や時短営業を余儀なくされている中、一定以上の時間働ける現在のアルバイト先には感謝しています。ひとり暮らしではありますが、お金に困ることはなく、現在まで生活できています。
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3月の後半から4月のほとんどは友人の家に泊まってました。その友人は中学時代の同級生です。自分の家には両親はもちろん祖父母がいるので、生活の細かなことに口出しなどをされてストレスなので、最初は気分転換程度に泊まりに行ってました。しかし友人はホストクラブで働いているので、中野の賃貸に住んでいて、さらに白いポメラニアン(2歳)を飼っているので居心地が良すぎ、その結果、4月のほとんどを友人の家で過ごすことになってしまいました。第2の家、中野での生活をするうちに、中野のグルメにも詳しくなりました。最近のマイブームは老舗の定食屋巡りをすることで、中野にもいい感じの定食屋がありました。老舗の定食屋の良さは、なんともいえない温かさがあり、お店によって同じメニューでも味が違うことです。私が1番赴きを置いている点は、お店の汚さです。この汚さとは褒め言葉です。おすすめのお店などをここで紹介するのもいいですが、定食屋は正直なところランキングなどは付けづらいです。グルメ全体でのおすすめだったら、オープンしたばかりの牡蠣ラーメン屋、ただいま変身中がおすすめです。ラーメンと言えば、基本的には男性が食べるイメージが強いですが、このラーメン屋さんは女の子1人でも来れるようなおしゃれなお店で、味も鯛の出汁の旨みや牡蠣のミルキーさがあり、激推しできます。中野に行くことがあったら食べてみてください。コロナウイルスが流行り、4月後半から現在までは自宅での外出自粛生活をしてますが、これだけ外に出れない生活が続く前に、たくさん外出をしておいて良かったです。自粛生活が長引いてますが、4月の後半にバイト先の友人と2人で、滋賀県に1泊2日の旅行に行きました。なぜ滋賀県かというと、私の彼女がいるからです。旅行というと大阪などの大都市に遊びに行くのがメジャーですが、大都市はお店がやっていないので滋賀県の田舎さはベストタイミングと言えました。ただでさえ田舎なのですることがないのに、コロナウイルスの影響でお店が閉まっていたので、滋賀県に着いたはいいものの何をしようか、という状態でした。彼女の次に目当てにしていた琵琶湖を見れて、近江牛のすき焼きも食べれたので満喫はできました。1泊2日が丁度良かったのではないかなと思います。自粛生活早く終わってくれと嘆いてる人が多く見られますが、私はインドア派なので、まだまだ家での時間を楽しめます。最近は、姉の部屋に放置されていた。スピーカーを自室に持ち込みました。自分で録音した歌の編集をしてみたのですが、ヘッドフォンではバランスの把握が難しいので、スピーカーの導入は効果絶大でした。パソコンの周辺機器は充実していて、ゲーム配信なども可能なので、これから自粛生活の時間でやっていきたいと思います。また、アコースティックギターでの弾き語りも絶賛練習中なので、この期間で上達を目指したいと思います。
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コロナウイルスの感染者が国内外で確認され始めたのが二月末から三月初めでした。 三月初めにはコロナウイルスの脅威が徐々に明らかになり、自分も自粛生活を強いられました。 楽しみにしていたサークルの追いコンや、合宿はなくなってしまいとても悲しい気持ちになりました。また、本格的な就職活動が始まり、説明会や面接に参加しなければいけませんでした。しかし、コロナウイルスの脅威がさらに広がった為、面接や説明会は延期や中止が多くなり、家にいる時間が長くなりました。 四月には緊急事態宣言が出され、さらに自宅で過ごす時間が増えました。 自宅にいて時間があるのだから、toeicに向けて勉強しようと決め、努力しています。
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まず3月は、ほぼ就職活動に時間を割いていました。主にWEB説明会を見てESを書き、WEB試験やWEB面談を受け、お祈りメールを受け取り落ち込むという生活でした。また、3月は合同説明会などの予定がたくさん入ることを見越して、アルバイトのシフトもいつもよりも少なくしていましたが、コロナのおかげでWEBに移行・または延期になってしまいました。そのためアルバイトも出来ず、コロナのせいで友人とも会えず、就職活動の愚痴を会って話すことも出来ず、かなり気の滅入る毎日でした。しかし、コロナと就職活動が終わったらやりたいことを考えることで自分を奮い立たせていました。ちなみにコロナと就職活動が終わったら、『友達と新大久保に飲みに行く』、『カラオケに行く』、『カフェ巡りをする』、『推しのライブとイベントに行く』、『韓国旅行に行く』を叶えたいと思います。  初めてのWEB面談では、とても緊張しましたが久しぶりに家族以外の人と話せたことが嬉しく、少しずつリラックスして臨むことが出来ました。就職活動以外では、4月から看護師になる友人と一緒に報告も兼ねて、高校時代の恩師に会いに行ったり、他の友人とはりんご飴専門店のカフェに行ったりと、自粛前までは普段と変わらない日々を過ごしていました。  4月は前月に提出したESなどの選考結果を待ちつつ、再びESを書いて提出しアルバイトをするという生活を送っていました。私はここでやっと、長期の春休みでかなり大きくなった胃袋の存在に気が付きました。体重がどんどん増えているので、次に学校に行くまでには元に戻したいと思います。  また、私はスーパーマーケットのベーカリーでアルバイトをしているので、コロナ自粛でもほとんど影響を受けていません。お客さんの出入りも増えたように感じ、特に外出自粛により遊びに行くところがないというような、私たちと同じぐらいの年齢のお客さんをよく見かけます。このコロナ自粛によって、食品小売業の強さを考えさせられました。その一方で普段のアルバイト中にはあまり気にならなかった、お客さんが値引きシールを商品に貼った瞬間に密集してくることが、とても怖くなりました。世間ではアルバイトが出来なくなったことにより、生活に支障が出ている学生がいる中、贅沢な悩みかもしれません。しかし、感染のリスクもある職種だと考えさせられました。今も怯えながらも、お客さんに快く買い物をしていただけるように、アルバイトをしています。
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3月の初めは特にコロナの影響はあまり感じることはなくバイトも普段通り入れていたが、3月末近くになるとバイト先も営業短縮が行なってしまい、お金を稼ぐ事が出来なくなってしまった。でも遊びに行く所などは営業していたのでその辺は気楽に過ごせていた。4月に入ると緊急事態宣言が出てバイト先も4月の末には営業自粛せざるを得ない状況になってしまい、バイトも無くなり、ショッピングモールなども営業自粛してる所が数多く、遊びに行く場所も無くなってしまい、家で過ごす時間が格段に増えてしまった。家族は平日は仕事に行ってしまっているので、1人の時間が増えてしまい、暇な時間が日に日に増えていった。遊ぶ場所がないからお金を使うことは極端に減ったがしかし、家にいるだけだとやる事が無く、1日を無駄にすることが多かった。 友達とも緊急事態宣言が出てから会わなくなり、趣味であった筋トレもできなくなったしまった為とても苦痛な生活を虐げられている状況であったと思う。
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3月4月はバイトがコロナウイルスによって休みとなったので、外出することなく自宅に引きこもっていました。自宅で主にやったことはいくつかあります。一つ目はピアノです。ここ最近は忙しくなかなか弾けていなかったのですが、時間に余裕ができたこともありかなり練習できたと思います。僕はジブリの音楽などもやっている久石譲さんが好きなので、彼の曲を何曲か弾けるようになりました。1日にだいたい2~3時間くらい練習して、5日で一曲のペースで覚えています。しかしずっと座って練習していくと、次第に腕や腰が痛くなってきてしまい、なかなかのストレスとなっていました。これを解決するため、お尻に敷くクッションを購入しました。クッションの力は非常に驚くべきものでした。今までは1時間もすれば腰が痛くなっていたのに対し、クッションをお尻に敷いただけで2~3時間、いやそれ以上座っても全く痛くないのです。もうクッションに感謝、感謝、大感謝です。しかしなぜクッションを敷いただけで痛くならないのか。そこがとても疑問です。確かにクッションは柔らかくお尻に優しいことは確かです。ですがピアノ用のイスにも購入したものほどではないですがクッションが含まれているので、普通のイスよりもむしろお尻に優しいものなのです。なぜだろうかと考えていると一つの答えが見つかりました。その答えとはつまり、「姿勢」です。僕は普段から猫背で、普通にイスに座っていても背中は丸まったままなのです。ですが、クッションをお尻に敷くことによって常に僕の背中がピーンと張っていることに気がつきました。なぜ背中が張っているのかというとクッションの面積に関係がありました。普段イスに座っていると非常に安定しているうえに、お尻全体を使っているため非常にリラックスした状態なのです。それに比べ、僕のクッションはそんなに大きいサイズのものではありません。座ると多少のグラつきがあるうえに、お尻の中心部分でしか座ることができませんでした。実はクッションを敷いてるときは、体はリラックス状態には無かったのです。そうすることにより緊張感が生まれ、背筋が伸びているのでした。また、クッションを敷くことによって、敷いてない時よりも上手に弾けてるような気がしました。(気のせいかもしれませんが)つまりクッションによって自然と僕の身体の姿勢は良くなっているということです。これが故意ではないということが驚きです。無意識に姿勢が良くなる。クッションの力は非常に驚くべきものでした。ピアノもさらに上達していきます。2つ目は読書です。最近kindleを購入したので様々な本を読んでいます。この期間中にも不夜城や三四郎など読みました。本は自分の部屋でもリビングでもなく、お風呂で読むことが多いです。Kindleは防水なんです。試しに湯船の中に入れていてもびくともしません。しかしお風呂で読んでいるとつい時間を忘れて読書に没頭しています。普段僕は家族の中でも最後にお風呂に入ることが多いので湯船は冷めていることが多いです。なのでいつも追い炊きをしているのですが、読書を始めてしまうと熱いお湯が冷めてしまうまで読んでしまうのです。そうするとせっかく湯船に浸かったはずが出るころには身体が冷えてしまっています。これでは意味がない、ということで実はお風呂での読書は諦めてしまっています。これによりここ数日はシャワーで済ませています。しかしシャワーにも体が温まりきらないという問題があります。それなら湯船に浸かればいいだろうと思われてしまいますがそれは違うのです。僕にとって湯船と読書はセットであり、片方欠くと全く意味がないのです。変なプライドからkindleを持たずに湯船に浸かることができない身体になってしまいました。さらに、。湯船以外の場所の読書が集中できないのです。部屋やリビングには様々な誘惑もあので、読書に全集中できないのです。それに比べ、湯船には誘惑のゆの文字も存在しません。果たして僕はどうすればいいのか。真剣に悩んでいるのです。とりあえず今日はここ数日ぶりにkindleを持ち込みたい気分です。ちなみに今はペストを読んでいます。この3月4月、いろいろ思いながら生活していました。
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3月後半からコロナウイルスの感染拡大が本格的になり、不要不急の外出を控える呼びかけが強くなったので、意識的に外出しないよう心掛けました。アルバイトは浅草のカプセルホテルと神保町のカフェでやっていますがどちらも4月頭から緊急事態宣言が解除されるまで休業となっており、働けない状態です。(カプセルホテルの方は直近3か月の給与の平均の6割の休業補償はあるみたいです。)家ではゲームをしたり、個人的な勉強をしたりと、好きなこととやらないといけないことを織り交ぜながら過ごしています。しかし、今の現状に飽きており、生活習慣の乱れや運動不足にもなっているので早急に収束してほしいです。
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3月は就職情報解禁ということで、希望業種の企業研究、説明会参加などを行なっていた。アルバイトを3月時点で休職していたため、説明会などで外に用事がない限り全く家から出なかった。 4月は緊急事態宣言により、就活の停滞が多く見られた。ES提出期間延長、説明会をweb上へと移行、web面接の開始など3月以上に外に出なくなった。 実家暮らしのため、1週間全く外に出ないこともあり、さすがにインドア派の私でも少し外に出ようと思い、夜散歩をするようにした。 また、友達とも長らく会話をしていなかったため、LINEやzoomを使いビデオ通話をし始め、少しでも明るい雰囲気を味わうようにした。
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 3月・4月はコロナウィルス感染拡大の影響によって大学の授業開始が大きく遅れた事や自粛の必要が生じたこともあり、基本的には自宅で所謂巣ごもりをしていました。世の中の状況は気にしつつも、普段出来ていないこと(映画鑑賞・読書・少し凝った料理・念入りな掃除等々)をしたり、有意義に過ごせていると思います。私の場合、幸いなことにアルバイト先は営業を続けられているため、減りはしているものの収入もあります。元々私自身あまり外出をしないこともあり、実質的には春休みに入ってからほとんどずっと自宅で過ごしていますが、特別にストレスなどもありません。そういった事情もあり、現状のところウィルス感染拡大の影響は少なく済んでいます。ただ、やはり気になるのは今後のことです。どちらかといえば現状の事よりもこの先の事の方が心配です。当然ですがアルバイト先や日用品の買い物でウィルスをもらってくる可能性があること、大学での遠隔授業がどのような形で行われていくのか(もちろん大学側・担当教員側からの情報共有はありますが)実際に行われるまで分からないこと、自粛がいつまで続き、その影響(主に経済に関して)はどれほどのものになるのか予想がつかないことなど、挙げればきりがないですが不安要素はたくさんあります。今後の動向を注視して少しずつでも不安を払拭していけるように努力したいと思います。その一環としてこの授業にもきちんと取り組んで行きたいと思います。よろしくお願いします。
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3月はカンボジアへのボランティア活動の予定が消えてしまい、サークル自体の活動も新歓準備に入ろうとするところでした。アルバイトもあり生活リズムはほとんど崩れることなく、4月に入ってからは朝のランニング5キロが日課に染みつき、生活リズムは良好かと思っております。その日の気持ち次第ですが、出来るだけ毎日勉強をすることを心がけています。
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三月四月の生活は、自分の意思ではなにもできない赤ちゃんにいきなり変わってしまったような気持ちで過ごしていました。 やりたくてもできない、限られた家の中での生活、外には危険がたくさんある、でも外の世界がとても気になる。会いたくても会えない、行きたくても行けない、すべて制限された世界です。 私は時間を気にせず起きて、1日2食の食事をし、趣味に関連する動画を見たり、今会いたい人とテレビ電話をみたり、やらなければいけない就活関連、学校関連は適当な時間に済ましたりなど、とてもルーズな日々を過ごしていました。ダラダラな毎日です。 しかし、感じることは多くあって、 世の中は大変で良いこと一つも無いかもしれませんが、この生活は意味があったのではないかと凄く感じさせられています。 まず一つ、 普段できていた生活から一変し、限られた生活をすると、以前送られていた、ごく普通だと思っていた自分の生活に、ありがたさを感じることができます。いつも連絡すればすぐ会えた友達、その環境はいつ続くかはわかりません。その時間をもっと大切にしなければいけないな、と思いました。 次に、 自分を振り返る、改める機会が増えました。フリーな生活を送っていくうちに焦りを感じました。このままで本当に良いのかと。自分の生活を改めて、部屋の掃除などをし、色んな意味で整理できたと思います。 そして、 家族の温かさを感じられました。私の家は、兄弟は全員学生で、親は仕事があります。なかなか家族全員でご飯を食べる機会も少なくなっていました。久しぶりに家族みんなで食べるご飯はとても美味しかったです。 こんな時期に、このようなポジティブな考え方は批判されそうですが、私はどうにかしてでも良い意味で捉えたいと思っています。 実際にこの期間でモノの見方が変わった気がします。凄くこの期間・生活は、自分自身を試されている気がします。何もできない私ですが、せめて自分にとって少しでもプラスになるような行動ができていれば、それは周りにも伝わるのではないかと思い、自分の思う正しい過ごし方をして来たつもりです。
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三月に関しては25日頃までサークルとバイトがメインで生活を送っていました。その後、本格的に自粛生活を送る中で、何か新しいことを始めようと考え、プログラミングの学習を始めました。現在ruby on rails の勉強をしています。また、FAとして新しい形の基礎演習をより良くするためのプロジェクトを行なっていました。そのため、zoomによるビデオ会議も毎日行なっていました。隙間時間では、私が以前から読みたかった、落合陽一先生のゼロヒャク教科書を読んでいます。また、最近運動不足が気になって来たため、NTCのアプリを利用して毎日ヨガと筋力トレーニングを行なっています。
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3月前半は地元に帰省し、自動車免許の取得に励んでいました。この時から周囲の人のコロナウイルスへの関心が高まっていましたが、マスクの着用と手洗いうがいをきちんと行うなどの対策程度でした。 3月半ば頃に免許を習得し、大学やアルバイトのために実家から戻りました。 3月後半頃には自粛ムードも高まり、外出してもいつもより人がまばらだなと感じる状況が続きました。 しかし4月に入ってすぐ緊急事態宣言が出されたため、アルバイト先も休業が決定し、自分自身が不要不急の外出を避けるようになりました。このような状況によって人と接する機会が激減して、自分が周囲の人とどれだけ関わり支えられているかを実感しました。また、友人や家族と直接会うことが難しいために「オンライン帰省」「リモート飲み会」などの電子機器を利用した人との関わりが以前より多くなりました。SNSを今まで以上に使うことも多くなり、この状況をどのようにして乗り切るか、きちんと目標を立てて生活することが必要だと感じました。しかしこの状況は今まで億劫になっていて挑戦できなかったことに挑めるいいきっかけになるとも感じました。今年3年生になり就活も始まっていく中で、自分に足りないものや興味があることなどを整理するいい機会を得ることが出来たという点ではプラスになりました。
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3月上旬  コロナの感染者数を気にして過ごしていた時期 二月下旬からとても増えてきたので予定を全てキャンセルし、ほぼ家から出ない生活をしていた。 家から出るのは犬の散歩と買い出しくらいだったが、初めての引きこもり生活 また、引きこもってあまり日数も経っていないのでまだ味わったことのない日常を楽しんでいた。 いつもはやらない料理を楽しんだり、読書に没頭したり、ネットサーフィンに飽きたら気まぐれで犬の散歩に行ってやったり、友人と通話しながら夜遅くまでゲームしたりしていた。 3月中旬 Twitterや新聞記事からコロナに関する情報や自他国の政府の方針を入手し、危機感を強める。 生活的には殆ど3月上旬と変わらなかったが、家族にも外出自粛を要請し、自分も犬の散歩や買い出しには必ずマスクを着用し、手洗いを徹底するようになった。 元々子供が苦手てだし、コロナの影響もあり、近くに住む従兄弟が家に遊びに来るのは本当は嫌だったが、笑顔で遊んでやった。 一つ大人になっていると実感した。 3月下旬 引きこもり生活に飽き飽きし、ストレスを抱えこむようになる。 初めは良かったが、この頃から苦痛に感じ始め、友人や先輩との通話でもい外出自粛生活の愚痴をこぼしていた。 やる事も無くなってきたので、気になっていた本、DVDをストレスの発散も兼ねてネットで爆買いした。 4月上旬 ネットで爆買いした本とDVDを謳歌していた。 しかし、家族も外出自粛のストレスに晒されているようで、自宅で楽しそうに過ごしている様に見える私に嫌味を言い、口論になった。 それがきっかけで、私のイラついてしまった時の対処策 家の片付けが始まった。 家族も暇なようで今回は片付けに参戦し、私家過去最大の断捨離が始まった。 4月中旬 家も片付き終わり、私と家族は平穏に過ごしていた。 だがやる事が読書か、友人と通話しながらのゲーム以外になくなり、それが毎日のルーティンとなり始めた。 このままではいけないと思いながらも親しい友人と話しながら食べる菓子がとても美味しく感じた。 4月下旬 好きなアーティストの新曲をYouTube聴いていたら、ある動画見つける。 きまぐれクックとアル中カラカラの動画だ。 天国と地獄みたく対称的な動画を行き来し、とても楽しかった。 ふと我に帰り私もパンピーの一員なのだなと思いつつも、YouTubeで動画を再生し続けた。 私の友人間にもZOOMが浸透し、オンライン飲み会の誘いがちょくちょく来るようになった。 楽しくなくはないが、いつもの居酒屋での飲み会のが楽しいと思ったし、流行に乗りたくてオンライン飲み会を開いてるだけなのではと思うと、とてもシラケてしまった。
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3月中は部活動の自粛が求められたため、数日間しか活動が出来なかったが、アルバイト先は営業していたため、部活動がなくなった分普段よりたくさん出勤することができた。4月に入ってからは、部活動が一切出来なくなり、アルバイト先も営業が自粛となったため、自宅待機する生活となった。朝は母親の仕事への送り迎えをする事によって早起きする習慣をつけ、生活リズムを整えた。日中は、家の周りをランニングしたり、妹とバレーボールの基礎練習や筋力トレーニングをしたり、この自粛期間を有効利用するために始めたアコースティックギターの練習をしたりして過ごした。夜は芸能人の方の配信を見ることが日課としていた。早寝早起き、3食の食事など、比較的整ったリズムで生活し、普段できない基礎トレーニングや新しい趣味に時間を割くことができた充実した1ヶ月だった。
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アルバイト中心の生活を送っていた。
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写真も一枚もなく、全く覚えていません。 おそらく1日ねていました。
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3月は地方にある実家に帰っており、家族と過ごした。緊急事態宣言が出される前であり、買い物や友人との食事などもしていた。また、WEB制作に興味があるので、ドットインストールを通して、htmlとcssを使って、簡単なウェプページを作った。 4月は緊急事態宣言が出されたことで、地方にいながらも外出は控えていた。思い通り、対面の授業ができないと思い、少し落ち込んでいた。引き続き、ウェブサイトに力を注ぎ、4月はJavaScriptを勉強し、実際に使ってみた。WEBプログラミング言語は数を積まないと成長できないと思い、今も必死になれようとしているがやはり、難しい。
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3月は実家に帰省をしていて、親の元でアルバイトをしていました。ある程度休みももらい、休みの日は高校の頃の友人に会ったり、家でペットとまったりするなどしていました。3月の下旬に東京のほうに戻ってきて、何度か友達と遊んだら、緊急事態宣言が出てしまったので、外に出る日が極端に減りました。下手にコロナを実家に持ち帰るわけにはいかなかったので4月はずっと東京にいました。4月中の生活はあまり規則正しいものとはいかず、昼夜逆転を繰り返していました。
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 コロナウイルスによって、外出自粛の指示が出た僕の3月と4月の生活は遅れを取り戻そうとする日々でした。  その理由は、僕が國學院大學北海道短期大学部からの編入生ということ大きな理由です。学習の面やどのような学校生活(履修など)を行うかを、ガイダンスなどがない中で、大学から出る日々の情報などを文面だけで理解するなどにも時間を要しました。  他には、就活の面でも在校生と差があると思ったのでそこも伸ばす日々でもありました。自分の気になる企業をピックアップして、その企業の理念やどんな人材を求めているのかを自分の中で理解することによって、面接での自分がアピールする部分を理解することができる日々でした。  そして空いた時間には、息抜きと趣味である料理を家族へのお手伝いと称して行っていました。これが僕が外出自粛を受けての3月、4月の生活です。
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コロナの影響により、困難な状況が続いている。まず、外に出れないことにより運動不足に陥りつつある。それを解消するために私はランニングを始めた。しかし、ニュースでランニングの時の息が後ろの人にたくさんかかるので、あまり良くないとみた。なので、夜に人が少ないときを見計らい走っている。夜走っていても走っている人は何人かいる。考えていることはみんな同じなのであろう。 私はイトーヨーカドーで働いているので、バイトはずっとあった。食品レジのところに応援で行った時は私もコロナのことがあり不安になった。いつもスーパーの人はこんな命と危険合わせで働いていることを身に知った。私は布団とキッチン用具のところで働いている。こんなに人がいると思わなかった。外が暖かい日は散歩のついでに買い物に来るのであろう。晴れた日は人が多い。コロナによって、少し接客が変わっていることもあるが、それは少しでも従業員を守るためのものなので私はありがたいと思う。 私の3月4月の生活は、起きてから家で時間つぶしてそれからバイトというのがルーティーンになっている。そして、バイトない日は夜ご飯の準備をしてみたりもした。普段料理をしないのでとてもいいきっかけになった。この期間にいままで出来なかったことに挑戦することができたと思う。作ったら、家族がおいしい言ってくれるのでその言葉が嬉しくて次も作ろうといい気持ちになった。コロナが落ち着いてからも作りたいと思った。今はレシピを見ながら作っているので、理想は、いまは何が足りてないとか味見して分かるような母みたいな感じになりたいと思った。 コロナにより、対面授業ではなくオンライン授業となった。オンデマンドや、Zoomによるリアルタイムでの授業などいくつかあるが、これはとてもいいなと思った。私はどうなるのか不安だった。だが、やはり対面授業が1番いいと思うので早くコロナが終息してくれることを祈っている。
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私は今年就活生と立場にあり、公務員を受ける予定なので試験対策になるような勉強をしていた。周りの人はこのコロナの影響で就職活動に苦しんでいる中、自分は比較的有意義に過ごしていたのではないかと思う。
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私は、國學院大學北海道短期大学部から編入してきたために3月4日の時点では、北海道から実家の東京に送った荷物の開封や國學院大學に関する資料の整理などを夕方までは行っていました。 夕方からは8年ぶりに小学校時代の友人3人と食事に行く予定があったので食事にいきました。 私以外は中学校や成人式で会っていたので私だけが本当に8年ぶりの再会でしたが、みんなあまり変わっておらず、少し安堵しました。
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3月後半から新型コロナの感染が本格的に拡大してきて、友人達との接触が激減した。アルバイトもほとんどが削られてしまい、生活費となる収入が減ってしまった。特に4月の生活はずっと家の中に篭った生活を強いられたので、友人達とはzoomやインスタなどのSNSを利用して近況を共有し合ったりした。今だからSNSなどを手軽に利用できるが、それが無い時代にこんな状況になったらどうなっていたかと思うときがかなりあった。4月は時代の進歩を感じた月でもあった。
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不要不急の外出を控えているため、毎日同じような日々の繰り返しだった。趣味に時間を費やしていた分、昼夜が逆転することが多かった。そのため、生活リズムを戻すことができるか不安に思う。
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3月は新型コロナウイルスが増えてきていましたが、緊急事態宣言は出ていませんでした。なので、サークル活動をするため週に1回國學院大學の渋谷キャンパスまで通っていました。サークル活動以外の日は家で本を読んだり、バイトをしたりしていました。 3月の後半から4月は新型コロナウイルスの影響でバイト先のお客様も減っていき、週3回のシフトが週1回になりました。緊急事態宣言が発動されてからは、バイトもなくなってしまい収入がありません。本当なら大学が始まっている時期なので、時間を有効活用しようと経済に関する本を読みはじめました。また、出来ることを増やそうと思いウクレレを始めました。毎日続けることに意味があると思い、毎日弾いています。
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私の3/4日の生活はいつも通り6時45分に起床し1日が始まりました。この日の日程は午前9時から練習、午後は3時からウエイトでした。まず、午前の練習では、先輩方や同級生達と熱戦を繰り広げました。帰り途中の自販機で買ったカルピスソーダが格別に旨く、今日の練習は出し切ったなと確信しました。そして寮に帰り私は大抵昼飯はパスタを作っています。パスタソースを悩みに悩んだ挙句、選んだのは「ミートソース」でした。理由は昨日がカルボナーラだったからです。理由がしょぼいのは気にしないでください。そして、最近私の中で来ているミートソースの食べ方が、粉チーズをかけるのではなく、普通のチーズをかけることにハマっていました。是非やってみてください。ハマります。最高のパスタを食べた後3時まで時間があったので私は2時半にアラームをセットし昼寝をしました。ご飯食べた後の昼寝はとても心地がいいです。3時になり午後のトレーニングが始まりました。この日は足の日でスクワットをしました。私はスクワットがとても苦手で強化しなくてはいけないと思っていたので、一生懸命やり切りました。そしてウエイトが終わった後のオランジーナも格別に旨かったです。プルプル震える足を見て「最高だなぁ」と呟きました。寮に帰って、風呂に入り、晩飯を食べ、普通の人達ならここで1日が終わりです。ですが私にはもう一つ勝負あります。それは今売り切れ殺到の「任天堂Switch」の「大乱闘スマッシュブラザーズSpecial」です。これも同級生や先輩方と熱いバトルを繰り広げ出し切りました。そして就寝しました。これが私の3/4日の生活です。
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3月はまだ外に出ることもあったが、4月に入ってからバイトもなくなりほぼ外に出ることが無くなった。今までやろうと思っても手を出さなかった引き出しの片付けやお菓子作りを行った。普段お菓子作りは一切しないのにレシピを無視して勘で作ったら案外上手に出来た。しかし台湾カステラを作ろうとした時に牛乳を入れ忘れ全く膨らまなかったので、これから材料は事前に準備しておこうと決意した。
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私は栃木県に住んでおり、3月中はコロナの感染者もほとんどいなかったので、バイト、草野球、友達と飲み会、金沢への旅行と普通の生活を送っておりました。それと同時に、マスクや消毒液がまだ手に入る時期だったので2ヶ月分の備蓄を準備しました。その結果、現在まで感染予防対策において困ったことはありません。あの時準備していなかったらと思うと恐ろしいですが、改めて備蓄をしておくように助言してくれた家族に感謝したいと思います。4月ですが、本格的に感染拡大が進んできたこともあり、基本的には自宅とバイト先のみの移動がほとんどとなりました。加えて、高校野球をやっている弟と運動する機会が増えました。近所の広い公園や、母校の中学校などをお借りして練習を行いました。バイトに週5日ほど入りました。コンビニですので、休みもなく、緊急事態宣言後は客数こそ減少しましたが、買いだめのお客様がかなり増え、レジが非常に混雑し以前よりも忙しくなったと実感しています。そのような形で3月、4月を過ごしてきました。
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私は3月に引越しをして3月から家賃を払っていますが現在は実家の名古屋に帰っていて3.4.5月分の家賃が正直なところもったいないというのが本心でした。バイトも削られて4月末から休業という形になりやはり生活費を少しでも減らせるように努力をしようと心がけて生活しています。
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3~4月の頭の間はほぼ毎日バイトをしていた。3つ掛け持ちしており朝から晩までバイトで、たまに友達と遊ぶくらいである。また後期から留学の予定を立てていたので斡旋会社を回ったりしていた。しかしコロナウイルスの影響により、飲食店のバイトはなくなり、緊急事態宣言が出されると同時に実家の福岡に帰省した。帰省して二週間は自分の部屋で隔離され、風呂の時以外は部屋にこもっていた。部屋での過ごし方は、ネットフリックスなどで映画視聴。読書、筋トレ。また親の勧めでオンライン英会話を始めた。現状は変わらず外出できないため今もこのような生活が続いている。
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コロナウイルスの懸念がされる中、サークルの合宿や新歓イベント等の企画を会長と練っていました。
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3月はいつも通り都内でアルバイトをしていました。また3月は19歳の誕生日もあったのでたくさんの友達に誕生日を祝ってもらいました。そのため生活リズムはかなり崩れてしまい、昼過ぎに起き夕方からアルバイト、夜は友達と遊ぶ。というような日が続いていたように思います。3月下旬に外出自粛令がでてからは静岡の実家に戻り、アルバイトも行かず毎日家で兄弟といる生活が始まりました。3月はほとんど家族と顔を合わせる機会もなく、1度も家族とご飯を食べることがなかったので、家族と一緒に1日中一緒にいて、みんなでご飯を食べる日々がとても新鮮に感じました。確かにコロナウイルスの影響でたくさの不便や被害があり大変な状況です。しかし私個人的には、自分の崩れていた生活を改め家族と貴重な時間を得ることができた期間でもありました。
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3月4月の生活は2月以前の生活とは全く違うものになりました。まず、変化したと思う点は、生活場所です。私の2月以前の生活は外出ばかりの生活でした。1日中家で過ごすのは2週間に1日あるかないかくらいでした。3月はアルバイトの頻度を落としました。私のアルバイト先は感染リスクが高いと言われている映画館だったので、自主的にシフトを減らしました。3月末にはコロナウイルス感染者数が本格的に増え、都内の自粛ムードが一気に広がりました。アルバイト先も5月6日までの休館が決まりました。また、大学も遠隔授業となりました。それからは、緊急事態宣言も出され不要不急の外出は全く無くなりました。よって2月以前の外出ばかりだった私の生活は、4月には毎日家にいる自粛生活に変わりました。変化した点は他にもたくさんあります。人との関わり方です。今まで友達とは、一緒にどこかへ行ったり、一緒になにか食べたりと、直接会って楽しむ事が多かったです。しかし、自粛生活が始まってからは直接会うことはリスクが大きすぎるので、テレビ電話が多くなりました。自粛生活以前は通話時間が長くても2時間程でしたが、むやみに会えない今、5時間以上の電話をすることが、多くなりました。自粛生活をすることで、友達と過ごす時間は減りましたが、実家暮らしの私は、家族との時間が増えました。家族もテレワークや営業時間縮小などで家にいることが多くなりました。また、需要物資も変化したと思います。3月はマスク、アルコールなどの防菌グッズが特に不足していました。流行りの手作りマスクも作らざるを得ない状況でした。4月中旬以降は、家で時間を潰す為のグッズが品薄になってきたなと感じます。例えば、強力粉やバターなどが最近売り切れています。これは、お菓子作りをして暇を潰そうと考える人が急増したためだと思います。また、パスタのソースや缶詰め、インスタントラーメンなどの保存期間が長い食料も品薄に感じます。
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朝9時くらいに起きて、朝食を食べます。 それから簿記の勉強をしてお昼ご飯を食べます。お昼は家の前の公園で体を動かして、3時頃におやつを食べます。午後は漫画や動画をみて、6時頃に夕食を作りはじめます。4月中は毎日自炊をしてます。夜はテレビ番組をみて、2日に1日筋トレで腹筋と腕立て伏せを120回づつ行ってプロテインを飲み、お風呂に入って、1時頃に寝ます。
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3月、正式に就職活動が解禁ということもあり、意気込んで多くの企業の説明会を予約したが、実際に行ったのは1週目の数回のみで、後の説明会はほぼ中止もしくは延期になった。そのため家でエントリーシートを作成するのに多くの時間を使ったように思う。3月後半から4月にかけてwebでの説明会や面接が増え、上はリクルートスーツ、下はスウェットで説明会に参加することも。初めのうちは不便に感じたが、私たちの就活はきっとこの混乱のまま終わるのだろうから、背景やカメラ映りなんかにこだわろうと思うことにした。一方、家にいる時間が多くなったことで、趣味に時間を割けるようになった。大学入学後、授業やアルバイト、友人との遊びにサークル活動なんかで、家にいればスマホを触って寝るばかり、ゆっくり趣味に取り組む時間が取れていなかったんだなと気付いた。4月には趣味の切り絵の作品をひとつ完成させたし、5時間かけて豚の角煮も作った。5月はボールペン字トレーニングを始めたい。
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3月1日。今思い返すと、とても思い出深い日であった。私は軽音サークルに所属している。3月7日から11日にかけて4年生を追い出すためのライブを控えていた。先輩方が私を誘ってくれたので、私はギターのバッキングとして出る予定だった。やる曲も私が大好きなTHE ORAL CIGARETTESの曲であった。3月1日は初めての合わせだったので、その日まで懸命に練習していた。若木会館の地下にあるスタジオで初合わせをしたのだが、最高に楽しかった。しかしそれが最初で最期の合わせとなり、その日以降コロナの影響でバンド練習をすることができなくなり、挙げ句の果てに追い出しライブ自体が中止となってしまった。仕方がないことではあるが本当に悔しかった。4年生とバンドを組めるだけでも貴重な体験で、かつ自分の好きなバンドの曲を弾けるなんて夢のようだった。この1度きりのスタジオ練習はかけがえのない思い出になった。その日以降、自粛生活の日々。ただ、4月や今ほどは自粛していなかったと思う。近場で友達と遊んだりしていた自分は本当に愚か者であった。幸いにも現時点で私も家族も周りの友達も健康であるので、本当に良かったと思う。また、3月には楽しみにしていたオーラルのライブとTSUTAYA主催のツタロックというフェスに行く予定であった。しかしこれも延期、中止となってしまった。暇になりすぎた私は狂ったようにバイトを入れたので、4月の給料は今までで最高額をたたき出した。稼いだところで遊びに出るわけでもないので、貯金している。バイトがない日は昼まで寝ている始末だ。そして深夜までYouTubeを見て寝落ちするというだらしのない生活を送っていた。あまりにもひどいなと思ったので、この期間にギターをたくさん練習して上手くなってやろうと思い、好きなバンドの曲を毎日練習した。最初は0.5倍速からゆっくり練習して、だんだんスピードをあげていった。何時間やっても飽きない。まだ多くの曲は弾けないが、弾ける持ち曲が増えたのはとても嬉しい。この時間を有効活用しようと思う。この自粛期間で、多くのアーティスト達が無観客ライブをやったり、生配信でトークをしてくれたり、インスタライブや過去のライブ映像をYouTubeで公開してくれたりと私たちを楽しませてくれている。そのおかげでどれを見ればいいのかわからないくらい忙しい。幸せなことだ。みんながみんなできることを誰かのためにやってくれているのだと思った。過去のライブ映像をみて1人で盛り上がるのもなかなか楽しいけれど、見れば見るほど生で見たいなという気持ちが高まる。4月も5月も6月もその先もいろいろなワンマンライブやフェスに行く予定であったのに、ことごとく延期、中止となっている。気が滅入る…。気晴らしにと最近は散歩も始めた。5、6キロほど歩いて運動不足を解消している。一度急な坂を歩いてみただけで筋肉痛になった。小中高と運動していたので、自分の体に衰えに驚いた。少しショックだったので筋トレも始めた。たるんだ体をこの自粛期間中に引き締めてやろうと思う。毎日を充実させることはできていないので、もう少し工夫して楽しく生活したいなと思う。もう直ぐオンライン授業も始まるから生活習慣を正さなければ…と思いながらも夜な夜なYouTubeを見てしまうのだ。
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 3月は、まだコロナの影響が今ほど大きくはなかったので、部活動もアルバイトもあり、その2つをメインに生活していました。それ以外に友人たちと「九州に旅行に行こう」という計画をしていましたが、さすがに飛行機は危ないんじゃないかということになり、鎌倉へのドライブに変更しました。  今からちょうど2か月前くらいの話になりますが、その頃の鎌倉はコロナの影響を全く感じさせず、お店もすべて空いていれば、どこの駐車場も満車になるほど大勢の観光客でにぎわっていました。  部活動では、関東大会があり、参加辞退校が相次ぐ中、それでも出場を表明した関東の約50の大学で関東王座、そして毎年夏に行われる全国大会をかけて争いました。原則無観客試合・全員マスク着用という厳戒態勢の中で私たちの部は格上の強豪校相手に次々と勝利し、全7試合を勝ち抜いた末、見事優勝と全国大会への切符を勝ち取りました。この大会における國學院大學の優勝は52年ぶりとなるそうで、約半世紀ぶりの栄光ということになりました。私は大会メンバーには選ばれていませんでしたが、今度の全国大会では入れるように頑張りたいと思います。  激動の関東大会も終わり、本格的に春を迎えた4月は、コロナによる自粛ムードがさらに強くなり、緊急事態宣言も発令されました。その影響で部活動はもちろん、アルバイト先も当面の間休業になってしまい、4月の予定表がまっさらになってしまいました。  テレビはコロナのニュースと再放送ばかり、気晴らしにランニングでもしに外に出るとお店はどこも閉まっていてまるでゴーストタウン。この膨大なただあり余る外出自粛の時間は普段からインドアな私にとってもつらいものでしたが、毎日をなんとなく過ごすのはもったいないと思い、逆に今だからこそできること・今しかできないようなことはないか、と考えるようになりました。  その結果、3日間かけて部屋の大掃除をしたり、溜まっていた積読本を一気に読んだり、資格の勉強をしたりしました。昼間に起きて遅くまで寝ずに1日中ゲームをやったり、動画を見たりと、ダラダラと過ごしたこともありましたが、総じて見ると自分なりにこの時期をとても有意義に過ごせた気がします。また、「普通」に生活できることのありがたみを強く感じることができました。  いち早くコロナウイルス終息を願うばかりですが、コロナが与えてくれたこの期間は私にとってわりと重要だったんじゃないかと今は感じます。
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私はコロナの影響で大学で学ぶということができないのでこの機会に資格を取ろうと考えました。私は将来銀行員か、証券会社に勤めたいと考えているのでファイナンシャルプランナー(FP)という資格を取りたいと考えています。 3月に3級の試験を受け、9月に2級の試験を受けようとしていたのですがコロナの影響で3月の試験が中止になってしまいました。この影響により私はもう間に合わないと思い諦めていたのですが、調べてみると通信講座を受講すると三級を取得せずに2級を受けれるということがわかりました。なので私は通信講座をやり始めています。ファイナンシャルプランナーは6つの科目を勉強するのですが私は今のところ2つ目の科目をやっています。昔から暗記するのが苦手なのですがファイナンシャルプランナーは高校の勉強などと違い歴史を覚えるとかではなく、とても役に立つ情報を教えてくれるのでとてもおもしろく、暗記もしやすいです。大学もオンライン、資格もオンラインと毎日パソコンと葛藤する日々がこれから私には待っています。これも全てコロナが原因なので悔しいです。しかしマイナス思考にばかりとらわれずプラス思考に考えるとコロナのおかげで私は資格を絶対に取ってやるという思いになりました。なので今のところは頑張って勉強している毎日を送っております。もう一つこの機会に取ろうとしている資格が私にはあります。それはMOS検定です。私はパソコンが得意ではないのですがパソコンを扱えなければ今の時代生きていけないことが鮮明になってきているので苦手なことにも挑戦していきたいと考えています。MOSの Excel検定の勉強をしているのですが、参考書などを見てやると Excelがとても便利に使えるようになっていくのでとても楽しいです。今までやり方をしらず難しい方向でばかり考えていたのでパソコンが苦手だったということがわかりました。私は趣味があまりないのですが、唯一筋トレをするという趣味を持っています。週に4回はジムに通っていたのですがこのご時世なのでジムも休みになってしまいました。ですから4月に入ってからは家で筋トレをしています。最近のルーティンは朝ご飯を食べた後に資格の勉強をし昼ごはんの後に資格の勉強をし、3時ごろに集中がキレてしまうので筋トレをしてリフレッシュを行っています。そしてそのあと自由時間にで夜ご飯を食べた後にまた復習という形で今日やった勉強のおさらいをしています。夜はスマホで動画観賞をしています。毎日充実しているとは言えませんがコロナに負けずに戦っております。話は変わりますが私は北海道の国学院短大からの編入学生なので渋谷の本校で授業を受けるのをとても楽しみにしていました。なのでこのような事態になってしまいとても残念です。はやく本校で授業を受けたいと思う気持ちでいっぱいです。やはり毎日家にいるので体重の増加が激しいです。3月、4月の2ヶ月で体重が4キロも増えてしまいました。はやくジムが再開してほしいです。最近は友達とzoom呑み会などを開いています。ずっと家にいるので友達と話をするととても幸せな気持ちに慣れました。zoomはとても便利で、友達と履修組むことを相談しながら行ったり、資格を取ろうとしている友達とはお互いに競い合いながら勉強ができています。zoomのアプリのお陰で少しは楽しい日々を過ごせています。4月の終わりに母が誕生日を迎えました。元々北海道にいたのでこの2年間しっかりお祝いしたことがなく今年は盛大に家族で祝いたく2ヶ月前からお店を予約していたのにそれもキャンセルになってしまいました。とても残念でしたが仕方がありませんでした。私ももうすぐ誕生日なのですがきっと友達と会うこともできる状況ではないので悲しい誕生日になってしまうので寂しいです。5月に入りまた自粛期間が伸びてしまったので辛い日々が続きます。 最近はほんとに家にいることが飽き飽きしています。はやく外に出て体を動かしたいです。また北海道にいた時にバイト先でコロナが出てしまいバイトが休業になりそこから地元に戻ってきたのでコロナの影響でバイトも出来ず今月で4ヶ月目のニート生活になっています。はやく働きたいです。学業も、社会勉強のバイトも出来ずほんとに辛いです。私の最近の生活は不満ばかりが溜まっています。このような日頃の愚痴みたいになってしまい申し訳ありませんでした。正直どのようなことを書けばいいのかあまりわかりませんでしたのでありのままの生活をかかしていただきました。もしこのようなことを書いてくれなどの要望がありましたら書き直しが何回もOKとなっていたのでTwitterなどで課題に対してこのように書いてくれなどの要望を伝えてくれるとありがたいです。よろしくお願いします。これから半年間お世話になります。
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今年の3月、4月の生活は新型コロナウィルスの影響を受けて自粛しているため家で過ごしている。 本来であれば3月は新しく始まる大学生活への準備期間、4月は大学生活に慣れる期間にしたかった。しかしこの状況では仕方ないので、限られてはしまうが自粛中に生活面、学習面において自分のためになることを見つけて生活している。 生活面は自分の部屋の片付けや断捨離、そして料理など家の手伝いを積極的にしている。 学習面では公務員になりたいと考えているので数的処理、判断推理の参考書を購入して、この時間を無駄にしないように勉強に励んでいる。 これが私の3月、4月の生活である。
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今の私はこの状況が早く終息することを祈りつつ暇な時間をもてあそんでいます。3月は前半は私の趣味である旅行をしていたのですが、そのようなことはもはや許されずどこへも出かけていません。4月になると唯一外出しなければいけないアルバイトもなくなり本格的な引きこもり生活が始まりました。遠出することが趣味な私にとって家にずっといる時間はなかなかに苦痛であります。最初はスマートフォンやパソコンばかりいじっていたのですが、あまりにも自分がどんどん馬鹿になっていくような気がしてしまうので、最近では少なくとも毎日1冊の本を読むようにしています。電子書籍は嫌いなので買いの本を週1回くらい買いに行くのですが、そのくらいの外出は許されるだろうと考えています。とにかくいまは7日から大學の授業が始まることに何よりも安心しています。少なくともあまりに暇な時間は解消されるはずです。
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今年度、留学するために大学の休学を予定していた。しかしコロナウイルスによる影響によって中止になってしまった。卒業後に決行することにしたため、就活ももちろんしていない。 私は春休みの開始から3月上旬までヨーロッパで過ごしていた。ヨーロッパではそれほどコロナは広がっていなかった。しかし、念のため予定を切り上げ帰国することにした。まだあの頃はアジアを中心に広がっていたのでチャイナウイルス、と差別を何回か受けたりもした。帰国したあたりでイタリアでの感染が急速に増えヨーロッパ全土に広がった。 日本に帰るとそれまで働いていた飲食店が自粛することになりアルバイトがなくなった。 しかし生活のために他にアルバイトを探し、市で運営している小学校の学童のアルバイトを見つけた。 3月の下旬から小学校が始まる予定の5月31日まで働くことになっている。特別な事情がある場合、つまり医療従事者や片親の方、テレワークにならなかった両親を持つ子供を預かっている。 そこでもやはりマスクは必須、できるだけ距離を取る、食事中は話さない、こまめな手洗いうがいと室内の除菌、掃除を徹底している。 3月の帰国から現在に至るまで不要不急の外出はしていない。スーパーや生活用品の購入のみである。週2回ほど、近所を散歩するくらいである。 自宅ではゲーム、音楽、映画、漫画、少しの勉強をして過ごしているが正直飽きている。
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3月の中旬頃までは比較的例年通りの春休みの生活を送っていました。遊びに行ったり、バイトも普通にやっていました。3月下旬頃からコロナで外出をあまりしないようにというニュースが増えてきて、とうとう自粛要請が出ました。そこからはほとんど外出していません。外出する時といえば、犬の散歩かおつかいの2択。家にいる時はテレビをみたり、本を読んだり、YouTubeみたり、いつも絶対にやらないお菓子作りや料理をしたり、それでも何もやることがない時は寝たり、しています。楽しいことが無いし、そもそもやらねばならないことも無いので、本当に暇だなと。ならば勉強すればいいじゃないか、と大人は思うんだろうけど、かといって勉強するモチベーションにもならず、やらなくてもいいかと思い結局やらず。受験生の弟が何時間も勉強している姿をみて尊敬している毎日です。ただ私が料理をしたり、家事手伝いをしたり、という姿をみて家族は感激しています。普段バイト等で家におらず母の手料理を食べることが週に1回程度なので、その点も嬉しそうです。嫌なことばかりではないのかなとも思います。
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3月と4月はCOVID-19(新型コロナウイルス)抜きには語れない。我々学生は2月から、早い者は1月の第3週には春休みに突入し、目前に迫る存在は2月のサークル活動と卒業する4年生を送り出す会であった。私は軽音楽サークルに所属しているためLIVEが2月と3月に控えていた。しかし我がサークルの人数は少なくLIVEを開催するに満たないバンド数しかエントリーしなかったため2月単独LIVEはなんと頓挫してしまった。(こうしてサークルは終わりに近づいていくのだな)と感じる一方、何とか4年生は大団円の形で送り出したいという気持ちが強まった。ここで姿を現し始めたのがCOVID-19である。初めは「インフルエンザ亜種」程度の認識しかしていなかった。ダイヤモンドプリンセス号の話や中国での爆発的な感染のニュースで、このウイルスが世界規模になっていくのを見てもガラス板一枚挟んでいるような気持ちであった。しかし、大阪でのライブハウスクラスターのニュースが流れたとたんに私の現実にウイルスが入り込んできた。よりによって…といった感想が出てしまうほど、4年生の卒業ライブと時期が被っていた。他の軽音サークルが大学側からの要請によりLIVEを中止していく中なかなか連絡がこない自分のサークルに若干の期待を寄せながら日々を過ごしていたが、結果は他のサークルと変わらなかった。他人が少なく、LIVEも思うように開催できないならばいっそ強行突破して、大学側に怒られて、サークルも潰れてしまえば、なんだか華々しいなぁと思ってしまうほどに悔しかったし、今も悔やまれる。強行していたらしていたで罪悪感で押しつぶされていただろうとも感じるが、やはり先輩を音楽で追い出したかった。 追い出し時期が終わり、先が見えないままに春へと時間は進んだ。まさか大学開始が延期になるとは思っておらずとても驚いた。そして何より新歓期間がつぶれてしまった!人員の少ないサークルは滅びよ、という神の思し召しだろうか?そして政府からは緊急事態宣言が出され、外出自粛が始まった。 大学も休み、アルバイトも休みとなると大きな暇ができたので自分の好きな事に時間を割く生活が始まった。私の好きなものはゲームである。永遠に時間をつぶせるゲームをひたすらに楽しむ生活ににやけ面が止まらなかったがそんな生活も長くは続かず…母の「私が面接官なら『コロナで自粛していた時、家で何をしていましたか?』って聞くだろうなぁ」という言葉で少し我に返った。それからは在宅勤務中の姉の勧めに沿って、平日の午前は英語学習、午後一番に家中の掃除機掛け、午後は自分の好きな事に費やす生活になった。
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3月、サークル活動がなくなってしまいましたがまだ志村けんさんが亡くなる前でコロナの怖さを知りませんでした。そのためコロナが広まる前と変わらない生活をしていました。特にマスクも付けずに電車に乗ったりもしていました。ほぼ毎日外出し友達と集まり、遊ぶ予定がない日はバイトを入れて外出しない日がありませんでした。しかし、志村けんさんが亡くなったことが報道され、連日コロナについて報道され本当にいつ自分がかかってもおかしくない物だと実感が湧いてきました。そして4月に入り自粛生活を始めました。3蜜の場所には行かないようにし、買い物などにも出かけないようにしています。洋服や化粧品などオンライン通販で買えるものはオンラインで買っています。外に出た時は必ずうがい手洗いをする様にしています。3月と4月ではガラッと変わりましたが今は慣れてきています。
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あまり記憶にはないが、3月頃には公認会計士試験の勉強をしていたように思われる。おそらく租税法の演習を行っていただろう。
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3月4月実際毎日こんなにニュースを見たのは初めてでした。毎日コロナの感染者数が気になり自分の住んでいるところでは出たのかというところを気にしています。運動をしなくなって友達とも会えなくなったので家でストレッチしたり授業でズームを使うということだったので友達とズームを使ってみたりしました。家にずっといるので家事をたくさんするようになり料理が上手くなったような気がします。自分の趣味に時間を費やすことが多くなり、自分の好きなことに関する知識が増えました。語学も勉強していたので実感できるほど勉強しました。4月の後半に入ったら家にこもる生活に慣れを感じるようになりました。最初の頃はとても焦ったくて早く外に出たい気持ちが大きかったですが、今は落ち着いて自分の生活ができてるようです。一つ不安なことといえばアルバイトがなくなってしまったのでこれからお金が稼げないところがとても不安です。
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3月4月はコロナウイルスの影響で不要不急の外出はできなくなったため、ほぼ一日中家にいました。生活のリズムを狂わせないために、毎日のルーティンを決めてその通りに過ごしていました。まず、6月に受検する予定だった簿記2級の勉強を毎日やっていました。6月の試験は、コロナウイルスの影響で中止になってしまいましたが、勉強は試験の中止が決定してからも続けています。次に、家事の手伝いをします。主に洗濯や掃除を毎日やっています。家事は体力を使うものもあるため、運動不足の解消になるのではないかと思います。さらに、天気の良い日は家の周りをジョギングします。私は普段、サークルに行って運動不足を解消しているのですが、今はサークルはできないためは一人で近所を走って運動不足を解消してさいます。このルーティン通りに生活することで、自粛期間中も規則正しく生活できています。それ以外の時間は、趣味に時間を割いています。自粛期間中は学校やアルバイトがなく時間に余裕があるため、母とお菓子を作ったり、手芸をしたり、趣味に多くの時間を割くことができました。
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3月はまだ私のバイト先の居酒屋が休業にならなかったため、基本的にバイトとサークルと高校時代の友達と遊ぶなどで過ごしました。それ以外は家でゲームやAmazonプライムでのアニメ、映画鑑賞をして予定のない日はなるべく家で過ごしました。サークルでは4年生の卒業試合もあり、充実した日々を送れました。 ただ、4月になり、国が本格的に外出自粛を発表し、いよいよ居酒屋も休業発表しました。また、東京でのコロナ感染者数が増えていた時期だったので、遊びやご飯を食べにいく予定などをすべて中止することになりました。他の人も休業になったということで、みんな収入源がなくなり金欠に陥ったと言っていました。サークルも活動禁止が出たため、予定されていた練習もなくなり運動すら出来なくなりました。そこで私は、自宅でトレーニングを始めました。 ランニングはコロナもあり少し怖かったのでこの方法にしました。全く運動が出来ないストレスがなくなり、よかったです。 4月に関してはバイト、サークルがなくなったのでほとんど毎日家にいる生活を送っていました。最近はそれでも退屈なので、簿記や英語、株のことを勉強し始めました。どれも難しくやりがいがありますが、やはり早くコロナが消息し外に出て何かしたいというのが1番したいことです。
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 3月は主に就職活動をしていました。ですが、コロナの影響を受け在宅で面接や説明会を受けることが多かったです。移動時間が無くなった分、自由な時間は増えましたがやはり対人面接でないことは不安に感じていました。4月は、緊急事態宣言を受けて企業の採用が止まってしまいました。ですので、家で自分の好きなことを比較的行なっていました。本を読んだり、家族との時間を大切にしたり、部屋の模様替えなどを行い、リフレッシュすることができました。企業の採用が止まってしまったことは精神的に辛いですが、一時的な休止期間だと思い、うまく時間を使うことができたと思います。今後は気を引き締めて、就職活動にまた臨みたいと考えています。  次は、今までの生活の中で最も変わったことを述べます。今までの生活は、人と会うことや買い物も自身が赴いて行っていましたが、全てオンラインで行うようになったことです。自粛期間は友人と会うことができなかったため、電話やテレビ電話といったオンラインでのやり取りを行い、買い物はネットスーパーや通販を使うようになりました。最初こそ違和感や不便を感じたものの、現在ではその違和感もなくなり日常の光景となりました。これを踏まえて私は、改めて人は新しいことに不安や違和感を感じるものの、時間が経てば受け入れることができるのだと感じました。今は我慢を強いられている難しく辛い期間ですが、このような機会だからこそ、社会にテクノロジーやITの進化が取り入れられるようになるのではないかと感じました。
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私は3月は去年と変わらず、アルバイトをしたり、友達と遊んだりと楽しく過ごしていましたが、4月に入ると私がアルバイトとして働いている渋谷にある居酒屋、たまプラーザにある洋食屋さんは新型コロナウイルスの影響で客足が遠のき、社員だけでの営業や、休業を言う営業形態となってしまいました。その影響で私は一人暮らしの中で収入がなくなってしまったにも関わらず、2週間ほどただダラダラしている生活を送っていました。しかし、4月中旬に差し掛かり、収入がないことが大変なことだと考え、アルバイトを探し始めました。そして、今では近所のコンビニエンスストアでアルバイトをしています。3月とは比べ物にならないほど生活は一変しました。その中でも気づいたこともあります。お金の節約方法としては、なるべく日持ちするもの(例:カレー)を料理し、実家から送られてくる米を食べて過ごすことや、無駄な飲み物やスイーツを買わないようにするなどでお金を節約できることに気づきました。さらにコンビニエンスストアでアルバイトをしているとまだまだお客さんが多く来るのだなと思いました。日本がこんな状況であるのにそのことを意識せずに、マスクもせず出歩く人、咳をしているのにマスクをしていればいいと勘違いしている人、何人かでコンビニの前で話している学生など、自覚の足りない人が多く存在していることに気が付きました。 ここからは余談ですが、この自粛期間中は一人暮らしということもありスマホをいじることが多くなりました。その中で暇つぶしに最も活躍してくれたのが「荒野行動」という戦争のゲームでした。YouTubeで動画を見てどうしたら上手くなれるかなど研究しながら友達とずっとやっていました。夜更かししてやることもあったので、授業が始まることで私の生活習慣が治るといいなと思っております。
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3月は、就活の情報解禁があり本格的に就活がスタートしました。就活が始まってからは、主に企業説明会や企業研究、自己分析などに時間を使っていました。この時期は、コロナウイルスの影響がないとは言えないですが少ない状況ではあったので動くことはできていました。しかし、実際のところ説明会や選考で、自宅から出る際はコロナウイルスへの不安がとても大きかったです。そんな毎日を過ごしていましたがまだ普通の生活ができていたと今振り返ると感じます。3月の終わりから4月の初めにかけて、徐々に就活にも大きな影響が出てきました。説明会中止や選考の中止・延期などがあり、就活への不安が少しずつ溜まっていきました。そして、大学の授業を始めるのが困難な状況になったと連絡が来て、これから授業は受けられるのか、受けられることになったとしても学校に生徒が集まって大丈夫なのかという不安もあります。 4月になり、緊急事態宣言が発令され生活は大きく変わっていきました。不要不急の外出を控えるとのことだったのでまず自宅から出ることはほぼなくなりました。徐々に自粛期間の日々が経つにつれて、外に出ることができないストレスや今までの生活ができないストレスなどを感じるようになりました。しかし、毎日感染者数が増え、亡くなっている方がいる状況があるとニュースで報告され、より外出は避けるべきだと思うようになりました。自分を守るためでもあり、家族その他の人も守ることに繋がると思いました。 そして、就活もほとんどの企業が選考をストップし、就活が止まるという状態です。ニュースでコロナウイルスで多くの企業が影響を受けていることを知り、今後どうなってしまうのか就職活動は再開するのか、新卒を雇う余裕があるのかなど毎日不安を感じていました。しかし、ただ不安を感じているだけでは時間がもったいないと思い、この時間を使ってまた初心に戻りやるべきことをやるようにしていました。そんな4月を過ごし、5月が近づくにつれこの現状も良くなっていくと思っていたがそんな簡単には現状を回復することが出来ずまた緊急事態宣言が伸びることになりました。大学もオンライン授業となり、初めてのことで不安を感じていて、これから就活もどうなるのか全く読めない状況になってしまいました。こんな状況だが、毎日不安を感じながら今できることをやろうと思っています。また、この機会に自分の好きなことや見たい映画など有意義な時間を過ごしたいと思ってます。
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今年の3月、4月の生活は新型コロナウィルスの影響を受けて自粛しているため家で過ごしている。 本来であれば3月は新しく始まる大学生活への準備期間、4月は大学生活に慣れる期間にしたかった。しかしこの状況では仕方ないので、限られてはしまうが自粛中に生活面、学習面において自分のためになることを見つけて生活している。 生活面は自分の部屋の片付けや断捨離、そして料理など家の手伝いを積極的にしている。 学習面では公務員になりたいと考えているので数的処理、判断推理の参考書を購入して、この時間を無駄にしないように勉強に励んでいる。 これが私の3月、4月の生活である。
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私は体育会に所属しているため、3月は大学から活動自粛の連絡が来るまでは練習していました。4月に入って緊急事態宣言が発表されてからは自宅で過ごしていました。せっかくの機会なので、勉強と読書をすることにしました。特に勉強は就職に繋がるようなことをしています。私の場合はIT志望なので、パソコンのスキルを向上させています。現在はHTML・CSSのマークアップ言語と、Javascriptを勉強しています。なるべく早い段階でクラウドソーシングで受注できるレベルまでにはしたいと思います。また、とりあえず英語は勉強しています。前期までにはTOEIC600点、後期までには730点を取りたいと思います。1日の流れとしては朝一に英語を勉強して、午後からは自分のペースで読書と勉強を繰り返しています。読書は新書・ビジネス書・漫画などジャンルを問わずに読んでいます。様々な分野を読んで世界を広げられるようにしています。
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外出自粛の生活になると同時に僕は誕生日を迎え20歳になったのですが20歳を迎えるにあたって何か挑戦したいと思いそこでネットを使った何かをしてみたいと思いました。まずはブログを始めてみました。コンセプトなどもなにも決まっていないのですがとりあえず実行することが重要だと思い、エックスサーバーというサーバーを借りたりしてブログを開設しました。初めて1ヶ月ほど経ちますが未だにコンセプトが決まらず試行錯誤をしています。次にYouTubeを始めました。こちらもまずは実行という形で始めたのですが僕はYouTubeをよくみていてそこで自分も何か面白いものを配信できないのかなと思ったのですが、やるからには数字が欲しくて今の時代YouTubeも変わってきていて芸能人の参入などが顕著になり今まで見てもらえるような動画も見てもらえなくなっています。この時代に見てもらうためには何か独自性、専門性が必要な動画だと思うのでまずはどんな動画が見てもらえるかなど考えることが大事だと思います。
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3月の上旬はまだコロナウイルスの影響も今ほどではなく、普段通り過ごし週に何度かは友達と遊べていました。しかし、緊急事態宣言が出てからはバイトに行く時以外はずっと家にいるという生活が続いています。もちろんサークルも休みになってしまったので体もほとんど動かせず筋肉の衰えを感じています。しかし、最近ではzoomを使って友達と話をしたり、オンラインで飲み会をしたりと今までは考えもしなかったような楽しみも増えました。
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3月4日は18時からバイトだったのでそれまでは渋谷に行き買い物をした。経済についてもっと学びたいと思ったので本を2冊購入し、それと好きなタレントのエッセイを購入した。ついでにほかの店も回ったが、購入するものはなかった。そして居酒屋のバイトに行ったが、平日ということもありそれほど混まなかったので楽だった。
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3月は新型コロナウイルス感染防止のため、外出は必要最低限に止めていました。具体的には、バイトと一週間の買い出しです。 バイトは平均して週4日、主に夕方に入れていました。しかし、自粛が声高に叫ばれ買い占めが問題になる中、勤め先のスーパーでも毎日のように混乱が続き人が殺到したので、シフトの無い日でも応援出勤をすることが多かったです。そのため実際の外出の頻度は1月、2月よりも多かったのではないかと思います。 一週間の買い出しは、私が春休み期間のため家の家事を全てこなしていることもあり、自然と2月時点で私の担当になっていました。ただ3月になってからは、密を避けるため、近所のスーパーの混まない時間帯を探りながら買い物に出かけていました。勤め先のスーパーにも言えることですが、買い占めによる紙類や粉類、お米の品薄が近所のスーパーでもすごく目立ちました。 それ以外はずっと家で過ごしていました。先程言及したように家の家事は全て私の仕事でしたので、午前中は朝食の準備や掃除・洗濯を行い、バイトの無い日は夕方に夕飯の支度をしていました。バイトのある日は、夕飯の仕込みをバイトに行く前に終わらせて、家族が仕事から帰ってきた時に各自用意してもらうようにしていました。 家事とバイトの時間以外は全て趣味に費やしていました。買ったままやっていなかったゲームをやったり、未開封だったDVDや観たかった映画を観賞したり、絵を描いたりしてかなり充実していたと思います。 4月はより一層感染者が増えたことから、この状況でも出勤しなければいけない家族の感染源に私がならないように、バイトのシフトをこれまで以上に減らしました。 勤め先のスーパーでは買い物客が大晦日と同じくらい増えました。特に家族連れが目立つようになり、中にはマスクをしていないお客さんも多かったので、シフトを減らしたとはいえ自分がいつか感染するのではないかととても恐い思いをしました。 基本は3月と生活リズムは変わりませんが、バイトのシフトを減らしたことで自分の時間が増えたこともあり、より充実した日々を送れたと思います。 3月と同じようにゲームに熱中したり、一晩中絵を描くことに没頭したり、ずっと構ってやれなかった猫と遊んだりと、去年までは忙しくて出来なかった色々なことをできたと思います。また4月に入ってから、運動不足が気になりストレッチを始めてみました。 もともと趣味がインドアなため、家にいなくてはいけない環境は私にとって全くストレスに感じませんでした。友人と連絡を取ることはほとんどありませんでしたが、それもいい気分転換になりました。 ただ振り返ってみますと、もう少しできたことがあったのではないかと思ってしまいます。勉強や部屋の片付けといった、5月から始まる学校に向けての準備を怠ってしまっていたことは、今になってとても反省しています。本来ならとっくに授業が始まっているところを、1ヶ月もゆっくりしてしまったのでその分をしっかり取り戻せるようにしたいです。
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緊急事態宣言が出たためバイト先の営業時間が変わったことや業務量が減ったので週1回のシフトになりそのほかで家から全く出ないため家にいることがかなり多くなりました。 来年4年生になるので4月にLECに入ったため数的処理と憲法民法の映像授業を受講していました。しかし、家にいることでSNSやゲームなどの時間もとってしまっていました。気づくと4時ごろになっているのでそこから7時や8時まで映像を見て勉強をしていました。 また、コロナ対策に向けて手洗いうがいはもちろんのことですが、車には消毒のためにアルコールシートを常備していたりバイトなどで外出した際にはすぐ入浴をするなどのことを徹底していました。 3月4月はこのような生活をずっと続けていました。
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3月4日は春休み中だったため1日中、部活動に励んでいました。部活の後は部員と夕飯を食べに行き、家でゆっくり片付けや自分の時間を過ごしていました。今では部活動もできないので仲間と部活動が当たり前のようにできていたことのありがたみを感じています。
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3月4月は主に5つの活動をしておりました。1つ目はTBS villageという組織の代表として、学生の使命の理解を目的とした自己分析セミナーを講師として活動しておりました。2つ目は「企ての樹」という組織のメンバーとして、学生70人が参加したイベントの運営や、 新規コミュニティ事業の主軸者として活動していました。3つ目は自分のインプットした知識をパワポの資料に落とし込み、フォロワーに知識共有をする週一のインスタライブをしておりました。4つ目はニュースの意見交換をするオープンチャットの管理人として、ニュースを投下したり、そのニュースに対してメンバーと意見を述べ合ったりしていました。最後に、matcherというアプリを使って社会人の方とお話しさせて頂いておりました。
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朝8時頃に起き、家族揃ってゴミ出しをした後朝食を食べました。 その後YouTubeに載っているストレッチの動画をテレビで流しながら家族で運動をし汗をかきました。 ニュースを見ながら話し合い昼食を食べました。 その後は家族で映画「アラジン」の実写化を鑑賞しました。 その後夕食の準備を母とし家で焼肉をしました。 お風呂に入り、食後はそれぞれ息抜きをしつつ団欒を楽しみ0時に就寝する予定です。
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ふりかえってみると、3月と4月の私は、大抵は自宅で行政書士試験の勉強をしているか、飲食店でアルバイトをしているか、Nintendo Switchゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」(通称:あつもり、どうもり)をプレイしているかの3種類に大別できるだろう。 中国で発生した新型コロナウイルスの影響は世界全体へと広がり、今なお社会に莫大な損害を与え、人々は非日常を生きている。無論私も例外ではない。大学に在籍しているというのに、大学には行けず、外に出るのはバイトか気分転換の散歩ぐらいとなってしまった。 こんなご時世にも関わらず、いや、こんなご時世だからというべきか、バイト先であるファストフード店は連日テイクアウト利用客で客足が途絶えない。私にとってこれは喜ばしいことではないのだが、友人からはコロナのせいでバイトが無くなったという話も聞くので、収入があるだけ今はマシなのだろう。まさにコロナ禍の不幸中の幸いというべきだろうか。尤もこんなご時世では、稼いだお金を使って遊ぶようなことはないので大半は学費の返済にあたるだろう。 こんな状況下でも勉強は継続してやっている。主に11月実施の行政書士試験に向けてだ。時期までにコロナが落ち着かなければ年1回の試験は中止になってしまうのだろう。この心配はできれば杞憂に終わってほしいものだ。法学部生の私にとって、行政書士試験の勉強は、一部前期授業(憲法や行政法、民法物権など)の先取りにもなるため、先に勉強できるというのはメリットが大きい。科目の1つの憲法は、人権や統治を扱っており、今のコロナ情勢で問題となっている部分にあてはめて考えられるところもある。暇を持て余しているので、法律専門職専攻の仲間とLINEを使ってそれらを話題に討論じみたことをすることもある。やはり仲間とこういった会話をすることは、私にとって最高に楽しい時間である。 もともとゲームは他の人よりもプレイ時間は短い方であったが、昨今の社会情勢から鑑み、世の中の巣篭もりに便乗し、ついにNintendo Switch Liteを購入した。最近までは、Switchを購入したら勉強の時間が減ってしまうと危惧して購入を控えていたが、家での時間が増えるので、この際に購入してしまおうと思い買ってしまった。「あつまれどうぶつの森」をプレイしているが、同じ時間が流れる島での時間を思い思いに過ごすことで、一時的とはいえ現実を忘れられ、癒やしとなっている。大学の仲間もプレイしているので、互いの都合のいい時間で気儘にオンライン通信をしている。大学に行くことができない今、「あつもり」は一種のコミュニケーションツールとなっている。 人生で初めてやったこともある。いわゆるオンライン飲み会だ。高校時代の友人たちと、久方ぶりに画面上で会話を楽しんだ。この時代の技術はすごいなぁと思いながらZOOMを使ったわけだが、コロナ情勢がなければこのタイミングでオンライン飲み会をすることはなかったのだろうと思うとなんともいえない気持ちになった。 長い春休みは5月上旬まで続き、やりたいことが溜まる中で未だに終息の兆しが見えないコロナにストレスを感じているが、思っていた以上に気分が落ち込むことはなかった。この情勢をポジティブに捉える、というと誤解が生じそうだが、家でやりたいことが好きなだけできるいい機会と捉えて日々を過ごしてきた。人類史上初めてであろう、家でゴロゴロしているだけで誰かを救える非日常を、比較的充実させて過ごせたのだろうと思う。次にこれ以上長い休みが訪れるのは定年後なのかなと考えながら過ごす、そんな3月・4月であった。
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殆ど家から出ず、外出自粛生活を送っておりました。必ず手を消毒しマスクをつけ、できるだけ生活に必要なものを買いに行く時だけ外出をしておりました。家では勉学と筋トレに励んでおりました。また、友達とオンライン飲みなどをして楽しんでおりました。
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私は特に日記をつける癖がない為、急に二ヶ月前の特定の日を振り返ることが困難だ。そこで自分の所有するスマートフォンでその日記録されたものを使用して、その日起こったであろう事を思い出しながら記すことにする。まず私はYahooカレンダーを使用して毎日のスケジュールを管理している、その日の予定はバイトのみであった。さらにカメラロール、メモ帳、ツイッターの呟き、インスタの投稿やストーリーを確認してみたが、その日の活動はお惣菜屋のバイトのみのようであった。
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3月は今ほど外出自粛などが厳しくなかったので外出時にマスク着用をするくらいで普通に過ごしていました。大学で所属しているハンドボール部での練習に行ったりアルバイトをしたり3月の前半には高校の友達とスノーボードをしに長野県へ行きました。3月中に感じた新型コロナウイルスの影響としてはアルバイト先の営業時間が2時間ほど短縮したというくらいで余り大きな影響を受けることなく生活できていました。4月に入ると新型コロナウイルスの影響を大きく受ける生活になりました。学校再開時期もどんどんと後日になっていき、16日に出された緊急事態宣言の約一週間前ごろからアルバイト先は営業停止措置を取ることになり働くということが無くなりました。また、所属しているハンドボール部での活動も学校再開までは出来ないとの連絡を受けました。友達とも遊べなくなり4月に立てていた予定が一気に消えてしまいました。今年の4月は去年の同じ時期とは違った生活を送らなければならなくなってしまい、普段とは違った日々を過ごしていました。外出することが規制されているので家で過ごす時間が圧倒的に増え4月の初めごろは携帯をいじったりする時間が増えてしまいました。このままでは学校が始まるまでだらけた生活を送ってしまうと思い、毎日ランニングすることにしました。昼間にランニングをするのは危ないなと思い、人通りがほとんどない深夜にランニングしています。ランニングを始めた最初の週は毎日5キロほど走っていましたが少しずつ走る距離を伸ばしていき今は10キロほど走っています。今の目標は10キロを40分切って走ることです。また、だらけた1日を送らないように2週間ほど前から学校のリズムに合わせるために毎朝8時には起きるようにしています。1日20分くらいではありますが、webサイトを使い苦手なタイピングの練習を始めました。まだまだ上手くタイピングすることはできないですが毎日続けていき早く打ち込めるようになりたいです。学校がなくて勉強もしないというのはまずいと思い、英語を中学レベルからではありますが復習を始めました。今の目標はTOEICでスコア800点です。学校再開時期がどんどん後になっていき5月7日まであと何十日もあるな、と長く感じていましたが現在はもう5月4日なのかと、意外に早く感じています。少しではありますが4月中にランニング、タイピング、英語の勉強と努力したことは今、約1ヶ月経ちますが続けることができています。この自粛期間にただぼーっと過ごすのではなく少しでも自分の力を高め成長できたことは少し自信になりました。
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3月の前半は週に3回程アルバイトをして、それ以外の日は友達と旅行やスノボードなどに行っていました。どこに行くにもコロナウイルスが心配だったため、マスクをして、手をよく洗い、アルコールシートを持ち歩いていました。後半はアルバイトや病院以外の外出は自粛するようにしていました。4月は10日までアルバイトがあり、それ以降は休みだったため、外出を自粛していました。外出自粛中は映画を見たり、ゲームをしたり、友達とテレビ電話をしたりと外出自粛中でもとても充実していました。また、運動不足にならないように家の中でヨガや筋トレをしていました。
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飲食店でのアルバイトもお休みをいただき、2ヶ月間のほとんどを自宅で過ごしています。 家事の手伝いやお菓子作りと、忙しい毎日では取り掛かることがなかったことに挑戦しました。 勉学面では、何か新しいことを始めたいと考えプログラミングの学習を始めました。 また、検定の学習も同時に取り掛かっています。 長い期間自宅にいることで不安視される運動面では、日中は近くの公園が小学生などで人だかりができており、早朝にウォーキングすることで補っています。 家の付近に県立の公園があるので、そこを利用しております。 以前より通っていた教習所は、コロナの影響で休業になってしまったために通えておらず、免許取得期限も迫っているので、不安を抱えている次第です。
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今までやってみたかったけど挑戦していなっかったことをやりたいと思い、スノボをしに行きました。なぜ今までスノボをしていなっかったかというと、どうせ自分にはできないだろうと思っていたからです。しかし、思い切ってやってみたら、意外とすぐに出来ました。そのことで自分では出来ないだろうと思っていることも挑戦することが大切なんだなと実感しました。
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3月は以前までと変わらない、部活、アルバイトなどの日常を送っていたが4月に入りコロナウィルスの感染拡大によりアルバイト先が営業を休止、部活も自粛要請が出ているため家で過ごすことが多かった。あまり家でゆっくりする事はしないため、今回はいい機会になったと思う。 普段ならあまり見ない映画やドラマというストーリーに触れ新しい価値観が芽生えてきたように思える。漫画はよく読むがアニメは余りみてこなかったが、これを機にアニメを親しんでみると面白さが分かったような気がする。 特に最近流行った『 約束のネバーランド』『 鬼滅の刃』などの作品は、やはり面白い。 リアルで話題になったりSNSで話題になる事が分かる。 読書もした。感想をnoteという媒体に記す活動も始めた。自分のアウトプットが1年後2年後に実るよう、継続していきたいと思う。
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3月から4月まではほとんどをバイトをして過ごしました。 毎年この時期は授業がない分、アルバイトに時間を充てています。今のうちにお金を稼ぐことによって、授業がある時期に学業よりもアルバイトに時間を取られるようなことになりにくくできます。 アルバイトは大学入学時からずっと同じ店舗で働いていて、できる仕事も増え、その仕事のポジションの多さから色んな経験ができ、より充実したものになっていると実感しています。配置されるポジションはある程度固定はされていますが毎日変わり、そのポジションによって行動も大きく変わっていくので大変でもありますがやり甲斐があります。私の働いているアルバイト先は飲食チェーン店で、最近から新しいシステムが導入されました。そのシステムに対応すべく、新しいポジションも追加されたため戸惑いがありつつも、一生懸命その役割を努めています。 新型コロナウイルスの影響でお客様の数が減ることはなく、毎日昼ご飯を作るのが大変なことを考えると私の働いているアルバイト先などのお持ち帰りができる店を利用する方が多く、むしろ客足が多くなることもしばしばでした。目が回るような忙しい時もありましたが、その忙しさも楽しさに変えて、働いています。 しかしずっとアルバイトをしていると気が滅入ってしまいます。そういう時は連日休みを入れていました。 休みの日は何をしていたかというと、私が6年ほど応援しているグループがニコニコ動画やYouTubeに投稿している動画を見たり、そのグループのファンアートを描いたりしていました。 特にイラストを描くのは体力も時間も使うので、休みがたくさんある今が好機だと思い、いつもよりたくさん時間をかけることができました。 イラストを描くのは幼い頃からの趣味で、今はTwitterにたまにイラストを投稿しています。まだまだ下手で見るに堪えないものですが、上達するためにこの休みを使ってインターネットに上がっている講座や書店で購入した解説本を参考にして勉強することができ、少しは画力が上がったのではないかと思います。Twitterに投稿しているイラストも最初はいいねの数が10数個くらいだったのが、今は100超えることもあって、こういう風に成果が数字に出ると嬉しく思います。勿論いいねの数が全てではなく、自分が納得できるようなイラストを描く、またそのグループの良さや面白さが表現出来るイラストを描けるようにするのが目標なので、もっと精進しようと毎日少しずつ頑張っています。この3月4月はとても有意義に時間を使うことが出来ました。 動画を視聴することに関しても、学校に通っている間は中々見る時間を取る事が難しい時もあり、毎日投稿される動画が溜まってしまっていました。新型コロナウイルスにより外出自粛が叫ばれる世の中において、好きな動画を見ることは程よいストレスの軽減に繋がり、家の中でじっと過ごすことが苦でなくなるものでした。 このグループも新型コロナウイルスの影響で大きな不利益が出てしまっているので、広告を飛ばさず多く視聴することで少しでも応援出来ればと思っています。 ただこんな生活をしていると学業がいつもより疎かになってしまったのは言うまでもありません。もう過ぎてしまった時間はどうすることも出来ないので、これからは人よりも多く時間を注ぎ込んで勉強しなければと反省しています。特に英語中国語は苦手としているので、ブランクを取り戻せるように集中して勉強しようと思います。 短くなってしまいました、まだまだ己の力不足を感じます。申し訳ございません。
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私は塾講師のアルバイトをしています。三月は普通に対面での授業がありました。四月の緊急事態宣言が出た後はオンラインでの授業になりzoomを使って授業をしています。今は大型連休なので授業はありませんが他の人に比べると暇な時間というものは少なかったと思います。他にはゲーミングpcを買ってゲームを本格的に楽しんでいます。しかもこのpcはスペックが高いのでオンライン授業もスムーズに行うことができていい買い物をしたなと思ってます。モニターもデュアルモニターしたので作業も効率的にできます。 まとめると三月四月はアルバイトとゲームに時間を費やしていました。
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3月前半は恥ずかしながらまだ自分自身や世間がコロナウィルスに対して軽く考えていたこともあり、私は一人暮らしをしているためバイトを普通にしたり、友人とご飯に行ったりと普段通りの生活を送っておりました。また春休みなので、実家の青森に帰省し家族や地元の友人に会ったりと有意義な生活を送っておりました。3月下旬に友達と京都と大阪に行く予定だったのですが、徐々にコロナウィルスの感染が拡大していき、バイト先が接客業のためシフトが入っているがコロナウィルスで不安がある人は任意で休めるようになっていくような体制を整えたりと段々と色々なことが制限されていった為、旅行は中止となり3月下旬にはバイトに行く以外は出来る限り家にいる生活を送っておりました。4月に入ると緊急事態宣言が発令され、バイト先も休業となってしまった為、4月初めから今日まで本格的に自粛生活を送っています。これまで一人暮らしをしているのにも関わらず、極度の寂しがり屋ということもあり、友人がいつも私の家に来てくれたり1人の生活はほぼ無いに等しいぐらいでした。しかし友人が都内住みでは無いことや、不要不急の外出自粛を強いられてる今、私の家に来ることは困難な為、この1ヶ月間寂しい生活を送っています。しかし寂しい反面、洗濯・自炊・掃除・片付け・課題を効率よく行うことができたり、その中でも友人と今流行りのzoomで一緒にご飯を食べたり、今まで見てこなかった有名な映画を見たり、運動不足のため少しだけ街を散歩して知らない街を開拓してみたりと、寂しさを紛らわせる方法や、自粛生活でどうやったら暗い気持ちにならないかを考えて行動することが出来ている為、『いつもと変わらない日常で、今日と変わらない明日の苦痛をどう変えていくのか』この自粛期間は自分の新たな成長の一歩では無いかと考えております。また依存では無いにしろ、寂しさを友人に頼っていたこともある為、友人への依存も少しは無くなったのでは無いかと思います。依存は何事にも良く無いと思うので。しかしつい先日その自粛生活へのご褒美をもうけ、一度だけ車を持っている友人とお昼から夜までドライブをしました。勿論外には出ていない車で楽しむドライブです。どこかでご飯を食べるにしろドライブスルー限定が多く本当にこの1〜2ヶ月で世界が変わったようで不思議な気持ちになりました。いつになったら元の生活に戻るのか、夏休みには思いっきり外に出られるのか考えても埒が明かない話ですが友人とずっと語り合い、久しぶりに人と直接話したので今まで自覚してなかった苦しかったものが晴れて、ストレスが完全に無くなりました。自粛が長引く中で自粛生活を強いられてる人達は誰でも自覚していないストレスを抱えているんだなとコロナへの不信感が一層強くなります。さて、もう少しで学校が始まりますが新学期の学校は気合が入る為、4月から学校への登校や授業を楽しみにしていたこともあり、オンラインという形になってしまいましたが、早く授業が始まらないかなとワクワクしております。その為、昼夜逆転生活を一刻も早く治し最高の状態で授業を行えるように体調や精神面を万端にこの数日間過ごしたいと思います。
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 私は3月中旬までマレーシアで語学留学をしていました。私が通っていたマレーシアの語学学校は日本人や韓国人の他にもサウジアラビア人やイエメン人などのイスラム教の生徒が多く通っていたため、英語だけでなく多国籍な文化を学んでいました。また、マレーシア自体が多民族国家のため、マレーシア人以外にも中国人、インド人も多く見かけ交流をしていました。他の国に留学していた友達はコロナの影響もありチャイニーズと差別的な態度を取られることもあったようですが、3月上旬ほどまではマレーシア国内ではコロナウイルスはそこまで広がっておらず、また先にも述べたように在マレーシア中国人も多いため日本人と中国人の差も見分けがつくようで、特に差別を受けるといったことは一切ありませんでした。しかし、中旬にもなるとマレーシアでもコロナウイルスが流行し始め、私が帰国のため乗る予定だった飛行機が運休になったり、ロックダウンにより語学学校もビデオチャットによるオンライン授業に切り替えられるなど影響を受けていました。帰国後は現在ほど日本の対コロナウイルスなどは行われておらず、2週間隔離などは行われませんでした。留学からは無事帰ることができましたが、3月に予定していた京都や韓国への旅行は全てキャンセルしました。影響としては、LCCの飛行機で旅行を予定していましたが、運休になり、返金申請をしましたがAIとのチャットやオンラインチャットが混み合っているためなかなか対応されておらず、返金についての連絡が未だされていないなどの影響は受けてしまいました。  4月上旬の東京都緊急事態宣言が出されるまでは留学前から働いていた飲食店でアルバイトを行なっていましたが、緊急事態宣言に伴い休業となり、緊急事態宣言解除が出されるまで休業は続く予定となっています。そのため現在は家で過ごし、散歩や買い物以外は外に出ない生活を送っています。もともと実家暮らしのため生活費に困るなど、現状に対する困難や不安などはそこまでありません。しかし、何も予定がないため家でだらけてしまうことが多く、生活リズムが崩れてしまっており、1ヶ月休みが伸びたにもかかわらず有効活用はできていないです。 また、現在3年のため来年の就活に向けてインターンなどの情報を集めていましたが、様々なところでキャンセルがされており就活の準備が満足のようにできないことや、来年の経済の不安もあるため自分は果たして就職できるか、どの分野の企業に行くべきかなどについて考えることが増えました。
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 3月、4月の時間は、1日は自分が思っていたよりも様々な過ごし方があると学ぶことができました。私は3年次回に編入学した学生で、東京での生活がちょうど1年目が終わったのもこの春の時間でした。   一人暮らしで家事やアルバイト、本分である大学での生活を回しながら自由な生活を送っているつもりでした。しかしコロナウイルスの現在の状況下、日常と思っていた生活から離れてみると、私が生活の中で選び取っていた手段たちは本当に限られたものであったなと非常に感じています。  まずはコミュニケーションの面です。友人たちと直接会うことができず、とても心細い体験をしたのは言うまでもないことなのですが、コミュニケーションの方法は工夫することができると感じました。現代では、直接的(実際の対面)に加え、携帯電話やパソコンを通して間接的に遠くにいる人ともコミュニケーションを同時にとることができます。この間接的なコミュニケーションの方法の工夫が多く行われたことが自分の中では大きな驚きでした。zoomやテレビ電話のようなシステムを利用して飲み会のようなものを開いたりするなど間接的なコミュニケーションのシステムが状況に合わせて今までとは違った良い特徴を持ったことに、最新であるという技術に甘んじて、そこが文明のピークであると無意識のうちに考えていたことが分かり、そういったバイアスをあうてることでもっと楽しく生活することができるのではないかと気づけたことはこれからのコンテンツとの向き合い方に活かせそうです。  次に情報という面で思っていたよりも、今の社会では有用・発信すべき(だと考えられている)情報と個人のプライベート、プライバシーとしての情報の境界があいまいなのだなぁと感じました。感染症が蔓延する今、感染した方の情報がシェアされる大切さは理解しているつもりなのですが、大々的にその方のそれまでの詳しい経路の足取りが取り上げられるような報道や感染が発覚した後、周囲の人々に袋叩きにされてしまうような顛末を見てしまうと本当に守られるべきは誰なのか分からなくなってしまいました。とても個人的な意見ですが、社会や権力、大衆の中で便利や安全といった大きな力の大義名分にあおられ、情報にからめとられる生活が現在進行形ですが、この様式は落ち着いて考えてみると、どれほど自分たちの制御する力に自信過剰なのかと思ってしまいました。上手に付き合っていきたいです。  最後に大雑把に私生活で感じたことを書いていきます。卒論に手を付け始めました、なぜに図書館が大学にあるのか、またその大切さが失われて初めて気が付きました。しかしながら、Webや電子書籍を介した読書や研究に関わるものがまとめられているプラットフォームにこの時期からアクセスできたのはこの状況ならではで、もしかしたら、ここまで深めることなく通常時であれば過ごしていたかもしれません。さらに文化との付き合い方です。生でのライブのパフォーマンスや美術館での直接的な体験の代わりにメディアを通してメイン、サブ問わず体験する機会が増えました。やはり生に勝るものはないのですが、このことに気づけたこと、また新しい体験の形が表現されたことはこれらの次なる挑戦につながると思います。  総じて私が感じたことは、思っていたよりも普段生活での自由は自由ではなく、さらに人間の現代の生活は多くの機械や情報の世界に媒介され、媒体となり、おそらくここからは脱出不可能であるということでした。メディアとの関わり方を深めてくれたと同時に少し前時代的な過ごし方をしたのでこのことに気付くことができました。そして何よりもこのコロナ体験が学部の幅を超えて、私がこの講義を履修したキッカケになります。
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二月はサークルの合宿や他大学との飲み会等があり多少忙しかったのですが、三月はほとんど予定が無く週に二日程バイトに行き、そうでない日でTOEICの勉強をするだけの毎日でした。大学の友達とUSJに行く予定を立てていましたが、様々な理由で断わられて中止になりました。特別なことといえば、二回高校の仲が良かった友達とご飯に行ったことと、初めてのクラブに一人で行ったことです。休み中にhiphopにハマったこともあり、好きなアーティストが出演するイベントに参加してきました。少し怖かったですが、新鮮で良い経験になりました。私は実家から大学に通っていて休暇中も交通費を貰って大学の近くでバイトをしていたので、緊急事態宣言が出されてからはバイトに行くこともできなくなり、受ける予定だったTOEICのテストも中止なったので、一度高校時代のクラスメイト達とzoomをしたこと以外全く予定のない生活を送っていました。
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3月から2年ぶりに関東圏での暮らしに戻ってきたので北海道での一人暮らしとは違った生活スタイルをすることになるので感覚を取り戻しつつ新たな生活を始めた。しかし、今現在コロナの影響で出歩くことが難しい状況になり新生活の設備を整えることが難しくなる中インターネットで生活に必要な備品を揃えることに決め、アマゾンなどで探すことにより通常店などで購入するよりも1万円以上安く家具などを手にすることが出来た。また、学業については新型コロナの影響で新学期のスタートが遅れたので今自分は何をすべきなのかを考えシラバスに目を通し授業に必要な事前知識を本やインターネットで学んだ。
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主に簿記の勉強を中心に読書、動画やテレビなどの視聴、家族とボードゲームや家庭用ゲーム機での遊びをしていた。ほとんど外に出ることはないが、週三回平日の午前中に人ができるだけいないところを一時間ほど散歩するようにしている。また、弟が小学生のため授業がない分家庭教師として学校や塾の勉強、事前に買っておいたドリルなどをやらせて教えている。比較的充実している生活を送っているつもりだが、やはり普段よりも生活範囲も圧倒的に狭く家族以外と話す機会が劇的に減ったためストレスもたまってきていると感じている。その対策として、友人と通話をしたり、授業の予習として先に授業を再開しているほかの大学の友人にzoomを繋げる練習をさせてもらったりしている。最近だと、通話を繋げながら履修の相談などもした。今年成人式を迎えたばかりのため、三月は同窓会がいくつかは言っていたが今回の感染症の影響で2つほど中止になり三月後半に友人と行く予定だったタイ旅行も相談し最終的に中止となった。イベントごとやサークル活動などが軒並みなくなったことにより三月は何を知ったらいいのかわからず、家でとにかくだらだらと過ごしあっという間に過ぎていったと感じた。4月になり少しずつ自粛による家での生活に慣れてきた一方、曜日の感覚は完全になくなり昼夜逆転の生活になっていき、このままでは以前の日常生活に戻すのが難しくなると思った。そこである程度一日のスケジュールをたて朝起きて夜寝るリズムを戻すため簿記の勉強を普段の大学の時間割のように当てはめ土日を休みの日として少し勉強を緩めるなどして感覚を戻すようにした。そしてとにかく情報が欲しかったため大学のHPは毎日確認し、ほかの大学の情報も他大学に通っている友人から聞くことで都内の大学の様子を確認するようにしていた。世の中の情勢が日々変わっていく中、最新の情報を途切れさせないようにテレビやネットなど片っ端から情報を集めるようにしている。こんな状況だからこそ様々な情報が入り乱れ何が本当に正しいのか判断するのが大切だと思った。
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3月の前半はそこまでコロナがひどくなかったので友達と外遊びをしたりして有意義に過ごせたと思う。後半から広がり始めたので自宅にこもり主に読書や趣味に没頭していた。バイトにいく以外は基本的に家のなかで過ごしていたと思う。しかしそのせいで運動をしないために体重が増加してしまったのが悩み。なのでこれからは夜の人気のない時間に軽いウォーキングや筋トレを取り入れていきたいと思う。そして3月、四月は昼夜逆転生活を送ってしまい 完全な夜型人間になってしまった。これはなおすのがとても難しいだろうがオンライン授業が始まるまでには治さなければと思う。
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3月4月は療養に励みました。1月末に駅で倒れてしまい、原因は副腎疲労症候群による自律神経の乱れでした。 養生しながら読書や映画鑑賞をしました。読書はおもに体についての本を数冊読みました。御川安仁先生の「疲れが取れない原因は副腎が9割」。副腎疲労[副腎がストレスに対処し続ける→コルチゾール(元気をもたらすホルモン)分泌し続ける→副腎が疲れ切って様々な症状を発症]。おもな原因は「休息不足」「過剰なストレス」「忙しい生活」「バランスのとれてない食生活」で、症状は「何もしたくない」「過眠」「低血圧低血糖」「記憶力集中力の低下」などです。症状はもちろん、自分の自堕落な生活サイクルや高カロリー低栄養の食事がまさに書いてある原因の通りで勉強になりました。栄養を補い健康的な生活をして副腎を労わろうと思いました。 映画鑑賞はストリーミングサービスを利用して様々なジャンルの映画を見ました。一番印象に残った映画はクリストファー・ノーラン監督によるSF映画「インターステラー」です。時空のある一点から別の離れた一点へと直結するワームホールや過去の空間へ繋がる5次元の世界の描写が非現実的で印象に残りました。また親子愛を深く感じました。 この長期の休みがあったことで体調も少しずつ回復しました。また自分自信を省みる時間となりました。コロナウイルスで拘束され不自由なことも多くありましたが有意義な時間を過ごせたと思います。
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4月3日に脳腫瘍ができている事が発覚して緊急入院をしたのだが、入院前の約1ヶ月半ほぼ寝たきりのような状態であったため、3月と退院した4月22日までの記憶が体調が悪くしんどかったという印象がかなり大きい。  まず寝たきりの様な状態になった原因が、2月13日くらいからの寝違えたのかと思う程の軽い痛みが続いた事から始まった。私は國学院大學北海道短期大学部からの編入性であるため、そのときは、北海道の滝川市にいた。東京の実家に戻って来って、3月に入ってから、起きている事ができない程の痛みに加えて、吐き気も出て来てしまった。その頃は、吐き気が痛み止めの薬の副作用で出ていると考えていた為、3月の前半は家の近くにある、整骨院と整形外科に通っていた。しかし、そこの通っても一行によくならないどころか、レントゲンの写真には異常が見られないといわれたため、神経的な病気かも知れないと思いMRIを取るため、東邦大学付属の大橋病院に行く事にした。私は過去にも水頭症と言う脳の病気になっていた為、可能性は高いのではないかと考えていた。3月12日に病院まで行き診察を受けた。その時に再度レントゲンを取ったがやはり異常は無かった。その後手足の動きの検査をされたが、その結果、脳に腫瘍が出来ていれば手脚に痺れが出るはずだから、MRIを取る必要はないと言われ、断られてしまった。今考えると、この時に断られていなければ3週間近く早く 入院できていたであろうし、辛い思いをしなくて済んだと思うと、怒りがこみ上げてきます。その後も痛みが続き、親戚から鍼・灸をやってみてはと提案されて行ってみることにしたが、原因が脳にあるため、痛みを和らげることは出来なかった。3月22日から吐き気がひどくなり、水を飲むこともできなくなってしまい、家の近くの内科で点滴を打ってもらうようになった。その後打つ手が無くなりダメ元で、人間ドッグでMRIを受ける事にした。その結果、小脳に4cmの腫瘍があると告げられ、緊急入院となった。  4月7日に手術となったのだが、その日まで、身体を動かす事や、痛みで寝る事もでかなかった為、人生の中で一番長く感じた4日間であったと 思う。次に日からは、ICU(集中治療室)から一般病棟に移る事となった。まだこの時、この病院ではコロナ患者を引き受けていなかった為安心出来た。部屋を移動した次の日から食事の許可が出たため、少しづつ食べていたが、体重を計ってみたら52キロになっていた。普段であれば62キロくらいなのが、2週間何も食べていないし、寝たきりだったので、筋肉の低下が甚だしくこれから始まるリハビリが大変だった。筋肉量が落ちている為歩く事も出来ない為、トイレに行くためにナースコールで看護師さんを呼び車いすで行くのが、とても嫌でした。仲の良い看護師さんができ、元気付けてくれたこともあり、だんだんと寝た状態から上半身だけ起き上がることや寝返りなどはできるようになった。手術後2週間くらいからリハビリが始まった。小脳の手術後の特長として、めまい・ふらつき・吐き気が有るらしいのだが、今まで普通にできていた、歩く事がとてもしんどく、階段の上り下りは全くできなくなっていた。3日間続けていたらできるようにはなったが、いまでもふらつきが直らないことや歩くスピードの遅さはこれから治していかないとと考えている。  4月22日に退院をしたのだが、その2日前に退院に当たっての説明があった。そこで病名を告げられたが、その病気で出るはずの症状が出なかったり、出ないはずのものが出ていたり、本来ならば思春期に出てそれ以降はこんなにでかくなる事はないし、大きさが異常ということだった。前のMRIでは4cmということだったが実際は8cmだったらしい。これを聞いた時はそんな大きさの間違えあるかと思ったし、そんな大きさの物があったらあれだけしんどくなるよなと思った。しかし腫瘍が良性であったこともあり退院にあまり時間画家からなっ買ったのは良かった。  3月4月の生活を題材に書いたが、この2ヶ月は世間がコロナで騒ぎ始めた頃とかぶっていた為、多くの人に心配されてありがたかった。辛いことが多く面白いような事は何一つ無く、つまらない内容かもしれないが、もう二度とこの様な病気にかかりたくないし、他の人にもなって欲しくないと思う。
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 私は3月と4月の間、ひたすら新型コロナウイルスへの恐怖とそれから受けるストレスで精神的に辛い生活を送っていました。しかし、それ私だけではなく、緊急事態宣言が出ている地域の方々全員が共通であり、「この外出自粛の今何ができるのか」を考えることが大切だと強く思っています。  そこで、私はこの長い外出自粛期間に3つの毎日やることを作り、勉強の習慣化や生活習慣病の予防、就活準備を行ないました。  1つ目は1日1時間必ず勉強する習慣をつける事です。  これを始めた理由として、休みの日に家で勉強しない習慣が自分にあり、直さないといけないと自覚したからです。私は普通勉強する際は必ず大学の中の自習できるスペースやカフェに行っていました。何故かと言うと、このような場所なら周りの学生や客などの他人の目があるため、勉強に集中できるからです。しかし、国や地域から自粛要請が出て、外出を積極的に控えるようにしてから勉強時間がほとんどなくなってしまいました。私自身、家でも勉強しなければという意識はあるのですが、部屋の中にある誘惑(SNSやテレビ)に負けて中々手がつきませんでした。そこで、1日1時間だけ勉強するという目標を定めました。また、この目標を達成する為に、勉強中のタイムラプスを撮り、SNSにあげることにしました。これをやろうとした理由はスマートフォンの録画機能を使うことで、勉強中にスマートフォンを触れなくするためです。常に録画中という状況を作ることで、勉強以外の動作をするとそれも写ってしまうので、勉強中の必要のない動作(インターネットサーフィン、ps4などのゲームをする等)の抑制になりました。さらに、その動画を自分が持っているSNSに投稿することでカフェ等のリアルの他人の目ならぬネットの他人の目を利用することで、今日の分も投稿するために勉強するという意識が生まれました。  友人にこの話をしたところ、『大学生が1日1時間は少ないのでは』という意見を貰いました。しかし、今の私には十分だと考えています。普段外でしか勉強できない私がたった1時間、されど1時間家で集中して勉強できています。集中力を欠いた状態で長時間勉強するよりも、とても有意義な時間の使い方ができていると思います。5月になってもこの勉強方法は続けており、今は1時間だけでなく、集中力が続く限り勉強するようにしています。  2つ目は夜に寝て、朝起きることです。  一見何を当たり前の事を言ってるんだと思うかもしれませんが、私は1月末から2月の長い休みの間は、眠気の限界まで起きて朝に寝るという習慣が当たり前になっていました。ようやく、自粛期間で休みの日が続く中で、これは直さなければ遠隔授業が始まったときに、授業中眠くなって集中できなくなると気付き、寝る時間も直すことを決意しました。それではいざ夜に寝ようと思っても、根付いた悪い生活習慣が邪魔をして中々夜寝付くことができませんでした。そこで、まず対策として、寝る時間を明確に10時半と定めました。そして、その1時間前からスマートフォンやテレビなどブルーライトを発生させるものを見ずに、紙媒体で本を読んだり、軽くストレッチや筋トレなどの運動を取り入れました。始めた当初はとても辛く、生活習慣を普通に戻すことがとても大変なことだと実感しました。しかし、体は慣れるもので、1週間ほどこの生活を続けていると、眠れないということは無くなり、朝も日が昇ると同時に目が覚めるという良い生活リズムを作ることに成功しました。生活習慣を直さなければならないということに気付くのは遅かったと反省していますが、そこでそのままにするのではなく、直して良かったと強く思いました。  3つ目は、就職活動の準備をすることです。  私は今年から3年生となり、就職活動が始まっています。以前から仕事に対しての興味が薄く、就職さえできればいいと思っていました。しかし、日本経済新聞に載っていたある企業の記事を見てその浅はかな考えは変わりました。その企業は独自のルールを作り、会社員全員のモチベーションの向上をさせたりして、周りの同業種の企業との差別化が行われていました。この経験から、この時間が有り余る時期に様々な企業の「強み(周りと差別化できている点」を夢中になって探すようになりました。具体的にどのように探しているかというと、日本経済新聞や日本工業新聞、テレビやスマートフォンなどあらゆる情報を発信しているモノを使い、調べました。そこで出てきて、気になった企業を1度よく調べ、強みを探しました。そして、その企業と強みをリスト化することにしました。これを毎日最低3企業探すことで、企業に対する知識が大学1、2年時と比べて飛躍的に向上しました。夏休みから始まるインターンシップでは、この作成したリストを元に、自分が行きたい場所を探していきたいと考えています。そして、企業面接でこの調べた強みを中心に話を展開できればと思います。  さらに、就職活動の準備の一環として、エントリーシートや面接対策のために自己分析をすることにしました。私は1、2年時に北海道短期大学部にいました。ここでは、東京の大学に通っていては経験できないような事を数多くしてきました。その経験を就職活動で活かすため、まず文字に起こすことから始めました。経験自体を覚えていたとしても、いざそれを話せと言われたときに言葉がうまくまとまらず、話せないと思ったためです。1つ目の勉強時間とは別に1日1つ経験を書き起こす時間を作り、北海道で自分が過ごした濃密な時間をよく思い出すことにしました。しかし、経験だけが自己分析の対象ではありません。私自身の特徴や性質を知り、言語化することもこの時期に行ないました。企業の面接では、自分の長所や短所などを含めた「私はどのような人間なのか」ということが聞かれると思います。また、自分について客観的に理解していると、自分がどのような場所、環境が合っているのかを知ることに役立ちます。そして、これを軸にして職場選びをスムーズにすることができます。だから、予定が何もない時間にウェブサイトや書籍を見て、自己分析を行ないました。それでも、自分で調べただけではどこか抜け落ちているかもしれません。もし大学で自己分析セミナーが行われた際には、ぜひ参加させていただきたいと思っています。  以上3つが3月、4月の生活の中で実践してきたことでした。
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主に家の仕事に行くことが多かった。 3月はまだコロナの影響がすごく日本に反映していたわけではなかったため、遊びに行ったりなど比較的いつもと変わらない生活を送っていた。バイトに関しても3月上旬は、今まで通りだったが後半に入ってからは自粛になったため、家の仕事に行くようになった。 4月に関しては、ほとんどの日にちを家の仕事に費やした。遊びも外出の遊びはしなくなり、家で遊ぶことが多くなった。間違いなく今年の3月、4月は、今までの日常とは異なった生活になっていた。
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まず3月について記します。 3月はバイトしたり、友人と遊んだりとコロナの影響をほとんど受けずに過ごしていました。ほとんど、と書いたのは、コロナを危惧してマスクの着用と手洗いをきちんとしていたためです。 3月上旬までは、コロナの潜伏期間が長いことや感染力を認知していませんでした。そのためマスクをつけずに都内へ出かけたりもしていました。 下旬からは、コロナの日本蔓延が本格化し、感染人数が増えたこともありマスク、手洗いはもちろん、都内へのショッピングやアルバイト意外の会社を少し抑えるようになりました。3月26日は友人と都内で宿泊をしましたが、それを最後に以降私は友人と都内へ出かけることはしていません。 ここからは、4月のことを記します。 4月の記憶は家で過ごした記憶がほとんどです。 4月に入ってからはアルバイトもしていません。アルバイト先は焼肉店で、コロナの影響を受けお客様も減っていました。元々小規模な店舗なこともあり、アルバイトの人数は足りていたためシフトを入れませんでした。4月7日以降、自粛要請に協力するため、解除するまでは店長からアルバイトの出勤停止が下されました。アルバイト代がゼロになるのは辛いですが、幸い私は実家暮らしなため、生活には困りません。時間もあり、別のアルバイト先を探すか迷いましたが今は家でゆっくりしようと思い、やめました。 私はインドア傾向にあるため、家の中でもU-NEXTでアニメや映画、お笑いを観たり、漫画を読んだりして楽しく過ごしました。また、3月20日に発売されたゲームソフト、あつまれどうぶつの森にも熱中しました。5月5日現在も同じように過ごしています。 私は家の中にずっといては不調を感じるため、たまにマスク着用のもと近所を散歩したりしました。最寄りよりちょっとだけ離れた駅まで歩きましたが、通常よりも人が多く感じてびっくりしました。自分も外出をしているためあまり言えませんが。近場ならいいだろうと本来なら都内へ遊びに行ったり仕事に行ったりしている人がみんな家にいると思えば仕方ないとも感じました。 家にいる時間、家で寝る、食べる意外のことをしている時間がかなり増えました。そのため、その時間をより充実したものにしよう、自分が過ごす空間を愛せるように、と部屋を掃除したり、ルームウェアを買ったりしました。他にも、紅茶の種類を増やしたり、模様替えをしたり、花を飾ったりしました。これらのことは普段から心がけたあとは思っていましたが、バイトや大学があるなかでするにはなかなか大変なため、いい機会でした。 コロナ禍のなかで、不便なことや不自由はかなり増えましたが、日頃の諸々をリセットできるいい機会だとも感じています。部屋の模様替えや掃除はもちろん、スマホのアプリやカメラロールの整理、さらに生活習慣を整えて家でできる運動や読書、勉強の習慣付けも少しずつ、4月から時間をかけてしています。 4月以降友人と会っていませんが、zoomを使って3人で会話したり、インスタで近況を知れたり、LINEで連絡をとっていたりなど、関わりは保ててるため寂しさは紛らわせています。普段なら感じにくい現代では当たり前なコミュニケーションツールに感謝の念が湧きました。これに限らず、もっと技術が未発達な時代にこのような事態に陥ったりしたらコミュニケーションどころか生活や命の危険が高く、不安も多かったことと思います。生活の不安がないわけではないですが、コロナについてすぐ調べられ、その情報をすぐ手に入れられる現代社会を作った先人の方々や、この状況下にそれらの整備をしてくださってる方々にも感謝の気持ちを抱いています。家での時間を楽しく過ごせることは当たり前のようにも思えますが、数十年前では家でこんなにも映画を見たり、音楽をなんでもきけたり、授業も家で受けられるなんてことはできなかったと思うので、現代に生まれたことの奇跡を実感しました。 家で長く過ごしていると、ぼーっとしている時間も多く、そんなことを考えました。 ほとんど家で過ごしていますが、そのような状況でも私は欠かさず着替えてメイクをし、だらけすぎないように心がけています。私は寝ること、だらけることが大好きですが、しすぎると体調が悪くなったり昼夜逆転に拍車をかけるためなるべく椅子に座るようにしました。ベッドではなく椅子に座るために、机をきれいにしたり、机の周りに花を飾ったりと、座る工夫に力をいれました。椅子に座ることで寝ているよりも何事においてもスムーズに取り掛かれるため、読書や趣味のギターを久しぶりに楽しむことができました。 4月はほとんどいえで家族と過ごしましたが、それなりに楽しむことができました。まだ1.2カ月程度のことなのでこの状況はこの状況で普段できなかったことをたくさんできているため楽しいと感じました。しかし、1年、2年と続いたらと思うと正直不安ですし、楽しめなくなると思います。現代社会で生活においての不便が少ないとはいえ、友人に会えない、都内へ行けない、外出も控えるとなると日頃心の支え、楽しみと感じていたことが制限されるのはとてもストレスです。それだけでなく、就職活動もコロナの影響でリモートのみになってしまったら、直接肌で会社の雰囲気を感じる機会を得られないまま就職先を選ばなくてはならないことも考えられます。アルバイトも、できないとなると貯金は減るし、欲しいものを買えなくもなります。国民としてはもちろん、経済学部生としても経済の滞りも懸念します。消費活動、生産活動をし続けなくてはと感じますが、この状況の中でそれができない人はかなり多いと思われます。仕方のないことです。 先が見えない現状のなか、みんな同じような思いを抱えてなんとか生活していることと思います。 一刻も早くこの状況が終わりますよう願います。
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私は体育会の運動部に所属しています。3月前半までは通常通り練習が行われていましたが、3月後半からはコロナウイルスの感染拡大を防ぐためや、緊急事態宣言の影響で活動ができていません。なので普段は寮生活なのですが、自宅に帰ってきて自粛生活を送っています。部屋の片付けや家の掃除、共働きなので家事など自分のできる範囲で普段できないことなどを行っています。また、2日に1回は自分で筋トレや家の近くでランニングなどをしています。普段は家族と過ごす機会が少ないので大変な時期ではありますがこのような機会も大切にしたいと思います。
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私は3月中は9時から21時まで毎日練習をしていました。コロナが流行っているということは耳にしていましたが、体育館と家の間の往復だけということとなにより練習がしたいという思いが強く、普段より練習に励んでいました。その甲斐もあり部内リーグで1位になることができました。4月になってからは体育館が使用禁止になり、実家に帰省することになりました。今まで長い間実家ではないところで過ごしてきていたので最初の一週間はあまり馴染めず不便な思いもしたが今ではすっかり慣れてしまいました。毎日運動をしっかりして、一人暮らしにいつ戻ってもいいように料理や掃除など普段通り行っています。
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3月、4月前半までは今まで通りの生活をしていました。栃木の実家暮らしなので春休みが入ってから東京に行くこともなく新型肺炎の影響はほとんどありませんでした。 緊急事態宣言が出されてからは共働きの両親が在宅ワークで家にいることが多くなり、仕事の邪魔をしないように部屋にこもりっぱなしです。東京に比べて店は開いていますが、行くところがないので動くことはほとんどないです。昼夜逆転の生活なので生活習慣は最悪です。
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3月4日は家族3人で栃木県の佐野ラーメンを食べに行きました。朝の9時に起き、10時には出発して11時半には佐野に着きました。 その日食べに行った佐野ラーメンのお店は、【ようすけ】というラーメン屋さんだで、すごく人気なので行列が出来ていました。1時間くらい並び、やっとお店の中に入ることができました。そこで食べたラーメンは佐野ラーメンで1番おいしいと感じました。しょう油ベースのスープに麺がちぢれ麺になっていて、スープに絡みつくようになっています。具材の叉焼やメンマ、味玉もとても美味しかったです。 ラーメンを食べたあとはそのまま栃木県の温泉に行きました。そこの温泉はとても広く気持ちよかったです。 お風呂上がりには、コーヒー牛乳を飲み、最高に美味しかったです。 夜は友達とオンラインゲームを一緒にやり、とても楽しかったです。 オンラインゲームはFPSという視点のゲームで、銃を使って敵を倒すゲームです。 いつと友達とハラハラしながら遊んでいます。 そしてその日はたくさん外に出で疲れていたので22時には寝てしまいました。
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自分の三月4月の生活はこの状況により広島の実家に帰省していて、お爺ちゃんが牡蠣の養殖をしているのですが、暇ですることがないので、朝四時に起きて船に乗って沖に出て、仕事を手伝っています。そして、週末にはお爺ちゃん達と麻雀大会をするのが日課となっています。普段はあんまり長い時間一緒にお爺ちゃんといることがないので、この期間にお爺ちゃん達に色々と恩返しをしていきたいなと思っています。
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宅地建物取引士の資格を取るための勉強を毎日1時間ずつぐらいしていたものの多くの時間は流行病の影響もあってバイトも出来なくなったため家でYouTube等の動画を見たりゲームをしたりして過ごしていました。また少し昼夜逆転気味になってしまいました。食事も外食が出来ないためいつも外食していた昼食が毎日必ず冷凍パスタになっています。
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34月は基本的に就活をした。他にした事は以下です。 NINTENDOSWITCHのあつまれ動物の森を私の友人が購入し出したため、私も気になり購入し遊び始めた。 一日の計画を立ててもやりたくないと思うと先延ばし癖あり、それを改善するためマンダラノートや、マインドマップの書き方等の思考整理術を調べ、それを試した。 友人とLINE電話を用い、就活の状況や、ゲームや、日々の過ごし方を話した。 4月末まで家族が時々外出勤務をするため、洗濯やご飯炊き等、簡単な家事をした。 読書やサブスクリプションサービスを用いた映画鑑賞をした。
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3月のはじめの頃はコロナウイルスも流行っていたが、危機感はそれほど無かったように思う。折角の春休みなので、たくさん出かけたいし遊びたいと考えていたからだ。その通り、3月上旬は毎週4回ほど遊んでいた。しかし、その間もコロナは流行っていき、FAの研修会もオンラインで開催されることとなった。私はここら辺から外出を控えるようになったと思う。また、バイトも全く入れてくれなくなり収入も大幅に減ってしまった。(自ら希望シフトを少なくしているというのもあるが)という事で3月の下旬はほぼ遊んでいない。楽しみにしていたライブも中止になり、行けなくなってしまった。 4月に入り、すぐに緊急事態宣言が出たためバイト先は営業時間を短くするかつシフトに入れる人数を極端に減らすようになった。また自分も外に出ることをほぼしなくなった。しかし家にいても暇なので、メルカリという中古販売アプリで家にあり使わないゲームなどを売って少しだけお金を稼ぐ(+部屋の掃除にもなる)や、友達とビデオ通話をして暇な時間を過ごすようになった。また、久しぶりに勉強をしようと思いTOEICの勉強をするようになった。相変わらずバイトはシフトに入れてくれないので、4月の給料は6000円しか貰うことができなかった。という流れで現在に至る。
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まず、3月4日は朝9時に起きた。7日からは授業が始まるため、生活リズムを徐々に戻していかなければならないからだ。朝食を食べ、歯磨きなどをした後、簿記の勉強をした。学校開始が延長された今、勉強することが最も時間を有効活用できるからだ。昼まで勉強した後、昼食を食べ、母とスーパーに向かった。スーパーは人が結構いたため、自分の必要なものを買ったあとはすぐにスーパーを出た。この時期、3密を避けることが一番重要であると思う。 帰宅後はすぐに犬の散歩や、ランニングをした。外出自粛の要請を受けた後は必然的に運動不足になってしまったからだ。家にいてずっとSNSを見ていたり、テレビのニュースを見ていると、コロナの情報で溢れかえっていて精神的にまいってしまう。運動をすることでストレス解消に繋がると考えられる。 その後は夕食を食べ風呂に入り、早く寝た。この時期は早寝早起きをすることで免疫を上げることに繋がると考える。こういった規則正しい生活が今の自分に出来ることだと思う。
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3月、4月はコロナが今ほど流行するまでは普段と同じように、友人と出掛けたり、バイトをしたりして有意義に過ごしていました。 コロナが流行し、緊急事態宣言がされた後からは、たまにバイトに行きあとは家の中で漫画を読んだり、ゲームをしたり、小説を読んだりしていました。 自粛になってよかったなと思うことは、自由な時間が増えたので前々から読みたいと思っていた小説や漫画を読むことが出来たということです。 今まででは有り得なかったであろう、1ヶ月に本に3万円以上使ってしまうということも起こりました。 これはこれで有意義な時間を過ごせたと思います。
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3月初めから3月中旬まで普通自動車免許を取るために実家に帰省していた。住民票を移しておらず、地元で合宿免許が受けられないということで約2週間のスピードコースを受講することになった。ゴーカートやマリオカートのような運転するゲームを全く経験してこなかったので初日から実技授業があることに不安しか無かったが、毎日強制的に運転しなければいけないのですぐに慣れた。スピードコースのため効果測定などの試験に一回でも落ちることが許されなかった私はひたすら満点様というWebサイトで問題を解いていた。そのとき休憩室で何回も流れていた音楽はもう聴きたくない。勉強の甲斐があり、無事に免許を取得することができた。 3月下旬は成人式の前撮りをした。私の地元はゴールデンウィーク中に成人式を行う。今回は新型コロナウイルスの影響で11月に延期することになったが、記念に撮影だけでもということで小学生の頃からお世話になっている母の友人にお願いして撮影をしてもらった。家での撮影だったので祖父母を含めた家族写真も撮ってもらった。実は初めて全員揃った家族写真で感慨深いものがあった。あまり写真を撮られることは好きではなかったが祖父母が喜んでくれたのでいい記念になった なと終わってから思った。 4月、アルバイトがあるため実家から戻ってきた。3月の時点ではこんなにもコロナが広まると思っておらず、なにも考えずにアルバイトのシフトを提出してしまった。今考えれば実家に留まればよかったなと思っている。しかし、様々な業種で営業中止になっている今、お金を稼げる環境があることはかなり助かる。乱れた生活習慣を正すためにも今後も様子をみながら働く予定だ。 以上が3月4月の生活である。
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私はコロナウイルスの影響で外出自粛になってから、アルバイトの数がとても増えました。一般的に世間では仕事ができないところが多く、友達もなかなかバイトをさせてもらえない状況になったと聞いています。ですが、私のアルバイトは飲食業であり、なおかつテイクアウト限定なので、ネット注文や電話注文などで時間通りに来れば数秒で商品を受け取ることができます。このご時世で、なるべく人と接触せずに商品を受け取れるのはお客さんの立場としてはかなりのメリットですが、私たち従業員は毎日色々な人が数時間店に来るので感染のリスクもたくさんあります。正直とても不安に感じながらアルバイトをしています。  最近では、元基礎演習の友達とzoomでオンライン授業風を体験するような活動もしています。これから初めてこのような授業を受けるので、あらかじめ予習をおこなって対策をしています。
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3月は友人や家族との旅行、サークル活動などのイベントを多く予定していたがコロナの影響ですべて中止になってしまったのでアルバイトに行くか家にいるかという生活でした。家では漫画、小説、アニメを見たり、ゲームをしたり、ダンスをしたり、走りに行ったりなど本来過ごせるはずだった生活に比べればもちろん物足りないけれど、そこそこ充実した生活を送れました。4月はアルバイト先が休業になり、3月の生活からアルバイトをなくした生活になりました。
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三月の初めにサークルの合宿がありました。一泊二日の岐阜、飛騨高山での温泉旅行でしたが、新型コロナウイルスの影響で観光客はほとんどおらず町はひどく閑散としていました。 国内での感染者数が急増する前だったので合宿は何とか実施されましたが、もう少し時期がずれ込んでいたらこの合宿も延期、果ては中止になっていたことでしょう。 二日目に地元の朝市を見て回っているとき、シャッターのとじた店先にある張り紙を見つけました。休業のお知らせ。私が求めたプリンはコロナウイルスのせいで出会うことすらできませんでした。コロナ許すまじ。ちなみにこのお店は現在も臨時休業中とのこと。一刻も早く事態が収拾することを願うばかりです。 合宿は大きな問題が起きることもなくつつがなく終えることができました。機会があればもう一度訪れたいです。 合宿の翌週、祖父の実家である長野県へ毎年恒例の里帰り。当然こちらにもコロナウイルスの影響はありました。まず祖父母が帰郷せず、母と私のみが長野向かうことに。次に滞在日数の大幅減少。そして部屋ごもり。常ならば食後は居間でだんらんを楽しむものですが、今回の帰郷では団欒もそこそこに各人部屋へと戻ってしまいました。 現在は政府によりオンライン帰省が推奨されており、帰省をすることができただけラッキーと考えられなくもないですが、やはりいつもの家族でいつもの過ごし方を楽しめるありふれた里帰りが恋しいです。 三月最後のイベントは高校時代の友人たちと前々から予定していたディズニーランドへの旅行でした。延期を繰り返しようやくみんなの予定が合った矢先、夢の国は臨時休園になりました。来園できなかったことに心残りはありますが、それでも休園を選択したオリエンタルランドの判断には脱帽しました。もしそのまま営業を続けていたら休校で暇を持て余した中高生の集団感染は免れなかったことでしょう。 四月に入るとコロナウイルス感染者数が看過できないほどになりました。当然予定も入らずただただアルバイトだけをこなす毎日でした。そして緊急事態宣言が発令されバイト先も営業停止。しかし驚いたことに一週間営業停止した後ひっそりと営業再開しました。まだ営業自粛要請が出ているのにも関わらず、どう考えても営業をしなければいけない業種ではないのに営業再開を決定した上層部には疑念しか生まれませんでした。 営業再開初日、来店客数は目も当てられないほどで店内はガラガラ。仕事という仕事は「営業しているんですか」への電話対応くらい。その後も客足は伸びず現在も細々と営業を続けていますが売り上げは例年の三分の一にまで減少しているとのこと。赤字一直線なのになぜ営業しているのか。私は是が非でもお金儲けがしたい会社なんだと思っていましたが、店長曰く「営業しているのは従業員の生活のためでもある」とのこと。それならば実家暮らしの学生バイトをはたらかせる必要はどこにあるのでしょうか。しかし働く人がいなければ店は回らないので私は働きに出ます。もちろん無理のない範囲で、ですが。 大学生になってから初めての春休みでしたがすべての予定にコロナウイルスが関わってくるという事態になるとは数か月前の私は想像していませんでした。この状況がいつまで続くかだって誰にもわかりません。これ以上状況が悪化しないように不要不急の外出をせず、家でおとなしく過ごします。幸い情報社会で家でできることは山ほどありますからね。
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2月末までは県外へ外出したりするなどして遊ぶ機会が多かった。3月からはそもそも外に出る予定もなかった中、新型コロナウイルスの流行により全く外に出ることがない生活へと変化した。3月中旬までは一人暮らしで、コンビニやスーパーへ行くのが最低限の外出だったが、それから帰省をし実家では最長28日間家から出ることなく過ごした。生活必需品などの買い物などは親がしてくれる。もちろん食事などの家事も。本当にありがたい。 やはり自粛中は時間があるので将来について考えるようになった。そのため「将来性のあるお金の稼ぎ方」についての本を読んだり、資格の取り方について調べたりしている。正直に言うとこれらに費やす時間は1割にも満たないが、今までだったら確実にしなかったであろう行動だと思う。
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 私は國學院北海道短期大学から編入してきました。3月19日に短大の卒業式が予定されていましたが、コロナウイルス感染・拡大の防止、また北海道緊急事態宣言の発令のため、3月の頭に東京に帰ることになりました。急遽卒業旅行などをキャンセルし、引っ越し作業や家を引き払うための手続きを迅速にすませ、慌ただしく2年間の北海道生活を終えました。  東京に帰ってきてから、突然予定のない長い春休みが訪れました。思わぬ形でゆとりのある時間が生まれたので、このいつまで続くかわからない春休みをどう過ごすかについて考えました。  1つ目は今まで何となく考えたことはあるけど具体化してこなかった就職活動について考えることです。先輩に会って話をする機会を作っていただき、就活やインターンシップまでに準備していたこと、資格について、など詳しく話してもらいました。話を聞いて、今あるこの有り余る時間は、企業研究をしたり資格や検定をうけてスキルアップする絶好のチャンスだと分かり、私が将来就職したいと思っている空港業界やホテル業界についての企業研究とTOEICの勉強を始めました。企業研究していくと私の希望の就職先は現在、経営状態は非常に厳しくリストラも行われているため、来年の採用人数が減少する可能性があるとわかり、他の応募者とは何か他の分野で目立たなくてはいけないと感じました。そこで、自分の武器となるような資格を取ろうと思い、高齢の方や身体の不自由な方への正しい介助スキルを身につけることができ、サービス業や販売・接客業など幅広い職種で活躍できる、サービス介助士という資格の勉強も始めました。目標にしていた6月のTOEICの試験は中止になってしまったが、試験が実施できるようになる日が来た時、自分の力を最大限に発揮できるようにこれからの自粛期間を過ごそうと思います。  2つ目は、家事の手伝いをすることです。不要不急の外出を控えるために友達や家族との旅行や遊ぶ約束が無くなってしまったので、家にいる時間が増えました。私の両親は共働きで現在も仕事に行っている日もあるので、家事の手伝いをしたり、一人暮らしをして出来るようになった料理を作るようになりました。一人暮らしをしているときから感じてはいたが、毎日家族の為に家事をして、様々な料理を考えて作ることはとても大変であると痛感し、仕事をしながら支えてくれた両親の偉大さに気づき、改めて感謝の気持ちを持ちました。  3つ目は健康でいることです。家で過ごしていると寝る時間が遅くなり昼間に起きたり、食べすぎてしまうことがありますが、規則正しく生活し、自分の為に健康的な生活を心がけました。今まではだらしない自分に甘い生活を送っていたので、この機会にリズムを正そうと思いました。家にエアロバイクというトレーニング器具があるのでそれをつかって毎日1時間運動していました。今は自粛期間前よりも生活リズムが整い、より健康的になれました。  コロナウイルスによる自習のおかげで、大学の授業・サークルや部活・アルバイト・友達との他愛のないおしゃべりなど、いつもの何気ない日常がいかに大切だったか、ということにきづかされました。友達とは、普段はしていなかったフェイスタイムを使って、顔を見ながら話すことができる電話で頻繁に連絡を取るようになりました。気晴らしにもなり、それぞれがどんな生活を送っているのかを知ることができたので、刺激をもらうことができて、自分のさらなるモチベーションにつなげることができました。「自粛」という非日常の日々が続く中、4年生になる来年はそもそも自分の就職活動がどうなっているかなど、不透明なことばかりで不安になるが、自分で「不安」を打ち消す努力が求められているとも感じています。コロナウイルスは企業の経済活動にも大きなダメージを与えており、私たちの就職活動にも大きな影響があることは間違いありません。この自粛生活を、ただ自粛するだけではなく、これからも生み出された時間を活用して、未来につなげていけるような生活をして行きたいとおもいます。
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三年次からゼミ活動をしたいと思い、ゼミ演習の応募を課題提出と共にしました。結果は落選してしまった。私がゼミ活動を希望してた理由は自身のスキルの向上や就職活動での材料などを考えていました。この新型コロナウイルスで授業開始が延び、オンライン授業での実施に変わり在宅の時間が増えます。なのでなにか資格を取ろうと思いました。そこで元々、数字への苦手意識は無く授業でも取っていた日商簿記を。FPの資格を取得しようと思いました。就職活動での材料とするためにも二級以上の取得が必要でした。初めは独学で進めていこうと思ったのですが効率などを考え、通信講座で学ぶことにしました。自分のペースでいつでも学習でき、寝る前のベッド、お風呂の中、なので少しの時間も無駄にせずにやっています。ゲームなどスマホを触ってる時間を試験勉強に当てれば、かなりの時間を確保できます。本物の講座と違って、繰り返し再生できて、もし分からないことがあったらそこで止めて自分でよく考えることが出来ます。通信教育の多くは、メールによる質問のやり取りができるサービスを利用できます。私もこれを多く活用しています。一人で学習を継続していると、どうしても分からない点や、疑問が解消できない点が出てきます。そんな時、メールによる質問があると、早ければ当日、遅くとも3日以内にだいたいどこの通信教育も返事がきます。そこでまた分からなければ、再度質問することもできます。 自粛期間での不安要素は運動不足もあります。近所を複数人では無く一人で軽く走るようなこともしてます。元々高校野球をやっていた身なので筋トレも好きでよくやっていたので自宅で出来る自重でできる筋トレを調べてやっています。 コロナのせいで社会人の方々は在宅勤務という形でテレワークをやっています。私の父も同様に在宅勤務での仕事をしています。そのおかげで私自身も自粛として家にいるので、ここ何年かの中で1番家族との時間が増えたと思います。元々仲の良い家族でありましたが自分も成人になり話す内容なども変わっていますのでもの凄く有意義な時間を過ごしてると思います。 世の中がこのような状況になってしまった以上、外出自粛はしなくてはならなと思い、いつもとは違う生活になって一人一人が出来ることを探して行かなくてはなりません。だからこそ自己投資の時間が取れ、それを有意義にしていかなくてはなりません。資格の勉強をする。親の手伝いをするなど今後の自分に良い事をするのが必要。外出自粛がまだ続くことになると思うが今後もしっかりとやって行くことが大切であります。
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3月は友人とも沢山遊び、バイトも沢山入れていました。私の中では割と充実していた月でした。遊ぶためにお金が欲しかったので空いている日は基本バイトを入れていました。この時期コロナウイルスはもう話題になってはいましたが、3月はまだそこまでではなかったので、友人と遊べる日は遊んでいました。電車に乗って友人と会い、遊ぶ。今はとても懐かしい気持ちです。朝早いバイトの日は眠気が強かったので気合を入れて起きていました。また夜遅めに終わるバイトの日でも家に帰ったら晩ご飯を食べていました。健康に悪いかもなと罪悪感を感じたとしても、バイト中は動いてお腹が空くのでバイトがない日よりも多く食べているときもありました。私のバイトは食器洗いをするので家でも食器を洗うことが習慣になりました。その流れで料理を作ってみることもありました。YouTubeを見ることが私は好きなのでYouTubeはほとんど毎日見ていました。音楽やダンスの動画を見ることが多かったです。友人におすすめされて見始めたアーティストがいたのですが、見ていたらはまりました。3月は行動的になれた月でした。 4月上旬まではバイトすることができたのですが、コロナウイルスの影響でバイト先が休業になり、それからは基本家で過ごしていました。外出自粛要請が出る前からコロナウイルスを気にして友人とは遊ぶことはやめていました。4月はほとんどYouTubeや映画鑑賞、漫画を読んだりしていました。夜でもYouTubeを見たりして過ごしていたので気がついたら朝になっているという昼夜逆転が頻繁に起こっていました。友人と直接会うことは難しかったので電話したり、オンラインでゲームしたりということをしていました。この期間に友人と連絡を取ることの楽しさを改めて感じました。家で過ごすことはこのような状況になる前から多かったので、YouTubeや映画を見たりして楽しめてはいたのですが、バイトしたり友人と遊んだりショッピングしたりしたいなと思いました。この期間に日々充実した毎日を送るためにどうしたらよいのか少しずつ考えるようになりました。下旬は授業もそろそろ始まるので深夜には寝るようにしていました。このような状況になり、4月は何日も家から全く出ない日が続くこともあったので、インドアな私ですが久々に散歩したくなり、近所を散歩しました。いつもは散歩はあまり好きではないのですが、そのときは凄く楽しく感じました。運動の大切さを感じました。YouTube見すぎてるし暇だな、というときは家でも少し筋トレやストレッチをやるようにしました。また小説も読みました。
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3月の初め、まだコロナウイルスはニュースに取り上げられる事は多くはなってきたが、まだ国民的な大きな関心ではなかったと思う。だが、私は2月の初めつまり、中国において春節が始まった時期から意識を強めていた為、あまり外出をすることなく過ごしていた。外出をすることなく過ごしていた為、特にやることがない為SNSにてコロナウイルスについての議論を見ていた。特に元大阪市長、橋下徹氏のコロナウイルスに伴う政府の対応、春節で中国における大移動が予想されていたのにも関わらず入国制限をしなかったことの罪は大きい等。私も3月の前からコロナウイルスに関心向けていたこともあり、この意見と同じ考えであり、この辺りから政権に対して批判的な考えを持ち始める生活をしていた。ここでいう政権とは単に与党を言うのではなく、野党のこともいう。何故ならこの時国会で野党から与党への質問は入国制限等は5〜10分程度であり、桜を見る会などに集中して質疑応答を求めており、明らかにその時の状況でする質問ではないと考えていたからである。3月の中盤、終盤における生活においても初めと大きな変わりはない。ニュース、SNSで情報を得て関心事に耳を傾け、学校は始まるのか、始まった場合電車の通学を不安を感じていた。以上が3月の生活である。 4月の生活ついては、私は上京した身であり、緊急事態宣言がでる前から2週間以上自宅にて外に出ることなく生活していたこともあり、宣言が発令される前に帰省する形をとることとした。帰省しても外出することを控え、感染者数の推移や何故海外に比べ感染者数が比較的少ないのか、政府の補償、政策に疑問を感じて生活をしていた。感染者の推移や感染者の比較的少なく理由ついて、論じる事として、検査数の少なさにあると私は感じている。まづ前提として私は現在報道されている感染者数は紛い物でしかないと考えている。なぜなら自粛と補償がセットになっていない、自粛要請を受け入れらる企業があるだろうか、そのような企業は中々ないだろう。つまり、出勤せざるを得ないにおける経済状況において、感染の拡大を広げないで置けるわけがない。つまり電車の利用車が自粛に応じる企業は多少はあっても、所謂3密は防げていないだろう。検査数の少なさ、自粛要請と補償の矛盾、この2点から現在の報道される感染者数は紛い物でしかなく、実際はさらに多くの感染者が多いと考える。また検査数についてさらに論じれば、PCR検査をすることは難しいということは度々報道され、大変ということは、知識として理解はしている。だが、ここで起こる疑問として安倍晋三のある発言から起こる。その発言とはPCR検査数を1日2万件に増加するという言葉である。正直に言えば、ただただ検査数をもっと増やせと考えていた私は「無知」と言われても、文句は言えないだろう。だが、国民を守る政府が検査数を増やすというのは、明らかに責任が伴ってなく、検査現場の実情を知っていないと自ら言ってしまったと言っても過言ではないだろう。このような状態では、政府と医療ですれ違いが生じても仕方がないと思い、更に政府への批判の思いは募っていくばかりの生活を送っていた。また経済面について、これについては補償をしないことは明らかにおかしいと思いながら生活していたということに尽きる。4月の初め政府が提示した10万円や30万円の補償案は利益が70%減や世帯主の収入の減少を元に保証するとあったが、私は事業主でもなければ世帯主でもない為、あまり実感などは湧かないが、ニュース等でそもそもこのような条件を満たされる事がほぼ無いと報道され、いかに政府の政策がズレているのかと感じた。また、その後、全国民に対し一律10万円の給付を行うという方針に転換したが、1ヶ月10万円で、足りる訳でもなく、私もアルバイトが休業により収入がなくなり困窮した状態であるため実感しているが、10万円で生活を維持できるのかと感じている。また、緊急事態宣言の延長をする方針であると発表がなされたが、ならばまた一律で給付はするのか、飲食店をはじめとした企業への支援は強化するのかなど、疑問と不満を募らせた生活を送っていた。上記の検査数、感染者数、補償といったことを考え、4月は生活をしていた。また、オリンピックの延期を決定がなされた後、開催日の決定は即座に行われてことを私は覚えている。このことから、政府にとっては国民の命より、オリンピックやそれにやるインバウンド需要の方が大事なのかと考え生活していた。総括として、3月4月の生活はコロナウイルスに関心を置き、政府の対応などについて、主に批判するという形を取り生活をしていた。
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私の3月4月の生活は、1日のうち、3分の1を勉強の時間、3分の1を趣味またはバイトに、残りの3分の1を食事や睡眠に使う日々の繰り返しでした。具体的な勉強の内容は、まず数学です。経済学部である以上、数学は避けては通れません。そのため、学年が変わる前に一度高校の教科書レベルの数学を学び直そうと思いました。数学のほかには、兼ねてより興味があったWEBデザインに挑戦しました。まだHTMLとCSSを学んでいる段階ですが、コードを組み合わせて一つのページを組み立てていくのはとても新鮮な体験でした。ほかにも英語や動画編集など、さまざなことに触れることが出来ました。あいにくアウトドアな体験はこのご時世でほとんどできてはいませんが、今回の休日延長により、3月4月は私にとって新しい挑戦ができた期間だったと感じました。
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自分は今就活生のため3月初めから自分が行きたい業界の会社説明会に参加しながら家でspiの勉強をしてきました。昨今のコロナによる影響により会社説明会が中止になったりオンラインでの説明会が増えてきました。また選考が進めることができても一旦選考が止まっている状態になったりweb上での面接が増えてきました。家から出なくなり従来の就活とは全然違う模様になっていく中で不安が募っていきました。4月に入ると緊急事態宣言で出て説明会の数が一気減った印象を持ちました。選考が続いてる所もあるので今の生活はspiの勉強をしながら各企業の選考を取り組んだりしています。コロナ対策として家にいながら手洗いうがいをこまめに取ったり換気をこまめにする事を心掛ける様になり体温もコマメに測るようになりました。しかし家にいることによるストレスが出てきましたので3日に1回は家から徒歩10分ぐらいにあるコンビニエンスストアに行って外の空気を味わっています。その時もしっかりマスク着けますし、帰宅時の手洗いうがいあと3月からはアルコール消毒もしています。このような日々が続きますと生活のリズムが崩れやすいと思い早寝早起きをして生活のリズムを整えています。
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2月のダイヤモンドプリンセス号の入港から始まり、3月の時点で既に自粛要請があったこともあり出来る限り自宅で過ごすようにしていましたが、4月7日の緊急事態宣言発令から本格的に外出を控えるようになり、スーパーマーケットやコンビニエンスストアへの買い物は小池東京都知事が東京都民への目安として発言した通り、3日に1回の頻度に抑えるようにしました。外に出歩くことが極端に減り、友人と外で遊ぶことも交通機関を使って遠出することもできなくなりました。テレビ・ネット等で情報を仕入れていると、普段よく行っている渋谷のあまりの人気の少なさに驚きました。普段は主に日雇いのアルバイトを行っていましたが、緊急事態宣言の煽りを受けて仕事の数がかなり減ってしまったため、知り合いの紹介を経てテレワークのバイトを始めました。このような事態だからこそできることもあるのだなと感じました。たまに買い物に出掛けると特定の物品、マスクは当然のことながら主にスパゲッティ麺や袋麺、バター、小麦粉、ホットケーキミックス粉、お好み焼き粉、バナナ、ティッシュペーパー、トイレットペーパー等がコロナ禍以前に比べて明らかに品薄状態になっていました。後で調べるとこれらの一部はオークションサイトやフリーマーケットアプリ等で高値で取引されているらしく、生活必需品や物持ちしやすい、あるいは加工が簡単かつ色々な用途に使える物の価値が非常に高くなっていると感じました。