2020-05-22

メディア2020前期03コミュニケーションの理想

投稿とコメント

チャットタイム
とりあえずの感想
投稿は作品なのか排泄物なのか
作品意識

コミュニケーションの理想を何に求めるか1:ノイズレス

送り手の理想としての「通信の数学的理論」(1949年)
シャノン 情報量の概念 bit
シャノン・ウィーバー・モデル
ノイズの問題 離散的無雑音システム
電話・オーディオ・デジタル

チャットタイム
一直線の人びと
ストーカーの言い分を聞け(前半だけ、心当たりのある人は後で)
正義の人びと(道徳十字軍)の言い分を聞け
モラハラする上司の言い分を聞け(YouTubeにたくさん)

コミュニケーションの理想2:理想的発話状態とコミュニケーション合理性
ユルゲン・ハーバーマス
2種類の社会的行為
(1)「戦略的行為」とは目的合理的に相手に影響をあたえる行為。
当事者が「成果志向的態度」(思い通りの結果をえようとする態度)をとる。
(2)「コミュニケーション行為」とは互いに了解しあう行為。
当事者は「了解志向的態度」(合意に達しようとする態度)をとる。
「われわれが発話行為(と通常の行為)を遂行するときには、あたかも理想的発話状況(あるいは純粋コミュニケーション行為のモデル)が単に虚構のものではなく現実的なものであるかのように反事実的に振る舞っている」
コミュニケーションがおこなわれるあらゆる状況は、完全でしかも拘束のない合意を達成するという意図を暗黙のうちにあらわしている。反事実的な理想的発話状況がすべてのコミュニケーション行為において先取りされているのである。
私の説明「むしろ、利害の折り合わない人びとにおいても、あるいはまた生活環境や文化のまったく異なる人びとにおいても、自分のことばが相手に同じ意味で受け取られるとともに、相手のことばを相手の意図に基づいて解釈し、個性的な反応を返していくこと──そしてその通りに相手が理解し相手なりの反応を返すこと──なのである。もちろんこれは「みんな仲良く」式の世界について語っているのではない。むしろ逆に、加害者と被害者、資産をもつ者ともたない者、男性と女性、管理職と労働者、差別する者とされる者、教える者と教えられる者、送り手と受け手、売る側と買う側、大人と子ども、専門家と素人、障害者と健常者、医者と患者……といった対立的な役割関係にある人びとが対立的なまま、とりあえず討議する場とことばとが保証されている理性的な相互学習過程を構想しているのである。そして日常的なさりげない対話のなかにもその理念は宿っているというのだ。」
「「みんないっしょ」だから活発になる「仲良し」コミュニケーションではなく、利害がちがうからこそコミュニケーションがおこなわれるような社会、異質な文化をもつ他者であるがゆえに反省的なコミュニケーションが活性化するような社会、葛藤が深まれば深まるほどリフレクションが作動する社会、自分たちの行為が予想外の反応を呼び起こしたことを当事者自身が的確に認識できるような社会──おそらくこのプロセス自体が「反省する社会」なのである。」

了解の条件
もちろんお互いに言語能力があることが大前提であるが、その上で三つの条件を満たすこと。
第一に真理性とは、客観的世界(物理的環境世界)に照らして発言が真理であるということ。
第二に正当性とは、社会的世界(社会的規範)に照らして発言が正当であるということ。
第三に誠実性とは、内的体験世界(内的感覚)に照らして発言が誠実になされているということである。

対話の技術
対話の困難さ、その要因である対話の複雑さ、それを承知した上での対話技術、交渉と共感とリアリティ構築の問題を考える。そこからコミュニケーションデザインに向かっていこう。
技術的な解決:
戦略的な解決:
再び偶発性:
新たな現実を作り出す:
コミュニケーション・デザインとレトリック



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